サークルの大学生と 壱

2009/01/10 23:49 登録: えっちな名無しさん



俺がまだ、大学生の頃。
ちょうど、
大学生活も中盤を過ぎて後半を迎えた時期だった。

三年からの就職活動で幾つかの内定を得ていた俺は、
ひとまず、卒業後の進路が固まってきたので安堵すると共に、
頭の中にある残りの懸念材料を片付けにかかっていた。
と、言っても卒業する為の単位を取得する事と、
内定を得た中から就職先を決定する事、
くらいなので他の学生達と何も変わらない悩みだった。
この内、就職先については、
第二希望と第三希望から内定を貰っていたので、
そのどちらかになるだろうな、というのをぼんやりと頭に描いていた。
卒業に関しても、
取得しなければいけない単位は無理のある量ではなかったので、
殆ど悩みなんてない、というのが実情だったかもしれない。
よほどの予測不能な事態が起こらない限り、
自分の前途は洋々に見えた。
四年の春になると、見通しは更に確かになってきて、
あとは卒論と単位に集中していればよい、という状態になった。
その頃になってくると、
自分の生活に物足りなさを感じてくるようになってきて、
まるで入りたての一年生のように何か面白い事はないだろうか、
と自分の周りを嗅ぎ回るようになっていた。
構内掲示板や学食で周囲の人間がしている会話の中から
興味を惹くような話題がないかと
アンテナを張っているみたいな状態だった。
しかし、俺の希望を満たすようなものは、なかなか見付からない。
何か新しい事を始めるにしても一年もしない内に卒業だし、
仕事に備えなくてはいけない用事なども発生してくるだろう。
新入生ではないのだ。
腰を据えて何かに取り組むような事は出来ないし、
同級生の進路先は様々だから
クラスで何かをするというのも無理があった。
その時になって俺は、
思った以上に自分が不自由な状態であるのを知った。
しかし、あまり落胆はしていない。
元々、興味のある事を探す、と言っても、
そんなに簡単に見付かる、と期待していた訳ではなかったものだから、
半ば諦め半分の気持ちで毎日を過ごしていた。
大学に行って、週三回バイトをして……
という毎日は退屈ではあったが平和な日々だった。

そうして、ちょうど春が終わり、梅雨が来ようか、という頃。
興味深い話を聞いた。
俺の所属する学科は文系で、比較的、少人数で構成されているのだが、
その内の一人が、あるサークルについての話をしていた。
そのサークルの主な活動は、
俺達の大学と近隣の大学で合同の飲み会を開催している、
というものらしい。
要するに合コンなのだが、
その言葉から連想させられるものとは雰囲気が全く違い、
恋愛色は薄く、酒を飲みながら研究関係の話なんかをするのが
主な目的なんだそうだ。
そんな話は初耳だったので、俺は、その話を更に詳しく訊いてみた。
すると、その会合は、便宜上「サークル」と呼んでいるが、
会員なんてものはなく、かなり自由な集まりである事がわかった。
そもそものきっかけは、
俺の大学にいる男と他校にいる女が付き合っていて、
彼等が主催者となって何度か合コンを開催していたが、
次第にカップルが誕生しては抜けて行き、メンバーを入れ替えながら
現在は恋愛志向のない者達が残った集まりだ、という事らしかった。
これは、面白い、と思った。
更に詳しく訊いていくと、基本的に参加は自由な事。
ただし、社会人や全く大学に関係のない人はNG。
それから参加費として、
一人分の飲み代程度の会費を徴収される、という事。
それ以外に、特別な決まりはない。
会費さえ払えば、途中参加、解散でも構わないらしかった。
つまり、参加者の会費が当日の飲み代になるみたいだ。
俺は、その話をしてくれた友人に、
次は、いつ飲み会が開催されるのか、という事と自分も参加をしたい、
という話をした。
日程については、はっきりとは決まってないらしい。
「おそらく次の金曜だろう」と友人は言った。
参加はしたいが、日程がわからないのでは困る。
それに、勝手がわからないのも不便だ、と思った。
すると、友人は、
「じゃあ、次回は俺も参加するから一緒に行こう」と言ってくれた。
俺は、礼を言って開催日が確定するまで連絡を待つ事にした。

