のび太「それでも僕は……」

2008/06/12 16:56 登録: えっちな名無しさん

1 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:17:23.31 ID:vLqKmyu00
月日は無常なほど早く流れ、ドラえもんが未来に帰ってからもう数年がたった。
僕は中学三年になっていて、ジャイアンやスネオ、しずかちゃんと同じようにひとつひとつ大人に近づいていった。

ドラえもんがいない寂しさにも、もうなれた。
朝起きて、押入れを確認してうなだれるようなことも、なくなった。

思っている以上に僕は強かった。
みんなの手助けがあったからかもしれないが、ドラえもん抜きでもうまく生きてこれた。
テストで0点を取ることもなくなった。さすがに、このままではまずいと自分でもわかっていたから。


ジャイアン「よう、のび太。今日も早いな」

7 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:20:00.87 ID:vLqKmyu00
のび太「ジャイアン」

ジャイアン「今日も朝練か?」

のび太「うん」

ナイキのスポーツバッグは、ずっしりと重い。

中学に入って僕は陸上部に入った。
運動神経がない僕でも、走るくらいなら出来るだろうと思って入部したのだ。
今思えば、僕は昔からジャイアンから走って逃げていたし、短距離に限るならそこそこ早かったのだ。

ジャイアン「もうすぐ俺たちも引退だしな」

のび太「うん。次の大会に、すべてを出し切るよ」

9 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:22:53.03 ID:vLqKmyu00
ジャイアン「俺ももうすぐ夏の大会だ。四番として打てるのも、それまでだな」

のび太「勝てそうかい?」

ジャイアン「勝つ、さ」

ジャイアンはそういって親指を立てて見せた。

のび太「じゃあ、また教室でね」




練習は、きつい。
今日の朝練のメニューは、200メートルを四本、二セット。


のび太「ふぅ……」

しずか「お疲れ様、のび太さん」

のび太「しずかちゃん」

13 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:26:01.05 ID:vLqKmyu00
しずかちゃんは、マネージャーとして同じく陸上部に入っていた。
彼女は水の入ったボトルを僕に手渡して、タオルで僕の額の汗をぬぐってくれた。

のび太「ありがとう」

しずか「すごい汗。あんまり無理しないでね」

のび太「無理はしてないよ。なんたって次が最後の大会だからね」

しずか「そうね」

のび太「ああ、そうだ。最後に一本だけ100mをはかってくれないかい?」

しずか「100m?いいわよ」

のび太「ありがとう」





アップシューズで、100mを12秒30。

のび太「最後の最後で、11秒は出せそうだな……」

僕は小さくガッツポーズをした。

15 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:28:56.63 ID:vLqKmyu00
部活があるといっても、最後の大会があるといっても。

僕たちはなにを隠そう受験生なのだ。

教室の雰囲気はどこかぴりぴりしていて、今の時期から既に机にかじりついて勉強しているやつもいる。

出木杉も、その一人だ。



スネオ「おお、のび太」

のび太「スネオ」

机に座って勉強していたスネオが、僕に気づいて言った。

20 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:31:35.52 ID:vLqKmyu00
スネオ「また練習か?がんばるな」

のび太「スネオこそ、また勉強かい?」

スネオ「まぁ……な。受験まであと半年くらいだしな。慶應の中等部には、どうしても行きたいし」

のび太「そっか」

スネオ「お前は、大丈夫なのか?」

のび太「何が?」

スネオ「何がって、もちろん受験さ」

のび太「ああ……」

スネオ「もう、遊んでる余裕はないんだぜ」

のび太「わかってるよ。僕だって、少しは勉強してる」

スネオ「まぁ、確かに成績は上がってるよな」

26 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:34:05.05 ID:vLqKmyu00
まじめに勉強すれば、成績はついてきた。
僕は努力がたりなかっただけなのだ。

のび太「でも最後の大会までは、しっかりと走りたいんだ」

スネオ「そうか。まぁ、それもそうだよな。ジャイアンも、最後の試合だってがんばってるし」

のび太「大会が終わったらみんなでそろって勉強しようよ。しずかちゃんも誘ってさ」

スネオ「いいな。それ。びしびし教えてやるよ」

のび太「助かるよ」



僕らは笑った。

31 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:37:36.37 ID:vLqKmyu00
昼休み。
けだるい授業から開放されて、僕は大きく伸びをした。

しずか「のび太さん」

のび太「しずかちゃん」

伸びをして視線をずらした先に、しずかちゃんがいた。
手にはお弁当を持っている。

しずか「天気も良いし、一緒に食べない?」

のび太「どうしたのさ。久しぶりだね、一緒に食べようなんて」

しずか「たまには、一緒に食べたくなるの」

のび太「わかったよ。ちょっと待ってて」

僕は鞄から弁当を取り出そうとした。



出木杉「のび太くん」

35 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:41:28.02 ID:vLqKmyu00
不意に出木杉の声がした。
僕をじっと見据えている。僕は姿勢を正して出木杉と向かい合った。

