キミニヨバレテ 後編

2009/07/19 01:42 登録: 萌(。・_・。)絵

http://moemoe.mydns.jp/view.php/17354の続き

昼間だというのに辺りは薄暗い。
グレーの空にはそれよりも少し黒に近い雲が広がっている。

( ^ω^)

空とは違う真っ白な世界に足跡を付けて歩く男が一人。
首にはマフラーを巻いて口元を隠している。

複数重ねた服の上から長めのコートを羽織って、寒さをしのいでいるようだ。
空から降る白くふわふわとした雪は、体につくと色を失う。

( ^ω^)「もう少し、待つお」

男は、しんしんと積もる雪を踏み固めながら、目的地を目指していた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

<第4話 冬の天道>



弟者の望みを満たしてから幾らかの月日が流れた。
だんだんと寒くなる空気は、肌に刺さるようにブーンを襲う。

( ^ω^)「・・・ふぅ」

時々マフラーを口元からずらしては冷たい空気を吸い込む。
吐き出す息は白い。

空を見上げると、灰色の紙にぽたぽたと白い絵の具を垂らしたようだった。
違和感は感慨にふけるブーンを急かす。

( ^ω^)「そんなに急ぐのかお?」

歩きながら、違和感に語りかけるように独り言をつぶやく。


今回の違和感の持ち主は「杉浦 ロマネスク」。
ブーンは彼の右足と繋がれていた。

弟者の街にいたときから、彼は何かに遅れないようにしているようだった。
もちろんそれがなんなのかはブーンには分からない。

どうせ着いてしまえば分かるのだろうが。

ブーンはただ彼の望みに遅れないように歩くだけだった。



いつの間にか雪が降ってきた。
いつの間にか雪に囲まれていた。
いつの間にか雪の上を歩いていた。

途中見つけた街に立ち寄っては、最小限の準備を整えて出発。
何とも忙しないのだが、これがこの旅らしいな、とブーンは割り切っていた。

どうしてもまた来たいのなら、全部が終わった後にすればいい。
その全部がいくつあるのか分からない以上、ブーンは急ぐしかない。

( ^ω^)「冷たいおー」

ブーンは頭にかかった雪を手で払う。
残念ながらフード付きの服や、帽子などは手に入れることが出来なかったのだ。

雪は触れた途端に溶けてしまうため、正しくは水滴を払うのだろう。
ブーンは何度もそれをしながら、転ばぬよう気をつけていた。


それからまた少しの日が過ぎた。

空は最近には珍しく、蒼い顔を見せている。
陽の光に照らされた雪がキラキラと光る。

積もった雪の表面は少し溶けているようで、柔らかかった雪は砕けた氷のようになっていた。
手に取ってみると、ジャリジャリとしていて、じんわりと溶けるのが分かる。

( ^ω^)「ほっ」

小さな玉を作っては遠くに投げる。
何もせずに風景が同じ道を行くのに飽きたのだろう。

( ^ω^)「おりゃ」

何度もそれを投げる。

( ^ω^)「ふんっ」

またしても。


しばらくするとそれにすら飽きたようで、肩を落とす。

今までの違和感は速めのテンポで達成できたが、今回は違う。
右足はなおも訴え続けていた。

するとブーンは急に何かを考え始めた。
そう、右足が見せる夢についてだ。

いや、見るというよりも聞いたという表現の方が正しいだろうか。
会話が聞こえてくるのだ。
目を覚ましても忘れない、大切な記憶。

いつも聞こえるのは、ロマネスクと可愛らしい声――――。



『マスター、これはなんです?』

『マスターではない。ロマネスクだ』

『ロマネスクとマスターは違う人物なのですか?』

『いや、同じだけど・・・』

『ならマスター、これは何です?』

『・・・これは天道虫だ』

『テントウムシ?あ、止まりましたよ!!』

『死んだふりだろう』

『死んだふり?』

『危機を感じるとそうやるのだ』

『いまいちわかりません・・・』

『少しずつ覚えればよい』

『私、テントウムシ好きです。テントウムシは何が好きなんですか?』

『花・・・であろう、自信は無い』

『なら、たくさん花を植えましょう。きっと素敵です』

『うむ。それも悪くないな』

『マスター、テントウムシが死んだふりをしています』

『・・・これは死んだふりではない』

『だって、動きませんよ?』

『ふりではないのだ、死んだのだ』

『どうしたら動きますか?』

『土に埋めてやろう、きっと空で動けるようになる』

『私もいつか止まりますか?そしたらまた空で動けますか?』

『ああ、お前も、吾輩も止まるだろうな。そしてきっと動ける』

『でも、マスター私ここが好きです』

『ああ、吾輩もだ』



これを聞いた時は何とも思わなかったが、何か引っかかる。
少女とロマネスクの会話、うまく表現できないが、違和感を感じてしまうのだ。

それも着けば分かるというのなら、行くしかあるまい。

そして、視界に変化が現れた。
遠くの方で灰色の煙が上がっているのだ。

何かを燃やしているのだろうか。
走りたいという衝動に駆られるが、流石にそれはできなかった。

誰が作ったか知らない通路があるとはいえ、下は雪だ。
表面が溶けて、テカテカと光るそこを走るのは難しい。
間違いなく転ぶ。



ゆっくりと、気をつけて。
自分に言い聞かせながら前に進む。

やっとのことで辿り着いた場所は、一つの街だった。
流石家のいた街よりは小さいが、大きな工場がいくつも並んでいた。

まず思ったのが、異色であるということ。
人も多いのだが、それ以前に違うものが歩いている。

人の形を模して作ったようなモノが歩いているのだ。
とても重そうな荷物を運んでいるモノもいる。

(;^ω^)「なんぞこれ・・・」

初めてみる異様な光景にブーンは目を丸くする。
機械の街、と言い表すのが一番良いのだろう。

ただ立っていてもしょうがないため、足を進める。
右足の違和感はこの街を指していると思ったが違うらしい。


食料を調達してすぐに出よう。
そう思った矢先だった。

右足はその時間すらも許さないと言わんばかりに引っ張るのだ。
ブーンはそれに驚き、違和感に従い街を突っ切る。

入ってきた入り口とは正反対の入り口。
ブーンにとっては出口となるのだが、そこから目を凝らすと一つの家が見えた。

どれぐらい離れているだろうか。
歩いてみなければ分からないのだが、違和感は恐らくあそこを指している。

( ^ω^)「・・・よし」

荷物なんて後でそろえればいい。
今、やるべきことはロマネスクの望みをかなえること。

再び歩くことになった雪の通路を慎重に進み家を目指す。


家の前まで来て何を躊躇うことがあるのか。
右足がそう言っているような気がして、遠慮勝ちながらも扉をノックする。

返事は無い。

( ^ω^) 「あのー」

もう一度ノックするが返事は無い。
まさか誰も住んでいない?
この寒い中、右足が汗をかいている気がする。

(;^ω^)(ちょ・・・どうするのこれ)

