ブーンは歩くようです #2
2009/06/20 20:59 登録: 萌(。・_・。)絵
http://moemoe.mydns.jp/view.php/17130のつづき
第四部 奉られた遺物と、神殺しに挑んだ男の話
― 1 ―
青空の下。流れる雲を見上げながら、僕は河に沿って赤土の平地を歩いていた。
旅に慣れ始めた体。進む足取りは軽く、僕は千年後の世界をのんびり眺めながら西を目指しさすらいを続ける。
今歩いているのはかつての北米大陸の中心部。
グレートプレーンズと呼ばれていた大穀倉地帯は赤土の下に沈み、今は乾いた平原に姿を変えている。
おそらくは、ユーラシアから放たれた核ミサイルがこの近辺で幾度となく迎撃され、
この地方に壊滅的な打撃を与えたのだろう。そして放射能汚染は当面の間続き、今の殺風景な姿を作り上げた。
すでに意識としては消えてしまっていた内藤ホライゾンの記憶を辿りながら、僕はそんなことを考えたりもした。
西へ。
記憶とともに河の流れをさかのぼりながら、水源であろうかつてのロッキー山脈へと僕は進んでいる。
その間に太陽と月は何度も空を行き交い、旅のお供の雲と別れては出会いを僕は何度も繰り返した。
しかし道中ではわずかな虫と鳥以外、人はおろか、動物とさえも一度も出会うことはなかった。
けれど不思議と孤独は感じなかった。
内藤ホライゾンの意識と道連れにそういった感覚が欠落してしまったのか、
はたまた太陽や月、雲や風を友達と思えるほどに今の僕の意識が達観しているのか。
わかったところで何の得も無い。
考えることをやめた僕は、真っ直ぐに続く赤い地平線を眺めながら、河岸を上流へひたすらに上っていった。
( ^ω^)「おお。これはすごいお」
歩き始めておよそ二ヶ月。
季節は晩秋から初冬へと移ろっていた。歩き続けた僕は、いつしか緑色の草原地帯を前にしていた。
グレートプレーンズのさらに西、
ロッキー山脈の東手前あたりに存在したプレーリーと呼ばれた大草原地帯の近辺だろうか?
いずれにしてもそこには虫や鳥たちが飛び交っており、これまで歩いてきた大地よりはるかに生き生きとしていた。
( ^ω^)「この分だと、人に会えそうだお」
期待を胸にすれば足取りはさらに軽くなり、
揚々と歩き続けた僕の目の前にはいつしか屹立と連なる山脈の岩肌が現れていた。
登り始めた斜面にはまばらながら木々の並びが存在しており、人が住めそうな雰囲気が十分とはいかないまでも漂っていた。
そしていよいよ人と出会えるのかと周囲を見渡したそのとき、僕は遠くの草むらがガサリと音を立てるのを耳にする。
( ^ω^)「……何かお?」
立ち止まり呟いた僕。その声に反応したかのように草陰から三つの影が姿を現す。
草木になじむような茶色い色をした、イヌ科らしき三匹の生き物。
コヨーテに近そうではあるが種別はハッキリとはしない。どちらにしても、この三匹の目的はただひとつだろう。
( ^ω^)「やれやれ。この世界ではじめて会った動物に、僕は食べられちゃうのかお?」
けれどどう猛そうな三匹を前にしても、僕はまったく恐怖を感じない。旅のさなか感じなかった孤独と同じように。
やっぱり今の僕には何かが欠落しているようだ。それで困ったことはないから別に構いはしないけど。
立ち止まった僕に向け、三匹がじりじりと距離を詰めてくる。
僕は懐に手をいれて、潜めていた銃のセーフティーを外す。
グッと、三匹が体を屈めた。彼らの目がギラリと輝いたのが見えた。
「来るか」と銃を彼らに向けようとした直前、僕の背後から人の声が響いた。
「上さ走るっぺ!」
久しぶりに聞いた人語。なまりは強いが英語に間違いはなかった。
僕はその声に従い山の斜面を駆け上り始める。
続けて、低いうなり声を上げて僕へと走り出した三匹。
さすがに速い。すぐに追いつかれるだろう。
後ろを振り返りながら、再び懐に手を入れて銃を取り出そうとした。
こんなところで食べられるわけにはいかない。
そのとき「キャン」と甲高い悲鳴を上げて、三匹が動きを止めた。
六つの瞳は僕から外され、斜面の下の方へと移動している。
( ^ω^)「おお、人だお」
三匹と同じ方へ視線を動かせば、そこには赤黄青と色彩の強い原色の衣服に身を包んだ一人の男が立っていた。
(#'A`)「ふんもっふ!!」
彼はこもった掛け声を上げると、両手に握ったコブシ大の石をヒュっと音が聞こえそうなほどの勢いで三匹へと何度も放る。
三匹は飛びのいて何発かのそれを交わした後、どこかの国の慣用句どおりに尻尾を巻いて、草木の影へと姿を消していった。
('A`)「やんれやれ、危なかったべさぁ。こん時期はコヨテどもが腹をすかせとるからなぁ。
んで、おめさん、こったらところで何しとっただぁ?」
コヨテとはコヨーテのことだろうか? 多分そうなのだろう。
三匹の退散を見届けた後、原色の服に身を包んだ男はひどいなまり声で話しかけてきながら、
僕の方へひょいひょいと駆け上がってくる。
( ^ω^)「お。危ないところを助けてくれてどうもありがとうだお」
('A`;)「おんやまぁ! おめさん変なしゃべりかたすんなー? 服も変なもん着とるし、この辺のもんじゃなかべさな?」
僕の前に立った男は非常に背が高く、縦にひょろ長かった。百九十センチ近くはあるだろうか。
一見すると細身に感じられるが、よくよく見ると筋肉で体が締まっているだけのようだ。
僕にしてみれば彼の衣服や話し方のほうが変だったが、とりあえずここは空気を読んで話を合わせる。
( ^ω^)「そうなんですお。あっちの方から来ましたお」
('A`;)「あっち? あっちっておめさん……『死んだ大地』から歩いて来ただか!? どっひゃ〜!」
僕が東、歩いてきた平原の方を指差すと、男は大げさなアクションを見せて愉快な声を上げた。
どうやら僕が歩いてきた東の大地を、彼の中では『死んだ大地』と呼ぶらしい。
それから少し後ずさりして身構えると、彼は恐る恐る尋ねてくる。
('A`;)「とゆことは何か? おめさんまさか……神さんの使いだかぁ!?」
('A`;)「ふぅ〜むぅ〜? どんれどれ〜?」
神の使いだなんて言われて思わず苦笑した。むしろ僕は神の使いからは程遠い存在だろう。
愉快な声を上げる男はまじまじと僕を見つめると、警戒の構えをとき、一息ついて拍子抜けしたかのように脱力する。
('A`;)「たすかにおめさん、オラと同じ人間みたいだなぁ〜。それになんだか弱そんだし〜」
( ^ω^)「お。そうなんですお」
そりゃあ、あなたからしてみれば誰だって弱そうに感じられるでしょう。
もちろん僕はそんなことなどおくびにも出さない。
ただひたすら友好的にニコニコと笑うだけ。
もともと僕の顔の造りはにやけているし、これなら間違っても悪人には見えまい。
('A`)「なるほどなぁ〜。そんでおめさん、死んだ大地から何しに来ただかぁ?」
( ^ω^)「えーっと……旅ですお。ずっと河沿いに西を目指して、僕は旅をしてきたんですお」
うん。嘘はついてない。
僕は東の大地から西を目指して歩いてきた。それは紛れもない事実だ。
僕が勝手に納得していると、男は垂れた細目を精一杯に見開いて、驚いた表情で僕を見る。
(゚A゚)「そっかぁ! おめさん旅人さんかぁ! 大変だったなぁ! ご苦労なこってなぁ!」
( ^ω^)「お。でも僕には旅しかすることはないし、別に大変だとは思わなかったお」
('A`)「んにゃんにゃ。強がらなくていいだぁ。旅するだなんてぇ、おめさんにも色々あったんだろうなぁ」
今度は彼がなにやら勝手に納得しだした。その目にはある種の親近感にも似た色が宿っている。
それから男は考えるようにあご下を指で支えると、ポンと自分の太ももを一つ叩き、ニカッと素朴な笑みを浮かべて言った。
('∀`)「よっしゃ! どんだ? オラの家さ来ねぇべか? 汚ぇとこだども、外で寝るよりはマシだべさぁ!」
( ^ω^)「お? いいんですかお?」
('∀`)「構わね構わね! 旅人さんは丁重にもてなさねば罰が当たるべさぁ!
そん代わり面白い話、オラに色々聞かせてくれだよ? ほーれ、行くべさ!」
名前も知らない純朴そうな男は、得体の知れない僕の手を引くと、山の斜面を慣れた足取りで登っていった。
― 2 ―
(;^ω^)「あの……いつになったら着くんですかお?」
('∀`)「もうすぐだべさぁ」
道中でこのやり取りを何度繰り返したことか。男の家にはいつまでたっても着かなかった。
けもの道同然の険しい山道をひたすらに登って、それでも一向に家にはたどり着かない。
旅に慣れていた僕の足腰もさすがに悲鳴を上げていた。
少し空気が薄くなったようにも感じられる。
標高はどのくらいだろう。少なくとも五百メートルは超えているはずだ。
この時点で僕は歩くのに精一杯で、涼しげな顔で前を歩く彼との会話はほとんどといってなかった。
斜面を登るうちに、あたりの景色は確実に変わっていった。
それもも良い方向に、だ。
男と出会ったふもとのあたりは、草原と、岩肌の中にまばらに木々がある程度だった。
しかし山道を登れば登るほど、木々の量は目に見えて増えてきていた。
今歩いている僕の周囲は、森と呼んでも差し支えないほどのたくさんの木々に囲まれている。
こんな景色を目にしたのは千年ぶりだ。
いや、その記憶は内藤ホライゾンのものだから、僕自身が見るのははじめてということになる。
それなのに、森と呼ぶべき木々の風景に懐かしさが感じられるのはなぜだろう?
('∀`)「おーし。着いたっぺさぁ」
それからさらに山道を登って汗だくになった頃、ようやく男が立ち止まった。
荒らぐ息を整えながら僕が目にしたのは、森の中にポツリと置かれた石造りの小さな家屋。
その周りにはヤギらしき生き物のいる家畜小屋と、薪の置かれた屋根だけの小屋がある程度。
周囲に人の気配はない。どうやら男は一人暮らしらしい。
('∀`)「家ん中入っててくれだ。オラ、薪取ってくるからよぉ」
そう言って男は薪小屋のほうに向かっていく。
正直、長い山登りで僕の体は十分に火照っていたので薪なんていらなかった。今は火なんて見たくもない。
けれど、夜になれば冷えるのかもしれない。標高の高い地域は昼夜の寒暖の差が激しいからだ。
男の行動は夜に備えてのものなのだろう。うん。それはわかる。
しかし何よりも先に、僕は水が欲しかった。
('∀`)「いやー、こりゃすまんかったべ! オラのど乾いとらんかったからよぉ! ふひひ!」
数十分後。薪を持って家の中へ入ってきた男に、僕はまっさきに水を所望した。
変な笑い声を上げた男はすぐさま近くにあるらしい池から水を汲んできてくれて、僕はすぐさまそれを飲み干した。
それからしばらく会話に興じる。
久しぶりの人との会話にうまくやれるかと心配だったが、幸いなことに男は終始笑ってくれていた。
やがて夜の帳が下り、あたりは闇に染まる。
世界は静かで、うっそうと茂る周囲の森からは時折獣の鳴き声が響く程度。
何気なく出た外の風は冷たく、すぐに戻った室内に満たさていた焚火のぬくもりが、僕にはとても心地よかった。
('∀`)「ほ〜れ! 今夜はご馳走だべさ! たーんと食え!」
( ^ω^)「いただきますお」
その後、男が夕食を用意してくれた。
床にしかれたワラ作りのじゅうたんの上に並んでいたのは、カボチャを煮たものと炒った豆、そしてヤギの乳。
いずれも、石の真ん中をくりぬいた器によそわれている。
これまで地下施設から失敬してきた錠剤か野草しか口にしていなかった僕にとって、それらは十分にご馳走だった。
夢中で口の中にかきこむ。
('∀`)「うまいのぅwwwwwwwwうまいのぅwwwwwwwww」
( ^ω^)「ホントだお! こりゃうまいお!」
('∀`)「ふひひひひひ! 食え食え! もっと食え!」
嬉しそうに破顔させると、男は炒った豆を空になった僕の器になみなみと注ぐ。どうやらこの近辺では豆が主食らしい。
豆をむさぼるように食い、渇いたのどはヤギの乳で潤す。十数分それを繰り返したあと、ようやく僕の腹は落ち着いた。
('∀`)「おめさんよっぽど腹減ってただなぁ。おかげで冬の蓄えが一気に減っただよwwwww」
( ^ω^)「お、それはすまんかったお」
('∀`)「良かて良かて! 明日にでもコヨテ捕まえて保存食にするからよぉ!
実言うと今日はコヨテども捕まえに行ってただぁ。そったらおめさんが襲われてたからびっくらこいただぁ!」
食事もひと段落して、僕と男は部屋の中心部の暖炉を挟み、
対面する形で石造りの壁に背もたれながら談笑しあっていた。笑っているのはもっぱら男の方だが。
彼は部屋の中心部の暖炉――といっても薪を燃やすスペースだけの、床をくり貫いただけの簡素な造りだが
――の上に石のコップを吊るし、ホットヤギの乳を作ってくれていた。頃合を見計らってそれを僕に手渡す。
('∀`)「熱いから気をつけるだよ」
(;^ω^)「お。……って熱!!」
('∀`)「馬鹿だなぁwwwww 熱いのは取っ手の方だべさwwwwwwwww」
あまりの熱さに慌ててコップを地面に置き、取っ手を布で包んで持ち直した。
男は巨体に似合った豪快な笑い声を上げていた。
いかにも田舎ものといった無骨で不細工な彼の顔だが、崩れた笑顔には妙な愛嬌が感じられる。
女にはモテなさそうだけど。
('A`)「んで、おめさん、なして旅なんかしてるだか?」
( ^ω^)「いや……特に理由は無いんですお」
('A`)「嘘だな。故郷を捨てて旅するなんて、よほどのことがあったからに違いねーだよ」
( ^ω^)「いや、本当に……」
('A`)「いーや。嘘だ。そんなわけねぇだ」
暖炉の炎の向こう側から、低い男の声がする。ジッと、細い目は僕に向けられていた。
僕が旅をするようになったのは、確かに複雑な経緯がある。はるか千年前から遠々と続く事情がある。
しかしそれを話したところで、目の前の男にはとうてい理解できないだろう。
( ^ω^)「実を言うと……僕は退屈だったんですお。
世界はこんなにも広くて、雲はどこにでも行けるのに、どうして僕はここに留まらなければいけないんだろうって。
そう思うといても立ってもいられなくなって……だから僕は村を飛び出して旅に出たんですお」
('A`)「……」
適当に繕って旅の理由を話した。暖炉に赤く照らされた男の瞳は、いぶかしげに僕をねめつけて、言う。
('A`)「わっかんねぇなぁ。おめさん、そんなにおめの村が嫌いだっだんかぁ?」
どうなのだろうか? 内藤ホライゾンは自分の村――千年前の世界が嫌いだったのだろうか?
僕は迷う。迷って答えを探す。彼の記憶を辿ってもハッキリしない。今となってはもうわからない。
ただ内藤ホライゾンは、千年後の『今』に目覚めたこと、それだけにはハッキリと絶望していた。
('A`)「オラはオラの村が好きだぁ。どんなことさあっても嫌いになれね。おめさんはどうなんだ?」
( ^ω^)「……どうなのかおね」
そんなこと、僕にだってわからない。返答は曖昧にぼかしたものではなく、正直な僕の気持ちだ。
('∀`)「……まぁ、話したくねぇならいいけどもさ。人にはいろいろあるだもんなぁ」
少しの沈黙の後、彼は再び笑ってくれた。とりあえず、この件を先延ばしにしてくれるようだ。
また蒸し返されそうではあるが、考えの無い今は助かった。答えはのちのちゆっくり考えよう。
しかし、気になることがある。
( ^ω^)「あの……」
('A`)「なんだべ?」
( ^ω^)「あなたの村はどこにあるんですかお?」
突然の僕の質問に、男はピクリと体を動かした。それから眉間にしわを寄せる。
地雷を踏んだか?
うかつだったと頭を掻く僕に、男は拍子はずれな明るい声を出して答えた。
('∀`)「こっから少し下った先にあるだよ。いい村だべさぁ。
こっから少し登った丘から見えるけぇ、今度見せてやるだぁよ」
( ^ω^)「そうなんですかお」
('A`)「……しかしまあ、村さ行くのは今度にして、しばらくはオラの家に泊まって旅ん疲れ取るといいだ」
( ^ω^)「……わかりましたお」
語りかける声は優しげ。しかし、なぜか目だけは笑っていなかった。
「ここに留まれ」と、無言で強制していた。
なぜなのだろうか? もしかしてこの男、ゲイか?
