ブーンは歩くようです #4−2
2009/06/20 21:53 登録: 萌(。・_・。)絵
http://moemoe.mydns.jp/view.php/17133のつづき
最終部 古に続く伝統と、それでも足を欲しがった女の話 後編
― 9 ―
( ω )「……」
あの日から一週間。食事もろくに取らず、書斎にこもっていた。
机上に置かれた書物の原稿には最終項目の表題が記されているだけで、その後は未だ一文字も埋まっていない。
その隣。ほぼ白のままの原稿とは対照的に文字が羅列されている、一枚の紙。手に取り、ぼーっと眺める。
( ω )「……汚い字だお」
この一週の間に、ジョルジュから一通の手紙が届いていた。結婚式の招待状だ。
そこには乱雑な字で、式の詳細が記されていた。
結婚式は親族とごく一部の人間だけで密やかに執り行われるらしい。
長老の孫の結婚式ともなれば町をあげた一大行事であろうに、なんとも不審なことだ。
そして日時は、受け取った日から五日後の朝。現時点からすれば、明日の朝、挙式となる。
早急すぎる。あまりに急ぎ過ぎている。
密やかな結婚式。急な日程。また、謎が増えた。
しかしそれらはすべて、間違いなく「歩けなくなる」という事由に帰結している。
ならば、それさえ解決できれば、以上の謎はすべて解かれるはず。
(; ω )「纏足……戒律……このくらいしか思い浮かばないお」
内藤ホライゾンの知識を絞り出す中で、「歩けなくなる」という風習で該当したのはこの二つ。
前者は、東洋の大国における、女性を家庭に縛りつけるための肉体的に直接な「歩けなく」する風習だ。
幼いころから女性の足に負荷をかけ、走れないよう、長い時間歩けないよう、足首以下の成長を阻害する。
後者は、宗教などに基づいた戒律による精神的な「歩けなく」する風習。
おもにイスラム圏でなされていたことから考えて、この町の事例に該当する可能性が高いのはこちらだろう。
けれど、そんな思案など僕にとって何の意味も持たなかった。
僕の頭を悩ませている本当の謎は、「歩けなくなる」という謎と根本的に異なっていたからだ。
(; ω )「……彼女は誰なんだお。……なんで僕は悩んでいるんだお」
それが、僕の頭をずっと悩ませ続けてきた謎。
雪の上に滴り落ちた血のように鮮やかな夕焼け。
赤に染まる室内でこちらを振り返った、彼女はいったい、誰だ。
人、記憶、風景。夕闇は帳の中にあらゆるものを覆い隠す。
しかし極まれに、誰かの心象を確かな存在を持たない、
けれど限りなく実存に近い幻として、艶やかなその赤に映し出すことがある。
いや、何もそれは夕焼けに限ったことではない。
いつかと同じ、空の色。
いつかと同じ、風の香。
世界は時として慈悲深く、けれど目をそむけたくなるほど残酷にそれらを用い、
誰しも一つは心の奥底に仕舞っているであろう大切な記憶を不意に思い起こさせ、
掴もうとしても掴めない、辿りつこうとしても辿りつけない、
まるで蜃気楼のような存在として誰かの心象を視界の中に映し出すことがある。
では、彼女もその類いの、世界が僕に見せた幻に過ぎなかったのであろうか?
違う。彼女が幻であったとしたら、
彼女は内藤ホライゾンの記憶の中のあの人と何ら変わりない姿形で現れていたはずだ。
黄昏の中で前にした彼女は、顔や背格好は酷似していたものの、記憶の中のあの人と微妙に異なった個所を有していた。
例えば、髪の色。彼女は艶やかな黒で、あの人は麗らかなブロンド。
例えば、年齢。ジョルジュの幼馴染であることを考えれば彼女は十代後半、あの人は自称二十代半ば。
肌の色だって違った。声の質も微妙に異なっていた。
だから彼女は幻なんかではなかったし、ましてやあの人であろうはずがない。彼女とあの人はまったくの別人。
第一、僕はあの人と話したこともない。内藤ホライゾンの記憶を共有していたため、その存在を知っていただけだ。
よってあの人に似ているだけの彼女の言動に惑わされる理由など、仮に内藤ホライゾンにあったとしても、僕にあるわけがない。
ならば、僕はなぜこんなにも動揺している? なぜ握った筆が一向に進まない?
(; ω )「……」
机の上に伏したまま、頭を抱える。
押し寄せてくるめまいから、胃に何も入っていないというのに吐き気を覚えてしまう。
わからない。もう、何もかもがわからない。
いや、自分が動揺している理由だけはわかっている。
僕が動揺しているのは、内藤ホライゾンの想い人に似た女性が何かしらの理由で歩けなるから。それだけのこと。
わからないのは、なぜそれで僕が動揺しているのかということ。つまり、理由の理由がわからないのだ。
ツンデレはツンに似ているだけで、僕との間には、友情や愛情といった情動はおろか他人としての付き合いすらない。
ツンデレと僕の関係に、僕が動揺するに足るものなどなんら存在しない。
そもそもそれ以前に、ツンデレはもちろん、他の誰かの不幸を前に動揺する資格すら、僕は持ち合わせていないのだ。
ドクオ。ショボンさん。そこにクーを加えてもいい。
深く関わってきた人々を、僕はことごとく見殺しにしてきた。
数ヶ月という短い時間とはいえそれなりの信頼関係を築いていたヒッキーに至っては、この手で直接殺した。
その後は、襲いかかる野党たちを、表情を変えることなく機械的に皆殺しにしてきた。
その上を、歩いてきた。
そんな人間に、誰かの不幸を前に動揺する権利どころか憐れむ資格すら与えられているはずがない。
だから僕には、ツンデレが歩けなくなるという不幸を前に動揺する理由はない。権利も資格もない。
何度も言うが、ツンデレと名乗ったあの女性と僕との間には何の関係性もない。
ドクオたちとは育んできた信頼関係などそこには皆無であり、
僕を襲うという意思が無いこと除けば、僕にとっての彼女は野党と同じ他者という存在でしかない。
従って、野党たちのように彼女をこの手で殺す必要はないが、特別気にかけるような必要もない。
彼女のことで悩む必要など、僕に有りはしない。
頭ではわかっている。それなのになぜ、僕は今、苦しいと感じるほどに悩んでいるのだ?
(; ω )「……クソッ」
一度だけ、机上に拳を打ち付けた。しかし、痛みでこの陰鬱とした気分が晴れるわけがなかった。
衝撃で原稿がはらりと床に落ちる。拾う気にもなれない。むしろその逆だ。何もかもを壊したい衝動に駆られる。
はるか遠くの北米地下施設で独立した意識として生まれ落ちて、十年弱。
ここまで激しい感情の起伏を、僕は覚えたことがない。
自分で言うのもなんだが、これまでの僕は、他の人々に比べどう贔屓目に見ても達観していた。
自分の生も死もどこか他人事のように捉えていて、だからこそ激しい感情の起伏もなかったのだと思う。
そんな僕がわずかでも変わったと言うならば、それは歩く意味を探すと決めたバイカル湖での出来事の後だろうか。
けれどあれ以後でも、ショボンさんの死を前に必死でモスクワを探した時、夜の砂地でヒッキーと対面した時、
この二回くらいしか荒波のような感情の振幅は起こってはいない。
そしてその時以上に、今の僕は動揺してしまっている。
(; ω )「……なんでだお。僕はそんな優しい人間なんかじゃないお……」
そうだ。僕は他人の不幸を前に憐れみを感じるような、慈悲深い人間からは程遠い。
誰かが不幸にあえぐ姿を笑いはしないが、無表情で静かに眺め、もだえ苦しむ誰かの傍をただ通り過ぎることしか出来ない人間だ。
なにもかもに傍観を貫いてきた、良く言えば第三者、悪く言えば当事者としてその場面に関わる勇気のない、そんな類いの人間だ。
ドクオ、ビロード、ちんぽっぽ、ショボンさん。
ジョルジュとの出会いだって、向こうからこちらに働きかけてきたもの。
そこに僕の主体性などなく、僕は流されるまま、彼らの周りで巻き起こる出来事にただ立ち会ってきただけ。
誰かが目的を果たすその一瞬を、まさに他人事として傍らで見ていただけ。
まるで、雲のような存在。
誰かという名の風が吹かなれば、浮かんでいるだけで動くことの出来ない、僕は流されるだけの傍観者という名の雲だ。
( ω )「……そうだお。本当にそうだお」
床に散らばった原稿が目に付く。
一年屋敷にこもりきりで書き続けてきたそれらに、もはや意味など欠片も感じられない。
考えてみれば、これもジョルジュから――誰かから与えられたものに過ぎない。
頼まれたから、受け取った。これが歩いてきた意味だと勘違いし喜々として受け取っただけで、自ら選び取った道ではない。
それ以前に、僕がこの町に来たのはほとんど無理やりであって、結局その時の僕もただの傍観者で、当事者ではなかった。
そうやって得たものが僕の歩いてきた意味なわけがない。軽く触れればボロボロと崩れる、砂の塊と同じようなものだ。
( ω )「そうだお……僕の中にあるのは一事が万事……そんなものばかりだお……」
歩く意味が欲しい。これだけが、僕自身が真に望んで得ようとしているもの。
そのために歩き続けるという道もまた、考えてみれば、ショボンさんに与えられたものに過ぎない。
ドクオに旅を続けろと言われた。ギコに生きろと言われた。ビロードとちんぽっぽに生きるためのナイフを与えられた。
結局、僕は何もかもを誰かに与えられてここまで来た。そんな僕自身こそが、砂の塊のようなものだ。
( ω )「……もう、何もわからないお」
重たい頭を抱えて立ち上がり、強いめまいを覚えながら書斎を出て、寝室の床へと伏す。
ちらりと目に入った窓の外には、数日後には満ちるであろう月が浮かんでいた。
銀色の空の穴はまた誰かを殺そうと意気込んでいるのだろうか、強く光り輝いている。
( ω )「また、誰かが死ぬのかお? 今度は誰かお? 出来れば……」
――僕にしてくれお。
そんなことを考えれば考えるほど、気持ちは吸い込まれるように深い穴の底へと沈んでいく。
達観を失った今の僕は、そこから浮かび上がることさえままならない雲以下の存在に落ち込んでいた。
横たわった床の上。気持ちと連動するように僕の意識もまた、眠りの底へ落ちていく。
まどろみの中で眠りの底を見下ろした。あたりは夜よりも真っ暗。
その先に広がっているのは、月の光とは質の異なった銀色の丸い穴。
( ω )「……氷の色?」
僕は、その色に見覚えがあった。
それはベーリング海峡、そしてベルカキト北部で倒れた際に見た、氷の色だ。
懐かしさがこみ上げてくる。惹かれるように、僕は落ちていく。
しかし、僕がその穴の先へたどり着くことはなかった。
落ちていく僕の体は、ある地点を境に落ちることを不意に止めてしまったからだ。
( ω )「……どういうことだお?」
まっくろなまどろみの中で、僕はふわふわと浮いていた。
宇宙遊泳などしたことはないが、憶測だけで言わせてもらえば、それはきっと今の状態に近いはずだ。
支えを失った位置の定まらない体で見上げれば、上空には現実に通じるのであろう、太陽のように強く光り輝く穴。
見下ろせば、現実の穴以上に遠くにある、夜空に浮かぶ月のような、眠りへと続くのであろう銀色の穴。
そして目線を定位置に戻した僕の前に浮かんでいたのは、最も近くにいて、けれど最も遠くにいる、懐かしの人物。
( ^ω^)「すまなかったお」
現実と夢の狭間のまどろみで出会ったのは、この体のかつての持ち主、内藤ホライゾンその人だった。
会うのはこれで三度目。ベルカキト以来だから、およそ六年半ぶりの再会となる。
彼は開口一番に、謝罪の言葉を発した。
( ^ω^)「僕がこんなところにまで出てきたせいで、君には不快な思いをさせたお。申し訳ないお」
そう言って、下方に広がる小さな銀色の穴を見下ろした内藤ホライゾン。
彼はそこから上がってきたのだろうか? それ以前に、彼の謝罪の意味そのものがわからない。
( ^ω^)「今はそのことについて話す余裕はないお。またいつか、日を改めて説明するお。
それより今は、単刀直入に用件だけを言わせてもらうお」
対面する暗闇の中で、にやけ顔の内藤ホライゾンの双眸がギラリと光って見えた。
ふわふわとまどろみの中に浮かぶ僕たち。そして、彼は再び口を開く。それを聞き、僕は怒りを覚える。
( ^ω^)「明日、一日だけ体を返してくれお」
体を返せ? 冗談だろ? 生きることを諦めて引きこもった上、
贈り物としての意義も生も死も何もかもを僕に押し付けておいて、今更何を言い出すんだ?
( ^ω^)「恥は承知しているお。それを踏まえたうえで、こうやって頼んでいるんだお」
厚顔無恥とはお前のことを指すための言葉だな、内藤ホライゾン。そもそも、体を返せだなんて言葉づかいが気に入らない。
十年弱、僕はこの体を使ってきた。かつての世界の多くの国でも、一定期間の占有による所有権の移転は法律で認められていた。
もはや、この肉体の所有権は僕にある。それを今更になって返せだと? 笑わせるな。
( ^ω^)「法律なんて流動的な、社会体制を整えることのみを目的とした理論を個人の肉体の所有に用いるべきではないお。
しかし、君の言うこともわからんでもないお。というか、僕は肉体の所有権を君という意識に認めているお。
この体はすでに君のものだお。だから僕は了承を得るために、こうやって今君の前に姿を現しているんだお。
ま、僕の言い方が悪かったのは確かだお。言い直すお。その体を一日だけ、僕に『貸して』くれお」
言い直して済むような問題ではないだろう、常識的に考えて。
大体、なぜ今、このタイミングでお前は姿を現した? 体を貸せと言ったその真意は何だ?
( ^ω^)「ちょっと誤解があるみたいだおね。
君が気づいていないだけで、僕は何度か君のすぐそばにいたんだお。
君がめまいを覚えるような出来事と遭遇した時、
僕はあの穴から這い上がってきて、君のすぐ後ろに立っていたんだお」
また、足の下に小さく口を開けた銀色の穴に目を移した内藤ホライゾン。
めまいを覚えるような出来事? すぐ後ろにいた? いったいどういうことだ?
( ^ω^)「それはいつかまた……そうだおね、君が歩く意味を見つけ出した時にでも話すお。
じきに夜が明けるお。今は、本題だけに集中するお」
話を脱線させたのはお前だろう。偉そうなもの言いだけは天才様の名に違わないようだな。
( ^ω^)「おっおっお。そう言ってくれるなお」
彼は自嘲そのものを表情として浮かべ、視線を戻しこちらを見据えた。
僕も、僕と全く同じ顔をした彼を見据え、問いかける。さあ、注文を聞こうか。
( ^ω^)「ツンデレを救いたいんだお」
短い言葉で返ってきた答え。それを耳にして、僕はたまらず大きな笑い声を上げる。
それは響くことはなく、僕らを取り囲むまどろみの彼方へと静かに吸い込まれていく。
腹を抱えて笑い終え、落ち着いた頃になって僕は言葉を返す。
ツンデレを救いたいだと? 冗談もたいがいにしてくれ。
僕にはおろか、お前の中にだって彼女との関係性はまったくといって存在しない。
ただ、ツンデレが千年前に死に別れたツンという女性に似ているというだけの話だ。
それとも何か? ツンデレがツンに似ているというだけでお前は彼女を救いたいとでもいうのか?
肉体的な造形の類似だけに感情移入して過去のやり直しを果たしたつもりになろうというのなら、
お前は天才というアイデンティティから最も遠い人間になり下がってしまうぞ?
( ^ω^)「……まあ、それもちょっとはあるけど、大筋はそんなんじゃないお。
大体、クーが言っていた通り、僕の天才というアイデンティティにもはや何の意味もないお。
僕がツンデレを救いたいのは、彼女がツンに似てるからとかそういう理由じゃないんだお。
しいて言うなら、彼女の置かれた状況が僕に似てる。それが理由だお。
僕は救われなかった僕を救いたいんだお。そして、昔の君を救いたいんだお」
どういうことだ? 彼女を自分に、こともあろうか僕にまで当てはめていったい何を言い出す?
( ^ω^)「君もうすうす気づいているはずだお。
だけど、今君の前に広がっている安寧が消えることを惜しんで目をそらしているだけだお。
あ、勘違いしてほしくないから言っておくけど、別にそのことを責めるつもりはないお。
穏やかな毎日を望むのは、人間の根源的な欲望だお」
回りくどい言い方はよせ。それは中途半端に知識のある人間特有の悪い癖だ。天才の名が泣くぞ。
( ^ω^)「おっおっお。まったくだお。なら、言わせてもらうお。
今のツンデレに足を失う以外、道はないお。それは僕と、昔の君と全く同じだお。
時に君は今、知識を書物として残そうと奮闘しているおね?
しかし最後の項目がどうしても埋まらないでいるお。それがなぜだかわかるかお?」
簡単だ。僕が別のことで悩んでいるからだ。
( ^ω^)「違うお。君がそこから目をそらしているからだお。
まさにその対象たるツンデレについて、『自分には関係ない』と必死に言い聞かせ続けているからだお。
書くべき対象を否定していたら、そりゃ書けるもんも書けやしないお」
違う。僕は否定なんかしていない。ツンデレが歩けなくなることが僕に関係ないことは確固たる事実だ。
( ^ω^)「なら、昔の君を思い出してみるといいお。ビロードと出会う前の君は、
ショボンに歩き続ける意味を探せと道を与えられる前の君は、ツンデレとも僕とも同じだったお。
君には定住する場所もなくて、放浪するしか道はなかったお。自分で自分の命を絶つ理由さえ無かったお。
千年後の世界の上で、いつか死ねるだろうと歩き続けるしかなかったお。選ぶべき道なんてなかったんだお」
――それは、正解だ。返す言葉もない。僕は黙ることしか出来ない。
まどろみに浮かぶだけの僕を前に、内藤ホライゾンは静かに、しかし弾丸のように威力のある言葉を放ってくる。
( ^ω^)「僕だって同じだお。僕は、僕の意思がどうであろうと冷凍睡眠に入るしかなかったんだお。
その結果がこれだお。千年後に起こされて、クーに全否定されて、孤独を押し付けられて、
おまけに死ぬことすら出来なかったお。
こうやって意識の奥底に引きこもって、眠り続けることしか出来なかったんだお。
僕が極端な事例であることを考慮に入れても、千年前の歴史を見るからに、
自分の意思に反した道を押し付けられた人間の末路っていうのは、えてして大体がこういうもんだお」
止めてくれ。今はそういう話をするときじゃないだろう。
不幸自慢をしたいなら別の機会にしてくれ。その時にじっくり聞いてやる。
( ^ω^)「関係あるんだお。君だって、ショボンやビロードに出会わなければ僕と同じ末路に行きつくところだったんだお。
そしてツンデレが今まさにそうだお。彼女に誰かが別の選択肢を与えてやらなきゃ、彼女は僕と同じ道をたどるお」
彼の言葉を聞き、「続きを話せ」と言うかわりに、僕は黙って見つめ返した。
彼はお面のようなにやけ顔をそのままに、言葉を重ねる。
( ^ω^)「ショボンがバイカル湖で君に話したこと。僕もそれと同意見だお。
二個以上の、複数の選択肢が与えられてこそはじめてそれは発生するお。
与えられた人間は、責任を負う覚悟をし、選択肢のうちのどれかを選びとる。
それさえ出来れば、それが『歩けなくなる』ことであったとしても、その人間が僕と同じ末路に至ることはないお。
なぜならそれは、その人間が自らの由をもって納得して選び取ったことだからだお」
なるほど。内藤ホライゾンが言いたいことがおぼろげながら見えてきた。
彼はつまり、ツンデレに「歩けなくなる」以外に別の選択肢を与えたいのだ。そして、選び取らせたい。
彼女が何を選び取るかは関係ない。たとえ彼女が選ぶ道が「歩けなくなる」であったとしてもだ。
彼は複数の道を彼女に与え、悩ませ、そうやって選び取った道に責任を負わせたいのだ。そうだろう?
( ^ω^)「ご名答。その通りだお。どの道を選ぶかなんて、実はさして重要ではないんだお。
だってどんな道を選んでも、人間は悩んだり後悔したりするもんだからだお。
君だってそうだったお。ヒッキーを殺したあとで泣いた君の姿を、僕はすぐそばで見ていたお。
その時の君の苦悩を、僕はよく知ってるお」
( ^ω^)「だけど、それでも君は歩き続けられた。
それはかつて、『歩き続けること』を君自らが選んだからなんだお。
重要なのはそこなんだお。自分が進む道を、責任をもって自分で選び取ることなんだお。
そうすれば、のちに直面する後悔にも『仕方ない』と納得することが出来るお。
その限りにおいて、その人間は不幸じゃなくなるお。僕のようにはきっとならないお」
語りかけてくる内藤ホライゾン。彼の顔は相変わらずのにやけ顔のまま。
しかし、それはとても悲しげだ。彼の顔からは正の感情は一切感じられない。
それは、彼の孤独の深さから来ているのだろうか?
( ^ω^)「……だから、その機会を明日一日でいいから、僕にくれお」
にやけ顔の中で動く唇。それさえも僕には悲しげにしか感じられない。
それほどまでに彼はツンデレを――救われることのなかったかつての自分を救いたいのだろう。
そして、あったかもしれない別の未来を、想い人に似ている彼女に託したいのだろう。
そう意味合いを込めて、数刻前の僕の問いかけに彼は「それもちょっとはある」と口にしたに違いない。
その気持ちはわかる。けれど、僕にその申し出を受けることはできない。
( ^ω^)「……なぜだお」
変化することのないにやけ顔。もはや彼には、出すべき表情はそれしか残っていないのだろう。
そこに憐れみを感じずにはいられなかったが、やっぱり僕は彼の申し出を断らなければならない。
だってそうだろう? ツンデレに別の道を与えるということは、サナアの伝統を破るということだ。
たとえ彼女が「歩けなくなる」ことを選んだとしても、別の道を提示した時点で僕は彼らの秩序を乱したことになる。
結果、僕は町を追放されるだろう。千年間の歴史の中で愚直なまでに伝統を守ってきたサナアの民族性を考えれば、当然だ。
そして僕は、これまでずっと歩き続け、ようやくたどり着いた安寧の地を失うことになる。
内藤ホライゾン。あんたの気持ちはわかる。だけど、それだけは絶対にさせない。
僕が苦労して積み上げようやく得た現在の地位を、何もしていないお前に崩されるわけにはいかない。
あんたがしようとしていることは、盗人のそれとなんらかわりない行為だ。
( ^ω^)「……もっともだお」
それだけじゃない。お前には最終手段が残されている。ドクオの際と同じ方法のことだ。
あの時と同じように僕の意識を引きずり落とし、肉体の主導権を握ることがお前には出来るはず。
お前が肉体の所有権を僕に認めていたとしても、僕より長くこの肉体を使ってきたお前ならそれは造作もないことのはずだ。
( ^ω^)「……」
つまり、この交渉は初めから意味を持たない。たとえ僕が断ろうとも、お前は無理やりにでも行動を起こせるからだ。
僕がどんな答えを返そうと、お前は自分の要求を実行に移せる。この交渉において、僕に選択肢は無いに等しい。
今こうやって交渉の場を設けたのは、おそらくお前のせめてもの善意から来ているだろう。そうだとしても、お前は卑怯だ。
だってお前は、ツンデレに選択肢を与えたいと言っておきながら、僕にはそれを認めようとしていないじゃないか。
行動に一貫性がない。そんな人間の言葉が、誰かに届くはずがない。
( ^ω^)「……」
言葉なんて、本来なんの意味ももたない。
風に吹かれれば舞い上がってしまう葉のように薄っぺらなものだ。
そこに力を与えることが出来るのは、きっと口にする人間の辿ってきた道だけだ。
だから僕はドクオを止めることが出来なかったのだろう。ショボンさんの言葉に動かされたのだろう。
確かにお前にも、彼らと同じように誰かを動かすだけの言葉を発する資質が十分にある。
だけど今、無理やりにでも自分の意思を貫き通そうとするのなら、お前の言葉に力はなくなる。
ツンデレを動かすことは出来ない。
ならば僕がここでお前の要求を認めればいい訳だが、
これまで積み上げてきたものがサナアの町の中にある以上、それを崩すようなことをお前にはさせられない。
僕が歩き続けてきた責任からして、それは断じて認められない。
( ^ω^)「……」
だから、僕が崩そう。
( ^ω^)「……」
正面に立つ内藤ホライゾンの方がピクリと動いた。
相変わらずのにやけ顔は崩さない。しかし、僕の言葉に内面を動かされたことだけは確からしい。
平静を取り戻すように少しの間をおいて、彼は続ける。
( ^ω^)「……君がそうする理由は?」
簡単だ。お前が出てきた時点で、ツンデレに選択肢を与える以外、僕に道は無くなったから。
その中での最良の行動は、お前じゃなく僕自身が彼女に道を与える。これしかないだろう?
