奇人達は二十一グラムの旅をしますようです 1

2009/09/19 23:23 登録: 痛(。・_・。)風

( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです


2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:52:34.65 ID:XEQSdgst0



人間の魂は、形状、大きさ、色の違いはあれども、重量は同じである。





#1「二十一グラムはあめ色の夢を見る」




4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:53:33.15 ID:XEQSdgst0
「よし、君のあだ名はクーだ」

                  「クー。素敵なあだ名ですね。気に入りました」

「また会いに来るよ。僕達はそろそろ帰らないといけない」

                  「本当に、また遊んでくれますか?」

「約束する。指きりしよう」

                  「ありがとう。私はいつまでも待っています」

「それじゃあ、また」

           「こうして、私は待ち続けることに決めたのです           
            ずっと、ずっと、私はあの少年を待っています」           

               目覚めの、ベルが鳴った。




6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:53:57.61 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「おはよう! 僕は起きたのだから音を止めたまえお!」

青年は目を覚ますと、怒鳴りつけた。目覚まし時計にである。
握りこぶしでスイッチを叩き、けたたましいベルの音を止めた。
頭を振って、青年は意識を鮮明にしてからベッドから降りた。

( ^ω^)「すがすがしい朝・・・・・・でもないお!」

窓の外へと視線を遣って、青年が言う。空は灰色一色だった。
この少々喧しい躁の気質がある青年の名は、内藤ホライゾンという。
独り言が多い上に、不遜な性格なので友人は極めて少ない。

因みに、その数少ない友人たちからは、ブーンと呼ばれている。
彼がアルコールに酔いつぶれた時、「ブーン」と叫びながら
両手を広げて走り回ったことから、そのあだ名がついたのだった。

( ^ω^)「久しぶりに早起きだお」




7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:54:33.86 ID:XEQSdgst0
午前六時。ブーンは寝巻きから高級なスーツに着替える。
彼の家は大変裕福だ。幸運の星の下に生まれたのである。

ただ、ブーンは仕事をしていない――出来損ないなのだった。
父親は海外に出張して居ず、母親は幼少の頃に亡くしている。
現在彼は、実の妹のツンと、街の高台に建つ豪邸で二人暮しだ。

( ^ω^)「ツンは起きてるかお。朝飯があれば良いのだけれど」

彼の妹ツンも、兄に負けず劣らずのおかしな人物である。
かなりの美人。だけど、それを駄目にするくらいヒステリックなのだ。
彼女の機嫌次第で、ブーンの一日の予定が変わってしまう。

だが、一度心を許した相手には優しさを見せる一面もある。
俗に言う広義でのツンデレであるが、理由なしに暴力を振るったりはしない。
昨今はそういう人物をツンデレと呼ぶきらいがあるが、それはツンデレでは無い。
・・・断じて違う! 奴らはツンデレの皮を被った何かだ! ただの暴力女です。

( ^ω^)「この匂い。朝からカレーかお? やってくれるお」




8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:54:57.44 ID:XEQSdgst0
廊下に出ると、キッチンの方からカレーの香りが漂ってきた。
朝から胃のもたれそうな料理で、食欲を満たさねばならない。
一瞬、ブーンは眉根を寄せたが、すぐに元の微笑み顔に戻した。
ツンには――彼女の機嫌を損なわないよう、いつでも明朗でいるべきだ。

( ^ω^)「やあやあ。おはよう! 僕の可愛い妹よ!」

ξ゚?゚)ξ「・・・・・・」

挨拶をして食堂に入ったブーンを、冷ややかな視線が貫いた。
ツンは姿勢良く椅子に座り、彼より先に食事を摂っていた。
大きなテーブルを挟み、ブーンはツンと向かい合って座る。
スプーンを持つ手を止めている彼女は、まだパジャマ姿だ。
木目調のテーブルの上には、やはりカレーが盛られた皿がある。




10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:55:26.89 ID:XEQSdgst0
この家に使用人は居ない。よって、食料は彼らの手で賄わなければならない。
ブーンは使用人を雇いたいのだが、ツンが頑なに拒むのだった。

彼女なりに理由は多々あるが、その内の一つに、我が家に見ず知らずの人間に、
足を踏み入れられたくないというのがある。彼女はあまり心を開くタイプではない。
もう一つ。こちらが一番大きな理由である。・・・ブーンが無職だからだ。
無職が使用人を雇う? 何を云う、アホが! ツンが拒否するのも仕方がない。

ξ゚?゚)ξ「お兄様。今日はお早いのですね」

刺々しい口調で、ツンは言った。駄目だ。果てしなく不機嫌なようだ。
何をどう間違ったのだ、内藤ホライゾン。彼は目を閉じて考える。
やがて、ブーンはある考えにたどり着き、おもむろに目を開いた。




12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:55:55.09 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「ははあ。さては、僕のスーツの柄が気に入らないんだお」

ξ゚?゚)ξ「は? 何をお言いになってるのか、分かりませんわ」

( ^ω^)「違うのかお。ツンの機嫌が悪い理由は」

ξ゚?゚)ξ「ああ。私は朝から騒々しいのが気に入らないんです」

(*^ω^)「そっかお。ごめんね!!」

脳に響く声でブーンは謝った。ますます場の空気が悪くなる。
なので、ツンが嫌みを言うのは仕方がないことなのだった。

ξ#゚?゚)ξ「お兄様はいつ働きになるおつもりなのですか?
       大学校を卒業してから、一度も仕事をされてませんね。
       世間ではそういう人のことを、ニートって呼ぶみたいですよ」




15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:56:43.46 ID:XEQSdgst0
ブーンは大学を卒業して四年経つが、仕事をしたことがない。
毎月、潤沢な生活費が送られてくる為、自由気ままに過ごしている。

( ^ω^)「分かった分かったお。でも、ツンだってずっと家にいるお」

言い終わってから、ブーンは「しまった」と手で口を押さえた。
どうにも、返すべき言葉の選択を誤ってしまったようだ。
彼は恐る恐るツンの顔を見る。意外にも彼女は笑っていた。

ξ゚ー゚)ξ「私は、その内、誰か素敵な男性に連れ去って貰いますし」

(#^ω^)「おいィ? 今の言葉は聞き捨てならないお。
       ツンに言い寄る男なんて、僕が絶対に許さないお。
フルボッコにして、燃えないゴミの日に出してやる!」

ξ゚?゚)ξ「ご自由になさって下さい。
      それと、今の私には家から出られない理由があるので」

( ^ω^)「理由?」




16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:57:10.77 ID:XEQSdgst0
ツンは顔を少し伏せた。彼女の表情には若干の翳りが見える。
ブーンは理由を問おうとしたが、中途でツンが謂わんとする事に気づく。
彼女は、特殊な体質をしているようなのだ。

「――私には黒い翼を持つ者が見えるのです」、と彼女は言う。
それをブーンが初めて知ったのは、ツンが中学二年生の時のことだった。
元気な彼女がある日を境に、突然、部屋に閉じ篭るようになったのだ。
ブーンは彼女の身を案じ、執拗に問い質したところ、答え難そうにそう云ったのだ。

“黒い翼を持つ者”は、巧みに人間の姿をして、街の人ごみに紛れている、らしい。
しかし、ツンの眼には一目瞭然で、その存在の背中には、
皆一様に黒いモヤを背負っていることから、彼女はそう名付けたそうだ。
ブーンは妹の言葉を信じて、オカルトの一ジャンルの心霊だと考えている。


( ^ω^)「ふん。とにかく、お兄ちゃんは結婚は許さないからね!」




17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:57:38.03 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「ご勝手に。それより、料理が冷めてしまいますけど」

朝げを勧められ、ブーンは思い出した。何故カレーなのだ。
どうして朝の早くからカレーなのか。マジキチ過ぎる!

(;^ω^)「朝にカレーとは、おかしいと思わないかい?」

ξ゚?゚)ξ「思いませんね。私は好きですし。カレー」

( ^ω^)「そうかお。好きなら仕方ないね。・・・あとで頂くお」

とは言うものの、ブーンは本当にあとで食べようか迷うのだった。
でも、彼は妹が好きだ。従って、最終的には食べる方向へと決めた。
ツンは食事を再開した。カチャカチャとスプーンが皿に当たる音が食堂に響く。
やがて食べ終えると、彼女はスプーンを置いて、不意にブーンに話しかけた。




19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:58:07.02 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「さっきも言いましたが、今日は起きるのが早かったですね。
      いつもなら、日が真上に昇った時分にお起きになりますのに」

( ^ω^)「ん、ああ。ショボンに用事があるのだお」

ショボンとは、ブーンが中学一年生の時に知り合った友人だ。
下がり眉の優しそうな顔をした青年で、街で小さな書店を開いている。
優しそうと言ったが、だが、ちょっと待って欲しい。彼もなかなか癖がある。

一般の人間とは軸がブレているのだ。例えばラーメンが美味しいと評判の店に行くとする。
普通ならば、「どの味のラーメンにしようかにゃー」と悩むに違いない。
しかし、彼は違う。チャーハンを即座に頼むのだ。狂っていやがる。
それと今では落ち着いているが、彼は昔は手の付けられない不良だった。
諸々のことがあって更正したが、それでも大変灰汁の強い人物なのだ。




20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:58:43.04 ID:XEQSdgst0
ξ;゚?゚)ξ「まあ! お兄様に付き合わされて。ショボンさん、可哀想」

( ^ω^)「むしろ、この僕と繋がりがあることを誇って欲しいお」

ξ-?-)ξ「放蕩息子と知り合いだなんて、喜べるものではありません」

( ^ω^)「ツン、言い過ぎだお。僕はあまり酒を呑まないし、女遊びもしない」

ξ゚ー゚)ξ「ああら、ご免なさい。
       それで、ショボンさんの所に、何をしに行くの?」

ツンは、やや上半身を乗り出して訊いた。
件の事情で家に篭り気味のツンにとって、外の話を聞くのは楽しいのだ。
彼女の明るい表情に、ブーンの心の調子もどんどん明朗になって行く。
彼は胸の前で両手の指を組み、焦らすようにゆっくりと言う。




21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:59:13.97 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「それはねぇ、えっとねぇ、フヒヒ」

ξ゚ー゚)ξ「一体、何なんですの? 早く仰って」

( ^ω^)9m「――借りていた本を返しに行くのだお!」

ただ、それだけのことなのに指を差し、ブーンは大きな声を上げた。
感情の起伏の舵を取れない彼に、ツンは眉間を人差し指で押さえる。

ξ;-?-)ξ「はあ。何という本を借りたんですか?」

( ^ω^)「日本の、外国の本だお。『愛と死』とかいうタイトルの」

ξ゚ー゚)ξ「まあ! 素敵! 武者小路実篤のですね。
      主人公とヒロイン夏子との恋愛を描いた。
      でも、テーマはもっと重い物のようだった筈ですが」

ツンがそう言うと、ブーンはぴくりと眉を動かせ、表情を険しくした。
足を組み、次第にそわそわと体を揺らせ始める。何か気に入らないようだった。
その様子に、兄は次に何を言い出すのかとツンはなりゆきを見守る。
間もなく、椅子に深く座り、ふんぞり返った姿勢で口を開いた。




23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 21:59:54.02 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「全然素敵じゃないお。恋愛なんて、全く下らないお。
       一瞬一瞬を取り繕い合いながら、仲良しごっこをしているだけだお。
       ・・・所詮は他人同士。僕はそんな物には興味が湧かないお。」

ξ゚?゚)ξ「・・・・・・」

( ^ω^)「それにあの本には、僕が一番気に入らない場面がある」

ξ゚?゚)ξ「気に入らない場面?」

ツンに訊かれ、ブーンはグッと身体を起こし、彼女の顔を覗き込むように見る。
その双眸は鋭く輝き、多少ではあるが、ツンを威圧するまでに至った。

( ^ω^)「人が、人が死ぬのだお。僕は人が死ぬ話は大嫌いだお。
       いつまでも、幸せな余韻を残す結末しか僕には許せない」

ブーンは大きく息を吸って、姿勢を正しくした。
詰まるところ、彼はハッピーエンドしか許容出来ないのだ。




25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:00:50.39 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「そう、ですか」

ツンには、何故ブーンが依怙地に譲らないのか、原因が分かっていた。
母親が亡くなったことに理由だ。彼はそれを自分の責任だと思っている。
彼は変わり者だが、奇人には奇人なりの理論があり、優しさも持っている。
わざわざ痕に触れる必要はない。ツンは余計な詮索はせずに、頷いたのだった。

ξ゚?゚)ξ「・・・・・・」

( ^ω^)「・・・・・・」

無言になる二人。いたずらに広い食堂に、しいんと沈黙の時が流れる。
三十秒くらい経過した頃、ツンが軽く両手を合わせ、ようやく言葉を発した。

ξ゚?゚)ξ「ああ。私も久々に街に下りたくなりましたわ。
       お兄様、連れて行ってちょうだい。ねえ、良いでしょう?」




26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:01:36.91 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「別に構わないけど、大丈夫なのかお。
      その、例の、正体不明のおかしな奴が居るかもしれないお」

ξ゚?゚)ξ「日中の明るい時間でしたら、何とか大丈夫。
       久しぶりにクドの散歩をしたいのです」

クドとは内藤家で飼っている、イタリアングレーハウンドという犬種の雌犬だ。
グレーハウンド系の犬はスラリと細身で足が速く、獲物の追跡能力に恵まれている。
なのだが、内藤家の犬は丸々と肥えており愚鈍で、顔は飼い主の誰かさんに似ている。

( ^ω^)「そいつは良い! あれは僕に似ていて気品が溢れている。
       街の住民たちに、内藤家の格を見せ付けてやるのだお!」

(U^ω^) わんわんお!

そうしていると、茶色の毛並みを持つクドが扉の隙間から入ってきた。
正しくはクドリャフカというが、二人は略している。名前の由来はご周知の通り。
クドがブーンの膝の上に飛び乗る。小型の癖にずしりと重い。




28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:02:18.53 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「おっおっお! 見たまえ!
       クドは僕に似て、とても整った顔付きをしているお!」

(U^ω^) わんわんお。

ξ゚?゚)ξ(・・・・・・何度見てもブサイクね)

( ^ω^)「なにその沈黙は」

ξ゚?゚)ξ「いえ、見惚れていたのですわ」

( ^ω^)「そうかお。流石は僕の可愛い妹。分かっているお」

ブーンは喜び、バンバンとテーブルを叩く。クドがその手の動きを目で追う。
幸せな人ね。ツンはため息を吐き、皿を持ってゆっくりと席を立った。




29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:02:48.75 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「では、着替えて参りますので、その間に朝ご飯を済ませて下さい」

( ^ω^)ノ「任せたまえお。完膚なきまでに喰らい尽くしてくれるお」

手を上げて元気に挨拶をすると、ツンは台所へと消えて行った。
今日のツンの機嫌は程良いようだ。腕を組んで、ブーンは何度も頷く。

( ^ω^)「さあて」

女性は外出の準備に時間が掛かる。出かけるのは一時間後くらいだろうか。
その間にカレーを口に入れ、咀嚼し、味を楽しみ、食べ切らねばならない。
やっぱり早朝にカレーは有り得ないなあ! ツンはおかしな人間だなあ!

( ^ω^)「クドが食べるかお?」

(U^ω^) わんわんお・・・。

結局、ブーンはカレーを完食し、ツンの準備が整うのを待った。




30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:03:26.09 ID:XEQSdgst0
―2―

ξ;゚?゚)ξ「街に来るたびに思うのですが、一苦労ですわね」

街までやって来ると、ツンは息を切らして言った。クドもへたばっている。
内藤邸のある丘から街までは、結構距離のある下り坂を歩かねばならない。
この街はビップと言い、石造りの家々が建ち並ぶ、風光明媚な海沿いの小さな街だ。
南側にオーシャンブルーの海、東、西、北側には山々が街を囲むように聳えている。
遠く都会とを繋ぐ大きな駅舎や港があるので、決して田舎といった印象ではない。
ビップの観光名所は、街の中央の広場に聳える、赤煉瓦の巨大な時計塔だ。
毎日正午になると、学校のチャイムのような鐘のメロディーが鳴り響かせる。

( ^ω^)「ハハハ! ツンは身体がなまってしまっているんだお」

ξ゚?゚)ξ「自動車でもあれば便利なんですけどね。
       お兄様は車校に通うおつもりはないのですか?」

(#^ω^)「どうしてこの僕が、教官の命令など聞かねばならんのだお!」

ξ゚ー゚)ξ「ですわねー」




31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:04:48.07 ID:XEQSdgst0
乾いた笑いを溢して、ツンは空を見上げた。今日も曇り空だ。
ここ一ヶ月、曇天の日々が続いている。陽は、たまにしか雲の隙間から射し込まない。
現在は八月。ブーン達の住む国は夏でも涼しいのだが、今年は例年より肌寒い。
ツンは手に握っているリードを少し引っ張った。クドが面倒臭そうに立ち上がる。

(U^ω^) わんわ・・・んお。(やれやれだよ)

( ^ω^)「さあ、行こう。僕という存在を引き立たせる青年の店へ」

ξ゚?゚)ξ「最低ですね。けど、まだ八時だわ。開いてるのかしら」

( ^ω^)「訊けばショボンは、毎日朝の四時に起きてるらしいお。
       だから、きっと開いてるはず」

ξ゚?゚)ξ「お早いですわー。健康的な生活をしてらっしゃるのね」

( ^ω^)「ふん。でも、彼は喫煙者だから台無しだお」




32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:05:32.45 ID:XEQSdgst0
二人と一匹は、まるで迷路のように分岐する細い道を歩いていく。
街の一番低い場所に建ち並ぶ家々は、どれも小さく、薄汚れている。
高級なスーツや洋服を着ている二人には、あまり似つかわしくない場所だ。
ツンが物珍しげにきょろきょろと周囲を見回していると、やがて袋小路についた。
二人は右手の建物へと視線を遣る。そこには他と違って木造の建物があった。
引き戸となっている玄関の上部には、達筆な字で"ショボン書店"と書かれた看板がある。

( ^ω^)「やれやれ、ジャパンかぶれはこれだから困るお。
       周りとの調和を合わせる気が、まったく感じられやしない」

ξ゚?゚)ξ「素敵な佇まいだと思うんですけど」

玄関の前に立つブーンは、景気良くガラガラと音を立てて扉を開けた。

( ^ω^)「ヘイ! ショボン、僕がわざわざ来てやったお!」

(´・ω・`)「おいおい、静かに入って来いよ。キチガイボーイ」




34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:06:04.67 ID:XEQSdgst0
ブーンが店に入るなり、あんまりな言葉が飛んで来たが、それほど的外れではない。
店主であるショボンは奥の座敷で煙草を吸っていたようだ。仄かに煙の匂いが漂う。
彼は一風変わった紺色の服を着ている。作務衣という服だそうだ。
胡坐をかいているショボンの前には、古ぼけたお粗末なレジスターがある。
商売をするつもりがあるのか、と古書ばかりが収納された本棚を眺めてブーンは思う。
それから、ブーンはツカツカとショボンに歩み寄り、彼の両肩を力強く掴んだ。

( ^ω^)「この野郎、僕の嗜好を知ってるくせに、妙な本を――」

(´・ω・`)「それよりも僕には驚いたことが二つある。
      一つは君が朝早くに来たこと。珍しいにも程がある。
      もう一つは、君の妹のツンちゃんが街に下りて来たことだ。
      もしかしたら、今日は篠突く雨でも降るのかもしれないね」

( ^ω^)「お」




35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:06:39.35 ID:XEQSdgst0
店の外へと視線を向けたショボンにつられて、ブーンが振り返った。
そこには、店内の様子を興味深く窺って佇んでいるツンの姿があった。

(´・ω・`)「犬を中に入れても構わないよ。どうせ、元から汚れてるしね」

大きな声を出すのが苦手なショボンはそう言った。
仕方なく、ブーンがツンに手招きをする。彼女はしずしずと店に入ってきた。

ξ゚?゚)ξ「お邪魔します。お久しぶりですわね。ショボンさん」

(´・ω・`)「やあ。本当に久しぶりだね。四月の君の誕生日会以来かな」

ξ゚ー゚)ξ「お越し頂いてありがとうございました。素敵なプレゼントも頂いて」

( ^ω^)「素敵? 安物のブックラックじゃないかお。どうかしている・・・」




37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:09:45.07 ID:XEQSdgst0
ξ#゚?゚)ξ「お兄様!」

(;^ω^)「あひいん!?」

ブーンはツンに肉付きの良いたるんだ臀部を、思いのほか強くつねられた。
まったく予期せぬ痛みに驚いた彼は飛び上がり、奇妙な悲鳴を上げた。

(´・ω・`)「ははは。君達は相変わらず仲が良いね」

ショボンは嫣然とする。とんでもない! 間、髪を入れずツンは否定する。

ξ;゚?゚)ξ「嫌ですわ。こんな人、私は知りませんし、知りたくなんか――」

( ^ω^)「そんなこと言って。心の底ではお兄ちゃんラブなんだお!」

ブーンは言葉を遮り、ツンの小さな肩に腕を回す。彼女を襲う頭痛の種は尽きない。
「もう、それで良いです・・・」、とツンはため息をついた。ツンデレキャンセルだ。




38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:11:18.49 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「兄妹とは良いものだお。ショボンには居ないのかお」

(´・ω・`)「ん? ああ、居ないよ。正確には妹が居たってのが正しいけど、ね」

ショボンはポケットから煙草の箱を取り出した。パーラメントだ。
やや長さのある煙草を銜え、銀色の模様のないジッポライターで火を点ける。
一息。煙草をくゆらせ、白い息を吐き出す。煙が空間をゆらゆらと漂った。

(´・ω・`)y-~~「僕が中学生の頃に、病であっけなく亡くなってしまったけどね」

( ^ω^)「それは初耳だお。ショボンの妹ってどんな子だったんだお?」

ξ゚?゚)ξ「お兄様」

ツンが、二人の会話に割って入る。そのようなことは無神経に訊くべきではない。
彼女にキッと睨まれ、場都合の悪くなったブーンは口を尖らせる。




39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:12:13.45 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)y-~~「さて、どうだったかな。年を取るにつれて記憶が薄くなった。
         今ではあまり思い出せないな。ただ、とても可愛かったのは覚えているよ」

( ^ω^)「ふうん」

ξ゚?゚)ξ「・・・・・・」

ショボンは最後に大きく煙を吐き出し、畳の上にある灰皿に煙草を押し潰した。
そして、ゆったりと余裕のある所作で、二人へとまっすぐに身体を向けた。

(´・ω・`)「で、何の用だっけ? 何か物々しい雰囲気だったけど」

( ^ω^)「お? ・・・・・・ああ、ああ、ああ! 僕に貸した本のことだお!」

ブーンはスーツの上着のポケットから本を取り出し、ショボンに突きつけた。
本を受け取ったショボンが見上げると、ブーンが怒りで顔を赤くしていた。




41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:13:35.97 ID:XEQSdgst0
(#^ω^)「君ねえ。僕が恋愛に興味がないことくらい知っているだろう?
       しかも、人が死ぬし。・・・人が死ぬし! 最悪じゃないかお!」

(´・ω・`)「うん、知ってた」

(#^ω^)「おい!?」

(´・ω・`)「確かに、登場人物が死ぬのを貸してしまったのは悪かったよ。
      けどね、君は恋を知るべきだよ。きっと成長するはず。
      そう思って、僕は君にこの本を貸したのさ。分かったかい?」

(#^ω^)「余計なお世話だお! 僕はもう成長しきって、熟れ熟れだお!」

ξ゚?゚)ξ(熟れ熟れって)

(#^ω^)「幼年期どころか、青年期まで終わっとるわい!
       それはもう、アーサー・C・クラーク先生も驚くくらいに!」

そこまで言って、ブーンはぜえぜえと呼吸を荒くした。ほぼイキかけたようだ。
両膝を押さえる彼の肩に、ショボンはそっと手を置いた。二人は顔を見合わせる。




43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:14:25.05 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「アーサー・C・クラークのくだりは個人的に面白かった。
      ブーン、ハイタッチをしよう。息を整えて、そう背筋を伸ばして」

(;^ω^)人(・ω・` )「イエーイ」

ξ;-?-)ξ(ショボンさんも、よく分からない人ね)

ショボンは普通の人とズレており、笑いのツボも相当斜め上の場所にある。
それとショボンは楽しくなると、顔より高い場所で手を合わせたがる。
奇人と奇人。社会には、似たような性格同士が集まる法則めいたものがある。
兄には型破りな友達しか出来ないのだろう。生涯そうに違いないわ。

そういえば、他にも兄には、女性の豊かな胸のみに異常な興味を示す友人が居たっけ。
本当に変わった友人しか居ない。兄の周囲の人間はネジを外し過ぎだと思う。
・・・けど、それならよく兄と居る私も、同じカテゴリに属しているということだろうか?
実は、自分も周りからは冷たい目で見られているの? ツンは嫌悪感で無意識に叫んだ。

ξ;゚?゚)ξ「絶対にいやよ! 勘弁してちょうだい!」




44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:15:00.11 ID:XEQSdgst0
ハイタッチをし続けていた二人は、目を丸くしてツンに顔を向けた。

(´・ω・`)「?」

( ^ω^)「いきなり叫んで、変な妹だお」

ξ;?;)ξ「違う! 私は普通のちゃんとした神経をしているのよ!」

(´・ω・`)「君の妹はどうしたっていうんだい」

( ^ω^)「たまに発作を起こすんだお。僕は病院を勧めてるんだけどね」

ξ;?;)ξ「病院のお世話にならなくてはいけないのは、お兄様ですっ!」

ツンは複雑でよく分からない人間だ。やれやれ、とブーンは肩を竦める。
そのの様子を心配そうに眺めていたショボンが、ふと手を打った。




46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:15:35.05 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「君達、暇だろう? まあ、ブーンは言うまでもないけどね。
      もしそうなら、僕も暇になってしまおう。山へ散策に行かないかい?」

ξっ?゚)ξ「山?」

(´・ω・`)「そうだよ。この街の北部にある山へゆるりと散策に行こう。
      東西の山とは違い、開発されてて見所があるし、それに――」

ショボンは地面に目を落とした。丸々と太った犬がだるそうに寝そべっている。

(U^ω^) ・・・・・・。

(´・ω・`)「君達の犬の運動にもなるだろう。どうにも肥えすぎだよ。その犬は」

( ^ω^)「いや、待て。クドは僕に似てて、丁度良い具合だお」

(´・ω・`)「ねーよ。ファットボーイ。メタボリックシンドロームでじわじわ苦しめ」




47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:16:30.21 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「お兄様、行きましょう。私もたまには外を歩かないと」

