従妹との会話

2008/12/12 17:21 登録: えっちな名無しさん

伯父の家が東京にあって、俺は大学に入ったのを機に同じ街に引っ越した
伯父とその奥さんは共働きで、従妹がよく学校帰りに俺のアパートに寄った
そのときの会話を断片的に書いた
従妹はお嬢様御用達の学校に通ってる
敬語なのは伯父からあんまり乱暴な言葉遣いはしないでくれって言われてるから
会話は全部交互に喋ってる

従妹「直巳(なおみ。俺の名前)の部屋にはたくさん本があるのですね」
俺「あなたのお父さんの書斎にも、本はたくさんあるでしょ」
従妹「父の書斎はなんだかお金の本ばっかりでよく分からないです」
俺「あぁ、なるほど。バリバリの商社マンですからね」
「直巳はお金の本は持っていないんですか?」
「僕もよく分からないから持ってません。つい最近まで円高円安さえほとんど知りませんでした」
「そういう知識は生活していく上で必要ではないのですか?」
「必要な人もいれば、必要でない人もいると思います。というかある程度意図的に避けることが出来るのです」
「でもいつかは勉強しなくてはならないでしょ?」
「そうですね、今はただ先延ばしにしてるだけですね」
「先延ばしにするのは悪いことだと先生が言っていました」
「すいません」
「本を何か貸してください」
「好きなのを持っていっていいですよ」
「これにします」
「ゲーテですか。中学1年ではいささか難しいと思います」
「直巳はいつ読みましたか?」
「たぶん高1のときだったと思います。それでもなかなか理解し難い部分がありました」
「この間電子辞書を買ってもらったので大丈夫です」
「僕は語義的難しさを言ってるわけではないのですが、まぁいいでしょう」
「じゃあ借りていきますね」

三週間後
俺「ファウストはどうでしたか」
従妹「詩人の表現力というのはすばらしいものですね」
「そうですね」
「あの地獄だったら3週間くらい行ってみたい気がします」
「同感です。退屈な天国よりよほど魅力的です」
「直巳もファウストのような人間になりたいですか」
「僕とファウストでは根元的に違いすぎますね」
「メフィストフェレスはどうですか」
「僕もあれくらい機知と風刺の才に富んだ人間なら、もっと生きやすいと思います」
「今は生きづらいですか?」
「どの人も程度の差こそあれ、生きづらさを抱えていると思います。あなたはどうですか?」
「そうですね、まだ明確には感じませんが、あるいは幼い頃より生きづらくなってるかもしれませんね」

ある日
俺「どうしました?」
従妹「今日友人たちがすごく面白い本があると教えてくれました」
「ほう、なんという本ですか」
「山田悠介という人のリアル鬼ごっこという本です。知っていますか?」
「いや、聞いたこともないです。すごいタイトルですね」
「今、流行しているそうです。直巳はそういうのに疎いですね」
「あなたも知らなかったんでしょ」
「だから私も貸してもらって読みました」
「おもしろかったですか」
「途中で鳥肌がたって目頭が熱くなって、それ以上読み進められませんでした」
「まぁ合う合わないがありますからね」
「直巳の持ってる本はどれもおもしろいと思います」
「つまらない本は実家に置きっぱなしですから」
「今日も本を貸してください」


またある日
「昨日、学校の図書室で久しぶりにグリム童話を読みました」
「珍しいですね」
「ああいうのも、たまにはいいものですね」
「そうですね。民話はある意味どんな物語よりも洗練されていると思います」
「どういう意味ですか?」
「つまり何十年、何百年と語り継がれる間に無駄な部分は綺麗に削りとられて、より完成された形になるということです」
「なるほど、確かにその通りです」
「最高のストーリーテラーは名もなき民衆ということですね」
「なんだか良いことを言いますね」
「受け売りですから」
「そうだと思いました」


ある日
「直巳は好きな人はいますか?」
「いたことはありますが、今はいません」
「そうですか」
「好きな人が出来たのですか?」
「そのようです」
「……なんだか娘を嫁にやりたがらない父親の気持ちが少し分ったような気がします」
「父親は悲しむものなのですか」
「そういう父親も少なからずいます。たぶんあなたの父親もそうだと思います」
「父には言わない方がいいですね」
「どんな人なんですか?」
「同じクラスの子で穏和で優しい人です」
「クラスの人気者という感じですか?」
「いいえ、どちらかと言うと目立たない部類に入ると思います。顔もそれほど良いとはいえません」
「でも好きなのですね」
「そうです。ジッと顔を見てると、この人でいいかという気持ちになります」
「ずいぶんと妥協的ですね」
「どことなく直巳に似ているかもしれませんね」
「照れますね」


ある日
従妹「今日『あなたの尊敬する人』という課題で作文を書きました」
俺「誰について書いたんですか?」
「直巳について書きました」
「他の人は誰について書いていましたか?」
「みんなは両親や歴史上の偉人を書いていました」
「そうでしょう。恥をかきませんでしたか?」
「どうしてですか?」
「どう贔屓目に見ても、僕は尊敬されるべき人間じゃないと思います」
「そうでしょうか」
「あなたの両親の方がよほど立派な人間だと思いますよ」
「私もそう思います。両親にはとても感謝しています」
「そうでしょう」
「しかし感謝と尊敬は違います。憧れと尊敬も違います。」
「それはそうですね」
「私は直巳の人間性を尊く思っているということです」
「分かりました。そういうことなら喜んで尊敬されましょう」
「そうしてください」


ある日
「直巳は死について考えたことがありますか」
「今日はずいぶん哲学的ですね」
「人間は死を想わなくてはならないそうです」
「メメント・モリですね」
「考えたことがありますか?」
「幼少の頃はよく考えていました。小学校低学年くらいのときです。誰もいない居間のコタツの中で、ひたすら考えました」
「どうでしたか?」
「そうしてるとだんだん暗闇と、僕の肉体や意識が同化していくんです。死がとても切実なものとして僕の中に入り込んでくるんです」
「それでどうなるんですか」
「最後には決まって怖くなってしまって、コタツから飛び出すんです。出ると目に光が滲んで、涼やかな空気を吸って生を実感出来るんです」
「直巳は幼い頃からきちんと考えていたんですね」
「むしろあの頃の方が真剣にそういうことを考えていたような気がします」
「今は考えていないのですか?」
「そうですね、考えることが多すぎて、本当に大切なことをおざなりにしているかもしれませんね」
「歳をとるということはそういうことなのでしょうか」
「あるいはそういう部分があるかもしれません」
「大人になるのが少し憂鬱になりました」
「僕もあなたもまだまだ人生長いですよ」
「長いですか」
「ええ、きっと嫌になるくらい長いですよ」
「そう言われると、なんだか楽しみです」

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