ブーンは歩くようです #1

2009/06/20 20:56 登録: 萌(。・_・。)絵



プロローグ


超繊維のマントを風に翻し、茫洋と続く大地の上を男は歩いていた。

空は一面、どんよりとした灰色の雲。
荒れた大地に吹く風は強く、つられて舞い上がる砂埃に顔をしかめた彼だったけれど、
南から吹いてきた風がむき出しの頬を撫でると、その暖かみに強張った表情をわずかに緩めた。

そしてもうひとつ。男の後ろをトボトボとついてくる小さな影。

ボロボロの、ポンチョにも似た布切れを頭から被ったその影の正体は、
背丈や体の大きさから察するに子供、もしくは女なのだろう。

影は男に引き連れられているというよりはむしろ無理やりついてきているといった風情で、
正面から吹き付ける風を前かがみになってしのぎながら、絶対に離されまいと必死に男の背中に喰らいついていた。

草も木も無い赤茶けた色の大地の上で動くものは、その二人以外に存在しなかった。





それから二人はどれくらい歩き続けたのだろう?

いつしか空を覆っていた灰雲は晴れ、乾いた地面には太陽の光が差し込みはじめていた。
地平線の先は空の青に溶けていて、荒野は彩りを取り戻していた。

そしてその青の先に男は、一本の立木を見つけ出す。

「あ、木の実が生ってる!」

嬉しそうな声を上げた後ろの影――女は、頭を覆っていた布を取ると、
前を歩いていた男を追い越し、茶色の髪をたゆらせながら一目散に立木へと駆け出していった。
遅れて男が到着した頃には彼女は枝の上にのぼっていて、たわわに実った赤い実をせっせと胸に集めていた。

その姿を見上げながら男は木陰の下に入り、立木の太い幹に背を預けて瞼を閉じた。
木漏れ日の心地よさに彼がうとうとしていると、その頭の上に何かが落ちてくる。

軽い衝撃に瞼を開くと、赤い木の実が一つ、彼の目の前に転がっていた。





「おいしいよ! 食べなよ!」

「いただくお」

頭上から響いた女の明るい声に応えて拾い上げた実を口に含めば、
シャキっとした歯ごたえとともに、甘くみずみずしい果汁が男の口の中に広がった。

それは千と数十年前に食べたリンゴという果物の味と良く似ていて、
それから懐かしいことを思い出したらしい彼は、年甲斐もなく口元を緩めた。

大地と一本の実のなる木。かつての世界の書物の中に、そんな話があったっけ。

禁断の実を食べたアダムとイブが楽園を追放される話。今の僕たちと良く似ている。
それならば、僕がアダムで彼女がイブで、この実を口にした僕たちは楽園を追放されるのだろうか?

そんなはずはないか。だって僕は、とうの昔に楽園を追放されているのだから。





自嘲して笑った男が手にした木の実から顔を上げると、
彼の目の前には不思議そうな顔をした先ほどの女が立っていて、彼に向かってこう尋ねた。

「ねぇ、ブーン? あなたはいったい、どこまで歩くの?」


















第一部  かつての世界と、文明の明日に心血を注いだ天才の話


― 1 ―

八歳で学士を取った。十歳で博士号を取った。
僕はいわゆる、天才と呼ばれる人種だった。

いや、それは正しくない。
正確に言うのなら、天才の中でも最も秀でた天才中の天才だった。

二倍以上歳の離れた天才ばかりの世界の最高学府で、僕は誰よりも優秀だった。
言うまでも無く主席で卒業し、優秀な頭脳ばかりが集められる研究所に入ってすぐに頭角を現した僕。

十代半ばで、世界の主要言語を完璧にマスターした。
十代後半で、当時不可能だと言われていたバルキスの定理の証明を成し遂げ、世界にその名を轟かせた。
二十代前半には、文明の未来を担う急先鋒として天才たちをあごで使い、寒さも暑さも防げる夢の繊維、
一粒で三日間腹が満たされる夢の食料、冷凍睡眠などの基本理論を構築し、様々な発明の基を築いた。

そして二十代も半ばに差し掛かった僕は、それらの実用化を他者へと引継ぎ、
この時代の文明の明日に必要不可欠であったエネルギー問題の解決に動き出すことになる。




( ^ω^)「プロジェクトチーフの内藤だお。よろしく頼むお」

川 ゚ -゚)「サブチーフのクーだ。事務統括、その他現場の指揮は私が担当する。
     このプロジェクトには人類の未来がかかっているといっても過言ではない。
     つまり、君たちの双肩に人類発展の如何がかかっているのだ。
     それ故、プロジェクトにかかわる人材は厳選させてもらった。
     君たちには精鋭としての自覚をもち、ぜひとも研究に全力を注いでいただきたい。以上」

プロジェクトチームの顔合わせの日。サブチーフのクーが、口下手な僕の言いたいことを代弁してくれた。

自室に戻って「ありがとう」と告げると、
僕と同期の天才である彼女は腰まで伸びた黒髪を揺らしながら、小さく肩をすくめた。

川 ゚ー゚)「演説もどきのセリフを口にするのは疲れるよ。慣れないことはするもんじゃないな」

常に僕の傍らを歩いてきた天才は、小さく弱音を吐いて、笑った。




プロジェクトチームは行政関係を除けばごく少数の人員で構成されていた。

僕とクー以外のメンバーは天才でもなんでもない凡人の集まり。
僕が頭脳でクーが神経、そして他の凡人たちが手足として実際に動く。

人体の構造を模したチーム構成。だから、頭脳たる天才は僕一人で十分のはずだった。
そこになぜもう一人クーという天才を加えたかというと、理由は単純だ。

優秀だから。

彼女がいなければ、これまでの僕の発見は数年遅れていたことだろう。だからクーを加えた。それだけの話。
特別な感情なんて何もない。事実と過去の功績だけを重視したドライな人事。

そこに感情を持ち込むことはタブーだと、この時の僕は信じていた。





完璧に思われた布陣。
しかし、完璧なものなど存在しないのがこの世の常。

不具合はすぐに生まれた。それも、思っても見ないところから。

( ^ω^)「クー。作業工程がだいぶ遅れているお。どういうことだお?」

プロジェクトがスタートして三ヶ月ほど経ったある日、僕は自室にクーを呼び出した。
まだ三ヶ月しか経っていないというのに、プロジェクトはすでに予定より大幅な遅れをきたしていたからだ。

その件について僕が問いただすと、彼女はいつもどおりの無表情で一言。

川 ゚ -゚)「……すまん。すぐに挽回してみせる」

そう残して僕に背を向けると、彼女はすぐに部屋から立ち去った。
白衣にかかった黒髪が、艶やかに翻っていた。





普段、僕は新エネルギーシステムについての理論を構築するため一人で自室にこもっており、
理論の真偽を確認するための実験等実証作業、いわゆる現場作業はクーと凡人たちに任せていた。

クーに任せていればうまくいくと妄信していた。そのため、現場の様子を一切把握していなかった僕。

しかし、依然としてプロジェクトの進行状況は遅れたまま。
痺れを切らした僕が抜き打ちで現場に赴いたところ、広めの実験室にあったのは、
思い思いに固まった凡人たちのグループが数個と、窓際の席に独りたたずむクーの姿。

無機質な顔で机上に置いたコンピュータのブラウザと向き合う彼女は、まるで機械のように感じられた。

( ^ω^)「なるほど。そういうことかお」

川 ゚ -゚)「……すまん。どうも凡人たちとうまくいかんのだ」

後日、自室に呼び出した彼女がポツリと漏らした。
顔は無表情のままだったけれど、わずかにその肩は落ちていた。

彼女の弁解はそれ以降一言もなかった。
潔さだけは褒められものだが、だからといってそれが何の役にたつ?

( ^ω^)「わかったお。もういいお」

それだけを残して、僕は彼女をすぐに部屋から退出させた。僕の肩も落ちていた。





生来のものなのか成長の過程でそうなったのかは定かではないが、
クーは感情を表に出さない人物だった。よく言えばクール。悪く言えば鉄面皮。
彼女深く付き合わない限り、その印象は決して良いものにはならないだろう。

確かに僕は、彼女に人と人との緩衝役を担う適性がなさそうなことにはじめから気づいていた。

僕も人のことを言えるような明るい性格ではなかったが、過去の実績や経験から見るに、
それでも彼女ならうまくやってくれると信じていた。事実、彼女はこれまではうまくやってくれていたのだ。

それがこのざまだ。期待はずれもいいところだった。

( ^ω^)「使えない女だお」

閉じられた扉に向けて呟いて、僕はすぐに打開策を練り始めた。
合間に口に含んだコーヒーの味が、妙に苦々しく感じられた。





打開策は日を待たずして見つかった。支持系統にワンクッション入れればよかったのだ。

これまでの支持系統は「僕→クー→凡人たち」となっていた。問題、歯車の歪みはクーと秀才たちの間にある。
それならば、その間にクーとも凡人ともうまくやれる人物を仲介役として挟めばよいのだ。

別にクーをはずしても良かったのだが、口下手な僕の意思を正確に汲んでくれるのはクーだけだったので、
あくまで僕のスポークスマンという形で僕は彼女をチームに残留させることにした。

「もう一度、結果を出して見せろ」 今にして思えば、それは僕なりのクーに対する温情だったのかもしれない。

( ^ω^)「さて、問題はその人物の選定だけど……まあ見つかるだろうお」

天才と凡人は相容れない人種だというのが、当時の僕の持論だった。
凡人は天才に嫉妬し、天才は凡人を見下す。これはどうしようもない自然の摂理だ。

しかし僕ほどの天才はこの世に二人といないが、天才への嫉妬を隠しつつうまく付き合うことが出来て、
それでいて物事を滞りなく運べる優秀な凡人は希少とはいえ見つかるだろうと、僕は楽観的に考えていた。





( ^ω^)「というわけで、人物を一人よこしてくれお」

( ´∀`)『了解しましたモナ』

行政部に連絡を入れてまもなく、僕の予想に違わずとある人物が派遣されてきた。
騒々しく、部屋の扉をバタンと開けて。


ξ゚ー゚)ξ「よっ! はじめまして! あんたが内藤博士ね? お噂はかねがね耳に入れているわ!」


痩身にスーツのよく似合う、巻いたブロンドの髪が印象的な女性だった。




― 2 ―

(;^ω^)「そ、そうだお。まあ座ってくれお」

僕がそう口にしたときには、すでに彼女は応接用のソファにどっかりと腰を下ろしていた。
無礼千万な女。それが彼女に対する第一印象。

( ^ω^)「それで、あっーと、ツンさんかお? 年齢は二十八……」

ξ゚?゚)ξ「二十五です」

(;^ω^)「お? 資料では二十八歳ってなってるんだけど……」

ξ#゚?゚)ξ「二十五です! 大体、女性を前にしてその年齢を言うだなんて失礼だとは思わないわけ!?」

(;^ω^)「す、すまんかったお」

ξ゚ー゚)ξ「ふふ。わかればいいのよ」

怒り、笑いと、数秒の間にコロコロと表情を変えていく。やりにくい女だと思った。





しかし、この奇妙な明るさは使えるかもしれない。

資料によると、難関である行政部のキャリア試験を現役主席で突破。
スポーツの面でも、学生時代にクレー射撃でオリンピック候補にまで上り詰めている。

特にスポーツ経験があるというのは、これから人と人との緩衝役を頼む上でこの上なく魅力的だった。

( ^ω^)「君の役目は以上だけど、出来るかお?」

ξ゚?゚)ξ「出来るんじゃなくてやってみせるわ! 任せてちょうだい!
     それで、そのクーさんって人と会わせてもらえるかしら??」

( ^ω^)「お安い御用だお」

内線でクーを呼び出せば、すぐに彼女は部屋を訪れてくれた。その迅速さに少しだけ彼女を見直した。
慇懃にノックをして入ってきたクーを見るやすぐに、ツンは立ち上がって大声を上げた。





ξ゚?゚)ξ「すごい美人じゃない! おまけに天才なんでしょ? 
     むかつくわ〜! 嫉妬しちゃうわ〜!」

川;゚ -゚)「む? むぅ……」

ξ゚ー゚)ξ「あはは! 冗談よ冗談! 私はツン! これから仲良くしましょうね!!」

川;゚ -゚)「よ、よろしく……」

初対面で突拍子も無いことを口走るツンにたじろいだのだろう。
普段滅多に感情を表に出さないクーも、あからさまに困惑していた。

それでも、にこりと笑ってクーに手を差し出したツンを見て、その手を恐る恐る握り返したクーを見て、
予感という曖昧なものを信じていなかった僕だけれど、ことがうまく運んでくれる気がした。




実際、彼女がチームに加わってくれたことでプロジェクトは予想以上に円滑に進んでくれるようになった。
ツンは持ち前の明るさですぐにチームになじみ、あのクーとさえも打ち解けてくれていた。

ξ゚ー゚)ξ「はいはーい。次はこれよー。
     まーたチーフがややこしい理論を押し付けてきたけど、なんとかうまくこなしてちょうだい! 
     うまくいったらいった分だけ、私もあんたたちの評価を上げるよう人事局に提言しやすいんだからね!」

何気なく実験室を覗いてみれば、これまでバラバラで思い思いに行動していた凡人たちのグループが、
各々熱心な様子で指示された仕事に取り組んでいた。

ツンは各グループ間をせわしなく動き回り、真剣な顔で論議しあったり、時には笑いを誘ったり。




ξ゚ー゚)ξ「はい。ご注文のデータ、一丁上がりよ。
     まだまだバンバン入ってくるからへばらないでよ?」

川 ゚ー゚)「ああ。データの整理、解析は得意分野だ。任せてくれ」

問題のクーも、窓際でなく室内の中のほうに席を陣取り、
凡人たちから渡されるデータ等を黙々と裁いていた。

彼女にも少しは居場所が出来たようで、会話の相手はほとんどツンばかりに見えたけれど、
それでも以前に比べてのびのびと自分の仕事に全力を注げているようだ。

( ^ω^)「これも一種の天才だお」

動き回るツンを見て、僕の部屋を訪れては
現場からの質問、注文を忌憚なく告げていく彼女を見て、僕はしみじみとそう思った。

何より彼女の明るさの恩恵を受けていたのは、ほかならぬ僕自身だったからだ。





公休日の時の話。
特にすることもなく暇をもてあましていた僕。

休息の大切さについては理解していたのでのんびり頭でも休ませようかと思っていたのだが、
そこに突然クーが訪ねてきて新エネルギーシステムについて議論を持ちかけてくるものだから、
もううんざりしていた。

川 ゚ -゚)「Fateは文学。CLANADは人生。鳥の詩は国歌」

(;^ω^)「あー、はいはい! そうですおね!」

日ごろうっぷんが溜まってるんじゃないかと疑わせるほどに話しまくるクー。
研究熱心なのは結構だし喜ばしいことが、たまの休みくらいゆっくり休ませてほしかった。
しかし静かに目を輝かせて話すクーに帰れとも言えないわけで、僕はほとほと困り果てていた。

