ブーンは歩くようです #4−1
2009/06/20 21:27 登録: 萌(。・_・。)絵
http://moemoe.mydns.jp/view.php/17132のつづき
最終部 古に続く伝統と、それでも足を欲しがった女の話 前編
― 1 ―
( メ^ω^)「……」
静かな砂漠の夜に似合わない甲高い銃声をいくつか鳴らした僕は、
空になった薬きょうを砂の上に落とし、これが最後となってしまったストックの弾丸を銃に込め、
足もとに転がる数々の死体を眺めていた。
崩れ落ちた死体は血を流し、流れ落ちたその赤が乾ききった砂の大地に余すことなく吸い取られていく。
夜の砂漠に吹く冷たく乾ききった風が、
すっかり人を殺すことに慣れてしまった僕の唯一の動揺の証しとでもいうべき額の汗を、
何食わぬ顔でぬぐい去ってしまう。
そしてそれさえ無くなれば、死体に対する僕の特別な感情は、もはや何ら浮かんではこない。
( メ^ω^)「……」
また、人を殺してしまった。
南に下って以降、これで何人の人間を殺めたことになるのだろう?
申し訳程度にそんなことを考えて銃を仕舞い、死体から視線を外せば、
テントの傍に繋いでいた僕のラクダが、砂の上に横たわって苦しそうに口から血の泡を吐いているのが見えた。
また、足もとの死体たちに視線を戻す。
どうやらこいつらが、僕を襲う前に、僕の唯一の足であるこのラクダを行動不能にしていたらしい。
( メ^ω^)「……今、楽にしてやるお」
溜息を吐きつつ呟いてラクダへと近づき、腰からナイフを取り出す。
夜と同じ色の刀身をしたあのナイフ。
それでのど元を掻き切ってやれば、間もなくラクダは声を出すことなく、息絶えた。
( メ^ω^)「……まいったお。……足を失ったのは何とも痛いお」
足元にたくさんの死体を横たえたまま、ラクダの血で濡れたナイフを手に持ったまま、
僕は夜空を見上げて大きくため息をついた。それから周囲に視線を移す。
僕の周りに広がるのは一面、砂の海。砂丘の盛り上がりはさながら海の荒波。
その他、風により出来たさざ波状の砂模様が、砂漠が砂の海だという形容をもっともらしいものに感じさせてくれている。
そして、その向こう側に広がる、屹立した「障壁」。
( メ^ω^)「さて……残りの銃弾はあと一発。移動手段も失ったお。
これから『あれ』をどう超えりゃいいんだお?」
そんな切実な悩みを抱えながらもラクダの死体の前に腰を下ろし、僕は淡々とその体を解体していく。
野党らしき先ほどの死体たちの荷物を燃やし、ラクダの肉を保存食として蓄える作業に移る。
今僕がやっているのは、死人の身ぐるみをはがし、旅の友であったラクダを弔うことなく食糧に変えていくということ。
薄情な人間だと誰もが軽蔑するであろう。
しかし、そんな薄情さを身につけなければ、砂漠の大地を、
人間でひしめくユーラシア南西部のこの土地を旅するだなんて、とてもじゃないが出来ることではなかったのだ。
― 2 ―
モスクワを旅立ってから一年。
そりを引きずりのんびり歩き、僕はユーラシア西部を南北に分断するカフカス山脈を越えた。
新たに「歩く意味を見つける」という目的が僕の旅には加わり、その当初、ちょうどこの時期の僕は、
何の疑いもなく歩き続ければ道は見つかると信じていた。意味が見つかると信じていた。
だから、僕の横を過ぎ去っていく様々な風景が、空の色が、風の匂いが、寝転がった草原の温かみが、
そんな千年後の世界全体が美しいものだと、この頃の僕には純粋にそう感じられていた。
歩き続けるというのはそんな甘いものではない、幻想に満ちたものではないと、
これまでの旅で嫌というほど経験していたのに、だ。
そんな、言ってみれば物語の中にだけ存在するような淡い理想の上を歩いた僕は、
カフカス山脈のふもと、かつてグルジア、アルメニア、アゼルバイジャンの領土であったザカフカース地方を縦断し、
トルコ東部の高原までたどり着く。その先で見た村、いや、町の姿に、僕は大いに驚いたものだ。
( ^ω^)「おお……すごい人の数だお……」
町は、これまで見たどの集落よりも発展していた。
周りにはレンガによる城壁が作られおり、ターバンを巻きポンチョのようなマントを着こんだ男、
スカートのような民族衣装に身を包んだ男など、実に雑多な人々が中にはひしめいていた。
大通りにはたくさんの露店が連なっており、人と人、物と物の交流が活発に行われていた。
もっとも、その町の姿はかつての中世よりわずかに低そうな文明のレベルのそれではあったが、
千年後の世界においてはかなり発展している部類だと言えた。
ちなみにここで「部類」とつけたのは、この町以上に発展した町に、後々僕が辿りつくことになるからである。
はてさて、城壁の門から町中へと足を踏み入れた僕。
初めて体験する人波というものに圧倒されながらも、露店に並ぶたくさんの見たこともない品を前に好奇心をそそられていた。
同時に、「これからの旅は今までの旅と全く違うものになるだろうな」と、並ぶ商品を前にそんな懸念も覚え始めていた。
そんな僕のもとに、ある一団が群れをなして近づいてくる。
露店の親父に話を聞けば、どうやら彼らは露店の統括を行っているものたちらしく、言ってみれば町の運営幹部のようだった。
よほど僕のいでたちが周りから浮いていたのだろう。
見慣れぬ服装の僕をまじまじと眺めた彼らは、いぶかしげな眼差しをたたえ、僕にどこから来たのかと問う。
( ^ω^)「北の山の、そのまた北から歩いてきましたお」
特に問題はないだろうと思い、そう述べた。
この発言が問題ありありだったのには後々嫌というほど気づかされるのであるが、とりあえず話を進める。
僕の発言を聞くや否や、全員が同じように生やしていた鼻の下の口髭をなぞり、互いに顔を見合わせた。
それからなんと、ぜひ町長と面会してくれと僕に頼みだしたのである。
流石に浅はかな僕もこれには何か裏があると感じたのではあるが、
相手の人数、何よりこの町が彼らのホームグラウンドであることを考えれば従うほかなく、
僕は渋々、この町の町長宅へと向うこととなった。
( ゚д゚ )「旅でお疲れのところお呼び立てして申し訳ありません。
町長のミルナです。どうぞ、お見知り置きを」
( ^ω^)「……ブーンと申しますお。よろしくお願いしますお」
町長と名乗るミルナは身の細い、ギョロリとした眼が特徴的な、いかにもやり手の商人といった風情をしていた。
連れられた彼の自宅には交易地の長であることを裏付けるように、
高級そうな、様々な文化圏から集められたらしい様式の異なった調度品が数多く置かれている。
( ゚д゚ )「いえいえ。それで、北の山脈を越えて来た、と伺いましたが?」
( ^ω^)「……はい。その通りですお」
( ゚д゚ )「ふむ……それは珍しい。
いえね、これはあなたにとって大変失礼な話になるのですが、
我々の間ではまだ、北の山脈以北は未開の地として認識されているのですよ」
( ^ω^)「……そうなんですかお」
話し方そのものは丁寧だがどこか高圧的な彼の言葉を受けて、そりゃそうだろうな、と単純に僕は思った。
実際問題、カフカス山脈以北はほとんどといって村がなかった。まさに未開の地だ。
それにカフカス以北は核兵器を使われた地域でもあるし、
その戦乱を生き伸びて千年後を生きるこの町やこの地方の人々が
カフカス以北を未開の地と称して目を背けようとするのも無理ないことだ。しかし、である。
( ゚д゚ )「それで、本日はどのような目的でこの町へ参られましたか?」
( ^ω^)「えっと……まあ、旅ですお。旅行、とは言いませんが、特別な理由のない個人的な旅ですお」
( ゚д゚ )「そう……ですか」
僕に旅の理由を問うたミルナ町長は、あからさまに期待外れといった顔をしてうつむいた。
それから取りなしたように顔をあげ、聞いてもいないのに以下のようなことをまくしたてる。
( ゚д゚ )「……ん、これは失礼。
実はね、あなたが商業目的でここを訪れてくれたのではないかと密かに期待しておりまして……。
いえね、これは我々にとって、何よりあなたにとって有益なことなのですよ。
ちょっと話を聞いてはもらえませんかね?」
( ^ω^)「……構いませんお」
( ゚д゚ )「それはありがたい。ちょっとお待ちください。飲み物を用意させますから」
そう言って従者を呼びつけたミルナ町長。
どうやら彼は未開の地から目を背けるどころか、むしろそれを商業の標的として見定めているらしい。
しばらくして液体の満たされたカップが僕の前に置かれる。それを見て僕はハッとした。
一目見てもしやと思い、はやる気持ちを抑えながらも、断りを入れて僕はカップに口をつける。
――間違いないなかった。まさか千年後もこれを飲むことになるとは思ってもみなかった。
( ゚д゚ )「どうですか? これはコーヒーと言いまして、ここより遥か南方の地、モカという町の特産なのですよ」
懐かしの――といっても内藤ホライゾンの味覚がそう感じているだけだが――嗜好品を前につい頬が緩んだ僕。
それを見逃さなかったミルナが、ここぞとばかりに言葉を連ねる。
( ゚д゚ )「実はこのコーヒー、モカでは子どもでさえ飲むようなありふれた品なのですが、
この町を始め、他の多くの町ではかなりの値段で取引されております。
まあ最近は大分安くなり、一般民の間にも嗜好品として流通し始めましたがね。
このように、我々の町は様々な地域から特産品を仕入れ、別の地に流通させる際の利ザヤで発展をしてきました」
他所に出向き特産品を安く仕入れ、さらなる他所で高く売る。
まあ、ごくごく初歩の経済論だ。だが、重要なのはそこではない。
この地域では経済論が発生するほど活発に地域間の交流が行われているということ。
そして露店の存在からもわかるように、確実に通貨というものが存在していること。
これまでの旅ではまったく考慮に入れる必要のなかったこの二点。
ミルナ町長の話、そしてここの町並みから推測されるこの二点こそが、僕にとって何より重要なことであった。
それから誇らしげにつらつらと町の発展の歴史を語ったミルナ。しかし途中で、彼の口が鈍り始める。
( ゚д゚ )「……しかしですね、旅をしてこられたならご存知でしょうが、われらの町は内陸にあります。
一応、内陸部における流通地としてはわれらの町が一番の規模を誇ってはいるのですが……
沿岸部の流通地、西のイスタンブール、南のサナア、そして最大の交易地エルサレムに比べれば、
我々には流通ルート、人の流れ、その他交易地に必要なものが圧倒的に不足しているのですよ……」
それは明らかな演技を含んだ口の鈍り方。完全に僕をなめ切っているといって過言ではないその態度。
さすがに腹の立った僕は、彼の口から提案すべき言葉を、あえてこちらから口にしてみた。
( ^ω^)「そこで、独自の交易ルートとして僕と関係を持ちたい、と?」
( ゚д゚;)「……そ、その通りです」
僕の言葉を聞いて、カップを手に取っていたミルナの手が震えた。
まさかなめ切っていた僕から話の要所を突かれるとは思っていなかったのだろう。
それから彼は、場をとりなすようにカップに口をつける。
その後こちらを見返した彼の眼に、僕を舐めているという色は全く感じられなかった。
( ゚д゚ )「単刀直入に申し上げましょう。『未開の地の品である』
これだけであなたの持ってくる品には十分な付加価値が発生します。
我々と独占的に取引していただけることを約束してくだされば、
我々はその付加価値を最大限に引き上げてみせましょう。いかがですか?」
( ^ω^)「……」
ジッと、そらすことなく僕の目をまっすぐ見つめてくるミルナ。
「こっち見んな」ではなく、「なるほど、商人だな」と感じた。
自らを下に位置付け、相手を持ち上げるその話し方。
ショボンさんとは別の意味で話の技法というものを習得している。
しかし、だからこそ信用してはならないと理解した。それは何もこの男だけではない。
これから出会うことになるであろうこの地域すべての人間を、安易に信用してはならない。
そして先ほどのように、自分の素姓を絶対に明かしてはならない。
下手をすれば利用される。
その挙句すべてを吸い取られ、ボロ切れのように捨てられる自分が、まざまざと想像出来た。
町が点在しているのなら、この地域の旅は肉体には楽になるであろう。
しかし、こういう人物とも関わることになるであろうこれからの旅は、
何より通貨が存在しているこの地域での旅は、かつてないほど精神的に厳しいものになるかもしれない。
そう、感じた。
それから僕は、しばらくの沈黙に徹することとした。コーヒーをすすり終え、もう一杯を所望する。
ミルナはそんな僕の様子を、額に汗を浮かべながらじっと窺っていた。
僕は「こっち見んな」ではなく「もっと焦れ」と思いながら、差し出されたコーヒーをゆっくりと飲み続ける。
この沈黙はいわば、交渉における間合い取りの一つだ。今、僕たちは沈黙を通じて互いの間合いを取りあっている。
そしてしびれを切らして相手の間合いに先に飛び込んでしまった方が、交渉における主導権を失うことになるのだ。
( ゚д゚;)「……ブーンさん。とりあえず、しばらくこの町に滞在してはみませんか?」
そして沈黙に耐えかねたミルナが口を開いたこの瞬間、交渉の主導権はこちらに移った。
僕は内心のほくそ笑みを表に出さないよう平静を装い、答える。
( ^ω^)「……申し訳ありませんが、この町に特別な用は無いので、明日には発ちますお」
( ゚д゚;)「そ、そこを何とか……そ、そうだ! お荷物を見せていただけませんか!?
我々の誠意をもって、最大限のお値段を見積もらせていただきますから!」
( ^ω^)「……構いませんけど」
仏頂面でそう呟いた僕だが、内心「ktkr!」と思っていた。
彼の話を聞くからに、これからの旅では通貨が必要になってくることは容易に想像出来たからだ。
そして何より、交渉次第では労せず当面の旅の資金を手に入れられるまたとない機会を、
今、僕は招き寄せていたのだから。
提案を受けた僕は、切り札、
つまり銃と残り少なくなっていた銃弾のストック以外のすべてを一つ一つ取り出してミルナに提示した。
僕が取り出すその一つ一つに、彼は目を輝かせながら品定めをしていく。
提示された金額による判断から言えば、もっとも高価だったものが予想通りショボンさんのナイフ、
次に高価なものとしてエスキモーからもらったテントやショボンさんの防寒具や食器といった実用的なもの、
そして大きく差が開いてその他のもの、となった。
思い出として持ってきたショボンさんの絵には、残念ながら二束三文の金額しか提示されなかった。
一通りの値段付けが終わった後、ミルナは自信たっぷりにこう尋ねてくる。
( ゚д゚ )「いかがですか? 金額にかなり色を付けさせていただきましたが?」
( ^ω^)「……」
しかし僕は、それを聞いてほとほと彼に呆れかえっていた。
ここまで人をコケにしてくれた人間とはついぞお目にかかったことがない。
先ほど彼は僕を舐めることを止めるそぶりを見せていたが、やはり田舎者だと思っていることに間違いはないようだった。
( ^ω^)「残念ですけど、このままじゃお売りできませんお」
( ゚д゚;)「な、なぜですか? これ以上高値で買い取るのは不可能ですよ?」
( ^ω^)「馬鹿言っちゃいけませんお、町長。
こちらに物の相場の知識がないのに金額を提示して、何が高値での買い取りですかお?」
そうである。相場を知らないのに金額を提示されても、僕には判断の付けようがないのだ。
そしてこれこそが、彼が信用ならない、さらには彼が僕を見下しているという、確固たる証拠だった。
( ゚д゚;)「も、申し訳ありませんでした! では、ちゃんと相場をお教えしますので……」
( ^ω^)「いえ、これから直に市場に出向いて、自分で判断させてもらいますお」
もはや彼の口から発せられた言葉は何も信用できない。本来なら交渉を続ける価値さえのない相手だ。
しかしある程度のものは売らないことには旅を続けられないし、交渉相手がどうしても彼でなければならない理由もある。
結局は売って通貨を手に入れなければならない僕は、相場を知るため、再び露店へと足を向けることにする。
露店で食料や日用品、芸術品、その他様々な品の金額を見て、ある程度の相場をすぐに把握することが出来た。
町長も無理やりついてきたが、彼の言葉に耳を貸さなければ害はないので、放っておくことにした。
それから再び町長宅に戻り、売買の交渉を再開する。
さすがに懲りたのか、このときばかりは一応の納得がいく金額をミルナは提示してくれた。
( ^ω^)「では、防寒具と食器を売ることにしますお」
季節は春。これから暑くなり、さらに南へと向かう僕にとって、防寒具はさして必要なものではない。
ショボンさんとの思い出は、ナイフ、そして彼の絵があれば十分なので、申し訳ないが売らせてもらうことにした。
なぜこの二つなのかと言えば、これらは相場から見てかなり高額な値段をつけられていたからだ。
ミルナ町長の弁によればこの二つ、他に高値のついたナイフやテントといったものは、
この地域から見れば非常に珍しいつくりをしており、実用品と言うよりはむしろ芸術、資料品としての価値の方があるそうな。
そうなるとまたしても最初の彼の金額の付け方に疑問が出てくるのだが、僕はあえてそれを言わず交渉を終える。
防寒具と食器分の金額を受け取り、荷物をまとめ、交渉の打ち切りを示唆する。
( ゚д゚;)「ちょ、ちょっとお待ちください!」
そして案の定、彼は餌に食らいついてきた。
( ^ω^)「……なんですかお?」
( ゚д゚;)「さ、先ほど見せてもらった絵についてなのですが……売ってはいただけないのですか?」
( ^ω^)「……それ相応の値段で買い取ってもらえるなら考えましょう」
そう。その餌とはショボンさんの絵である。
これまでの会話で彼は、重要な二つのことで口を滑らせている。
「北からの品であるだけで付加価値がつく」「防寒具や食器は芸術的、資料的価値が高い」
ショボンさんの絵はシベリアの大地を描いたものだ。
絵本来の芸術的価値はともかく、資料的な価値が間違いなくそこにはある。
そして防寒具や食器に付けられた芸術的、資料的価値がこの地域の流通において付加価値として成立しているのであれば、
北に興味を持ちその物品を手に入れたいという、おそらくは富裕層が中心と思われる市場が、
この地域の流通網には確かに存在するはずなのだ。
以上の要件から判断すれば、他の何より、ショボンさんの絵にこそ高値がついて当然なのである。
そして僕は、この絵をどうしてもミルナに売らなければなかった。
町の長となるほど社会的信用がある人物が売ってこそはじめて、芸術品、資料品とはそれ相応の価値を持つことになるからだ。
だからこそ僕は、ひたすらに僕を騙そうとするミルナとの交渉を打ち切ることなく続けてきた、というわけである。
( ゚д゚ )「いやはや、まったくもってあなたには感服いたしました」
以上のことを種明かしとしてミルナに述べれば、彼は脱帽だと言わんばかりに頭を垂れ、再び顔をあげた。
その眼にはもはや僕を見下した色はなく、むしろ尊敬しているといった風情が漂っていた。
( ゚д゚ )「すべて、あなたの言う通りです。これ以上小細工を使っても無駄なようですね。
これまでの言動を詫びたい。そして出来うる限り、あなたの納得いく金額で、これらを買い取らせていただきます」
( ^ω^)「おっおっお。信用こそビジネスで一番大切なものですお。以後、注意した方がいいお」
もっとも、彼を一人の人間としてではなくビジネスマンとして捉えたならば、
味方としてのミルナはなかなか有能であり信用のおけそうな男であると言えた。信用する気はさらさらないが。
( ゚д゚ )「ではこちらの絵の半分を売っていただけるのですね? この金額でいかがでしょう?」
( ^ω^)「十分だお。妥当な金額の提示に感謝するお」
ショボンさんの絵のうち、気に入っているものを除外した半分を売ることにした僕。
提示された金額はかなりのもの。他所の相場でどうなのかはわからないが、
少なくともこの町でなら数年は生きていけそうな金額を手に入れることに、僕は成功した。
ただ、絵を売る際、罪悪感を覚えたのは確かだ。
しかし、僕は生きて歩き続けなければならない。ならばこの罪悪感も甘んじて受けるしかない。
何より彼の描いた絵がここまでの評価を得え、これ以後誰かの手に渡り未来に残っていくのだ。
僕の手の中にあるよりよっぽどいい。ショボンさんだって、きっと許してくれるさ。
こうして当面の旅の資金を手に入れた僕は、
最後にもう一杯コーヒーを所望し、飲み終え、丁重にミルナへ礼を述べて、その場を立ち去ろうとした。
しかし彼は僕を引きとめると、こともあろうかこんなことを提案し出す。
( ゚д゚ )「ブーンさん。あなたの手腕は相当なものです。あなたの北からの交易ルートとその手腕、
そして私の流通網と社会的地位が合わされば、一大ビジネスを成功させることができるに間違いはありません。
いかがでしょう? 私と手を組みませんか? あ、ご安心ください。あなたに対し小細工は一切用いません。
というより、用いても無駄でしょう。私があなたに敵わないことは、先ほど存分に思い知りましたから」
(;^ω^)「いや……僕は旅を続けなければならないので……」
( ゚д゚;)「そこを何とか! こちらも町の盛衰がかかっているのです! どうか!」
(;^ω^)「……いや、しかし……」
――もともとも僕は北への流通ルートなど持っていないのだ。
これまでの交渉は相手の勘違いを利用したまったくのでまかせ。
どんなに頼まれても無駄なものは無駄なのである。
彼の言う町の盛衰とやらに多少の興味は湧くが、だからといって僕にどうこうしようもない。
けれどミルナは執拗に食い下がり続け、僕が「うん」と頷くまで開放する気はまったくなさそうであった。
(;^ω^)「申し訳ありませんお! 僕はこれで失礼しますお!」
( ゚д゚;)「ブーンさん! ブーンさん! どうかお待ちをおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
だから僕は無理やり彼の手を振り払い、逃げるように、というかまさに逃げて、その場を立ち去るしかなかった。
それからその日は適当な宿に泊まり、久方ぶりのベッドの温もりを享受した僕。
翌日の朝早く、誰にも見られない内に町を立ち去ろうとしたのではあるが――
( ゚д゚ )「お待ちしておりました、ブーンさん。これから旅に向かわれるのでしょう?
