可愛いものとそうでないもの
2009/09/03 14:52 登録: henasu
何年か前の話なんだが。
教職をとっていた俺は、「介護等体験」というのに参加していた。
老人ホームなどに五日、特別支援学校に二日、お邪魔させてもらうというもので、
今は教員免許を取るのに義務付けられてる。
でね、割り当てられた老人ホームがさ、めっちゃ遠いわけ。
最寄のバス停から徒歩10分。おまけにバスの本数一日七往復しかないし。
しょうがないから駅まで歩いたんだ。35分かけて。
その日も俺はくったくたになって帰る途中だった。
田園風景を抜けて、駅に近づくと、だんだん住宅地へと切り替わる。
ある路地でのこと。
↓こんな感じの配置・進行方向
道
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| 飼 | 婆 婆
| ↓柴 | 婆 婆
| ↓ | 婆 婆
| | 婆
| 女 |
| ↓ |
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| |
| |
| ↑ |
| 俺 |
| |
| |
女…勤め帰りのOL風の風体だった。普通の人っぽかったけどよく覚えてない。
柴…殺人的にかわいい柴犬。
飼…柴犬の飼い主さん。
婆…道沿いの家の庭で井戸端セッションしていた。
その日、俺はまだらボケのおばあちゃんに一日中東京音頭を歌わされるという拷問を受けさせられたばかりだった。
(一度歌ってあげても三十分もしないうちにそのことを忘れてしまう)
だから、あの柴が目の前に現れたときは天の恵与だと思ったね。
遊べと。そして癒されよ、というね。お告げだと思ったわけね。
柴を見てみるとすげえ綺麗な毛並みしてた。
飼い主さんも、犬の散歩に必要なセットを不足なく揃え、
リードも首輪もなかなか凝ったものを使っている。
そうとう気合入れて飼っている様子が伺える。
柴じたいも、しつけが良いのだろう、
しゃんと上を向き、飼い主を引っ張るでもなく待たせるでもなく、
しゃなしゃなと歩いている。京女も顔負けのスタイルだ。
それでいて、柴特有の懐っこさも忘れていない。
鼻息荒く見つめる俺と目が合うと、舌を出して、
「ハッハッハッ」
と、あいさつしてくれた(ような気がした)。
俺はもはや躊躇しなかった。すかさず飼い主さんに声をかけた。
「かわいいですねえ。名前はなんていうんですか?」
それからの展開としては、
飼『●●っていうんですよ』
俺『●●ちゃんですかぁ、うわーお利口だなぁ』
飼『犬、好きなんですか?』
俺『はい、家族ぐるみの犬好きなんですよ、実家では四匹も飼ってます』
飼『えー、四匹も!』
俺『あの、もし良かったら、ちょっと挨拶してもいいですか?』
飼『ええもちろん。かまってあげてください』
俺『ありがとうございます(ゴクリ…ハァハァ)』
(以下、柴と俺のラブラブタイムスタート)
っていう段取りまで頭の中で完成してたわけね。
ところが、ちょうどタイミング悪く柴がウンチタイムに入ってしまったため、
飼い主さんは俺の声に気付かなかった。
―ありゃ、じゃあもう一度、ウンコの片付け終わったら話しかけるか…
そう思って、俺はちょっと立ち止まった。
すると、なぜかすれ違う直前だったOL女(柴のちょっとまえを歩いていた)も立ち止まり、こっちを非難がましい視線で見ている。
俺「(ん?)」
女「…………(俺を睨む)」
俺「あの…」
女「(遮るように)何なんですかいきなり。頭おかしいんじゃないですか?!」
けっこうでかい声だったので、井戸端の婆たちもおしゃべりをやめ、こっちに注意を向ける。飼い主さんも気がついたようだ。柴はウンコを終えすっきりしたようだ。
―何なんですかいきなりってのは俺の台詞だよ…。
急に知らない人に怒られてわけがわからなくなったが、俺はすぐに原因に思い当たった。
女はおそらく、「かわいいですねぇ名前はなんていうんですか」と、自分が言われたんだと勘違いしているんだと。
俺のことをナンパ魔か変質者のように思っているのだと。
こういう些細な行き違いは、関わった人をみな不幸にしてしまうものだ。だいいちこんなことで揉めていては、柴と遊べなくなってしまう。
すぐに誤解を解かねばと思った俺は、焦ってしまい、ちょっとしくじった。
俺「あ、【かわいいっていうのは、あなたじゃなくて】犬です、犬」
【 】内は、冷静になってから考えてみると、明らかによけいな部分だ。これじゃ、『かわいいのは犬だ、おまえではない』と、はっきりくっきり主張してしまう文になってしまう。
おまけに俺は、はりつめた彼女の雰囲気を和らげようと、半笑いだった。これも余計だった。
たぶん彼女には、
俺(は?俺がかわいいって言ったのは犬のことなんだけど?つかお前べつに可愛くなくね?いきなり道端で名前聞かれるレベルとかとは程遠くね?マジで自意識過剰なんだけどwwww勘違いwwwwOLさんパネェwwww自分磨きガンバっすwwww)
くらいのニュアンスとして伝わったのではないか、と思う。
さらに、俺のその発言を口火として、
・井戸端会議の婆たちがクスクスと笑い出す
・自転車で通りかかった酔っ払いが「痴話喧嘩は犬もくわねえ〜」と歌いながら走り去る
・歌に反応した柴が興奮してわんわわわんわわ吠え出す
というカオスな状況に発展。
OL女の顔は紅に顔突っ込んだように真っ赤っ赤。
自分の勘違いが恥ずかしいのに加え、俺の言動がさらなる誤解(馬鹿にされてる!)を生んだらしく、
盛大なビンタを俺にかまして去っていきました。
ウンコ袋を持ったまま呆然としていた飼い主さんは、
「あの…大丈夫?」
と、声をかけてくれた。
俺が事情を話すと、飼い主さんはどうぞ好きなだけ遊んでください、とお許しをくださったので、俺は柴(エースちゃん、メス)と存分にラブラブタイムを満喫した。エースちゃんはひりひり痛む俺の頬の紅葉マークをがふがふと舐めてくれた。最高だった。
ちなみに、飼い主さんはすげえ美人(ふたつ年上)で、この件をきっかけに仲良くなった。
俺はOL女の面をよく覚えてないが、確実に飼い主さんのが美人だったと思う。
ん?
「で、そいつが今の嫁です。柴も元気で、一緒に暮らしてます」オチ?
んなもんあるかよ!そんなんネタだろ、ネタ!
最近そういう投稿多いけど俺は信じねえ!絶対信じねえぞ!
あのな、聞いてくれよ。
飼い主さんは、俺の中学からの親友と来週挙式だよ。
もちろん二人が知り合ったきっかけは俺だよ。
友人代表スピーチ持ち時間十分てどういう羞恥プレイだよ!
「新郎新婦両方の親友だから5×2で10分ね♪」とか、そんな設定いらねえよ!
ちくしょう!
せいぜい祝ってくるよ!
出典:オリジナル
リンク:オリジナル

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