跡形も残らない夜空 vol.5
2008/09/07 06:00 登録: えっちな名無しさん
跡形も残らない夜空 vol.4
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コンドームが外れていないか指先で確かめ、ペニスが萎える前に、そっと抜き出した。ティッシュで紗恵さんの濡れた部分を丁寧に拭った。内股まで濡れている。紗恵さんは口に手を当てて、少し照れくさそうにしていた。紗恵さんの視線を遮るように背を向けて、コンドームを外した。大量に出ている。精液がこぼれないように縛って、ティッシュに包むと、ベッド脇のゴミ箱に捨てる。ペニスを拭きながら、
はあ、紗恵さんが初め痛がったから気を取られて、なんとか五分くらいは持ったけど、もしあれがなければ二分も持たなかったな……紗恵さん、呆れてるだろうな。
情けなくて、そんなことを考えていると、紗恵さんが体を起こして、背中からそっと身体を寄せてきた。
「どうしたの?」
紗恵さんは顎を俺の肩に乗せて、耳元で囁くように聞いてきた。吐息が耳にかかる。
「すいません、自分勝手に終わっちゃって……」
くすっと紗恵さんは笑う。
「ううん、私も気持ちよかったよ」
「でも……」
「ほら、横になろうよ」
俺が仰向けに寝転がると、紗恵さんは俺の胸に頬をつけて横たわった。
「相手を気遣う気持ちがあれば、それでいいのよ」
俺の指にそっと指を指を絡めてきた。
「相手を思いやる気持ちがね、それが伝わってくればいいの」
紗恵さんは淡々とした口調で言った。
「まあ、普段はわたしも忘れちゃいがちなんだけどね」
「紗恵さんも?」
「そう。結構わがままなんだよ、私」
好きな人……彼女の前で、どんなわがままを言って困らせるんだろう? なんだか想像がつかなかった。
指を絡めたまま、紗恵さんが腕を伸ばし、高く掲げた。それに導かれるように俺の腕も伸ばされる。
「優しい指だね……」
俺の手を口元に引き寄せ、指先にそっとキスをした。俺の爪は二日前に切ったばかりだった。ああ、そうか。紗恵さんの爪がいつも短く切り揃えられていた理由が判ったような気がした。彼女を愛してあげるためなんだ。
「汗かいちゃったね、シャワー浴びようか?」
俺の首筋にキスしながら紗恵さんが言った。
「え? 一緒にですか?」
「嫌?」
「い、嫌じゃないです」
紗恵さんは上体を起こすと、髪をまとめ上げた。あまり長くない髪が頭の後ろに、ちょこんとまとめられる。紗恵さんの化粧は普段から薄く、今は少し落ちてしまっているが、かえって肌のきめ細さや滑らかさが際だって見えた。なんだか少女のようだ。
紗恵さんが先に立って浴室に入った。蛇口が捻られる。
「うわ! 冷て!」
「ああ、ごめん!」
子どものようにはしゃぎあう。丁度いい温度になってから、手にボディソープをつけてお互いの身体を擦り合った。
「ほんとに筋肉質だね、細く見えるのに」
「紗恵さんこそ、ほんとに細いですよ」
鎖骨がくっきり浮き立ち、脇腹を擦ると肋骨が指先に感じられる。
「前から太らないのよ……年齢的にもそろそろ肉がついてきてもおかしくないんだけど。三十過ぎたり四十くらいで一気に来るかもね」
「四十歳になっても、五十歳になっても、紗恵さんは綺麗ですよ、絶対に」
俺がそれを見ることは叶わないのだろうけど。後ろから抱きしめ、口に泡が入るのも構わず首筋にキスをした。乳房を手の平に包み込み、乳首を指の間に挟む。
片手で胸を愛撫しながら、もう一方の手を、濡れて張りついた体毛のさらに下へと滑らせる。すでに熱くぬめっている。
「あッ……!」
紗恵さんがちょっと身体を仰け反らせる。俺のペニスは再び固さを増していて、紗恵さんのお尻の当たりに押しつけられる形になっていた。紗恵さんが腕を後ろに回し、ペニスをそっと握りしめた。その手の動きは、やはり繊細だった。思わず声が出る。