そこで余計なお世話かとは思いましたが、旅の従者をこちらで用意させていただきました」
(;^ω^)(本当に余計なお世話だお……)
――町の城壁を出たところで僕は、見事、ミルナ町長に捕まってしまったのである。
そして、彼の言う旅の従者とはなんと大人数のキャラバン。ご丁寧に僕用のラクダまで用意されている。
( ゚д゚ )「それにちょうど、エルサレムまで行商に向かわせる時期でしてね。
あなたの旅が急ぐものでないのならば、彼らを同行させてエルサレムまで向かってはいかがでしょうか?
あそこに行けば、この地域の物流のあらかたを理解することができます。
何より未開の北の大地とは違い、この地域、特に南の砂漠は野党なども多く、ひとり旅とは何かと危険なものです。
あなたの身を案ずるからこそ従者を用意したことを、どうかわかっていただきたい」
( ^ω^)「……」
どこか引っかかるところもあるが、ミルナの言うことにはもっともな部分があるので、
総勢十数人が連なるキャラバンを眺めながら、僕はじっくりと考えてみた。
野党が出るというのは物騒である。キャラバンの人数や彼らの武装――おもにナイフ――を見るからに、
野党が出るというのはあながち嘘ではなさそうだ。
それに、彼の言うエルサレムにも興味がある。このキャラバンに同行すれば、水や食糧の心配をすることもないだろう。
なぜこの地域に文明が発達したのか、そもそもなぜこの地域の祖先が生き延びたのかを、彼らの口から聞くこともできる。
なにより、ラクダが用意されているというのはなんとも魅力的だ。
ただし、心配ごともいくつかある。
まず、このキャラバンは道中で僕を説得するため用意されたに間違いないだろうということ。
だがこれは、僕が話を聞き流せばそれで済む。
それと、彼らが僕を脅迫して、あるはずもない北への交易ルートを吐かせようとする危険も十分にある。
けれど僕が銃を隠している以上、彼らが無理やり僕を説き伏せることは不可能だし、ましてや僕を殺すなどもってのほかだ。
彼らが欲しいのは僕の持つはずもない交易ルートであって、僕を殺してしまえばそれは聞き出せなくなる。
( ^ω^)(……どうしたもんかお)
メリットとデメリットを天秤に掛ける。なかなか微妙なところである。
最悪の場合殺し合いだって起こりうるのが集団での旅。旅で何より危険なのは他人の存在である。
しかし、それ相応のリスクを背負わなければ旅に対する有益な情報は得られない。
まして通貨が存在し、情報までもが金銭的な価値を帯びているだろうこの地域ではなおさらだ。
歩き続けることが旅の目的。ならば、自分から危険に足を突っ込むのはこれ以上ない愚行だ。
けれど、ただ悠々と歩き続けるだけでは何も得られないんじゃないかと、そんな考えが浮かぶのもまた事実。
なにより、たとえ僕がキャラバンへの同行を断ったところで、彼らは無理やり僕についてこようとするだろう。
昨日や今のミルナの様子を考えれば容易に想像がつく。彼らの同行を断ることは至難の技だろう。
だから僕の心中は、自然とキャラバンに同行する方向へと傾いてしまう。そして――
( ^ω^)(最悪の場合は……)
――誰かを殺すことも辞さない。そう覚悟を決めて、僕は言った。
( ^ω^)「わかりましたお。一緒にエルサレムまで連れて行ってくださいお」
( ゚д゚ )「それは良かった! どうぞ、遠慮なく彼らをこき使ってください!」
そう言ってニヤリと口の端を釣り上げたミルナ町長。
この時点で、僕の短い平和な旅は終わりを告げた。
そして、キャラバンを率いて町を発った僕。
その時見た、見送るミルナのいやらしい笑みを、僕は一生忘れることはないだろう。
― 3 ―
( ´ー`)「俺らの町はもともとこの地方一の交易地でーな。
今もすげーが、昔はもっとすげーかったらしーんだーよ」
( ^ω^)「……そうなんですかお」
( ´ー`)「昔はこーした陸路による流通手段しかなくてーな。
だからこーそ、内陸の中心にあーる俺らの町はすげー人が集まったらしいんだーよ」
ラクダに乗って進むこと一か月。僕の同行したキャラバンは、かつてのシリア砂漠上を進んでいた。
僕の隣にいるのは、変なところで言葉を伸ばす癖のあるシラネーヨという中年。この男が、キャラバンのリーダーであった。
商人特有のいやらしさすべてを顔のパーツとして保有している彼は、常に僕の傍らで、一人ベラベラと話をしてきた。
彼はミルナ子飼いの商人らしく、しきりにビジネス協力の話や北への交易ルートについて聞いてくるので、
はっきり言ってかかわり合いになりたくない人物だったのだが、
たまには有益な話もするので、千年前に存在していたラジオを聴いているような感覚で、僕は彼の話を適当に聞いていた。
( ´ー`)「だがなー、十数年前に大型の船ができてかーらな、流通経路が陸路かーら海路にかわってーな。
海辺のイスタンブールやサナア、これから行くエルサレムに人や拠点が移っちまったんだーよ」
( ^ω^)「船……ですかお?」
( ´ー`)「そうだーよ。船ってーのは、水に浮く乗り物だーよ。
これがたくさん荷物運べてーな? 俺らにとっては商売敵なんだーよ。
そういうわけで、俺らはあんたと協力して北の交易ルートを開いていきてーんだーよ」
どうやら、大量運搬用の船がこの地域では活躍し始めているらしい。
それほどまでに、この地域の文明は確実な進歩を遂げているようだ。
面白いものだ。考えてみれば、かつての文明の発達もメソポタミア、エジプトのあるこの近辺からだった。
千年後の文明も、かつてと同じ道をたどっているらしい。
(-_-)「エルサレムはすごいところらしいですよ?
大型の船が出来るずっと昔からこの地域では一番の町だったらしいんですが、
船が出来て以降人の集まりにますます拍車がかかったらしくて……」
( ^ω^)「そうなのかお。ところでヒッキーはエルサレムとやらに行くのは初めてなのかお?」
(*-_-)「そうなんです。子どもは行商には連れて行ってもらえないので……。
でもこうやって行商に連れて行ってもらえいてるを考えると、ようやく僕も大人として認められたみたいです……」
そう言って顔を赤らめる少年。名をヒッキーといった彼は、シラネーヨの息子らしかった。
シラネーヨの話が耳障りになるにつれ、僕は彼とともにラクダ上で話すことが多くなっていた。
父親とは似ても似つかない純朴で素直な、ちょっと内気な少年である彼は、
会話を重ねるごとに口数が多くなり、僕によく懐いてくれるようになった。
そして思えば彼に限り、僕は心を開いて話をしていたと言える。
ヒッキーは僕の旅の話をしきりに聞きたがった。
それは商人的な打算からではなく、少年特有の純粋な好奇心からと感じられ、
実際に僕の旅の話を聞く彼の眼はキラキラと輝いていた。
だからこそ僕は包み隠さず自分の旅のことを彼に話してはやりたかったのだが、
その話が彼の口からシラネーヨに漏れる懸念がわずかでもあるかぎり、それはどうしてもするわけにいかなかった。
よって僕は、嘘の旅の話を彼にした。
もっとも、旅の中で感じたことだけは偽ることなく話したのだが。
その嘘話の代償として僕は、彼からこの近辺に伝わる昔話を聞き出すことに成功する。
嘘から本当の話を聞き出すのは何とも心苦しかったが、
千年前の記憶を持つ身としては、その話はどうしても聞いておきたかったのだ。
(-_-)「えっと……僕たちの祖先は、東の地からこちらへ移ってきたそうです。
なんでも昔、すごい戦乱が起きたらしくて……ほとんどの人がそれで死んじゃったらしくて……。
だから東の地は荒れていて……今も人は住んでいないそうです」
( ^ω^)「……」
東の地とは、イラン・イラク近辺のことだろう。これらは核保有国であり、周辺は紛争地帯としても知られていた。
アメリカやモスクワが核を受けていたのならば、当時の情勢からみるに、イラン・イラクも当然核を受けているはずである。
そしてそこから逃げ伸びた人々の子孫が、今、こうやって新たな文明を発展させている。
エスキモーたちとは、寒さと暑さなど逆の意味で厳しい生活を続けていた彼らにとっては、
襲ってきたはずの核の冬も、耐えうる程度のものだったようである。
少なくともヒッキーから聞き出した情報しか判断材料のない僕には、そうであったらしいとしか推察はできない。
しかし、そんな昔話よりさらに興味深く予想すら出来ない話を、ヒッキーは僕にしてくれることとなる。
(-_-)「でも……ほんの一握りの人々は生き延びたそうです。
東の地から逃げ伸びてきたその人たちは……エルサレム近辺に生活を移したって聞きました。
なんでも昔は聖地とかなんとかで有名だったらしくて……何の聖地かはよくわからないんですが……」
( ^ω^)「お? ちょっと待つお。今のエルサレムは聖地じゃないのかお?」
(;-_-)「はぁ……ただの交易の中心かと……そもそも聖地ってのがよくわからないし……」
(;^ω^)「そうなのかお? この地域には宗教ってものはないのかお?」
(;-_-)「……宗教? なんですか……それ?」
驚くべきことに、なんとこの地域には宗教という概念そのものが存在しないらしいのだ。
イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の中心が存在し、
世界的に見ても有神論者が圧倒的多数派だったこの地域に、だ。
(;^ω^)「……じゃあ、神って概念も存在しないのかお?」
(;-_-)「紙? 紙はありますけど……トイレですか?」
(;^ω^)「あ……いや、うん。まだ大丈夫だお。今の話は忘れてくれお」
そして、神という概念までもが、この時代のこの地域には存在していないようだった。
( ^ω^)「……なんで神概念が消え去ってしまったんだお?」
静かな砂漠の夜。旅の夜、僕は自分のテントに一人もぐりこむ、そのことばかりを考えて続けていた。
余談だが、就寝の際の僕は、誰か来たら一発でわかるようテントの入り口にブービートラップを仕掛け、
さらにキャラバンのテント群からも離れた所にテントを立て、常に懐に銃と銃弾のストックを忍ばせて眠りについていた。
ヒッキー以外は信用する気になれなかったし、唯一信頼のおけそうなそのヒッキーでさえ、
ショボンさんやドクオ、ギコやしぃちゃんたちほど僕は信用し切れていなかったからだ。
それはとても寂しく悲しいことではあったが、この地域にたくさんの人間、通貨が存在し、
交易が行われているくらいに文明が発達していしまっている以上、僕にはそうせざるを得なかったのだ。
そんな孤独なテントの中。
三十代も後半を迎えていた僕の思考は、孤独だからこそ、相応以上に冴えわたってくれていた。
かつてに比べ明らかに鈍り始めて頭で、僕は考える。
なぜ、神概念は消えてしまったのか?
それなのになぜ、人々はエルサレムに移り住んだのか?
( ^ω^)「やっぱり……神を信じていたからこそ……かお?」
至った結論を簡潔にまとめると、こういう言葉に表せた。
最終戦争、ハルマゲドンとも呼ぶべき千年前の争い。
この地域の祖先は熱心に神を信じていたからこそ、
その際神が自分たちを救ってくれなかったことに対する失望もまた、相当なものであったに違いない。
厳しい戒律を守り、生活の大部分を神にささげていた彼らにとって、それは裏切り以外の何物でもなかったであろう。
彼らにとってそれはトラウマと呼ぶべきほどに大きく、だからこそその反動も大きく、
生き延びたわずかな人々はこれまでとは真逆の道、つまり神を自分たちの中から抹殺することにしたのではなかろうか?
そして、それにもかかわらず彼らがエルサレムに移住した理由は、
海やオアシスが近いといった地理的理由もあるだろうが、何よりそれは神に対するあてつけではなかったのかと僕は思う。
「かつて聖地と謳われたこの場所で、私たちはお前を信じていないにもかかわらず、ここまで繁栄したぞ?」
そんな類いの神へのあてつけが彼らの中にあり、
そしてその思いこそが、彼らの文明をここまで発展させた原動力になったのではないだろうか?
( ^ω^)「そう考えると……ここの文明は神への恨みで発展したことになるお……」
砂が風に舞う音しかしない砂漠の夜。
テントの鋭角状の天井を眺めながら、ぼんやりとそんな言葉を呟いてみた。
しかし、「だとしたら、悲しいな」だなんて、微塵も思わなかった。
むしろ恨みをエネルギーに変えて前に進めるのなら、それに越したことはないと思えた。
歩き続ける意味を見い出せるのなら、僕だって恨みをエネルギーに変えてみせる。そんな決意さえ浮かんでくる。
もっとも、僕のこの結論は何の確証もないただの絵空事に過ぎない。
けれど真実は決して明かされることはない。何が正しいかだなんて、結局誰にもわからないのだ。
そして密かに、僕は自分の結論が的外れではないと考えてしまっていた。
それはきっと、僕が天才の脳みそを共有しているからだろう。
( ^ω^)「内藤ホライゾン……あんたはどう考えるかお?」
けれど答は返ってこないまま。
待っても意味ないことなので、僕は周囲の音に警戒しつつ、浅い眠りへと落ちることにした。
(*-_-)「うわー……すごいですねー……」
(;^ω^)「本当だお……まさかここまでのものとは……」
それからさらに一ヶ月。
砂漠を抜けたキャラバンは死海のそばを通り過ぎ、ついにエルサレムへとたどり着いた。
エルサレムの規模は予想以上にすさまじいものだった。
赤い煉瓦造りの城壁がどこまでも周囲を取り囲んでおり、設けられたいくつかの門には、どこも長蛇の列が出来ていた。
町に入るだけでも一日仕事であり、ようやく立ち入りを許されたころには夕方。
しかしその時間にもかかわらず、町は活気に満ち満ちていたのだ。
立ち並ぶ露店。行きかうのは姿格好が様々な人々。荷物を積んだラクダやロバの往来は、まるでかつての車のように見えた。
路肩には城壁と同じ煉瓦造りの、むき出しの水道が通っていた。どうやら近隣のオアシスから水を引いているらしい。
そういえば、ここからもう少し南へ下ったペドラ遺跡にも似たような水道が通っていた。それを参考にしたのだろうか?
そんなことを考えながら町の大通りを渡った僕は、シラネーヨらに連れられ、町はずれの商人宿で休むこととなった。
(*-_-)「うわー……すごいですよブーンさん……見たことないものがたくさん……」
( ^ω^)「おっおっお。本当だお」
翌日、商いを行うシラネーヨたちと別れた僕は、エルサレムの町をヒッキーと二人で探索することにした。
本当は一人で町を見て回りたかったのだが、しきりに同行を頼んできた、
仕舞いには同行しなければ父に怒られると懇願してきた彼を放っておけず、結局僕は彼を連れて歩く羽目になった。
おそらくはヒッキーが僕と仲良かったため、シラネーヨが監視係として彼を僕につけたのだろう。
もっともヒッキーはその自覚がないようで、むしろ僕が監視しなければならない程うろちょろと人ごみの中を歩き回っていた。
子どものようにはしゃぎまわるヒッキー。
内藤ホライゾンが早くに結婚していれば、彼にヒッキーくらいの歳の息子がいても不思議ではない。
そんな思いが、シラネーヨに通じているヒッキーが僕の旅の危険分子になるにも関らず、
僕をして彼を同行させてしまった所以なのだろう。
もっとも、良くも悪くも純粋な裏のない青年であるヒッキーに害はなく、
僕は彼を連れていても、存分にしたいことをすることが出来てはいたのだが。
( ^ω^)「おー、香辛料がいっぱいだお」
(;-_-)「すごい色をしたやつがありますよ……ほら、これなんて真っ赤っか……」
そんなこんなで市場へと赴いた僕とヒッキー。
まず買うことにしたのは香辛料。保存食作りに重宝するためだ。露店には実に様々な香辛料が並んでおり、
その一つ一つの特性や合う食品を露店の主から逐一聞き出し、記憶した。話を聞くだけでよだれが出そうだった。
他にも、食糧、水と大きめの水筒をいくつか、様々な目的に転用できそうな巨大で丈夫な布、などを僕は購入する。
(-_-)「僕の町に比べて水が安いですね……やっぱりオアシスが近いからでしょうか?」
( ^ω^)「そうなのかもしれないお」
(-_-)「服は……それだけでいいんですか? 失礼ですけど……かなり汚れていらっしゃいますが……」
( ^ω^)「別にいいお。着なれたものを着るのが一番だし、無駄に金を使ってはいけないお」
着衣の購入は、直射日光を避けるためのターバンだけにとどめておいた。
身につけていた超繊維の服やマントは丈夫で、通気性、発汗性に優れていてまさに砂漠を歩くためにあるようなものだったし、
ドクオの村からずっと超繊維のマントの下に着込んでいた原色の着物も、砂漠を歩く上で特別な問題はなかったからだ。
(-_-)「いっぱい買いましたね……僕もほら……お小遣いでナイフ買っちゃいました……」
( ^ω^)「おっおっお。カッコイイじゃないかお」
(*-_-)「えへへ……おもちゃみたいな安物ですけどね……それで、次はどこに行くんですか?」
( ^ω^)「うん。路地裏に行って情報屋を探すお。いろいろ聞きたいことがあるんだお」
市場を歩き回り、そりの荷台に旅の荷物が集まった後、
ヒッキーと会話を交わしながら僕は、大通りから逸れて路地裏へと足を向けた。
人の集まるところは情報も集まる。
だからこそ、それを売り物とする情報屋も存在するはずだと考えられたからだ。
案の定、日の光の届かない暗い路地裏には胡散臭い風貌の男たちの露店が点在しており、
僕は彼らの中から最も風格の感じられる男を一人選び、意気揚々、要件を尋ねることにした。
( ^ω^)「この地域の歴史や風俗、伝統について教えてくれお」
まさかこんなことを尋ねられるとは思っていなかったのだろう。
情報屋の男は訝しげに僕をねめつけると、門前払いだと言わんばかりに片手をひらひらと振る。
しかし僕が相場以上の大金を取り出すと、一変して素直に情報を出しはじめた。
それを耳にして、非常に興味深いことに僕は気付く。
( ^ω^)「なるほど……収穫祭やクリスマスはまだ残っているのかお」
なんとまあ面白いことに、神や宗教の概念がなくなったにもかかわらず、
それに由来する伝統や儀礼がこの地域には未だ残っていたのだ。
特にキリスト教、ユダヤ教の伝統は色濃く残っており、
それだけでなく、それらに由来する規律やモラルといったものも少なからずこの地域には残っているようだった。
( ^ω^)「面白いもんだお……本来は宗教上の救いを得るための規律や儀式が、
宗教が無くなってもなお、独立した伝統や規律として存在しているのかお……」
まあ、無神論者の僕は、宗教に意味があるとすれば、
堕落しがちな人間を律するための規律としてや、ハレとケをはっきり区別するための行事の用意以外にないとは考えていた。
だから、宗教が消え去ったこの地に有用性のあるそれらだけが残っていることに、特に不思議は感じない。
単純に興味深いなと、ただそれだけを思ったに過ぎない。
その後数時間情報屋と話し合い、一通りの情報を聞き出した僕。
傍らでクエスチョンマークを浮かべているヒッキーをよそに一人勝手に納得して、
一つの疑問、というほどたいそうなものではないが、気になることに思い至る。
( ^ω^)「ユダヤ教やキリスト教の聖地だったエルサレムがこんなに発展しているなら、
イスラム教の聖地だったメッカは、いったいどんな感じになっているんだお?」
かつてもっとも熱心な信者を有していたイスラム教。
その聖地メッカは千年後の今、いったいどうなっているのだろうか?
