サークルの大学生と 弐
2009/01/15 23:42 登録: えっちな名無しさん
3
アヤカとのキスがあってから、暫く俺は飲み会に参加しなかった。
『暫く』と言っても、
ほんの二、三週間程度の事であって、
何か特別な理由があった訳ではなく、
単にテスト期間中だった、というだけだ。
俺は、バイトも休んでテストに集中した。
結果は、まだわからないが、『不可』はないと思う。
テスト期間が終わると飲み会開催のメールが来た。
前回から今日までの間に、
二通ほど飲み会の日程を知らせるメールが届いたが、
おそらくテスト期間中のせいで参加者は少なかったのではないか、
と勝手に判断していた。
アヤカの事が頭にあったが、間隔が空いていた事もあり、
久し振りに参加してみようかという気になった。
もう八月に入っていて、
その第一金曜日がメールに書かれていた日付だ。
予定がないのを確認してから参加の返事をする。
本当は、返事なんてしなくても良かったのだが、
不参加が続いていたので念の為という気持ちだった。
バイトと卒論の仕上げに追われて、
その日までは、あっという間に過ぎた。
金曜日に、いつもの場所に行くと馴染みの顔がいた。
何人かと簡単な挨拶をする。
暫く参加しなかった事について聞かれなかったので、
予想通り殆どの人は参加しなかったんじゃないかと思った。
元々、参加が強制ではない集まりだから、
久し振りに顔を見た人間がいても、それを詮索するような人はいない、
という理由もあるだろう。
見回したが、エリの姿もアヤカの姿も見えなかった。
今日の参加者は十人ほど。
若干、少なめ、という気がした。
皆どこか旅行にでも行っているのだろうか。
店に移動して、好き勝手に話し出す。
話題の多くは夏休みの過ごし方についてだった。
学校関係の話題だと、やはり卒論絡みになる。
飲み始めて三十分くらいしたらエリとアヤカが一緒に来た。
アヤカは俺を見付けると、隣に座って「久し振り」と言った。
俺も返事をする。
エリとも同じように挨拶して三人が囲むような形で話し出すと、
アヤカはまるで、この間の事なんかなかったかのように接してくる。
俺は、彼女達の顔を見た時から、どう応対しようか迷っていたが、
その迷いを踏み潰すような勢いだった。
その勢いと、酒の力と、周りの雰囲気と、テストが終わった解放感とで、
俺は次第に細かい事なんて考えているのが馬鹿らしい、と思えてきた。
他の参加者も同じだったのかもしれない。
その日の飲み会は少人数ながら、
なかなかの盛り上がりをみせたからだ。
夏休みやテスト後、それから進路決定。
こういったキーワードが、
その日の盛り上がりを助長していたように思う。
そんな中、何かの弾みでアヤカがこんな事を言い出した。
「俺くん、飲み比べをしようよ」
正直、俺は、食べ比べとか飲み比べみたいな
飲食での競争に、あまり興味がなかった。
最初は楽しくても終わった後には不快感が残るだけだ、
というのが経験上わかっていたからだ。
だけど、その時は、
何故か彼女の提案を受けて立とう、という気になった。
二人の目の前に同じジョッキが並べられる。
ビールの大だ。
御互い顔を見合わせ、意思確認の後、ジョッキに手を伸ばす。
ルールは、両者が同じ飲み物を頼む。
飲む速度は関係ない。
両者が飲み終わってから次の注文をする。
つまり、どちらかが飲み残しのある内は次の注文はしない。
それを続けていって、片方が飲めなくなるかギブアップするまで続ける。
という具合に決まった。
話し合って短時間で決めた即席のルールにしては上出来だと思う。
前半は御互い快調だった。
次々に注文を繰り返す。
周りは俺達に、殆ど無関心だった。
飲み比べをしているのは知っているが、
特別興味はない、という様子だ。
一気とかをする訳ではなかったし、
飲むスピードを比べる訳でもなかったので、
盛り上がりに欠けたせいかもしれない。
時々、俺達の注文の早さに横目で見る人がいた程度だ。
正に二人だけの闘い、という気がする。
エリは立会人のような態度で、マイペースに飲み物を注文した。
その日は、結局、何杯飲んだだろう。
覚えていない。
ただ俺が先にギブアップしたのは覚えている。
これ以上飲むと、帰りに支障をきたしそうな気がしたからだ。
それに、負け惜しみではないが、
こんな勝負に負けても悔しくないし、何か賭けをしている訳でもない。
必死に勝たなくてはいけない気持ちは最初からなかった。
単なる余興というか御遊びの範疇を出ない。
それでもアヤカは、俺が降参すると勝ち誇った表情を見せた。
「あたしの、勝ーちー」
エリと二人で「すごいねー」なんて持ち上げた。
