総合職の同僚と
2008/09/25 18:37 登録: えっちな名無しさん
今日が人生の分岐点だ。
誰にも二度や三度、そう感じる時があるだろう。
俺は、まさに今、それを感じていた。
高ぶる気持ちを抑えるように、落ち着けと自分に言い聞かせる。
同じ会社の同僚との待ち合わせで、駅ビル正面にある
彫刻かモニュメントか何だかわからない物の前に立っていた。
これから食事に誘い、その席でプロポーズをする計画だった。
同期入社した彼女には、何故か男の噂がなかった。
実際は俺が聞かないだけで、モテるのだろう。
あれだけの容姿なら当然だ。
しかし、入社から三年、同じ部署で彼女を秘かに見続けてきた
自分の判断からすると、現在彼氏はいないようだった。
仕事のせいもある。
お互い仕事に打ち込んでいた。
総合職の女性の割合は少なかったが、
彼女は残業も休日出勤も男性と変わらずこなしていた。
彼氏がいない、という結論はそんな理由からでもある。
俺だって忙しくて彼女が出来ないからだ。
先輩社員のほとんどは職場結婚か、
仕事関係の付き合いから発展して結婚に至っている。
自分も、その例に続きたいと思っていた。
彼女を初めて見た時、その美しさのあまり感動してしまった。
肩まで真っ直ぐに伸びた髪、理知的な瞳、整った鼻筋と口元。
こんなに自分の理想のタイプがいるのかと思った。
仕事で彼女と話す時は、どんな時よりも緊張している自分を感じた。
名前も良かった。
俺は二文字の名前が好きだったので、その点も好ましく思えて、
ますます彼女との出会いが運命的なものだと感じられてしまった。
しかし、そうすると、マキちゃんでもナオちゃんでも、
全て運命の人になってしまうが、その点は考えずにいた。
俺のそういう想いを同期の友人に話すと、
「言い過ぎだろう」と笑われた。
他にも
「彼女の話をし出すと止まらない」とか
「お前みたいに美化し過ぎるのも考えものだ」
という意味の皮肉のような反論をされた。
客観的に見れば、
『部署では一番かもしれないが、社内では一番ではない』
というのが妥当な評価らしい。
しかし、俺にとっては、そんな事は重要ではない。
自分の理想とする人がいるのだから、何としても交際したいし、
このプロポーズを成功させたい。
その思いが強過ぎて慎重になり、ここまで具体的な行動は
起こせずにいたが、ようやく今日、前進出来そうだ。
その為の仕込みは万全だった。
さり気無く仕事を手伝い、一緒に残って残業をしたりした。
それが実って、部署では一番心を開いてくれるようになった。
もしかしたら社内で一番親しいのは俺かもしれないと思うまでになった。
だが、それでも彼女と仕事後に会うのは今日が初めてだった。
彼女は、忘年会などの会社絡みの飲み会には参加しても
個人的なものには食事すら参加しなかった。
その為、今日も「少し相談があるから喫茶店で時間をもらえないか」
と嘘をついて誘ったのだ。
実際には少し高目のレストランを予約してある。
今月は厳しくなってしまうが仕方ないだろう。
先月のボーナスだけが頼りだ。
そんな事を考えていたら彼女の姿が見えた。
今日も輝いている。
美しい。
溜息が出そうになった。
「お待たせ。どこにするの?」
「向こうに落ち着く店があるから、ちょっと歩こう」
そう言って連れ出す。
彼女は黙ってついて来る。
「ここ?」
店の前に立つと、彼女は俺に向かって言った。
「そう」
「喫茶店じゃなかったの?」
「そうだっけ?」
とぼけて誤魔化した。
受付で彼女に聞こえないように予約した旨と名前を告げた。
席に案内される。
壁際の奥の方にある二人掛けのテーブル席についた。
メニューを開いたけど、
前もって調べていたから頼む物は決まっていた。
洋食のコース料理。
店内は半分ほど埋まっていて、席の間は広いから話に集中出来る。
次々に運ばれてくる料理を消化しながら適当な話題で場を繋げ、
デザートまで辿り着いた。
そこで、今日の目的を打ち明ける。
結婚を前提に交際したい、と告げた。
彼女は驚いていたが、デザートを食べ終わらないうちに断られた。
理由を訊くと、既に彼氏がいるらしい。
今度は逆に驚かされた。