これは単純に知的好奇心から来た疑問だ。解決できたからといって何かが得られるわけではない。
しかし、その解決を歩き続けるための一つの目的として捉えるならば、それだけで十分に価値のある疑問だ。
そもそも、ミルナやシラネーヨ、ヒッキー、情報屋の話の中にさえ、
メッカという地名は一度も出てきてはいない。
その後改めて情報屋に尋ねてはみたが、有益な情報はほとんど得られなかった。
それほど忘れ去られている土地らしい。
無くなったのか。遺跡として存在しているのか。それとも密かに繁栄しているのか。
そう考えると気になってしょうがなくなる。
どうなっているのか、この目で確かめてみたくなってくる。
( ^ω^)「おっおっお。とりあえずの目的地が決まったお」
聖地メッカ。千年後の今、忘れ去られているその場所を見てみよう。
宿屋への帰り道、僕はそう、心に決めた。
翌日、日が昇る前に市場に赴きラクダを購入した僕。
キャラバンにあったラクダは借りものだったので、無駄な難癖をつけられないよう自分のものを購入することにした。
そして早朝にもかかわらず付いてきたヒッキーに一言残し、朝飯後にはメッカへ旅立つことにした。
現在シラネーヨたちは商いの最中であり、それを中断してまで僕を追ってくることは出来ないだろうし、
何よりこんなに早く僕が旅立つなど、彼らは考えてもみないだろうから。
(;-_-)「ブーンさん……どうしても……行っちゃうんですか?」
( ^ω^)「そうだお。もともと僕たちはこのエルサレムまでの付き合いだったんだお。
これ以上一緒にいる意味も義務もないお。それに……」
――これ以上ヒッキーといると、妙な愛着がわきそうで怖かった。
歩き続けなければならない僕にとって、その感情は障害以外の何物にもなりえない。
だから僕は、ヒッキーとの関係が致命傷へと至らないうちに彼と決別しなければならなかった。
あまりに淡白すぎる別れではあるが、そうする以外に安全な旅立ちの方法が、僕には他になかったのだ。
( ^ω^)「立派な男になるんだお? それじゃ、バイバイだお」
(;-_-)「ブーンさん! 待ってください! ブーンさん!」
すがるようなヒッキーの声に少しの名残惜しさも感じたが、僕は振り返ることなく、エルサレムをあとした。
そして、翌々日の夜。
人生で五本の指に入るほどのつらい出来事に、僕は遭遇することとなる。
― 4 ―
ラクダに乗り、荷物を載せたそりを引かせて、なるだけ町から離れようと急ぎ足で南へと下った僕は、
翌々日の夜、食事を取り、砂漠というほどでもない砂地の上にテントを張り、床に就こうとしていた。
すっかり町からは離れたらしく、あたりには砂地と短草の生える土、それが半々に分かれた大地があるだけ。
昼間の暑さが嘘のように冷え切ったその上で、
僕はエルサレムで買っておいた布を毛布代わりに広げようと立ち上がった。
その時「寝る前にラクダに水をやらなきゃな」と思い至り、僕はテントから外に出ることにする。
(;^ω^)「おお……寒いお」
本当に静かな夜。シンと静まり返った空気が、吹く風の冷たさをさらに掻き立てていた。
思わず身震いして、あたりを見渡す。
周囲には月に照らされた砂と短草たちばかり。
その先にどこまでも続く地平線の果てしなさが自分の旅の行方にも見えて、妙な感傷に浸ってしまう。
( ^ω^)「広いお……世界は本当に広いお……」
そう呟きながら小便をし、股間の棒を振る。
滴る水滴が砂になじんだことを確認して、もう一度地平線を眺めた。
(;^ω^)「……ん?」
そして、僕は見つけ出す。地平線の先に浮かぶ、いくつかの動く影を。
(;^ω^)「間違いないお……人だお……」
影が幻でないことを確認した僕は、何食わぬ顔でラクダに水をやり、気づかないふりをしてテントへと戻る。
それから、荷物から少なくなっていた銃弾のストックを、懐から銃をそれぞれ取り出し、万が一に備えセーフティーを外した。
その後、ナイフでテントの壁面に小さな穴をあけ、そこから外の様子をうかがう。
(;^ω^)「ただの行商人かお? でも、行商人なら危険な夜に進む理由がないお……。
となると……野党かお? いや、もしかすると……」
ジッと、身を潜めた。ただでさえ静かで寒い砂地の夜が、ことさら静かに冷たく感じられた。
それなのに銃を握る僕の手のひらには汗が滲み、呼吸は荒くなっていく。一分一秒が非常に長く感じられる。
やがて静寂の中に、足音と潜めた声が交りはじめた。それは確実にこちらへと近づいてくる。
そしてもはや静寂が静寂に感じられなくなった頃。
最後に聞こえてきた潜められた声から、僕はその一団の正体を知ってしまう。
(;^ω^)「シラネーヨたちかお……」
二か月間、嫌というほど聞いてきた声。
彼らのラクダの足音もずっと聞いてきたのだから、誰のものかそれなりに区別が出来た。
ほぼ確実に、こちらに向かって来た一団はシラネーヨたちのものだろう。
もっとも、砂に埋もれるわずかな足音の数から判断するに、
キャラバンの全員ではなくごく一部の者たちを率いてのようではあったが。
(;^ω^)「まさか行商を放棄してまで追ってくるなんて……にしても、何しに来たんだお?」
と、呟いてはみたが、大方の理由は察しが付いていた。彼らは僕を連れ戻しに来たのだ。
しかし、なぜ夜に来る必要がある?
焦りで十分な判断を下せないが、状況から察するに、少なくとも穏便な話し合いをしに来たという風情ではなさそうだ。
(;^ω^)「……すー……はー……」
大きく深呼吸をして、気を落ちつけた。
ここでパニックに陥ったら主導権はあちらのもの。
大丈夫。僕には銃がある。いざとなったらこれを使って逃げればいいのだ。
相手の武器はナイフのみ。有利なのはこちらだ。有利なのはこちらなのだ。
自分に何度も言い聞かせてテント内の明かりを消し、虚勢を張るようにテントの真ん中にどっかりと腰をおろした。
やがて、足音がギリギリまで近付き、止まる。
気配を潜めた彼らが、こそこそとテントの周囲を嗅ぎまわっているのが感じられた。
そして、テントの入り口に一つの人影が現れる。
姿形からして、十中八九、シラネーヨだろう。
ここで先手を取られるわけにはいかない。僕は覚悟をきめ、声をかけた。
( ^ω^)「シラネーヨさん。何の用ですかお?」
僕の声を受け、影が明らかに動揺するそぶりを見せた。
僕は両手を胸の前で組み、握った銃をその下に隠す。いつでも抜けるよう、五感を最大限に研ぎ澄ます。
準備は万端。もう一度息を吸い、おろおろとしている入口の影に向け、声を重ねる。
( ^ω^)「入ってくるといいお。シラネーヨさん」
(;´ー`)「……と、突然の訪問、失礼するだーよ」
予想通り、入口から入ってきたのはシラネーヨ、その人だった。
( ^ω^)「夜中の訪問とは無礼ですおね。ま、そこに座るといいお」
(;´ー`)「も、申し訳ねーだーよ」
僕の言葉を受け、素直に入口の前に腰をおろしたシラネーヨ。
待ち構えていた僕に少なからず動揺しているのだろう。明かりがないため顔はよく見えないが、雰囲気で察しがついた。
僕もそれなりに動揺しているが、今のところ、主導権を握っているのはこちらである。勢いに乗り、そのまま続ける。
( ^ω^)「僕は疲れていて眠いんですお。用件があるなら単刀直入にお願いしますお」
(;´ー`)「……また俺らについて町まで戻ってほしーんだーよ。
俺らはあんたと商売がやりたいんだーよ。あんたがどうしても必要なんだーよ」
やはり、予想通りだった。
これについては彼らに同行した時点ですでに想定していたことなので、動揺はしなかった。
気にかかるのは、これ以後だ。
もともと僕は北への交易ルートなど持っていない。
何より旅を続けなければならない。歩き続けなければならない。
僕の選択肢に彼らと商売をするだなんてものは存在しない。
僕は彼らの申し出を断ることしか出来ない。それは決まっていることなのだ。
だから、僕が断ったとして彼らがどういう行動に出てくるか、
それが一番の不確定要素であり、これからの僕の行動の分かれ目であった。
( ^ω^)「ありがたい申し出ですが……
残念ですがお断りしますお。僕は旅を続けなければならないんですお」
(;´ー`)「そういうわけにはいかねーんだーよ!
あんたを連れ帰らないと俺が町長に見限られちまうんだーよ!」
この返答も、予想通りだ。
見送りの際、不敵な笑みを浮かべていたミルナ。それを目にしたときから、こんなことくらいわかっていた。
それからシラネーヨがどう出るか。問題はこれに尽きるのだ。
( ^ω^)「そう言われましても、無理なものは無理ですお。どうぞお引き取りくださいお」
(;´ー`)「……どうしても無理かーよ?」
( ^ω^)「そうだお。無理だお」
平静を装いつつ、はっきりと言い切った。
組んだ両手のひらからは不快な汗が止めどなくにじんでいる。
胸の鼓動がやけに大きく聞こえてくる。
さあ、どう出る?
シラネーヨ、あんたはこれからどんな行動を起こす?
あんたの行動次第で、この静かな砂地の夜が血で染まることになるぞ?
そして僕は、それを望んではいないぞ?
( ´ー`)「ならば……しかたねーだーよ」
(;^ω^)「!?」
しばらくの沈黙の後、暗いテントの中、シラネーヨがゆらりと立ち上がった。
同時に、最悪の想定が僕の脳裏を駆け巡る。
立ち上がったシラネーヨ。
その姿は暗いテントに影として存在しており、だからこそことさら大きく感じられた。
表情も影となって確認できない。しかしなぜだか、笑っていると感じられた。
( ´ー`)「こっちもビジネス。生きるためにはしょうがねーんだーよ」
(;^ω^)「……どうするつもりだお?」
( ´ー`)「……無理やりにでもあんたを連れて帰るだーよ。そんで、ルートを吐かせるだーよ。
抵抗しない方がいいだーよ。人数を考えれば、圧倒的にこっちが有利なんだーよ。
それでも抵抗するなーら、悪いけーど、腕や指の一本や二本は覚悟してくれだーよ」
そう呟くと、シラネーヨはパチリと指を鳴らした。
それを合図に、テントの周りにあった気配が彼の背後、テントの入り口へと集まっていく。
続いてシラネーヨが、腰につけていたらしいナイフに手をやった。
暗いテントの中、それを抜く音だけが生々しく響く。
そして、それからの数秒間。僕の思考、そして視界は、驚くほどゆっくり動くこととなる。
――こちらに向かって、シラネーヨが右足を踏み出した。
どうする? これから僕はどうする?
決まっている。僕は歩き続けなければならない。彼らに拉致されるわけにはいかない。
ならば、するべきことは一つだ。
――シラネーヨの背後、テントの入口を閉じている幕が少しめくられた。
抵抗する。それしか逃げ伸びる手段はない。それしか歩き続ける道はない。
しかし僕に、相手を殺さず逃げ伸びるといった芸当が出来るわけがない。この中の誰かは確実に死ぬだろう。
いや、誰かじゃない。銃を使用する以上、僕は彼らを皆殺しにしなければならない。
この地域を歩き続ける以上、そうする必要が、僕にはどうしてもある。
――シラネーヨの右足が地に着いた。続けて左足が持ち上げられる。
だってそうだろう? 銃は僕の奥の手だ。
この存在を僕に害をなす他者に知られた場合、つまりミルナ町長に知られた場合、それはもう奥の手とはなりえない。
この中の誰かを逃がせば、より多くの追手がミルナから僕に向かって放たれるだろう。
彼らは、銃の存在を前提とした武装を成してくるだろう。
その時僕は、その追撃を掻い潜り無事逃げ伸びることが出来るだろうか?
否。出来るわけがない。
――シラネーヨの左足が地に着いた。彼の影はもう僕の間近まで迫っている。
さあ、銃を抜くんだ、僕。それ以外に道はないんだ。
右手に握りしめた銃の口を目の前の男の眉間へと突き付け、その引き金を一気に引くんだ。
けれど、右手は動かない。動かさなければならないとわかっているのに、どうしても右手は動いてくれない。
――入口からも数人が入ってきた。その手にはナイフ、そして僕を縛るためであろうロープが握られている。
僕は人を殺したくないのか? 馬鹿なことを。そんなの綺麗ごとだ。
大体僕は、直接的ではないがこれまで多くの人間を殺してきただろう?
なにより僕の体は、千年前の戦争の発端を造り出した内藤ホライゾンのものだ。
僕の手はすでに血で汚れている。僕の体はすでに血でまみれている。
今更、直接的に人を殺したって、何も変わりはしないのだ。だからその銃を抜くんだ、ブーン。
――間近に迫ったシラネーヨの影。彼の右手のナイフが、大きく振り上げられる。
抜け。銃を抜け。けれど人を殺したくない。しかしそれでは旅を続けられない。
だから抜け。抜いて相手の頭を打ち抜け。だけど人を殺したくない。それでも銃を抜くしかないんだ。
歩き続けると決めただろう? 意味を見つけるまでは死なないと決めただろう?
それが僕の自由だ。そしてどんな手段を用いても歩き続けることが、僕の義務だ。
――狭いテント内に数人が転がり込んできた。総勢五人。もはやナイフではダメだ。銃以外に立ち撃つすべはない。
だから、銃を抜け。打ち抜け。殺せ。
相手の眉間に血の花を咲かせろ。静かな夜を赤に染めろ。
道を阻む障壁をなぎ倒し、その屍の上を歩く覚悟を、今、決めるんだ。
――振り上げられたシラネーヨのナイフ。その切っ先が、僕に向かって落とされる。
殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。
殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。
殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。
殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。殺せ。打ち抜け。
それが僕の自由に課せられた、たったひとつの義務なんだ。
だから、その引き金を。
さあ、引くんだ。
(; ゚ω゚)「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
シラネーヨのナイフが落ちてきた瞬間、僕は銃を取り出し、その引き金を引いていた。
わけもわからないまま銃を打ちならし、ただ絶叫を上げながら、くらむ視界の中にある影に穴を開け続けた。
その影から発せられたはずの断末魔の声。それさえも僕の絶叫と銃声はかき消していた。
弾が切れるまで引き金を引き、銃口から何も出なくなってもしばらくの間、僕は無我夢中で引き金を引き続けていた。
(; ゚ω゚)「……はぁっ! ……はぁっ!」
やがて反動の無くなった銃の手ごたえから弾が切れたことを理解し、僕は呆然とテント内を見渡す。
立ち込める消炎の香り。
そして、生臭い血の香り。
テント内にあった五つの影は、僕を残してすべて地面に崩れ落ちていた。
(; ゚ω゚)「……はぁっ! ……はぁっ!……うっぷ!」
ようやく冷静な思考が戻ってきて現状を理解した僕。
そして次に襲ったのは、強烈な吐き気。
すぐさまテント外へ飛び出した僕は、胃の中のものをすべて吐き出す。
(; ゚ω゚)「おええええええっ! がはっ! げぇぇえぇぇえぇえぇっ!」
体中から流れ出る脂汗。
膝はガクガクと震え、立っているので精いっぱい。体の状態は最低だ。
しかし、これですべてが終わったのだ。とりあえずは安心できる。
これ以上の悪夢が起こるはずはない。起こるはずがない。起こるわけがない。
そう、絶対に――
(;-_-)「あ……あ……」
(; ゚ω゚)「ヒ、ヒッキー……」
――しかし、悪夢は起こってしまう。
地面に吐き続けたあと顔を上げれば、眼の前には腰を抜かしたヒッキーが、
この地域で僕が唯一心を許した相手が、砂の地面にへたり込んでいたのだ。
月明かりの下、彼の様子が手に取るようにわかった。
彼の顔には恐怖が張り付いており、股間は失禁したらしく濡れていた。
僕と目のあった彼は足をバタバタとさせ、声にならない声を上げ、
腰の上がらない体で必死にこの場から逃れようとしていた。
(; ゚ω゚)「ヒッキー……なんでお前がいるんだお……」
(;-_-)「う……あ……来るな……来るなあああああああああああああああああああああああああ!」
そして僕が一歩足を踏み出せば、彼は聞いたこともない叫びを上げ、両手をブンブンと振り回し始める。
目の前で何が起こっているのか理解できない。冷静さが失われ、またしても思考が混乱する。
なぜヒッキーがここにいる? 彼はどう見ても争い事には向かない。それなのになぜシラネーヨは彼を連れてきた?
