守護卯神(宮大工番外)

2008/11/17 09:31 登録: えっちな名無しさん

今夜は、かつて沙織様を守護していた動物神のお話をお届けしよう...

沙織様はオオカミ様が現世に顕現した存在である為、
それを自覚する前から不可思議な現象や能力を見せる事が間々有ったという。
そして、それ故に助けを求めて縋り付く様々な霊や、
沙織様を取り込んで力を得ようとする存在に狙われる事も多かったらしい。
沙織様の故郷である伊勢に居る時には彼らも手を出す事は出来なかった様だが、
旅行や所用などで伊勢を離れた際、出掛けた先の近くに
縁ある社が存在しない時等、何らかの理由により守護を受けられない時に
そういった危険な事象から沙織様を御護りした存在が有ったとの事。
沙織様に拠れば三対の動物神が居たそうだ。

今夜は、その内の一対、卯神のエピソードをお届けしよう...

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私が小学生の冬のお話です。
長野県の山奥に有る温泉へ両親に連れられて旅行に行きました。
そこは歴史有る温泉なのですが、同時に
様々なモノが棲む所でも有ったのです。
当時、私自身、自分が不思議な現象に多く遭遇する事に気付いた頃で、
なぜ自分がそんな事になってしまったのか
ちょっと悩んでいる時期でも有りました。

旅行の初日、深く積もった雪道を踏み越えその温泉地の中で
最も古くから営業している風格有る旅館に投宿し、
早速父に連れられて大浴場に行きました。
大浴場は更衣室こそ男女に分かれていますが、
中に入ると混浴となっています。
平日だったので私達以外のお客さんはおらず、
私が母も呼びに行き広い大浴場は家族で貸しきり状態となりました。
洗い場まで木で出来ている豊富な湯量を誇る大浴場には
青白いお湯がこんこんと湧き出て注ぎ込んでいます。
私は当時から熱いお湯が大好きだったので、
大喜びで父に抱かれて温泉に浸かりました。
と、その時、掛け流されているお湯が
流れ出るふちに妙な物が見えたのです。
それは、普通の人間の三分の一ほどの
大きさしかない不気味な男の頭でした。
「きゃっ!」
思わず悲鳴を上げた私に怪訝そうな顔を向ける両親。
「沙織、どうしたの?」
せっかくの家族旅行の初日、私は楽しい気分に
水を差すのがイヤだったので
「ううん、ちょっとお湯が熱かっただけなの」
とその場を取り繕いました。
お風呂から出て夕食を食べ、もう一度お風呂に入ろうと
父に誘われましたが私は先程の事が有ったので、
眠いからと言って布団に入ってしまい、
そのままいつの間にか本当に寝入ってしまいました。

ちりーん、ちりーん・・・

どれほど眠ったでしょうか、私はどこからか
聞こえてくる鈴の音に気付き、目を覚ましました。
布団から身を起こすと両親も既にぐっすり眠っています。
壁に掛かっている古風な柱時計を見ると午前三時でした。

ちりーん、ちりーん・・・

済んだ鈴の音は聞こえ続けています。
私は何故か、その鈴の音の元を確かめたくなり、
布団の上に掛けられていた半纏を羽織り
そっと部屋を抜け出しました。
その時には怖いという感情は全く起こらず、
また大浴場で見た不気味な男の頭の事は忘れてしまっていました。
そして、鈴の音に導かれるまま暗い廊下を進むと、
いつの間にか大浴場の前に出てしまいました。
しかし私は鈴の音に魅入られたようになっており、
躊躇無く脱衣場に入り羽織と浴衣を脱ぐと
大浴場に入って行ったのです。
すると、誰も居ない湯船の、お湯が流れ出るふちから
鈴の音が聞こえてきていたのです。

〜ちりーん、ちりーん・・・

私は首ほどまで浸かってしまう湯船に入り、鈴の音がする方へ向かいました。
そして、湯船の中ほどまで来た時、ハッと我に返ったのです。
その時、鈴の音が止み、不気味な男の顔が覗きました。

「キキキキキキ・・・」

その男は口を歪め、しゃがれた不気味な声で笑いながら
湯船の縁に手をかけてずい、と体を起こしたのです。
その体は針金のようで、信じられないほど細く長く、そして足は有りません。
また、手も体の様に細く長く、三本の鍵爪の様な指が付いていました。
「きゃあっ!」
私は悲鳴を上げて逃げようとしましたが、深い湯船の中なので
上手く身動きが取れず、もがくばかりです。
後ろを振り返ると、男が長い手を私の方へ伸ばして来ていました。

「****の子だぁ・・・喰いたいヤツは出てこぉい・・・」

男がしゃがれた声で叫びました。
何の子って言ったんだろう?私は戸惑いましたが、
今はそれ所ではないと思い必死で湯船の中を走りました。
と、その時、突然足が何物かに掴まれた様に動かなくなったのです。
「いやあっ!」
必死にもがいても、足は全く動きません。
そして突然、目の前にお湯の中から何かが浮かび上がってきました。

「けけけ・・・どこから喰らおうか・・・尻か・頭か・・・」

それは、普通の人の倍ほども有る大きな骸骨でした。
私は恐怖の余りもう声も出ず、ガタガタと震えていました。
がぱぁ、と骸骨が口を開けると、その奥に何体もの亡者が蠢いています。
そして一斉に私を見ると、「助けてくれぇぇ・・・」「女神様ぁぁぁ・・・」
等と泣き叫びながら這い上がって来ようとしています。
そして骸骨の顎が私を食い千切ろうと閉じ始めた瞬間。

ぶぅんっ!

何かが唸りを上げながら私の後ろから繰り出されました。

コツーーーン!