慌てふためきながら辺りを見回す。

雪。

街。

雪。





( ^ω^)「お?」

もう一度見る。

雪。
街。

ここで、街の方から人が歩いてくるのが確認できた。
よく見ると隣には小さな犬もいる。

( ^ω^)「あの子かお」

右足はしっかりと意思を表す。
きっとあの子がこの家の持ち主。

手には大きな荷物を抱えている。
その子が覚束無い足取りで歩いて――――。

( ^ω^)「あ」

転んだ。





(;^ω^)「大丈夫かお!?」

荷物を家の前に置き、転んだ子に駆け寄ろうとするブーン。
しかし下は雪道である。

(;^ω^)「あ」

転んだ。

(;^ω^)「いてーお」

尻もちをついたブーンは、ゆっくりと立ち上がる。
転ばないように、気をつけながら。

「大丈夫ですか?」

顔をあげると、先程転んだ子が目の前まで来ていた。
右手を出して、「立てますか?」と。

( ^ω^)「どうもですお」

ブーンはその手を取り、立ちあがる。
彼女の手は恐ろしく冷たく、思わず離してしまいそうになった。




(*゚ー゚)「気を付けてくださいね」

彼女はそう言うと、軽くお辞儀をしてブーンの横を通り過ぎていく。
あまりにもあっさりとしていてブーンは惚けてしまった。

2人の距離が少し離れると、ブーンもようやく我に返る。

(;^ω^)「ちょっと君、ロマネスクって知ってるかお?」

思わず駆け足になってしまう。
しかし今度は転ぶことなく彼女の元へと行くことができた。

(*゚ー゚)「ええ、私を造ってくださった方です」

(;^ω^)「へ?」

造った?生んだじゃなくて?
ブーンは必死に言葉の真意を知ろうとするが失敗に終わる。

(*゚ー゚)「マスターのことを御存じなのですか?」

彼女は柔らかく笑い、ブーンに尋ねる。




( ^ω^)「・・・ええ」

(*゚ー゚)「そうですか」

ブーンが重々しく放った言葉を余所に、彼女はそれだけを言って家に入っていく。
彼女は相変わらず笑っているようだった。

( ^ω^)「え、あれ?」

▼・ェ・▼「わん」

犬はブーンに一瞥をくれ、彼女と同じように家に入っていく。
雪と静寂の中にブーンは取り残されていた。

彼女はロマネスクに馴染み深いのではないのか?
あの声は夢で聞いた声と同じものだった。

ならばなぜ反応を示さない。
兄者と同じタイプなのだろうか。



ロマネスクはというと、家に入れと指示をしているようだった。
ブーンは少し拗ねながら荷物を拾い、扉を2、3度ノックする。

(*゚ー゚)「はい」

扉をあけて出てきたのは先程の少女。
当たり前なのだが。

彼女の足には小型の犬が身を寄せている。
相当懐いているのだろう。

( ^ω^)「ロマネスクさんのことでお話しすることがありますお」

今度はどんな反応をするのだろうか。
ブーンの脈は少しずつ早くなる。

(*゚ー゚)「そうでしたか。お入りください」

やはり表情を崩さない。
ブーンは言われるがまま家の中に入ってゆく。




ブーンは説明をする前に、目の前の少女に訊きたい事があった。
それはロマネスクとの関係。

夢の中の会話や、実際に接してみて、引っかかる点が多すぎる。
まずはそれを聞いてから話をしよう。

窓際にあるテーブル、そこの椅子に座り少女と向かい合う。
少女は変わらない表情でブーンをじっと見つめていた。

( ^ω^)「僕の話の前に、一つ聞きたい事があるんだお」

(*゚ー゚)「なんでしょうか」

( ^ω^)「君とロマネスクの関係は?」

単刀直入に訊くブーンに少女は首をかしげていた。
「先ほども言いましたが?」と言われブーンはますます頭を抱える。



(*゚ー゚)「私はマスターに造られました」

それはさっきも聞いた。
ロマネスク、君は一体どんな教え方を――――。

そこで少女は何を聞きたいのか分かった様子で手を叩く。
ブーンもそれと時を同じくして何かに気づく。

( ^ω^)「君、人間じゃないのかお?」

(*゚ー゚)「やはりそれが訊きたかったのですね」

彼女はブーンの考えが解ったことがよほど嬉しかったらしい。
声のトーンが淡白なものから明るめのものになっていた。

(*゚ー゚)「私は機械です。造ってくれたのがマスターです」

機械というものがこれほどまでに人間に似るのかと考える。
さっき通ってきた街に居たのは、無機質な人型だったから。

(*゚ー゚)「ご用件をお聞かせください」

少女の声はまたしても淡白なものに戻っていた。
犬は暖炉の火で温まるように寝そべっている。

これで話すのも3回目。
部位だけでいえばもう半分だ。

( ^ω^)「それじゃお話しますお――――」

彼女はブーンの話を身動き一つすることなく聞いていた。
ロマネスクが死んだということを聞いた時も「そうですか」の一言だった。


( ^ω^)「――――以上ですお」

ブーンが話を終える。
それを聞き終えた彼女の反応は、

(*゚ー゚)「お疲れ様です。今コーヒーをお持ちします」

これだけだった。

( ^ω^)(どう見たって人なのに・・・)

感情が無いのか、というとそうではないのだろう。
ブーンの考えを当てた時、確かに彼女は喜んでいた。

( ^ω^)(ロマネスク、望みは何だお)