めまいを覚えながら存在しない人物に対し恨み事を浮かべ、拒まれながら、それでも僕はヒッキーへと足を運ぶ。
けれど、僕のその足も止まる。当然の蔑称を彼に浴びせかけられ、僕は微動だに出来なくなる。
(;-_-)「来るな……来るな人殺しいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
(; ゚ω゚)「!!」
人殺し。そうだ。僕は人を殺したのだ。直接。この手で。引き金を引いて。間違いなく。
だから僕はその蔑称を甘んじて受けなければならない。その覚悟は先ほど決めたはずだ。
けれどヒッキーの、僕を慕ってくれた息子ほどの歳の彼の口からそれを告げられば、
これまでの覚悟は音もなく崩れ去り、僕はどうしようもないほどの絶望にさいなまれる。
(#-_-)「うあ……うあああああああああああああああああああああああああ!!」
(; ゚ω゚)「うあっ! ヒ、ヒッキー! 落ち着け! 落ち着くんだお!」
しかし、絶望に陥る暇すら人殺しの僕には許されなかった。
半狂乱に陥ったヒッキーが腰のナイフを抜き、立ち上がって僕に切りかかってきたからだ。
(;メ゚ω゚)「痛っ!!」
不意の第一撃が、僕の頬をかすめた。流れ出た血が頬を滴っていくのがはっきりとわかった。
ヒッキーの手にあるのは、おそらくはエルサレムで買ったあのナイフ。
言ってみればそれは僕と彼との関係性を表す唯一の物体だ。
ドクオやギコ、しぃちゃんとの思い出である原色の着物。ショボンさんとの思い出である絵やナイフ。
それと同じ意味合いを持つナイフで、僕はヒッキーに切りつけられた。
その傷はとてつもなく深い。頬自体の傷は大したことはない。しかし心の傷は、僕にとっては致命傷だった。
それからも続けられるヒッキーのめちゃくちゃな斬撃。
それを避けるのに精一杯で頬の裂傷の痛みを忘れながら、僕は必死に声をかける、
(;メ゚ω゚)「ヒッキー! 落ち着け! そのナイフを仕舞うんだお!」
(#-_-)「うああああああああああああああああ! うああああああああああああああああああ!」
けれどヒッキーに僕の声は届かない。でたらめに振り回されるナイフの刃が次々と僕を襲う。
それを必死に避けながら、なおも僕は説得を続ける。しかし、ヒッキーには全く届かない。
やがて大きく横一線にナイフを振ったヒッキーの体勢が、僕がそれを避けることにより大きく崩される。
物理法則に従い、彼の体は砂の上に転がる。
(;メ゚ω゚)「ヒッキー!」
絶好のチャンスを前にすぐさま彼の体へと飛び乗った僕は、
手からナイフを奪い取り、体を押さえつけ自由を奪い、声を張り上げて最後の説得を行った。
(;メ゚ω゚)「ヒッキー! こうするしかなかったんだお! こうしなきゃ僕は旅を続けられなかったんだお!」
(#-_-)「離せ! 離せ! 離せえええええええええええええええええええええええええええええええ!」
(;メ゚ω゚)「お前には悪いと思ってるお! だけどわかってくれお!
僕の旅の話を聞いてくれたお前なら、絶対にわかってくれるはずだお!
あいつらが僕を連れ去ろうとした以上、僕にはこうするしか出来なかったんだお!」
(#-_-)「うるさい! うるさい! 親父やみんなを返せえええええええええええええええええええええ!」
細い体つきからは想像もできないほどの強列な力であがくヒッキー。
これ以上は押さえつけられないと懸念したその時、彼は僕を打ちのめすに十分な言葉を放つ。
(#-_-)「殺してやる! 地の果てまで追いかけて、絶対にお前を殺してやる!」
(;メ゚ω゚)「!!」
(#-_-)「覚悟しろよ!? 絶対に親父やみんなの恨みを晴らしてやるからな!
あはは……あはははははははははははははははははははははははははは!!」
( メ ω )「……」
まさかのヒッキーの言葉を耳にして、僕の体から力が抜けた。
同時に、恨み事を口にしてすっきりしたのだろう、押さえつけていたヒッキーの体からも力が抜けた。
それ以後、ヒッキーは乾いた笑いを、僕の下から夜に向かって響かせるだけ。
その笑い声をしばらく聞き続け、僕はようやく理解した。
歩き続ける僕にとって、ヒッキーという存在はもはや行く手を阻む障壁に過ぎないのだ。
彼がどんなに僕を慕ってくれていたとしても、僕が心を開いていたとしても、それはもう過去のことに過ぎないのだ。
今、この場にいるのは、歩き続ける義務を負った男と、その障壁にしかなりえない男。
ヒッキーもシラネーヨたちとなんら変わりない、僕の障壁以外の何物でもないのだ。
だから僕は、歩き続けると決めた僕は、彼が僕を殺そうと考えている以上、
自由を振るうものの義務として、歩き続けるこれからのため、彼も同様に殺さなければならない。
( メ ω )「……」
腰に装着していた鞘からショボンさんのあのナイフを引き抜き、漆黒の切っ先を体の下のヒッキーに向けて構える。
もはや狂っていたヒッキーは、それを見てもなんら抵抗はしなかった。
彼はただ、笑い続けるだけ。きっと想像の中で彼は、僕を殺し、崩れ落ちた僕の死体を見下ろして笑っているのだろう。
(#-_-)「あははははははははははははははははははははははははははははははははは」
( メ ω )「……うるさいお」
それだけを呟いて、僕は、彼の心臓に向けてナイフを振り下ろした。
何度も何度も。苦しむ時間を与えないよう、連続して切っ先を突き刺した。
返り血が僕の顔を濡らしていく。頬の傷の血と混じり、もはや誰の血なのかわからなくなる。
その後、ずっと続いていた笑いは一瞬の断末魔を最後に姿を消し、夜の砂地に音は何一つしなくなる。
ヒッキーの体が動かなくなったを確認した僕は、ゆらりと死体の上から腰をあげ、呆然と空を見上げた。
( メ ω )「……やっぱり満月かお」
たくさんの血で濡れた両手を天にかざす。空には、予想通り満月が昇っていた。
クー。ドクオ。ショボンさん。誰かが僕や内藤ホライゾンの目の前で死ぬ際、空にはいつも満月が輝いていた。
その例にもれず、今宵も空には満月が輝いている。
憎らしいほど明るく。憎らしいほど美しく。
( メ ω )「……お前が人を殺しているのかお? それとも僕が……殺しているのかお?」
呟いて、足もとに視線を移した。ヒッキーの死体。流れ出ているどす黒い血。生臭い匂いが鼻を突く。
けれど、吐き気はもう訪れなかった。それはきっと、僕が人を殺すことにもう慣れてしまったから。
今後の僕は、躊躇なく人を殺せるだろう。テントの中での、地獄のような葛藤に苛まれることは二度とないはず。
だからきっと、どこであろうと、これからも僕は歩き続けられる。
だけど、だけど――
( メ ω )「……こんなことをしてまで……僕は歩き続けなければならないのかお?
……そうしなければ、歩く意味は見つけられないのかお?」
うつむいて呟く。視界がにじむ。
強烈なめまいが訪れて、映る世界がグニャグニャに歪んでいく。
再び顔を上げ、視線を地平線のあった方角に移した。その反動で、僕の頬を生ぬるい液体が伝う。
それは、血ではない。内藤ホライゾンの体がブーンとして流す、はじめての涙だ。
親しくしていた誰かに恨まれ、その人を殺す。そうでなければ先には進めない。
これが旅をするということなのか? これが生きるということなのか?
これが歩くということなのか?
(´・ω・`)「……」
そして僕は、めちゃくちゃに歪んだ世界の中に、ショボンさんの幻を捉える。
銀色の満月に照らされた藍色の砂地。ショボンさんの幻はその真ん中にたたずんで僕を見つめていた。
僕に歩き続けろと言ってくれた人を前にして、もはやいるはずのない人を前にして、僕は叫ぶ。
( メ ;ω;)「ショボンさん……これで本当に良かったんですかお!?
誰かを殺して歩き続ければ……本当に歩く意味が見つけられるんですかお!?
ねぇ!? そうだと言ってくれお! あの時みたいに僕を肯定してくれお!
答えてくれお! ショボンさん!!」
(´・ω・`)「……」
けれどショボンさんの幻は曖昧な笑みを浮かべて僕を眺めたまま、何も言わずに消えていった。
やがて歪んだ視界に呼応して平衡感覚を失った僕の体は、死体のようにガクリとひざから崩れ落ち、意識を失った。
翌日。
目覚めた時には日が高く昇っていた。地平線はかげろうに邪魔されて歪んでいた。
テントや砂の上に転がっていた死体は昨晩と変わらず、静かにそこに横たわっていた。
僕は無言で亡骸を葬り、旅の荷物をまとめ、ラクダに乗ってその場を立ち去った。
それからも南へ歩き続けた僕は、二度、野党に襲われる。
一度目は銃を使い、彼らを皆殺しにした。
野党程度であれば、一度力を見せつければ僕を追うなんてしないだろうと予想出来たから、皆殺しにする必要は特になかった。
実際、首領格の男を除いた全員を、僕は生きたまま返した。
けれど、一度逃げ帰った彼らは後日、かたき討ちだと言って再び僕を襲ってきたので、仕方なく全員を皆殺しにした。
やはり襲われた際には、禍根を残さないため、自らの安全を確保するため、皆殺しにするしか方法はないようだ。
ヒッキーやシラネーヨを全滅させた僕の判断は正しかった。そこに情など挟んではいけなかったのだ。
そしてメッカへの最大の試練を前にした僕は、
もう一度別の野党に襲われ、当然のごとく彼ら全員を打ち抜く。
その時の僕は、もう人を殺すことに何の疑問も抱いてはいなかった。
機械的に銃を突き付け、引き金を引くだけ。僕にとって誰かを殺すということは、
単なる機械的な作業にまで落ち込んでしまっていた。
その代償として僕は移動手段としてのラクダを、そしてストックの銃弾のすべてを失ってしまうが、
まだまだ歩き続ける自分が残っている以上、特に悲壮感は感じなかった。
( メ^ω^)「残りの弾は一発。本当に最後の切り札になってしまったお」
そう呟いて銃を懐の奥へと仕舞い、前を見る。
どこまでも続く夜の砂漠。
そしてその向こうに広がる、切り立った頂の数々。
それらは「障壁」という意味を持つ、かつてヒジャーズと呼ばれた山々。
聖地への最後にして最大の試練。
その先のメッカに向かい、僕は再び歩きはじめた。
― 5 ―
ちょうど荒野が隆起すればこんな風景になるのではないだろうか?
ヒジャーズの上を歩きはじめた僕は、そんな感想を持っていた。
ヒジャーズ。障壁。イスラムの聖地メッカを目指す者にとって文字通り壁となって立ちはだかる山々。
そこにはごくわずかな肥沃地帯のほかに豊かな土はなく、空気は乾き切っており、舞う砂埃が頻繁に僕の目を襲う。
登り出した山の斜面には雨期にだけ水が流れるワジと呼ばれる谷状の、水のない河が点々としており、
そこを下っては登り、下っては登りを繰り返すことで、僕は旅に慣れていたにもかかわらずかなりの体力を削られた。
さらにヒジャーズは砂漠以上に寒暖の差が激しく、特に「寒」、夜の冷え込みようにはほとほと手を焼いた。
南へ下るということであらかたの防寒具を売ってしまっていたため、夜はエルサレムで買った布に包まるしかなく、
しかしそんなものでは寒さを完全に遮断できるわけもなく、僕の眠りは必然的に浅いものとなってしまう。
昼は糞暑い中斜面を上り下りして疲れを溜め、けれど夜は寒さのため満足のいく睡眠はとれない。
そんな悪循環から疲れはどんどんと蓄積し、それに伴い食欲もなくなり、健康状態はますます悪化していく。
唯一の救いは、十分な水と保存食を用意していたこと。
これらの準備がなかったら、とっくの昔に僕は飢えて死んでいる。
それと、厳しい土地だからこそ野党はおろか人の姿さえ無く、彼らに対する警戒に無駄な体力を使わずに済んでいたこと。
肉体的な疲れの上にこれら精神的な疲労が上積みされていたとしたら、冗談抜きで僕は発狂している。
(;メ^ω^)「すごい土地だお……」
まさに「障壁」。名は体を表すとはこのことだった。
山の形をした荒野。そんなヒジャーズの上を、僕はひたすらに南下した。
途中で雨季に差し掛かり、鉄砲水がワジの上を流れるようになって何度も足止めをくい、
雨期が去ったら今度は強烈な湿気に悩まされ、
ようやく蒸し暑さに体が慣れた頃には照りつける太陽で空気が乾燥しはじめ、今度はそれに悩まされる。
相変わらず昼夜の寒暖の差も激しく、次々と変わっていく気温や湿度の変化が容赦なく僕の体力を削っていく。
(;メ^ω^)「ふざけてるお……ここの気候は本当にめちゃくちゃだお……」
朦朧とする意識の中で宛てのない文句を空中に投げかけ、それでも僕は歩き続ける。
ヒジャーズの上を歩きはじめてどのくらいの時間が経ったのだろうか?
時間の感覚はおろか季節の感覚さえも消え失せ、半ば歩くだけの機械と化していた僕。
体力もかなり低下しており、後々振り返ってみれば、よく僕はここを歩き続けられたなと不思議に思う。
やがて水や食料が目に見えて不足し始めた頃になって、進行方向には下り斜面ばかりが目立つようになる。
ここぞとばかりに積み荷運搬用としていたそりの特性を十二分に活用し、その上に乗って斜面を一気に下る。
そして僕は、ある切り立った崖の上に到着する。
その下に広がる風景をして、限界に近づいていた体が奮い立つ。
( メ^ω^)「……きっとここだお」
眼下に広がるのは、山と山のくぼみにぴったりとあてはめられた広大な町。
四角形をした住居と思われる建築物たちが、
その真ん中にある巨大な、屋根が半ドーム状の特徴的な建物を取り囲んでいる。
その特徴的な建築様式は、イスラムの礼拝堂モスクのそれと酷似していた。
間違いない。ここはメッカだ。僕はついにたどり着いたのだ。
( メ^ω^)「だけど……」
――僕の感動とは裏腹に、そこに人の気配は全く感じられなかった。
目を凝らしてみれば町中に動く影は一切なく、遠眼でもわかるほどに建物の表面は荒れている。
その外観は、時代に取り残され完全に忘れ去られた存在のそれ。メッカは完全なる遺跡と化していた。
( メ^ω^)「……」
崖の上から風景を見下ろしたのち、下れそうなルートを見つけメッカ内部へと入った僕。
人がいないだけあって町は相応に荒れてはいたが、乾燥したこの近辺の気候のおかげか、
各建築物や道路、町並みといったものはモスクワよりはるかに良い状態で保たれていた。
たとえば住居と思しき建築物は、壁面や天井がひび割れていたり欠けていたりはしたものの、
形だけはほぼ完璧に近い状態で保たれていたし、もともと植物が生育しづらい気候のためか、
道路なども雑草に侵食されることなく、今にも車が通れそうなほどにその表面を保持していた。
それにしても、誰もいない町とは不気味なもので、本来あるべきはずの喧騒が存在しないだけで全く別のものに感じられる。
きっとそこにあるべきはずの重要な何かが欠けてしまったその時、町や建築物に限らず、その存在は遺跡と呼ばれるのだろう。
( メ^ω^)「おっおっお。それならきっと、僕も遺跡なんだお」
そんなことを思い浮かべた自分に笑いかけながら、遺跡の中を歩き回った。
あらかたそれらを見てまわり、特に気にかけるべき事項が存在しないことを確認すると、
町の中心部に悠然と門を構えていた大聖堂と思しき建築物の中へ、最後に僕は足を踏み入れる。
( メ^ω^)「……でっかいお」
侵入した大聖堂内部。そこに漂う雰囲気に、僕はなぜだか圧倒されてしまっていた。
広大な講堂のような風情のそこには、
信者が座るための腰かけたちが、未だ目的を果たそうと律儀に規則正しく並んでおり、
それらを二つに分けるようにして、並ぶ腰かけ群の真ん中には一本の通路が敷かれていた。
通路の先には祭壇らしき迫力のあるテーブルがあり、僕はそこに向けて歩を進める。
コツリコツリと、僕の足音がよく響いた。
あたりを見渡せば、天井は空のように高くて広いのに、
壁面に描かれていたであろう絵は、色あせて何を描いたものなのかわからなくなっていたのに、
それを描いた絵師の怨念がそうさせるのか、それともかつての栄華の名残がそう感じさせるのか、
誰もいない、神もいない、そんな抜け殻のような建物なのに、言いようのない威圧感でここは僕を圧迫していた。
人が消え、忘れ去られ、時代に取り残されたにもかかわらず、
大聖堂はかつて有していたであろう荘厳さを、千年後の今でなお確かに保ち続けていた。
通路の先、他より数段高い舞台に設けられた祭壇へとたどり着いた僕。
祭壇上に手をついて、かつて教父たちも目にしたであろう大聖堂全体を見渡してみた。
( メ^ω^)「……これはすごいお。自分が偉くなった感じがするお」
誰もいない大聖堂。がらんどうとしているにもかかわらず、僕はそんな感想を抱いてしまった。
一部が欠けて空の青がむき出しになっている天井。荒廃の証しであるそれ。
皮肉なことに、そこからこぼれ落ちたいくつかの日差しが、忘れ去られた大聖堂の荘厳さにさらなる磨きをかけていた。
もし仮に、その日差しに照らされながら祭壇の下に広がっているたくさんの腰掛けに信者たちが座っていたとしたら、
僕は間違いなく自分が神になったような錯覚を起こしていたことだろう。
( メ^ω^)「本当にすごいお。ただの遺跡だっていうのに……」
――ここはこんなにも美しく、こんなにも厳か。
もはやその存在に意味はないというのに、きっと大聖堂は、かつて以上にその存在を確かなものとしている。
僕も、こんな風になれるだろうか?
この大聖堂と同じように千年前から続く存在であり、
天才と謳われ尊敬された肉体を持ちながら、今はほとんどの人にその存在を知られていない僕。
そんな僕の存在に意味があるのかどうかはまだわからない。
少なくとも今はまだその意味を見つけられていないし、
ここと同じように僕の存在にも意味なんて無いのかもしれない。
だけどそんな僕でも、この建物のように孤独に世界の影に隠れていても、
ひっそりとでも自身の存在を、しっかりと千年後の今に確立できるのだろうか?
( メうω- )「……」
答えの出ない疑問を思い浮かべたためか、少し眠くなってきてしまった。
一度眠気を感じてしまうと、長旅の疲れがそれに拍車をかけ、まぶたが急激に重くなる。
僕は祭壇から降り、信者たちの腰掛けに横たわると、
日差しに照らされたその上で、欲望のまま一人静かに、久方ぶりの心地よい眠りへと就くことにした。
― 6 ―
「ありゃ? なんでここに人がいんの? ここって誰も住んでないんじゃねーの?」
心地よい眠りを堪能していた僕。それは唐突に終わりを告げた。
夢うつつの頭に聞こえてくる誰かの声。僕以外の声。
誰もいない大聖堂に響くはずのないその声を耳にして、気のせいかと思いなおし、もう一度眠りに落ちようとした。
「なんだこいつ? 乞食か? おい、乞食! 無視してんじゃーねよ!」
しかし声は途切れることなく続く。妙にリアルな気のせいだなと思いつつ、
けれど旅に疲れ切っていた僕の体は、眠りの心地よさに起き上がるどころか目を開けようとさえしない。
「こら! 無視すんな! 起きろって言ってんだよ! おらっ!」
(;メ゚ω゚)「おぅふ!」
だが、脇腹に走った強烈な痛みを受けて、かたくなに眠り続けようとしていた僕の体は反射的に飛び上がってしまう。
_
( ゚∀゚)「ったくよー。こんなとこで寝ちゃダミだよー?
寝る時はちゃんと布団の中にしなさいって、おっかさんに習わなかったかい? 乞食さんよー」
(;メ^ω^)「あ……え? お? は?」
脇腹の痛みに脂汗をかきつつ慌ててあたりを見渡せば、
そこは先ほどの大聖堂に違いなく、けれど僕の目の前には人がいた。
三人。いずれも白と肌色という淡い色を基調とした、ゆったりとしたマントで全身を包んでおり、
頭にはターバンを巻いている。
浅黒い中東系の肌の色をした彼ら。僕に声をかけているのは、
背中に二人の中年を引き連れ、その先頭に堂々と立ち僕を見下ろしている十代後半と思しき青年。
身長は僕よりわずかに低く、一六〇cm半ばといったところか。
端正な顔立ちにキリリと凛々しい黒眉が特徴的なその青年は、
後ろの中年二人と何やら話をすると、もう一度僕へふり返り、言った。
_
( ゚∀゚)「お休み中のところわりーがよ、ちょっと席をはずしてくんねーか?