そしていい加減クーの話に辟易していた僕に助け舟を出してくれたのが、
ノックもせずに部屋に飛び込んできた彼女だった。





ξ゚?゚)ξ「ハロー! 何やってるの?」

川 ゚ -゚)「内藤と新エネルギーシステム理論について話し合っていたところだ。
     すまんが席を外してくれんか?」

ξ゚?゚)ξ「あー、ダメダメ。せっかくの休日に何やってるのよ?
     休むときは羽目を外して休む! そうじゃなきゃ脳みそパンクしちゃうわよ?
     あんたら天才はただでさえ四六時中考えている人種なんだからなおさらよ。
     さあ、いくわよ!」

そう言って僕とクーの手を無理やりつかんだツンは、僕たちを引っ張って部屋の外へと連れて出していく。

ツンに手を引かれ本気で困っている様子のクーをよそに、
「柔らかい手だなぁ」と、僕は場違いな感想を抱いていたり。





川;゚ -゚)「お、おい! 手を離せ! どこに行くつもりなんだ!?」

ξ゚ー゚)ξ「研究所内をうろついてたらクレー射撃場見つけちゃってさ!
     射撃はストレス発散にうってつけよ? パーッと一発騒ごうよ!」

( ^ω^)「おお! それはいいお!」

川;゚ -゚)「私は銃弾より理論をつめたいんだが……」

ξ゚ー゚)ξ「いいからいいから! レッツゴー!!」

うまいことを言ってしぶとくクーは抵抗したが、
満面の笑みで自分を引っ張っていくツンに折れたのか、射撃場に着くころには何も言わなくなっていた。

広々とした射撃場。すでに銃や的の手配をしていたらしいツンは、
着くとすぐに僕たちへ銃を手渡し、甲高い発砲音を周囲に響かせ始めた。

クレー射撃にはそれなりに心得のあった僕は、数十分腕を慣らした後、
思い切って元オリンピック候補だったツンに挑んでみた。しかし案の定、大差で負けた。

けれどもツンの言ったように気分も頭もすっきりしていた。
例えば何かを成し遂げたときのように、僕の気分は高揚していた。





ξ゚ー゚)ξ「へへーん! 私の勝ちね! 天才に勝っちゃった! 今夜の晩飯もいただき!」

川 ゚ -゚)「たいしたものだ」

( ^ω^)「本当だお。ぜひとも手ほどき願いたいもんだお」

ξ゚?゚)ξ「いいわよ? まずあんたは精神的にダメ!
     つめが甘いっていうのかな? まるであんたの顔みたい」

(;^ω^)「ちょwwwww顔は関係ないおwwwwwww」

ξ゚ー゚)ξ「あはは! でも筋はいいわよ? 
     さすがは天才って所かな! まあ、まだまだだけどね!」

川 ゚ -゚)「……」

そう言って笑う彼女の言葉を聞いて、姿を見て、僕は頬が緩んでいくのを止められなかった。





ツンは平然と人をけなす。例えそれが天才の僕やクーであろうと誰であろうと、
悪いところは悪いと言い切るし、合点のいかないことは納得するまで話をする。
しかしそこに禍根を残さないところが、彼女の素晴らしいところだった。

そして何より、そんな裏表のない彼女だからこそ、
たまに発する賛辞の言葉には真実性が込められていて、その言葉が聞きたいがため、
クレー射撃にもプロジェクトの使命たる新エネルギーシステムの開発にも、
僕はこれまでないほどに没頭することが出来た。

ξ;゚?゚)ξ「顔は饅頭みたいなのに、あんた本当に天才なのね。こんな理論、私じゃ思い付きもしないわ」

( ^ω^)「おっおっお。それほどでも無いお」

ξ゚ー゚)ξ「それほどでもあるわよ。ホント、たいしたもんだわ」

天才天才ともてはやされ、周囲からのありていな薄っぺらい賛辞の言葉ばかりを浴び続けてきた僕にとって、
ツンの毒舌も、笑って放つ褒め言葉も、何もかもが新鮮だった。





人類の明日のため。

そんな取ってつけたような大義名分のためでなく、
ツンに褒められたいから、思いっきり笑う彼女の笑顔を見たいから、だから研究に没頭するのだという経験は、
あまりにも単純な動機付けではあるけれど、しかしだからこそ人は動けるのだということを僕に教えてくれた。

感情が人の大きな原動力となる。当たり前だからこそ中々気づくことのできなかった大きな発見。

ツンが僕のそばにいたのは、僕の人生の中のほんの一瞬に過ぎないわずかな時間。
けれども彼女が僕の人生に与えた影響は、ほかのどんなものよりも多大だった。

ツンと会うだけで楽しかった。心が躍った。
ツンと話がしたいがために、クーを介して伝えるべき事項をわざわざ直接ツンに伝えたことも多々あった。

今にして思えば、多分僕はツンに好意を抱いていたのだろう。性的な意味で。
しかし幼い頃から勉強一筋でほかのものに見向きもしなかった僕は、
そんな愛だの恋だのといった定義づけできないあいまいな感情に耐性を持っていなかった。

結局、そのときの僕はツンに対する特別な感情に気づくこともそれを彼女に告げることもできないままで、
まるで小学生の恋愛ごっこのような日々は着々と流れていった。





やがて、次世代のエネルギーシステム理論が僕により構築される。

この理論の稼動基地一基で原発数個分のエネルギーを一挙にまかなえる。
申し分ない出来だった。

実験による実証工程もまもなくクリアし、すぐにでも開発に着手できる段階になった。

しかし、その内容を詳しくは話せない。
――いや、話したくない。

なぜなら僕のこの理論こそが、文明を土に還すきっかけとなったのだから。





― 3 ―

世の中、苦労が報われるようには出来ていない。報われる苦労などむしろ希少だといって差し支えない。
理論の完成を行政部に報告し終え、晴れ晴れとした気分に浸っていた僕のもとへ、残念な知らせは容赦なく届く。

(;´∀`)『内藤博士。大変申し訳にくいのですが、あなたの提唱してくださった
     新エネルギーシステム理論の無期限凍結が幹部会議で決定しましたモナ……』

(  ω )「……了解したお」

ご丁寧にも極秘回線で告げてくれた行政部の役人にそう残して、僕は回線を切った。
大きく深呼吸をして、沈んでいく気分を落ち着けた。
しかし傍らにいたクーは、珍しく憤りを前面に押し出して叫ぶ。

川#゚ -゚)「上は何を考えているんだ! この理論を凍結して何の得になる!?」

( ^ω^)「……まあ、今の世界情勢を考えればしょうがないことだお」

激昂するクーをなだめた。いや、きっと僕は、彼女を通じて自分自身をなだめていたのだろう。
本音を言うとガックリと肩が落ちる思いだったけれど、「仕方の無いことだ」と、表情だけは繕って見せた。





当時、世界はまだ平和だった。あくまで表面上は、の話なのだが。

枯渇し始めていた化石燃料。

その代替エネルギーもしくはシステムの開発は急務とされていたのだが、
そこには複雑な事情が絡んでいたのだ。

例えば、原油の産出国の問題。彼らは原油を一番の稼ぎとしていた。
そこに新エネルギーシステムの開発が告げられればどうなるであろうか? 

答えは火を見るより明らかだ。
利権を失ってしまう彼らは、自国の存亡を賭けて何ふりかまわず抵抗してくるであろう。

それだけでなく、世界から孤立していた独裁国家や
世界一の人口を有する社会主義国家など、危険の火種は無数にあった。





このように、複雑な事情の絡み合った世界に
新エネルギーシステムの話を持ち出すことはあまりにも危険なことだった。

しかしそんなことなど、システムの構想が頭に浮かんだ時点で気付いていた。
けれど僕は理論を構築せずにはいられなかった。
そして心血を注ぎ込んだ我が子とでもいうべき理論が凍結されると聞いて、落胆せずにはいられなかった。

凡人が大多数を占める世界の愚かさはよく理解していたつもりだった。
それでも自分が生み出した理論を世に出せないのは、悔しくて悔しくて仕方がなかった。

ξ゚ー゚)ξ「大丈夫。今は時期が悪いだけよ。あんたの発明したこのシステムは間違いなく世界を救う。
     今はまだ私たちごく少数の人物しか知らないけど、いずれ世界に認められるときが必ず来るわ。
     だから元気を出して? そしてお疲れ様、内藤博士!」

ポンポンと肩を叩く、いつか握ったことのある柔らかいツンの手のひら。そして言葉。
一人落ち込んでいた僕には、それだけが何よりの救いだった。





日々は流転し、時代は流れていく。
出会いはいつしか別れに帰着する。

凍結という形で一段落したプロジェクトチームは解散され、
ツンとの別れの日はいやがおうにも訪れる。

ξ゚?゚)ξ「私は行政部に戻らなきゃいけない。寂しいけどね。
     しばらくは外国回りで会えそうも無いけど、いつか絶対に遊びに来るから。
     そのときまでに射撃の腕、少しでも上げておきなさいよ?」

( ^ω^)「わかったお。今度こそ君に勝ってみせるお」

ξ゚ー゚)ξ「あはは! 楽しみにしておくわ! 
     内藤、クー、しばらくの間お別れね! 元気でやんなさいよ!?」

川 ゚ー゚)「ああ。君との日々は楽しかった。必ずまた来いよ」





( ^ω^)「……そうだお。必ず来るんだお」

僕のつぶやきに笑って返し、ツンを乗せた高級車は研究所から去っていった。
傍らでクーがすがすがしい顔をして見送っていたけれど、僕の表情は沈んでいたに違いない。

けれど僕は、気持ちが沈んでようやく、その底に横たわっていた恋心に気づくことが出来た。

沈没船やその中に眠る財宝は、海の底へと赴かなければ見つけ出すことは出来ない。
同様に日々の雑事やよしなし事に埋もれた感情もまた、気持ちが沈まなければ見つけることは不可能なのだ。

サルベージした恋心を胸にもてあまして、日々は流れた。
ツンの面影が少しずつ遠ざかっていく。

そしてその後、僕の気持ちはますます沈んでいくことになる。

――笑い方など、忘れてしまうことになる。





ツンが去った後も、凍結された新エネルギーシステム理論を知る僕たちは
依然として研究所内に隔離されていた。外界との通信も監視の対象となる。

特別にすることない、出来ることも限られた、平和だけれど退屈な年月。
そんな日々の中での唯一の楽しみは、ツンに手ほどきを受けた射撃の腕を上げることくらい。

そしてある日。

いつものように自室で何でもない書類にサインをしていた僕のもとへ、信じられない一報は届く。






(;´∀`)『凍結されていた新エネルギーシステム理論の詳細が……某国に流出しましたモナ』


自室の回線を通じて発せられた、行政部役人の血の気のない冷たい声。
握り締めていたペンが、僕の手のひらからするりとすべり落ちていった。



















第一部  かつての世界と、文明の明日に心血を注いだ天才の話  ― 了 ―











第二部  世界の終わりと、それでも足掻いた人間たちの話


― 1 ―

(# ゚ω゚)「いったいどういうことだお! この国の役人どもは何をやっているんだお!
     流出経路は判明しているのかお!? 流出先は某国で間違いないのかお!?」

川;゚ -゚)「流出経路は依然調査中らしい。流出先は某国で間違いない。
     それどころかやっこさんたち、すでに稼動基地の開発にも着手しているようだ。
     行政、軍事関係者たちがすでにブリーフィングルームに集まっている」

(# ゚ω゚)「プロジェクトメンバーも直ちに全員ブリーフィングルームに集合させるお!」

川;゚ -゚)「りょ、了解した!」

研究所内の通路で怒鳴り散らしながら、僕はクーと一時別れてブリーフィングルームへと直行した。

広々とした室内には、軍部、行政部その他大勢の政府関係者がすでにスタンバイしており、
まもなくクーに連れてこられたプロジェクトチームの全員を交え、早急に事態の説明が始められた。





(;´∀`)「こ、このたびはまことに遺憾な事態が発生しましたモナ。
      我々行政部も細心の注意を払っていたのですが、
      情報の流出を食い止めることが出来ませんでしたモナ」

(# ゚ω゚)「あんたらはいったい何をやっていたんだお! それがあんたらの仕事だろうがお!
     しかも、流出先はよりにもよって某国かお!? 愚かしいにもほどがあるお!」

この事態が重度の危険性を帯びた理由として、流出先が某国であることが挙げられていた。
某国は極東に存在していた独裁国家で、国際社会から大いに孤立していた社会主義国家のことだ。

追い詰められている以上、何をしでかすか予想がつかない。
最も危険な国のひとつに数えられる国家だった。

(;´∀`)「じゅ、重々承知しております! 
      しかし、細心の注意を払っていながら食い止められなかったということは、
      これはもはや、行政外部から漏れたとしか考えられず……」

(# ゚ω゚)「この件は極秘中の極秘事項だお! 
     知っていたのは一部の行政、軍部関係者と僕たちプロジェクトチームだけだお!
     まさかあんた、僕たちから情報が流出したとでも言いたいのかお!?」





(;´∀`)「いえ、そんなことは……」

僕たちプロジェクトチームは、前述したように外界から完全に隔絶されていた。
通信、連絡、行動のすべてが監視体制の下に置かれており、情報の流出などできようも無かった。

( ・∀・)「すると、我々軍部の責任だと?」

(;´∀`)「い、いえ、そういうことも……」

軍部高官の低い威圧感のある声。
行政部の役人が額の汗を何度もぬぐいながら、しどろもどろで立ちつくす。

僕の怒り、そして軍部の横槍が彼に向けられ、室内は恐々とした雰囲気に包まれていた。

そんな室内に、静かなあの声が響いた。





川 ゚ -゚)「今は流出先の特定などどうでもいいでしょう。
    それよりも、今後、この事態をどうやって収拾するのかを話し合うべきだ」

あまりにも正論で、非の打ち所の無いクーの意見。
室内が一気に沈黙した。

彼女の言うとおり、終わった不祥事の原因を突き止めるよりも先に、
その後起こりうる最悪の事態を未然に防ぐ手立てを話し合うことのほうが間違いなく急務だった。

素直に彼女を見直した。下がり続けていた彼女の評価が一気に上がった。
やはりクーは信頼にたる人物だ。

そう考えを改めた僕の視界の先で、
小柄な行政部の役人を押し退けるように大柄な体躯の軍部高官が壇上へと上がった。

( ・∀・)「では、解決策の話し合いに移りましょう。
     こちらが、我々軍部の衛星カメラが捉えた映像です
     以前の某国には無かった建造物が、まるで隠匿するかのように郊外の奥地に建てられております。
     発見が遅れた理由もここにあります。某国も自国の存続のために必死だということでしょうか。
     それで、内藤博士。これはあなたの提唱した新エネルギーシステムの稼動基地と見て間違いありませんね?」