残念ながら僕にはその気は無いし、ましてや女経験も皆無だ。
女を抱いたことも無いのに――もっとも、これからも抱くことは無いだろうが――男に抱かれるわけにはいかない。
まあ、何かあったら銃で脅して逃げればいいか。楽観的に対応を想定していると、なんだか眠くなってきた。
('A`)「そんじゃ、寝るべか」
( ^ω^)「あ、最後に教えてくださいお」
目をこすった僕を見て、立ち上がって火を消そうとした男。僕は顔を上げて、彼に尋ねた。
( ^ω^)「あなたの名前、なんて言うんですかお?」
('A`;)「ああん!?」
一言発して少しの間を置いた男。明らかに順番のおかしい質問に面食らったのであろう。
そして彼は細い目をいっぱいいっぱい見開いて、今日一番の大声で笑う。
('∀`)「ふひひのひwwwwwwwwこーりゃうっかりしてただぁwwwwwwwww
いんやぁ、名乗るの遅れてすまんこった! オラぁドクオって言うだぁ! おめさんは?」
( ^ω^)「えっと……」
思えば当然の返答。それを前に僕はハッとする。
――僕はいったい、誰なのだろう?
姿かたちは内藤ホライゾンだ。
けれど肉体や記憶を共有しているだけで、今の僕の意識は内藤ホライゾンとは全くの別物。
内藤ホライゾンはもういない。これまで名前を使う必要性がなかったから気がつかなかった。
僕は誰だ? 僕の名前は何だ?
わからない。もとから存在しない答えなど、見つけられるわけがない。
しかし見ず知らずの僕を止めてくれた恩人に対し、さすがに名無しで通すわけにもいかない。
適当に浮かんだ言葉を名前として代用させてもらう。
( ^ω^)「僕は……ブーンですお」
('A`;)「ブ、ブーンか!? ……う、うん! いい名前だなぁ!」
ドクオはなぜか驚いたあと、取り繕ったように笑った。
それから僕に毛布を投げてよこして、すぐに暖炉の火を消す。
薪がパチッと最後の声を上げて、部屋は闇に包まれた。
なぜドクオは驚いたのだろう?
真っ暗な視界の中で考えようとしたけれど、疲れていた僕は知らず、眠りに落ちてしまっていた。
― 3 ―
翌日からしばらく、僕はドクオと行動をともにした。
コヨーテを狩りに行ったり、ヤギの世話をしたり、水を汲んだり、家の裏手に作られた小さな畑を耕したり。
それらは歩くだけだった僕にとっては久しぶりのことであったり、また新鮮なことであったりして楽しかった。
特に、冬に備えた保存食作りは目を見張るものだった。
('∀`)「こうしてコヨテの肉さ煙であぶれば長くもつんだぁ」
いわゆる燻製というやつだ。名前だけ知っていてやり方を知らなかった僕には、それはとても有意義な教えだった。
ほかにも、香辛料による保存食の作り方をドクオは教えてくれた。
もし仮にこれ以降も旅を続けるならば、ドクオの教えてもらった保存食の作り方は僕にとっての生命線になりそうだ。
そう言うと、ドクオは笑って別のことを教えてくれた。
('∀`)「香辛料さ靴ん中入れれば体が暖まるだぁ」
何のおまじないだろうと半信半疑だったが、実際にやってみると本当に足の裏がポカポカしてきた。
心なしか体全体も温まったような気がする。
こうした生活の知恵は、学問ばかりに満たされた内藤ホライゾンの脳を共有する僕にとって
物珍しくもあり、強い興味をそそられるものでもあった。
そんな風に過ごしていたあくる日の目覚め。それは聞き慣れない甲高い声によってもたらされる。
「ドクオー! 遊ぶべゴルァ!」
「ドクオ兄ちゃーん! 遊ぼー!」
寝ぼけ眼をこすり起き上がってみれば、すでに起きていたらしいドクオが満面の笑みで外へ出て行くところだった。
僕も出て行ってよいものかと迷っていると、ドクオの嬉しそうな声とともに子供のものらしき嬌声が聞こえてきた。
('∀`)「こらこらぁ。オラのとこさ来たら、おめぇらまたかーちゃんに怒られちまうべさぁ」
「いいじゃんよー! 村の奴さつまんねぇだゴルァ!」
「ドクオ兄ちゃん、だっこー」
耳に心地よい子供たちの声。内藤ホライゾンの記憶を辿っても、子供の嬌声を耳にしたのははるか昔のこと。
好奇心に負けた僕は、思い切って玄関から顔を出してみる。
( ^ω^)ノ「おいすー。この子たちは村の子かお?」
(;*゚?゚)「わっ!」
(;,,゚Д゚)「ゴ、ゴルァ! 誰だおめぇは!」
僕が姿を現すと、ドクオの体によじ登っていた少年と少女――おそらく五,六歳だろう――は、
一目散にドクオの背中へと隠れた。二人とも、ドクオと同じ強い色彩をした原色の衣服を身にまとっている。
背中に隠れた二人に向けてドクオは目じりを垂れ下がらせ優しげな視線を送って言う。
('∀`)「怖がらなくて大丈夫だぁ。こん人は旅人のブーンさだべ。悪い人じゃねぇから安心するだぁ。なぁ?」
そう言って、ドクオは僕の方を見る。
まいったなぁ。こういうときどう答えればいいのだろう。
ドクオの言葉は確かに嬉しい。しかし「そうだよ。僕はいいおじさんだよ」なんて言ったら逆に怪しさ五割増だ。
この場合のベストな返答は?
――内藤ホライゾンの記憶を探っても、残念ながら答えは出てこない。
何を言うべきか僕が迷っていると、ドクオの陰に隠れた少年が恐る恐る僕に近づいてきた。
(;,,゚Д゚)「……」
( ^ω^)「お? どうした……」
(; ゚ω゚)「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
気が付けば激痛が股間に走り、僕は地面にひざを付いて悶絶していた。
(,,゚Д゚)「よっしゃあああ! オラの勝ちだゴルァ!」
( ;ω;)「こ、このクソガキ……」
なぜ僕が悶絶したかといえば答えは簡単だ。少年に股間を蹴られたから。
まさか初対面で股間を蹴られるなどと思ってもいなかった僕は、それをモロに受けてしまった。
下腹部の奥の奥を鈍痛が襲う。
筆舌しがたい痛みが陰茎を中心に広がり、体中から脂汗が吹き出てくる。
しかしドクオは僕を見て大笑いをすると、こともあろうかこんなことを言い出した。
('∀`)「おんやぁ! こら大変だべぇ! みんな逃げるべさぁ!」
(,,゚Д゚)「ゴルァ! 悔しかったら捕まえてみろだぁ!」
(;*゚?゚)「わーん! 待ってだぁー!」
楽しげに叫んで三人は森の中へと姿を消す。
股間から頭へと血が上っていた僕は、体力の回復を待つと直ちにその後を追った。
(# ゚ω゚)「おらぁ! 待たんかいクソガキども!」
('∀`)「ほーれ! こっちだべさぁ!」
(,,゚Д゚)「ゴルァ! 来いやのろまぁ!」
(;*゚?゚)「ふえーん! 怖えーべぇ!」
うっそうとした森の中。ドクオたちの楽しげな声だけが周囲から響く。
一部、本気で怖がっているようだが。
無我夢中で森を駆け回って、特にゴラゴラうるさいガキ(命名、ゴラ君)をぶちのめそうと周囲に目をやっていると、
予想外の人物を見つけてしまった。
(;*゚?゚)「はわわ……ご、ごめんなさい……」
(; ^ω^)「……」
少女は可愛らしい顔を恐怖にゆがめ、巨木を背にしてガタガタと震えていた。
うーん。まいったな。こりゃどうしたものか。これではまるでロリコンの犯行現場だ。
断っておくが、僕にそんな性癖は一切無い。あってたまるか。
しかし彼女は本気で怖がっている。困ったことになった。
(; ^ω^)「えーっと、お嬢ちゃん? クソガキ……じゃなかった、ゴラ君はどこかな?」
(,,゚Д゚)「ここだゴルァ!」
(; ゚ω゚)「おぅふ!」
また股間に激痛。倒れこんで悶絶。
涙目の世界に映ったのはあのクソガキ。どうやら草陰に隠れていたらしい。
続けて現れたドクオが、笑いながら少女を抱きかかえて言う。
('∀`)「ほーれ、早く捕まえねば夜になっちまうだぁ?」
(,,゚Д゚)「ギコハハハ! 悔しかったら捕まえてみろ! この包茎ヤロー!」
( ;ω;)「このガキ……言うてはならんことを……」
悔しさに立ち上がろうとしたのだが、あまりの股間の痛みに意識が朦朧とする。いかん。玉が潰れたのかもしれん。
それでも何とか立ち上がった先では、すでに彼らの姿は森の中に消えていた。
(*゚ー゚)「ねぇねぇ、ほーけーってなぁに?」
あの女の子の、可愛らしくえげつない質問だけを残して。
('∀`)「いんやー、楽しかったべさぁ!」
(,,゚Д゚)「ゴラァ! オラのキックはどうだったべさ! このフニャチンタロー!」
(;*゚?゚)「そげなこと言っちゃダメだぁ! ギコ君!」
( ^ω^)「……」
太陽が天球の真ん中へ昇りきった頃、ようやく鬼ごっこは終わりを告げた。
結局一人も捕まえられなかった僕は、ドクオの家に戻って黙々と豆料理を食べていた。
ゴラ君の言う「フニャチンタロー」が
「フニャ・チンタロー」なのか、それとも「フニャチン・タロー」なのかと、意味を模索しながら。
無言を貫く僕を見てさすがに申し訳ないと思ったのか、ドクオがようやく弁解を始める。
('∀`)「ブーンさ、そんな怒らねぇでくれよぉ。ちょっとした悪ふざけだったべさぁ。
ほら、おめぇら。ブーンさにごめんなさいして自己紹介するだよ」
(,,゚Д゚)「オラはギコだゴラァ!」
そう叫んで少年は胸を張った。人の股間を蹴り上げておいて謝罪の言葉も無しかい、少年?
しかしギコ君。どんなに自己紹介しようと、君の名前は僕の中ですでにゴラ君に決まってしまっているのだよ。残念でした。
(*゚ー゚)「オラはしぃ! よろすく!」
一方、ドクオのひざの上にちょこんと座っていた女の子は立ち上がると可愛らしくお辞儀をしてくれた。
微妙な言葉のなまりがさらに可愛さを引き立てている。うん。実にいい。
そしてしぃちゃんは僕の前に歩み寄ると、こともあろうかあぐらをかく僕のひざの上にちょこんと座ったではないか。
('∀`)「おんやぁ! 人見知りのしぃが懐くとはぁ、やっぱりブーンさはいい人だぁ!
オラの目に狂いはねぇべさ!」
(*゚ー゚)「ブーン兄ちゃん、だっこー」
(*^ω^)「……お」
ひざの上から上目遣いで抱っこをせがんでくるしぃちゃん。
いかん。可愛い。可愛すぎる。
今ならロリコンの気持ちが理解できる。そっちの方面に目覚めてしまいそうだ。
(,,゚Д゚)「だっこなんて、しぃはガキだなゴルァ」
こいつは可愛くない。ショタコンの気持ちなんて到底理解できない。
それから昼食を平らげた僕たちは、ドクオの案内でとある場所へと赴くことになった。
('∀`)「ほんらぁ! あれがオラたちん村だべさぁ!」
ドクオの家からしばらく登った丘の上。そこからは村の全貌が遠目ながらも一望できた。
屹立する山々とその表面に茂る森林。その中に石造りの道や塀、そして家々が見て取れた。畑もたくさんあるようだ。
マチュピチュの空中都市を髣髴とさせる眺め。しかし遺跡とは違い、そこには確かに人の息吹が感じ取れた。
だが、疑問もいくつかある。ドクオがギコを、僕がしぃちゃんを肩車しながら、大人二人は会話を交わす。
( ^ω^)「どうして木がたくさんあるのに、あの村は石造りの建物ばかりなのかお?」
('A`)「言い伝えがあってぇ、木は無駄に切っちゃダメなんだぁ。
薪とかどんしても必要なもんの他は、木は使っちゃダメなんだべぇ」
なるほど。言い伝えか。多分千年前の戦争により木が不足し、
だからこそ木を大事にしなければならないなどの言い伝えがあの村には流れているのだろう。
過去から学び、後世に活かす。彼らの営みに素直に感心した。
そして、もうひとつの疑問。
( ^ω^)「どうしてドクオの家は村から離れたところにあるんだお?」
実を言うと、これが一番気にかかっていた。それにドクオは今朝言っていた。
「オラのとこさ来たら、おめぇらまたかーちゃんに怒られちまうべさぁ」 これはいったいどうしてなのだろうか?
ギコもしぃちゃんもドクオに懐ききっている。
ドクオの性格にも問題はない、むしろ優しくいい男といえるだろう。顔以外。
さらにドクオは体も大きく、原始的な生活をする彼らにとっては貴重な人材だろう。
彼を村のはずれ、いや、はずれでは表せないほどの遠くに住まわせる理由は無いはずだ。
('A`)「まあ、色々あるんだぁ。おめさんも旅んホントの理由さ話してくれねぇし、ここはおあいこだべさぁ」
( ^ω^)「……」
それきり、僕らは村の景色を無言で眺めるだけ。肩の上のギコとしぃがはしゃぐ声だけが山彦として周囲に響く。
やがて二人の子供たちが景色にあきた頃、ドクオが笑いながら言った。
('∀`)「ま、そん他のことなら村で聞くといいだぁ。村長あたりが話してくれるだーよ」
( ^ω^)「お? 村に入ってもいいのかお?」
('∀`)「構わねーだぁ。何日かおめさんの様子見してもらっただが、おめさんはいい人に違いねぇだ。
村ん入れても大丈夫さぁ。みんな歓迎すてくれる。なあ? ギコ? しぃ?」
(,,゚Д゚)「おう! いざんなったらオラがやっつけたるだゴルァ!」
(*゚ー゚)「ブーン兄ちゃん、オラの家さ一緒住めばいいだぁ!」
頭上から響く可愛らしい二つの嬌声。
それからドクオの家に戻り荷物を手に取ると、僕はギコとしぃの案内で村に足を踏み入れることにした。
― 4 ―
村に足を踏み入れた後、僕は村人に好奇の目を注がれながら、ギコとしぃの案内で村長の家へと連れられていた。
部屋の中に漂っていた匂いに、思わず顔をゆがめる。クレオソート油(正露丸などの主成分)の匂いがした。
こういう類の香りが彼らに好まれているのだろうか?
まあ、匂いの好みは民族でそれぞれだから、ケチはつけられない。
間もなくギコとしぃは退席させられ、その代わりに数人の男衆、
そしてやせ細った老人が、若い男に支えられながら姿を現す。
/ ,' 3「フガフガ。わしが村長の荒巻ですたい。
ギコとしぃに話は聞きましただ。あいつの家さ泊まっとったらしかですな。
して、見慣れん風貌じゃが、あんたはどこから来なすった?」
( ^ω^)「ここから東の平原から来ましたお」
/ ,' 3「なんと! 『死んだ大地』から来なすったのか!!」
僕の一言に、周囲の男たちがざわつく。
いずれも僕よりひ弱そうな、ドクオとは比べ物にならないほどにやせ細った男たちばかり。
一応、懐に手を入れて銃のセーフティをはずしておく。しかし彼らが相手なら、何かあってもすぐに逃げ出せそうだ。
それでも一応の警戒を続けながら、僕は静かに村長と向き合う。
/ ,' 3「……なるほど。『死んだ大地』の先にも人はいなすったか。して、あんたの名は?」
( ^ω^)「ブーン、と言いますお」
/ ,' 3「ブ、ブーン!?」
ドクオに使った偽名をそのまま使った。予想通り、また周囲はざわついた。
村長は目を見開いて驚いているし、周りを囲む男衆の中には「この世の終わりだ」と、声を漏らすものさえいた。
ドクオも、あの時驚いていた。適当に選んだ「ブーン」という名前には、なにか特別な意味が含まれているのかもしれない。
周囲の喧騒を眺めていた僕に向け、村長が場をとりなすようにひとつ咳払いをし、緊張した面持ちで続ける。
/ ,' 3「いやはや、すまんこって。取り乱したことを詫びさせてもらいますですたい」
( ^ω^)「いえいえ、お気になさらずにだお」
/ ,' 3「して、その……ブ、ブーン殿は、なしてこの村さ訪れたのですだ?」
( ^ω^)「……この村に、技術を伝えに」
ドクオの際の失敗をいかし、あらかじめ考えておいた理由を述べた。考えてみればこれは真実なのだ。
僕は、千年前からの技術を『今』に伝える贈り物。村長に向けて発した言葉に、嘘偽りは全く存在しない。
それなのに、なぜドクオとの会話の際、僕はこの理由を真っ先に思い浮かべなかったのだろうか?