乾いた音を立て骸骨が口を開けたまま吹き飛び、
浴場の木の壁にぶち当たって砕け散りました。
私がそっと振り返ると、そこに大きな真っ白い毛玉の様なふさふさしたお尻と
まるい尻尾がひょこひょこと揺れています。
次の瞬間、くるっと振り返ったそれは巨大な白うさぎでした。
骸骨を吹き飛ばしたのがウサギの後ろ蹴りだと気付いた私は
あまりの事に状況が把握できずほけっとしてしまいました。
呆気に取られる私に白うさぎは鼻を押し付け、ふんふんとまるで逃げろ、
と言っているように口をもぐもぐさせています。
私は我に返ると、急いで湯船の中を駆け出しました。

湯船から上がりながら振り返ると、白うさぎは針金の様な男の方へ
ぴょんっ!と飛び跳ねて向かっていく所でしたが、男は天井に指を突立て
白うさぎをかわし、あっという間に私の所へ回り込んできました。
そして脱衣場の扉の前に立ち塞がり、私の肩を両手で掴みました。

「逃がさねぇよぉ・・・キキキキ・・・」

男が私を抱えようと指に力を込めた時、
ふひゅっ!
空気を切る音と共に何かが男に体当たりして弾き飛ばしました。
男に掴まれていた私も一緒に吹き飛ばされましたが、
壁にぶつかる前に白うさぎが私の体を背中で優しく受け止めてくれました。
壁にぶち当たった男はしばらく呻いていましたが、
床に溶けるように消えてしまいました。

白うさぎの背中に乗った私が男を吹き飛ばしたモノの姿を見ると、
それはやはり巨大な白黒ぶちのパンダウサギでした。
パンダウサギはぴょん、と一飛びして私のところに来ると
ふんふんと鼻を鳴らしながら寄せてきます。
「ありがとう、私を助けてくれたんだね」
私がパンダウサギのふさふさした顎を撫ぜると
再び嬉しそうにふんふんと鼻を鳴らし、黒い瞳を閉じました。
白ウサギも、まるで自分も撫ぜろと言うように赤い瞳を向けてきたので
耳の後ろを撫ぜてあげると気持良さそうに目を閉じました。

ふんふんと鼻を鳴らし、口をもぐもぐさせている二羽のウサギを
両手で撫ぜていると、私はだんだんと眠くなってきてしまいました。
そして、うとうとし始めた私にパンダウサギの鼻がふんふんと
近づいてくるのを感じながら私は眠りに落ちていきました。

「沙織、沙織・・・」
母様の呼ぶ声にはっと目を覚まし、起き上がるとそこは布団の上。
ぱちくりと目を瞬かせる私に母様が
「そろそろ朝ごはんよ。起きなさい」
と優しく声を掛けて来ました。
「私・・・ずっと寝てたの?」
母様は微笑みながら
「何を寝ぼけてるの。今起きたばかりじゃない」
と笑います。
ぼーっとしてしまった私は、父様に
「まだ寝ぼけているのか?眠気覚ましに温泉へ行こうか」
と誘われ、私と父様はタオルを持って浴場へと向かいました。

冬の朝の湯船からはもうもうと湯気が上がっていて視界は真っ白です。
私は昨夜の事が夢だとはどうしても思えず、ちょっと怖かったので
父様にぴとっとくっ付いていました。
ゆっくり暖まり、出ようとした時の事です。
脱衣場の前で、父様が「おや?」と言いながら
腰を屈めて何かを拾い上げました。
それは、白と黒の毛玉でした。
「なんだろう?露天風呂でもないのに
 動物の毛が落ちているなんて?」
その場所は、パンダウサギが針金男に体当たりをした所でした。
私ははっとして、壁に駆け寄ってみると骸骨と針金男のぶち当たった壁は
それぞれ凹みが出来ていたのです。

それからの二日間は何も起こらず静かに温泉を楽しみ、
無事に家へと帰り着きました。
その日の夜、私は久しぶりに詩織姉様の夢を見ました。
私は詩織姉様に駆け寄り、温泉で起きた事を話しました。
すると、姉様はいたずらっぽく笑いながら、後ろに隠していた
両手に抱えたものを見せてくれました。
姉様の両手に抱えられていたのは、
あの白うさぎとパンダウサギだったのです。
「白い子はラビちゃん、パンダはピョンちゃんなの」
うさぎ達はふんふんと鼻を鳴らしながら私の腕に移ってきました。
「沙織ちゃんを護ってくれるのよ。可愛がってね...」
にっこりと微笑む詩織姉様に頷きながら、私の意識は遠くなっていきました。

翌朝、目覚めた私は母様に夢の話をしました。
頷きながら聞いていた母様はアルバムを開き、
詩織姉様の写真を見せてくれました。
すると、その中にラビちゃんとピョンちゃんを抱いた
詩織姉様の写真が何枚も貼ってあったのです。
「このうさちゃん達は、詩織がとても可愛がっていた子達よ。
 何年も詩織と一諸に居たけれど、詩織が亡くなって、
 四十九日が終った直後に二羽とも死んでしまったの。
 きっと、詩織が寂しくないように着いて行ったんだって
 父さんと話していたのよ。」

ラビちゃんとピョンちゃんは詩織姉様に付き従い、そして朧により
神獣へと高められ、当時の弱い私を護る為に降臨してくれたのです。

また、その写真の中にラビちゃんを抱いた詩織姉様と
ピョンちゃんを抱いた○○様(宮大工氏)が並んで写っている写真が
有った事を今更ながら思い出します。
ラビちゃんとピョンちゃんは私の守護を終えた後、
現在では朧に仕えているのです。


出典:現代不思議忌憚異聞録
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