サプライズ
2008/09/30 23:09 登録: えっちな名無しさん
10年前の小学5年の時、4年生まで担任だった男性教師が転勤になって新しく女性教師が担任になることになったが俺は新しい担任の女性教師に始めて会った時に?どこかで会ったことがある?と思ったがどこで会ったか思い出せずに授業を受けることになった。
担任は当時、41歳で優しく放課後に俺が1人で教室にいたりすると心配して声を掛けたりしてくれたのですぐに仲良くなれたように思う。
俺の家族は父子家庭で父さんが仕事で家にいない時は伯母さんが俺の面倒を見てくれたりしたが、伯母さんが用事でいない時は午後5時ごろまで午後5時ごろまで学校で過ごして家に帰ると父さんも家に帰っていた。(伯母さんは結婚をしているが、おじさん(旦那)は午後6時を過ぎないと家へ戻ってこないし、一人娘は遠方の大学へ通うためにアパートを借りて1人暮らしをしていた)
小学5年になって2ヵ月ほどたったごろの日曜日に父兄参観があって父さんが担任と始めて会った時、俺は父さんと担任の様子がおかしいことに気づいて?何かおかしい?と思ったがなんとなく?学校では聞けない?と思って何も言わず、父兄参観が終わると父さんは俺から少し離れたところで担任と話をした。
父さんは担任との話が終わると一緒に家へ帰り、父さんは最初にどこかへ電話をしてから少し考えて俺に「今の担任と始めて会った時にどう思った?」と言い、俺は「どこかで会ったような気がするけど…」と言うと「小さかったから覚えていないか…担任はお前の母さんだ」と言った。
俺は最初、意味が分からずに「エ…母さん…?」と言うと父さんは「さっき、学校で話をして家へ戻ってから伯母さん相談したが…本当のことを言うことにした」と言い、父さんと母さんが結婚をしたごろからの話を俺が分かりやすいように説明を始めた。
母さんは結婚をする前にある小学校で教師として働いていて、お見合いで父さんと知り合って結婚してからも教師は辞めずにいたが妊娠を期にいったん辞めて俺を生んだらしい。
俺が4歳になって幼稚園を通い始めたごろ、母さんは教師として学校へ復帰しようとした時に父さんは仕事が忙しい時期でお互いに話ができずに喧嘩が増えて別れることになり、俺をどちらが育てるかで話し合った結果、経済力があって近所に伯母さんが住んでいる関係で俺を預けるところがある父さんが育てることになったらしい。
父さんは説明をした後、俺に「母さんはK(俺)と一緒に住みたかったらしいが…仕事をやめていた時期があるから収入などで不安があったらしい。今年に入ってから担任が代わったことは知っていたが…実の母さんから勉強を教えてもらっていたんだ」と言ったが、突然のことだったので「あの…学校で会う時…どうしたらいいの?」と言うと父さんは「明日は学校が休みだからゆっくり考えればいい」と言い、電話を掛けて伯母さんとおじさんと一緒に近くのレストランで夕食を食べることになって夕食後は家に戻ってテレビを見たりした後に寝ることになった。
父兄参観の次の日、俺は学校が休みだったが父さんは仕事があるので出掛けて俺は伯母さんに来てもらうと「K君、学校にお母さんがいるんだって?」と言い、俺は「ウン…今…担任になってる」と言うと伯母さんは少しビックリしたようだったが「そう…先生の資格を持ってるから…どんな人かな?」と聞き、「優しい…1人で学校にいると話をしてくれる」と答えると「優しいんだ…今日のお昼はK君の大好きなお好み焼きを食べようね」と言って家から歩いて5分ぐらいのところにあるお好み焼き店へ行ったりして過ごした。
夕方になると倒産が戻ってきて伯母さんが帰ると何事もなかったように夕食を食べ、夕食後に俺が「あの…母さん…でいいのかな…明日…どうしよう」と言うと父さんは「母さんは学校で勉強をちゃんと教えてくれるんだろ。明日はとりあえず学校へ行ってこい。母さんと話ができないようなら途中で帰ってもいいから」と言い、この日は翌日の授業に必要な教科書などを準備して寝ることになった。
父兄参観から3日目、俺は学校へ行って担任である母さんの授業を受けたがこの日は答えられるはずの問題が答えられなかったりして散々だったので母さんから「今日はどうしたの?おかしいよ」と言われる始末だった。