それから、数日後。
友人から連絡が来た。
次回の開催は、やはり二日後の金曜に決まったようだ。
俺は参加の返事と礼を言って当日の打ち合わせをした。
そして金曜夕方。
講義が終わり、
友人と少し時間を潰してから待ち合わせ場所の駅前へ向かう。
暫く待っていると、予定されていたメンバーが揃ったようなので、
居酒屋みたいな店に移動する。
参加者は俺達を除いて十人ほど。
最初に俺は、簡単に紹介されて名前と学部、学年を言った。
その夜は、とても刺激的な夜だった。
何人かと話をすると、初めて会った人達だったが、
どの人とも自分と共通する話題があるのがわかる。
違う大学の人間もいたが、研究内容が似ている人達が多かった。
後から知ってわかった事だが、
友人が話した参加条件に俺が聞かされていない事が一つだけあった。
それは、俺の大学からは、どの学部からでも参加出来るが、
他大学からの参加は特定の学部からしか認めていない、という事だった。
これは、複数の大学を跨いでの集まりで
参加者同士が馴染み易くする為のある種の方策だったみたいだ。
自分の大学なら多少学部が違っても話が合うだろうが、
他の大学となると、なかなかそうもいかない事が多い。
その為、他校の参加者は、
文系のある方面を専攻している人間だけが参加出来る事になっていた。
と、言っても著しく狭い範囲ではないから狭い門でもない。
俺の大学からの参加者に対して門が広いのは、元々、
このサークルを始めた人間と現在の主催者が俺の通う大学だった、
という理由が大きいだろう。
だから、俺と同じ大学ではない人間は、
俺と専攻内容が似ている可能性が高かった。
友人は、俺が、その条件を満たしていて、
尚且つ条件を満たさなくなるような恐れがないので
説明を省いたのだろう、と思われる。
どちらにしても俺が参加するのに不都合はないし、
聞いても聞かなくても困らない条件ではあった。
しかし、その規制の御蔭で、
俺が初対面の人達に苦もなく解け込めたのも事実だった。

結局、その日は、
研究上の議論と卒業後の話などの雑談をして時間が過ぎていった。
帰り道は、上機嫌だった。
議論がこんなに楽しかったのは、いつ以来だろう?
中学校の時、プロ野球の両リーグベストナインを
友人と決めようとした時以来かもしれない。
そんな懐かしさが湧いてきた。
参加者は、初めて会った人達だったが、
皆それぞれ何年か学んできた中で得た持論があるので
自然と話が盛り上がりやすい。
講義で得た知識、自分で学んできた理論などを御互いが戦わせるのだ。
そう言うと、どこか物騒なイメージがあるが、
誰かが誰かを打ち負かせる為の議論じゃないから、
御互いを尊重しつつ進んでいく話し合いが新鮮で気持ち良かった。

その二日後。
誘ってくれた友人が飲み会の感想を訊いてきたので、
楽しかった事と、また参加したい事を話した。
友人は喜んでくれて、一度参加したなら、
もう一人で行きたい時に行って構わないと教えてくれた。
俺は、開催日はどうやって知るのかと訊くと、
主催者にアドレスを訊けばいいらしい。
そうすれば、向こうからメールで知らせてくれるようだ。
友人は、最後に、こう言った。
「とりあえず次回の日程が決まったら俺が教えるから、
そこで参加して、後は自分でアドレスとか訊きなよ」
俺は礼を言って連絡を待った。

それから数日後。
友人からメールが届き、
そこには次回のサークルの待ち合わせ時間と場所が書いてあった。
それから今回、自分は参加出来ないが楽しんできてくれ、
という意味の言葉があった。
時間や場所は前回と同じだったから迷わないだろう。
曜日は、やはり金曜日だった。

そして当日、駅前。
待ち合わせ場所に着くと、
前回、知り合った顔を見かけたので、挨拶をしたりした。
全員が揃ったようなので、店に向かう。
今回の参加者は二十人程度。
前に見かけた顔は半分くらいか。
人数が増えている分、賑やかで、同じ店に入ったのだが、
今回は大きなテーブル席に案内された。
乾杯が終わると、雑談から次第に前回のような盛り上がりに。
前回知り合った人が話を振ってくれたりしたので、
俺も積極的に話し合いに加われた。
この辺の流れは図ったように同じだった。
違いと言えば、微妙に参加者が異なるくらいだ。