会社の男だろうか。
それとも取引先の男か。
大学時代の男かもしれない。
そんな話は聞いた事がなかったので、
つい問い詰めるように訊いてしまった。
彼女は、そのどれも否定した。
そうすると、さらにムキになってあれこれと質問を重ねた。
出会った場所やどんな男か、など。
考えてみれば、彼女とこんな話をしたのは初めてだった。
「普通の人」
俺の質問に、彼女は最初そう答えた。
普通の人と言っても、
彼女みたいな可愛い子の言う「普通」なんて当てにならない。
俺は、きっかけから訊ねていった。
それから、彼女の打ち明け話が続いた。
「私、高校の時から、なんとなくモテだしていたのね。
中学の時は、そんなじゃなかったんだけど何故か高校くらいから
色んな誘いが増えたの」
「へぇー」
さぞ可愛い高校生だったんだろう、と想像した。
「そういうのって、わかるじゃない。周りの目も変わるし。
……それでさ、結構天狗になっていたんだと思うんだよね。
今考えると、ひどいなって事もしてた気がする」
「それで?」
「その頃知り合った人なんだけど、
その人も私に好きだって言ってくれたの。でも私、なんか
その気になれなくて、別に嫌いじゃないんだけど、断ったのね」
(まぁ、そういう時もあるだろう)
「でもさ、その人私がフッテるのに、その後も普通にしてくれてね。
色々困った時とか助けてくれたんだよね」
彼女はカップを取り上げて、
さっき運ばれて来た食後のコーヒーを飲む。
「それで、最初の内は、私も『私によく思われたくて、してるんだな』
とか『気が変わるようにしているんだな』とか思ってたのよ」
「そういう意味もあるだろうね」
「でもね。それって一週間とか短い時間じゃなくて何ヶ月とか続いたの」
「そうなんだ」
感心したように言った。
「で、そうしていると、何かと話す時間とか一緒にいる時間が
増えてきて、私もなんとなく『付き合ってもいいかもなぁー』って
思ってきたんだよね」
「で、付き合ったの?」
彼女は首を振った。
「付き合えなかったの」
「なんで?」
「やっぱり、私が一度断っているっていうのがあるから、
ちゃんと付き合うなら、今度は私から言わなきゃいけないなって
思っていたんだよね」
頷く俺。
「でも、その辺が私のずるかった所なんだけど、出来れば、
もう一度彼の方から告ってくれないかなぁ……なんて思ってたのね。
……それで、こう……彼が言ってくれないかな、なんて思いながら
そういう状況を作ろうとしてみたり、色々してたの」
彼女は、大まかにだが、当時の作戦の数々を話してくれた。
聞いていると、二人きりになるようにしたり、
会う機会を増やそうとした彼女の苦労がよくわかった。
「で、そんな風にしてたら、彼の方で、
もう一度告白してくれるんじゃないかっていう雰囲気を感じるのね」
「で、言ってきたの?」
彼女は否定した。
「そうなると、私からは余計に何も言えずに待っちゃって。
早く言ってくれないかなって感じでさ。でも、なかなか彼は
言ってくれなくて……」
当時を思い返すみたいに少し上を向いた。
「そんな繰り返しで、時間だけ流れて……、
私の方も、いい加減『もう言ってしまおう』という気持ちになってきて。
それと比例するみたいに、彼の方でも、何か言おうとしてくれる感じが
すごいするのね。
で、『もうどっちでもいいや、この日に言おう!』って決めたの。
それで結果的に彼の方が先になったら、それはそれだし、
私が先になっても別に問題ないや、って思ってたんだけど……」
「だけど?」
「彼の方の都合で急に会えなくなっちゃったんだよね」
その経緯を簡単に説明した。
「しばらくしたら会えるんだろう、って思っていたんだけど、
私の方でも受験があったり色々あって、それっきり会えなくなっちゃった。
メールもしたんだけど、アドレス変わってたし……」
「好きな女でも出来たんじゃないの?」
意外にも彼女は同意した。
「そう。私もそう思って。
でも何となく、その後どうなったのか知りたい気持ちがあって。
大学入っても好きな人とか出来たんだけど、頭の隅に
その人の事が残ってるのよね」
さらに彼女は続ける。
「それで……、大学卒業するくらいかな?
