先輩の告白

2009/01/23 16:36 登録: えっちな名無しさん

俺が二十歳のころバイトで警備員(工事現場の交通整理)をしていたのだけど、
そこの会社では二人一組で行動する必要があって、
俺は一人の先輩と一緒に組むことになった。

40ほどのこの人はすごく穏やかな優しい人で、
工事現場のおっさんたちなど周りに気性が激しい人が多い中、
いつも親切に接してくれて、おかげですぐに親しくなることができた。

で、このころ俺は彼女と付き合ってたのだけど、別の女にも二股をかけていた。
ところが彼女に浮気をしていることを疑われだしていて、
洒落にならない事態になりつつあった。

現場の休憩時間なんかも彼女と電話をして、
喧嘩をしたりなだめたりとなんとか必死にやり過ごそうとしてたのだけど、
ある日先輩にこの件に気付かれた。軽い気持ちで俺が事情を説明すると、
「遊びはほどほどにした方がいいよ」
と優しく注意されてその日は終わったんだけど、
それからも彼女とぎくしゃくした関係は続いてた。

ある日先輩から仕事上りに「飲みに行こう」と誘われたんだが、
その席で改めて彼女との一件を聞かれた。
彼女とは相変わらずの関係で休憩中に携帯で喧嘩をすることがあったので、
先輩は見るに見かねたんだろうと思う。

けど俺は正直このころにはいい加減彼女のことがうざくなっていたし、
それにそこまでこの問題を大げさに考えていなかったから、
「ヒステリー起こされてまいってるんですよ」みたいな感じで、
そのまま軽く流そうとしたのだけど、
先輩は珍しく真顔になったまま黙り込んでた。
で、「人のことを偉そうに言える立場じゃないんだけど」って感じで、
しゃべりだした。

**

先輩は学生時代は札付きの悪だったそうなのだけど、
高3の時に当時付き合っていた彼女を妊娠させてしまった。
このころ二人は本気でお互い愛し合っていたので、
双方の両親の反対を押し切って高校に退学届を出して駆け落ちして結婚したそうだ。

で、無事に女の子が生まれて、先輩夫婦は仕事に精を出して頑張るうちに、
何とか双方の両親からも認められるようになって、いい家庭を築けるようになってた。

けれど、このころから先輩は自分と同世代の友達は、
みんな学生生活を楽しんだりして遊び楽しんでいるのに、
自分は家庭のために必死に働いているのが馬鹿らしくなってきた。

で、いつの間にか仕事をさぼるようになり、
奥さん以外の女の人ともたくさん付き合うようになって、
いい加減な生活を送るようになってしまったらしい。

そして奥さんが仕事に出ていることをいいことに仕事をやめてしまい、
自分は酒にばくち、女、遊びのすべてに手を出し、
浮気相手の女の人を奥さんがいる中でも平気で家に連れ込み、
ばくちで負けて借金もどんどんかさんでいくなど、
はっきり言って最悪の道を歩むようになってた。

けれど奥さんは何も文句を言うこともなかったそうで、
先輩は特に気にすることなく遊び呆ける毎日を送った。

ある日先輩が家に帰ると、家にいるはずの奥さんも子供もいなかった。
特に気にせず先輩が家でテレビを見ていると警察から電話があって、
奥さんが近所のマンションの屋上から飛び降り自殺をしたとの知らせがあった。

さすがに先輩はあわて、急いで警察に向かうと、
そこには奥さんの両親が先に到着してて、両親から先輩あての遺書を渡された。

そこには奥さんの先輩に対する詫びの言葉が長々と記されていた。
「私がわがままを言って結婚したせいであなたに負担をかけてしまい、嫌な思いをさせてしまった。
あなたの生活が乱れてしまい、今日のようになってしまったのも、
すべては自分に責任がある。すいません、許してください」
といった感じのことが書かれていて、離婚を勧める奥さんの両親にも、
「もとは私がわがまま言ったから・・・あの人がああなるのも無理はない。
あの人は悪くない」
と奥さんはずっと先輩をかばいながら、自分のことを責め続けていたそうだ。
さらにそんな中、奥さんは乳がんを患っていることが分かり、
先輩の一件や借金から来る生活苦なども合わせてかなり精神的に追い詰められていたらしい。