「き、気持ちいいです……」
「私もだよ……」
しばらくお互いを手と指で愛撫し合う。シャワーで泡を洗い流しながら、首をねじ曲げた紗恵さんと唇を重ね合った。
ボディソープがすっかり洗い流されたところで、湯を止める。紗恵さんと向き合うと、細い身体を壁に押しつけるようにして首筋から水が溜まりそうな鎖骨、胸へと唇を移動させた。紗恵さんの前に蹲って、敏感な部分に唇と舌を這わながら、指を差し入れる。
「あ! ぁ……ん……ッ!」
俺の頭を両手で挟むようにした紗恵さんの体内から、湯とは別の熱い液体が溢れ出る。夢中で体内を舌と指で探った。華奢な身体が硬直し、小刻みに震えると、俺は紗恵さんを見上げた
「ねえ、ベッドに行こうよ……」
肩で息をしながら、切なげな表情で紗恵さんはかすれた声で言った。
タオルで、お互いの身体を拭き合いながら唇を重ね合い、もつれるようにベッドに倒れ込んだ。転げ合いながら、俺は紗恵さんのまとめていた髪をほどき、舌を絡め、互いの身体をさぐり合った。紗恵さんが上になると、俺の顔や首筋、胸にキスの雨を降らせながら、身体を下へとずらせていく。勃起したペニスを紗恵さんの目に晒すのが、今更ながら恥ずかしく感じた。
「あまり上手くないんだけどね」
そう言うと、手を添えたペニスの先端にそっとキスをする。
「う……!」
限界まで張り切っているので、痛痒いような、むず痒いような快感が走る。裏側や溝を舌が刺激する。
紗恵さんは片手で髪をかき上げながら、もう一方の手を添えて動かしながら口に含みこんで、ポッテリした唇でしごくように頭を上下させた。俺は上体を起こし、視線を落とす。紗恵さんが口で、愛撫してくれている。目の前に見ながら、信じられないことのように思えた。紗恵さんの舌が絡みつき、敏感な部分を刺激してくる。意志とは関係なく、腰が跳ね上がる。
「あの……」
「……ん?」
「俺にも……させてもらってもいいですか?」
紗恵さんは口を離すと、ちょっと戸惑いながら、
「う、うん……」
と小さく頷く。
また俺は仰向けになる。紗恵さんは身体を入れかえて、恥ずかしげに俺の身体をそっと跨いだ。紗恵さんの下半身が顔の位置にくるように身体をずらす。お尻に手を添えて、引き寄せた。お尻の穴まですべてさらけ出された紗恵さんを見つめる。なんでこの人はこんなに綺麗なんだろう。指で、濡れた柔肉を割り開いて、そっと舌で触れた。
ビクッと体を震わせ、紗恵さんが小さく声を漏らす。クリトリスと入り口を舌で愛撫しながら、お尻の穴にも指を滑らせた。
「あッ……!」
紗恵さんの身体が大きく反応して、一瞬逃れようとするのを、片手で押さえこんでキスをした。
「やだ……なにしてるの」
「言ったでしょ、紗恵さんの全身にキスしたいんです」
「……もう」
また俺のペニスに唇と舌が触れ始める。お互いを愛撫し合う湿った音と、時々漏れる声だけが聞こえる。
俺は徐々に舌と指を早めた。紗恵さんの声が高くなり、ペニスへの愛撫が、しばしば中断される。
もっと感じさせたい。
俺は顔を押しつけるようにして、紗恵さんに指と舌で触れた。細い身体が何度も跳ね、揺れる。
「はぁッ……」
紗恵さんは大きく息をつくと、体を起こし、跨ったまま俺を振り返った。俺の顔は自分の唾液と紗恵さんの愛液でびしょ濡れになっていた。
「あ、あの……どうしたんですか?」
激しくし過ぎて嫌がられたかな? 口元を手で拭いながら、恐る恐る聞いた。
「ねえ……私が上になってもいい?」
紗恵さんは熱っぽい目で俺を見据えながら言う。声が上擦っていた。
「は、はい……」
なんだか仕事を教えられていたときのような気分で返事をする。
仰向けのまま手を伸ばして、枕元のコンドームを手に取ると、紗恵さんは俺の手首を掴んで、奪い取った。
