民宿
2007/12/19 11:36 登録: えっちな名無しさん
学生のころ、北海道から東北へと自転車で一周した。夏だった
から寒くてもせいぜいシュラフにくるまって寝れていたんだが、
福島から北上して宮城に入ったところで熱を出した。地元の北海
道スタートで、日本海側を既に回っていて、青森でフェリーに乗
る予定だったから「リタイヤしたくない」と思い、医者に駆け込
んだ。
「風邪だね」。老いた医者は「少し休むように」と言って、薬
をくれた。仕方ない。あまり金に余裕はないが、宿に泊まること
にした。ふらふらするので、あまり選ぶ余裕はなく、自転車を押
しながら、最初に見つけた民宿に決めた。
予約なしだったんで、応対してくれた70歳代とおぼしき小柄
なじいさんはちょっと訝ったが、事情を話すと「すぐ布団しくか
らな」と優しく言って部屋を用意してくれた。部屋はちょっと湿
っぽく薄暗かった。エアコンはなくて、かたかた扇風機がまだ頑
張っていた。
午後3時すぎたばかりだったと思うが、ぬるい水道水で薬飲ん
で、そのまま寝た。夏の熱気と、日焼けと、熱と、もの凄く寝苦
しかった。汗もかいた。喉が渇いて目が覚めた。腕時計は午後1
1時、起きてギョッとした。真っ暗な部屋の片隅に女がいた。
人形か? 向こうが口を開くまで本当にそう思った。「お目覚
めですか?」。電気が点いた。よかった。普通の人だった。いや
普通よりもっと上等だ。女はえらく若くて綺麗だった。ただ、ず
っと暗闇で目覚めを待っていたかと思うと、不気味だった。
女は立ち上がってきて、額に手を当てて、俺の体温を測った。
何度かうなずいて、洗面所から洗面器を持ってきた。「体拭きま
すか?」。タオルを絞りながら尋ねる。自分でやる、と告げると
女は微かに首を振った。仕方なくTシャツを脱いだ。
背中に触れたタオルはとてもひんやりして気持ち良かった。気
化冷却万歳。女は何度かタオルを濡らし直しながら、肩や腕、胸
と拭いてくれた。「下も」。ごく冷静に女は言う。
さすがにためらった。おそらく、女はこの民宿の人なのだろう
が、そこまでお世話になる客じゃない。断ろうとすると、答えを
先読みしたように彼女は言った。「気にしないで。私、元看護婦
だから」
結局、布団に全裸で仰向けになった。太腿、膝裏、脹ら脛とタ
オルが汗や汚れを拭っていく。女は足の指一本一本まで拡げ、丁
寧に清めてくれた。そして、とうとう股間にタオルがやってきた。
ペニスのわきをタオルが通る。女の息がかかる。先端が持ち上
げられ睾丸も拭われた。しばらく女の手に触れられていなかった
ペニスは恥ずかしいことに徐々に芯から固くなってしまったが、
女は均整のとれた表情を変えることなく、あくまで淡々と作業を
こなしていった。
「着替え、これでいいですか」。女は拭き終えると、俺のバッ
グから下着類を出し、着せてくれた。眼前で勃起したペニスはま
るで存在しないかのようで、女はテーブルにおにぎりがあること、
苦しくなったら、床の間の電話で0番を押せばすぐ駆け付けるこ
となどを事務的に告げ、恭しく頭を下げると部屋から出ていった。
その晩は色々と考え、少し悶々としながらもまた眠りについた。
明朝はいつも通り午前6時に起床した。体は軽くなっていた。
ジャージを着て部屋を出る。カウンターには昨日のじいさんが座
って新聞を読んでいた。
「おはようございます。お世話になりました」。じいさんに礼
を述べると、向こうはうんうんとにこやかに頷いた。「メシ、食
堂にあるから。食べれるかい?」。女のことを尋ねたい気もした
が、じいさんがまた新聞を読み出したので遠慮した。
食堂、といっても6人掛けのテーブルが一つあるだけで、友達
の家に来たような家庭的な雰囲気が漂っていた。他に客の姿はな
く、天上に据え付けられたテレビが独りでけたたましく芸能ニュ
ースを叫んでいた。テーブルに部屋番号を記した札のわきに、食
事は用意されていた。ご飯を自分で炊飯器から持って食べた。
日中は部屋でごろごろしていた。昼食は近くのコンビニまで歩
きカロリーメイトで住ませた。歩いてもふらつきはもうない。帰
りにじいさんに「明日、発ちます」と告げ、料金を精算してもら