無意識中の無意識が発したそのときの言葉の理由を、僕は当分後になってから気づくことになる。
/ ,' 3「なんと! それは素晴らしい!」
一方で村長はというと、僕の言葉を手放しに信じて喜んでいた。
周りの男衆からも安堵のため息が漏れている。
なぜなのだろう? 理由はまだわからない。
/ ,' 3「して、滞在期間はどのくらいですかの?」
( ^ω^)「とりあえず、冬の間はいさせてもらうつもりですお」
/ ,' 3「ではそのように手配させてもらいますだ」
話は予想に反してスムーズに進んだ。まさか、ここまであっさりと滞在が許されるとは思わなかった。
/ ,' 3「宿はしぃかギコの家がよかですかのぅ?」
( ^ω^)「はい。出来ればしぃちゃんの家にしていただけるとありがたいですお」
この言い回しから察するに、どうやらギコとしぃは兄弟ではないらしい。どうでもいいことだが。
僕はまっさきにしぃちゃんの家を所望した。ギコの家を選んだとしたら、あそこがいくつあっても足りはしない。
/ ,' 3「では、そのように手配させてもらうだ。歓迎の宴は明日にでも行わせていただくべ。
お疲れでしょうけぇ、今日のところは別のところでお休みくだせぇだ」
と言って、村長は早々に会合を打ち切ってしまった。
正直、言い伝えや伝承、あるのならば神話の類も聞いておきたかったのだが、いかんせん場がそういう雰囲気ではなかった。
しかし、冬の間はこの村にいれるのだ。いつだって話は聞ける。村人たちも一応は歓迎してくれている。
僕は懐の銃のセーフティを戻すと――もちろん、何かあったときのために銃の携行は怠れないが――
案内の男に従って、村長の家を後にした。
その夜は警戒するあまり、一睡もすることが出来なかった。しかし、それは杞憂に終わる。
村人は僕を襲うことはおろか、近づこうともしなかったからだ。
翌日、村全体で僕の歓迎パーティを行ってくれた。従者に支えられた村長が壇上で声を上げる。
/ ,' 3「ブーン殿の来訪に乾杯だべ!」
しかし、歓待の言葉とは裏腹に、大人たちはみな一様に作ったような笑いを浮かべ、恐る恐る僕に対応していた。
旅人の僕がよほど珍しいのだろうか? それとも、何か含むところがあるのだろうか?
一方で、子供の方はというと、しぃちゃんやギコに触発されたらしく、無警戒に僕にちょっかいを出して遊んでいた。
僕に殴る蹴るなどの暴行を加える子供たち。
しかし大人の方はというと、真っ青になってわが子をとがめにはやってくるのだが、
ギコ以外の攻撃は痛くも痒くもなかったので、「いいんですお」とひと声をかければ、
彼らはうやうやしく礼をしてそそくさと立ち去っていくばかり。
それと宴会の間、ドクオの姿を見ることは一度もなかった。
宴会の翌日から、僕は行動を開始した。
僕は贈り物。ならばそれをちゃんと形に表さねばならない。
荷物の中からひとつの書物を紐解く。農学、建築関連の技術を記した学術書。
ありがたいことにそこには、低度の文明にもすぐにいかせそうな技術が列挙されていた。
/ ,' 3「水がいつでも汲めるとな!? そげな技術があるとですか!?」
( ^ω^)「はいですお。そのために人をお借りしたいんですけど……」
/ ,' 3「お安い御用ですだ。幸い、冬で人ではあまっとるんです。村の若い衆を総動員させるだぁ」
村長に協力を頼んでまず取り組んだのは、井戸を掘ること。
この村に井戸は無く、水はしばらく歩いた小川から調達されていた。
書物の理論をすぐにものにした僕は、大人たちを先導して井戸掘りの準備を始める。
実践することにしたのは、「上総掘り」と呼ばれる東洋の古い技術。
千年前の世界で、途上国など機械の無い地域での井戸掘りに使われていたもの。
木で水車にも似たやぐらを組むだけ。原子的な技術しかないこの村にはうってつけの方法だ。
しかし、問題は早々に起こる。僕の説明を聞くや否や、集められた村人たちが猛反対を始めたのだ。
「木を無駄に使ってはいけない」「貴重な木を使ってまですることなのか?」「本当に水は出てくるのか?」
次々と発せられる反対の意見。論点は主に「木の重要性」と「井戸の価値」であった。
ドクオの言っていたとおり、この村では木は相当に珍重されているらしい。
そんな木を使ってまで見合う有用性がはたして井戸にあるのかどうか、ということが、村人の一番の懸念事項であった。
( ^ω^)(この人たち、ちゃんとご飯食べてるのかお?)
もっとも僕は、それらの意見よりも、集められた村人の異常に細い体つきに興味を寄せていたのだが。
僕がそんなことを考えている間にも、間髪入れず村人たちは反対してくる。
体の細い彼らが何を言おうと、いまいち迫力に欠けているのだが、
さすがに反対意見ばかり出されると、僕も井戸掘りを強行するわけにはいかず、ほとほと困り果てていた。
騒然とする場を一時解散させた僕は、村長のもとを訪ね、井戸の利点について一から説明した。
当然、村長も村人たちと同じ反対意見を僕にぶつけてくる。
( ^ω^)「井戸を掘ればこんなに特典がついてくるんですお。今なら送料も僕が負担しますお」
/ ,' 3「安ーい! 買った!」
上記の会話はもちろんフィクションである。
しかし、反対意見すべてに詳細な説明を述べれば、村長も納得してくれ、必要な分に限り木の伐採を許可してくれた。
こうして冬半ば、ようやく僕は井戸掘りに着手することとなった。
/ ,' 3「さあ、お主たち! ブーン殿の言うことさ聞いてしっかり動くべさ!」
流石は村長も一族のリーダーである。
一度は僕に反対した彼だが、結論を出した以上は全幅の信頼を寄せてくれた。
村人たちも村長に従い僕を信じた。少なくとも、信じようとはしてくれていた。
大切にしている木々を、彼ら自身が伐採した事が、なによりの証明だ。
そのおかげか、作業は思ったより早く進んだ事柄が半分、余計に時間がかかった事柄が半分であり、
総じて見れば、予定通り――とはいかず、結構な遅れをきたした。
たとえば木々の加工。この点に関して、彼らは僕の予想をはるかに上回る技術を持っていた。
木を珍重している彼らに、どうしてそんな技術があったのか?
それは、石の加工技術の転用による賜物だった。
もっとも、木材と石材では性質も加工技術も異なるのであるが、木よりはるかに固い石を切り刻んでしまう彼らにとって、
単純に木を切って加工するくらいのことなら、お茶の子さいさいだったのである。
また、上総式井戸掘りの要となる部分に「ホリテッカン」と呼ばれる採掘部分がある。
この部分は強度の都合上、どうしても鉄で無ければならなかったのだが、あいにくこの村には鉄が無かった。
初歩的であり、なおかつ致命的なミス。僕は大いに悩んだ。
( ^ω^)「どうしたもんかお……」
そんなとき、村の石職人が石を加工し、鉄にも勝るとも劣らない強度の採掘部分を造ってくれた。
元来、この地方では良質な石が採れるらしいこともさることながら、
なおかつ、それほどにこの村の石材加工技術は発達しており、だからこそ作業もはかどるはずだと、僕は思っていた。
しかし、である。細かい手先の作業は大いにはかどったのだが、
いざ、資材運び、やぐら組みといった力仕事になると、工程は大幅な遅れをきたした。
理由はいたって明快、大人達の体が異常に華奢過ぎるのだ。
あばら骨が浮き出た胸。少し力を入れただけでも折れそうな細い足。ドクオはもとより、僕よりも細い彼らの体躯。
か細い腕に力など無く、物一つ運ぶ作業でさえ数人を必要としていれば、当然、工程は遅れていく。
こんな時、最大の戦力と想定していたドクオはというと、作業を手伝うどころか、いっさい僕の前に姿を現さなかった。
僕にとってこれは大きな誤算であり、大きな疑問でもあった。さらに、だ。
( ^ω^)「予定より大幅に工程が遅れているお。今夜はできる限り遅くまで作業をしたいんだけど……」
しかし、村人たちは僕に対して申し訳なさそうに一礼すると、みな井戸掘り現場から離れどこかへ消えてしまう。
それだけじゃない。たとえ作業が休みの日でも、村の大人たちは夕方になると皆、どこかに消えてしまうのだ。
雨の日も風の日も雪の日も、夕闇にけぶる村に子どもたちと僕を残し、大人たちは一時の間、完全に村から姿を消す。
この村独自の風習なのだろうか?
残念ながら内藤ホライゾンの知識に文化人類学の類は豊富でなく、このときの僕には、彼らの行動の意味がよくわからなかった。
実際問題、ことさらこの風習について気にかける必要は、僕には無かった。
井戸の完成などいつでもよく、夕方以降に彼らが作業に参加しなくても、僕になんら困ることは無い。
作業が遅れるだけの話。計画が予定通りに進まないのにはもちろんいい気はしなかったが、結局はその程度のことだ。
それによそ者である僕が、夕方大人たちが村から消えるという彼らの風習に口を出すのは、お門違いも甚だしい。
だが、しかし。
(;*゚?゚)「はぁ……はぁ……」
( ^ω^)「……しぃちゃん、大丈夫かお?」
ある日、同居させてもらっていたしぃちゃんが風邪をひいた。
顔を真っ赤にし、布団の中で苦しそうにうめいていた。
千年前の文明ならば、風邪程度でさして心配などしない。しかし、「今」は一度滅びた、千年後の世界だ。
医療技術は原始的以外の何物でもなく、風邪程度の病気でも、子どもならば死に直結しかねない。
それにもかかわらず、彼女の両親は夕方、村から消えた。風邪に苦しむしぃちゃんを残して。
よそ者として、村人と一定の距離を保ちながら日々を過ごすうちに、冬は過ぎ去り、うららかな春が訪れた。
この頃になってようやく一基の井戸が掘りあがり、その底に艶やかな水が溜まる。
/ ,' 3「これは素晴らしい! みなの衆、ブーン殿に感謝じゃ!」
( ^ω^)「おっおっお。照れるお」
その晩、井戸の水をメインディッシュに、村をあげた盛大な宴が催された。
これまでどこかよそよそしかった村人たちが、まるで別人のような馴れ馴れしさで、次々と僕の杯に井戸水を注いでくる。
(*゚ー゚)「おいしいべぇ! こん水、ブーン兄ちゃんが出してくれたんだべ? すごいべ!」
(,,゚Д゚)「ふん! なかなかやるじゃねぇかゴルァ!」
僕の膝の上で、幸せそうな顔をして水をすするしぃちゃん。
可愛くない言葉とは裏腹に、旨そうに水をがぶ飲みするギコ。
村人たちもみな、喜々とした表情で夜の中を踊っていた。
( ^ω^)「おっおっお。この世界も悪くないお」
眼前に広がる微笑ましい光景。ふと漏れた一言。これでドクオさえいてくれれば完璧だった。
しかし、それを差し引いたとしても、十分に素晴らしい時間。
僕は人生の中で最も幸せなひと時のうちのひとつを、透きとおる井戸水の冷たさとともに飲み干した。
( ^ω^)「さて、と……。荷物になりそうだし、何冊かの本はここに置いていくかお」
宴は終わり、その後少しの日を置いて、僕は荷造りを始めていた。滞在期限である春が訪れていたためだ。
それを聞きつけたらしい村長が、村人たちを引き連れ、神妙な面持ちで僕のもとを訪れて、言ってくれた。
/ ,' 3「ブーン殿さえよろしければ、その……もう少し、この村さとどまってはくださらんじゃろうか?」
( ^ω^)「別にかまわないお。むしろそう言ってもらえてうれしいお」
正直、その一言を僕は期待していた。
苦労して掘った井戸の中の水のように、この村に対する愛着は湧き始めていたし、
(*゚ー゚)「やったべぇ! またブーン兄ちゃんと一緒に遊べるだぁ!」
何より、しぃちゃんのこの笑顔を見られなくなることが、僕にとっては何よりも名残惜しいものだったから。
それから再び村に留まることにした僕は、彼らに石橋の架け方を教えることにした。
木を無駄に伐採してはいけないという伝承のあるこの村には、井戸以上にこれが喜ばれた気がする。
/ ,' 3「木は我らの守人ですじゃ。むやみに傷つけてはならんのですたい」
この村に来て、もはや耳にタコができるほど聞かされた言葉。
井戸の完成や、旅立ちを引き伸ばされて以来、村人との距離が縮まっていた僕は、思い切って村長に尋ねてみた。
( ^ω^)「なるほどですお。ほかにも何か言い伝えや神話などはあるんですかお? あったら聞かせて欲しいお」
/ ,' 3「ほかならんブーン殿の頼みじゃ。よろこんで教えますだ。
そうじゃのぅ……そったら、この村の神様んことをお話ししますだ」
問いかけた村長は、気を悪くするどころかむしろ嬉しそうな素振りを見せ、
相変わらず痩せこけた体を床へ横たわらせ、饒舌に神話や伝承の類を語ってくれた。
/ ,' 3「そん昔、人間は自分を自然の一部だということ忘れ、自然を侵すなど好き勝手やらかしておりましただぁ。
そんせいで、世界は終幕さ追い込まれました。そこで怒ったわしらの神が、空を閉ざしてしまいましただ。
お天道様さ失った人間たちは、次々と死んでいきましたぁ。だども同時に、自然もまた、消えていきましたぁ。
これはいかんと思った神様は、人間だけに裁きの雷を下すことにしましただ」
「神が空を閉ざした」というのは核の冬で、「裁きの雷」とは当時使用されていた兵器の総称だろう。
なるほど。村長から語られる神話は、確かに事実に即している。
一部、「空が閉ざされたあと雷が落ちた」など、事実と異なる点もあるのだが、往々にして神話とはそういうものだろう。
特に疑問には思わなかった。それよりも、どうやって人間が核の冬を生き延びたかが気になる。
/ ,' 3「特にブーン殿がいらした『死んだ大地』方面が、集中的に裁きにあいましただぁ。
結果、『死んだ大地』より西には、今も人はおらんとされとりますだ。
ブーン殿がこられてわしらが驚いたのは、そういうことですじゃ。
そんで、ついにわしらの先祖にも、神の雷は落とされましただ。わしらの先祖はもうダメだと思ったそうじゃ」
( ^ω^)「それで……どうなったんですかお?」
/ ,' 3「うんむ。それがの、落ちた雷は先祖になんら危害をくわえんかったのじゃ。
そん代わり、雷はわしらさ見守る木となって、この近くさ留まってくださいましたぁ。
つまり、わしらの一族は神に許されたのですだ」
/ ,' 3「そん証拠に、こん近くの空だけは開放されてのぅ。お天道様がまた姿さ現してくれたそうなぁ。
それから改心したわしらの先祖は、自然を敬い、裁きの雷を『神の木』として崇め奉り、
神の許しへの感謝を忘れんため、『神の木』の周辺に祠を建てることにしたんですじゃ。
そんで今も、わしらは神の祠に供え物をしたりしとるわけですじゃ。これが神に対するわしらの伝承ですだ」
( ^ω^)「……ふむ」
いくつか腑に落ちない点がある。
たとえば、空が晴れたこと。核の冬がここだけ早く終わったということなのだろうか?
はっきりとはしないが、伝承を聞く限り、おそらくそうなのだろう。
それと、彼の言う神の木と神の祠。
この時点で僕は長いこと村に滞在していたが、そんなもの一度も見たことがないし、話も聞いたことがなかった。
よそ者には見せられないということなのだろうか?
/ ,' 3「さて、日も暮れてきましたじゃ。
わしはちょっと行くところさあるけぇ、ブーン殿はしぃの家さけぇって下せぇじゃ」
( ^ω^)「お。興味深い話をありがとうございましたお」
時刻は夕方。この村の大人たちは相変わらず、この時間に村から姿を消す。
多分、神の祠とやらに出かけているのだろう。村長も例に漏れず、従者に背負われ、僕の前から姿を消した。
結局、その日は疑問の答えを聞くことは出来なかった。
その後、石橋架けなどの作業が佳境を迎えて忙しくなった僕に、続きを聞く機会はついぞ訪れてはくれなかった。
― 5 ―
季節は流れ、気が付けば夏を通り越し、秋もその姿を季節の向こう側に消し始めていた。
この村に留まって、これでちょうど一年近くになる。
はじめは冬の間だけの予定だったのに、村人に請われるがまま旅立ちを延期するまま、いつのまにかこんな季節になっていた。
(*゚ー゚)「ブーン兄ちゃん! これあげる!」
( ^ω^)「……お? おお! これはすごいお!」
(*゚ー゚)「かぶって! かぶって!」
( ^ω^)「おっおっお。どうかお? 似合うかお?」
(*゚ー゚)「う〜ん……あんまし」
(;^ω^)「そ、そうなのかお……」
その日、僕はしぃが作ってくれた花冠を被りながら、村の郊外の草原に寝転び、ボーっと考え事をしていた。
村の生活にもすっかり慣れた。
しぃちゃんやギコ、村人たちとの関係も良好だ。ここでの生活に居心地の良さすら感じる。
しかし、どうしても解決できない疑問がいくつか頭の内にあった。
秋晴れの空を見上げながら、僕はそれについてのんびりと思案をめぐらす。
ひとつ目の疑問は、村人の、特に大人の体が異常に細いこと。それも病的といっていいほどにみなげっそりと、だ。
どんなに思案をめぐらしても、これに対する答えは見つからない。
そういう遺伝子を持った民族なのかとも考えたが、ふたつ、例外があった。
ひとつは、村の子どもたち。
彼らは千年前の、この国の同年齢の子どもたちとさして変わりない、健康的な発育をしている。
そしてもうひとつは、ドクオだ。
彼は長身で、細身ながらも筋肉の均等についた、理想的な体つきをしていた。
だのになぜ、ほかの村の大人たちはみな、痩せこけているのだろうか?