( ^ω^)「それだけの理由で、これまでサナアで積み上げてきたものを君は崩すことが出来るのかお?」
出来るさ。何のことはない。実際、これまでそうやって歩き続けてきたんだ。
( ^ω^)「……根拠としては弱いお。君は余生を過ごしてもいいと思うほど、サナアに愛着を持っているお。
『これまでそうやって歩き続けてきた』ってだけじゃ、僕の想いを君に託すことは出来ないお。
もう一つ、君を信じられるだけの根拠を提示してくれお」
まっくろの中に浮かび、ジッとこちらを見つめてくる内藤ホライゾンの瞳。
鈍く、しかし強く光っている。かつての世界で研究にいそしんでいた頃の彼は、きっとこんな瞳をしていたのだろう。
落ちぶれども、天才の眼は未だ鈍らず、か。
ならば僕は、それに打ち勝つだけの根拠を提示しなければならない。
しかし、そんな根拠が僕にあるのだろうか? 大体、僕の言っていることはおかしい。
あれだけサナアに愛着を持っていたのに、どうしてこうもあっさりそれを崩すと口に出せたのだろうか?
考えて。考えて。考えぬいて。けれど整合性のある理由は思い浮かばない。
なのに、勝手に口が動いた。まどろみの中へ、声が勝手に飛び出していく。
僕はこれまで、何もかもを与えられてきた。
得たものは多い。しかし、それらはあくまで与えられたものに過ぎない。
僕が自らの手で握り締めたものは、「歩く意味を見出したい」という想いだけ。
それ以外のすべては、誰かから与えられたもの。「そのために歩き続ける」という道さえ、ショボンさんから与えられたもの。
では、与えられたものを真に自分のものとするにはどうすればいいのか?
僕も与えればいいのだ。ショボンさんから与えられた道を、僕も誰かに与えればいい。ツンデレに与えればいい。
そうすればきっと、「歩く意味を見出すために歩き続ける」という道は僕のものになる。
ショボンさんから僕へ、僕からツンデレへ、ツンデレから他の誰かへ、その誰かからそのまた他の誰かへ。
そうやって道は繋がり、後世へ続いていくんじゃないのだろうか。
無意識の内にそれに気づいたから、ツンデレに選択肢を与えるという、
サナアを捨てると同義のお前の頼みを、僕は受け入れたんじゃないかと思う。
我ながら不思議だ。脳裏に浮かんでこなかった考えが、どこも経由することなく直接口から出てくるのだ。
本当にこれが僕の意見なのかと惑う。しかしその一方で、口に出した言葉は妙に頭になじんでいく。
( ^ω^)「……昔、家族について二通りの類型を立てて論じた社会学者がいたお」
僕が語る間、相変わらずのにやけ顔でずっとこちらを見つめていた内藤ホライゾン。
わずかな沈黙を挟み、右手の人差し指を立て、こんなことを口にした。
( ^ω^)「類型の一つ目は『与えられた家族』。つまり、生まれ落ちた家族だお。
これは誰もが平等に与えれら、かつ、誰もそれを選び取ることは出来ないお。
どんなに恵まれた家族であろうとそうでなかろうと、それは与えられたものに過ぎない。
それをどう作っていくかなんて裁量は、生まれ落ちた子どもにはほとんど無いお」
彼は立てた人差し指をそのままに、続けて中指をスッと立てる。
( ^ω^)「そしてもう一つは、『作り出す家族』だお」
( ^ω^)「自らが伴侶を選び、子どもを作り、『その子に家族を与える』ための家族。
時代や社会によっては、伴侶を選び取る自由は限られていたりもしたお。
だけどそれでも、『与えられた家族』に比べればはるかに広い裁量を与えられているお。
本人の努力次第で、『作り出す家族』は如何様にも姿形を変えることが出来る。
そんな、『与えられた家族』と『作り出す家族』。さて、どちらが真に自分のものと言えるかお?」
V字に立てた二本の指を前に掲げた内藤ホライゾン。その向こうの変わらないにやけ顔の口が、僕に問う。
そして彼は、僕の答えを待たず、続ける。
( ^ω^)「与えられるし、与えることもできる。家族と道はなかなかに似ているとは思わないかお?
これよりもっとわかりやすいたとえを言うのなら、
知識は誰かに伝えてこそ初めて自分のものとして定着させることが出来る、ってことかおね。
それと同じで、誰かから与えられた道を別の誰かに与え返す。そこでようやくその道を自分のものに出来る。
君が言いたいのはそういうことだおね? なるほど、信じるに値する根拠だお。納得したお」
僕に一切の反論を挟ませずにまくし立てた内藤ホライゾン。
そして彼は立てた中指をたたみ、親指とこすり合わせて、まどろみの中にパチリと音を鳴らした。
指鳴りを合図に、彼の体がまどろみの底へと沈んでいく。
いや、違う。僕の体がまどろみの上空、現実に向けて浮かんでいく。
なす術もなく現実へと引き戻されていく僕。
内藤ホライゾンはまどろみの下でこちらを見上げている。
( ^ω^)「頼んだお。成功した暁には、礼はいつか必ず」
遠くなっていく彼の姿。もう手をのばしても届かない。
声だけが近くに感じられる。上から差し込む光が強くなっていく。
終わりに向かう邂逅の中で、僕は最後に尋ねる。
なあ、今度会うのはいつになる? また六年近く後か?
僕はそれまで待てない。次に会う時まで生きていられるかどうかすら怪しいからだ。
それ以前に、ツンデレに選択肢を与えたとして、サナアを無事に出られるかどうかも危ういのだ。
だから、今聞かなければならない。見下ろしながら、僕は彼に問いかける。
なあ、僕はいったい何者なんだ?
( ^ω^)「……」
黙ってこちらを見上げるだけ内藤ホライゾンに向け、僕は声を落とす。
気がつけば、冷凍睡眠施設の真ん中に意識として生まれ落ちていた。与えられるべき家族はおろか、名前さえ僕にはなかった。
ただ贈り物としての使命と、楽観と呼んで差し支えない奇妙な達観だけを有していて、そして人として何かが欠けていた。
なあ、僕はいったい誰なんだ?
お前はかつて僕のことを内藤ホライゾンと呼んだ。歩き続けた道の上、僕だってそれは何度も考えていた。
僕が自分を独立した意識と思いこんでいるだけで、本当は内藤ホライゾン、つまり僕はお前以外の何者でもないんじゃないかと。
今こうやって見下ろしているお前も、結局は僕が夢の中で僕自身を客観視しているだけじゃないかと。
でも、やっぱり違う。感覚的にもそうだし、さっきの僕にはお前の考えが読めなかった。
何より、お前との対面を僕は僕の意思で成すことが出来ていない。僕とお前が同一の意識なら、僕たちはいつでも出会えたはずだ。
実際、千年後の世界の上で僕は何度かお前に問いかけた。けれどもお前がそれに答えることは一度たりともなかった。
やっぱり僕とお前は違う意識、本質的に異なる存在だ。
ここは便宜上、お前を内藤ホライゾンと呼ぶことにしよう。だとすると、僕はいったい誰になる?
( ^ω^)「……夜が明けるお。もう時間はないお。今はそれに答えることは出来ないお」
豆粒ほどの大きさになった内藤ホライゾン。
彼がどんな表情をしているのかはわからない。変わらないにやけ顔なのだろうか?
だが不思議と、声だけははっきりと聞き取れた。
( ^ω^)「だけど、二つだけ言っておくお。まず、僕と君とは本質的に同じ存在だお。
しかしある一点により、僕と君とが一つに戻ることはどうやってもあり得ないお。
そして、もう一つ。僕は内藤ホライゾンであって内藤ホライゾンじゃないお。
君も内藤ホライゾンであって内藤ホライゾンじゃないお。
あえて呼ぶなら、君の名前はブーン。そして誰かと問われた時、僕の方にこそ呼ぶべき名前はないお」
わからない。彼の言葉の意味がさっぱりわからない。
けれど、問いただす時間はもう残されていないようだ。
強烈な光が僕の体を包んでいく。まもなく現実にたどり着くらしい。
視界を覆い尽くした光に隠れて、内藤ホライゾンの姿はもう見えはしない。
声だけが不相応にハッキリと聞こえるのみ。
( ^ω^)「詳しいことはツンデレに道を与える礼として、いつか必ず伝えるお。
だから……頼んだお。彼女を救ってくれお。
あり得たかもしれない僕の未来を、君の目を通して僕に見せてくれお」
なるほど。僕の問いかけさえツンデレに道を与えることの担保としてしまうか。
それならそれで構わない。僕はお前の願いに応えよう。その代わり、いつか必ずこの問いには答えてもらう。約束だ。
しかし、内藤ホライゾンから返事を得られることはなかった。
現実の光に包まれた僕は、いつの間にかまどろみから解かれ、気がつけば床の上に起き上がっていた。
( ^ω^)「……朝かお」
ボリボリと髪の毛を掻きむしって立ち上がり、寝室の扉をあけ、玄関に向かい外へ出た。
低緯度地域ながら標高が高いため、サナアの朝はシンと冷える。身震いして辺りを見渡す。誰もいない。
日はまだ昇っていなかった。ただし夜明けは間近のようで、東の空が瑠璃色に染まっていた。
それから、先ほどまでの内藤ホライゾンとの邂逅を思い出す。あれは夢だったのだろうか?
いや、夢ではなかったはずだ。浮かんできた疑問は即座に否定出来た。
夢であれば、記憶は霧中に消え去る。彼とのやり取りを覚えているはずがない。しかし僕は、一言一句それを思い返せる。
( ^ω^)「気分がいいお」
そして、ここ数日の不調が嘘のように心も体も軽かった。
きっとすべきことがハッキリして、迷いがなくなったからだろう。
軽くなった身には、二年間何度も吸ってきたはずのサナアの朝の空気でさえとても美味しく感じられる。
と思ったと同時に、腹の虫が盛大に音を鳴らした。
( ^ω^)「おっおっお。そういえば何も食べてなかったお」
どうやら空気がうまいと感じられたのは、単純にすきっ腹のせいだったらしい。
鳴り続く情けない腹の虫に苦笑しつつ、屋敷へと戻り、ありったけの食糧を腹に収めた。
その後、物置へ向かい、その戸をあける。
そりやテント。かつての旅の仲間たちが、ほこりを被りながら静かに横たわっていた。
着込んでいたサナア製の衣服を脱ぎ、物置の奥に隠れていた超繊維のマントと衣服、
原色の羽織、エルサレムで買ったターバンを取り出し、身につける。
( ^ω^)「おっおっお。懐かしいお」
ジョルジュの従者として働き出して以来、およそ二年ぶりに纏うかつての旅の衣装。
二度と着ることはないと思っていた。けれど袖を通した彼らは、待っていたと言わんばかりに肌によく馴染んでくれた。
しっくりとくる。これが本来の自分だと思えた。気分の高ぶりさえ感じられた。
それから、書斎へ足を踏み入れる。
机上に置いていたショボンさんのナイフと、ジョルジュに返してもらっていた財布を腰につけた。
そして、弾丸も残り一発となっていた銃を机の引き出しから取り出し、手にとってジッと眺める。
( ^ω^)「……もしかしたら、使うことになるかもしれないお」
登りきっていた朝日。窓から差し込んできた光を受けて黒く輝く銃。
クーが自ら命を絶って以来、この銃はあまりに多くの命を奪ってきた。同時に、同じ回数だけ僕の命を救ってくれた。
けれど、生と死の橋渡しをしてきたこれも、役目を果たせるのはあと一度だけ。
それはいつなのか? 果たして今日なのか? 最後に誰を殺め、誰の命を救うのだろうか?
( ^ω^)「……」
この世界の中で初めて得た自分だけの邸宅の上。
僕がこれから崩すものたちの姿を眺め、そっと、目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、置いていくには、崩すにはあまりに惜しいものたちの姿ばかり。
けれど、僕はきっとここには戻ってこられない。
ツンデレに選択肢を与え、これまで僕が与えられてきた道を自分のものとしなければならない。
内藤ホライゾンに未来を見せなければならない。彼との約束を果たさねばならない。
その見返りとして自分の正体を知らなければならない。そしてこれからも歩き続けねばならない。
そのためならば、どんなに大切なものであろうと僕は捨ててみせよう。
これまでと同じように。これからも同じように。
だって、それが歩くということだから。
どれくらい目を閉じていたのだろうか。
実際には大した時間ではなかったはずだが、僕にとってこの時間はどんな眠りよりも長く感じられていた。
心の中でどんなに強がってみせても、サナアで築き上げてきたものたちの存在はやはり重い。
だから、それを崩すための覚悟にかなりの時間を要した。長く感じられたのはそれが理由だろう。
だけど、もう大丈夫。今の僕は、昔と同じように誰だって殺せる。
ツンデレだって、ジョルジュだって、他のサナアの住人だって、目の前に再びヒッキーが現れたって、僕は引き金を引ける。
目的を果たすためならば、他のすべての存在を僕は振り切ってみせる。
( ^ω^)「……行くかお」
セーフティのロックを確認し、懐に仕舞った。懐の銃の重みが、妙に心地よかった。
― 10 ―
どんなものにも適切な長さがある。それは長過ぎても短過ぎてもいけない。
緊張感を持続するための時間というのも同じで、
緊張の要因となる目的までの猶予時間が長すぎたら、気が張り詰めて切れるか、伸び切って緩んでしまうし、
短すぎたら短すぎたで急激に緊張の糸が伸ばされて切れるか、切れなくても一気に伸ばされた反動でだらりと緩んでしまう。
極端なものの結果はこのように大概が同じで、そして僕は、後者の過程を踏んで緊張を緩めてしまっていた。
_
(* ゚∀゚)ノ「おいっす!」
(;^ω^)「……」
だって、屋敷を出たら眼の前にジョルジュがいたんだもん。
かつての旅の衣装を着こみ、連れていけない荷物たちに別れを告げ、悲壮な覚悟を決め、式場に向かおうと屋敷の玄関を開けた。
そしたら目の前にジョルジュがいた。このとき僕の緊張の糸がどれほど伸び切ったか、君は想像できるだろうか?
たとえば、君に長年付き合っている恋人がいるとしよう。
君は「今日こそプロポーズするぞ」と一晩かけて覚悟を固め、自宅で一丁羅のスーツを着こみ、大きく息を吸い込んだ。
そして、意を決して玄関をあける。そこに当の恋人本人が立っていた。
君は度肝を抜かれ、緊張の糸が一気に伸び切ってしまうことだろう。今の僕はそんな状況に近い。
もちろん、この例は今の僕に完全には当てはまらない。
プロポーズとは選択肢を与える言葉の例であって、それを伝える相手はツンデレであってジョルジュではない。
けれどジョルジュはこれから僕がすべきことの最重要関係者であり、これから行動を起こす僕にとっての重要度で言えば
ツンデレとジョルジュにそれほど大きな違いはないので、先ほどの例は当たらずも遠からずと僕は自負している。
おまけに、である。
ジョルジュがただ立っているだけだったら、まだ僕は緊張の糸を元に戻すことが出来ていたのだが――
_
(* ゚∀゚)「ひゃひゃひゃwwwwwwwwwなんだよその服wwwwwwww
まさかおめー、俺の結婚式ほっぽいて旅に出るとか言わねーよなーwwwwwwww」
(;^ω^)「……いや、これは僕にとっての正装ってだけだお。旅に出るなんてことは考えてないお」
_
(* ゚∀゚)「正装なの? せー、そーなんですか? なんちてwwwww
ひゃひゃひゃwwwwwいいねブーンwwwwwもっと俺を祝ってwwwwwwww」
(;^ω^)「……」
――ジョルジュは顔を真っ赤にしており、ベロンベロンに酔っぱらっていた。
彼はつまらない冗談を連発し、それに自分だけ大笑いし、僕の周りを蠅のようにベタベタと纏わりついてくる。
_
(* ゚3゚)「ブーン! ちゅーしようぜちゅー!」
仕舞いにはキスを迫ってくる始末。どうやらジョルジュは酔うとキス魔になるようだ。
そんな彼に次期長老としての威厳は欠片もなかった。
情けない姿の彼を前にして、伸び切った僕の緊張の糸が一気に緩んでしまうのは仕方ないことだろう。
(;^ω^)「……失礼!」
_
(;゚∀゚)「あぼっ!」
気が抜けながらも、僕は抱きついてきた彼の鳩尾に一撃を喰らわせ、悶絶させることに成功した。
_
(# ゚∀゚)「おええええええええええええええええええええええええ」
(;^ω^)「……」
ほどなくして、悶絶したジョルジュは地面に向かって吐きはじめた。
朝日を受けてキラキラと輝く吐しゃ物。だけどまったく綺麗じゃない。
人の屋敷の前で吐くとは失礼極まりない話だが、今の僕にとってそれはどうでもよかった。
とりあえず、体を丸めて吐き続けるジョルジュの背中をさすってやる。
_
(; ゚∀゚)「うえぇ……。いや、すまんブーン。面目ねー」
本当に面目ない。
(;^ω^)「……ったく、新郎が結婚式前に吐くまで酔うなんて、いったい何考えてるんだお」
_
( ゚∀゚)「いや、吐いたのはお前が殴ったせいだけどな」
(;^ω^)「そう言う問題じゃないお」
吐き終わったジョルジュとともに、ナイフの訓練後に水浴びをするいつもの屋外の井戸へと向かった。
ターバンにマント、ゆったりとした腰穿、腰にぶら下げたジャンビーヤと、彼の服装はいつもと変わりなく、
そんな衣服に酒のにおいを浸み込ませているものだから、およそ結婚式を控えた新郎とは思えない。
見るに見かねた僕はつい癖で、これまでと同じように父親気分で小言を漏らしてしまう。
(;^ω^)「まったく……結婚するからって浮かれてたのかお?」
_
( ゚∀゚)「いや、浮かれちゃいねーよ。つーか、むしろ逆だ」
井戸から汲んだ水を口に含み、口内をゆすいだジョルジュ。
それから水を吐き出し、纏っていた衣服を地面に脱ぎ散らかし始める。
_
( ゚∀゚)「……結婚式だってのに、どうも複雑な気分でよ。
いろんな考えが頭ん中に浮かんできて眠ねーんで、一人で呑んでた。
一人酒ってやつだ。なかなかおつなもんだな、月夜の晩に一人で酒を呑むってのもよ」
( ^ω^)「……」
ジョルジュの顔に浮かんでいるのは、数えるほどしか見たことのない真剣な表情。
もっとも、全裸で、股間にネクタイをぶら下げたまま言われてもいまいち迫力と悲壮感に欠けるのだが、
彼の言う複雑な気持ちというのが、僕には手に取るようにわかった。
だって昨晩、場所は違えども、僕たちは同じ月を見ていたのだ。気持ちを察するにはその事実一つで十分だ。
全裸の彼は桶に汲んだ井戸水を、まるで気持ちを引き締めるかのように頭から一気に被る。
_
(; ゚∀゚)「うひょ〜! さぶっ! 朝っぱらから井戸水なんて被るもんじゃねぇな!」
( ^ω^)「おっおっお。あたりまえだお」
その後のジョルジュは、気味が悪いほどにいつも通りだった。
僕にナイフ捌きを教え終えた後の水浴びと同じように、芸術品のような引きしまった肉体を太陽の光に晒し、
そのまま柔軟体操をし、全裸のまま股間のいち物をブラブラと揺らしながら他愛もない話で僕と笑い合う。
本当にいつも通りの陽気で開けっ広げな、けれどその奥に次期長老としての風格も隠し合わせた、
妙に子供じみていて妙に大人じみている、不思議な雰囲気の青年のまま。
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! 太陽もだいぶ昇ってきたな! そろそろ時間だぜ!」
( ^ω^)「……そうだおね」
まだまだ東にはあるが、確実に天頂へと近づき始めている太陽の下。
話もひと段落し再び衣服を身につけはじめたジョルジュを、地べたに腰をおろしたまま、僕は眼を細めて眺めていた。
今日で彼と別れることになる。それは言葉では言い表せないほどに寂しい。
彼ならばきっと良い長になれる。サナアをこれまで以上に平和で賑やかな町に発展させることだろう。
その一部始終を、ショボンさんの時と同じように彼の傍らで見届けたい。そんな気持ちはもちろんある。
だけど、それよりほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ大切なことが僕にはある。
だから、僕とジョルジュは今日でお別れだ。こんな風に他愛のない会話を交わすことも、二度とない。
_
( ゚∀゚)「あーらよっと!」
( ^ω^)「……」
上着を纏い、続けて頭にターバンを巻きはじめた彼をジッと見つめながら、思う。
ならば、見届けることが叶わないなら、
彼が僕に何の疑いもない笑顔を向けているうちに、いっそここで殺してしまおうか、と。
ツンデレが歩くことを選び、僕が彼女をサナアから連れだしたとしても、たとえそうじゃなかったとしても、
彼女に選択肢を与えたとすれば、僕に対してこれまでと同じような感情を持つことはジョルジュにとってまず不可能だろう。
それならば、僕を良く思っていてくれている今のうちに、彼を殺してしまいたい。
殺して、父親と息子のような僕らの関係を、永遠のものにしてしまいたい。
今ならそれが出来る。ナイフ同士の戦いならばどう足掻いても勝ち目はないが、
ターバンを巻く途中の油断している今の彼ならば、懐に仕舞った銃の最後の弾を放ち、撃ち殺すことが僕には出来る。
最後の弾丸を使うだけの価値が、そこにはある。
懐に手を入れた。銃の表面は僕の体温を受けて生温かった。
それがもし冷たかったなら、僕は取り出して彼の額に銃口を向け、引き金を引いていたかもしれない。
けれど結局、僕が最後の弾丸を放つことはなく、その代わりターバンを巻き終えたジョルジュの瞳が僕を射ぬいていた。
_
(* ゚∀゚)「……ちょっと、何見てんのよ!」
わざとらしく顔を赤らめ、服を着こんだ上半身を両手で隠したジョルジュ。
あまりにもバカバカしくてむしろ感心さえ覚えてしまいそうな格好の彼を前に苦笑しながら、僕は言ってやる。
( ^ω^)「おっおっお。見てねーお。見たくもねーお。それより上から服を着る癖は直せお。
最初に隠すべきなのは上半身より下半身だお。頼むから腰穿を先に穿いてくれお」
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃwwwwバーカ! サービスだよ! サービス!」
(;^ω^)「誰に対するサービスだお……」
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃwwwwおめーに決まってんだろーがwwwww」
( ^ω^)「そんなの嬉しくねーおwwww見苦しいから股間のナマコさっさと隠せおwwww」
_
( ゚∀゚)「ナマコ? なんじゃそりゃwwwwwwwwww」
ゲラゲラと笑いながら腰穿に足を通したジョルジュ。
ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて着込んだ衣服を動きやすい位置に調節した彼は、ニカッと笑って言った。
_
( ゚∀゚)「そろそろ時間だ。主賓は遅れて登場するもんだが、ブーンは単なる客だからな。遅れちゃ不味いぜ?」
( ^ω^)「おっおっお。主賓だって遅れちゃまずいお。ジョルジュこそさっさと行けお。着替えとかあるんだお?」
_
( ゚∀゚)「いんや、ねーよ。動きやすい格好でいなきゃいけねーからな。
しかし、急いだ方が良さそうだ。人が集まり出した」
そう言って、長老宅、つまり結婚式会場を指差したジョルジュ。
つられて振り返れば、その玄関にはちらほらと人の姿が見てとれた。
そちらに向けて、ジョルジュは歩きだす。僕も立ち上がり、彼の背中を追う。
_
( ゚∀゚)「ったく。たかが俺の結婚式なのに、仕事ほったらかして来る客の暇なこと暇なこと」
( ^ω^)「……」
まばらに見える来賓にぶつくさと文句を垂れるジョルジュ。彼の背中は小さい。
巨漢だったドクオやショボンさんとは比べるまでもなく、
ましてやかつての世界では平均的だった体つきの僕と比べても、体そのものの作りは決して大きいとはいえない。
けれどその小さな体に、稀代のジャンビーヤ使いとしての力、サナアの伝統、次期長老としての責任、
そしてこれから妻になるはずのツンデレを守るという覚悟が詰め込まれている。小さな背中に背負い続けている。
なんと辛い男だろうか。幼い頃からこんな重責を背負わされて、彼は本当に幸せなのだろうか。
その中の一つ、たとえばツンデレを代わりに僕が背負ってあげれば、彼も少しは楽になるではないか。
目の前を行く小さな背中を見つめていれば、これからの自分の行動を正当化するわけでなく、そんなことを思ってしまう。
_
( ゚∀゚)「ん? どーした?」
( ^ω^)「……」
気がつけば僕は立ち止まっていた。気がつけばジョルジュがこちらを振り返っていた。
遠くなっていた僕とジョルジュの距離。より小さくなった視界の中の彼に向けて、僕は尋ねる。
( ^ω^)「……ジョルジュ。もし結婚式でツンデレを誰かが連れ去ろうとしたら、お前はどうするかお?」
_
( ゚∀゚)「あ? なんだそりゃ? 花嫁を奪う敵役の登場ってか?