買い物してたら偶然高校の時、同じバイトをしてた知り合いに会って、
昔話をしていたら、その人、彼のアドレスを知ってるって言うのよ」
「驚きだね」
「私もビックリして『何で知ってるの?』って訊いたら、
その知り合いも、たまたま彼とバッタリ会って交換したみたい。
その人も、急に彼と連絡取れなくなっちゃっていたから気にはなってた
みたいで、『あれからどうしたの?』って感じで話が弾んで、
また連絡取り合っているって言ってたの。
男同士っていいわよねぇとか思った」
「で、連絡したんだ?」
苦笑しながら彼女は言う。
「なんか笑っちゃうくらい白々しく
『そう言えば、彼に連絡したい事があったんだ』
とか言ってアドレスを訊いたわ」
それからは、順調にいったようだ。
その彼は、彼女のメールに返信してきて長い間の音信不通を謝罪し、
彼女の方は、それ以上の謝罪のメールを送った、と話した。
そして、二人の関係は昔以上に親しくなったらしい。
彼女は、二人が既に半同棲している事や、部長には、結婚をする事と
どこで発表しようか考えている事、皆が揃う忘年会あたりに部長から
お願い出来ないかと相談している事、などを話した。
最後に、「だから、しばらく皆には黙っていてほしい」と付け加えた。
「じゃあ仕事辞めちゃうのか?」
「わからない。彼は続けてもいいって言ってくれているし、
部長も期待してくれているみたいだから……」
その時、僅かに低音と振動が聞こえた。
彼女は慌てて携帯を取り出すと画面を覗き込む。
「ごめん、……なんか彼が、これから会おうって言うんだけど……」
駅まで彼女を迎えに来るようだ。
俺達は会計をして店を出た。
半分出そうとする彼女の申し出を頑なに拒否した。
並んで歩きながら駅まで着くと、
俺は、その男を一目見たい一心で彼女と話しながら、
一緒に彼が来るのを待っていた。
やがて俺の前に現れた彼は、
スーツを着た仕事帰りの平凡そうな男だった。
彼女の言う通りで、背は俺と同じくらい、
顔は俺も負けてないだろう、という気がした。
どんなカッコイイ男が来るのか、と身構えていた俺は拍子抜けした。
「彼女に相談に乗ってもらって……」と言い訳をすると嫌な顔一つせず、
逆に「こっちが困った時には、よろしく」と言ってきた。
彼は、彼女の事を呼び捨てにしていた。
彼女は、その横で照れたように笑っていた。
それから俺は、二言三言交わして二人と別れた。
二人は、会釈をして、俺とは反対方向に向かう。
少し歩くと、携帯を取り出して、同僚の番号を押した。
「あー、俺だけど……、駄目だったよ」
「そっかー。残念だったな。理由は何て?」
「いやー、よくわからんけど断られた」
「じゃあ、俺の出番かな」
「おいおい、俺が無理なのに、お前じゃもっと無理だろー!」
そんな軽いやりとりをして電話を切る。
最後に同僚は「元気出せ」と言った。
振り返ると、二人の姿はもう見えない。
(楽しそうだったな、彼女)
ふと思い返す。
今まで見た中でも一番の笑顔をしていた。
それは、ずっと彼女を見てきたから自信を持って言える。
きっと、彼といる事が幸せなんだろう。
相性がいいと言うのか。
お似合いと言うのか。
とにかく、僅かな時間で二人の絆みたいなものを感じた。
(これから、二人は、ずっと同じ道を歩いていくんだろうな)
不意に抑えきれない感情が湧いてきたけど、
彼女の明るい未来を想像しながら改札を通り抜けて電車に乗った。
出典:オリジナル
リンク:オリジナル

(・∀・): 129 | (・A・): 36
TOP