(;^ω^)「……間違いないお」

( ・∀・)「それと、あなたの新エネルギーシステム理論が軍事に転用される危険性はありますか?」





(;^ω^)「……十二分に有り得るお」

軍事に転用される危険性。これが今回の事態における一番の懸念事項だった。

莫大なエネルギーを生み出しうる僕の理論。
もし軍事に転用されれば、核兵器以上に恐ろしいものとなる。

エネルギーシステムに限らず、
人類に有用な発明は人類に有害な兵器として転用される危険性を内包している。

ダイナマイト然り、原子力然り。

その例に漏れず、僕が提唱した新エネルギーシステム理論もまた、その危険性を悲しいほどに内包していた。
これはこの類の発明のどうしようもない性なのだ。

( ・∀・)「それでは、別の質問です。あの基地が仮に誤作動を引き起こした場合、
      その被害はどの程度のものと考えられるのでしょうか?」

(;^ω^)「その質問はナンセンスだお! 
     誤作動の可能性が無いからこそ、僕はこの理論を提唱したんだお!」

( ・∀・)「それは重々承知しております。あくまで仮に、の話ですよ」





(;^ω^)「……」

そうたずねて、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた軍部高官。

彼の笑みに嫌な予感が脳裏をよぎったが、
確固たる拒否理由が無い以上、僕は答えないわけにはいかなかった。

(;^ω^)「……大都市の二、三個は軽く消滅してしまう規模だお」

( ・∀・)「ほう? その程度の被害で済むのですね?」

(; ゚ω゚)「その程度? 核兵器の数倍の規模だお!? あんたいったい何を考えているんだお!?」

( ・∀・)「なーに、簡単なことです。汚点は消してしまえばいいのですよ」





(; ゚ω゚)「!!」

予感という、非論理的な感覚が現実化してしまった。

慌てて周囲を見渡してみたが、僕らプロジェクトチーム以外の行政、軍部関係者は、
さも当然といった顔でその場に鎮座していた。

おそらく、話はすでに決まっていたのだろう。
このブリーフィングはあくまで形式上のものに過ぎなかったのだ。

( ・∀・)「もはやこれ以外の手立ては無い。これは我々が提唱する世界平和を脅かす事態なのです」

(;´∀`)「わ、我々行政部も全力を持って外交等の対処に当たりますモナ! 事態は必ず収拾させますモナ!」

( ・∀・)「では、話し合いは以上で。内藤博士、何かご意見はございますか?」

(  ω )「……そんな馬鹿な真似は止めるんだお」

( ・∀・)「ほう? それでは、何か代案があるとでもおっしゃるのですか?」




(  ω )「それは……」

( ・∀・)「無いのですね? 天才でも考え付かないのであれば、これ以外の方法が有ろうはずが無い。
      この方法こそが最良なものであると、あなたは認めてくださったのですね? では、解散」

(  ω )「……」

軍部高官の皮肉を前に、僕は何も言えなかった。
人類の未来のために苦労して作り上げたシステムが、こともあろうか間逆の事態を引き起こしたのだ。

こんなときに何も言えなくて何が天才だ。そんな天才に、存在価値など微塵もない。
なにより、動機はどうあれ現在の危機の根底を築いたのはこの僕だ。そしてこの国だ。

ブリーフィングルームから次々と退出していく関係者たち。
遠のいていく彼らの足音を耳にしながら、僕は負け犬の遠吠えとでも言うべき言葉をつぶやいていた。

(  ω )「世界の危機を自分たちで作り出しておきながら、矛盾する理論でそれを解決しようとする。
      僕たちはいったい、何をやっているんだお……」




プルプルと震えていた僕の肩。
うつむいた顔を上げてしまえば悔しさに涙がこぼれ落ちそうで、それは叶わなかった。

やがて誰もいなくなったのであろう、気味が悪いほどにしんと静まり返った室内。
滲む視界が乾いたのを確認した僕は、ゆっくりと重い頭を上げた。

目の前に一人だけ、部屋の真ん中で立ち尽くしている人物がいた。

川 ゚ー゚)「研究者としての性なのか、はたまた天才としての性なのか。
     最悪の状況とはいえ、私たちの作り上げた理論が現実のものとなっているのを前にして
     嬉しいと感じてしまう自分がいるのが、私には憎らしくてしょうがないよ」

川 ゚ー゚)「君も……そう思わないか?」

依然としてスクリーンに投影されていた件の映像を見て、クーがぽつりとつぶやいた。

その直後僕の方を振り返った彼女の顔は、泣き笑いのようなゆがんだ表情を浮かべていて、
僕にはそれが悲しくもあり、なぜか美しくも感じられた。





― 2 ―

それから一ヶ月も経たず、世界情勢は急転した。

世界一の大国であった僕の国が、
お得意の有りもしない大量破壊兵器の保有を理由として某国に宣戦を布告したのだ。

自らの蒔いた危機という種を誰にも悟られずに回収するためには、どんなことでもやってのける。
世界平和を謳う世界一の大国は、そんな国だった。

そんな状況下でも、研究所に隔離されていた僕に出来る事は何もなかった。
指をくわえながら、知らぬ間に流れていく世界情勢をただ眺める事しか出来ない。
その根本を作り出した責任を肩に重く感じながら。

もう、何かを考えることさえ億劫になっていた。
それでも考えずにはいられなかったのは、天才としての悲しい性なのだろう。

そんな日々の中で僕は、とんでもないことに気づいてしまう。





(;^ω^)「……そんなはずはないお」

川 ゚ -゚)「いや。そうとも言えんな」

思わず漏らした声。いつの間にか背後に立っていたクー。
驚いて振り返った僕を冷めた目で眺めた彼女は、言ってはならない一言を僕に放った。

川 ゚ -゚)「某国に情報を流したのは、ツンだ」





(; ゚ω゚)「ち、違うお!!」

無意識に手が出ていた。

ゴッと、骨と骨がぶつかり合う音がして。
拳に走った鈍い痛みに顔をしかめて。

痛みが引いて恐る恐る顔を上げれば、頬を腫らしたクーが相変わらずの冷めた顔で笑っていた。

川#)ー゚)「君は……本当にそう思っているのか?」





悔しいが、認めざるを得なかった。
クーが放った言葉はすべて、僕の想いの代弁だったのだ。

それからクーを睨みつけた後逃げるように自室へと戻った僕は、ツンに連絡を入れようと試みた。

しかし電話はもちろん通じず、教えてもらっていたメールアドレスさえも
彼女と別れて数日と経たず届かなくなっていた。

それでも僕は、届くことの無いメールを送り続けた。電話をかけ続けた。


(  ω )「ツン。君はいったい、今どこにいるんだお?」


声が聞きたい。文章でもいい。どうにかして、彼女と連絡を取りたかった。





ツンは行政部からの出向者、つまり研究所外部の人間だった。
定かではないが、隔離されていたプロジェクトチームとは違い、彼女の隔離度は比較的緩いものだと想像された。

そして仮に彼女が情報を流出させていたとしたら、ブリーフィングでの行政部のしどろもどろさにも上手く説明がつく。
身内から出た不祥事を隠蔽しようとしていた。そんな役人根性が彼らの中にあったのではないのか、と。

決定的だったことは、彼女が研究所を去ってからすぐに連絡が取れなくなってしまっていたこと。

何度も行政部に問い合わせてはみたものの、『理由はお話できません』の一点張り。
親しい間柄を築いていた身として、これは納得のいかないものだった。

そして認めたくないが、彼女が『某国のスパイである』と想定した場合、これらの疑問が見事に解決されてしまう。
素人さえ小説に用いないような稚拙な論理。しかし、そのときの僕はその嫌疑をどうしても拭い去ることが出来ないでいた。

そんな、悶々とした日々。目を隠すほどまで伸びた自分の前髪の長さが鬱陶しかった。

気分転換に散髪でもしようか。
そんなくだらないことで気を紛らわそうとしていた最中、悲劇の日は突然にやってきた。

緊急の報告を受けた僕は自室を飛び出し、研究所の中枢たるオペレーションルームへと駆け込み、そして唖然とした。





(; ゚ω゚)「なんて愚かなことをしたんだお……」

モニターに表示された映像を凝視する。
某国が実現させた新エネルギーシステム理論の稼動基地を、僕の国がミサイル攻撃を行う。
その中継だ。

宣戦布告をしてからこれまで、僕の国は軍事力をちらつかせた圧力外交でことを解決しようとしていた。
しかし一向に進まない交渉に業を煮やし、ついに武力行使に踏み切った。
その瞬間を映像は映し出していた。

雨あられのように降り注いでいくミサイル。それを迎撃しようと某国から放たれるミサイル。

某国もしばらくは持ちこたえていた。
しかし圧倒的な物量差は如何ともしがたく、ついに一基のミサイルが基地へと直撃した。

その瞬間から、この世の地獄は始まった。





まず、ミサイルが直撃で基地が爆発した。
それも予想をはるかに超える規模で、だ。

オペレーションルームにいたすべての人員が呆然としていた。
映像は真っ白に染まるばかり。

すぐに映像が望遠画像に切り替わったそのとき、
爆発の規模を僕たちは嫌がおうにも見せ付けられた。

(; ゚ω゚)「どういう……ことだお……」

この被害規模はなんだ。
都市の二、三どころではない。巨大な半島の四分の一が消滅していたのだ。

おそらく、某国は僕の提唱した理論を弄繰り回し、
発生可能なエネルギーを安全粋を超えて上昇させていたのだろう。

即座に原因が思い浮かんだが、そんな思考に意味はかけらも存在しない。

所詮傍観者に過ぎなかった天才に、出来ることなど何も無かった。





しかし事態はそれだけでは済まなかった。
基地の巻き起こした爆発は大事の前の小事に過ぎなかったのだ。

突如繋がった回線に応対したオペレーターが、顔面蒼白となって叫び声をあげる。

(;^^ω)「地下シェルターに避難してくださいホマ! 早くホマ!」

オペレーターが何を言っているのか、僕たちは理解できなかった。
立ち尽くす僕の脇を慌ててすり抜けて行った彼の後ろ姿を見てようやく、全員が恐々と避難を開始する。

何が起こったのかは定かではなかったが、
取り返しのつかないことが起こったといことだけは全員が理解していたらしい。





地下深くに設けられたシェルターへと向かうエレベーターの中。
僕はオペレーターに喰らいつく。

(; ゚ω゚)「どういうことだお! 何があったんだお!!」

(;^^ω)「か、核ミサイルが某国から発射されたと……」

川;゚ -゚)「おい! 嘘だろう!?」

聞いたことも無いクーの叫びがエレベーター内にこだまして、
その場にいた全員がいっせいにオペレーターへと質問を飛ばす。
オペレーターは数個の質問には丁寧に答えていたが、あまりの質問量に耐えかねたのだろう。

(;^^ω)「僕だってそう思いたいホマ! だけど、向こうの声は尋常じゃなかったホマ!」

悲痛な声で叫んで、それきりとなる。





(  ω )「いや、ありえない事も無いお。某国は、
     どうせ滅ぶなら世界中の人間を道連れにしてやろうとでも思ったんだろうお」

川;゚ -゚)「いたちの最後っ屁という奴か……なんと愚かな……」

それきり、エレベーター内に声が響くことは無かった。
やがて僕たちが地下へとたどり着いた直後、シェルターが強烈な揺れに襲われた。

何度も、何度も、腹の底をえぐるような地響きは飽きることなく夜通し続く。
ここまで眠れない夜は初めてだった。

それがようやくおさまって一日ほど様子を見て、僕たちは再びの地上へと上がることにした。





幸いにもエレベーターは稼動してくれた。

研究所も揺れで室内が荒れていた程度で、
放射線による被害はおろか、これといって特筆すべき被害も無かった。

研究所は郊外も郊外、山の奥の奥に設けられた極秘建造物であったため、
某国のミサイルの標的にはなっていなかったのだろう。

地上へと上がった僕たちはすぐさまオペレーションルームへと駆け込み、首都との回線を開いた。
しかし返ってくるのは不快なノイズ音だけであり、
続けて国内の主要都市との回線も開いてはみたものの、人の声が返ってくることは無かった。

テレビジョンをつけてみても、国内チャンネルも国外の主要な衛星放送も砂嵐を映すだけ。

しかし幸運にも、海外のラジオ放送を受信することに成功した。
当時最も衰退していたラジオメディアからのみ情報を得られたというのは、なんとも皮肉な話だろう。

ノイズ混じりの聞きづらい放送の中で、アナウンサーが冷静沈着に世界の情勢を伝えてくれた。

情報に飢えていた僕たちは、一言一句聞き逃すまいと必死に耳を傾ける。





『繰り返し、各国の現状をお伝えします。

現在、先進国に代表される大国の首都、主要都市は一切の連絡が取れない状態にあります。
某国の核兵器により壊滅的打撃を受けたとの情報もありますが、真偽のほどは定かではありません。

なお、某国が核兵器を使用して以来、各国は依然として混乱した情勢におかれております。
暴動が起きた地域も多々あるようで、その沈静のため軍を動かす国家も現れ、ますます事態は悪化しています。

同時に一部国家が核兵器を使用したとの報道が一部メディアではなされていますが、確認は取れておりません。
また、巻き上げられた砂埃が各地の上空を覆いつくしており、日の光が届かない地域が多々あるとの報告も出ています』





川;゚ -゚)「そんな馬鹿な!」

(; ゚ω゚)「クソッ!!」

急いでベランダへと飛び出した僕が見たのは、限りなく黒に近い灰色の雲に覆われた空。

普通の雲じゃない。
粉塵や焦土が巻き上げられ幾層にも重なって初めて見ることの出来る、日の光さえ遮断してしまう分厚い雲だ。

核の冬。そんな言葉が頭に浮かんだ。

(; ゚ω゚)「これが世界中を覆い尽くしているのだとしたら……」

日の光は数ヶ月、もしかしたら数年地表に届かず、気温は急激に下がり、生態系は破壊される。
放射線に汚染された粉塵も風に乗り世界に降り注ぎ、その被害を存分に撒き散らすことだろう。

この世の終わりだ。

呆然と空を見上げていた僕の耳にラジオの音声がまた聞こえてきた。
生涯忘れることのないであろう、断末魔のような叫び声が。






『……な、なんだと!? それは本当か!? おい! 嘘だろう!?』


(; ゚ω゚)「な、何が起こったんだお!」

川;゚ -゚)「わからん」

突然乱れたラジオの音声。

その後、人々の遠い悲鳴や叫び声が聞こえて。
轟音と甲高いノイズが響いて。

それきり、そのチャンネルから人の声が流れることは二度となかった。





以後、数日経っても何も情報が入ることは無かった。

僻地中の僻地に建てられていた研究所。

だからこそ核兵器の被害を受けないで済んでいたのだが、
その通信手段はすべて国の首都に直結されていたため、
首都が壊滅したと考えられる状況下では外部との更新は一切にわたり不可能だったのだ。
中央集権のもろさが露呈した結果である。

すぐに僕とクーが連絡方法の開発に着手したのだが、作業はなかなか進まない。
いらだちや焦りから作業が右往左往するそんな状況の中で、無情にも一週間以上が経過した。

そんなある日、文字通り暗雲のたちこめる外の世界から、一人の人物が車に乗ってやってきた。






ξ;゚?゚)ξ「内藤! クー! 早くこの車に乗ってちょうだい!」


ずっと会いたかった女性、ツン。

突然現れたなつかしの彼女は、
互いの無事と再会を喜ぶ暇も無く僕とクーを車に乗せると、行き先も告げずに走り出した。





― 3 ―

ξ゚?゚)ξ「某国の基地が爆発したあの日から、世界は一気に混乱したわ。
    一番の誤算は爆発の規模があまりにも大きすぎたことと、基地の存在を私たちの国しか知らなかったこと。
    あの爆発を目の当たりにした各国は、私たちの国が新兵器を使用したと誤解したの。
    そこで動き出した国が、某国に隣接する社会主義国家と、私たちが冷戦時代に対立していたあの国よ」

