一冬の恋
2009/04/07 08:11 登録: えっちな名無しさん
あれはいつの事だったろうか。確か2002年の冬だったと思う。
電車から降りると、ちらちらと雪が降っていた。
吐く息が白い事に新鮮さを感じ、凍てつく歩道を歩いていた。
街路樹が白くなり始め、辺りは静まり返って時間が止まったようだった。
体が冷え始めるのが分かった。急ぎ足で自宅に向かう。
コンビニを通り過ぎ、毎朝コーヒーを買う自販機を通り過ぎた。
そこでふと赤い灯りが目に入った。
「おでん」と書かれた赤い提灯。
今までの人生で独りで飲み屋に入った事など無かった。
元来寂しがり屋なわけで、独りで呑むなら家で呑む方が気が楽だった。
しかしその日は違った。「おでん」・・・この文字に心は奪われた。
そして漏れは吸い込まれるようにその入り口を開けた。
まさに運命かのように・・・。
入り口を開けた。中から「いらっしゃ〜い」と気さくなおばさんの声。
だが、漏れは前が見えない。一瞬にしてメガネが曇ってしまった。
慌ててメガネを外し拭きながら、愛想笑い。
ぼんやりとした視界の先でおばさんが笑っていた。
「初めての顔だねえ・・。寒そうだね。暖まっていきなさい。」
そう言うと、一番奥の畳の席に漏れを案内してくれた。
4人がけのテーブルに独りで座る。なんか優越感。
しかし、店には漏れしか客はいない。なんか幸せ。
有線なのか知らない演歌が流れてる。おばさんが暖かいオシボリを
持ってきてくれた。
熱いオシボリを顔に当てる。最高に気持ちいい。
顔を覆ったまま、気持ちよさに酔っていると
「何にする?ビールでいい?」
え!?この寒い中ビールって・・・
と思ったが優柔不断で断れない性格。
「あ、はい、ビールで。」
と即答してしまった。
「あ、あと、おでん・・・ください。」
大事な物を忘れかけていた。
おばさんは
「あいよ。寒いからね。具はおまかせでいいかい?足りなかったらあとで
言ってくれればいいから。」
「あ、はい。おねがいします」
ふう。なんか緊張。
おばさんが調理場へ帰ったあと、しばし初めて見る店内を
眺めていた。
誰だか分からないが、水着でビール持ってる姉ちゃんのポスター。
「ホッピーあります」って書いた札。
ホッピーってどんなんだろ?名前は知ってるけど飲んだ事ないや。
さらに辺りを見回す。
誰だか分からないサインがやたらにある。
うーん。野球選手?演歌歌手かな?よく見てもサッパリ分からない。
メニューに一通り目を通す。またまたここで誘惑が。
「肉じゃが 580円」
食いたい。激しく食いたい。
「あの〜すみません、肉じゃがもいいですか?」
向こうから「はいよ。」と返ってくる。
そしてまた演歌だけの静寂が続く・・・。
まさに嵐の前の静けさだった。
しばらく聞いた事もない演歌を聞いていると、
ビールとお通しが来た。一口飲むと寒気が・・・。やはり失敗だったか。
仕方が無いので休みながらも飲む事に・・。
静寂の店内。こんなもの悪くないな。
と思っていたその時だった。
ガラガラガラ・・・
入り口が開いた。のれんをくぐり女の人が入ってきた。
身長は165くらい、髪はちょっと茶でロングだった。
年は20代後半くらいかな?