で、結局子供を保育園に預けた後、マンションから・・・ということだそうだった。

先輩は奥さんがそんな風に思っていたことも、癌のことも全く知らなかったので、
むちゃくちゃショックを受けた。

そして奥さんの両親からは、
先輩夫婦の娘は自分たちが育てるから、今後一切われわれにかかわらないこと、
養育費慰謝料の一切もいらない、と完全に絶縁を宣言された。

先輩は奥さんの遺体との面会はもちろん、葬式に参加することも許されず、
さらに事態を知った先輩の両親からも勘当を言い渡されて、
何もかもを一気に失ってしまったのだそうだ。

それからというもの、一人になってしまった先輩はショックで今までのように遊ぶこともできなくなり、
ただただ猛烈な後悔と自分を責める日々が続いた。
先輩にとって一連の行動はすべてただの軽い遊びのつもりだったそうで、
奥さんが文句も何も言わなかったので何とも思っていなかった。
最悪いずれ奥さんはこんな自分に愛想を尽かして離婚するだろう程度に思ってて、
まさか奥さんが「私のせい」と自分を責め続け、あげく自殺するとは想像がつかず、
しかも奥さんの病気に気づいてやることもできなかったことも悔やまれてしょうがないし、
奥さんに甘えてばかりで遊びほうけていた自分のことを許すことが出来なかった。

そして、改めて奥さんの存在の大きさを初めて理解できたのだけど、
後悔先に立たずで、すでに奥さんはそこにはいなかった。

自責の念から何度か自殺を図ったこともあるらしいが結局死に切れず…

で、再び先輩が仕事をするようになると、
奥さんの両親に娘さんの養育費だけでも渡そうとしたが、
「もうお前は死んだことになっている」と受け取りを拒否され、
娘さんに会うことも許されなかった。

**

これを聞いて俺はなんて返したらいいのか・・・
まさか温厚な先輩にこんな過去があるなんて想像もしていなかったから言葉を失った。
ただ、ひとつだけ疑問があったので聞いた。
奥さんのことを愛していたのか、と。

先輩は淡々と話していたけれど、俺の質問を聞くとぶるぶると体を震わせて、
「僕にそれを語る資格はない。自分が一番悪い」
と絞り出すように言うと泣いた。そして、
「僕のようにいくら悔やんでも悔やみきれない取り返しのつかないことがある・・・。
軽い遊びのつもりなら浮気はやめるほうがいい。もう一度彼女とのことをよく考えてごらん」
と最後にいってくれた。



この後は先輩はいつも通りに接してくれたし、
俺もこの件には触れず、普通に仕事をこなすようにして、
数ヵ月後に就職が決まったので仕事を辞めた。

そして喧嘩をしていた彼女とは結局別れてしまったが、
そのあと付き合うようになった彼女と結婚し、今はなんとか平和に暮らしてる。


あの先輩が今どうしているのかはわからない。

ただあの時に聞いた限りでは、
先輩は奥さんの両親に合わないように注意しながら、
月に一回はお墓参りに行っているらしい。元気なら今もそうしているんだろう。

そして先輩の娘さんはもう二十歳に近かったそうだが、
顔を合わせることはなく、これからも顔を合わせるつもりはない、ということだった。
「合わせる顔がない」って言ってた。

おそらく先輩は生きている間ずっと自分のことを許すことができず、
生涯自分のことを責め続けるのだろう。


ある元DQNの告白と言ったらそれまでのこと。
けれど俺はそんな先輩の言葉を今も生々しく受け止めながら、
妻との生活を頑張っている。


つまらない話でスマソ。

出典:オリジナル
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