午後だというのに日の差し込まない暗闇の外を車は孤独にひた走る。

フロントライトの光が砂利道の先を照らしている最中、
ツンは僕たちの知りたがっていたことを真っ先に話してくれていた。





ξ゚?゚)ξ「基地の爆発を前にしたこの二国は、こともあろうか私たちの国を潰しにかかってきたの。
    あの爆発を私たちの新兵器によるものだと勘違いした彼らは、
    それで自分たちが潰される前に私たちの国を潰しておかなければって考えたんだろうね」

ξ゚?゚)ξ「まもなくこの国の首都に無数の核ミサイルが打ち込まれた。当然この国は迎撃を開始したわ。
    たくさんの核爆発を関係の無いあちこちの国の上空で捲き起こしながらね。
    だけど、他を省みない身勝手な努力もむなしく、核ミサイルはこの国の首都に直撃したわ」

ξ゚?゚)ξ「それからはもう滅茶苦茶よ。対立していた国同士がこの混乱に乗じて動き出した。
    民族紛争の燻っていた国では内戦が起きた。平和だった国でも民衆が暴れだした。
    極めつけは、核保有国が躊躇無く核を使い始めたことね」

ξ゚?゚)ξ「禁忌が他人の手で破られれば、あとはその責を負わなくていいから使い放題って理屈よ。
    最も、前々から核兵器を使いたくてたまらなかったって理由もあるだろうけど。
    きっと、今もどこかで核兵器が使われているわ。もしかしたらこの近くでも……」





と、ツンが言葉を継ごうとしたその直後、西の空が一瞬強烈に光り、
しばらくして大きな地響きと野太い轟音、そして強烈な風が車を襲った。

後部座席に座っていた僕とクーは、慌てて前部座席の背もたれにしがみ付いてその揺れに耐えた。
それがようやくおさまった頃になって僕は尋ねる。

(;^ω^)「い、今のも核かお!?」

ξ゚?゚)ξ「多分ね。ここの最寄りの州都がやられたのかもしれない。
     どっちにしろ、もうこの国は……いや、世界はおしまいよ」

声色も変えずにあっけらかんと言い放ったツン。

「ツンらしくないな」と思った僕が見たのはバックミラーに映ったやつれ果てた彼女の顔で、
それが彼女の言葉に妙な信憑性を塗布していた。





川 ゚ -゚)「……それで、君は私たちをどこに連れて行こうというのだ?」

それ以後会話の無かった車内に響いたのは、これまでずっと沈黙を保っていたクーの声だった。
後部座席、僕の隣で腕組みをしていた彼女は、問いただすような強い口調で運転席のツンに尋ねた。

ξ゚?゚)ξ「とある地下施設よ。あなたたちにはそこで眠ってもらうわ」

川 ゚ -゚)「眠る? どういうことだ?」

ξ゚?゚)ξ「そのままの意味よ。内藤。あんた昔、冷凍睡眠の基礎理論を提唱したわよね?」





(;^ω^)「お? おお。確かにしたお」

急に話を振られて、僕は単純な返事をすることしか出来なかった。

二十代の前半の頃、僕は確かに冷凍睡眠の基礎理論を提唱した。
その後の研究は僕の手からは離れていたけど、別の研究所で実用段階に入ったという話は耳にしていた。
確か老年の博士が自らを実験台として、三年ほどの冷凍睡眠に成功していたはずだ。

だけど、それとこれからの話と何の関係があるのだろう? 

鈍っていた僕の脳みそはそんな簡単な問いの答えもわからないまま、
次に発せられたツンの言葉に大いに驚くことになる。

ξ゚?゚)ξ「それを使って、あなたたち天才に冷凍睡眠に入ってもらうの」





(; ゚ω゚)「はぁ!? な、何を言ってるんだお!!」

川 ゚ -゚)「……なるほどな」

僕の声とクーの声が車内で交錯した。

ことの事由に反論することなく納得しているクーを憎憎しげに一瞥した後、
僕は身を乗り出して前を向いて運転するツンへと怒鳴る。

(; ゚ω゚)「僕たちが冷凍睡眠に入ってどうなるんだお!
     それよりも危機に瀕している今こそ、僕たち天才の才覚の発揮どころだろうがお!」

ξ゚?゚)ξ「あんたたち天才がどんな手をうったところで、世界はもうどうにもならないわよ」





抑揚の無い声で淡々と続けたツンは依然前を向いたまま、
僕の激昂を気にも留めない様子で運転を続ける。

ξ゚?゚)ξ「行政部で外交官として世界各国に働きかけたけど、みんな聞く耳持たずよ。
     私たちこの国の役人の生き残りは、核の冬が訪れているって何度も他国に訴えたけど、
     どこも自分たちだけは助かるとでも思っているみたい。
     まあ、先に戦争を仕掛けたこの国の役人である私たちが言っても、何の説得力も無いんだけどね」

(; ゚ω゚)「核の冬が現実化するくらいに、世界は核兵器を使いまくっているのかお?」

ξ゚?゚)ξ「ええ。私たちの頭上に立ち込めている分厚い暗雲が世界中の空にも広がっている。
     私たちのしてきた温暖化防止の努力をあざ笑う勢いで世界の気温は下がっている。
     日光も届かず、放射能を含んだ死の灰を受けて植物も枯れ始めている。
     人間も自分たちだけが生き延びようとして、逆に自分たちの首を絞めているわ。
     もう何をしても無駄。だから私たちこの国の役人の生き残りは、一つの決断を下したの」





絶望に絶望を重ねた言葉を並べる中で、
ツンはここに来てようやく笑みを浮かべて、バックミラー越しに僕とクーの顔を見た。

ξ゚ー゚)ξ「それは、この国にいるスポーツや学問の天才たちを
     核戦争の被害の届かない山奥の地下施設に眠らせ、未来に望みを託すということ。
     具体的には、核の冬が過ぎて、放射能汚染も消えて、
     状態が現状まで戻ると予測される二千年後まで、
     あんたたち天才に冷凍保存に入って生き延びてもらうの」





(; ゚ω゚)「……」

川 ゚ -゚)「……」

ツンの言葉に沈黙を返すことしか出来なかった僕。
車内がより深い暗闇と静寂に包まれた。どうやらトンネルか何かに入ったようだ。

ξ゚?゚)ξ「東洋にこんな寓話があるんだけど、二人は知ってるかな?」

前を向いたまま話を再開したツン。車のフロントライトがどこまでも続く暗闇を映し出している。
走っている道は、トンネルというよりも洞穴に近い。それもどうやら地下へと続いているようだ。

ξ゚?゚)ξ「遥か昔、高度な文明を持った宇宙人が技術を伝えに地球までやってきました。
     しかし、人類はまだサル同然の生活をしていました。
     そんな人類に宇宙人の技術はとうてい理解できそうも有りません。
     そこで宇宙人は、技術とその解説書が詰め込まれたカプセルを砂漠の下に埋め、
     人類が成長したときのための贈り物としました。
     しかし文明を発達させた人類は、核実験によってそのカプセルを燃やしてしまいましたとさ」





川 ゚ -゚)「それと今の話に、どのような関係があるのだ?」

ξ゚?゚)ξ「カプセルが冷凍睡眠装置で、その中身があなたたちってこと。例え話の結末はとんでもないけどね。
     だけど安心して。この話どおりにならないよう、間違いなくあんたたちを未来へ送り届けるから」

川 ゚ -゚)「……ふむ」

僕の隣に座るクーは、足を組んで納得したように一つうなずいた。

車は洞穴の奥の奥、地下の道をさらに進んでいく。
薄暗い車内。その中で僕は、精一杯の抗議を行う。

(  ω )「僕が嫌だと言ったら、君たちの計画はどうなるんだお」

ξ゚?゚)ξ「どうもこうもないわ。あんた一人が断ったところで、ほかの天才たちはすでに納得している。
     降りたければここで降りてもいいわよ。だけど、その後に待っているのは死だけだけどね。どうする?」





(  ω )「……」

ツンは卑怯だと思った。
いや、ツンだけではない。この計画を立案した全員が卑怯だと思った。

誰だって生きたいに決まっている。
どんな奇麗事を並べようが、どんな醜い方法であろうが、人は生きたいに決まっている。

僕は生きたい。
だけど、こうやって皆に生かされることに抵抗を感じずにはいられない。
けれど、やっぱり生きたい。

葛藤にさいなまれる僕。そしてツンは、とどめの一言を僕に放ってくれた。





ξ゚ー゚)ξ「それに、私はあんたたちに生きてほしい。
    それはあんたたちが私の友達ってだけじゃなくて、なんていうのかな?
    私を知っているあんたたちが生きてくれれば、後世にも私の生きた証が残る。
    ……そんな気がするの」

ツンにそう言われて、嫌だと言えるはずが無かった。
そしてまもなく車は止まる。

車を降りると、白衣を着た科学者らしき人間に僕たちは迎え入れられた。





地下奥深くに存在するらしいこの施設は分厚い金属の壁に何層も覆われていて、
確かに核兵器の直撃を受けても破壊されそうには無かった。

水銀灯の照らす通路を僕たちは歩く。

やがて巨大なシャッターの前に連れられて、そこで立ち止まったツンは、静かに笑ってこう言った。

ξ゚ー゚)ξ「ここでお別れね。私は天才じゃないから、この先には入れない」

淡白な台詞を残して小さく手を振った彼女は、きびすを返してもと来た道を戻っていく。
そんな中、いまだに僕は迷っていた。

生き伸びるべきなのか。
それとも、ツンとともに戻るべきなのか。

決められない。こんなに困難な決断を前にしたことはない。

だから僕は時間稼ぎに、苦し紛れに、こんな質問で彼女を引き止めることしか出来なかった。





(  ω )「ツン。最後にこれだけは教えてくれお」

ξ゚?゚)ξ「……何?」

(  ω )「新エネルギーシステム理論を某国に流出させたのは……君なのかお?」

一瞬にして場が凍りついた。
そんなことは覚悟していた。道を決める時間を稼げればそれでよかった。

少しの沈黙。

その間に、凡人ながらも頭の回るツンは、
自分が疑われるべき状況であったのを理解したのだろう。

小さくなった彼女の顔は、それでもはっきりとわかる寂しい笑みを浮かべて、言った。

ξ゚ー゚)ξ「確かに私が疑われても仕方が無いわね。だけど、それは私じゃない。
    連絡を取れなかったのは、単に上層部に禁止されていたからよ。
    確固たる証拠も無いから信じてなんて言えないけど、私じゃない。
    私には……それだけしか言えない」





僕のひどい質問に笑って返して、それからツンは僕を見た。
僕は何も言えなかった。

間違いなく、ツンは死ぬだろう。

それなのに、僕はこれから二千年先の遠い未来で生きることが出来る。
後ろめたくないわけが無い。

ツンの姿が遠ざかっていく。
白衣の科学者が僕とクーを施設の奥へと促してくる。


僕は、どちらも選べない。





川 ゚ -゚)「おい、内藤?」

クーが呼ぶ声が地下の施設内に反響する。
その声に反応して、小さくなったツンがこちらを振り向いたのが目に入った。

振り向いたツンの顔は僕を諭すかのように小さく笑っていて、
その笑みを目の当たりにした僕は、彼女へ向けて駆け出していた。





(; ゚ω゚)「ツン、君も眠るんだお! 一緒に眠って、二千年後にまた会うんだお!」

ξ゚ー゚)ξ「……ダメよ。冷凍カプセルの数が足りないもの」

(; ゚ω゚)「そのくらい僕が作るお! 僕を誰だと思ってるんだお!? 
     世界に名をとどろかせた天才、内藤ホライゾン博士だお!!」

叫びながら走って、ツンのもとにたどり着いて、
彼女の細い肩を揺さぶって必死に声をかけた。

けれども彼女は寂しげに笑ったまま、今にも泣き出しそうな声をあげる。

ξ゚ー゚)ξ「ダメだよ……私なんかが生きても、何の役にも立たないよ。
     それに、私は最後まで足掻いてみたいの。この戦争を止めてみたいの。
     天才でもなんでもない私が世界を救えるか、試してみたいんだよ」

(; ゚ω゚)「もう無理だお! そう言ったのは君だお! 
     有りもしない可能性にすがりつくのは愚行以外の何ものでもないお!
     悲劇のヒロインを気取るなんて君らしくないお!
     僕は君と生きたいんだお! 僕は君が……君が……」





けれど、その後がどうしても出てこない。
これが最後のチャンスだというのに、どうしても言葉が出てこない。

小さい頃からずっと勉強ばかりやっていて、異性との付き合いに価値を感じていなかった僕。
そんな僕にとって、その先の言葉を口にすることはどんな難しい数式を解くことより困難だった。

うつむき続けて。なけなしの勇気を振り絞って。

それからようやく口に出そうと顔を上げた先では、
それでもツンは笑っていて、僕の目を見つめながらこう言った。

ξ゚ー゚)ξ「……ごめんね。そんな風に思ってくれていたなんて、全然気づかなかったよ。
     うれしいよ。本当にうれしい。だけど……」





(; ^ω^)「……だけど?」

それからツンはうつむいて。
伝えられた想いの答えを僕は聞きたくて。

だからほんの数秒に過ぎなかったこの時間が、僕にはとても長く感じられた。

それからしばらくして。
いや、実際にはそう長くはなかったであろう間を置いて。

顔を上げた彼女ははまるで天使のようで。

これまで見たどんな光景よりも美しい表情で、笑っていた。







ξ゚ー゚)ξ「……だからこそ、あなたは生きて」






(; ^ω^)「……え?」

次の瞬間、ツンの視線が僕から外れた。
僕の肩越しに何かを見るような、そんな視線の動かし方だった。

気になって僕が振り返ろうとしたのと同時に僕の首筋にチクリと小さな痛みが走って、
気づけば僕は地面へ崩れ落ちていた。





(; ゚ω゚)「あ……が……」

体中に力が入らない。口が開ききって閉まらない。
よだれが口の端からたれ落ちるのを自覚した。

それでも視界だけははっきりとしていて。
倒れた僕を覗き込むクーの顔が目の前を覆い尽くしていて。

視界に捉えたクーの手には、注射器が握られていて。





川 ゚ -゚)「内藤。あきらめろ。ツンは自分の意思で、この時代に残ることを決めたんだ」

(; ゚ω゚)「……弛緩……剤……かお……」

川 ゚ -゚)「ああ。先ほどの科学者に借りた。
     内藤。私もお前も、後の世のために生き伸びねばならんのだ。
     ツンの意思を尊重したければ、お前も笑って生きてみせろ」

(; ゚ω゚)「……きさ……ま……」

もう、声も声にならない。体は言うことを聞かず、指一本動かせやしなかった。

この場でクーを殴り飛ばしたかった。ツンの手を握りしめて離したくなかった。
だけど体は動かない。

やがて遅れてきた科学者に担がれたらしい僕は、朦朧とする意識の中で、ツンの最後の声を聞いた。

ξ゚ー゚)ξ「それじゃあ、バイバイ、内藤。あなたは私たちからの大切な未来への贈り物。
     どうか無事に届きますように。そして、人類をまた再興させてね」

彼女を引きとめたくて伸ばそうとした僕の右手は力なく垂れ下がったまま。
ただ遠ざかるツンの足音だけが、そこに響いていた。





それからも僕は科学者に担がれたまま、せめてもの抵抗に意識だけは保っていた。
口からよだれが出ても、緩んだ尿管から液体が流れていっても、それでも意識を閉ざすまいと必死だった。

けれども動かない体では、それは何の抵抗にもなっていなかった。

僕の想いなど関係なしに着々と冷凍睡眠に向けた検査や作業は進み、まもなくカプセル内へと入れられた僕。

緩んだ体でも、緩んだ意識でも、自分が冷たくなっていくことだけはハッキリと感じられた。
ただでさえ朦朧としていた意識が、もはや途切れようとしていた。





そして、カプセルのふたは閉じられた。
同時に力尽きた僕の意識は、それを最後にプッツリと途絶えた。

けれど、最後の最後。

僕の目じりから流れ落ちていった一筋の涙は、絶対に弛緩剤のせいではない。



















第二部  世界の終わりと、それでも足掻いた人間たちの話  ― 了 ―










第三部 世界の始まりと、孤独に耐えられなかった男女の話


― 1 ― 

夢は見なかった。

気がつけば僕は目を開けていて、気がつけば目の前にはクーの顔があった。
それだけが僕の目覚めの話。

重い上半身をゆっくりと起き上がらせれば、
頭に溜まっていた血が一気に下半身へと落ち込んだようで、
一瞬、僕は強烈なめまいに襲われた。

額に手を当ててめまいに耐え、それから視線を戻せば、やっぱり目の前には彼女がいた。





川 ; -;)「……よかった」

何が良かったのだろうか? 

