ブーンは歩くようです #5(最終話)
2009/06/20 22:02 登録: 萌(。・_・。)絵
http://moemoe.mydns.jp/view.php/17134のつづき
エピローグ
ξ゚?゚)ξ「ねぇ、ブーン? あなたはいったい、どこまで歩くの?」
ツンデレが僕に問いかけた。顔を上げれば、切れ長の大きな目がまっすぐに僕の顔を見つめていた。
若さに溢れた彼女の瞳が老い始めたこの身には眩し過ぎて、僕は手にしたかじりかけの木の実に視線を落とす。
その赤の先に僕は、この身の奥底で緩やかにくすぶっている若かりし頃から続く情熱の火の一片を見出す。
( ^ω^)「さぁて……僕はどこまで歩くのかおね」
ツンデレではなく、握っていた木の実の赤にそう声を落とし、
僕は立木の幹に背を預け、揺れる木漏れ日の下、そっとまぶたを閉じる。
さあ、僕はいったいどこまで歩く?
その問いかけの本旨はつまり、「僕の歩く意味はどこに終着するのか」ということ。
もっとも、問い主のツンデレはそんなに深くは考えず、興味本位で軽く尋ねたのだろうけど、
僕にとってのその問いは、人生の命題そのものであった。
これまで、流れるように宛てどもなく、果てどもない世界の上を歩き続けた。
出会って別れ、別れて出会いを繰り返すことで、
緩やかに流れ続ける時の中、僕の体は確実に老い、終幕へと向かい始めている。
以前のように望まなくても、死というゴールは向こうから近づいてきてくれている。
もしかしたらそれは、もうすぐ傍まで迫っているのかもしれない。
僕はもう、長くはないだろう。少なくとも、人生の折り返しがとうに過ぎてしまっていることは揺るぎない事実だ。
先延ばしに出来るほど、僕に時間は残されてない。そろそろ、答えを出す時期に達したのかも知れない。
( ^ω^)「だけど……まだ答えは出ないんだお」
そう言って、閉じたまぶたを開いた。そこにツンデレの姿はなかった。
(; ^ω^)「お? ツンデレ、どこに行ったんだお?」
差し込む木漏れ日の下で、僕は立ち上がりあたりを見渡す。
しかしどこにもツンデレの姿はない。
僕がまぶたを閉じていた時間はそう長くはなかったはず。
少なくとも遠くへ行くだけの時間はなかったはず。
だとすれば、彼女はこの木の幹の裏側にでも隠れているのだろうか?
そう思って振り返り、背後にあるはずの木の幹を見た。
目に映ったあり得ない物体に驚いてしまって、僕は久方ぶりのめまいを覚える。
(; ゚ω゚)「違うお……この木は違うお!」
僕が背を預けていたはずの木が、別の木に代わっていた。
慌てて、幹の上で生い茂る葉たちを見上げる。葉たちは僕のすぐ目の前にあった。
登って実を取る必要がないほどその木の丈は低く、それ以前に、そこに赤い実など生っていなかった。
そして、僕はこの木を知っていた。だってこの木は、僕がこの世界で初めて目にした木なのだ。
忘れるはずがない。忘れようがない。
丈の低い、ブロッコリーを巨大化させたような木。
赤い大地の上にあった、赤い大地の上にしかなかった木。
もう一度あたりを見渡す。予想通りの光景に、僕はまためまいを覚える。
赤い大地。点在する丈の低い木々。風に揺れるトウモロコシ畑。
遠くに聞こえる、レッドリバーのせせらぎ。
(; ゚ω゚)「ここは……まさか……」
川 ゚ー゚)「やあ。久しぶりだな」
眼を見開いたまま、呆然と周囲の景色に気押されていた僕の足元から、記憶にあった声が聞こえた。
恐る恐る足もとに視線を落とせば、赤い地面の上には、腐り落ちた彼女の死体。
その瞳が僕を見上げ、その口が僕へ語りかける。
川 ゚ー゚)「いかがだったかい、千年後の世界は?」
(; ゚ω゚)「う……あ……」
クー。孤独に耐えられなかった女。ここにあるはずのないその顔は笑っていた。
血のように赤い大地の上、這うように右手を伸ばした彼女は、僕の足をつかみ、言う。
川 ゚ー゚)「出会い、別れ、孤独に戻り、代替を求めるようにまたさすらい、
また出会い、しかしまた別れ、そうやって君は歩いていく。
今、君の隣にいる彼女。けれども彼女もまた、ツンと同じように君へと想いを寄せることはない。
彼女はツンと同じように君の元を離れ、いつか君とは別の道を歩くだろう。
そして、いつか君は死ぬ。出会って別れ、出会って別れを繰り返した先で、私と同じように、孤独に」
逃げるように右足を持ち上げ、赤い大地の先へ駆けだした。腐り落ちていた彼女の手は簡単に振り払えた。
けれど、最後に聞こえた彼女の声だけは、どうしても振り払うことは出来なかった。
川 ゚ー゚)「さあ、内藤の代弁者たるブーンとやらよ。果てなく巡る孤独の中で、それでも君は、どこまで歩く?」
走った。僕は走った。赤い大地の上を渡り、緑の草原地帯を通り過ぎ、
昼の青空の下を、夕刻の茜色の下を、クーの声を振り払うように、僕は夢中で駆け抜けた。
そして気がつけば、暗く深い、永い森の中を走っていた。
唐突に現れる木々の枝葉が僕の皮膚を薄く裂き、
不安定な山の斜面が僕の体を倒れこませようと黒の中で笑う。
その先に僕は、燃える松明の火を一つ見出し、それを道標とし、ひたすらに夜の森を走り続けた。
そして、道は開ける。見上げれば満月。見下ろせば芥子の畑。
その先には、神の木として奉られた遺物と、石斧を手にした大男のシルエット。
(; ゚ω゚)「……そんな……君は!」
('∀`)「やぁ、ブーンさ! ふひひ! 久しぶりだっぺなぁ!」
ドクオ。神殺しに挑んだ男。満月の下、変わらない不細工な笑顔で僕を出迎えてくれた彼。
懐かしさに胸が締め付けられる。駆け寄り、大きなその手を握り締めようとした。
けれども、即座に表情を変え、手のひらをこちらへ向け、僕を制したドクオ。
石斧の柄をドンと地面に突き、彼は続ける。
('A`)「神はオラが殺す。殺して、ギコやしぃたちの未来を作るんだぁ。
だども、神が消えた世界じゃあ生きられねぇ人間もいる。狂っちまう人間もいる。
ブーンさ。おめさんはどうだべか? 神さ消えたこん世界で、それでもおめは歩き続けられるか?」
ドクオが石斧の柄を地面から引き抜いた。それから笑って、僕の答えを待たず、言う。
('∀`)「ふひひ! 馬鹿なこと聞ぃちまっただなぁ! すまんこったぁ!
おめが歩けないわけがね! オラが知ってるおめぇなら、どこまでも歩き続けられる!」
そして、ドクオは石斧を振りかぶる。
けれども逃げるべき僕の足は、地面に縛りつけられたまま動かない。
振りかぶられた石斧がそびえ立つ神の木へと向かう。満ちた月が僕たちを照らす。
ドクオの声が、夜に響く。
('∀`)「さあ、神の名さ持つブーンさ! 神さいねぇ世界の上で、それでもおめは、どこまで歩く!?」
強い光が目の前で発した。
それはきっと、すべてを燃やしつくす赤い爆発だったのだろうけど、何のことはなかった。
ただ、その光は強すぎて、僕には真っ白にしか感じられなかった。
同時に発した爆風で、僕の体は木の葉のように宙へと舞いあがる。
ふわりふわりと中空を漂い、やがて引力に惹かれた僕の体は、大地の上と叩きつけられる。
しかし、衝撃はほとんどなかった。
背中には、まるで深く降り積もった雪の上に落ちたような、柔らかい感触。
むくりと起き上がる。感触通り、あたりは一面、雪に覆われた白の世界。
その真ん中に、僕は信じられない光景を見た。
(´・ω・`)「あっはっは。まいったねこりゃ」
ショボンさんが雪の上にかがみこみ、野糞をしていた。
「ショボンさん、あんた何してはるんですか?」
そう叫びたくなるほどに残念な光景。
それを前に目を見開いた僕の傍に、突然彼が姿を現した
(*><)「わかんないです! わかんないです!」
( ^ω^)「おお! ビロードじゃないかお! 久しいお!」
白の上をこちらに駆け寄ってきた銀色。
嬉しそうに尻尾を振りしだきならが僕へと飛びかかり、僕の頬を舐めたそれはビロード。
僕が生まれて一番長く同じ時間を過ごした仲間。
兄弟と呼んで差し支えない唯一の存在。
( ^ω^)「ビロード……また会えて嬉しいお……元気にしていたのかお?」
(*><)「わかんないです! わかんないです!」
彼との再会が嬉しくて、取り囲む世界の異常さを忘れ、僕は彼を抱き寄せた。
雪の上でも暖かいその体を、いつかのように、ギュッと強く。
(´・ω・`)「いやー、やれやれ、オーチンハラショー。
大変素晴らしい便だった。やっぱりこの葉っぱは最高だね」
そんなとき、うんこさんが満足気な顔でこちらへと歩いてきた。
しかしうんこさんは、僕から一定の距離を置いたところで立ち止まる。
うんこさんは手にしていたあの葉っぱを雪の上にはらりと落とすと、穏やかな声でビロードの名を呼ぶ。
(´・ω・`)「ビロード君。ブーン君はまだ、こちらには来ていないんだ。
違う世界に住む僕たちは、彼と手を取り合ってはならない。気持ちはわかるが、そのくらいにしたまえ」
( ><)「わかってます!」
かつて一度だけ僕に放った答えを返したビロードは、僕から離れ、うんこさんの足元へと駆け出して行く。
そして、白の上に並んで立ち、距離を置いて僕を見据えた一匹と一人。一人の口が、ゆっくりと開く。
(´・ω・`)「僕は神話の道の先に、僕が望んだ夢を見た」
舞い散り始めた雪の中、ショボンさんの声が聞こえた。
その中で、彼が笑っているのが、うっすらと見えた。
(´・ω・`)「そして、僕は生きる意味を後付けることが出来た。
ありがとう、君たちのおかげだ。僕の言いたいことはそれだけさ」
次第に強くなり始めた舞い散る雪。その中で、
ショボンさんは昔と変わらない暖かな眼差しを僕に贈ってくれていた。
(´・ω・`)「ブーン君、いつの間にか君は僕と近しい歳になってしまったね。
時の流れは緩やかなようで、意外に速いものなんだね。さて、そんな老い始めた君に、
特に何の心配もしていないが、便宜上、この問いを投げかけよう」
その一瞬、視界から吹く雪たちが消えた。
しっぽを振りながら僕を見つめるビロードがハッキリと見えた。
僕を指差すショボンさんがハッキリと見えた。
彼らが問いかける声が、僕にはハッキリと聞こえた。
(´・ω・`)「さあ、意味を求めた旅人ブーンよ。終わりに近づく生の中で、それでも君は、どこまで歩く?」
雪風が僕らを引き離した。吹雪といって差し支えないほどになっていたそのせいで、
ショボンさんとビロードの姿はおろか、一寸先にあるものさえ、僕は見ることが適わなかった。
そして吹雪が色を変える。白から黄土色へ。頬にあたるのは雪ではなく砂となった。
砂塵となった吹雪はすぐさま弱まり、消える。
その後現れた大地には、雪の代わりに砂が敷き詰められていた。
夜となっていた空には、いつかの満月が浮かんでいた。砂漠の真ん中には、彼がいた。
(-_-)「お久しぶりです……ブーンさん……」
ヒッキー。僕に殺された心優しい少年。
他に音の無い砂ばかりの世界に、全身を血で染めた彼の声は響く。
(-_-)「あなたが旅する理由なんて……僕は知りません……
だけど……どんな理由があっても……僕たちはあなたに殺された……それだけは確かなんです……
死んだらそれまで……何もない……殺された人々にもやりたいことがあって……
でも……それきりなんです……」
僕は、途切れ途切れのヒッキーの言葉を、反論することなく聞き続けた。
なぜなら、彼の言うことのすべてが正しかったからだ。
(-_-)「そうやって……誰かの命を切り取ることで……あなたは歩いて来たんです……
あなたの身勝手な……僕が知るよしもなかった……旅する理由のためだけに……
それを認める人もいる……でも……あなたに殺された僕たちは……あなたを決して認めない……
あなたの進む道の先……あなたが手にするすべてのものを……僕らは全力で否定します……」
その時、ヒッキーの背後に、無数の人影が浮かび上がった。
名も知らない、正確な人数さえも覚えていない、僕に殺された人間たちの影。
彼らの想いを代弁するかのように、最後にヒッキーが、こう残した。
(-_-)「さあ……僕らを殺めたブーンさん……血と恨みにまみれたその足で……それでもあなたは……どこまで歩きますか?」
強烈な風が吹き、再び砂たちが宙を舞った。
砂塵はヒッキー達の言葉だけを残し、彼らをどこかへと連れ去ってしまった。
そして舞いあげられた砂たちは夜空を覆い、互いにつながり合い、一つの建物として形を持ってゆく。
彼らが形作ったのは、ほころびながらも、それでいて威圧感と優雅さを失わないメッカ大聖堂の天井。
砂の消えた地面からは、左右二列に配置された腰掛けと、その真ん中、祭壇へと続く通路が現れる。
夜の砂漠は遺跡へと変わった。
その通路の真ん中で、祭壇を向く形でたたずんでいた僕は、突如、背後に殺気を感じ取る。
懐の銃を抜き振り返った。背後にいた彼の眉間に銃口を突き付ける。突きつけながら、僕はほほ笑む。
( ^ω^)「やあ、久しいお」
_
( ゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! まーた負けちまったか!」
振り返った先、目の前にいたのはジョルジュ。伝統に縛られていた花婿。
東洋の武術、空手で言う前屈の姿勢の彼の右手が、あの時と同じように僕ののど元へと伸びていた。
しかし、その手には何も握られていなかった。ジャンビーヤは、そこにはなかった。
ジョルジュの額に突きつけた、弾の入っていない銃を懐に仕舞う。
彼はは口では悔しがりながらも、平時と変わらずへらへらと笑っていた。
その後表情を引き締めた彼は、すくりと背筋を伸ばし、姿勢を正して、言う。
_
( ゚∀゚)「伝統と立場があった俺には、ツンデレの足を切らないわけにはいかなかった。
だけど、あんたがツンデレに道をくれて、あいつは歩くことを選んだ。
伝統に縛られた俺は、それでも、あいつが歩くことを許すわけにはいかなかった
だから、最後に俺はは持てる力のすべてを出しておめぇに挑んだ。挑むしかなかったんだ。
でも、それでも、おめぇは俺を負かしてくれた。俺を殺してくれたんだ」
_
( ゚∀゚)「歩いて笑うツンデレが好きで、でも立場上それを許すわけにゃあいかず、
結局足を切ることしか出来なかった俺から、おめぇはツンデレを救ってくれた。歩かせてくれたんだ。
俺はおめぇに殺されることで、あいつの足を、あいつの夢を切り取らずにすんだ。
伝統から解かれて、救われたんだ。そうやって、おめぇに別の道を与えられたんだ」
ニカッと笑い、彼は続けた。
褐色の肌の中、むき出されたジョルジュの歯。その白が、とても眩しかった。
それからニヤリといやらしく口の端を釣り上げて、彼は言う。
_
( ゚∀゚)「だからさ、心配すんなや。こっちはこっちでやっていくからよ。
そーいうわけで、ツンデレは任せたぜ? ただし、間違っても手は出すなよ?」
(; ^ω^)「バ、バカ言うなお! どんだけ歳が離れてると思ってんだお!」
彼の一言にギョッとする。
そんな僕を見て腹を抱えて笑ったジョルジュは、少しの間を置き、はにかんだ笑みを見せる。
_
(*゚∀゚)「ひゃひゃひゃ! じょーだんだって!
んな心配してねーって! なあ……親父?」
( ^ω^)「お? 今なんて……」
思わぬ言葉が会話の端に聞こえて、何と言ったかもう一度問いただそうとした僕。
そんな僕の肩をジョルジュが押す。背にした祭壇の方へ、僕の体はよろめいていく。
それから体勢を立て直した僕を指差し、ジョルジュが最後に、こう問いかけた。
_
( ゚∀゚)「さあ、俺に道をくれたブーンよい! 掴んだおめーの道の上で、それからおめーは、どこまで歩く!?」
僕の顔へと向けられたジョルジュの人差し指。それが、ほんの少し横にスライドした。
今、彼の人差し指は僕の顔ではなく、僕の肩越しに僕の背後、祭壇の方を指し示している。
ゆっくりと振り返る。そこに、祭壇は無かった。
信者たちの腰掛けも、大聖堂の壁面も天井も、何もかもが消えていた。
その代わりあったのは、どこまでも続く空の色。
もう一度振り返ってみる。案の定、背後にジョルジュの姿はどこにも無く、
あったのは何年も前に通り過ぎたベーリング海峡の氷面。天に、空の青。地に、空を反射する氷の青。
そんな、僕とどこまでも続く青の間、ちょうどその真ん中に、もう一人、白衣をまとった男がぽつりと立っていた。
( ^ω^)「やあ、いつぞやはどうもだお」
なるほど、これまで見た幻の製作者は君か。悪趣味なことだな、内藤ホライゾン博士。
声が聞きとれるのが不思議なほどに離れた、僕と彼との距離。
互いの隔たりが目に見えてわかるその距離で会し、同じ肉体に宿る二つの意識の、最後の対談が始まった。
( ^ω^)「いかがだったかお、懐かしの面々との再会は?」
君の姿を見た瞬間に冷めてしまった。所詮、彼らは幻。
彼らの口が形作った言葉は、君が作り上げた戯言だったというわけだ。
( ^ω^)「軽く流されては困るお。あれは君と僕の体験から類推した、
彼らの本音に限りなく近いであろう言葉たちだお。
天才の類推を信用するか否か。判断は君に任せるお、ブーン」
信じられるわけないだろう、常識的に考えて。
( ^ω^)「そうかお。なら、この話題はこれでおしまいだお。
さて、ちょうどいい機会だし、いつかの約束通り、『君の歩く意味』を教えてもらおうかお」
一方的に作り出した幻を見せて、この期に及んでまだそんなことを口にするか。
まったくもって、偉そうなもの言いだけは天才の名に恥じないな。内藤ホライゾン博士。
( ^ω^)「褒め言葉として受け取っておくお」
それっきり、千年前の天才は能面のようなにやけ顔のまま、遠くから僕を見つめ続けるのみ。
以降、彼はいっさい何も話そうとはしない。
しかし、彼の言うことももっともだ。
そろそろ僕も、「歩く意味」にある程度の結論をつける時期にある。
とりあえずの意味をここで見出しておいて、困ることなど有りやしないだろう。
どこまでも続く空と氷の狭間にたたずんで、ゆっくりとまぶたを閉じ、僕は考える。
僕の歩く意味。歩いてきた意味。
十数年歩き続けた今、その道程をこうやって振り返ってみて、
すべてがかっちりと噛み合う、そこから何かを結論付けられるだけの意味が果たしてあるのだろうか?
歩き続けた道の上、これまで僕は、いったい何をしてきたのだろうか?