すると、更に気を良くして彼女は続けて飲んでいく。
勝負が終わったんだから、
もういいだろう、と思ったが、逆に、止める理由もない。
それから一時間もすると会は終わったが、
アヤカは気付くと、いつものように寝てしまっていた。
俺は前回の反省もあるし、今回こそは見捨てていこうとしたが、
エリがいるので、そういう訳にもいかず
再び手伝わされる羽目になった。
アヤカを背負って駅まで行くのも慣れたものだ。
電車は空いていて彼女を座らせて、その両側に俺とエリが座る。
そうして、同じように家まで送り届けた。
玄関で何とか彼女を起こし、二人で駅まで戻る。
ここまで世話を掛けさせられると、急に理不尽な思いがしてくる。
何でもいいから見返りみたいなものを心が欲しているみたいだ。
何かないだろうか?
無意味な送迎を何度も繰り返させられて、
自分にとって何も収穫がないのは納得がいかなかった。
だからと言って前回のようなキスみたいなのは御免だが、
金でも取ろうかと冗談交じりに言いたくなった。
要するに、誰かに愚痴を言いたい気持ちが湧いてきたのだ。
そんな思いがあって、俺はエリに訊いてみる。
「○○さんって何で、あんなに酔っ払うんですかね?」
エリもアヤカも俺と同じ学年だったが、
飲み会では新参者なので
話す時は大体、敬語か丁寧語が普通だった。
決して彼女達が先輩ではないし偉い訳でもない。
もっと馴れ馴れしくてもいいのかもしれないけど、
ただ何となく、そうした方が無難な気がしただけだ。
それを、その時、エリに指摘された。
「俺くんさぁ……、別に敬語とかじゃなくていいからね」
優しく言い聞かせるような口調の後、
フォローするように付け足した。
「まぁ、私は、そういうの嫌いじゃないけどね……」
その言葉自体は嬉しかったが、
何か俺の質問をはぐらかされたような気になって、
似たような問いを重ねて、した。
彼女は黙って歩いていて、
その返事が来るまでに、たっぷり百歩はかかっただろう。
そうして、やっと彼女が口を開いた。
「私から聞いたって言わないでくれる?」
よく意味がわからなかったが、
それが俺への答えになるなら、と黙って頷いた。
「△△さんって、わかるよね?」
その名前は知っている。
サークルの主催者の友人だ。
髪の長い、物静かな感じの男で、
飲み会では、大体、主催者の隣で飲んでいる。
容貌は文系男子という感じで眼鏡が似合いそうだった。
勿論、それは俺の勝手なイメージで眼鏡はしていない。
確か、彼も四年だったはずだ。
どこの学部だか忘れたが、俺と同じ大学にいる。
話した事はないが、控えめで悪い印象は受けなかった。
「わかるけど?」
「たぶん……アヤは、彼の事が好きなんだと思う」
それからエリはアヤカの好みが彼に近い事などを話し出した。
それを聞くと、
彼が、彼女の好みのタイプと合致しているのは、よくわかるのだが、
それと彼女が酔っ払う事と、どう繋がるのかわからない。
俺は、その点を訊いた。
「前にさ……こういう事があってね」
エリは、ゆっくりと順序立てて話し出した。
それによると、俺が参加する以前に、
サークルの飲み会で酔い潰れた子がいたらしい。
その子は、俺とは違う大学の二年生で、
髪が長く清楚な雰囲気があり、その時が飲み会初参加だった。
初々しさが災いして、
何も勝手がわからず勧められるままに酒を飲み過ぎてしまったようだ。
明るい子だったから、
積極的に色んな人から話しかけられていたせいもあるかもしれないし、
酒を断らない様子だったのもいけなかったのかもしれない。
とにかく色んな要因があって、
その子はアヤカのように酔い潰れてしまったらしい。
その子を連れてきた友人は女の子だったから、
どうしようか困っていた時に、
さっき話に出た主催者の友人が送っていくと名乗り出たらしい。
酔い潰れた子を背負って、
その子の友人の案内で家まで運んで行ったようだ。
俺は、それを聞いて可笑しくなった。
(まるで今の俺達じゃないか)
エリは言った。
それ以降、アヤカが酔い潰れる機会が増えた気がする、と。
エリの推測によると、
おそらくアヤカは、サークルの飲み会で酔い潰れれば、
その子と同じように彼が送っていってくれるのではないか、
と考えているんじゃないか、と。
だから、そうして、わざと隙を見せているんだと思う。
彼女なりのきっかけ作りなんじゃないだろうか。
そんな事を言った。
「でも……こうして俺達が送っちゃってますよね」
「そうなの」
エリは困ったような調子だ。
「私も最初は、そんな事わからなかったから、
無理矢理、連れて帰っちゃったのよね。
で、その時は、何か嫌な事でもあったのかな?