寝過ぎた寝起きのように頭が働かないまま、
とりあえず涙を流すクーの顔をぼんやりと眺め、肩近くまで伸びた自分の髪をかきむしり、
それから辺りをキョロキョロと見渡して、見慣れない幾何学的な風景を前にようやく合点がいった。

僕は冷凍睡眠に入っていた。

その認識がトリガーとなったらしく、これまでの記憶が酔いから醒めた様に一気によみがえってくる。





(; ゚ω゚)「今はいつだお!?」

川 う -;)「……二千年後。西暦四〇四五年だ」

(; ゚ω゚)「本当なのかお!? 間違いないのかお!?」

川 う -;)「ああ、間違いない」

涙をぬぐうクーの肩に手をやって、何度も揺さぶって問いかけたが、
まっすぐ見つめる僕の視線から目を逸らしたまま、彼女は否定の言葉をついぞ口にしなかった。

嫌な予感が当たったとき特有の、なんとも言いがたい締め付けるような不快感が僕の胸を襲う。

不意に、涙が零れ落ちてきた。

二千年。あまりにも永い。あまりにも遠い。





( ;ω;)「じゃ、じゃあ外は……世界はどうなっているんだお!?」

川 ゚ -゚)「落ち着いてくれ。一気に質問されても答えられん。それに……」

( うω;)「それに、何だお!?」

一旦会話を打ち切ったクーの顔は、心なしか赤らんで見えた。
それから彼女は自分が羽織っているマントと同じような布切れを僕の前に差し出して、短く。

川 ゚ -゚)「その格好じゃ話すに話せん。とりあえず、服を着てくれ」

(;^ω^)「……お!?」

僕は全裸だった。
ひったくるようにして布切れを受け取ると、冷凍カプセルの陰に隠れていそいそとそれをまとった。





川 ゚ -゚)「私は一足早く冷凍睡眠から目覚めてな。
      私なりにいろいろと現状を調べていたのだ」

布切れ――かつて僕が作り出した超繊維の布で体を覆った後、
しばらくのやり取りを経て、僕たちは地上へと向かっていた。

クーのアルトボイスが暗く細い穴倉のような階段通路に響く。

彼女によれば、今足を踏みしめている通路は、
地上へ出るために用意されていた数ある階段の中の、出口が塞がれていない数少ないものの一つなのだそうだ。

通路に常備灯などあるはずもなく、存在する光といえば僕を先導するクーの握る懐中電灯のそれだけで、
通路内の空気はしんと冷えこんでおり、そしてしんと静まり返っている。





( ^ω^)「それで、調査の結果はどうなんだお?」

川 ゚ -゚)「私もそれほど調べられたわけじゃない。
     ここは冷凍睡眠装置の他はたいした設備もないし、やることも限られていたしな。
     とりあえず、放射線反応はすでに消えている。
     気温もかつての平均よりわずかに低いが生存するに支障はない。
     しかし大地の様子は大きく変わっているし、人の姿も獣の影も見えない。
     もっともこの近辺にいないだけで、もしかしたら別の場所には生息しているのかもしれんがな」

そこまで言ったところで、先導していた光の動きが止まった。どうやらクーが立ち止まったようである。

彼女の手にした懐中電灯が照らし出すのは、
前方斜め上に設えられた、取っ手の付いた重そうなコンクリート製の正方形。
どうやらそれは、地上と通路を分け隔てている扉らしい。

川 ゚ー゚)「さあ、世界の現状を直にその目で確かめてくれ。内藤博士」

クーの声が通路内に響き渡り、それから重そうな正方形がいとも簡単に彼女によって押し開けられた。
妙に手馴れているなと少し不審に思ったが、言葉には出さないでおいた。

いや、出すことなど出来なかった。





川 ゚ー゚)「ほら、これが二千年後の世界だ」

(; ゚ω゚)「……」

地上に出た僕が見たのは、強烈な日の光と、照らし出された広大な荒野。

赤茶けた大地の上には、僕の背丈ほどの高さの横に広い、
ブロッコリーを巨大化させたような樹木が転々と生えている。

かつて山奥であったはずの大地にあるのはわずかな起伏だけで、
地平線の見える大地には山の存在した名残すら感じられない。

文字通り目を見開いて、呆然と二千年後の世界を眺めることしか出来ない僕。
声など発せられるはずがなかった。

立ち尽くして。力なく空を見上げて。

ただ、地獄のように赤い色をした大地の土とは対照的に、
見上げた日の光と空の青だけはかつての世界よりも深く澄んで感じられた。





川 ゚ -゚)「おい、内藤」

(  ω )「お?」

川 ゚ー゚)「食え。うまいぞ」

ボーっと空を見上げていた僕。突然のクーの声に顔を向ければ、
彼女は手にした二つの黄色い物体のうち一つを僕に差し出していた。

( ^ω^)「これは……トウモロコシかお?」

川 ゚ー゚)「ああ。大地に生きろ」





(;^ω^)「はい?」

川 ゚ー゚)「いや、失敬。戯言だ。気にせんでくれ。
      研究所内に種があってな。遊びついでに栽培してみたのさ」

受け取って不思議そうにトウモロコシを眺める僕に笑いかけ、
続けてクーは僕の見ていた反対側の大地を指差す。

そこには赤茶けた大地の中に不自然に浮いた黄緑色の植物群の一画があり、
植えられていたトウモロコシの苗が、単子葉植物特有の直ぐった葉を悠々と風になびかせていた。

川 ゚ー゚)「ほかにも、栽培のしやすいミニトマトなんかも育ててみた。意外にこれが面白くてな」

みずみずしいトウモロコシの粒を噛みながら、クーの言葉に反応して辺りをもう一度見渡してみる。
なるほど、ところどころに小さな菜園のようなものが周囲に浮いて点在している。

しかし彼女はこんなことをやって、いったい何をしたいのだろうか?





川 ゚ー゚)「ん? 何ってお前、食うものが無ければ生きていけんだろうが。違うか?」

(;^ω^)「いや、それはそうだけど……」

仮にも僕たちは、二千年前の人々の
――ツンの願いを込められて、時間を越えてこの大地に立っているのだ。

それなのに農業なんて地味なことをやっていていいのかと、
もっと他にすべきことがあるのではないかと、僕はクーに問いかけた。

川 ゚ー゚)「確かにその気持ちはわからんでもない。だがな、植物の生育だって大切なことだぞ?
      植物が生育するからこそ土壌が生きていると確認できるし、植物が腐り落ちればそれがまた土壌を豊かにする。
      この世界をかつての世界のように繁栄させたいと願うならば、これこそが原点たりえるとは思わんか?」

( ^ω^)「……まあ、確かにそうだお」

川 ゚ー゚)「だろう? それにな、内藤。私たちの置かれた状況を考えてみろ」

そう言ってクーは僕の肩に右手を置くと、
トウモロコシを握った左手を赤茶けた地平線に沿うようにスッとなぞっていく。





川 ゚ー゚)「車もない。設備もない。おおよそ近代的なものはほとんどない。
      あるものといえば、地下施設に残された冷凍カプセルの電力を供給するためだけの発電機と演算装置、
      橋の架け方、家の建て方、鉄の精製法や植物の育て方、コンピュータなど機械の設計図を記した書物。
      あとはお前の発明した暑さも寒さも防げるこの超繊維のマント、
      一粒で空腹を満たせる食料の試作品、ほかには拳銃とその弾くらいなものだ。
      人がいない。住居がない。町がない。食物の供給手段がない。
      文明の根底たるものがまったく存在しないこの世界では、どんな高次の技術も実現する術はない。
      宝の持ち腐れだよ」

悟りきったかのごとく訥々と語るクー。
風に舞った砂埃が、まるで彼女の言葉のようにさらさらと彼方へ流れていく。

ふと視線を戻せば、クーの腰辺りに不自然な膨らみを見つけた。
衣服に包まれているので定かではないが、おそらく銃だろう。

何のために身に着けているのだろうか。襲い掛かってくるかもしれない獣から身を守るため?
しかし彼女は、先ほどこの近辺に人はおろか獣の姿さえ見えないと言っていた。それなのになぜ?

そして彼女は僕を見る。

一見すると世捨て人の表情にも感じられる彼女の顔は、けれども。





川 ゚ー゚)「内藤。たとえ天才だとしても、私たちに出来ることなんてほとんど無いんだよ。
     出来ることといえば、原始的に作物や子を育て、人類を一から繁栄させること。
     もしくは、あるかもしれない文明が一歩一歩順を追って発展していくよう手助けをする。
     それくらいさ」

言葉とは裏腹に、僕の傍らに立ち語り続ける彼女の目は、
「私はこの状況を待ち望んでいた」と、そう語っているように思えてならなかった。





― 2 ―

何をすればいいのかわからなかった。

地下ではなく地上に住居を作る。作物を育てる。
生き残っているかもしれない人々や集落を探す。

するべきことはたくさん挙げられた。けれども、有りすぎるからこそ何も手をつけられなかった。

僕の周りには何も無くて、あるのは現在の世界から浮いたかつての文明の残りカスだけ。
数十基の冷凍カプセルが墓のように陳列する地下の施設で、僕は一週間近くぼんやりとしているだけだった。

川 ゚ -゚)「内藤。こんなところにこもっていても何も始まらんぞ?」

日が沈んだ頃になって
――といっても僕は地下施設から外に出なかったため、あくまでこれはコンピュータの表示する時計からの判断だが
――農作業を終えたらしいクーが地上から降りてきて僕を諭す。

超繊維の布切れをはるか昔のローマ人のように袈裟型に着込んだ彼女は、
すっかりこの世界の生活にも慣れたようで、施設内のシャワーで泥の付いた体を洗い流したあと、僕に語る。





川 ゚ -゚)「確かに、私も独り目覚めたときは似たような状態に陥った。
      しかしな、それじゃ何も始まらんのだよ。どんな地味なことでもいい。小さな一歩で十分だ。
      何か行動せんと、ツンやかつての世界のみなに申し訳がたたんとは思わんか?」

まったくもって正論だ。語るクーの顔が二千年前より老けて見えるほどに。
しかし正論だからこそ、僕は反発して彼女の言葉に耳を貸さなかった。

ぼんやりとしていたこの一週間で唯一考えていたことといえば、ツンのことだけ。
彼女は何をもって僕を二千年後まで生き延びさせたのだろうと、そればかりを僕は考え続けていた。





ツンは言っていた。

僕たちが生き延びれば人類は再興できる。
そして彼女が生きた証が二千年後まで残る気がする、と。

けれど、それに何の意味があるのだろう? 
人間は死んだら忘れ去られる。それだけだ。

史実に名が残る人間はほんの一握りで、そんな彼らの多くは幸せな生を生きておらず、
むしろ死んで評価が上がったり、生前より美化されて語られたりする者たちの方が多い。

結局名も残さずに死んでいった者たちのほうが実は幸せで、
幸せだからこそ名が残らなかったと考えることさえできる。

僕もそうだ。稀代の天才として名を残した僕の生は、密かに思いを寄せていた人を失って二千年後を生きるというもの。
そこにかつての平凡な幸せは無く、予想されるのは文明のかけらもない大地を生きねばならないという困難な人生だけ。

冷凍睡眠から目覚めて現実に直面してみれば、あの時ツンのあとを追って死んでいた方が幸せだと思えた。

「なぜあの時君は、僕も一緒に死んでくれと言ってくれなかったんだい?」

そんな恨み言さえ頭に浮かんでくる。





施設に備え付けられていた倉庫から一丁の拳銃を取り出した。
適当に的を置き、離れたところから照準を合わせて撃ってみる。

パンと差し金が薬きょうを撃つ音がこだまして、的の真ん中に小さな丸い穴が開いた。

(  ω )「ツン。僕の銃の腕はここまで上がったお」

君にこれを見せたかった。
あのときのような屈託のない笑顔で「すごい」と褒めて貰いたかった。
そのためだけに銃の腕を磨いてきたのに、君はもう、ここにはいない。

( ;ω;)「ツン……僕は何をすればいいんだお……」

暗い倉庫の床に膝を付いた。右手に握った銃がとても重くて。
その重みにひきずられるように床へうつぶせに倒れこみ、気が付けば僕は眠ってしまっていた。





翌日、僕は施設を出て地上へと上がった。
理由は特にない。考えることに疲れ果ててなんとなく足が向いた、それだけだ。

重い正方形の扉をこじ開けて外に出れば、
時刻は昼らしく、南中した太陽がさんさんと赤い大地を照らしていた。

ブロッコリーを巨大化させたような丈の低い広葉樹の幹に背を預け、木陰でぼんやりとした。

風の吹く音に混じって鳥のさえずりが小さく耳に響いてきた。
耳を澄ませば虫のものらしき羽音も聞こえてくる。

( ^ω^)「……生き物がいるのかお」

素直に驚いた。
荒れ果てた赤い大地を前に気づかなかったが、しかしよくよく考えてみればあり得ることだった。

少ないながら植物が生育している。クーが農作物を育てている。
それは大地が生きている証拠であり、そこに生き物が生息していてもなんらおかしくはない。

かつて人間が汚した世界は、ゆっくりではあるものの二千年後の今確実に戻りつつあるのだ。





川 ゚ー゚)「ようやく出てきたか」

気が付けば隣にクーがいた。

彼女はいつも、気配を感じさせること無くいつの間にかそばに立っている。
長い黒髪の美しい彼女は、確か東洋の島国の出身だった。
もしかしたらニンジャとかいう一族の末裔なのかもしれない。

僕の冗談を裏付けるように、
超繊維の布をまとって木製の農具を手にした彼女の姿は不思議なまでにさまになっていた。

知らず見惚れていたらしい僕に笑いかけると、彼女は木製の農具を差し出して僕に言う。

川 ゚ー゚)「どうだ、やってみんか? 
     頭脳労働一筋だったお前には抵抗があるかもしれんが、
     やってみるととてもいいものだぞ? 気分も晴れるしな」





川 ゚ー゚)「どうだ? 農作業もなかなか気持ちのいいものだろう?」

( ^ω^)「……お」

手渡された木製の鍬を握り、袖で汗をぬぐう。

外気温は二十度弱といったところだろうか。日差しがあるためさらに熱く感じられる。
しかしまとった超繊維は発汗性にも優れており、ファッション性を除けばとても機能的なものとなっている。

それも手伝ってか、初めての農作業にいそしんでいた僕は、暑さを差し引いてもすこぶる気分が良かった。





川 ゚ー゚)「こうやって体を動かせば土がこなれる。いずれはここに農作物が育つ。
     一つ一つの作業は小さな一歩に過ぎないが、積み重なれば大きな前進となるんだ。
     頭の中でグダグダ考えるより、よほど素晴らしいことだとは思わんか?」

( ^ω^)「お。その通りだお」

川 ゚ー゚)「だろう?」

赤土を頬につけたクーが満足げに笑う。

もともと感情を表に出すことが少なかったクー。
しかし二千年後の今、僕は彼女の笑顔ばかりを見ている気がする。
彼女にはよほどこの生活が水に合っているのだろうか?