その中で一人、気になった女がいた。
前は友人がいたせいで様子見というか
友人の陰に隠れていたような形だったせいもあるけど、
参加者全員にまで意識がいかなかった。
今回は一人だったせいで自然と色んな人へ視線がいったので、
前回よりも参加者の顔を知る事が出来た。
飲み会の席なんて決まってるように見えて、
決まってないようなものだったから、
適当に周りの人間が変わっていくけど、
始まって一時間くらい経った頃、その子は俺の隣に座って声をかけてきた。
「見ない顔だけど、初めて?」
「はい。前回からです」
俺も、その子に見覚えがなかった。
おそらく前回は来ていなかったのだろう。
全体的に目立つ容姿だった。
髪は緩いウェーブがかかっていて茶色い。
若干、吊目というか猫目で、
頬には張りがあって健康的な雰囲気がした。
酔っていて血色が良いせいで、そう見えるのかもしれない。
肌が白いから火照っているのが、よくわかった。
「そう……。誰かの紹介?」
流し目で見られるとゾクリとする妖艶な雰囲気がある。
その瞳のせいだ。
「ええ……」
俺は友人との経緯を簡潔に話した。
すると、彼女は、あの人の友達なのか、という表情をした。
彼女とは、そこから友人に関した話題や
御互いの専攻についての話題で盛り上がる。
そんな感じで二回目の飲み会は、一回目よりも楽しく過ごせた。
徐々に知り合いが増えていく手応えもある。
最後の方で主催者にアドレスを訊いた。
主催者は、俺と同じ大学の同じ学年で、違う学部の男だった。
これに参加するまでは顔も知らなかったが、
人当たりのいい容貌で物腰も柔らかかった。
俺が次回も来たいと言うと、嬉しそうな表情を見せた。

三回目は、次の土曜に開催された。
もう三度目となると、俺が冷やかしではない、
という認識をされてきたのか待ち合わせ場所でも
歓迎されているような空気を感じた。
今回は十人近く。
また同じ店に入った。
どうやら、ここ以外には行かないみたいだ。
六人掛けくらいのテーブルを二つ繋げた座敷に案内される。
掘り炬燵のような場所だから、
靴を脱いでも椅子に座るのと変わらないでいられた。
各自、適当に席に着く。
もう知った顔ばかりだったから、どこに座っても困らない。
気を遣う事は少ないし緊張もしない。
俺は、主催者から遠い、通路に近い席を選んだ。
すると、隣に女が座った。
見ると、二回目で知り合った猫目の女だ。
「また来たんだね」
そう言って笑う。
髪を払った時に耳元でピアスが光った。
俺は曖昧に返事をする。
注文を訊かれて飲み物が届くと乾杯になった。
それから、また熱い話が展開される。
この感じが好きだ。
何とも言えない昂揚感。
俺は、これまでの二回以上に話をした。
研究関係の深い話もしたし、
時折、誰かの意見に反対するような事も言った。
自分が何を学んできたか、これからどうしていきたいか。
そんな若い衝動をぶつけあった。
隣が少し気になったが、彼女は、あまり話さない。
と言うか、話そうとしない。
その癖、席も移らない。
ただ飲んでいる事が多かった。
何となく不思議な気がした。
会の終盤では、遂に酔い潰れて寝てしまったみたいだ。
周りも、あまり気にしていない。
時折、大丈夫かと、声を掛けても反応がない。
心配になったが、
「いつもの事だから」と別の人に言われたので、そっとしておいた。

