高校受験を控えた秋

2008/04/02 01:29 登録: えっちな名無しさん

 俺の通う中学校は、立地条件に大きく影響を受け、保護者・職員ともに左巻きの連中が非常に多い。別におれは彼らの思想に賛成もしないし反対もしない。ただ、授業の時間をつぶしてプロパガンダを展開するのはやめてもらいたい、と切実に思っている。

 今日も、家庭科教師が被服の授業から大幅に脱線し、巷で話題の「無防備都市宣言」について熱弁を振るい始めた。俺(中3)は、まあ家庭科ならいっか受験関係ないし、と思って窓の外をながめていた。
 ふと教室に目を向ける。めがねをかけたガリガリの家庭科教師の演説はますますヒートアップし、親から左巻き脳を受け継いだクラスメートの大半は殊勝にも熱心に聴き入っている。中にはノートをとってる奴までいた(バカかよ)。
 その中に、俯いたまま不機嫌な顔をしているのが二人いた。KとFだ。こいつらはうちの学校きってのDQNで、ついこないだも近隣の中学校の生徒をボコボコにし問題になったばかりだ。なんでもケガした犬を手当てしようとしていたらバカにされてブチギレしたらしい。どうも価値観が古臭いやつらで、お互いを“兄弟”と呼び合っている。
 その二人の様子に、家庭科教師が気がついた。この教師は、かつてこの二人に恥をかかされたことがあるらしい。

(Fがいうには、休日のデパートで家庭科教師が子供に何度も手を挙げているのをみて、「やりすぎはあかんで、教師が虐待なんかしたらあかん」と“たしなめた”らしい。ちなみにFは普通にしゃべっていてもかなり声がデカイ)

「おいK、F!聴いとんのか!」
家庭科教師は二人を怒鳴りつけ、

・無防備都市宣言すれば、私たちは永久に安全と平和を享受できる
・ところが、そのすばらしい考えに聴く耳をもたないおまえらみたいな愚か者がいる
・だから、まだこのすばらしい運動は限られた一部にとどまっている
・ぜひ私たちは、この運動を全国に広めて連帯しなければならない
・この教室を見てみるがいい、もしここに武器を持った人がやってきて、私たちが無防備を宣言したとしても、おまえらみたいな愚か者がいたらみんな殺されてしまうのだ

というようなことをまくしたてた。そこに、さっきから熱心にノートをとっていたひっつめ髪でガリガリの風紀委員長が真っ赤な顔して立ち上がり、

「そうよ!あんたらみたいのがいるせいで日本が平和にならないのよ!」

とつけくわえた。周りのみんなもうんうんうなずいている。このクラスはガリガリとメガネの占める比率が高い。

 Kは一瞬ぽかんとしていたが、神妙な顔して考え込み、そして口を開いた。
「俺が頭悪いだけかもしらんけど」
嫌味もいいとこだ。こいつはけっこう頭が切れるし勉強もできる。こいつのうちは母子家庭だが、その母親が鬼のように恐ろしいオバちゃんで、Kは家では泣きそうになりながら勉強と家業(オッサン向け大衆食堂の手伝い)ばかりやらされているらしい。
「抵抗する地域としない地域があるんやったら、しない所から占領してくんと違う?そんでそこに根城作ってから隣の街を占領してったらええやん。宣言してもせんでも、占領されるのは一緒やろ?生かされるか殺されるか違うだけで」
「んで、戦争をしとるわけや。いろいろ物入りになるわな…。」
「そうなったら占領地からいろいろモノをとっていくことになるやろな。食い物ももってかれるし、エネルギー…電気とか石油なんかも?持ってかれてまうわ。無理やり働かされたりなんてことにもなるかもしれん」
「兵隊の寝床もいるし戦車とか置いとくとこもいるやろ…、あ、この学校なんかちょうどよさそうやんか。そんなら学校休みになってまうな…」

※Kにとって学校は母親から逃れられる大切な口実のひとつ

ここでF(こいつは単純バカ)が
「おお!ええやないか!そんなら俺も宣言するわ!未防備!」
…惜しいなFよ。それだといつか防備する予定があるってことになっちまうぞ。

それに対してK、
「ええことあるか!アホ!」
…だろうな。

そこに風紀委員長が口を挟む。
「バカね、ジュネーヴ条約があるから(うんぬんかんぬん)、占領地の人たちは人道的に保護されるのよ!!!」
…得意げだ。こういう余計な知識はあるくせに、Kより勉強ができないのはなぜだろう。

「いやいや、そうはいかんやろ戦時中なんやし…。無抵抗の人ゆうても敵国の住民やろ?自分の生き死にのほうが大事にきまっとるやないか。そのナントカ条約ゆうのも守られてばかりやないんとちがうか?それに全部の国がサインしとるわけではないやろ?」
「それに危ないのは敵だけやない。イラク戦争見てみろや、悪い人間てのはどうしてもおるもんなんや、店ぶっこわしてモノ盗むイラク人がおったやろ」
「…まあ、あんたらみたいな喧嘩もできんような人間しかおらんのやったら、そういう理屈も通るんやろな。せやけど俺は経験上そないにうまくいくとは思えへん。」

すっかり話しについてこれてないFが尋ねた。
「もっとかいつまんで言えや。おれが宣言したらいったいどないなんねん?」

「そうやな、この教室で例えて言えば、おまえら全員の弁当を食って腹を満たした兵隊が、唯一抵抗している俺を囲んでぶっ殺す、ということになるやろ」

折りしも午前中最後の四時間目、腹もへる時間帯だ。
「はあああ!?そいだら俺の昼飯はどうなるねん?」

「その辺の草でもむしって塩で茹でて食うたらええ

「お前はどうなる?」

「お前の弁当食うてお前の席で昼寝した奴が俺とこ殺しに来る」

「はああ!?なんもええことないやんけ!!!お前殺すやつは俺がぶっ殺したるわ」

「アホ、そしたら無防備宣言になってへんやろ」

「そんなら宣言なんかせんわ、俺はお前と戦うでぇ、なあ兄弟!!」

「おう!!」

そういって二人は立ち上がって肩をがっしり組んだ。うわぁぁぁ、なんだあの満面の笑顔は…。軽く引いた俺。

鳩が豆鉄砲でクルッポーな顔をしていたクラスメイトたち。やや間があってそのうち一人が、
「戦うなんて、野蛮な行為やないか!」

Kは満面の笑みのままそいつに言った。
「勝手にせえ。さっきセンセが“戦争に協力しないのが大事”て言うてはったけど、占領地にされるいうんはそれだけで敵に協力してるのと同じなんやで?野蛮で結構。卑屈なよりは野蛮なほうがなんぼもマシや。おまえの提供した土地から攻めてくる敵と見事に戦ったるわい。なあ兄弟!!」

「おうよ!!!」
がっしと腕を組む二人。白い歯がこぼれる。歯はちゃんと磨いているらしい。


変な沈黙が訪れた教室から逃げるように目を背け、俺は再び窓の外に目をうつす。まったく、不毛な議論じゃないか。そもそも無駄に喧嘩をふっかけてくるような国があるから悪いんだ。あの二人だって、刺激さえしなけりゃ害はないのだから。勝手な都合で戦争を仕掛けてくる国がなくなれば、防備も無防備も関係なくなるのに。

じきに秋も終わる。冬には高校受験だ。受験勉強の苦労が無駄にならなければいいなと思った、とある金曜日。

出典:オリジナル
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