ウルトラマンレオ

ボクと弟がまだ幼稚園児だった頃の話。
ということはその頃の母は24〜5歳くらいか。

母の親戚のオバが危篤に陥ったので見舞いのために母の田舎に帰ることになった。
幼い頃に、両親を事故で一度に失った母は、そのオバと言う人のお世話になったそうで
絶対に帰らなければいけないということだった。
父は仕事でどうしても街を離れられないので、田舎に帰るのは母とボク達兄弟だけ。
「ちゃんとお母さんの言う事を聞いて賢く出来たなら、帰ってきたらオモチャを買ってあげる」という約束を父がしてくれた。

街から数時間、新幹線や電車を乗り継いで母の田舎へ到着。
ボクらが母の田舎に行ったのはその時が初めてだったと思う。

病院に到着すると母は待合室で男の人に話しかけられた。
母はボクら兄弟から離れたところでその男の人としばらく話し込んでいたが、
ボクらの方に戻ってくると、
「少しあのおじさんとお出かけしてくるからココで良い子にして待っていてね」と
ボクらの目を覗きこみながら微笑みかけた。
ちょうどその時、待合室のテレビでボクらが住んでる地方では放送していない「ウルトラマンレオ」がはじまり、
「ほら、ウルトラマンがはじまるよ。ウルトラマンが終わるまでにはもどってくるから、○○（弟）の面倒を見てお母さんを待っててね」とボクに約束をさせた。
知らない場所に子供だけで置いていかれるのは心細かったが、その時の母には嫌と言えない迫力を感じてしぶしぶ「うん」と返事をした。

母は男性と一緒に病院を出て行った。
弟はけろっとした様子でテレビの中のウルトラマンに夢中になっていたが、ボクは心細くてしょうがなく、椅子から身を乗り出してずっと母の後姿を目で追いかけた。

病院の建物から外に出ると、男性が母の肩に手を置いて抱き寄せようとした。
母はそれを振りほどくと男性から距離をとって一瞬ボクらの方を振り返った。
それからすぐに二人の姿は見えなくなった。

ボクは心細さを紛らわすようにテレビの中で戦うウルトラマンレオに目を向け続けた。
ふと隣を見ると弟はいつの間にか椅子の上で横になって眠っていた。
ウルトラマンレオが怪獣をやっつけても母はまだ戻ってこなかった。
その時ウルトラマンレオは2本立てだったらしくすぐに次の話がはじまった。

結局、母が戻ってきたのはレオがその日、2体目の怪獣をやっつけ、
その後の影絵の番組「機関車ヤエモン」が
坂道を駆け上がるのに頑張りすぎて、煙突から飛び散った火の子でワラ束に火をつけてしまう件の辺りだった。
ボクはやっと戻ってきてくれた母の姿に安堵し、涙が出そうなのを必死に隠しながら、
それに気づかれないように今までより一層真剣にテレビを眺める演技をした。

母は笑顔で「ちゃんと○○の面倒見てくれてありがとう」というとHI・Cのオレンジジュースを差し出した。
母はそれまで白いブラウスに青いスカートを着ていたのに、戻ってきた母はクリーム色の服を着ていた。
戻ってきたのは母だけで、それ以来母と一緒に出かけて行ったあの男の人が戻ってくることはなかった。

その後、ボクが母と一緒に、ボクが生まれてから一度もあったこともないオバを見舞うと、夜遅い新幹線と電車を乗り継いでボクらは住んでいる街へと戻った。
新幹線を待つプラットホームで、母はボクらに
「今日お母さんがあの男の人と会ってたことはお父さんには内緒にしようね」と言ってきた。
それは病院の待合室で交わした約束以上の迫力で、これに逆らったらボクらは母に捨てていかれるのではないかと感じられ、「……うん」とうなずくことしか出来なかった。

その後、母を含めボクらが母の田舎に帰ることはまったくなく、もうすぐ20年ほど経とうとしている。

家に戻った次の日、父は約束通り、ボクの欲しかったスポーツカーのラジコンを買ってくれた。弟には超合金の合体ロボット。
しかしあれほど欲しかったラジコンなのにボクはそれほど遊ぶこともなく、ある日友達に誕生日プレゼントとしてあげてしまった。
父からは少々しかられたが、なぜだか持っていたくなかったのだ。

日々の暮らしの中であの田舎の病院でのことは少しづつ記憶から薄れていき、
小学校にあがる頃にはもう完全に忘れてしまっていた。
それがなぜだが、高校に入った頃みた夢をきっかけに思い出してしまい、
父が買ってくれたあのラジコンを見るたびに幼稚園児のボクに襲い掛かって来た罪悪感まで一緒に思い出してしまった。
それからはほんの少し、母も父も遠く感じるようになった気がしている。

ねえ、母さん……。あの時病院で話しかけてきた男の人はいったい誰だったの?
母さんはボクらを置いてあの男の人とどこへ行って、何をしていたの？?
なぜ服を着替えたの?
なぜ父さんには内緒なの?
それに、どうして田舎からの帰り道、一度もボクらと手をつないでくれなかったの?

それともう1つ。

あの後、流産した子供は本当に父さんの子だったのかい?

出典：俺の長年の疑問
リンク：怖くて確かめられない……