俺は、今まで二回、飲み会に参加して、
最後までいた事はなかった。
今日は、明日の予定がないのもあって、
最後まで残ってみようと来た時から決めていた。
馴染みの顔が増えたのも影響している。
それから、飲んだり話したりしながら、
一人、また一人と人数が減っていき、
大体、四時間ほどで御開きになった。
零時には、まだ一時間以上ある。
充実感と僅かな疲労。
だが、全体的に満たされた思いが支配的だった。
席を立とうとすると、隣の酔い潰れた女を二、三人で介抱している。
「大丈夫ですか?」
俺は半分義理で声を掛けた。
「うん。多分、平気。最近、多いのよねー、この子」
一人の女が言った。
「そうですか……」
気にはなったが、人がいるし心配ないだろう。
そう思って帰ろうとした時、背後から呼び止められた。
「ねえ……俺さんて、家どこ?」
そう声を掛けたのは、
さっきから傍にいて背中を擦ったり一番親身になって介抱していた
髪の短い女だった。
「……○○……ですけど……」
何の事かわからなかったが、俺は家の番地を言う。
「これから……帰る所だよね?」
「ええ……まあ……」
俺が、そう答えると、
介抱していた女達は一様に安堵したような表情を浮かべて言った。
「ちょっと悪いんだけどさ……。
この子を家まで連れて行きたいのよ。手伝ってくれない?」
彼女が言うには、
酔い潰れている子が起きないので家まで連れて行きたい。
しかし、この中に同じ方向の人間はいないし、
女の力では大変だから男手が欲しい。
できれば、俺に手伝ってもらえれば、助かる、という話だった。
「無理矢理、起こせませんかね?」
俺は、声を掛けてきた髪の短い子に訊いた。
「ダメダメ。私達、前もそうなった時に起こそうとしたんだけど、
なかなか起きないのよ」
緩やかな眉根を寄せる。
「でも、放っておく訳にもいかないでしょ?
だから前は三人で協力して背負って家まで送って行ったんだから」
そう言うと同意を求めるように横の女を見た。
目を向けられた子は小さく何度も頷く。
俺はテーブルを見下ろした。
腕を枕にして寝ている彼女は、
聞いたように何をしても起きないような様子ではあった。
少し迷ったが、俺は結論を出す。
「それで……俺は何をすればいいんですか?」

店を出ると、夜風が気持ちいい。
夜、出歩くには向かない季節が、漸く終わりを告げたようだ。
少し寄り道をして散歩でもしたい気分だった。
――背中の御荷物さえなければ……。
隣で監督するみたいに並んでいる髪の短い女の指示に従って、
俺は酔い潰れた女を背負っていた。
太ってはいないが、どう見ても四十キロはあるだろう。
それを背負って歩くのは、男とは言え、楽ではない。
彼女の指示によると、このまま電車に乗って行くようだ。
隣の女は、背中の彼女の荷物を持ち、彼女の家まで案内する役目。
俺は、その子を家まで運ぶ役目。
見事な役割分担だ、と髪の短い女は自画自賛していた。
飲み会の店は、駅前にあるので数分で改札が見えてきた。
俺は、それだけで息が上がってしまった。
残っていた他の子は駅までついて来ると、
俺達に任せて笑顔で帰って行く。
そこからは、俺の自宅方向へ向かう電車に乗った。
背負われた彼女は完全に寝入っているみたいで、
電車に乗っても一向に目覚める様子がない。
「二駅目で降りるから」
と言われたので、その通りにする。
前を行く女に遅れないように、ついて行った。
背中の彼女の家は駅から歩いて五分ほどのアパート。
個人向けらしく、あまり広くなさそうな部屋が八部屋あった。
二階建ての各階に四部屋。
先を行く女は1階の奥へ進んでいく。
一番奥のドアの前でこちらを振り返った。
俺が辿り着くのを待ってから、「ここ」と目で合図する。
それから彼女が運んできた鞄の中を漁って部屋の鍵を探し出した。
(勝手に開けていいのかな……)
そんな思いが浮かんだが、こうでもしなければ
背中の彼女は帰って来られなかったのだから構わないだろう。
黙って、その様子を見ていると、すぐにドアが開いた。
開けてくれたドアの中に足を踏み入れると、
想像通り1DKくらいの広さ。
玄関を入って、すぐの場所に、ゆっくりと彼女を下ろした。
座らせるようにしたつもりだったが、
蒟蒻のように寝転がってしまった。
「どうしましょう?」
俺は隣の女に訊ねる。
「とりあえず、運んでくれてありがとう」
「いえ……」
「ここで寝かすのも、あれだからベッドまで運ぼうか」
「上がっていいんですか?」
「平気よ。風邪引くよりいいでしょ?」
「はぁ……」
「じゃあ、そっちがベッドだから運んじゃいましょうよ」
俺は再び彼女を担ぎ上げようとした時、
不意に浮かんできた疑問を口にする。
「あの……ベッドに運びますよね」
「うん」
「その後、どうするんですか?
そのまま俺達が帰ったら鍵も掛けられないですよ」
「あっ……そっか……」
「鍵だけ持って行く訳にはいかないし……」
「そうねー」
「前の時って、どうしてたんですか?」
「前は、ここまで来るのに、もっと時間がかかったから……
ほら、女の人だけだったし……
その時は、家に着く頃には起きてくれたんだよね……」
「そうですか。……で、どうします?」
どちらに主導権があるのか、わからなくなってきた。
「鍵だけ持って、外に出て、
鍵を掛けた後にポストに入れておくか……でも、それもまずいか……」
彼女は、いい方法が思いつかなくて、今後の行動を決めかねていた。
ここは、全部屋のポストがアパートの敷地内の、入ってすぐ横にあって、
各部屋のドアに直接ついているタイプではなかった。
だから、今、言った作戦を採用するなら、
出来れば鍵は、もう少し安全な場所がいいだろう。
それとも、目の前の彼女に鍵を預かってもらうか……。
しかし、それでは寝ている子が不便だろう。
そんな事を話し合っていたら、寝ていた彼女が急に起き上がった。
「あれ?」
半分閉じた目で、周囲を見回している。
「ここ……私の……家?」
俺達は顔を見合わせて喜んだ。
急いで状況を説明して彼女を起き上がらせる。
それから、
俺達が外に出たら鍵を掛けるように言って、二人で外に出た。
すぐに言われた通り錠がかかる音がした。
これで、とりあえずは大丈夫だろう。