「こんばんは〜」と彼女はおばさんに言った。
なんか常連っぽい言い方だった。
コートについた雪、そして髪をかきあげた。
漏れは一瞬ドキッとした。ロングヘアーの似合う綺麗な人だった。
肌はちょっと色黒だが、澄んだ大きな瞳が綺麗だった。
しばらく見つめていると彼女と目が合ってしまった。
ビールジョッキを片手に間抜けな顔をしていた漏れと・・・。
とっさに視線を外そうとしたその時、彼女の足元で何かが動いた。
ん?と見ると、3歳くらいの男の子。
彼女の足にしがみつくように佇んでいた。
「いらっしゃい、今日も寒いねえ。奥開いてるよ。」
とおばさんが彼女達を誘導する。
そしてその親子連れは漏れの隣のテーブルに座る。
彼女はコートを脱ぎ、子供のジャンパーをハンガーにかけた。
おばさんがようやくおでんを持ってきてくれた。
数年ぶりに見たおでん。湯気が立ちめちゃめちゃ旨そう。
早速、大根、ちくわ、卵などを食べ始めた。旨い!体がどんどん温まる。
子供が何か言っている。ジュースだのコーラだの。かわいいな。
子供を見ると、お母さん似なのかやはり色黒。瞳も大きい。
ニコニコ笑ってる。顔立ちのいい男の子だった。
おでんも食べ終り、しばしビール片手に男の子を見ていると、目が合った。
一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑ってくれた。それにつられ漏れも笑う。
そして気づくと彼女が漏れをみて笑っていた。
正面から見る彼女はとても綺麗だった。
今まで色白の女性が好みの漏れとしては意外なほどドキッとした。
「こんばんは。初めてですか?」
彼女が言った。「はい、今日初めてふらっと・・・」これが精一杯だった。
「ここ、いいですよ。美味しいし、安いし。」と言って微笑んだ。
「そうですね、おでんうまかったです!」妙なテンションになってしまった。
彼女は笑いながらメニューを見始めた。
漏れはちょっと恥ずかしさと嬉しさを感じながらビールを飲む。そして焼き鳥を頼んだ。
子供がずーとこっちを見てる。ん?どうした?と視線を向けるとなぜか笑う。
漏れ、そんなに面白い顔してるか?と軽く鬱。
彼女達の注文が終わった頃に焼き鳥到着。
子供がなんか食べたそうに見てるので、「食べる?」と聞くと、元気良く「うん!」
と返ってきた。彼は漏れの隣にきて、つくねを指して「これちょうだい!」と言った。
「ああ、いいよ。」と大人ぶる漏れ。「すみません・・」と困りながら微笑む彼女。
やべえ。。まじ可愛い・・・。
つくねにかじりつく子供。「おいしい?」と聞くと、「うん!」とまたも元気な声。
漏れも結婚してたらこんな子がいてもおかしくないんだなとまた軽く鬱。
ビールも無くなって、おばさんに日本酒を注文。
しばらくして彼女の席に鍋が来た。すごい豪華。立ち上がる湯気がまた凄い。
と、アホみたいに湯気を見ていると彼女が「これ美味しいんですよ。良かったら
一緒に食べます?さっきウチの子、失礼な事しちゃったし・・・」
と。「いえいえ。いいです。」と「一回食べてみてください、ホントに美味しいですよ」の
やり取りがしばらく続く。
結局、彼女の誘いと彼女の笑顔に負けて、男の子の隣に座った。
なぜか「えへへ」と笑う子供。なかなか可愛い。
鍋はよく知らないが、魚が入っていた。たぶん鱈だと思う。美味そうだった。
しばし眺めていると、彼女が「お母さん、取り皿もう一枚ちょうだい。」と言った。
そうか、2枚しかないんだっけ。とちょっと恐縮。
なんか違う家庭に来たみたいで妙に緊張していた。
彼女が漏れに鍋を取り分けてくれる。ああ・・・家庭のようだ・・・。
独り、幸せを噛み締める。
が、男の子。漏れの大事なキン○マをいじり始める。('A`)
怒るわけにも行かず、コラコラとそれを制す。しかし、笑って反省の色は無し・・・。
キン○マをいじられ、阻止しながら彼女と会話が徐々に進む。
漏れがちょっと話すと笑顔になる。大した面白い事でもないのに。
ただ、その笑顔がめちゃめちゃ可愛かった。
しばし食事タイムが続く。
鱈が絶妙に美味い!はあ・・・こんな店があったとは。もっと早く来れば良かったな・・。
彼女も美味しそうに、子供は足元にボロボロこぼしながら美味しそうに食べる。(^^;
うーーーーーーーーーーーーーん。なんかいいぞ!こみ上げる感動があった。
彼女が妻で、この子供が息子だったら・・・・まあいいかも・・・
と、漏れは飛躍的な思考段階に入ってしまっていた。
漏れは勿論独身で、結婚願望はそれなりにあった。初婚でいきなり子持ちか・・・
でも、この子ならなついてくれるかも。この人なら妻としてもいいかも・・