ロマネスクの意思というのは今までで一番大きかった。
まるで時間が限られているかのような。

そこまで考えると、彼女がテーブルに二つのコーヒーを置く。

(*゚ー゚)「冷めないうちにどうぞ」

ブーンはカップを手に取り、湯気を無くすように息を吹きかける。
二度ほど湯気を消すと、ゆっくりとそれを口に運ぶ。



外は暗くなり始めていた。
そういえば彼女の名前をまだ聞いていない。
ブーンはコーヒーを啜りながらぼんやりと考えた。

(*゚ー゚)「しぃ、です」

彼女はコーヒーを飲み終えたブーンの質問に答える。
熱いのが苦手なのか、何度も吹いてはちびちびと飲んでいる。

(*゚ー゚)「マスターは空に居るんですね」

唐突に彼女は呟く。
やはりさみしいのだろうか。

( ^ω^)「・・悲しいかお?」

(*゚ー゚)「いいえ」

やっぱりか、と、ブーンはため息をつきそうになる。
しかし彼女の口から出た言葉は意外なものだった。

「私も、もうすぐ行きますから」



( ^ω^)「それ、どういうことだお?」

その言葉を聞いた時、予想は簡単にできた。
何故ロマネスクが急いでいたのもわかった。

しかしそれを信じたくなかった。
だから訊いた、「もしかしたら」、こんな期待をしていた。

(*゚ー゚)「停まるんです。明後日、私は活動を終了します」

外はいつの間にか表情を変えていた。
あれほどまで穏やかだった空は鉛色になり、見境の無くなった風が雪を運んでいた。

ロマネスクの望み。
それは彼女を看取ることなのだろう。

推測にしか過ぎない。
だけどもそれがあっているような気がしてならなかった。



「マスターの部屋で寝てください」、彼女が言った言葉だ。
しかし、彼の部屋の散らかり方はあまりにもひどいものだった。

結局ブーンは暖炉の近くのソファーで一夜を過ごした。



こんなにも気が重い朝は久しぶりだ。
ブーンは黙って窓の外を眺める。

昨日の夜から変わることのない天気。
窓に張り付く雪は、時間が経つごとに少しずつ形を変えてゆく。

(*゚ー゚)「朝食できましたよ」

彼女の一言でブーンは辛気臭い顔を取り払う。
彼女が笑っているのに自分がこんなのじゃ駄目だろう、と。

( *^ω^)「おいしそうだお」

(*゚ー゚)「どうぞ、召し上がってください」

その一言をきっかけにブーンは朝食を口にする。
彼がそれをすべて平らげるのに時間はかからなかった。

(*゚ー゚)「お聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」

( ^ω^)「なんだお?」

(*゚ー゚)「私は出来損ないですか?」

( ^ω^)「そんなことないお!」

彼女から他の機械は命令のみを実行すると聞いた。
しかし、しぃは自分の意志を持ち行動している。

感情だってある。
出来損ないどころかほぼ完ぺきだろう。

(*゚ー゚)「ありがとうございます」

彼女はそう言うと席を立ち、洗い物をしに行く。
ブーンは暖炉の近くのソファーで犬を撫でていた。

▼・ェ・▼「わん」

犬は悩みごとなど無いかのように吠える。
それを見てはブーンはどこか寂しげに笑う。

暖かい部屋の中でブーンはゆっくりと目を閉じた。


( ´ω`)「・・・お?」

足元では犬が丸くなり寝ている。
こちらも眠ってしまっていたようだ。

外は暗いがまだ夜にはなっていない。
そこで足に何かを感じる。

しぃが右足を枕にする形で寝ていた。
気持ち良さそうに寝ている彼女を見ていると、機械であることを忘れてしまう。

晴れていたらこの位置にも陽の光が当たる。
そしたらもっと気持ちよく眠れるのではないか。

だが天気はこちらの言い分を聞いてくれない。

ブーンは彼女の髪をそっとなでる。
白い髪のショートヘア。

しばらくはこうしていよう。
彼女が起きるまで、こうしておいてあげよう。

ロマネスクもそれを望んでいる。
彼女の親なのだから。


彼女は目覚めるとすぐに、「すみません」と謝り夕食の支度をしに行った。
ブーンは手伝おうとするが、お客様ですからと言われ、ただ待つのみ。

( ^ω^)「お前はどうするお?」

▼・ェ・▼「?」

犬に話しかけても何も返ってこない。
苦笑いをしながら頭を撫でてやる。

気持ちを良さそうに尻尾を振る姿はとても可愛らしい。

この犬は、ロマネスクがこの家を出た後に、しぃが拾ったらしい。
名前は特に無いとのこと。

(*゚ー゚)「さあ、食べましょうか」

しばらくすると彼女が料理を運んでくる。
手の込んだ夕食を迎え、自然と笑顔に変わる。

「最後なんですね」

彼女が消えるように呟いた一言は、ギュッと胸を締め付ける。
それは誰に言ったわけでもないのだろう。

(*゚ー゚)「どうしました?」

ブーンは彼女の問いかけに答えることが出来なかった。


夜は一層暗さを増す。
ブーンは昼間に多く睡眠をとったため、眠くなかった。

ソファーから暖炉の火を眺めていると、彼女がそばに寄ってくる。
トン、とブーンの右側に腰をかけ同じように火を見つめる。

(*゚ー゚)「もう一度お話聞かせてもらえませんか?」

( ^ω^)「旅のかお?」

(*゚ー゚)「はい」

ブーンは前に話したことをもう一度聴かせる。
あの時と同じ内容、しかし少し明るめに。

目の前にある彼女の顔はあの時と違っていた。
話によっては眉を曇らしてみたり、くすくすと笑ったり。

やっぱりそんな表情ができるんじゃないか。
なんでもっと早く見せてくれなかったんだ。

ブーンは泣きそうになるのを堪えながら話を続ける。
何もしてやれないのだろうか。


彼女はいつの間にかブーンの方に身を寄せて眠っていた。
近くにあった毛布を取ってそっとかけてやる。

僕も少し寝よう。
彼女が起きた時、眠かったなんて言ってたら話にならない。

眠くないが、目を閉じ無理矢理に眠ろうとする。
すると次第に意識は朦朧としていき、最後には眠りにつくことができた。


( ^ω^)「・・・」

朝が来ていた。
吹雪は止み、温かな陽が差していた。

彼女はブーンが起きた時に一緒に起きたようだ。
暖炉をぼんやりと眺めながら、弱くなった火に薪を燃べる。

それをやった直後、彼女は「あ」と小さい声を上げる。

(*゚ー゚)「もうこんな事しなくても良かったんですね」

もう停まる時間は近いですし。
その一言にブーンははっとして、立ち上がる。

(;^ω^)「あの街の人!あの街の人たちならなんとか出来るんじゃないかお?」