おいおいwwwwwwwどこの三文芝居の筋書だよwwwwwwwww」
( ^ω^)「……」
はじめはいつものように笑っていたジョルジュ。しかし黙ったまま歩こうとしない僕を見て、突如笑いを消した。
_
( ゚∀゚)「……」
( ^ω^)「……」
二年前、メッカ遺跡でナイフを僕ののど元に突きつけた時。サナアについて間もなく、ホモの存在などを注意してくれた時。
僕が書物を書きはじめるまでの毎夜、僕の講義を受けていた時。先日、突然現れて結婚式について語った時。
そして先ほど、井戸水を被る前。それ以外では目にしたことのない真剣な表情で、僕を見つめ返してくるジョルジュ。
真意を探るかのごとき瞳で黙って僕を睨みつけた彼は、
何かを悟ったかのように一瞬口の端を釣り上げ、すぐさま表情を元の真剣なものに戻し、
腰のジャンビーヤに手をやると、並の相手ならそれだけで震え上がりそうな低い声を出した。
_
( ゚∀゚)「決まってる。このジャンビーヤで八つ裂きにしてやるさ」
( ^ω^)「それでツンデレが歩けるようになっても、かお?」
_
( ゚∀゚)「……」
僕の一言に、ジョルジュの眉がピクリと動いた。
その後しばらく、ジャンビーヤの刃のようにキッと鋭い視線で僕を睨みつけた彼。
そして彼は、ジャンビーヤを抜く。かつての僕なら、それは目にも止まらぬ早業に映っていたであろう。
けれど散々彼に鍛えられ続けてきた僕の眼には、刀身が描いた銀色の軌跡がハッキリと見えていた。
もっとも、見えているだけで体が反応できるかどうかは別の話になるが。
陽光を受けて一度だけギラリと輝いた刀身。その切っ先を僕に向け、最後にジョルジュは言う。
_
( ゚∀゚)「……当たり前だ。このジャンビーヤに賭けてな。それがブーン、たとえあんただとしてもだ」
( ^ω^)「……」
距離を置いてにらみあう僕たち。そこに先ほどまでの語らいの名残は全く存在しなかった。
やがてジョルジュはマントをなびかせながら身を翻し、そのまま長老宅へと向かっていった。
その場に立ち止まったまま、玄関の向こう側へと消えていくまでジョルジュの背中を眺め続けた僕。
彼がこちらを振り返ることは、二度となかった。
― 11 ―
\(^o^)/「これはこれは、ブーンさんではありませんKA!」
ジョルジュの背中が長老宅の向こう側に消えてしばらく。
綺麗に整えられていた芝生の庭にたたずんでいた僕は、これから結婚式に参列するのであろうジョルジュの側近に声をかけられる。
( ^ω^)「あ、どうもですお」
\(^o^)/「お久しぶりでSU! 傷の経過はいかがですKA?」
( ^ω^)「まったく問題ないですお。手術から大分時間も経ってますし」
\(^o^)/「それは良かっTA! そろそろ式が始まりますYO! 早く中に入りまSHOW!」
彼は二年前、ヒッキーに付けられた傷を治してくれた医者である。
さらに彼にはジョルジュに請われて何度か医学知識を教えたりもしていて、旧知の間柄とはいかずも顔見知りではあった。
医者にも関わらず人生オワタという縁起でもない名を持っているが、僕の傷を完璧に消したあたり、その腕は確かだ。
薬箱らしき長方形の大きな箱を背負った彼とともに、僕は式場へ向かうことにした。
式場であるサナアの長老宅は、建築物そのものの規模で言えばさほど大きくはない。
イメージとして長老宅と言えば、一般的に、広大な庭を有した大豪邸プール付き高層一軒家を思い浮かべられるだろう。
しかしサナアの長老宅は、庭こそそこに僕の住んでいた小さな屋敷一軒が建てられていても十分に広かったものの、
邸宅自体は一般的なサナア町民の屋敷の二倍ほどの広さに過ぎず、
だから今回の結婚式の招待客が親族と一部の知り合いに限定されていたにもかかわらず、室内は人でいっぱいになってしまっていた。
レンガ造りの室内。床に敷かれたかつてのペルシャ絨毯にも似た色鮮やかなそれの上には、
腰にそれぞれのジャンビーヤをぶら下げたサナアの男衆がひしめいており、新郎新婦が現れる前から盛大に宴会を始めていた。
(;^ω^)「下戸なもので……申し訳ないけど遠慮しておきますお」
中には見知った顔もいて、朝っぱらから酒をかっくらって赤くなっていた彼らに酒を勧められたりもしたのだが、
もともと酒はそんなに得意ではないし、ハレの日とはいえ今日ばかりは呑むわけにはいかないので、僕は丁重にそれを断った。
それから酒を勧められないよう、式場の末端、絨毯の裾も届かない端っこに座し、主賓の登場を待つことにした僕。
同じような意図からか、背負っていた薬箱を床にドンと置き、僕の隣に座ったドクターオワタ。
短い世間話を交わしてすぐに彼が黙りこくったことが幸いし、
式が始まるまでの間、僕はゆっくりこれからのことについて考えることが出来ていた。
( ^ω^)「さて……」
ガヤガヤと男衆が騒ぐ声を聞きながら思いを巡らす。
歩けなくなるというのは十中八九戒律によるものだろう。
それが纏足などによる肉体的な制約である可能性はもちろんあったが、考える限りそれはかなり低い。
先日ジョルジュがツンデレのナイフの腕前が僕並だったと言っていたことから鑑みて、少なくとも纏足の可能性は消去される。
ならば問題は、いつ、どのタイミングで彼女に「歩く」という選択肢を与えるかになる。
出来れば彼女が独りきりになる際がベストだ。
しかし不幸なことに、サナアにおける結婚式の段取りについて、僕はまったくといって知識を持ってはいない。
つまり、いつ、どのタイミングで彼女が独りきりになるのかがさっぱりわからないのだ。
それなら今朝にでもツンデレの家へ赴いてことを成せばよかったのだが、
心の準備にいろいろと時間を要したし、なにより僕は彼女の家を知らなかった。
だから僕には、結婚式の合間、もしくはその後に行動を起こすという手段しか残されていなかったのである。
はたから見れば「なんという行き当たりばったり」と思われる僕の行動。
しかし内藤ホライゾンと対面し決意を固めたのが今朝なのだ。そりゃ行き当たりばったりにもならざるを得ない。
ただし、先ほどジョルジュに緊張の糸を緩められたせいか、
上記のようなたくさんの不確定事項を前にしても、僕はたいして緊張もしていなかったし、焦ってもいなかった、
例えばドクオの村を発った時のように、「なんとかなるだろう」と楽観的に考えていた。
冷静に考えれば、彼女に選択肢を与えるのは今日の結婚式に限る必要はないのだ。
僕の都合としては僕自身の決心が固まっている今日の内がベストだが、チャンスが無ければ後日改めて行動を起こせばいい。
それだけのことだ。その後、道を選ぶのはツンデレの仕事になる。
あとはそれに合わせて、彼女が歩くことを選べばサナアの外へ連れて行けばいいし、そうでなければ僕がこの町を去るだけでいい。
心優しい男が神の木を切り倒した時のように、夜中の夜明けを眺める必要もない。
病に倒れた絵描きの想いを成就させようと神の国を探した時のように、ボロボロになるまで這いずりまわる必要もない。
慕ってくれていた少年が襲いかかって来た夜のように、絶望に駆られることもない。
サナアの町を去る。ジョルジュと別れる。
このことから目をそらしさえすれば、今回の件はこれまでで一番楽なことなのだ。
「決まってる。このジャンビーヤで八つ裂きにしてやるさ。それがブーン、たとえあんただとしてもだ」
脳裏をよぎったつい先ほどの光景から目をそらす。
そう。これらのことから目をそらしさえすれば、これから僕がすることはこれまでで一番楽なことなのだ。
( ^ω^)「……」
それから何かを振り払うように考えることを止めた僕は、
式の段取りが如何なものを聞き出そうと、隣に座るジョルジュの側近に話しかけようとした。
しかしその直後、ただでさえ騒がしかった室内が耳をつんざくほどの歓声に包まれる。
新郎であるジョルジュが、後見人である長老とともに室内に入ってきたのだ。
_
( ゚∀゚)ノ「いよっ! 遅れちまってすまんね! みんな呑んでるかい? 今日は俺のためにありがとな!」
朝の様子からは考えられない明るい声。そんな彼の声に呼応してさらなる歓声が室内を満たす。
その後、いつもの彼らしい短い挨拶を述べた後、ジョルジュは宴の真ん中に割って入って来賓に酒を注いでいく。
さすがにホストから注がれるのであれば呑まないわけにはいかないだろうと、用意されていた盃を手に取った僕。
しかし、ジョルジュがこちらに来ることはなかった。
彼はあらかたの来賓には酒を注いだものの、僕には近づこうとせず、当然僕の杯に酒が注がれることもなかった。
(;^ω^)「お? なして?」
\(^o^)/「OH! ブーンさんは結婚式に参加したことがありませんでしたNE!」
(;^ω^)「え、ええ。そうですお」
空のままの杯を手にむなしくたたずんでいると、隣のオワタが笑いながら話しかけてきた。
そういえば彼も、側近だというのにジョルジュから酒を注いでもらっていない。
\(^o^)/「結婚式は三部構成になっているのでSU!
今開かれている宴はその第一部、言ってみれば余興みたいなものでSU!
本番は二部、三部になっていて、それに出席する参加者には酒は注がれないんですYO!」
( ^ω^)「おお、そうなんですかお。それにしてもなんでだお?」
\(^o^)/「酔うわけにはいかないからでSU! 二部以降がありますからNE!
それは新郎であるジョルジュさんも同じで、だから彼も式では酒は呑みませんYO!」
そう言われれば確かに、ジョルジュは酒をついで回ってはいるものの、自身は一滴も呑んでいない様子だ。
そんな理由もあって彼は、昨夜、ベロンベロンになるまで一人呑み続けていたのだろうか。
( ^ω^)「なるほどですお。ということは、僕も二部以降に出なきゃいけないんですかお?」
\(^o^)/「そうでSU! ジョルジュさんはブーンさんの参加をいたく望んでおられますYO!」
なるほど、オワタの説明を受けてよくよく見渡してみると、僕やオワタ以外にも酒を注がれていないものが少ないながらいた。
そのほとんどが、僕も顔を見たことのあるジョルジュの側近か、村の重役である年寄り。彼らも二部以降に参加するのであろう。
その後、酒を注がれた一部参加のみの来賓たちに囲まれて、口々に祝いの言葉らしきものをかけられはじめたジョルジュ。
けれど、新婦であるツンデレはいつまで経っても現れない。
ジョルジュは当分こちらには来られないだろうと思い、そのことについて隣のオワタに尋ねてみた。
\(^o^)/「新婦は一部には出てきませんYO!」
(;^ω^)「お? そうなんですかお?」
\(^o^)/「はい、新婦の登場は二部以降でSU!
というよりは、二部で新郎が新婦の家まで相手を迎えに行くわけですNE!」
(;^ω^)「……なるほど」
なんと、ツンデレはこの場に現れないらしい。もともと計画なんて有りはしなかったが、
出来ればこの場で、隙を見てツンデレに声をかけたかった僕としては、これは想定の範囲外のことだ。
しかしだからといって困っていてもしょうがないので、いい機会だからと今後の段取りについて尋ねることにする。
\(^o^)/「二部で新婦を迎えに行きまSU! その後、三部で誓いの義となりまSU!
特に誓いの儀は結婚式で一番重要な部分となりますので、極少数の人間しか参加できませN!
ちなみに僕もブーンさんも、三部まで出席することになってますYO!」
誓いの儀と聞いて、メッカ遺跡でのことを思い出した。確かあれは成人式の前準備とジョルジュは言っていた。
これまでジョルジュから聞いていたことも考慮に入れると、おそらく誓いの儀とやらは成人の儀も兼ねているのだろう。
サナアの住人は儀式となると場所を移動したがる傾向にある。となると、誓いの儀においてもそれは同じなのだろうか?
\(^o^)/「その通りでSU! とある場所まで行くことになりますNE!」
ビンゴ。思った通りだ。ならばその移動中、ツンデレが一人になった隙を見て、祝いの言葉をかけるとの口実で話しかければいい。
とりあえずの見通しが出来たところで安心し、特に聞く必要もなかったが、なんとなしに思ったことを口にした。
( ^ω^)「そうかお。それでその、誓いの儀っていうのはどこで行われるんですかお?」
\(^o^)/「えっと……申し訳ありませN。それは言うなと、ジョルジュさんかRA……」
( ^ω^)「お? そうなんですかお?」
\(^o^)/「はい……許してちょんまGE」
( ^ω^)「……」
なぜ内緒にする必要があるのだろうか?
思えば先日届いていた結婚式の招待状にも、一部、二部などの構成、僕がどこまで参加するかなどは書かれていなかった。
これも内緒にしていたからなのだろうか? それとも単にジョルジュがずぼらで、表記するのを忘れていただけなのだろうか?
しかし彼は、平時はそうでないものの、こういう公のことについてはしっかりとしている方だ。そう考えるとどうも腑に落ちない。
( ^ω^)「ま、いいかお」
しかし、今更そんな些細なことを気にしてもしょうがあるまい。
僕にはツンデレに選択肢を与えるという森がある。それなのに儀式の場所だとか結婚式招待状の不備だとかの
木ばかりを見ていては、それこそ木を見て森を見ず、目的を見失いかねない。
今はその時に向けてじっくり英気を養おう。景気をつけようと手にした盃を口につけ、一気に傾けた。
( ^ω^)「……あれ?」
けれど液体は口に流れ込まない。なんでだ?
ああ、そうだ。思い出した。もとから盃は空だったっけ。
それからぼんやりと、式の第一部を式場の隅っこで眺めていた僕。
といっても、第一部参加のみの人間たちがジョルジュの結婚を肴にどんちゃん騒ぎをしているだけだったのだが。
酒を飲むわけにはいかず、素面のままの僕は、式場の隅で退屈していた。
それだけでなく、昨夜はどこかの誰かさんのせいで眠りらしい眠りにつけなかったため、
朝、出会い頭にジョルジュに緊張の糸を切られていたため、
そしてこれからの行動についてある程度の見通しが立ち一息ついたため、
騒がしい式場内にいるにもかかわらず、僕は強烈な眠気に襲われてしまう。
うっつらうっつらと舟を漕ぐ。とてもよい乗り心地だった。
しかし突然水面が揺らいで、舟が盛大にひっくりかえった。
\(^o^)/「寝てる場合じゃないですYO! 起きてくださいってVA!」
オワタにやさやさと肩を揺さぶられていた。どうやら僕は完全に寝入ってしまっていたらしい。
こんな大事な時に眠ってしまうとは、我ながらとんでもない人間だと思う。
(;^ω^)「……はぇあ、もうひわけありまへんお」
目覚めてみれば、室内には酔いつぶれて地面に横たわる男が数名。
その他の者も、顔を赤く染めながら部屋を退出し始めている。どうやら式の第一部が終わったらしい。
僕の肩を揺さぶったオワタは、持ち込んでいた薬箱から酔いに効くらしい薬を取り出し、酒で潰れた男たちに渡して回っていた。
薬をあらかた渡し終えたらしい彼は、また僕の隣へと歩み寄ってきて、寝起き顔の僕を見て苦笑いする。
\(^o^)/「これから新婦の家まで行きますYO! しっかりしてくださいNE!」
(;^ω^)「お……面目ないですお」
本当に面目なかった。
目覚め切っていない重い体で立ち上がり、式場である長老邸を出て広い庭に出た。
日はまだ南には登り切っていない。時刻はまだ昼には遠いようだ。
寝ぼけ眼を陽光に晒し、気合を入れるようにバチンと二、三度頬を叩き、緩んだ気持ちを引き締める。
( ^ω^)「……よっしゃだお」
日の光とは素晴らしいものだ。まだ体はわずかに重いが、陽光を受けるだけで眼はすっかり覚め切った。
それからしばらく軽い体操をしていると、ジョルジュと長老、
村の重役である老人らとジョルジュの側近である若者ら数名がぞろぞろと庭へ出てくる。
\(^o^)/「さ、行きますYO!」
( ^ω^)「お、了解したお」
その一団の末端に僕も加わる。僕とオワタを含め、総数は十数名といったところだろうか。
それぞれ二頭のラクダに跨ったジョルジュと長老を先頭に、花嫁を迎えに行く一団は、足早に長老宅をあとにした。
サナアの長老宅は、町の中心部から少し離れた山の斜面にある。
なんでも、緊急事態の際、町の様子を一望してすぐに指示を出せるようにとの配慮からだそうだ。
一方でツンデレの家は町の比較的中心部にあるらしく、ジョルジュを先頭にした一団はそこを目指し斜面を下って行く。
ラクダに乗ったジョルジュと長老以外は、徒歩だ。もちろん僕も例外ではない。
オワタとともに一団の最後尾に付き、久方ぶりの歩きに懐かしさを覚えながら、僕は流れていく景色や人波を眺めていた。
進む景色の上には近隣の住人たちが待ち構えていて、口々にジョルジュへと祝いの言葉をかけている。
待ち構えていた住人はみな、男や子どもばかりだった。
しかしよくよく眺めてみると、家の窓からは女性たちも顔を出しており、ジョルジュの姿を見つめていた。
布で顔を覆い隠していたため彼女たちの表情はわからなかったが、どことなく、笑っているように感じられた。
( ^ω^)「見送る人の数が多いですおね」
\(^o^)/「当然でSHOW! ジョルジュさんの結婚式ですかRA! 町中に入ればもっとすごいと思いますYO!」
オワタの言うとおり、町の中心に近づけば近づくほど見送る人間の数は目に見えて増えていった。
それだけでなく、道沿いには露店が、家と家との間には祝いの言葉を書いた横断幕や色鮮やかな装飾品がひしめくようになり、
空からは紙吹雪が舞い始めていた。町の様相はまさにジョルジュの結婚式一色、盛大なお祭りのような雰囲気になっている。
普段のサナアは雪の降り積もった冬のように白い町並なのに、今日は華やかな色の中で踊っている。
(;^ω^)「……」
それを見て、身が震えた。このあと、僕はこの結婚式をぶち壊すことと同義のことをするのだ。
先ほどまでは、これまでで一番楽なことなのだと考えていた。考えこもうとしていた。
しかし町の様子を前にして、僕はこれからとんでもないことをするのだと嫌がおうにも自覚させられてしまう。
もちろん、ここまで来れば迷いはない。迷いはないが、足は竦む。
\(^o^)/「ブーンさん、どうしましたKA?」
(;^ω^)「……あ、いえ」
気がつけば、僕は華やかな道の真ん中で立ち止まっていた。
そのせいか、超繊維のマントには紙吹雪がまさに雪のように積もっている。
それを払いのけて顔を上げると、僕と同じように一団の最後尾を歩いていたオワタの姿が、遠く、小さくなっていた。
\(^o^)/「ブーンさん、行きますYO?」
( ^ω^)「……はいですお」
そして、不思議そうな顔で僕に声をかけるオワタの向こう側。雪のように舞う紙吹雪の先。
ラクダに乗って体一つ飛び抜けた位置にあるジョルジュの背中は、オワタの姿以上に遠く、小さく見えた。
そして、僕たちは辿りつく。町のメインストリートから少し外れた住宅街を渡る道の上。
それほど大きな通りではないのにも関らず、そこは人で溢れかえっていた。
ジョルジュを乗せたラクダが一歩足踏み出す度に、
道に溢れかえる人波が旧約聖書の一節のように割れていく。
その先に、彼女がいた。
( ゚ ゚)「……」
初めて出会った時と同じように、この町の戒律に従って布で顔を覆い隠していた彼女。
一見すると誰なのか判別がつかない。
しかし立ち上る刺々しいバラのような雰囲気から、すぐに彼女がツンデレであると理解出来た。
彼女の背には、二つの人影。おそらくツンデレの両親なのだろう。
一人は、ツンデレの父親であろうたくましい体躯の中年男性だった。
そしてもう一人は、ツンデレの母親であろう、夫に支えられながら立っている顔に布を巻いた女性。
久方ぶりに見たサナアの成人女性の姿。
それを前に、背筋が凍った。
(; ゚ω゚)「……ちょっと待てお」
目の前が一瞬にしてくらむ。
くらみが引くのを待って、もう一度目を凝らしてツンデレの母親を見つめる。
顔を覆い尽くした布。体に纏っているのはマント。
視線を下におろせば、マントの裾から見える地面に着いているはず足は、一本だけ。
(; ゚ω゚)「足が……ない?」
眼をこすり、三度、目の前の光景を確認する。
やっぱりそうだ。見間違いじゃない。
ツンデレの母親には、片足がない。
揺れる視界の端に、ジョルジュがツンデレの前にひざまずく姿が映る。
同時に、通りを満たしていた喧騒が一気に消える。
しかしそんなこと、頭の奥底からわき上がってきた最悪の想定に比べれば本当にどうでもよかった。
これまで僕がサナアの成人女性を見かけたのは、片手の指で十分なほど。
その中で強烈な印象として残っているのは、確か二年前、僕がサナアに来た直後、ジョルジュに町を案内された時のことだ。
その際見た女性も片足のない不具者だった。
そして、今目の前にいるツンデレの母親にも片足がない。
そして今振り返ってみれば、サナアで見かけた他の成人女性も不具者、特に足が悪かったように思い返される。
これらは単なる偶然だろうか?