始まりは、墓地のように静まり返った地下施設の中。
地上に出て、腐り落ちたクーという名の女の死体を赤土の下に埋めた。
辿りついた石の町に、千年前の知識を伝えた。
そこに根付き芽吹いていたミサイルという名の神を、ドクオという名の青年とともに燃やしつくした。
焼け野原のその上に、ギコとしぃちゃん、ドクオの愛した村の子どもたちへ、未来という名の種を植えた。
北上し、一匹の狼の子と出会った。親と死に別れた彼にビロードという名前を付け、場所をユーラシアへと移した。
永久凍土の上、降り始めた千年後の雪の中に身を伏して、一人の旅人と一匹の旅犬に命を救われた。
シベリア鉄道の線路上、ショボンとちんぽっぽという名の彼らに「歩き続ける」という道を与えられた。
その礼というほどでもないが、彼らにもすかうという名の神の国を見せた。
旅の友であった犬の家族と別れ、受け取ったナイフを携え、場所を南へと移した。
発展した内陸の町へたどり着いた。商人たちを引き連れ、かつての聖地へと旅した。
忘れ去られたもう一つの聖地を目指し、その道中、ヒッキーをはじめとして、多くの人間を殺めた。
失われた、荒廃した神の住まいで、一人の青年と出会った。無理やり連れていかれる形で、場所を南の果てへと移した。
白い縁取りが鮮やかな誇りの町に、持っている知識のすべてを置いた。
千年前の女性とよく似たツンデレという名の女性に、足を与えた。
足を奪うしかなかったジョルジュという名の青年に、道を与えた。
「歩き続ける」という道を自分のものとし、歩きたいと願った女を引き連れ、それからも歩き続けた。
確かに振り返ってみれば、歩き続けた道の上、僕はそれなりにたくさんのことを成してきた。
しかし、それだけだ。
そこに断片的な意味こそ見つけられはすれ、共通する一本の芯だけはどうにも見つけられることはない。
やはり僕には、歩く意味なんてなかったのだろうか?
思えば浮雲のように千年後を漂うだけで、
誰かという名の風のおかげでようやくどこかへ辿りつくということを繰り返し続けただけの僕には、
そこに一つの意味を見出すなど、初めから不可能なことだったのだろうか?
まぶたを開く。目の前にあったのは相変わらずの、
境目の見えない空と氷の青と、その真ん中にたたずむ白衣の内藤ホライゾンだけ。
白衣の裾が風に揺らぐ。何も言えない僕に向けた、彼の声が響いてくる
( ^ω^)「まさか、本当にわからないのかお?」
遠目にも、心底呆れ果てた様子の彼の顔がハッキリと見てとれた。
けれど、悔しいけれど、僕には何の反論もできない。
( ^ω^)「こんな簡単なこと、てっきりわかっているとばっかり思ってたお。
やっぱり君は凡人なんだおね。まあ、内藤ホライゾンがそんな風に君を作ったんだけど」
さらりと重大なことを言ってのけた内藤ホライゾン。
僕がそれについて問いただそうとした直前、彼が続けた。
( ^ω^)「今、君の手の中に残っている『もの』。それはいったいなんだお?」
僕の手の中に残っている「もの」?
突然の問いかけに、慌てて両手のひらを開いた。そこにはもちろん何もない。
あからさまなため息が氷上を伝う風に乗り、こちらへ届いた。
( ^ω^)「……そうじゃないお。君が腰にぶら下げているそれはなんだお?」
風に乗ってきた言葉に従い、僕は自分の腰のあたりを見る。
そこにあったのは、ちんぽっぽから受け継いだショボンさんのナイフ。
連なる内藤ホライゾンの声が響く。
( ^ω^)「君が着ている超繊維の服、原色の羽織。懐に隠し持った打ち止めの銃。
引きずって歩くそり。その上にあるエスキモーたちのテント、超繊維の袋。その中にあるショボンの絵。
君とともに歩くサナアの花嫁。彼女の腰にぶら下がった銀色のジャンビーヤ」
次々と僕の傍にあるものたちの名が呼ばれていく。
白衣のポケットに両手を入れた彼の声は、氷上の先から止むことなく続いていく。
( ^ω^)「そこに君が手放した『もの』たち、それらすべてを含め、もう一度振り返ってみるお。
君の歩いた道のりを、『もの』という観点から振り返って、もう一度、だお」
言葉に従い、再びまぶたを閉じる。もう一度、辿ってきた道のりを振り返る。
始まりは、クーが自ら命を絶ち、内藤ホライゾンもそうしようと手に取った一丁の銃。
そこから僕は生れ、超繊維の服と袋、たくさんの銃の弾、書物、ひと粒で三日腹の膨れる夢の食糧、
千年前の存在たる彼らを携え、千年後の世界の上を歩きはじめた。
ドクオの村へたどり着き、千年前の知識を伝えた。彼らの衣装である原色の羽織をもらった。
アヘンを拒み、ミサイルとドクオを失い、その代わりにドクオの石槍を得て、次は北へと歩きはじめた。
道中でビロードと、彼の両親の毛皮を得た。雪の中、ロッキー山脈内の村で香辛料の種を譲り受けた。
途中で出会ったエスキモーたちから、ドクオの石槍と香辛料の種を引き換えに、テントやそり、防寒具を手に入れた。
ユーラシア北部で、命を繋いでくれた夢の食糧を失った。知識を繋いでくれた書物を燃やした。
その代替としてベルカキト近辺まで辿りつき、ショボンさんとちんぽっぽに命を拾われた。
シベリア鉄道の線路上、そりと荷物を引きずり歩き、点在する村々に知識を伝えた。
ショボンさんに旅する術と、進むべき道を教えてもらった。
ビロードとちんぽっぽが、三匹の子犬とエスキモーのそりが、モスクワへと運んでくれた。
彼らと毛皮を失うかわりに、ショボンさんの絵と荷物、そしてナイフを受け継いだ。
繁栄を取り戻し始めていた中東で、旅の荷物と引き換えに通過を手に入れた。
通貨と引き換えに食料やラクダ、情報を手に入れた。
忘れられた聖地への道半ば、懐の銃が、ヒッキーやその他多くの人間を貫いた。
その代わり、同じ数だけ僕の命を救ってくれた。
千年前の知識が、僕とジョルジュを出会わせてくれた。サナアに導いてくれ、一時の安寧を与えてくれた。
彼らによって続けることの出来た旅が、僕とツンデレを繋いでくれた。
ショボンさんのナイフが時間をくれた。
最後の銃弾が、ツンデレに足を残してくれた。ジョルジュに道を開いてくれた。
そして今、僕の手には、内藤ホライゾンが声に出したものたちが残っている。
失ったもの。残っているもの。その中の一つでも欠けていたら、僕は今、ここにはいない。
ああ、そうか。彼らはすべて――
( ^ω^)「……一本の糸で繋がっているんだお」
内藤ホライゾンの声が聞こえて、僕は再びまぶたを開いた。
眼前に広がる薄かった空と氷の青が、いつの間にかはっきりとした色彩を帯びていた。
( ^ω^)「繋がっているその糸。その始まりはどこにあるんだお?」
決まっている。はっきりとわかる。千年前だ。
( ^ω^)「その通り。つまりはそういうことだお。
『者』や『物』で繋がった糸は千年前から続き、今も君が千年後の世界に繋ぎ続けている。
もちろん、それは『もの』だけじゃないお。君はその糸の途中に、君が出会った千年後の人々、
彼らの想いや生きざまを新たに結びつけ、先へと繋げ、そこからまた何かを生み出し、繋げていった。
そうやって、君は歩いてきたんだお」
ああ、そうか。そうだったのか。そういうことだったのか。
振り返れば、僕の後ろにはこの手に残っているものたち、失ったものたち、
彼らが繋いでくれた、彼らとともに繋いできた糸があって、
それは幾重にも重なりあい、太い縄のようになって、僕たちと千年前を繋ぎ続けていたんだ。
そして、それを僕がこの世界に、千年後の世界に、伸ばし続けていったんだ。
( ^ω^)「そうだお。君の歩いてきた意味っていうのは、
これからも歩く意味っていうのは、そういうことなんじゃないのかお?」
聞こえてきた内藤ホライゾンの声とともに、すべてがカッチリ噛み合った。
歯車が回り始めた。
決して開くことはないと思っていた扉が、音を立てて開き始めた。
その扉の向こう側に、僕の進むべき道が、今、はっきりと見えた。
( ^ω^)「まさか、これも『誰かから与えてもらったものだ』なんて言い出さないおね?」
遠く、氷の真ん中から聞こえてきた声にハッとする。
僕の視線の先には、白衣のポケットに両の手を入れたままこちらを見続ける天才の姿。
( ^ω^)「方法は誰かから与えられることが出来る。でも、結果が与えられることは絶対にないんだお。
つまり、この場合の『歩く意味』っていうのは、誰かから与えられることはあり得ないんだお。
そして、君の歩いた道にはとっくに意味があったんだお。僕はそれに気付くためのヒントを与えただけ。
君が気づかなかっただけで、歩く意味はもう、君の中にあったんだお」
どこから吹いているのかわからない氷上の風。
その真ん中でたたずむ白衣の天才の姿は、距離があるにもかかわらず、僕にはとてつもなく大きく思えた。
( ^ω^)「では、それを踏まえた上で、僕はもう一度君に尋ねるお」
彼の発した呟きほどの小さな声が、僕にはとてつもなく大きく聞こえた。
( ^ω^)「さあ、内藤ホライゾンの欠片であるブーン。千年前から続くその体で、これから君は、どこまで歩く?」
僕が目指すべき場所。旅の目的地。歩みを止める終着点。
ついさっきまで見当もつかなかったそこが、歩く意味を知った今、はっきりと目の前に浮かんできた。
僕が目指すべき場所は、歩く意味が帰結する地点。
旅の目的地は、千年前から続く長く太い糸を結びつけ、繋ぎとめられる場所。
そここそが、十数年にも渡る、そしてこれからも続くであろう僕の、歩みを止めるべき終着点。
そんな場所など、この世界には一つしかない。
これから僕は、――――まで歩くのだ。
( ^ω^)「……そうかお。それはなによりだお」
僕の生涯のすべてを含んだ回答に、そっけない言葉だけを返した内藤ホライゾン。
それから白衣の良く似合う天才は、依然ポケットに両手を突っ込んだまま、
変わらない能面のようなにやけ顔をほんの少し、本当に少しだけ、歪めた。
その歪みが、僕にはあるはずのない表情を無理やり形作ろうとした結果に生じた、とても悲しい亀裂に思えた。
そして僕が回答の見返りを受け取るため質問を発しようとした瞬間、
ベーリング海峡の氷上を模した幻の中を、ぴしりと、まるで氷が割れる時のような甲高い乾いた音が一つ、響き渡った。
初めは、内藤ホライゾンの表情のように亀裂が走り、この氷面が割れ落ちてしまうのかと思った。
慌てて周囲を見渡してみた。しかし氷面は相変わらず、三百六十度、鏡のような滑らかさを保ったまま。
次に正面、彼方でたたずむ内藤ホライゾンを見た。
先ほど浮かべた亀裂のような彼の表情の歪みが、音の発信源なのではないかと疑ったからだ。
もちろん、そんなことなどあるはずがなかった。
天才の表情は依然として不自然に歪んだまま、しかしそこには亀裂など走っていなかった。
けれども、その音の原因が内藤ホライゾンであることに間違いはなかった。
( ^ω^)「これで僕の心配ごとは無くなったお。もう、君は大丈夫だお」
彼の足が氷に侵食されはじめていた。かなりの距離で相対していてもわかるほどに、だ。
音は、彼の足が氷漬けになった際に発せられたものだったのだ。
それを確認した瞬間、僕は氷の上を走り出していた。
( ^ω^)「ずっと、それだけが心配だったんだお」
氷の上、足もとから凍結し始めた内藤ホライゾンが寂しげにつぶやく。
( ^ω^)「君は、孤独を前に絶望した内藤ホライゾンが、贈り物としての意義を果たすために生み出した身代わりの意識。
それだけのために君は生まれたんだお。でも、ドクオのおかげで、早々にそれは果たされたお。
ドクオの存在は非常に喜ぶべきことだったお。けれど、同時に一つの懸念を生み出したお。それが、君のその後だお」
彼の足もとの氷が徐々に伸びていく。すねのあたりまで氷漬けになった彼は、
しかし、自分のことを気にする素振りなど欠片も見せず、僕を眺め、僕に語り続ける。
( ^ω^)「その後の君は、死に場所だけを求め続けたお。
それが僕には……内藤ホライゾンには、あまりに申し訳なかったんだお」
駆けだした氷の大地は滑り、蹴る足の力の半分以上を吸い取っていく。
思うように前に進めない。氷に覆われていく内藤ホライゾンの姿は、遥か、遠い。
( ^ω^)「名前もなく、一方的に義務だけを押し付けられて、厳しい千年後の世界に
死に場所だけを求めるようになった君という意識が、あまりに哀れでならなかったんだお。
だから、君がこの世界に別の目的を見出すその時まで、僕はここで待ち続けようと決心したんだお」
その言葉を聞き、ぞくりとした。
彼の言葉の意味はつまり、もう待ち続ける必要はないということだったからだ。
氷に閉ざされ始めた彼の体。
侵食していくその氷は、彼の意思により、彼の望みにより動いているのだろう。
そんなことはさせない。
第一、君はまだ約束を果たしていないぞ。
君には聞くべきことがまだたくさん残っているんだ。
僕は一体何者だ? お前は一体何者なんだ?
( ^ω^)「ああ、そのことかお」
太ももの辺りまで氷漬けになった内藤ホライゾンが、短く呟く。
さびしげなその声を聞き、僕の感情は高ぶり始める。
もはや慣れ親しんだと言って過言ではないめまいが、いつものように僕へと迫ってくる。
( ^ω^)「激しい驚きや悲しみ、感情の高ぶりに駆られた際、
君は必ずめまいを覚えたはずだお。まるで今の君のように。
その意味がわかるかお?」
今まさに僕が体感しているめまいを言い当てて見せた天才。
それに動揺した僕は、彼の問いかけを聞くや否や、滑ってこけた。したたかに体を氷上へ打ち付けてしまう。
全身に痛みと冷たさが走る。それでも駆けだそうと体を起こせば、まだはるか彼方にある白衣の彼の顔は、
感情など判別できるわけがないにやけ顔のままで、その口が、とんでもないことを言い出し始める。
( ^ω^)「簡単だお。もとから君に、そんな感情なんてなかったからだお」
彼の声を前に、立ち上がろうとした足が止まる。
信じられない言葉に呆然とする中、またしても襲ってくるくらみに頭を抱えた。
それでも、天才の回答は氷の上を容赦なく突き進んでくる。
( ^ω^)「君という意識は、内藤ホライゾンから後ろ向きな感情の多くを分離させることで作られたんだお。
厳しい世界を、どこまでも歩き続けられるように。
その中で、いつか贈り物としての意義を果たしてくれるように」
くらみを落ちつけようと、大きく息を吸い込んだ。
まるで内藤の回答を裏付けるがごとく、沈静していく感情の高ぶりとともに、くらみは確実に引いてく。
天才の声は、氷上を渡り続ける。
( ^ω^)「もっとも、あの時の内藤ホライゾンにはそこまで深く考える余裕はなかったし、
それ以前に、意識を二つに分離させる方法さえ彼は知らなかったお。
君は本当に偶然に、絶望した内藤ホライゾンの無意識のうちに作られて、
けれど無意識の中でもそれを成し遂げたあたり、内藤ホライゾンは本当の天才だと言えるかもしれないおね」
自画自賛の彼の言葉を受け、僕はまた氷上を駆けだした。
彼方には、腰のあたりまで氷に侵された内藤。
彼の纏う白衣の裾は、もう風になびいてなどいなかった。
( ^ω^)「でも、そんな君にも、あるはずのない感情を表に出さなければならない時があったお。
そんなとき、備わっていない感情を君はどこから調達していたのか。
簡単だお。僕から調達していたんだお。だからこそ、その際、君はめまいを覚えざるを得なかったんだお」
氷の大地にも慣れた。駆けるスピードを増しながら、僕は尋ねる。
それはおかしい。仮に僕と君が本質的に異なる存在ならば、
人体に備わる防衛機制によりそんなことも起こり得るかもしれない。
しかし君は以前、僕と君は本質的に同じ存在だと言っていた。
だとすれば、百歩譲って僕に悲しみや驚きがないとして、
君からその感情を借り受ける際、なぜ僕がめまいを覚える必要があるんだ。
( ^ω^)「確かに、君と僕とは元は一つ、内藤ホライゾンから分離した本質的に同一の意識だお。
でも、ある一点で君と僕は絶対的に異なっているんだお。だから、僕たちが一つに戻ることは
あの時を除いて一度もなかったし、そんな異なる意識の僕から感情を借り受けようとすれば、
めまいという拒否反応が出てしまうのもしょうがないことなんだお」
徐々に、だが確実に、内藤ホライゾンの姿が近づいてくる。僕が彼へと近づいていく。
上半身の下半分まで氷に侵食されてしまった彼は、まだ氷漬けになっていない右手で自らの顎を撫で、
にやけ顔のまま、しみじみと考えこむように顔をうつむけ、続ける。
( ^ω^)「しかしまあ、人間の肉体や意識っていうのは不思議なもんだお。
持っていないけれどそれが必要な状況に置かれ続ければ、代替となる回路を生み出すようになるんだお。
君も同じだったお。君にはそんな感情なんてなかったけど、歩き続ける中で様々な経験をし、
その中でいつのまにか代替回路を構築して、いつしか、ある程度の驚きや悲しみなら出せるようになっていたお。
もっとも代替回路ではやはり不完全で、感情がある一定の域を越えれば、僕から感情を借りるしかなかったんだけど」
そして、にやけ顔は再びこちらへと顔を上げた。
天才は胸のあたりまで氷漬けとなり、その肩までも氷に侵食され始めていた。
ぎこちない素振りで右手を上げた彼は、駆けてくる僕を指差し、にやけ顔のまま、続ける。
( ^ω^)「そして、君は天才なんかじゃないお」
あからさまに、僕の反応を期待した彼の仕草、言葉。しかし僕はというと、まったく驚いてはいなかった。
当たり前だ。そんなことなど当の昔から疑っていて、サナアでそれは確信に変わっていたのだから。
だから僕は、何の反応も見せず、駆け続ける。足を動かすたびに、口を動かす内藤の顔が近づいてくる。
( ^ω^)「たとえばあの時、ショボンから食べられる野草について学んだ時、君はそのことを痛感したはずだお。
君は千年前の野草について知識はありながら、けれどそれを千年後の生態系に応用し当てはめることが出来なかったお。
それが、君が天才からは程遠い存在だということを、最も端的に表していたんだお」
両上腕部まで氷漬けになった彼。僕へと向けられた右腕が下ろされることは、もう無いだろう。
( ^ω^)「君は天才じゃない。天才の肉体を共有していたから、そこに備わった知識を引きだすことが出来ただけ。
記憶に関しては多少なりとも肉体の恩恵を受けていたけど、それらを昇華し新たな知識を生み出すことは、
君にはほとんど出来なかったはずだお。確かに君は、ジョルジュから『頭がいい』と言われていたお。
けれど実際は、僕の脳みそとジョルジュの頭が良かっただけの話だお。君の知識のひけらかしを即座に理解した
ジョルジュの頭が良かったのであって、君の方はというと至って普通、凡人レベルの思考体系しか備わっていないお」
僕を指差す彼の右人差し指、それまでもが凍りついた。確実に僕は彼へと近づいていた。
けれども、まだ遠い。遠すぎる。眼に見える距離だというのに、
それは永遠に辿りつけない隔絶のように思えて、それでも僕は諦めることなく、両足へ力をこめる。
( ^ω^)「でも、君という意識は凡人だったからこそ、ここまで歩き続けられたんだお」
首まで氷に侵された内藤。間もなく、その顔面も氷に閉ざされるであろう。
おそらく最後になるであろう彼の表情は、やっぱりにやけ顔のままだった。
その声が、響く。
( ^ω^)「天才っていうのは、常に破滅と隣り合わせの存在なんだお。
頭が良すぎるから。馬鹿にはなれないから」
変わらないにやけ顔でそう呟く彼の声は、自嘲を通り越して自らを諦めているように感じられた。
彼の顎が、氷に閉ざされる。僕はまだ、辿りつけない。
( ^ω^)「凡人は馬鹿だからこそ、逆境の中でもわずかな希望に向かっていけるお。そこに道を切り開けるんだお。
でも天才は、そのわずかな希望さえ見出すことが出来ないお。その可能性の低さを瞬時に理解してしまうからだお。
その点において、天才は劣等種なんだお。それが、人間という種に天才がごくわずかしか存在しいない所以だお。
だからこそ僕は、千年後の世界に絶望したまま、こうやって動きだすことが出来ないでいるんだお」
とうとう口まで凍りついてしまった内藤ホライゾン。しかし、彼の声は依然響いてくる。
まるでこの氷の世界全体が声を発しているように、低く、深く。
それを走りながら聞き、僕はハッと気づく。
目の前の内藤ホライゾンは、単なる人形、彼の意識の象徴に過ぎないのだと。
この氷の世界全体が、内藤ホライゾンという意識そのものなのだと。
ならば、僕は改めて問わなければならない。
こんな芸当まで成し遂げてしまう内藤ホライゾン。君は一体、何者だ?