(*゚ー゚)「ええ」

ブーンの考えをあっさりと肯定する。
ならばなぜ黙っていた、何故それを言わなかった?
ブーンは尋ねた。

彼女は優しく笑うと問いかけに答える。


(*゚ー゚)「テントウムシ」

(;^ω^)「え?」

こんな時に何を。
ブーンは戸惑うがしぃはすぐに口を開く。

(*゚ー゚)「死んだふりは、テントウムシの特権ですよ」

彼女はそう言ってほほ笑む。
それに、きっと今からじゃ間に合いませんよ、と付け足して。

ブーンには理解できなかった。

(*゚ー゚)「だから少しでも傍にいてください。マスターと一緒に居させてください」

それが彼女の本心だったのだろう。
彼女のことを想う人はもうこの世にはいない。

だったら――――と。



ブーンはソファーに座りなおす。
「膝をお借りしてもよろしいですか」と訊かれ、頷いて返すと彼女は嬉しそうに横になる。

(*゚ー゚)「私、この世界が好きなんです」

( ^ω^)「・・・うん」

(*゚ー゚)「春は暖かくて、夏は騒がしくて、秋は寂しくて、冬は綺麗で」

ブーンは黙って頷いて彼女の髪をなでる。
くすぐったいですよ、という彼女は嫌そうではなかった。

(*゚ー゚)「でも、マスターがいた時は、もっと好きでした」

( ;ω;)「そうか、お・・・」

堪えられなくなった涙がいくつも落ちる。
最後は笑顔を見せるはずだった、なのに――――。

(*゚ー゚)「嬉しいのですか?」

( ;ω;)「え?」


(*゚ー゚)「マスターは嬉しいことがあると、それをたくさん流していましたよ」

しぃはそう言って涙を指す。
ブーンは違うと言って首を横に振る。

( ;ω;)「これ、は、涙って、言って、悲し、い、時にも、でるん、だお」

途切れ途切れになりながらもブーンは声を出す。
「悲しいのですか?」この一言に今度は縦に首を振る。

すると彼女はブーンの涙を指で掬い、自分の目に持っていく。
なかなかうまくいかないようで、それは流れることはなく、目元を濡らすだけとなった。

(*゚ー゚)「ほら、出来ました!涙です」

ようやく流れた涙は、彼女の頬を伝ってゆく。

(*゚ー゚)「これは、悲しくてうれしい涙です」

( ;ω;)「・・・・」


(*゚ー゚)「あなたが泣いているのが悲しいです。空に行けるのは嬉しいです」

「マスターがいますから」

彼女はそれを言って目を閉じる。
時間はすぐそこまでやってきていた。

「春になると、ここにはたくさんの花が咲くんです」

「マスターを驚かせたくて、毎年植えていました」

「空にも、きっと花があります、テントウムシも飛んでいます」

「マスター、そちらはどんな所ですか?」

「また、私をそばに置いてくれますか?」

「その時は、涙の流し方を教えてください」

「あなたの横で、笑いたい。泣いてみたい。したいことはたくさんあります」

( ;ω;)「しぃ・・・」

もう彼女は動こうとしない。
ブーンは声を押し殺せずに泣いていた。

最後に彼女はゆっくりと声を出した。





    「ロマネスク、造ってくれてありがとう」





( ;ω;)「しぃ?」

ブーンは彼女の体を起こしゆっくりと抱きしめる。
彼女は眼を閉じ微笑んでいた。
もう完璧に停止した彼女の目元、

――――それは先程よりも多く濡れていた。




( ・∀・)おう、どうしたんだい?」

ブーンは街に来ていた。
彼女の墓を作ろうと思ったが一人ではどうしようもなかったのだ。

( ・∀・)「そうか、ロマネスクは死んだのか・・・」

続いて彼女が停まってしまったことも伝える。

( ・∀・)「出来損ないが停まった?」

言葉だけを見れば殴ってやりたくなる。
だが男の口調は寂しそうなもので、そんな気にはなれなかった。

( ・∀・)「機械なんて、命令だけ聞いて動けばいいんだよ」

( ・∀・)「あいつは機械としたら出来損ないだ」

「でも、人間としてみたら俺は好きだったよ」

彼の声は震えていた。
墓を作りたいということを言うと快く了解してくれた。



( ・∀・)「・・・よし。一号、二号帰って作業を続けてくれ」

|1━◎┥|2━◎┥「了解シマシタ」

機械の協力を得て、二つの墓を作った。
片方はロマネスクの、片方はしぃの。

しぃは、この下に眠っている。

男は墓を拝むと、すぐに背を向けて街に戻ろうとする。
ブーンはそれに声をかける。

( ^ω^)「あの」

( ・∀・)「どうした?」

( ^ω^)「ありがとうございました。・・・ここに花は咲きますか?」

( ・∀・)「・・・ああ。とても綺麗だ」

いつまで見ていたくなるような、彼はそう言って歩いて行ってしまった。
ブーンは足もとに居る犬をそっとなでる。



( ^ω^)「一緒に来るかお?」

犬に尋ねると、すぐにその場に座る。
動こうとはしない。

( ^ω^)「・・・お墓頼んだお」

▼・ェ・▼「わう!!」

ブーンは家の中に荷物を取りに行く。
それをすべて準備して、扉の下に何かを見つけた。

半球体の1センチにも満たない虫だ。
紅い背中に黒い点。
ブーンはそれを優しくつまみ手に乗せる。



晴れ渡る空の下、雪は少しずつ溶けてゆく。
春になればたくさんの花が咲く。

きっとここしばらくはこんな天気が続くのだろう。
そうしたら春は目の前だ。

生き物たちが少しずつ目を覚ます季節。
彼女は眠ってしまった。

( ^ω^)「おっ」

天道虫は指先まで行くと、閉まっていた羽を出す。
小さな体でどこまでも行こうとする。

まだ雪の残る寒い中、彼らは高い場所へ飛び立っていった。



<第4話 冬の天道> END





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

(;^ω^)「――――ッ!」

ギャギャアと薄気味悪く動物たちが鳴く森の中を、必死で駆けていた。
薄暗く、遠くまで見えない通路が、より一層恐怖心を煽っていた。

「あはははは!!」

少し離れた位置からは笑い声がつけてくる。
振り返る暇はなく、正確な位置を分かるすべもない。

(;^ω^)「なんだってんだお!」

「あはははは!!」

笑い声は少しずつ寄ってくる。

その「人ではない何か」に捕まってはならないと、ブーンは理解していた。
四肢の望みを叶えるという目的は、頭から完全に抜け落ちていた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