( ^ω^)「どんなものにも例外はあるお。だけど……」
こればかりは例外では済ませられないと、かつての天才、内藤ホライゾンの脳みそが僕に警告していた。
さらに、もうひとつの疑問。
それはそのドクオが、この一年、村にはおろか、僕の前にさえ一度も姿を見せなかったこと。
おまけに僕がドクオのことを話題にあげれば、村長はおろか、村の大人すべてが口を閉ざしてしまうのだ。
まるで「ドクオという人間は存在しない」、と言わんばかりに。
かといって、彼が村に関わっていないわけではなかった。
たとえば、石橋を架ける作業をしていたときのこと。翌朝現場に赴くと、決まって前日の終わりより作業が進んでいるのだ。
同様のことは井戸掘りの際にも起こっていた。
しかし村人は「まーたあいつだっぺか」と口々に呟くだけで、何事も無かったように作業に移る。
「あいつとは誰か」とたずねても、誰も答えてはくれない。
しかし、「あいつ」とは間違いなくドクオのことを指すはずだ。彼以外には考えられない。
けれど、村人たちは当たり前のようにドクオの存在を無視し続ける。
それがあまりにも気になって、ドクオの家を何度か訪ねたりもしたのだが、
僕の来訪を見越していたかのように、毎度、彼の家は留守だった。
(*゚ー゚)「ドクオ兄ちゃん元気だったべさ。ブーンさによろしくだってさぁ」
しかし、ギコやしぃちゃんが遊びに行ったときには家にいるようで、
二人からの伝言だけが、僕とドクオとをつなぐ唯一の接点となっていた。
ほかにも不可解な点はたくさんある。
大人の数に対して子供の数が異様に少ないこと。
夕方のいっとき、決まって大人の姿が村から消えること。等々。
( ^ω^)「……この村は、僕に何かを隠しているお」
それが、この一年で僕の至った結論だった。
しかし、僕はそれらを疑問には思うにしろ、無理やり解決しようというところまでには思い至らなかった。
なによりこの村は居心地が良かったし、かつての内藤ホライゾンならまだしも、
今の僕の意識は、平穏な今の生活を崩してまでそれを知りたいという知的好奇心に満たされてはいなかったから。
(*゚ー゚)「ブーン兄ちゃん、そろそろけぇろ?」
( ^ω^)「お? もうこんな時間かお」
しぃの言葉に考えるのをやめれば、風になびく草原はすでに茜色に染まっていた。
すっかり短くなった日の沈みを眺めながら、僕たちは草原から村へと戻る。
(*゚ー゚)「ブーン兄ちゃん、髪もっさもっさだべ? それじゃ女の子にモテねぇべよ?」
( ^ω^)「お? そうかお?」
(*゚ー゚)「んだぁ! 明日オラが切ってやるだよ! かっこよくしてやるべさぁ!」
( ^ω^)「おっおっお。それは楽しみだお」
伸びきった自分の髪と茂る草木を掻き分けながら、何気ない会話に笑って、村へと歩いた。
そして、道半ば。
夕陽に照らされた村の入り口の前に、彼はいた。
( A )「……ブーンさ、久しぶりだっぺなぁ」
( ^ω^)「……ドクオかお。久しぶりだお」
日が沈み、東の空が藍色に染まり始めた頃。
村の入り口へと続く道の上に、石ヤリを持ったドクオの姿はあった。
僕にとっては、実に一年ぶりの再会。
懐かしの彼を前に、顔が少しほころんだが、しかし、ドクオの雰囲気が以前とは違う。
(*゚ー゚)「ドクオ兄ちゃん! こったらとこでなーにしとるだぁ?」
( ∀ )「しぃかぁ。悪いけんど、ブーンさとちょっち話さあるけぇ、村さけぇってくんねぇか?」
(*゚ー゚)「うん! わかっただ! また遊びにいくべさぁ!」
ドクオは、駆け寄ったしぃちゃんに笑いかけ、村へ帰るよう優しく促す。
愛嬌のある笑顔は、一年前のまま。
素直に言葉に従ったしぃちゃんが村へと姿を消したのを確認したあと、
笑顔を消した彼は、石ヤリを片手に、僕に言った。
( A )「……さて、ブーンさ。あめさんはオラの見込んだとんりの人だったべぇ。
おめは、オラの村にすんばらしい技術さ伝えてくれた。オラァ、おめさんに感謝すてもす足りねぇだぁ」
( ^ω^)「それはお互いさまだお。
僕だって、よそ者の僕を住まわせてくれたこの村には、ものすごく感謝してるお。
だけど、僕には色々と聞きたいこともあるんだお。もし差し支えなければ、答えてはもらえないかお?」
周囲には茂る木々と、上り始めた満月だけ。
降りはじめた夜の帳の中、僕とドクオは静かに対面する。
しばしの沈黙。
薄暗い世界の中に、ドクオの声が再び響く。
( A )「そいはこれから嫌でもわかる。
村さけぇったら、おめさんは多分、すべての疑問の答えさ得るべ。
そんでオラも……おめさんのすべてがわかんべ」
( ^ω^)「……どういうことだお?」
無言のまま、ドクオが僕との距離をわずかに詰めた。今の距離は五メートルほどだろうか。
ドクオの雰囲気は、一年前と明らかに違う。
薄暗い森の中でも、彼の巨体からの迫力がひしひしと身に伝わってくる。
こんなことはしたくなかった。
こんなことは絶対にしたくなかったのだけれど、
僕は懐に手を入れ、常備していた銃のセーフティを、実に一年ぶりにはずした。
( A )「おめさんが幸福さ村に運びに来たか、それとも破滅さ村に運びに来たか、今日ですべてがわかんべさ」
( ^ω^)「……答えになっていないお。いったいどういう意味だお?」
( A )「今はそれすか、オラには言えねぇ。だども、もしおめさんが間違った答えさ選んだら……」
そう言うとドクオは、手にした石ヤリをおもむろにぶんと振りかざした。
緩急のきいた、迫力に満ちた見事な演舞。空気が切れる音が直に耳へと伝わってくる。
その優雅さは銃を向けるのを忘れるほどで、僕ははからずも、ドクオの舞に魅入ってしまっていた。
そして彼は、振りかざしたヤリの切っ先を僕へと向け、静けさの中に確かさを含んだ声で、こう言った。
( A )「……申し訳ねども、オラ、おめさんを……」
――殺さねばならねぇ。
― 6 ―
ドクオと別れ、村に戻った。
時刻は日沈。この時間、大人は決まって村にはいない。
暖炉の火がともされた石造りの家々では、子供たちが用意された食事をおいしくいただいているようだ。
静かな村の中を歩き、あたりに立ち上る夕食の香に鼻腔を震わせながら、
住まわせてもらっていたしぃちゃんの家へ帰りつく。そして、いつものように二人で食事をする
――はずだった。
(*゚ー゚)「お帰り! ブーン兄ちゃん!」
/ ,' 3「ブーン殿。お待ちしておりましただ」
可愛らしいしぃちゃんの出迎えの声。
そのあとに聞こえたのは、村長のしわがれた声。
最近めっきり弱ってきていた彼は、足腰が立たないらしく、従者に背負われながらしぃちゃんの隣にいた。
( ^ω^)「……どうしたんですかお? こんな時間に」
/ ,' 3「いんやぁ。実はの、今日はブーン殿に来てほしかところさありましてな」
( ^ω^)「……」
いつもなら、特に不審には思わなかっただろう。
多分、明日の作業の打ち合わせとか、その程度のことと考えて特に疑問には思わなかったはずだ。
しかし、今日は違う。
真っ先にドクオの言葉が思い出された。
何かある。一年間抱え続けていた疑問を解決に導く何かが、僕の目の前に現れる。
それは予感ではなく、確信だった。
(*゚ー゚)「いいなぁ! オラも行きてぇだぁ!」
/ ,' 3「しぃも大人さなったら連れてってやるだよ。だけん、大人しく待っといてくれだぁ」
(*゚ー゚)「うん! 約束だべ? 嘘ついたらハリセンボンだべさぁ!」
盲目的に村長の言葉に従うしぃちゃん。
その無邪気さが、この日の僕には哀れに感じられてならなかった。
何かを隠されている。しかししぃちゃんはそれに気づかないし、気づくことを許されてはいない。
子供を夕闇の村に残してまで守り通すほどの秘密とは、いったいなんだ?
/ ,' 3「さ、ブーン殿。わしらについてきてくだせぇだ」
( ^ω^)「……わかりましたお」
(*゚ー゚)「いってらっしゃいだぁ!!」
愛くるしいしぃちゃんの声に見送られ、僕は彼女の家をあとにした。
すでに辺りは闇に沈んでいた。
うっそうと茂る森の中では、葉と枝の屋根にさえぎられ、満月の光が届くことはない。
村から連れ出された僕は、もうかれこれ十分近く、道とも言えない山道の上を歩いていた。
/ ,' 3「ブーン殿。わしらはお主に大変感謝しとりますだぁ」
迷ったら二度と出ることの出来なさそうな、真っ暗な森。
従者に背負われた村長の声が、僕に届く。
/ ,' 3「お主はこん村にさまざまな技術さ伝えてくれた。
わしらの伝統も理解し、村に何の混乱ももたらさんかった」
深く続く森の道。
まるで目的地を隠すようにひしめく、彼らの守人である木々。
ざわめくことすらなく、静かにそこにある。
/ ,' 3「子供も大人もみな、お主を慕っとる。お主もこん村さ気に入ってくれたようじゃ。
そいでな、わしらはお主さ、こん村の一員さなってもらうことにしただ。
そういうわけで今、お主を連れ出してきただ」
( ^ω^)「それは……光栄ですお」
その申し出は素直にうれしい。
故郷も帰る場所も千年前に消えた僕にとって、この申し出を断る理由は無い。
しかし、なぜ村から連れ出されなければならないのだろうか?
もう二十分近く歩いている。こんな森の奥に、いったい何があるというのだろう?
尋ねてみた。
/ ,' 3「ブーン殿がそげん思われるのも当然ですじゃ」
僕の問いかけに、村長は気を悪くすること無く答えてくれた。
/ ,' 3「わしらの村の一員さなるには、わしらと同じ神さ崇めてくれねばならね。
今日はそん儀式のため、ブーン殿さ、こげん山奥さ連れてきただぁ」
そう言うと村長を背負った従者は立ち止まり、その背の上で村長は前を指差した。
僕もすぐさま視線を動かす。
森が終わりを告げていた。
その先にあるのは、岩壁の表面に掘られた、明かりのともされた小さな洞窟。
その洞窟の奥に向け、村長を背負った従者が再び歩き出す。僕もそのあとを追う。
/ ,' 3「以前、お主にわしらの神の話さしましただ。じゃが、それには続きがあるとですじゃ」
洞窟は思いのほか奥に深い。どうやら人の手によるものではなく、自然と作られた洞穴のようだ。
窟内には異様な臭気が漂っており、
通路の壁面に置かれたたいまつのゆらめきが、その異様さをことさらに掻き立てていた。
生暖かい通路内に、村長の声がとてもよく響く。
/ ,' 3「裁きの雷は木となっただぁ。
ところがそれさ祭ったとき、わしらの先祖はそん傍に不思議な植物さ見つけましただぁ。
そん植物は不思議なもんでしてなぁ。実を乾かして燃やせば、とても気持ちのよい煙さ出します。
わしらん先祖はそれを『神の実』さ呼んで、ありがたく頂戴しましたぁ」
(;^ω^)「実!? 煙!? ちょっと待つお! それってもしかして……」
/ ,' 3「そんで、わしらはそれを神の許しのしるしとして、そして神の洗礼として、
今もありがたく吸っとります。しかしなぁ、『神の実』は数があまり多くない。
じゃけぇ、これは大人だけしか吸うことを許されとらんのですじゃ」
通路の先に、ことさら強い明かりが見えた。どうやら最深部へと到達したようだ。
いやな予感が全身に走った僕を無視するように、村長は最深部の広場を指差しながら、言った。
/ ,' 3「村の一員さなるには、ブーン殿にも神の洗礼さ受けてもらわねばならね。
じゃから今から、ここでありがたい神の煙さ、ブーン殿に吸ってもらいますだ」
(; ゚ω゚)「……これは……これは何だお!!」
最深部に広がる光景を前に、僕は唖然とした。
満たされていた異常な臭気を吸い込み、めまいを覚える。
村中の大人たちが、そこに集まって煙を吸っていた。
その誰もが地面に敷いたござの上に寝転がり、恍惚とした表情で脱力しながら、うつろな視線を宙に漂わせている。
だらしなく口元を緩め、よだれを垂れ流しているものさえいた。
村長と従者も輪の中に加わり、嬉しそうに煙を吸い始める。
(; ゚ω゚)「ゲホッ! ゴホッ! これはひどい……」
呆然と立ち尽くしたまま、漂う煙にむせかえり、僕は涙目で周囲を見渡した。
やせ細った大人たちがけだるそうに寝転んでいる。
そしてその隅に山積みにされていた、小さな豆粒のような物体。
内藤ホライゾンの知識の片隅にその正体を見つけ、僕は驚愕する。
(; ゚ω゚)「これはケシの実じゃないかお!
これが神の実なのかお!? ということは……」
広場内に満たされていた煙は、はじめて村長の家を訪れたときにも嗅いだクレオソート油の匂い。
およそ一年前に嗅いだその香りの正体が、今になってようやくわかった。
同時に、これまで感じてきた疑問の多くが解決した。
この煙。この匂い。そして「神の実」の正体である「ケシの実」。
そう。彼らはアヘンを吸っていたのだ。
アヘン。
かつては戦争の手段としても用いられ、一国を窮地にまで追いやったこともある存在。
一時は医薬品としても利用されていたが、
二十世紀初頭にはその危険性から世界各国で全面的に禁止された、正真正銘の麻薬。
古くからその存在が確認されていて、世界各地に幅広く分布しており、
人類の歴史にも深く根ざしていることから、
「宗教は民衆のアヘンである」とまで呼称され、引き合いに出されたこともある。
原産は地中海沿岸。最も栄えたのは中東、イスラム圏内。主に低緯度地域の高原で栽培されていた。
(; ゚ω゚)「それがなぜこんなところに……」
いや、そんなことはどうでもいい。ケシの実が
――アヘンが目の前に存在している。その事実だけで今は十分だ。
改めて周囲を見渡す。
やせ細った大人たちがゴザの上にぺたりと寝転がり、全身を弛緩させて、煙をむさぼるように吸っている。
この光景をどこかで見たことがある。もちろん僕ではなく、内藤ホライゾンが、だ。
確か大学時代、教養として東洋の歴史を学んだ際、全く同じ光景を彼は書物で目にしたはずだ。
記憶の引き出しをこじ開ける。思い出せ。今の状況に名前を付けろ。
(; ゚ω゚)「……アヘン……窟」
そうだ。アヘン窟だ。
東洋の大国に存在した、アヘンを吸うためだけに用いられた穴倉。
かつて目にした写真の中のアヘン中毒者は、目の前の村人たち同様にやせ細っていて、ゴロリと地面に寝転がっていた。
なるほど。これが「神の実」、そして「神の洗礼」とやらの正体なのだ。
/ ,' 3「ブーン殿、どうしたとですじゃ?