確かに統計で考えれば、母数は話にならないほど少ない。偶然で済ませるに十分なレベルだ。
しかし現実に片足の女性を前にすれば、それはどうしても偶然とは思えない。
「歩けなくなる」 ツンデレとジョルジュ、二つの口から耳にした言葉。
もしかしてそれは、宗教的な戒律からじゃなく、文字通り「歩けなくなる」ことを意味していたのか?
ここに来る途中に目にした、家の窓から顔を出していた女性たちのことを思い出す。
彼女たちが屋内からジョルジュを祝っていたのは、戒律により屋外に出られなかったことが理由ではなく、
ただ単純に、自分一人の足では「歩いて」外に出られなかったことが理由だったのか?
結婚により直接的に足を失うことが、「歩けなくなる」ということだったのか?
(;゚ω゚)「……そんなはず……ないお」
そうだ。そんなはずはない。
サナアはこれまで立ち寄ってきた中で、エルサレムに次ぐ文明的な町だった。
文字もある。書物もある。市場経済だってそれなりに発達している。
僕の傷を完璧に消し去るほどに医療技術も発達している。千年前の僕の知識を理解できる人材も少なからずいる。
そんな町に、そんな野蛮な風習が残っているはずがない。
(;゚ω゚)「……ちょっと待てお」
そこまで考えて、僕はこの町の不自然な点に思い至る。まためまいが押し寄せてくる。
医療技術。そうだ。考えてみればこの町の医療技術はおかしいのだ。
そのほかの文明的知識・技術の水準に比べ、この町の医療技術、特に外科技術は異常なほどに発達している。
なぜだ? いったいどうして?
\(^o^)/「どうしましたKA?」
知らず、隣のオワタの顔を見つめていた。
慌てて眼をそらし、かつてヒッキーに傷を付けられた頬に手をやる。
傷は、跡形もない。不自然なほどに。
千年前の医療技術でも、ここまで完璧に古傷を消し去ることは出来なかったはずだ。
それなのになぜ、これほどの水準までサナアの外科医療技術は発展している?
いや、もう気づいている。今となっては、その理由がすぐに思い浮かぶ。
(; ゚ω゚)「……足を失うという風習があったからだお」
そうだ。成人女性の足を何らかの手法で失わせる。
そしてその後、片足になっても死なないよう、成人女性に治療を施す。
その伝統がいつから行われ始めたのかはわからない。
わからないが、失った足の治療をずっと続けていたとすれば、
必然的に医療技術、特に外科関連の技術は向上するだろう。
せざるを得ないだろう。
そう考えると、サナアの医療技術の不自然な発達にも説明がつく。
\(^o^)/「……ブーンさN」
最悪の推論を前に額に脂汗を浮かべていると、隣のオワタが突然鳥のさえずりのような小さな声をかけてきた。
数え切れないほどの人の渦にもかかわらず、周囲は異様な静けさに包まれていた。
そのため、虫の羽音のようなオワタのひそめた声が、僕には一言一句、余すことなくよく聞こえていた。
慌ててオワタへと顔を向ければ、彼はジトッとした眼で僕をねめつけている。
\(^o^)/「あれを、見てくださI」
(; ^ω^)「お、おお?」
そう言って、オワタは前を指差す。
その先では、それまでツンデレの前でひざまずいていたジョルジュが立ち上がり、彼女の手を取っている一場面があった。
\(^o^)/「本当はここでジャンビーヤを新婦の父親から受け取る儀式、
つまり成人の儀が始まるのですが、ジョルジュさんはもうジャンビーヤを持っていますからNE。
これで二部は終わりでSU。続けて場所を移動し、誓いの儀に移りまSU」
(; ^ω^)「……誓いの儀。それってまさか……」
オワタの低い声を聞き、三度めまいを覚える。結婚式第一部でも聞いた誓いの儀という言葉。
それが何を指すのかその時はわからなかったが、今となってははっきりとわかる。わかってしまう。
\(^o^)/「聡明なあなたのことDA。もう気づいていらっしゃるんでSHOW?」
わずかに揺れる視界の中で、呆然と、ジョルジュの手を握り返したツンデレを見ていた。
そのとき発せられた低いささやきに呼応して、僕の視線は無意識に隣のオワタへと移る。
しかし、声の主たるオワタの姿はそこになかった。彼はいつの間にか、僕の背後に回り込んでいたのだ。
(; ゚ω゚)「……!」
オワタの移動に気づいた直後、脇腹にチクリと針で刺されたような痛みを覚えた。
小さく悲鳴を漏らし、思わず顔を歪める。恐る恐る首だけを動かして背後を見る。
先にあったのはオワタの顔。そのまま視線をおろす。
僕の脇腹に、オワタのジャンビーヤが突きつけられていた。
超繊維のマントをいとも簡単に貫いたその切っ先が、僕の脇腹の皮膚を薄く裂いているらしい。
\(^o^)/「そうでSU。誓いの儀とは新婦の……ツンデレさんの足を切り取ることですYO」
無表情でオワタが呟いた。本当に小さな声。しかし、あたりの静けさから浮いたその声はとてもよく聞こえた。
そしてその声の腹の底を揺さぶるような固い響きから、結婚が決まったあの時見せたジョルジュの浮かない表情、
ツンデレの呟いた歩けなくなるという言葉、サナアの伝統すべてを貫くジャンビーヤという名のナイフの存在、
それらの中に横たわる共通した一つの理由を、僕は見出す。
(; ゚ω゚)「……ジャンビーヤでかお」
\(^o^)/「さすがはブーンさN。そうです、その通りでSU」
僕の脇腹に突き付けられたオワタのジャンビーヤ。
ツンデレの手を握っているジョルジュの鞘におさめられたジャンビーヤ。
周囲を取り囲み、新郎と新婦の一挙手一投足に息を呑んで見つめている男たち、その腰にぶら下がっている数々のジャンビーヤ。
命より重い誓いが込められるサナアのナイフ。その誓いというのは、そういうことだったのだ。
愛する女性の足を、妻となる女性の足を、自らが切り取る。
幼いころから磨き上げてきたナイフ捌きで、壁に突き刺さるほどの切れ味のジャンビーヤを用い、自分の手で。
愛する伴侶を自らが不具者とすることで生じるその苦しみや罪の意識が、
妻の血が染み込んだジャンビーヤに集約され、「命に代えて彼女を守る」という誓いに昇華されていくのだろう。
それが、ジャンビーヤに込められる誓いなのだ。
そこまで考えたところで、周囲の人々から耳をつんざくような歓声が沸き起こる。
脇腹にわずかな痛みを感じつつ顔をあげれば、
遠目に見えたのはジョルジュがツンデレを抱き抱えラクダに騎乗する姿であった。
\(^o^)/「第二部も終わりですSU。これから第三部、
誓いの儀を行うため、場所を移動しまSU。あなたにもご同行願いますYO」
背後からオワタの声。周囲の喧騒に負けない、それなりに大きな声だった。
依然として脇腹にはジャンビーヤの刃。身動きが取れない固まったままの姿勢で、僕は想う。
ああ、ジョルジュはなんと哀れな男だろう。
愛した幼馴染の足を、花嫁の足を、彼はこれから自分の手で切り取らなければならないのだ。
確かにそれは、サナアの男たちの多くが辿る道。通過儀礼だと言ってしまえばそれだけのこと。
しかし、ジョルジュの花嫁は子どもの頃から様々な場所を歩きたいと夢見たツンデレだ。
ジョルジュは彼女の足だけでなく、彼女の夢もまた自らの手で摘み取らなければならないのだ。
その苦しみは一般のサナア男性の比ではないだろう。まして僕には想像もできない。
それなのに、ジョルジュはその苦しみをこれまでほとんど外面に表さなかった。大した男だ。敬服に値する。
しかし、それが彼らにとって結婚するということ。大人になるということ。
立ちはだかるのは伝統という名の、ヒジャーズよりも大きな障壁。
どんなに抗っても、町の成員たるジョルジュ一人の力ではどうしようもないだろう。
そしてそんなことくらい、頭のいいジョルジュのことだ、とうの昔からわかっていたはず。
結局ジョルジュには、ツンデレの足を切り取る以外に選択肢はなかったのだ。
そうだ。ツンデレと同じように、ジョルジュにもまた道はないのだ。
\(^o^)/「言いたいことも御有りでしょうが、ついてきてもらいますYO」
周囲の歓声がさらに大きくなった。ジョルジュとツンデレを乗せたラクダが、どこかへ向けて歩きはじめたのだ。
僕は二人の後ろ姿を眺めたまま、顔を動かすことなく、背後のオワタに尋ねる。
(; ^ω^)「……どこへだお」
\(^o^)/「西の平原、火の道へでSU」
西の平原。サナアに来た直後、ジョルジュに立ち入ることを禁じられた場所。
オワタはそれを火の道と呼んだ。その名が意味するところはなんだ?
\(^o^)/「それは、付いてきてくださればわかりまSU。ご安心ください、素直に従ってくれれば何もしませN。
このジャンビーヤだってあくまで保険、あなたがこちらに従ってくれる限り、刺すようなマネは決していたしませN」
そう言って、オワタが僕の背中をポンと押した。どうやら進めと言いたいらしい。
脇腹をちらりと眺める。ジャンビーヤは依然突き付けられたまま。
僕はボリボリと頭を掻き、遠ざかっていくラクダの尻を眺めたまま、言った。
(; ^ω^)「いや、保険も何も、実際刺さってるんですけど……」
\(^o^)/「……」
歓声の中、なんとも言えない沈黙が僕とオワタの間に流れる。
オワタは僕に向けたジャンビーヤをわずかに脇腹から離すと、コホンとひとつ咳払いして、罰が悪そうに声を上げた。
\(^o^)/「と、とにかKU! 行くんですYO!」
― 12 ―
サナアを出て二時間以上が経過した。道中で南中を迎えた太陽はわずかに西へと下り始めている。
そして太陽と同じように、新郎新婦一行もまた、西に向けて山道を下り続けていた。
一行の最後尾からさらに距離をとって、僕もまた、歩いていた。
西の平原、火の道とやらは一向に見えてこない。周囲は平原どころか傾斜続きの山道で、
それはメッカ遺跡からサナアまでを縦断していた肥沃な山岳地帯アシールに良く似ていて、田畑や川の流れが点在していた。
そんな道中を、薬箱を背負ったオワタから背中にジャンビーヤを突き付けられつつ歩いた。
無言を貫き不機嫌を装いながら、ずっと一つのことを考え続けて。
(;^ω^)(……困ったお)
ツンデレはこれから歩けなくなる。僕の見越していた戒律による制約からではなく、直接的に足を切り取られて。
彼女にもはや猶予はない。そして僕にもまた、猶予はない。
甘かった。僕は本当に甘かった。
当初考えていた、今日ツンデレに道を告げて、
その返答次第で後日行動を起こすなんてことは、はなから甘い見通しだったのだ。
もう十年以上前。ドクオの村に一年も滞在していたというのに、僕は村人たちがアヘンを吸っていることに気付かなかった。
同じようにこのサナアでも、二年間、実質一年間は屋敷にこもりきりだったが、結局僕は今の今まで、
この「足を切る」という伝統に気づかないでいた。つまり、かつて犯した愚行を僕はまた繰り返してしまったのだ。
理性を得た人間の究極である天才の名は、僕の現状を見て嗚咽を漏らしながら泣いていることだろう。
判断材料が足りなかった。別のことに集中していた。
サナアという理性的な町に、そんな伝統があるなんて想像もつかなかった。
弁解が許されるのなら、上記の事情が僕にはあった。
けれどそんな言い訳を重ねても、本当に何の意味もないし状況は何一つ変わらない。
今、過去のことを悔いるのは、さらなる過ちを重ねることと同義だ。
僕の馬鹿さ加減は否定しないが、それを悔いるのはすべて終わってからで十分。
わずかな可能性が残っている限り、僕は今できる最善のことを尽くさねばならない。
そうやって僕は神の木と神の実を消す手助けが出来た。神の国を見つけることが出来た。
追い詰められても道はまだ残っていて、そこを突き進むことで僕はこれまで歩いてこられたのだ。
それだけが、あらゆることで後手に回ってしまう馬鹿な僕の、たったひとつだけ自信を持って言える長所。
確かにヒッキーだけは救えなかったが、それこそ同じ過ちは繰り返さない。彼の犠牲は今につなげる。
ツンデレに道を与える。過去に内藤ホライゾンが辿った道を、彼女にだけは辿らせない。
そうすることにより、これまで与えられてきた道を僕自身のものにする。
そして、ツンデレだけでなくジョルジュを――
(; ^ω^)(……そのためにはどんな方法が残されてるんだお?)
二時間以上の道の上、天才の頭脳を生かせない馬鹿な意識でそれだけを必死に考え続けた。
けれど、浮かんだ考えはたったひとつ。限りなく不可能に近い以下の方法だけだった。
これから行われるであろう誓いの儀の中で、ツンデレに別の道があることを告げる。
彼女が望むなら、僕が町の外へと連れ出してやることを告げるのだ。
そして彼女に考える時間を与えるため、抵抗してくるであろうオワタを、その他新郎新婦の一団に加わっている成員を、
何より新郎を、稀代のジャンビーヤ使いであるジョルジュを、食い止める。
その上でツンデレが歩きたいと言えば、彼女を連れてその場から逃げだす。そうでなければ、僕一人で逃げ出す。
(; ^ω^)(でも……そんなことが出来るのかお?)
あたりを見渡す。誓いの儀に向かう一行は、僕を除くと全部で七人。
ツンデレ、ジョルジュは当然として、あとはラクダに乗ったよぼよぼのサナア現長老、その側近と考えられる老人が二人、
そして僕の背中にジャンビーヤを突き付け続けているオワタと、ジョルジュの側近たる見覚えのある若者がもう一人。
ラクダはジョルジュ、ツンデレが乗っている一頭と、現長老が乗っている一頭、合わせて二頭。
敵にはなり得ないツンデレと、最近急激に老けてきたらしい現長老を除き、壁となり立ちはだかると考えられるのは五人。
そのうち、現長老の側近である老人二人はなんとかなるだろうと踏んでいる。
ナイフ捌きなどの技術面は歳を重ねるごとに磨きがかかり、いわゆる老獪の域に達する。
しかし持久力や瞬発力を支える体力や筋力は、歳とともにどうしても衰えてしまうものなのだ。
結果、老年の戦い方とは先の先、自ら仕掛けていく戦い方ではなく、
後の先、相手の出方に応じそれに切り返すカウンターを主体とした戦い方にどうしてもなってしまう。
彼らはその面において相当の腕前を誇るが、逆に言えば、こちらから手を出さなければその実力が発揮されることはない。
と、いつかの訓練でジョルジュが言ってた。
つまり今回の場合、ジョルジュの言葉を信頼するならば、老人二人は放っておけば大した脅威にならないのである。
問題はジョルジュの側近であるオワタともう一人だ。
どう楽観的に考えても、二人はそれぞれが僕以上の腕を持っているはず。
戦い方も、若さから考えて先の先。放っておいても向こうから仕掛けてくるだろう。
しかしこの二人についても、この道中、もしくは火の道とやらに着いたのち、
不意打ちという卑怯な手段を使えば、僕にも行動不能に出来る可能性が残されている。
壁がこれだけだったらなんとかなりそうである。
けれど、最悪なことに、あいつがいる。
新郎。サナアの歴史上最高のジャンビーヤ使いと謳われているジョルジュ。
たとえ逆立ちしたとしても、彼には勝てる気がしない。
奇跡が起きようとも埋められない実力差が、僕とジョルジュの間には横たわっている。
何度も彼と訓練を重ねてきたのだから嫌でもわかる。訓練で彼は一度も息を切らすことなく、軽く僕をあしらっていた。
その時の彼は、本来の実力の三分の一も出していなかったであろう。
唯一僕を敵と認識して襲いかかってきたメッカでのナイフ捌きも、彼すべての実力を出し切ったものであるという保証はない。
彼の実力は未知数。底が見えない。一方で僕の実力は、ジョルジュに完全に把握されてしまっている。
不利だとかそんなチャチなレベルではなく、僕にはジョルジュに勝てる要素が何ひとつといってないのだ。
(; ^ω^)(……いや、ひとつだけあるお)
懐にそっと手をやる。銃。
残り一発となった弾丸をそれで放てば、確かに僕でもジョルジュを行動不能に出来る。殺すことだってできる。
最も現実的に思えるこの方法。しかし、今回僕が成すべき行動の性質上、この方法を取るわけにはどうしてもいかない。
例えば、ツンデレの足の切り取りを阻止することが今回の行動の目的だとしよう。
それならば、僕は真っ先にジョルジュへと弾丸を撃ち込めばいい。
稀代のジャンビーヤ使いを地に伏せれば、それだけで他の者たちに対する十分すぎるほどの威嚇になる。
ジョルジュを生かしておいてその頭に銃を突き付けて脅せば、たとえ弾丸が込められていない銃であっても、
彼らはそのことを知らないのだ、ツンデレが道を選ぶだけの時間を十分に稼ぐことが出来る。
けれどそれは、ツンデレを脅すことにもなる。換言すれば、彼女を脅して道を選び取らせることと同義なのだ。
以上の方法はジョルジュを人質にした脅迫に他ならない。そんな風に選び取らせた道が、彼女自身が選び取った道になるはずがない。
僕の行動の本旨は、ツンデレが歩けなくなることを阻止するのでは無く、ツンデレに自分で道を選び取らせることにある。
ならば、脅すのと同様の以上の方法を取るわけにはいかない。
おまけに、足を切り取られるという現実をツンデレは目の前にしている。
彼女はただでさえ正常な判断が出来ない状況にあるのに、それをさらに助長させる方法は用いるわけにはいかないのだ。
結局、僕にはツンデレに道を告げ、選ぶ時間を稼ぎ、
彼女の選択に沿って彼女とともに、もしくは自分一人で脱出するしか方法はない。
銃の使用は脱出まで取っておかなければならないし、その時以外で使うことはツンデレを脅すことに他ならないタブーとなる。
それまではナイフか、それ以外の手段でなんとかするしかない。
まったく、とんでもないことを引き受けてしまったもんだ。
( ^ω^)「おっおっお」
けれども、なぜか笑えた。目の前にあるのは限りなく不可能に近い道なのに、
まるで冬という季節に向かって北へと歩き出したあの時のように、「なんとかなるさ」と、気持ちが軽い。
やっぱり僕には何かが欠けている。ドクオの村を旅立った時と同じことを僕は思う。
あれから十数年が経ち、様々な出来事に遭遇する中で僕は少なからず変化してきた。しかしこの点だけは変わっていないらしい。
\(^o^)/「……どうしたんですKA?」
あの時と同じように晴れた午後の空を仰いでいると、背中からオワタの訝しげな強張った声が聞こえてきた。
知らず、僕は笑いを声として漏らしてしまっていたらしい。
しかし、だからどうということはなかった。
むしろ二時間以上にわたる自問自答にも飽きてきたところだったので、僕は笑いながらオワタの問いかけに答える。
( ^ω^)「おっおっお。気にしないでくれお。
それより、そろそろ話してくれてもいいんじゃないかお? 火の道ってのはなんなんだお? 」
\(^o^)/「そうですNE。間もなく着く頃ですし、話しても問題ないでSHOW」
返ってきたのは柔らかな声。同時に、ずっと背中に感じ続けてきた固い石のような雰囲気が一気に和らいだ。
僕にジャンビーヤを突き付け続けた二時間弱、どうやらオワタは相当に気を張っていたらしい。
歩く道のりは相変わらず緑色の斜面の上。オワタは続ける。
\(^o^)/「火の道とは言葉通り、燃える道のことでSU。正確には燃えていた道ですGA。
遥か昔、ジャンビーヤの代わりにその火が花嫁の足を切り取っていたそうですが、なぜか今では燃えなくなっていまSU。
ジャンビーヤの伝統はその代替として生み出されたのではないかと、僕たちの間では考えられていますNE」
今朝のような明るい口調で、得意げに、そしてさらりととんでもないことを言ってみせるオワタ。
僕の背後にいるためその表情は見えないが、きっと彼は笑っているのだろう。
しかしそれでも、背中からジャンビーヤの気配は消えない。依然としてジャンビーヤは突き付けられたままのようだ。
会話の隙に乗じて行動を起こそうと思っていたのだが、どうやらそれは難しいらしい。
その代わりと言ってはなんだが、僕はオワタの言葉の意味について軽く考えてみることにした。
火の道。燃える道。一瞬マグマの流れる火口を思い浮かべたが、即座にそれは否定された。
この近辺に活火山は存在しないし、たとえ千年の時の中でこの近辺に活火山が発生していたとしても、
僕たちは今山道を下っているのだ、目的地がマグマの流れる火口なわけがない。
( ^ω^)「……となると」
中東の山の中腹。平原。かつては燃えていて、少なくとも燃えているように感じられて、今は燃えていない。
これらの条件を満たす上で考えられるのは、地雷原。もしくはそれに準ずる、クラスター爆弾かその類いが埋まっている場所。
燃えるとは地雷による地面の爆発、燃えなくなったというのは地雷が風化して機能しなくなったか爆発し尽くしたかのいずれか。
そして、燃える道により足を切り取っていたというのは――。
( ^ω^)「……新婦に火の道の上を歩かせたていたのかお。恐ろしい話だお」
\(^o^)/「そうでもないですYO」
僕の返しをすぐさま否定したオワタ。続けて発せられた声は低く、強い感情が込められていた。
\(^o^)/「愛する人間に足を切り取られる、愛する人間の足を自分で切り取る、
その方がよほど恐ろしI……」
( ^ω^)「……」
見えはしないが、背中にあるはずのオワタのジャンビーヤが震えたように感じられた。
ジャンビーヤを持っているということは、オワタもその儀式を通過した成人ということになる。
彼も妻の足を切り取ったのだろう。そして今、その時の光景を思い出した。
だから手にしたジャンビーヤが震えたのではないだろうか。
道からは田畑が消え、背の高い広葉樹が目立つようになる。
それからしばらく口を閉じたオワタは、話題を変えるように、唐突にこんなことを口にした。
\(^o^)/「そうそう、勘違いして欲しくないので言っておきますNE。
僕だって好きでこんなことしてるんじゃないんでSU。
僕だけでなく、ジョルジュさんの側近はみな、あなたを尊敬しているんでSU。
あなたにこの町に留まってほしいと願っているんですYO」
( ^ω^)「おっおっお。人の背中にジャンビーヤを突きつけておいてよく言うお」
\(^o^)/「オワHAHAHA! まったくでSU! しかしこうでもしなきゃ、
結婚式の真相を知ったあなたは、なんとしても誓いの儀を止めようとしたでSHOW?」
オワタの独特な笑い声。続けられた言葉の真偽は果たしてどうだろう?