( ^ω^)「僕かお? これも簡単だお。というか、さっきも言ったお。
内藤ホライゾンから君に備わった感情を差し引いた意識、それが僕だお」
眼の下まで氷に覆われた内藤ホライゾンの姿を模した人形。
氷に固められたその口はもちろん動いてはいない。
声は、僕の周囲、氷の世界全体から響いていた。
( ^ω^)「だから僕は人格的には内藤ホライゾンで、けれど欠けているものがある以上、
やっぱり僕は彼ではないんだお。そういう意味で、僕は内藤ホライゾンではないし、君のように名前もないお。
そして、僕に欠けているもの。それは、例えば笑いとか、そういう前向きな類の感情、だお」
その時、僕が近付きつつあるまだ閉ざされていない内藤の両眼が、不自然に歪んだ。
それは、ツンデレが「歩きたい」と叫んだあの時、決して泣くまいと彼女が形作っていた、不自然なあの笑顔そのもの。
( ^ω^)「もちろん、君と同じように、僕も君から『笑い』という感情を借り受けることが出来るお。
だけど、そうする必要がなかったし、これからもそうなんだお。だって僕は、ずっとここに独りっきりだから」
いびつな形で歪んで止まった彼の両眼。その不自然さのせいか、彼を覆っていく氷の浸食が急に止まった。
これ幸いにと、僕は駆けだす足に最大限の力をこめる。
体で風を切りながら、彼をここに繋ぎとめるため、僕は問いを投げかける。
では、最後の質問をしよう。君と僕とが一つに戻ることのない理由。
完全に氷漬けになる前に、それを聞かせてもらいたい。
( ^ω^)「……君は、この世界を肯定しているお。
そして僕は、この世界を認めるわけにはいかないんだお。
それが僕と君とを分かつ、たった一つの、決して相容れることのない理由だお」
駆け続ける僕の視界で、内藤ホライゾンの姿は確実に近づいてくる。
氷全体から響いているはずの彼の声が、近づいてきた不自然な笑顔から発せられたように感じた。
( ^ω^)「僕は、ずっと君の後ろで、君の旅路を眺めていたお。
君が僕に備わる後ろ向きな感情に影響を受けないよう、さっきみたいに距離をとりながら」
確実に距離が縮まった僕と、頭部以外のほとんどが氷漬けになった内藤ホライゾン。
「氷に覆われているからこそ、もう僕からは何の影響を受けないのだ」
そう言いたげに、彼の顔は歪んでいた。
( ^ω^)「君の旅は、君がツンデレに言った通り、辛いことばかりで、楽しいことなんかほとんど無かったお。
そんな中、君がこの世界を否定すれば、きっと僕たちはまたひとつに戻れたお。
そうやって再び現れた内藤ホライゾンは、失敗した自らの死をやり直して、この世界から消えていたはずだお。
そして僕は、ちゃっかりそれを望んでいたりもしたお。だって、僕は死にたいんだお」
( ^ω^)「でも、君は歩き続けた。様々な人間に出会い、様々な風景に胸震わせて。
それこそが、君がこの世界を肯定している何よりの証拠なんだお。
ヒッキーを殺した時、君は流せるはずのない涙を流すほど、世界の厳しさに打ちひしがれたはずだお。
だけど、それ以後も君は歩き続けた。歩き続けて、そこに道を繋げたお。まったくもって見事だったお」
響く賞賛の声。しかし、嬉しくも何ともなかった。
近づいてもまだ届かない彼の姿に手を伸ばしながら、僕は叫ぶ。
なら、君がこの世界を認めればいいだけの話じゃないか。君ほどの天才なら、誰もが君を必要としてくれる。
天才である君ならば、僕なんかとは比べようもない太い糸を、千年前から今に繋ぎ続けることが出来たはずだ。
なのに、どうして君は、この世界を認めようとしない?
( ω )「……認めようとしたお。
いや、ツンデレを救い出す際、僕は一度だけこの世界を認めたお。
だから僕たちは、あの時、一つに戻れたんだお」
響いてきた声は震えていた。
その声に呼応して、僕が踏みしめる地面、幻全体がわずかに震え始める。
止まっていた氷の浸食が、ゆっくりではあるが確実に、もとの速度へ戻っていく。
( ω )「だけど……この世界にはやっぱり、僕が欲しかった未来なんてなかったんだお」
震え続ける声、大地。氷の中の内藤ホライゾンの人形は、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
( ω )「ツンによく似たツンデレ。彼女をツンだと思い込んで、彼女にツンと僕の別の未来を見たかったんだお。
だけど、実際に救いだしたツンデレは、僕の胸で泣き叫ぶだけだったお。
きっとツンを冷凍睡眠に入らせることに成功しても、ツンは彼女と同じように泣いたと思うお。
それを否定して、ツンデレをツンじゃないと認めれば、もとからこの世界には
僕とツンデレの未来なんてなかったことになるお。それなのに、この世界を認めるわけにはいかないお」
そして内藤ホライゾンの表情が、歪んでいく。
それは誰の目にも明らかな、悲しいほどに板についた一つの表情。
直視するのがあまりに耐えられなくて、僕は走りながら、地面へと顔をうつむけた。
( ω )「なら、それ抜きに、別の観点からこの世界を認めればいいという話になるお。
でも、そんなこと出来るわけがないお。だって僕は、クーからこの世界で永遠に一人だと言われたんだお。
そして、僕もそれを認めてしまったんだお。だから僕は、地下施設の中で死のうとして、結局は死ねなかったお。
そんな世界、どんな観点からも認められるはずがないんだお。認めるわけにはいかないんだお。
だってそれは、クーの言った僕の孤独を肯定するということ、つまりは僕自身を否定することになるんだお。
天才は自尊心が強いんだお。そんな僕に、自分を否定することなんて出来なかったお」
幻の中で響く彼の声が、僕には踏みしめている氷の大地と同じように冷たく感じられた。
「この冷たさを、天才はどう表現するのだろう?」
そんな場違いな疑問を思い浮かべながら、僕は駆けた。
( ω )「なら、僕はどうすべきかお? 簡単だお。道は二つだお。
一つは、君から肉体の主導権を奪い取り、肉体の死をもってこの世界から消え去ることだお。
僕は意識としてのみの存在。そこから死を選ぼうとするなら、それは肉体を通してからでしか得られないんだお。
でも、ブーン。君という意識を生み出し、代わりに過酷な道を歩かせてしまった以上、僕にはそれは出来ないお。
君がこの世界を肯定し、この世界に意味を見つけた以上、そうするわけにはいかないんだお」
固い声から、柔らかな言葉が発せられた。それを受けて、駆け続ける僕はうつむけた顔を上げる。
そして、あと一歩のところまで近付いていた内藤ホライゾンへと、手を伸ばす。
僕の体温程度で溶かせるものならば、彼を氷の中から解放してやりたかった。
けれど、それは無理だとわかっている。それほどまでに彼の体は、心は、もう冷え切ってしまっているのだ。
( ω )「ならば僕は、もう一つの道を選ぶお。君に任せた肉体の奥底で、永遠に眠り続けようと思うお。
君はもう、様々な経験をしてきたお。もし君がもう一度モスクワへ赴いてビロードの死を前にした場合、
歳老い経験に満ちた君なら、それ以外に、一定の域を超えた悲しみや驚きを前にすることはもうないと思うんだお。
そういう意味で、僕はさっき、君にビロードの幻を見せておいたんだお。君がもう、僕を必要としないように」
おそらく、彼にとっては補足に過ぎない言葉を聞き、
彼はもうすぐそこにいるというのに、僕の足は突然に止まった。
彼が、僕にビロードの幻を見せた理由。
それを聞き、最初に彼に見せられた幻に共通点と例外を見つけ出してしまったからだ。
クー、ドクオ、ショボンさん、ヒッキー。彼らは皆、死んだ人間。
ジョルジュだって、伝統に縛られた彼という観点から見れば、一度死んだ人間だ。
では、ビロードはなんだ?
思えばなぜ、内藤は幻の中にビロードだけを出して、ちんぽっぽを、三匹の子犬たちを出さなかった?
彼ら四匹は、懐かしの面々という観点から見れば、幻として出してもなんら問題はなかったはず。
それなのになぜ、死んだ者たちの中に一匹だけ、生きているはずのビロードが含まれていたのだ?
「ブーン君はまだ、こちらには来ていないんだ。違う世界に住む僕たちは、彼と手を取り合ってはならない」
幻のショボンさんが口に台詞が、不意に脳裏をよぎった。
( ω )「つまり、感情の引き出しという僕の唯一の役目は終わったんだお。
だからこそ、僕はここで、肉体より一足早く、永遠の眠りに就こうと思うんだお。
その中で、あり得たかも知れないツンとの未来の夢を見るお。
そうやって、君に明け渡した肉体が朽ち果てるまで、いつまでもここで氷漬けになろうと思うお」
浮かんできたまさかの疑問を前に呆然と立ち尽くす中、内藤ホライゾンの声が急に遠くなった。
その言葉と声の大きさの変化にハッと顔をあげ、間近に迫っていた彼の姿を見る。
止まっていた侵食の反動か、残されていた部分まで、彼は一気に氷漬けになってしまった。
( ω )「だからもう、僕を起こさないでくれお。僕はもう、ここで眠り続けるんだお」
そして、わずかに揺れていた地面が震えることを止め、静けさを取り戻していく。
その静寂の悲しさに、僕は浮かんできた問いについて尋ねることも忘れ、氷上に膝をついた。
そうやって、涙を流したかった。けれど、やっぱり涙は流れなかった。
だってもう、「泣く」という感情を取り出すべき内藤ホライゾンの意識は、冷たい氷に閉ざされてしまったのだから。
( ω )「おっおっお……ホント……クーの言うとおりだったんだお……
どの道を取ろうが……僕は独り……永遠に……独りぼっちだったんだお……」
終わりに響く、途切れ途切れの涙声。それを耳にした僕は、よろよろと立ち上がり、
無意識に目の前の氷象、閉ざされた内藤ホライゾンの意識の象徴へと手を伸ばす。
そして、手が届こうとしたその時だった。
氷の中で、彼が涙を流した。
最期の呟きが聞こえた。
( ;ω;)「ねぇ……ブーン?
あの時クーを好きだと言っていれば……僕にもまた……違った未来があったのかお?」
氷象は涙を流したまま、それきり、声はもう二度と聞こえなかった。
僕はそっと、天才を覆った氷へと触れた。
その冷たさは、これまで体感してきたどんな冷たさとも異なっていた。
「この冷たさを、天才はどう表現するのだろう?」
先ほどの問いに対する答えが、直に触れた両手のひらから伝わってきた。
触れた誰をも氷漬けにしてしまいそうなその冷たさを表現するとき、
天才に限らず、人は誰しも、「絶望」という二文字を口にすることだろう。
・
・
・
・
・
・
ξ#゚?゚)ξ「ねぇ……ブーン? ちょっと! 聞いてんの!?」
(; ^ω^)「……お?」
パンと頭をはたかれた。
何事かと思いまぶたを開けると、そこには頬を膨らませたツンデレが立っていた、
慌てて周囲を確認する。僕は、木の幹に背をもたれて寝ころんでいた。
見上げれば、高い枝葉の上には赤い木の実が生っていた。
あたりには、日の光を浴びて色彩を取り戻している荒野。
赤い大地も、永久凍土も、砂の大地も、氷の地面も、どこにも存在しなかった。
ξ#゚?゚)ξ「聞いてんのって聞いてんでしょうが! この馬鹿タレ!」
(; ^ω^)「あいたっ! ……何するんだお?」
周囲にきょろきょろと視線を走らせていた僕に、芯だけを残した赤い木の実が投げつけられた。
再びツンデレへ視線を移せば、両手いっぱいに木の実を抱えた彼女が、地面にそれらを置いている最中であった。
それから彼女は二つ、木の実を拾い上げると、その片方を僕に向かって投げ渡す。
ξ゚?゚)ξ「食べられるときに食べておくのが旅の鉄則なんでしょ? ほら、もっと食べなさいよ」
( ^ω^)「おお、こりゃすまんお」
手渡された赤い実を口にする。シャリシャリと、耳にするだけで涎が垂れてきそうな音がした。
また、ツンデレを見る。彼女はリスのように口を尖らせると、
芯だけを残しあっという間に木の実を一つ平らげてしまった。その様子がおかしくて、僕は笑う。
( ^ω^)「おっおっお」
ξ;゚?゚)ξ「ちょ、な、なに笑ってんのよ!」
再び、芯だけの木の実が投げつけられた。今度の僕は右手でそれを受けとめて、すぐさま彼女に投げ返した。
反撃を予想していなかったらしい彼女は、避けきれず、額でそれを受け、大きく後ろにのけぞった。
ξ;゚?゚)ξ「あいたー……何すんのよ!」
( ^ω^)「おっおっお。お返しだお」
ξ;゚?゚)ξ「何よ! 大人げないわね!」
( ^ω^)「お前も十分大人げないお」
僕の返しにぐうの音の出ないのか、それからしばらくむすりと黙り込んだツンデレ。
間を置いた彼女は突然駆けだすと、僕の傍らを通り過ぎ、木の幹につかまり、スルスルとその上へ昇り始める。
猿のごとく木を登っていった彼女がドクオのように、
枝に跨ってこちらを見下ろすその無邪気さがギコやしぃちゃんのように思えた。
そう言えば、二人も今ではツンデレと同じくらいの歳になっているなぁ、
出来ることなら、許されることなら、大人になった彼らに会いたいなぁと、
そんなことを考えながらツンデレを見上げていた僕。
そこに、木の枝に跨っていたツンデレから、赤い木の実が無数に投げ落とされてきた。
ξ゚ー゚)ξ「ほれほれ〜! 避けてみなさいよ〜!」
(; ^ω^)「ちょwwwおまwwwwそりゃ卑怯……ってあべし!」
降り注ぐ木の実。しばらくは避けることが出来ていたが、
ついに一つの赤い実が額に直撃し、僕は仰向けに地面へと倒れこんでしまう。
それが、なぜだか心地よかった。
大の字に体を広げ、温かな地面に背を預ける。目を閉じ、五感で世界を感じる。
鳥のさえずり。木々のざわめき。鼻孔を刺激する草いきれと土の香り。
閉じたまぶたの裏まで赤く染める木漏れ日。頬を撫でる風の感触。額に残るかすかな痛み。
ゆっくり、まぶたを開く。
大地から見上げる形の僕の視線の先には、木々の枝葉と赤い木の実、こぼれる木漏れ日、
そして、それらを背に預け、木の枝に跨り、笑いながらわずかに首を傾げ、こちらを見下ろすツンデレの姿。
ξ゚ー゚)ξ「ねぇ、ブーン? あなたはいったい、どこまで歩くの?」
そして、同じ言葉。
ああ、内藤ホライゾン。
これを見てもまだ君は、世界を認めるわけにはいかないと言うのかい?
きらめく木漏れ日の下、無邪気に笑うツンデレを見て、
それでもこれは望んだ別の未来ではないと切り捨ててしまうのかい?
では、君の望んだ別の未来とはいったいなんだったんだい?
いや、わかってる。君は、ツンデレと恋仲になりたかったのだろう?
僕が彼女に感じているような娘に対する情愛ではなく、
彼女に、初めて恋したツンとの青い春の夢を描きたかったのだろう?