くらいにしか考えてなかったんだけど、
次も、その次も寝てしまうくらい飲んで……
これは変だって思うじゃない。
やっぱり急に潰れる回数が増えた訳だし……」
俺は、アヤカを置いてエリが先に帰ってはどうか?と訊いた。
「そうなんだけど、それも心配だし……」
エリは、そこで立ち止まった。
「ここのサークルは比較的健全だからさ、あまり変な人いないけど、
それでも酔った女の子一人残していくのは心配なんだよね」
「確かに、そうですね」
「その彼が送ってくれる保証はないしさ」
じゃあ、エリがいない時はどうするのだろう?
アヤカ一人で来る時もあるだろう。
「それは、ないよ」
エリは俺の疑問を否定した。
飲み会に参加する時は、二人で来るようにしている、と言った。
「えっ……でも……」
俺は、前回一人で彼女を家まで送っていった事をエリに話した。
当然、部屋に入ってからの部分は削って簡潔に説明する。
「えーー、そうなのー?」
エリは、それを聞くと驚いて、
それから、俺が一人で送り届けた事に対して礼を言った。
俺は気恥ずかしいような思いがした。
そうして並んで歩きながら、
他にも、御互いの頭に浮かんだ彼女の言動に対する
細かい疑問点なんかを話し合った。
「だからさ……」
エリは俺に、こんな御願いをした。
今、話したのは全部私の推測だけど、多分間違ってないと思う。
そうだとすると、もし万が一、
アヤカの目当ての彼が彼女を心配するような素振りを見せたり、
送っていくような感じがしたら放っておいて欲しい。
それが意味のある事には思えないけど、
彼女は、それを願っているだろうから間接的に協力してあげて欲しい。
俺は、反対する理由もないので素直に頷いた。
そうして話していたら、
もう駅が目の前に来ていて、俺達は揃って電車に乗った。
「そう言えば、その最初に酔い潰れた子って今もいるんですか?」
俺は、何となく頭に浮かんだ事を訊いた。
「最近、見ないわね」
「何かあったんですか?」
「そうじゃないわよ。
それって結構、前の話っていうのもあるし、
一度で来なくなる子も多いしね。珍しい事じゃないわ」
「もう長いんですか?」
エリの口振りから
サークルでのキャリアが長そうな気がしたので、そう訊いた。
「一年くらいかな。アヤも一緒」
そんな話をしていたら俺の降りる駅に着いた。
エリとの別れ際の挨拶が、
前よりも親しみのこもったもののように感じて少し嬉しくなった。
4
それから九月に入るまで、エリにもアヤカにも会っていない。
俺は、その一ヶ月を卒論とバイトに費やしていた。
大体、八対二くらいの割合で、
卒論の合間にバイトをしていた、という感じだ。
時々、大学図書館に行ったりもした。
俺は大学近くで一人暮らしをしていたから、
買い物とか家事とか日常の雑事をこなしていく間の、
ふとした瞬間に彼女達を思い出す時もあった。
八月の別れ際に、
エリと話した内容が、時間の経過に従って、
湧き出すように幾つかの新たな疑問を
俺の中に提出してきたのが原因だった。
それらは、例えば、
三回目の飲み会の日、もし俺がいなかったら、
エリはどうやってアヤカを連れ帰ったのだろう、とか
五回目の時に、俺がいなかったら、
それでもアヤカは酔い潰れたのだろうか、
などという頭の隅から不意に湧いたもので、
且つ、答えの出ない疑問であったから、
俺は、すぐに考えるのを止めてしまった。
それでも忘れた頃に繰り返し、
それらの疑問は脳裏に浮かんできた。
この夏を振り返って、思い出されるのは、
卒論ばかりに取り組んでいた、という事と
今年は田舎に帰らなかったな、という事くらいだ。
出来れば帰省した方がいいのだが、