ツンデレの存在を知らず、何の目的もなくサナアに留まり続けると考えていた場合、
僕はそれでも誓いの儀を止めようとしただろうか?
――多分、止めなかったと思う。
そういう伝統なんだろうと否定せず、いつものように傍観者を気取っていたはずだ。
あの時、アヘンを吸うことを強要されたように、僕自身が足を切り取られるわけではない。
サナアの足を切るという伝統は、そのせいで町の子どもたちを夕闇に置き去りにするといったこともない。
僕が純粋にまっさらだった場合、僕にはそういった伝統を否定する特別な権利はないし、理由も存在しない。
しかし、ドクオの村の人々といいサナアの町の住人といい、なぜみんな僕に真実を告げたがるのだ。
彼らはみな、僕から巧妙に伝統を隠し続けていたではないか。ならばそれを続ければいいだけの話だ。
そうすれば余計な気遣いも懸念もなに一つ必要ない。
互いが互いに一定の距離感を保ったまま、心地よい関係を保っていられたのに。
( ^ω^)「……なら、初めから結婚式に僕を呼ぶなお。
ここまで判断材料を提示されなければ、僕はこのことに気付かなかったお」
\(^o^)/「もちろん、我々ジョルジュさんの側近はあなたの参列に反対しましたYO。
しかし、ジョルジュさんたっての意向なのでSU。それを聞き、我々も納得せざるを得ませんでしTA。
彼はあなたには町のすべてを知ってもらい、その上で後見委員長になるか否かを判断してほしいのですYO」
この町のすべてを知ってもらいたい、か。
隠し続けることは辛く苦しいことだから、相手にすべてを告げて楽になり、その上で判断を相手に委ねる、ということだろう。
人間は弱いものだと改めて思う。しかしそれは僕も同じなのだ。
僕もあのとき、ショボンさんに同様の手法を取った。だから僕も、人のことをとやかく言える人間ではない。
けれど実際に判断を委ねられる立場に立った時、「いいえ、それは言わなくても結構です」と言いたくもなる。
それにしても――。
( ^ω^)「……後見委員長って、何の話だお?」
\(^o^)/「はい、ジョルジュさんの結婚を機に、現長老は引退なさりまSU。
そして次代長老の任をジョルジュさんが担うのでSU。ジョルジュさんは人望も厚く、
才にも溢れており、長老の器を十分すぎるほど持っていらっしゃりまSU。しかし、あまりに若すぎRU。
それがネックとなり、現長老派の老人たちから条件として後見委員会の創設を要請されましTA。
まあ、それはあくまで口実で、彼らは現長老の引退により自らの権力が削がれることを懸念しているのでSU。
そこで後見委員会を設立させ、その席に座り、引き続き権力を振るおうと画策しているのでSHOW」
政治抗争か。サナアほど発展した都市ではさもありなん。
出来れば関わりたくない対立ではあるが、オワタの語り口からして、僕はもうそれに巻き込まれてしまっているのだろう。
\(^o^)/「もちろん、多少卑怯な手を用いればその要求を撥ね退けることも出来ましTA。けれどもジョルジュさんは、
『後見委員会の設立はのちに合議制を敷くためのいい足がかりになる』とおっしゃり、その設立を認めましTA。
しかし、現長老派の老人たちはジョルジュさんがこれから断行する改革の反対勢力にしか成り得ないのです。
我々も手を尽くしましたが、残念ながら後見委員会から現長老派の勢力を完全に排除することはできませんでしTA。
改革を断行するためには、ジョルジュ派にもっと力が要りまSU。そしてその力に、あなたは成り得るのですSU。
ジョルジュさんを含めた我々は、あなたに後見委員の長になっていただきたいのでSU」
( ^ω^)「……」
参った。巻き込まれているどころか、僕はもうその抗争の矢面に立たされるらしい。
知らないところでずいぶんと色々なことが起きているのは、僕がそれだけ歳をとってしまったからなのだろう。
後見委員長というのは、そんな年老いた僕への最後の花道だったのかも知れない。悪くない。むしろ嬉しさを感じる。
しかし、それは別の未来、あり得たかもしれない夢の話。今の僕にそんな選択肢はない。
他人事のように別の未来を想像し、未練がましく微笑みながら、僕は続きをオワタに尋ねる。
( ^ω^)「なるほど。で、その改革とやらは一体何なんだお?」
\(^o^)/「ジョルジュさんを筆頭に、我々はあなたから得た政治知識をもとに町の体制を変えようとしていまSU。
それを我々は改革と呼んでいまSU。その足がかりが合議制であり、そのために後見委員会を活用したいのでSU。
我々は後見委員会をもとに、ジョルジュさんと、そしてあなたと共に改革を断行したいのでSU。
もちろんその際、この町の良いものは残しまSU。しかし悪いところは排除せねばなりませN」
( ^ω^)「……その立案はジョルジュが?」
\(^o^)/「もちろんでSU。そして我々は彼に賛同したのでSU」
背中からオワタの誇らしげな声。それを聞き、僕は目を細める。
息子のように思っていたジョルジュが、僕の知識を今に活かそうとしてくれているのだ。これが嬉しくないはずがない。
確かに、彼らの言う、ジョルジュの行おうとしている改革が具体的にどのようなものを指すのかを僕は知らない。
しかし二年ほど親密な付き合いをしてきたのだ。心配なんてほとんどしなかった。
ジョルジュなら急激な改革など決して行わない。
若い彼の長期に渡るであろう在位期間を逆手にとり、無理が生じないよう穏やかに緩やかに改革を進めていくはずだ。
そのための知識も僕が伝えてあるし、伝えそびれたものも書物としてほとんどを遺してある。
それさえあれば、僕がいなくともジョルジュならば大丈夫。
ただし、オワタの言葉を聞く中でいくつか気になる点がある。
僕の知るジョルジュなら決してやらないであろうことが、オワタの口からいくつか語られているのだ。
( ^ω^)「……少し聞くお」
\(^o^)/「なんでSHOW?」
( ^ω^)「お前は、後見委員会とやらから現長老派の勢力を一掃しようとしたと言ったお?」
\(^o^)/「はI」
( ^ω^)「それはお前たちの独断でやったんだお?」
背後から漂うオワタの雰囲気がわずかに変わった。どうやら図星だったらしい。
僕はオワタに見せつけるようにあからさまなため息をひとつつき、続ける。
( ^ω^)「いいかお? そんなことしても労が多いだけで、利なんてほとんどないんだお。
考えてもみるお。現長老派とかいう老人たちなんて、あと五年もすれば嫌でも退役するお。
ジョルジュの長老在位期間を考えれば、五年なんて大した長さじゃないお。
だから改革とやらにも特別な支障なんて出ないお。
むしろその五年で現長老派から学べる実務知識の方が大きいお。
そしてジョルジュなら、そのくらいわかってるはずだお」
\(^o^)/「……」
( ^ω^)「これは僕からの最後の忠告だお。
お前たちがジョルジュを信奉しているなら、下手に独断行動なんかしちゃダメだお。
いくら長が有能でも、側近の独断で政権が崩れてしまうことはままあるんだお。わかったかお?」
\(^o^)/「……」
首をひねりちらりと背後を盗み見れば、うつむいたオワタが視線を地面に縛りつけていた。
説教臭かった自分の言動を反省しながらも、どうしても聞いておかなければならないので、僕は続ける。
( ^ω^)「それと、もうひとつ。ジャンビーヤと足を切る伝統は残すつもりかお?」
\(^o^)/「それは……もちろんでSU」
口どもりながらも、即答したオワタ。どうやらその点だけは改革の中でも揺るぎない決定事項らしい。
しかしハッキリとしたその声は、周りを取り囲む木々のざわめきに紛れていく。
( ^ω^)「……その理由は?」
\(^o^)/「この伝統はサナアの根幹ですかRA」
( ^ω^)「答えになっていないお。明確な理由の提示を要求するお」
\(^o^)/「それは……誓いの儀を見ていただければ嫌でもわかりまSU」
オワタの声の直後、あたりに生える木々の数が目に見えて減っていることに僕は気付く。
歩く道のりは、いつの間にか下り坂ではなく平坦なものになっている。
間もなくの到着を予感した僕は、口早に続けた。
( ^ω^)「百聞は一見に如かずかお? でも、それでわからないことだってあるんだお。
百見は一聞に如かない時が、世の中には稀にあるんだお。それが今だお。
説明も尽くさないで見ればわかると言われても、今の僕には納得できないお」
\(^o^)/「……説明しても、我々と異なる価値観の持ち主であるあなたにはわからないかも知れませN」
( ^ω^)「おっおっお。馬鹿なこと言うなお。言ってることが支離滅裂だお。
価値観が違うから説明してもわからないって言うなら、見たってわかるはずがないお」
\(^o^)/「……見ればわかることだってありまSU」
( ^ω^)「……」
オワタの声の調子がおかしい。
平静を装おうとしていらしいが、不機嫌になっているのが声色だけでも明らかにわかる。
もしかして、彼は意外にも激情しやすいたちなのだろうか?
漠然とそんなことを思っていると、前を進む一団の足が止まる。目の前の景色から立木の緑が完全に無くなる。
\(^o^)/「……ちょうどいい、着きましたYO」
オワタの一言を受け、立ち止まった。
あたりに広がるのは、一面果てしのない平原。淡い黄緑色の短草たちが悠々とその葉を風にさらしていた。
草たちのこすれあう声が、強い緑たちの草いきれが、風に乗り僕の耳と鼻に届く。
そしてその真ん中、地平線のかなたまで埋め尽くしている黄緑の中心に、見覚えのある建物を僕は見つけ出す。
(; ^ω^)「あれは……」
サナアの建築様式とは明らかに異なる、半ドーム状の、まるで玉ねぎを乗せたかのような屋根。
メッカ遺跡の中心部に鎮座していた大聖堂とそっくりな建物が平原の中にあった。
ただしそれは、メッカ大聖堂と比べ明らかに小さかった。
距離の問題からそう見えるのではなく、単純に小さかったのである。
言ってみれば、メッカ大聖堂を縮小したコピー。そして僕には、その姿が模型のように感じられた。
それはきっと、その建物が平原から浮いた明らかに場違いな存在だったからだろう。
\(^o^)/「ここが火の道でSU。ご安心ください、もう道は燃えませんかRA」
ジッと眼前の光景に目を凝らしていた僕に、オワタが的外れな気休めの言葉をかけてくる。
(; ^ω^)「そ、そうかお。それで、あの建物の中で儀式が行われるのかお?」
\(^o^)/「そうでSU。詳しい話は彼かRA……」
(; ^ω^)「お……」
オワタの声に視線を移動すれば、
平原を前にした新郎新婦の一団の中から、ジョルジュがこちらに向けて歩いてくるのが見えた。
僕と彼の視線が一本の線となり、中空で結びつく。
_
( ゚∀゚)「……」
(; ^ω^)「……」
ぞくりとした。一歩一歩短草を踏みつけて向かってくるジョルジュの眼を見るだけで、
オワタにジャンビーヤを突き付けられても流れなかった汗がだくだくと全身から溢れ出てきた。
蛇に睨まれたカエル、とでも言うのだろうか。身動きが取れず、呼吸することさえ辛い。
これがあのジョルジュなのかと、本気で疑った。
おちゃらけたいつもの雰囲気は皆無で、小さいはずの彼の姿は巨木のように大きく感じられた。
その背後からはメラメラと炎が湧き上がっているように感じられる。火の道だけに。
そして、濃い眉の下の双眸は形容しがたいほどに鋭い。
そう、それこそまるで、ジャンビーヤの刃のように――。
_
( ゚∀゚)「動くなよ」
(; ^ω^)「!!」
――そう思ったと同時に、ジョルジュのジャンビーヤが僕の眉間へと突きつけられた。
いつの間にか距離を詰められていたらしい。
もとから動かなかった体が、さらに硬直する。汗が滝のように噴き出し、喉がカラカラに乾く。
_
( ゚∀゚)「……オワタ、麻酔を」
\(^o^)/「ただいMA」
僕にジャンビーヤを突き付けたまま、ジョルジュがオワタに命令する。
オワタは背負っていた薬箱を地面に下ろすと、そこから麻酔らしき一式を取り出し、ジョルジュに手渡す。
\(^o^)/「使用方法は以前説明した通りでSU。それで確実に痛みはなくなりまSU。
しかし体に負荷がかかるのには変わりないので、
儀式が済み次第、直ちに僕を呼んでくださI。あとの処置は僕がしますのDE」
_
( ゚∀゚)「わかった」
受け取った麻酔一式を懐に仕舞うと、ジョルジュは真正面から僕を睨みつける。
僕は依然として動けないまま、彼の低い声を耳にする。
_
( ゚∀゚)「わりーな、無理やり連れてくる形になってよ」
(; ^ω^)「……」
_
( ゚∀゚)「言いたいことは山ほどあるだろう。だが、今は呑みこんどいてほしい。
儀式が終わった後、あの建物へオワタと一緒に来てくれ。その時に全部聞こう」
ジョルジュがジャンビーヤを腰に仕舞った。
そのままマントを翻し、引き返していく。その背中は果てしない壁のように大きく感じられた。
同時に、入れ替わるようにオワタのジャンビーヤが突きつけられるのを背中に感じる。
動けず、すくんだままの体で、なんとか声を振り絞り、僕は背を向けたジョルジュへと尋ねる。
(; ^ω^)「足を切り取るのは……見られないのかお?」
\(^o^)/「見られませN。誓いの儀は伝統の頂点に位置するもNO。
たとえ長老であろうと、立ち会うことは許されませN」
答えたのはオワタ。一方でジョルジュは何も言わず、
建物の方を見詰めたまま動かないツンデレへと歩いて行くだけ。
金縛りを受けたように動けない僕。
妙にはっきりとした視界の中で、最後にジョルジュが振り返った。
_
( ゚∀゚)「あー、そうそう。ブーンに伝言を頼みてーんだわ」
(; ^ω^)「……」
振り返った彼の顔は、不敵に笑っていた。まるで僕を挑発しているかのような笑み。
緩んだ彼の唇が、言葉を形作る。
_
( ゚∀゚)「あんた、今朝、『誰かがツンデレを連れ去ろうとしたらどうする』って聞いたよな?
その誰かさんに伝えといてくれ。『てめーが来るまであそこで待っててやるよ』ってな」
(; ^ω^)「……」
ジョルジュの口元がさらにつり上がる。建物を指差して身を翻す。
その口が発した「誰か」。それは一体誰を指す?
突如吹き荒れた強い風が、ジョルジュのマントを揺らした。その裾は僕へと向いている。
答えはきっと、そういうことだ。
ツンデレのもとへ歩み寄ったジョルジュは、そっと彼女の肩に手をやる。
そのまま彼女に寄り添いながら、火の道の先、メッカ大聖堂のコピーへと向かっていく。
時間がない。直ちに行動を起こさなければならない。
けれど体は依然ジョルジュの雰囲気に縛られたまま、指一本動かせない。
遠ざかっていく二人の背中。固まって眺めることしか出来ない僕。
長老も、その側近二人も、ジョルジュの側近たるもう一人も、
そして僕の背中にいるオワタも、新郎新婦の動向だけを注視していた。
そして二人は建物の扉の前にたどり着く。ジョルジュがその扉を押し開ける。
二人の背中がその中へと吸い込まれていく。
その、わずかな一瞬。
こちらを振り返ったツンデレの瞳が、僕を射ぬいた。
扉が閉じる音が、平原に響いた。
同時に金縛りが解ける。
固まっていた体が緩んだ瞬間、僕の体はその反動からかバネのように躍動した。
( ゚ω゚)「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
\(^o^)/「!?」
腰のレアメタル製ナイフを右手で抜くとともに体をよじり、その柄を背後のオワタのこめかみへ向けて横薙ぎにする。
おそらくはジョルジュとツンデレの背中に目を奪われていたのであろうオワタに、それを避けることは適わなかった。
ゴッと鉄が骨を打つ鈍い音が響く。不意打ち成功。
しかし残念ながら、柄はこめかみでなくオワタの頬骨を穿ったようだ。
体勢を崩したものの踏みとどまったオワタは、不安定な姿勢ながら、僕に向けジャンビーヤの切っ先を向けてくる。
\(^o^)/「オワタァ!」
( ゚ω゚)「遅いお!」
突いてきたオワタ。
しかし姿勢が定まっていないためか、はたまた頬のダメージが大きいためか、突きに勢いがない。
僕は回転の勢いをそのままに、スナップを利かせ左手でナイフを持ったオワタの手首を打つ。
オワタの突きのベクトルが逸れ、切っ先の延長線上から僕の体が外れる。
ジャンビーヤの刃は空を突く。
そのまま、オワタの体が前のめりに地面へ向けて倒れていく。
うつぶせに倒れた彼の利き腕に向け、僕はナイフを突き立てる。
( ゚ω゚)「すまんお!」
\(^o^)/「オワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアタ」
漆黒のナイフが深々と、地面ごとオワタの手の甲に突き刺さる。
引き抜けばその手から血が溢れ出してくる。
こんな状態の手ではジャンビーヤを握ることなど到底適うまい。
これでオワタは無力化出来た。
( ゚ω゚)「つぎぃ!」
地面に転がったオワタのジャンビーヤを左手に取り、すぐさま立ち上がりあたりの様子を見る。
一瞬のめまいのあと、すぐさま視界は元に戻る。
真ん中には目的地である建物。右斜め前には長老とその側近が二人。
彼らはジャンビーヤを手に長老の前を塞ぎ始めたが、こちらに向かってくる素振りを見せてはいない。
即座に視線を左斜め前に移す。
ジョルジュのもう一人の側近がジャンビーヤを片手に、雄たけびをあげながらこちらに突進してきていた。
僕もそちらに向かい突進する。
距離が詰まったところで、オワタのジャンビーヤを投げつける。
相手は目を見開き、体をひねってそれを避ける。
懐に入るにはその一瞬で十分だった。
( ゚ω゚)「悪いが眠っていてくれお!」
腰を屈めて相手の懐に潜り込み、ショボンさんのナイフの柄で鳩尾を強く打つ。
続けざまに足を払い、相手を倒す。
地面に転がった相手の体にのしかかり、全体重をこめて彼の腹の上に肘鉄を落とす。
低いうめき声を上げ胃の中のものを吐きはじめた彼の手からジャンビーヤを奪い取り、
再び、跳ねるようにして立ち上がった僕。平原の奥の建物に向けて一気に駆けだす。
また、めまいが襲ってくる。顔を左右に、振り払うように強く動かす。
視界が再び元に戻る。
その端に、長老の側近たる老人が一人、こちらへ駆けだしてくるのが見えた。
( ゚ω゚)「来るんじゃないお!」
走りながら奪い取ったジャンビーヤを投げつける。
老人は体をひねってうまくそれを避けたが、走る勢いと老いが災いしたのか、足をからませて地面に転がり倒れた。
これで道を塞ぐものはなくなった。
あとは最後の難関をどうにかするだけ。
足をさらに動かす。
懐かしいと言わんばかりに、両足は意のままに加速してくれた。
メッカ遺跡のコピーがぐんぐんと近づいてくる。
扉が眼前まで迫ってくる。
(; ゚ω゚)「鍵がかかってないのを願うお!」
加速し、右肩を前面に押し出し、扉の直前で地面を蹴り上げる。
もしこれで扉が開かなかったら一巻の終わりだ。
オワタも、もう一人の側近も不意打ちによりなんとか無力化出来た。
しかし老人二人はそうではない。
不意打ちも二度目は通じない。
たとえ相手が老人であろうと、純粋な戦いとなれば僕に勝ち目はない。
(; ゚ω゚)「ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
咆哮をあげる。三度襲ってきためまいとともに、僕の体は扉へと激突した。
― 13 ―
覚悟した衝撃とは程遠い手ごたえのなさで、扉は開いた。どうやら鍵は掛けられていなかったらしい。
余った勢いをそのままにゴロゴロと床を転がり続けた僕は、体の節々に痛みを覚えながらもバッと立ち上がる。
見えたのは扉。扉の先に扉があるのか?
いや、違う。あれは僕が飛び込んできた扉。つまり僕は今、進行方向の逆を向いているのだ。
そう気づいた直後、慌てて僕は振り返る。瞬間に流れていく風景は、メッカで見た大聖堂と全く同じだった。
僕が転がってきたのは聖堂の中心に設えられた通路。その左右を信者たちが座るべき腰かけたちが挟んでいる。
_
( ゚∀゚)「よう。待ってたぜ」
そして振り返った先には、教父たちがたたずむべき祭壇。その上に、ジョルジュが行儀悪く腰かけていた。
彼のすぐ傍、祭壇に最も近い腰掛けの上にはツンデレ。突然の乱入者である僕に驚いているのだろう。
顔を布で覆っているにもかかわらず彼女が眼を見開いているのが、遠目にもすぐにわかった。
立ち尽くしたまま呆然と僕の姿を眺めている彼女を一瞥したのち、こちらに視線を移したジョルジュは、笑っていた。
_
( ゚∀゚)「ツンデレを奪いに来る『誰か』とやら。そいつはやっぱりあんただったか。
ま、なんとなくそんな予感はしてたぜ。今朝、あんたの言葉を聞いた時からな」
そう言って、ひょいと壇上から飛び上がったジョルジュ。音もなく軽やかに。
床、聖堂内部を縦断する通路の上、つまり僕の正面へと降り立った彼は、ケラケラと笑いながら矢継ぎ早に声を連ねる。
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! だったらもっと早くあんたから話を聞くべきだったんだろーが、
まあ、あれだ、余興みたいなもんさ。オワタたちを振り切る力もねーのに、
花嫁を奪うなんて抜かす口だけヤローの話なんざ、聞く価値もねーからな」
( ^ω^)「……」
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! そうムッとすんなって!
俺はあんたのこと、そんなヘタレだと思っちゃいねーからよ!