<第5話 垂れ桜と鬼の姫>


――――話は少し遡る。

時は流れ、季節は春。
雪は溶け、新たな命が芽生え始めていた。

今度は左腕の望みをかなえるべく旅をしていた。

( ^ω^)「ポカポカおー」

春の陽気に当てられたのか、歌いながらに道を行く。

今回は特に急ぐこともないようで、自分のテンポを維持しながら歩いていた。
たまに見かける木には、ぽつぽつとつぼみが見えていた。

直に花を咲かすのだろう。


ロマネスクの時とは違い、焦る様子はまるでない。

次に違和感を見せた部位、「左腕」はだいぶのんびりとしたものだった。
まるで、この季節のこの風景を楽しむといったように。

時折吹く暖かな風が頬をくすぐる。
それがたまらなく気持ち良かった。

それこそ、夢の中に入り込んでしまったのではないかと言うぐらいに。


しかし、これは間違いなく現実。
だからこそ、ここまで気持ち良く感じられるのだろうとブーンは一人納得する。


今歩いている所を一言で言うのなら「山」だ。
道は山なりの場所が多く、周りには木々。

たまに見える石垣や、岩が積み重なったモノに生える苔。
それらは自然の在り方をそのまま表しているかのようで、見る度に見惚れてしまう。

雲のない、からっぽの空は、この旅で見た中で一番近い。
それでも、それに手が届くなんてことは無かった。

( ^ω^)「んん?」

見るもの見るものに気を取られながら歩いていくと、何かが見えた。
石で造られた、小さな、人を象ったかのような物。

それがいくつか並んでいた。
ブーンにはそれが何なのか分かっていなかったが、それらは「地蔵」と呼ばれるものだった。

笠を被っている者もあれば、前掛けをしている者もある。


それらにも所々に苔が生えていた。
ブーンは興味深そうに、それらを一つずつ眺めていた。

(;^ω^)「うわっ!」

地蔵の列が切れた所、そこは死角になっていた。
その場所には本当に「ちょこん」と、女の子が座っていた。

ミセ*゚ー゚)リ

幼い女の子。
その子は何を言うわけでもなく、ただ地蔵と共に並んでいた。

着ている物は和服で、袖からちらちらと見える肌は白い。
それと合わさってか、ブーンには彼女が人形のように見えていた。

(;^ω^)「君は、こんな所で何をしているんだお?」



ブーンは少女の目線に合わせるように屈み、話しかける。
それでも少女はニコニコと微笑むだけで何も答えてはくれない。

( ^ω^)「隣に座ってもいいかお?」

ミセ*゚ー゚)リ コク

( ^ω^)「じゃあ失礼するお」

風が吹けば柔らかに揺れる木々。
どこからか聞こえる鳥の囀り。

すでに咲いている花は甘い香りを漂わせる。

少女はブーンをじっと見つめる。
ブーンも最初こそ目を合わせていたが、途中から照れくさくなってそっと視線をずらした。

( ^ω^)「いい風だおー」

またふわりと風が吹く。
少女の髪の毛はそれに揺れる。


苔の生えた地蔵と、少女に旅人。
これらが並ぶ姿はとても異様だ。

後ろには大きな木が一本。
それこそ周りから浮くほどの。

それが陽の光を優しく拒み、静かな木洩れ日を零す。
ブーンが前に見た、芸術品のような風景。

それに負けない美しさを作りだしていた。
静かな時間がゆっくりと過ぎる。

すると、少女が立ち上がった。

(;^ω^)「ど、どうしたお?」

突然の動きに焦るも、同じように立ち上がる。
少女はどこからか「毬」を取り出し、弾ませながら進んで行く。

少しすると振り返り、ブーンを見る。
ブーンが近づけば、にっこりとほほ笑み、また背を向け進む。


( ^ω^)(付いて行けばいいのかお?)

幸いにも、違和感が指す方向と一緒だったため、少女について行くことにした。
楽しそうに毬をついて進む少女。

ふわりふわりと踊るように髪が揺れている。
そんな少女の姿が、どこか不思議に思えた。

ミセ*゚ー゚)リ

少女が立ち止まり、少し向こうを指していた。
ブーンはその指さされた方向をじっと見つめる。

小屋のようなものに、旗が立てられている。
近づきながら眺めていると、また新たなものを確認できた。


木でできた椅子。
そこにさす日差しを防ぐように立てられた、大きく、真っ赤な色をした傘。

木々に隣接する大きな岩の傍にも、同じようにして傘が立てられていた。

ミセ*゚ー゚)リ

少女は「早く早く」と言わんばかりに指をさす。
ブーンも好奇心の為か足を早めた。

すぐ傍までくれば、旗に書かれている文字が見えた。
「茶屋」と書かれたそれは、ひらひらと風に煽られている。

( ^ω^)「誰かいるのかお?」

開きっぱなしの扉にかかる暖簾。
それを手で撫でるようにしながら、すっ、とくぐる。
  _
( ゚∀゚)「いらっしゃい」

声をかけてきたのは、頭に手拭を巻いた男。
真っ黒な甚平を着ている。


少女はじっとお品書きを眺めている。
人差し指を唇につけ、ただじっと。
  _
( ゚∀゚)「お客さん一人かい?姿を見るに旅人さんみたいだけど」

( ^ω^)「え?」

普段は、一人で旅をしている。
これは、まあ間違いではないだろう。

傍から見たらそうにしか見えない。

だけど今は少なくともそうでは無い筈だ。
少女と一緒に入ってきたのだから。

( ^ω^)「その子・・・」

もしかしたら娘さんだろうか。
そう思って少女の方を見る。

  _
( ゚∀゚)「・・・その子?」

男は店を見回したあと、顔を顰めながらブーンを見る。
ブーンは困りながらも再び口にする。

(;^ω^)「え、だってそこに女の子が・・・」

少女はニコニコと笑いながらお品書きを指さしている。
書かれているのは「蕨餅」。

その笑顔は確かに目の前にある。
  _
( ゚∀゚)「話を聞こうか。とりあえず、なんか食います?」

( ^ω^)「あ、蕨餅を二つ」
  _
( ゚∀゚)「どうも!食べたい所で待っててください」

ああ、何か色んな意味で成長したなあ、などと思いながら少女について行く。
外の大きな岩に腰をかけるようにして、お茶が運ばれてくるのを待った。

  _
( ゚∀゚)「はい、お待たせしましたー」

少しすると注文した物が運ばれてきた。
蕨餅とお茶が三つずつ。

( ^ω^)「・・・三つ?」
  _
( *゚∀゚)「・・・俺の分。腹減っちゃって」

照れくさそうに笑う店員をみて、自然と気が楽になる。
少女は目をキラキラと輝かせ、餅を見つめている。
  _
(;゚∀゚)「えっと、これはどちらに置けばいいのでしょう」

ブーンは男から餅を受け取ると少女の傍に、それをそっと置いた。
  _
( ゚∀゚)「本当にいるんですね」

ブーンはこくりと頷く。
隣に男が腰掛け、ブーンは挟まれる形になった。


( ^ω^)「驚かないんですかお?」
  _
( ゚∀゚)「まあ、何かするような子じゃないんだろう?」

そう言って男はブーンの隣を眺める。
そこには少女がいるのだが、おそらく男の眼に映っては無いのだろう。

( ^ω^)「はい。寧ろ居て欲しくなるような子ですお」
  _
( ゚∀゚)「なら問題ないさ」

( ^ω^)「なんだか慣れてますね」
  _
( ゚∀゚)「・・・そうかもな。この地域ではよく聞くし」

実際に出会ったのは今日が初めてだけど、と付け足しからからと笑う。
少女はブーンにしか見えていない。

しかし、ブーンは特に驚こうともしなかった。
様々な生き方を見てきた今、この少女が何かは関係なかった。

  _
( ゚∀゚)「旅人だよな?あんた」

ブーンそれを肯定すると、男は話を始めた。
  _
( ゚∀゚)「ここら辺にはな、古道があったんだ」

あった、ということはつまり。
  _
( ゚∀゚)「いつの間にか無くなってたんだ。でもたーまに現れるらしい。
     それ以来ここら辺では神様たちが自分達専用の道にしたって言い伝えが出来たんだ」

その話を聞いた時だった。
ブーンは冷や汗をかいた。
顔を思いっきり引き攣らせて。

(;^ω^)「あの・・・その道って」
  _
( ゚∀゚)「神々の通り道とか、神隠しの道とかいろいろ呼ばれてるよ。
     神、とか言えば聞こえはいいけど、実際はどうなんだか。」

