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開けてくれました。
 すると、目の前で小さな男の子が大人に突き飛ばされて転びました。
 私が、手を差し出してその子を助け起こすと、男の子は「有難うございます」と言いました。
「大丈夫か。随分酷い奴がいるもんだ。気を付けなさい」
 と私が言うと、男の子は「はい、有難うございます」ともう一度礼を言いました。
 粗末な身なりに似合わぬ、素直な敬語。
 私は、その子を何処かの坊ちゃんだったが、親が空襲等で死んで孤児になったのではないかと、えらく不憫に思いました。
 悩んだ末、私はリュックの中から缶詰十個を取り出して分け与えました。全部、サバの味噌煮の缶詰です。
 その男の子は、目を輝かせ、有難う、有難うと丁寧にお辞儀をして去っていきました。
 私は、ほんの出来心でそうしたまで。えらく照れたのを覚えています。私は、その笑顔に満足して手を振ってお別れすると、踵を帰して目的地に向かって、また歩き始めたのでした。
 しかし、十メートルも行かないうちに、キャーと言う女の悲鳴が上がりました。私が驚いて振り向くと、人だかりが出来ていました。嫌な予感がして、急いで人を掻き分けてその場に立つと、やはりさっきの男の子が倒れていました。
 抱かかえると、男の子はもう既にこと切れた後だったのです。その時、気が付きましたが、頭に陥没したような痕がありました。きっと、鈍器で殴られたのでしょう。
 その男の子の手には、缶詰はありませんでした。きっと、殴れて奪われたのです。
 私が、缶詰をあげなければ、その男の子は死ななかったのです。私は、悔しさから雄たけびを挙げました。
 そして、私に今できることは、と考えました。
 犯人を見つけて、裁きを受けさせることか。
 いや、それは違う。元はと言えば、私が缶詰を与えたから、この男の子は殺されたのだ。そう思うと、とても犯人を捕まえようと言う気にはなれませんでした。
 それに、犯人も生きるのに必死で、つい思わず殺してしまったんだろう。折角、戦争を生き抜いた命なのに、それを奪う権利など私にはない。
 そうして、私は首を垂れ男の子の亡骸をかかえ、ただ悲しんでいました。
 この時、何故警察に届けなかったのかとお思いでしょう。けれど、そんなことをしたって、警察は迷惑がって真面に相手をしてくれないと分かっていました。それに、ろくに供養もしてくれなくて、ただ無縁仏の墓の中に投げ
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