でも多分、理性の塊である君には、それさえも認めるわけにはいかなかった。
だから、君はあの日、君の胸の中で泣きじゃくるツンデレを前に、この世界から身を引いたんだろう。
そしてその未来を、眠り続ける夢の中で見ようとしたのだろう。
でも、違うよ。確かに、君の望んだ未来はこの世界になど存在しない。
けれど、天才の君でも想像のつかない未来の先に、これも悪くないと、今の僕のようにそう思えるものが確実に眠っているんだ。
だから、いつか君を覆う氷が溶け、君が僕と同じように世界を認められるその日まで、僕は歩こう。
老い始めたこの身は、そう長くはない。だから、千年先までこの身を保てる場所へと、僕は歩こう。
いつか再び僕たちが一つに戻れるその日まで、千年前と今を繋げながら、僕はこれからを歩こう。
大の字のままツンデレを見上げる。
枝に跨った彼女は、足をブラブラとさせ、瞳をらんらんと輝かせながら答えを待っている。
はしたないその仕草に苦笑してしまったのは、やっぱり僕が年老いたからだろう。
( ^ω^)「そうだおねぇ……」
ξ゚ー゚)ξ「うんうん!」
僕は腰のナイフを引き抜き、いつかの旅の始まりのようにその黒い切っ先を天に向け、言った。
( ^ω^)「僕はきっと……死ぬまで歩くんだお」
ξ゚?゚)ξ「……どゆこと?」
見上げる枝の上、ツンデレの首がもう一度傾げられた。
僕は手にした切っ先をわずかにスライドさせる。
それは、延長線上に彼女の足元、纏うマントの隙間を捉える。
その奥に見えていた上半身の肌と、
この位置関係でしか決して見ることのできない布を見据え、僕は言う。
( ^ω^)「ツンデレ」
ξ゚?゚)ξ「ん? なぁに?」
( ^ω^)「下着、見えてるお」
ξ;゚?゚)ξ「!?」
慌ててマントの裾を両手で押さえたツンデレ。
そのせいかバランスを崩し、彼女の体は枝の上でグラグラと揺れる。
僕は地面から跳ね起き、まだまだ歩けそうなこの身の動きを確かめた。
そして、再び彼女を見上げる。
ξ;゚?゚)ξ「ちょっと! 変なこと言うな、このエロじじい! おかげで落っこちそうになったじゃない!」
( ^ω^)「おっおっお。馬鹿言うなお。猿が木から落ちるなんて、そうそうあることじゃないお」
ξ#゚?゚)ξ「なんですって!?」
そう言って、枝の上から思いっきり木の実を投げつけてきた猿。
それを受け止め投げ返せば、再び額でそれを受け止めた彼女がバランスを崩し、しかしすぐに体勢を立て直す。
やっぱり猿だな、ドクオみたいだなと、僕は笑いながら彼女に声をかける。
( ^ω^)「馬鹿なことやってないで、もう少し木の実を取ってくるお。干して保存食にするから」
ξ#゚?゚)ξ「はいはい! わかりました!」
僕には敵わないと観念したのか、
怒りながらも素直に立木のさらに上まで木の実を取りに登った彼女。
またしても下着が見えている体勢の彼女に、僕は言う。
( ^ω^)「ただし、生っている半分は残しておくんだお」
ξ゚?゚)ξ「え? なんで?」
( ^ω^)「だって……ほら」
見下ろしてきたツンデレにもわかるよう、僕は指差す。
その先には、木の実をついばもうと羽を広げ降り立ってきた小鳥たちの姿。
( ^ω^)「僕たちだけで食べつくすのは、ちょっと申し訳ないお」
ξ゚ー゚)ξ「……それもそうね」
( ^ω^)「だお」
木の枝にぶら下がりながら小鳥たちを眺め、声を落としたツンデレ。
それから、枝を軸にくるりと回転して、軽業師も顔負けの動きでその上にひょいと立つ。
両手を広げバランスを保ち、僕を見下ろし得意げに笑うそんな彼女に向け、なんとなしに尋ねてみた。
( ^ω^)「ツンデレ。君はどこまで歩きたいのかお?」
ξ゚?゚)ξ「え? ん〜、そうねぇ……」
ひょいひょいと手にとっては、彼女は木の実を僕へと落とす。落ちてきた木の実を、僕はひょいひょいと受け止める。
それからしばらくその作業を続けた後、枝の上から地面へひょいと飛び降りた彼女は、
結構な高さだったというのに顔色一つ変えず僕の前へと歩み寄り、パンパンとマントの埃をはらって、言った。
ξ゚ー゚)ξ「あたし、ブーンが生まれた所に行ってみたい!」
( ^ω^)「……おっおっお。おっおっおwwwwwwwwww」
可笑しかった。まさか僕の歩く目的地を、
別の口から、それもツンデレの口から聞くことになるとは思わなかったからだ。
面白い。この世界は本当に面白い。
辛いことばかりだったけど、めまいを覚えることばかりだったけど、
こういう出来事が不意に起こりうるから、僕はこれまで歩き続けられたのだろう。
これからも歩き続けられるのだろう。
ξ;゚?゚)ξ「え? 何? なんで笑うの? ねぇ? ちょっと!」
( ^ω^)「おっおっお。いや、すまんお。特に意味はないんだお」
ξ#゚?゚)ξ「な、なによそれ! 腹立つわ〜!」
僕の笑いにどぎまぎしていたツンデレは、
僕の返答を聞くや否や、肩をいからせながら木の実を干す作業に入り始めた。
彼女が怒るのももっともだけれど、またそれが可笑しくて笑いがこぼれそうになり、
彼女から顔を隠そうと、僕は立木から離れた。
木陰から出て、大地の真ん中に立ち、あたりを見渡す。
どこまでも続く青空。どこまでも続く荒野。
そこにぽつりと立った一本の実の生る木。
創世記として描かれた楽園とよく似た場所。
楽園を追放された二人は、それからどこまで歩いたのだろうか?
( ^ω^)「愚問だお。きっと彼らも、歩く道の途中でそれを決めたんだお」
心の中の問いかけに自分で答え、足もとに広がる大地を踏みしめ、
僕はそっと、まぶたを閉じた。
彼の望まなかった千年後の世界。
その上を、僕は歩こう。
薄紅色の、薄桃色の季節を歩こう。
眩いばかりの緑の道の季節を歩こう。
白いがゆえに、白さ際立つ季節を歩こう。
知りゆく僕。逆らえず僕。
――永久に、歩こう。
エピローグ ― 了 ―
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・
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連結部 歩き続けた男と、これからも歩く女の話
― 1 ―
以上が、晩年のブーンからあたしが伝え聞いた、あたしと歩き始める前の彼の旅のすべてです。
これまでに体験したことのないほどに早く訪れた、体感したことのないほどに凍てついた冬。
ロッキー山脈という場所の北端で倒れたブーンは、寒さをしのぐ穴倉の中、亡くなる直前までその話をしてくれました。
それまで、旅の一場面を断片的には話してくれたことはあったブーン。
けれども、このように体系づけて彼が話をしてくれたことは一度たりともありませんでした。
そんなブーンが、まるで遺言のように自らの旅を順を追って語り始めた時、
たき火の赤い光だけが照らす穴倉の中、立ち上がることさえ出来なくなっていた彼を見て、
ああ、ブーンはもう長くないんだなぁと、あたしは泣きながらそう思いました。
そんなあたしに、ブーンは力ない笑みでこう言いました。
「僕が死んだら、僕の体を食べるんだお。お前一人で」
ブーンが語らなかった、あれからの話をしましょう。
アシールを越え、ヒジャースを越え、砂漠を抜け、適当な町でラクダを売ってお金を作り、
防寒具や食料を買い込み、身支度を整えてカフカス山脈を登り切り、
未開の地とされていた北の大地へと足を踏みいれたあたしとブーン。
その道のりは、あたしにとってはもちろん初めてのもの。
しかしブーンにとっては、これまでの旅路を逆行するだけのものでした。
ξ゚?゚)ξ「ねぇ、他の道を通ってもいいんじゃないの?」
赤土が目立ち始めた大地の上で、あたしはそう尋ねました。
かつて辿った同じ道を進むことは、彼にとってつまらないものではないかと思ったからです。
でも、ブーンは言いました。
( ^ω^)「僕たちには目的地があるお。それなら、確実にそこへ辿りつけるよう、
見知った道を歩く方がいいお。それに……」
それからブーンは目を細め、あたりの風景を愛おしそうに眺めて、言いました。
( ^ω^)「僕はこんな道を歩いてきたんだなって、そう振り返るのもいいもんだお」
赤土の大地は、本当に何もない世界でした。春と夏でさえ、食糧は満足に手に入らない。
前もって大量の保存食を仕込んでいなければ、とっくの昔にあたしたちは飢え死にしていたことでしょう。
「確実にそこへたどり着けるよう、見知った道を歩く方がいい」
ブーンの言葉は実に的を射ていました。彼がこの大地の特徴を知らなければ、
旅の素人であるあたしを引き連れたこの二人旅は、きっと早々に頓挫していたはずです。
ξ゚?゚)ξ「それで、今はどこへ向かっているの?」
( ^ω^)「旧友の墓に向かってるんだお」
赤土の上、そりをゴロゴロ引きずり歩き、顔色を変えずブーンは答えます。
彼の回答に、初めて出会った時見せてもらったあの絵を思い出し、あたしは続けます。
ξ゚?゚)ξ「それって、あの絵を描いた人の? お墓参り?」
( ^ω^)「それもあるけど、一番の目的は仲間の確保だお。
これから進む道は、彼らがいないとどうしようもないんだお」
旅の仲間。こんな植物さえろくに育たない世界の上で、いったい誰があたしたちを待っているんだろう。
ちょっぴり不安になったけれど、それ以上にわくわくしてしまったのは、当時のあたしがまだ若かったからでしょう。
さて、少しだけ話は脇道に逸れます。
初めの目的地である絵描きさんの墓にたどり着くまでの間に、あたしはブーンからあることを学ばされました。
それは、言葉です。
ξ;゚?゚)ξ「え? 違う言葉なんてあるの?
嘘でしょ? 親指立てて『嘘です!』って言ってよ?」
( ^ω^)「嘘です! なーんて言うわけないだろうがお。
世界は広いんだお。その広さの分だけ、違う言語が存在するんだお。
というわけで、お前にはこれから、二つの言語を覚えてもらうお」
ξ゚?゚)ξ<どひー
そんなわけで、旅の初期、北の大地に初めての村を見つけるその時まで、
あたしとブーンの会話は、ロシア語と英語、そんな名前の言葉を覚えるためのやりとりに終始しました。
ああ、こんなことを学ばなければならないだなんて、歩くって辛いことだなぁと、改めてあたしは思いました。
言葉を覚えることなんて、辛いことでもなんでもなかったと、あとから嫌でも思い知らされるのに。
そんなこんなで歩きはじめて二年間。
その年の秋の終わり、赤い地平線の向こう側に、あたしとブーンは目的地を見つけ出します。
( ^ω^)「あれが旧友の……ショボンさんのお墓だお」
ξ;゚?゚)ξ「……」
山の遠景とは明らかに異なる、たくさんの高い四角い影の連なり。
それは、アシールを越えたどり着いたメッカ遺跡のように物寂しく、
だけど遺跡とは絶対的に異なる、体の奥底から寒気を感じさせてしまう何かもった、そんな場所でした。
正直言って、足を踏み入れたくはなかったです。だけど、ブーンは進み、あたしもその後を追いました。
そして、高くて四角い連なりが、石のような素材の住居のようなものだとわかるほどに近づいたその時、
ブーンは突然足を止め、こんなことを呟きました。
( ^ω^)「……おかしいお」
ξ;゚?゚)ξ「え? どうしたの? 気分でも悪いの?」
( ^ω^)「いや、逆だお。気分が悪くならないんだお」
ξ゚?゚)ξ「……はぁ?」
もしかして、ブーンもあたしと同じように軽い吐き気でも感じているのかと思っていたら、
彼の口から飛び出したのは、まったくわけのわからない言葉。
( ^ω^)「やっぱり君は……今も氷の中にいるんだおね」
呆けるあたしをよそに、目の前にそびえる四角い連なりを見上げ、寂しげにそう呟いたブーン。
その言葉の意味など、当時のあたしには知る由もありませんでした。
それから間もなく、ブーン曰く「旧友のお墓」内へと進んだあたしたち。
そんなあたしたちへ向け、数匹の犬たちが襲いかかってきました。
ξ;゚?゚)ξ「ちょ! こんなところになんで!」
( ^ω^)「ツンデレ、待つお。ジャンビーヤは仕舞うお」
ξ;゚?゚)ξ「だ、だって!」
( ^ω^)「いいから。ここは僕に任せるお」
そう言って、ジャンビーヤを引き抜いたあたしを制し、
腰のナイフを抜くことなく、迫りくる犬たちの前に立ったブーン。
耳をピンと立てながら飛びかかってきた一匹の牙が、ブーンの右腕を服の上から襲います。
しかし、突然、噛みついた一匹の耳がしゅんとしおれました。
それからなんと、一匹は嬉しそうに尻尾を振り、ブーンの足元にすり寄ったのです。
( ^ω^)「おっおっお。やっぱりこの服には、お前のじーちゃんの匂いが染みついているのかお?」
それからブーンは腰を屈めると、初めの犬と同じように尻尾を振って近寄ってきた残りの犬たちの頭を撫でます。
わけのわからないあたしは、とりあえず、噛まれたブーンの右腕について尋ねました。
ξ;゚?゚)ξ「だ、大丈夫なの、それ?」
( ^ω^)「ああ、なんのことはないお。犬の牙程度じゃ貫けもしない、そんな素材で出来てるんだお」
それが、超繊維という素材のマント。千年前の英知の結晶。
このお墓を旅立つ際、そのマントをあたしが着ることになるなんて、この時のあたしには思いもよりませんでした。
そんなひと悶着の後、数匹の犬を引き連れ、お墓の奥の奥へと進みました。
ぽっかりと開けた広場にたどり着いたあたしたちは、
他の犬たちとは明らかに異なる、風格のある四匹の犬を前にします。
そのうちの三匹が、ブーンの姿を確認するや否や、
本当に嬉しそうなそぶりを見せ、彼にじゃれつきました。
( ^ω^)「おっおっお。じゃじゃ丸、ぴっころ、ぽろり、久しいお。
すっかり立派になったじゃないかお。ここにいる犬たちはお前たちの子どもかお?」
三匹「にこにこぷん!」
三匹の頭をひとしきり撫でたのち、広場の真ん中でじっと座り続ける一匹の老犬に、ブーンは視線を送りました。
それから彼は老犬へと歩み寄り、その傍らに立ち、老犬と同じ一点を見つめながら言いました。
( ^ω^)「ショボンさん、お久しぶりですお。
そして、ちんぽっぽ、久しいお。お前も歳をとったおねぇ」
(*'ω' *)「ちんぽっぽ!」
老犬の特徴的な鳴き声ののち、しばらく黙りこくった一人と一匹。
そしてブーンはその場に屈みこむと、足もとから何かを拾い上げました。
その様子を三匹の犬とともに後方で眺めているだけのあたしには、それが白い棒のようなものだとしか分かりませんでした。
けれども、ブーンにはそれが何なのかも、誰のものなのかも、はっきりとわかっていたようでした。
( ^ω^)「……ビロードは一足先に逝ったのかお。
あいつは……孫の顔を見れたのかお?」
(*'ω' *)「ちんぽっぽ! ちんぽっぽ!」
( ^ω^)「……おっおっお。
君が僕の代わりにあいつを看取ってくれたのかお?
本当に……ありがとうだお……」
(*'ω' *)「ぼいん! ぼいん!」
それから二度、大きく中空へとび跳ねた老犬。
以後しばらく、ブーンと老犬はじっと一点を見つめたまま、彼らの間にやりとりは一度もありませんでした。
けれど、その沈黙は不思議と自然なものでした。むしろそうすることの方が、彼らにとっては当たり前なのだと思えるほどに。
きっと彼らの間には、あたしにはうかがい知ることの出来ない強い絆があったのでしょう。
だからあたしは、後方で彼らを見つめたまま、四匹の犬の名前についてのつっこみの言葉を、黙って飲み込みました。
その後、雪が降り始めたこともあって、ブーンとあたしは季節が移ろうのをそこで待つことにしました。
ブーン曰く「これまでで一番暖かい冬」とのことでしたが、
去年のこの時期はまだカフカス山脈を越えていないこともあり、
あたしにとっては初めて体験する本格的な冬、その寒さは想像を絶するものでした。
しかし、ブーンのおかげで防寒対策は十分だったし、
食料は犬たちがどこからから狩ってくる小動物の肉があったし、
冬も本番となりそれらの量が少なくなっても、残っていた保存食と少ないながら食べられる野草が近辺にあったので、
ブーン曰く「雪解けが早かった」こともあり、あたしたちはなんとか冬を越えることができました。
けれど、その間、一つだけ悲しい出来事がありました。
ちんぽっぽちゃんがこの世を去ったのです。
本当にあと少しで冬が終わる、そんな最後の冷え込みの中で、
ちんぽっぽちゃんの体はあの広場に横たわったまま、二度と動くことはありませんでした。
その夜のことを、あたしは一生、忘れることは出来ないでしょう。
ちんぽっぽちゃんが亡くなり、翌日彼女を広場に埋葬しようとなったその夜、
降りやんだ雪の大地の上、ブーンはずっと広場の真ん中に座り込んでいました。
冬の間、ちんぽっぽちゃんやビロード君、
そしてショボンさんとの旅の話をいくつか断片的に聞かされていたあたしは、
ブーンの落ち込みようも無理のないことだと、そっとしておこうと、
初めの方は力ない背中を離れたところから眺めていました。
けれど、満月が天頂に達したあたりで、
ずっと座りこんでいたブーンが立ち上がり、腰のナイフを引き抜いたのです。
雪により反射した銀色の月光が上下から世界を照らす中、
それから彼が何をするのか、それがあまりに心配でならず、あたしはいつの間にか、彼の背中に声をかけていました。
ξ゚?゚)ξ「馬鹿な真似するんじゃないわよ。あんたらしくもない」
( ^ω^)「……いたのかお」
ξ゚?゚)ξ「ええ。ずっとね」
振り返ることなく呟いたブーンは、スッと、ナイフを腰の鞘へと戻しました。
それからまた屈みこみ、黙りこむだけ。
音のない晩冬の夜、あたしは銀色の雪の上を彼に向かって歩きました。
そしてあたしが彼の側に立ったその時、ぽつりと、ブーンのものとは思えない弱弱しい声が聞こえました。
( ^ω^)「みんな……僕より先に逝ってしまうお」
声には力はなかったけれど、そう呟くブーンの顔は、いつものにやけ顔でした。
そうであるのが悔しいと言わんばかりに、ブーンは強く、拳を雪の上へと打ち付けました。
( ^ω^)「僕と関わった人は皆、僕と別れるか、僕より先に逝ってしまうんだお。
それなのに、僕は一度しか泣けやしなかったんだお。今も泣けやしないんだお。
僕はきっと悲しいのに、それなのに目からは涙がこぼれないんだお。
ちんぽっぽが死んだっていうのに、どうしても僕は泣けないんだお。彼女に申し訳ないんだお」
ξ゚?゚)ξ「……」
( ^ω^)「そうやって、泣けないまま誰かを看取って、それを繰り返して、
いつか誰もいなくなって孤独に死ぬのかと考えると……ちょっと寂しいんだお」
その言葉に、先ほどナイフを取り出したブーンの背中を思い出しました。
彼はきっと、ナイフで自分の体に傷をつけ、その痛みで涙を流せないかを試そうとしていたのでしょう。
彼が泣けないというのは、それほどまでに悲しみが度を越してしまったのではなく、
言葉どおり、本当に彼は泣くことが出来ないのだと後に知らされることになるのですが、
その時のあたしには、そうやって苦しんでいるブーンそのものが彼の涙なのだと、そう思えてなりませんでした。
だから、屈みこんで小さくなってしまった彼の背中に、あたしは思わず、こう声をかけていました。
ξ゚ー゚)ξ「大丈夫。あんたのその姿だけで、ちんぽっぽちゃんには十分伝わっているよ。
だってあんたたちは、ずっとずっと、一緒に旅してきたんでしょ?」
( ^ω^)「……」
ξ゚ー゚)ξ「それに、さ。あたしはあんたから離れない。あんたより先になんか死なないよ。
あんたが死ぬ時はあたしが看取って上げる。だからさ、顔を上げなよ。あんたらしくもない」
( ^ω^)「……お」
屈みこんだまま、短い声を出してあたしを見上げたブーン。満月に照らされた彼の顔が妙に若々しく見えたことと、
あたしはなんて恥ずかしいことを言ってしまったんだという自己嫌悪から、慌ててあたしは弁解しました。
ξ;゚?゚)ξ「か、勘違いするんじゃないわよ! あんたには借りがあるから、それを返すってだけだからね!