ツンがブーンの腕を引っ張って希望する。彼は妹の押しには滅法弱い。
なので、頷くのは当然であるし、彼も心の内では自身の体型を気にしていた。

ξ*゚ー゚)ξ「やったー。お兄様、大好き――」

ξ゚?゚)ξ「いや、そんなにでも無かった。はい、私は嘘つきなので」

再びツンデレキャンセルを行う。若い女性の心理は複雑怪奇のようだ。
ブーンが頬を弛緩させてにやにやと笑うと、ツンはそっぽを向いた。

(´・ω・`)「本当に仲が良いね。さて、店を閉めて行こうか」

( ^ω^)「待てお。ショボンはその格好で行くのかお?」

(´・ω・`)「勿論さ。これが僕の永久の普段着なんだよ。動きやすくてたまらん」

( ^ω^)「狂っていやがる」




48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:17:12.12 ID:XEQSdgst0
ショボンが運転する車の乗り心地は良好とは程遠いものだった。
まず狭い。たった三人と一匹なのに、嫌な閉塞感に悩まされたのだ。
そして、ガタガタと縦横に揺れた。ブーンが構造の欠陥を疑ったくらいである。
凡そ一時間我慢し、ようやく高原の駐車場に着くと、彼は即座に外へ飛び出した。
牧歌的な風景を背に、ブーンは青い顔をして座り込み、懸命に吐き気を抑えている。

(;^ω^)「おええ。金輪際ショボンの車には乗らないお」

ξ゚?゚)ξ「帰りはどうするつもりですか」

(;^ω^)「帰り!? そうか、帰りもあの車に。うわあ、もう最悪・・・。
      僕は歩いて帰るお。あの車、命が幾つあっても足らないお」




49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:17:39.81 ID:XEQSdgst0
ぶつぶつと愚痴るブーンを他所に、ツンはぐるりと景色を見回した。
緑。その平和の色を見せ付けるように、見渡す限り草花が芽吹いている。
風がざわめき、花の甘い匂いが届けられる。
軽やかに舞う蝶々のように、ツンの心は自然へと惹かれていく。

ξ゚?゚)ξ「この街にもこんな場所があったのですね。知らなかったわ」

( ^ω^)「僕とツンは、一度だけここに遊びに来たことがあるお。
       君が五歳くらいのころ、お母さんに連れられてね」

ξ;゚?゚)ξ「わひゃっ!?」

思わず、ツンは飛び退いた。突然、耳元にブーンの顔が現れたからだ。
ツンは胸を押さえて、ブーンを睨む。彼の顔色は平常のものに直っていた。




50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:18:21.80 ID:XEQSdgst0
ξ#゚?゚)ξ「お兄様! 驚くからやめて下さい。・・・・・・お母様と?」

( ^ω^)「うん。ここから少し歩いたところに、大きな農業公園があるお。
      そこにお母さんと来たのだお。勿論、行楽にね」

ξ゚?゚)ξ「お父様は?」

尋ねられ、ブーンは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。彼は父親が嫌いである。

( ^ω^)「・・・あの家庭を省みない人間が、一緒に来るわけがないお」

ξ゚?゚)ξ「そう、ですわね」

ブーンに対し、ツンは精神的に大人で、父親のことは仕様のないことだと思っている。
父親が溌剌に仕事に打ち込んでいるからこそ、自分達はこうしていられるのだ。
ツンが返答を持て余していると、後ろからショボンがやってきて声をかけた。




52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:18:58.03 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「いやあ、すまないすまない。待たせてしまったね」

( ^ω^)「遅いお。君は、僕の貴重な時間を無駄にするつもりかお」

(´・ω・`)「だからごめんってば。車に積んでたのがなかなか見つからなくて。
      カメラだよ。ブーンだって、君の好きなツンちゃんを写したいだろう」

( ^ω^)「む。それは確かに言えてるお。ショボンは気が利くお。どれどれ」

ブーンは、ショボンが持っている古ぼけたカメラを、無遠慮に手に取った。
ところどころ傷が入っている。一見、何の変哲もない普通のカメラだ。
しかし、ブーンはこのカメラに秘められた価値を見抜いた(ような気がした)。

( ^ω^)「ふむふむ。これは骨董品で高価だお。僕には分かる」

(´・ω・`)「昔、都会に行ったときに買った安物のカメラだよ」

( ^ω^)「そう」




53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:19:32.65 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「これから、どこに行くんですの? 雨が降らなきゃ良いのですけど」

ツンが二人の会話に割って入った。一同は揃って空を見上げた。
光が射し込む隙間が微塵もない。今にも雨が降ってきそうな気配だ。

(´・ω・`)「最近は曇りばっかりで変な天気だけど、雨は降ってないからね。
      多分、大丈夫なんじゃないかな。今から近くの公園に
      行こうと思ってるんだけど、そこに傘が売ってるかもしれない」

ξ゚ー゚)ξ「そこなら、きっと兄が案内してくれると思いますわ。
      一度訪れたことがあるそうです。私は覚えていませんが」

(´・ω・`)「へえ、そいつは頼もしい。じゃあ、先頭をお願いしようかな。」

( ^ω^)「・・・・・・」




54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:20:49.81 ID:XEQSdgst0
ブーンは返事をしなかった。遥か遠くを眺めたまま、微動だにしない。
彼にしては珍しく、表情から笑みが消えている。どこか重々しさがある。
こんなに静かになるなんて珍しいな、とショボンが彼の肩を揺らした。

(´・ω・`)「おい。マゴットボーイ。不意にサイレスでも喰らってしまったのか」

ξ;゚?゚)ξ「ショボンさんって、時々辛辣なことを言いますのね」

「これがブーンと上手に付き合う秘訣だよ」、とショボンはツンに言う。
確かにそうかもしれない。呆れたツンは、細目でブーンを見る。
何がブーンの琴線に触れたのか、彼はとても難しい顔をしている。
やがて、ブーンはゆっくりと振り向き、二人の顔を交互に見遣った。

( ^ω^)「いや、何でもないお。ちょっと考え事をしていただけ」

ξ゚?゚)ξ(お兄様が考え事だなんてありえないわ)

(´・ω・`)「そうかい。では立ち話もなんだし、そろそろ行こうか」




55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:21:28.68 ID:XEQSdgst0
三人が訪れた公園は、ニューソクの丘といい、山を無理やり削って平地にした場所にある。
数々のレクリエーション施設があるのだが、閑散としていて金の無駄のように見える。
それでも一応は見所があり、一面の花畑はツンを喜ばせるものだった。
今は花畑の間にあるまっすぐな小道を三人は進んでいる。人は彼ら以外に居ない。

ξ*゚ー゚)ξ「お兄様。ショボンさん。遅いですよー」

ツンが振り返る。最初はブーンが先頭だったのだが、いつの間にか彼女が前を歩いている。
これが二十五歳の境界を超えた者の体力か。ツンより五歳上の二十七歳のブーンとショボンは、
己の体力の無さを痛感した。体力も知力も、二十五歳を契機に下がっていく(気がする)。
日ごろから運動不足の彼らは、片手を上げて、ツンに返事をするのが精一杯だ。

(´・ω・`)「ちょっと歩いただけでこれだよ? 若者が妬ましくなるね」

(;^ω^)「ふ、ふん。僕は革靴を履いてるから歩きにくいだけだお。
      まだまだ僕は若い。そう! 若いのだお・・・・・・」




56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:22:06.85 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「ところで」

( ^ω^)「ん?」

ショボンが声を潜めた。視線はツンの背中に向いている。

(´・ω・`)「ツンちゃんは、最近大丈夫なのかい?」

( ^ω^)「何がだお」

(´・ω・`)「ほら、黒い翼を持つ人間が、この世に居るって話だよ」

ブーンは妹の体質について、ショボンに相談を持ちかけたことがあったのだ。
無論、妹のプライバシーなので内証にである。知ると烈火のごとく怒るに違いない。
ショボンは知識がなかなかに豊富なので、もしかしたらと思ったのだった。
しかし、彼も分からなく、ブーンと同じでオカルトの現象だと言うに留まった。




57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:22:39.15 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「ああ。最近は出会ってはいないようだお。ずっと家に居るし。
       黒い翼を持つ者って一体なんなのだお。ツンを脅かすやつらは。
       妹は、構ってもらいたさに嘘を吐くタイプだとは絶対に思えない」

(´・ω・`)「彼女は君の百万倍くらい出来た人間だ。僕も嘘だとは思わないよ。
      ブーン、ひょっとすると僕達の認識が間違っているのかもしれない。
      本当はその異人達は、僕達のすぐ側で生きているのかもしれない。
      昨日、街でふと擦れ違った人間が実は異人なのかも、しれない」

( ^ω^)「ショボンの話はくどすぎる! 簡単に言うとどういうことなんだお」

(´・ω・`)「君や僕が黒い翼を持っているのかも、って話だよ」

( ^ω^)「ハハッワロス。それならツンが黙っちゃいないお」

(´・ω・`)「だよねえ。少なくとも僕達は普通の人間なようだ」

ξ゚?゚)ξ「・・・・・・何の話をしていらっしゃるの?」




58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:23:17.18 ID:XEQSdgst0
(;^ω^)「!」

ブーンは、吃驚した。話し込んでいる内に、いつの間にかツンに追いついたのだ。
二人の目の前で、彼女は首を傾げて不思議そうにしている。
どうやら、聞かれてはいなかったようだ。ブーンは心の底から安堵した。
それでも心臓の脈動が止まるほど彼は驚いたので、言葉の呂律が回らない。

(;^ω^)「いや、あのね、そのね・・・」

こいつは駄目だ。言わせていると、その内勝手に自爆してしまうに違いない。
そう判断したショボンが、ブーンの背後に回り、口を両手で押さえ付けた。

(#^ω^)「んが!? ひょぼん、ごごごお!!」

(´・ω・`)「なあに。去年、結婚して都会に行ったジョルジュが居るだろう?
      あいつ、近頃抜け毛に悩まされててね。どんどん抜けていくらしい。
      それで、彼の明るい頭皮の未来について、僕達は語り合っていたんだよ」

――愚かな! そんな話が通用するものか! さっさとこの手をどけろ!
ブーンが必死にもがく。そうしていると、ショボンを背負うような奇妙な格好に収まった。




59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:24:03.91 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「まあ。そうでしたの。まだお若いのに大変ですわね」

(;^ω^)「までふんびる!? (何故信じる)」

(´・ω・`)「そうそう。うわ、ブーンの背中の乗り心地、柔らかくて気持ち良いなー」

(#^ω^)「んんんん! うっさいお! さっさと離れろお!」

ようやくブーンはショボンから解放された。彼は憤り狂うが、手を上げはしない。
殴ってしまえば、その時点で自分の負けだ。常に紳士たれ。彼にはそんな美学がある。
ブーンはショボンを見据える。しかし、彼は悪びれもせずに言うのだった。

(´・ω・`)「それにしてもちょっと疲れたね。あそこに売店が見える。
      飲み物でも買って、そこいらのベンチで少し休憩しようか」

( ^ω^)「僕、たまにショボンの風のような性格が、無性に怖くなるんだお」




60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:25:05.13 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「しかしまあ、ジョルジュの変態さには、流石の僕もひいた。
       あいつはね、講義中にも関わらず淫猥な言葉を叫ぶ男なのだお」

(´・ω・`)「あれが結婚だからね。婚約の話を聞いた時は世界の終わりかと思ったよ」

ξ;-?-)ξ「はあ、何となく分かる気がします。お変わりですものね」

彼らは売店の側に備えられていたベンチに座り、ジュースを飲んで一息ついている。
詳細に言えば、ブーンはオレンジ、ツンはアップル、ショボンはぶどう酒である。
今は昨年まで同じ街に住んでいた、大問題な友人について会話をしている。

( ^ω^)「それで、ジョルジュが細君に告白した時の言葉が何だと思う?
       『おっぱいよりも君が好き』――だってお!!」

(´・ω・`)「根っからの巨乳好きがね。彼の嫁さんはどう見ても貧乳じゃないか。
きっと、宇宙のどこかの星が一つ、青い光を放って命を終えたよ」

ξ;-?-)ξ「・・・・・・」




62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:27:40.21 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「たまには外出も良いもんだ。本当に、良いねえ。ははは」

笑い声を上げて、ショボンは半分ほど残っていたぶどう酒を一気に飲み干した。
ブーンとツンは目を丸くした。彼が酒を呑んでいたことを知らなかったからだ。
ショボンは非常に酒が好きで、仕事中でも呑んでいるくらいである。

( ^ω^)「ショボン。君、帰りの運転はどうするつもりかね?」

(´・ω・`)「んー、その通りだね。そうだ、僕はここで酔いを醒ましているから、
      君達二人は散歩してくると良い。カメラで風景を撮ってきなよ」

( ^ω^)「そうするお。ただ、撮影するのは風景ではないお。ツンだお。
       妹は世界中の何よりも美しい。ありとあらゆる物に勝る」

ξ゚?゚)ξ「はい、そうですね。でも私はここに休憩しております。
       久しぶりに街のことをお聞きしたいので。お兄様お一人でどうぞ」




63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:28:26.23 ID:XEQSdgst0
―3―

( ^ω^)「はっはっは! ああ突き放していても、本当は兄思いなのだお。
       そうだろう? 僕に似て美犬のクドリャフカよ!」

(U^ω^) ・・・・・・。

一つの場に留まっていられないブーンは、美犬(仮)を連れて石畳の小道を歩く。
色とりどりの花々は綺麗なのだが、生憎の曇天模様が景色をマイナスにしている。
あれからもしつこくツンを連れようとしたのだが、結局は一人で散歩することになった。
きっと、彼女は四六時中家に居るので、最近の街の様子が気になるのだろう。
ツンが男と二人きりになるのは些か不安だが、まあ、ショボンなら大丈夫だ。

( ^ω^)「天気が悪いが、僕の腕ならば立派な写真が撮れるお。
      そうだ。出来上がったものを写真コンクールにでも送ってやろう」

意気揚々なブーンはそう言って、ピントなどを気にせずシャッターを切りまくる。
数枚撮影していると、ファインダーの中に人影を見つけた。二人の少女だ。
少女達は道の先から、ブーンが立っているところへゆっくりと歩いてくる。

( ^ω^)「よし。彼女達を撮ってやろう。きっと良い絵になるお」




64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:29:38.82 ID:XEQSdgst0
思い立ったが吉日。ブーンは彼女達の側まで歩み寄り、軽快な声をかけた。

( ^ω^)「へろう! 君達、ちょっと被写体になってくれないかお」

从;'−'从「!?」

リl|゚ -゚ノlリ「・・・・・・」

中学生くらいの身長の少女二人は、それぞれの反応を示した。
肩の辺りまで髪がある、大人しそうな少女は飛び退くほど驚いたのに対し、
ショートカットの無表情な少女は、ただ黙ってブーンを見上げただけだった。
どちらも、陳腐な洋服を着ている。自己主張のあるアクセサリもしていない。
だが、短髪の少女は紫色の布に巻かれた、何か長細いものを持っている。

( ^ω^)「僕は内藤ホライゾン。これから写真界で名を轟かせる者だお」

二人の心境など知ろうとしないブーンは、気さくに自分の名前を告げた。




66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:30:29.86 ID:XEQSdgst0
リl|゚ -゚ノlリ「内藤、ホライゾン」

機械のような印象を受ける少女が声を漏らした。老人のように嗄れた声だった。

( ^ω^)「お? 何か?」

リl|゚ -゚ノlリ「・・・・・・いや。私は佐藤。こっちは渡辺」

佐藤と名乗った少女は、横を向いた。彼女の後ろに隠れている渡辺が顔を出す。
怯えている様子だ。突然声をかけられたからだろう。異常なくらい肩を震わせている。

( ^ω^)「その娘は大丈夫なのかお? 顔が真っ青じゃないかお」

リl|゚ -゚ノlリ「渡辺は人見知りが激しい。・・・それより、何の用?」




67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:31:28.30 ID:XEQSdgst0
ブーンは訊ねられて、はっとした。そして、写真を撮らせてくれと頼んだ。

リl|゚ -゚ノlリ「構わない。・・・・・・渡辺も、それで良い?」

从;'−'从「・・・・・・」

渡辺は警戒を解かなかったが、こくりと弱々しく頷いた。
ブーンはよしよしと嫣然として、山がある方へと立つように二人に言った。

( ^ω^)「いいね! 僕はどんな色の花々よりも山が好きだお。
       色彩心理学で言うとね、緑は命の源の色なのだお。素晴らしい!」

从;'−'从「あ、あのっ」

( ^ω^)「はい?」




68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:32:32.87 ID:XEQSdgst0
从'ー'从「私も、緑が好き、です。瞼をぎゅっと閉じると、緑色が見えます」

上擦った声で、どもりながら渡辺が言った。目を閉じると緑が見える。
そうして見える色は黒か灰色ではなかろうか。・・・人によっては緑かもしれない。
ブーンは不思議な気持ちで首を捻ったが、とりあえず写真を撮ることにした。

( ^ω^)「何にしろ、好きなものが一緒なのは良いことだお。
       ささ、リラックスして。そうそう。じゃあ、撮るお」

そうして、ブーンはシャッターを切った。カメラが一瞬を捉えたのだ。
ブーンが軽くお辞儀をすると、少女二人は小さく頭を下げてから去った。
前途洋々の若き写真家は、カメラを曇天に翳して一人悦に入る。

リl|゚ -゚ノlリ「内藤さん」

( ^ω^)「お? あれ、まだ居たのかお。どうしたのだお」




69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:33:06.30 ID:XEQSdgst0
声のした方へと振り向くと、先程の少女達の片割れが傍らに立っていた。
居るのは佐藤だけで、もう一人の渡辺という少女の姿はない。
何か用事でもあるのか。ブーンが疑問に思っていると、佐藤は言った。

リl|゚ -゚ノlリ「私達は、須名邸に行った帰り。あの山を少し登った所にある」

(;^ω^)「!?」

ブーンは声を上げそうになるくらい驚いた。須名という姓に覚えがあるからだ。
大きく目を見開き、両腕を伸ばし、彼は小刻みに震える手で佐藤の肩を掴む。

(;^ω^)「君は一体」

リl|゚ -゚ノlリ「街で噂になってるの。内藤さんは知らない?」

体格があまりに違う男性に揺さぶられても、佐藤は顔色一つ変えない。

(;^ω^)「・・・噂? 僕は知らないお。どんな話なのか、教えたまえお」




71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:33:57.54 ID:XEQSdgst0
リl|゚ -゚ノlリ「黒い翼を持った少女が、その屋敷には出るそう」

一刹那置いて、さらさらと、風が吹き、花々をざわつかせる。
やがて、花びらが宙へと舞い上げられ、空の遥か高みへと消えて行った。

( ^ω^)「・・・・・・・・・・・・」

リl|゚ -゚ノlリ「なにそれこわい、ってそこへ見に行ったのだけど、誰も居なかった。
       内藤さんも行くのかな、と声をかけた。・・・・・・それだけ」

佐藤は言い終えると、後ろを向いた。それに伴い、肩から腕が離れる。
腕をだらりと下ろして、ブーンは神妙な顔つきで彼女の背中を見守る。

リl|゚ -゚ノlリ「内藤さん。きっと、その話は出鱈目だったんだ。
       黒い翼を持つ人間だなんて、子供の空想みたいなんだもの」

抑揚のない声。佐藤は少しだけ振り返る。黒い瞳が空の灰色を映す。




72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:35:11.99 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「いや、君達は探し方が甘かったのだお。
      僕はそういった胡散臭い話が好物でね。行ってみるとするお」

リl|゚ -゚ノlリ「・・・・・・そう。本当にいるのかな。もし、居たら何者なの。
      私は考える。それは、人間の闇のようなものじゃないかって」

( ^ω^)「闇?」

リl|゚ -゚ノlリ「人間は誰しも闇を持っている。闇を持っていなければ人間ではない。
      死の時に、二十一グラムが零れ落ちたんだ。レゾンデートルを伴いながら」

( ^ω^)「君も僕の友人みたいな話し方をするね。いやに意味不明だお。
       僕はそういう話を聞く度にいつも思うお。ネット上でやれ、と。
       日本に巨大掲示板がある。そこの主にニュースを扱う場所でやれお。
       そこでなら、論理戦争がいくらでもやりたい放題らしいお。
       ――で、二十一グラムって、一体どういう意味なのだお」

リl|゚ -゚ノlリ「魂の重量のこと。人の魂は二十一グラム。みんなに均等」




73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:35:55.75 ID:XEQSdgst0
ブーンは顎に手を置いた。佐藤が何を言っているのか、さっぱり不明だ。
もしかしてキケンな人? とりあえず、分かる範囲のことを口にした。

( ^ω^)「つまるところ、君はオカルト支持者なんだお。
       幽霊のことを言ってるのだお。在世中の恨みが具現化すると」

リl|゚ -゚ノlリ「・・・・・・今はそれで良い。そろそろ私は行かなくてはならない」

佐藤は顔を前に戻して、歩き始めた。そこでブーンは既視感を覚えた。
この少女に以前会ったような気がしたのだ。いつだったかは分からない。
彼が思い出そうとしていると、佐藤が不意に、ぴたりと足を止めた。

リl|゚ -゚ノlリ「――君は、君の、君らしい、君を知る、心の旅を」

( ^ω^)「・・・・・・?」

最後に、謎めいた言葉を呟いて、佐藤は風景の向こうへと消えて行った。




74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:36:50.75 ID:XEQSdgst0

その頃、ツンとショボンは、場所は変わらずにベンチで談話していた。
内容は現在の街の状況から、ショボンの打ち明け話へと変遷していた。

(´・ω・`)「それでね。僕は、ブーンから君の特異な体質について相談されたんだ」

ξ;゚?゚)ξ「まあ! 兄が!? そんなお恥ずかしい話。申し訳ありません・・・」

(´・ω・`)「おっと。ブーンを責めちゃいけない。君を想ってのことだから。
      責められるべきは僕の方さ。内緒にしておくよう、言われてたのに」

ξ゚?゚)ξ「いえ、全ては私の、このおかしな体質がいけないのですわ。
      兄もショボンさんも悪くありません。むしろ、感謝しています」

(´・ω・`)「僕はツンちゃんの言うことを信じてるよ。協力したい。
      君は僕の妹に似ていてね。特に気丈なところが生き写しだ」

勿論、悪い意味でじゃないよ。そう付け加えて、ショボンは煙草をくわえた。
「あ」と、か細い声を出してツンを見る。ツンは微笑み顔で可愛らしく頷いた。




77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:41:49.44 ID:XEQSdgst0
(´・ω・)y-~~「ごめんね。定期的に吸っていないと駄目になってしまう。
        これだから、ブーンに不健康だと言われてしまうんだろうな」

ξ゚ー゚)ξ「いいえ、構いませんわ。あの人の言うことなんて無視して下さい。
       毎日、家でゴロゴロしていて、ずっと不健康なんですから」

(´・ω・)y-~~「彼はジョルジュみたいに結婚すれば良いのに。きっと落ち着く。
        まあ、僕もあまり人のこと言えないけどね・・・」

自虐的な笑みをこぼして、ショボンは煙草をくゆらせ、大きく煙を吐き出す。
自由とやすらぎの香り。そんなキャッチコピーを持つパーラメントの白い煙が、
微風にさらわれて、匂いだけを残して空気中へと掻き消えていく。

ξ゚?゚)ξ「でも、無理ですわ。結婚の話を持ちかけますと兄は言いますの」

(´・ω・)y-~~「へえ。なんて? 大体は想像がついてしまうのが怖い」




80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:42:29.36 ID:XEQSdgst0
ξ;-?-)ξ「『僕に釣り合う女が、この世に居るわけがない』ですって」

(´・ω・)y-~~「おお。僕の予想が当たってしまった。なにこれこわい」

ξ゚?゚)ξ「それを言ったときの、兄の面持ちの恐ろしさといったら。
      笑いますのよ。けれど、目はまったく笑っておりません」

(´・ω・)y-~~「それはそれは。僕なら裸足で逃げ出してしまいそうだな」

ξ゚ー゚)ξ「またまた、ショボンさんは高等な兄の操縦術を知ってるじゃないですか」

(´・ω・)y-~~「・・・・・・いや、僕は恐れを知らないだけなんだ。
        だから何でも言える。どんな罵詈雑言でも言ってしまえるんだ」

ξ゚?゚)ξ「・・・・・・? ショボンさん?」

ショボンは笑っているような、或いは悲しんでいるかのような表情をした。
どういう経験をすれば、このような複雑な顔が出来るのだろう。
ツンは心配げな眼差しで、やや上を向いている彼の横顔を見つめる。




81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:43:33.02 ID:XEQSdgst0
(´・ω・)y-~~「お、噂をすれば帰ってきたよ。内藤家の問題児が」

ξ゚?゚)ξ「え」

ショボンが見た方向へ視線を遣ると、元気に走っているブーンの姿があった。
二十七歳の全力疾走だ。あんな恥ずかしい兄は居ない、とツンはあさってを見る。
息を切らしてやって来たブーンに、ショボンが労いの言葉を投げかける。

(´・ω・)y-~~「やあ。全力少年。ネズミのジェリーでも見つけたのかい?」

(;^ω^)「うるさい! 僕の居ぬ間に内緒話をバラした腹黒が!」

(´・ω・)y-~~「えっ」

この青年は盗聴器でも仕掛けていたのか。ショボンは服を確かめる。
入念に調べるがしかし、そのような物体は発見出来なかったのだった。




82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:44:14.24 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「ショボンはその場凌ぎの嘘は吐くが、それを吐き通せない性格だお。
      恐らく気持ち悪いのだろうね。だから君達を二人にさせたのだお。
      君が打ち明ければ、きっと丸く収めてくれると踏んだんだお」

煙草の先の灰がぽろりと地面に落ちた。ブーンは割と鋭いようだ。

( ^ω^)「僕も嘘は嫌いだお。ツンに悪い気がするからね」

(´・ω・)y-~~「なんという洞察力。探偵事務所でも設立してみてはどうだい」

( ^ω^)「ふむふむ。写真だけじゃなく、それも考えとかなくちゃいけないね。
      僕は聡いからお――――って、それどころじゃないお!
      とても凄いことを教えて貰ったんだおーーーーーーーーー!!!」

