暴れ護神(宮大工番外)

2008/11/17 09:34 登録: えっちな名無しさん

かつて沙織様を守護なさっていた
守護神獣のお話を引き続いてお届けしよう・・・

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私の父は旅行好きで、長期休みには様々な所へ
旅行に連れて行ってくれました。
父は車好きでもあったので旅行はかならずドライブで、
北は北海道から南は沖縄まで愛車に私と母を乗せて旅しました。
このお話は、夏休みに北海道へと出かけたときのお話です。

その日、私達は夜遅く北海道へと向かうフェリーに乗り込みました。
父がフェリーでもゆっくりしたいからと家族で個室を取ったので、
父が車を列に並べ、待機している間に私と母は先に部屋へと入りました。
初めて乗る大きな船にはしゃいだ私は父が来るのを待つ母を残して
船内の探検に出掛け、あちらこちらと歩き回りました。
そして後部甲板に出た時の事です。
私は背筋に冷水を浴びせられた様な感覚に襲われました。
そして、甲板の縁からたくさんの視線を感じ、
はっとそちらに目を向けたのです。
しかし、そこには何も居らず、ただ暗闇が蟠っているだけです。
私は急いで船内に引き返し、部屋へと戻りました。

込んでいる為に父はまだ上がってきておらず、
私は母に抱き付きました。
「どうしたの、沙織?甘えん坊さんね」
母を心配させるのがイヤだった私は何も言わず、
ただぎゅっと抱きついていました。
上がってきた父は船内の大浴場へと向かいましたが、
私は怖かったので母と一緒に狭いシャワー室で汗を流し、
父が帰って来るのを待たずに眠ってしまいました。

どれくらい眠ったでしょうか、私は眩しい朝日で目を覚ましました。
窓の外にはキラキラ光る海が見えます。
ほっとした私は眠っている父と母を残して船室を出ました。
明るくなったのでもう大丈夫だろうと思い、
気になっていた後部甲板に向かいます。
早朝なのでまだしーんとしているロビーを抜け、
後部甲板のドアを開けた瞬間。
今まで明るかった空は漆黒の夜空となり、
光っていた海は重油の様な黒い水面をゆらゆらと揺らせていました。

「ええっ!?」
あまりの事に戸惑う私の背中で、バタン!とドアが閉まりました。
私は驚き、ドアに駆け寄りましたがノブはビクとも動きません。
必死でドアを開けようとしている私の後ろから声が響きました。
「******#######・・・」
その声は、まるで水の中で喋っている様な響きでよく聞き取れません。
私は後ろを見ないようにしてドアを全力で叩きました。
ビシャッ、ズルっと言った嫌な音が背後から聞こえてきます。
私は覚悟を決めてバッと後ろを振り返りました。

すると、そこには数え切れない程の水死者が
虚ろな目を私に向けていたのです。
ガスでパンパンに膨れた者。
肉が腐り落ちて骨をブラつかせている者。
まだ形は整っているものの、青や赤や紫に彩られた顔の者。
あまりの凄まじい光景に私は悲鳴を上げる事も出来ませんでした。
彼らは口や鼻から水を滴らせながらずるずると近づいてきます。
その時、私は咄嗟に叫びました。
「ラビちゃん!ピョンちゃん!助けて!」

瞬間、私と亡者達の間に白い靄が蟠り、
私の前に二対の丸い尻尾が現れました。
そして、赤い瞳と黒い瞳がこちらをちらっと振り返り、
間髪入れずに亡者達へと飛び掛って行ったのです。

風を巻いて跳躍した二羽の巨大なウサギは亡者達を跳ね飛ばしながら
甲板を跳ね回り、時には強烈な蹴りで亡者を弾き飛ばしました。
ウサギ達にやられた亡者はバラバラになって倒れ臥し、
苦痛の呻き声を上げていますが、少し経つとふっと消えてしまいます。
甲板上はまるで戦場の様相を呈していますが、不思議と物音はほとんどしません。
聞こえてくるのは倒れた亡者の呻き声と海を渡る風の音だけでした。

私は二羽のウサギの強さに安堵し、床にへたり込んでいました。
その時、ラビちゃんの後ろ蹴りで吹き飛ばされた亡者の一人が
私の直ぐそばに飛んできました。
私はビクッとしましたが、既に亡者は下半身を失っていて
立ち上がることも出来ません。
ふとその亡者を見ると、まだそんなに腐ってもおらず、
生きていた時の面影を強く残す少女でした。
少女は口と鼻から水を、そして瞳から涙を流しながら何かを呻いています。
私は少女に近寄り、呻き声を聞き取ろうと耳を欹てました。

「助けて・・・お母さん・・・苦しいよ・・・息が出来ないよ・・・助けて・・・」

その言葉に私は愕然としました。
そして、思わず少女の上体を抱き起こしました。
少女は私に噛り付き、しばらく喘いでいましたがふっと微笑むと
私の手に海水を残してパシャっと消えてしまいました。

「ラビちゃん!ピョンちゃん!止めて!こっちに来て!」

私の叫びにウサギ達はピタッと止まり、一瞬にして私の傍らへと跳び戻りました。
そして、ふんふんと鼻を鳴らしながら私に頬擦りしてきます。
「ありがとう。護ってくれてるのに勝手なこと言ってごめんね」
私は二羽の顎を両手で撫ぜながら謝り、甲板を眺めました。
二羽に吹き飛ばされた亡者達は既に消え去っていましたが、
まだまだかなりの数の亡者が甲板に残っています。
私は彼らの呻き声に耳を欹てました。