それに、あんたから離れないってのは、えっと、あんたから旅の方法を盗むためってだけなんだから!」
もっとも、あの時はあたしも若かったから素直になれなかっただけで、初めにかけた言葉はあたしの本心でした。
そういうところがあたしの悪いところで、けれどそれは若さを失った今となってもほとんど改善されていません。
だけど、ブーンはそのことを察してくれていたのか、
立ち上がり、真正面からあたしの顔を捉えると、ほほ笑みながらこう言ってくれました。
( ^ω^)「……ツンデレ」
ξ;゚?゚)ξ「な、なによ!?」
( ^ω^)「……ありがとうだお」
その時の、寂しさと嬉しさが交り合ったような何ともいえないブーンの笑顔を、
あたしは絶対に忘れることができません。
ξ*゚?゚)ξ「……」
そのあと、あたしに背を向け、頭上で輝く満月を見上げたブーン。
そんな彼の大きな背中を、ちょっぴり「いいなぁ」と感じてしまったことは、
結局、彼には伝えることが出来ませんでした。
早い春が訪れました。
あたしたちはこれから、東に向かって旅を続けます。新たな旅の仲間を連れて。
( 'ω' )「まんこっこ!」
( *><*)「わっかないです!」
まんこっこ君とわっかないですちゃん。冬の間、ブーンにとてもよく懐いていたこの二匹の子犬。
もうすかうというへんてこりんな名前の一人と二匹のお墓を旅立つ際、
旅のパートナーとしてブーンはこの二匹を選びました。
まんこっこ君は、ちんぽっぽちゃんにとてもよく似た雄犬でした。
そしてわっかないですちゃんという雌犬は、ブーン曰く、ビロード君にとてもよく似ているそうです。
ちなみにこの二匹の命名はブーンであって、決してあたしではありませんので、どうかあしからず。
( ^ω^)「それじゃあ、僕たちは行くお。お前たち、本当に世話になったお。
これからも長生きして、絶対に僕より先に死ぬなお。わかったかお?」
三匹「ドレミファドーナッツ!」
別れ際、じゃじゃ丸、ぴっころ、ぽろりの三匹は、彼らの子どもである他の犬たちを引き連れ、
大きくしっぽを振って、あたしとブーンを、
そして息子と娘であるわっかないですちゃんとまんこっこ君を、見送ってくれました。
あたしたちは歩きます。
うららかな春の日差しの下、わずかに舞い散るなごり雪とともに、
ショボンさんが、ビロード君が、ちんぽっぽちゃんが、三匹の子犬が、
そしてブーンが、かつて辿った遥かなる道の上を。
ブーンがちんぽっぽちゃんの毛皮を、あたしがブーンの超繊維のマントを羽織って。
それから二か月は、何もない赤い大地を歩き続けました。
変わらない風景。変わらない色。
いい加減それに飽き始めていた頃、あたしは地平線の彼方まで続く一本の道を見つけます。
( ^ω^)「これがシンワの道……シベリア鉄道だお」
ξ;゚?゚)ξ「……」
あたしは、唖然としました。
二本の錆びた鉄の棒が同じ間隔を保ったまま、どこまでも伸び続けているのです。
その上に、ブーンはそりを載せました。
そりについていた車輪は、二本の棒にカッチリ合わさっていました。
そのとき、ブーンがこの果てしない道の上を歩き抜いてきたのだという事実がハッキリとした現実味を帯びてきて、
あたしは恥ずかしささえも忘れ、ぼーっと、地平線の向こうまで続く道の先を見据える彼の横顔に見惚れてしまいました。
( ^ω^)「ん? 僕の顔になんか付いてるのかお?」
ξ;゚?゚)ξ「い、いや、なんでもないわよ! この馬鹿タレ!」
不思議そうな顔であたしに話しかけてきたブーンから慌てて眼をそらし、二本の棒へと視線を移しました。
視線の先では、まんこっこ君とわっかないです君が道の匂いを嗅いでおり、
それから二匹の子犬は、嬉しそうに尻尾を振りながらその先を見据え、一つ、大きな遠吠えを響かせました。
こうして、シンワの道、シベリア鉄道というものを辿る長い旅が始まりました。
二本の棒、これを線路というそうですが、
その上をそりは滑らかに転がってくれ、進む足取りは快調、
赤土地帯を間もなく抜け、いくつもの河が流れる湿地を通り越し、
夏、あたしたちは巨大な山脈の前へたどり着きます。
( ^ω^)「やれやれ、ウラルまで来るのに結構かかったお。
ま、あの時は相当急いでいたから、比べてもしょうがないことかお」
ξ゚?゚)ξ「そうなの? その話はまだ聞いてないよ? 聞かせてよ」
( ^ω^)「かまわんお。ただし、英語かロシア語かでだお」
ξ゚?゚)ξ<どひー
もちろん、もすかうでも、それ以後でも、ブーンからの言葉の教育は続いていました。
もっとも、あたしは彼とは比べようもなく頭が悪いから、ウラルという名の山脈を越え、初めての村に入り、
彼らと会話が出来ないことを悔しく思うその時まで、学んだ言葉なんてほとんど頭に入っていなかったけれど。
ウラル山脈。たどり着いたその山は、ブーン曰く、
土地だけじゃなく文化をも分け隔てる、カフカス山脈と似た意味を持つ山々なのだそうです。
急こう配な斜面が続き、そりを引きずり歩くことはなかなか確かに困難だったけれど、
ヒジャーズのそれと比べれば大したことはありませんでした。
あたしもなかなか様になってきたなと、その時は喜んだものです。
やがてウラルの頂まで辿りついたあたしたちには、登りとは一転、
そりに乗っかり斜面を滑り下りる、そんな早くて楽しい下りの旅が待っていました。
ξ゚ー゚)ξ「いやっほーい!」
晩夏の空、ピークを過ぎた山々の緑たちの濃い緑の中。体感したことのないスピードで走るそりの上。
過ぎ去る空気が運んでくれる匂いや、流れていく景色が見せてくれる初めての線にも似た色どりの景色、
それらに胸震わせたあたしの嬌声は、山彦となって世界に響きました。
( ^ω^)「おっおっお。はしゃぐ姿はジョルジュとそっくりだお」
風を切って進むそりの上、そんなあたしを、二匹の子犬を抱きかかえながら横目で眺め、ブーンはにこやかに呟きました。
間もなくウラルを下り終えたあたしたち。
そこに、あたしにとっては初めての、ブーンにとっては懐かしの村を見つけ出します。
ズラトウスト。その村の名前は、確かそんな感じでした。
村に足を踏み入れたあたしたち。
村人はブーンの姿を見るや否や、慌てて村長を呼び、ブーンに向かってこう尋ねました。
「カミノクニ……もうすかうはあったのですか?」
( ^ω^)「はい。ありましたお」
即答したブーン。のちに開かれた宴で、ブーンは村人たちへ「カミノクニ」の詳細を語りました。
それは恐らくもすかうのことだと、さすがのあたしでも気づいていて、
そしてブーンは、あたしたちが滞在したもすかうとは似ても似つかない、そんな「カミノクニ」を彼らに語っていました。
あたしは、ブーンの言うとおりあたしとは違う言葉を話す村人たち、その姿よりも、
真顔で平然と嘘をつく、そんなブーンの姿に驚いていました。
だからその夜、与えられた部屋の上で、久方ぶりの寝どこのぬくもりを享受しながら、あたしはブーンにこう尋ねました。
ξ゚−゚)ξ「あれで、本当に良かったの?」
( ^ω^)「……良かったんだお」
ξ;゚?゚)ξ「嘘だよ! だって、カミノクニっていうのは、もすかう……ショボンさんたちのお墓のことでしょ?
それなのにブーンは、お墓とは全然違うことを村のみんなに話していたじゃない!」
暗い部屋の中、知らず大きくなってしまっていたあたしの声が響きます。
だけどブーンは、いつも通りの声で、こう言いました。
( ^ω^)「僕が村の人たちに話したのは、ショボンさんが見たもすかうの姿だお。
僕やお前にとってはお墓のように感じられたそれも、ショボンさんには楽園のように感じられたんだお。
つまり、ものの価値や認識っていうのは、個々人にとって大きく異なるんだお。
だから、僕やお前の感じたもすかうも正しいし、僕が語って聞かせたショボンさんのもすかうも正しいんだお。
僕が彼らに語ったカミノクニは、ある一つの見方からすれば、やっぱり正しいものなんだお」
それからブーンはむくりと上半身だけを起こすと、暗闇の中であたしを見据え、言いました。
( ^ω^)「その究極、価値や認識を一つの定義としてまとめることが絶対的に不可能な、
そんな曖昧な蜃気楼のような存在を、人は『カミノクニ』って呼ぶんじゃないかって、そう思うんだお」
その後、春が訪れるまでズラトウストに滞在を許されたあたしたち。
ここであたしは必死にロシア語を勉強しなおし、村を発つ頃には日常会話ならなんとかこなせるようになっていました。
その間、ブーンは村の人々にいろいろなことを教えていて、彼らから大いに喜ばれていました。
彼らと手を取り笑い合うブーンを見て、旅の素晴らしさを、歩くということの素晴らしさを、あたしはひしひしと感じました。
そして、春。村人たちから頂いたたくさんの救援物資をそりに乗せ、
このひと冬で別犬のように大きくなった二匹の子犬とともに、あたしとブーンはさらなる東へと進み始めました。
その旅路は、まんこっこ君とわっかないですちゃん、ブーンとあたし、それぞれがペアとなり交替でそりを引くというもの。
休憩も満足にとれ、食糧も比較的豊富だったこの大地の旅は、とても快適なものでした。
二匹の子犬が引くそりの上、寝転がりながら風を受け、緩やかに流れていく風景を眺めながら、あたしは思います。
「ジョルジュに、パパやママに、サナアのみんなに、あたしの見ているこの風景を届けてあげたい」
そのことをブーンに伝えようとしたとき、彼は子犬たちに声をかけてそりを止め、どこかへ走りだしていきました。
ξ;゚?゚)ξ「ど、どこへ行くの?」
( ^ω^)「うんこだお」
死ねばいいのにと思いました。
やがて季節は移ろい、あたしにとっては四度目の冬。
あたしは、一つの旅の終着点へとたどり着きます。
イルクーツク。かつてショボンという絵描きが胸震わせ、いくつもの絵を残した場所。
ズラトウストと同じようなやり取りを経て滞在を許されたあたしたち。
その冬の終わり、あたしはブーンに、とある場所へと連れて行かれます。
( ^ω^)「ここが、バイカル湖だお」
ξ;゚?゚)ξ「……」
息を呑む。声も出ない。
眼下に広がる三日月とあたり一面の白は、そう形容するにふさわしいものでした。
けれども、旅のはじめに見た銀色のサナア、それには及ばない光景だったのもまた事実。
あの時以上の感動にあたしは出会うことが出来るのかと疑った、その日の夜。
持参したテントの中で眠りこけていたあたしの旅は、
深夜、ブーンに起こされたのち目にした光景によって、とりあえずの終わりを告げました。
ξ;゚?゚)ξ「……」
澄み切った夜空。瞬く無数の星の真ん中に浮かぶ三日月。
その光が雪の白を、眼下に広がる同じ形をしたバイカル湖を、銀色に染め上げていました。
そして、音のない世界に緩やかな風が吹き、積もった雪の表面を舞い上げます。
それらが三日月の光を帯び、キラキラと、まるで地上の星のようにあたしの周囲で光り輝くのです。
( ^ω^)「どうだお? これが僕の思う、世界で二番目に綺麗な光景だお」
雪崩が起きないよう注意を払った、ブーンの小さな声があたしに届きます。
あたしはそれを受けて、溢れる涙を止めることができませんでした。
「これが、あたしが見た中で、あたしの世界で一番綺麗な景色だ」と、
「きっとこれからもそうだ」と胸を張って言えるのに、涙がとめどなく頬を伝うのです。
ξ;?;)ξ「あれ……なんでだろう……変だな……嬉しいのに……
あたしは世界で一番……綺麗な景色を見つけたのに……なん……で……」
その時、あたしは気付きます。ああ、あたしの旅はこれで終わってしまったんだ、と。
それは、当然の涙でした。何もかもを捨てて歩き出したあたし。
それなのに、見つけ出したかった光景は四年足らずで見つかってしまったのです。
たかがこの四年間のために、あたしは何もかもを捨てたのでした。
こんなあたしを愛してくれたジョルジュを捨て、ここまで育ててくれた両親を捨て、
生まれ故郷のサナアを自ら手放し、そうやって歩いてきた目的が、わずか四年で達成されてしまったのです。
ではこれから、あたしはどこへ向かえばいいのだろう? 何を目的に歩けばいいのだろう?
一応、ブーンが生まれた場所という目的地はある。だけど、旅の一番の目的を達した今、
襲いかかってくるこの虚無感に勝る価値など、ブーンには申し訳ないけれど、そこには感じられませんでした。
サナアには当然戻れません。
戻れたとして、今更ジョルジュに、両親に、町のみんなに、どんな顔をして会えばいい?
そんな顔などあるはずがありません。
ならばあたしは、これからどこへ向かえばいい?
何を求めて、この広い世界の上を歩けばいい?
( ^ω^)「それを知りたければ、歩き続けるしかないんだお」
不意に、ブーンが声を発しました。まるであたしの心中を見透かしたかのようなその言葉。
留まることを知らない涙があたしの頬を濡らす中、
バイカル湖を見つめたままのブーンは、心なしか懐かしげな笑みを浮かべ、こう続けます。
( ^ω^)「お前がその意味を知りたければ、歩き続けるしか道はないお。
歩いて歩いて歩き続けて、立ち止まって振り返った時、それまでのすべてがカッチリ噛み合う、
そう説明づけられるだけの意味が、いつか必ず見つかるはずだお。この僕のように、だお。
だからお前は、これからも歩き続けるんだお」
ξ;?;)ξ「……」
そしてブーンはあたしの方へと歩み寄ると、あたしの肩に両手を乗せ、こう言ってくれました。
( ^ω^)「おめでとうだお。これからお前の、本当の旅が始まるんだお。
その先にお前が何を見つけるか、これからお前がどこまで歩くのか、出来る限り僕は見届けるお」
照りつける三日月。それを反射する銀色の雪。
さらさらと舞う風に吹かれた地表の雪たちが、あたしとブーンを包みました。
そして、ブーンはあたしの肩から手を放すと、懐から数十枚の紙を取り出しました。
ξ;?;)ξ「……何、これ?」
( ^ω^)「地図だお。この冬の間に書いておいたんだお」
それは地形やその名称だけではなく、さまざまな注意点、
たとえば何が食料としてあるのか、どう道を辿ればいいかなど、
そういう類のことまでびっしりと、ロシア語と英語、そしてサナアの文字の三つで書かれていました。
それからブーンは、紙の束をめくり、一番下にあった一枚を広げると、ある二点を指差し、こう言いました。
( ^ω^)「ここが、僕の旧友たちがいる村。そしてここが、僕が生まれた場所。
もし僕が道半ばで倒れたら、この地図を頼りに歩いてくれお」
ξ;?;)ξ「……ばかぁ……うぇ……
そんなざみじいごと……ひっく……言わないでよぉ……」
けれど、鼻水と涙でぐしゃぐしゃのあたしの声は届かなかったのか、
ブーンは身を翻し、どこかへ向かって歩き出します。
遠くなっていく彼の背中が、その時のあたしには手の届かないどこかへ行ってしまうような気がして、
雪崩が起きるから絶対に出すなと忠告されていたにもかかわらず、あたしは大声を銀色の山々に響かせます。
ξ;?;)ξ「ブーン! どこに行くのよ!? あたしを置いてかないでよ!」
その時、強い風が吹きました。それにより舞い上がった無数の雪たちが、中空を銀色に染め上げます。
キラキラと光を反射する彼らを間に置き、あたしへと振り返ったブーンは、変わらないにやけ顔で、こう言いました。
( ^ω^)「うんこだお」
本当に死ねばいいのにと思いました。
春、イルクーツクを立ち、再び東へと向かい始めたあたしたち。
新たに「歩く意味を探す」という目的が加わり、この旅立ちがあたしの第二の出発となりました。
これ以後の道程に、しばらくはこれといった出来事は起こりませんでした。
引くそりの重みを体に感じ、疲れた体をそりの上で休め、
景色を眺め、時には故郷の人々に思いを寄せたり、あたしの歩く意味について考えたり。
また、ロシア語はそれなりに話せるようになったので、本格的に英語という言葉の勉強も始めたり。
特筆すべきことといえばこれくらいでした。
そうやって道を進み、冬にツインダという村にたどり着き、他の村と同じようなやりとりをそこで交わし、
さらにその翌春、あたしたちはついに、シンワの道、シベリア鉄道の北端へと到達します。
( ^ω^)「懐かしいお。この先で僕は、お前たちのばーちゃんと、その主人に命を拾われたんだお」
( 'ω' )「まんこっこまんこっこ!」
( *><*)「わっかないです!」
ベルカキト。そこから先には線路などなく、
あたしたちは数年ぶりにむき出しの地面でそりを引きずり、北へと歩みを始めました。
そして、歩き始めて数日。
とある平原を前にしたブーンは、唐突にその上に寝転び、こんなことを口にしました。
( ^ω^)「考えてみれば、僕はここで死んでいたはずなんだお」
晴れ渡った青空を見上げ、大の字に寝転んだブーンは、
腰にいつも携えているあのナイフを抜き、切っ先を天に掲げます。
( ^ω^)「だけど、あの時ショボンさんとちんぽっぽに助けてもらったから、僕はここにいるんだお。
それだけじゃないお。ツンデレも、わっかないですもまんこっこも、だからここにいるんだお」
ξ゚ー゚)ξ「ふふ。あんた最近、昔以上に説教臭くなってきたわね」
そんなブーンの隣に、あたしも寝転びました。
それからジャンビーヤを取り出し、ブーンと同じように三日月形のその切っ先を青空へと掲げました。
そして、ブーンは呟きます。
( ^ω^)「僕たちの旅に栄光あらんことを」
続けて響いた二匹の遠吠えの中、「それ、何か意味があるの?」と笑って尋ねれば、
「ま、おまじないみたいなもんだお」と、ブーンも笑いました。
それからのおよそ二年間にも、特筆すべきことは何もありませんでした。
というより、あまりに厳しい道のりで、正確なところを覚えていない、思い出したくはないというのが正直なところです。
あり得ないくらいに長く寒い冬。
ツインダで入手していた大量の保存食はみるみる内に目減りしていき、あたりに存在する食料はごくわずか。
どうしてそこを越えられたのか、今でも不思議なくらいです。
冬の大半は深い穴倉で火を囲み、二人と二匹で身を寄せ合ってじっとしているだけ。
たまの晴れ間は必死に食料を探す。訪れた短い春と夏は、冬に備えた大量の保存食作りに時間をとられ、
これまでとは比べ物にならないほど、進むことの出来た距離は短いものとなってしまいました。
そんな、「歩くとは辛いことばかりだ」というブーンの言葉が身に染みて理解できた二年間。
その二度目の冬の終わり、ついにあたしは、
ブーンをして「世界で一番綺麗な場所」と言わしめる、一面氷に覆われた青色の世界、
ベーリング海峡へと到着します。
ξ;゚?゚)ξ「すごいね、ここ。本当に空を歩いてるみたい……」
青空が見えたその時、氷面は空の色を映し出し、
空と氷の境目がわからないほどの青をあたしに見せてくれるのです。
ゴロゴロと、雪山を越え二年ぶりに取り付けたそりの車輪の音がしなければ、
あたしは空を歩いているという錯覚にとらわれたまま、一生そこから抜け出せなかったかも知れません。
それと、ベーリング海峡は、本当は海なのだそうです。
あたしには到底信じられませんでしたが、指にとってぺろりと舐めてみた小さな氷の欠片は、ほのかに塩の味がしました。
ああ、本当にここは海が凍っているんだなと、
それを成し遂げてしまう自然の力の雄大さに、あたしは舌を巻いてしまいました。
( ^ω^)「……そうだおね」
そして、当のブーンはというと、
心ここにあらずといった表情で、あたしや二匹の後方をぼんやり歩くだけでした。
どうしたのだろうと心配で、引きずるそりを止めて、あたしはブーンへと歩み寄ります。
その時でした。正面に立ったあたしの体を、ブーンが唐突に引き寄せました。
それから、突然のことに思考が停止してしまったあたしの唇に、柔らかくて冷たい何かが触れました。
ほんの一瞬のことでした。
だけど、あたしを抱き締めたブーンの体の大きさを、
唇に触れた何かの感触を、あたしは一生忘れることは出来ないでしょう。
ξ;゚?゚)ξ「いいいいいいい、いきなりなにすんのよぉ!」
停止していた思考が戻るや否や、あたしは全力でブーンを突き飛ばし、
けれどその反動であたしの方が突き飛ばされる形になって、結局あたしがゴロリと氷上に転がってしまいました。
あたしの突き飛ばしなど屁でもない様子のブーンは、依然、氷の上にぽつりと立ったまま、
ボリボリと申し訳なさそうに頭をかきむしり、ほんの少し頬を赤らめ、言います。
(; ^ω^)「す、すまんかったお。こうすれば彼が戻ってくるんじゃないかと思ったんだお」
ξ;゚?゚)ξ「な、なによその理由は! お、乙女の初めての唇奪っておいて、あんたそりゃないわよ!」
(; ^ω^)「は、初めてだったのかお? そりゃあすまんかったお!」
ξ;゚?゚)ξ「……」
ξ;?;)ξ「いやあああああああああああああああああ! 今のは無効よおおおおおおおおおおおおお!」
正直、こんな初めても悪くはないかなと思っていたけれど、やっぱりそれではジョルジュに申し訳が立たなくて、
さらにはブーンの申し訳なさげな視線が物凄く痛くて、あたしは氷の表面に唇をつけ、消毒することにしました。
( ^ω^)「やっぱりどうやっても、君が戻ってくることはないのかお?