ちょいとここでやることがあってよー。素直に従ってくれりゃ何もしねー。
俺だって儀式の前に手を血で汚したくねーんだよ。悪いが、頼むわ。な?」
(;メ^ω^)「お、おお……」
_
( ゚∀゚)「いやー、すまんねー」
決して丁寧な口調とはいえないが、その割に不快感を覚えさせない彼の言葉。
寝起きの鈍い頭も手伝ってか、自分でもよくわからないままに立ちあがり、
素直に彼の言葉に従って大聖堂の出口へと向かった僕。
(;メ^ω^)「……えっと、儀式? 何だそれ? そもそもなんで人がいるんだお?」
そして出口に差し掛かってようやく、僕はまっさきに考えるべき疑問に思い至る。
それから慌てて出口の壁に身を隠し、そこからわずかに顔を出した僕は、
彼らの様子を観察することにした。
大聖堂の中にいるのは、やっぱり三人の中東系の服装をした男たち。
何やら大きな袋を肩に担いだ先ほどの青年を先頭に、
腰掛けの真ん中に設えられた通路の上を歩きはじめた彼らは、
祭壇の前で立ち止まると、肩膝を立てて腰を下ろし、
まるで女王に謁見するかのように礼をして、しばらく動かなくなった。
それから、先頭の青年が荷物を抱えて立ち上がる。
他より高くなっている祭壇へと昇り、彼はその上に抱えていた荷物を広げた。
ジャラジャラと、金属と金属がぶつかるような音が聖堂内に響き渡る。
( メ^ω^)「……金属? ナイフかお?」
祭壇の卓上には、おそらくはナイフ、
少なくとも金属製に違いない物質が数多く袋とともに広げられたらしい。
青年はその後またひざまずいて礼をすると、立ち上がり、
広げられた卓上の物質からその一つを手に取り、天高く掲げた。
( メ^ω^)「……やっぱりナイフだお」
青年が手に掲げたのは、銀一色に輝く一本のナイフであった。
どうやら卓上に広げられたのは、同様の色形をした何本ものナイフらしい。
それから――
_
( ゚∀゚)「おいしょーっ!」
――なんだか間の抜けた掛け声をあげると、
青年は手にしたナイフを天井に向けて放り投げたではないか。
くるくると回りながら、天井すれすれまで高く昇ったそのナイフ。
やがてその勢いはなくなり、回転も止まり、音もなく静かに、一瞬だけ中空で静止した。
そして、落ちていく。切っ先を下に向け、一直線に青年の頭上を目指し、勢いを増しながら落ちていく。
(;メ^ω^)「何やってんだおあいつ……このままじゃ串刺しだお……」
けれど当の青年はというと、頭上から危険が迫っているというのにうつむいたまま、頭を一向に上げようとしない。
その間にも空中のナイフは、位置エネルギーを消費しながら、青年へ向け確実にその切っ先を落としていく。
ナイフの落下の軌跡が、一本の銀色の線となって天井から青年へと伸びていく。
そして、青年の頭上へと到達したナイフ。
(;メ^ω^)「あ、あぶなっ……!」
_
( ゚∀゚)「そいやっ!」
しかしその切っ先は、青年の頭頂すれすれで停止していた。
彼はうつむいたまま、またしてもヘンテコな掛け声をあげ、
けれどその声からは考えられないような絶妙なタイミングで落ちてくるナイフの柄をつかんでいたのだ。
(;メ^ω^)「おー……すげーお……」
それは誰もが感嘆のため息を漏らしてしまうほどに素晴らしい挙動だった。
僕もその例に漏れず感嘆の声を上げる。
それで儀式とやらは終了したのだろう。
青年は掴んだナイフを祭壇上の鞘に戻し腰にはさむと、
すべてのナイフを袋に戻し、振り返って大きく背伸びをした。
_
( ゚∀゚)「やーれやれ。たったこれだけのために俺は一ヶ月近くかけてアシールを登ってきたのかよ?
別に儀式そのものを否定するつもりはねーが、なーんか割に合わないような気もするなー」
壇上から下った青年。彼はひざまづいていた従者らしき二人の中年に大声で文句を垂れると、
柔軟体操のようなものをしながら、彼らのとがめる言葉も聞かず、ベラベラと一人まくし立てはじめた。
僕は出口の壁から顔をのぞかせるのを止め、しかし壁には身を隠したまま、その言葉を盗み聞きする。
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! 頭では理解してんだよ! この儀式の重要性はさ!
たださー、結構きつい旅をしてきたんだし、今は感覚的にちょっとなーって思っちゃうんだよ」
_
(# ゚∀゚)「……なあ? そこのおっさんよ!」
(;メ^ω^)「!?」
中から響いてきた怒鳴り声。
そして気づけば、先ほどまで僕がわずかに顔をのぞかせていた場所の間近、
つまり僕が数十秒前まで顔を出していたすぐそばの壁の表面に、銀色のナイフが深々と突き刺さっていた。
(;メ^ω^)「……」
壁に突き刺さったナイフ。
僕があと数十秒そこから顔をのぞかせ続けていれば、それは僕の頬骨を確実にえぐっていた。
恐ろしい想像に嫌な汗が全身から噴き出す。
続けざまに青年の声が響いてくる。
_
( ゚∀゚)「出て来いよ。別に怒っちゃいねーし、殺すなんてこたーしねーからよ」
(;メ^ω^)「……」
その声を耳にして、身を壁裏に隠したまま僕は考える。
どうする? 出ていくか?
とりあえず、今かけられた相手の言葉からは敵意は感じられない。
壁に突き刺さったナイフも、本気で僕を狙って放たれたものではなさそうだ。
しかし、万が一という場合もある。もはや習い性となってしまった最悪の事態の想定をする。
残りの銃弾は一発。にもかかわらず相手の人数は三。
銃で撃退できるのは一人。こちらの主要武器は必然的にナイフとなってしまう。
( メ^ω^)「でも……」
僕を脅すため、あえて間近の壁を狙って投げられたであろう突き刺さったナイフ。
これを見るからに、相手のナイフ捌きは僕のそれをはるかに上回っていることは明白だ。
人数的にも実力的にも、ナイフ対ナイフの近接戦ならばまずこちらに勝ち目はない。
銃を使っても勝つか負けるかは良くて五分五分。それならば、素直に相手の言葉に従った方が幾分も利口か。
(;メ^ω^)「……ええい! ままよだお!」
一応、懐の銃のセーフティを外す。そして両手を上にあげると、僕は意を決して、彼らの前に姿を現した。
_
( ゚∀゚)「よーし、聞きわけのいい奴は嫌いじゃないぜ? ひゃひゃひゃ! そんなに緊張すんなって!」
(;メ^ω^)「……」
聖堂の出口から姿を現わせば、祭壇を背にし、青年を筆頭にした彼らがこちらに歩いてくるのが目に入った。
背中に中年二人を引き連れている青年。うすら笑いを浮かべた彼は、年齢からは考えられないほどの風格を持っている。
彼は僕の目の前まで歩いてくると、壁に突き刺さったままのナイフを抜き、マントを翻し腰につけていた鞘へと仕舞う。
同時に、彼の後ろから飛び出してきた従者らしき二人の中年が、僕の体を押さえつけにかかる。
彼らに両腕を後ろ手に組まされ、拘束された僕。自由を奪われた僕の顔をまじまじと見つめ、青年は言う。
_
( ゚∀゚)「うーん……よく見るとおめー、なんか乞食って感じの顔じゃねーな。身なりは乞食そのものだけど。
そーいや、乞食だったらこんな辺境の地にくるわきゃねーか! ひゃひゃひゃ! すまんすまん!」
(;メ^ω^)「……」
_
( ゚∀゚)「となると……旅人か。うん、旅人だろ、あんた?」
(;メ^ω^)「……」
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! だから緊張すんなって! 殺しゃしねーよ」
それから僕は、グイッっと、アゴ下を青年に持ち上げられた。
同時に、青年の顔からはうすら笑いが消えていた。
続けて、至近距離で彼に顔をねめつけられる。
まっすぐに見つめてくる青年の瞳の中に、僕の顔が映る。
_
( ゚∀゚)「……いい面構えだ。修羅場をくぐってきた男の顔って感じだな。
どことなく知性の片りんも感じられる。……おめー、どこから来た?」
(;メ^ω^)「……」
その質問を前に、僕は口どもる。僕の素姓を言うわけにはいかない。
言えばきっと、いつか、あの夜の悪夢が再び起こる。あんな夜など二度とごめんだ。
けれど、うまく場を濁せそうな答えも思いつかない。
結果、僕は黙ることしか出来なくなる。
_
( ゚∀゚)「……」
(;メ^ω^)「……」
長いような、短いような沈黙。
その間、終始厳しい表情で僕の様子を観察していた青年は、ふっと表情緩めると、笑った。
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! 答えたくねーってか? 別にいいけどよ。
おい、おめーら。こいつを放してやんな」
(;メ^ω^)「……お?」
「若様!」「しかし……」と、僕の背中から中年二人の声がした。
けれど青年がもう一度命令を下せば、彼らはしぶしぶ、後ろ手に拘束した僕の両腕から手を放す。
(;メ^ω^)「??」
自由の戻った両腕をブラブラとほぐしながら改めて青年へと振り返ると、なんと彼は、
何を思ったのかその場に腰を下ろしており、そして僕にも同じように座れと命令し始める。
_
( ゚∀゚)ノ「でーじょうぶ。何もしねーって。いいから座んなって」
(;メ^ω^)「お……おお?」
なんだろう? 青年の狙いがさっぱりわからない。ペースを完全に握られてしまっている。
とりあえず、素直に座ってみた。というか、頭の中がこんがらがって座ることしか出来なかった。
_
( ゚∀゚)「うーし。水だ。おめーら、俺とこいつの分の水を用意しろ」
(;メ^ω^)「??」
僕が座ったことを確認すると、今度は従者二人に水を用意するよう命令した青年。
なんで水を用意する必要がある?
頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされる。もう何が何だかさっぱりわからない。
その間に、水で満たされたカップが、対面する形で聖堂の出口に腰を下ろしていた僕と青年の間に置かれる。
青年はそのカップに一つ口をつけると、僕にも飲むように促す。
(;メ^ω^)「……えっと」
_
( ゚∀゚)ノシ「ほら! でーじょーぶだって! 毒なんか入ってねーからよ! ひゃひゃひゃ!」
(;メ^ω^)「お……おお。じゃあ……」
見事一発で僕の心配ごとを当てて見せた彼は、
僕のカップにも口をつけて、大丈夫だと言わんばかりに笑った。
どうやら本当に毒は入っていないらしい。
そして僕は、物凄くのどが乾いていた。この場は相手の言葉に甘え、水を一気飲みすることにした。
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! いい飲みっぷりだ! うめーだろ?」
(;メ^ω^)「お、おお。うまいお」
_
( ゚∀゚)「うんうん。そーだろそーだろ。
んじゃ、その水の代金をとして、俺の質問に答えていただきますか」
(;メ^ω^)「……」
参った。そうきたか。
形式的にはこれで、僕に彼からの質問をはねつける権利はなくなってしまった。
うまいもんだ。完全に主導権を握られてしまっている。これはもう取り戻せそうもない。
若いのに大した男だと感心しつつ、これから発せられるであろう質問を前に、僕の身は硬くなる。
そして青年は座ったままにやりと口の端を釣り上げると、余裕たっぷりの表情で言い放った。
_
( ゚∀゚)「あんなー、俺らがここに来たのはさっきの儀式をするためなんだよ。見てただろ?」
(;メ^ω^)「……お。見てたお」
_
( ゚∀゚)「うん。あれな、俺らの民族の成人の儀式の前準備なんだよ。これこれ。このナイフ」
なんだか緊張感に欠けた声でそう言うと、腰から先ほどのナイフを鞘ごと取り出し僕の前へ掲げた青年。
別に見ても怒られそうになかったので、じっくりとそれを観察してみた。
ナイフは素材の色であろう銀色を基本色としており、鞘、柄、その両方に煌びやかな装飾が施されている。
それを見て、儀礼的用途のナイフなのだろうかと印象を受けた僕。しかしその印象はすぐさま覆される。
青年が目の前で鞘を抜いてくれた。その刀身はどう見ても儀礼用のそれとは違っていた。
大きく三日月形に湾曲した刀身。そこにはアラビア文字と思しき刻印がなされてはいたが、キレ味は存分にありそうだった。
考えてみればこのナイフは聖堂の壁に突き刺さったのだ。キレ味鋭いどころの騒ぎではないか。
柄や鞘の装飾という儀礼的な要素を持ちながら、十二分に実用性も兼ね備えている。
なんと不思議なナイフだろう。機能美と装飾美の両方を兼ね備えたそれに、思わず僕は見惚れてしまった。
_
( ゚∀゚)「これな、ジャンビーヤって言ってな、俺らの民族の成人の証しなんだ」
(;メ^ω^)「ジャ、ジャンビーヤ……?」
続けて、誇らしげにそう言った青年。
出てきた固有名詞はジャンビーヤ。聞き覚えがあった。
確か千年前、アラビア半島の最南端に位置していた国、イエメン。
そこの民族が有していたナイフの名前だ。
彼らはイスラム教を信仰しており、メッカを聖地と定めていたはず。
ということは、青年らはイエメン方面から来たのだろうか?
そして彼らには依然宗教的概念があり、今日はその儀式のためにこのメッカ遺跡を訪れたのだろうか?
_
( ゚∀゚)「そうそう。ジャンビーヤジャンビーヤ。
成人した男はこれに誓いをこめるんだ。厳しい誓いをな。
でもな、ジャンビーヤはただ作られただけじゃ誓いをこめても何の意味もねーそうな。
昔からの決まりがあって、ここに来て、儀式を通じて初めて誓いを込めうるだけの価値を持つらしいんだ。
ま、単なる儀礼に過ぎねーんだけどな。言ってみりゃ昔からの惰性でやってんのよ。ひゃひゃひゃ!
で、俺は今日、民族の代表としてその儀式を行いにきたってわけよ」
(;メ^ω^)「おお……なるほど……」
と思ったのだが、どうやら違うらしい。
宗教とは関係なく、単なる民族の一伝統として彼はここに儀式を行いにきただけのようだ。
やっぱりこの地域の文明には宗教概念は無いらしい。まあ、だからと言ってどうということもないが。
そんな緊張感に欠けた会話を続けたせいか、
自分が質問される立場であることをすっかり忘れていた僕。
青年はまさに僕のその気の緩みを突いて、唐突に質問を繰り出してきた。
_
( ゚∀゚)「そこで質問だ。おめー、儀礼とか儀式にはどんな意味があると思う?」
(;メ^ω^)「お?」
それを前に僕は面食らう。「何を言い出すんだこの眉毛は」と思ってしまう。
忘れていた質問が来たこと自体にも面喰ってはいたが、それよりもその内容自体に面喰っていた。
てっきり旅うんぬんや僕の素姓を尋ねてくるとばっかり思っていたのに、えらく抽象的な質問をされてしまったからだ。
それにしても、彼はなぜ、こんな質問をしてくるのだろうか? さっぱり意図が読めない。
_
( ゚∀゚)「いやなー? 俺のじじいも、おめーの後ろの従者たちもよー、
ただ儀礼は大切だって言うだけで、具体的な理由を俺に教えてくんねーわけ。
ていうかこいつらも知らねーんだよ。きっと。
いや、誤解すんなよ? 儀礼が大事だってことは俺も漠然とは理解してんよ?
でも具体的にどう大事なのかって考えると、どーもしっくりくる答えが出てこねーのよ、これが。
で、おめー、どう思う?」
(;メ^ω^)「お、おお……」
なるほど。そういうことか。でもなんで彼は僕にそれを聞くのだろうか?
根本的な理由は解決されないまま、しかし答えても支障はなさそうなので、
僕は自分の考えをありのままに述べた。
( メ^ω^)「……儀礼っていうのは、一つの共同体における個人の位置の確認の機会だお。
そこを通過することで個人には立場の自覚が生まれるお。それは共同体の成員を律するにとても有効な手段だお。
結果、共同体は一つにまとまりやすくなり、それは独自の文化などの形成、発展に繋がっていくお。
そういう意味合いを考えると、儀礼っていうのは共同体、いや、人間社会には不可欠なものと考えられるお」
_
(; ゚∀゚)「……」
(;メ^ω^)「……あ」
あごに手をやりながら、うつむいて持論を展開した。
そして顔を上げれば、青年がぽかんと口をあけてこちらを見ていた。
それから慌てて後ろを振り返れば、
中年の従者二人もあんぐりと口をあけ、眼を点にして僕を眺めている。
周囲の空気が凍っている。
(;メ^ω^)(……あちゃー。まずったかお?)
難しいことを言いすぎたか?
しかしそんな難しいことではなく、結構当たり前のことを僕は言ったつもりだ。
これまでの様子から彼らの教養を判断するに、
特に青年にとって、理解できそうにないことは何一つ言っていないはずだ。
となると、この冷たい空気の原因は何なのだろう?
もしかして、彼らにとっては異端な考えを僕は発してしまったのだろうか?
周囲の気温は高すぎるくらいなのに、雰囲気の冷たさから冷や汗をかきつつ、とりあえず彼らの反応を待つことにした僕。
しばらく目を点にしてぽかんとマヌケ面をしていた青年は、突然立ち上がるや否や、座ったままの僕を指差し、叫んだ。
_
(; ゚∀゚)「こ、こいつ! めちゃくちゃ頭いいぞ!」
それから数時間、日が沈む直前まで青年から質問をされ、それに答え続けた僕。
_
( ゚∀゚)「ふんふん。はー……なるほどねー……」
( メ^ω^)「ま、そういうことだおね」
_
(; ゚∀゚)「はー……すっげーわかりやすい……長年の疑問がいっぱい解決したぜ……。
あんたすげーな! めちゃくちゃ頭いーな!」
( メ^ω^)「おっおっお。そりゃよかったお」
そう言って大げさなアクションを見せ、羨望と驚きのまなざしで僕を射る青年。
当初は僕を乞食と勘違いしていたのだから、僕の知識に対する彼の驚きと羨望はなおさらのものなのだろう。
この数時間の語らいを通して、どうやら僕はすっかり彼に賢者として認識されてしまったらしい。
まあ、僕の頭脳は天才のものだから賢者だというのもあながち間違いではない。
もし内藤ホライゾンここにいて賢者という言葉を投げかけられたら、いったいどんな反応を示すだろうか?
( メ^ω^)(……あたりまえだって言って鼻で笑いそうだお)
そんなことを考えて、ちょっと笑ってしまった。
そして僕もまた、目の前の青年と同様に驚いていた。青年の聡明さに、だ。
雰囲気や従者の様子から察するに高貴な身分の出であるらしい彼は、
ちやほやともてはやされて育てられたらしく、それ相応に口が悪く、高慢な態度をちらちらと僕に見せてはいた。
しかし同時に、愛くるしいまでの素直さと人懐っこさ、何より柔軟な頭脳を彼は備えていた。
よどみなく僕の質問を理解し、それでもわからないところは追及し、納得すれば嬉しそうに朗らかに笑う。
自然、僕は彼にいろいろ教えたくなったし、彼に教えること自体を面白いと感じてしまった。
不思議な魅力を持った青年だ。生来の顔の良さという華も備えている。
彼の身分がどのくらいなのかはわからないが、仮に為政者となれば相当のカリスマ性を発揮することだろう。
_
(* ゚∀゚)ノシ「え? そう? ひゃひゃひゃ! いやー、照れちゃうなー! もう!」
(;メ^ω^)「……痛いお。やめてくれお」
そんなことをオブラートに包んで口にすれば、
照れながら、全身でその喜びを表すように、僕の背中をバシバシとはたいてくれた青年。
かなり痛かった。
それから日が沈み、頃合いかと思って立ち上がり、その場を立ち去ろうとした僕。
けれどとんでもない言葉を青年から浴びせかけられ、その足は止まる。
_
( ゚∀゚)ノ「決めた! あんた、俺の先生になれ! もっといろいろ教えてくれ!」
(;メ^ω^)「おお!?」
即座に言葉の意味を理解できず、立ち上がったまま呆然と彼を見下ろしてしまった僕。
無理もない。何を言い出すのかと思ったら、こともあろうに「僕に先生になれ」と彼はのたまったのだ。
素性も知らない見ず知らずの、わずか数時間語りあっただけの青年にそんなことを言われれば、
僕に限らず誰だって呆然となる。
そしてそれは、青年にとっての僕も同様なのだ。
いや、むしろ僕が感じた以上にそれはあり得ないことだろう。
乞食のような薄汚れたマント姿という身なりで、遺跡の中で寝ていたような男だぞ、僕は。
そんな奴に先生になれだなんて、この世の誰が言うだろうか?