家でも、こちらの事情を酌んでくれて、
あまりうるさく帰って来い、とは言わなかった。
そうして、後期も始まる頃には卒論も目途がついてきて、
飲み会に参加する余裕も出来てきた。
九月の中旬。
いつもの駅前で集合すると懐かしい顔ぶれがあって、
その中にエリもアヤカもいた。
エリは少し髪が伸びていた。
アヤカの方は更に髪を巻いている。
二人とも若干、陽に焼けて肌が黒く見えた。
俺達は久し振りに再会した友人みたいに話し合った。
店に入っても三人で固まっていて、
この一ヶ月の間に起こった平凡な日々を語り合った。
ただ、俺は平常心でいられなくて、
アヤカに気付かれないように、時々、主催者の方を盗み見たりした。
その男は、今日も来ていて主催者と談笑している。
俺達の席とは五メートルほど距離があった。
そうしていたら、アヤカは、久し振りに飲み比べをしよう、と言う。
俺は、最初、断った。
彼の目の前で、俺と二人だけで、そういう事をするのが、
アヤカにとって好ましくない結果を招くような気がしたからだ。
しかし、彼女は譲らなかった。
勝手に店員を呼び止め、同じ飲み物を二つ注文する。
暫くすると、目の前に同じグラスが二つ並んでいた。
俺は、どうしたらいいのかわからなかったが、
彼女は「さぁ、かかってきたまえ」
と言ってジョッキを持ち上げて待っている。
エリに目を向けたが、何も言わなかった。
目だけが『仕方ないわね』と苦笑しているように見える。
俺は、仕方なく、それに付き合う事にした。
アヤカは嬉しそうにグラスを合わせる。
胸に響くような高い音がした。
それから何杯か飲んだが、
俺は前回よりは大分早い段階でギブアップした。
アヤカは不満そうだったが、
自分の勝利に満足したような態度を見せる。
そうやって早い段階で飲み比べを止めたり、
話に集中させて彼女を酔わせないようにしていたので、
今日はアヤカが潰れる事なく、会も御開きの時間になった。
俺は、安心して席を立って帰ろうとすると、
「一緒に帰ろうよ」
アヤカが声を掛けてきた。
三人で帰ろうという意味らしい。
と、言っても一緒なのは、精々、二駅だから大した時間じゃない。
わざわざ改まって並んで帰る事もないだろう、
と答える前に、さっと俺の腕を取って席から引っ張り出す。
三人で駅に向かい、最初に来た電車に乗った。
店から、アヤカが降りるまでの間に三人でした会話の主な内容は、
俺の態度が余所余所しい、という事だった。
「もっと飛び込んで来い」
とはアヤカの言葉。
「遠慮してるの?」
とはエリの言葉だ。
「歳下の私達がタメ語なんだから俺くんも、そうしたら?」
と声を揃えて言われた。
学年は同じだが、歳は俺の方が一つ上だ。
二人は歳上から敬語を使われるのが気に入らないらしかった。
それから、こんな事も言われた。
「ほら……試しに『アヤちゃん』って言ってごらん」
電車のドアに貼り付けられた広告を背にして
アヤカの猫目が見上げてくる。
「…………アヤちゃん」
「声が小さい!」
「……アヤちゃん」
「てゆーか『アヤ』でもいいよ」
「それは、ちょっと……」
「なんでよ!」
「彼氏とかでもないし……」
俺は、この窮地を遣り過ごすのに必死だった。
アヤカは腰に手を当てて、俺に喰って掛かってくる。
「てゆーかね、
飲み会の度に家まで送らせるは、
話せば敬語だっていうんじゃね、
何か私達があんたをパシリに使ってるみたいに見られるでしょ?」
(その通りじゃないか)
内心、そう思ったけど、口では反対の事を言う。
「そんな事はないんじゃないかな」
「何で、そう言い切れるのよ。
違ったら迷惑するのは私達なんだからね」
「迷惑?」
「だって、そうでしょ?