「さ、紗恵さん……?」
紗恵さんは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ペニスの先端にキスをした。コンドームを袋から取り出し、ペニスに着けようとする。ちょっと手間取っているようなので俺も手助けをする。くすくすと二人で笑いながら、コンドームを着けた。着け終わると、紗恵さんは髪をかき上げながら俺の腰に膝立ちで跨った。
「いい?」
紗恵さんはペニスに片手を添え、腰を落とし、自ら入り口にあてがった。位置を確かめるように二、三度前後に滑らせた後、そっと腰を沈めてきた。
ぬるり、と俺のペニスが紗恵さんの体内に飲まれていく。
「あ……」
「あ……」
同時に声が漏れる。紗恵さんは完全に腰を落とし、深い溜息を漏らした。紗恵さんはゆっくりと動き始めた。自分の体内に収まった俺のペニスの感触を確かめるように。ゆっくりと緩慢に。
「さ、紗恵さん……」
「……もっと早いほうがいい?」
じわじわと締めつけてくる。
「い、いえ……気持ちいいです」
乳房に手を伸ばし、形を確かめるように揉みしだく。青い静脈が浮き出た乳房は雪のように白い。潤んだ瞳は碧さが増しているように見えた。スウェーデン人の血が混じっているってのは、やはり本当かもしれない。紗恵さんは俺の腕に手を添えて仰け反った。互いの体毛を絡みつけ合わせながら押しつけるようにゆっくりと動く。ペース配分を考えながら走る長距離ランナーのように。
体を起こして紗恵さんと向き合うと、首筋に唇を押し当て、しっかりと抱きしめた。華奢な身体を下から遅いペースで何度も突き上げた。
「もう痛くないですか?」
「う、うん。あッ……! だ、大丈夫、……あ!」
突き上げるたびに紗恵さんは声を上げた。紗恵さんを抱きしめながら、仰向けになった。
舌を絡め合いながら、俺は紗恵さんのお尻を抱え、突き上げるペースを速くした。紗恵さんの動きも少し速くなってきている。肌が触れ、離れるたびに湿った音を立てた。
ペニスを包み込んでいた柔肉が脈打つように痙攣すると同時に、紗恵さんの身体が反り返って硬直した。それを感じたとき、俺は下から腰を押しつけるようにして果てた。
俺の身体の上で、ぐったりとなった紗恵さんを抱きしめ、髪をかきあげながら、耳や頬、首筋にキスをする。
「紗恵さん……いいですか」
軽く背中を叩いて促し、身体を入れ替え、紗恵さんをそっと仰向けに転がす。もっとじっとしていたかったけれど、萎え始めたペニスからコンドームが体内で外れてしまうのは避けないと。紗恵さんの濡れた部分を拭き、コンドームの処理をしてから、紗恵さんの隣に横になった。紗恵さんは身体を寄せて、俺の胸に手を回してきた。俺も紗恵さんの頭を抱えるように抱き寄せ、髪を指先で梳った。
「どうだった……?」
「すごくよかったです」
「私も気持ちよかったよ」
紗恵さんが、俺の胸に手を滑らせる。なにかを確かめるように。
「男って、おっぱいなくてつまんねーな〜、なんて思ってません?」
紗恵さんはくすっと笑う。
「ええ? そんなことないけど」
「紗恵さんはやっぱり女性の方が好きなんですか?」
「ん〜……」
いつものように唇を尖らせ、考える仕草をする。
「まあ、今はね……愛してるのは彼女だし、そうなるかな。でもね」
そう言って、ちょっと俺の胸に唇を触れる。
「好きになったら、女か男かなんて関係ないの、違いなんてないよ。あるとすればセックスかな」
そう言ってまた少し笑った。
「それもたいした問題じゃないけどね」
「紗恵さんが羨ましいですよ」
「なんで?」
「上手く言えないですけど。俺は男を愛せないですけどね。だけど、人をそんなふうに愛せるのって、すごく羨ましいです」
「うーん……同性を愛したときは苦しいことも多いよ」
「……異性を愛したときも苦しいですよ」