(;^ω^)「あー」

様々な生き方を見てきた、この考えをすぐに取り払ってしまいたかった。
左腕ははしゃいでいる。



ブーンはそれから暫く放心していた。
少しずつ心を取り戻し、立ちあがる。

少女は少し開いた空間で毬をついて遊んでいた。
彼女に渡した皿の餅は無くなっていた。
  _
( ゚∀゚)「行くのかい?」

(;^ω^)「ええ」

少女はブーンに付いて行くようにして店の前に足を運ぶ。

( ^ω^)「君は、どうするんだお?」

とは言っても付いてこられても困る。
少女は男の顔を見上げる。
  _
( ゚∀゚)「なあ、その子どこに居る?」

ブーンは男の質問に答える。
すると、しゃがみ込んで、そっと話しかけた。

  _
( ゚∀゚)「今度から、毎日餅食わせてやるからさ、ここに居ねえか?」

せっかく知り合ったんだし。
そう言うと少女は嬉しそうに頷いた。

( ^ω^)「とっても喜んでますお」
  _
( *゚∀゚)「よっしゃ!今日からうちの看板娘だ。見えないけど」

二人は一頻り笑うと、軽く別れを告げた。
少女はその間ずっと微笑んでいた。

森に佇む一軒の茶屋。
そこは接客下手な店主が、趣味で始めた店。

それから暫くして、その店はかなり有名な店となる。
人からも、そうでないモノからも愛される。
しかしそれはまた別のお話。


――――穏やかな風が吹く。

それとは反対に、ブーンは気が気でなかった。
悟ってしまったのだ、左腕の反応からどこに行きたいのかを。

最早、「行く」という表現より「逝く」の方が正しいかもしれない。
少し泣きたくなるようなブーンを無視して、左腕は子供のようにはしゃぐ。

昔馴染みに会うかのように、じっとしていない。

(;^ω^)「とんでもないお・・・」

古道に入りたがる左腕。
無くなったはずの入り口を知っているかのようにブーンを進ませる。

( ;ω;)「やめよう?ね?」

――――おろおろと目を潤ませるブーン。

今さら何を、そう言うようにして山道を進ませる。
先程まで歩いていた、地面がむき出しになった正規の道では無い。


(;^ω^)「雰囲気ありすぎだお・・・」

山道を進んで見つけたのは鳥居。
左右二本の柱の上に笠木を渡し、その下に柱を繋げるようにして貫が入っている。

木々に殆どの陽が遮られているため、どんよりとしている。
その暗がりに立つ、真っ赤なそれは、まるで黄泉平坂のようだった。

(;^ω^)「諦めろ、行くしかないお」

自分に言い聞かせ、唾を呑む。
ごくりと喉を鳴らし、恐る恐る一歩を踏み出す。

鳥居をくぐった瞬間、全身に鳥肌が立つのが分かった。
「何もかもが変わった」。

先程までの穏やかな空気は一転した。
何かから、と言うよりも自分以外のモノすべてから視られている。

それは木々であったり、石であったり、それこそ「人でない何か」だったり。

そんな感覚に陥った。


その道を、恐る恐る歩いて行く。
古道だったこともあり、道は造られていた。

( ^ω^)「意外と・・・安心?」

きょろきょろとあたりを見回しながら道を進む。
時折聞こえる動物たちの不気味な鳴き声に、少し怖じけた。

( ^ω^)「歌・・でも歌えばいいのかお」

気分を変えるようにして、歌を口ずさむ。
そう、これがいけなかった。

少しすると、擦れた音を立てながら後方の茂みが揺れた。
出てきたのはブーンの腰辺りの背をした、人のようなもの。

( ><)「人なんて久しぶりなんです」

一目で人じゃないと理解する。
鼠色をした肌に、頭から出た二本の小さな突起。

鬼、という単語が頭に浮かんだ。
その瞬間にはブーンは駆けていた。


――――そして今に至る。

(;^ω^)「ああ!!もう」

恐怖で足が竦むなんてことが無かったのが不幸中の幸いだろう。
鬼の姿をしたそれから、ある程度は距離を取っていたのだから。

「鬼ごっこなんです」

げらげらと下品な笑いが近づいてくる。
そしてこの状況下でもっともベタな展開が一つある。

(;^ω^)「!!」

転倒だ。

地面からはみ出した木の根が行く手を遮った。
そして後ろを向くと、笑い声。

( *><)「焼くのも煮るのも悪くない。でも生が一番!」

(;^ω^)「ぼ、僕は美味しくないお!」

( *><)「食べてみなくちゃあ、わかんないです」

ああ、もっともな発言だと考える。


(;^ω^)

( *><)

