こないだ逝った親友の日記を一部晒す

2008/12/10 22:08 登録: henasu

※()内は筆者の姉による注記
※筆者は咽頭ガンで先月死去(医者からはポリープだと説明されてたそうだが、おそらく自分がガンだということには気付いていたと思う)
※故人が9月頃「傑作だから俺が死んだら好きにさらせww」とメールで送ってきたものなので、了解はとれています。



4月27日 水曜日 はれ

 夕方、親父がまた病室にやってきた。いちいち数えていないが、今月これで何度目かわからない。

 この親父というのが実にどうしようもないやつで、オレはこいつのせいでどれだけ割を食ったかわからない。オレが小さいころなんかはひどかった。授業参観に仕事着のまま現れなかなか手を挙げないオレを野次ったり、大事にしていたプラモデルを勝手にカスタムしたりなんてこともあったな。はす向かいの奥さんや四件隣の娘さんには顔を合わすたびセクハラをしまくり、近所からの評判も芳しくなかった(もっとも本人にはどこ吹く風で、オレやフサヱ(母親)が気をすりへらすばかりだったが)。んで、オレが親父をなじると、ヤニで黄色くなったきたねぇ前歯をニカッと出して、
「へへ、てめえ言うようになったじゃねえか」
とへらへら笑うのだ。
 そういやこんなこともあったな。勉強のできないオレが珍しく社会のテストで百点をとった時のことだ。愛らしかった当時のオレはぴょんぴょん撥ねながら家に帰り、じっつぁま、ばーちゃん、フサヱ、ねーちゃん、ルドルフ(犬)、忠蔵とウメ(金魚)に見せて回った。んで、店に出ている親父のところにも行った。そしたら、
「そんなもんで調子に乗ってんじゃねえ!」
と言ってひどくオレを殴りつけやがった。そのときオレは誓ったね。こいついつかぶっ殺す、と。

 そんな親父が、また病室にやってきた。これで何度目かわからないが、いつも小脇に抱えているのは東スポだけで、りんごの一つも持ってきたためしがない。

親父:よう、どんなぐあいだ。

我輩:どんなもこんなもねえよ。

親父:そうか。

我輩:店はどうしたんだよ、店は。

親父:店? あー、今日はさっきカカアにどやされたんで逃げてきたよ。グィッヒヒ   ヒヒヒ!

我輩:ん? 今度はなにやったんだよ。

親父:別になんもしてねえ。あ、釣竿がどうとか言ってたな。ンバハハハ!

我輩:…また買ったんか。

親父:おお、こんどはヘラブナやってみようと思ってな、配達のついでに上州屋に…

我輩:聞いてねえ。

親父:…。

我輩:…。

親父:メシ食ってるか。

我輩:(献立表を差し出す)

親父:ふーん、……何?銀タラだぁ? 俺よりいいもん食ってんじゃねえかオイ!

我輩:ああ、それはけっこううまかったな。

親父:それに何だこれメロンって、どれだけ贅沢してんだこのバカ息子め!

我輩:オレはメロン食えねえからあげちゃったよ。

親父:何だと? おめえ誰の金で出てきたメロンだと思ってんだ! ったくどこの乞   食野郎だ、俺のメロン食いやがったのは。ガハハハハ!

なつ(となりのベッドの子):あ、ご、ごめんなさい…

親父:お? おお、なんだ嬢ちゃんか、ガハハハ…。

我輩:入院費はオレの貯金から出てんだけどな。

親父:ん? そ、そうだっけか、ハハハ…。

我輩:…。

親父:…。

なつ:…。

親父:あー、あれだ、お前、あのー、さゆりちゃん(弟の婚約者だった子、大学の同級生)とはどうなんだよ?ええ?

我輩:(激しい舌打ち)入院しててどうもこうもねーだろうがクソが。

親父:…。

我輩:(怒)

親父:…。

我輩:…。

親父:…。

我輩:………テレビでも見てろ。

親父:お? そうか? (時計を見て)おお、ちょうど巨人戦やってんじゃねえか!   エッフォッフォッフォッフォ!

 今年の巨人の戦力バランスについて東スポの受け売りをしはじめた親父をガン無視しながら、オレは思った。クソ親父、オレのテレビカード当然のように使ってんじゃねえ、と。

親父:もうすぐ夏だなあ、

我輩:んー、まあすぐでもねえけど、そうだな。

親父:お前、野球連れてってやったの覚えてっか?

我輩:あー、

 もちろん覚えている。今でこそさゆりの影響でオリックスびいきになったけど、かつてのオレはヤクルト狂いだった。そんなオレを親父が神宮に連れてってくれたことがあった。
 帽子、ユニフォーム、メガホン、そして青のビニ傘で“正装”したオレの手を引き、親父が入っていったのは巨人側のスタンドだった。
 オレンジと黒のコントラストの中、顔面も服装も真っ青なオレの横で、親父は終始上機嫌だった。売り子のねーちゃんが美人だったので親父はビールをふたつも買っていた。オレの好きな飯田選手(背番号0)がケガして途中交替した。試合は巨人が9−0で勝った。オレは泣いた。覚えていないわけがない。

親父:お前泣いて喜んでたなあ、あの頃はかわいかったんだけどな!ムホホホホホ!

我輩:(怒)

親父:そうだ、退院したら連れてってやろう。あん時はお前、チビだったからあれだったけど、今ならビール飲めるもんなあ?夏にスタンドで飲むのはうまいぞ。ブハハハハハハハ!

我輩:お前、そろそろ帰れ。

 オレは寝返りうって、目をつむった。背中から、お、おう、それじゃあな、と、親父の所在なげな声が聞こえた。
 何がビールだ、吹きやがってハゲ親父が。オレが生まれたとき、セガレと晩酌するのが夢だって親戚中に触れ回ってたんだろうが。球場のビールは晩酌とはいわねえんだよ馬鹿。
 つうかオレは下戸だよ。酒なんか飲めねえんだよ。知ってんだろうが。ていうかそうじゃなくてもオレはもう酒なんか飲めねえんだろうが。てめえはそれも知ってんだろうが。しらじらしいこと言ってんじゃねえよサンピン野郎め。こんなとこで油売ってねえで帰ってメシ食って寝ろ。明日も仕事あるんだろうが。

 野球観戦にも晩酌にも付き合えないドラ息子で悪かったな、クソ親父。





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