この日の放課後、教室に1人でいると母さんが教室に来て「どうしたの?」と言い、俺は「あの…父さんから聞いたけど…僕の母さんなの?」と言うと母さんは「そう…今まで黙っててごめんね…」と言った。(俺の様子がおかしかったので母さんは「父親が説明した」と思ったらしい)
俺が「早く教えてほしかった」と言うと母さんは「ごめんね。初めて出席簿を見た時は『同じ名前の子』って思っていたの。K君の笑顔…左のホッペだけにできるエクボがお父さんにそっくり」と言い、ゆっくりと父さんと別れるごろからのことを俺が分かりやすいように説明を始めた。
母さんは教師として復帰しようとした時、父さんの仕事が忙しくて話ができなかったことや喧嘩をしたりしたことによって仲が悪くなって離婚をすることになり、離婚後は俺と父さんが住んでいる地域から少しはなれたところにある学校で臨時教師として働くようになり、2年後には正式に教師として採用されたらしいが俺と父さんが住んでいる地域にある学校への転勤はなかったらしい。
俺が小学5年になった年に4年の時の担任が転勤で他の学校へ行って母さんが赴任することになったときに?K君と会うかもしれない?と思ったらしいが、担任になるクラスに俺がいるとは思っていなかったらしい。
説明の後、母さんは「本当は言いたかったけど…K君が混乱するといけないから…」と言い、俺は話を聞いているうちに?近くにいたんだ?と思うと自然と涙が出始めて「会いたかった…」と言うと言葉が続かずに本格的に泣いてしまい、母さんは「ごめんね」と言って俺を抱きしめた。
母さんは俺が落ち着くまで抱きしめてくれ、俺は少し落ち着くと母さんの顔の方を向いて「あの…『母さん』って…呼んでいい?」と聞くと母さんは「呼んでいいよ」と言ったが、少しして「ン…ちょっと待って。K君が急に『母さん』って呼ぶとみんながビックリするよ」と言い、俺が「どうしよう…」と言って考えたが結局は母さんが「2人だけでいる時に…」と言って2人きりで話をする時だけ母さんと呼ぶことになった。
少しすると俺と母さんの関係を?おかしい?と思い始める職員が出始めたために母さんが校長に相談して「授業に支障が出ないようにする」ということで教頭と教職員に俺と母さんの関係を説明して生徒(同級生)には内緒にすることになった。(最初は「生徒にも説明をしよう」という意見が出たが「いじめの原因になるかもしれない」ということで説明をしなかった)
夏休みになると俺は友人と一緒に学校のプールへ泳ぎに行ったりしていたが、たまに「宿題で分からないところがある」とか理由を作って母さんへ会いに行ったりしていたし、夏休みが終わると俺が母さんと話をしたい時は放課後に学校へ残ったりしたので以前とはほとんど変わらない生活だった。(夏休み中、教職員は交代で学校へ行っているので学校へいるかどうか確認をすればよかった)
俺が小学6年になっても母さんが担任だったが、修学旅行などの行事が増えるので母さんはいぞが敷くなって学校で俺と話をする時間が少なくなったが、このごろは母さんが住んでいるアパートの場所を聞いていたので学校が休みで用事のない時に会いに行ったりしていた。
母さんが住んでいるアパートには午前中に行って一緒に昼食を食べたりしたが、俺が病気などで学校を休んだ後に行くと「授業に遅れるといけない」という理由で勉強をやらされた。(昼食は母さんが作ってくれた)
月日が流れて小学校の卒業式が近づくと「H先生(母さん)が学校を辞める」という噂が流れたが、俺は?嘘だろう?という思いがあったので母さんに本当かどうか聞こうとしなかった。(本当は「聞くのが怖い」という思いだった)
しかし、実際に卒業式の直前になると母さんは辞めるのが本当らしいと聞き、俺は放課後に学校へ残ることが増えて母さんと話をする機会が増えたが母さんは俺に学校を辞めることを話そうとはせずにそのまま卒業式の日を迎えてしまった。(俺は聞くのが怖くて言い出せなかった)
卒業式が終わった後、みんなで話をしたりしてから家へ帰ることになり、俺は父さんと一緒に家へ帰った後に「忘れ物をした」と言って学校へ戻って教室にいると母さんが教室へ来て「やっぱりいた。お父さんが心配をしているよ」と言い、俺は母さんと話がしたかったので「話がしたくて…」と言うと「だったら少しだけ…」と言って話をすることになった。