紗恵さんとちょっと目が合う。
「そうだね……」
紗恵さんは俺の首筋にそっとキスをした。
すこしまどろんでいたようだ。喉が渇いて目が覚め、サイドテーブルに置いた生ぬるくなった水を飲む。紗恵さんは俺に背を向け、横たわっていた。規則正しく動いている肩を見ると、眠っているんだろう。そっと寄り添って横になり、白い背中にキスをする。指で、背骨や肋骨をたどった。紗恵さんがちょっと身じろぎする。そっと唇と舌を首筋と肩に這わせながら、抱きしめた。手の平の中に乳房を包み込み、乳首を指の間で挟んで軽く捻る。
「ん……」
完全には覚醒していない意識の中で、紗恵さんが反応する。後ろから密着し、欲望を伝えようとして肌を合わせた。片手で乳房を愛撫しながら、もう一方の手を脇腹や腰に滑らせる。俯せになった紗恵さんに覆いかぶさり、耳とうなじに唇を押し当てた。
「あ……K君?」
背中のいたるところにキスしながら、お尻の方から、合わさった柔肉に指を触れると、ビクッと身体が震えた。すぐにじんわりと濡れてくる。紗恵さんは完全に目を覚ましたようだ。
「あッ……ん!」
指の動きに合わせて身体が反応し、声を上げる。俯せのまま、お尻を高く上げるような姿勢にさせてキスをする。クリトリスを刺激しながら、指を侵入させた。お尻の穴にくすぐるように指を触れる。紗恵さんの声が高くなり、何度も身体が跳ね上がった。
体内に侵入させた指を伝って、手首から肘の方まで愛液が滴り落ちた。紗恵さんの身体に震えが走り、力が抜けたところで、しっかりと抱きしめた。首をねじ曲げてきた紗恵さんと唇を合わせ、舌を絡ませた。
コンドームを取ろうとして手を伸ばす。紗恵さんがそっとその手を押さえた。
「紗恵さん……?」
もうしないよってことかな? やっぱり続けて三回は無理か。
「……いいよ」
「え……」
「着けなくても……いいよ」
「……いいんですか?」
「うん、でも……」
紗恵さんは、俺の腕に唇を触れた。
「中には出さないって約束してね」
「はい……」
俺はペニスに手を添え、背後から紗恵さんに入り口にあてがった。擦るように触れると湿った音を立てた。
ゆっくりと、紗恵さんの体内に入る。
「あ! んん……!」
紗恵さんの身体が反り返り、震えた。時間をかけて根元まで押し込むと、しばらく動かさずに、神経を集中させた。コンドームで隔てない紗恵さんの感触が、ペニスを包み込む。
深く溜息を漏らした。熱く柔らかな肉壁がペニスをひき込もうとするように蠢いていた。
「ああ……紗恵さん」
ゆっくりと出入りする。紗恵さんが上になっていたときと同じ早さでゆっくりと。
「あぁ……あッ!」
紗恵さんが声を上げる。シーツを握りしめた手の甲にはくっきりと静脈が浮き出ている。押し込み、引くたびにゆるゆると粘膜が絡みついてくる。その感触をいつまでも味わっていたい。早く動かすと、それだけ早く終わってしまいそうだ。
「き、気持ちいい……」
紗恵さんは、肩ごしに俺を振り返り、眉間にしわを寄せて、切なげに呟いた。
「俺も気持ちいいです……」
紗恵さんが俺にお尻を押しつけるようして揺する。あのホクロが動きに合わせて揺れていた。我慢できずに、ほんの少しだけ動きを早くした。
「あッ! あッ……! んんッ……!」
肘をつき、額をシーツに押しつけるようにして紗恵さんが喘ぐ。肩甲骨が、白く滑らかな皮膚を突き破りそうに尖り出る。手を伸ばして、肩甲骨の間の溝に触れ、動きを確かめるように指でなぞった。今にもそこから翼が生えてきそうだ。
「ああッ……」
紗恵さんが軽く達したようだった。紗恵さんの震えが止まるのを待って、一旦身体を離し、そっと仰向けにした。
紗恵さんを改めて見つめた。ほんとに綺麗だ。普段は透き通るように白い肌が、今は桜色に紅潮している。細くて、曲線を描いていて、どこまでも柔らかな身体だ。
