女神霊慰(宮大工番外)
2008/11/17 09:16 登録: えっちな名無しさん
今回、俺はJと風熊に誘われ、オオカミ様の転生であるという
沙織様にお逢いする為、宮大工様のお宅にお伺いした。
Jと俺は学生時代からの親友だが、風熊と俺は従兄弟である。
風熊をJに紹介したのが俺なのだが、
最近は風熊とJの二人のほうが頻繁に会って居るみたいだ。
まず、俺達姉弟と風熊の関係を簡単にお話しよう。
俺達姉弟はかなり田舎の出身で、姉は特異な体質の事が有り
追われる様にして実家を飛び出し、姉を愛していた俺も姉を追って飛び出した。
風熊とは住んでいる地域が離れていたが、
俺達よりも年上の彼は姉に対して酷薄な対応をする
親戚筋の連中から護ってくれ、姉が家を飛び出した時にも
ずっと庇い、精神的にも金銭的にも援助してくれた。
俺の学費や生活費は実家が出してくれたが、姉は家出同然だし、
母は姉を深く愛していたけれど父や祖父母は姉に対しての情が薄く、
援助はほとんど無かった。
姉はとても頭が良く、ある意味天才だったと思うが
そんな事情から進学は出来ず、事務の派遣社員で暮らしていた。
しかし22歳の時、本当に呆気なくこの世を去ってしまった。
それから俺はJや風熊の励ましでなんとか立ち直り、
二度の結婚をしたが上手くいかず、また時々姉さんの幽霊も見ることもあり
きっと姉さんが俺から離れられないんだろう、寂しいんだろうと思い
このまま独りで過ごしていく事に決めていた。
沙織様にお目に掛かった時、俺の目は彼女の漆黒の瞳に
吸い付けられて離せなくなってしまった。
「祐樹さん、貴方はお姉様が貴方に憑いているのではなく、
貴方がお姉様を放さない事に気付いていませんね。
いえ、違う。無理に忘れているのですね...」
その言葉に衝撃を受ける俺と風熊。
そして、沙織様は滔々と語りだした。
「・・・祐樹さん、貴方の後ろには確かにお姉様が居られます。
左右の瞳の色が違う、とても美しい方ですね。
そして、貴方の事をとても愛し、心配しておられます。
また、強い意志の持ち主らしく霊となってかなりの年月が経っているのに
自我を崩壊させる事無く貴方を見守っています。
ただ、その事はお姉様に大きな苦痛と忍耐を強いている事を心に置いて下さい。
そして、貴方とお姉さまは確かに愛し合っているけれど、
貴方の愛は姉弟を超えた男女としての愛ですが、
お姉様の愛は、通常の姉弟愛よりもとても強いけれど
男女の愛では有りません。
それは、生きていらっしゃった時から、です。」
俺は頭を鈍器で殴られた様な衝撃に襲われた。
俺は姉さんを愛し、姉さんも俺を愛してくれた。
それはもちろん肉親としての愛でも有るが、男女の愛でも有ったはず。
茫然自失に陥った俺を痛ましげに見ながら、沙織様が語り続けた。
「その事は、貴方も解っていた筈です。
しかし、貴方はお姉様を愛する余りそれを認められず、
お姉様のお言葉も、そしてお姉様がある男性を愛していた事も
ご自身の心の中に封印してしまい、忘却してしまったのでしょう...」
・・・そう、俺は確かに、姉さんの言葉を信じられなかった。
そして、姉さんが女として本当に愛した男の名前も、忘れていた。
いや、無理矢理記憶を押えつけていたのだ。
「お姉様は、そんな貴方が不憫で、そしてお姉様を求め続ける
貴方の傍を離れがたくて苦痛を伴いながら現世に居続けているのです」
呆然とする俺。
沙織様の言葉で、自分自身が封印していた記憶が甦ってきた。
亡くなる半年ほど前、姉さんが俺に打ち明けた事。
「ねえ、祐ちゃん。このままじゃ二人とも駄目になっちゃう。
祐ちゃんの事は愛してる。だけど、私達は姉弟なの。
祐ちゃんだって、可愛い女の子と普通の恋愛をして、家庭を持たなきゃ。
それに、私も愛してる人が居るの...」
あの時、俺はどうしたか。
醜く泣き喚き、そして姉さんに縋った。
姉さんに好きな男が出来たのなら、俺が捨てられるのは仕方ない。
だけど姉さんが俺を捨てるなら、俺は生きてる意味が無いから死ぬ...