焦る人間、笑う鬼。
血の気のない手がゆっくりとブーンにのびる。

その時だった、左腕が逃げるように唆す。
ブーンもそれはしたいと思っているようだが、ここにきて足に力が入らなかった。

そして、自分のことを守るように手をかざした。
目を強く閉じ、再び開ける。

その動作が何秒だったかは分からなかった。
それこそ瞬く間だったかもしれないし、数分かもしれない。
しかし、目が映し出した光景は閉じる前とは変っていた。

腕が無くなっている。


(;^ω^)「え?」

ごろりと転がる腕は、鼠色をしている。
ブーンは痛みを感じていない。

(;><)「誰です!?」

鬼はきっと顔を上げるようにして睨む。
ブーンもすかさずその方向に目をやる。

「友人に手を出されるのは趣味じゃない」

(;><)「童子?」

どうじ、という言葉が耳に響く。
鬼は少し距離をとる。

「ほら、殴られたくなければさっさと去れ」

(;><)「は、はい!」

「忘れものだ」

そう言って切り落とされた腕を投げつけた。
鬼はそれを受け取ると、振りむかずに走って行った。

助けてくれたであろう人物を見る。

こちらは地に座っていて、向こうは立っているため、身長は分からない。
薄暗いため定かではないが、おそらく白の着物。

その上から、黒く、長い羽織を重ねていた。
羽織の下の方には、桜の花びらの模様がちらちらと窺える。

片手には瓢箪。
動くたびに、中からはちゃぷちゃぷと液体の揺れる音がした。

そして最も目を見張るべきが顔である。
般若のような鬼の面。
口元が欠けていて、そこからは口が見えていた。

その口は笑っていない。

ここで、ブーンは目の前の人物が言っていた言葉を口にする。

(;^ω^)「友人?」

驚いて言った言葉に、目の前の者は
「む」と音をたてた。


「お前、何者だ?」

疑問を含む静かな声は、嘘をつくことを許さないようだった。
たとえついても見透かされているかのような、そんな声。

「ギコと・・・何人かが混じっているな」

(;^ω^)「・・・」

ゆっくりと立ち上がって、向かい合うようになる。
風が吹くと、目の前に立つ人物の長い髪が揺れた。

そして、理解する。
目の前に立つのも、また、人でない何かなのだと。

「ギコをどうした?」

般若の面に隠されている顔。
声は静かだが、純粋な恐怖心がこみ上げてくる。


( ^ω^)「そのことでお話が・・・」

「・・・ここでは何だ、付いて来い」

声、口元、それに髪から察するに女性なのだろう。
ふわりと羽織を翻して、通路を歩きはじめた。

ブーンは半ば焦りながらもそれについて行く。

( ^ω^)「あの、さっきのは鬼ですか?」

小さな角の生えた者。
ブーンが知っている「鬼」というものにそっくりだった。

すると女性は初めて笑いをこぼす。
その声にブーンは少し驚くと同時に、なぜか懐かしさを感じた。

「鬼という字を使うが、鬼では無いな」

人から見たら同じだろうが、と付け足す。
あれは「餓鬼」と呼ばれるそうだ。

( ^ω^)「あの――――」

ブーンが女性に質問をしようとすると、それは遮られた。


「ここで話を聞こう」

和風の一階建て。
縁側もあり、そこから広い庭を見れる造りだった。

そして庭には目を見張るほど大きな木。
枝は細く垂れ下がっており、周りの木々と比べ緑が無い。

しかし、ポツポツと他の色がある。

女性は家、と言うより屋敷へ入って行く。
ブーンもそれについて行き、中から縁側へと回った。

「さあ、話を聞こうか」

女性は漆塗りの盃に瓢箪から酒を注ぐ。
紅いそれに注がれた酒からは、得体のしれない魅力を感じられた。

( ^ω^)「では、話ますお――――」

女性は般若の面をつけたままこちらを向く。
それでも下にある眼はしっかりとブーンを捉えているようだった。


「・・・」

話を聞き終えた女性はしばらく沈黙を続けていた。
それからぼそりと呟いた、「夭折だな」と。

( ^ω^)「ギコさんは僕をここに連れてきました」

先程話した内容の要点を再び言う。
肝心のギコは何も反応を示さない。

だが、まだ居なくなっていないことだけは分かっていた。

「私を退治でもしに来たのか」

そう言って鼻で笑うと酒を喉に通した。
その姿は何とも艶やかで、思わず見とれてしまっていた。

「ん?この面が気になるか?」

(;^ω^)「え?いや、まあ・・・はい」

今見惚れていたのはそういう訳ではなかった。
しかし、面が気になっていたと言うのも事実なので、肯定してしまった。


「見せてやるよ。そして教えてやる。私と、ギコのこと」

女性はそう言って面を外した。
月に照らされてそっと顔が見える。

そしてブーンは改めて思う。
やはり、人ではなかった、と。

川 - )「驚いたか?」

女性は微笑みながらブーンの方を見る。
しかし、その表現が正しいのかははっきりとしない。

眼には包帯のようなものが巻かれていた。
そして、その少し上。

そこには二つの小さな突起。
般若の面と同じように――――。

(;^ω^)「・・・鬼?」

川 - )「そう、本当の鬼だ。酒呑童子と呼ばれている」

凛とした声は、高貴なものを感じさせた。
そして何よりも鬼と言う言葉が頭から離れなかった。

昔、人里に一人の女の子が生まれた。
何の変哲もない、可愛らしい赤ん坊。

彼女は大切に育てられ、すくすくと成長した。

しかし、15歳になった時、彼女は一口の酒を飲んだ。
決して飲んではいけないと言われていて、祀られていた酒だった。

そして変化が起こる。
正しくは「起こらなかった」なのかもしれない。

彼女の成長は20歳の姿で止まった。
大人たちはその事を不思議に思い彼女に訊いた。

「あの酒を飲んだのではなかろうな」

それに頷いてみせると、大人たちは何ともいえぬ表情をした。
怒りを露にするものもいれば、悲しそうな顔をしている者もいる。

それは鬼の角を煎じて造った酒だった。
一口飲めば、永久の命を手に入れるとともに鬼になる。

つまり、その時点で人ではなくなってしまう、とのことだった。
酒を捨てるわけにもいかず、里で祀ってきたのがこの結果となった。

それからは彼女は何年も、何十年もずっと生き続けた。
周りからは神と崇められ、人でなくなってしまっても仲良くやっていた。

桜の咲く季節には、桜を囲み祭りを催した。
唄い、踊り、騒ぐ。

しかし、それらはいとも簡単に崩れ落ちた。
桜の祭りの際、人々は彼女の食べ物に毒を仕込んだのだ。

死なずとも、動けなくなるだろう。
そこで仕留めよう、とのことだった。

人々はいつしか彼女に恐怖を感じていたのだろう。
老いず、永く生きるその姿に。


彼女は泣いた。
死ねないことも悲しい。

毒をもってしても動けなくなることも無い。

それよりも裏切られたという感情が黒く渦巻いた。
仲良くやっているつもりだった。

力を人のために使ってきた。

なのに。

そこからは少し感情を出しただけだった。
本当に少し、感情に身を任せただけ。


川 - )「正気に戻ったら里は無くなっていた」

ブーンはもう一度彼女の顔を見る。
この姿が、何百、下手をしたら千以上の年を経てきたのだ。

川 - )「それからは、色んな処を転々とした。いつしか酒呑童子と呼ばれるようにもなった」

彼女はふっと空を見上げる。
月が見える方向を教えてくれと言われ、素直に答える。

彼女は軽くお礼を言い、そちらに顔を向ける。
風には艶やかな髪が靡いていた。

川 - )「そして私はここに着いた。この屋敷は使われてなかったものでな、ちょうど良かったよ」

角はいつの間にか生えていたらしい。
最初には生えていなかったと言っていた。

川 - )「また永い時間が経ってな、一つの噂を耳にしたんだ」

妖怪を殴りまわっている人間がいる――――。



その男は彼女の元にも現れた。
武器も何も持たず、堂々とした態度で。

『お前が呑んだくれの御姫様か』

川 - )「私は一応穏やかな方でな、争いは好まないのだ」

その言葉は恐らく真実だろう。

川 - )「しかし、その時は少し腹が立ったものだ」

(;^ω^)「え?」

川 - )「使い古した雑巾のようにしてやったよ」

(;^ω^)「あー・・・」

川 - )「馬鹿につける薬は無い、とはよく言ったものだ。あちこちに包帯を巻いて再びやって来た」

『この前は気を抜いていた、今度こそ勝つ』

川 - )「大したことは無かったな」

( ^ω^)「ですよね」


川 - )「だがあの男はまたやって来たんだ」

呆れたように話す彼女は心なしか楽しそうだった。