鼓膜が破れそうな声量で、ブーンは叫んだ。木霊が返ってくる。
ツンとショボンは咄嗟に耳を塞いでいたので、どうにかやり過ごせた。




84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:44:57.66 ID:XEQSdgst0
(´・ω・)y-~~「オーケーオーケー。君が興奮していることは、ひしひしと伝わった。
        まずは息を吸って。そして吐いて。ほうら、落ち着いただろう?」

ξ#゚?゚)ξ「お兄様! 場所と年齢を考えてください。そんな子供みたいに」

( ^ω^)「子供! そう、僕は少女達から凄い情報を得たんだお!」

ブーンはショボンとツンの真ん中へ、強引に割り入って座った。
それから、今しがた佐藤という少女から聞いた話を、二人にしてみせたのだった。

(´・ω・`)「ほほう。そんな噂話があったとはね。全然知らなかったな」

ξ゚?゚)ξ(・・・・・・)

煙草を吸い終えたショボンはしきりに頷いた。興味があるようだ。
ツンは聞いている間も、その後も、ずっと俯いて黙り込んだままである。

( ^ω^)「噂があるということは、特別な体質はツンだけじゃなかったんだお」




85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:45:27.81 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「確かに、黒い翼を持つ者って、ツンちゃんが視えるのと一緒だしね」

( ^ω^)「僕は須名家の家に行こうと思う。そして、一喝してやるんだお。
       僕の妹を怖がらせるんじゃない! 痴れ者が! ってね」

(´・ω・`)「僕もついて行くよ。興味があるし、君一人だと何かしでかしかけない」

( ^ω^)「ツンはここで待っていると良いお。吉報を持って帰ってくるお」

妹思いなブーンが自信満々の笑みで言うと、ツンはゆっくりと顔を上げた。
そして、彼女が言った言葉は、ブーンを怒らせるものであった。

ξ゚?゚)ξ「いいえ。私も行きます。きっと何か、役に立てると思います」

(#^ω^)「駄目だお! もし、ツンに災いがあれば大変なことだお!」




87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:46:26.46 ID:XEQSdgst0
珍しくツンが叱られる。だが、彼女は自分の意思を曲げなかった。
静かにベンチから腰を上げて、特有の強気な目でブーンを見下ろす。

ξ゚?゚)ξ「お兄様がなんと仰っても、私は頑として譲りません。
       彼らは術を使うのです。森羅万象の法則にはない妖しい術を」

(´・ω・`)「それはまた。一体どんな術だと言うんだい?」

ξ゚?゚)ξ「世間一般的に、呪いと呼ばれている類のものです。
       私はこの体質になってから、幾度とそれらを経験して参りました。
       ですから、打ち破り方も知っています。お兄様、良いでしょう?」

勝気な雰囲気から一転して、今度は上半身を屈めて愛くるしく振る舞う。
ブーンは妹のこういった仕草に弱かった。腕を組んでそっぽを向く。

( ^ω^)「・・・・・・危なくなったら一番に逃げるんだお。分かったね」

(´・ω・`)(本当に妹には弱いな)




88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:47:06.64 ID:XEQSdgst0
―4―

三人は須名邸へと到着した。公園の側の山道を登る、ちょっとした登山だった。
ブーンは勿論のこと、洋服のツンも、運動不足のショボンも疲労困憊である。
内藤家の飼い犬は、もう歩けないと途中で足を止めたので、ブーンが抱いている。

(;^ω^)「クドは僕と一緒で軽いおー」

ξ;゚?゚)ξ「お兄様。そろそろご自分の体型を認めてください」

(´・ω・`)「しかし、これは大きいねえ。ブーンの家よりやや大きいか?」

ショボンは須名邸の外観を見上げた。二階建てのハーフティンバー様式の邸だ。
屋根は赤茶けた寄棟造り。よくあるタイプの洋館である。しかし、敷地面積は広大だ。
人が住まなくなってから随分経つのか、窓が割れ、壁は黒ずんでいる。

( ^ω^)「ふん。庭の面積なら、僕の家のほうがずうっと広いお」




90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:47:37.25 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「須名家は1960年頃から急成長した、日本の音楽会社です。
       ただ、2000年を過ぎた頃、一族に不幸が訪れました」

(´・ω・`)「不幸?」

ξ゚?゚)ξ「須名の血を引く者と、その関係者が非業の死を遂げていったのです。
       それからは凋落の一途を辿るのみでした。誰もブレーキが出来ません。
       そして、ついには会社倒産の憂き目に逢ったのです」

(´・ω・`)「なるほど。詳しいね」

( ^ω^)「須名家は、我が内藤コーポレーションとも繋がりがあったんだお」

ξ゚?゚)ξ「我がって、お兄様の会社じゃないでしょう。お父様のです」

指摘され、ブーンは口先を尖らせて、至極面白くなさそうな表情をした。
ショボンはもう一度洋館を見上げた。灰色の下に映える須名邸は不気味だった。




93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:48:18.78 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「お兄様が会った女の子は、『黒い翼を持つ少女』と言ったんですよね?
       それが、もし本当ならば、その少女は須名家の次女である、
       須名・コウデルカだと思います。私達の国の読み方でクーデルカです。
       思えば、彼女が亡くなってから、須名家がおかしくなり始めました。
       彼女は、変死したと聞いています。自殺か、或いは――」

( ^ω^)(・・・・・・)

(´・ω・`)「ほうほう。という事は、どうやら幽霊説が濃厚になって来たね。
      そのクーデルカ嬢が、恨めしや、と祟ったのかもしれない」

( ^ω^)「そんなことはどうでも良い。さっさと中に入るお」

何故か苛々とした口調で、ブーンが二人の長話を止めた。
カツカツと革靴の音を周りの森に響かせながら、彼は正面玄関に向かう。
自分勝手さにショボンは肩を竦め、ツンは眉を顰めて額に手を当てる。
それから、二人は目を合わせたあと、ブーンの後姿を追いかけたのだった。




94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:49:03.47 ID:XEQSdgst0
重厚な茶色の玄関扉は、ドアノブを回すと何の抵抗もなく開いた。
ブーンが薄暗い建物の内部の様子を、目を凝らして注意深く窺う。
玄関というよりはホールさながらで、二階まで吹き抜けになっている。
彼の目の前には、結構幅のある赤い絨毯が敷かれた大階段がある。
階段は中ほどで左右に折れ、二階へと続いている。踊り場の上部にはステンドグラスがある。
ステンドグラスには、小さな子供を囲む、九人の羽ばたく天使が描かれている。

(´・ω・`)「アンゲロスからセラフの、九階級の天使達だね。
      しかし、見たことがない型だな。真ん中の子供は誰だろう」

ブーンの隣に並んだショボンが、正面を見上げて興味深げに腕を組んだ。
ブーンは、彼の話など無視して屋敷に足を踏み入れた。靴が床につくと埃が舞う。
汚れないでは帰れないらしい。高価なスーツを着ているブーンは、眉根を寄せた。
けれども、ツンを半ば家に幽閉させている奴に文句を言わねば気がすまない。

( ^ω^)(そして、クー。もしも、君なら)




95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:49:31.48 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「さあて、どこから探索しようか。順当に一階からかな」

ξ゚?゚)ξ「そうですわね。けど、くれぐれもお気を付けてくださいね。
       いつ、あの奇妙な術を使ってくるか分かりませんから」

( ^ω^)9m「そこの部屋から調べてみるお」

ブーンは左側にある扉三つの内、自分達に最も近い扉を指し示した。
茶色い、両開きの扉だ。三人はそちらへと近づいて行った。

(´・ω・`)「気配はない、か。それじゃあ、開けるよ」

扉がギギギィと音を立てて開かれる。全てを開き終えると、部屋の様子が分かる。
大きなテーブル。それに左に五脚、右に五脚、木造の椅子が置かれている。
食堂だ。壁には開放感を得られるように、出窓が等間隔に並んでいる。




97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:50:11.51 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「お兄様。良かったですわね。食堂の広さは内藤家が勝っていますわ」

( ^ω^)「ふむ。見たまえ、ショボン。僕の家の方が格が高い」

(´・ω・`)「皮肉に気付け。ご飯を食べる場所の広さなんて、どうでも良いよ。
      それより、ここには目的の人物は居ないようだ」

食堂には人が隠れられる場所は無い。無論、テーブルの下も何もない。

(U^ω^) わんわんお。

( ^ω^)「おっと」

突然、美犬が胸の中で暴れだした。ブーンが慌てて抱きなおす。意識すると重い。
その様子を見ていたショボンは、「おお」と手を打った。

(´・ω・`)「待てよ。そいつは一応犬だ。僕達以外の匂いを嗅ぎ付けたのかもしれない」




98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:50:48.09 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「一応ってなんだお。・・・本当かお? お前の力を見せ付けてみろ」

ブーンが開放すると、美犬は地面に叩きつけられ、転がりながら着地した。
そうして立ち直ったあと、覚束ない足取りで部屋の隅へと向かった。

(U^ω^) わんわんお!

クドリャフカは、「こっちに来い」とでも言わんばかりに吠え立てる。
顔を見合わせた三人は、とりあえず彼女の側に寄ってみることにした。

( ^ω^)「くずかご?」

部屋の隅には、上質の籐で編まれた小さなサイズの屑籠が置かれてあった。
ブーンは屑籠の中を覗き込んだ。中には、くしゃくしゃに丸められた紙があった。
その紙だけで他にゴミはない。ブーンはそれを拾い上げて、広げた。




99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:51:31.77 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「なになに、えーっと」

紙には、まるで字を覚えたての幼子が書いたような、くねくねの文字が並んでいた。
一つ一つ丁寧に解読し、ブーンが紙に書かれた文章を読み上げていく。

“いまこそ、めざめのとき。くろいつばさのいみを、おもいだしてほしい。
 つらいことが あったのでしょう。くるしいことが あったのでしょう。
 わたしたちは、わたしたちをうんだせかいを かえなければなりません。
 そのために、どうか あなたのつよいちからを かしてださい。”

( ^ω^)「ヘイ! ショボン! 誰かは知らないが、革命を起こす気だお!」

(´・ω・`)「そうだねえ。この文章にも“黒い翼”とある。
      これは、ツンちゃんの言う奴らに違いないね。楽しくなってきたな。
      それと、この手紙を読んだ人物は断っちゃったみたいだね」

( ^ω^)「丸めてゴミ扱いだしお! しかし、誰が書いたのだろうかお。
      この文章を見る限り、小さな子供としか思えないお」

(´・ω・`)「うーん。でも、文章は割としっかりとしてるんだよなあ」




100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:52:14.16 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「最後の方、へりくだってますよね。・・・いよいよ気を付けてください。
       “黒い翼の少女”が居れば、それは恐らく強い力の持ち主です」

(´・ω・`)「強弱があるんだ? ツンちゃんは、どうやって渡り合って来たんだろう」

ショボンは口に手を添えて、ううんと唸り声を上げ、部屋中に視線を巡らせた。
問われたツンは返し難そうに、顔を伏せる。暫しの沈黙のあと、呟くように言った。

ξ;゚?゚)ξ「ええっとですね。どう説明すれば良いか。彼らの心を満たせば良いんです。
        彼らは、それぞれ何らかの“飢え”を持っている場合が多いです。
        その“飢え”を取り除けば、彼らは大人しく退いてくれます」

(´・ω・`)「ははあん。こいつは益々怪談のそれだ。つまりは鎮めるんだね。
      無神経ボーイ。聞いたかい? 相手の心を知らなければ不可能なんだ。
      相手の気持ちを知れば、自分が成長する。今の君にはうってつけだ。
      心の旅をしなければ。ああ、そんな名前の曲が日本にあったなあ」

( ^ω^)「心の旅?」




101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:52:52.72 ID:XEQSdgst0
それは佐藤にも言われた言葉だ。今思い返せば、彼女は何を告げたかったのだろう。
佐藤の声を思い出し、深く考えてみる。しかし、今のブーンにはどうしても覚ることが出来ない。
それを繰り返していると、心に徐々にどす黒いものが渦を巻いて、こみ上げて来た。

『情けない男だ。君は全くの無力なのだ。そう。だから、母親を助けられなかった。
 違う、だなんて言わせない。もう一度言おう。君は、全くの無力である』

(#;ω;)「違う! 凡百の人間とは違って、誰よりも優れているのだお!」

(;´・ω・)ξ;゚?゚)ξ「「!?」」

突然の絶叫。テーブルが思い切り叩き付けられる音。ブーンが子供のように喚く。
ツンは勿論のこと、ショボンもこの時ばかりは驚きを隠せなかった。
ブーンは涙を流しながら意味不明な言葉を発して、何度も何度も両拳で叩き付ける。
流石に尋常ではないと判断したショボンは、彼の後ろから羽交い絞めにした。

(;´・ω・)「時に落ち着け。ははあ! 僕が無神経だと言ったのが気に触ったんだ。
      あれは撤回しよう! 君は人の気持ちが分かるグッドボーイさ!」




102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:53:31.77 ID:XEQSdgst0
( ;ω;)「違うのだお。あれは不可避の、事故だったのだお・・・・・・」

ξ;゚?゚)ξ「・・・・・・お兄様」

やがて、ブーンは落ち着きを取り戻し、力なく埃の積もった椅子に座った。
彼特有の高い自尊心が戻るのは、まだまだ時間がかかりそうだった。

(´・ω・`)「よしよし。誰にだって、無性に叫び狂いたくなることはあるものさ。
      君が落ち着くように、日本のOTAKUから教えて貰った歌を唄ってあげよう。
      ゆーめどりーむ おーいーかーけてー すなーおーなこのきーもちー♪」

ショボンは調子の外れた声で唄う。日本語で何と言っているか分からない。
ただ一つだけ言えることがある。ブーンは顔を突っ伏したまま呟いた。

(  ω )「音痴だお」




103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:54:01.53 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「聞き捨てならないな。OTAKUの友人には上手だと褒められたんだけど」

( ^ω^)「・・・・・・きっと、おべんちゃらを言ったんだお」

ブーンが顔を上げた。そこにはもう、恐慌の表情は張り付いていなかった。
ショボンはほっと胸を撫で下ろし、彼の強張った両肩を優しく揉み解した。

(´・ω・`)「おんやあ? お客さんだらしないね。引き篭もり生活でもしてるんだろう」

( ^ω^)「ショボン」

(´・ω・`)「なんだい?」

( ^ω^)「・・・・・・いや、何でもないお。そろそろその手をどけろお」

ブーンはどうしても言えなかった。「ありがとう」の一言を。
理由を考えてみる。今度は先程とは違って、すんなりと答えが出る。
自分がどうしようもなく傲慢だからである。彼はゆっくりと席を立つ。




105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:54:53.05 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「お兄様、大丈夫ですの?」

( ^ω^)「もう大丈夫だお。心配かけてすまないお」

(´・ω・`)「天使のゆびーきりー、叶うよーにー♪ いや、僕の歌声はなかなかだろ」

( ^ω^)「分かった分かった。耳が腐るからやめてくれお」

(´・ω・`)「あのね。今度は僕が泣いてしまうぞ。そうなったら介抱してよね」

三人はそれぞれの笑顔になる。無事に、この場は収まったようだ。
そんな中、部屋にガチャリという音が響いた。一同はそちらに注目する。

ζ(゚ー゚;ζ「あ」

扉から女性が顔を見せた。そして、映像の逆再生のように扉を閉じ、出て行った。




107: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:55:18.23 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「今のは?」

(´・ω・`)「・・・・・・」

ξ;゚?゚)ξ「ほんの一瞬ですが、あの人の背に黒いものが見えました」

(;´・ω・)「・・・・・・ユーメイドリーム! 追いかけろ!」

三人は慌てて部屋を飛び出した。丁度、女性が向こう側の部屋に入る姿を確認した。
女性が入った部屋の扉の前に立つと三人は、一様に緊張の面持ちになる。

(´・ω・`)「よし。僕が先に入ろう。持ってきておいて良かった」

ショボンが懐に手を忍ばせた。そうして現れたものはとんでもないものだった。

(;^ω^)「け、拳銃! どうしてそんなものを!?」




108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:55:56.53 ID:XEQSdgst0
ショボンは重々しく黒光りする回転式拳銃をぐっと握る。1、2、3。
タイミングを計り、ショボンは扉を蹴破って部屋の中へと足を踏み入れた。
そして、即座に構える。女性は部屋の奥の壁際に居た。照準を合わせる。

(´・ω・`)「フリーズ! 日本語で言うと“動くな!”」

ζ(゚、゚;ζ「どうして、ジャパニーズで言い直す必要があるの」

(´・ω・`)「僕が親日家だからだよ」

ζ(゚、゚*ζ「それは仕方ないですの。あたしも日本は好きですよー。
       スシー、テンプーラ、東尋坊、ナナちゃんにんぎょお♪」

(´・ω・`)「・・・・・・?」

女性は拳銃を突き付けられているのにも関わらず、のんびりマイペースだ。
その内、欠伸でもしそうな雰囲気である。余裕というものなのだろうか。
真っ直ぐに立つ女性の背中を見るが、黒い翼などは生えていなかった。




110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:56:43.49 ID:XEQSdgst0
(;^ω^)「君は特殊訓練でも受けたのかお。手榴弾がなくて残念だったね」

ξ;゚?゚)ξ「ショボンさん」

二人が遅れて部屋に入ってきた。ショボンは構えを崩さずに忠告する。

(´・ω・)「気を付けろ。どうにも、この女性は普通じゃないようだ」

( ^ω^)「んー?」

ξ゚?゚)ξ「・・・」

ツンは悠然と立つ女性を見る。すると彼女の眼には、はっきりと翼が視えた。
そして視線を移動させていると、女性の後ろにある大きな鏡に気付く。

ξ;゚?゚)ξ「鏡を! 鏡を見てください!」




111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:57:21.86 ID:XEQSdgst0
ショボンとブーンは言われるがままに、壁に掛けられている等身大の鏡を見る。

(;´・ω・)「・・・・・・本当に、存在していたんだ」

(;^ω^)「・・・・・・」

鏡に写る女性の背中には、確かに、ありありと黒い霧状の翼があった。
翼といっても、誰もが想像する天使みたいに大きなものではない。
丁度、絵本に出てくるキューピッドのような小さな翼だ。

ζ(>ε<*ζ「あやや。だから逃げたのに。おまけに視える人も居るですの。
      鏡は全ての闇を光を、真実を映してしまいますですの」

ぶうぶう、と緊張感など全くなく、外見が大人とは思えない仕草を女性はする。
一見無害そうに見える。だが、ショボンは集中力を欠かない。銃口は女性に向けたままだ。

(´・ω・`)「まあ、なんだろう。もっと劇的な出会いを果たすと思ってたんだけど」

ζ(゚ー゚*ζ「出会いは、いつだって、突然ですの」




112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:57:59.74 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「ふうん。まあ、良いか。君達が何者なのか教えて貰おうかな。
      おっと、動かないでね。もし動いたら、大出血がマッハになる」

ζ(>ー<*ζ「だめだめだめですの。あたしに、一切の物理攻撃は効かないのです。
        あたしを討てるのは、エル・オー・ブイ・イー。ええ、清らかな恋だけなのです」

そう言えばそんな話だったっけ。ショボンはツンの方へと視線を向けた。
彼女は頷く。ため息を大きく吐いて、ショボンはだらりと銃を下ろした。

(´・ω・`)「ちぇっ。おてんばガール。もう一度訊いても良いかい。
      君達の正体は何なんだい? お化け? アンブレラの生体兵器?」

ζ(>ε<*ζ「ぶっぶー! 全部違いますですの。大変ゆとっていますですー」

(´・ω・`) イラッ。

ショボンは珍しく苛ついた。なんだこのファニーガールは。死ねば良いのに。
女性じゃなかったら※※ているところだ。口に出していないので、セーフセーフ。




113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 22:58:49.81 ID:XEQSdgst0
ζ(゚ー゚*ζ「あたし達はですねー、二十一グラムなんですの」

(´・ω・`)「・・・それは魂の重さのことだね。アメリカの医師が行った実験。
      人間は死ぬ際に、幾ばくかの重量を失うという。
      その変化が二十一グラム。世間に広まっている俗説さ」

ζ(゚、゚*ζ「うんうん。その零れちゃった魂、及び意思があたし達の正体」

(´・ω・`)「幽霊とどこが違うんだい? 似たようなものじゃないか」

ζ(>ε<*ζ「お化けさんは、実体がないじゃないですか! あたしはここに在るもの!」

(´・ω・`)「その顔やめて。ふと僕が、僕でなくなってしまいそうになるんだ」

えへへ、と女性は頭を掻いて微笑んだ。忙しく表情が変わる娘だ。
ゆるいウェーブのかかったブロンドの髪の毛。愛くるしさを振りまく顔立ち。
恐らくショボン、ブーンと同年代だが、童顔なため十代でも通用するだろう。
淡いピンクのスカートと純白のブラウスが、とても彼女の雰囲気に合っているといえる。
肩には浅葱色のショルダーバッグを掛けている。その鞄にはピンバッチが数個付いている。




116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:00:01.38 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「どうして逃げたの? あなたがもしかしてクーデルカ?」

ずっと黙していたツンが、きつい口調で話しかけた。
女性は、自分の髪の毛を指先でくるくる巻いてブルーの瞳を向ける。

ζ(゚、゚*ζ「ううう、なんて綺麗な人。逃げたのは、キミ達のことを思ってのことですの。
       あたし達の存在を認知してしまえば、もう普通の生活に戻れないのですよ。
       お姉さんなら、分かるはずですの。あたしは他人を不幸にしたくないんです」

髪から指を離す。女性繊細な糸のような髪の先が、ぽよんと跳ねる。

ζ(゚ー゚*ζ「あ、嘘だって顔してますねー? 本当ですですよー。
       あたしはタマモ・デレというですの。ここのお嬢さんではありません」

(´・ω・`)「タマモ、・・・ね。玉藻前。君にぴったりじゃないか。
      僕達も自己紹介しとこうか。こっちはツンちゃん、僕の隣の変なのはブーン。
      ――それで、デレさん。君はここで何をしていたんだい?」




117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:00:45.97 ID:XEQSdgst0

ζ(゚ー゚*ζ「ご丁寧にどうも。私は“影”の身でありながら“影”を退治しているのです。
       “影”とはあたしの世界での、黒い翼を持つ人達の呼び方です」

ξ゚?゚)ξ「そんなの、とても信じられないわ。あなた達は人に危害しか与えない」

ζ(゚、゚*ζ「疑り深いですの。証拠に、あたしはここのお嬢さんについて調べたのに」

(´・ω・`)「ほう。ねえ、ブーン。君はどう思う? 彼女を信じられるかい?」

ショボンは左に立っているブーンを、肘で小突いた。反応は返ってこない。
もう一度小突く。しかし、無反応である。疑問に思い、彼の横顔を見た。

(;^ω^)(・・・・・・)

ブーンはまるで氷のように固まっていた。又は大理石の彫像のように微動だにしない。
呼吸をしているのかすら分からないほどに、彼は驚きの顔のまま静止している。

(´・ω・`)「衝撃を受けたのは分かる。けど、君は文句を言うんじゃなかったのかい?」




119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:01:19.47 ID:XEQSdgst0
怖気づくような性格ではないだろう。ショボンは、ブーンの腕を引っ張った。
すると途端、彼は雷に撃たれたかのように、全身を激しくわななかせた。

(;^ω^)「おおおお、おおおお、おおおお・・・・・・」

(´・ω・`)「お? アストロンボーイの帰還だ。おかえり。
      さあ、妹の敵だ。君は言いたいことがあったんだろう?」

( ^ω^)9m「――――素晴らしい!」

(´・ω・`)「は?」

ξ;゚?゚)ξ「お兄様?」

ζ(゚、゚*ζ「?」

ブーンはデレを指差して褒め称えた。デレは彼の妹を脅かす存在の同類だ。
デレが何かをしたわけではないが、彼女は、ツンを家に押し込めているものの仲間だ。
罵倒ことすれど、褒める理由はない。ブーンは妹を愛しているのではなかったのか。




120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:02:01.12 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「君は動揺しすぎなんだ。心を静かにして、今一度考えてみろ」

( ^ω^)「いや」

ブーンは首を横に振り、つかつかとデレへと近づいた。彼女と並ぶと頭一つ分身長差がある。
そして、次に彼は驚くべき行動を取った。なんと、デレを抱きしめたのだった。

ζ(/////ζ「え、ええ? ちょっと」

( ^ω^)「こんなに美しく可憐な女性は、他に居ないお! 決めた! 
      僕はこの娘さんを妻に迎えるお! 今から結婚式の準備をするお!」

ブーンはデレに熱いベーゼをした。デレは唐突の口付けで、目を大きく見開く。
唇が離れると、彼女の顔は紅潮しきっていた。ショボンとツンに衝撃が走る。

(´・ω・`)「おいおいおいおいおいおい。頼む、理性ある行動を心がけてくれ」

ξ;゚?゚)ξ「お兄様・・・。何をしているのです!? 破廉恥ですわよ!」




122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:02:35.12 ID:XEQSdgst0
ブーンはしかし、二人の悲鳴めいた声など聞き入れなかった。
意馬心猿とし、いっそうデレを力強く抱く。髪の毛の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
それは、ブーンの情動を攻め立て、とうとうベッドに押し倒すまでに至らせた。
部屋の壁際にあるベッドのバネが、男女の重みに耐えかねてぎしりと音を立てる。

( ^ω^)「デレと云ったね。今から君は僕のものだお。
      僕は君との子孫が欲しい。この意味が分かるね!?」

ζ(/////ζ「う、うん。でも、あたし、初めて、ですの」

( ^ω^)「いいね! 純潔なんだね! 僕も初めてだから大丈夫だお!」

ブーンは白い首筋に舌先を這わせる。デレはびくりと顎を上げて、甘い声を漏らした。
スカートを捲り、彼は膝から太ももへとゆっくりゆっくりと手を移動させていく。
そして、とうとう指先が下着に触れようととした時、ブーンの身体が宙を舞った。

ξ#゚?゚)ξ「何をしてるんですか! 閲覧注意になってしまいます!」

(´・ω・`)「お。メタ的な発言いただきました」




124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:03:22.69 ID:XEQSdgst0
(;^ω^)「ぐふう・・・。朝のカレーをもどしそうだお!」

ツンに思い切り蹴飛ばされたブーンは、フローリングをのた打ち回る。
冒頭で、暴力的な女性はツンデレではないと書いたが、これは致し方ない。
ブーンの行動は常軌を逸していたのだから。やって良いことと悪いことがある。
ツンは威圧する眼でブーンを見下ろし、指を震わせながら怒鳴りつける。