_
( ゚∀゚)「俺が言う!」
僕の考えと全く同じ内容のことを従者に言われた青年は、立ち上がると、自信たっぷりにそう言い放った。
「こんなどこの馬の骨ともしれない男、危険ですぞ!」「若様! どうかお考えなおしを!」
従者二人が青年に向けて口々に言葉をかける。
彼らのかけた諫言は非のつけどころのない正当すぎる意見だ。
しかし青年は鼻の穴をほじくりながら、彼らの声を無視して僕へと向きなおす。
_
( ゚∀゚)「あー、こいつらのことほっといていいよ。で、先生になってちょ」
(;メ^ω^)「いや……あのね……」
まったく、何もかもが破天荒な男だ。あきれを通り越してむしろ感心すら覚えてしまう。
それはともかく、さて、どうしたものか?
鼻くそを指で丸め出した青年を眺めながら、僕は考える。
思えば僕は、青年の出身はおろか、名前さえ知らないのだ。
そんな相手について行く理由などあるはずがない。
(;メ^ω^)(うーん……)
しかし、この不思議な魅力のある青年との数時間の語らいを楽しいと感じてしまったのもまた事実。
彼ならば、僕の中にある千年前の、内藤ホライゾンの知識を吸収しこの時代に生かしてくれそうな気がした。
歩き続けるという本来の目的を捨てるつもりはないが、
ほんの数年の間なら、彼の傍にいて教えを説いても回り道にはならないような気もする。
_
( ゚∀゚)「おいおい。あんた旅人だろ? なら、別に悩むことねーじゃん?
旅の途中で立ち寄る感覚で、俺についてくりゃいーだけの話じゃん?
なーに、ある程度のことを俺に教えてくれたら、あとは勝手に好きなとこ行きゃいい」
( メ^ω^)「……」
僕の気の傾きを見透かしたように、青年は鼻くそを指で空中に飛ばしながらそんな言葉をかけてくる。
確かに、彼の言うことも一理ある。次の目的地が決まったと、むしろ喜ぶべきことでもある。
しかし、それはあまりに危険すぎる。見ず知らずのこの連中についていくことは命の危険が伴う。
先生だと持ち上げられて、ホイホイと付いてくのはまさに愚の骨頂だ。
そしてそれは彼らも同様なのに、青年は自信たっぷりに僕を連れていくと言っている。
これは彼が、見ず知らずの僕を危険分子だと捉えていない何よりの証拠だ。
それは、彼が僕を信頼し切っていることから出た発言であるとは、到底考えられない。
馴れ馴れしいとはいえ、わずかな語らいのみで彼が安直に人を信じるような男だとは、微塵も思えなかったからだ。
となると、僕が彼に危険分子と捉えられていないことに対する、考えられる理由は一つ。
( メ^ω^)(……こいつにはきっと、いつでも僕を殺せるという自信があるんだお)
さあ、どうする? 僕に与えられた選択肢は二つだ。
一つ、彼らにホイホイと付いて行く。
一つ、断ってこの場を立ち去る。
安全なのは後者だ。申し出を断ったところで、まさか彼らも僕を殺すまではしないだろう。
確かに、彼に付いて教えを説きたいという気持ちもある。
けれど歩き続けるならば、より安全な方を僕は選ぶべきだ。
意見を決めた僕は、顔を上げ、声を発しようとした。
しかし、断る気持ちが僕の顔に表われていたのだろう。
僕と目があった青年は、突如表情を引き締めると、低い声でこう言った。
_
( ゚∀゚)「まさかとは思うが……断ろうだなんて考えてねーよな?
あんたくらい頭のいい男が、今の状況が見えてねーなんてこと、ありえないよな?」
( メ^ω^)「……どういうことだお」
表情を引き締めたまま、また鼻をほじりだした青年。
とりだした鼻くそを眺め、丹念に指で丸めながら、彼は呟く。
_
( ゚∀゚)「勘違いすんなよ? あのな、これはお願いごとなんかじゃねーんだ。
そうだな……さっきの俺の言葉を端的に、一言で表すとしたら……」
_
( ゚∀゚)「……命令だ」
(;メ^ω^)「!?」
顔をあげた青年。
声を発すると同時に、指で鼻くそをこちらへ飛ばした。
それにより一瞬、僕の気がそちらに移ってしまう。
そしてその一瞬の間に、僕の視界から、青年の姿が消えた。
いや、違う。彼は消えたのではない。
驚くべき速さで腰を屈めていたのだ。
それと同時に腰へと手をやり、ナイフ――ジャンビーヤを抜いてみせ、
信じられないスピードで僕の懐へ飛び込んできていたのだ。
そして気がつけば、逆手に握られたジャンビーヤの三日月形の刀身が、
数ミリの空間をあけ、僕ののど元に突き付けられていた。
_
( ゚∀゚)「チェックメイト。これであんたは、一回死んだ」
(;メ^ω^)「……」
東洋の武術、空手で言う前屈の状態で切っ先を僕に突きつけ、不敵に笑う青年。
何というスピードだ。懐の銃に手をやる暇すら、僕にはなかった。
恐る恐る両手を上げ、眼線だけであたりを見渡してみれば、
ほんの僅かな時間しかなかったというのに、従者の二人も僕の頬すれすれに彼らのジャンビーヤを突き付けていた。
なるほど、この青年はおろか、従者二人にさえ僕は勝てそうにない。
青年が何の警戒もなく僕を先生にしよう言い出したのは、彼らの卓越したナイフ捌きが最大の所以か。
前、左右、三方からジャンビーヤを突き付けられた僕。
身動きが一切とれない状態のまま、青年の言葉を聞かされていた。
_
( ゚∀゚)「さて、一回死んだあんた。その身をどうしようが、殺した俺の自由だよな?
なーに、変なこと考えなけりゃあんたの身の安全は保障する。
待遇だっていいもん用意してやんよ。おとなしく俺らについてこいや。なあ?」
(;メ^ω^)「……わかったお」
頷くことなく、僕は肯定した。
そうするしかなかった。選択肢など初めから僕になかったのだ。
それから青年は切っ先をなおも僕ののど元に突きつけたまま、二人の従者に命令を下す。
_
( ゚∀゚)「わりーが、変なもん隠してないか身体検査させてもらうぜ」
そして従者たちが、僕の体をまさぐり始める。
(;メ^ω^)「!?」
まずいことになった。非常にまずいことになった。
僕は懐に銃を、腰にショボンさんのナイフを隠している。
これは両方とも僕の旅における生命線だ。
取り上げられたら、僕は旅を続けられない。
これらを取り上げられるわけにはどうしてもいかない。
(;メ^ω^)(……どうする? どうすりゃいいんだお?)
しかし抗おうにも、僕ののど元にはジャンビーヤの鋭い切っ先。
身動きひとつ取れやしない。
僕が悩んでいる間にも、パンパンと僕の体を上から順にはたいていく従者。
その手は確実に懐の銃へと近づいてくる。
絶体絶命。もうダメだ。
しかしその時、奇跡が起こってくれた。
なんと都合のいいことに、はたかれた衝撃で懐の銃がするりと超繊維の中を滑り落ちたのだ。
それはなんと、僕のズボンの中に入り、股間の部分で見事止まってくれる。これ以上ない最高の位置取り。
それから懐に何もないことを確認した従者が、続けざまに僕の股間をパンパンとはたく。滑り落ちた銃にその手が触れる。
彼は怪訝な顔をして青年に声をかける。青年はそれを受け、ナイフを持っていない方の手で僕の股間をパンパンとはたく。
_
( ゚∀゚)「……何を隠している?」
どすの利いた低い声。視線は厳しく、誰もが震えあがりそうな迫力を持っている。
そしてその恐怖が、僕の頭をして生涯最高のアイデアをひらめかせてくれた。
自画自賛は好きではないが、こればかりはそう表現する以外にないほどの、唯一無二の受け答え。
人間は窮地に立たされて初めて脳の全ての機能を使えると言われているが、まさにその通りだ。
僕は大きく息を吸い込み、起死回生の確信をもって、言い放った。
(;メ^ω^)「……ち、ちんこだお」
_
(; ゚∀゚)「……」
(;メ^ω^)「……」
呆然とした青年。彼はもう一度僕の股間へと手をやり、隠された銃身を握り締めた。
そして驚愕の表情を浮かべる。
太さ。硬さ。大きさ。どれをとっても一級品のそれを握り、
負けたと言わんばかりに表情を曇らせ、こう漏らす。
_
(; ゚∀゚)「た、たいそうなものをお持ちで……」
(;メ^ω^)「きょ、恐縮です……」
お互いに顔を赤らめ、額に汗をかきながら、短く声を掛け合った。
そう。僕の股間にあるのは、紛れもないマグナム。
生涯最高のアイデアかつ身を呈した渾身のギャグのおかげで、僕はなんとか、銃を隠し通すことに成功した。
けれど、一難去ってまた一難。奇跡は二度も起こらない。
銃の方はこうやってなんとか隠し通せたが、腰につけていたショボンさんのナイフはあっけなく発見されてしまう。
しかし結論から言うと、僕がそれを取り上げられることはなかった。
_
( ゚∀゚)「そんだけじゃなんもできねーだろ。こいつのナイフ捌きは大したことなさそうだしな。
それにこのナイフはきっと、こいつにとってのジャンビーヤだ。さすがにそればっかりは奪っちゃいけねーよ」
彼曰く、ナイフを取り上げなかったのはそういう理由かららしい。
どうやらそれほどまでに、彼らの中でジャンビーヤというのは不可侵性を帯びている存在らしい。
もっとも、見逃してくれた一番の理由は、ナイフがあっても僕など脅威ではないという自信が彼らの中にあるからだろうが。
そして、それは抗いようのない事実。
残り一発の弾丸しか残っていない銃とどんなに出来のいいショボンさんのナイフがあったところで、
僕程度の腕じゃどう頑張っても一人しか殺せないし、寝込みを襲ったとしてもうまくいくかどうか。
まあ、こうなった以上は彼らについていく以外に道はなく、銃とナイフ、旅の生命線両方を取り上げられずに済んだのだ。
逃げられないように手持ちの通貨はすべて没収されてしまったが、「これでよし」と納得するしかないだろう。
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! いやー、すまんねー、手荒なことしちまってよ!」
日がすっかり沈んで身体検査を終えた後、
僕ののど元に突きつけていたジャンビーヤを仕舞った青年は、
またしてもバシバシと僕の背中をはたきながら、朗らかに笑った。背中はやっぱり痛かった。
もっとも、その衝撃で銃が股間から足元に落ちたのだが、青年の馬鹿でかい笑い声のおかげで気づかれずに済んだ。
僕は足元に落ちた銃をマントで隠しつつ、巧みに足を使って回収しながら、青年の言葉を聞く。
_
( ゚∀゚)「ま、無理やりついてこさせるような形になったけどよー、
そんだけ俺はあんたに先生になってほしいんだよ。約束通り、身の安全も待遇も十分に保障する。
だからさ、仲良くやろうぜ? えーっと、そういやあん、名前は?」
(;メ^ω^)「えっと……ブーンだお」
名を名乗りながら、足で持ち上げた銃を体全体を覆うマントの内で懐の中に回収する。
マントを羽織っておいて正解だったと思う。
それから青年は「ブーンブーン」と人の名を連呼して失礼に笑うと、僕の前に手を差し出し、言った。
_
( ゚∀゚)ノ「俺の名はジョルジュ。交易地サナアの長老の跡取りだ。よろしくな!」
― 7 ―
こうして、ジョルジュの先生として無理やり彼らの町サナアへと向かわされることになった僕。
彼らが有していた荷物運搬用のラクダの背に乗り、
アシール――メッカ遺跡を挟んでヒジャーズの反対側に位置する山々――の上を進む。
アシールはヒジャーズに比べ傾斜のなだらかな山岳地帯で、肥沃な土地も数多く存在していた。
そんな地理的要因に加えラクダの足も手伝い、僕はヒジャーズ越えに比べてかなり心地のよい旅をすることが出来ていた。
_
( ゚∀゚)「サナアは山の上にあってな、この近辺としてはわりかし住みやすい気候をしてんだよ。
山を下れば天然の良港もあるし、他のあちこちの町にも等距離で道が通じている。
自然、人が集まるようになって、地域の交易の中心になったってわけだ」
( メ^ω^)「なるほどだお。ところでジョルジュは長老の跡取りだって言ってたけど、
となると、いつかは長老になるのかお?」
_
( ゚∀゚)「そだなー。それがさー、結構早く長老の椅子が回ってきそうなんだよ。
本当は次の長老は親父がなるべきなんだが、俺がガキの頃に病気で死んじまってな。
今長老やってる俺のじじいもかなりの歳だし、早けりゃ五、六年後には俺が長老やってるかもしれねー。
ま、そんときは後見役とかついちまうだろうがな。跡取りってのはめんどくせーもんさ」
およそ一ヶ月の道のりの中で、ジョルジュは町のこと、自分のこと、実に様々なことを話してくれた。
どうやら長老の地位が彼には早くに回ってくるらしく、だからこそ知識を蓄えて一刻も早く一人立ちしたいようだ。
僕を教師として町に無理やり連れて行くことにしたのも、そんな事情があるからなのだろう。
そのお返しにと僕も、自分の素姓や旅の話以外、彼に問われるまま多くのことを語った。
もっとも彼は僕の旅や素性には特別な興味はないようで、
もっぱら僕の知識や考えにだけ関心を示していたから、僕としても非常に話しやすい相手であった。
_
( ゚∀゚)「ところで、ブーンはなんで旅してんだ?」
しかしただ一度だけ、彼に旅のことを聞かれた。短い、でも核心をついた質問だった。
僕は迷いに迷った結果、限りなく抽象的な、けれどそれ以外に表しようのない言葉で返す。
( メ^ω^)「歩き続けるため……かお」
_
( ゚∀゚)「なんじゃそりゃ? 歩き続けるために旅をするってか?
ひゃひゃひゃ! やっぱあんたおもしれーよ! あいつと話があうかもしんねー!」
( メ^ω^)「お? あいつって誰だお?」
_
( ゚∀゚)「へっへー、内緒だ! ま、いつかは会うことになるって! 楽しみにしててくれや!」
( メ^ω^)「おっおっお。そうかお」
旅のさ中、そんな風に会話を重ねれば重ねるほど、僕はジョルジュに惹かれていくことになる。
もちろん彼の人間性的な意味で。
まず、メッカ遺跡で受けた印象通り、彼は聡明な青年だった。
呑み込みが早い。質問するにしても、要点を的確に押さえ短い言葉で尋ねてくる。
そして何より、彼は朗らかだった。
口は悪いが、発する言葉にはどれも場を明るくさせる何かがこもっている。
これらはやろうと思って出来ることではない。天性の素質とでも言うべきものなのだろう。
そして僕が彼に好意的な印象を持つようになればなるほど、彼もまた僕を慕ってくれるようになった。
たとえば眠れない夜はテントの外で夜通し語り合い、
翌日お互いラクダの上で寝てしまい、従者に怒られ、舌を出して笑いあったこともままあった。
こんな風に共通の記憶を重ねていくことで、僕はますますジョルジュに惹かれてしまうこととなる。
そうやってアシールを南下し続けた僕は、半ば無理やり旅に同行させられたというのに、
サナアに到着する頃には、互いに軽口をたたき合えるほどにジョルジュと友好的な関係を築いていた。
だから僕には、南下するアシールの上で、逃げようだなんて考えは微塵も起らなかった。
ヒッキーの際に感じた「仲良くなっては歩き続ける足かせになる」という考えはもちろん起こったが、
それでもなぜか、僕はジョルジュと仲良くなってしまっていた。それを悪くないと感じてしまっていた。
それはきっと、僕が彼に癒されていたからだろう。
ヒッキーを殺し、それ以後も多くの人間を殺め、荒んでいた僕の心。
それがジョルジュと会話を重ねれば重ねるほど不思議と癒されていくのを、僕は確かに感じてしまっていたのだ。
もちろん僕の心が完全に癒えることはなかったし、それは絶対にあり得ないことなのだと思う。
ヒッキーを、その他多くの人間を殺めた傷を、僕は一生背負って歩かねばならない。それが人を殺した者に課せられる責務だ。
しかし、癒えて和らぐことはあり得る。それが僕にとっては、ジョルジュという青年との会話だったのだろう。
人と関わってしまい負った傷が、人と関わることで完全とはいかないまでも癒えていく。
そしてその結果、人はまた同じようなことを繰り返して傷を負い、しかしまた人によって癒されていくのだろう。
人間とは、なんと愚かで弱い生き物なのだろうか。
けれどそれでもいいんじゃないかと僕が思ってしまったのは、鼻くそをほじくるジョルジュの笑顔に毒されたから。
きっと、それだけが理由だ。
_
( ゚∀゚)「ふいー、やっととうちゃーく! ほら、あれがサナアだ! どうだ? いい町だろ?」
( メ^ω^)「おお……本当だお」
アシールを南下すること一ヶ月。
緩やかな、草たちが風に揺れる小高い丘の上。
見下ろしたサナアは、まるで雪化粧した冬の町のようだった。
そう感じられたのは、建物の中に白が交っていたからに違いない。
くすんだ茶色の煉瓦造りの家々には、その壁の角々に真っ白な縁取りがなされていて、
それが降り積もった雪のように見えるのだ。
確か千年前のサナアの町並みは、世界遺産に指定されていたはず。
そんな過去の事実を裏付けるように、千年後のサナアの町もまた、見事な景観をもって僕を出迎えてくれていた。
_
( ゚∀゚)「さて、これから町に入るわけだが、ブーン、あんたは俺の従者ってことにしといてくれ。
流石に先生じゃあれなんでよ。だからあんたにはいろいろと雑用もさせちまうことになるだろうが、
ま、その辺は勘弁してくれや。ひゃひゃひゃ!」
( メ^ω^)「お。構わんお。こっちもずっと歩いてきた身だお。
先生なんて呼ばれて講義だけさせられたら、体もなまっちゃうってもんだお」
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! そりゃよかったぜ! んじゃ、あらためてよろしくな! ブーン先生よい!」
( メ^ω^)「おっおっお。こちらこそだお」
なだらかな丘の上。白さ際立つ町並みを眺めながら、ひと回りも歳の離れた青年と、固く握手を交わした。
それから僕は町に入り、長老の跡取りだけあって相応に巨大なジョルジュの邸宅の一室に住居を与えられ、
従者としてジョルジュに使えることを長老の前で確約させられてようやく、布団の中で眠りについた。
それから一ヶ月ほど、町のことや従者としての仕事を覚えるため、ジョルジュにあちこち連れ回された。
はじめに連れていかれたのは医者だった。頬の傷を消すためである。
_
( ゚∀゚)「顔に傷をつけてカッコいいって感じんのは、中二病患者だけで十分だろ?
