幼いころの思い出

2008/11/20 18:23 登録: えっちな名無しさん

僕たちは雑木林の脇を、肩を並べて歩いていた
そのとき二人は小学四年生で、学校からの下校途中だった
千尋はいつものように、その日読んだ本の内容を僕に語って聴かせてくれた
「ジャックはそうして、売るはずだった牝牛を豆粒と交換しちゃったの」
「ふーん」
僕は適当な相槌を打つ
「ふーんって、それだけ?」
彼女は少し拍子抜けしたようだった
「えっ?それだけって?」
僕には彼女の言わんとしていることが分からなかった。その頃から、彼女は僕の何倍も物を考える子供だったのだと思う
「いくらお乳が出なくなったって言っても牛よ?」
「あっ……」
彼女の呆れたように言ったその言葉を聞いて、ようやく僕にも分かった
「つまり、牛と豆とじゃ釣り合わないってこと?」
「そうそう、そういうの不等価交換って言うんだって」

ふとうかこうかん……。なんか不思議な響きだ
「あっ」
僕は半年ほど前の出来事を思い出し、思わず声をあげた

その日、僕は自宅の押入れの無造作に積まれていた箱の中から『ヒマラヤ登山記念』と書かれた切手を見つけた
当時、僕のクラスの一部では切手収集が流行していて、なんとなく僕も集めていたがその切手は持っていなかった
母親に聞くと、なかなかに珍しいものだと言って、僕にそれをくれた
無性に嬉しくなって、翌日学校でクラスメートに見せびらかしていた僕に、ある友人が「切手20枚と交換しないか」と言ってきた
僕は驚き、一も二もなく頷き交換した。帰宅してからそのことを母親に言うと、「年月が経てばもっと価値がでるのに」と苦笑していた
僕はすっかり意気消沈し、それっきり切手収集は辞めてしまった

「あはは、誠一君損しちゃったね」
「うっ……」
千尋にその話をすると、彼女はおかしそうに笑った
彼女の笑顔は僕を不愉快にするどころか、くすぐったいような心地よささえ感じさせた
こうして千尋が笑ってくれるなら、多少の気恥ずかしさなど安い代償だ
「でもね誠一君。この話には続きがあってね……」
千尋はひとしきり笑った後、僕より二歩先でくるりと振り返り、いつもの優しい微笑みを投げかけた

千尋との関係はそれから二年後、彼女が転校するまで続いた
最後の日、彼女は目にいっぱい涙を浮かべ、それでも気丈に「さようなら」と言った
それから彼女には会っていないし、これからも会うことはない
でも確かに、あの瞬間僕は千尋を好きだったし、彼女も僕に好意を抱いていたように思う
そして、その事実は僕をいつでも心強くしてくれるのだ


出典:思い出
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