辺りを見渡せば、赤い大地には十個近くの農作物の区画が点在している。
それらはすべて彼女が一人で作ったのだろう。僕が手にしている木製の農具も。

いったい彼女は、目覚めてどのくらいになるのだろうか?





川 ゚ー゚)「たいした時間じゃないよ。
     それにこのくらい、他にすることが無いのだから短期間で作れる。
     農業のいろはを記した書物も施設内にいくつか残されていたしな」

( ^ω^)「じゃあ、この水はどこから調達してきたんだお?」

僕は地面に座り込むと、傍らに置かれた木製の桶と、そこに満たされた透明な水を指差して尋ねる。

川 ゚ー゚)「ここからしばらく歩いたところに河が流れていてな。そこから汲んできた」

( ^ω^)「河が流れているのかお?」

川 ゚ー゚)「ああ。あまり大きくは無い。が、深いから向こう岸に渡ったことはない。
     赤い大地に流れる河だからレッドリバーなんて呼んだりしている。
     飲んでも大丈夫だぞ。私は一度も腹を下したことが無いからな」

ちょうどのどがカラカラだったので、手ですくって飲んでみた。
水は冷たくて、喉を優しくなでるように通っていく。あまりの美味さに、僕は夢中で口に含んだ。





川 ゚ー゚)「あと、定期的に雨が降る。不純物など何も無い綺麗な雨だ。
     かつての酸性雨など微塵も感じさせない。文明や人が存在しないだけで、
     むしろここは楽園と呼ぶべき住みやすさを私たちに保証してくれている」

またクーは僕に笑いかけた。
それから僕の隣に腰を下ろして、桶の水をそっと手ですくう。

そのまま水の満たされた手を顔へと近づけ、泥の付いた頬を洗う。
無駄のない手馴れた手つき。
それを不審に思うことなく、滑らかな彼女のしぐさを僕は純粋に優雅だとさえ感じてしまった。

顔に水滴を滴らせたまま、クーは僕へと振り向いて笑う。





川 ゚ー゚)「内藤。お願いがあるのだが」

( ^ω^)「お?」

川 ゚ー゚)「家を作らないか? さすがに女手ひとつでは地上に住居は作れなくてな。
     寝るのは毎日地下施設内。正直、毎日地上と地下を往復するのは疲れるんだ」

( ^ω^)「お。そのくらい構わないお。でも、みんなが起きてからのほうがいいんじゃないかお?」

川 ゚ー゚)「どうやら冷凍睡眠から起きる時刻には個人差があるようでな。
     いつ誰が起きるのか予想が付かんのだ。
     それまで待つのはしんどいし、それに善は急げというだろう? 
     住居を作ったところで損になることはあるまい?」

( ^ω^)「……それもそうだお。じゃあ、明日から作ることにするかお」





川 ゚ー゚)「ふふふ。そうだな。
     ああ、とても楽しみだ。何だか童心にかえったような気分だ」

( ^ω^)「……」

不思議だった。

わずか半日体を動かし自然とふれあっただけで、沈んでいた僕の気持ちはここまで浮き上がっていた。
そしてそれ以上に、かつての無愛想さなど微塵も感じさせない笑顔を見せ続けるクーの変化が、僕には不思議だった。

でもそんな不思議さも、彼女の笑顔を見ればすぐに霧散した。
疑問も、あれほど地下施設内で悩んでいたことも、何もかもがどうでもよく思えていた。

とりあえず、今は生活の基盤を確保しよう。考えるのはそれからでいい。

これまでに無いくらいに楽観的で前向きな自分がそこにはいた。
そして隣には笑顔を絶やさない、常に僕の傍らを歩いてきた彼女がいた。



― 3 ―

僕が目覚めてから三ヶ月ほどが経過した。

その間、冷凍睡眠から誰も目覚めなかった。
しかし僕はそれを疑問に思うことなく、充実した日々の生活にただただ流され続けていた。

この三ヶ月で家を作った。それは家と呼ぶにはあまりにも粗末な、
子どもが秘密基地だといって喜ぶ程度の造りだったけど、僕とクーの家に間違いは無かった。

朝日とともに目覚め、河に水を汲みに行き、午前中は農作業にいそしみ、
気温の上がる午後には木陰に腰掛け、超繊維の布のストックを使って服や袋、タオルなどを作る。
日が沈む頃には心地よい疲労感に包まれていて、食事を取ったら間もなく眠りの底に落ちる。

それはかつての生活に比べれば地味以外の何物でもなかったけれど、
かつての生活では決して得ることの出来なかった充足感に満たされていた。

自然と一体化して日々を過ごし、だからこそ生きていることを実感できる、そんな充足感。





( ^ω^)「心地いいお」

川 ゚ー゚)「ああ。そうだな」

南中する太陽を見上げ、手作りの超繊維タオルで汗を拭きながら呟いた言葉に、
嘘偽りはまったくといってなかった。
横に立つクーも同じようで、二千年前の彼女なら考えられないような微笑を終始顔に浮かべている。

白状すると、このときすでに僕はクーに惹かれていた。素敵な女性だと胸の内で想っていた。
それは僕の周りにはクーしかいないからとかそういう理由ではなくて、
これまで出会った女性と比較して純粋に魅力的だと感じていたのだ。

けれど僕の中でそれを口に出すことはどうにもはばかられていた。

例えば夜、二人で地上の住居で眠りに付いたとき、
僕は隣で眠る彼女を思い切り抱きしめたいという衝動に何度も駆られた。

健康な若い男女
――といっても僕たちの肉体年齢はすでに二十代後半だったが
――が一つ屋根の下にいれば当然のことだろう。

しかしいざ抱きしめようとすると、頭の片隅に決まってツンの顔が現れるのだ。
そのたびに僕は思う。





( ^ω^)「……ツンを忘れられないままでクーを抱くわけにはいかないお」

思春期か! そう突っ込まれても反論出来ないほどにウブで幼稚な考え方。

けれども実際の思春期を勉学と研究一筋に過ごしてきた僕にとっては、
二千年後のこのときがまさしく遅まきの思春期だった。

だから僕は自分の考えに何の疑問も抱いていなくて、それを正しいことだと信じきっていた。
そして共に過ごすクーの笑顔の裏には、醜いものなど何も存在しないのだと信じていた。信じていたのだ。

しかし、僕は気づいてしまう。

女の恐ろしさに。

――いや、人間誰しもが持ちうるであろう恐ろしさに。





その日、僕は深夜に目が覚めた。

むくりと寝床から起き上がって、隣にはクーがいて、
僕はいつものように彼女を抱きたい衝動に駆られる。

それをなんとか冷静と情熱の間に押しのけて、彼女を起こさないよう静かに家屋から外へ出た。

赤い大地がほとんどの、植物の姿があまり見えないこの世界では、季節の移ろいを視覚では認識しづらかったが、
肌寒い風の匂いと夜空の隅に浮かぶオリオン座の輝きが、季節が秋から冬に向かっているのだと僕に教えてくれていた。

( ^ω^)「よっこらセックス」

眠れそうに無かったので、大地のど真ん中に寝そべって夜空を眺めることにした。
二千年前とは比較にならないほど無数の星々が輝く夜空は、筆舌しがたいほどに明るく美しい。

( ^ω^)「ツン、この空を君にも見せたかったお」

そう呟ける自分が、少しうれしかった。





「見せたかった」 

こんな風にツンに対して過去形の言葉を紡げるということは、
少なくとも以前よりは彼女の面影を思い出の向こう側へと押しのけることが出来ているのだろうから。

もう少しでクーに想いを伝える資格が得られる。
自己満足に夜空へと微笑んで、なんとなく北極星を探してみた。

北斗七星のひしゃくの先端と先端からふたつ目の位置にあるドゥーベとメラク。
メラクからドゥーベまでの距離を五倍すると、そこが北極星――ポラリスの位置になる。

見つけ出した僕は、それから飽きることなくポラリスを眺め続けた。
ポラリスの位置は何時間経っても変わることなくそこにあった。

――そう。そこにあったのだ。





やがて、うとうとしてきた。
意識がゆるりと緩んでいって、眠りが僕の前に姿を現す。

そのとき、僕の脳の片隅にしまいこまれていた知識のふたが気まぐれに開いた。

思えばこの気まぐれが、僕のこれからを大きく左右することになった。
もちろんこの時の僕はそれに気づくわけがない。

ただバッと飛び起きて、もう一度ポラリスを確認して、驚くことしか出来なかった。





(; ゚ω゚)「おかしいお……そんなのあり得ないお!」

夜空に向かって叫んだ僕は、それからクーの眠っている家屋へと走った。

扉を開ければ彼女はすやすやと眠っていて、
まだそれを疑惑程度にしか認識していなかった僕には、結局彼女を起こすことは出来なかった。

代わり懐中電灯を手に取ると、一目散に地下施設へと走った。

眠気はとうに消えていた。





何度も通った地下への階段を下り、施設のメインルーム、
冷凍睡眠装置の設置室へと飛び込んだ僕はすぐさまコンピュータにかじりついた。

コンピュータが示す「今」は間違いなく「今」のまま。
しかし、理論上それはあり得ないことなのだ。

それから時間を忘れてコンピュータ内部を調べまくった僕。
眠っていた天才の才覚がようやく目覚めだしていた。

頭が冴え、手が自動的に動き始める。
そして完全に時間の感覚を失った頃になってようやく、僕はその痕跡を見つけ出した。





(; ゚ω゚)「ふざけるなお……これはいったいどういうことだお!」


正しい『今』を認識したコンピュータが映し出した数字。


三○四五


倉庫から拳銃を取り出して握り締めると、僕は地上へと駆け出した。





― 4 ―

(  ω )「さて、答えてもらうお」

川  - )「何をかな? とりあえず銃はしまってくれ。物騒なことこの上ない」

地上に上がれば、すでに空は真っ赤に染まっていた。
どうやら僕は半日以上も地下施設にこもっていたらしい。

空も大地も、何もかもが血のように赤い世界。
その上にたたずんでいたクーに銃を突きつけて、僕は言う。

(  ω )「お前にそれを言う資格は無いお。
      知ってるお。お前がいつも服の下に銃を忍ばせていることくらい」

川  - )「……やれやれ。大した観察力だな」

首を左右に振りつつ衣服の下から銃を取り出したクーは、
両手を上にあげて、握っていた銃をぽとりと地面に落とした。

カチャリと、黒鉄が赤土と衝突して音を立てた。
それを確認した僕は親指で差し金を引き、銃口を彼女に向けて尋ねた。





(  ω )「なぜ、僕たちは『今』にいる?」

川  - )「『今』? なんのことかな? 言いたいことがさっぱり見えんが?」

(  ゚ω゚)「とぼけるなお! 二千年後に目覚めるはずだった僕たちが、
     なぜ『今』……三○四五年の世界にいるんだお!!」

知らず震えた僕の怒鳴り声にクーはたじろぎもしなかった。
西日を背にした彼女の顔は、姿は黒に染まっていて、表情をまったく判別できない。

ただ欠片も動揺していないらしいことだけは、彼女の声色から察しがついた。





川  - )「勘違いじゃないか? 『今』は四○四五年。
      紛れも無い二千年後の世界だぞ? 施設内のコンピュータもそう表示していただろう?」

(   ω )「そうだお。おかげでまんまと騙されていたお。
      あまりにも巧妙な手口だったから、改ざんの痕跡を探し出すのに天才の僕でも丸一日かかったお。
      だけどさすがのお前も、『星』を改ざんすることまでは出来なかったみたいだお」

川  - )「……星? 申し訳ないが、星については専門外でね。詳しく聞かせてもらえんか?」

(  ω )「構わんお。尻の穴かっぽじってよーく聞けお」

影のような姿のクーが顔を空に向けた。茜色の空には未だ星はひとつも出ていない。





(  ω )「昨日、北極星を見ていて気づいたんだお。
     この空では、北極星はほとんど動かず北極星たりえていたお」

川  - )「当たり前だろう? 
     地軸の延長線上にあるから北極星は動かず、だからこそ北極星と呼ばれているのだ。
     そのくらい星に造詣の深くない私ですら知っている。常識中の常識だ」

(  ω )「ところがどっこい。違うんだお。
     今が仮に二千年後だとすると、北極星は北極星では無くなっているんだお」

銃の照門と照星を結ぶ直線の延長線上にクーの姿を捉える。
未だ彼女の表情は影となって判別がつかない。僕は続ける。

(  ω )「僕たちが冷凍睡眠に入る前の世界では、ポラリスという星が北極星の役割を担っていたお。
     でも、地球の自転には僅かな揺れがあるお。この影響から北極星は周期的に代わっていくんだお。
     今を二千年後と仮定した場合、北極星はケフィス座のエライになっているはずなんだお。
     だけど昨日見た空ではエライはまだ天球を回っていて、ポラリスは同じ位置にずっとたたずんでいたお」

ジッと見つめて、照準の先にクーを見る。
西日を背負って影絵となっていた彼女は、依然として動かないまま。





(  ω )「僕も星が専門だったわけじゃないお。かじった程度の知識しかなかったお。
     だけど、『今』を疑うにはそれくらいの根拠で十分だったお。
     一日をかけてコンピュータを調べたお。
     生半可な調査では一切痕跡が見つけられないほど巧妙に改ざんされていて驚いたお。
     星の位置に疑問を持っていなかったら、僕はきっとそこまでしなかった。
     多分僕は、一生騙され続けていただろうお。
     見事だったお。さすがはクーとでも言っておくべきかお?」

川  ー )「……お褒めに預かり光栄だよ。内藤博士」

ようやく動きを見せた影絵は、けれど相変わらず平時の声色で僕に言葉を投げかけるだけ。
僕は引き金を引いた。パンと乾いた音が響いて、弾丸がクーの足元をえぐる。彼女の動きが止まった。