のび太「なんだい?」

出木杉「あ、いや……」

出木杉は急に視線を足元に落とし、もぞもぞと口を動かしていった。

出木杉「あの、僕もしずかちゃんと……」

のび太「しずかちゃんと……?」

出木杉「……いや」

のび太「なんだよ、はっきり言えよ、よくわからないじゃないか」


僕は笑っていった。
しかし、出木杉の顔からは、笑顔が消えていた。


出木杉「……なんで君なんだよ」


42 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:44:51.27 ID:vLqKmyu00
不意に発せられたその言葉の真意を、僕はうまく理解することができなかった。
出木杉の、ぎゅっとにぎられたこぶしは少しだけ震えていた。

出木杉「なんで、僕じゃなくて、君なんだよ!」

さっきよりも大きな声で、出木杉は言った。


のび太「出木杉……?」

出木杉「僕は、しずかさんがっ!」

しずか「待って」

沈黙を守っていたしずかちゃんが言った。

しずか「私の答えは、もう伝えたはずよ」

出木杉「……」

のび太「……?」

よく、わからない。

49 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:47:58.64 ID:vLqKmyu00
出木杉「でも……!」

しずか「何度も、言わせないで」

しずかちゃんのその言葉には、有無をいわせない何かがあったと思う。

出木杉「僕のほうが勉強も出来て、スポーツも出来て……なのに」

しずか「それはわからないわ」

しずかちゃんは言った。

しずか「それにね」

彼女は続けた。

しずか「あなたは、あなたが思っているよりも」


僕は黙っていた。クラスが黙っていた。

しずか「ずっとずっと馬鹿だわ」

60 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:50:53.23 ID:vLqKmyu00
雰囲気が一気に重くなった教室を二人で逃げ出して、僕らは屋上に出た。

屋上は立ち入り禁止。
知ったことじゃなかった。

しずか「ごめんなさい」

屋上に出て、開口一番にしずかちゃんは言った。

しずか「あんなこと言うつもりじゃなかったのに……」

のび太「大丈夫だよ」

何が大丈夫なんだろう。

しずか「のび太さんが馬鹿にされている気がして」

のび太「僕は気にしない」

しずか「ならいいのだけれど……後で出木杉さんに謝っておかなくちゃ」

彼女は言った。

65 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:54:58.46 ID:vLqKmyu00
ママの作ってくれたお弁当と、しずかちゃんのお弁当と。

比べてみて、どちらがおいしいかと問われれば、ごめんなさい、ママ、しずかちゃんのほうが100倍おいしいです。

何がそうさせているのかわからない。見た目は同じ卵焼きなのに。

のび太「どうすればこんなにおいしくできるの?」

しずか「そういってくれて、嬉しいわ。どうすれば……は、よくわからないわ」

僕らは二人して、よくわからない、というのが口癖らしい。

二人で談笑しながらお弁当を消化して、食べ終わったら床に背をつけて二人で空を見上げた。

青い空に、くもがまばら。

僕らはぼんやりとそれを眺めていた。

78 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 22:59:05.56 ID:vLqKmyu00
午後の授業が終わって、部活の時間になった。
本メニューは、スタート練習30m×3、50m×3、100mの加速走、6本。

のび太「ひゃー、きついな」

でもまだスピード練習だからいいかな、と僕は自分に言い聞かせた。


100mの加速走のタイムは、11秒2から11秒3の間。
土のトラックで、土ピンの走りにしては、上出来だと思う。

先生「野比、これなら次で11秒がでるかもな」

のび太「出るといいですね」

先生「怪我に気をつけろよ」

のび太「はい」


僕は笑っていった。


86 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 23:04:01.60 ID:vLqKmyu00
練習の後、しずかちゃんを家に送ってから、僕は一人空き地にやってきた。
土管は昔から変わらずそこにある。

僕は動きやすい格好になると、軽く体操をしてスプリントドリルを始めた。

陸上の基本動作というのは、まさに変人の動きだと僕は思う。

腿上げはただのキモイ足踏みだし、クロスもなんかキモイし。

のび太「ふぅ……」

ある程度メニューを消化したそのとき、不意に声がした。

ジャイアン「よう、のび太」

のび太「ジャイアン」

ジャイアン「また練習か?がんばるなwww」

のび太「そういうジャイアンは?」

ジャイアン「練習だ」

90 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 23:06:48.98 ID:vLqKmyu00
のび太「君もじゃないかww」

ジャイアン「まぁな。のび太は練習、もう終わりか?」

のび太「いや、まだやるよ」

ジャイアン「そうか。じゃあ、俺の素振りが終わったらラーメンでも食いにいこうぜ」

のび太「いいね。そうしよう」

ジャイアン「それにしても……」

のび太「どうした?」

ジャイアン「俺たちも、変わったよな」

のび太「そうかい?」

ジャイアン「変わったさ。特にお前は」

のび太「僕には、よくわからない」

ジャイアン「まぁいいさ。でもお前、だいぶかっこよくなったよ」

ジャイアンは言った。

92 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 23:09:29.35 ID:vLqKmyu00
僕はラーメンは家系がいい、と言った。
しかしジャイアンは二郎がいいといって譲らない。