あんたならここに来れるだろうと思ってたし、実際あんたはこうやってここに来たんだ。
それでいいじゃねーか。なあ、おい?」
そこまで言って、突如雰囲気を変えたジョルジュ。
彼の背から発せられたのは身の毛もよだつほどの殺気。眼光にはジャンビーヤの鋭さ。
しかし今の僕は、その雰囲気に飲まれることも、縛りつけられ動けなくなることもなかった。
臨戦態勢は整えているし、気も張っている。久方ぶりの実戦も経験してきたし、血の匂いも思い出している。
ジョルジュから押し寄せてくる威圧感に多少の負荷は感じるものの、動くに支障は何もない。
_
( ゚∀゚)「……そんじゃ、聞くぜ? なんでツンデレを奪いに来た?」
ジョルジュの声が屋内に反響する。
発せられる彼の声一音一音に、腹の底を揺さぶるような重い響きが込められていた。
背中にじんわりと汗がにじんでくる。
下腹に力を込め、声の響き、それに乗ってくるジョルジュの迫力に耐え、僕は答える。
( ^ω^)「……奪いに来たわけじゃないお」
_
( ゚∀゚)「ああん? そんじゃ、なにしに来たんだ?」
( ^ω^)「ツンデレに、道を与えに来たんだお」
_
( ゚∀゚)「道?」
( ^ω^)「そうだお。お前にもだお、ジョルジュ」
訝しげな色をたたえたまま、瞳に僕の顔を捉えて離さないジョルジュ。
ちらりとツンデレへ視線を外せば、相変わらず彼女は何が起こっているのかわかっていないようで、
ただ切れ長の眼を見開いたまま。
_
( ゚∀゚)「……解せねーな。大体何なんだ? その……道ってのはよ?」
( ^ω^)「選択肢のことだお」
_
( ゚∀゚)「選択肢ぃ? ……まあいい。詳しく聞こーか」
ジョルジュの、彼だけでなくツンデレの、合わせて四つの視線が僕に注がれる。
それに気押されたわけでないが、僕はあえて彼らのまなざしから目を外し、天井を見上げた。
メッカ大聖堂ほどではないだろうが、建てられて相当の年月が経っているらしいこの建物。
目についた天井のほころびからは、メッカ大聖堂と同じように空の色が見えた。
ちょうどそのほころびは、今の時間帯の太陽の位置にある。
しかし、日の光は差し込まない。雲にでも隠れているのだろうか。
( ^ω^)「伝統って言うのは恐ろしいもんだおね。それにどっぷり浸って育った人間は、
それが正しいのだとか間違っているのだという認識すらなく、
疑うことなくその伝統に従ってしまうもんだお。別にそれを否定するつもりはないお。
多くの人間に疑いの余地すら与えない伝統っていうのは、
それだけで十分に正しい存在なんだと思うお」
天井の向こうに空を捉えたまま、呟く。いや、そうじゃない。口が勝手に呟いていく。
それは本当に小さな呟きで、けれども建物内に反響して、確かに祭壇の二人にも届いているはずだ。
( ^ω^)「伝統に何の疑いも覚えない人間は幸せだお。そんな彼らに別の道を与えるなんてのは愚行だお。
でも稀に、その伝統に疑いを持つもの者が現れるお。
『伝統は本当に正しいのだろうか?』『伝統に従えば本当に幸せになれるのだろうか?』
そんな疑いを持ってしまった人間には、どうしても別の道が必要になるんだお。
どちらかを選ぶことが必要になるんだお」
勝手に呟いてくれる口。いや、やっぱり僕が動かしているだけなのだろうか。わからない。
それとは裏腹に、天井へ釘付けになった瞳だけは、僕自身がそうやっているのだとハッキリわかる。
体の芯がほのかに熱を帯びていく。それはとても心地よい、冬朝の毛布にも似た暖かさ。
その暖かさの中で、体の芯がぼんやりと曖昧なものに変化していく。意識がどこかへ溶け出していく。
どこへ? 夢の中にか? ならば僕は直ちに目覚めなければならない。眠って良い場合ではないのだ。
けれど、日はまだ差し込まない。
( ^ω^)「そんな人間は、伝統とは別の選択肢との間で、どちらを選び取るか悩まなければならないお。
そうしなければ、いつか必ず出会う後悔に囚われたまま、よほどのことがない限り前へ進めなくなるお。
内藤ホライゾンと同じように。死ぬことしか見えなかった、昔の僕と同じように」
視線を天井から正面へ移す。いや、視線が天井から正面へ移った。
ぼんやりとする視界に映ったのは、依然として僕の姿を捉えてやまない四つの瞳。
一方で当の僕はというと、相変わらず夢うつつのまま、意識が溶け出していくのを止められないでいた。
まるで液体のように流れていく意識。その先端に、ふいに別の何かが触れる。
( ^ω^)「同じ状況に立たされた人間が今、僕の目の前にいるお」
別の何か、きっと体の奥底に眠るもう一つの意識だろう、
それが僕の意識の先端に触れ、反発する。溶け合うことを拒むように。
触れたその意識に向けて、心の中で僕は呟く。
怖くなんかない。さあ、こっちに来て、あり得たかも知れない別の未来を君も一緒に見るんだ、と。
まるで水と油のように混じり合わないまま、境界をはっきりとさせたまま、しかし互いは複雑に絡まりあっていく。
対照的に境界が曖昧となってしまった現実では、ジョルジュらしき姿とツンデレらしき姿が二つ、こちらを見つめたまま。
( ^ω^)「ツンデレ、君のことだお。多分……お前もだお、ジョルジュ」
そう僕が呟いた瞬間だった。天井のほころびから、幾筋もの光が差し込んだ。
雲に隠れていた太陽が姿を現したのだろう。
それはこれまで見たどんな光景よりまばゆく輝いていた。
無数の光の線はまるで雨のように天井から降り注ぎ、僕を、ジョルジュを、ツンデレを照らしていく。
曖昧だった視界はその光景を前にハッキリとしたものに変わる。
時を同じくして、体の中で絡まりあっていた意識が溶け合い、同質化し、急速に冷えて固まる。
自然と口をついた、僕の一つの呟きとともに。
( ^ω^)「……千年後の世界も、悪くないお」
ピントの合った世界。ピントの合った意識。欠けていた何かがすべて埋まった気がした。
体は牢獄から解き放たれたかのように軽く、奥底からは確固たる自信が湧き上がってくる。
威圧感しか感じられなかった目の前のジョルジュが、今はただの若者にしか感じられない。
さらには、すべてがうまくいくのだとさえ思えてくる。
この自信の正体はいったいなんだ?
申し訳程度にそう考えてはみたものの、正直なところ、僕は自分の変化に戸惑いさえも覚えていない。
むしろ、これまでの僕が異質だったのだと思えていた。僕は今、本来あるべき状態に戻っただけなのだ、と。
そうだ。僕は天才。そうだ。僕の名前は――
\(^o^)/「ジョルジュさN!」
バンと、背後の扉が開く。同時に、オワタの叫び声が屋内に響いた。
首だけを回して見れば、右手に包帯を巻いたオワタを筆頭に、誓いの儀まで同行した面々がワッと屋内になだれ込んできていた。
前方にはジョルジュ。後方にはオワタら。これで完全に逃げ道はなくなった。
しかし、それでも僕は欠片も動揺を覚えない。次に発せられるであろうジョルジュの言葉を容易に予想できたからだ。
_
( ゚∀゚)「でぇじょうぶだ。お前らは手を出さないでくれ。これは俺とブーンの問題だ」
予想通りの言葉を低く発し、ジョルジュは僕の背後をキッと睨みつける。
それだけで、オワタらの気配は縛りつけられたかのように動かなくなった。続けて、ジョルジュの視線が僕へと向けられる。
「役者はそろった」と言いたげに、一瞬だけ三日月形に歪められたそれは、すぐさまジャンビーヤの刀身の鋭さを帯びる。
その視線を受けた僕は、けれども、先ほどのように動けなくなるということはまったくといってなかった。
_
( ゚∀゚)「俺に選択肢がない? 俺が伝統を疑っている? 馬鹿言うなよ。
俺は選択肢が必要なほど迷っちゃいねーし、何にも疑っちゃいねーよ。
俺はこの伝統が正しいものだと確信している」
差し込む光の中、祭壇を背にしたジョルジュが声を張り上げる。その顔に笑みはない。
_
( ゚∀゚)「しかしまあ、あんたの言いたいことはわかった。だが、どーしてもわからねぇことがある。
ツンデレはあんたにとっちゃ単なる他人だろうが。
それなのに、どーしてあんたは、こんな危険を冒してまで助けたがる?」
( ^ω^)「そうすることで、これまで与えられてきた道を僕自身のものに出来るから。
そして、昔の僕と同じ状況にあるお前たちを救って、あり得たかも知れない未来を代わりに見てほしいから。
……って言うのは、単なる口実だおね。もちろんそれも理由の一つではあるんだけど」
笑わないジョルジュの問いかけに対し、僕は笑って言葉を返す。
( ^ω^)「一番の理由は、ツンデレがツンに……僕の昔の想い人に似てるから。
そしてジョルジュ、お前が息子のように思えてならないから。それだけだお」
まっすぐにツンデレを、続けてジョルジュの顔を眺めた。
もはや顔を覆いつくした布だけでは隠しきれないほどに驚いてしまっているツンデレ。
対照的にジョルジュはというと、一瞬だけ片眉をピクリと動かしたものの、それ以外表情に変化は見られない。
_
( ゚∀゚)「へぇ。あんたにも色々とロマンスがあったんだねぇ。意外だったぜ。
それにしても、昔の想い人に似た女が歩けなくなるから、ねぇ……。ちょいと女々しすぎやしねーか?」
( ^ω^)「おっおっお。何とでも言えお」
それはジョルジュに対し放った言葉ではない。
かつて僕が分離した二つの意識だった頃の、その片割れだったブーンという意識に対し放った言葉だ。
もっとも、ブーンを含めて今の僕が成り、今の僕は基本的な意識体系をブーンから受け継いでいるようなものだから、
それは僕自身に対し放った言葉も同然なのだが。
( ^ω^)「感情が人の大きな原動力となることもあるんだお。当たり前だからこそ中々気づくことはできないけど。
これから為政者になるなら、ジョルジュ、お前もよく覚えておくといいお」
千数年前に思ったことを、自分に言い聞かせるようにジョルジュへと語った。
道を与え返すことでそれを真に自分のものにしたいからだとか、
救われなかった昔の自分を救いたいだとか、そう言った理由ももちろんある。
けれど、着飾ることなく本音を語るなら、
「ツンデレがツンに似ている」「ジョルジュが息子のように思えてならない」
僕がこうやっている一番の理由は、きっとそういうことなのだろう。
女々しい感情だって、人の大きな原動力となることもある。
そうだ。これは他ならぬツンが僕に教えてくれたこと。間違っているはずがない。
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! ご忠告、胸にとどめておきますわ!」
そして、語る僕がよほどおかしかったのだろう。
ジョルジュは身をかがめて笑いをあげ、おどけながら返事をする。
その後顔を上げ、目元をぬぐうと、先ほどまでと比べ幾分か柔らかい眼差しで、言った。
_
( ゚∀゚)「しかし、あんたのロマンスを成就させるわけにはいかねぇ。ツンデレの足は俺が切る」
( ^ω^)「……どうしてもかお?」
_
( ゚∀゚)「ああ……どうしてもだ!」
キッと、ジョルジュのまなざしに光が走ったような気がした。
数瞬の間も置かず、彼の腰からジャンビーヤが引き抜かれる。
同時に、背後からも殺気を感じる。ちらりと盗み見れば、オワタたち全員がジャンビーヤを抜いていた。
_
( ゚∀゚)「おめーらは手を出すな! こいつは俺の獲物だ!」
大きく口を開いたジョルジュ。背後から殺気が消える。響く声は続く。
_
( ゚∀゚)「ブーン、最後に言い残すことはあるか?」
( ^ω^)「おっおっお。もちろんあるお。
実を言うと、本題を切り出すのをすっかり忘れてたんだお。
せっかくだから、この場を借りて言わせてもらうお」
ジャンビーヤを構えるジョルジュ。
丸腰のままの僕は、祭壇を背にした彼の隣、腰掛けの傍で立ち尽くすだけのツンデレへと語りかける。
( ^ω^)「ツンデレ。僕が君に道をあげるお。君が歩きたいと望むなら、僕がこの場から連れ出してあげるお。
このまま足を切られるか、それともサナアを出て歩き始めるか。君の好きな方を選ぶといいお。
もちろん、すぐに決められないことはわかってるお。だから多くはないけど、そのための時間を今から稼ぐお」
(; ゚ ゚)「バ、バカじゃないの!?」
そう言ってナイフを引き抜こうとした直後、ツンデレの悲鳴にも似た大声が屋内に響き渡った。
視線は思わず彼女の方へと移ってしまう。
視界の端に映った、ジャンビーヤを構えているジョルジュもまた、
姿勢はそのままで、けれど眼だけは彼女の方を向いている。おそらく、僕の背後のオワタたちも。
屋内の全員が注視しているだろう中で、差し込む日の光を浴びたツンデレは、肩を震わせながら僕に向け叫ぶ。
(; ゚ ゚)「な、なにが昔の想い人に似てるからよ! あたしはその人なんかじゃないわ! 人違いもいいところよ!
だ、大体、誰が助けてって頼んだのよ! あたしがあんたに助けてもらう筋合いなんかどこにもないのよ!
それに、あ、あたしはもう覚悟を決めてるの! バカにするんじゃないわよ!」
( ^ω^)「自惚れるんじゃないお。僕はお前を救うためだけに動いてるんじゃないお。
僕は僕自身のためにも動いているんだお。そこんとこ、勘違いするんじゃないお」
低い声で、即座に言葉を返した。
少しばかり狼狽したそぶりを見せたツンデレは、しばらく肩を震わせたままうつむいて、それでも気丈に続ける。
(; ゚ ゚)「カ、カッコつけてるんじゃないわよ!
第一、あんたなんかがジョルジュに勝てるわけないでしょ!」
ふり絞るように声をあげた彼女。布に覆われた顔が再びこちらへと向く。
日差しの下、ハッキリと見えた。彼女は泣いている。
( ; ;)「な、なにが道をあげるよ! あんたなんかに道が作れるわけ無い!
あたしが歩ける道なんて、もうどこにも有りはしないのよ!!」
声は嗚咽に近かった。ああ、千年前と全く逆だなと思う。
深い地下施設への門の前。あの時は僕が嗚咽に近い声を出していて、ツンが優しく声をかけてくれたっけ。
それならば、千年の時を経て立場が逆転した今、僕は彼女にどんな言葉をかける?
――決まってる。全く同じ言葉だ。
( ^ω^)「そのくらい僕が作るお。僕を誰だと思ってるんだお?
世界に名をとどろかせた天才、内藤ホライゾン博士だお」
ナイフを引き抜く。黒い刀身を前面に構える。
黒の先ではツンデレが「わけがわからない」と言いたげに涙目を瞬かせていて、
その隣ではジョルジュが訝しげなまなざしを僕に向けている。
天井から降り注ぐのは、帯状に連なる光のカーテン。
認めたくないほどに美しい千年後の世界へ、僕は叫ぶ。
( ゚ω゚)「ツンデレ! 好きな方を選べお! どちらでもいいんだお! 本当にお前の進みたい道を選ぶんだお!
何度も言うお! お前の考える『歩く』ということは幻想だお! 歩くことに楽しいことなんかほとんど無いんだお!
この町に留まった方が絶対に幸せになれるお! ジョルジュなら必ずお前を幸せにしてくれるお!」
かつてないほどに声高に叫んでも、もう視界はくらまない。
当たり前だ。今の僕には、欠けているものなど何も無いのだから。
ゆがみなどまったくない視界の中、自分の名前が叫ばれたのに呼応して、ジョルジュの腰が深く下がる。
まなざしにはあの時、メッカ大聖堂で相対した際の、相手を絶望に追いやるほどの鋭い刃が宿っている。
( ゚ω゚)「でも! ジョルジュを捨ててでも、家族を捨ててでも、生まれ故郷のサナアを捨てでも!
それでもお前が歩きたいと言うなら、僕がお前の道を切り開いてやるお! さあ来い! ジョルジュ!」
_
(# ゚∀゚)「抜かせっ!」
腰を落としていたジョルジュ。
収縮されていたその太ももから一気に力を解放し、床を蹴りあげ駆け出してきた。
腰をかがめ、前傾姿勢のまま、弾丸のような勢いでこちらへと跳躍してきた。
目算で十mは離れていたであろう僕たちの距離が、瞬時に縮まる。
_
(# ゚∀゚)「おらっしゃあああああああああああ!」
建物の中心である通路の上を一直線に駆けながら、ジョルジュは獣のような雄たけびをあげる。
彼の右手に握られているジャンビーヤが大きく振りかぶられる。
そのまま右から左へ、横薙ぎに切りかかってくるつもりだろう。
(; ゚ω゚)「……」
それを捉えた瞬間に思考が巡った。なぜだ。おかしい。
ジョルジュともあろうものがそんな隙だらけの、見え見えの攻撃をしてくるはずがない。
ジャンビーヤ――ナイフとは基本的に、超近接戦における「突く」ための武器である。
人体の頭頂部から股の間までを結ぶ線、これを正中線というが、
その線上に点在している急所を突くことを目的としている。
もちろん、相手を殺すのではなく行動不能にするためだとか、
急所を狙う布石とするために「切りかかる」ことは大いにあるが、
今のジョルジュはあまりに隙だらけであり、あまりに次の攻撃を読まれやすい体勢だ。
絶対に何か別のことを狙っている。
そうやっているのがズブの素人ならば気にする必要はないが、
相手はほかならぬジョルジュだ、必ずこの攻撃には裏があるはずだ。
_
(# ゚∀゚)「つあああああああっ!」
腰をひねり、通路を駆けた勢いすべてを込め、
踏み込んだ左足を軸に、振りかぶったジャンビーヤを横薙ぎに動かしたジョルジュ。
さすがに速い。僕程度の腕ではカウンターをかますことは不可能。
即座に戦術を切り替え、上体を反らしてそれを避けることにする。
(; ゚ω゚)「くっ!」
横薙ぎにされたジャンビーヤが、彗星の尾にも似た銀色の軌跡を描いた。
上体を反らした反動で翻った超繊維のマントが、その軌跡に触れ、横一文字に切り裂かれる。
しかし、軌跡は僕の体にまでは届いていない。僕は回避に成功したのだ。
眼前のジョルジュは床を駆けた勢い、
そしてジャンビーヤを振った勢いが抜けきらないのだろう、そのまま大きく体勢を崩す――
(; ゚ω゚)(……違うお! これは!)
――ことはなく、驚異の身体バランスで体勢を維持したまま、
ジャンビーヤ右から左に振った勢い利用し体をぐるりと一回転させ、
勢いを殺さないよう滑らかに軸足を左足から右足に移し――
_
(# ゚∀゚)「ぬるぽぅっ!」
――強烈な左後ろ蹴りをかましてきた。
(; ゚ω゚)「ガッ!」
駆けた勢いは削がれることなく、蹴りの上に相乗されていた。
まるで馬の後ろ蹴りをモロに頂戴したかのような衝撃。
(; ゚ω゚)「おうふっ!」
寸でのところで両腕による防御に成功した僕は、けれども、背後の扉、建物の入口まで吹き飛ばされてしまう。
床の上をゴロゴロと転がり、背中から扉に激突することでようやく、床を転がり続けた僕の体は止まった。
(; ゚ω゚)「痛っ……」
ぐわんぐわんと揺れる頭を抱え、懐に手をやる。よかった。銃はまだあった。
しかし安心したのもつかの間、ジョルジュの追撃を想定しすぐさま跳ね起きた僕。
左右ではオワタたちが腕を組み、僕を見つめていた。
ナイフを構え警戒したが、彼らは動くそぶりを見せない。ジョルジュの言葉に従うつもりなのだろう。
背後には、入口の扉。それはどうやら彼らによって鍵がかけられていたらしい。
そうでなければ、僕の体は扉をぶち破って、建物の外まで転がっていたに違いない。
_
( ゚∀゚)「うひゃひゃひゃ! いいねー! ちゃんと訓練どおりにやれてるじゃん? そうこなくっちゃ!」
(; ^ω^)「……」
そして、前方には満面の笑みを浮かべているジョルジュ。高らかな彼の笑い声が屋内に響いた。
彼は先ほどの攻撃で軸足としていた右足一本で立ったまま、僕へと繰り出した左足を中空でぷらぷらとさせている。
悠然としたその姿を前にして、僕は、当然のことではあるが、銃無しでは彼には勝てないと改めて認識させられた。
彼の言うとおり、以前、訓練の際、僕は似たような攻撃パターンの練習を彼にさせられていた。
リーチの短いジャンビーヤでは、相当の技量差がある場合を除き、いきなり相手の急所を突くことは難しい。
そのため、斬撃をフェイクとした体術により相手にダメージを与え、疲弊させたのちに急所を突く。
これがジャンビーヤによる近接戦の定石となっているのだと、以前ジョルジュが教えてくれたのだ。
先ほどのジョルジュの攻撃をガード出来たのは、後ろ蹴りを頂戴する直前にこのことを思い出したからに過ぎない。
このような想定内の攻撃でも僕はガードするだけで精いっぱいで、
おまけにジョルジュの攻撃は、ガードの上からでもダメージを与えるに十分な威力を持っている。
これを繰り返されたらたまったもんじゃない。さらには、見たこともない攻撃が繰り出されたら間違いなく僕は反応できない。
この分だと、稼げる時間はわずかしかなさそうだ。
(; ^ω^)(……ツンデレは!?)