(# ゚ω゚)「ふざけるなお! 今度ふざけたことをぬかしたら脳天に風穴が開くと思えお! 僕は怒っているんだお!」





間違いなく僕は怒っていた。
あと一歩で我を忘れるほど、ギリギリの状態で理性を保っていた。

(# ゚ω゚)「二千年後の世界を復興させる。それがツンやみんなの願いだったんだお。
    それなのになぜ僕は千年後にいる? なぜお前は千年後の『今』に立っている!?
    ……もしやと思ってコンピュータの表示を是正したあと、冷凍睡眠装置のタイマーも調べてみたお。
    案の定、彼らが目覚めるのは『今』から千年後だったお。
    そう仕向けたのもお前なのかお? なあ、クー!?」

言葉を声に出せば出すほど怒りがこみ上げてきた。
握り締めた銃がプルプルと震える。

つい一日前まで好意を寄せていた目の前の影絵。

それが今は、どんなものよりも憎らしくてたまらなかった。





二千年後。

状態がかつての世界まで回復すると見込まれるそのときまで眠り、
託された人類の復興という仕事を他の天才たちと共に遂行する。
それが生き延びる代わりに僕に課せられた使命。

ところが僕は千年後の三〇四五年にいる。
いや、僕たちが眠りについたのは二〇四〇年だから正確には千五年後か。
そんな端数はどうでもいい。

なぜこうなったのか。
なぜ他の天才は眠り続けているのか。
なぜみんなの――ツンの想いとは別の時間に、僕は目覚めているのか。

その答えを知っているのは一人しかいない。
誰よりも先に目覚め、僕が目を覚ましたとき目の前で泣いていた人物。

(  ゚ω゚)「クー。お前しかいないんだお」

引き金をギリギリまで絞った。

――そして、僕は震えた。





なぜ僕の方が震えたのか。答えは簡単だ。

銃口の先のクーが、影絵同然で表情の判別が付かないはずのクーが、
それでも笑っていると確かに感じられたからだ。

銃を向けている僕の方が動揺する。
それほどまでに、彼女の雰囲気の変化はうすら寒いものだった。

クーはすっと右足を前に出して、ゆっくりと僕に近づいてくる。
西日を背負った彼女の表情が、徐々にわかるようになる。

川 ゚ー゚)「ご名答。すべては私がしたことだ。
    千年という数字は、単に縁起を担いで決めただけ。
    ほら、かつて十七世紀にはやった終末論の一派に千年王国論というものがあっただろう?
    あれをモチーフにしただけさ。
    それに千年も経てば、生きるに支障の無い状態に世界が戻っていると思っていた。
    事実、千年後の『今』は生きるになんら支障は無い。むしろ心地よさすら感じる。
    さしずめ今は、千年王国論で言う千年後の神の国といったところかな?」

(; ゚ω゚)「ち、近づくなお! 止まれお!!」

川 ゚ー゚)「どうして私とお前が千年後に目覚めたか。理由は簡単さ。
    私はな、お前と二人っきりになりたかったんだよ。内藤ホライゾン





(; ゚ω゚)「来るな……来るなお!!」

思わず引き金を絞っていた。
再びパンと音が鳴って、表情が見え始めていたクーの頬を銃弾がかすめていく。

それでも彼女はひるむことなく、この世界の大地同じように赤い血を頬から滴らせながら、
妖艶な笑みでこちらへと近づいてくる。

川 ゚ー゚)「内藤。私はお前が好きだった。ずっとずっと、好きだったんだよ」

(; ゚ω゚)「な、何を言ってるんだお! 僕の質問に答えるんだお!」

川 ゚ー゚)「答えているさ。一言一句漏らさず、はっきりとな」

目の前まで歩んできたクーは、動揺する僕の手から銃を奪い取った。
それからもう片方の手で僕の右手をつかむと、それを彼女の左胸へと押しやる。





川 ゚ー゚)「内藤。私は女だ。わかるだろう?」

超繊維の生地の上からもわかるほどに柔らかい乳房の感触。
その下に、わずかな胸の鼓動も感じ取れる。

見たことが無いほど艶かしい笑みを浮かべたクーは、
顔には表さないものの、僕と同じように動揺しているようだ。

川 ゚ー゚)「ずっと好きだった。けれどもお前は私など見向きもしなかった。
     しかし、私はそれで良かった。ずっとお前の傍らにい続け、共に研究していられれば十分だった。
     お前がツンに想いを寄せていても一向に構わなかった。
     だってそうだろう? 私とお前の間には、ツンとの間にはないたくさんの子どもたちがいたのだから」

(; ゚ω゚)「……子ども? な、何を言ってるんだお!?」

川 ゚ー゚)「わからないのか? 今お前が触れているだろう?
     私が手助けし、お前が作りだしたこの超繊維だよ」





その一言で、クーの乳房ではなく超繊維の硬い生地の感触が僕の手のひらを支配する。

僕はあわててクーの乳房から手を引いた。それからバッと飛びのいて彼女との距離を作る。
クーは少し残念そうに僕を見たあと、再び笑みを浮かべて続けた。

川 ゚ー゚)「他にもたくさんある。
     一粒で腹の満たされる食料。冷凍睡眠装置。新エネルギーシステム稼動基地。
     みんなみんな、私が手伝いお前が作り上げたものだ。
     紛れも無い、私と大切なお前の子どもたちだ」

(; ゚ω゚)「ま、まさか……」

彼女の言葉にハッと気づいて、僕は何も持っていない右手を彼女に向けた。
だが銃が彼女に奪われていたことを思い出して舌打ちし、奪い返そうと無我夢中で駆け出した。
しかし足を絡ませたらしく、僕は彼女を押し倒す形で地面へとうつむけに倒れてしまう。

反射的に起き上がろうとした。

けれどそれは適わず、代わりに僕の手を握った、
僕に覆いかぶさられる形で仰向けに倒れたクーの言葉が、至近距離から僕へと迫る。


川 ゚ー゚)「ああ、そのとおりだ。
     新エネルギーシステム理論を某国に流出させたのは他でもない。この私だ」





(# ゚ω゚)「ふざけるなお!!」

無理やり彼女の手を振り払い殴りかかかろうとした僕の右腕。

しかし、それは止まる。
こめかみに押し付けられた銃口の無機質な冷たさに、僕は微動だに出来なくなる。

川 ゚ー゚)「まあ聞け。内藤」

(; ゚ω゚)「……」

冷たい。押し付けられた固い銃口が。
怖い。至近距離から見つめてくるクーの瞳が。

川 ゚ー゚)「お前と私が苦心して構築した新エネルギーシステム理論。
     さながら腹を痛めて生み出した我が子だよ。
     それを現物として見たい願う親心くらい、同じ研究者のお前なら理解できるだろう?
     幸い、研究所の監視システムは凡人どもが作ったものだった。
     その目を盗んで情報を流すことくらい、仮にも天才である私には赤子の手をひねるようなものだったよ」





(  ω )「……出来ないお。
     世界を崩壊させてまで見たいなんて、そんな狂った考えは理解できないお」

川 ゚ー゚)「おいおい。それは誤解だよ。
     さすがの私も世界を崩壊させようなんて微塵も思わなかったさ。
     単なる過失だよ。世界の崩壊はな。
     それにお前は私が狂っているといったが、それはあの世界の方じゃないのか?」

(# ゚ω゚)「……どういうことだお!」

川 ゚ー゚)「だってそうだろう? 新エネルギーシステム理論という素晴らしいものを、
     こともあろうに戦争の引き金にしてしまったんだぞ?
     自らの利権ばかりを重視し、大局に目を向けられない。
     おまけに世界を自分たちの手で崩壊させてしまった。ああ、なんと愚かだろう。なんと狂っているのだろう」

(# ゚ω゚)「……貴様!!」

川 ゚ー゚)「まあ聞けって。短気は損だぞ?」

こめかみに当てられていた銃がカチャリと声を鳴らした。
引き金が僅かに絞られたらしい。

また僕は動けなくなる。
まるで「いい子だ」と言わんばかりに、クーは三日月形に目を細める。





川 ゚ー゚)「そんなときだ。ツンが現れたのは。お前をたらし込んだ憎らしい女。
     しかしあいつは素晴らしい情報を私たちにもたらしてくれた。冷凍睡眠の話だよ」

(; ゚ω゚)「……」

川 ゚ー゚)「あの車の中で、私はすぐに妙案を思いついたよ。
     ずっと手に入れられないと諦めていたお前が、私のものになる素晴らしいアイデアをな。
     それが、『今』だ」

(; ゚ω゚)「……」

川 ゚ー゚)「冷凍睡眠装置に細工をして、お前と私だけを千年後に目覚めさせる。
     天才であり生みの親でもある私には簡単なことさ。実際、その細工はすぐに終わったがな。
     そうすれば嫌がおうにも私とお前は二人っきり。あとはお前と結ばれるだけ。
     私が思いついた生涯最高の理論だ。そう思わないか?」





僕の体に覆いつくされたまま地面を背にして、クーは僕の顔を見上げ、笑う。

見覚えのある笑顔。そう、確かあの時。
理論の流出とその対処のための会議の後に見せた、不覚にも美しいと感じてしまったあの時の笑顔。

そして今も僕は、それを美しいと感じてしまっている。
理性が否定しているのに本能が肯定している。そんな感じだ。
苦し紛れに僕は言う。

(; ゚ω゚)「……くだらない理論だお」

川 ゚ー゚)「くだらない? 何を言ってるんだ? 現にお前は私に惹かれていたではないか。
     知っているぞ? 毎夜、お前が私を抱こうと煩悶していたことをな。
     いったい何を迷っていたんだか。いつでも私はお前に抱かれる準備は出来ていたのに。
     そして……今もな」

こめかみの冷たい感触が消え、代わりに僕の首元に暖かい何かが触れた。
クーが銃を離し、両手を僕の首根っこに回したのだ。

そのまま彼女は僕の顔を引き寄せていく。
なぜか僕は逆らえず、引き寄せられた僕の頬が彼女の頬に強く触れた。

熱い。理性が崩れそうだ。





川 ゚ー゚)「さあ、私を抱け、内藤。
     恥ずかしくなどないさ。ここには私とお前以外にいないのだから。
     どんなことをしてもいい。私はお前のすべてを受け入れる。
     だから情熱の赴くままに私を抱け。内藤」

僕の名を呼ぶ、耳元でささやかれる甘い声。
抱きしめてくる熱く柔らかい体。

体が芯から溶けてしまいそうな錯覚に陥る。
地面についていた両腕が無意識に彼女の体へと動いていく。

彼女の腕が首元から解かれた。
代わりに、その腕が僕の下半身へと向かう。甘美な吐息が耳をかすめる。

川  ー )「……さあ、内藤」

それはこれまで一度も女性経験のなかった僕には、逆らえるはずのない強烈な誘惑だった。

理性が言うことを聞かず、意識が混濁する。
本能が主導権を握り、抱いてしまえと僕にささやく。

もうダメだと、両腕に力を込めてクーを抱こうとした。そのときだった。





ξ゚ー゚)ξ「バイバイ。内藤」

あの時の、今と同じように混濁した意識の中で耳にしたツンの声が頭の中に響いて、
あの時の、去り際のツンの寂しそうな笑顔が僕の目の前を覆い尽くした。

それはきっと、ここでクーを抱いてしまえば一生ツンに顔向けできない、彼女の願いを叶えられない、
千年の眠りの中で脳に本能として焼きついてしまった、そんな想いが生じさせた幻覚に過ぎなかったのだろう。

けれど、目覚めるにはそれで十分だった。

そしてツンの面影は消え、代わりにクーの吐息が僕の耳を撫ぜる。
その吐息がいつかと同じように、僕にこう語っていた。

「私はこの状況を待ち望んでいた」

僕は跳ね起きると、仰向けに横たわるクーと距離を取り、叫んだ。





(# ゚ω゚)「ふざけるなお! 
     ツンの想いを踏みにじったお前の思い通りになってたまるかお!」

気がつけば、真っ赤に染まっていた空はどす黒い色に姿を変えはじめていた。
沈んだ太陽の代わりに昇った月が僕たちを静かに照らしている。

沈黙。

クーは仰向けに寝転がったまま、星の出始めていた夜空をジッと眺めているだけ。
僕も冷静さを取り戻すため、荒れていた息を必死に整えていた。





川  - )「それは、変わることはないのか?」

ようやく息が整ったころになって聞こえてきたクーの声。
それは本当に小さな声だったけれど、気味が悪いくらいにはっきりと聞こえた。

(; ゚ω゚)「……何がだお」

川  - )「お前が私を好きにならないというのは、決して変わることはないのか?」

(# ゚ω゚)「……当たり前だお」

川  - )「それは、あの女に縛られているからなのか? ツンを忘れられないからなのか?」

(; ゚ω゚)「……お前に話す必要はないお」

川  - )「ああ、そうか。千年経っても……私はあいつには勝てなかったのか……」









川 ゚∀゚)「ははは……あははははははははははは! ひひ……ひゃははははははははははは!」









何が起こったのかわからなかった。
すっかり暗くなった世界に、狂ったようなクーの笑い声が響いたからだ。

いや、狂ったようなではない。このときすでに、クーは狂っていた。

彼女はゆらりと起き上がると、地面に転がっていた銃を拾い上げ、
こともあろうにそれを自分のこめかみに押し付けて、叫んだ。

川 ゚∀゚)「五年……お前は五年の孤独を考えたことがあるか!?」

(;゚ω゚)「な、何を……」

川 ゚∀゚)「五年! 実に長かったよ! 孤独にすごした五年間は気が狂いそうなほどに長かった!」

叫ぶ彼女は先ほどまでの笑みとはまったく異なった、まるでピエロのような笑みを浮かべていた。
「私は道化師だ」と、声に出すことはなかったが、彼女の表情は確かにそう言っていた。





川 ゚∀゚)「私は確かに千年後貴様が目覚めるよう細工した!
     それなのになぜか貴様は目覚めず、タイマーを見ればあと五年眠り続けるようになっていた!」

(; ゚ω゚)「……五年!? まさかお前、五年も前に目覚めていたのかお!?」

川 ゚∀゚)「ああ! そうさ!!」

驚いた。そんな表現が陳腐に感じてしまうほどに僕は驚いていた。
そしてその事実を聞いた今となってようやく、彼女の顔がかつてより老いていることに僕は気がついた。

いつだったか、地下にこもり悩んでいた僕。諭してきた彼女の顔を、僕は老けていると感じてしまった。
それは錯覚ではなかったのだ。

川 ゚∀゚)「まさか本当に気づかなかったのか!? 天才の名が聞いてあきれるな!
     何の経験もない私が、一朝一夕でこれほどの作物を育てられるわけがなかろうが!
     私はな、試行錯誤を繰り返して、施設内の味気ない食料で空腹を満たして、
     ようやく今に至るまでになったのだ!」





それからまたクーは大声で笑う。
己のこめかみに当てた彼女の銃がプルプルと震える。

川 ゚∀゚)「五年……寂しかった! ああ寂しかったさ!
     一日は長く、夜の闇は自分が消えていくと錯覚させるほどに恐ろしかった!
     孤独に耐えかねて人の姿を探しにこの地を離れたことも何度もあったさ!
     しかしな、ここには貴様が眠っている! そして五年後に貴様は確実に目覚めるんだ!
     だからこそ私はここに縛られたまま遠くへ行けず、
     誰とも会うことがないままにここへ舞い戻ってきたのさ!」

なるほど。そのときにクーは護身用にと銃を持ち歩いていたのだ。
だからここに定住する今も名残で銃を腰に忍ばせ続けていたのだろう。
どうでもいいことに納得して、僕は彼女に叫ぶ。

(; ゚ω゚)「それなら起こせばよかったんだお! 
     僕でもいい! 誰でもいい! 寂しかったなら起こせば良かっただろうがお!」

川 ゚∀゚)「おいおい、貴様の脳みそはそこまで腐ってしまったのか!?
     起こせるわけなかろうが! 冷凍睡眠装置にそんな機能などはじめから存在しない!
     そのように理論を構築したのはほかならぬ貴様だろうが!」





その言葉にハッと気づく。

そうだった。確実に目的の時間まで眠られるように、
誤作動の要因となる途中解除の要素を僕はあえて理論から排除していたのだ。

はじめから存在しない解除機能など、出口のない迷路みたいなものだ。
どんなに奇知を巡らせようと、あるはずもないゴールを見つけ出すことは限りなく不可能に近い。

それが複雑に複雑を極めた冷凍睡眠装置ならなおのこと。
下手にいじくれば眠る人物を永眠させることにもなりかねない。

つまり、クーには逃げ場がなかった。

たとえそれが彼女自身の招いた結果だとしても、五年間の孤独を想像して僕は同情を感じられずにはいられなかった。
哀れみのまなざしを向ける僕の前でクーは、依然として狂った笑みを浮かべたまま、叫び続ける。





川 ゚∀゚)「あれから五年! 私はひたすらに耐え続けた!
     そして貴様が目覚めたとき、私は涙を流すほど嬉しかったよ!
     これでようやく孤独から開放されると! 貴様と結ばれるときが来たのだと!
     しかしこの様だ! 貴様は私を選ぶことなく、千年も前に死んだ女を思い返すだけ!
     まったくもって傑作だよ! ここまで哀れな人間はどこにもいないだろうな! 
     ひひひ……ひゃはははははははははははははははははははははははは!!」

クーの高笑いが夜に響く。
月明かりに照らされた彼女は存分に狂っていた。

その笑いは僕と彼女、いったいどっちに向けられているのだろうか?