顔に傷があって得することなんてなんもねーぜ? 妙な偏見持たれちまうだけだしな」
残念ながら中二病という病名に聞き覚えはなかったが、
彼の言うことももっともなので、僕は素直に医者のもとへ向かった。
そして連れていかれた医者の手により、
ヒッキーに付けられた傷は精神的にはともかく、肉体的には跡形もなく消えて無くなる。
この傷が刻まれたのはもう何か月も前だというのにだ。
どうやらこの町の医療技術は、特に外科関連に関しては、なにやら相当に発展しているらしい。
続けて、町の施設を案内される。市場、集会所、町の運営幹部の家々。その他様々な場所を見学させられた。
その中で特に印象に残ったのは、町のあちこちに設けられていた、ナイフ捌きを教える道場らしき建物だ。
_
( ゚∀゚)「ここで俺らはガキの頃からナイフ捌きを教え込まれるんだ。
だからこの町の連中はかなり強いぜ? 逃げようだなんてこたー間違っても考えんなよ?」
( ^ω^)「……」
このときばかりは険しい表情をしてくぎを刺してきたジョルジュだったが、
ここまで来たからには僕も覚悟を決めており、
彼にそれなりの知識を伝え終える前にこの町を去ろうだなんて考えは、さらさら頭にはなかった。
少なくとも一年はこの町に滞在しよう。そう考えていた。
_
( ゚∀゚)「ま、百聞は一見にしかずだ。ちーっと覗いていくか」
そんな僕の心中を知ってか知らずか、僕の返答も待たず表情を崩したジョルジュは、大手を振って道場内へと入っていく。
拍子抜けした僕は、僕よりわずかに小さな彼の背中を追って、道場の門をくぐることにする。
「こんにちはっ!」
(;^ω^)「おお……」
道場にひとたび足を踏み入れれば、室内が震えるほどの声が僕たちにかけられた。
僕の姿を、いや、ジョルジュの姿をとらえた道場内の門下生、
そして師範と思しき風格のある中年たちまでもが、こちらを向いて一斉に礼をしてきたのだ。
異様な迫力をもった光景を前にして、ほんの僅かにたじろいでいると、
ジョルジュが鼻をほじりながら、彼らに軽く言葉を返す。
_
( ゚∀゚)ノ「いよー、諸君! 頑張ってるねい! ささ、鍛錬を続けたまへ〜」
ジョルジュの軽口にまた気合の入った声を返した門下生や師範たちは、
ナイフ――おそらくはジャンビーヤに見立てた丈の短い木の棒を手に取り、鍛錬らしき運動に戻っていく。
これは後日、ジョルジュとは別の口から聞かされることになるのだが、ジョルジュはこの町随一の、
歴史的に見ても稀代のジャンビーヤ使いであり、彼の右に出るものは同世代にはおろか、上の世代にさえいないのだそうだ。
メッカ遺跡で体感した、眼で追えなかったほどの彼の動き、ナイフ捌き。なるほどそうだろうなと、納得した。
_
( ゚∀゚)「どうだ? みんな気合入ってんだろ?」
( ^ω^)「そうだおね」
それからしばらく、道場の隅に腰かけて鍛錬の様子を観察した。
その間にジョルジュは、彼らにとってのジャンビーヤについて、さらなる講釈を垂れてくれる。
_
( ゚∀゚)「俺らにとってジャンビーヤは成人の証しであり、誇りと誓いの集約だ。
ほら、前に遺跡で、俺たちはジャンビーヤに厳しい誓いをこめるって言っただろ?
あれな、女を守るって誓いをこめるんだよ」
そう言って、腰にぶら下げていたジャンビーヤを取り出したジョルジュ。
鞘から刀身を抜いて前に掲げ、銀色の刃を見つめながら続ける。
_
( ゚∀゚)「男は結婚が決まってようやく、成人として認められるんだ。そんとき初めてジャンビーヤを与えられる。
で、結婚式でジャンビーヤに『命に代えて女を守る』って誓いをこめる。それで初めて一人前として認められる。
あ、遺跡へ前準備に行ったやつ、俺とかね、そいつは例外としてその時点で成人として認められるんだが、
まあ、それでも結婚しなきゃ完全な成人とは認められねぇ。だから俺はジャンビーヤ持たせてもらってはいるが、
結婚してねぇから、言ってみりゃまだ四分の三人前の男ってところだな。ひゃひゃひゃ!」
_
( ゚∀゚)「ま、そういうわけでジャンビーヤは、俺らにとって命と同じくらい大切なんだ。
そんで、嫁になった女は命よりもジャンビーヤよりも大事。だから、なんかあった時女を守れるようにと、
俺たちはガキの頃からこうやって、ここでナイフ捌きをたたきこまれるわけだな」
( ^ω^)「なるほどだお」
ジャンビーヤは命と等価値、そして女はジャンビーヤや命よりも大事、か。
情熱的で面白い価値観だな、と思う。ならばこの町の女性は、相当に大事にされているだろうか。
_
( ゚∀゚)「ああ。もちろんだ。しかし、男の誓いと相応に厳しい伝統が女にも課せられててな。
初潮を迎えた段階で将来の旦那と家族以外の男に顔を見せちゃいけなくなるし、外を出歩くことも制限される。
……他にもいろいろとあるんだが……まあ、伝統だからしゃーねーよな……うん……」
( ^ω^)「??」
そこで、突如口どもり、見たことないほどに表情を曇らせたジョルジュ。
しかしすぐさま表情を戻すと、ニンマリと笑いながら僕に話題を振ってくる。
_
( ゚∀゚)「で、あんたはどうなんだ? いい歳してんのに嫁もいねーのかい?」
( ^ω^)「……僕のことはどうでもいいお。それよりジョルジュには嫁はいないのかお?」
_
(; ゚∀゚)「げっ! そう来るか……」
嫁、女性関連を聞かれて良い記憶など浮かんではこないので、
僕はやや憮然とした表情を作り、ジョルジュへ切り返すことにした。
彼はあからさまにマズイといった表情をすると、
険しい表情を作った僕の顔を見て少し怯え、渋々と言葉を返してくる。
_
(; ゚∀゚)「いや、まあ……許嫁はいるにはいるんだ。幼馴染でな、多分あいつも俺を好いてくれてる。
でも、ちょっといろいろもめててな……結婚はかなり先になりそうなんだ……」
( ^ω^)「……」
ここまで狼狽するジョルジュを見るのは初めてだった。よほど嫁関係がいざこざしているのだろう。
これ以上突っ込むのは酷で無粋かと思った僕は、立ち上がって彼を促し、道場をあとにすることとした。
その後、道場を出た僕たちは、サナアのメインストリートをブラブラとしていた。
交易地らしく、通りには露店が立ち並んでおり活気に満ちていたが、歩いているのは男、もしくは少年少女ばかりであり、
先ほどのジョルジュの話通り、成人した女性と思しき人影はついぞ見かけることはなかった。
ただし一度だけ、成人女性とすれ違った。
彼女らに課せられた伝統のためか、全身を、眼を除いて顔までマントと布で覆い隠した彼女は、
足が悪いのか不具者らしく、ふらふらと千鳥足ではあったが、
伴侶らしき傍らの成人男性に体を支えられ、寄り添うように歩いていて、それはとても幸せそうに見えた。
( ^ω^)「……いい町だお」
活気に満ちた町並み、仲睦まじい夫婦の姿を横目に眺め、そんな言葉を呟いた。
それから何となく感傷的な気分に陥り、こんなことを考えてしまう。
もし内藤ホライゾンがこの光景を前にしたら何を思うのだろうか?
自分には用意されていなかった幸せな未来を眺め、嫉妬に狂うのだろうか?
通りを、一陣の風が通り過ぎた。答えはきっと、この風の中。僕がたどり着くことはできないのだろう。
_
( ゚∀゚)「あー、感傷に浸ってるとこ悪いんですがねー、三つ、注意事項がある」
(;^ω^)「お?」
渡る風の向こう側に思いをはせていた僕。そこへジョルジュの間の抜けた声がかけられた。
彼に心中を見透かされていたらしい僕は、ボリボリと頬をかきながら、彼の声に耳を傾ける。
_
( ゚∀゚)「一つ。これは特段気にする必要もないだろーけど、一応伝えておく。
北から来た商人からの情報なんだが、エルサレム近くの砂漠で野党が大量に死んでるのが発見されたそーな。
もしかしたら凶暴な獣がいるのかもしれねー。
ここの周辺にはいねーって思うが、まあ用心だけはしといてくれ」
(;^ω^)「!!」
身が震えた。それはおそらく僕が殺した野党たちだ。
しかし幸いなことに、どうやらそれは獣か何かの仕業になっているらしい。
ジョルジュの話し方も完全に他人事といった風情。とりあえずは大丈夫なようだ。
全身に冷や汗をかきつつ、続けられたジョルジュの注意に、またしても身が震える。
_
( ゚∀゚)「二つ。ここから西にある平原には足を踏み入れるな。絶対にだ」
(;^ω^)「お、おお……」
続けて、二つ目の注意事項を口にしたジョルジュ。とても険しい顔をしていた。
なぜなのか理由を尋ねたかったが、すぐさま表情を柔らかいものに切り替えたジョルジュに拍子抜けさせられ、
僕はその機会を奪われてしまう。僕の気持もつい緩んでしまう。
_
( ゚∀゚)「んで、三つ。さっき、俺たちは結婚により成人として認められるって言ったよな?」
( ^ω^)「お? それがどうしたお?」
_
( ゚∀゚)「いやな、この町は男に比べ女の方が数が少ないんだ。
となると当然、結婚できなくてあぶれる男が出てくる。
そいつらは残念だが、成人として認められない。もちろん、ジャンビーヤも与えられはしない」
( ^ω^)「……」
だから、それがなんなのだろう?
のんきに構えていた僕は、続けられたジョルジュの声を聞き、驚愕の表情を浮かべることとなる。
_
(; ゚∀゚)「となると、そいつらは女を抱くことが出来ない。ムラムラが溜まるいっぽうだ。
しかも成人として認められないもんだから、ほとんどがアウトローになる。
そうなると、もはやそいつらに恐れるものなど何もねぇ。
だけど見ての通り、女はほとんど外を歩いていねぇ。なら、そいつらはどうすると思う?」
(;^ω^)「!? ま、まさか……」
_
(; ゚∀゚)「ああ、そうだ。……そいつらは男に走るんだよ」
(;^ω^)「!?」
なんということだ。こんな平和そうな町にそんな落とし穴があったとは。
あたりを見渡す。通りを渡るたくさんの男たち。この中にホモがいる。
驚愕に身が震える。めまいさえ覚えてくる。さらにジョルジュの話は続く。
_
(; ゚∀゚)「しかもそういうやつらに限って、ガタイが良くて腕が立つ。
あ、性的な意味じゃねーぞ? ナイフの腕のことだ。だからな、いいか?
腰にジャンビーヤを下げてないガタイのいい男には気をつけろ。冗談抜きで掘られるぞ?」
僕の正面に立ち、僕の肩に両手を乗せ、神妙な面持ちで語ったジョルジュ。
いつもの彼のおちゃらけた雰囲気は一切感じられない。彼の言ったことは間違いなく真実なのだろう。
だから僕も、彼の肩に両手を乗せ、真剣な表情でこう返した。
(;^ω^)「ジョ、ジョルジュ!」
_
(; ゚∀゚)「は、はい!」
(;^ω^)「僕に一刻もはやくナイフでの戦い方を叩きこんでくれお!」
それは、これからも旅を続けるであろう僕の、
残り一発となった銃弾に代わる戦闘手段を得るためだとか、そんなちゃちな理由からきたものじゃない。
きわめて現実的な危機に迫られたことによる、必死の懇願からきた言葉だった。
こうしてサナアでの生活を始めた僕。
表向きはジョルジュの従者ということになっていたので、
昼は町の会合に顔を出す彼の荷物持ちや、その他雑用に奔走させられた。
そして夜は、本来の約束通り、教師としてジョルジュの部屋で彼に講義をする。
しかしジョルジュの親族や側近を始め、ジョルジュ自体にもまだ幾分か逃亡を警戒されていた僕には、
常に誰かの監視が付き、下手に戦闘能力は持たせられないと、ナイフ捌きの手ほどきを受けることも許されなかった。
そんな生活を半年ほど続けた。
けれどその間おとなしく真面目にジョルジュの従者を務めた結果、
僕は周囲からそれなりの信頼を獲得したらしく、上記の制約からも解放され、なかなかに快適な、
おそらくはシベリア鉄道沿いの村々以来となる、穏やかな毎日を過ごすことが出来るようになる。
心配していたホモからの襲来も、幸運にも受けることはなかった。
そんなサナアでの生活の中で、もっとも多くの時間を共有したのは、やはりジョルジュだった。
ジョルジュは将来の長老ということで、町の人々からかなり期待されているらしく、
従者として傍らで見ているだけでも、昼間の彼の激務ぶりは目に余るほど。
にも関らず、夜は遅くまで僕の講義を聞く。本当に大した男だと感心した。
僕が彼に教えたことは、おもに政治学、哲学の類。
政治学については、現在のサナアの町にすぐさま転用できそうなものだけを教えた。
民主主義の概念については、民衆に教養がなければファシズムにつながる恐れもあったので、概論だけを軽く語るにとどめた。
哲学については、ジョルジュは相当に興味があったようで、夜が明けるまで質問を浴びせかけてくることもままあった。
また、医学知識が僕にあることを知ったジョルジュは、
彼の子飼いらしいごく一部の医者を連れてきて、彼らに教えを説くように頼んできた。
やがてジョルジュは医者に限らず側近を僕のもとへ連れてきはじめ、僕は彼らにも講義をするようになる。
こうして町に滞在して一年が経った頃には、従者としての任を解かれ、教師としての仕事に専念することとなった僕。
結果、僕の知識はジョルジュの側近の内に限り知れ渡り始め、僕は彼らに限り多大な尊敬を受けるようになる。
そして、夜、いつものように僕の部屋を訪れたジョルジュは、僕に向けおもむろにこんな提案を口にする。
_
( ゚∀゚)「あんたの知識を書物に残さないか?」
なんでも彼は、僕が彼に伝えた知識はもちろん、
特に僕の中にあるサナアの現状に転用できなさそうな知識、
民主主義の概念や高度な医学知識などを後世に残し、
のちの民の知識の源となるよう一冊の本にして残したいのだそうな。
そんな彼の言葉を聞き、僕はハッとする。
( ^ω^)「もしかしたら……これが僕の歩いてきた意味なのかもしれないお」
長年探し求めてきた歩く意味が、歩き続けてきた意味が、
この時の僕にはようやく、見出せたような気がした。
サナアで一年を過ごしていた僕は、この町に、人々に、確かな愛着を持ち始めていた。
ここで余生を過ごしてもいいんじゃないかと、漠然とではあるが思い始めていた。
それは僕が、ジョルジュや彼の側近たちから尊敬されていたという理由もあるが、
なにより、僕自身がはっきりと、この町や住人たちに魅力を感じていたからだろう。
ミルナたちと同じように交易を生業としていたこの町の人々は、
けれど、ミルナたちとは違い商人としてのいやらしさを微塵も持ち合わせてはいなかった。
それはきっと、この町の人々の意識の違い、つまりジャンビーヤの存在が原因なのだと思う。
ミルナたちは交易により儲けること自体を目的としていた。
しかしこの町の人々にとって交易はあくまで手段であり、彼らには妻を、家族を守るという確固たる目的が別に存在した。
それがこの町の人々から商人特有のいやらしさを消し去り、
僕をして愛着を持たせるような何かを彼らの内にもたらしていたのだろう。
そして彼らに惹かれるからこそ僕は、この町の子孫のために知識を残したいと、ジョルジュの提案を受けたい思った。
これこそが、ここまで僕が歩き続けてきた意味なのではないかと、思い始めていた。
以上のような理由から、僕はジョルジュの申し出を二つ返事で受け入れる。
その報いとして、独立した屋敷をジョルジュの住む長老宅の敷地内に与えられた僕は、
屋敷の扉に鍵をかけ、ジョルジュを除いて外部との接触を一切とらず、
机の前にかじりつき、一年ほど、彼らの文字であるアラビア文字をひたすらにつづった。
その作業をつらくなかったと言えば嘘になる。
しかし、これこそが歩き続けてきた意味だと本気で思いこんでいた当時の僕の頭からは、
書き記すべき知識がよどみなく溢れ出し、筆を握る手は確実に進んでくれた。
そしてサナアに滞在して二年。
あと一項目で第一冊目が完成する、となった頃。
それまで穏やかに流れ続けていた僕の日々は、これからも続くと考えていた平穏な日々は、
ある人物との出会いにより、唐突に終わりを迎える。
― 8 ―
(;^ω^)「ま、参ったお……」
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! もう終りか? だらしねーなー!」
その日の昼、この町を訪れて半年後の、
周囲から信頼を得はじめた頃から続けているナイフ捌きの訓練をジョルジュから受けていた僕。
本来それは一週間に一度のはずなのに、
その週二度目の訓練をしようと僕の屋敷に顔を出した彼を少し不審に思いつつ、
その日も僕はジョルジュにこってり絞られていた。
その後、訓練の行程を一通り終え、僕の屋敷のあるジョルジュ邸、
正確にはジョルジュの祖父、サナアの長老宅の敷地内に設けられた水場で汗を流すことにした僕とジョルジュ。
常に懐に忍ばせていた銃を、彼に気づかれないよう巧みに隠しつつ衣服を脱ぎ、僕は半裸で水浴びをする。
_
( ゚∀゚)「ブーンは足腰が異常にしっかりしてっから、
技術は未熟でも、型さえ覚えればそれなりにやれるんだよな。
たぶん今のお前なら、一般レベルの使い手ならそれなりに対抗できると思うぜ?」
( ^ω^)「おっおっお。それはよかったお」
全裸で水をかぶりながら、そんなことを言ってくれるジョルジュ。
彼はそのまま地面に寝転ぶと、股間の棒をそのままに、気持ちよさそうに目を閉じる。
はしたないとは思ったが、これもまたジョルジュの魅力の一つだ。良くも悪くも彼は開けっ広げなのだ。
もっとも、彼が肝心なことだけは一人で抱え込んでしまう人間だったことは、彼と別れてから気づくのであるが。
_
( ゚∀゚)「んでさー、今日はちょいと別の用があってきたんだよ」
( ^ω^)「だろうと思ったお。忙しいお前が、
週に二度も訓練に付き合ってくれるなんて、なんか裏があると思ってたお」
_
(* ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! 参ったな! バレバレかよwwwwww」
一緒に衣服を脱ぎ散らしたまま、青空の下で笑い合った。
照りつける日差しのぬくもりが、むき出しの肌に心地よい。
それからジョルジュは、全裸のまま上半身だけをむっくりと起こすと、
少し顔を赤らめ、本題を切り出す。
_
(* ゚∀゚)「実はよ、俺もついに結婚することになったんだ」
( ^ω^)「おお! それはめでたいお!」
なんと、ジョルジュもついに結婚するらしい。
二年前、僕がこの町に連れられた頃から揉めているとは聞かされてはいたが、
ここにきてようやく話がまとまったようだ。
この二年間の付き合いで、ジョルジュに息子のような思いを抱きはじめていた僕は、
素直に喜びの声を上げる。しかし――
_
( ゚∀゚)「……どうなんだろうな。いや……うん。めでたいことなんだよな」
( ^ω^)「??」
――妙に歯切れの悪いジョルジュ。
いつもの彼じゃないのは、やっぱり結婚の重圧がかかっているからだろうか?
彼はうつむいてしばらく沈黙すると、たどたどしく語り始める。
_
( ゚∀゚)「……まあ、いろいろあったんだけど、むこうもようやく決心してくれてな。
それが揺るがないうちに……少なくとも来週中には挙式するつもりだ。
そんで、あんたにも式に参加してほしいんだが、大丈夫か?」
( ^ω^)「お? そりゃもちろんだお。だけど僕が参加してもいいのかお?」
書物を書きしるす以外に仕事はなく、時間の融通などどうとでも出来た。
それでも僕がそんな返答をしたのには、ひとつの理由がある。
これまで僕は、ジョルジュや彼の側近たちからは尊敬され、
町の人からもそれなりの扱いを受けていたのだが、
よそ者であったため、町の行事や儀式への参加は許されていなかったのだ。
そういった事項を鑑みるに、今回のジョルジュの申し出は、
僕が町の一員として認められたということの証しなのだろうか?