ξ#゚?゚)ξ9m「恥を知りなさい! 内藤家の名を汚すつもりなのですか!」

(´・ω・`)「そうだよ。ツンちゃんの言う通りだ。君は間違っている」

ξ#゚?゚)ξ「ショボンさんも言ってやってください! 
         ここできつく叱っておかないと、兄はきっと調子付きます!」

(´・ω・`)「こんな荒れ果てた屋敷で女性を抱くなんておかしい。ロマンがない。
      セックスは自分の家で、君の広く清楚な部屋で熱くするものだ」

ξ;゚?゚)ξ「な、何を仰ってるんですか? そういう問題ではないです・・・」




125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:04:09.34 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「た、確かに。僕は軽はずみな行動に走ってしまったお。
       ・・・すまなかった。帰ってから、誰も居ないところで子作りに励むお」

蹴られた脇腹をかばいながら、ブーンはよろよろと立ち上がる。
デレを見ると、ベッドの上で頬を赤くしてスカートの裾を正していた。

ζ(/////ζ(び、びっくりしたぁ)

(´・ω・`)「で、ブーンはどう思うの? 彼女は“影”とやらを退治してるそうだ」

( ^ω^)「僕はデレを信じるお。特別に責め立てたりもしない。
       デレはデレであり、彼女がツンを困らせたものではないお。
       そして、僕はデレがしようとしてることを手伝いたいと思う」

(´・ω・`)「ブーンが他人のことを考えるなんて珍しい。しかし、正気かい? 
      僕達がここに来たのは、ツンちゃんがいう奴らの存在を確認するためだ。
      別に、闇で蠢く奴らを退治しようとしに来たわけじゃない」




127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:05:08.35 ID:XEQSdgst0
ショボンの言う通り、ブーン達は黒い翼を持つものの正体を確認しに来ただけだ。
銃撃が通用しないのが相手なのだ。このまま帰った方が賢い選択である。
それなのに、なにゆえブーンは乗り気なのだろうか。ショボンは腕を組む

(´・ω・`)「僕はこのまま帰った方が良いと思うんだけどな」

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、それは不可能ですの」

デレが遮るように言った。三人は彼女へと注目する。
ベッドの縁に座って、デレは屈託なくにこやかに微笑んでいる。

(´・ω・`)「不可能?」

ζ(゚ー゚*ζ「あなた達は、あたしの存在を知る眼を手に入れてしまったのです。
       そう。その瞬間から、この邸のお嬢さんに目を付けられたんですの。
       深淵を覗くものは、また深淵に覗かれているの――ええ、だから!」

声を大きくさせて、デレは勢いよく立ち上がった。鹿爪らしい表情。
いきなりの変調。デレは戦慄く両手を顔の前まであげる。噛み締める白い歯が覗く。




128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:05:50.70 ID:XEQSdgst0
ζ( ー *ζ「あたし達は、彼女の流線型に揺らめく呪い。その渦中にいるのだ!
       もう、逃れられない。しつこく計算しつくされた、穴は皆無の呪い。
       目覚めた眼で、窓の外を見ると良い。吸い込まれそうな闇だけが見える。
       希望はない。退路もない。行けば、アカシックレコードから外れる・・・。
       だから、眼を凝らしたまえ。二十一グラムの欠片が視えるだろう。
       それこそ、クーデルカの潜在意識に残された最後の最後のひとかけら!」

(´・ω・`)(また、おかしな人間が僕の前に現れた・・・)

人が変わったように早口で捲くし立てて、腕を下ろす。デレの言葉の行方が掴めない。
静寂が訪れた部屋。その秩序を打ち破ったのは、ツンのかすれた声だった。

ξ゚?゚)ξ「・・・言われたことは本当です。私達は既にクーデルカの術中に嵌っています。
      私は、この邸に入った時点で呪われていました。ステンドグラス。
      あれはクーデルカの世界の一部分が、漏れ出してしまったものです」

(´・ω・`)「僕とブーンは後から呪われたんだね。いやあ、参ったなあ。
      今日は見たいテレビがあったんだけどな。録画しておけば良かった」




130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:06:15.80 ID:XEQSdgst0
ζ(゚ー゚*ζ「眼をしっかりと閉じて、そして、ゆっくりと開けて欲しいですの。
       そうすれば、ツンさんが見ている、クーデルカの世界が見えますの」

ブーンとショボンは顔を見合わせてから、瞼を閉じた。黒い空間が映る。
やはり渡辺が言っていた、緑には見えないな、とブーンは目を開けた。

(;^ω^)「お!」

(´・ω・`)「これは驚いたな」

二人は動揺し、ざわめいた。今までの様相が全て一変していたのである。
薄汚れ、埃が漂っていた部屋が、人が住んでいたころのそれへと変わった。
ベッドにはシーツがきちんと敷かれている。鏡は光輝くほど綺麗だ。

ζ(゚ー゚*ζ「ツンさんは、この邸に入った時から、こう見えていた。そうですの?」

ξ゚?゚)ξ「・・・・・・そうよ。まさか、ここまで力が強いとは思ってなかった」




132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:08:06.80 ID:XEQSdgst0
ζ(゚ー゚*ζ「そうです。“影”にも強さってものがあるんですの。
       ここのお嬢さんは、エスからイーまでのランクで表せばエスレベルです。
       影には二種類あります。たくさんの思念が積み重なっているもの。
       もう一つは、一つの思念で成り立っているもの。後者の方が強力です。
       そして、クーデルカさんは一つの思念のみで生きておりますの。
       しかも運の悪いことに、お嬢さんは大変聡明で狡猾なのです」

( ^ω^)「デレは、何故そんなに詳しいんだお?」

デレはブーンと目を合わせると、先程押し倒されたことを思い出して赤くなった。
顔を見ないように伏せ目がちにして、デレは質問に答える。

ζ(゚、゚*ζ「さ、さっきも言いましたの。邸に来る前に調査済みですの。
       好きなもの、嫌いなもの。生い立ち。どうして死んだのか」

(´・ω・`)「邸に入る前にツンちゃんに聞いたけど、彼女は変死したらしいね。
      本当のところはどうなのか。教えてくれるかい?」




133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:08:44.33 ID:XEQSdgst0
デレはこくりと頷いた。青い眼を上目遣いにして、ショボンを見上げる。

ζ(゚、゚*ζ「答える前に一つ、まずは一つ念頭に置いて欲しいことがあるです。
       “影”になる人達は、それぞれ恨みを抱いて亡くなっております。
       クーデルカさんも例外ではなく、耐え難い運命にありました」

ごほん、と咳払いをする。彼女の行動には、オノマトペがいちいち付きまとう。

ζ(゚、゚*ζ「クーデルカさんは、正確には須名家の血を引いていません」

( ^ω^)「なんだって?」

ζ(゚、゚*ζ「彼女は母親の不義の子供です。父親の血を引いていないです。
       父親である須名会長が日本人、母親はこの国の出身なのですが、
       生まれてきた彼女がハーフにはまるで見えないため、
       DNA鑑定をしてみたところ、不義が発覚したようです」

(´・ω・`)「重いね。その話の続きは、嫌な予感しかしないよ」




134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:09:21.81 ID:XEQSdgst0
ζ(゚、゚*ζ「クーデルカさんの人生は悲惨でした。ずっと父親から疎われていました。
       ・・・ただ嫌われるだけだとまだマシなのですが、彼女が六歳の頃、
       母親が逝去された時から、虐待を受けるようになりました」

ξ゚?゚)ξ「虐待」

ζ(゚、゚*ζ「はい。ご飯を食べさせて貰えなかったり、日常的に暴力がありました。
       それから、もしかしたらですが――いえ、なんでもありません。
       あ、これらは邸に入って彼女の世界を探索した結果からの推測ですの」

( ^ω^)「・・・・・・彼女は、楽に死ねたのかお?」

ζ(゚、゚*ζ「ブーンさんはお優しいですの。でも、先程言ったように、
       影達は例外なく、恨みや辛みと共にその人生を終えてますの。
       彼女の場合は自殺です。縊死。十五歳の若さで、生涯の幕を閉じました」

( ^ω^)「そうかお」

ブーンは窓の外へと視線を遣った。漆黒で遠くが見えない。どこまでも深淵である。
彼女はこのような精神状態で死んでしまったのだろうか。彼は目を閉じる。




135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:10:05.88 ID:XEQSdgst0
ζ(゚ー゚*ζ「しかーし! 安心してください。あたしが楽にしてあげますの。
       実は決定的な武器を手に入れましたですよ! 彼女は最後に幸せになれる。
       この世界に生きるツンさんには、それがどういったものか分かるですの!」

ξ゚?゚)ξ「・・・クーデルカが喜ぶ物や、或いは言葉を与えれば良いのよ。
       彼女が何で喜ぶのか知らないけれど、私はそうして生き延びてきた」

ζ(゚ー゚*ζ「そうなのです! あたしはこの邸で、お嬢さんの日記帳を発見しました。
       それには、ある興味深い一文がしっかりと書かれていました。
       『私のこの家での唯一の話し相手は、母から貰ったクマのぬいぐるみだ』、と」

(´・ω・`)「なるほど。そいつを渡してやれば、クーデルカの心は満たされるわけか」

「正解です!」、と明るい声を出して、デレはカバンの中に手を入れた。
ごそごそと探り、じゃじゃーんと出てきたのは、茶色いクマのぬいぐるみである。
ぬいぐるみを三人にきっちりと見えるように、天井へと向けてかざす。




136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:10:54.49 ID:XEQSdgst0
\ζ(>ε<*ζ「じゃじゃーん! お待ちかねのクマさんのぬいぐるみですよー!
         可愛い顔して、人一人を輪廻の輪へと叩き送るニクいやつですの」

( ^ω^)「ぬいぐるみよりもデレの方が可愛いお」

ξ゚?゚)ξ「お兄様・・・・・・」

(´・ω・`)「たった今日一日で、ブーンの趣味が分からなくなりそうだよ」

ζ(゚ー゚*ζ「クーデルカさんがどこに居るかも、目星が付いてますの。
       彼女は在世中、二階の物置部屋に住むよう強制されていたですの。
       きっと、そこに。今は彼女が素敵な空間に変えていると思いますです」

(´・ω・`)「素敵な空間って、万魔殿とか? 君達は化け物なんだな」

デレが言うには、とりあえずどうにかなるらしい。ぬいぐるみがカバンに仕舞われる。
まるでピクニック気分のように鼻歌を唄う彼女に、ショボンは気になっていたことを尋ねた。




137: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:11:50.83 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「良いよ。君のこと僕も信じてしまおう。ただ、その前に質問がある。
      何故、君は影退治なんてしているんだ。それは云わば、同族殺しだよ」

何のメリットもない。デレがしていることは、人間の世界で言えば殺人である。
鼻歌を止めて、デレは視線をあちこちに泳がせる。考え込んでいる様子だ」
十秒ほど経ち、彼女は眼球の動きを止めた。頬に人差し指を置いて答える。

ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・あたしは、ミステリ小説が好きなんですの。
       クリスティ、エラリイ、カー、日本ではアヤツジとかも好きですの。
       あたしはそれらに登場する探偵役に、いつも憧れているのですよ」

(´・ω・`)「つまり」

ζ(゚ー゚*ζ「心の欠片を集めて、災厄を振舞う犯人にびしっと指を突きつけるです!
       その瞬間は生きがいを感じますです。気分爽快、愉快痛快ですのー!」

(´・ω・`)「やい。究極の変人だぜ。ブーンはそれでもこの娘が好きなのかい?」

( ^ω^)「僕の妻となる女性は、これくらい、かしましくなくては務まらん」

(´・ω・`)「そう。もう好きにして」




138: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:12:21.02 ID:XEQSdgst0
もう、ブーンはデレと結婚する気満々のようだ。デレも頬を赤くして否定しない。
相思相愛だ。きっと、素晴らしい家庭を築けに違いない。子供が出きるのかは不明だが。

ζ(゚ー゚*ζ「さあって。あたしは、今からクーデルカさんに会いに行きますの。
       キミ達は、何の心配もせず大船に乗ったつもりで、ここで待っててです。
       あたしが、ズビシイ! っとお嬢さんを指差してあげるですのー」

そう言って、デレは三人の側を通って扉へと歩き始めた。柑橘系の香水の匂いがした。
そうして、ドアノブに手をかけて開けようとしたところ、ブーンが呼び止めた。

( ^ω^)「待ってくれお! 僕も一緒に行きたいのだお!」

ζ(゚、゚*ζ「ううう、素敵な人。もしかしたら、危険になるかもしれませんですの」

( ^ω^)「僕も、クーデルカに会いたいのだお!」

ζ(゚、゚*ζ「もう! しようがないですの。あたしの後ろに居てくださいよ」




139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:12:55.46 ID:XEQSdgst0
ブーンは、「やった」と歓声を上げてデレに寄った。そして、自然に抱きしめる。
それから、舌を絡ませ合ってるのではないかと思うくらい、情熱的なキスをしたのだ。

(´・ω・`)「もう絶対に突っ込まないぞ。僕も一緒に行かせてくれ。
      君達二人なんて、クーデルカ嬢の前で漫才を始めてしまいそうだ」

人前で、性行為さえしなければ良い、とショボンが投げやりな感情で言った。
彼らを二人にしておけば、必ずやクーデルカの逆鱗に触れるだろう。
それは、何らかの悲劇に発展しかねない。抑える役が必要不可欠である。

ζ(>ー<*ζ「あたしは幸せものですの。どうぞどうぞ、背中は任せたです」

( ^ω^)「ツンは、どうするのだお?」

ξ゚?゚)ξ「私は・・・・・・」

ツンは床に視線を落として、両拳をぎゅっと握った。すこぶる表情が暗い。
うつむく彼女が如何様の気持ちなのか、ブーンとデレには察せられなかった。
ゆっくりと顔を上げると、ツンの顔には微かな笑みが浮かんでいた。




140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:13:14.62 ID:XEQSdgst0
ξ゚?゚)ξ「私はこの部屋でクドと待っています。ほんの少し、疲れました。
       クーデルカのことは、間違いがなければ彼女の言う通りで大丈夫でしょう」

(´・ω・`)(・・・・・・きっと、兄を取られたように思っているんだろうなあ)

( ^ω^)「分かったお。最良の結果を持って帰って来てやるお!」

(´・ω・`)「ブーンのことなら、僕が見張っておくから安心してね」

ξ゚?゚)ξ「はい。重々お気を付けてくださいね。ごきげんよう」

別れの挨拶をしたブーン達は、ツンを一人部屋に残して、大広間へと出て行った。
ツンはベッドに腰掛け、一呼吸置いてから、ゆるゆるとシーツの上に寝そべった。
側にあった真新しい枕を胸に抱いて、聞こえるか聞こえないかの、小さな声で呟いた。

ξ-?-)ξ「お兄様の、ばか」




141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:13:39.32 ID:XEQSdgst0
―5―

ζ(゚ー゚*ζ「感じますの。クーデルカさんが放つ、いてつく波動が」

( ^ω^)「もしもの時は僕が守ってあげるから、安心してくれお

ζ(>ε<*ζ「きゃー、こんな素敵な人と出会うなんて、人生は波乱万丈ですの!」

すっかり人が住んでいたころのように変わってしまった邸内を、三人は進む。
ブーンとデレは、恋人のように腕を組んで歩いている。ショボンは彼らの後ろ。
緊張感のない二人に、頭痛に堪えながらショボンは赤い大階段を踏みしめていく。
高級な絨毯ゆえの弾力性、カットの毛並みは気持ちの良いものだった。
手すりを握ってみる。昔は、ここを歩くクーデルカの姿があったのだ。
彼女は何を思い、ここで生き、そして死んだのだろうか。ショボンは物思いに浸る。

ζ(゚ー゚*ζ「ややや! あれがクーデルカさんの心の欠片ですの!」

階段を登りきると、デレが黄色い声を上げた。ショボンが現実に戻される。
彼女の肩の後ろから見ると、廊下に長い黒髪の少女が佇んでいた。




142: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:14:14.99 ID:XEQSdgst0
まだ小学生くらいになのに、大人びた聡明そうな顔立ちをしている。
顔のそれぞれのパーツが整っており、大人に育てばさぞや美人に違いない。
少女は腰の後ろで両手をくんで、壁に掛けられた絵画を緑色の瞳を向けている。

ζ(゚、゚*ζ「この子がクーデルカです。追憶という名の記憶の欠片です。
       ですので、あちらからは、あたし達の姿を見られないですの」

( ^ω^)「彼女はなにをしているんだお?」

ζ(゚、゚*ζ「絵を見てください。女性の絵。これは、彼女の母親の肖像画です」

三人は少女の背後に立ち並び、母親の肖像画を確かめた。
少女と同様に美しく、幼いころは少女と瓜二つだったのかもしれない。

(´・ω・`)「どんな方向から考えてみても、僕と同じ人種の人だね」




144: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:15:04.63 ID:XEQSdgst0
川 ゚ -゚)(・・・)

暫くすると、少女は淡い光を放ち、細かい粒子となって消え去った。
クーデルカの追想は終わり。夢心地になったブーンが口を開く。

( ^ω^)「このことにより、彼女が母親を好いていたのが分かるんだお。
       あとは、記憶の断片を辿って、何が効くか推理していけば良い」

ζ(゚ー゚*ζ「そうです。そうやって、あたしは強力無比な武器を手に入れたんですの」

クーデルカは母親が好きだった。その母親から彼女はおもちゃを貰ったのだ。
今も想いに変わりはなく、きっと、ぬいぐるみを手渡せば鎮まってくれる。

ζ(゚、゚*ζ「この奥の部屋ですの。あたしが合図をして入ります。おっけい?」

ブーンとショボンは言われ、心を引き締めて力強く頷いた。
デレが二階奥の部屋の扉にぴたりと張り付いて、耳を当てる。
中から音はしない。気配までは分からない。デレは一気呵成に扉を開いた――。




146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:15:52.37 ID:XEQSdgst0
(;^ω^)「こ、これは! 確かに素敵な空間だお!」

(´・ω・`)「今度こそ内藤家の負けだね。広さから印象まで段違いだ」

二階の物置部屋だった場所は、中世の城の謁見の間のようになっていた。
巨大な広間の天井には燦然ときらめく、シャンデリアが幾つも吊られている。
最上部の明かり取りの窓からは光線が入り、部屋に何本もの筋を造る。
この部屋の主の性格は容易に想像がつく。気位高く、高貴な人物である。

「やあやあ。ようこそ。遅かったね、待ちくたびれてしまったよ」

( ^ω^)「お!」

川 ゚ -゚)「貧民が。みすぼらしい服装で、私の部屋にずけずけと」

不純物のない純粋な水晶のように、透き通った声が響き渡った。
玉座に女性が座っている。肘掛に肘を置き、頬杖をついている。居丈高である。




147: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:16:47.25 ID:XEQSdgst0
女性は非常に華奢だった。少し衝撃を与えれば骨が折れてしまいそうだ。
白い肌の上には、一切の穢れのない純白のワンピースを纏っている。
腰まである長い黒髪、エメラルドグリーンの瞳。、端整な顔。神秘的な美しさがある。
一見して変なところはないが、彼女は頭頂部から左にずれた場所にクラウンを被っている。
斜めに傾いているのに落ちることはない。これもデレやツンが云う力のお陰なのか。
背中からに目を向けると、デレと同じ大きさの黒い翼があるのを確認できた。

川 ゚ -゚)「貴様達がデレにブーンにショボンだね。あとはツンと犬。
      ふふふ。何故知っているといった顔だな。この邸は私の身体の中と同義である。
      身体の中。ということは細菌にやられ易い。貴様達は細菌であれるか」

女性はくっと顎を上げた。口端を歪め、白い歯を見せる。
どうやら、彼女も奇妙な人間のようだ。ショボンはブーンと似ているなと感じた。

ζ(゚ー゚*ζ「クーデルカさんですね!? とうとう追い詰めましたよ!」

川 ゚ -゚)「追い詰めた、って私は貴様達を待っていただけなんだがな」




148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:17:12.76 ID:XEQSdgst0
m9ζ(>ε<*ζ「年貢の納め時です! あたしがキミを楽にしてあげます!」

ババーン! キャー! デレははしゃぎつつ、鞄からにいぐるみを取り出す。
それを両手で持ち、クーデルカに見せ付けるようにかかげる。

ζ(゚ー゚*ζ「どうですの!? クーデルカさんが大切にしていたクマさん人形ですよ!」

川 ゚ -゚)「ああ、それは・・・・・・失くしていたものだ。見付けてくれたのか」

クーデルカは頬杖を解き、デレが持つぬいぐるみへと、その細い腕を伸ばした。
すると、ぬいぐるみはデレの手から離され、放物線を描いて彼女の手に収まった。

(´・ω・`)「凄いな。まるで超能力者じゃないか。銃では勝てないわけだ」

川 ゚ -゚)「おお。母の匂いが残っている。・・・暖かい思い出が私を包む」




149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:17:52.68 ID:XEQSdgst0
よしよし、とクーデルカはとても懐かしそうにぬいぐるみを撫でる。
柔らかな手触りがする。優しに満ちた顔をし、彼女は胸の中にぬいぐるみを抱いた。
途端――ぬいぐるみが破裂した。白い綿が彼女の周りを舞い、地面に落ちる。

(;^ω^)(´・ω・`)「「!」」

川 ゚ -゚)「下らぬ。このような馬鹿げた物は、私には不必要である」

ζ(゚、゚;ζ「なんでー!? キミはぬいぐるみが好きだったんじゃないの!?」

デレは悲鳴めいた声を上げた。それから、鞄の中から一冊のノートを取り出した。
ペラペラとページを捲り、開いた頁をクーデルカに向ける。

ζ(>ε<;ζ「見てくださいですの。ここにキミが人形が好きなことが書かれてます」

川 ゚ -゚)「ははははは。君、日記帳をよく目を凝らして見たまえよ。
     新品じゃあないか! 私はからかうのが大好きな性分でねえ。
     デレ。君を担いだんだよ。己の浅はかさを恨むが良いさ」




150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:18:31.01 ID:XEQSdgst0
ζ(゚、゚;ζ「・・・・・・」

(´・ω・`)(・・・まずいな。この娘は別な策など用意していないだろう)

楽しそうに高笑いをするクーデルカの下で、デレは俯き加減に悄然としている。
先程以上の有利な武器を持ち合わせていないし、現況を打破できるような言霊もない。
一頻り、勝利の余韻に浸っていたクーデルカは、再び頬杖をついた。

川 ゚ -゚)「私はねえ。ここ数年は眠っていたんだ。平穏にしてやってたのさ。
     それが、私を起こしに来た奴が居てね。力を貸して下さい、と」

( ^ω^)「食堂の屑籠に捨ててあった紙かお?」

川 ゚ -゚)「そうだ。私は群れることが嫌いだ。一人で充分である。
      私がその気ならば、世界中を恐慌に至らしめてやっているさ。
      原発でも爆発させれば良い。だが、私はしない。それは何故か。
      そのような野蛮な行為は、私のような気位高い人間はしないのだ」

(´・ω・`)(ブーンと似たようなことを)




151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:19:27.27 ID:XEQSdgst0
川 ゚ -゚)「私は今年で二十七歳になる。首を吊ってから十二年が経つ。
     十五歳から私という素粒子の波紋は止んでいる。悔しいことだ。
     そう悔しい。恨めしく口惜しい。この家に生まれてなかったら、きっと。
     きっと、別な自分があったに違いない。されるがままでは有り得なかった。
     なのに、他の平凡に育った者共は、満足出来ないと口を揃えて云う。
     幸せであるのに。ずるいよ。本当に――――殺したくなるくらいに!」

語気を荒げて、クーデルカは立ち上がった。三人は身構えた。
身体を大きく後ろに仰け反らせて、ギリギリと歯を軋らせた。
部屋を揺らす程の衝撃を伴い、黒い両翼が膨らみ、その大きさを増す。
翼を広げ終えると、身体をだらりとさせた。黒い髪が乱れきっている。

ζ(゚、゚;ζ「これはまずいですね。彼女は怒り心頭に発しています」

(´・ω・`)「それは見れば分かる。何か別な手段はないものか」

必死に考えるがしかし、デレは何も思い浮かばなかった。
クーデルカは真っ直ぐに、壇上から三人を見下ろす。ヴァンピレスのように犬歯を覗かせている。




152: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:19:57.26 ID:XEQSdgst0

川 ゚ -゚)「ああ。この心の底から漲る慟哭を止めるには、どうすれば良いのか。
     貴様等を裂いてやれば良い。真紅の血を見れば満たされるかもしれぬ。
     しかし、私は力ずくを良しとしない。そこで、貴様等に呪いを施してやる」


( ^ω^)「呪い?」

川 ゚ -゚)「あと二十分ほどで街の鐘が鳴る。正午、貴様等はその時間に死ぬ。
     例外は無い。ここは私の身体の中である。残された時間を満喫するが良い」

残酷に笑い、クーデルカは玉座に腰を下ろした。余裕というものである。
余裕。それは、いつ如何なる時でも、決して見せてはいけないものである。
平静の調子を崩すのだ。だから、彼女はブーンの問いに答えてしまう。
普段の彼女なら、クールに物事を考え、狡猾に処理をしていたことだろう。

( ^ω^)「万事休すかお。では、最後に質問をしても良いかお」




153: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:20:19.95 ID:XEQSdgst0
川 ゚ -゚)「・・・何だ? 心地が良いから、一つだけ答えてやろう」

( ^ω^)「クーデルカは恋をしたことがあるかお?」

川 ゚ -゚)「恋。ははは。恋か。面白い質問だ。勿論した事があるとも。
     人間ならば恋をするものだ。恋をしなければ人間ではあらぬ」

クーデルカは頬杖をついて、一度力強く翼をはためかせた。
目を細くし、脳に残る懐かしい記憶を手繰り寄せて、述懐を始める。

川 ゚ -゚)「あれは私が十歳の時の事だったか。私は家出を決意したのだ。
     父や使用人に見つからないように抜け出すのは、スリリングだったよ。
     この邸の近くに花々が咲き乱れる公園がある。私はそこに辿り着いた。
     もうあの家には帰るまい。希望と不安を胸に、花咲く道を歩いた。
     その時だ。あの男の子に出会ったのは。同い年くらいの男の子だった。
      内藤ホライゾンと名乗った。非常に良い身なりをした子供だったよ」