お主も思う存分吸いなされ。気持ちよくなるべぇ?」
穴倉の光景を前に思案をめぐらし、呆然と立ち尽くしていた僕に向け、
地面に転がった村長が見上げながら語りかけてくる。
その声に反応して、穴倉中の大人たちの視線が一気に僕へと集まる。
こけた頬。浮かんだ頬骨。
窪んだ眼骨の下にある、光の無い、餓鬼にも似た無気力な瞳。
麻薬中毒者特有の表情。
/,' 3「さあ、ブーン殿」
だらしなく寝転がりながら薦めてくる村長の声。
反吐が出た。
彼らがアヘンを吸っていること自体、責めるつもりは毛頭ない。
善悪の判断は時代や文化、人によって様々だからだ。
僕が許せなかったのはそんなことじゃない。
彼らはアヘンが吸いたいがために、夜の村に子供たちを置き去りにしていた。
アヘンが吸いたいがために、風邪で苦しんでいたしぃちゃんを放って、村から消えた。
「神の洗礼」などとかこつけて、大切なものを置き去りにしたこいつらの精神が、僕は何よりも許せなかった。
/,' 3「ブーン殿、いかがなすった?」
この村の大人たちがやせ細っていたわけ。子供が少ないわけ。
すべてに合点がいった。
アヘンに冒された体では、精神では、子作りなどおよそ出来はしまい。
彼らの愚かさに怒りがこみ上げてきた。
同時に、一年も同じ村にいながら気づくことの出来なかった、
そんなバカな自分にも怒りがこみ上げてくる。
( ^ω^)「ふざけるなお」
気づけば口に出してしまっていた。
続けて、僕に注がれていた大人たちの視線が豹変する。
明らかな怒気を含んだ、敵意むき出しの視線。
しかし、やせ細りだらしなく寝転ぶ彼らがどんな目をしようと、僕には恐怖など一切感じられない。
僕は続ける。
( ^ω^)「何が『神の実』だお。それは『悪魔の実』だお。
あんたらは知らないだろうから教えてやるお。
あんたらが吸っているのは『アヘン』という麻薬だお。体も心も腐らせる、最悪の煙だお」
/ ,' 3「……ブーン殿、何を言っとるんじゃ?
いくらお主とて、わしらの神を侮辱することは許しませんぞ?」
( ^ω^)「何が神だお。アヘンをもたらす神なんかいやしないお。
もしそんな神がいるとしたら、崇めることなんかやめたほうがいいお」
その一言に、室内に満たされていた空気が変わった。
殺気の一語で表すに十分な雰囲気。
寝転がっていた大人たちが、ゆらりと立ち上がる。
僕に向け、彼らの憎しみのまなざしが送られてくる。
/ ,' 3「……やんれやれ。おめもドクオと同じことさ言うか」
( ^ω^)「ドクオ? どういうことだお?」
/ ,' 3「簡単じゃ。大人になったあいつを、わしらはここさ連れてきた。
そすて、おめにも話した伝承さ伝えた。
じゃが、あいつもおめと一緒で、神の洗礼を否定しおった。わしらの神を否定しおった」
( ^ω^)「そういうことかお」
だから、村人はドクオを無視し続けた。
だから、ドクオは村から遠く離れたところに一人で住んでいた。
子供たちは何も知らない。
だから、しぃちゃんやギコはドクオをなんら否定しなかった。
ドクオを慕っていた。
( ^ω^)「……全部わかったお。だからあんたらはドクオを……」
/ ,' 3「そうじゃ。あいつを村から追放した。
じゃが、あいつもわしらの村の子じゃ。さすがに命までは取らんかった。
だども、おめは違う。
おめは『死んだ大地』から来た、『ブーン』の名さ持つ男。神の名前さ名乗る男」
( ^ω^)「……神の名前かお」
なるほど。僕が適当に名乗った『ブーン』とは、彼らの神の名前だったのか。
だから、ドクオも村人もはじめは驚いていた。
伝承を知らなかったからこそ、しぃちゃんやギコは驚かなかった。
しきりに納得する僕。そして村長は、この世で最も面白い冗談を放ってくれた。
/ ,' 3「んだ。『ブーン』とは、この世を終わらせた裁きの神の名前だ」
( ^ω^)「お? すまんお。もう一回言ってくれお」
/ ,' 3「……『ブーン』はわしらの神、そんでこの世を終わらせた裁きの神の名前だ」
( ^ω^)「……おっおっお。おっおっおwwwwwwwwwwwwwwwww」
/ ,' 3「……」
おかしかった。ここまで笑ったのははじめてだ。
滑稽だ。あまりにも滑稽すぎる。
( ^ω^)「ブーンがこの世を終わらせた神で、おまけに裁きの神かおwwwww」
確かに、内藤ホライゾンはこの世の終わりに加担した。
世界を終末に導いた根本だと言っても過言ではない。
そして、その体を引き継いだ僕が名乗った名前が、この世を終わらせた神と同一のもの。
おまけに、裁きの神ときたもんだ。
( ^ω^)「何を言っているんだおwwww
裁きを受けるべきなのは内藤ホライゾンじゃないかおwwwww
それともこの体を受け継いだ僕が、内藤を裁く神になれってかお?
冗談にしては面白すぎるおwwwww」
ひとしきり笑い転げたあと、笑い涙をぬぐって周囲を確認した。
村長も周囲の大人たちもみな、そろって殺意に満ちたまなざしで相変わらず僕をにらみつけていた。
/ ,' 3「……ともかく! そげなおめがわしらの神さ否定するってこたぁ、
おめは神なんかじゃね。偽もんの神、悪魔じゃ!
悪魔は災いさ村にもたらす。村さ滅ぼすにちげぇねぇ。その前に、わしらは悪魔を殺さねばならねぇ」
( ^ω^)「……僕を殺すつもりかお?」
/ ,' 3「ああ。死んでもらうだ」
村長の一言を合図に、大人たちが僕を取り囲み始めた。
僕が背にした出口の方からも、人の足音が聞こえてくる。
逃げ場は無い。アヘンを拒むのであれば、戦うほかに道はない。
懐に手を入れ、銃のセーフティをはずす。身構え、いつでも抜けるようにする。
従者に背負われた村長が、ゆっくりと語りかけてくる。
/ ,' 3「おめがしぃとギコに連れられてきたとき、
わしはおめさんを神さんか、もしくは神の使いかと思っただぁ。
おめはわしらの神さ名乗った。おまけに大した技術さ、わしらに教えてくれた。
わしがそう考えるのも当然じゃ。じゃが、違ったようじゃのぅ。
これまでうまく騙してくれたなぁ。もう少しで大変なことさなるところだったぁ」
( ^ω^)「ふざけるなお。今のままの方がもっと大変なことになるお。
有りもしない神と神の実とやらに頼っているうちは、あんたたちに未来は無いお」
/ ,' 3「戯言は結構じゃ。悪魔の言葉なぞ聞く耳持たんわ。
神を侮辱した罪、死んで償ってもらうだぁ!!」
大人たちが腰を落とし、身構えた。
一気に僕へと向かってくるつもりだ。
だけど、残念だが、ここで死ぬわけにはいかない。
こんなくだらない理由で殺されるわけにはいかない。
銃を取り出す。
威嚇として一人、打ち抜かなければなるまい。
初めて本気で人を撃つ。抵抗はあるが仕方がない。
覚悟を決め、引き金を引こうとした。そのときだった。
('A`;)「ブーンさ! こっちだぁ!!」
僕の背後、出口の方から声が聞こえた。
間違いない。ドクオのあの声。
僕は一目散に出口へと駆け出す。
たどり着いた出口には、ドクオに殴り倒されたらしい見張りの村人が転がっていた。
そしてドクオも、そこにいた。
('A`;)「急げ! 早く!」
(;^ω^)「助かったお! でもどうしてここに!?」
('A`;)「わけはあとで話す! 今は逃げることが先決だべぇ!」
(;^ω^)「把握したお!」
ドクオの言葉に従って、僕は森の中へと駆け出していった。
― 7 ―
ドクオに連れられ、森の中をひた走る。
途中追っ手らしきものの声が聞こえ、威嚇のために後方へ発砲した。
「ギャッ!」と短い悲鳴がした。
適当に撃ったのだが、どうやら当たってしまったらしい。
まあ、なるだけ下の方に発砲したから死んではいまい。
多分。
無我夢中で森の中を走った。
先ほど来たときとは方角の異なった道のり。
おそらくドクオだけが知る秘密のルートなのだろう。
追っ手の気配は程なくして無くなった。
たとえ道がばれていたとしても、麻薬中毒者などに追いつかれるわけはなかったが。
その道中で、ドクオがうれしそうに、僕に話しかけてくる。
('∀`)「やっぱりブーンさはオラの見込んだとおりの人だったぁ!」
(;^ω^)「どういうことだお!?」
('∀`)「ブーンさは『神の実』さ否定してくれただぁ!
おめが神さんか神の使いだったら、そんなことしねぇ!
おめはただの人間だぁ! それも、とってもいい人間だぁ!
だからオラは、おめさ殺さなくてすんだ!!」
走る。走る。僕たちは走る。
途中、木の枝にぶつかって気絶しそうになったが、かろうじて持ち直した。
くらくらする頭を抱え、全力で暗い森の中を駆け抜けた。
やがて、道と空が開け、頭上から満月の光が姿を現す。
ヤギの小屋。薪置き場。
ポツリと建てられた石造りの一軒家。はじめに連れられたドクオの家。
家に入るなり、桶に溜められていた水を飲んだ。
室内は一年前となんら変わらず、僕を出迎えてくれた。
そして、暖炉をはさむ形でドクオと対面する。荒れた息を整えてドクオに続きを尋ねる。
( ^ω^)「わからんお。さっぱり意味がわからないお。
僕がアヘン……神の実を否定しなかったら、君は僕を殺すつもりだったのかお?」
('∀`)「ああ、そうだぁ。
正直言うと、オラ、おめを神さんか神の使いかと疑ってただぁ。
神さんと同じ名前だったし、おめはオラたちの知らない技術さ持ってたからなぁ」
(;^ω^)「ちょっと待つお! それはつまり、
ドクオはお前たちの神を殺すつもりだったのかお!?」
('A`)「神を殺すつもり『だった』んじゃね。オラは今から、神さんを殺しにいくんだぁ」
表情から笑い消したドクオ。
同時に発せられた雰囲気には、うすら寒ささえ感じられる。
彼は真剣な声で続けた。
('A`)「……オラ、昔から思ってただ。神さんなんか必要ねぇんじゃねぇかって」
暖炉を挟んであぐらを組み、うつむいてしばし黙したドクオ。
間を置いて彼は続ける。
( A )「昔、子供の頃、オラには大好きな兄ちゃんさいただ。
兄ちゃんは体おっきくて、強くて、とっても優しかっただぁ。
だども、大人になってから変わっちまった。
兄ちゃんの体は細くなって、どんどん元気じゃ無くなっていった。
んで、オラが大人になる前に、死んじまったさ」
ほんのわずかだが、声が震えて聞こえた。
暖炉の火が彼を赤く照らすが、うつむいたままのその表情は、僕にはよくわからない。
パチッと薪が音を立てた。
赤い炎がゆらめいて、石壁に映るドクオの影もまた、同じようにゆらめく。
( A )「そんでオラが大人になって、あの穴倉の正体さ知った。神さんのことも聞いた。
で、オラは疑っただ。兄ちゃんをダメにしたのは神の煙のせいじゃねぇか、神さんのせいじゃねぇかってよぉ。
子供が少ないのもそのせいだと思うべ。
昔はな、大人たちが神の煙さ吸うのは年に何度かだけだったらしいだぁ。
だども、いつん間にかそん回数は多くなって、今じゃ毎日吸っている。
それと同時に生まれる子供の数も減ってったらしいだ……。何もかも、みんな神が悪いんだぁ」
ドクオの言葉から神に対する敬称が消えた。
同時に顔を上げた彼は、真っ直ぐに僕の目を見つめて、言った。
('A`)「そすて、さっきの洞窟でのブーンさの言葉さ聞いて、オラは確信すた。
神は必要ねぇって。
神の煙が大人たちをダメにすた。他ならんおめさんが言ったことだから、間違いねぇだ。
だから、オラはオラたちの神を、オラの手で殺す。
ギコやしぃ……村の子供たちが大人たちんごとならねぇよう、
オラみたいに村を追い出されることがねぇよう、神はオラが殺す。
ブーンさにも、それさ協力して欲しいんだぁ」
( ^ω^)「……」
僕はドクオの言葉にしばらく答えなかった。
いや、答えられなかった。
彼らの崇めている神を殺す。それ自体に協力しない理由は無い。
アヘンをもたらす神など死んだ方がよほど村にとっていいことだろう、とも思う。
ひいてはしぃちゃんやギコを助けることになるし、何より命の恩人たるドクオの頼みだ。
聞かないわけにはいくまい。
だけど――
( ^ω^)「協力するのは構わないお……だけど、多分それは無理だお」
僕は、思ったことを素直に口にした。
('A`;)「な、なしてだぁ!? 神ってのはそげん強かのかえ!?
オラ、村さ追い出されてからずっと体鍛えてきただぁ!
そんでもオラじゃあ倒せんのかぁ!?」
額に汗を浮かべ、暖炉の向こう側でドクオが狼狽する。
その姿を滑稽には思わなかったが、単純に困ったとは感じた。
( ^ω^)「そういうわけじゃないお。だけど……」
――いないのだ。
神なんて、もとから存在しないのだ。
神とは所詮、人が作り出した概念に過ぎない。
存在しないものを殺すことなんて出来ないのだ。
はじめからいないものを消すことは不可能なのだ。
仮にドクオが概念としての神を消すのだと考えているとしても、それもまた不可能に近い。
それを為しえるためには、彼らの神を知っている者、
つまり村の大人すべてを消すしか方法が無いからだ。
仮にも村の出身者たるドクオに、そんな酷なことが出来るだろうか?
それ以前に、彼にこのことを理解できるだろうか?
どちらも無理な気がした。
('A`;)「頼むだブーンさ! おめがそげなこと言わんでくれよぉ!
オラはどうしても神を殺さねばならね!
ギコやしぃ、村の子どもんためにも、オラは神の実を消さんとあかんのだぁ!
何もおめさんに神を殺して欲しいって言ってるだねぇ!
神はオラが殺すだ! おめは助言くれるだけでいいんだぁ!」
ドクオの必死の叫び。そこで僕はハッとした。
ドクオの必死さにではない。ドクオの発した一言に対して、だ。
( ^ω^)「……ふむ。ドクオは神の実を消したいのかお?」
('A`;)「そうだぁ! 当たり前だよぉ!」
うっかりしていた。何も神を殺す必要は無いのだ。
現状を良くしようとするなら、神の実
――ケシの実を消せば、それで事足りる。
凝り固まっていた考えを揉み解すようにして伸びた髪の毛をかきむしり、僕は言った。
( ^ω^)「……なるほど。それなら可能だお」
('∀`)「ほ、本当だかぁ!?」
( ^ω^)「お。だけど多分、神自体を殺すことは出来ないお。僕はその方法を知らないんだお」
('A`;)「……そりゃいかん。神の実は神が守ってるんだぁ。
だから神の実を消すにはまず神から殺さねばならね。……参ったべぇ」
ドクオは何を心配しているのだろう?
ケシの実を消すなら、刈り取るか、火で燃やしてしまえばそれで十分だ。
存在しない神などが守っているはずが無い。
それともまさか、ケシの実の周辺には神か神の防人に近い何か
――例えば、地雷やその類が埋まっているとでもいうのか?
いや、ありえない。
それならば、村人がケシの実を取ることもまた、不可能だからだ。
多分、神が守っているというのは迷信に過ぎないのだろう。
用心するに越したことは無いが、かといってそれ以上に気にする必要も無い。
( ^ω^)「大丈夫だお。なんとかなるお」
('∀`)「そ、そっかぁ!? ブーンさがそう言ってくれるなら安心だべぇ!」
心底うれしそうに笑うと、ドクオは立ち上がり、部屋の隅から何かを取り出した。
巨大な石斧。手にした彼は、得意げにまた笑う。
('∀`)「この石斧さ、今日のために作ったんだぁ!」
( ^ω^)「……おお、それはすごいお」
重そうな、巨体の彼の背丈と同じくらいの長さの石斧を取り出したドクオ。
それを誇らしげに振り回す彼を見て、思わず苦笑した。
仮に神がいたとしても、さすがに石斧では倒せないだろう。
それとドクオさん、室内で石斧を振り回してはいけませんよ。
僕が注意するとドクオははにかんで笑い、
それから見覚えのある袋を取り出して、僕に見せた。
('∀`)「あと、これも持ってきただよぉ」
(;^ω^)「お? それは僕の荷物……」
('∀`)「しぃの家から持ってきただ。
下手すりゃ、村の大人たちに燃やされてたかもしれんからさぁ?
そうなると、あんたも参るべ?」
( ^ω^)「まったくだお! ありがとうだお!」
本当にありがたかった。
村の神を否定した以上、僕があの村に留まることはもう出来ない。
また別の場所を目指して旅に出なければならない僕にとって、旅の荷物は必要不可欠だ。
ドクオ、GJ!