この町に愛着を持っていた身としては、そうだとしたらとてもうれしい。
_
( ゚∀゚)「もちろんだ。まあ一部から反発はあったんだが、俺の権限で退けた。だから安心してくれ」
( ^ω^)「そりゃありがたいお! で、相手はどんな子なんだお?」
ジョルジュの言葉に年甲斐もなく舞い上がった僕は、勢いに任せてそんなことを聞いてみた。
振り返れば無粋であったと反省すべき発言なのだが、ジョルジュは気を悪くすることなく答えてくれる。
_
( ゚∀゚)「あーっとな、幼馴染だ。ガキの頃からずっと一緒につるんでた。
男勝りな女でな。俺らの町じゃ成人の女はダメだが、子どもの頃は女も好き勝手あちこちを歩けるんだよ。
で、あいつはそんな、あちこちを歩き回る女でな。
小さい頃から初潮を迎えるまで、親に付いていろんな交易地に行ってたよ。
そんで返ってくるたび、行った場所で買って来た土産もん見せたり、土産話みんなに聞かせたりしててよー」
全裸のまま、眼線を遠くに移して語るジョルジュ。その表情はどこかうつろだ。
きっと彼は、思い出の向こう側を眺めているのだろう。
_
( ゚∀゚)「歩きまわるのがホントに好きな奴でなー。
子どものころのあいつは、この町の周辺のほとんどを見て回ったんじゃねーかな。
あー、そうそう。一回あいつが迷子になってな。町のみんなを動員して捜索したんだよ。
結局見つけられなくて、でも翌朝、あいつがひょっこり戻ってきてな。
『どこ行ってたのか』って大人たちが聞いたら、
『アシールに行こうとした。でも腹減ったから戻ってきた』だってよw
そのあとしばらく、あいつは自宅謹慎だったなー。あれには笑ったよw」
どうやらジョルジュの花嫁は、相当なおてんば娘だったらしい。
ジョルジュにはぴったりだなと、ちょっと笑ってしまった。
_
( ゚∀゚)「あと、ナイフの腕前もたいそうなもんでなー。
この町の女はナイフ捌きを習えないんだが、あいつは独学で技術を身につけていてよ。
それが中々理にかなった動きでな。ガキの頃の俺はあいつに勝てなかった。今じゃそんなことはねーが。
そーいや、この前遊びで手合わせしたんだが、あいつ、あれからもずっとひとりで訓練してたみてーでよ。
俺の足元にも及ばなかったが、多分ブーンとは互角くらいの腕前はあったぜ?」
(;^ω^)「おお……なんかこう、活発な女性だおね」
_
( ゚∀゚)「だろ? まあそのせいで、結婚について今の今まで揉めていたんだが……」
(;^ω^)「お? どういうことだお?」
日光浴を続けていたせいか、体はすっかり乾いていた。
ジョルジュもそうだったらしく、彼は立ち上がり、服を着始める。
それから、こう、言い残した。
_
( ゚∀゚)「歩けなくなるんだよ。結婚しちまうとな。
歩くことが大好きなあいつは、だからこれまで結婚を拒んできた」
(;^ω^)「いや、だからそれはどういうことだお? 僕にもわかるように言ってくれお?」
しかしジョルジュはこれ以上僕の問いかけに答えようとはせず、
服を着終えると、最後に振り返って、言った。
_
( ゚∀゚)「俺だってあいつを歩かせてやりたい。だけど、俺にもあいつにも立場がある。
だから俺には……こうするしかないんだよ」
(;^ω^)「おい、ジョルジュ! どういうことだお! ジョルジュ!」
そしてジョルジュは長老宅へと戻っていく。
僕の問いかけに答えないまま、ただ右手だけをひらひらと振って。
そのまま二度と振り返ることなく、彼の背中は邸宅の扉の向こう側へと消えていった。
(;^ω^)「さっぱりわからんお……」
それから数日間、屋敷にこもり机と向き合った。
しかし筆は一向に進まず、残りの一項目も埋められないままで、
僕は先日のジョルジュとの会話ばかりを思い返していた。
結婚すると歩けなくなる? どういうことだ?
そういえばジョルジュは、この町の女性は初潮を迎えた段階で無駄な外出を禁止されると、以前言っていた。
となると、結婚後歩けなくなるというのは伝統か規律か何かで、外出をさらに禁止されるということなのだろうか?
考えれば考えるほどドツボにはまっていく。意識がそればかりに集中して何も進められなくなる。
それでも考えることを止められない。天才の脳みそがこのときばかりは特に憎らしかった。
机の上に伏して煩悶を続けた。そんな時、玄関の扉がけたたましい音を上げる。
(;^ω^)「……うるさいお」
今は誰とも会いたくなかった。じっくりの目の前の疑問と向き合いたかった。
よって僕は、机上に顔を伏したまま、居留守を貫こうと無視を続けた。
しかし玄関をたたく音は止まない。
むしろ無視を続ければ続けるほど、それはひどくなっていく。
(;^ω^)「……しつこいお。しょうがないお」
根競べに負けた僕は、椅子から立ち上がり、玄関へと向かう。
以前音を鳴らし続ける玄関。「どんだけしつこい奴だ」と悪態をつきつつ、扉を開けた。
(;^ω^)「なんですかお? 申し訳ないけど今日は……」
( ゚ ゚)「邪魔をする」
(;^ω^)「……」
扉の前にいた人物。全身を布とマントで覆い、
眼だけのぞかせている異様な格好のその人を前にして、僕は一瞬だけひるんだ。
誰だこいつは? クリスマステロリストか?
いや、この格好はこの町の成人女性特有のものだ。
成人女性は町中をほとんど歩いておらず、この一年は僕も屋敷にこもりっきりだったため、
僕が彼女らの姿を見る機会はほとんどといってなかったが、二、三度は目にしたことがあった。
となると、この人物は女性ということになる。
しかし僕には、この町に女性の知り合いなどいやしない。となると、やっぱりこの人物は誰だ?
( ゚ ゚)「ジョルジュの婚約者だと言えばわかってもらえる?」
(;^ω^)「あ……なるほどだお。あなたが……」
――かの有名な男勝りの女性ですか。
もちろんそんなことは口に出さず、どう対応すべきか悩んだ僕。
とりあえずの身元はわかったが、だからと言ってやっぱり僕に彼女との面識があるわけでなく、
そんな女性の来訪を受けて、いったい誰が即座に適切な対応をとれるだろうか?
第一、彼女は僕に何の用があるのだ?
けれど彼女はお構いなしに僕のわきを通りぬけると、
我が物顔で室内を歩き回り、テーブルを見つ出しその前に腰かけ――
( ゚ ゚)「コーヒーでいい」
――そう、のたまった。
(;^ω^)「……どうぞ」
( ゚ ゚) 「ありがと」
しかし、どうにも押しに弱い僕。
家の主であるにもかかわらず、突然の来訪者に命ぜられるまま、
素直にコーヒーを差し出してしまった。
テーブルを挟んで僕の対面に腰かけていた彼女は、
うつむいて、こちらに顔を見せぬよう、
顔を覆った布をわずかにずらしてカップへひと口付けると、おもむろに口を開く。
( ゚ ゚)「いい味。モカのコーヒーか。モカには子どもの頃に行ったことがある」
(;^ω^)「おお……そうですかお……」
( ゚ ゚)「モカは奇麗な港町だった。好き通った海。さざ波に日差しが反射してキラキラ輝いていた。
そこに浮かぶ船を眺めては、乗って、知らない場所へ行ってみたいって思ってた」
(;^ω^)「はぁ……」
話の内容とその破天荒な行動から判断するに、
眼の前の女性は、耳にしていたジョルジュの花嫁に間違いなさそうである。
そして彼女はうつむいたままカップを置くと、
再び口元をマントで覆い、顔をあげ、僕をまっすぐに見つめて、言った。
( ゚ ゚)「あんたが旅人であると、以前からジョルジュに聞いていた。だから今日、ここに来た」
( ^ω^)「……」
僕は黙り、先ほどの彼女と同じように自分のカップに口をつける。
コーヒーというのは不思議なもので、場の空気を味として見事に反映してくれる。
今回は、とても苦い味がした。
口の中に苦みを残し、考える。どう答えるべきか、と。
しかし雰囲気から察するに、どうやらごまかしても無駄なようである。僕は正直に答える。
( ^ω^)「そうだお。それがなにか?」
( ゚ ゚)「旅人に用があるといったら一つだけ。旅の話を聞きたい」
( ^ω^)「……」
どこか機械的な、まるで感情を無理に押しとどめているかのような不自然な彼女の声を聞き、まあそうだろうなと僕は思った。
活発に歩きまわることが好きだったという彼女が、僕に話があるとしたら、それ以外に考えられない。
けれど、僕は絶対に素性を明かさないと決めている。どこから来たのかすら、問われても答えるつもりはない。
現に、ジョルジュにだって未だ素性は明かしていない。もっとも、彼はそんなことを尋ねてはこないが。
もう一度、カップに口をつける。
苦い。
その苦みの中で、笑うヒッキーの顔が僕の頭をよぎる。
あの夜の苦すぎる記憶が、僕の口をさらに閉ざす。
( ゚ ゚)「……話したくない、ってわけか」
( ^ω^)「……」
沈黙を保ち続けた僕。
ちびちびと口にしていたコーヒーは、すっかり冷めてしまっていた。
彼女はあきらめたかのように一つ大きく息を吐くと、しかし――
( ゚ ゚)「ならいい。勝手に見て回るから」
――そう言って立ち上がり、僕の屋敷のあちこちを探索し始めた。
(;^ω^)「ちょ、ちょっと! 困りますお!」
( ゚ ゚)「物置はここか」
(;^ω^)「ちょwwwww勝手に開けるなお!」
あなどっていた。彼女の行動力を完全にあなどっていた。
ジョルジュの話から推察するにかなり活発な女性であると予想していたのだが、彼女の行動は想定以上のものだった。
彼女は目ざとく屋敷内の物置を探り当てると、めまいを覚えながら静止する僕などどこ吹く風で、その扉に手をかける。
( ゚ ゚)「面白い形のテント……そりも見ない形……」
物置にしまっていたのは、
この町に留まるつもりだった僕にはもう使うことのないであろう、旅の友の数々。
彼女は彼ら一つ一つに手を触れ、愛おしげにじっと眺め続ける。
そんな彼女の背中は女性らしく小さくて、けれど結婚前の若年者とは思えないほどの哀愁に満ちていた。
だから僕は、好き勝手に人の屋敷を探索して回る彼女を前にして、
旅の友たちとの思い出を語ることはもちろんしなかったが、しかし、彼女の行動を止めることもまた、出来ないでいた。
やがて彼女は物置内のあらかたを見終わると、今度は僕の書斎へと目を向けた。
さすがにここばっかりは、勝手に入らせては屋敷の主の名がすたるとは思ったのだが、
けれど僕はあっけなく彼女の侵入を許してしまう。
(;^ω^)(……僕はどんだけ押しに弱いんだお)
そんな風に自己嫌悪に陥りはしたが、何分僕は女性に慣れておらず、しかも相手は押しが強すぎるのだ。
こうなったのも当然の流れかもしれない。
僕の部屋へと侵入した彼女は、机の上に置いてあった、
僕の知識の集大成とも呼ぶべき、あと一項目がどうしても埋まらないままでいた書物の原稿に目をやる。
しかしすぐに興味を無くしたのか、ペラペラとめくっただけですぐに目をそらし、視線を別の方へ向けた。
そして、彼女の動きは止まる。
ある一点を見つめたまま、彼女は縛られたようにその前で立ち尽くす。
彼女の視線の先にあったのは、僕が壁に飾っておいたショボンさんの絵。
地上の三日月、銀色に輝くバイカル湖と、その真ん中に一人の少女を描いたもの。
( ゚ ゚)「……綺麗」
こちらが心配してしまうくらいの長い時間、立ち尽くし絵を眺めていた彼女。
短く一言声を漏らすと、僕へと振り返り、尋ねてくる。
( ゚ ゚)「ほかに、絵は?」
(;^ω^)「お? えっと……」
見せていいものか、悪いものか。
そんな一瞬の迷いが命取りとなった。
彼女は僕の戸惑いを見て他にもまだ絵があることを確信したらしく、
そして天性のものらしき勘の鋭さで、見事、他の絵を仕舞っていた机の引き出しを開ける。
( ゚ ゚)「……すごい」
引き出しの奥に眠っていたのは、
ミルナに売ることのなかった、特に僕が気に入っていた数十枚のショボンさんの絵。
彼女はそれらをゆっくりとめくり、その一つ一つを前にため息を漏らしていく。
僕も、それらの絵を見返すのは実に久しぶりのことだったので、
彼女の肩越しにそれを眺めては旅の記憶を思い起こし、
時たまこちらを振り返った彼女と目があっては、慌てて取り繕ったりもした。
そんな風に、日が傾き始めるまでひたすらにショボンさんの絵を見続けた僕と彼女。
どうやら満足したらしい彼女は、立ち上がり、元の引き出しへと絵を仕舞う。
そして振り返り、僕に問う。
( ゚ ゚)「お前はもう、旅をしないのか?」
( ^ω^)「……」
( ゚ ゚)「こんなにも美しい風景を見てきたのだろう? それなのにお前は、旅を止められるのか?」
( ^ω^)「……」
窓から漏れてきた西日の赤が、室内で対峙する僕と彼女を照らす。
僕は答えない。答える価値のない問いかけだからだ。けれど彼女は問いを続ける。
( ゚ ゚)「お前には歩ける二本の足が付いているのに、それでもお前は旅を止められるのか?」
( ω )「……」
( ゚ ゚)「鳥は羽ばたくのを止めたら、もう鳥ではない。旅人も歩みを止めたら、もう旅人ではない。
お前は旅人だろう? お前は自分が旅人でなくなってもいいのか?」
( ω )「……」
投げかけられる問いを前に、はらわたが煮えくりかえってきた。
あまりの怒りにめまいさえ覚えてくる。
お前に何がわかる。
旅というものの本質を一欠片でも知っていたら、こんな幻想に満ちた言葉など出せるはずがない。
旅なんてものに、歩くなんてことに、楽しいことなんてほとんどないんだ。
そこにあるのは、思いだしただけで身が千切れそうになるようなつらい出来事ばかりなんだ。
そんな旅を経てようやくこの地にたどり着いた僕に、なぜこいつは、こんな問いを投げかけられる?
( ω )「勝手なことを言うなお。あんたに何がわかるんだお」
( ゚ ゚)「……」
何も知らない身勝手な言葉の数々を前に、
これまでかたくなに閉ざし続けてきた僕の口は、いつのまにか開いていた。
( ω )「知らないだろうから教えてやるお。さっきあんたが見ていた絵は、
家族を失って旅するしかなかった悲しい男が描いた絵だお。それを綺麗とかすごいの一言で済ませるなお。
いいかお? 旅っていうのは、歩くっていうのは、あんたが考えているような理想的なもんからは程遠いお。
暑さ、寒さ、餓え、獣、人。ありとあらゆるものが、常に身の危険として付きまとうんだお。
身を切るような思いで仲間と別れ、眼の前で大切な友人が死ぬのをただ黙って見届けるしか出来なくて、
誰かを裏切って、誰かに裏切られて、時には心許した人を自分の足で踏みにじらなきゃいけないんだお。
そうまでしなきゃ、前に進めない。そんな旅をしてきた僕の気持ちが、あんたにわかるわけがないお。
そうやって歩いてきてようやく安寧を得た僕を、何も知らないあんたに否定されたくはないお」
( ゚ ゚)「……」
赤に染まった書斎の中。まっすぐに彼女と向き合った。
その赤の中に僕は、血で染まったヒッキーの死に顔を思い出してしまい、
知らず、かつて傷のあった頬に手を触れていた。
彼女はそんな僕の一挙手一投足を目をそらすことなく見つめ、
これまでのような機械的な声でなく、彼女本来のものなのであろう有機的な声で言葉を返してくる。
( ゚ ゚)「旅がそんなにつらいなら、なんでさっきの絵を見ていたあなたの目は、輝いていたの?」
その言葉を前に不意をつかれた僕。思わず立ち尽くしてしまった。
ひと回りも歳の離れた彼女は、それから身を翻すと、書斎の扉を開け、ゆっくりと玄関の方へ向かう。
(;^ω^)「ど、どういうことだお?」
慌てて僕は彼女の後を追う。
無言で玄関までたどり着いた彼女は、その扉を見つめたまま、背中越しに声を届けてくる。
( ゚ ゚)「あなた、なんだかんだ言って旅が好きなんでしょう?
絵の中の風景を見つめていたあなたの目の輝きは本物。その輝きこそがあなたの本心よ。
でも、辛い思い出に負けて、適当にそれらしい理由をつけて、あなたはこの町にとどまろうしてる」
(;^ω^)「違うお! 僕はもう旅の意味を見つけたんだお! だからもう旅をする必要がないんだお!」
そうだ。僕は旅なんて好きじゃない。歩き続けることなんて好きじゃない。
そうするしかなかった。ただそれだけ。旅なんて辛いことだらけだったんだ。
それでも歩き続けてこれたのは、その先に必ず意味が見つけられるからと教えられたから。
そして僕は、今、その意味を見つけている。気に入ったこの町に知識を書として残し、後世に伝える。
きっとこれがそうなんだ。だからもう、僕に旅をする理由なんてないんだ。本当だ。絶対にそうだ。
( ゚ ゚)「バッカみたい。その意味ってのは、
自分で勝手にそう思いこんでるだけのものじゃないの?」
(;^ω^)「……」
しかし、僕の主張は一蹴される。なんだかよくわからない彼女の迫力に圧倒されている。
この迫力の正体はなんだ?
なぜ、ひと回りも歳の離れた若い彼女がこんな言葉を口に出せる?
( ゚ ゚)「あなたの言っていることは、歩けなくなる私にとっては贅沢極まりないこと」
(;^ω^)「あ……」
そうか。これだ。結婚後、この町の女性は歩けなくなるとジョルジュは言っていた。
つまり歩けなくなるという彼女の未来が、彼女の言葉に力を授けていたのだ。
そして彼女は、顔を覆っていた布に手をやる。その挙動を前に、僕は微動だに出来なくなる。
( ゚ ゚)「あなたの言う通り、私がこれまで語ってきた旅は夢物語なのかもしれない。
でも、そういった要素が確実にあるからこそ、人は旅に憧れるし、私も憧れていた。
幼い頃に連れられた先で目にしたたくさんのもの。
大人になったら、私もその先に行けるって、信じていた」
背を向けたままの彼女。顔を隠していた布が、するすると少しずつ解かれていく。
( ゚ ゚)「だけど、この町の女は必ず結婚しなければならない。そうなれば歩けなくなる。
私は悩んだ。この町から逃げて、一人で旅を始めようとも思った。
でも、私には婚約者のジョルジュがいて、やっぱり私は彼が好きだった。
親や親族だってここにいる。私が逃げだせば彼らは罰を受ける。私は彼らを捨てきれない。
私は歩きたかった。だけど結局、私にはこうするしかなかった」
布が、彼女の顔から剥がれていく。隠されていたその髪があらわになる。強い癖をもった、巻き毛。
( ゚ ゚)「本当はもっと早くあなたのところに来て、旅の話を聞きたかった。
だけど気持ちが揺らいだ状態で話を聞けば、私は一生、決心がつかなかったと思うの。
でも、今は大丈夫。もう決心を固めていたから。それでもここに来たのは、私の最後の未練」
布のほとんどが解かれた。布の端が地面についている。
その後ろ姿。記憶にある。
嘘だろう? なぜこの後ろ姿が目の前にある?
( ゚ ゚)「ねぇ? もしあなたが歩けなくなる私を憐れんでくれるのなら、どうか旅を続けて。
私が見ることの出来なかった風景を、行くことの叶わなかった場所を、私の代わりに見続けてほしいの。
そしてその先にある世界に、私のことを伝えてほしいの。私の名前を残してほしいの」
嘘だ。あり得ない。この後ろ姿は、千年前に死んだ人間のそれだ。
内藤ホライゾンが手をのばして届くことのなかった、あの、後ろ姿だ。
視界が揺れる。足が震える。そして彼女は、振り返る。
ξ゚?゚)ξ「私の名前はツンデレ。足を欲しがった女。
あなたの進む道の先に、私の名前も連れて行ってあげて」
― つづく ―
出典:( ^ω^)ブーンは歩くようです
リンク:http://wwwww.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1195322586/

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