のび太「とんこつ醤油、食べたいじゃないか!」

ジャイアン「いや、これだけ腹が減ったんだから野菜マシマシに決まってるだろう!」

のび太「わーっかった!ここはジャンケンしかないな……僕パー出すっ!」

ジャイアン「わかった……!俺はチョキだ」

のび太「いくよ、じゃんけん!」



……




正直者は、得をしない。


96 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 23:13:35.43 ID:vLqKmyu00
時は重なり、日々も重なり、大会までの時間はどんどん少なくなっていく。

スネオ「もう8月かぁ」

のび太「今月はもう大会だよ」

ジャイアン「俺も俺も。まぁがんばろうぜ」

スネオ「その後は君たちも勉強だね」

のび太・ジャイアン「はぁ……」

スネオ「まぁ、僕がしっかり教えてあげるよ」

のび太「ところでさ」

スネオ「ん?」

のび太「しずかちゃんて、どこの高校いきたいか知ってる?」

101 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 23:17:09.35 ID:vLqKmyu00
スネオ「しずかちゃん?あー……あの成績なら日比谷とか西とかじゃないの?」

のび太「やっぱそうかなぁ」

スネオ「っていうかお前、一番しずかちゃんと一緒にいる時間長いんだから聞いてみろよ」

のび太「なんか聞きにくいんだよ……。差を見せ付けられる気がしてさ」

ジャイアン「それにしても、もう完全にしずかちゃんはのび太にとられちまったなーw」

スネオ「だよなぁジャイアン。僕たちの立場ないよね」

のび太「そんなことないだろー」

ジャイアン「んだとてめー」

のび太「うわ、殴るなよw」

スネオ「もう僕にはジャイ子ちゃんしか……」

ジャイアン「なんだって?」

スネオ「い、いや。二重の意味でなんでもない」

107 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 23:21:56.60 ID:vLqKmyu00
大会まであと一週間になった。
ここから先は、完全に調整メニューになる。

先生「野比、お前が自分で気になるところはなんだ?」

のび太「ちょっとスタートが気になりますね。4歩目からは加速していく感じがするんですが、最初の三歩のダッシュが弱く感じます」

先生「それは私も思っていたが……まあお前は後半型だからな。そこまで気にすることもないだろう」

のび太「でも、最初で頭ひとつ抜け出したほうが絶対良いですよ」

先生「それは得手不得手ってもんで、選手によって違う。お前はカールルイス型だ。
   その上にベンジョンソン並みのスタートをつけるというのは欲張りな話だ」

のび太「確かにそうですね……」

先生「まぁ何度も意言うが、怪我しない程度にな」

のび太「はい」

111 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 23:25:12.40 ID:vLqKmyu00
メニューを着々とこなしていくうちに、僕はしずかちゃんがいないことに気づいた。

僕は足を止め、近くで砲丸を投げていたジャイ子ちゃんに声をかけた。

のび太「ジャイ子ちゃん」

ジャイ子「は、はい!なんですかのび太さん!」

のび太「な、なんでそんなに緊張してるんだい」

ジャイ子「え、だって、だってぇ……」

のび太「ま、まあいいや。ねぇ、しずかちゃんどこにいったか知らない?」

ジャイ子「え、しずか先輩ですか?」

のび太「うん」

ジャイ子「欠席報告は受けてないですけど、どうなんでしょう。私にはよく、わかりません」

のび太「そっか……」

116 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 23:26:50.67 ID:vLqKmyu00
のび太「先生、僕はもうこれで上がります」

先生「ん、もういいのか。まぁ無理はいかんしな。お疲れ」

のび太「はい。お先に失礼します」


大急ぎで荷物をまとめた。



嫌な予感が、した。

126 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 23:30:34.48 ID:vLqKmyu00
時刻は17時を過ぎていたが、夏なのでまだまだ明るい。
僕は荷物を脇に抱えて街中を走っていた。


しずかちゃんが無断で欠席することなんて、今までで一度もなかった。

休むときは必ず、僕に知らせてくれていた。

のび太「なんなんだろう……胸騒ぎがする」

僕はしずかちゃんの家に走った。

131 名前: 愛のVIP戦士@全板人気トナメ開催中 投稿日: 2008/06/11(水) 23:33:07.88 ID:vLqKmyu00
のび太「しずかちゃん!」

扉をたたいて、僕は叫んだ。


数秒の、沈黙があった。

のび太「……いないのか?」



もういちど、扉をたたこうとした。

その瞬間。


しずか「のび太さん?」

のび太「うわっ!」

しずかちゃんが、扉を開けて出てきた。


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