姉さんは悲しそうに微笑み、そして言った。
「解ったわ。私は祐ちゃんの事が一番大切だから、
祐ちゃんの思うとおりにするね。大好きよ、祐ちゃん...」
俺は自分の罪の深さと情けなさに愕然とした。
姉さんを苦しめ、悲しませたのは俺じゃないか!
俺のエゴだけを通し、そして姉さんの想いを踏み躙り、
命まで奪ってしまった・・・
「違います!貴方がそんな風に自分を責めるのは逆効果です!
お姉様は、貴方を愛し、貴方を心配しながら逝きました。
だから、お姉様を解放してあげる為には、貴方自身が
笑いながらお姉様を見送ってあげなければ駄目。
そして、風熊さん、貴方も...」
そう、姉さんが愛していた男は、俺達を一番理解し、
身を挺して庇ってくれ、優しく、暖かく接してくれた、風熊だった...
「・・・鈍い俺でも、葉月の想いには気付いていた。
が、葉月は何も言わなかったし、俺もそ知らぬふりをしていた。
しかし、葉月が亡くなる直前、祐樹が大学から帰ってくる前の病室で
熱に浮かされた彼女が俺にキスして欲しい、と頼んだ事があった。
俺は額にキスをしたが、葉月は悲しそうな顔をしていた・・・
あの時、なぜ葉月の願いに応えてやれなかったか、
俺は今でも深く悔やんでるんだ...」
風熊の目から涙が落ちる。
沙織様がすっと立ち上がり、両手を合わせて
何か呪文のような言葉を唄うように唱えだした。
その直後、沙織様の前に白い靄の様な物が集まりだし、急速に人の形を取る。
そして、そこに生きていた時そのままの姿の姉さんが顕われた。
「姉さん...」「葉月...」
息を呑む俺達。姉さんは瞑っていた目をふっと開け、微笑んだ。
姉さんは風熊に近づき、じっと彼を見つめた。
風熊が姉さんの頬に手を触れる。姉さんは風熊の暖かく大きな手が好きで、
逢うといつも頬を撫でてくれる様にねだっていた。
姉さんは頬にあてられた手に両手を沿え、目を瞑った。
風熊はそっと姉さんの顔を引き寄せ、口づけをした。
姉さんは嬉しそうに微笑み、風熊に何かを呟いたようだった。
そして、すうっと俺の方へやって来た。
俺は姉さんに謝りたくて、抱きしめたくて、
もう何をして良いか解らなくなり、ただ涙を流していた。
そんな俺を姉さんはきゅうっと抱き締め、俺の心の中で囁いた。
”祐ちゃん、沙織様のお陰でやっときちんと逢えたね...
祐ちゃんはもう私が居なくても大丈夫だよね...”
俺は泣きながらだがしっかりと微笑み、ハッキリと口にした。
「姉さん、俺はもう大丈夫。今までありがとう。
俺はこれから、幸せになる為に頑張るから。」
姉さんは優しく微笑うと、沙織様の前に戻り、
沙織様に深く一礼し、すっと消え去った。
そして、珠の様な汗を浮かべた沙織様がふう、と息を吐いた。
「葉月様は、本来、往くべき場所に向かわれました。
また、いずれ彼の地でお逢い出来るでしょう...」
ふらついた沙織様を風熊が抱き止める。
それを見ながら、俺は心から神の存在を信じた。
なぜなら、目の前に、女神が存在しているのだから。
出典:現代不思議忌憚異聞録
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