君はどうやったら……この世界を認めてくれるのかお?」
その時、ブーンの寂しげなつぶやきが聞こえて、唇を奪われたとはいえ、
さすがにあたしも何か声をかけないといけないかなと思いました。でも、それは出来ませんでした。
だって……だって……
ξ;゚3゚)ξ「ふ、ふーん!」
(; ^ω^)「お。なんだお、へんてこりんな声出して……って、お前まさか!?」
ξ;T3T)ξ「ほふなほ! くひひふはふっつひはっは!」
(; ^ω^)「ちょwwwwwwwww馬鹿かお前はwwwwwwwwwwww」
……唇が、氷の表面にくっついて離れなくなったのですから。
ブーンが迅速に火を起こしてお湯を作り適切な応急処置をしてくれなければ、
あたしの旅はそこで終わっていたか、もしくは、唇を永遠に隠したまま旅を続ける羽目になっていたでしょう。
だから、その後数週間、唇が通常の三倍に腫れあがったけれど、あたしは何の文句も言いませんでした。
そうやってベーリング海峡を渡り終え、それからの一年半を、南を目指して歩きました。
初めの一年はどの季節も比較的暖かく、飢えはしたけれども、死ぬまでには至りませんでした。
しかし、海峡を渡って二度目の冬の入り、ロッキー山脈という場所の北端で、
これまでに類を見ない早さと寒さで襲いかかってきた吹雪のため、
保存食は早々に底をつき、食糧もほとんど調達できなくなりました。
初めて直面する、本格的な飢餓でした。
そして、わずかに巡ってきた晴れの日。
ある可能性の薄い食糧を探しに行こうと、餓えた体を引きずってこもっていた穴倉を出た直後、
深く降り積もった雪の上へ、どさりと、ブーンがうつぶせに倒れこみました。
それから二度と、彼が立ち上がることはありませんでした。
― 2 ―
(ヽ^ω^)「僕が死んだら……僕の体を食べるんだお……お前……一人で……」
旅の全てを話し終えたのち、体を横たえる穴倉の中で、ブーンがあたしに言いました。
当然あたしは、何度も首を横にふります。嫌だ嫌だと、駄々っ子のように否定の言葉を繰り返しました。
僕を食べろ。その意味は簡単でした。あたしたちには食料がなかった。
それからくる飢えに真っ先に倒れたのが、年老い、体に蓄えのなかったブーンだった、というわけです。
だから、生き伸びるために僕を食べろと、彼はあたしにそう言ったのでした。
けれども、だからと言って「はい、食べます」と、いったい誰が言えるでしょうか?
これまで八年半、ともに旅したかけがえのない仲間を、あたしに足をくれた恩人を、どうして食べることが出来ましょうか?
だからあたしは拒み続けます。ブーンを食べるくらいだったら死んだ方がマシだ、と。
だけど、ブーンは許してくれません。痩せ衰えたその体で、二度と歩けはしないその体で、
かすれた途切れ途切れの弱弱しい声で、けれど断固として引かず、彼はあたしにこう言い放ちます。
それが、サナアを出て、ジョルジュや両親を捨てて、
そうまでして歩きだしたあたしの、たった一つの自由に対する責任なのだ、と。
この穴倉で身を震わせたまま、歩く意味を見つけられずに果ててしまったら、そのあとには何が残るんだ、と。
残るのはサナアの伝統をかき乱したこと、ジョルジュからジャンビーヤを奪ったという事実、
娘が伝統にそむいたことで虐げられているかもしれないあたしの両親や親類縁者、たったそれだけじゃないか、と。
そこまでの犠牲を払って歩き出した以上、あたしは可能性のある限り、生きて歩き続けなければならないのだ、と。
その先に歩く意味を見出し、世界に何かを残せるよう、出来る得る限りの最善のことをしなければならないのだ、と
それが、歩くという道を選び取ったあたし、その自由に課せられた、たった一つの義務なのだ、と。
だから、あたしは生きなければならない。たとえそれが、ブーンを食べるという方法であったとしてもだ、と。
二匹には食べさせてはならない。一度人の肉の味を覚えれば、今度はあたしが食べられるかもしれないからだ、と。
そうやって薄情なまでに生き延びて、あたしだけの歩く意味を、この世界の中に見出して見せるんだ、と。
たどたどしく、けれど最後まで言い切った後、ブーンは眠るようにまぶたを閉じ、こう呟きました。
――申し訳ない、内藤ホライゾン。僕は君をこの世界に引き戻せないまま、不覚、道半ばで果てる。
――この身を今より千年後、君がツンから未来を託された世界に贈ることは、ついに叶わなかった。
あたしは泣きじゃくりながら彼の冷たい手を握り、「死なないで」と、それだけを叫びます。
けれどブーンにはもう、あたしの声は聞こえていなかったのでしょう。独り言のように彼は続けます。
――生まれ落ちて、歩き始めて二十年あまり。様々な人々と出会い、様々な風景を見て、僕はここまで歩き続けた。
――その中に意味を見出した。それを最後まで果たすことは出来なかったが、こんな僕には、上出来な人生だった。
そして、ゆっくりとまぶたを開いたブーン。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃであったろうあたしの顔を見て、彼は諭すように微笑みました。
それからギュッと強く、彼の手を握りしめたあたしの手を握り返し、最期にこう、尋ねました。
(ヽ^ω^)「……ツンデレ……今夜は……満月かお……?」
問いかけだけを遺し、力の無くなった彼の手。
開いた彼のまぶたの奥には、もう色も光も映し出すことのないの瞳。
彼のまぶたを閉じ、彼の両手を胸の上に合わせたあたしは、
冷たい彼の体へと崩れ落ち、大声をあげて泣き続けました。
泣いて泣いて泣き疲れて、いつの間にか、あたしは亡骸の胸の上で眠っていました。
それからゆらりと立ち上がり、地面の感触さえわからぬまま外へと歩き出し、空を見上げます。
ξ ゚−゚)ξ「ブーン……月は出ていないよ……」
夜空には、月は出ていませんでした。それは、満月とは対極にある新月。
ブーンの旅の話を聞いていたあたしには、
なぜブーンが最後にそう尋ねたのか、手に取るようにわかっていました。
だからあたしは、もういるはずのない彼に向かって、ぽつりとこう呟きます。
ξ ;−;)ξ「だから……月は……あなたを殺さなかったんだよ……
月が誰かを殺すなんて……そんなの……なかったんだよ……」
ブーンの死後、すぐに吹雪が吹き荒れました。
それはずっとずっと終わりの見えないほどに続く、激しいものでした。
当の昔に無くなっていた保存食。
だから残されたあたしたちは、水分は確保できても、食糧を確保することは出来ませんでした。
そして飢えに飢えた次の晴れの日。
あたしは朦朧とする意識の中でブーンの死体を引きずり、
穴倉に二匹を遺し一人外に出て、雪の中に死体を横たえ、ジャンビーヤを引き抜き、
青空の下、死体に残っていた肉片や皮膚を切り取り、火を起こして、それを口にしました。
ξ;゚?゚)ξ「……おえ! うええええええええええええええ!」
初めは、仕事を忘れた胃が受け付けず、すぐに吐き出してしまいましたが、
徐々に、だけど確実に、あたしの飢えは消えていきました。
そうやって、あたし一人が、生きる力を取り戻しました。
冬はまだまだ続きます。
穴倉の中には、痩せこけた二匹の犬と、ほとんど健康体のあたし。
立ちあがるのがやっとなほどに衰弱していた二匹を横目に、たまの晴れ間は外に出て、
雪の中で保存していたブーンの死体を泣きながら食べるということを、あたしは繰り返していました。
ξ;?;)ξ「ごめんなざい……ほんどうにごめんなざい……」
それは、ブーンに対する、ジャンビーヤをこんなことに使ってしまったジョルジュに対する、
そしてなにより、ずっと一緒に旅を続けてきた二匹に対する謝罪でした。
仲間の死体を食べることは当然として、まだ息のある仲間を出し抜いて、
そうやって一人だけ空腹を満たしているあたしの気持ちが、どんなに辛く、みじめで、
狂いそうなほどに申し訳ないものだったか、それはきっと、誰も理解してはくれないでしょう。
それでもあたしは狡猾に、ブーンの肉を焼く匂いが二匹に届かないよう、穴倉から離れたところで肉を焼き、
その匂いが染みつかないよう、煙は絶対に浴びないようにし、
穴倉に戻るときは、木の樹皮や雪に服をこすりつけてにおいを消し、そうやって冬と飢えをしのいでいたのです。
もちろん、空腹が満たされたあと、二匹の食糧を探すため雪山をさまよったりもしました。
けれど食料はごくわずかしか見つからず、しかしそれさえも、二匹の空腹を満たすにはほとんど意味のないものでした。
なぜ、あたしはこうまでして生き延びなければならないのか。どうして、歩き続けなければならないのか。
それはあたしの自由に対する責任だからです。
そんなことはわかっていました。それでも、納得は出来ませんでした。
それなのに、いつしかブーンの体を食すことに、
確実に死へ向かっていく二匹を尻目に腹を満たすことに、あたしは何の疑問も感じなくなっていました。
その時のあたしはきっと、極限まで追い込まれていたのでしょう。
そしてある日、確か最後の吹雪の夜、まんこっこ君が息絶えました。
わっかないですちゃんは生きていました。どんな生き物も、女の方がしぶといということでしょうか。
そんなことをただ思うだけで、息をしなくなったまんこっこ君を見ても、あたしには何の感情も湧いてはきませんでした。
しかし、です。そのあと、よろよろと立ち上がったわっかないですちゃんが、
動かなくなった死体、その腸をむしゃむしゃと食べ出した時、食べながら何度も悲しそうな鳴き声を漏らしたその時、
あたしは彼女の姿に自分自身の行いを重ね、なんてことをしてしまったのだと、溢れる涙を止められませんでした。
そんなことまでして生き延びて何の意味があるのかと、そうまでして見つけた歩く意味があたしの所業に見合うものなのかと、
誰も答えてくれない疑問に、誰も答えることのできない疑問に、あたしはただただ苦しめられました。
そうやって、最悪の冬は過ぎ去りました。
うららかな春の日差しの下、活動を始めた小動物をわっかないですに狩らせ、
その肉を貪るように二人で食しました。
そして、骨と皮だけになっていた一匹と、頭部を残して骨だけになっていた一人の死体を、
雪の下から現れた黄土色の土の中に、あたしは泣きながら埋めました。
それから、ブーンの遺品として彼の足の骨を二つ、
そして彼の身につけていたすべてをそりに積み込み、歩き始めました。
途中、河にたどり着きました。
雪解けの透き通った水で一季ぶりに顔を洗おうと、水面に顔をのぞかせたその時でした。
ξ ゚−゚)ξ「……ひどい顔」
水面に映ったあたしの顔は、かつてものとは程遠い、とても人間とは思えない醜い形相をしていました。
だからあたしは顔を洗ったのち、衣服の裾をジャンビーヤで切り裂いて、
戒律ではなく自らの意思で、自らの顔を覆いました。
それからの道のりは、あまり覚えていません。
わっかないですと二人きりで、そりを引きずり、いつかブーンが手渡してくれた地図を頼りに、南へと下ったんだと思います。
そうやって山中を歩き回り、確か夏のことだったと思います、目的地とは異なった別の村へとたどり着きました。
( ゚ ゚)「道を尋ねたい。この近辺に、石で作られた村は有るだろうか?」
そう尋ねると村の門番は、あからさまに警戒のまなざしをたたえながら、
「もう少し南に下った所にあるはずだ」と、ぶっきらぼうな口調で教えてくれました。
それから「案内をしてはくれないか」「よろしければ一泊させてもらえないか」と、つたない英語でそうお願いしてみたものの、
獣を引き連れた顔を布で覆った女など、彼らには脅威の対象以外の何物でもなかったのでしょう、即座に断られてしまいました。
けれど、心優しい彼ら。立ち去ろうとしたあたしに、ひと袋の食料と香辛料の種を分けてくれました。
ありがたく受け取り、丁重に礼をして、身を翻したあたし。去り際、背中に問いを投げかけられました。
「あんた、昔もここに来なかったか?」
あたしは振り返り、もう一度深くお辞儀をすると、傍らの旅の友と一緒に、南へと下りました。
そして、秋の初めのころだったと思います。
ブーンが残した地図にあった通り、出来るだけ山の高い部分を進んでいたあたしは、
とある小高い丘へとたどり着き、そこから見下ろした景色の中に、石の村を見つけ出します。
( ゚ ゚)「あれか。ドクオさん、とかいう人の村は」
( *><*)「わっかないです!」
石の村は、まるで森の隙間を縫うようにしてそこにありました。
それがあたしには、ブーンに聞かされていたものより規模の大きなものに思え、
きっと、カミという存在が消えても、村人たちはブーンとドクオさんの望みどおりしっかりと生きてきたのだなぁと、
覆った布の下、辿りつけなかったブーンの代わりに緩んだ頬と、こぼれ落ちた涙を、
あたしは抑えることが出来ませんでした。
それから、山道を下りしばらくして、あたしとわっかないですは石の村の門をくぐります。
門番がいなかったあたり、初めは相当に平和な村なのだろうと思いましたが、それは違いました。
村に足を一歩踏み入れた瞬間、あたしは石槍を手にした屈強な男衆に囲まれます。
門に見張りがいなかったのは、たまたまだっただけか、もしくは、
村に誰かが侵入してもすぐさま追い返せる自信が彼らにあったからなのでしょう。
突きつけられたたくさんのたくさんの石槍と、男衆の鋭いまなざし。
「なにしに来ただか?」と、彼らは低い声であたしに問います。
しかし、あたしもわっかないですも動じることはありませんでした。
極限の飢えという死線をくぐり、それ以上に辛い体験をしたあたしたちには、
石槍など何の脅威にも感じられないのですから。
( ゚ ゚)「あたしは死んだあなた方のカミ、ブーンよりの使者だ。ギコさんとしぃさんに話がある」
あたしが要件を口にすると同時に、村人たちの様子は一変しました。
突如眼を見開き、互いに顔を見合せて口々に驚きの声を上げ出した彼ら。
しかし彼らの言葉はブーンから習っていた英語ではあったものの、微妙な差異も含んでいたため、
騒然とする場にどんな内容の言葉が飛び交ったのか、あたしは完全には理解できませんでした。
やがて、一人の男が村の奥へと駆け出します。
それからもあたしは「動くんじゃねぇべ」と、依然として石槍を突き付け続ける男衆に取り囲まれたまま。
けれども、彼らの眼からは先ほどまでの鋭さが減り、代わりに困惑の色が現れていました。
そんな中、石槍を突き付ける男たちの肩越しに村の奥の方をちらりと眺めれば、
村の男の子が、彼の妹でしょうか、その背に一人の女の子を隠し、あたしをキッと睨みつけていました。
女を守る小さな男のその姿に、知らず昔のジョルジュの面影を重ねてしまったあたし。
やはりここは良い村なのだろうと、顔を覆う布の下、自然と頬が緩みました。
それからしばらくして、彼女は現れます。
トテトテと危なっかしい足取りで細く小さな体を精一杯に動かしながら、可愛らしい声で叫んで。
(;*゚?゚)「ブーン兄ちゃ……ブーン兄ちゃはどこだべさ!」
それが誰であるのか、会ったこともないというのに、あたしにはすぐに分かりました。
― 3 ―
(*゚ー゚)「いんやぁ、さっきは取り乱してすまんかったべさぁ」
( ゚ ゚)「いえ」
あれから一つのやり取りを経た後、あたしはしぃさんの家へと案内されました。
村の男たちが「危険だべさ」と口々に言う中、
「こん人は悪い人じゃねぇべさ」と涙を拭きながら言ってくれたしぃさんの言葉が、
あたしにはたまらなくうれしかったです。
(*゚ー゚)「あん人は……ギコは、ちーと狩りに行っとってなぁ。もうすぐけぇってくると思うべさぁ。
だけぇ、詳しい話はギコさけぇって来てからお願いするべ。これさ飲んでぇ、もうちっと待っとってくれな?」
( ゚ ゚)「では、遠慮なく」
石のテーブルを挟んで向かい合い、差し出された石のカップに口をつけます。
その中に満たされていた透きとおった水が、心地よく、あたしののど元を通り過ぎました。
(*゚ー゚)「……うまいべか?」
( ゚ ゚)「ええ……美味しい」
その水は、ただの水だというのにも関わらず、なぜだか懐かしい味がしました。
あたしが感じたその懐かしさの正体は、こう言うことでした。
(*゚ー゚)「そりゃそうだべなぁ。だってそれ、ブーン兄ちゃが掘った井戸んだからなぁ」
そう言って、石卓の上で頬杖をつきながらにっこりとほほ笑んだ彼女。
その笑顔が、人の道を外したあたしにはあまりにも眩しすぎて、あたしは知らず目をそらします。
(;*><*)「わっかないですー……わっかないですー……」
そらした視線の先には、先ほど見かけた男の子と女の子。
二人はしぃさんとギコさんの子どもだったのでしょう。
そして、彼らに全身を弄ばれているわっかないですの姿。
しかし、玩具のように激しく弄ばれているというのにも拘らず、
わっかないですの表情は、なぜかちょっぴり嬉しそうに見えました。
その後しばらくの時間を置いて、彼は現れました。
慌てふためきながら屋敷の扉を荒々しく開け、
子どもとの遊びに疲れ果てダウンしていたわっかないですの尻尾を踏んで。
(;,,゚Д゚)「ブーンはどこだゴラァ!」
(;*><*)「ひぎぃ! わっがないでず!」
(;,,゚Д゚)「あ、ゴラァすまんだ」
身長がしぃさんの倍ほどもありそうな、筋骨隆々の、鉄のような肉体をした大男。それがギコさんでした。
ちょっと強面の、だけども精悍な顔つきをした彼が、足もとに駆け寄ってきた彼の子どもたちを纏わせながら、
身を縮こまらせてわっかないですに謝る、その姿がとても愛らしいくて、あたしは布の下で思わず微笑みます。
そんなあたしの元へ駆けよると、あたしの肩に大きくて固い両手のひらを置いて、彼は問いました。
(;,,゚Д゚)「ブーンは……あいつはどこにいるんだゴラァ!」
( ゚ ゚)「……」
強い力で肩を揺さぶられる中、あたしは、ギコさんの問いかけに答えられませんでした。
なぜなら、強面の彼の表情はさらに強張っており、
おまけに、もうすでに、彼の眼は涙を流しそうなほどに潤んでいたからです。
そんなあたしの代わりに、いつの間にか彼の側に立っていたしぃさんが、涙を流しながら言ってくれました。
(*;ー;)「ブーン兄ちゃんは……ドクオ兄ちゃんのとこさ行ったんだべさ」
(;,,゚Д゚)「……」
(*;ー;)「ブーン兄ちゃんは……オラたちに会いたがってくれてたそうだべさ」
(,,;Д;)「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
( ゚ ゚)「……」
室内に響いた、地鳴りのような、獣の雄叫びのような、ギコさんの泣き声。
立ち尽くし、天を仰ぎ、咆哮をあげ続けるギコさんの傍らで、彼に寄り添うように静かに涙を流していたしぃさん。
二人の涙は、雨期だけに流れるワジの水のように激しく、それからしばらく、流れ落ちるのを止めませんでした。
その後、二人の子どもとわっかないですを退出させ――
といっても、わっかないですは子どもたちに無理やり尻尾を引きずられ、連れ去られてしまっただけなんですけど――
あたしはギコとしぃさんに、今となってはもう二十数年前にこの村を発ったブーン、彼のその後について、端的に語りました。
そもそも、あたしの今の英語力では、端的にしかブーンの旅物語を語れなかったんですけどね。
それと、話がややこしくならないよう、彼が千年前の人間だったこと、そしてあたしの成した所業は語りませんでした。
そうやって話をすることで、あたしはとても重大なことに気づくのですが、それはまた別の話。
話の終わり、あたしは積み荷の中からブーンの遺品たちを取り出し、石卓の上に並べ置きます。
その中からギコさんは、ボロボロになり色あせていた原色の羽織を手に取り、握りしめ、再び涙を流します。
(,,;Д;)「あん馬鹿野郎……オラが……オラがおめぇさ殺すはずだったんに……
それまで絶対死ぬんじゃねぇべって……オラァ……最後に言ったじゃないかゴラァ……」
屈強な大男が、原色の羽織に顔をうずめ、身を震わせながら涙を零します。
その背中を、同じく涙を流しながら、しぃさんは優しくさすります。
「ああ、これが夫婦の姿なんだ」と、寄り添う二人のその後ろに、
あたしは、十年近く前に別れたジョルジュとの、あり得たかも知れない未来の夢を描きました。
それから落ち着きを取り戻した二人に、
あたしはブーンが旅立ったあとの、彼らの村の変遷について教えられました。
なんでも、カミノミ、カミノキというものがなくなってからしばらく、大人たちは半狂乱に陥ったそうです。
その半分が狂って死に、半分は正気を取り戻した。
そして正気を取り戻した半分の大人たちが、子どもらを育て、荒れてた村を整え、
それをギコさんやしぃさんたち、カミノミとカミノキを知らない世代が引き継ぎ、今の状態まで復興させたのだとか。
(*゚ー゚)「だども、オラたちはカミノミとカミノキがあったことを知ってる。
それは知らなければいけねぇ村の最大の汚点だって、生き残った大人に教えられたかんなぁ」
(;,,゚Д゚)「そすて、そん汚点を消し去ってくれたんが、ドクオ兄ちゃんとブーンだったってことも知ってる」
それからギコさんはあたしの眼をまっすぐに見つめると、強面の顔のまま、けれど嬉しい言葉で怒鳴ってくれました。
(,,゚Д゚)「だから、ブーンの使者であるおめをオラたちは歓迎するだゴラァ!