芸術に興味があったなら――画家でも彫刻家でも写真家でもいいが――『○○の作品のようだ』とか言ったりするんだろうけど。その方面に疎い俺はただ、綺麗だ、と言うしかない。
「……どうしたの?」
憑かれたように見つめている俺に紗恵さんは、乱れた息の中で聞いてきた。俺は答えるかわりに、紗恵さんの体内にそっと押し入った。
「あッ……! んッ!」
仰け反った紗恵さんが、俺の腕を握りしめた。完全に紗恵さんに入り込むと、俺はしっかりと抱きしめた。
抱きしめても抱きしめても、足りない。そんな思いを、俺の肌から紗恵さんの肌にしみ込ませるように抱きしめる。紗恵さんにとって、これは一夜の恋ですらないんだろう。二年間、独り相撲をとっていた俺に、手を差しのべてくれただけなのかも知れない。それでも紗恵さんは、しっかりと抱きしめ返してくれた。いつも冷たい手が熱く熱を帯びている。
唇を合わせ、舌を絡ませ合い、唾液を送り込み合い、啜り合った。紗恵さんと俺の繋がっている部分が、湿った音を立てる。太股まで濡れて、擦れ合うたびにヌルヌルと滑った。
「紗恵さん……! 紗恵さん!」
「あッ! ……K君!」
熱に浮かされたように、互いの名前を呼び合った。紗恵さんが腰を押しつけてくる。
俺は体を起こして紗恵さんの膝に手を当て、脚を押し広げた。紗恵さんの体内から俺のペニスが白濁した愛液にまみれながら出入りしているのが見えた。
シャワーを二度、浴びているはずなのに紗恵さんの身体からは、いつものコロンの香りがたちのぼってきている。全身の毛穴という毛穴から甘い匂いが滲み出してきているようだ。もしかしたらコロンではなく、紗恵さんの体臭なのかも知れない。
紗恵さんの身体の両脇に手をつき、動きを早めていく。紗恵さんが俺の腕を握りしめてくる。
紗恵さんの声がひときわ高くなり、俺の腕を掴んだ手に力がこもる。
「ッ……あ……!」
紗恵さんの声が途切れ、身体が弓なりに反り返って、震える。
「紗恵さん……愛してます!」
膣内が、痙攣して収縮し、ペニスが押し潰されそうなほど締めつけられた。そこまでだった。精液が勢いよく上がってくるのを感じて、俺は身体を離した。
三度目とは思えないくらいの量と勢いで、紗恵さんの胸元やお腹に飛び散り、何度も噴き出す。尾てい骨から腰まで熱く痺れるような快感が走る。出し切ると、急激に脱力感が襲ってきて、断続的に痙攣を続けている紗恵さんの身体の上に、ゆっくりと折り重なった。
呼吸が整うと、俺は体を起こした。紗恵さんの身体に飛び散った精液をティッシュで拭き取ると、浴室に向かった。シャワーで紗恵さんに覆いかぶさったときについた自分の体液と汗をざっと洗い流すと、予備のタオルを何枚かお湯で濡らして、ベッドへ戻った。全身の力が抜けて、意識を失ったようにぐったりしている紗恵さんの身体を丁寧に拭き清めた。
「ありがと……」
何枚目かのタオルで拭っていると、紗恵さんが呟くように言った。
「いえ……」
ふふっと紗恵さんが笑う。
「なんか思い出しちゃった」
「え? なにをです?」
「K君が入社してすぐだよ。私がお茶を床にこぼしちゃって、K君慌ててタオルと雑巾持ってきてくれて、床拭いてくれたよね」
「ああ、覚えてますよ」
紗恵さんの身体を拭いながら、笑った。
「その少し前に俺、紗恵さんに叱られたんですよ、説明聞いてなくって」
「そうだったね、でも仕事のことで悩んでたんだよね」
「でも実を言うと……」
「ん?」
紗恵さんはちょっと首を傾げる。
「ほんとは紗恵さんに見とれていて、説明聞き逃したんですよ」
「え?」
「あのとき紗恵さん、胸元が開いた服着ていて、その……気になって」
紗恵さんが吹き出す。
「ほんとに?」
二人でくすくす笑い合った。
「セクハラだ」