と勝手な妄想にどんどんはまっていった・・。
おばさんが日本酒を持って現れた。
漏れが隣の席にいるのを見るやいなや、
「あら?もう仲良くなっちゃったの?」と笑う。
漏れは一瞬返事に困ったが、彼女が「はい、なんかいいでしょ。」と
微笑む。漏れの妄想が現実になるのか?・・・さらに妄想が加速する。
鍋もおおむね食べ終える頃に、ちょっと冷静を取り戻すために
子供の話しかける。
「なんか食べたいのない?おにいさんがおごってあげるよ。」
おにいさん!?そんな歳じゃないだろー!!と自分に激しく突っ込む。
子供は平然と「オレンジジュースいい!」と漏れを通さずおばさんに注文。(^^;
彼女は「すみません。またまた・・」と苦笑い。
「いいです。いいです。可愛いお子さんですね。」と必死に返す。
「いつも言うこと聞かないんですよー。今日はなんか大人しいですけど。
子供、扱うの上手ですね。」と彼女。うーん。そんなに接した事ないんだけどなぁ。
その子供はなぜか漏れの足の上に座ってる。('A`)嬉しいらしくはしゃいでる。
やばい・・・絶対にヤバイ・・・・はまりそう・・
それから、チャーハンだのシュウマイだのバンバンジーだのいろいろ頼む。
雰囲気でもちろん漏れのおごりコース。(^^;まあいい。漏れには幸せな
時間なのだ。彼女が徐々に打ち解けていくのが実感できた。
買い物の話、子供の保育園の話、TVの話・・・。みんな楽しかった。
1時間半はしゃべっただろうか。子供は漏れのひざの上で眠りについた。(^^;
子供ってホントに「くぅ〜くぅ〜」っていびき掻くのね。(笑)
「すみません・・・」と彼女。もうここまで来れば怖いものはない。
3歳の子供の体重はホントに軽い。でも、その重みがなんとも愛しい。
「いや、いいですよ。子供の寝顔って可愛いですね。漏れもこんな子、欲しいなぁ」と
大胆発言してみる。すると、彼女は「あなた(ここは名前ね)のような方なら子供も幸せでしょうね」
と・・・・・。うはぁ・・もうダメ・・。お父さんになりたい!あなたの旦那になりたい!
しばらくすると、彼女がハンガーから子供のジャンパー、そして自分のコートを
取り外す。別れの時間が近づいている。漏れは酔いながらも必死に考えていた。
彼女でいいのか。いきなり子持ちでもいいのか・・・。
そんな葛藤をしている間にも彼女は鍋や皿を片付けはじめる。
そして彼女は漏れの所まで来て子供にジャンパーをかけて、
「重かったでしょ?ごめんなさいね」と言った。
漏れとの距離、約20cm。なんか良い匂いがする・・・。
漏れの理性はこの瞬間、吹き飛んだ。
「あの、漏れ、この子の父親なりたいなって思うんですが・・・」
一瞬にして時間が止まる。
彼女は微動だにしない。距離は20cm。良い匂いもまだする。
ロングヘアーで隠れた顔は見えないが、なぜか震えている。
その様子を見て、漏れは酔いながらも我に返り始める。
あああああ・・・なんて事を言ったんだ・・・・。
もうどうしようもなかった。うつむく漏れ。可愛い寝顔の子供。
子供の顔を見たら、なんか少し涙が出てきた。
彼女がジャンパーをかけ終えて立ち上がる。どのくらいの時間が過ぎただろうか。
漏れにはすごい長い時間だった。
そして、俯く漏れに彼女は言った。
「ありがとうございます。だけど私は結婚してるし、
父親だってちゃんといるんです。誤解させちゃったのならごめんなさい・・」
一瞬、何言ってるのか分からなかった。彼女は悲痛な顔をしていた。
「いや。冗談ですよ・・。」無理やり理性を引っ張り出し、言えたのがこの言葉だった。
全ては漏れの思い込み、勘違い。分かったけどなんか錯乱状態。もう何も出来ない。
彼女はそっと漏れのひざから子供をすくい上げると、
「本当にごめんなさい。あなたは良い人ですね。ありがとう。」と言い残し、
自分の会計を済ませ、寒空に消えて行った・・・。
漏れはしばらく動けなかった。情けないやら、悲しいやら。
冷静になれば母子=母子家庭ではないわけだ。だが、漏れは・・・
彼女の綺麗さに惹かれ、優しさにのめりこんだ。まさに自分を失った。
茫然自失・・・。そんな漏れにおばさんが一言。
「あんた、かっこよかったよ。」
聞いていたのか。おばはん・・・_| ̄|〇一気に恥ずかしさが充満する。
漏れは体に一気に力を入れ、立ち上がり、「おあいそ。」と言った。
おばさんはその後何も言わずに会計し、「またおいでね」と漏れを見送ってくれた。
その後、その店には行っていない。毎日その前を通るのが辛い。
漏れの一冬の恋でした。ご静聴ありがとうございました。
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