他ん村のやつはオラが殴り飛ばしてでも認めさせる! だから、好きなだけここさいやがれだゴラァ!」
(*゚ー゚)「うふふ。なんなら一生、ここに住んでもいいだべさぁ」
( ゚ ゚)「……感謝する」
こんなあたしにも、こんなに優しい言葉をかけてくれる人たちがいる。
だからあたしは、声が涙で震えているのを悟られぬよう、短い、そっけない言葉を返すしか出来ませんでした。
その日の深夜、ギコさんとしぃさんの屋敷の一室に寝床を与えられたあたしは、
子どもたちとの遊びに疲れ果てて死んだように眠るわっかないですを残し、外へ出ました。
満月の強い光のおかげで、周囲は良く見えており、その下で井戸は村のあちこちに点在していました。
しかし、万が一に備え、あたしは誰かに顔を見られることがないよう、村の外れにあった古い井戸まで歩きました。
そして、周囲に誰もいないことを確認すると、はらりと顔を覆っていた布を取り、布と顔を洗おうと水をくみます。
井戸の傍に転がっていた二つの桶に水を張ると、一つに布を浸し、もう一つに張った水で顔を洗います。
月光を浴びでゆらめく透明なその水はとても冷たく、その冷たさはまるで、あたしの穢れを洗い落としてくれるかのようでした。
それから布を洗い、絞り、適当な木の枝にかけて干し、ある程度乾くまで井戸の石壁に身を預けていた、そんな時でした。
(*゚ー゚)「それ、ブーン兄ちゃんが掘った井戸なんだべ」
しぃさんの声がしました。反射的に声のする方へと視線を向けてしまったあたし。
そこでは、ゆったりとした原色の羽織を身にまとった彼女が、満月を背に預け、ほほ笑みながら立っていました。
あたしは声の彼女の方へ慌てて背を向けると、そっけなく言葉を返します。
ξ ? )ξ「そうなの」
(*゚ー゚)「んだべさ。そんだけじゃない。こっから少し行ったとこさある石橋も、
畑さ囲んどる堀も、ブーン兄ちゃんが作ってくれたんだべ。そんでな、
ツンデレさんに泊まってもらった部屋は、ブーン兄ちゃんが一年間住んどった部屋なんだべ。
こん村は、ブーン兄ちゃんが作ってくれたもんで溢れとるんだべさぁ」
あたしは彼女に背を向けたまま、縮こまることだけしか出来ませんでした。
はやくこの場を立ち去ってほしい、そんなことを願いながら。
けれど、しぃさんの声は続きます。
(*゚ー゚)「ホントは、嫁のオラがギコん家さ住まねばなんねぇんだがな。
ギコん親は狂って家さめちゃめちゃにして、それっきり、山ん中へ消えてけぇってこんかったからさ。
そんあとギコは、オラん家に住むようになっただ。オラの親は狂わんかったからさ。
だから、オラはギコの嫁さなった今でも、子どもん頃の家、ブーン兄ちゃんと過ごした家にギコらと住んどるんだべ」
しぃさんの声は、彼女の外見と同じように、可愛らしい、耳にとても優しい響きを持っています。
幼い顔つきだけど、纏った雰囲気は母性そのもの。女性のあたしから見ても、魅力的な人です。
おそらくはあたしとさして歳の離れていないそんな彼女が、この時のあたしには憎らしく思えてなりませんでした。
あたしだって、歩きださなければ、足を失っていれば、もしかしたら彼女のような女性になっていたかもしれないのです。
去年の冬が厳しくなければ、もっと遅くに来ていれば、あたしだってあんなことをしなくて済んだかもしれないのです。
この顔を再び布で覆わなくて済んだかもしれないのです。
わかっています。それはすべて、あたし自身が選び取ったことで、その責任はすべてあたしにあることなんて。
もう、納得しているんです。しぃさんのような女性になることは出来ないことも、はっきりとわかっているんです。
だけど、この時ばかりは、胸の奥底から溢れてくる汚らわしい嫉妬を、あたしはどうしても留めておくことが出来ませんでした。
(*゚ー゚)「ツンデレさん、夜は冷えるべ。だからさ、もうけぇろ?」
ξ ? )ξ「触らないで! 近寄らないで!」
だからあたしは、背後から響いた柔らかい声とともにあたしの肩に置かれたその柔らかい手を、強く、振り払いました。
(;*゚?゚)「……ツンデレさん、どうしたんだ……」
ξ ? )ξ「こっちに来ないで! あたしの顔を見ないで!」
あたしは頭を抱え、井戸の傍で縮こまったまま叫びます。
ξ;?;)ξ「あたしは、あなたみたいに綺麗な女じゃないの! 違う! もう人間でもないの!
だってあたし……ブーンを食べたんだもん!
飢えに襲われて、それに任せて、あたしはあたしを救ってくれたブーンを食べちゃったのよ!」
一度堰を切った想いは留まることを知らず、
その勢いはあたしを立ちあがらせ、しぃさんへと振り返らせ、それでも言葉として溢れ続けます。
ξ;?;)ξ「それだけじゃない! あたしにはわっかないですの他にもう一匹、仲間がいたの!
あたしはその子を見殺しにしたのよ! 自分だけがブーンを食べて、そうやって飢えを満たして!」
ξ;?;)ξ「生き延びたわっかないですも……きっとあたしを恨んでる……
それでもあたしは彼女を引き連れて……彼女に狩りをさせて……彼女にそりを引かせて……
そうやって歩いてきた……そしてこれからも歩き続ける…・・・そんな醜い女なのよ、あたしは!」
あたしはしぃさんの肩をつかみ、自分の顔をしぃさんの目の前へと突き付け、叫びます。
ξ;?;)ξ「さあ、笑ってよ! そうやって歩いてきたあたしの顔を!
そして目をそらしてよ! 汚くて醜いこの顔から! さあ!」
いつの間にか、あたしは英語ではなく故郷の言葉で叫んでいました。
それが初めからだったのか、途中からだったのか、それとも終わりのあたりだけだったのか、わかりません。
だから彼女に、どれだけあたしの叫びが伝わったのかはわかりません。結局それは今でも、です。
けれども、あたしはそんなことなどお構いなしに、しぃさんの体を揺さぶり、顔を彼女の前へ晒し続けました。
晒して、故郷の言葉で叫び続けました。
(*゚ー゚)「なしてそんな綺麗な顔さ、布で隠し続けるだかぁ?」
しかし、しぃさんはそう言って首を傾げ、優しく微笑んでくれました。
(*゚ー゚)「綺麗な顔だぁ……ホーント、綺麗な顔だべ」
ξ;?;)ξ「……」
しぃさんが両手を伸ばし、あたしの頬に優しく手を触れて、言います。
(*゚ー゚)「楽しいことも、嬉しいことも、辛ぇことも、悲しいことも、ぜーんぶ知っとる顔。
全部知っとって、そんでも挫けることさねぇ、強くて優しい顔だべさ。おら、嫉妬しちまいそうだべ」
秋夜の空気は、故郷の夜と同じくらいに冷えます。
けれど、頬に触れたしぃさんの手はとても温かくて、声はとても柔らかくて、
満月に照らされた彼女の顔は、まったく似ていないというのに、故郷に捨てた母のそれに思えてなりませんでした。
そして彼女は、小さなその体であたしを抱きしめると、背中を優しくさすりながら言ってくれました。
(*゚ー゚)「だからもう、隠さんでいいんだぁ。そん綺麗な顔で、お天道様の光いーっぱい浴びるといいだぁ」
ξ;?;)ξ「うあ……うああああああああああああああああああああああああああああん!」
こらえることなど出来ようもないあたしの叫びが、夜に響きました。
それからいつまでも泣き続けるあたしを、しぃさんと満月の光は何も言わず、優しく受け止め続けてくれました。
それから半年以上を、石の村で、ギコとしぃさんの家で、かつてブーンが眠った部屋で、過ごしました。
その間、あたしはブーンのように知識を伝えることなんて出来ませんでしたから、
木の実を採る手伝いをしたり、わっかないですとともに、小動物を狩ったりして過ごしました。
(,,゚Д゚)「にすても、おめの狩りの腕はすげーべなぁ。てぇしたもんだべ」
( ゚ ゚)「いや、わっかないですが素晴らしいだけですよ」
(,,゚Д゚)「んなこたねーべ。おめは腕っぷしもめっぽう強ぇしよ……」
( ゚ ゚)「あらやだ。そんなことありませんよ」
( #)Д゚)「なら殴らんでくれだゴラァ。見えんくらいパンチが速ぇだゴラァ」
夕食の際、そんな冗談を放つギコさんにもう一発お見舞いすれば、彼は石卓の上に突っ伏して動かなくなりました。
そんな彼の様子に大笑いしながら、食事のため口元の部分だけ布をずらしていたあたしに向け、しぃさんが言います。
(*゚ー゚)「にすても、食事ん時くれぇ布は取ればいいんにぃ」
( ゚ ゚)「いえ。これは寝るとき以外は取りません。そう決めたんです」
そうです。「これが歩く意味だ」と自信を持って言えるその日まで、
あたしはこの顔を布で覆い続けようと、あの夜、固く決心したのです。
そして、春の足音が聞こえ始めました。そんな、うららかな小春日和のある日、
間もなく旅立とうと考えていたあたしは、ギコさんとしぃさんにとある場所へと連れて行かれます。
わっかないですは村の子どもたちの人気者になっていて、その日は連れて行けませんでした。
というより、村の子どもたちも付いてきたがったので、生贄としてわっかないですをあたしは村に残したのです。
(;*><*)「わっかないです! わっかないです!」
わっかないですの苦しそうな声が山彦として響くほど、標高の高いところにあった彼らの石の村。
そこから数時間下った、ほとんど山のふもとと呼んで差し支えのないその場所が、彼らの目的地でした。
(,,゚Д゚)「ここがカミの祠だったとこだべさ。ここでドクオ兄ちゃんはカミを殺すた。
そんでドクオ兄ちゃんも、ここで死んだんだぁ」
(*゚ー゚)「本当はもっと早くさ連れて来たかったんだども、冬は寂しぃだけの場所だかんなぁ。
そんかわし、春はこげな風にいーっぱいの花に包まれるんだべさ」
( ゚ ゚)「……」
大きくえぐれた、お椀のような地面。
その中にはびっしりと、色取り取りの花が咲き乱れていました。
ここが、ブーンの友が天才の意思を受け取り、散った場所。
目の前に広がる光景の美しさに、あたしは思わず息をのみます。
あたしの隣に立つギコさんも、そのまた隣に立つしぃさんも、
彼らにとっては初めてでないその風景を前に、あたしと同じように息をのんでいました。
そして、あたしが懐に仕舞っておいたあれを取り出そうとしたその時、ギコさんがこう声を漏らします。
(,,゚Д゚)「オラは、ドクオ兄ちゃんが大好きだった。
この石槍だって、ドクオ兄ちゃんのを真似て作ったんだぁ」
そう言って、いつも手放すことのない石槍の柄を、ドンと地面に突き立てたギコさん。
依然としてジッと、ドクオさんの死に場所に咲く花たちを眺めながら、彼は続けます。
(,,゚Д゚)「オラはずっとずっと、ドクオ兄ちゃんの後ろ姿さ追っかけて来た。
とーちゃんとかーちゃんが狂って山ん中さ消えても、ドクオ兄ちゃんみたいに強く生きようと覚悟さ決めた。
だども、こうやってドクオ兄ちゃんより歳さとっても、オラは追いつくことだって出来ねぇでいるだ……」
そう言って、見下ろしていた顔を正面に向け、ジッと東を、「死んだ大地」の先を眺めるギコさん。
彼はきっと、その向こう側に、追いつけることのない偉大な男の後ろ姿を見ようとしているのでしょう。
だからあたしは、懐から取り出したブーンの太ももの骨の片方を、
眼下に広がる窪んだ花の大地、彼の親友の墓へと放り投げ、言いました。
( ゚ ゚)「あたしは、ドクオさんという人物をブーンの話の中でしか知りません。
だけど、あたしの想像の中のドクオさんは、ギコさん、あなたにとてもよく似た方なんですよ」
(,,゚Д゚)「……」
ギコさんが、眼をまん丸く見開いてあたしの顔を見ました。
そして、こらえるように唇を噛みしめ、顔を天へと向けます。
(,, Д )「……世辞なんて……いらんのだ……ゴルァ……」
それだけを残し、ずっとずっと、空を仰ぎ続けたギコさん。
その傍らに寄り添いながら、柔らかい笑みで彼を見つめ続けたしぃさん。
見下ろした大地のくぼみでは、花たちが春の風に吹かれ、楽しそうにゆらゆらと踊っていました。
そして、春が訪れます。とても温かい春でした。
旅の支度を整えたあたしとわっかないですは、旅の目的地、東の大地の先へと歩き始めます。
(,,゚Д゚)「どうしても行くのか?」
(*゚ー゚)「こんな村で良けりゃ、ずっと住んでくれて構わんだべよ?」
石の村を出る際、村人総出の見送りの中、ギコさんとしぃさんが言ってくれました。
正直言うと、とても名残惜しかったです。村人たち、村の子どもたち、そしてギコさんとしぃさん、
彼らが住むこの村で余生を過ごしたいと、かつてのブーンがそう思っていたように、あたしも思っていたのですから。
( ゚ ゚)「申し訳ないですが、あたしには行かなければならないところがあるんです。
本当にすみません。このたくさんの食料と、あなた方の言葉、あたしにはそれで十分過ぎるほどです」
けれど、あたしは歩かねばなりません。
歩いて歩いて歩き続けて、そこ意味を見出さなければなりません。
いや、実を言うと、もうこの時点で、あたしは自分の歩く意味に薄々検討が付いていました。
しかし、どうしてもあたしは、あの場所へ行かなければなりませんでした。
行って、今胸の内にあるあたしの歩く意味が本物なのかどうかを、確認しなければなりませんでした。
(,,゚Д゚) 「……そうか。わかった。おめの旅の成功を願ってるだゴラァ!」
(*゚ー゚)「そんでそん旅さ終わったら、
ぜってぇここさ帰ってくるだ! あん部屋はずっと開けとくから!」
あたしの身勝手な言葉に、ギコさんとしぃさんは笑ってそう返してくれました。
( ゚ ゚)「……また、会いましょう」
( *><*)「わっかないです!」
本当はもっと言葉を交わしたかった。
けれど、これ以上留まれば泣いてしまいそうで、
あたしは一言だけを残し、彼らに背を向け、歩きだしました。
傍らにわっかないですを引き連れ。
この背にたくさんの人の想いを繋げて。
遥か東、死んだ大地の向こう側に、ブーンの生まれた場所。
あと千年眠り続ける、天才たちの寝床を探しに。
― 4 ―
赤い河へと続く水の流れに沿って、
昇っては落ちるいくつもの月と太陽、そしていくつかの季節の中を歩きました。
深い緑の草原を抜け、十年振りの赤い土の上に立ったあたしとわっかないですは、
かつてブーンがそう呼んだ、名前に反して透明な水の流れる、レッドリバーであろう河へとたどり着きます。
あたりはどこまでも続く赤い大地。点在する丈の低い樹木以外、そこには何もありません。
こんな場所から、この土の下にあると言う「チカシセツ」、その一点を探し出すのは不可能だろうなと思いました。
やがて、真っ赤でまん丸い小さな実をつけた植物、そして、まっすぐな葉の下にたくさんの黄色い粒をつけた植物、
赤い大地から不自然に浮いたそれらの生える広い草原が、河の流れを下るあたしたちの目の前に姿を現します。
あたしは草原の入り口にそりや旅の荷物を置き、わっかないですとともにその中へと分け入り、生っていた実をもぎました。
( ゚ ゚)「これが……クーさんと内藤ホライゾンが育てた実……」
赤い実は、噛めば弾けて独特の汁を口に広げました。
黄色い粒は、その欠片が歯と歯の間に入り込むのだけれど、噛めば噛むほど甘味の出る非常に美味なものでした。
それらを口にしながら、肩び辺りまで伸びる草たちの間を、あたしは地下に続くという入口を求めかき分け歩きます。
しかし、あたしの予想に反して、それは早々に見つかりました。
足もと、地面の一角に、植物の生えていない本当に小さな四角いむき出しの地面があったのです。
そこには小さな取っ手のようなものがあって。
それは握り締めて持ち上げればパカリと開いて。
そしてその下に、階段が現れたのです。
(; ゚ ゚)「間違いない……ここだ!」
(;*><*)「わっかないです!」
どこまでも深く黒の中へと続いていく階段、
その奥へ、あたしとわっかないですの声が響いていきました。
あたしは片手にジャンビーヤ、片手に松明を握りしめ、嫌な汗が背中を流れ落ちていくのを感じつつ、
最大限の警戒状態に入ったわっかないですとともに、深い階段の底へと足を踏み入れました。
階段はどこまでも深く、それは闇の中へ永遠に続いているかのようでした。
すぐに日の光は届かなくなり、掲げた松明の赤い光だけでは頼りなく、
流れる空気はしんと冷え切っていて、あたしの背中の汗はすぐに引いていきました。
あたしとわっかないですの息遣いと足音だけが、闇の中には響きます。