川 - )「声を聞くのも面倒くさくてな、一発殴ろうとしたら」

『まてまて!友人を殴るなよ。桜も咲いているんだし花見でもしよう』

川 - )「私はいつの間にか友人になっていたらしいぞ」

彼女は笑っていた。
楽しそうに、はははと声を出して。

川 - )「桜が咲いているのに気づいたのもその時だった」

彼女は言う。
ずっと見てきた景色に色は無い、と。
そこにあるものが当り前のように思えてしまうらしい。

「人にとっての一生など、私にしてみれば一瞬と感じることもできる」
その言葉に、どこか寂しさを感じた。

そして、彼女の言う友人がギコ。
彼は何度も通って来たらしい。

ここらに住む人ではないモノからも一目置かれていたようだ。

川 - )「あいつを待つ時間なんて、私の生きてきた時間に比べれば、塵のようなものだ」

「しかし、その時間が、永遠にも長く感じられたのはなぜだろうな」と続ける。
そして彼女は自身の目に巻かれている包帯を指でなぞった。

それについて話そうと、ゆっくりと声を出し始めた。

川 - )「あいつは私がとめても来るのを止めなかった。
     ここに来ていると知れたら村八分にされてもおかしくはないのに」

彼女は、それでも来てくれるのは内心嬉しく思っていた。
鬼と恐れられている自分の元に、そんな事を思いもせず訪れているのだから。

川 - )「ある時訊いてみたんだ。鬼は怖くないのか、と」

( ^ω^)「・・・答えは?」


『どうなったら鬼なんだ?』

『角が生えていて・・・強かったらじゃないか?』

『じゃあこれを見ろよ』

ギコは般若の面を取り出しそれを顔に充てた。
「これで俺も鬼だ」と。

川 - )「馬鹿馬鹿しいだろ。でもその時は、本当に嬉しかった」

彼女は口もとの掛けた面を手に取り、膝に乗せる。
その形を確かめるようにして、手で撫でていた。

川 - )「あいつは言った、旅に出る、と」

川 - )「私は久々に悲しみと言うものを味わった」

( ^ω^)「まさか、そのまま・・・」

川 - )「ああ、手だけになって帰ってきたな」



そして彼女は嫌になった。
再び景色に色が無くなることを。

人が自分から離れる事を。

人を嫌いになれない自分のことを――――。

そして彼女はギコに言った。
「これで私から色を奪ってくれ」と。

川 - )「それがこの目隠しだ。これは自分では外せない。
     あいつは、ギコは桜が咲くまでに必ず戻ってくると言った。
     一緒に花見をするのだと言った。だから少しの間我慢してくれと、そう言った」

(  ω )「・・・」

二人だけで桜を見ることは、もうできない。
彼女は待っていたのだ。

蝉が鳴く時期も、袖波草が揺れる時期も、木々が枯れる時期も。

ギコと約束をした時期も。



その時、ブーンの左手が彼女の眼に近づいた。
ギコの意識に、ブーンが従ったのだ。

恐らくギコは彼女から景色を奪ったことを後悔していた。
だから、せめてそれを外そうとここまで来たのだろう。

しかし、ブーンの手は憚られた。
他の誰でもない、彼女の手によって。

( ^ω^)「・・・なんでですお」

ブーンは申し訳なさそうに訪ねる。
童子はゆっくりと首を振る。

友人と見れぬ桜など見た所で何もない。

そう言われ、ブーンは肩を落とす。
まず、ブーンは友人と思われていない。
そして何より、ギコの望みをかなえられない、ということ。

川 - )「すまないな」

もう寝よと言う声を聞いてブーンは部屋に通された。
気が沈んだままの睡眠は決していいものではなかった。


次の日の朝彼女は聞いた。

「桜は咲いているか?」

ブーンは咲いていないことを伝えると、彼女の隣に座る。
古道とは違い、ここは外と同じだった。

青い空がしっかりと見える。

重く垂れ下がる木には、やはり淡い色が見えるがまだ小さい。
咲くのはもうすぐなのだろう。


その次の日も彼女は聞いた。

ブーンはまた咲いていないことを告げて隣に座る。
こうしている間にも左手の違和感は弱くなっていた。


そして次の日、四肢の最後の違和感は完璧に無くなった。
ギコの望みは知っていた。

それを叶えられなくて、悔しくて、こらえていた涙が流れていた。
彼女は申し訳なさそうにするが、やはり、ほどかせてはくれない。

(  ω )「なんで・・・」

ブーンがつぶやいた言葉に反応して振り返る。
彼女の眼には見えていないが、ブーンの頬には涙が伝っている。

( ;ω;)「なんでだお!なんで・・・ギコの望みを聞いてくれなかったお!!」

その瞬間、彼女は唇をかんだ。
そこから、珍しく大きな声が飛んできた。

川 - )「お前に分かるか?自分より小さな者が自分よりも老いて死んでいくさまが。
     小さな子供が次第に私を恐怖の対象としか思えなくなる過程が」

「千年以上生きて、やっと見つかった生きる楽しみが無くなる辛さが・・・」

( ;ω;)「お・・・」

そうだ。そうなのだ。
ギコの望みが、何も相手の望みとは限らない。

時にそれは相手を大きく傷つけると言う事を完全に見失っていた。


(  ω )「ごめん・・・お」

彼女は「いいんだ」と短く告げて桜に眼をやった。
そして再び優しく聞いてきた、今日は咲いているのか、と。

( ^ω^)「咲いてないお」

川 - )「そうか・・・」

彼女とギコ。
2人が良かったと思えることは無いのだろうか。

風が吹けば垂れた枝が力なく揺れる。
そこで、一つの考えが浮かぶ。

彼女は友人と桜が見たいのだ。

――――友達になってください。

ブーンは彼女に言った。
なんでもする、だから、僕と一緒に桜を見てくださいと。

それを聞いて、彼女は呆れたように笑う。
まるで、ギコの話をしている時のように。


川 - )「人はいつからこんなに愚かになった。鬼と友人になりたがるなど・・・」

( ^ω^)「鬼と友達だったら悪いことでもあるのかお?」

川 - )「それだけで人から避けられるだろう」

( ^ω^)「そんなことないお、絶対とは言えないけど・・・きっと」

観念したように笑う彼女を見て思わずブーンはガッツポーズをとる。
しかし、彼女は簡単には受け入れなかった。

なんでもする、この発言を繰り返した。

(;^ω^)「え、まあ出来る限りなら」

川 - )「そうかそうか」

にたりと笑いをみせ、ブーンに言う。

川 - )「約束を守る者がいいのでな――――」



次の日はすっきりとした目覚めだった。
鳥の鳴き声も、風が木々を揺らす音も、何もかも気持ちがいい。

川 - )「ここでお別れだ、楽しかったよ」

入ってきた場所とは違う鳥居に案内された。
ここはうす暗くなく、綺麗な緑が輝いている。

( ^ω^)「ありがとうですお。助かりました」

一人だったら襲われていたかもしれない。
そう考えると感謝してもしきれないぐらいだった。

川 - )「まあ、死なれては気分が良くないのでな」

長い羽織をはためかせながら彼女は言う。
眼にはまだ、包帯のようなものが巻かれている。



( ^ω^)「ああ、それと」

ブーンが鳥居をくぐろうとすると振り返りながら言った。
帰ったら桜を見てください。

その一言に彼女は微笑み、ブーンの後ろ姿を見送った。

川 - )「・・・桜」

ぼそぼそと呟きながら帰路につく。
そして、縁側に座り、盃に酒を注ぐ。

川 - )「なあ、ギコ。一年なんてすぐなのになあ・・・」

『――――次に桜が咲く季節、再びここに来てくれ。そして、三人で桜を見よう』

川 - )「こんなにも長く感じるのはどうしてなんだろうな」

人間を好きな鬼がいた。
人からも、そうでないモノからも恐れられた。

そんな鬼の元に一人の男が春を連れてやって来た。
その男は死んでも、鬼の元までやってきた。

再び春を連れて。

大きく咲いた垂れ桜は、風に揺られて花を散らす。
その姿は、何よりも堂々としていて切ないものだった。

まるでどこかの鬼と自信を重ね合わせるように。

「きっと綺麗なのだろうな」

鬼が手にする盃。
そこに、一枚の桜の花びらが、音もたてず静かに飛び込んだ。


<第5話 垂れ桜と鬼の姫> END






出典:( ^ω^)キミニヨバレテ、のようです
リンク:http://yutori.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1222512304/

(・∀・): 56 | (・A・): 25

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