話をしている途中、俺は?母さんが学校を辞めると会えなくなる?と思っていたので「学校を辞めないで」と言うと母さんが困った表情をして「どうして…」と言ったが、俺は母さんと会えなくなった時の寂しさなどを想像して「会えなくなるのが嫌だ」と言った後、不安や寂しさなどで泣いてしまって何も言えなくなってしまった。
俺が泣き始めると母さんは俺を抱きしめて「K君…大丈夫…」と言いながら俺の頭をなでて、俺が少し落ち着くと「K君…今まで言わなかったけど…明日からは毎日家で会えるんだよ」と言い、俺は意味が分からずに「毎日…家で…」と言うと「そう…今まで黙っていたけど…お父さんとやり直すことにしたの」と言った。
俺はまだ意味が分からずに「やり直すって…」と言うと「お父さんと相談して決めたんだけど…一緒に暮すことにしたの。学校を辞めるのはそのため…」と言い、俺はようやく母さんと一緒に暮せることが分かった。
俺が「早く教えてくれたらいいのに」と言うと「ビックリさせようと思って卒業式が終わったら私が家へ行こうと思っていたの。お父さんが職員室に来ているから行こ」と言って職員室へ行くことになった。
職員室へ行くと父さんや教職員が集まっていて、父さんが「母さんから何か聞いたか?」と聞き、俺は「一緒に住むって…」と答えると母さんが「K君…私と会えなくなると思って『会えなくなるのが嫌だ』って…」と説明し、父さんは「そうか…今日は引越しの準備で母さんとは一緒に帰れないが明日からは一緒に住めるようになる。忙しくなるぞ」と言って家へ帰ることになった。
帰る時、校長が俺に「卒業までよく約束を守れたね。お母さんも今日が卒業だよ」と言い、教頭や教職員は「おめでとう」と言って祝福してくれた。(父さんが校長に説明をしたらしい)
卒業式の翌日は午前中から母さんの引越しが始まって俺と倒産が住んでいる家へ荷物を運び込んだりするために忙しくなり、伯母さんやおじさんも手伝ってくれたが荷物が片付いたのは翌日の夕方だった。(タンスなどの大きい荷物は引越し業者が指定した場所へ設置したが他の荷物は自分たちで片付けることになっていた)
母さんの引越しが終わっても俺の入学への入学の準備などで忙しく、慌しい状態で中学の入学式へ母さんと一緒に行くことになった。
中学には小学生の時の同級生もいるので母さんがいると「先生、どうしているの?」と質問攻めになり、収拾が付かないので何人か集めて俺と母さんが親子だということを説明するとみんながビックリして「早く言えばいいのに」と少し騒がしくなったがすぐに「おめでとう」と言ってくれ、説明を聞いた友人が保護者などに言ったので入学して当分の間は周囲で話題になった。
ここからは後日談
中学に入学して最初のゴールデンウィークの1週間ほど前、親が貸事務所などを経営している友人から「5月2日に○×ビルへ家族そろってくるように」と言われた。
○×ビルは貸事務所として利用している建物で、俺と父さん、母さんは不審に思いながら指定されたビルに行くと使われていない一番広い部屋に小学6年の時の同窓生や保護者が集まっていて中には親の仕事の関係で遠方へ引っ越した奴も来ていた。
この状況にビックリして俺は?家族そろって来るように?と言った友人に俺が「どうして集まっているの」と聞くと「Kの誕生日とお母さんと一緒に住むようになったお祝い」と言い、詳しく聞くと俺の父さんと母さんが披露宴などをしていないと聞いて友人が親に「Kの誕生日の日に何かしてやりやい」と相談して空いている部屋を利用してケーキを準備して披露宴らしきことをすることにしたらしい。(ケーキは2段の市販のものだった)
俺と父さん、母さんは戸惑いながらもみんなが祝福の声を掛けてきたりして女子の何人かは俺に手作りのプレゼントをくれたりした。(この時、父さんが俺に「結構人気があるな」と言った)
ケーキカットの時には俺も加わって3人でカットするとクラッカーが鳴ってみんな一斉に「おめでとう」と言ってくれ、終わるごろには家族3人で泣いていた。(様子をビデオ撮影した人がいて、あとで「プレゼント」と言って渡してくれた)
現在、俺は教師になるために大学へ通い、来年の今頃はどこかの学校で教師として働いていると思う。
出典:人生は
リンク:何が起こるかわからない

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