(´・ω・`)「えっ」




154: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:20:49.95 ID:XEQSdgst0
ショボンは物申しそうになった。しかし、ブーンは手で制止させた。
一瞬、クーデルカは疑問の表情をしたが、思い出の続きをとうとうと述べていく。

川 ゚ -゚)「内藤君は母親と、それと妹と一緒に来ていてね。妹は気が強かったな。
     内藤君は、ベンチに呆然と座る私に声を掛けてくれた。
     どうやら、相当思い詰めた顔をしていてらしい。心配して励ましてくれた。
     子供らしい遊びをし、その日は一日、私にずっと付き合ってくれた。
     しかし、現実は非情である。時間があっという間に過ぎてしまった。
     夕方、内藤は『また、遊ぼう』と云ってくれた。私はその時、決意したのだ。
     家に戻ろう、と。そして、いつか内藤君が邸から連れ去ってくれる事を待った。
     良いかい? これはあめ色の記憶だよ。私はこの記憶を辛い時に思い出し、
     その甘い初恋の味を楽しんだのだ。これからも消えぬ。消されはせぬ。
     私は今、この瞬間でさえも、あめ玉を口の中で転がしているのだから」

長口上を終えて、クーデルカは顔を伏せた。右手で双眸を覆う。

川  - )「結局、あれ以来、彼と会う事は無かった。
     来てくれていたら、今の私は無かったかもしれないのに」

ζ(゚、゚*ζ「・・・なるほど。この邸には、キミに有効な記憶はなかったのですね。
      公園にあるのでしょう。その男の子を見付けていれば、勝ち目はあった」




155: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:21:22.84 ID:XEQSdgst0
川  - )「しかし、もう全て遅い。呪いは発動し、死の時を待つのみである。
     残り十分だ。内藤を見付け、此処に連れてくる時間は無い」

( ^ω^)「内藤ホライゾンは来てくれるお」

川  - )「戯言を。恐怖で頭がおかしくなってしまったかお」

( ^ω^)9m「いいや――――来るね!」

大声。クーデルカは顔を上げた。すると、彼女は眼球を剥いて驚いた。
ブーンが自分に向けて、指差していたのだ。生き生きと、力強く、破邪顕正の如く。

川 ゚ -゚)「き、貴様。誰にその指を向けているのか。須名・クーデルカ様ぞ」

( ^ω^)9m「鎮まりたまえ! 天網恢恢疎にして漏らさず。
         僕は事の有様を見抜き、君の影を薙ぎ払ってやるお!
         須名・クーデルカ。いいや、“クー”。君を満たしてやる!」




156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:22:00.95 ID:XEQSdgst0
川 ゚ -゚)「クー・・・・・・だと・・・・・・? そのあだ名を知っているのはただ一人の筈だ」

クーデルカ、いや、クーの全身が粟立った。初めて、表情に焦りの色が見える。
まるで力の入らない足へ無理矢理に力を込め、転びそうになりながらも腰を上げる。

川 ゚ -゚)「貴様、もしかして」

( ^ω^)「僕の名前はブーンではない。内藤ホライゾンだお!」

ζ(゚、゚;ζ「そうでしたの!?」

川 ゚ -゚)「ああ」

( ^ω^)「すまないね。クー。あれから我が内藤家で事件があってね。
       会いに行けなかったのだお。でも、君のことは忘れていないお。
       まさか、このような事になっているとは夢にも思わなかったお」




157: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:22:40.40 ID:XEQSdgst0
川 ゚ -゚)「・・・・・・お久しぶりです。内藤君。遅かったですね。私は待ち草臥れました。
     私は夢の中で、何度も何度も迦陵頻伽の声に似せて、呼んでいたのですよ。
     それにしても随分お変わりになられました。全く分かりませんでした」

クーは一歩踏み出した。覚束ない足取りでゆっくりと階段を下りていく。

川 ゚ -゚)「御機嫌よう御機嫌よう。漸く、内藤君へ私の声が届いたのですね。
     何とお呼びしていたのか分かりますか? きっと、喜んで頂けると思います。
     私は貴方への愛を、言葉に乗せていたのですよ。幾度と溢れんばかりに。
     紡いだ想いは素粒子となり、とうとう二十七回目の波紋を広げました。
     満たされて行きます。満たされて行きます。この胸の暖かさは何でしょうか。
     張り裂けそうになるくらいの、この暖かさは! 私には正体が掴めません。
     あ、あ、あ、あ、あ、あ、恋は迷路。何処に行き着くか分かりません。
     けど、影に成り果ててでも生きていて良かった。だって、貴方に会えたのだから。
     あとで外に出たら空を見上げて下さい。夏の青空が戻っています。
     ずっと曇り空だったと思います。あれは私が癇癪を起こしてした事です。
     洗濯物が乾かなくて、貴方を困らせていたと思います。ごめんなさい。
     ああ、そうそう。私が愚かにもかけた呪いも解いておきましょう。
     自由な心地で、あの時計塔が奏でる優しい鐘の音を聴いて下さい」

そして、クーはブーンの胸の中に顔を埋めた。




158: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:22:58.40 ID:XEQSdgst0
川 - -)「内藤君。私、クーデルカは、ずっとお慕い申し上げておりました」

遠くで鐘の音が鳴った。
これにて、クーはあめ色の夢に包まれる、深い眠りへと就いた。




159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:23:18.22 ID:XEQSdgst0
―6―

ξ゚?゚)ξ「そんなことがあったのですね。お兄様も隅に置けませんね」

(´・ω・`)「本当に。最初からクーデルカの正体を知ってたんだもん」

午後三時頃。ブーンは帰途へつく、ショボンが運転する車の中に居た。
行きと同じく、揺れが激しく、煙草の匂いも手伝って吐き気を催していた。

(;^ω^)「最悪だお! この車! もっと丁寧に運転したまえお」

ξ゚?゚)ξ「お兄様は、過去に既にクーデルカに出会っていたのですね。
      あれから程なくしてお母様が亡くなられました。それで会えなかった」

( ^ω^)「・・・別に黙っていたわけじゃない。言い出せなかっただけだお」

ブーンは窓の外へと視線を遣った。遠くには太陽の光を反射させる海原が見える。
クー街一体に及ぶ呪いは解かれた。ようやく夏の暑さを取り戻したのである。




160: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:23:37.19 ID:XEQSdgst0
(´・ω・`)「で、あれから彼女はどうなるんだい?」

ζ(゚ー゚*ζ「クーさんは、類まれなる非常に強力な影です。
      乙女には秘密がたくさんあるから、満ちきれなかったんですの。
      けど、彼女はもう悪いことをしないと思います。寝顔が綺麗だったですの」

(´・ω・`)「問題は、今後彼女が失恋した事実を知ることだね。
      ブーンとデレさんは、“清純な”付き合いをするんだろう」

( ^ω^)「クーなら大丈夫だお。彼女は脆いけど気丈な性格だお」

ξ゚?゚)ξノ「その辺りに思うことがあるので、少し失礼します」

助手席に座るツンが、小さく手を上げた。何か意見があるようだ。

ξ゚?゚)ξ「・・・何故、デレが一緒に車に乗っているのですか?
      貴女が帰る場所は、私達と違う場所だと思うのですが」

つんつんとした態度で、ツンは後ろで肩を寄せ合っている二人を一瞥する。




161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:23:55.81 ID:XEQSdgst0
( ^ω^)「それはね。僕はデレと一緒に暮らそうと思うのだお!」

ξ;゚?゚)ξ「はあ!?」

間の抜けた声が車内を満たした。何を言っているのだ、この駄目兄は。
ちょっと理解出来ない。一緒に暮らす。同棲するつもりなのか。
それならば、影であるデレを家に迎え入れるということである。
冗談ではない! ツンはヒステリックな声を上げた。

ξ#゚?゚)ξ「何を仰っているんですか! 私は許しませんわ!」

( ^ω^)「ツン。今回の一件で、僕は愛を知った。この気持ちを大事にしたいんだお」

ξ゚?゚)ξ「・・・・・・」

( ^ω^)「そして、明日から僕は仕事をしようと思う。デレと同じ探偵業だお。
       表の姿は探偵。でも、裏では良からぬことを企む影の退治師だお!」




163: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/05/25(月) 23:24:22.96 ID:XEQSdgst0
ζ(>ε<*ζ「それは素敵なことですの。ますますブーンさんを好きになりそうですの!」

ξ゚?゚)ξ「ショボンさぁーん・・・・・・」

涙目になりながら、ツンはハンドルを切るショボンに助け舟を求めた。
しかし、彼は「ははは」と乾いた笑い声を漏らしただけであった。

( ^ω^)「食堂で見つけた紙。何か巨大な陰謀がありそうだお」

ζ(゚ー゚*ζ「ですですの。あたし達はそれを食い止めねばなりません。
      エル・オー・ブイ・イーの力で、世界をきらきらと輝かせるのですの」

車は街へと進む。これからどのような運命が待ち受けているのだろうか。
ささやかな希望と不安を乗せて、彼らは心の旅を始めたのだった。

――――夢色のあめ玉は、音を立てずに、さらさらと消えていった。



 了



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#2「二十一グラムは物語の行方を知る」




8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:35:23.63 ID:dRjj6WK10


          長い人生に於ける、平和な一瞬を、切り抜きました。          

              何一つ、いやな事件は起こりません。          

          欠伸が出たり、無性に眠たくなる、そのようなお話です。




9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:36:13.10 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「うるさいお! その内、ゴミに出してしまうお!」

ブーンは目覚めると、鼓膜を響かせる音鳴らす目覚まし時計のボタンを叩いた。
この目覚まし時計には、『確実に起きられる』との宣伝文句があるが、その通りなのだ。
設定した時間にきっちり起きられるので、無職のブーンとは違って働き者である。
おっと、厳密に言えば現在は無職ではない。内藤私立探偵事務所の所長である。
ただ、特別に広告はしていないし、訪れる客が絶無なので、無職と同然といった感じだ。

ζ(-、-*ζ「ううん。もう朝ですのー?」

欠伸混じりの、のんびりとした声。ブーンの隣で眠っていたデレが発した声である。
彼女は下着だけで、他には何も身に纏っていない。ちなみに、ブーンも下着のみだ。
何故か? それは言えない。詳細に書いてしまうと、閲覧注意になってしまうからだ。
地の文は多けれど、誰にでも読めるものを書きたい。そういう風に常々思うのである。
まあ、適当に述べるならば、「昨晩はお楽しみでしたね」だ。んふふふふふふふふふ。

( ^ω^)「やあやあ。デレは今日も美しいお! 明日も美しいのだけどね。ふふっ」




11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:36:53.33 ID:dRjj6WK10
そう言って、ブーンはデレの髪の毛を撫でた。彼女は腕に絡み付いて猫なで声を出す。
ゆるやかなウェーブがかったブロンドの髪の毛は、とても触り心地が良かった。
髪の甘い匂い。ブーンはいとおしくて堪らなくなり、デレの身体を強く抱きしめた。

ζ(゚ー゚*ζ「あららら。朝からはだめですの。あたし、寝起きはしんどいのです。
      それに早く起きないと、ツンさんに叱られてしまいますの」

デレの背中にある“影”の証左である小さな黒い翼が、ぴょこんと可愛らしく動いた。
無言で眼差しを彼女に真っ直ぐに遣っていたブーンが、そっと身体から離れる。
妹は可愛く、そして恐ろしい。デレと暮らすようになってから、いつも不機嫌である。

( ^ω^)「・・・仕方ないね。服を着替えて朝ごはんを摂ろう」

ζ(>ー<*ζ「はいですのー! ブーンさんと食べるご飯は美味しいです!」

ブーンは上等のスーツに、デレは飾り気のない淡い色使いの洋服に着替えた。
自室の扉を開け、二人は手を繋いで食堂に向かう。今日は何の香りもしない。
妹のツンという人物は変わっていて、朝からとんでもない料理を作ることがある。
例えば、カレーだったり、天ぷらだったり、チャーハンだったり、シチューだったりする。
胃に重いものを作る傾向がある。食べたくはないが、ブーンは妹思いなのであった。
何が出てこようが食べてやろうではないか。ブーンはデレを連れて、食堂へと入った。




13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:39:05.26 ID:dRjj6WK10
ζ(゚ー゚*ζ「おはようございますの」

( ^ω^)ノ「おはよう! 唯一無二の僕の可愛い妹よ! ご機嫌いかが・・・」

ξ#゚?゚)ξ「・・・・・・」

「ひい!」、とブーンは叫び声を上げそうになった。ツンの形相が凄まじかったからだ。
一歩退いて、彼はツンの顔を見つめる。頭に角が二本ほど生えていたら鬼と見間違いそうだ。
それは言いすぎだとしても、彼女が怒りのオーラを発しているのは明らかである。
テーブルの上には丼鉢がある。丼鉢の中には狐色のスープの中に麺。・・・今日は、ラーメンだ!

(;^ω^)「ツ、ツン。そんな凶悪な顔は、君に似合わないからやめてくれお」

これ以上妹の気分を損なわないよう、ブーンはやんわりとたしなめつつ椅子に座った。
デレは剣呑なこの場の空気などどこふく風か、にこやかな面持ちでブーンの隣に座った。




15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:39:38.77 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「分かった。きっと、僕の髪型が気に入らないのだお」

いつも通りのやり取り。これに対して、ツンは必ず突っ込みを入れるのである。
しかし、今日のツンは何も言わなかった。無言の重圧に、ブーンは気圧される。
これは相当怒っている。視線が泳ぐ。デレに助けを乞うが、嫣然としているだけだった。

(;^ω^)(ツンは一体何に怒ってるのだお? 何の配慮が足りなかったのだお)

あれこれ考えるが、ブーンに心覚えはなかった。ああ、全く意味が分からん!
「んんんん・・・」、とブーンが低い唸り声を出していると、ようやくツンが口を開いた。

ξ-?-)ξ「はぁー、おはようございます。お兄様は昨日とお変わりないようで」

ツンは大きなため息を吐いてから、どこか投げやりな口調で言った。
だけれど、ブーンは心の底から安堵した。この瞬間に、緊張の帳が開かれたのだ。

( ^ω^)「おはよう。気分がすぐれないようだけど、大丈夫なのかお?」




17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:40:17.15 ID:dRjj6WK10
少々気性が激しいところがあるが、ツンは他には絶対に居ない、大切な妹である。
ブーンは労わることを忘れない。小さく頷いて、ツンはデレに顔を向けた。
正確に云うと、彼女の首筋にである。そこには一夜の情事のあとが残っていた。

ξ゚?゚)ξ「・・・・・・私のことなら大丈夫です。少し気分が憂鬱なだけですわ」

実のところ、ツンは兄のことが好きだ。彼女は正直ではないので秘密にしている。
それなのにブーンは、一ヶ月前の事件で知り合ったデレにかまけるようになってしまった。
無論、ブーンはデレにだけではなく、ツンにもきちんと愛情を向けているのだが、
彼女はそれを快く思っていない。一人占めしたいのである。デレに嫉妬をしているのだ。
・・・これではいけないとも思っている。今、ツンは二つの気持ちの、葛藤の真っ只中にある。

( ^ω^)「憂鬱。それはいけない。僕で良ければ相談に乗るお」

ξ゚?゚)ξ「だから大丈夫ですって。・・・けど、一つだけ大きな悩みごとがあります」

( ^ω^)「ほほう! それは何だお? 気兼ねせずに言ってみると良いお!」




20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:41:07.56 ID:dRjj6WK10
軽快に、ブーンは指を打ち鳴らした。妹の為ならば何だってする気概だ。
ツンは身を乗り出して、声を潜める。同様にして、ブーンも耳を傾ける。

ξ゚?゚)ξ「この邸。街の住民の間では、“吸血鬼館”と呼ばれているそうですよ。
      先日、ショボンさんから聞きました。何故、そう呼ばれてるか、ご存知ですか?」

( ^ω^)「へえ。知らなかったお。どうして、そう呼ばれてるのだお?」

ξ゚?゚)ξ「邸の外観が薄汚いからです」

( ^ω^)「うぇっ?」

ツンは姿勢を正した。内藤邸の外観が薄汚れている所為で、“吸血鬼館”と呼ばれている。
名称はなかなか格好がつくものだったが、如何せん理由が気に入らない。
不遜な青年はテーブルを拳で思い切り叩きつけて、荒々しく声を張り上げる。

(#^ω^)「下々の奴らは、我々内藤一族を愚弄しているのかお!
       全く持ってけしからん! 今から街に繰り出して説教してくれるお!」




21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:41:45.71 ID:dRjj6WK10
怒髪天を衝く、怒髪冠を衝くとはこのことを云うのだろう。ブーンは顔全体を赤くしている。
恋愛の存在を知っても、鼻にかける性分は直っていない。人間はそう簡単には変わらない。
ツンは慣れたもので、いきり立つブーンに怯むことなく、茶色の瞳を彼に遣る。

ξ゚?゚)ξ「どうすれば、汚名を返上できるのか、お分かりになられますか?」

(#^ω^)「ふん! 民衆どもに、内藤家の格の高さを見せ付ければいいのだお!」

ξ゚?゚)ξ「そのようなことをしなくても、もっと簡単な方法があります」

(#^ω^)「? 奴らに愚かさを思い知らせられるなら、僕がなんだってやってやろう」

ξ゚?゚)ξ「仰いましたね? この邸を綺麗に掃除すれば良いのです」

( ^ω^)「えっ」

邸、を、掃、除、す、る。言葉とは一度放ったものは元に戻らないものである。
しかし、この時ばかりはブーンは、見事に喉の奥へと戻してみせようと試みた。




23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:42:31.11 ID:dRjj6WK10
(;^ω^)「それはダメだお。邸を綺麗にすれば人類が滅亡してしまう。
       ・・・・・・そう! 掃除はまずい。じゃあ、僕は外に用事があるので」

ξ゚?゚)ξ「外は雨ですよ」

ツンは、席を立とうとするブーンを止めた。雨。ブーンには効果絶大であった。
内藤ホライゾンという青年が嫌うものの一つに、“汚れること”がある。
雨の中を出歩けばスーツが汚れてしまう。掃除をすれば体が汚れてしまう。
どちらも汚れてしまう。絶対にイヤだ! 彼は、どもりながら次のように答える。

(;^ω^)「いいいいいいいや、雨の日に掃除はするものではない。
      明日。うん、明日に掃除をしよう。僕は約束を守る男だお」

ξ-?-)ξ「雨、ですか。鬱陶しいですわね。千載一遇のチャンスでしたのに。
        なら、せめてご自分の部屋だけでも掃除してみてはいかがでしょうか」

( ^ω^)「ふむ。それだけなら、考えてみようかお。今は二人の部屋だしお」




24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:43:26.72 ID:dRjj6WK10
ブーンは、隣で黙ったままの妻(仮)に目配せをした。デレは首を傾げて微笑みを返す。
くりくりとしたブルーの瞳が可愛らしい。眉毛の辺りで切り揃えられた前髪も可憐だ。
今すぐにでも抱きたいお。だが、ツンが居る。抱けばどうなるものやら、想像がつきません。

ξ#゚?゚)ξ「ともかく! 今月、九月は内藤邸美化月間とします! ご協力ください。
         巷では、庭に草が生え放題のここを心霊スポットと勘違いして、
         肝だめしをする計画もあるそうですよ! お嫌でしょう? 私もそうです!」

ガタン、と音を立ててツンが腰を上げた。何か気に障ったようだった。
そして、ラーメンの入った丼鉢を持って、奥の台所へテクテクと入って行った。

( ^ω^)「何故怒ったし。僕はツンのことが、時として分からなくなるお」

ζ(゚ー゚*ζ「あたしには分かりますですの。ブーンさんもまだまだですねえ。
        ヒントはですね、あたしが声を出さなかったことですの。えへへ」

椅子に座ってから一言も発していなかったデレが、口元に人差し指を添えて言った。
彼女は悪戯をした子供のように笑う。ブーンには乙女心が分からぬ。ゆえに理由を察せない。
とにもかくにも、これ以上ツンを刺激するわけにはいかない。情動的ストレスで倒れるかも。




26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:44:18.07 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「はあ。掃除かお。物置にジャージでもあったかしら。
       ジャージなんて着たくないお。僕という美しいイメージが壊れてしまう」

ζ(゚ー゚*ζ「あたしもお手伝いしますの。お世話になっている身分ですし」

( ^ω^)「さすがは僕が見込んだ女性だお。そこいらの人間とはまるで違う」

ブーンは、彼なりの言い方でデレを讃える。それから二人は見つめ合う。食堂は静かだ。
今の彼らを邪魔するものは何もない。微かに聞こえる雨の音でさえ、二人を祝福している。
長い人生の中で、時間が止まったかのように錯覚する一瞬が数度ある。今が正しくその時だ。
二人は額を付け、笑顔で唇を尖らせながら互いに焦らし合う。次第に昂りが極限に向かう。

好き合っているのに、口に触れるまで、こんなに時間のかかるキスは他にないのではないか。
先に耐えられなくなったのはデレの方だった。瞳を潤ませて、ブーンの唇に自分の唇を付ける。
三十秒くらいそうしていると、二人は顔を離した。食堂でのキスは、ある種の緊張感を伴った。
ツンが再び姿を現せるかも、と思ったのだった。デレはどきどきと脈打つ胸を押さえる。
息を苦しくさせている彼女の一方で、ブーンは物足りなかった。口付けの先をしてみたいのだ。

( ^ω^)「デレ。もう少しだけ」

ζ(/////ζ「だ、ダメです! ツンさんが戻ってきちゃうかもしれませんの・・・」




29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:45:12.29 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「ツンなら、これからは読書の時間だお。だから」

ζ(>ε<;ζ「お願いしますのー。見つかったら、コトですのー・・・」

ブーンがデレの腕を取って引き寄せようとするが、彼女はいやいやと首を振って拒む。
童貞を卒業して一ヶ月目は大体こんなものだ。特にブーンのような自分勝手な輩には顕著に現れる。
何度も体のまぐわいを迫ったが、頑なに譲らないので、ブーンは諦めて彼女の身を自由にした。
彼はそっぽを向いて沈黙する。いかにも不貞腐れたかのような様子だ。扱い難い男である。

( ^ω^)「・・・・・・」

ζ(゚、゚;ζ「あ、あの、怒ってますの? それなら、本当にごめんなさいです」

( ^ω^)「・・・いいや。僕はそのくらいで怒る器が小さい人間ではないお」

ζ(゚、゚;ζ「ですけど・・・・・」




30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:46:22.90 ID:dRjj6WK10
幾ばくもなく、ブーンは強張った表情を緩めていったが、顔は違う方向を向いたままだ。
気まずい空気が流れる。二人は何を話題にすればいいか思考する。考えが纏まらない。
場を和ませなければならないのは分かっているのに、両者は口を出せないでいる。
ポツリポツリ。雨が邸を打つ音が聞こえる。数分前よりも、やや激しさを増したようだ。
雨音が二人の気持ちを収れんさせる。どちらからかは知れず、手を取り合った。温かい。

( ^ω^)「すまないお。少々子供っぽかった。気分を害さないで欲しいお。
      僕はいつ如何なるときでも、君へ、愛と尊敬の念を送っているお」

ζ(^ー^*ζ「ええ、ええ! あたしも、いつもブーンさんのことを好いていますの」

手を握るという行為は、愛情を確認する基本的な手段の一つである。嫌いならばしない。
ようやく穏やかな雰囲気に包まれた。ブーンは朝食を摂ることにした。・・・・・・朝食?

(;^ω^)「なんでラーメンなのだお? おかしいだらー? そうじゃんね?」

ζ(゚、゚*ζ「どうして三河弁なんですの。作って貰っているのに文句はいけませんよ」




31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:47:01.61 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「いや。だってね」

もしかして、いやいや、奇跡的な確率での話だが、ツンは自分のことを嫌っているのだろうか。
だから、朝食に重いものを――嫌がらせ? ・・・こんなこと考えてはいかん。ブーンは首を振った。
一瞬でも妹を疑ったことを悔いる。彼は椅子からゆっくりと腰を上げて、背筋をぐぐっと伸ばす。

( ^ω^)「朝ラーメンも結構良いかもしれない。ツンの料理は絶品なのだお!」

ζ(゚ー゚*ζ「ですのー。あたしは、料理ができないから羨ましいかぎりですの」

( ^ω^)「そういうデレの料理も一度は食べてみたいね。謙遜しているのだろう」

ζ(>、<;ζ「およしください! あたしが料理を作ると新種が完成してしまいますの。
       ナポリタンを作ったつもりなのに、PSPが出来上がってしまう勢いですわ!」

( ^ω^)「GK乙。一体どうゆう製造工程があれば、そうなるのだお」

さて、箸はどのようして扱うのだろう。フォークで良いか。ブーンは朝ラーメンに挑んだ。




34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:47:36.56 ID:dRjj6WK10
―2―

朝食を完食したブーン達は、少しの休憩を挟んだのち、自室の掃除を始めた。
ブーンの部屋は広く、高価な調度品や、大画面のプラズマテレビが並べられている。
他にも、心地の良い空間を演出する出窓や、書架、オーディオなどなどがある。
こう書けばとても見栄えのいい部屋だと思われるが、それは早合点というものである。
床には読み終えた書物が無秩序に置かれ、定期的に掃除していないので埃が漂っている。

( ^ω^)「ふん。自分の分かる場所に、それらがあれば良いと思うのだがね」

ζ(>ε<*ζ「同感ですの! ブーンさんの部屋は、ある意味では整っていますの」

ジャージに着替えた二人は、各々清掃に対する意識が容易に察し取れる発言をする。
何はともあれ、内藤邸美化計画が発動されたのだ。二人はどれから片付けようか考える。

( ^ω^)「まずは床に散らばった本とかを片付けるお。それから掃除機を」

ζ(゚ー゚*ζ「いえいえ。片付けたあとは、天井や壁の埃を落とすのです。
      先に掃除機をかけてしまうと、二度手間になってしまいますの」

( ^ω^)「おお! 君は聡いね! まったく考えが及ばなかったお」




35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:48:25.86 ID:dRjj6WK10
ブーンはデレの頬を人差し指で優しく突付く。白い頬には感触の良い弾力がある。
腕を組んで、デレはぷくうっと頬を膨らませた。大人とは思えない愛らしさだ。

( ^ω^)「まあ、まずは本を片付けよう。いらない本をダンボールに仕舞うお」

ζ(゚ー゚*ζ「はーい」

ブーンはクローゼットを開けた。中にはテレビなどを買った時の大きなダンボールが、
そのまま入っていた。彼はそれらの一つを取り出して、フローリングに置く。

( ^ω^)「これに入れるお。この部屋にある本は、全て読み終わった本だお。
      売っても良いのだけどね。また、読みたくなるかもしれないお」

先ず、二人は雑誌系統の重量の軽い本から片付けていく。その次は文庫本である。
そして最後に、ハードカバー。これが一番数量があり、掃除を難航させるのだった。

ζ(゚ー゚;ζ「これは一苦労ですの。やっぱりハードカバーは重いですの・・・」

( ^ω^)「ごめんだお。文庫本よりも見栄えが良いから、ついつい買ってしまうのだお」




36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:49:03.54 ID:dRjj6WK10
ブーンは内容には興味がなく、高価な方が格好がつくからハードカバーを選ぶのだ。
それは本だけではなく、その他の物品にも表れている。例えば、部屋の隅にあるギターだ。
結構の値打ちのあるものだが、ブーンは買ってから一度も触れたことがない。
完全に置物と化してしまっている。時に、彼が高いものを買おうとすると、
ツンにそのことをネタにされ、嫌味を言われるのだった。ものは使ってこそだろう。

( ^ω^)「デレは休んでくれてて良いお。今日は本を片すだけにしよう。
      他の部分は、天気の良い日にでも。空気も入れ替えたいしお」

ζ(゚ー゚;ζ「そうさせて貰いますですの。腕がくたくたですのー」

デレはくたびれた手を振って、ベッドの縁へと近づく。シーツが乱れきっている。
昨晩の色事の跡だ。思い返して、彼女は頬を朱に染めながらシーツの乱れを直す。
それからベッドの縁に座って、人心地つく。近くの小さなテーブルに写真が置いてあった。
それを手に取り、目を細めて見る。二十枚ほどの写真。ブーンが農業公園で撮った写真だ。
風景ばかりの写真の中に人物が写っているものがある。二人の少女。佐藤と渡辺である。




37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:49:51.93 ID:dRjj6WK10
ζ(゚、゚*ζ(・・・・・・)

怯えた風な少女と、無機質な印象を受ける少女が、花々と緑の山を背に立っている。
普通の写真だ。ある特殊なものがなければだが。デレは少女達の後ろに注目する。
二人の背中には、小さな黒い翼が生えているのだった。彼女らは“影”なのである。
佐藤は自分が影であるのを知りながら、クーの噂話を聞いたと言ったのだった。
知らないふうを装って、何故須名邸に向かわせたのか。どう考えてもちぐはぐな話である。

ブーンとデレは、あの二人が邸の屑籠にあった手紙に関係があるとして、考えている。
あれからブーンは街に下りる回数が増えた。佐藤達を探しているのだが、見つからない。
どこへ行ったのだろうか。街の状況に詳しいショボンに訊いても、無駄足に終わった。
ブーンには使命感がある。残念だが、クーを見た限り、影には神妙不可思議な力があるが、
誰よりも目立ちたがりな彼は、愚かなことを企む影を、打ち滅ぼさんとしているのだ・・・!