「暗い・・・ここは冷たい・・・」
「誰か・・・助けてくれ・・・」
「寂しいよ・・・ママ・・・どこにいるの・・・」

亡者達は口々に救いを求めています。
彼らの望みは、ただ冷たく暗い水の底から逃れたいだけなのだと
気付いた私は、どうすれば彼らを救えるのか戸惑いました。
「ラビちゃん、ピョンちゃん、どうすれば良いの・・・?」
私の問いに、二羽のウサギは困ったように口をもぐもぐさせました。

亡者達は再びのろのろとこちらへ向かって進み始めました。
ウサギ達は耳をピンと立て、亡者達に向かっていこうとしましたが
「ダメ!待って!」
という私の声に戸惑い、困ったように赤と黒の瞳を見合わせました。
「ここで待っててね・・・」
私はウサギ達に言うと、ゆっくりと亡者達へと向かって歩き出しました。
そして、亡者の先頭にいる中年の男性向かって話しかけました。
「どうすれば、貴方達を救えるのですか・・・?」
彼は戸惑ったように立ち止まり、何かを言おうとしましたが
口からは水泡と共にくぐもった声しか出ず、聞き取れません。
私はもっとしっかり聞こうと彼の直ぐそばまで近づきました。

「女ぐわぁみさまぁぁっ!」
突然の叫びと共に男性が私に飛びついてきました。
「きゃあっ!」
男性に抱きすくめられながら床に倒れこみ、
背中を強かに打ちつけた私は悶絶しました。
そして他の亡者も私の上に重なるように殺到してきました。
必死で頭を振った私の目に、甲板の縁からなだれ込んできた
無数の亡者に纏わり付かれたピョンちゃんとラビちゃんが映りました。
二羽は必死でもがき、私の方へ来ようとしていますが
唐突に襲って来た亡者の数の多さに思う様に動けないようです。
そして、私の上にも無数の亡者が覆い被さり、
私は窒息寸前になってしまいました。
いつの間にか私の周りは海底の様に海水で満たされ、
鼻と口から海水が流れ込んできました。

意識が遠くなり始め、もうダメなのかな、と感じた時。

凄まじい衝撃と共に私の上に重なり合った亡者が
一瞬にして蹴散らされたのです。
そして、朦朧とした私のお腹を硬い物がむぎゅっと踏みつけました。
私はその圧迫で鼻と口から多量の海水を噴出し、
遠くなりかけていた意識を取り戻しました。
溢れる涙を拭いながらなんとか半身を起こした私の目に
茶色の逞しい足と硬そうな蹄、そしてがっしりとした顎と
口から覗く鋭い牙が見えます。精悍な瞳で私をジロッと睨み、
私の上から体をどかしたそれは、巨大な猪でした。

「ブモオオオオオオオ!!」
猪は一声吼えると、甲板上に溢れんばかりに上ってきている
亡者に向かって突進していきました。
そして、片っ端から亡者を跳ね飛ばして行きます。
始めは猪に向かっていこうとしていた亡者達も、
凄まじいまでに荒れ狂う猪に恐れをなして逃げ惑い、
次々に海へと飛び込み始めました。
しかし、猪は海に飛び込もうとしている亡者までも
跳ね飛ばし、またその鋭い牙で切り裂き、蹄で踏みつけています。
更に、亡者を振り払い私の方へ跳躍しようとしたラビちゃんまでも
弾き飛ばしてしまったのです。

「ラビちゃん!」
私は悲鳴を上げながらラビちゃんに駆け寄り、
ピョンちゃんも心配そうにやってきました。
ラビちゃんは蹲っていましたが、私達が駆け寄ると
赤い瞳を開け、私に鼻を摺り寄せてきました。
安心した私がふと甲板を見ると、
もう立っている亡者は一人も居ませんでした。
しかし、猪は倒れこみ、呻いている亡者達を
その逞しい蹄で踏み潰しながら駆け回っています。
私は立ち上がると、猪の前に立ちはだかりました。

猪は私を跳ね飛ばす直前で急ブレーキを掛けた様に立ち止まり、
鋭い目で私を睨み付けています。
「もう、止めて!皆逃げ様としているのに・・・」
私は猪の眼光に射すくめられ、足はガタガタ震えてしまいましたが
精一杯の声を振り絞って叫びました。
一瞬、猪の目が優しそうな、そして哀しそうな色を帯び、
次の瞬間に強い怒りの色に変わりました。

「裏切者!」

私の頭の中に叫びが閃きました。
え?と戸惑った次の瞬間、私は猪の鼻先に薙ぎ払われ、
横っ飛びに吹き飛ばされました。
夜の景色が横に流れ、妙な浮遊感覚の後私の体は
柔らかいモノにぶつかり停止しました。
くらくらする頭を振りながら立ち上がると、
ピョンちゃんが私を受け止めてくれていました。
「ピョンちゃん、ありがとう」
ピョンちゃんにお礼を言い、
流石に腹が立った私は猪を睨みつけようとしたのですが
既に猪の姿は甲板から消えていました。
私は崩れるようにピョンちゃんの背中に倒れこみ、
ふんふんと寄ってくるラビちゃんの息遣いを感じながら
意識を失って行きました。

「沙織、そろそろ朝ごはんに行きましょう・・・」
母の声に、既視感と共に目覚めた私が起き上がると
そこは船室のベッドでした。
「夢・・・じゃないよね・・・」
私のつぶやきに母が答えました。
「もう、また寝ぼけてるの?ほら起きなさい・・・
 きゃあ!沙織!なんでそんなに水浸しなの!?」
母の悲鳴に父が驚いてやってきました。
「なんだ沙織!寝ぼけて服のままシャワーでも浴びたのか!?」
そう、私は全身海水でずぶ濡れのままベッドに入っていたのです。
「やっぱり、夢じゃなかったのね・・・」
私は、再び呆然と呟きました。


出典:現代不思議忌憚異聞録
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