('∀`)「そんじゃ行くべさ! 荷物は持ってけよ? この家さ、間違いなく大人たちは来るからよぉ!」
( ^ω^)「おkだお」
('∀`)「うっしゃあ! そんじゃ、神の祠さ出発だぁ!!」
片手で石斧、もう一方でたいまつを振りかざしたドクオ。
彼から自分の荷物を受け取り、僕は神殺しへと向かった。
― 8 ―
満月が天頂に近づき始めた空の下、
僕とドクオは、かつてしぃちゃんとギコを連れて訪れた丘の上に立っていた。
この場所自体視界が開けている上に、標高が他所より高く、
おまけに満月の光が強くて、周囲の様子がよく見渡せた。
遠く、東のかなたに、僕が辿ってきたあの河がうっすらと見えた。
あの先に、あと千年、眠り続ける天才たちがいる。
村の様子もよく見えた。
この時間、いつもは闇に閉ざされているはずの村には、たいまつらしき明かりがともっていた。
二度と立ち入ること無いであろう場所達の姿を眺めていると、別の方を向いていたドクオが声を発する。
('A`)「あすこあたりが神の祠だべ。
といっても、石塀で囲っとるだけのちんけなもんだけどなぁ」
(;^ω^)(……見えねーお)
ドクオは、村とは遠く離れた山のふもと近くを指差した。僕もそちらに視線を移す。
が、満月とはいえ、月明かり程度の光の下では、遠くのふもとなど闇に沈んでいるようにしか見えない。
かろうじてわかるのは、
ドクオが指し示す場所が、僕とドクオが初めて出会ったあたりから少し離れたところにあるということ。
ここからかなりの距離があるということ。そのくらいだ。
('A`)「んじゃ、行くべさ。転ばんように注意するだよ?」
(;^ω^)「……自信はないお」
視線を下ろせば、目下には深く続く真っ暗な森。永い森。
遠くの風景とは裏腹に、森の中は完璧に近い闇に包まれている。
こんなところを転ばずに進めとは、甚だ無茶な注文だ。
しかしドクオもそれはわかっているようで、いつもの変な笑い声を上げている。
('∀`)「ふひひwwwそりゃそうだべなwwwwwwww
だども、なるだけ急がねばならね。
すぐにってこたぁねぇとは思うが、村の大人たちも祠さ来るだろうからなぁ。
あと、おめさんの荷物はここに置いてこ。走るんに邪魔だしなぁ」
(;^ω^)「お? でも……」
('∀`)「でぇじょうぶだぁ!
ここはオラと、あとはギコかしぃくらいしか知らねぇ秘密の場所だかんなぁ!
大人たちはまず来ねーべ! そんじゃ行くべ! オラを見失わんごとな!」
ドクオの言葉に安心した。
僕は荷物をその場に置くと、彼の勇ましい掛け声を合図に、夜の森へと駆け出した。
一度入れば満月の光など一切届かない、限りなく闇に近い森の中。
そこは普通に走るのも困難。
さらにドクオのスピードにあわせるとなると、無傷で走るなど到底不可能なことだった。
何度も転び、目視できない何かに体を打ち付け、時には木々の枝に皮膚を裂かれる。
けれど僕は、それでも必死に、ドクオの背を追って走り続けた。
一方でドクオは、真っ暗な森の中だというのに、
ぶらさがるなどして木々の枝を上手に利用し、斜面を俊敏に駆け下りていく。
僕はみるみる離されてしまう。
('A`;)「ブーンさ、遅いだよぉ!」
(;^ω^)(うるせーお! このサル!)
闇の先からドクオの声が聞こえた。
しかし僕は、すでに息も絶え絶えで、しゃべることすらままならなくなっていた。
顔も動きもサルそっくりなドクオ。
彼の持つたいまつの火がどんどん小さくなっていく。
遠くなっていく。
それからどれくらい、斜面を駆け下り続けたのだろう?
とっくに時間の感覚は失せていた。
前を走るたいまつの火が、もはや点としか認識できない。
やがてそれも、見えなくなる。
(;^ω^)「まいったお……はぐれたお……」
真っ暗な森の中、走りながら途方にくれた。
けれど、決して立ち止まりはしなかった。
一度ここで立ち止まってしまえば、二度と走れないほどに疲れきっていたから。
コケながら、木の枝に頭をぶつけながら、それでも前を向いて走り続けた。
こんな苦労をさせてまで、今、僕を突き動かしているものは何なのだろうか?
そんなことを考えながら。
そんな努力のおかげか、視界の先、暗闇の向こうに、
再びドクオのたいまつらしき明かりを見つけ出すことが出来た。
自然と顔がほころび、無我夢中でそこまで駆け寄る。
視界が開けた。どうやら永い森を抜けたようだ。
南中から少し傾き始めた満月との再会。
ドクオと出会った場所と同じような、短い雑草と木がまばらにしか生えていない草原。
その中に、石斧とたいまつを持ったドクオがたたずんでいた。
(;^ω^)「ドクオ! 置いていくなんてひどいお!!」
('A`)「あー、すまねぇだ。でも、ちょっち待ってくれ」
(;^ω^)「お? どういうことだお?」
('A`)「あれ、片付けるからよぉ」
(;^ω^)「あれ? あれって何だ……」
(・(エ)・) 「クマー!」
おいおいおい。熊じゃねーかおい。
鋭い爪。縦にも横にも広がった、葦毛色のとてつもなく巨大な体躯。
月明かりに照らされた熊は、
自身が持つ本来の凶悪さをよりいっそう強いものに感じさせていた。
(; ゚ω゚)(……ちっ!!)
洒落にならない事態を前に、僕は慌てて懐に手を入れ、銃を取り出そうとする。
しかしそれよりも早く、ドクオが動いた。
ばねのようなしなやかな体捌きで高く滑らかに中空へと飛び上がり、
手にした石斧を軽々と右から左に一閃させる。
そして鈍い殴打音とともに、いとも簡単に熊の頭を横薙ぎにしてしまった。
月明かりに照らし出された、一瞬の光景。
僕にはそれが、美しいとすら感じられていた。
ドンと、熊の倒れる音がした。同時に衝撃で地面がわずかに揺れる。
銃を構えながら恐る恐る近づくと、熊の頭部は粘土細工のようにひしゃげ、つぶれていた。
ピクピクと痙攣している熊の指先が、その衝撃の強さを物語っていた。
地面には血と脳しょうが飛び散っていた。
あの時の彼女と同じように。
むせかえる血の臭いにより、あまり思い出したくない記憶がよみがえり、
めまいを覚えながら思わず目をそむけた。
しかし、いくらなんでもこれは人間業じゃない。
目の前で起こった出来事を思い返し、驚きを隠せないでいた僕。
一方で、僕の隣で熊の死骸を見下ろしていたドクオはというと、
('A`)「あー、もったいね。こいつの肉はうめぇーんだけどなぁ。
オラにはもう、食う機会さねぇからなぁ」
などとのん気につぶやいて、熊の血で汚れた石斧を片手でひょいひょいと振り回していた。
強い。こいつの強さはのっぴきならない。
鍛えていたというのは伊達じゃないようだ。
もし仮に神が本当にいたとしたら、ドクオなら冗談抜きに殺せてしまいそうだ。
('A`)「さーて、思わぬ邪魔が入ったけんど、そろそろ本題さうつるべ。
ブーンさ、あすこだよ」
(;^ω^)「お?」
まじまじとドクオの動きを見つめていた僕に向け、
彼は平素となんら変わりない声をかけて、ある方向を指差す。
釣られて視線を動かした先には、
まばらな木々と丈の低い雑草の中に作られた人工の産物
――石塀が、忘れられたようにそこにあった。
ドクオの背丈の二倍ほどのそれを、二人でひょいと登った。
不思議なことに、その先には鳥はおろか、虫の気配さえ感じられない。
なぜか、いやな予感がした。
全身に悪寒が走った。
そして目の前に現れた光景に、僕は本日数度目になる驚きの声を上げ、
強烈なめまいとともに目を見開くことになる。
(; ゚ω゚)「ふざけるなお……なんでこんなものがここにあるんだお!!」
目の前に広がっていた光景。広大なケシの畑。
そして、その奥の奥。
満月に向け伸びるように立った、いや、めり込んだ、円柱状の物体。
先ほどの熊など可愛く見えてしまうほどに危険なそれは、頭頂部に四枚の羽を持っていた。
(; ゚ω゚)「嘘だお! こんなこと……絶対にありえないお!!」
しかし、嘘でも夢でもなかった。
見間違えるはずが無いほどに特徴的で、かつての姿をほぼ完璧に保っていたそれは、まさしく
――ミサイル。
('A`;)「いつ来ても、ここはやーな感じしかしねぇべ。
特に神の木はぁ、何度見ても震えがとまんね」
僕の傍ら、石塀の上に立ち、ドクオは言葉どおりに巨体を震わせながら、
広大なケシの畑と、その奥にそびえるミサイルを眺め、つぶやいていた。
しかし、僕は目の前の光景に唖然とするあまり、なんら言葉を返せない。
('A`;)「こんの神の草さ消すには守人の神の木さ倒さねばなんね。
ブーンさ、どうすんべ?」
('A`;)「……ってあんれぇ!? ブーンさ!?」
ドクオの言葉を無視して石塀から飛び降ると、僕は神の木
――ミサイルへと駆け出していた。
ケシの畑なんか眼中に入らない。そんなもの、今はどうでもいい。
それとは比べ物にならないほどおぞましい物体が、その先に存在しているのだ。
なぜだ? なぜこんなところに、こんな時代に、お前がいる?
はるか千年も前の旧世界の遺物たるお前が、どうしてこんなところで奉られている?
(; ゚ω゚)「ふざけるなお! お前は存在しないお!」
思ったよりも遠くにあったミサイル。
ケシの畑を掻き分けながら、ようやくたどり着いた。
ミサイルの高さは、目測でおよそ四メートル。
弾頭から先が土に埋まっているため、全長はその倍以上はあるかもしれない。
円錐状の弾頭を土の中にめり込ませ、
逆立ちしているかのように真っ直ぐと、夜空へ尾部を伸ばしている。
太い芯。高い丈。四枚の尾翼はさしずめ木々になる葉か。
なるほど。何も知らない人間から見れば、ミサイルは木と呼ぶにふさわしいものなのかもしれない。
(; ゚ω゚)「形式は!? まさか核ミサイルかお!?」
表面にまとわりついていた植物のつるを剥ぎ取り、くすんだ白い幹から手がかりを探す。
形式名は刻印されているか?
いや、無くてもいい。種類が特定出来ればそれでいい。
僕は必死にミサイルの表面を調べつくす。その間にも疑問は次々と浮かんでくる。
なぜミサイルは爆発せずにここに立っている?
通常の信管ではこんなことなどありえない。
もしや、地下施設破壊などに用いられる延期信管が内蔵されていたのか?
それなら地面と接触した段階では、まだ爆発は起こらない。
その後、間を置いて爆発が起きる。
延期信管が地面接触後も何らかの誤作動で起動せず、
体を覆っている当時最新鋭の非腐食性素材の恩恵と相まって、
ミサイルが今もこうやって形を保っているとは考えられないだろうか?
いやしかし、ミサイルには補助信管として時限信管が必ず付属されている。
その両方が起動しないなんてまずあり得ない。
いやいや待てよ。当時、核兵器がいたるところで使用されていた。
それにより発した電磁パルスが、時限信管内の回路を無力化したとは考えられないか?
いやいやいや、今となってはそんなことなどどうでもいい。
現にミサイルはここにあるのだ。今はミサイルの形式を調べることが最優先される。
そして、ミサイルが生きているのかどうかを調べなければならない。
それら如何で、これから取るべき行動が全く変わってくる。
('A`;)「ブーンさ! いったいどうしただ!? 驚いた金玉みたいな顔して……」
(; ゚ω゚)「ドクオ! 木のつるを取っ払ってくれお!! 早く!!」
('A`;)「お、おお? わ、わかっただぁ!!」
遅れてきたドクオに支持を出して、表面のつるを排除させる。
そこに、あった。
製造された当初の色をつるの下から月明かりの下へと晒した表面の一部に、文字は確かに刻まれていた。
Папа всех бомб
なぜ、文字が刻印されていたのか。
開発した技術者の戯れか、それとも単に義務づけられていた形式表示か。
理由はわからない。わからないけれど、ありがたい。
(; ゚ω゚)「これは……ロシア語かお」
記憶の奥から、内藤ホライゾンの言語知識を引き出す。
すぐに解読は成功した。
読みはパーパ・フシェフ・ボーンプ。
意味は、すべての爆弾の父。
すべての爆弾の父。
二十一世紀初頭、当時世界一の国土を誇っていたユーラシア北部の大国が作り出した、燃料気化爆弾。
TNT火薬相当で四十四トン。核兵器を除けば、その爆発の威力は世界一だと呼ばれていた兵器。
完全消失面積は半径三百メートル。気化爆弾だけに爆風はすさまじいが、
対装甲貫徹力は低いため、戦車や装甲車などで構成される敵装甲部隊には殆ど効果はない。
使われるとすれば、拠点爆破か、それに類する施設に対してくらいだろう。
(;^ω^)「……ま、まあ、核兵器じゃないだけマシかお」
それでも十分危険だが、最悪の想定だけは外れてくれて安心した。
これが核兵器だったとしたら本当に洒落にならないところだった。
あとは、このミサイルが今も生きているのかを確認するだけ。
一息ついて過去の遺物を見上げた僕に、ドクオが声をかけてくる。
('A`)「ブーンさ、そろそろいいべか?」
(;^ω^)「お? 何がだお?」
(#'A`)「決まってるだ! オラァ、こいつを切り倒すだ!!」
(; ゚ω゚)「ちょwwwwwwまてやお前wwwwwwwwwwww」
石斧を大きく振りかぶったドクオ。
無知とはなんと恐ろしいことか。
僕は慌てて彼に飛び掛り、体全体を使い彼を制した。
二人の体が、ケシの草をなぎ倒しながら地面を転がる。
僕はどうにかマウントを取り、ドクオの体を必死に押さえつける。
(#'A`)「離せブーンさ! 村のためにあいつさ倒さねばならねぇんだぁ!!」
(; ゚ω゚)「待つお! そんなことしたら僕たちも死ぬお!!」
(#'A`)「んなこた百も承知だぁ!
オラァ神殺し決めたときから死ぬ覚悟なんていつでもできとる!!
ブーンさは安全なとこから見守っててくれりゃいいださ!!」
(; ゚ω゚)「それが出来ないから止めているんだお!」
(#'A`)「ああ!? どういうことだぁ!?」
押さえつけたドクオが起き上がろうと必死にあがく。
その力は桁外れに強く、僕ではこれ以上押さえつけられそうにない。
かといって石斧でミサイルに衝撃を与えられたりでもしたら、すべてが終わる可能性もある。
選択の余地はない。僕は仕方なしに、僕の知りうるすべてをドクオにぶつけた。
(;^ω^)「あれは木なんかじゃないんだお!
あれはミサイルっていう、千年前の兵器なんだお!!」
('A`;)「み、みさえる? 平気? 千年前? おめさん……何、言っとるだぁ?」
(;^ω^)「信じてもらえないだろうけど本当なんだお!
しかもあれはまだ生きているかもしれないんだお! 下手に衝撃を加えればケシの畑はもちろん、
僕たちだって一瞬で燃やし尽くされてしまうかもしれないんだお!!」
('A`;)「……」
途端、抗うドクオの体からフッと力が抜けた。
彼の目には怒りではなく、理性の色が戻っている。
とりあえずは大丈夫だろう。彼の素直さに感謝した。
僕はドクオを押さえつける手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
続けてドクオも土を払いながら立ち上がる。
その表情は、困惑しつつも興奮冷めやらないといった、複雑なもの。
('A`;)「ブーンさ……
おめ、やっぱただの旅人さんじゃねぇべな? 本当は何者だ?」
(;^ω^)「そ、それは……」
('A`)「教えてくんろ。オラたちは互いに命を懸けてここさいる。
もう、オラたちに隠し事なんていらねぇっぺ?」
( ^ω^)「……わかったお」
傾き始めた満月の下。ドクオの視線が僕を射抜いた。
嘘偽りは絶対に許さないといわんばかりの、切実な瞳。
これ以上ごまかすことは不可能だ。
僕はこれまでの経緯を、掻い摘んでドクオへと語った。
千年前の世界が滅びたこと。僕が冷凍睡眠に入り、こうして今に生きていること。
僕がここを訪れることになった経緯。村に伝えられていた伝承の僕なりの推測。
そして、神の木の正体。
('A`;)「……オラァ、馬鹿だからよぉ。悪いがさっぱりわかんね」
僕の話を一通り聞いたあと、ドクオは当たり前の反応を示した。
しかし、これが僕の言える世界のすべて。理解してくれとは言わない。
だけど、信じてほしい。
('A`;)「人間が千年も眠れるなんてぇ、
ましてそのあと起きれるなんてぇ、オラにはまったく理解できね」
(;^ω^)「……」
神の木として奉られた遺物の下。ドクオの言葉を受けて、僕はうつむく。
当然だ。僕がドクオの立場だったら、まったく信じられないだろう。信じられるわけがない。
だけど――
('A`)「……だども、神の木が昔の人が作ったみさいるとかいう危ねーもんだってことだけはわかっただ」
(;^ω^)「お?」
僕が願っていた言葉が、僕以外の口から発せられた。
驚いて顔を上げると、ドクオがいつものような愛嬌のある不細工な顔で、ニカッと笑ってくれていた。
('∀`)「正直ほとんどわかんなかったけんど、ブーンさの言うことだ。
全部本当なんだべ? オラァ、信じるだよ」
(;^ω^)「お、おお! ありがとうだお!!」
信じてもらえて嬉しかった。今ならドクオにも抱きつける。
けれどそれ以上に、信じてもらえて助かったという安堵のほうが、僕には強かった。
熊さえ簡単に屠ってしまうドクオを、力ずくで止めることは、僕には出来ない。
持っていたのは、説得という言葉を介する心もとない手段だけ。
それで彼をとめられ、命拾いした。安心しないわけがない。
ホッと一息つく僕。
しかし、それもほんのつかの間のこと。
('A`)「……んで、ブーンさ。
このみさいるとかいうのがばくはつすれば、神の実は消えるんだよな?」
(;^ω^)「お? そうだお。間違いなく燃え尽きるお」
('A`)「そっかぁ。あと、みさいるがばくはつしたら、村には被害さ出るべか?」
(;^ω^)「……いや、大丈夫だと思うお。
気化爆弾は爆風は強いけど、ここから村までだいぶ離れてるし、
山火事以外に直接的な被害は村には出さないはずだお。
でも、どうして……」
――そんなことを聞く?
