チョコレートは苦いのにかぎるね

2009/06/04 18:53 登録: henasu

今日、私は、平素から贔屓にしている川越の煎餅屋へ行くため、友人ふたりと下りの東武電車に揺られておりました。
わたしはチョコレートが好物でして、普段からカカオ90パーセントのものを持ち歩いております。甘味はほとんどなく、かなりビターですが、カカオ本来の風味を味わえる逸品です。鎌倉のさる洋菓子屋から、切らさぬようこまめに取り寄せているのです。
今朝も私は、そのチョコレートを含み、楽しく友人二氏と会話をしながら吊革にもたれておりました。今日は何せんべいを食おうかなどと、気のおけない友人と語らうのは実に愉快なものです。朝霞台駅からはヒップホップないでたちの黒人さん方が乗ってこられ、明るい車内はいっそう賑やかになりました。せんべい話とブラックミュージックとが、私鉄のひとつ車内に乗り合わせる。今や世界は、かくも友愛に満ち満ちているのです。
私が、進むグローバリゼーションに思いを致しておりますと、同行のA氏が私のチョコレートに興味を示し、ひとつくれないか、と言いました。私があまりうまそうに食うので、欲しくなったようです。B氏もそれに同調して、私にチョコレートを求めました。
このチョコレートは確かにうまいが、かなりビターだから君たちの口には合うまい、川越に着いたらどうせいつもの喫茶店でチョコサンデーを食すのだから今は我慢したまえ、と私が言いますと、二氏はたいそう腹を立てたようでした。曰わく、食通の我々を子供舌扱いするとは何事ぞ、無礼千万、此処ふじみ野にきわまれり、と。
彼らを案じて私は申したのですが、意図が食い違ってしまったのです。悲しいことですが仕方ありませんし、確かに誤解を招く物言いだったことは事実。わたしは彼らにチョコレートをひとつずつ渡しました。
私はよい方向に考えを切り替えることにしました。たとえば、彼らがこのチョコレートを食べ、砂糖にまみれたものとは違う新しい魅力にとらわれた、とします。そうなれば、今後こうして煎餅屋へ向かう道々、心躍るチョコレート談義に花を咲かせることもできるようになりましょう。
彼らはチョコレートのつぶをつまみ、口むろへポイと放り込みました。まさにその瞬間、彼らを馥郁たるカカオの芳香が包み込んだはずです。嗚呼、素晴らしきかな、チョコレート。
ところが、二氏は揃って顔をしかめ、あろうことかげらげら笑いながら、
「苦っ!苦っ!にっが〜!」
と言いだしたのです。私は憤懣やる方なかった。好意を踏みにじられ、たいせつな物をけなされたのですから、みなさんにも私の胸中はご賢察いただけようと思います。滾々と湧き出す怒りをこらえ、握りこぶしをふるわせるわたしをよそに、二氏は、
「苦っ!苦っ!にっが〜!」
と、笑いつづけています。そうしているうちに、電車は東上線川越駅に到着しました。
ホームに降りてもなお、二氏は笑いつづけています。わたしは般若のごとき表情をうつむき隠しつつ、無言で後ろに従いました。
すると、般若の表情どころではない、正気を失ったかのような憤怒をまとった先ほどの黒人さん方が、前を行く二氏の肩を荒々しく捕まえるではありませんか。その姿は、さながら旧約の巨人ゴリアテが五人兄弟に転生したかのようです。二氏は俗な米語で罵られながら、両脇を掴まれ、いずこかへ連れ去られました。ついに現時刻にいたるまで連絡を断ったまま、消息がわかりませぬ。


別れ際、軽いいさかいがあったとは言え、二氏は同郷から揃って夢の都に上京してきたかけがえのない友人であります。わたしは二氏の身柄を探し出さねば気が済まないのです。
その前には、まず調査です、連れ去られるに至ったその理由・原因を知らねばなりません。しかし学のないわたしではどうにもよくわかりません。そこで、わが国が誇る才英であらせられる諸兄の、珠なす咳唾をお借りしたいのです。
問いは次のごとくです。なぜ二氏は、連れ去られたるか?
こうしている今も、かみ締める煎餅は涙の味。握り締める煎餅は涙にほとびます。どうかコメント欄に、諸兄のお考えをお聞かせください。せんべい、おいしいです。

出典:形容詞は
リンク:語尾までしっかりね

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