「あ、すいません……でも悩んでたのは本当ですよ。あのときマジで自信なくしそうで……紗恵さんに励ましてもらって、すごく嬉しかったですよ」
紗恵さんの身体を拭き終え、タオルを脱衣所のかごに放り込んで戻る。
「喉乾いてませんか?」
「あ、うん。水飲みたいな」
サイドテーブルの水はぬるくなっているので、新しい水を冷蔵庫から抜き出す。
「別にあれでかまわないのに……」
紗恵さんは、手渡したボトルを受け取って水を飲んだ。紗恵さんが三分の一ほど飲んだボトルを受け取る。
「俺も飲んでいいですか?」
くすっと紗恵さんが笑って頷いた。冷たくてうまかった。
紗恵さんの隣に横になり、頭をそっと抱き寄せる。紗恵さんは俺の胸に腕を回してきた。シーツを胸元まで引き上げる。
「あの……すごくよかったです。最高でした」
「私もだよ」
そう言うと紗恵さんは、そっと俺の首筋に唇を触れた。
「……すごく素敵だったよ」
その後はあまり言葉も交わさず、時々唇を合わせ、互いの髪を撫でたり、指を絡め合ったりして、ただ抱き合っていた。
『ずっとこのままだったらいいのに』
『時間が止まればいいのに』
ラブソングなんかで飽きるほど使われている言い回しだ。陳腐な表現だと思っていた。でも本気でそう思うときって、あるんだな。
俺の髪を撫でていた紗恵さんの手がいつの間にか止まっていた。
「紗恵さん……?」
規則正しい寝息が聞こえてくる。寝ちゃったのか……。
頬杖をつき、紗恵さんの寝顔を見つめる。無防備に眠る紗恵さんの寝顔は、すごく幼く見えた。
明かりを絞って薄暗くし、俺は紗恵さんの胸に頬を当て、鼓動を聞いた。なんだか遠い昔にこんなことがあったような気がする。急に眠くなってくる。眠ってしまうのはもったいない。朝までの間、ずっと紗恵さんを感じていたかった。寝顔を見ていたかった。しかし、ひたひたと睡魔が襲ってくる。体を起こそうとしても動けなかった。枕元に視線を移すと、時計は三時半を回っている。五分……十分くらいなら。俺は紗恵さんの鼓動を聞きながら、目を閉じた。
「K君……K君」
どこか遠いところから呼びかけられている。身体がかすかに揺れていた。
「え?」
半分眠った状態で俺は目を開ける。紗恵さんが枕元に座って、俺の肩を軽く揺すりながら声をかけていた。
「さ、紗恵さん?」
夢かと思った。なんで紗恵さんが俺の部屋にいるんだろ? 一瞬で記憶が戻る。ああ、そうだ。昨日、俺と紗恵さんは……。
「お早う」
紗恵さんはにっこり笑うと、そっと俺の唇にキスをした。
「お、お早うございます……もう朝ですか」
俺は額に手を当てながら、ゆっくりと体を起こす。纏わりつくような疲労感はあったが、不快なものではなかった。
「ごめん、まだまだ早かったんだけど」
時計に目をやると、五時半を過ぎたところだ。
「ほ、ほんとに早いですね……」
「うん……このまま起こさずに行こうかと思ったんだけどね」
紗恵さんは俺の乱れた髪を手で撫でた。
「でも、それもなんだか、ね」
紗恵さんはもう服を着ていた。白い麻のシャツとジーンズ。シャワーを浴びて、軽く化粧も直している。
「それに……このままだとK君、昼頃まで寝ちゃってそうだったし。そうなったら無断欠勤だよね」
「はは、ここに一人置いていかれたくないですよ」
「よく寝てたからねー。寝顔見ちゃった、可愛かったよ」
「あ〜……」
二人で顔を見合わせ、くすくすと笑った。
「あの、もう行くんですか……早いですよ」
すがるような目で紗恵さんを見た。少しでも長く一緒にいたいのに。
「うん……でもあまり遅くなるとね。この近くの駅を会社の最寄り駅にしてる人も多いでしょ」
会社にいちばん近い駅は会社から歩いて三分のJRの駅だが、乗り換えや自宅近くの沿線などの関係で、地下鉄の駅から会社まで歩いている人も多い。俺も、紗恵さんもそうしていた。通勤時間にぶつかると、会社の誰かに見られないとも限らなかった。