そう尋ねようとした直後、ドクオは石斧を肩に担ぎ、ミサイルへと歩き出した。
そしてこちらを振り返り、
('∀`)「ありがとだブーンさ! あとはオラに任せて、ブーンさはまた旅に出るといいだ!」
そう、言い遺した。
(; ゚ω゚)「ドクオ……ちょっと待つお! お前……いったい何をするつもりなんだお!」
慌ててドクオの背中へと駆け寄り、彼の腕をつかむ。
一見すると細いが、掴んでみると太くて硬いその腕。
ドクオは立ち止まるが振り返らず、ただミサイルだけを見つめて、言った。
( A )「だからぁ、オラはこいつをばくはつさせるんだぁ」
(; ゚ω゚)「だから! そうすればドクオも死ぬんだお!
それ以前に、このミサイルが生きているとは限らないんだお!
僕の話を聞いていたのかお!?」
( A )「死ぬ覚悟なんてとっくに出来てる。それに、これが生きていないだと?」
僕の手を振り解き、また歩き出したドクオ。
彼はミサイルの傍らに立ち、その表面を撫でながら言った。
( A )「……んなこたねぇべ。こいつは絶対に生きとる」
その声は確信に満ちていた。
そして慌ててドクオに駆け寄った僕もまた、自分の言葉とは裏腹に、彼と同じ意見を持っていた。
目の前のミサイル。
まがまがしいまでの殺気を感じさせるそれが、生きていないわけがない。
それはあくまで感覚による判断に過ぎない。
けれど、その感覚はなぜだか正しいとしか思えなかった。
ついでに言うと、だからこそ、今もこうやってミサイルは奉られているのだとも思えた。
まがまがしさと神々しさは表裏一体の存在。
何も知らない千年後の人々が、これを神として崇めるのになんら不思議はない。
ベクトルは違えど、そこから発生する畏怖には人を引き付ける何かが存在する。
そうでなければ、ミサイルは単なる風変わりな木として珍しがられるか、
もしくは放置される程度にその地位をとどめていたことだろう。
感覚が、というよりも生き物としての本能が、僕にそう告げていた。
そしてまた、目の前のドクオが考えているであろうことも、本能が僕に教えてくれていた。
(; ゚ω゚)「ドクオ……お前、まさか……」
( A )「……ああ」
呟いたドクオは僕へと振り返り、僕の手を振り解いて僕の体をトンと押した。
よろけて僕は、後ろへと後ずさる。
そしてドクオは、鋭角型のアゴ先を石塀の方へ向け、僕に立ち去るよう促しながら、言う。
('∀`)「オラァ、神の実ともこいつとも一緒に死んでやるだよ」
その顔は、笑っていた。
('∀`)「じゃあな、ブーンさ。本当に世話になっただ。今まで色々ありがとな」
その笑顔を、『僕』は見たことがあった。
『僕』? 違う。内藤ホライゾンだ。
最期の最期、正気を取り戻して笑いかけたクー。
そのときの彼女の笑顔は、姿かたちは違えど、雰囲気だけは目の前のそれと瓜二つ。
間違いなく、ドクオは死ぬ気だ。
目の前で人が死ぬ。そんなの、二度と見たくない。
……あれ? 二度と見たくない?
ちょっと待て? 誰がそう思っている?
『僕』がか?
それはおかしい。『僕』はそんなことを考えはしない。
だって『僕』は、クーが目の前で死ぬのを体験していない。
あれは内藤ホライゾンの体験だ。『僕』の中には、彼の体験の記憶があるだけ。
彼の記憶があるだけで、その当時存在していなかった『僕』の感情が、そこに介在するはずはないのだ。
では、そう思っているのは誰だ? 内藤ホライゾンか?
違う。彼の意識は死んだ。
墓地のような冷凍睡眠施設の中で己のこめかみに向けて引き金を引き、
その瞬間に、内藤ホライゾンの意識は死んだはずだ。
その代わりとして、今、『僕』の意識が内藤ホライゾンの体の中にある。
では、今、『僕』の中で思考している主体は何だ?
意識が揺れる。考えがまとまらない。けれど、口はいつの間にか言葉を形作る。
(; ゚ω゚)「なんでだお! なんでお前が死ななきゃならないんだお!」
('A`;)「なんで? なんでっておめぇ、そりゃ……オラの村さ救うためだよ」
(; ゚ω゚)「それが理解できないんだお! お前は村を追い出されたんだお!
それなのに、なんでお前は村のために命なんか賭けられるんだお!?」
('A`;)「ブ、ブーンさ? おめ、どうした……」
(; ゚ω゚)「僕は死にたくなかったお!
自分で世界の滅ぶ原因を作っておいて、それでも僕は死にたくなかったお!
そりゃ冷凍睡眠には無理やり入らされて、
その時僕には選択する自由はなかったけど、生きたいと思ったことには違いないんだお!
僕にはお前の考えが理解できないお!
お前を否定した奴らのために、どうしてお前は命を賭けられるんだお!」
口が勝手に動き、声が勝手に飛び出していく。
違う。『僕』はそんなことを思ってはいない。
ならば、誰だ?
今この体を使っている お ま え は誰だ?
('A`;)「……ブーンさ、あんた……どうしただ?」
(; ゚ω゚)「そんなことどうでもいいお!
ドクオ! 僕の質問に答えるんだお!」
『僕』の意思に反して動く口、体。どんなに抗おうとそれは止まらない。
自分が自分であって自分でないという、
これまで体感したことのない感覚に僕は包まれていた。
目に映るすべてが、現実のものとは思えなくなっていた。
例えるなら、主人公目線の映画を見ているような感じ。
スクリーンの中で刻々と映像は切り替わっていくのだが、
観客である『僕』の意思など関係なく主人公はしゃべり、行動し、ストーリーは進んでいく。
('A`)「……簡単だべ。
オラの村はオラが生まれた場所だ。ずっとずっと生きてきた場所だ。
村を、そこさ住む人たちを、どんなことさあっても、オラは嫌いにはなれね」
(; ゚ω゚)「それは本当かお!? 嘘じゃないのかお!?」
('A`)「……嘘じゃねぇよぉ?」
誰だ? 『僕』の代わりにこの体を支配しているおまえは、いったい誰だ?
――いや、わかっている。
おまえの正体なんて、はじめからわかっている。だから質問を変えよう。
なぜだ? なぜおまえは今、ここにいる?
狂いそうな孤独に襲われて生きることをあきらめたおまえが、
その代わりに『僕』という意識を作り出したおまえが、なぜいまさらになってここに現れた?
('∀`)「それに、オラは村のみんなから完全に嫌われたわけじゃねぇさ。
ギコやしぃがオラのこと好いてくれてる。だから、オラは村さ守りたいんだぁ」
限りなく『僕』のものに近い目線の映像の中、
ドクオがこちらを見つめてしゃべっている。こちらを見つめて笑っている。
そして、映像はにじむ。
('∀`)「そんでさ、オラ思うんだぁ!
オラたちは、いつまでも神さ頼ってはいけねぇんじゃねぇかって!
いつまでも神さんにおんぶにだっこじゃいけねぇべよぉ!
オラたちは、いい加減自分の足で歩かなきゃダメだって!
だからオラは神さ殺す! 殺して、次の世代に託すんだ! 神に頼らない世界をよぉ!
ギコやしぃ、村の子供たちなら神さいなくても歩いてける!
だってあいつらは強いんだべ! オラの育った村の子どもなんだからよぉ!」
力強い笑顔。力強い言葉。
屹立するミサイルと風にそよぐケシたちをバックに、ドクオの巨体は夜の中に立っていて、
その姿はどんなものよりも大きく見えた。
それを見て、『僕』はすべてを理解した。
そう、ドクオは歩いているのだ。
世界が滅ぶ前の人類が歩いてきたかつての道のりの上を、ドクオもまた、歩いているのだ。
たとえば、かつての世界のキリスト教の歴史。
アウグスティヌスにより神学の基礎が築かれて以来、神学に支えられた彼らの歴史は、
人間の生まれ持つ原罪とそれに対する神の恩恵を前提とした、神の絶対性の下に進んできた。
それはスコラ主義、ヒューマニズム、宗教改革など、
一連の思想体系の中で人間の文化的レベルを徐々に押し上げてはいったが、
いずれの思想的動きの中でも神の絶対性だけは崩されず、千と幾年の歴史は刻まれていく。
そして、十八世紀。
前世紀の、千年王国論に代表される終末論に疲れ果てた人々は、一転して理性の時代を迎える。
合理主義者デカルト、経験主義者ロック。人間の理性の行使を重視した彼ら啓蒙思想家たちは、
キリスト教の神秘を打破し、神の概念を合理的に説明しようと奮闘した。
彼らが育てた理性の種は十九世紀に実を結び、ロマン主義へとつながり、ついにマルクス主義を生み出す。
「宗教は民衆のアヘンである」
宗教とは、つらい現世を生きる満たされない人々の拠り所に過ぎないのであり、
彼らが幸福になれば、宗教は必要なくなる。
歴史は神概念を消す方向へと動き出し、多くの無神論者を生み、神の絶対性は確実に崩壊していった。
それからわずか二百年足らずで、人類の文明は驚異的な発展へと及んだ。
終盤には、十年一区切りとまでいわれたその発展スピード。
幸か不幸かはさておいても、神の概念から脱却出来たからこそ、人類の文明は発展の一途をたどったと言えるだろう。
神という概念から脱却し、人の理性を信じ、人の持つ力だけで未来へと向かう。
それは紛れも無くかつての人類が歩いてきた道。
その上を千年後の今、目の前の男が歩いているのだ。
『僕』は一度滅んだ世界の上で、
荒廃した大地に足を踏みしめて立ち上がった人間のたくましさを、ドクオの中に見た。
そして、おまえも見たんだろう? なあ? 内藤ホライゾン?
だってその証拠に、おまえの体は震えているじゃないか。おまえの視界はにじんでいるじゃないか。
前触れも無く現れてこの体を動かしているおまえは、ドクオの言葉を聞いて泣いているじゃないか。
おまえがいまさらになって現れたわけに、今、気づいた。
暗い森の中で傷つきながらも、それでも僕を突き動か続けた原動力に、今、気がついた。
それはきっと、今なら見えると思ったからだ。聞けると思ったからだ。
おまえが原因を作り出して滅んだ世界の上に立ち、また歩き出そうとする人間の姿を。
そして、受け取りの言葉を。
('∀`)「そんで、それを決心させてくれたのはおめさんだ、ブーンさ!
『有りもしない神と神の実とやらに頼っているうちは、あんたたちに未来は無い』
洞窟でのおめさんの一言で、オラは決心したんだべ!
ありがとな! あんたの言葉、確かに受け取っただ!」
( ;ω;)「あう……あう……」
内藤ホライゾン。あんたは千年前の人々からの贈り物。
それは、技術を伝えるとかそういうことだけではなく、単純に人類の再興を託された贈り物だ。
そして今、ドクオは神という障壁を崩し、その先に道を開こうとしている。
人類再興の一歩を踏み出そうとしている。
彼の背中を押したのは僕、ひいてはあんただ。
内藤ホライゾンという贈り物は、今、確かにドクオに受け取られたんだよ。
もしかしたら、ドクオが開こうとしている道の先には千年前と同じような愚かさが待っているのかもしれない。
だけど、そうじゃないのかもしれない。
千年前とは別の未来が待っているかもしれない。その可能性は十分にあるんだ。
だから、もういいんだ。あんたは役目を終えたんだよ。
初めて本気で好きになった女と別れ、半ば強制的に冷凍睡眠に入らされ、
思ってもみない未来に起こされ、その中で心を許した女に自分を否定された。
その女にも死なれ、孤独を押し付けられ、そして自らも死のうとして死ねなかった。
狂いそうな孤独に耐えられず、代わりに『僕』という意識を作り出したあんたは、
それでも律儀に、『僕』の意識に贈り物という意義付けをした。
そうまでしてあんたは『内藤ホライゾン』という贈り物を届けようとした。
そして、あんたはドクオに受け取られたんだ。
だからもう、安らかに眠れ。あとのことは、すべて『僕』が引き受けよう。
( ;ω;)「ありがとう……ありがとう……」
それは誰に対するつぶやきなのだろう?
目の前のドクオか? それとも『僕』に対してか?
答えはわからない。
なぜなら、『内藤ホライゾン』という意識はそれを期に、当分の間姿を消してしまったから。
『僕』は再び肉体の主導権を得た。
視界は映画のスクリーンではなく、いつものそれに戻っている。
『僕』は内藤ホライゾンの流した涙をぬぐい、不思議そうな顔でこちらを眺めるドクオへと話しかけた。
( ^ω^)「ドクオ、君の考えはよくわかったお。僕はもう、止めはしないお」
('A`;)「お? おお、そうかぁ? いまいちよくわからんが……まあ、わかっただぁ」
目をぱちくりとしばたかせたあと、ドクオは石斧の素振りをしながら言った。
('A`)「んじゃ、やるべ。神の木……みさいるさばくはつさせて、神の実を燃やすだ」
( ^ω^)「お。出来るだけ地面に近い方を叩くといいお。
地面を掘って埋もれていた部分を叩けばもっといいお」
('A`)「わかっただ。そんじゃ、今までありがとな、ブーンさ」
( ^ω^)「何言ってるんだお。僕も付き合うお」
('A`;)「ああ!?」
素っ頓狂な声を上げて僕の顔を見たドクオ。矢継ぎ早に彼は続ける。
('A`;)「何言ってるだ! おめさんにそこまでしてもらうわけにはいかねぇべ!