不敵に笑うジョルジュの後方、祭壇の隣の腰掛けの上にツンデレの姿を見る。
彼女は顔面のうち唯一外界に晒された両眼を両手のひらで覆い、泣いているかのようにうつむいていた。
彼女が答えを出すには、まだまだ時間が必要だろう。
当然のことだ。しかし、なるべく早く答えを出してくれと、願う。
_
( ゚∀゚)「どうした? 足がすくんじまったのかい? まさかな?」
(; ^ω^)「……」
けれども、前に立ちはだかるのはジョルジュ。
今朝の迷いなど微塵も感じさせないニンマリとした表情で、超然と構えていた。
浮かせていた左足を地面につけ、そのままこちらへと駆け出してくる。
_
(# ゚∀゚)「そらぁ! 訓練の成果、見せてみーや!」
(; ゚ω゚)「ちぃっ!」
瞬きする間もなく距離が詰まった。僕の心臓を狙い突きを仕掛けてくるつもりだろう。
背には扉。左右にはオワタら。真正面から受け止めるしかない。
僕の目前まで距離を詰めたジョルジュは、屋内に響き渡るほどの音を鳴らし右足を踏み込み、一直線に突いてきた。
目で追うのがやっとスピードだが、バカ正直な攻撃だったことが幸いした。
予想していた攻撃を前に、かろうじてではあるが、ナイフの刃でそれを受けることに僕は成功する。
_
(# ゚∀゚)「そおおおおおおおおおおおおおぃ!」
(; ゚ω゚)「んああああああああああああっ!」
接触した刀身同士が火花を放つほどの、すさまじい衝撃。しかし、こちらも十年近く歩き続けてきた身。
しっかりと踏ん張りさえすれば、先ほどの後回し蹴りに勝るとも劣らない衝撃でも、僕の足腰は十二分に耐えてくれた。
ジャンビーヤの刃とショボンさんのナイフの刃は互いの身を削りながら滑り合い、つばの部分でカチリと重なり合う。
_
(# ゚∀゚)「……この勢いの突きを受け止めるか。
さすがの足腰だな……ここで殺すにゃ惜しいぜ!」
(; ゚ω゚)「……そりゃ……どうもだお」
ナイフ同士の戦いではめったに見られないつばぜり合い。
拮抗する力と力の狭間で、銀色の刀身と漆黒の刀身がぶるぶると震えた。
じりじりと互いが互いの隙を窺う中で、自然と、立ち位置が反対になった。
ジョルジュが扉を背に。僕がはるか後方の祭壇を背に。
そうやって至近距離で顔と顔を突き合わせる中で、ジョルジュが不意に笑う。
_
(# ゚∀゚)「……このままじゃラチがあかねぇな……っとぃ!」
(; ゚ω゚)「おっ!?」
ジョルジュが手首を巧みに使い、拮抗したつばぜり合いを上へ弾かせて解いた。
反動で僕たちの体がのけぞり、後方へ流れる。僕はよろよろと後ろへよろめくだけ。
しかしジョルジュは背にした扉にぶつかり、跳ね返される勢いを利用して、すぐさま突きを仕掛けてきた。
彼はそのように扉を用いるため、つばぜり合いの最中、自然を装い立ち位置を変えていたのだ。
_
(# ゚∀゚)「そらそらぁっ! 右! 右! 左! 右!」
(; ゚ω゚)「おっ! おっ! おっ! おっ!」
まるで訓練時のように攻撃箇所を声に出しながらジョルジュが突いてくる。
つばぜり合いが解けた反動で体勢を崩していた僕だが、
ジョルジュのかけ声のおかげか、すれすれのところで受けることが出来た。
_
(# ゚∀゚)「うひゃひゃ! やるねぇ! だがしかーし! リズムに乗るぜ!」
(; ゚ω゚)「おっ! わっ! たっ!」
\(^o^)/「HEY!」
しかし、次々と繰り出される突きを受けるので精いっぱいの僕は、
前へ前へ踏み込んでくるジョルジュの成すがままに、じりじりと後ずさるしかなかった。
そしてちょうど祭壇、入口の扉、両方から等距離に離れた通路の上まで流されたその時、
わざとらしく大きく振りかぶられたジョルジュの横薙ぎを僕は受けとめ、僕たちは再びのつばぜり合いへと移る。
まるで誘導されるように移ったつばぜり合いに対し「なぜだ」と不審に思った直後、
間近に迫ったジョルジュの表情に思わぬ陰りが現れた。
_
( ゚∀゚)「……ブーン。ナイフを仕舞え」
(; ^ω^)「お? どういうことだお?」
虫の音のようなかすかな声がジョルジュの口から発せられた。
彼の言葉どおりにつばぜり合いを演じたまま、潜めた声で僕は聞き返す。
_
( ゚∀゚)「これ以上の抵抗は無駄だ。あんたに勝ち目はねぇぞ。
ここで降伏すりゃ、俺の権限で今回の件帳消しにしてやる。だからもう、こんな馬鹿な真似は止めろ」
(; ^ω^)「……残念ながら、それは無理な注文だお」
_
( ゚∀゚)「なんでだ? そこまで必死になることか?
あんたが足を切り取られるわけじゃねぇ。あんたが足を切る取るわけじゃねぇ。
切り取られるのはツンデレだ。切り取るのはこの俺だ」
(; ^ω^)「だからこそだお」
足を踏み込む。ナイフを握る両手に力をこめる。
演じているつばぜり合いとは到底考えられない力の拮抗の中、低く小さなジョルジュの声が聞こえる。
_
( ∀ )「あんたさっき、俺のことが息子に思えてならねぇって言ったな? あれ……嬉しかったぜ」
( ^ω^)「……」
_
( ∀ )「俺も、いつの間にかあんたを親父みたいに感じてたよ。
つっても、親父は俺が物心つく前に死んじまったから、親父ってのがどんななのかはわかんねーんだけどな。
ただ、親父が生きていたら、きっとあんたみてーな感じなんじゃねーかなって思うよ。
へへ、遺跡で初めて会った時はこぎたねーおっさんだとしか思ってなかったのに、不思議だよな」
照れくさいのか、顔をしかめて呟くジョルジュは、けれどもジャンビーヤにこめる力は緩めない。
発せられた嬉しい言葉に思わず緩みそうになった気を引き締め、僕も改めてナイフを握る手に力を込める。
_
( ∀ )「オワタは口が軽いからな。もう聞いてんだろ?
俺はこれから長老になる。そんで、あんたと一緒にサナアをもっと良い町にしたいんだ」
( ^ω^)「……」
_
( ∀ )「あんたはサナアを気に入ってくれてる。
だから、この伝統を隠し通しさえすれば、きっとあんたは二つ返事でサナアに留まってくれただろう。
でもやっぱり、俺にはそれが出来なかった。あんたに嘘をつき続ける自信がなかった。つき続けたくなかった。
あんたにはサナアのすべてを知ってもらって、その上で一緒にサナアを良くしたかったんだ」
( ^ω^)「じゃあ、ツンデレを僕の家によこしたのは……」
_
( ∀ )「そうさ。歩きたがってたあいつが、身の上話ついでに足を切る伝統のことを話してくれると思ったんだ。
その上であんたが結婚式に参加してくれりゃ、あんたは伝統を知った上でこの町に残ってくれたことになる。
しかし、実際はそうじゃなかったみてーだな。朝のあんたの一言で、こうなるだろうことは何となくわかってたよ」
発する声と同じように、ジョルジュがジャンビーヤにさらなる力をこめる。負けじと僕も。
全身全霊を込めたつばぜり合いはまだまだ続く。腕が、足が、ビリビリと痺れはじめる。
_
( ∀ )「もちろん、この伝統が他の奴らからすればイカれたもんにしか思えねーのは承知してる。
だけど、あんたなら理解してくれるはずだと思った。この伝統は、俺たちにとっちゃ正しいもんなんだよ」
( ^ω^)「……なぜ、そう言いきれるんだお? 伝統が正しいという保証はどこにもないお。
頭のいいお前なら、足を切る伝統を疑ったことはあるはずだお?」
_
( ∀ )「あたぼーよ。昨日の夜まで疑ってたさ。
……いや、無理やり納得しようとしているが、今でも俺はこの伝統を疑ってるのかもしれんな」
(; ^ω^)「ならなんで……」
_
( ∀ )「そうするしかねーからさ!」
発せられたのは、やっぱりかすかな声。しかし僕には、それが叫びと同じくらい大きなものに聞こえた。
続けて、まるで声の強さに呼応するように、ジョルジュのジャンビーヤに力が込められる。
不意の出来事に、僕は思わず後ろへとよろめいてしまう。
直ちに足に力を込め、つばぜり合いをなんとか膠着状態にまで戻す。
_
( ∀ )「俺だってな、ツンデレの足なんか切りたかねーよ!
好き勝手歩きまわってたあいつが……帰ってきて土産話するあいつの笑顔が好きだったからよ!
だけどそうするしかねぇんだ! そうするしかねーんだよ!」
(; ^ω^)「おっ!?」
_
( ∀ )「考えてもみろ! こんな南の果てにあるサナアがどうしてここまで発展できたのかをよ!
それはジャンビーヤの存在があったからなんだ! 好きな女の足を切る伝統があったからなんだ!
その罪悪感がサナアの男をがむしゃらに働かせて、だからサナアは発展したんだ!
それ以外に考えられねーんだよ! やっぱりこの伝統は正しいんだよ!」
_
( ;∀;)「他に答えがあるんなら教えてくれよ! なあ、ブーン!」
(; ^ω^)「!!」
潜められていても強く鼓膜を揺さぶる、震えた彼の声。同時に顔を上げた彼の眼からは、涙が流れていた。
小さなその体のどこにあるのかと疑うほどに、ジョルジュの腕に力がこもる。
彼の問いかけに答えられない僕は、せり合うジャンビーヤの押しに耐えきれなかった。
わずかずつではあるが確実に、じりじりと、僕の体は後方、祭壇の方へと追いやられていく。
_
( ;∀;)「ツンデレを連れてサナアから逃げ出そうとも考えた! 実際そうした奴は何人か見てきたからよ!
だけど、俺はサナアが好きなんだ! ツンデレと同じくらいにこの町が好きなんだよ!
サナアを捨てることは、俺に取っちゃツンデレの足を切るのと同じくらい辛ぇことなんだよ!」
(; ^ω^)「ジョルジュ……」
_
( ;∀;)「それに俺は長老の後継者だ! そのために俺は、恵まれた環境の中でここまで育てられてきたんだ!
その期待を裏切れるか!? 好きな女一人のために、伝統をふいにすることなんて出来るか!?
ツンデレには悪いけどよ、そんなこと出来るわきゃねーだろ!?
町を治める人間は、町を守るためならそれが悪行だってやんなきゃなんねー!
誰かを不幸にだってしなきゃなんねーんだよ!
マキャベリズムだ! いつかあんたがそう教えてくれたじゃねーか!」
吐き出された言葉に導かれ、いつかの夜、日が昇るまで講義したことを思い出した。
マキャベリズム。「君主論」を著した政治思想家ニッコロ・マキャベリにより提唱された、
「政治の本質である国家の保全のためには、政治家は時として悪と称される手段も用いねばならない。
そしてその結果について、政治家は全責任を負わなければならない」とする結果重視の政治思想のことだ。
ジョルジュはこの思想について、並々ならぬ興味を見せていた。夜通し質問を浴びせかけるほどに。
当時はその理由に気がつかなかったが、今にしてみればハッキリとわかる。
この思想がジョルジュの中に存在していた葛藤を解決する拠所となることを、彼はその時から薄々感づいていたのだ。
_
( ∀ )「ツンデレが足を失わずに済むことと、それが町にもたらす動揺を比べりゃ、
長老が選ぶべきことなんて決まりきってんだろ? そんなら俺は、ツンデレに恨まれようと足を切るしかねーんだ。
それに、俺が消えたら、いったい誰がサナアを導く? 誰もいねーだろ?
だから、俺にはこうするしかねーんだ。さっきあんたが言ったとおり、俺には選べる道なんてなかったんだよ」
震えたかすかな声が、僕の胸に響いた。
またうつむいたジョルジュの握るジャンビーヤから、わずかに力が抜けたのを感じた。
「ナイフを離して降参するなら今だ」とでも言いたいのだろう。そうまでして僕に留まれと言ってくれるのか。
ああ、ジョルジュ。息子にも思える愛おしい僕の教え子よ。
君はなんと力強い青年だろう。
他人には恵まれているようにしか思えない厳しい境遇の中で、
苦しみを分かつ相手もいなかっただろうに屈することなくまっすぐに育ち、
絡まる立場という鎖に縛られ、辿るべき道は僕と同じように一つしかなかったと言うのに、
「選択肢なんていらない」と、それでも君はその上を突き進もうとしている。
君ならばきっと、道を選ぶというプロセスを経ずとも先へと進めることだろう。
君が切り取ることで片足を失ったツンデレが、寝床の上で地平の彼方を眺めている姿を前にしても、
張り裂けそうな胸の痛みに耐え、押し寄せる後悔を撥ね退けることが、きっと君なら出来るだろう。
僕なんかとは比べようもなく、君は強い。
教え子と、息子と、そう呼ぶことがおこがましいほどに、君は強い。
けれど、そんな君だからこそ、ツンデレと同じように救いたい。
ドクオが、ギコが、ビロードが、ショボンさんが、僕にそうしてくれたように、
この世の地獄とも呼んでもいい君の一本道の上に、別の道を切り開いてあげたい。
そのカギを握るのはツンデレ。
どちらでもいい、彼女が道を選びさえすれば、彼女もジョルジュも救われるのだ。
彼女が歩くことを選べば、僕が連れ出す。
ジョルジュは足を切らずに済む。彼女の夢を奪わずに済む。
彼女がサナアに残ることを選べば、ジョルジュの罪悪感は軽減される。
少なくとも、今ある道を辿るよりかは幾分も楽になる。
だから僕は、彼女が選び取るための時間を稼ぐ。
だから僕は、ナイフを握る両手の力を、緩めない。
( ^ω^)「……何度も言うお。そいつは無理な注文だお」
笑顔のまま、ジョルジュに返した。
顔を上げて僕の顔を眺めたジョルジュは、一瞬、とても悲しそうに顔をゆがめ――
_
(# ゚∀゚)「……馬鹿野郎が!」
――ささやきではなく、吠えるように叫び、つばぜり合うジャンビーヤを持つ手首を返し、体を右にひねった。
それにより僕のナイフを、その黒い切っ先を受け止めていたジャンビーヤという壁がなくなり、僕の体は前のめりになってしまう。
同時に身をひねっていたジョルジュの左ひざが、倒れこむように前へよろめいた僕の鳩尾へと繰り出された。
(;゚ω゚)「……っ!」
悲鳴さえ漏らすことの許されない衝撃。続けて繰り出された後ろ蹴りにより、僕の体は後方へと吹き飛ばされる。
固い何かが背にあたる。腰掛か祭壇にぶつかったのだろう。全身を駆け抜けた痛みに息をすることさえままならなかった。
それでも起き上がろうとはしたのだが、体が言うことを聞かない。かろうじて、懐の銃の重みだけは感じ取れた。
握っていたはずのショボンさんのナイフは、床に転がっていた。手をのばそうとしても、それはもう届かなかった。
追撃を受け止める刃はない。仰向けに倒れたまま、もうこれまでかと覚悟した。吐息のような呟きが聞こえた。
(; ゚ ゚)「あ……」
見上げた視線の先にツンデレの顔が見えた。どうやら僕は彼女の傍へと蹴り飛ばされていたらしい。
倒れこんだ僕を見下ろしているその顔を覆う布の隙間、近距離から見る動揺した彼女の瞳は、
「一緒に冷凍睡眠に入ろう」と誘ったあの時わずかに見せた、ツンの動揺したそれとそっくりだった。
(; ^ω^)「ごめんお……もう……時間を稼げそうにないお」
絞るように、かすれ声をかけた。見下ろすツンデレはそれを聞いてびくりと肩と目を震わす。
(; ^ω^)「こんな短時間で無茶だってのはわかってるお。
だけど……決めてくれお。そうしなきゃ……君も……ジョルジュも……僕も……」
(; ゚ ゚)「ブ、ブーン……」
_
(# ゚∀゚)「おらぁ! 立ちやがれ!」
うろたえながらも、僕におずおずと手を差し出そうとしてくれたツンデレ。
しかし同時に響いたジョルジュの怒鳴り声に、その手は止められた。
またびくりと肩を震わせたツンデレは、そろそろとジョルジュへと顔を向ける。
同じように僕も。
_
(# ゚∀゚)「ツンデレの目の前でてめぇを串刺しにするわけにはいかねぇんだよ!
てめぇも男なら、さっさと立ってこっちに来いや!」
ジョルジュが眼をむき、立てた中指をくいっと何度も折り曲げながら叫んだ。
僕への説得はもうあきらめたのだろう。賢明な判断だ。
動かすだけで全身に針を刺したような痛みが走る中で、
ゆっくりと立ち上がりながら、僕はツンデレへと言う。
( ^ω^)「選ぶのはどっちでもいいんだお。君が選びさえすれば、どっちにしてもジョルジュは楽になれるお。
ジョルジュは、君が不本意のまま伝統のせいで足を切られるから苦しんでるんだお。
君が『歩く』という選択肢の中から、それでも足を切られることを選べば、
それは君の意思だから、ジョルジュの苦しみは和らぐお。君が何もかもを捨てて『歩く』ことを選べば、
ジョルジュは君の足を切らなくて済むお。ジョルジュが苦しんでる原因は無くなるお」
(; ゚ ゚)「でも……あんたはどうなるの?」
( ^ω^)「安心するお。君がどっちを選ぼうが、
僕は生きてここから脱出できるお。そのための手段はとってあるお」
ようやく立ちあがることができた。
一度立ち上がってしまえば痛みは和らぎ、まだまだ体は動けそうである。
思ったより近くに転がっていたナイフを拾い上げながら、続けた。
( ^ω^)「ジョルジュに聞いていないかお?
二年前、エルサレム近くの砂漠で野党が大量に殺された事件があったはずだお。
その犯人は、この僕だお。野党からだって逃げきれたんだから、ここからだって逃げきれるお」
(; ゚ ゚)「!?」
布の隙間からのぞく眼を見開いたツンデレ。ああ、ツンとそっくりだなと思った。
( ^ω^)「だから、大丈夫。余計なことは考えないで、君は道を選ぶだけでいいんだお。
ただ、やっぱり言わせてくれお。ここに残った方が、君は幸せになれると思うお」
彼女の眼をまっすぐに見つめて、それだけを残した。
切れ長の、けれども大きなその瞳の中に僕の顔が見えた。彼女が問うた。
( ゚ ゚)「ねぇ?」
( ^ω^)「何だお?」
僕の目にはもう、ツンデレの瞳に映る僕の顔しか見えていなかった。
だから、次に放った彼女の問いかけは、僕が僕自身に問いかけているように思えてならなかった。
( ゚ ゚)「この世界は……奇麗なの?」
この世界。千年後の世界。望まなかった未来の姿を、さあ、僕は奇麗だと思うか?
目覚めて二度目に上がった地上で目にした、赤茶けた大地。
点在していた緑色の木々。赤い大地を流れる河。風に揺れていたトウモロコシ畑。眩しい太陽。濃い空の青。
その中で笑っていた、クーの顔。そして今、天井のほころびから降り注いでいる、幾重にも連なる光の帯。
それだけじゃない。どこまでも広がる、地上の空のようなベーリング海峡。地平に続いていく線路と、永久凍土。
地上に落ちた三日月のようなバイカル湖の眺め。どこまでも緑の続くザカフカース地方の山並み。
音さえも存在しない砂漠の夜。悠然とそこにあったメッカ大聖堂。降り積もる雪の町のようなサナアの遠景。
辛いことばかりだった。泣いたことばかりだった。それでも死に切れず、ブーンという意識にその後を託した。
だけども、ブーンの後ろから僕が垣間見てきた後者の光景はもちろんのこと、
僕という意識が直に目にした前者に上げた数少ない光景だけでも、悔しいけれども、認めたくないけれども、
この世界は――
( ^ω^)「……綺麗だお」
ツンデレが目を伏せた。決断にはまだまだ時間がかかりそうだ。
ナイフを握り、ジョルジュを見る。鬼のような形相をしていた。
もう遊びのようなナイフのぶつかり合いは終わりだろう。
真っ向から向かっていけばたちまち彼に打ち負かされるだろう。
さて、どうして時間を稼ごうか。無様な姿をさらして、必死に逃げ回ることにしようか。
まさに、千年後の世界から逃げ出した僕にふさわしい方法だ。うん。それがいい。
_
(# ゚∀゚)「お遊びはおしめぇだ! 一瞬でけりをつけてやる!」
( ^ω^)「おっおっお。そりゃあ、困るお」
すっと腰を落とし、ジョルジュがジャンビーヤを構えた。
さあ、逃げ回れるだけ逃げ回ってみせるぞ。ナイフを構えつつ、そう思った瞬間だった。
「あたし、歩きたい!」
屋内に、甲高い叫びが響き渡った。
逃げ回ろうとしていた僕の足が止まった。
こちらに切りかかろうとしていたジョルジュの動きが止まった。
その後方で誓いの儀を見守っていたサナアの男たちが、響いた声に呆然と立ち尽くしていた。
視線を隣に移せば、ツンデレが顔を覆った布を剥ぎ、ジョルジュを、サナアの男たちを、見つめていた。
ξ;゚?゚)ξ「わがままだってわかってる! ひどい女だってわかってる! だけどあたしは歩きたいの!