った。財布をしまって、部屋に戻ろうとすると背中に「学生さん、
洗濯機、使うなら風呂場にあっから、適当にな」と聞こえた。
確かに洗濯は貯まっていたので、好意に甘えることにした。風
呂場は廊下を渡ってすぐのところにあった。なかなか年季の入っ
た洗濯機がそこにあった。二層式だが、幸い脇に乾燥機もある。
下着類と何枚かのTシャツを放り込み、固まった洗剤を突いて砕
き、スタートボタンを押した。
ごぅんごぅんという音をぼうっと聞いていると、突然、風呂場
の戸が開いて驚いた。誰かが入っている気配はまるで無かったの
に。昨日の女が濡れた髪のまま、じっとこっちを見つめていた。
女は裸を隠すわけでもなく、無言でバスタオルで体を拭き続ける。
濡れた肌に光る水滴。こっちの方が正直パニックだった。
「も、申し訳ない」。風呂場を出ようとすると、ちょうど洗濯
機がピーと鳴った。脱水の方に洗濯物を移せという合図だった。
こちらより先に早く、女の方が反応した。裸のまま、前屈みにな
り、洗濯槽からぐだぐだの洗濯物を取り出し、手早く脱水を始め
た。「仰ってくれたら、やりましたのに」。女が言った。
呆然とするこちらを制しておいて、女はそそくさと服を着込み、
風呂場を出ると、ぺたぺたと廊下を素足で歩きながら去っていっ
た。見ず知らずの男の裸を拭う。裸を見られても騒がない。本当
に不思議な女だ。洗濯を終えても、女のことが頭から離れない。
従業員なのか? じいさんの家族なのか? また、食堂で独り夕
食を取りながらも、ずっとそんなことを考えていた。
夜、部屋で荷物をまとめた。明日はここを発つ。女のことは疑
問が解けないまま、すっきりはしないが仕方がない。廊下の自販
機で缶ビールを買って飲み、午後8時には自分で敷いた布団に潜
り込んだ。眠りは浅く、何度も女の夢を見て、目を覚ました。ど
うにも晴れぬ気持ちにじっとしていられず、午後10時半ごろ、
追加の缶ビールを買いに廊下へ出た。
廊下は暗く、何かが食堂の冷蔵庫が低く唸っていた。だが、ビ
ールを取り出し口から引っ張り出すためにしゃがんだ時、奥の部
屋から妙な声が聞こえてきた。じいさんだ。じいさんが何事か喋
っている。ざわっと胸騒ぎがした。部屋の近くまでそっと移動し、
息を殺し、耳を澄ます。ドアの向こう、じいさんが言った。「お
めぇ、あの学生とやりてぇんだべ?」
「むぅむぅ」とこもった女の声がした。木製の家具だろうか、
何かがギッチギッチと軋んでいる。「ったく、いっつもより濡れ
てんでねぇのか」。心臓が高鳴った。この部屋で何が繰り広げら
れているのか。じいさんと女。女はあの女なのか。眩暈を起こし
そうだった。
「どうら、たまぁに、こっちもな」
「むむッーッ! むむぅッー!」
苦しげに切なげに女の悲鳴が上がる。想像と妄想が体の中を駆
けめぐり、ついに逃げた。部屋に帰り毛布を頭から被った。「聞
かなきゃよかった」。暑苦しさに汗だくになりながら、心の底か
らそう思った。そして、眠れぬまま、1時間がすぎ、2時間がす
ぎたころ、部屋がノックされた。
「もうおやすみですか?」。あの女だ。いつもと変わらぬ落ち
着いた声。なぜだ?勝手に部屋に入ってくる。毛布をつかんだ手
に力が入った。元々関係ない存在同士、寝たふりをしてやりすご
そう。だが、女は布団のわきに腰を下ろすと「缶ビールがドアの
前にありましたよ」と言った。しまった。買ったのをあの部屋の
前に忘れてきてしまったのだ。
「お聞きになったのでしょう?」。毛布がめくられる。女の手
が滑り込んできた。避けるように体をよじる。けれど、女のくね
らせた指先に腕がつかまれた。「あれは、私の義理の父です」。
女は淡々と語り出した。
女は言う。
嫁いですぐ交通事故で夫が死んだ。両親をすでに亡くしている
自分は帰る場所もなく、そのままここで嫁として働いた。ある晩、
義理の父親に薬で眠らされ犯された。脅されて関係を続けていく
うちに義理の母に発覚した。息子を喪って、少し精神を患ってい
た義理の母は発覚の翌日、自分の目の前で焼身自殺した…。
本当だろうか。悲惨な過去があまりによどみなく語られる。作
られたストーリーなら、どうか巻き込まないでほしい。女の手を