同じ道を通って、二人で駅まで戻った。
もう少しで終電だったので危うい所だ、と溜息をつく。
更に二駅乗って俺の方が先に降り彼女とは別れた。
帰宅すると零時を過ぎていた。




これまで飲み会には三度、参加してみたが、
俺としては特に嫌な事もなく楽しさだけが残った、という感想だ。
前回みたいな終わり方は勘弁して欲しいが、
アクシデントだと思えば気にならない。
他に問題と言えば金くらいか。
これから毎週参加し続けるのは厳しいかもしれないが、
貯金も多少あるしバイトもしている。
他に金の使い道もなかったし、
恋人と食事をしていると思えば痛い出費でもない。
何より、その自由な雰囲気が良かった。
拘束がない。
責任も規則もない。
妙な、しがらみとか上下関係もなかった。
皆が対等に話し合えるのもいい。
あれから大学構内で声を掛けられる機会が増えた。
振り返ると、
飲み会に参加していたメンバーで簡単に挨拶を交わしたりした。
髪の短い子と酔い潰れた子は見かけなかった。
違う学部か、と思っていたが、
これだけ見ないという事は違う大学なのかもしれない。
そうしている内に、また案内メールが来た。
四度目だ。
どうやら、この会は、金曜か土曜に開催される事が多いらしい。
当時、俺は、たまに金曜にバイトが入る時があるくらいで、
金曜と土曜は殆ど空いていたから特別な用事がない時は参加出来た。
これが日曜だとバイトがあったから参加出来る機会は少なかっただろう。
このサークルは、
丁度、ぽっかり空いた俺の隙間に綺麗に嵌まり込んで、
そして静かに馴染んでいった。
きっと、相性が良かったのだろう、と思っている。
最初に誘ってくれた友人に、
「今回は行くのか?」と訊いたら、「行かない」と言われた。
どうやら別方面で気になる女がいるみたいだ。
彼は、暫く付き合えないと思う、と語った。