それにおめさんは、また旅にでるんだろ!?」
( ^ω^)「その必要は無くなったんだお。僕にはもう、旅をする理由が無いんだお」
僕は贈り物として意義付けられ、孤独に耐えられなかった内藤ホライゾンの代わりに、ここまで歩いてきた。
つまり別個の意識ではあるが、僕と内藤ホライゾンの存在意義は同じだった。
そして内藤ホライゾンがそれをまっとうした以上、僕に存在する理由はもはやない。
残された仕事は、死ぬことだけ。そのはずだった。
( ^ω^)「……なんでだお?」
('A`;)「伝言を頼みてぇんだよ。ギコとしぃに。
『神なんてもういねぇけど、おめたちは強く生きれ』ってよぉ。
本当にすまんこったけど、頼まれてはくれんべかぁ?」
けれど、ドクオのすがるような声、
頼りがいのある体躯からは想像も出来ないような情けない声が夜に響いて、僕は死ねなくなってしまった。
彼に新たな仕事を託されたからだ。
まいったなぁ。ほかならぬ受け取り主のドクオからの伝言じゃ、伝えないわけにはいかないじゃないか。
( ^ω^)「……おっおっお。わかったお。ちゃんと伝えるお」
('∀`)「そっかぁ! すまんなぁ、色々頼んじまってよぉ!!」
( ^ω^)「いいんだお。気にしないでくれお」
――死ぬのは、そのあとでも出来るから。
最期に僕は手を差し出して、ドクオと硬い握手を交わした。
ギュッと強く、長く、彼の想いをかみ締めるように、大きな手のひらを握り締めた。
傾いた満月が僕たちを照らして。
冷たい風が、僕たちの間をひとつ通り抜けて。
そして、僕は手を離す。
ドクオに背を向け、もと来た道を戻っていく。
夜風にさらされた手のひらから、彼のぬくもりが消えていく。
石塀を登り、その上に立った。ドクオの声が聞こえた。
('∀`)「ブーンさ、ありがとう! 本当にありがとう!」
僕は振り返らなかった。代わりに片手を挙げてそれに答えた。
そして、石塀の上から飛び降りた。
ドクオの姿を見ることは、もう二度となかった。
村へ向け、ゆっくりと歩き出す。
背後からガンガンと鉄を打つ音が聞こえた。ドクオが神の木を切り倒しているのだろう。
それはいつまでも続いた。木々がまばらなふもとを抜け、
ドクオが倒した熊の死骸の脇を通り、薄暗い森に入っても、音は夜の山に響き続けた。
やがて僕が山の中腹に差し掛かった頃、規則的に響いていたそれは、突如無くなる。
一瞬の静寂。そして、夜中の夜明け。
強烈な光が背後から差した。
続けて轟音、地鳴りと爆風。太い木の幹にしがみついて、なんとかそれに耐えた。
しばらくして光が消え、揺れと風が収まった頃、僕は何事も無かったようにまた歩き出した。
いつの間にか、空からは雨が降り出していた。
― 9 ―
降り出した雨は未明には姿を消し、日が昇る頃には雲はすっかり消えてしまっていた。
木々の葉から滴る雨露。森に立ち込める霧からは心地よい朝の香り。
山も森も空さえも、夜中の出来事など知らないように静かで、あたりの空気は実にひんやりとしていた。
夜通し歩き続け、日が昇りきり、霧が晴れた頃になって、ようやく僕は村へ着くことが出来ていた。
二度と訪れることはないと思っていた村は閑散としていて、大人の姿は一切見えなかった。
おそらく神の祠だった場所にでも行っているのだろう。
子どもたちの姿も見えない。
家から出ないよう言い含められているのか、それとも単純に眠っているだけなのか。
どちらにせよ、誰もいないというのは僕にとって都合がよかった。
今となってはすっかり見知った道を歩き、一年間住まわせてもらっていたしぃちゃんの家へと向かう。
( ^ω^)「……いないお」
しかし、屋内はもぬけの殻だった。
ギコの家も覗いてみたが、同じく中には誰もいない。
ほかの家々も覗いてみたが人の姿はどこにもない。
村には誰もいないらしい。
もしかしたら昨夜の爆発音や暴風、地鳴りを恐れてどこかに避難しているのかもしれない。
( ^ω^)「困ったお。どうするかお……」
一人村の真ん中にたたずみ、考えた。
誰か来るのを待って、伝言を頼むか?
いや、それは無理だろう。
大人が僕の話をまともに聞くわけが無いし、子どもに頼むのは不確実だ。
第一、それはしたくない。
ドクオの遺言を、誰かを介するという形でギコとしぃちゃんに伝えたくはない。
直接、二人に伝えたい。
( ^ω^)「お! そうだお!」
再び考えをめぐらせて、妙案が思い浮かんだ。
昨夜もドクオと行ったあの丘の上。
あそこで待ち続ければ、いずれしぃちゃんとギコが来るかもしれない。
( ^ω^)「そうと決まれば早速行くお」
誰もいない村。
今度こそ二度と訪れることの無い村を、僕はゆっくりあとにした。
歩きなれた森の道。
すっかり明るくなった空の下、枯葉の積もる地面をしっかりと踏みしめて歩き続けた。
丘への道半ば、もしかしたらと思い、ドクオの家に立ち寄ってみた。
ドクオの予想通り屋内は荒らされていて、けれども、そこに人の影は存在しなかった。
屋外に出て、石造りのそれを改めて眺めた。
主を失ったこの家は、いつまでここに存在し続けられるのだろう?
馬鹿みたいな物思いにふけって、続けて家の裏手の家畜小屋へと足を向けた。
ドクオが育てていたヤギを、森に放してやろうと思ったからだ。
( ^ω^)「ドクオはもういないけど、お前はちゃんと生きるんだお」
小屋から外に連れ出すと、ヤギはのん気に「メェ〜」とひと鳴きして、
散歩に行くかのような軽い足取りで森へと姿を消した。
それから小屋の扉を閉めようと振り返ったとき、僕はその中にあるものを見つけ出す。
( ^ω^)「これはドクオの石ヤリ……それと、袋?」
ヤギの影に隠れて見えなかったが、
小屋の奥にはドクオがいつも持っていた石ヤリと見慣れない大きな袋が
まるで隠されているかのように物陰にひっそりと置かれていた。
何かと思って手に取れば、袋の表面には、汚らしい字でこう書かれていた。
「ぶーんさへ。つかってけろ」
ドクオの笑顔と同じように不細工で、でもなぜか愛嬌と温かみの感じられる不思議な字。
袋の中には大量の保存食が詰め込まれていた。
草で作った傷薬など、原始的な薬品もいくつか入っている。
きっと旅に必要だろうとの気遣いから、ドクオが僕のために用意してくれていたのだろう。
しかしこんな大量の品、一朝一夕で用意できるものではない。
「僕を殺すつもりだった」と言っていたドクオだが、
もしかすると彼は、はじめから僕を信じていてくれたのかもしれない。
そうだとしたら、すごくうれしい。
言葉には表せないほどの感情の高ぶりが、体の芯から湧き上がってくる。
( ^ω^)「……ありがとうだお。だけど……」
しぃちゃんとギコにドクオの遺言を伝えた後、僕は死ぬ。
だから、僕が旅に出ることはもう無いのだ。
かといって、ドクオの贈り物を受け取らないわけにはいかない。
それが僕に出来る、せめてもの彼に対する感謝の表し方だったからだ。
石ヤリと大袋を持ち上げた僕は、あの丘へ向け、ゆっくりと歩を進めた。
(;*゚?゚)「ブーン兄ちゃん!」
(,,゚Д゚)「……」
( ^ω^)「……しぃちゃん。ギコ」
丘に着いた頃には日はすっかり昇りきっていて、
昨夜置いた僕の荷物が転がっていて、
そしてギコとしぃちゃんがそこにいた。
僕の姿を見るや否やしぃちゃんはこちらに駆け出し、僕の足にしがみついてきて、
僕を見上げて大きな瞳をぱちくりさせながら、ろれつの回っていない声でまくし立てる。
(;*゚?゚)「あのあとな、うちにドクオ兄ちゃんさ来てな! どっか行ってな! そんでみんながけえってきてな!
んっと、あっと、ブーン兄ちゃんのことみんな悪いやつだって言って、ドクオ兄ちゃんも悪いって言って!
そんでな! そんでな! そすたらすんごい音さして、すんごい風さ吹いて、足元ガタガタ揺れてな!
みんなどっか行っちまってな! そんでオラたち森に隠れてろって言われたども、
ブーン兄ちゃんとドクオ兄ちゃんが気になってな、ドクオ兄ちゃん家さいなくてな、ここまで来たんだぁ!」
(;^ω^)「ちょwwwwwしぃちゃん落ち着いてwwwwwwwww」
(,,゚Д゚)「ドクオ兄ちゃん、どこ行っただ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながらまくし立てるしぃちゃん。
一方、僕から距離を取っていたギコは、いつものやんちゃさなどかけらも見せず、
真剣な面持ちで聞いてくる。
(,,゚Д゚)「おっ父たち、おめとドクオ兄ちゃんが一緒だった言うてた。
音も風も地面揺れたんも、おめとドクオ兄ちゃんのせいだ言うてた。
でも、ドクオ兄ちゃんはんなことしねぇ。兄ちゃんがんなことするわけがねぇ。
怪しいのはおめだ、ブーン。おめ、何した? ドクオ兄ちゃんはどこさ行った?」
( ^ω^)「……」
十歳にも満たないギコが、妙に大人びて見えた。
視線をおろすと、僕の足元ではしぃちゃんがすがるような目をして僕を見上げていた。
もともと嘘でこの場を取り繕うつもりはなかったが、
二人のこの視線を前にして、誰が嘘など言えるだろう?
僕は丘の上から風景を眺め、
はるかふもとのクレーター状にえぐれた大穴、神の祠の跡地を指差し、言った。
( ^ω^)「ドクオはあそこにいたお。だけど、もういないお。
ドクオは神さまと戦って、神さまと一緒に死んだんだお」
(*゚?゚)「??」
(;,,゚Д゚)「!!」
視線を戻せば、足元にはよくわかっていないらしいしぃちゃんの不思議そうな顔と、
対照的に事実を飲み込んだらしいギコの強張った顔が、それぞれ丘の上にあった。
ギコは僕の足元にいたしぃちゃんを引っ張ると、再び僕から距離を取り、
しぃちゃんを守るように自らの背の後ろへと移動させた。そして僕に向けて叫ぶ。
(;,,゚Д゚)「どういうことだゴラァ!
ドクオ兄ちゃんがいねって……神さんと死んだって何だゴラァ!」
( ^ω^)「……そのまんまの意味だお」
(,,;Д;)「……嘘だ! ドクオ兄ちゃんさ死んだなんて嘘だゴルァ!」
( ^ω^)「……」
ボロボロと涙を流すギコ。
しかし、彼は決して涙を拭おうとはしない。
潤んだ瞳で必死ににらみつけてくるその姿が、痛々しくてたまらなかった。
下唇を噛み締めボロボロと涙をこぼす彼の後ろから
顔をちょこんと覗かせ、しぃちゃんが恐る恐る尋ねてくる。
(;*゚?゚)「ねぇ? ドクオ兄ちゃん……死んだん?」
( ^ω^)「……そうだお」
(*;?;)「……なして!? なしてドクオ兄ちゃんが!? ねぇ!?」
( ^ω^)「……」
泣いて、喚いて、しぃちゃんはギコの背中に顔をうずめた。
彼女に背中を貸したまま、ギコは涙をこらえるようにうつむいている。
僕は目をそらすことなく、それを脳裏に焼き付けた。
決してそむけてはいけない何かが、今、目の前にある気がしてならなかったから。
そして顔をうつむけたまま、肩を、背中を、握り締めたコブシをぶるぶると震わせ、ギコは言った。
(,, Д )「おめが……」
( ^ω^)「お?」
(,,;Д;)「おめがドクオ兄ちゃん殺したんだ! そうだろゴルァ!」
( ^ω^)「……」
何も言えなかった。直接的に僕はドクオを殺してはいない。
けれど彼を止められたのは僕だけで、結局僕は彼を止められなかった。
たとえドクオが死を覚悟していたのだとしても、
たとえ死ぬことがドクオの望みだったとしても、
だからといってそれが、僕がドクオを見殺し同然にした免罪符にはならない。
僕はドクオを殺していないといえばそうだし、広義の意味で捉えれば殺したともいえる。
(*;?;)「ねぇ? ブーン兄ちゃん? 嘘だべ? 違うべ?」
( ^ω^)「……」
(*;?;)「うあ……うあああああああああああああああああああああん!」
だから僕は、しぃちゃんの問いかけに何も答えることは出来なかった。
ギコの肩に寄りかかり、しぃちゃんが顔をくしゃくしゃにして甲高い泣き声を上げる。
けれど、僕は目をそらさない。
そらしてはならない。そらすことなど出来ようがない。
風も遠のく丘の上。ギコの叫びが再び聞こえた。
(,,;Д;)「しぃ、泣くな! ドクオ兄ちゃんのカタキはオラが取ってやる!
ドクオ兄ちゃんより強くなって、オラがあいつをやっつけてやるだゴルァ!!」
まっすぐに見つめる僕の視線の先で、泣いているしぃちゃんを抱いたギコが、なみだ目で僕をにらみつけていた。
僕には、それがうれしかった。
流した涙をそのままに少女を守るその姿が、僕にはとてもたくましく感じられた。
そして僕は思う。ドクオの遺言を伝える必要はない、と。
ギコなら大丈夫だ。ドクオの遺志は確実に彼に受け継がれている。
贈り物は千年前からドクオに、ドクオからギコに、ちゃんと受け継がれている。
そしてギコからしぃへ、村の子どもたちへ、それらはきっと伝えられるだろう。
ああ、これで僕の役目も終わった。
そう思った――のだけれど。
(,,;Д;)「絶対……絶対おめぇをやっつけてやるだ!
だからそれまで死ぬんじゃねぇだゴルァ!」
( ^ω^)「……」
まいった。僕にはまた生きる意味が出来てしまった。
ギコが立派な大人になり僕を殺すその日まで、僕はまた生き続けなければならなくなってしまった。
泣き続けるしぃちゃん。泣きながら僕をにらみ続けるギコ。
二人が立派な大人になるその日まで、どうやら僕は死ねないようだ。
困ったことになった。村に留まることはもう出来ない。
ドクオの家に住み着くことも、しぃちゃんはともかくギコは許してはくれないだろう。
ならば、僕はどうすればいい?
二人が大人になるその日まで、僕はどこで時間をつぶせばいい?
丘の上から風景を眺め、誰にともなく問いかけた。
目に入ったのは、大きくえぐれた神の祠の跡地。
ドクオの死に場所であるその方角から、ひとつ強い風が吹いた。
それが僕には、ドクオの言葉のように感じられた。
( ^ω^)「……ドクオ。君は僕に、また旅に出ろって言ってるのかお?」
風の向かう方角に目をやった。
北。これから冬が来るというのに、あんたは北へ向かえと僕に言うのか?
やれやれ。まあ、それもいいだろう。
旅の中で死んでしまえばそれまで。僕に非は無い。
生き延びられれば、ギコに殺されるため、またここに戻ってくればいい。
どうせ、あとは死に場所を探すだけの人生だ。
流れ流され、風の向くまま、気の向くまま。
向かった先のどこかに再び僕を受け取ってくれる人がいるかもしれないし、
途中で僕が野垂れ死ぬかもしれない。
そうじゃなくても、ギコに殺されるまでの時間つぶしに旅はちょうどいい。
うん。悪くない。
( ^ω^)「……わかったお。
旅の途中で死ななかったら、いつかまた僕はここに戻ってくるお。
そのときまでに、ドクオに負けない立派な大人になるんだお?」
(,,;Д;)「うるせぇ! おめに言われんでもなるだゴルァ!」
( ^ω^)「おっおっお。楽しみにしているお」
昨夜、神の木がそびえる下で聞いた、ドクオと同じ力強い声。
僕は満足してうなずくと、荷物をひょいと担ぎ上げ、北へ向けて歩き始めた。
(*;?;)「ブーン兄ちゃん!!」
最後にしぃちゃんの声が聞こえた。
振り返って眺めてみれば、しぃちゃんは最後の最後まで僕に対する疑いが晴れていないような、
複雑なまなざしで僕を見ていた。ギコの目も同じような色をしていた。
もしかしたら二人は、僕が直接ドクオを殺していないということを、
子どもならではの理屈ではなく感覚からの判断で理解してくれているのかもしれない。
けれど、ドクオの死を誰かのせいにしなければ気持ちの整理がつかなかった。
子どもの未熟な精神ではそうせざるを得ないであろう。
そうであってくれるのなら、僕は喜んで恨まれよう。
彼らがドクオの遺志を継いでくれるのであれば、僕は喜んで悪にでもなろう。
( ^ω^)「……バイバイだお」
四つの瞳に見送られ、僕はまた歩き出した。
多分、もう会うことはない。
僕は旅の途中で死ぬのだろう。
そんな予感がした。
だから、「またね」とは言わなかった。
― 10 ―
青い空。白い雲。南へ向かう鳥たちの群れ。
山道を歩く僕には、はじめの旅より彼らが近くに感じられていた。
かつて、神殺しに挑んだ男がいた。
人間が次のステージに進むため奉られていた遺物に挑み、
そして散っていった彼の遺志は、二人の子どもに受け継がれる。
同時に、千年前からの贈り物はその役目を遂げて、静かにこの世から消えていった。
いや、あと三度、僕は彼と会うことになるから、これは正確な言い回しではないか。
いずれにしてもその残りカスである僕は、今、風に誘われ北へ向けて歩いている。
あの男にもらった石ヤリを杖代わりに、
いつかどこかで野たれ死ぬその日まで、きっと僕は歩き続ける。
少し肌寒くなってきた。
超繊維の服でも遮断できないくらいの厳しい冬へと、僕は向かっているようだ。
( ^ω^)「おっおっお。こりゃ近いうちに凍え死ぬお」
身震いしながら僕は呟く。
でもまあ、そのときはそのときだ。
誰も困らないし、誰も文句は言わないだろう。
運良く(悪く?)熊か何かに出会って毛皮でも調達できれば、
そのときはまたしぶとく生き延びればいい。
何気なく石ヤリを振り回してみた。ヒュッと、空気を裂く音がする。
しかし、あの男は鳴らした風切り音にはほど遠い。
( ^ω^)「少し練習してみるかお」
銃弾のストックはたんまりあるけど、いずれは底をつくものだからな。
石ヤリを使えるようになっておいて損は無い。
もう一度、石ヤリを振り回してみる。鳴るのはやっぱり情けない風切り音だけ。
それがなんだかおかしくて、僕はあの男を真似てひとつ、「ふひひ」と大きな笑い声をあげた。
第四部 奉られた遺物と、神殺しに挑んだ男の話 ― 了 ―
― つづく ―
出典:( ^ω^)ブーンは歩くようです
リンク:http://wwwww.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1195322586/

(・∀・): 132 | (・A・): 109
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