奥へ進めば進むほど静けさはどんどんと増し、それは自分の心拍さえも聞こえてしまうほど。
破裂してしまうのではないかと疑わせるほどに響き続ける胸の鼓動は、
主であるあたしよりも一足早く、階段の先にある光景を予見していたのかも知れません。
やがて、永遠に続くように思われた階段は終わりを告げます。
その先に現れたのは、とても巨大な洞窟。
見上げた天井は空のように高く、道は松明では照らせないほどに、どこまでも続いていました。
(; ゚ ゚)「い、行くわよ!」
(;*><*)「わっかないです!」
自らを鼓舞するために出した声は穴倉の中で強く反響し、あたしたちを驚かせました。
恐る恐る、洞窟内を進みました。
手にしたジャンビーヤの先端は、あたし自身がそうであるせいか、小刻みに震えていました。
そうやって進むうちに洞窟の終わりへとたどり着き、
その終着点にとあるものを、松明の火が映し出します。
(; ゚ ゚)「何なのよ……このでっかい壁は……」
(;*><*)「わっかないです……」
それはジャンビーヤと同じ色をした、固さをした、冷たさをした、見たことがないほどに巨大な壁。
恐る恐る近づいて見れば、その壁の一部が突然、パカリと左右に開きました。
(; ゚ ゚)「おわ! ホントになんなのよ……」
(;*><*)「わっかないです……」
びくりと身を震わせたあたしとわっかないですは、
壁に悪態をつきながら、開いた部分から壁を潜りました。
そしてその先に広がっていた光景を前に、あたしはただ呆然と、立ち尽くすだけでした。
(; ゚ ゚)「なによ……ここは一体なんなのよ!」
天井から射す真っ白な冷たい光に照らされた、だだっ広い部屋のような場所。
石でもなければ木でもない、おそらくはジャンビーヤと同じ金属か、
もしくはそれ以外の、あたしの知らない何かで出来た、どちらにしろひんやりと冷たく固い無機的な壁面。
壁の一部分には、わけのわからない文字か数字らしき何かの羅列が、光を放ちながら連なっていました。
そして部屋の床には、たくさんの細い、人が身長くらいの長さの楕円形の物体が無数に横たわっていました。
それを眺めた瞬間、全身を悪寒が駆け抜けました。
心臓の鼓動が張り裂けそうなほどに早くなり、手のひらから汗が滲みます。
「ここは生き物が来るべきところではない」
あたしの本能が警告を鳴らしているかのようでした。
(;*><*)「……」
本能からの警告を裏付けるかのように、
わっかないですも耳を、尻尾を、体毛を逆立たせ、全身を小刻みに震わせていました。
彼女は部屋の入り口に立ち尽くしたまま、決してその場から動こうとはしませんでした。
しかし、あたしはその中へと進みました。
なぜなら、きっとここが「レイトウスイミンソウチ」とかいう場所で、
きっとここがブーンの生まれた場所であると、そう確信していたからです。
そしてあたしは、視線の先に、パカリと開いた楕円形の物体を見つけます。
ブーンの話によれば、そこで内藤ホライゾンが死に、ブーンが生まれたはずです。
楕円の中を覗こうと、あたしは駆けよりました。
駆けより、思わず悲鳴を上げます。
(; ゚ ゚)「ひっ!」
パカリと開いた楕円の下の床には、白骨化した死体が横たわっていました。
転がっていた頭の骨。その窪んだ眼骨が、あたしの方をじっと見上げていました。
それを前にした瞬間、全力で足を動かしながら、あたしはもと来た道を引き返していました。
入口へ向かい、わっかないですを引き連れ、
部屋を出て、再びの洞窟の中を、外へ続く階段を目指しました。
まるで誰かに追われているかのごとく一心不乱に、です。
なぜならあたしは、転がっていた頭蓋骨、空いていた二つの黒い空洞のその奥に、
有るはずのない両眼がギョロリとこちらを見据えるのを、見てしまった気がしたからです。
そしてその両眼が、こう言ったように思えたからです。
「ここは寝床なんかじゃない。ここは千年前から千年後へと続く墓場なのだ」と。
「君もここで、僕と同じように眠ってみるかい?」と。
だからあたしは、その両眼から逃れようと、ひたすらに地上を目指しました。
旅に慣れた体が悲鳴を上げるほどに、速く、長く、暗闇の中を走り続けました。
その先にあるはずの太陽を目指して、限界を超えた体で階段を駆け上りました。
そして気がつけば、あたしは地面の上に仰向けに横たわり、茜色染まった空を、わっかないですとともに見上げていました。
― 5 ―
地上に舞い戻ったあたしとわっかないですは、赤く染まる世界の上に、朽ち果てた小屋を見つけます。
小屋は風雨にさらされ、植物に侵食されてボロボロになっていましたが、
疲れ果てた今のあたしには、テントを広げる余裕はありませんでした。
だからあたしは、一目見て小屋が内藤ホライゾンとクーさんが作った家であるとわかるにもかかわらず、
それに気付くことなくふらふらと小屋の中へ侵入し、ガクリと床の上に崩れ落ち、顔の布を取ることも忘れ、眠りにつきました。
( ゚ ゚)「んあ……」
目覚めたのは夜でした。それはその日の夜だったのか、はたまた次の日の夜だったのか、わかりません。
ただ、あたしの両眼は、これ以上眠ってしまえば二度と開かないくらいに、腫れぼったくなっていました。
( *><*)「わっかないです!」
そして傍らには、わっかないですが座っていました。
彼女は目覚めたあたしの顔をペロペロと舐め、嬉しそうに尻尾を振りしだきます。
( ゚ ゚)「ごめん。心配かけたね。大丈夫。あたしは当分死なないよ」
( *><*)「わっかないです!」
彼女の頭をグリグリと撫で、寝過ぎの顔にむくみを感じつつあたしは笑います。
それからようやく、今いる場所が内藤ホライゾンとクーの作った小屋なのだと気づき、
朽ち果てた壁面や天井、床板を眺めます。
眺めてるうち、夜なのにそれらが見えていることに気づいたあたしは、
「ああ、今夜は満月なのだなぁ」と、外に出ました。
予想通り、東の空には満月が輝いていました。
昇り始めの月というのは、ほのかな赤色に染まっているものです。
その理由など馬鹿なあたしにはわかりませんが、あたしは赤い月光が照らす草原に立ち、
生っているいくつかの黄色い実をもぎました。
( ゚ ゚)「たぶん、これがトウモコロシなんだろうな」
口元の布をずらしてその粒を食し、空腹を満たします。
同じようにわっかないですにもその粒を食べさせたあと、草原をかき分けて進み、
小屋の近くにあった一本の木の下へとあたしたちはたどり着きます。
その木の下には、一本の、明らかに人の手が加わった、朽ち果てた木の棒が転がっていました。
もしやと思ったあたしは、腰のジャンビーヤを引き抜き、
悪いことだとは理解しつつも、木の周囲の地面を掘り起こします。
わっかないですも手伝ってくれ、
そうやって数時間あたりの土を広く浅く掘り続けて、ついにあたしは見つけ出します。
( ゚ ゚)「この人が……クーさん……」
木から少し離れた土の中から月光の下に姿を現したのは、白骨化した亡骸でした。
頭蓋骨の両こめかみ部分に深い穴が一つずつ空いているのを見て、あたしは亡骸の正体を確信しました。
あたしは再び草原の中をかき分け進み、
草原と赤土地帯の境目に置きっぱなしにしていたそりの上から、ブーンの遺品の一部を取り出します。
それらを携え再び木の近くへと戻り、掘り起こした亡骸の傍へ置いていきます。
黒いジュウという武器。ショボンさんの黒いナイフ。
そして、残ったもう片方のブーンの太ももの骨。
( ゚ ゚)「他にもたくさんあるけど、それはまだあたしが使うから、今度来る時まで預かっておくね」
呟いて、堀起こした亡骸と置いた遺品と遺骨の上に、土を戻していきます。
そして最後のひと土を盛るその前に、あたしは顔を覆った布を取り、大地にはらりと落としました。
わっかないですがそれを見て、尋ねるように一つ声を上げました。
( *><*)「わっかないです?」
ξ゚ー゚)ξ「いいの。もう、これはいらないから」
そう残して最後の土を盛り、こうして出来たブーンとクーさんのお墓を前に、深く、礼をしました。
ξ゚ー゚)ξ「ブーン、あたし、ようやく着いたよ」
転がっていたあの木の棒を墓標として土の上に深く突き刺しながら、あたしは続けます。
ξ゚?゚)ξ「すごい場所だったね、あんたの生まれた所。あたし、怖くて逃げだしてきちゃったよ。
だってあそこ、お墓みたいだったんだもん。それも普通のお墓じゃない。
誰も入ることが許されない、入ったらどこかへ引きずり込まれそうな、そんなお墓だった」
突きさした墓標を前に、あたしは背筋を伸ばして立ち、笑みを作ります。
ξ゚ー゚)ξ「ギコさんとしぃさんに会ったよ。二人とも、あんたのために泣いてたよ?
ギコさんなんか、すごい大声で泣いてたんだよ? ちゃんと聞こえてた?」
( *><*)「わっかないです!」
唐突に響いたわっかないですの鳴き声が「わかんないです」と聞こえて、
ブーンの言いたいことを代弁しているように思えて、あたしは彼女の頭を撫で、言います。
ξ゚ー゚)ξ「そうだよね。わかんないよね。だってあなたはここにはいない。
あなたはもう、この世界のどこにもいない。このままじゃ、あなたは二度と歩けない」
ξ゚ー゚)ξ「だからね、あたしはもう一度、あなたを歩かせようと思うんだ」
( *><*)「わっかないです?」
撫でていたわっかないですが首を傾げながら、まるで意味を問いただすかのように鳴きます。
あたしは彼女に笑みを返し、それからまた墓標へと視線を移し、姿勢を正して誓いました。
ξ゚ー゚)ξ「あたしね、ギコさんたちの村に帰って物語を書くよ。
あなたが歩いてきた物語を。あたしが歩いてきた物語を。
それが、あたしが見つけた、あたしだけの歩く意味」
そうやって改まっている自分がちょっと恥ずかしくなり、
あたしは墓標の前に屈みこみ、照れ隠しとしてグリグリとわっかないですの頭を撫でました。
それからまた墓標を向いて、頬をポリポリと掻きながら言いました。
ξ゚ー゚)ξ「ギコさんとしぃさんにブーンの話をした時、あたし、気づいたんだ。
こうやって話を語り伝えていけば、それを聞いた人たちの中であなたは、あたしは、
あなたが出会った人々は、あたしが出会った人々は、ずっとその中で生き続けるんだって。
その人たちからまた別の人に話が伝わって、そうやって未来まで生き続けるんだって」
ξ゚?゚)ξ「だけど、人から人に伝えられる中で、
あなたが歩いてきた物語は、少しずつ変えられていくかもしれない」
そう言ってから立ち上がり、あたしは手近にあった植物から黄色い実をいくつかもぎ取りました。
そのうちの一つをわっかないですの前に置いて、
むしゃむしゃと食べ始めた彼女を眺めながら、あたしはまた続けます。
ξ゚ー゚)ξ「だから、あなたから直接話を聞いたあたしが、
あなたの歩いた道を正確に、永久に変わることが無いよう、本として残そうと思うんだ。
そしてその本のうちの一冊を、この土の下のお墓に置こうと思うの」
それからあたしは、残りの黄色い実を墓標の前に備えます。
だけど、あたしが本を置きたいのはこのお墓ではありません。
このお墓のさらに下にある、あの場所です。
ξ゚?゚)ξ「ねぇ、ブーン。あなた、言ってたよね。『僕は今と千年前を繋いできた。
そこにたくさんの人の想いを結びつけてきた。それが僕の歩いてきた意味だ』って。
でも、あたしは違うと思う。あなたの歩いてきた意味は、それだけじゃないと思う」
屈みこんだ状態で頬杖をつき、そこにいるはずのないブーンに向けて、あたしは自分なりの考えをぶつけました。
ξ゚ー゚)ξ「あなたはね、千年前と今だけじゃなく、未来も繋いでいたんだよ。
あなたは、歩いてきた道の上にたくさんの種を植えてきた。それは世界中に散らばっている。
その種っていうのは、内藤ホライゾン、あなたの中にいたその人の知識なんだよ」
そして立ち上がり、振り返ります。その先には、赤土の大地から浮いた広大な草原。
ξ゚ー゚)ξ「それはいつか必ず芽吹いて、幹を伸ばして、世界中に花を咲かせる!
そしてたくさんの実をつけるんだよ! 千年前の世界より素晴らしい未来っていう実を!
今ここに葉を広げている、内藤さんとクーさんが植えた植物たちみたいに!」
草原の端から端まで指でなぞり、あたしは夜に叫びます。
あたしの動きに呼応して、遊びと勘違いしているのでしょう、嬉しそうにとび跳ねるわっかないです。
そんな彼女が可愛くもあり、だけどうざくもあったので、蹴りを一発お見舞いしました。
ξ゚ー゚)ξ「この土の下に眠ってる天才さんたちは、きっと目覚めて驚くよ?
だって、その人たちが知ってる世界よりはるかに凄い世界が、千年後にはきっと待ってるんだもん!
それはブーン、あなたのおかげ! あなたが出会ってあなたを歩かせてくれた皆のおかげなんだよ!」
歌うように叫ぶあたし。地に伏したわっかないですではなく、
そのさらに下、千年後まで眠り続ける天才たちに向け、あたしは声を落とします。
ξ゚ー゚)ξ「そのことをさ、あたしは彼らに教えてあげるの。あのお墓の中にあたしが書いた本を置くことで」
その言葉を自分に向けられたものと勘違いしたわっかないですが、
起き上がり、あたしの胸に飛びかかってきました。
「ごめんごめん」と笑いかけ、あたしは彼女を抱きあげ、
天頂に達していた銀色に光り輝く満月を一緒に見上げ、呟きました。
ξ゚ー゚)ξ「その本の中で、あなたは永遠に歩き続ける。いや、あなただけじゃない。
あたしも、クーさんも、ドクオさんも、ギコさんも、しぃさんも、ショボンさんも、
ビロード君もちんぽっぽちゃんも、三匹の子犬さんも、ヒッキーさんも、ジョルジュも。
わっかないですも、まんこっこ君も、みんなみんな、本の中で歩き続けるんだよ」
ξ゚?゚)ξ「ねぇ、ブーン? あなた、満月が嫌いだって言ってたよね?
満月があなたの前で人を殺すって言ってたよね?
でも違うよ。こんなに綺麗な月が、人を殺すはずがない」
照る月は、いつでも世界を銀色に染め上げます。誰かが流す悲しい涙さえも美しく。
いや、悲しい涙こそ美しく、月は銀色に染め上げようとするのでしょう。
ξ゚ー゚)ξ「きっと、満月はあなたを慰めていたんだよ。
目の前で誰かが死んであなたが悲しんでる時、だから満月はいつも浮かんでたんだよ」
それからあたしは思い出します。
旅のはじめに見た銀色の故郷の町を。
世界で一番美しいと思った、今でもそう思っている、バイカル湖の夜を。
そして、にじんだ視界の先に映ったのは、
それらに負けないくらい美しい、風に揺れる銀色の草原。ブーンのお墓。
ξ;ー;)ξ「だってほら……見てよ……
満月に照らされたあなたのお墓は……草原は……こんなにも綺麗なんだよ?」
かつて、歩き続けた男と、それからも歩いた女がいました。
道半ばで倒れた彼。そのあとを女は引き継ぎ、
辿りついた始まりと終わりの場所で、歩く意味を見出しました。
ξうー;)ξ「あはは……ブーンにはまだ……見れないよね……
だってあたし……まだ本……書いてないもんね……」
けれど、彼女の歩みはまだ終わりません。
むしろ今、彼女は本当の意味で歩き始めたばかりなのです。
だから彼女は、これからも歩き続けます。
出会ったたくさんの「もの」たちとともに、ずっとずっと歩き続けるために。
ξうー゚)ξ「だから、しばらくお別れだね。
あたしが本を書き終わるまで。歩く意味を達成するその時まで」
彼女はジャンビーヤを引き抜き、夜空に向けて掲げました。
月と同じ色に光る刀身の表面に彼女は、笑う自分自身の姿を見ます。
笑う自分、そのさらに後ろに彼女は、
これまで出会ってきたたくさんの人々の顔が見えた気がして、再び微笑み、こう呟きました。
ξ゚ー゚)ξ「その時にまた、この世界の上を、一緒に歩こうね」
連結部 歩き続けた男と、これからも歩く女の話 ― 了 ―
・
・
・
・
・
緩やかに流れる時 千年後も今も同じ
歩き続ける道の先 君は一体何を見る
( ^ω^)ブーンは歩くようです ― 了 ―
出典:( ^ω^)ブーンは歩くようです
リンク:http://wwwww.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1195322586/

(・∀・): 314 | (・A・): 182
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