俺は迷ったが、結局、今回も参加する事にした。
いつものように駅前に行くと、髪の短い女を見付けた。
俺は近付いて挨拶をする。
向こうも気付いて返事をした。
俺は改めて自己紹介をする。
彼女も同じように名乗った。
やはり違う大学で、俺の通う大学からは比較的近い。
歩いていくような距離ではないが、
地理的には『御隣さん』という位置付けになるだろう。
名前はエリ。
今日はジーンズに長袖のシャツという格好だった。
肩から掛けているバッグは女の子っぽいが、
服装や髪型はボーイッシュな感じだった。
髪が短いのと顔立ちのせいで、そう見えるのかもしれない。
気さくに話しながら五分ほど、皆が揃うのを待つ。
全員が揃ったらしいので店へ移動。
今回は十五人前後の集まりだった。
エリは、自分から話しかけてくる方ではなかったけど、
近くの席だった事もあり何度か話をした。
前回は突然の依頼に戸惑っていたのもあって
冷静に彼女を捉えられなかったが、
改めて見ると顔立ちは整っているし、
控え目ないい子だ、という印象を受けた。
俺の話にも合わせてくれるので、一旦、話し始めると会話が続く。
少し、ぶっきらぼうな物言いが特徴だった。

そうして一時間ほどした頃、店に新しい客が入ってきた。
見ると、前に酔い潰れた女だった。
その女は、こっちを見てエリを見付けると手を振って近付いてくる。
そうして彼女の隣に勢いよく座る。
店員を呼び止めて、飲み物を注文した後、
二人は爆発したように話し出した。
どうやら二人は同じ大学で仲も良いらしい。
そうでなければサークルに来て、
酔い潰れた女を家まで送っていくような真似はしないだろう。
俺は置いて行かれたように黙って、その様子を眺めていた。
酔い潰れた方はアヤカという名前らしい。
皆には『アヤちゃん』と呼ばれていた。
エリと比べると外見は女らしい。
髪は長くて、巻いている感じに緩くパーマがかかっている。
まだ、それほど暑くないのに
ノースリーブにミニスカートという露出度の高い服装をしている。
しかし、暫く傍で見ていると、中身はアヤカの方が男らしいのがわかった。
とにかく、よくしゃべるし、よく飲んだ。
そうして、隣で二人の様子を窺っていると、
アヤカが不意に、こっちを向いた。
「君さー、飲んでないんじゃない?」
「ええ……まあ」
「もっと飲みなよー」
「そうですね……」
「てゆーか、前も来てたよねー」
どうやら前回、俺が家まで送った事なんて覚えていないらしい。
話を聞いていると、
最新の記憶が前々回にあるみたいで、彼女の言う『前』というのは、
俺が二回目に参加した時の事を指しているらしい。
それを聞いて、隣のエリが彼女の腕を引っ張る。
エリは、
俺に申し訳なさそうな顔を見せて前回の経緯を彼女に説明し始めた。
アヤカは、それを聞いて俺の方を向くと、頭を下げた。
「そうなんだー。なんか御面倒を御掛けして……」
あまり、すまなそうな口調ではないが、何となく憎めない。
執り成すようにエリが口を挟んだ。
「そうよー、大変だったんだから。ねー」
俺は、とりあえず微笑んだ。
本当は、そんな簡単に、
サラッと流せてしまえるような苦労ではなかったが、
当人の手前、重かったとか大変だった、とは言いづらい。
「今日は飲み過ぎちゃダメだよ」
最後にエリは、そう締めくくる。
「はいはい」
アヤカは神妙に頷いてから思い付いたように提案する。
「じゃあ、御詫びに私が一杯奢ろう。
……ところで、君は名前、何ていうの?」
俺はエリにしたように自己紹介をした。
「ふーん、じゃあ俺くん、何でも好きなものを頼みたまえ」
何故か上から目線の口調だ。
その様子が、どこか滑稽で、
学芸会で不慣れな女王様役をやらされてしまった
高校生みたいな言い方に思えた。
俺は、遠回しに遠慮したが、しつこく勧められて、ビールを頼んだ。
すると、彼女も同じものを頼む。
そんな風にして、
その日は、殆ど二人を相手に時間が過ぎていったが、
飲み会が終わる頃には、またしてもアヤカは酔い潰れて寝ていた。