( ^ω^)「僕はね、長い地の文のある小説は好きではない。簡潔なのが好きだお」

ζ(゚、゚*ζ「え?」

唐突にブーンの声が聞こえた。彼は本を箱に詰める作業を止めて、本を読んでいる。
写真に意識を集中させ過ぎていたようだ。デレは写真をテーブルに置いて話しかける。

ζ(゚ー゚*ζ「あたしも同じですの。長い文章を読んでいると、欠伸をしちゃいます」




39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:50:47.49 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「本選びって結構難しいお。僕はハッピーエンドが好きなのだお。
       まあ、世の中にはバッドエンドにしか興味を示さない人もいるけどね。
       それでも僕は、誰もが納得する幸せな結末がある本しか許せないお。
       ・・・・・・おっと、ミステリー小説はその限りではないお。当然だけど」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさんはお優しいですの。そういうところが大好きです」

( ^ω^)「ありがとう。僕も、いつも笑顔をくれるデレが大好きだお」

二人は顔を見合わせて、微笑む。ブーンは、最後の本をダンボールに詰め終えた。
重いものからクローゼットに仕舞う。そして、フローリングは綺麗になった。
掃除前とは見違えるようだ。ブーンの部屋に、幾ばくかの清潔感が蘇ったのである。

( ^ω^)「ううむ。二度手間と分かっていても、掃除機をかけたくなってきたお」

書物は片付いたと同時に、床のあちこちに落ちている綿埃が気になり始める。
二度手間でも、掃除機をかけてしまおうか。ブーンは指を鳴らして、立ち上がった。

( ^ω^)「よし。掃除機をかけてしまうお。しかし――」

掃除機はどこにあるのだ? 普段、掃除をしないブーンには当然の疑問である。
ツンならば知っている。ブーンは彼女に、掃除機のありかを訊ねに行くことにした。
デレは、ツンが自分に部屋に入って欲しくないだろうと、ブーンの部屋に残った。




41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:51:43.12 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「イエス! 麗しの妹よ! 掃除機はどこにあるのかね?」

ξ;゚?゚)ξ「ノックをしないでなんです! 吃驚するじゃありませんか」

ブーンはツンの部屋を訪れた。彼女の部屋は、一階のブーンの部屋の真上にある。
カウチソファに座って難しい顔で本を読んでいたツンは、大層驚いた様子だった。
まあ、大の男が「イエス!」などと意味不明な言葉を叫んで入ってくれば、当然だ。
ツンはパタンと本を閉じてテーブルの上に置き、目を吊り上げて睨みつける。

ξ#゚?゚)ξ「私にも、プライバシーというものがあるのです!」

( ^ω^)「まあまあ、そう怒らずに」

ブーンはツンの隣に座り、彼女の肩に腕を回した。ツンがそっぽを向く。
こうするといけない関係に見えるが、ブーンが独特な愛情を注いでいるだけだ。
いやがる様子のツンの胸中など知らず、彼はあまり立ち入らない妹の部屋を見回す。
ツンの自室はブーンの部屋とは、比べ物にならないくらい片付いている。几帳面なのだ。
何から何まで綺麗に整っている。ブーンが感心していると、ツンが口を開いた。




42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:53:11.17 ID:dRjj6WK10
ξ゚?゚)ξ「部屋の掃除は終わったのですか? 今はお二人の部屋なのでしょう?」

つんつんとした態度で訊ねる。ツンはデレに対して心を許していない。
デレが普通の人間ならまだしも、忌み嫌う影なのだから仕方がないのである。

( ^ω^)「それなのだがね。掃除機がどこにあるのか分からないのだお」

ξ゚?゚)ξ「掃除機でしたら、一階の物置にありますわ。でも集塵袋がきれてますの」

( ^ω^)「む。困ったお。掃除を完了できないお」

今、この機を逃せば兄は一生掃除をしないかもしれない。ツンは慎重に言葉を選ぶ。
そうして、これならば必ずブーンが掃除を続けるだろうという台詞を考え出した。

ξ゚ー゚)ξ「雨が止んだら、街に買いに行ってくれませんか?
       もしも買ってきて頂けたら、私はとても助かりますわ」

( ^ω^)「・・・・・・ツンが喜ぶのなら、街に下りて、買ってきてあげるお」




43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:54:32.62 ID:dRjj6WK10
ツンは心の中でガッツポーズをした。普段は偏屈だが、時として扱い易い兄である。
ブーンがツンの身体から離れる。そして、腰を上げるとテーブルにノートを発見した。
表紙に“日記帳”と小さく文字が書かれているノートを、何気なく彼は手に持った。

( ^ω^)「これは」

ξ#゚?゚)ξ「お兄様! 人の日記帳を勝手に覗くものではありません!」

慌てたツンが、ブーンの手から強引に奪い取った。風のように素早い動作であった。
これ以上、部屋を荒らされては堪らないと、ツンはブーンを部屋から放り出した。

(;^ω^)「いたたた。ツンは乱暴だお」

部屋を追い出されたブーンは、頭を掻く。妹はよく分からない人間だなあ。
「お前が言うな」を地で行く彼は、苦笑いを溢しながら広い廊下を歩いていく。
廊下の大きな窓ガラスに雨が叩き付けられている。さっきより勢いを増したようだ。
今日中に止むのか。天気予報を観る習慣が、ブーンにはなかったのだった。

( ^ω^)(昼までに雨が止まなかったら、また後日にするかお)




46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:55:33.07 ID:dRjj6WK10
ブーンが自室に戻ると、デレは静かな寝息を立てて、ベッドで眠っていた。
夜の遅くまで熱く愛を語らう二人は近頃、睡眠時間が不足しているのだった。
ベッドの縁に座り、ブーンはデレの髪の毛を撫でた。彼女は頬を弛める。

背中には小さな黒い翼がある。ついつい忘れがちだが、デレも影なのである。
彼女はどのような悔恨から生じたのだろう。考えるが、すぐにブーンは頭を振った。
あまり想像をしたくはない。ブーンは別なことを考え、意識を眠りに就かせる。
やがて、ブーンはゆっくりと現実から乖離し、夢の世界へと沈んでいった。

( ^ω^)「ふわーあ。よく寝たお」

午前十時半を少し過ぎたころ、ブーンは目を覚ました。雨の音が止んでいる。
窓の外へと視線を遣ると、青々とした空が広がっていた。さわやかな雨上がりだ。
まだ眠っているデレの肩を優しく揺らして、彼は耳元にささやきかける。

( ^ω^)「デレ。起きたまえお。もう昼だお」

ζ(-、-*ζ「ううう、優しい人。あたしは、昨晩あまり寝てないのです」

デレはまだまだ眠り足りないので、寝返りを打ってぐずった。寝顔が可愛い。
諦めずにブーンは、デレの顔に口先が触れそうになるまで近付いて呼びかける。




47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:56:16.38 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「変な時間に寝ると、バイオリズムが崩れてしまうお。
      そうだ。良いことを考え付いたお。二人で海辺にデートへ行こう。
      丁度、街に下りる用事が出来たのだお! さあ、起きて」

ζ(゚、゚*ζ「おデート」

デレは、ぱちくりと瞼を開閉させた。それから身体を起こし、背筋を伸ばした。
爽快に眠れたとはいえないが、デレは少しでも体力が回復したようだ。
ブーンの膝に頭を乗せて、デレが甘える。しばしくっ付いたあと、二人は腰を上げる。
ジャージからブーンはブランドもののスーツに、デレは洋服に着替える。

( ^ω^)「昼食は街で済ませば良いかお」

ζ(゚ー゚*ζ「ですの。あたし、スパゲティが食べたいのです」




48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 01:57:01.94 ID:dRjj6WK10
ブーンは、ツンに昼食はいらないと告げてから、ビップの街へと下った。
まずはショボンの書店を目指す。出かける際、ツンにことづてを頼まれたのだ。
先日借りた文庫本を返してきて欲しい、との話だった。ブーンは本を確かめる。
“そして誰もいなくなった”。誰もが知る、クリスティー著の推理小説である。

( ^ω^)「これの犯人って誰だったかお?」

\ζ(゚ー゚*ζ「はあい! あたし、知ってますのー!」

m9(^ω^)9m「ヘイ! ユー! その先は、絶対に言ってはならないお。
         ネタバレされるのは嫌だし、袋叩きに遭いかねないお」

ζ(゚、゚*ζ「早くもメタ発言いただきましたのー」

ブーンは両指を差して、デレを制した。この娘なら口を滑らしかねない。
「そんないじわるしませんの」、デレは頬を赤くして頬を膨らませた。
バカップルめいたやり取りをしながら、二人は石畳の道を進んでいく。




53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:01:41.07 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「くそ! ショボンのやつ、どこかに出かけていやがるお」

二人はショボンの書店についたがしかし、店主の青年は不在であった。
引き戸の鍵が閉められ、日本語で“休憩中”とのプレートがかけられている。
仕方なく、ブーンは郵便受けに本を入れておいた。ショボンならこれで大丈夫だ。

ζ(゚ー゚*ζ「これからどうしますの?」

( ^ω^)「とりあえず、昼食を摂るお。そこら辺のカフェに入ろう」

ζ(゚ー゚*ζ「分かりましたの」

( ^ω^)「ふふん。街の商店街に、僕が気に入ってるカフェがあるのだお」

ブーンとデレは、袋小路に背を向けて、ショボンの書店の軒先から去っていった。
時刻は十一時を過ぎたころ。昼食には少し早いが、店が混まないのに良い時間である。
カフェに入り、ブーンはトーストとコーヒーを、デレはパスタとぶどう酒を胃に入れた。




56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:02:49.41 ID:dRjj6WK10
ζ(゚ー゚*ζ「“赤い秒針はー そんなあたしをあざ笑ーってー♪”」

( ^ω^)(・・・・・・)

昼食を摂った二人は、海岸沿いを散歩している。青空にはカモメが飛び、波はおだやか。
透き通った海を眺めながらブーンは歩く。デレはというと、ギターを弾くふりをして唄っている。
アルコールの所為なのだろうが、ブーンはいささか引いている。でも、そんな彼女も好きである。
デレは陽気に唄い続ける。日本語の曲なので、ブーンにはさっぱり歌詞が分からない。

( ^ω^)「・・・一体、なんという曲なのだお?」

歩みを止めて、ブーンが訊ねてみた。デレも足を止めて、ギターを構えたまま振り返った。
ちなみに、デレは本物のギターが弾けない。俗にいう、エアーギターというものである。

ζ(゚ー゚*ζ「GO!GO!7188のC7って曲ですの。日本のポピュラーなバンドです。
       誰がなんと言いましても、ポピュラーなのです。ええ、人気です」

とにかく、人気があることを強く念を押す。デレのお気に入りのアーティストである。




59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:04:24.74 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「ふうん。ジャパニーズミュージックが好きとは、ショボンと同じだね。
      僕はマイナーな曲しか興味がないお。誰も知らないのに、優越感を覚えるお」

ζ(゚ー゚*ζ「例えば、なんですの? あたしは音楽にはちょっと詳しいんです。
       影仲間からは、歩くアーティスト辞書と呼ばれてるんですの!」

( ^ω^)「影仲間? ・・・まあ、良いお。僕はアルタンをよく聴くお」

ζ(゚、゚*ζ「アイリッシュ・トラッドですね。難しくて唄えないですのー」

( ^ω^)「おお、知っているのかお。あとはそうだね、FrouFrouとかも好きだお」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、それも知ってますのー。Must be dreamingが一等好きです」

( ^ω^)「ほう。僕もその曲が一番気に入っている」

デレは本当に音楽に詳しいようだ。とてもマイナーな楽曲も知っている。
影は歳を取らないので、音楽くらいでしか暇を潰せないのかもしれないが。
デレは歩き出し、高音が辛そうだが、優しく丁寧にブーンの好きな曲を唄う。




60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:05:25.76 ID:dRjj6WK10
ζ(゚ー゚*ζ「〜♪」

後ろ手を組んで、デレはたおやかに進む。彼女の小さな背中を見ている内に、
ブーンはいとおしくなった。不意にブーンはデレの腕を持って引き寄せた。
デレは驚いた表情でくるりと回って、ブーンの腕の中へと華麗に収まった。

ζ(゚、゚*ζ「どうしたんですの?」

( ^ω^)「デレ。来月に結婚しよう」

ζ(゚、゚*ζ「えっ。でも・・・」

周知の通り、デレは人間ではないため、婚姻などの手続きは不可能である。
そのことを気にして、彼女は視線を逸らした。しかし、ブーンは力強くいう。

( ^ω^)「別に手続きとかはいらないお。僕の君への愛は、半端なものではない」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさん」

「煩いな。魚が逃げてしまうだろう」




61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:06:48.37 ID:dRjj6WK10
しばらく抱き合っていると、注意の声が二人の耳に届いた。防波堤の向こう側からだ。
二人は目をぱちくりとさせてから、防波堤から身を乗り出して、声の主の姿を確認した。

川 ゚ -゚)「昼間の長閑(のどか)な雰囲気がぶち壊されたよ」

( ^ω^)「クー」

ζ(゚ー゚*ζ「クーさんですの。お久しぶりですー」

そこにはクーが居た。彼女はガダバウトチェアに座って、釣りをしていた。
上等な釣竿に、ふち付き帽子。なかなか様になっているのだが、服装が合っていない。
黒と白のゴシックドレスを身に纏っているのだ。よく見れば、帽子が斜めに傾いている。
ブーンには、彼女のファッションセンスが理解出来ない。彼は正直にものを申す人間だ。

( ^ω^)「変な服! クーのファッションセンスを疑ってしまうお!」

川 ゚ -゚)「君こそ、真昼間からスーツ姿で海辺を歩くなんて、正常とは程遠い」




63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:07:43.68 ID:dRjj6WK10
無職でスーツ姿のブーンは、服が汚れないように注意を払って防波堤を乗り越えた。
クーの隣に寄って、彼は挨拶を交わす。彼女はやや不機嫌な様子であった。
釣りを邪魔されたからか、それとは別なことが原因なのか。クーは釣り糸に目を向けたままだ。

( ^ω^)「君が釣りとはね。何か釣れるのかお?」

川 ゚ -゚)「ここ二週間ほどやってるけどね。魚が釣れた事は一度もないよ。
     別に釣れなくても良い。私は釣り糸を垂らしてるだけで充分なのだ。
     山中の邸で惰眠を貪っているより、遥かに健康的で有意義である。
     君もそう思わないか? ・・・ああ、良い良い。君に訊いた私が馬鹿だった」

( ^ω^)「・・・・・・」

一ヶ月前、会ったときにもしやと思ったが、クーは果てしなく口数が多いとみる。
素直な性格に違いないが、彼女とショボンが同時に居れば、きっとカオスになる。
なんて恐ろしい妄想! ブーンはかぶりを振って、脳内のイメージを払い去った。

( ^ω^)「釣りは、手が汚れるからしたくないお。それに臭いし」




65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:08:45.52 ID:dRjj6WK10
それを訊いたクーが、やっぱりと納得した面持ちで頷いた。

川 ゚ -゚)「ふん。君は潔癖症過ぎる。それで本当に生きて行けるのか。
     聞こえていたぞ。君達は、存在の違いを超えた結婚を考えているのだろう。
     多少の穢れや汚れは付き纏う物だと、私は考えているのだけれどね」

一陣の強い風が凪いだ。海に向かって垂れる釣り糸が、横へ横へと流される。
クーの長い黒髪が揺らされる。一体、彼女の胸中では何がざわめいているのか。
まだブーンに淡い想いを寄せているのか。デレの存在ををわずらわしく思っているのか。
一同は無言になる。やがて、風が止み、全ての動きが穏やかなものへと戻る。

川 ゚ -゚)「風立ちぬ。いざ生きめやもってね。私は適当に生きて行くさ」

ようやく、話題になりそうな詩句が出てきた。ブーンは小説をそこそこに好きだ。
人間関係を円滑に整えていく秘訣は、話題を探して盛り上げてやることである。
これは、ツンとの毎日のやり取りで得たコツだ。妹への恐怖感から生じたものだ。

( ^ω^)「堀辰雄の“風立ちぬ”、かお。あれは僕は好きではないのだお。
       なんてったって人が死ぬのだからね。思い出しただけで気分が滅入るお」




66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:10:09.55 ID:dRjj6WK10
・・・秘訣を把握していても不遜なブーンはしかし、まず否定から入ってしまう。
知人が極めて少ないのも頷ける。彼は、この先生きていけるのか不安が残る。
でも、クーは微かな笑みを浮かべた。そして、初めてブーンに顔を向ける。

川 ゚ -゚)「ヴァレリーの方だが。君は、えらくピュアなのだな。純情青年だよ」

( ^ω^)「その、ものの言い方。誰かに似てて嫌だお。やめてくれお」

やあやあ。純情ボーイ。脳の記憶を司る器官に、ショボンの小声がよぎる。
あれはどうして、あのような性格へと至ったのか。昔は不良だったくせに。
まあ、ショボンのことは置いといて、クーの冷たい表情が弛んだようにみえる。
こちらの方が誰だって話し易い。居づらい雰囲気が好きな物好きはいるまい。

( ^ω^)「クーは、どんな本が好きなのだお?」

適確な質問を、ブーンがする。クーは釣り糸に視線を戻して、ううむと唸る。




68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:10:39.53 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「ううん。私は基本的に雑食なのでね。何でも読むのだが。
     強いて云えば、ミステリーが好きかな。トリックが奇想天外な物ほど良い」

クーの答えに、デレが表情を晴れやかなものにさせた。デレもミステリーが好きだ。
そして、デレが初めて口を挟む。今まで、彼女なりに空気を読んでいたのだった。

ζ(゚ー゚*ζ「まあ! クーさんもミステリーが好きですの?」

川 ゚ -゚)「まあね。どの作家が好きだと問われると、返答に困ってしまうけどね」

ふっと、クーは髪を掻きあげた。その動作からは、彼女の気位の高さが見て取れる。
それから、クーとデレはミステリーについて語り合った。ほぼ、デレの一方的にだが。
時間の経過は留まることがない。従って、三十分ほど過ぎる。魚は一匹も釣れていない。
デレは、クーが広げてあったシートに座っている。潔癖症な青年は立ったままだ。

川 ゚ -゚)「気まぐれに、グレでも釣れると良いのだけれど。なんてね」




71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:11:52.38 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「そいつは磯に出なければ無理だお」

川 ゚ -゚)「いや・・・」

ブーンは、クーの高尚な冗談にはついてこれなかった。どうしてギャグが滑ったときは、
いたたまれなくなるのだろう。クーが恥ずかしげに頬を、人差し指で撫でる。

( ^ω^)「それにしても、今日は平和な日だお」

背筋を伸ばして、ブーンが言った。今日は天気がよく、時折吹く風も涼しげだ。
海は穏やか、打ち付ける波の音も心地よい。街で事件が起こっていないのも良い。
きっと、長い人生に於いて、最良に分類される日というものは今日みたいな日だ。

( ^ω^)「今日という日を小説で書き記したら、ほのぼのとしたものだろうね」

川 ゚ -゚)「中々に興味深いことを云う。だが、書き手は苦労するな。
     何と云ったって平坦なストーリーだ。面白くするのは至難の業だ。
     転結も考え難い。私なら、安易に何がしかの事件を起こしてしまうね」




72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:12:33.86 ID:dRjj6WK10
ζ(゚ー゚*ζ「でも、まだこの先事件が起こるかも知れませんの」

川 ゚ -゚)「それはそれは。そう云えば、君は探偵役に憧れていると、
      私の邸で宣(のたま)っていたね。同類を退治しているのだったか」

ζ(゚、゚*ζ「そうですの。かわいそうな人たちを鎮めているんですの」

川 ゚ -゚)「可哀想な人達ね・・・。君も、その内の一人だろうに」

ζ(゚、゚*ζ「あたしは――」

川 ゚ -゚)「いや、今のは聞かなかった事にしておいてくれ」

クーに断られたが、デレはまだ何か言いたそうにしていた。デレが俯く。
今の話題でブーンには思い出したものがあった。それとなく、クーに訊ねてみる。

( ^ω^)「・・・クーを起こしに来た人物は、二人の高校生くらいの少女じゃなかったかお?」




75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:13:27.04 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「はてさて、確かに二人の女性ではあったが、随分と年齢が違うね。
      一人は妙齢の女性で、もう一人は小さな女の子だったな」

( ^ω^)「ふむ」

それならば、よからぬことを企てているのは、佐藤と渡辺ではないのか。
しかし、少女たちへの疑惑が薄まったわけではない。佐藤は嘘を吐いたのだ。
まだまだ何かあるものとして、ブーンは佐藤と渡辺に再び会おうと決めた。

川 ゚ -゚)「む。そろそろ昼食にするか。おい、ドクオ。鞄から弁当を出せ」

( ^ω^)「ドクオ?」

ドクオとは誰だ? 他に、人物がこの場に居ただろうか。クーが釣竿を置いて振り向く。
その視線の先には、男性が居た。男性はシートの上に、デレの隣に座っている。
今までまったく気が付かなかった! だって彼は、とてつもなく影が薄いのだから!




