小学校の頃の話
2009/08/06 10:45 登録: えっちな名無しさん
無駄に長く大した事ない話になってしまうが
書かせてもらおうと思う。
俺は中学卒業くらいまで、すげぇ頭おかしい子だった。
ほとんど頭で考えると言う事ができなくて
本能に忠実に生きていた感じだった。
授業中も自分のしゃべりたい時にしゃべり、
バカにされただけで切れては机や椅子を投げて
自分でからかっておきながら逆ギレしちゃうようなDQNだった。
元は体が弱かったからと親に勉強だけはとさせられてきたから
勉強がちょっとできることに調子乗って
無駄に自尊心だけ高いアホな子だった。
「頭悪い癖に人の事バカとかいってんじゃねぇよ」
と高校に入るまで本気で思ってるくらいのオバカさんだった。
一人っ子だったのもあって、学校へ行っては
人に構ってもらいたいという感じの方が強かったんだろうなと
今では思う。
そんな俺だったからもちろんクラスでは嫌われ者だったし
クラスどころか学年全体、いや学校全体からの嫌われ者だった。
苗字が珍しかったのもあり、俺の苗字=悪の代名詞みたいになってた。
小学校5年の頃くらいから転機が訪れた。
別にそれで大きく変わったというわけではないんだが
担任がそれまでの先公と違って色々見えた人だったのかなと
今では思う。
どの学校にもある帰りの会という名の言わばつるし上げ大会が
もちろんうちにもあった。
「今日、○○君がこういうことをしていました。そういうのは良くないと思います。
○○君どうしてそんな事をしたんですか、答えてくださいー」
なんていうお決まりの台詞を毎日のように言われ、
毎日のように立たされていた。
その当時は、それをその時間反省できても、まったく頭に残らず
同じような過ちを繰り返してしまう阿呆だったんだが、
ある日、俺を別のクラスへ追い出そう という案が出た。
クラスのほとんど賛同し、俺自身そこまで嫌われていたんだなと思うと
すごく死にたくなった。自分の生きている意味と価値なんてねぇんだなぁと
悲劇のヒーロー気分に浸ってたのかもしれない。
けど、その時に担任の言った言葉は
「じゃあ追い出すか、だがそれを決めたのはお前らだからな。
○○(俺)が他所のクラスにいって同じ状態で何も変わらなくても
他のクラスで迷惑をかけても、その状況を作ったのはお前たちだし、
○○が学校へ出てこれなくなったりしたらお前らの責任だ。
お前らがそれをするという事は他の誰かが○○のようになったときに
追い出していいと言う事になる。それでもいいか?
それでもいいなら先生はいいぞ。」
その時俺はその言葉の意味を理解し切れていないくらいおバカで
追い出されるものとばかり思っていた。
けど、人間の心理はそういう責任を取らされる状況になったり、
その立場になった人間の心理を考えると非情になれないものなのだろう
1人1人と手を上げ、うちのクラスでどうにかしないといけないと言い出した。
俺は驚いたよ。さっきまで全否定の連中が、
「○○にだっていい所はあるんだから待ってもいいんじゃないか」
とか
「○○だけ追い出すっていうのはおかしいと思う」
などと言い出す始末。
物凄く驚いた。こいつ等嫌いならさっさと追い出せばいいのにと思いつつも
やっぱり嬉しかった。
自分がどこが悪いのかをずっと認識できなかった当時の俺にとっては、
それが同情であれ、そいつらの思いやりでアレ、
兎に角嬉しかった。
そのメンバーとほぼ同じ状態で持ち上がった6年の時、
やっぱり俺はバカだった。
毎日のように揉めていたし、毎日のように怒られてた。
それでも、仲良くしてくれる奴は仲良くしてくれたし、
懲りずに相手してくれる奴はいた。
そんなある時、何が切欠だったか忘れたが
1つ下の学年の連中5人くらいに延々と休み時間からかわれる日々が続いた。
たぶん俺が先に喧嘩吹っかけたか、罵られたのにむかついて殴ったかが
原因だと思うんだが・・・・。
たぶんに原因は俺にあったと思う。
それでも毎回のごとく来る5人。
俺がその度に殴ろうと追い掛け回してたから
余計に面白かったのかもしれない。
けどさすがにそれが2週間以上続いてくると
さすがにノイローゼ気味になって来る。
周りの連中からは切れるなと諭されて
ああ、切れちゃダメなんだと思い出してからも
やっぱりイライラする。
ある日の昼休み、クラスの皆と校庭で遊んでいたら
相変わらずその5人が来た。
度重なる行為に俺も結構イライラしてた。
自業自得な割りに自分勝手な捕らえ方だったと思うけども。
でもそんな中ありえない事が起きた。
西村という女の子が、その日風邪を引いて喉を枯らしてたにも関わらず
「あんた達いい加減にしなさいよ!!!」
と怒鳴りつけた。
驚いた。本当に驚いた。何いってんのこいつと思った。
学校1の嫌われ者が延々と嫌がらせ(しかも自業自得)をされてるからって
自分風邪引いて喉いてぇのに、大きな声出して怒鳴るわけですよ。
普段、人を笑わせたり、エロキャラが何故か定着しちゃってた子が
突然ですよ。
俺その子に嫌がらせした事だってあるのによ。
何回も怒鳴ってくれるわけですよ。
最後の方とかもう声出なくなって来てる状態で
それでも怒鳴るんですよ。
んで怒鳴り終えて5人が退散した後俺に向かって一言
「○○(俺)も気にするな。あんなんに負けるな。」
って言うわけですよ。
俺その場で動揺しつつも「ありがとう」とだけしかいえなかった。
西村はその後も普通に遊んでいた。
特別に仲が良かったわけでもない。
むしろからかったりしてた相手だし
俺の事を快くなんか思ってなかったと思う
それなのに怒鳴ってくれた。
俺にはそれがめちゃくちゃ嬉しかったし
家帰って泣きまくった。
ありがたくて嬉しくて情けなくて泣きまくった。
それから西村と色々あったわけでもない。
中学も同じだったけど、特に仲良かったわけでもない。
その後劇的に俺が変わったわけでもない。
けど、ある程度落ち着いて来て物事をきちんと考えられるようになってきて
西村のその行為が、当時の皆の優しさが言葉に表せないくらい
ありがたく嬉しくてたまらなくなる。
あの時はきちんと感謝できなかった。
今でもそれをきちんと生かせてるとは思えない。
けど、今だからこそ本当は皆に会って伝えたい。
ありがとう って。
その後もいい友達、いい親友、いい恩師に恵まれて
今じゃすっかり落ち着いて、逆に相談受けたりするような人格になってしまった。
だからこそ今、皆にお礼を言いたいし
俺自身、ああいう場面で、人を見捨てたりせず成長を待ってあげたり
誰かの為に自分の痛み省みずに怒れるようなそんな人間になりたいと思ってる。
こんな駄文でチラ裏な事をここにだらだら書いて申し訳ない。
彼ら彼女らが幸せな人生を送っているように祈っています。
14年越しですまん、皆ありがとう。
出典:オリジナル
リンク:駄文。

(・∀・): 184 | (・A・): 51
TOP