その内、起きるだろうと待っていても起きない。
結局、前回と同じ流れになり俺が背負って送っていく事になった。
前に、最後まで残っていて見知った女の子もいたが、
俺がいるのを確認すると、まるで当然送っていくもの、
という態度で先に帰ってしまった。
再び、俺とエリは、アヤカの家まで向かう。
一度経験しているだけに要領がわかっていたので
前ほどの苦労はなかった。
無事、送り届けられて安心する。
今日はアヤの肩を揺すったら、すぐに起きた。
かなり不機嫌そうな表情だったが……。
二人で駅へ戻る途中、疑問に思って俺はエリに訊いてみた。
「彼女、毎回こうなんですか?」
「んー、わりと最近は、こうかな」
「酒飲みなんですね」
「そうじゃないんだけどね……」
やがて駅について電車に乗り、俺達は別れた。
少しだけエリとアヤカの関係が気になったけど、
家に着く頃には、すっかり忘れてしまっていた。

五回目のメールが来る頃には梅雨も終盤で、
いつ明けて夏が来るのかが待ち遠しく思われた。
天気予報でも梅雨明けを予想している。
あと一ヶ月もしないで夏休みだったが、
その前にある試験が頭にあったので
飲み会への参加を悩んだが、行く事にした。
気晴らしを兼ねて、と試験科目が少なかった、
というのを自分に対しての言い訳にする。
待ち合わせ場所に着いて店に移っても、エリもアヤカの姿も見えなかった。
少し残念な気がしたが彼女達に会うのだけが楽しみでもない。
近くに座った人達との会話を楽しんだ。
時期的に、やはり試験や卒論の話が出た。
試験科目とか論文の進行状況とか、
そうした雑多な情報などが耳に入る。
俺は、ここが、ただの飲み会ではなくて、
こういう風に情報交換の場でもあるなら
試験前に参加しているのも無駄にはならないな、と考えていた。
そうしていると、遅れてアヤカがやってきた。
半袖のTシャツにジーンズという格好。
俺の姿を見つけると、当然のように隣の人間を押し退けて座る。
「俺くん、何、飲んでんの?あー、すいませーん。私も、これ下さーい」
通りすがりの店員を呼び止めて注文を済ませた。
彼女が来た事で、それまで話していた周りの人とは話せなくなった。
アヤカは、
殆ど俺に話しかけてくるので自然と相手をしなければいけなくなる。
結果的に二人で話しているのと変わらない風になった。
話の内容は、他の人と話しているのと、
そんなに変わりがないが、時々エリの話も出た。
その機会に俺は訊いた。
「今日は○○さん来ないんですか?」
「エリの事?」
俺は彼女の苗字を言ったので、アヤカは訊き返してきた。
「はい」
「どうだろうねー。何か言ってたっけ?」
思い出すように首を傾げている。
俺は返事を待ったが無駄だった。
話しながらも彼女の飲むペースは落ちない。
俺は、それとなく止めさせようとした。
「あのさ……」
「何?」
「あまり飲み過ぎない方がいいよ」
「何で?」
「いや……体にも良くないし……」
あまり煩く聞こえないように気をつけながら話すが効果がない。
「文句あるの?」
「そうじゃないんだけどさ」
「私が酔ってても俺くんに迷惑かける訳じゃないでしょ!」
勢いよくテーブルに置いたジョッキが音を立てた。
(いや……かかってますけど。迷惑)
どうやら既に酔っているみたいだ。
こうなると、どうにもならない。
なるべく注文させないようにしてみたが、結局、飲んでしまう。
俺は、もう気にしない事にした。
同時に、
もし今日酔い潰れても絶対に送っていかないぞ、とも心に誓った。
しかし、その誓いは虚しく破れた。
会も終わりに近付くと、案の定、彼女は寝てしまっていた。
御開きになると、俺は気付かない振りをして店を出ようとする。
すると、周りの人間が彼女を送っていかないのか、と言うのだ。
すっかり俺が彼女を送っていくのが当たり前という空気になっている。
放っておく訳にもいかないが、誰も自分が関わろうとしたくないのだろう。
最終的には、その空気に押されてしまった。
エリもいないので、誰も手伝ってくれない。
一人でアヤカを背負って荷物を持って駅に向かった。