「私は見られても、別にいいんだけどね。なに言われようが、もう会社には行かないんだしね」
そう言って紗恵さんは笑った。――もう会社には行かないんだしね。その言葉に胸の奥が、キン、と氷の欠片を落とし込まれたようになる。
「でも、K君はそんなわけにはいかないからね」
見られたって構わない。そんな気持ちと、誰にも知られたくない、俺と紗恵さんだけの記憶にしておきたいとも思った。
「じゃ、俺も行きます」
「九時までどうするの?」
「いちど部屋に戻って、シャワー浴びて着替えてから出社します。すぐ支度しますから」
そう言ってベッドから出ようとしたが、パンツも穿いていないことに気づいた。紗恵さんの視線が気になる。
「あ、あの」
「ん?」
「俺、なんにも着てないんで」
紗恵さんは可笑しそうに笑う。
「恥ずかしいの? 今更だよ」
「は、はあ……でも」
紗恵さんがいつものように微笑む。穏やかな微笑みだ。
「K君らしいよ」
言うと、俺に背を向ける。
「……そういうところは失くさないでね」
紗恵さんは小さく呟いた。
ホテルを出た。空はずいぶん明るくなっている。
昨日と同じように手をつないで歩いた。昨夜は熱く、熱を帯びていた紗恵さんの手はいつものようにひんやりしていた。桜色に染まっていた肌も、透き通るような白さを取り戻している。
話したいことはいくらでもあるのに舌が固まったように言葉が出てこなかった。今日から紗恵さんは会社には来ない。どうしても実感が湧かなかった。
じゃ、また後で、と別れて部屋に帰ってシャワーを浴び、着替えて眠い目を擦りながら会社へ行くと、また紗恵さんに会えるような気がした。
紗恵さんのいないデザイン部署。空席のままの紗恵さんの椅子。紗恵さんがいない毎日。酸欠になっちまうかも知れないな……。
駅の入り口が近づいてくる。紗恵さんは急に立ち止まった。
「紗恵さん……?」
「ごめん、私ここで」
「え?」
「ちょっと歩くよ」
紗恵さんは、俺を見て笑った。
「歩くって……家までですか?」
「そうじゃないけど……ひと駅かふた駅」
「なんでですか……?」
「ふふ、なんだかんだ言って六年も通い続けてた道だからね、じっくり見ておきたいの」
冗談ぽく言うと、ふっと表情を変え、紗恵さんは、駅の入り口に視線を戻した。
「だって……このままだと、先に電車に乗っちゃうか、ホームに残されたりするじゃない?」
いつもそうだった。紗恵さんと一緒に帰ったときは、どちらかの乗る電車が先にきて、どちらかはホームで見送ることになっていた。
「一人で泣いちゃったりしたら恥ずかしいじゃない、周りに人がいるのに」
また俺を見てくすっと笑う。
「きっと泣くから。こういう別れって苦手なの」
「紗恵さん……」
「ごめんね」
俺と向き合い、そっと手を離した。
「はい……」
紗恵さんの目はちょっと潤んでいるように見える。目の奥に、痒いようなくすぐったいような感覚があった。
「仕事、頑張ってね」
「は、はい……あの、二年間ありがとうございました」
なんでこんなことしか言えないんだろう。違うだろ、言いたいのはそんなんじゃない。
「じゃ、元気でね」
紗恵さんはそっと愛おしむように俺の頬に手を触れた。ひんやりした手。いつもの穏やかな微笑み。柔らかく響くアルトの声。
思わず、その手首を掴んで引き寄せていた。
「あッ……」
紗恵さんがちょっと驚いた声を上げたときには、俺はその華奢な身体を抱きしめていた。
「K君……?」
しっかりと抱きしめた。離したくなかった、離れたくない。
「……もう会えないんですか?」
紗恵さんは俺の背中にそっと手を回してきた。だけど抱きしめ返してはくれなかった。
「ごめんね……」
やっぱりそうか、わかっていたことだけど。でもすぐに離す気にはなれなかった。
「あの……もう少しだけこのままで」