カタカタとゆれる彼女の銃。今の彼女なら撃ちかねないと、近づこうとした僕を彼女が制した。





川 ゚∀゚)「近寄るな! 寄ればすぐにでも死んでやる!」

(; ゚ω゚)「馬鹿な真似はよすんだお! 銃をおろすんだお!!」

川 ゚∀゚)「馬鹿な真似!? ふざけるな! 私は五年の孤独を味わった!
     しかしな、その孤独にも救いはあった! それが貴様だ! 
     貴様が目覚めるという救いがあったからこそ、私は長すぎる孤独にも耐えてこられたのだ!
     そして今、貴様に拒まれた私に救いなど存在しない!
     今私を襲うのはあの時以上の孤独! それに襲われるくらいなら死んだ方がマシだ!」

(; ゚ω゚)「ま、待つんだお!!」

足が踏み出せないまま、手だけをクーに伸ばした。
引き金をギリギリまで縛った彼女は、それを見てニヤリと笑う。

川 ゚∀゚)「……ならば、最後のチャンスをやろう」

(; ゚ω゚)「なんだお!?」

川 ゚∀゚)「簡単なことさ! 私を好きだと言え! 叫べ! 私と子をなすと誓え! そして私を抱け! 
     それが偽りでも構わない! 私は貴様が口にした言葉だけを信じよう! さあ! 内藤ホライゾン!!」





(; ゚ω゚)「!!」

叫んだクーの剣幕に、体がグッと押されるのを感じた。
汗がドッと噴出してくる。差し出した右手を戻し、こぶしをギュッと握り締めて考える。

ここでクーが好きだと言ってしまうことは簡単だ。そうすれば彼女は生きるだろう。

けれどもそれを口にしてしまえば、ツンの面影が取り返しのつかないところに消えてしまうような気がした。
僕が僕で無くなってしまうような気がした。

僕の脳にはすでに、ツンの願いを成し遂げなければならないという想いが本能と呼んで差し支えないほどに刻まれていた。
それを否定することは本能を失うと同じこと。本能を失った時点で生き物は生き物でなくなるし、僕は僕でなくなる。

だから僕は何も言えない。自分を失うのは怖いことだから。
そしてそれは、クーの言葉を否定したのと同じことだ。

無言で立ち尽くすだけの僕から、彼女もそれを察しとったのだろう。諦めたような声でつぶやく。





川 ゚ー゚)「……そうか。もういい」

力なく声を漏らしたクーの顔に、さきほどまでの狂った笑みは存在していなかった。
その代わり、すべてを諦めたような悲しい笑みをこちらに向けている。

ああ、彼女は死ぬつもりなのだ。

確信すると同時に、僕の体が震えた。
得体の知れない恐怖が突然僕を襲ってきて、僕は我知らず叫んでいた。

(; ゚ω゚)「す、好きだお! 僕はお前が好きだお! だから死ぬなお! 頼むから死ぬなお!」





川 ゚ー゚)「もう遅い。遅いんだよ。
     私はもう生きることに疲れた。そしてお前が嫌いになったんだ。内藤」

虚脱した笑み作ったクーの顔は、哀れんだ視線を僕によこした。
そしていつものような静かな調子で、こう遺す。

川 ゚ー゚)「内藤。後悔するがいい。
     私を失ったお前は、私の感じた以上の孤独に襲われて生き続けるのだ」

そう。それだ。
僕の感じた得体の知れない恐怖とはそれだったのだ。

彼女がここで死んでしまえば、この千年後の世界に僕は独り残されることになる。

顔面が蒼白になっていく僕。
それを見たクーは、最期に憎らしいほどの素敵な笑みを作り、涙を流して吐き捨てた。

川 ;ー;) 「お前は死ねない。あの女の怨念がお前の脳に刻み付けられているからだ。
      死ぬことも出来ず、お前はこの世界に永遠に一人ぼっち。
      人のいない、比べるものの存在しない世界では、天才というお前の自我に何の意味もない。
      何もかも失ったお前は後悔するだろう。『あの時素直に私を抱いていればよかった』とな」





(; ゚ω゚)「馬鹿! 止めるんだお!」

クーが引き金をわずかに引いたのがはっきりとわかった。
恐ろしいまでにゆっくりと移ろう世界の中で、僕は腰を下ろし、右足に力を込める。
泣き笑いの表情で自分のこめかみに銃を突きつけているクーを止めるため、駆け出そうとする。

川 ;ー;)「ああ、そうだ。最後に教えてやろう」

でも、その足も止まる。
彼女の終わりの言葉に打ちのめされて、僕は動けなくなる。

川 ;ー;)「お前が最後まで想い続けたツン。あいつには恋人がいた」





(; ゚ω゚)「……う、嘘だお! 絶対に嘘だお!」

川 ;ー;)「嘘じゃないさ。私たちと知り合う前からいたそうだ。
      相手は確か……幼馴染と言っていたな」

(; ゚ω゚)「そんな……そんな……」

踏みしめた右足から力が抜けた。
落とした腰が深く沈み、カクンと膝が折れた。
頭の中が真っ白になる。

あのツンに恋人がいた? 
僕の前で楽しそうに笑っていた彼女に? 
自分の存在の証を僕に刻み付けた彼女に? 
人類の未来を僕に託してくれた彼女に?

川 ;ー;)「それともうひとつ。あの女は世界を救いたいと言っていたが、あれは嘘だったはずさ。
      あの女は凡人ながら、それなりに頭が良かった。
      あの状況が絶望的だったことはとうに知っていたはずさ。
      だからきっと、あいつはあのあと恋人の元に帰り、世界の終わりをそいつの腕の中で迎えたに違いない」

( ;ω;)「ちがうお! ……ツンは……そんなこと……」

川 ;ー;)「哀れだな、内藤ホライゾン。
      お前は現実でも独り。思い出の中でも独り。永遠に……独り」

にじむ視界の中。クーは笑ったまま哀れんだ視線を僕によこし、ゆっくりと引き金を引いた。





乾いた音が夜に響いて。
血と脳しょうが地面に飛び散って。
息絶えた肉塊がガクリとひざを突いて。

月明かりの下、地面に倒れた。

呆然と死体を見下ろしていた僕。
焦点の定まらない視線を夜空に向けて、意味のない言葉をつぶやいた。


(  ω )「ああ、今夜は満月なのかお」





― 5 ―

どのくらいそうしていたのだろう。

いくつかの太陽が昇り、いくつかの月が昇っても僕は、死体の傍らに座り続けていた。

やがて飛び散った脳しょうと鮮血が地面になじみ、死体から腐臭が発せられ、
蛆が湧き出したころになってようやく、僕はフラフラと立ち上がった。

おぼつかない足取りで地下施設へと足を踏み入れ、コンピュータのキーに指を叩きつけた僕。

( ;ω;)「誰か起きてくれお! 一人なんて嫌だお!」

しかし施設内は墓地のように静まり返ったまま。
半狂乱に陥った僕は、最寄りのカプセルにかじりつき拳を打ちつける。





( ;ω;)「起きてくれお! 頼むから起きてくれお!」

けれどカプセルのふたは開かず、
拳からにじんだ僕の血液がその表面に付着するだけ。

今度は倉庫から銃を持ってきて銃身をカプセルに叩きつける。
最後には弾が切れるまで弾丸を撃ち続けた。

すると、カプセルのふたがパカリと開いた。
僕はその中に眠る人物を抱き起こして、叫ぶ。

( ;ω;)「起きてくれお! 僕を助けてくれお! 僕と一緒にいてくれお!」

しかし抱えた体は凍えるほどに冷たいまま、ついに目覚めることはなかった。





ボーっと床にへたり込んでいた。
考えることもやめて、屍のように僕はたたずんでいた。

無意識のうちに手が動いて、銃を握り締めて、こめかみに当てて、
気づけば僕は引き金を引いていた。

けれどカチッと情けない音が響いただけで、僕は死なない。
当たり前だ。撃ちつくしていたその銃には、もう弾は入っていないのだから。

その代わり、僕の中の何かが死んだ。
それは多分、天才という名の僕の一部なのだろう。

世界を終わらせる原因を作り、半ば無理やり千年の冷凍睡眠に入らされ、
一人の女にいいように人生を弄ばれて、孤独に狂い、誰かを起こそうと必死にあがいて、
自分が作り出した理論にそれを阻まれた。

結局誰一人、自分さえも救えなかった天才内藤ホライゾンという理性が、きっと今、ここで死んだのだ。

その証拠に今の僕はなんら絶望を感じていない。
何かが欠落したかのように残された意識は軽く、頭の中をめぐる過去の光景はまるで他人ごとのようにしか感じられない。

僕はもう内藤ホライゾンではないのだ。

では、ここにいる僕は誰なんだろう? 
自分が自分では無くなった今、ここに存在している僕は何者なのだ?

そして、頭の中に浮かんでくる。不思議と消えることのなかったあの本能が。あの言葉が。




「あなたは私たちからの大切な未来への贈り物。どうか無事に届きますように」

そうだ。僕は未来への贈り物。
集配場所は違ったけど、僕は過去の人々の想いを託された大切な贈り物なんだ。

僕にはもう名前なんて無い。けれど、贈り物という存在意義がある。

ならば僕は自分で自分を届けなければならない。
千年後の世界で生きる人々に、僕は僕を届けなければならない。

あの女は言っていた。人に出会わなかったと。
しかし、この世界に人がいないとは限らない。

草木は少なからず茂っており、清らかな河は流れていて、
空は青く澄んでおり、太陽と月は変わらず昇り続けているのだ。

この世界に人がいないはずが無い。
僕が動きさえすれば、いつか必ずどこかで出会える。

突き動かされるようにして立ち上がった。それから倉庫へと向かい、
たくさんの書物やありったけの銃弾、そしてこれからに必要であろうものをかき集める。

それらの荷物を抱え込んで、二度と歩くことの無いだろう地上への階段を、僕はゆっくりとのぼった。





久方ぶりの日の光は実にまぶしかった。目を細め、しばらく空を眺め続けた。
それからかつて内藤ホライゾンとあの女の過ごした家へと足を踏み入れる。

中にあったのは、つかの間の幸せの中で二人が作った、超繊維の大きな袋。

そこに荷物を詰めるだけ詰め込んで、
同じくかつてここで作った超繊維のマントを頭から被り、戻ることのない家を後にした。

外に出れば、赤い大地のあちこちに農作物たちが青々と生い茂っていた。
主がいなくなることなど露知らず、彼らは今日ものん気に葉を風になびかせている。

その中に僕は見つけ出す。

腐り落ちた彼女の死体を。





天才内藤ホライゾンを捨てた僕は、その死体にもう何の想いも抱かなくなっていた。

ただ、生前の美しさなど見る影もないほどに腐りきってしまった彼女を哀れだなと思い、
彼女の作った農具で穴を掘り、そこに遺体を埋葬した。

供え物として生っていた農作物を二つ置き、そっと手を合わせる。
二つ置いたのには理由がある。ここはきっと内藤ホライゾンの墓でもあるのだ。

そんな気が、このときの僕にはした。

( ^ω^)「ここで農作業をしていた君たちが、これまでで一番幸せそうだった気がするお。
     あとのことは僕に任せて、あっちでのんびり農作業にでもいそしむといいお」





ふと視線を動かせば、赤土の上に拳銃が一丁転がっていた。
彼女が自ら命を絶ったときに使った、あの拳銃だ。

( ^ω^)「これは貰っていくお」

これから未開の地を歩くための護身用なのか。
それとも、消えていった内藤ホライゾンの残りカスが未練がましくそうさせたのか。

いや、理由なんてないのだろう。多分、なんとなくだ。

呟いて立ち上がった僕は、二度と後ろを振り返ることなく歩き出した。





( ^ω^)「さて、これからどこに行くかお?」

風の吹くまま、気の向くまま。
風の行方に身を任せ、贈り物である僕は届け先を探す。

サラリと、マントが風に揺らいだ。その裾は西を指している。

( ^ω^)「西……河の上流かお」

ちょうどいい。人が住んでいるとしたら河の近くの方が可能性は高いし、
何より僕が水に困らなくてすむ。

食料も、かつての天才内藤ホライゾンが発明した一粒で空腹の満たされる錠剤をたんまり失敬してきた。
銃弾もたっぷり持ち出してきた。仮に獣に襲われたとしても、しばらくはこれで対抗できる。

当分の間、生きるに困ることは無いだろう。その間に、きっと誰かと出会えるさ。





空を見上げた。
悠々と流れていく雲が、僕と同じ西のかなたを目指していた。

旅のお供にはちょうど良い。
いつか別れる日が来るとしても、また別の何かが一緒に西を目指してくれるだろう。

赤土の大地を踏みしめた僕は、ゆっくりと千年後の世界を歩き始めた。
















第三部  世界の始まりと、孤独に耐えられなかった男女の話  ― 了 ―




― つづく ―

出典:( ^ω^)ブーンは歩くようです
リンク:http://wwwww.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1195322586/

(・∀・): 135 | (・A・): 106

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