頑張れ私!
2009/04/25 23:24 登録: えっちな名無しさん
大学帰りのプチ話。
その日の夜。
サークルで遅くまで残っていた自分は、最終の送迎バスで帰ることになった。
さすがに8時過ぎということもあって、バスの中はガラガラ。
乗客は自分を含めて5人程度しかいなかった。
運が悪いことに渋滞に巻き込まれ、駅に着くまでにはいつもの倍くらいの時間がかかってしまった。
ついてないなと思いながらバスを降り、駅に向かって歩き出そうとした、その時。
「あの、すみません!」
後ろからいきなり声をかけられた。
女性の声だった。
「え?」
振り返ると、1人の女の子がちょうどバスを降りる所だった。
見たことのない子だったが、送迎バスに乗ってたということは同じ大学の学生だろう。
髪はロングの黒髪。
服装はブラウスにスカートという、いたってシンプルな出で立ち。
なかなかにかわいい子だが、その表情は真剣そのもので、少し強張っているようにも見える。
彼女は自分の傍まで来ると、いきなり手に持っている鞄を自分に向かってグイッと突き出してきた。
「お願いします! 持っててください!」
彼女の声には、どこか焦りの色が感じられた。
「へ? あ、はあ……」
抗いがたい彼女の雰囲気に気押され、間抜けな返事をしながら思わず受け取ってしまう自分。
テキストがたくさん詰まっているのか、鞄には結構な重みがあった。
自分に鞄を押し付けると、彼女はわき目も振らずに駅の方へと駆けだした。
「頑張れ私! 頑張って私!!」
自分を励ますような言葉を連呼しながら、髪を振り乱してダッシュしていく。
「…………??」
全力疾走する彼女の後ろ姿を呆然と見つめる自分。
全く訳が分からなかった。
完全に頭が混乱していた。
まさかこの鞄の中に赤ん坊でも入ってるのか?
いやいやテレビドラマじゃあるまいし。
一応中身の感触を確かめてみるが、伝わってくるのは間違いなく本のそれ。
それよりも、この状況で頑張れ私、ってどういうことだ?
彼女は一体何を頑張るんだ?
というより、彼女は自分を知ってるのか?
間違いなく知り合いじゃないぞ?
一体誰?
何者?
まさに謎が謎を呼ぶ状態。
だが、すぐに謎は全て解けた。
目で追っていた彼女が、駅の横にある公衆トイレに消えていったからだ。
……何だ、トイレに行きたかったのか。
何ということはない。
あまりにも単純な回答。
真相が分かり、思わず脱力してしまう自分だった。
しかし冷静になると、今度は別の不安が生まれた。
見知らぬ他人に鞄を押し付けるということは、かなり切羽詰まってたんじゃないだろうか?
時計に目をやると、彼女がトイレに駆け込んでから3分が過ぎていた。
彼女はトイレから出てこない。
まさかあと少しの所で間に合わずに、なんてことは……。
悪い予感が頭をかすめた。
5分が経った頃、ようやく彼女がトイレの外に姿を現した。
きょろきょろと周辺を見渡した後、すぐに自分の姿を見つけたらしく、小走りでこっちに駆け寄って来る。
彼女の表情は、バスを降りた時とは打って変わって穏やかなもの。
その表情を見て、ああ良かった、大丈夫だったんだなと、他人事ながら本当にほっとしたのは良く覚えている。
彼女は鞄を受け取ると、自分に向かって何度も何度も頭を下げてくれた。
「すみません」
「助かりました」
「理由も言わずにごめんなさい」
「見苦しい姿を見せちゃって」
「どうもすみませんでした」
彼女の口からは次々に謝罪の言葉が飛び出してくる。
心底申し訳なさそうな彼女の様子に、こっちの方が恐縮してしまった。
「いやいやいやいや、そんなそんなそんな」
思わずどもってしまう自分。
そして動揺した自分は、つい迂闊なことを口走ってしまった。
「やっぱり結構ぎりぎりだったんですか?」
「……え?」
しまった、と思ったがもう遅い。
彼女の体が硬直した。
その顔がみるみる赤くなる。
失言を後悔したが、一度口から出てしまった言葉を取り消す方法などあるわけがない。
「…………」
気まずい沈黙の後、彼女は口を開いた。
「人生最大のピンチだったかもしれません……。でも、何とか頑張れました……」
恥ずかしそうにしながら、小さい声で健気に言葉を紡ぐ彼女。
「すいません! 余計な事を! 本当にすいませんでした!」
今度は自分が平謝りする番だった。
それにしても。
彼女の口ぶりからすると、どうやら本当に間一髪だったらしい。
もしもバスの到着が数分遅れてたら、あるいは……?
大惨事にならなくて良かったと、謝りつつも心の底から思う自分であった。
そして彼女の赤裸々な告白には、不謹慎ながら萌えざるを得なかった。
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