彼女の家に向かうのも、もう三度目だ。
勝手もわかってしまうのが悲しい。
何とか家に辿り着くと、一度彼女を玄関前に座らせた。
やはり起きる様子がないので、鞄から鍵を探して取り出す。
それから彼女を部屋に運び込んで玄関先に座らせた。
(さて……どうしよう)
足元で壁にもたれている彼女を見下ろす。
前回みたいに上手く起きてくれるといいが……。
呼びかけてみる。
起きない。
顔を揺すってみた。
すると、一瞬、目を開ける。
驚きつつ喜んだが、すぐに目を閉じてしまった。
それから靴を脱がせて立たせてみようとした。
靴は問題なく脱げたが、立たせるのは無理だった。
(どうしようか?)
前回、考えた事が、もう一度浮かんだ。
このまま帰ってしまうのは無用心だ。
だからと言って起きるまで待っているのも終電が近いせいで出来ない。
彼女はアルファベットのKの字みたいな体勢で横たわっている。
仕方ないからポストに鍵を入れて置くのが妥当な案だろう。
鍵の場所はメモにでも書いて置いておけばわかるはずだ。
ただ、この場所で寝かせていくと風邪を引いてしまうかもしれないし、
前に話したみたいにベッドまでは運んだ方がいいんじゃないだろうか。
部屋は、あまり広くなさそうなので、
入ってしまえば勝手はわかるに違いない。
そう結論付けて彼女を起こそうとした。
ゆっくり近付いて、上体だけを起こすようにして両手を持った。
そうして、彼女の背中を片手で支えて、
空いた手を膝の下に入れようとする。
Tの字のように横向きに相対して、
力を入れて起こそうとした時に、彼女も起きようとしたのだろう。
俺はしゃがんだ体勢から斜め上に起こそうとして後ろに下がるようになり、
彼女は身を任せるように前傾してきた。
(あっ……)
と思った時には既に遅く、
さっき彼女が横たわっていた一メートルほど隣で
俺は彼女に押し倒されていた。
すると、彼女はそのまま圧し掛かってきて、いきなり唇を合わせてきた。
「……ちょっ……おぃ……」
開きかけた口に彼女の柔らかい唇が蓋をする。
何か言おうとしたが、
唇を塞がれているから、鼻息とくぐもった声しか出ない。
そのままでいるしかなかった。
黙っていると、
彼女は暫く身を寄せていた後、ゆっくりと唇を離していった。
薄暗い中で彼女を見上げる。
あまりよく見えなかったが、彼女の口元が緩んでいるのがわかった。
俺は問いかける。
「いつから起きてた?」
「まぁまぁ、そんな野暮な事は言わないの」
口の端を上げている。
笑っているのだろう。
「野暮とかじゃなくてさ、起きてるなら自分で歩いてよ」
「んー、いや起きたのは、さっきだよ」
彼女は言い訳するみたいに言った。
俺が、ここまで一人で運んで来たのを非難めいて言うと、
「だーかーらー。ちゃんと払ったじゃん」
「何を?」
「運び賃」
「……貰ってないけど」
そう言うと彼女は無言で腕を上げ、
ゆっくりと人差し指で自分の唇を叩いた。
俺は意味がわからず無言で首を傾げる。
彼女は、俺に理解されず不満そうだった。
「だーかーらー。キスよ、キス」
「キスが、何?」
「運び賃には充分でしょ?」
「いや……、俺、そんな事、望んでないけど」
「そんな事って何よ!」
「あー、ごめん、そういう意味じゃなくてさ」
「不満なら、もっとしようか?」
「結構です!」
何が楽しくて、
肉体労働の後に好きでもない女とキスしないといけないんだ。
彼女は体重を掛けて圧し掛かっていたが、
上手く押し返して圧迫から逃れる。
「大丈夫そうなんで、帰りますね」
俺は、シャツの裾を直して立ち上がる。
運んできた彼女の鞄を手渡して、背中越しに声を掛けた。
「じゃあ、また」
ノブを掴んで一歩、外に出ようとした時だ。
「泊まってく?」
低く掠れた声が響いた。
その言葉を無視して玄関の外に出る。
どうせ酔っ払いの戯言だ。
俺は、彼女の言葉が聞こえなかった振りをした。
「じゃあ、おやすみなさい」
振り返ってノブを掴みドアを閉める。
静かに、そして、ゆっくりと俺の視界から彼女が消えていく。
俺が完全にドアを閉めるまで、
彼女は何を言わず、じっと玄関に座って俺を見上げていた。

出典:オリジナル
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