「……うん」
紗恵さんは少し腕に力を込めて抱きしめ返してくれた。ほんの少しだけ。
スーツを着たサラリーマンが、朝っぱらからなにやってんだよ、と言いたげな目で俺達の横を抜けていく。
紗恵さんの髪に顔を埋めた。目の奥が熱くなって、喉の奥からしゃくり上げるような声が出た。
時間にして一分ほどだったろう。俺は腕の力を緩め、紗恵さんの身体を離した。
「……すいませんでした」
「ううん、いいよ」
紗恵さんは泣いてはいない。俺が泣いちゃいけないよな。
「あなたを誇りに思うよ」
まばたきすると涙がこぼれそうだった。必死で堪えたが、涙が今にもあふれそうになる。
「K君は私のたった一人の教え子なの。すごく優秀で、すごくいい子で、そして――」
紗恵さんは俺の唇に、そっと指を触れた。
「――特別のね」
大きな瞳がゆらゆらと揺れている。我慢できずに俺の目から涙が流れ落ちた。ぽろりと一筋だけ。
「ほら、男だったら泣くんじゃない」
言いながら紗恵さんは、俺の頭をくしゃっと撫でた。
「紗恵さんは泣いてしまうから、電車には乗らないって言ったじゃないですか。俺は泣いちゃ駄目なんですか?」
「言ったでしょ、私はわがままなんだって」
泣き笑いのような表情でくすくすと笑い合う。
「じゃ……もういくね」
「はい……紗恵さんもお元気で」
紗恵さんはそっと唇で俺の唇に触れると、背を向けた。いつもの柔らかく、穏やかな微笑みを残して。
俺はその場で立ち尽くして、後ろ姿を見送っていた。
しばらく歩いたところで、紗恵さんは立ち止まった。
もしかしたら……。
振り返ってくれるかも知れない。振り返って走ってきてくれるかも知れない。やっぱりずっと一緒にいよう、って言ってくれるのかも……。
ハッピーエンドの映画やドラマのようなことは起きない。紗恵さんは、こちらに背を向けたまま、軽く右手をあげて、ひらひらと手を振る。
バイバイ、ってことか……。
俺は落胆しながらも、でもやっぱり紗恵さんらしいと思った。その後ろ姿に、思わず俺も手を振り返した。それが見えているかのように、今度は右腕を頭上まで上げて、ぶんぶんと大きく手を振った。幼い子どものような仕草だ。
――男だったら泣くんじゃない。
すいません、紗恵さんにそう言われたけど、無理ですよ……。
紗恵さんは振っていた腕をゆっくりと下ろした。歪んで見える紗恵さんの後ろ姿は、俯き加減で肩が小さく震えている。紗恵さんも泣いているんだろうか?
紗恵さんは振り向かずに、しっかりとした足取りで歩き始めた。迷いなく、凛とした後ろ姿だった。紗恵さんは今まで何度も迷いながら、立ち止まりながら、そうやって歩いてきたんだろうな。そしてこれからもその足取りで歩いていくんだろう。信号を渡って、その後ろ姿は小さくなっていく。
胸が熱くなり、締めつけられるような感覚に襲われた。思わず手で胸を押さえた。
――大事な愛しい者の姿を遠くから見たとき、こみ上げる想いに胸が苦しくなる。
それは小説か、歌の歌詞の一節だっただろうか?
紗恵さんは一度も振り返ることなく、遠く小さくなり、ビルの陰に紛れて見えなくなった。
ほんのさっきまで、紗恵さんの全てが腕の中にあったことが、夢のように思えた。
まだ俺の唇や指先、そして体中に紗恵さんの柔らかな感触や匂いが残っている。確かに現実だったんだ、あれは。
そしてもう、紗恵さんにキスすることも、触れることも、抱きしめることもない。
だけど俺は忘れない。この二年間のことを。紗恵さんが今まで歩いてきた道のりを。紗恵さんへの想いを忘れない。
俺は息を吐き、涙を袖で拭うと、空を見上げた。
いい天気になりそうだな……。
昨日、紗恵さんと二人で見上げた夜空は跡形も残っていなかった。
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