77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:14:29.40 ID:dRjj6WK10
('A`)「・・・」

ドクオと呼ばれた男性は、クーにサンドイッチが入ったケースを手渡した。
彼はよれよれと皺が入ったスーツを着ており、髪は無造作に乱れていてみすぼらしい。
陰鬱とした顔付きで、体格は貧相である。ショボンとは別な意味で病的だ。

川 ゚ -゚)「彼は、私の召使いのドクオだよ。街で倒れていた所を拾ってやったのだ」

(;^ω^)「犬猫みたいに・・・」

川 ゚ -゚)「遅れたが、紹介してやろう。一度しか云わないからよく聞け。
      このやや肥えたのがブーン。陽気なのがデレだ。二人は、・・・私の友人だ」

('A`)「・・・・・・」

ドクオは何も言わない。ただ、隣に居るデレと、立っているブーンとを一瞥した。
普段はリアクションの大きい二人だが、流石に反応できない。彼の空気感はマジヤバイ。

川 ゚ -゚)「こら。君も自己紹介をしたらどうなのだ」




79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:15:10.30 ID:dRjj6WK10
('A`)「俺はドクオ」

クーに促され、ドクオはようやく口を開いた。風が吹けば消されるか細い声であった。
小さく頭を下げた彼を、ブーンはまじまじと高みから観察をした。
やはり身体つきは貧相なのだが、それなりに身長があるようだ。ブーンより頭二つ分は高い。
彼の背中には黒い翼がある。なんと、ドクオも影なのだ。影なのに影が薄いとはこれいかに。

( ^ω^)「彼も影なのかお。しかし・・・」

弱弱し過ぎる! ドクオとなら、純粋な力比べでも勝てそうだ。
しばらく、ブーンがドクオを見つめていると、彼はにこりと微笑んだ。

('∀`) ニコッ

(;^ω^)「うわあ」

うわあ、とブーンは感じた。いや、もしかしたら口に出していたかもしれない。
ドクオのアルカイックスマイルには、それだけの破壊力があったのだった。




82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:16:12.84 ID:dRjj6WK10
ζ(゚、゚;ζ「・・・」

その様子を見ていたデレは、なんとも言いがたい感情の色を示している。
他人を馬鹿にしてはいけない。ブーンはともかく、デレはそう思っている。
だがしかし、ドクオには不気味さがある。それでも・・・。デレは良心を強く持った。

ζ(゚、゚*ζ「ドクオさん。よろしくですの」

('A`)「よろしく。俺はクー様を守護するナイト、ドクオだ」

( ^ω^)「は? 騎士がどうしたって?」

不意に邪気眼でも発動したのか。ドクオはクーを守護していると言った。
クーはサンドイッチを持つ手を止めて、ブーンとデレに話しかける。

川 ゚ -゚)「おいおい。あまり虐めてやるなよ。彼にも暗い過去があるのだ。
      ドクオは私が助けてやってから、妙な使命感を持っていてね。
      私を守ることに、その命を懸けているのだ。困ったものだが」




85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:18:20.50 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「ふうん。クーも、変わった人間を召使いにしたお」

川 ゚ -゚)「一人で寂しかったから、話し相手に丁度良いさ」

そう言って、クーは昼食を摂り終えた。空になったケースをドクオに渡す。
彼は鞄にケースを仕舞うと、水平線に視線を向けて黙り込んだ。
再び存在感が消失する。ある意味ではドクオは、影と云えるのかもしれない。

川 ゚ -゚)「――さてと、腹ごしらえも済んだし、同族の姿でも拝見しに行くか」

釣竿を置き、クーが切り出した。立ち上がり、彼女はスカートに付着した埃を払う。
あまりにも唐突で、話に脈絡がなかったので、ブーンは不思議な面持ちをする。

( ^ω^)「同族? クーの知り合いかお」

川 ゚ -゚)「いいや。私は、デレとドクオ以外に、影の知り合いは居ない。
     今し方、街に呪いを仕掛けた影が登場したのだ。良かったな、デレ。
     事件が起こったぞ。これで、小説に華々しい結末が付けられそうだ」

ζ(゚、゚*ζ「えっ?」




87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:19:03.81 ID:dRjj6WK10
デレが素っ頓狂な声を出した。クーは、「やれやれ」と肩を竦める。
それから彼女は海原に向けて、やや芝居がかったように両腕を広げた。

川 ゚ -゚)「耳を欹(そばだ)ててみろ。波の音、風の音、その他諸々聞こえぬ。雲も流れぬ。
     時間が止まっているのだよ。誰かが、和やかな一瞬を正確無比に切り取ったのだ」

デレが海面を覗き込む。すると、確かに波が動きを止めていたのだった。

ζ(゚、゚;ζ「そ、そう言えば正午の鐘の音が聴こえませんでしたの!」

ブーンとデレは、十一時と少しのころに昼食をし、そのあとは海沿いを散歩していた。
そして、この場所でクーに出会って話した時間は、三十分をゆうに越えている。
平常ならば間違いなく正午を越しているのだ。しかし、時計塔の鐘の音は響かなかった。

( ^ω^)「これは事件だお! デレ。僕達が輝くときがやって来たのだお!」

川 ゚ -゚)「此処で歓喜の声を上げるか。変人め。内藤は、妙な具合に育った物だな」




88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:19:37.78 ID:dRjj6WK10
クーが幼少のとき出合ったブーンは、落ち着いていて多少なりとも理知的であった。
どこでどういう風に道を踏み外したのやら。クーは二人を置いて、歩き始めた。
それに気付いたブーンが、クーの肩を掴んだ。彼女は気色ばんで眉根を寄せる。

( ^ω^)「待ちたまえお。君はさっき、影の姿を拝見しに行くと言った。
       どうやら、影の居場所を既に把握しているようだお。
       良ければ僕達を連れて行って欲しい。そして、共に影を退治するのだお!」

川 ゚ -゚)「私が退治? 何を莫迦な。私は起こされてから、ずっと暇を持て余しているのだ。
     どのような輩が何をしようとしているのか、見るだけだ。単なるヒマ潰しだよ」

クーは影を退治する気などないらしい。興味があるから会いに行く、それだけのようだ。
ブーンも然ることながら、クーも変人的な気質を持っている。

( ^ω^)「じゃあ、君のあとを尾行するお」

川 ゚ -゚)「尾行・・・。大っぴらに云う事じゃないだろ。もう、勝手にしたまえ」




94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:24:08.67 ID:dRjj6WK10
話が纏まったのかどうかは不明ではあるが、ブーン達はクーの後ろをつけていく。
いつの間にかドクオが、折り畳んだシートと釣竿を持って、クーの隣に並んでいる。
彼女が街中の道に入る。僻遠の海辺とは違って人気がある。しかし、それは少し前までのはなし。
今や街の住人たちは、大理石の像のように活動を止めてしまっているのだった。
仕事中のもの、街を往くもの、ベンチで本を読むもの、すべてが動いていない。
まったくのしじまである。今息をしているのは、クーとドクオと、その後方のもの達だけだ。

ζ(゚、゚*ζ「今回の影は何を考えているのでしょう。正直、これはやり過ぎですの。
       呪縛の範囲は街一帯とみます。今は良いですが、その内に時間のズレが生じます。
       このままでは他の街の人達が気付いて、大事になってしまいますですの」

( ^ω^)「ふむ。一刻も早く、僕達がどうにかせねばなるまい」

ブーンとデレは街の様子を観察する。クーのときと比べて、遥かに術の範囲が広い。
街一つである。以前、影には強さがあるとデレが言っていたが、今回はどうなのか。

( ^ω^)「この影は、クーと同じくらい強いのかお?」

ζ(゚、゚*ζ「どうでしょう? 力をセーブしてる可能性があるので何とも言えませんが、
       街一つが限界であれば、そんなに強くありません。良くてビーランクです」




95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:24:46.37 ID:dRjj6WK10
(;^ω^)「ショボンも言っていたが、君達は、その、化け物みたく何でも出来るんだね!」

ζ(゚ー゚*ζ「クーさんに感謝しなければなりませんの。彼女は、とても優しい方です」

その気ならば、世界中の原子力発電所を爆発させられるなどと、クーは危険な言葉を口走っていた。
クーさんの心は宇宙の如く広大で、今もなおその広さを増している・・・・・・のかもしれません。
二人が話し合っていると、クーが道を右に折れて、大通りに出た。この道は街の中心部にある
広場へと続く。ご多分に漏れず、大通りの人間達は、皆一様に凍り付いてしまっている。

ζ(゚、゚*ζ「ちょっと不気味な印象を受けますの」

( ^ω^)「普段は活気のある場所だからね。仕方がないお」

クーが広場へと入る。赤茶けた煉瓦の敷き詰められた道を、ブーツが足音を鳴らしていく。
彼女より若干後ろを歩くドクオは、存在感を皆無にしてずっと前だけを見据えている。
こうして見れば、彼は本当にクーの召使いのようだ。職務をまっとう出来なさそうではあるが。

川 ゚ -゚)「ふむ。丁度、この辺りだな。力の中心――発信源である」




97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:25:49.49 ID:dRjj6WK10
クーが時計塔の側で足を止めた。ブーン達は探偵らしい尾行をやめて、彼女の元に寄る。

( ^ω^)「案内ご苦労だお。あとは、僕達に任せておきたまえお」

川 ゚ -゚)「君はプライドが有るのか無いのか、どっちなのだ」

ブーンは辺りを窺う。しかし、止まっている人間ばかりで、怪しい人物はいない。
クーが言うには、この場所が街全体を覆う、神妙不可思議な力の中心点だそうなのだが。
顎に手を添えて、ブーンが唸り声を上げていると、どこからか大声が響いてきた。

「はーっはっはっはっ! どこを探しているのだ! アタシはここに居るぞお!」

( ^ω^)「!」

声は噴水の方からだ。ブーンが振り向く。しかし、居ない。気のせいだったのだろうか。
いいや、確かに荒ぶる声が聞こえたのだ。少し顎を上げる。すると、ブーンは発見した。




99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:26:39.63 ID:dRjj6WK10
ノパ?゚)「やあやあ、面妖な諸君! こんにちは! ハッハッハっはー・・・!? げほおっ!」

噴水にある騎士像の上に女性が誇らしく立っていた――のだが、今は激しくむせている。
立ち位置だけで、彼女の強烈な個性が手に取るように分かった。ブーンは眉を顰める。

( ^ω^)(また変な奴がきやがって。正常なのは、僕とデレしかいない)

川 ゚ -゚)「貴様が大それた事を仕出かしたのか。とっとと大往生を遂げれば良い物を。
      おまけに、おかしな服装をしやがって。気品という物が、圧倒的に欠けている」


女性は、確かに見慣れない服装をしていた。袖がベルトでの取り外しが可能な白いシャツ。
そのシャツには英語の筆記体が、流れるようにでかでかと赤色でプリントされている。
下は黒色のパンツなのだが、幾つかの銀色のチェーンが太ももの辺りに垂らされている。
頭にはグレイを基調とした、タータンチェックのキャスケットを被っている。
正直、彼女のファッションセンスはよろしくない。髪が赤色なのもあって、合わない。
瞳が燃えるような赤色だが、これはカラーコンタクトでもしているのだろう。

ノハ;゚?゚)「お前が言うか! 夢見がちな、お姫さまみたいな格好をしてるくせに!」




101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:27:24.08 ID:dRjj6WK10
叫んで、子供向けのテレビに登場するヒーローのように、女性が地面に着地した。
華麗な跳躍だった。彼女はゆるりと腰を上げて、拳を握り、ガッツポーズを取る。

ノハ#゚?゚)「うおおおお! 高い所から飛んだから、腰が痛いいいいいいい!!」

(;^ω^)「なんだお、この人」

なんだこの人。周りには居ないタイプの奇人だ。ブーンは軽く身体を引いた。
とりあえず、彼女の背中には小さな霧状の黒い翼があるので、影なのは違いない。
だが、あまり関わり合いたくない。ブーンはクーに目線で合図を送ったのだった。

川 ゚ -゚)「嫌だよ。君達二人が、あのへんちくりんを退治するのだろう」

( ^ω^)「ちぇっ。僕は彼女と喋りたくないのだけどね」

ブーンは諦め顔で、女性の前に立った。彼女は女性にしては身長がある。
百七十センチメートルくらいだ。血色の良い彼女の顔を、ブーンが見据える。




102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:28:11.39 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「君。君が街をこんな風に変えたので間違いないね?」

じいんとする痛みを堪えていた女性が顔を上げる。そして、指をさして怒鳴った。

ノハ#゚?゚)9m「アタシは君などという名前じゃない! ヒートさんだ!
         火車(かぐるま)緋糸(ひいと)さんだ! よおっく心に刻んでいろ!」

ショボンが居れば苗字に突っ込んでいたヒートという女性は、日本人である。
相手が名前を名乗ったのだから、こちらも名前を告げなければならない。
妙なところで礼儀の正しいブーンが自身の名を言うと、彼女は不気味に笑んだ。

ノパ?゚)「ふうん。内藤ホライゾン、か。そうかそうか。へえええー」

( ^ω^)「含みのある言い方だお。もしかして、馬鹿にしているのかお」

ノパ?゚)「いいや。感心していただけだよ。地平線のかなたまで歩くってね!」




103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:29:07.89 ID:dRjj6WK10
ヒートは笑った。今気付いたが、彼女は左手に、分厚い辞書のような物を抱えている。
茶色い表紙の本だ。ブーンがそれに注目していると、ヒートが右手を胸の前に上げた。

ノパ?゚)「そう! アタシがこの街を、こんな風に変えたんだよ。コイツを使ってね」

言って、ヒートが右手をポケットの中に忍ばせた。中から出てきたのは懐中時計である。
銀色に輝く、特に装飾が施されていない陳腐な懐中時計だ。時計の針は止まっている。
それを見たクーが、薄ら笑いを浮かべた。彼女は、懐中時計の正体に気付いたのだ。

川 ゚ -゚)「成る程。時止めの力の発生源は、その懐中時計なのだね。
      自分が造ったのか? 君には、それほどの力は無いように感じるが」

著しく自尊心を傷付けられたヒートは、ムッと露骨に嫌な顔をあらわにした。
子供っぽい彼女は拗ねた面持ちになって、視線を何もない風景へと遣った。

ノパ?゚)「・・・・・・先週、この街を初めて訪れたとき、同類に貰ったんだよ。
      親子のようだった二人の影にね。一騒ぎ起こしてみないかって」




104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:30:25.83 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「なに?」

川 ゚ -゚)「ほう」

それは、クーを長い眠りから起こした二人の影達と、同一人物なのではないか。
あれこれ思案し始めたブーンを置いといて、クーはヒートとの会話を進める。

川 ゚ -゚)「ならば、ヒートではなく、魔性の懐中時計がした事なのだな」

ノハ#゚?゚)「違う! 時計じゃなく、アタシの心がやったんだ!」

負けじとヒートは反論する。冷淡なクーと怒るヒート。水と油のようである。
どちらに分があるかはまだまだ分からないが、今のところクーが優勢だ。
しかし、一つ大切なことがある。クーは彼女を退かせるつもりなど毛頭ないのだ。

川 ゚ -゚)「向きになるな。私は君の事など、どうでも良いと思っているのだよ。
     ただただ、傍観したいだけだ。私の召使いのドクオも同じである。
     君と争いたがっているのは、此方に居る内藤とデレなのだ」




105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:30:52.44 ID:dRjj6WK10
クーは手を上げて、ブーンとデレを紹介した。ブーンがキリッとした顔付きになる。

( ^ω^)「そうなのだお! 僕達はヒートを止めなくてはならない!」

ζ(゚ー゚*ζ「ですの。ヒートさん。どうか、心を鎮めてくださいですの」

デレがなだめるが、ヒートには通用しない。反論を強めてしまうだけである。

ノハ#゚?゚)「いやだね。アタシはこれを契機に、世界中の時間を止めてやる気だ!」

全世界の時計の針の動きを止める。それは、全ての進化が途絶えた素敵な世界!
ぎりぎりと、ヒートが懐中時計を握り締める。彼女の決心は強固なものだ。
互いに相容れなく、話が終わらない。ブーンは「ビシイ!」っと指を突きつけた。

( ^ω^)9m「鎮まりたまえお! ヒート! 僕が君を往生させてやる!」

ノハ;゚?゚)「なっ!?」




108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:31:32.57 ID:dRjj6WK10
突然、指を差されたヒートは身体を仰け反らせた。凄まじい威圧感がある。
影に地面に膝を付かせられるのは、万物の法則にはない愛の力のみである。
ブーンは腕を下ろす。大きく息を吸って空気を肺に満たし、言葉を紡ごうとした。

( ^ω^)「・・・・・・?」

だがしかし、次にかけるべき言葉が見つからなかった。それも当然の話だ。
ブーンは、ヒートに何があったのか知らないのだから。心の旅などしていない。
彼は隣に立つデレを見る。彼女は手と顔を横に振った。心当たりはないらしい。

( ^ω^)「クー」

クーに呼びかける。すると、彼女は口元を若干弛ませて、ほくそ笑んだ。
察するに知らないか、知っていても言わない気概だ。役に立たない人間め。
ブーンは舌打ちして、ついでにドクオに振り返った。彼は破顔一笑した。

('∀`) ニコッ

ドクオは視線を与えられると嬉しいのだろうか。・・・そうだ。そうに違いない。
面白いことが判明して苦笑したブーンは、巡りめぐってデレに顔を向けた。
彼女は手と顔を横に振る――つまり、ヒートを打破する術を持ち合わせていないのだ。




109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:32:25.35 ID:dRjj6WK10
(#^ω^)「だあああああ! どうするのだお! 何か妙案がないのかお!」

ζ(゚、゚;ζ「あたし達は、犯人に会うことだけに夢中になっていましたの・・・。
       今は、ヒートさんを落ち着かせるための言葉や物が分かりません」

そういう結論に至ったブーンとデレは、がっくりと肩を落とす。
この状況。悪役は高らかに笑い声を上げるものである。ヒートも例外ではなかった。

ノハ*゚?゚)「あははは! 茶番劇だったね! お前達ではどうすることも出来ない!
      一人の人間と、三人の影。面白い組み合わせで楽しいけれど、
      全員アタシが始末してやる! 時止めではない。アタシ流の呪いで!」

川 ゚ -゚)「こら、待て。何故に私も入っているのだ。私はただの傍観者なのだよ」

ノハ#゚?゚)「知るもんか! さっき、アタシを侮辱した罰だ! 裁きを下してやる!」




110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:33:04.90 ID:dRjj6WK10
ヒートは左手の辞書を、己の胸の高さまで浮かべた。そして、両腕を広げる。
手を触れていないのに、ペラペラと音を立てて、ページが捲られていく。
やがて白紙の頁で止まった。彼女は、ポケットから一本のボールペンを取り出した。

ノパ?゚)「アタシの呪いを解くのは、黄泉比良坂を引き返すよりかは簡単で、
     セフィロトの樹を正確に描ききるよりかは難しい!」

川 ゚ -゚)「それらに、どういう繋がりがあるのだよ・・・」

ヒートが、ボールペンの先をページに置いた。綺麗とは言い難い字で、文章が書かれる。

ノパ?゚)「名前というものは大切なものだ。簡単に名乗るものじゃない。
     アタシは、お前達四人の命を頂いた。永遠にこの本の中で生きるんだ。
     光栄に思え! アタシが書く物語は、何よりも素晴らしいものなんだよ!」

文章の終わりに句点を置いて書ききると、ページからまばゆい光が放たれた。
光はこの場に居る全ての者たちを包む。それに次ぐ異変は、すぐさま起こった。
ヒート以外の人間の身体が半透明になり、文字の羅列が浮かんで来たのである。




111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:33:51.14 ID:dRjj6WK10
(;^ω^)「これはどういうことだお!?」

ζ(゚、゚;ζ「あたし達が文章化して、本の世界に閉じ込められてしまうのです!」

川 ゚ -゚)「やれやれ。はあ、やれやれ。私を面倒な事に巻き込むなよな」

('A`)「・・・・・・」

各々思い思いにどよめく三人に向けて、ヒートが力強く指差す。

ノハ#゚?゚)9m「現実世界でのお前達の物語は――これで終わりだあ!!」

了。分厚い本がパタンと閉じられた。ブーン達は本の中に吸い込まれてしまった。
・・・クーを一人だけ残して。彼女の力は恐るべきものである。格の違いだ。
しかし、クーにもヒートの呪いは確実に進んでいる。もって数分だろう。
文章化されていく彼女は、虚しい速度で一歩一歩ヒートへと歩み寄っていく。
恐れをなしたヒートは、じりじりと後退する。この頂点を極めた気狂いめ!




112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:34:37.12 ID:dRjj6WK10
ノハ;゚?゚)「・・・化け物! こっちに来るな! アタシに近寄るな!」

川 ゚ -゚)「私には分かっている。君は、他人に危害を加えるのは初めてだ。
      ほら。この期に及んで君の手が震えている。寒さで悴んでいる訳ではあるまい」

ノハ;゚?゚)「っ!」

図星を指されたヒートは、ハッとして右手をポケットの中に隠した。
後ずさりしていると、かかとに硬い物が当たった。噴水の囲いだ。
クーから逃げられる隙を見出せない。ヒートは石造りの段に尻を着かせた。

川 ゚ -゚)「在世中、君には辛い事があった。・・・それは私とて同じ事だ。
      けれど、私は日々を穏やかに生きられている。どうしてか分かるかい?」

高みから、クーはヒートに顔を近づけた。鼻先と鼻先が触れ合う距離である。
緊張が頂点に達したヒートは、青い顔をしてゆっくりと小さく首を横に振った。

川 ゚ -゚)「釣りが楽しいからだ。釣れた試しが無いがね」




114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:35:37.61 ID:dRjj6WK10
ノハ;゚?゚)「・・・・・・は?」

顔が離れた。ヒートの視界が広がる。文章は、クーの身体をほとんど埋め尽くしている。
もうお終い。クーは、ヒートが大事そうに持っている本の中へと吸い込まれて行った。
広場に静寂が訪れる。生きた心地がまったくしなかったヒートは、大きく息を吐いた。
呪縛が成功して、優位に立っていたにも関わらず、ヒートは気圧されてしまったのだ。
正真正銘の化け物だ。きっと、自分よりも数倍辛い死に方をしたに間違いない。

ノパ?゚)(でも)

自分だって、こうして悔恨の二十一グラムになるほどに、とても苦しんだのだ。
ヒートは凍てついた景色を眺めた。人間には果てしない恨みがある。これで良い。
世界がどうなろうが構わない。ようやく緊張が解けたヒートは、本を開いた。

この中に綴られた物語は、ヒートが生前から構築してきたものである。
何一つ事件が起こらず、読むものを嫌な気持ちにさせる登場人物も出てこない。
理想の世界なのだ。ヒートは辛いときや苦しいときに、ひたすた書き上げてきた。
結末も考えていない。永遠に続く楽しい世界があります。アタシはボールペンの先を、
文章の最後の文字の下に添えました。ららら、万感の想いを込めて、書いていきましょう。

ノパ?゚)(・・・・・・)

素人小説だろうが、皆書きたいことは同じである。自分の気持ちや考えを伝えるのだ。
この破天荒な話だってそう。ヒートは一度躊躇ってから、正直に気持ちを記し始めた。




116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:36:16.04 ID:dRjj6WK10
―3―

( ^ω^)「クー。起きるのだお。いつまでも寝ている暇はない」

川 - -)「・・・んん。喧しいな。君に指図される覚えはない」

ブーンに肩を揺らされて、クーは瞼を開けた。眩しい白い光が瞳孔を刺激する。
他の三人よりあとから本の中に封印されたので、クーが最後に目を覚ましたのだった。

( ^ω^)「ふん。クーも意外と寝起きが悪いお」

ζ(゚ー゚*ζ「良かったですのー。なかなか起きないので心配しました」

川 ゚ -゚)「私が死ぬ訳が無いだろう。何と言ったって、一度死んでいるのだからな。
     まあ、身体の何処かを打てば痛みは有るがね。神経とは真に邪魔な物だ」

くどくどと長い台詞を、クーが吐いた。いつも通りなので異常はないようだ。
しかし、何かがおかしい。彼女は自分の身体に異変めいたものを感じ取った。
それはすぐに気付いた。自分の身体が、横になりながら宙に浮いているのである。
前を向けばドクオの顔が近くにある。これはつまり、ドクオに抱き上げられているのだ。
巷で猛烈な支持を得ているお姫様抱っこである。一瞬で、クーの顔から血の気が失せた。
常に冷静沈着な彼女だが珍しく激怒し、ドクオの顔を押して矢継ぎ早に命じる。




118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:36:56.97 ID:dRjj6WK10

川 ゚ -゚)「いつ私に触れて良いと言った! 下ろせ! 今すぐ下ろせ!
      さもなくば、永久に続く苦しみを貴様に与えてやる! 地獄その物だ!」

あまりにもクーが滅茶苦茶に暴れるので、ドクオは彼女を地面に下ろした。
地に足を着けたクーは、顔を上げてドクオを睨み付ける。頭から蒸気が出ている。
高貴な彼女は、屈辱的なことをされたのだ。クーと視線が合った彼は、かぷかぷ笑ったよ。

('∀`) ニコッ

ドクオは殺されかけたよ。平常時は存在感のない彼だが、ここぞというときは違う。
誰よりも目立つ。ドクオはクーに勢い余って殴られ、目に青あざを作ってしまった。。

( ^ω^)「おいおい。漫才なら、都会のホールを借りてやってくれたまえお」

川 ゚ -゚)「したくてしたのではない。ドクオが悪いのだよ」

ζ(゚、゚*ζ「それにしても、本当に本の中に閉じ込められてしまったのですね」




119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:38:03.08 ID:dRjj6WK10
デレは鹿爪らしい顔で、四方をねめまわした。見渡す限りの草原である。
ソーダを溢したような青い空に、綿菓子に似た雲。遠くでは鳥の群集が羽ばたいている。
牧歌的、といったところだろうか。暖かい日差しが降り注いで、空気はきれい。
日々の生活に疲れた人間に見せれば、誰もが口を揃えて「住みたい」、と漏らすだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「こんな素晴らしい風景を、文章で生み出せるなんて、
       もしかしたら、ヒートさんは悪い人じゃないのかもしれませんの」

( ^ω^)「しかし、彼女は街と僕達を手にかけた。これは紛れもない事実だお」

ζ(゚、゚*ζ「・・・ですの」

デレはしょんぼりとして俯いた。そんな彼女の頭を、ブーンは優しく撫でる。
二人の愛の溢れる行為を横目で見て、クーはどことなく嫌みを含んだ口調で言う。

川 ゚ -゚)「そんな事をしている場合かね。私達は外の世界へ帰らなくてはならない。
      こうなってしまっては仕方が無い。私も君達に手を貸してやろう」

( ^ω^)「お! いいね! 持つべきものは友人だお!」




122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:38:48.64 ID:dRjj6WK10
「友人ねえ」、とクーは目を閉じた。これからどうしたものか。一同は思考する。
デレに訊けば、完全な呪いは存在しないらしく、無駄な綻びが付き物だという。
不完全を完全に見せるのが、影のやり口だそうだ。ヒートはどんな綻びを承知しているのか。


川 ゚ -゚)「此処でこうしていても時間の無駄だ。取り敢えず、この世界を探索するぞ」

( ^ω^)「うむ。物語ならば、何らかの人物が存在しているお。
      そのもの共に出会って、情報を聞き出してみるのが良いかもしれない」

そう決めて、ブーン達は道なき草原を進むことにした。ブーンを先頭に、一向はひたすら歩く。
この世界は時間が流れないようだ。いつまで経っても、青空がオレンジ色に染まらない。
恐らく、ヒートが時間を経過する表現を書かないことには、時間が流れない仕様だ。
とすると、彼女は自分達を思いのままに操れるのではないか。何とも恐るべき術である。

ζ(゚、゚;ζ「どこまで歩いても、同じ風景が続きますの」

川 ゚ -゚)「物語の創造者は、文字を綾なす能力があまり無いようだ。
     つまらん。こんな話を作るなんて、全くつまらなさ過ぎる」




124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:39:28.65 ID:dRjj6WK10
何時間ほど歩いただろうか。ブーン達は、ドクオが持っていたシートを広げて休憩している。
デレの他は、活動的とは言いづらいもの達ばかりなのだ。疲労が足に来ている。

(;^ω^)「喉が枯れてしまったお。何か飲み物を持っていないのかお?」

川 ゚ -゚)「鞄にティーが入った水筒があるが、問題が一つだけある」

( ^ω^)「なんだお?」

川 ゚ -゚)「私が口を付けた後なのだ」

( ^ω^)「僕は一向に構わん。ドクオ。水筒を出せお」

川 ゚ -゚)「やめろ。君はデリカシーが欠如しているね。少しは考えてから物を云え」

いがみ合う二人。ドクオは様子を窺いながら、鞄から水筒の出し入れを繰り返している。
いつまでも進展がなければ苛立つものである。デレが珍しくたしなめるように言った。

ζ(゚、゚*ζ「あの、こんな時こそ落ち着かないといけませんの。仲良くしてください」




125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:39:57.46 ID:dRjj6WK10
ブーンとクーは黙り込んだ。鶴の一声、とまではいかないが効果があったようだ。
自己主張の強い人間が集まれば大変だ。ドクオは水筒のティーを飲みつつ口を開く。