こっちは、そんな気、全然ないのに、
あんたを良いように使ってるみたいに見られるのよ。
どんだけ酷い女だって話じゃない」
もう、呆れて返す言葉がない。
「……とにかく、例えば、
あんたが私の事を『アヤ』とか『アヤちゃん』とか呼んでいれば、
周りの人達は、『あ、あの三人は仲がいいんだな』って思うし、
送ってもらったとしても不自然じゃないでしょ?」
(御前が酔い潰れたりしなければ、いいだけの話じゃないのか?)
という反論が沸々と湧いてきたけど黙っていた。
それからも、似た意味の言葉を散々言われた。
要するに、もっと打ち解けろ、という事だ。
俺は、
なるべく普通に話すようにする。
『エリちゃん』『アヤちゃん』と呼ぶようにする。
など幾つかの要求を突きつけられて、
強引に、それを了承させられた。
他にも、三人で映画に行かないか、という話も出た。
当時、話題の映画で、
どこでやっているのかと場所を訊くと、
俺の大学から電車で少し行った駅にある、
高層ビルの中の映画館だった。
そこには、以前、行った事がある。
二人は勝手に盛り上がって、
その勢いで俺を誘ってきたが、適当な事を言って断った。
何て強引な女達だと思っていたのだが、
それが彼女達なりの気の遣い方だったのだな、と後になって思った。
そうしていたらアヤが降りる駅に着いた。
彼女が降りると、エリと二人だけになった。
エリは、それまで口数が少なかったが、
アヤが降りると話しかけてきた。
「今日は、ありがとね」
彼女は俺がアヤに気を遣っていたのをわかっていたようだ。
こうして二人だけになって話してみると、
エリがアヤを気に掛けているのがよくわかる。
俺は、先月の話を聞いてから飲み会に行くのが不安でもあった。
いっその事、
彼女達とは、もう関わらない方がいいのではないか、とも思った。
もし、アヤの気になっているらしい男が、
彼の方でもアヤを気に掛けているなら
俺が近くにいない方が彼女にとってもいいだろう。
そう考えると、彼女への接し方は難しい。
その頃には、俺は飲み会参加者の常連の間では、
彼女達と一番仲が良いように見られていたから、
今更、飲み会に参加して彼女達とは話もしない、
というのは、あまりに不自然だった。
ならば、飲み会自体の参加を止めるのが、
一番不自然でないのではないだろうか、
などという考えが何度も浮かんできた。
しかし、エリを見ていると、
気を遣わないように振舞う事が気遣いになるという場合もあるのだ、
というのを思い知らされる。
おそらく俺が考えたような事は、既に考えてきたのだろう。
その上で、無関心を装ってアヤの挙動に注意を払っている。
そんな気がした。
そう気付いた時、
俺は今日、初めて、この女を尊敬の目で見ているのを自覚した。
窓の外を流れていく夜景を眺めていると、彼女は、こんな事を言った。
「でも……もしかしたら
今日は飲ませてあげた方が良かったのかもしれない」
少し髪の伸びたエリは何だか大人びていて違う人のようにも見えた。
「どういう事?」
「うーん……まぁ色々あるのよ」
「色々って?」
彼女の言葉の意味を詳しく訊いてみたかったけど、
車内にアナウンスが流れて俺の降りる駅に着いてしまった。
俺は名残惜しく扉の開くのを待つ。
電車を降りようとした時、彼女が言った。
「また、サークル来てよね」
足元に気を付けながら、俺は振り返って頷いた。
開いた扉越しに見詰め合う。
それは長い時間、続かなくて、すぐにベルが鳴って扉が閉まった。
ゆっくりと電車は走り出す。
俺は、それを見送ってから階段を上がって改札に向かった。
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