ジョルジュが好き! パパとママが好き! サナアが好き! それでもあたしは歩きたいの! 歩くしかないの!」
両手を握り締めツンデレが叫んだ。その瞳はうるんでいたけど、頬には何も伝ってはいなかった。
涙をかみ殺すようにほんの少し口をつぐんだ彼女は、震えた声で、途切れ途切れに言う。
ξ ? )ξ「だって……足がなくなってもみんなが好きだって……あたし絶対言えないもん……
みんなが嫌いになっちゃうよ……生まれてくるジョルジュの子どもだって……きっと嫌いになっちゃう……
家の窓から外を見て……その子が楽しそうに走り回ってるのを見たら……
あたしは間違いなく嫉妬しちゃう……絶対に気が狂っちゃう……
その子を純粋に愛せない……好きな人の子どもを産んで……その子が歩けるからって嫉妬する自分を……
ジョルジュの子どもを愛せない自分を……自分の子どもを愛せない自分を……あたしは絶対に好きになれないよ……」
そして、ツンデレは笑った。
無理やり釣り上げたのだろう、口の端も、頬も、ヒクヒクとふるえていた。
涙がこぼれることを恐れたのだろう、三日月形を描くべき眼は、中途半端な形で歪んでいた。
ξ;゚ー゚)ξ「だから……あたしは結婚できないよ……
だから……あなたはあたしと結婚したらダメだよ……
だから……歩きたいって夢を捨てきれないあたしは……
サナアを出て……全部を捨てて……あなたを捨てて……歩くしかないんだよ……」
それから彼女は口を真一文字に結び、けれど決して泣くまいと、何かに必死に耐えていた。
うるんだ瞳でジョルジュを見つめたまま、それ以上、彼女は何も言えないようだった。
その代わりに声を発しようとした僕に先んじて、新郎の呟きが屋内に響く。
_
( ゚∀゚)「……そうか」
ジョルジュは脱力したように肩を落とし、ツンデレの瞳を見つめ返したまま立ち尽くしていた。
しかしその顔は、笑っていた。
無言で見つめあう新郎と新婦を前に、僕は何も言えなかった。
ジョルジュの後方で見守るオワタや長老らも、かける言葉がないのだろう、呆けたように立ち尽くしていた。
だが、このままでは何も始まらない。花嫁は道を決めたのだ。
彼女をその先へ導くのが、僕の本当の仕事だ。
( ^ω^)「ツンデレ、よく決めてくれたお」
身を切るような彼女の決断に、短いながら最大限の賛辞をかける。
続けてショボンさんのナイフを腰に仕舞い、シンと静まり返る建物の中、道を阻むジョルジュへと語りかける。
( ^ω^)「サナアの花嫁は道を決めたお。お前も男なら、ジョルジュ、その道を開け渡すんだお」
ツンデレを見つめていたジョルジュは、笑顔を崩さないまま、ゆっくりと僕へ顔を動かす。
そして再び腰を落とし、誓いが込められることのなかったジャンビーヤを構える。
_
( ゚∀゚)「そういうわけにはいかねえよ。俺だってサナアの花婿だ。
たとえ花嫁に拒まれようが、引くわけにはいかねぇのさ」
( ^ω^)「そうかお」
即答で返した。ジョルジュならそう言うと思っていたからだ。
ここですぐさま道を開ける男なら、僕はこんな苦労はしなかったし、彼を救いたいとも思わなかった。
それでいい。
さあ来い。ジョルジュ。
僕の息子よ。教え子よ。
お前の道も、開いてやろう。
_
(# ゚∀゚)「つあああああああああああああああああああああああああっ!」
いくつもの陽光がゆらめく通路の上、ジョルジュがこちらへと駆けだした。
差し込む光を受け、彼のジャンビーヤが涙色に輝くのが見えた。
僕は、懐に手を入れた。
銃。最後の一発。
始まりに、孤独な女のこめかみを穿った死神よ。
ならば終わりに、古に続く伝統に囚われた、哀れな男の魂を連れて行ってみせろ。
ジョルジュと僕の距離が詰まった。
銃を引き抜く。
瞬時にセーフティを外し、引き金に指をかけた。
今、楽にしてやる。
引き金を絞った。
同時にジョルジュの顔を見た。
ヒッキーの死に顔が、重なって見えた。
― 14 ―
ジョルジュがうつぶせに倒れこんだ理由など、そこにいた誰もが理解できなかったことだろう。
彼らが理解出来たのは、パンと乾いた音が屋内に響いたことと、稀代のジャンビーヤ使いが地に伏したこと、きっとそれだけだ。
ジョルジュは僕の目の前で倒れた。駆けた状態から大きくバランスを崩し、頭から床へうつぶせに、ドン、と。
彼の右腕には何も握られていない。ジャンビーヤは倒れた衝撃で、寂しく床の上に転がっていた。
開けた道の先、入口の扉の前には、何が起こったのか理解しかねている長老やオワタら。
僕の隣には、彼らと同様に伏したジョルジュを見下ろし、立ち尽くすだけのツンデレ。
彼らを一瞥したのち、倒れたジョルジュを見下ろした僕は、右手に握りしめた銃の口を、うつぶせの頭に向けた。
( ^ω^)「チェックメイト。これでお前は、一回死んだお」
僕の声に反応して、銃口の先にあるうつぶせの頭が上がった。
倒れこんだ際、額を強く打ちつけたのだろう。
そこからは少なくない量の血が流れていたが、顔自体はさほど汚れていなかった。
しかし、ジョルジュが動かすことが出来たのは頭だけであった。
あたりまえだ。そうなるよう、僕は銃弾を放ったのだから。
_
(; ゚∀゚)「……おめー、いったい何をした? いったい……何を隠してた?」
体を地に張り付けたまま、訪ねてくるジョルジュ。
その直後、彼は顔をゆがめる。体の一部を貫いた傷から、耐え難い痛みが走ってきたに違いない。
しかし彼の双眸だけは、僕と、握る銃を見据えたままだった。
倒れる前と変わらない、力強い瞳だった。
_
(; ゚∀゚)「手に持ってるそりゃ……なんなんだ?」
銃弾が足を貫いたと言うのに、それでもこんな眼を作れるのか。
大した男だと、うつぶせのまま顔だけを上げるジョルジュに敬意を払いながら、僕は答えた。
( ^ω^)「ちんこだお」
_
( ゚∀゚)「……ひゃひゃ……そうかい」
僕の手に握られているのは、黒光りする銃。いつかジョルジュが握ったそれ。
しばらくの間を置いて眼をぱちくりと瞬かせたジョルジュは、僕の言葉の意味を理解したのだろう、
唐突にかすかな笑い声をあげると、いつかと同じ言葉を返した。
_
( ゚∀゚)「たいそうなものをお持ちで」
( ^ω^)「恐縮です」
笑顔で僕も返した。
そう。僕の手に握られているのは、紛れもないマグナム。弾はもう打ち止めだけれど。
それからひとしきり笑い合ったあと、ジョルジュが苦痛に顔をゆがめた。
これほどゆがむ彼の表情を見るのは初めてかもしれない。それほどに、貫かれた太ももが痛むのだろう。
ジョルジュに打ち止めのちんこを向けたまま、頬笑みながら、僕は言った。
( ^ω^)「さて、一回死んだお前。その身をどうしようが、僕の自由だおね?」
_
( ゚∀゚)「……どうしよう……ってんだよ?」
途切れ途切れの低い声。警戒したのか、また、ジョルジュの眼に戦意が宿った。
その意に反するように、僕は懐へと銃を仕舞う。
「意味がわからない」と言いたげに眼を見開いた彼を見下ろし、言う。
( ^ω^)「生きるんだお」
_
(; ゚∀゚)「……」
僕の言葉が意外だったのか、見開かれたままのジョルジュの眼。
それを受けた僕は、戦いのため埃にまみれていた超繊維のマントを叩いてみせる。
( ^ω^)「花嫁を奪われても、ジャンビーヤを床の上に転がしてしまっても、
血と恥にまみれてしまっても、それでも生きてみせるんだお。
こうやって血と恥を払い落して、僕が伝えた知識を使って、生きてサナアを導いてみせろお」
差し込む陽光の中で、超繊維から払い落された埃がふわふわと舞った。
流れていくそれらを眼で追えば、転がっていたジャンビーヤが目に付いた。
拾い上げ、ジョルジュの前へ差し出す。
( ^ω^)「お前が僕の息子なら、きっと出来るはずだお」
_
( ゚∀゚)「……」
僕の顔と差し出したジャンビーヤを交互に眺めたジョルジュ。
彼がそれを受け取るのに、さして時間はかからなかった。
_
( ゚∀゚)「……しゃーねーわな。そうやって、俺もおめーを連れて来たんだし」
( ^ω^)「おっおっお」
それきりジョルジュの瞳からは戦意が抜け、
表情も苦痛のゆがみがあるものの、平時のおちゃらけたものへと変わる。
間もなく、右手に包帯を巻いたオワタともう一人の若者がこちらへ駆け出してきたが、
ジョルジュの一言で彼らの足も止まった。
_
( ゚∀゚)「やめとけ。馬鹿な真似はすんなや」
\(^o^)/「し、しかSI……」
_
( ゚∀゚)「俺が負けた相手に、おめーらが敵うわきゃねーだろ?
それに……俺は花嫁を奪われたんだ。これ以上、俺に恥をかかせんでくれや」
通路の真ん中で立ち止まって、考えこむようにジョルジュを見据えたオワタ。
そのあと彼は憎々しげな眼差しで僕を見据えたが、すぐに視線を外し、言った。
\(^o^)/「手が要りまSU! みなさん、僕の指示に従ってくださI!」
僕の目の前、倒れたジョルジュのもとへ走り寄ったオワタは、
もう一人の若者と、響いたオワタの声を受け遅れて駆け寄ってきた老人一人に指示を出し、
使えない右手の代わりに彼らを手足として使い、ジョルジュの治療を始める。
体を持ち上げられて仰向けにされ、上半身だけを起こされたジョルジュ。
彼の右太もも部分の腰穿きが、痛々しく真っ赤に染まっていた。
それを前にして小さく悲鳴を漏らしたツンデレに向けて、僕は言う。
( ^ω^)「大丈夫だお。オワタの技術があれば、
時間はかかるだろうけど、ジョルジュはまた立てるようになるお」
ξ;゚?゚)ξ「……」
( ^ω^)「じゃあ、僕は先に行ってるお」
そう言い残し、マントを翻した僕。
血に伏した稀代のジャンビーヤ使いと、彼を治療する名医の脇を通り過ぎ、
依然として差し込み続ける光の帯の中を歩き、
入口の傍に佇む長老と護衛の老人を横目に眺め、鍵を外し、扉を開けた。
そして扉を開けたまま、振り返る。
ξ゚?゚)ξ「……」
光の帯の先で、祭壇の傍に佇んだままのツンデレが、治療されるジョルジュをじっと見つめていた。
一方でジョルジュは、太ももに走る痛みのせいからか、はたまた別の理由からか、
力なく顔をしかめた続けたままで、僕にはその表情をうかがうことが出来なかった。
その後、ジョルジュと同じように顔をしかめたツンデレは、ためらうように間を置いたが、一歩を踏み出した。
それから何かを振り切るような早足で、ジョルジュの脇を通り抜けた。
顔をしかめたまま、コツリコツリと足音を響かせ、ツンデレがこちらへと向かってくる。
次第に大きくなっていく彼女の姿に隠れたせいで、僕にはもう、ジョルジュを視界におさめることは適わなかった。
――適わなかったけれど、声だけは聞こえた。
_
( ゚∀゚)「待て」
うつむいたままこちらへ近づいてきていたツンデレの肩がびくりと震え、その足が止まる。
彼女の体は、傍目から見ても強張っていた。
どんな罵声が浴びせかけられるのだろうかと、彼女はそう恐れたのかもしれない。
しかしジョルジュの声は、それからしばらく響かなかった。
彼は一体、何を言わんとしているのだろう? 彼の姿を捉えることのできない位置にいた僕には、想像もつかなかった。
それはツンデレも同じだったようで、彼女はジョルジュの言葉を待つためにしばらく固まったままだったが、
先に何が起こるか予想も出来ない沈黙に耐えかねたのだろう、唐突に祭壇へと、ジョルジュへと振り返った。
同時に、ジョルジュの声が聞こえた。
_
( ゚∀゚)「持ってけ」
ξ;゚?゚)ξ「え?」
短いツンデレの呟きのあと、建物の中空、光の帯の中を割いて、何かがツンデレへ向かって投げられた。
鞘に納められていたそれが何なのかを理解した僕に、それ以後の二人の動向を眺める必要はなかった。
僕は開けた扉に背を預け、いつの間にか傾いていた日の光に目を細め、聞こえてくる声に耳を傾けるだけ。
「お前を守ると誓ったジョルジュは……もう死んじまった。
お前を守れねーままに……な。だけど……持ってけ」
「でも……」
「ひゃひゃひゃ……そんな顔するなよ……別に遺品でもなんでもねーからさ」
「じゃあ……なんなの?」
「……さあ? わかんね」
「……あはは……何よ、それ……」
「ばーか……笑うんじゃねーよ」
「だって……こんなときでも……あんたはいつも通りで……」
「そうさ……いつだってそうさ……死んだって……いつも通りさ」
「……」
「だから……あいつが誓いを込めたそれも……変わらねーんだ。
あいつの誓いは……あいつが死んでも変わらなねー……誓いは……いつまでもその中に生き続ける」
「……ばーか……あんた……ホントに馬鹿だよ……」
「そう……それだよ……あいつは……歩いてそんな風に笑う……お前が好きだった……」
「……本当……に?」
「そうさ……それだって……いつまでも変わらない……」
「……あたしだって……変わらないよ……あたし……いつまでも……あんたのこと……」
「ひゃひゃひゃ……ありがとよ……」
「だから……お前が歩き続けるなら……
そのジャンビーヤが……あいつの代わりに……お前を守ってくれるさ……」
東の空が藍色に、西の空がうっすらと茜色に染まり始めていた。
もう、声は響いてこなかった。
( ω )「……そうだおね。僕がいなくても、ジョルジュが君を守ってくれるんだお」
呟く。響いていた涙交じりの二つの声も、見上げていた空の二色も、僕は綺麗だとは思わなかった。
先ほどまでそう感じていた千年後の世界も、綺麗だとは到底思えなくなっていた。
間もなく、ツンデレがうつむいたまま、二度と後ろを振り返ることなく、僕の前を通り過ぎた。
その両足は、しっかりと地を踏みしめていた。僕も振り返ることなく、彼女の背中を追った。
最後に、誰かの声が聞こえた。
「ああ……痛ぇなぁ……足を切られんのは……これより痛ぇのかねぇ……」
扉が、音を立て閉まった。
― 15 ―
夕刻へと近づきはじめた空の下、火の道の上を二人で歩いた。
僕の前を歩いていたツンデレは、何も語らず、黙々と足を進めるだけだった。
そして、火の道は終わり、その傍に繋いであった二頭のラクダを前にして、ツンデレは膝から地面に崩れ落ちた。
ξ;?;)ξ「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」
両膝を地面につき、胸にジャンビーヤを抱きしめながら前かがみになり、同じ言葉を繰り返して泣き叫ぶツンデレ。
彼女の心中を察し、僕もしばらくは黙って見守っていたのだが、
本格的に夕刻が近付きはじめたのを前にして、腰からナイフを引き抜き、一頭のラクダの首を掻っ切る。
万が一、建物内の誰かが僕たちを追ってこようとした場合に備え、彼らがラクダを使えないようにするため。
そんなことをしなくとも、二頭のラクダに僕とツンデレの各々が乗ればよかったのだが、
今の彼女が一人でラクダを動かせるとは、到底思えなかった。
( ω )「……」
地面に倒れこみ息絶えたラクダを無表情に一瞥し、
あたりに立ち込めた血の匂いにも気付かず体を折って泣き続けるツンデレを抱え上げ、残ったもう一頭のコブの間に乗せた。
続けて僕も騎乗し、彼女を後ろから抱きかかえる形で手綱を取り、ラクダを走らせた。
ラクダの足は、意外に速い。千年前の一地域では、馬の代わりにラクダのレースが行われていたほどにだ。
走れば、少なくとも時速三十キロ程度は出る。このままの速度で走り続ければ、日没とともに目的地へ辿りつくことが出来るだろう。
その道中、揺れるラクダの背の上で、彼女を抱きとめる形で手綱を握る僕の胸の内で、ツンデレはひたすらに泣き続けた。
嗚咽ではなく「ごめんなさい」と大声をあげ、全身の水分が枯渇してしまうのではないかと疑うほどに涙をこぼし続けた。
そうやって僕の胸で震え続ける彼女の背中の先に、僕は彼女のものではなく、僕自身の、あり得たかも知れない未来の結末を見た。
きっとあの時、ツンを冷凍睡眠に入らせることに成功したとしても、
目覚めた二千年後の世界で僕は、今と同じ惨めな感情を味わっていたのだろう。
目覚めたツンは、僕ではなく別に恋人がいたツンは、二千年後の世界の上で、
今のツンデレと同じように泣き叫びながら、届かない謝罪の言葉を漏らし続けたに違いない。
ツンデレと同じように「あたしだって変わらないよ」と、
クーに求められた際の僕と同じように「ツンを裏切ることは出来ない」と、
ツンは遥か二千年前の恋人へ、想いを抱き続けたに違いない。
そうだ。僕の未来は、結局こんな惨めなものしか予定されていなかったのだ。
与えられた道を与え返し、自分のものにすることは出来た。息子同然のジョルジュを、苦しみから解放することが出来た。
歩きたいと願ったツンデレに、足を与えることが出来た。ツンによく似たツンデレを、僕のような未来から救うことが出来た。
千年後の過酷な世界を歩き続けた、ブーンという意識が望んだであろうことは、すべて成し遂げることが出来た。
でも、それでも、当たり前だけれど、初めから分かり切っていたことだけれど、僕の本当の望みが叶うことはなかった。
やっぱりツンデレはツンじゃなくて、やっぱりツンデレはツンの代わりになることはなかったのだ。
僕は、僕のあり得たかも知れない未来を、ツンデレに重ねて見たかった。
千年前の世界の終わりからツンを救うように足を切り取られるツンデレを救い、
それから笑って「ありがとう」と言ってくれるツンデレに、
二千年後の世界の上で同じように「ありがとう」と言ってくれるツンの幻を重ねたかった。
けれども、救いだしたツンデレは、僕の胸の内で泣き叫ぶだけ。
彼女をツンだと無理やりに思いこもうとすれば、あり得たかも知れない僕とツンとの別の未来は、こういう結末になる。
今の惨めな気持ちを前に、彼女がツンではないことを認めてしまえば、ツンデレにツンを重ねることは出来ず、
あり得たかもしれない僕の未来は、永遠に見ることは出来ないまま、それは千年後の世界のどこにも存在しないことになる。
そして、やっぱりツンデレはツンでは無いのだ。
ならばもう、僕がこの世界にいる意味はない。あり得たかも知れない別の未来など初めからこの世界に有るわけもなく、
それでも僕が別の未来を想像しようとするなら、それは別の意識にこの身を任せた、その奥底で眠り続ける夢の中にしか存在しない。
一時だけ綺麗だと思った世界は、やっぱり綺麗ではなかった。
一時だけ認めてしまった世界は、やっぱり認められないものだった。
だからまた、僕は眠ろう。この身果てるまで、奥底で眠り続けよう。
その中で別の未来の夢を見ながら、終わりの日を、ただ待ち続けよう。
ブーン。あとは君に託した。君の望みはすべて成し遂げたんだ。だから、許してくれ。
僕は再び二つに分かれ、そのうち一部の感情を引き受け、
君の歩く手助けをし、名もない意識としていつまでも眠り続けよう。
いや、あと一度だけ、僕は君の前に現れる。
君が歩く意味を見出したと思われるその時、僕は君の正体を、僕の正体を、
僕と君が一つに戻ることがないと断言したあの時の言葉の意味を、
それでも今、どうしてこの一時の間だけ僕たちは重なり合い内藤ホライゾンに戻ったのかを、
そしてなぜ内藤ホライゾンが二つの意識に分かれたのかを、そのすべてを、約束通り君に語ろう。
( ω )「だから、その時まで……おやすみなさいだお」
・・・・・・・
・・・・・
・・・
・・
・
・
・
・
・
・
( ^ω^)「……お」
こうして僕の意識は内藤ホライゾンから分かれ、再びブーンへと戻った。
脳に残る記憶通りに僕はすべてを成し遂げていて、
今はラクダに乗っていて、胸の内ではツンデレが泣いていた。
けれど、なぜ僕は内藤ホライゾンに戻ることが出来たのか、
それに関する記憶はすべて、一部の感情とともに欠落していた。
いや、きっとそれは欠落することなく、脳の中に記憶として残っているのだろう。
ただ、僕の、ブーンという意識では、そこにたどり着く経路がわからないのだと、
だから記憶を引き出せないのだと、日の沈みをラクダの上で眺める中、漠然とそう理解した。
やがて、日が沈んで間もなく、僕は目的地の間近へと到着した。
サナア。二度と戻るとは思わなかった町。
どうして僕がここへと舞い戻ってきたのか? 何のことはない、旅の荷物を取りに行くためだ。
ショボンさんから与えられた道を自分のものに出来た僕は、これからも歩き続けねばならない。
いつかツンデレと別れても、歩く意味を見つけるまでは、僕は歩き続けるための最善を尽くさねばならないのだ。
だから、やっぱり旅の荷物たちはどうしても必要で、多少の危険が伴おうとも、彼らを回収しないわけには行かなかった。
( ^ω^)「これから僕は一旦屋敷に戻って、旅の荷物を取ってくるお。
ツンデレ、ラクダを渡すから、君はアシールの入口の丘の上で待っていてくれお。出来るかお」
ξ゚?゚)ξ「……うん」
ラクダから降り、コブの間に跨り続けるツンデレを見上げ、声をかけた。
暗がりでもわかるほどに眼を真っ赤にはらした彼女は、しかし短い言葉で、こくりと頷き返した。
それから町の裏道を、身を潜めながらひたすらに進み、サナア長老宅へとたどり着いた僕。
門の前にいたのは、顔見知りの門番が一人。
彼の前へ姿を現し、、疲れ切った表情で「今日は休ませてほしい」と言えば、
誓いの儀を見てきたことを知っていたのであろう彼は、
「無理もない」と言いたげな表情を作り、僕に背を向け、門を開けた。
その後頭部をナイフの柄で突けば、門番は小さな呻きをひとつ残して、地面に倒れ落ちた。
彼の衣服の一部を破き、申し訳ないと思いながら両手両足をそれで縛り、近くの草むらに彼を隠した。
周囲を警戒しながら門をくぐり、まるで泥棒のように自分の屋敷に忍び込む。
それから、一度は別れを告げた旅の仲間たちと再会し、
「また世話になるお」とそりの上に彼らを乗せ、再び夜の中に出ようとした。
そんなとき、書斎の机の上に、書きかけの書物を見つける。
埋めることの出来なかった最後の項目は「自由」について。
筆をとり、差し込む月明かりの下で、一文だけを残した。
「今日、君に教えたこと」
そして僕は、屋敷を出た。
久方ぶりに引く荷物を載せたそりはとても重く、
さらには町の住人に見つからないよう警戒しながら裏道を進む必要があったため、
ツンデレと約束していたアシール入口の丘につく頃には、すっかり夜は更けてしまっていた。
天頂と達した満ちる一歩手前の月の下、もう寝ているだろうと思っていたツンデレは、
眠るラクダの傍で膝を抱え、町を見下ろしながら、静かに座っていた。
ξ゚?゚)ξ「……いつまで待たせんのよ」
( ^ω^)「すまんかったお」
ξ゚?゚)ξ「ホント、遅いわよ。ばーか」
僕に背を見せたまま、振り返らずに言ったツンデレ。もう泣いてはいないようだ。
その傍らに立ち、僕もサナアを見下ろした。
初めてみた時と同じように雪化粧した冬の町のようなそこは、月明かりに照らされ、銀色に光り輝いていた。
その輝きは、まるで風に吹かれた粉雪が日の光を反射する際に放つきらめきのようで、
それらが白の縁取りとして縁取られていた町並み、その美しさは、息を呑むほどとしか形容できない。
薄暗い夜の中に浮かぶ神秘的な町並みは、見る者に呼吸を忘れさせるほどの迫力を持ち、言葉どおりに僕は息を呑んだ。
どれくらい見惚れていたのだろう?
時間の感覚を忘れた頃、不意に、ツンデレが声を発した。
ξ ? )ξ「綺麗。本当に……綺麗」
( ^ω^)「……そうだおね」
突然の言葉に、ありきたりの答えしか返せなかった僕。
いっさいの音がしない夜の中、ツンデレが、謡うように声を連ねる。
ξ ? )ξ「こんなにもこの町が奇麗だなんて思わなかった。あたしは気付かなかっただけで、
あたしが歩いて見つけたかった、世界で一番綺麗なものは、実はこの町だったのかもしれない」
そして、膝を抱えたままの彼女は僕を見上げ、一滴の涙を流し、こう問うた。
かつて、歩きたがった女がいた。
古に続く伝統に囚われた彼女は、それでも足を欲しがり、
すべてを捨て、厳しい世界に一歩を踏み出した。
一方で僕はすべてを得、残る一つの意味を探しに、彼女とともにまた歩くことを選んだ。
そしてそれは絶対に見つけられるのだと、根拠もなしに、そう思えた。
けれど、その始まりの夜。
銀色のナイフを携えた彼女は、満ちかけた月明かりの下、銀色の涙を流し、僕に尋ねた。
ξ;?;)ξ「ねぇ、ブーン? この町より綺麗なものを、あたし、見つけることが出来るかなぁ?」
( ^ω^)「……」
僕は、無理だと思った。少なくとも今のツンデレに、
眼下に広がる銀色のサナア、それ以上に美しいものを見つけることは叶わないだろうと感じた。
愛した男がそこにいて、愛した家族がそこにいて、たくさんの思い出がそこにあり、
満ちかけの月の下で銀色に光り輝く故郷の町、それを綺麗だと、美しいのだと感じてしまったのなら、
それ以上のものを見つけるには、僕が辿ってきた道のり、
それよりはるかに困難な道の上を彼女は歩かねばならないだろうから。
だけど、一つだけ確かなことがある。可能性は消えていない、ということだ。
だから僕は、彼女が「世界で一番奇麗かもしれない」と謳った町を見下ろし、言った。
( ^ω^)「大丈夫だお。きっと……大丈夫だお」
膝を抱え、さらにその上に頭を抱え、小さく嗚咽を漏らし始めたツンデレ。
空を見上げ、誰も殺すことのなかった満ちかけの月に向かい、最後に僕は、言葉を放つ。
( ^ω^)「だって君には、どこまでも歩ける二本の足が残っているんだお」
最終部 古に続く伝統と、それでも足を欲しがった女の話 ― 了 ―
出典:( ^ω^)ブーンは歩くようです
リンク:http://wwwww.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1195322586/

(・∀・): 111 | (・A・): 102
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