突き返すと、彼女は泣きながら訴えた。「助けてほしい」
突き返した手は、そのまま乳房に導かれた。彼女は衣服をつけ
ていなかった。「うぅん。助けてくれなくてもいい。せめて今夜
だけ夢を見させて」。どこかで聞いたような安い言葉だった。け
れど、どういう理由であれ、これほど若くて綺麗な女が、あんな
じいさんに夜な夜な責められているかと思うと、哀れにも思えた。
無言で毛布を這い出た。女は正座していた。国道を走る車のヘ
ッドライトが窓から入ってきて、女の肌に痛々しく残る縄の痕を
照らした。肩をつかみ、布団の上に組み伏せた。抵抗はない。足
を拡げさせる。たっぷりと濡れていた。そのまま一気に貫いた。
長い時間を掛けた。女はあらゆる穴への挿入をせがんだ。「清
めて清めて」。泣きながら訴えた。最後は女の中で果てた。女は
行為の間、ずっと泣き通しだった。女から引き抜く後と、彼女は
「一年待ってます。あなたがもう一度きてくれるのを」といい残
し、部屋を出ていった。
しばらく、天上を眺めて女の言葉を繰り返してみたが、答えは
何もでなかった。空が白んでくる。このまま朝を迎えるのが怖い
気がした。荷物を抱え、廊下に出た。人影はない。そのまま、カ
ウンターにノートの切れ端で置き手紙を残し宿を出た。自転車に
またがった背中に視線を感じたが、あえて振り返らなかった。
ペダルを一気に漕いだ。止まると女のことを考えそうになるの
で、スピードは緩めず必死に。無我夢中で北へ急いだ。
結局、ほぼ予定通りに北海道の家に戻って、その時は旅を終え
た。「一年待つ」という女の言葉は努めて忘れるようにした。た
だ、心の片隅の引っかかりは消えず、あの旅から2年が経った大
学4年の冬、卒業旅行のつもりで東北をもう一度旅した。
冬なので自転車は使えず、今回は車での旅となった。青森、秋
田、山形、福島、そして、あの民宿へ。記憶をたどりながら、国
道を走り、風邪の診察をしてもらった病院を見つけた。もうすぐ
だ。胸の当たりがちくちくした。会ってしまったらどうなるのだ
ろう。じいさんの顔もちょっとまともには見れない。
通り過ぎるつもりだった。けれど、記憶の場所には更地が広が
るばかりで、民宿はなかった。消えた? 顔から血の気が引いた。
車を何度か往復させたが、やはりない。だが、病院、カロリーメ
イトを買ったコンビニはある。記憶に間違いはない。民宿は、じ
いさんは、女はどこへ?
「あー、あそこ? 火事火事。去年の暮れだったかな」。コン
ビニの女性店員は親切に教えてくれた。そうだったのか。なぜか
燃えさかる炎の向こうで、あの女が静かに笑っているイメージが
沸いてきた。女性店員は続ける。「寝たばこだったかな。まぁ、
あそこ、ここ十年ぐらい、おじいちゃんの独り暮らしだったから
ねぇ」。
独り、暮らし?。言葉が出なかった。目を丸くした様子に店員
はさらに言葉を継いだ。「そうそう。息子さん夫婦が事故で死ん
じゃって、おじいちゃんの奥さんも自殺しちゃってさ」。信じら
れない。なんだ? どういうことだ? あの女は一体?
正直、怖くなった。女の記憶をたどる。
真っ暗な部屋に佇んでいた。
音もなく風呂に入っていた。
部屋に勝手に入ってこれた。
違う違う。あの女はじいさんが息子の嫁代わりに仕立てた女だ。
決して、事故で死んだ、とかいう嫁ではない。そうだ、そうに違
いない、はず。体を拭いてもらったり、洗濯物を脱水機に入れて
もらったり、互いの体を貪り合ったり…。リアルな感覚は今も確
かに残ってる。決して、そんな、実体のないなんて…。
コンビニで礼を言って車に戻った。通り沿いの花屋で花を買い、
今は更地となった民宿痕に手向け、震える手で合掌した。また、
どこからか視線を感じた。見ない。あえて視線の方は見ない。気
持ちを落ち着かせながら、車のドアを開ける。エンジンをかけ、
また振り返らずに一気にその場所を去った。
もし、1年以内にもう一度あの場所を訪れていたら? 一体、
何がどうなっていたのだろう。嫁代わりに毎晩責められる女に泣
いてすがられたのだろうか。それとも…。
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