('A`)「・・・デレさんの言う通りだ。俺達は結束を強めなければならない。
    そうしないと、ここで一生を過ごす事になる。クー様も内藤も手を取り合って。
    微力ではあるが、俺も手伝おうと思っている。ヒートさんを放ってはおけない」

川 ゚ -゚)「ドクオ」

( ^ω^)「君・・・」

コップに入ったティーを飲み干して、ドクオは鞄に水筒を仕舞った。
口数の少ない彼だが、言うべきときは言うようだ。今は凛々しい顔をしている。

('A`) キリッ

川 ゚ -゚)「いやいやいやいや。貴様。今、一体全体何を仕出かしたのだ?」

(;^ω^)「よくもまあ、しれっと。こいつ、とんでもない人間だお・・・」




127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:40:52.83 ID:dRjj6WK10
再び、場がぎゃあぎゃあと荒れ始めた。ドクオが無駄に存在感を放った所為だが。
デレは耳を塞いでやり過ごす。陽気な彼女でも、流石についていけなかった。

ζ(>o<;ζ「もう! ツンさんかショボンさんが居てくれたら良いのにっ!」

強烈な個性を放つ人間達は、誰か絶大な権力を持つ人間が居ないと、収拾がつかない。
デレが天に助けを乞う。すると、願いが届いたのかは知らないが、まともな人物が現れた。

(,,゚Д゚)「おい。お前達が、ヒートさんにこの世界に送られてきた人間だな?」

ζ(゚、゚*ζ「え」

声に気付いたデレが見上げると、そこには筋骨逞しい男性が自分達を見下ろしていた。
デレの驚きが、他のもの達にも伝播して騒ぎは収まった。皆、男性を注目する。

(,,゚Д゚)「俺はギコだゴルア。ヒートさんに、お前達に“挨拶をするよう書かれた”んだ。
     お前達の名前は知ってる。内藤、デレ、クー、ドクオだろう」




128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:41:38.52 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「君はこの世界の住民かね。丁度良い。此処から出る方法を知らないか?」

クーはギコという大男に、直球に脱出方法を訊ねた。ギコはしかし、首を傾げる。

(,,゚Д゚)「さあね。所詮、俺はこっちの人間だから知らん」

ぶっきらぼうに答えて、ギコはまるで丸太のように太い腕を組んだ。
「ガチムチ」。ニュー速を知っていたあたり、インターネットに詳しそうなブーンの脳裏に、
ふとそのような言葉が浮かび上がった。ギコはいい男である。見惚れそうになる。

(;^ω^)「はっ!? いかん、危ない危ない危ない危ない・・・。
      僕は何を考えているんだお。彼はただの筋肉だるまじゃないかお」

ζ(゚ー゚*ζ「? ギコさんは挨拶をしに来ただけですの?」

(,,゚Д゚)「いや。どうやらお前達に、この世界を案内せねばならないらしい。
     ヒートさんが書く文章は絶対なんだ。俺には逆らうことは出来ん」




130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:42:17.06 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「怪しいな。ヒートが私達を案内して何の得があるというのだね。
      まさか、この世で生きる為に案内するのではあるまいな」

さもありなん。何故、ヒートがギコに案内を命じたのか。罠の可能性がある。
クーは、彼女の手のひらの上で踊らされている感じが、とても気に喰わなかった。

(,,゚Д゚)「それも分からんゴルア。とにかく、俺の話が進まないからついて来い」

ブーン達一行は、ギコのいうことを本当に信じても良いか、それぞれ顔を見合せた。
・・・ここでこうして座っているよりも動いた方が良い。クーの意向に賛同した。
四人はゆっくりと腰を上げた。ドクオがシートを折り畳んで小脇に抱える。

(,,゚Д゚)「おっ? やっとその気になったか。あんまり手間取らせるなよな。
     じゃあ、行こう。場面を変えるのには、ちょっとしたコツがいるんだ。
     ページを捲る要領でな。目を瞑って、あっという間に俺の街に到着とくらあ」

ギコが言った通り、ブーン達はあっという間に街の喧騒の中に降り立った。
それは魔術みたいで驚いたが、ギコからすれば単にページを捲っただけなのだろう。




131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:43:17.24 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「ふん。此処がギコの住む街か。何という名称の土地だ?」

(,,゚Д゚)「アスキイアートだゴルア。この世界にはここにしか街がない。
     俺達は、ヒートさんが作り出したこの街で、ずっと暮らしているんだ。
     ・・・良い街だよ。諍いがない、食い物はうまい、皆のんびりとしている」

「良い街」と称する割には、ギコは嬉しそうではなく、憂いを秘めた表情である。
ブーンはそんな彼に目を遣ってから、アスキイアートという街の様子を眺めた。
この街はブーン達が住むビップと大して変わらない。石畳の道。石造りの建築物。
鑑みるに、ヒートはもしかしたら、ブーン達の住む街を気に入ったかもしれない。
ただ、家々が密集していて人通りが非常に多い。喧騒なことおびただしい。
それでも怒声はなく、通行人達は一様に陽気で、笑顔の絶えない人間ばかりである。
汚点が一つもない街なのだ。ヒートの幻想は穢れを知らず、たおやかなのだった。

( ^ω^)(だが、クーの言う通り、つまらんね。欠伸が出るくらいに)

(,,゚Д゚)「まあ、腹ごしらえすると良い。見たところお疲れのようだしな。
     俺の家は商店街の中にあって、食事処をやってるんだ。和食のね」




132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:44:05.57 ID:dRjj6WK10
川 ゚ -゚)「和食の? へえ、ヒートはリアリティを大事にしないらしいな。
     それが悪だとは一概には言えないがね。しかし、この街並で和食は無い」

クーは、ヒートの考えた設定をこき下ろす。彼女は事件に巻き込まれて機嫌が斜めなのだ。
ひねもす釣りをしている予定だったのに、ブーン達と関わった結果がごらんの有様だよ。
本当に最悪。あの時、ブーンの尾行を断れば良かったのだ。クーはブーンを一瞥する。
彼は微笑みをくれており、緊張している感じはしない。本当に肝っ玉の太い人間である。

( ^ω^)「いいね! 僕達は腹がすいていたところだお! 案内したまえ」

ζ(゚ー゚*ζ「あたし、和食は好物ですの。ざるそばが食べたいですー」

川 ゚ -゚)(・・・・・・)

ブーンとデレは肩を並べてはしゃぐ。実にお似合いのカップルだ。
もう、そこに入り込む余地はない。・・・クーは複雑な想いの中で、諦めた。

川 ゚ -゚)「うむ。馬鹿が、手持ちのティーを飲み干した所為で、私は喉が枯れている。
     早々に連れて行ってくれ。だけど、お金を持っていないが大丈夫かね?
     まさか、こちらと現実世界との通貨が同じ訳ではあるまい」




133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:44:39.58 ID:dRjj6WK10
(,,゚Д゚)「金なんていらねえよ。アスキイアートには争いになりかねない要素はないんだ」

川 ゚ -゚)「それはそれは。素晴らしい事だね。うん。本当に素晴らしい」

なんと清い世界なのだ。クーが含みのある言い方をして、二三度ほど軽く手を叩く。
それから、ブーン達はギコに連れられてこの場を後にした。どの道でも人通りが多い。
しばらく歩いて、ギコの家へとたどり着く。食事処の外観は、ショボンの書店と似ていた。

(,,゚Д゚)「おおい。しぃ。別世界の人間達を連れて来たぞ」

(*゚ー゚)「お帰りなさい。ギコ君」

ガラガラと音を立てて、ギコが引き戸を開けると、若い女性が声をかけて来た。
しぃという女性は、古臭い木目調のテーブルを、布巾で拭いていたところだった。
布巾をテーブルの上に置いて、しぃはブーン達の前に来て、深々と頭を下げた。




135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:45:07.28 ID:dRjj6WK10
(*゚ー゚)「どうも、ようこそいらっしゃいました。どうぞ椅子に座ってください」

促されて、四人は席についた。ブーンとデレ、クーとドクオの組み合わせでテーブルを挟む。
食事処と言っても、席はこれ一つしかない。商売の必要がないので当然のことか。
しぃは奥の部屋へと消えて行った。ブーンは隅のスツールに座るギコに話しかける。

( ^ω^)「今のは、ギコの細君かお? なかなかに美人じゃないかお」

(,,゚Д゚)「そうだよ。俺としぃが、ヒートさんの物語の主人公なんだぜ」

ζ(゚ー゚*ζ「そうだったんですの。ヒートさんが描く話はどんなのですの?」

デレが訊ねると、ギコは足を組んでふんぞり返った。

(,,゚Д゚)「特別な事件が起こらん話だ。毎日が平凡。楽しい毎日だよ」




136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:45:55.39 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「・・・それは楽しいというのではなくて、退屈なのではないかお」

(,,゚Д゚)「・・・・・・」

ギコは言葉を失った。その通りだと思う自分が、心の隅に居たからである。
ふと訪れた沈黙。天使が通る。ギコは目を瞑って、静かに口を開いた。

(,,-Д-)「・・・魂を持っているのは人間だけじゃないんだよ。ありとあらゆる物に宿る。
     お前達は、物をぞんざいに扱っていやしないか? 今に罰が当たるぞ。
     小説の登場人物だって、そうだ。描かれたときに生命が吹き込まれるんだ。
     俺達はここで、こうして生きている。文章上のキャラクターに過ぎないが、
     生き生きと書いてくれ。一切の妥協を許さんでくれ。たとえ、中途で頓挫してもな」

ブーンは、自分の部屋の片隅に置かれてある、飾りと化したギターを思い出した。
あれにも、魂が宿っていて自分を見ているのだろうか。ならば、どのような風に?
それは分からない。自分はギターではないのだ。しかし、良くは思われていないはずだ。

( ^ω^)「ふん。それは作者であるヒートに言ってくれお。僕が作者ではない」

(,,゚Д゚)「そうだな。取り敢えず、心理描写とキャラクター立てをしっかりしてくれないかな。
     俺達はみんな、なんだか薄っぺらいんだよなあ。ヒートさんに伝わって欲しいね」




137: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:46:55.29 ID:dRjj6WK10
そうしていると、しぃが料理を載せたお盆を持ってやって来た。味噌汁とご飯だ。
非常に簡易な料理だが、文句は言えない。テーブルの上にそれらが配膳される。

(;^ω^)「また箸かお。これは使いにくくてありゃしないのだお」

川 ゚ -゚)「私も使えんな。すまないが、スプーンを持って来てくれ」

しぃがまた奥へと戻っていって、スプーンを三本持ってきてくれた。
ブーンとデレとクーの分だ。ドクオは、存在を気付かれなかったようだ。
スプーンをデレは渡されたがしかし、彼女は箸を器用に使って食べ始めた。

ζ(゚ー゚*ζ「やむやむやむやむやむやむ♪ (おいしいですの♪)
       日本の料理は、一度日本を旅していたときにハマりましたの」

川 ゚ -゚)「ふうん。私は邸に幽閉されていたから、日本に行った事がない」

( ^ω^)「和食は時々ツンが作ってくれるお。朝にてんぷらとかね・・・」

('A`)「・・・・・・俺の分はなしか。別に良いけど」




138: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:47:20.87 ID:dRjj6WK10
―4―

四人は軽い食事を終え、人心地ついた。ご飯と味噌汁は美味しかった。
ヒートが日本人であるから、きっと適確に表現が出来ているからだろう。
しぃが洗い物をして、ギコの元に来る。ギコは「よし」と呟いて、腰を上げた。

(,,゚Д゚)「そんじゃあ、案内の続きをするぜ。俺達の出番はまだあるんだ」

(*゚ー゚)「今から、私達の始まりの場所にお連れいたします」

ζ(゚ー゚*ζ「始まりの場所?」

(,,゚Д゚)「この物語が始まった場所だよ。俺としぃが出会った場所でもある」

( ^ω^)(・・・・・・)

一体、ヒートは何を考えて、ギコとしぃに案内をさせるのか。ブーンは考える。
何か意味があるのには違いないのだ。そうでなければ、おかしい話なのである。
扉を開けて、外へ出て行くギコとしぃの背中を追って、一向は続いていく。




139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:47:54.91 ID:dRjj6WK10
(*゚ー゚)「ヒートちゃんはね、生前はいじめられていたの」

ζ(゚、゚*ζ「いじめ、ですの?」

目的地へ向かう途中、しぃが言った。それは、ヒートの情報に関わるものであった。

(*゚ー゚)「そう。変わった女の子だからね。やっぱり目立ってしまうの」

川 ゚ -゚)「成る程。有り得る話だ。苛めを苦にした自殺と云った所だろう」

しぃは頷く。ヒートは声が大きく、気性も荒々しかった。人間社会では、
目立つ人間は周りの人間から疎ましく思われるものだ。特に、日本という国では。
ブーン達は石畳の長い階段を昇る。やはりここも人の数が多い。寂しさとは無縁だ。

(*゚ー゚)「このほのぼのとしたお話を書いて、ヒートちゃんは心の安寧を保っていた」

('A`)「・・・俺も私小説を書くのは好きだったよ。俺はバトル物だったが」




140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:48:19.65 ID:dRjj6WK10
しぃは吃驚した。ドクオの存在に、今更気付いたからだ。普段は影が薄い。
先ほど、彼の分のご飯を出していなかった。青ざめた顔で、しぃは謝った。

('A`)「良いよ。俺の事は居ない物だとしておいてくれ」

にこりと笑って、ドクオは髪の毛を指ですいた。あまり格好はよろしくない。
ひたすら謝ったあと、しぃは話を戻す。貴重なことなので、全員耳を澄ます。

(*゚ー゚)「今から、十数年も前のことでした。ヒートちゃんは耐え切れなくなって、
     電車に飛び込んだのです。突然の出来事で、この世界が珍しく揺れました」

(;^ω^)「電車!?」

唐突に、ブーンが大きな声で叫んだ。足を止めたしぃ達は彼へと振り返る。
ブーンは全身を粟立たせて、遠くを見つめながら立ち尽くしている。
電車がどうしたのだろう。デレが心配そうな眼差しで、彼の顔を覗き込んだ。。

ζ(゚、゚*ζ「大丈夫ですの? どうしたんですの?」




141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:48:55.56 ID:dRjj6WK10
「いや」、とブーンは首を振って歩き始めた。訝しげつつも、他のもの達も足を動かせる。

(*゚ー゚)「私達は、物語が終わるものだと思っていました。ですけれど、それは違った」

川 ゚ -゚)「ヒートは影となったのだね。そして、再び筆を進めた」

(*゚ー゚)「はい。不思議なこともあるんだなあ、って思いました。
     あれから、ヒートちゃんは旅をしながら物語を作って行きました」

どこまでも、ヒートののんびりとしたストーリーが綾なされていく。
留まるところを知らない。辛さを乗り越えるための、優しくも孤独なうた!
独創性はない。特別な技巧もない。ただただ、書きたいものを書くという執念。

(,,゚Д゚)「着いたぜ。ここが全ての始まりの場所だ」

ギコに連れてこられた場所は、街の高台にある広場だった。地面は舗装されていない。
単なる書き損じだ。素人の小説にはよくある。ベンチが幾つかある円形の広場である。




143: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:49:39.39 ID:dRjj6WK10
(,,゚Д゚)「おう! あそこだ。あのベンチで、俺としぃは出会ったんだ!」

目当てのベンチに駆け寄って、ギコは座った。体格の良い所為で、滑稽な姿である。
しかし、いい男の姿でもある。彼は両腕をベンチの背もたれに乗せる。やらないか。

(;^ω^)「や、やらないお!」

(,,゚Д゚)「あん? まあ、良いや。俺はここでギターを弾いていたんだ」

川 ゚ -゚)「君がギターを? 意外な設定過ぎて驚嘆を覚えるよ」

(,,゚Д゚)「うるさいなゴルア! ま、見ておけ。一曲唄ってやる」

ギコはギターを構えるふりをして、歌を唄い出した。見かけによらず美しい声だ。

(,,-Д-)「ラララララー、ラララララー、ラララ、ラーラー♪」

(*^ー^)「そう。そう・・・この歌でした。よく覚えているわ。
      曲名はヒートちゃんにしか分からないけど、綺麗な曲なの」




145: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:51:20.76 ID:dRjj6WK10
しぃが嬉しそうにする。ここで歌うギコの前で足を止めたのが、出会いなのだった。
今でも忘れられない記憶の、物語の一ページめ。それは鮮烈に脳に残っている。
歌を唄い終え、ギコは腕を背もたれに戻した。彼もしぃと同じく微笑んでいる。
穏やかなときである。天からそそがれる陽射しが広場を包む。――と、その瞬間。
ギコとブーン達の目の前に、小さな丸い光の玉が浮かび上がった。白色に輝いている。

( ^ω^)「なんだお? これは」

ζ(゚、゚;ζ「こ、これは記憶の欠片ですの! ヒートさんの追憶です!」

川 ゚ -゚)「こんなのが在るから、影は完全ではないのだよ。内藤、それに触れてみたまえ」

クーにさとされ、ブーンは恐る恐るゴルフボールほどの大きさの光の球に触れた。
手に温もりが伝わる。いつか握った母親の手の温もりに似ていた。光の弾が、手に包まれた。

(;^ω^)「っ!?」

すると、ブーンの脳内に連続的にイメージが映った。それは、いつのことだっただろうか。
ヒートが物語を書き始めたころの話である。さあ、心をうつほにしたまえ。
君には心の旅をしなくてはならない。ブーンは深いまどろみの中へと沈んで行った。




147: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:52:08.55 ID:dRjj6WK10
“ヒートという少女は快活な少女である。小学生のころは人気者だった。
当然だ。小さな子供というものは、楽しい人間が好きなのだから。
しかし、それは小学生までのはなしで、中学生になると状況ががらりと一変する。
半端に大人の歳になった子供は、アイデンティティが芽生え、自己を持ち始める。
自分以外の人間に目が行くようにもなる。従って、気に入らない人物も現れる。
高校受験が目の前に控えているのもあって、無尽蔵にストレスが生じるのだ。

そのストレスの発散の方法は人それぞれであるが、中には愚かなことをする人間も居る。
いじめだ。他者を傷付けて、自己の優位性を保つのだ。いじめを受けるのは弱いものである。
ヒートがその内の一人。彼女は一際目立つ性格が災いして、柄の悪い輩にいじめを受けていた。
彼女は言い返せる術を持っていなかった。無論、いじめを受ける側にもストレスは溜まる。
彼女の場合、私小説を書くことで発散が出来ていた。昔から本を読むのは好きであった。
それなら書くのも楽しいのではないか、という疑問を抱き、実践して趣味になったのである。

ノパ?゚)(・・・)

今、彼女は自室で机の前に座り、ボールペンを走らせている。話を書くのが苦痛ではない。
それは素晴らしい。ギコという若者と、しぃという綺麗な女性が出会い、生活する話だ。
物語のタイトルはまだ決めていない。いつかは決める日が来るだろうと、保留にしている。




149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:53:25.65 ID:dRjj6WK10
ヒートは一ページを書き終えるとノートを閉じ、胸に抱いてベッドに寝転んだ。
ノートの中に宿った自分の話に思いを馳せて、目を閉じる。そこは物語の中のせかい。
次の展開はどうしようか。あまり不穏になる話は書きたくない。彼女は瞼を開けた。
寝返りを打ち、ノートを開く。近くにあったボールペンを手に持って文章を書く。

面白いことを考え付いたのだ。『自分を話の中に登場させる』のはどうだろうか。
本屋で売られている書籍にも、時折そういう手法を取っているものがある。
おかしな話ではない。ヒートは自分自身を脇役に加えることにした。グッドアイディア。
アタシはそこでは作家で、物語の誰からも愛されている。誰一人として、馬鹿にしない。
住む場所はどうしよう。・・・・・・広場の少し行ったところにある図書館にしよう。
本に囲まれた生活を、一度してみたかったのだ。現実では不可能だが、空想の中なら可能だ。
ラララララー、ラララララー、ラララ、ラーラー。ヒートは歌を口ずさみ、筆を走らせる。

・・・・・・。

場面は変わる。駅のホームだ。空はどんよりとして曇っている。泣き出しそうな空模様だ。
ヒートは白線の内側に立っている。向かいのホームに快速電車が走り去っていった。
今日もいじめられた。もし、もしもだよ。あの電車に飛び込めば、解放されるのではないか。
彼女は正常な思考回路が働かないほど、追い詰められていた。そう、死にたくなるほどにね!
何なら、誰か自分の頬をつねってくれ。ここが実は夢の世界で、現実の自分は華々しいのだから。
ヒートは白線の外側へと歩み出た。アナウンスがホームに響く。ぽつりぽつりと雨が降り出した。
次は通過列車である。さあ、目覚めのときだ。アタシは――起きなければならない。

                              こうして、二十一グラムが零れ落ちたのです。”




150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:54:01.94 ID:dRjj6WK10
(; ω )「――――うっ!」

ブーンは目を限界まで見開いた。動悸がして、吐き気もする。嫌な頭痛もする。
胸を押さえて苦しむ彼を、デレが介抱した。彼の様子は尋常なものではない。
二人を横目で見てから、クーは両手の指を胸の前で編んで小さな声を出した。

川 ゚ -゚)「死んでしまった物は仕方が無い。悲しい事だが、現実とは非情なのだ。
     ヒートの事情はよく分かった。乗りかかった船だ。彼女を鎮めてやろう」

('A`)「俺もいじめられていたから、ヒートさんの気持ちが分かる。
    ますますどうにかしてやりたくなった。図書館に、彼女の分身が居るそうだ。
    そこに行けば、何か呪縛を解く鍵があるかもしれない。全てはチャンスだ」

ドクオが前に出る。彼は外見こそひ弱だが、熱い心根を持っているのだった。
ヒートの過去を視て、俯いていたギコが顔を上げる。そして、彼は強い口調で言った。

(,,゚Д゚)「俺はこの街と、ここと図書館を案内するように言われているんだ。
     連れて行ってやる・・・と言いたいところだが、ここに居させてくれ。
     もう案内は済んだことにする。しぃと二人で出会いを語り合いたいんだ」




152: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:54:47.20 ID:dRjj6WK10
これからの目標が決まった。この先の図書館に赴き、ヒートの分身に会うのだ。
ふとブーンは吐き気を堪えながら、声を搾り出した。ギコとしぃ宛てにである。

( ^ω^)「・・・一つ、聞きたいことがある。君達はこの世界が楽しいかお?」

(,,゚Д゚)「・・・・・・ちょーっとだけ退屈だな。何も起こらんってのも考えもんだぜ。
     これは、行動を制限されている登場人物から作者への反抗だ。ギコハハハハハ!」

ギコは白い歯をむき出しにして豪快に笑う。しぃもにこやかな表情で答える。

(*゚ー゚)「私の料理が無料なんておかしいです。本当はお金を取れるくらいだと思うんですけど」

川 ゚ -゚)「強かな女だな。しかし、その心意気や良し。和食は初めてだったが美味だった」

( ^ω^)「オーケイ。僕はヒートの追想を見たとき、面白い策を閃いたのだお。
       勘が当たればだけどね。この世界が変わる覚悟をしておくといいお」

(,,゚Д゚)(*゚ー゚)「??」




153: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:55:28.91 ID:dRjj6WK10
すっかり体調の良くなって溌剌としたブーンは、三人を先導して図書館を目指す。
図書館は木々に囲まれた場所にあって、ギコが言うにはヒートはその中の奥に居るそうだ。
流石に彼女が住む付近は、鳥が歌い、葉々がささやいて美しいものだ。丁寧な描写である。
十分ほど歩いて、ブーン達は図書館の前にたどり着いた。敷地面積は内藤邸よりも大きい。

( ^ω^)「ふん。確かに広大だが、僕の邸の方が格調が高いお」
川 ゚ -゚)「ふん。見てくれは良いが、果たして中身はどうかな」

似たような感想を金持ち二人が同時に述べる。ブーンとクーは、眉を顰めて睨みあう。
どちらも尊大なのだ。まあた始まったといわんばかりに、ドクオとデレは先に進む。
ドクオが豪奢な両開きの扉を開ける。内部は特有の埃っぽい匂いが漂っていた。
床から天井までは大分距離がある。上部に取り付けられた窓から、光線が差している。
陽だまりの出来た図書館内を、ドクオはくたびれた革靴を鳴らして進んでいく。
まだ睨みあっているブーンとクーも、遅れて入ってきた。待っていたデレと合流する。

川 ゚ -゚)「あれ? おい、ドクオはどこに行った?」

ζ(゚ー゚;ζ「ドクオさんなら、先に進まれましたよー」




154: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:55:51.30 ID:dRjj6WK10
(#^ω^)「なに!? さてはあいつめ、僕を差し置いて目立つつもりだお!
       こうしてはいられんね! ドクオより先にヒートに会うお!」

ブーンは疾風怒濤に走り去って行った。残された女性二人は、大きな息を吐く。

川 ゚ -゚)「君は、大変な男と付き合っているね」

ζ(゚ー゚*ζ「でも、ブーンさんは優しいですの。いい人ですの」

川 ゚ -゚)「そうか」

クーも内部へと進んで行った。デレはゆっくりと彼女の背中を追う。
あちこちデレは周囲を見回す。木造の大きな書架は、等間隔で美しく並んでいる。
膨大な数だ。この図書館に所蔵されている本は、数十万冊はあるかもしれない。
本に囲まれた生活か。ヒートと同じく本が好きなデレは、その生活に憧れた。
流石に、本を書こうとまでは思わない。デレは文才のないのを承知しているのだった。

(#^ω^)「くおら! ドクオ! 僕より前を歩くのはやめたまえお!」




156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:56:53.08 ID:dRjj6WK10
('A`)「・・・・・・なんで?」

図書館の一番奥では、ブーンはドクオを羽交い絞めにしていた。
壁際のここは、本棚を避けるようにデスクがあり、確かな生活感があった。

(#^ω^)「僕が目立たなくなるのだお! 分かったなら、『はい』と返事をしろ!」

('A`)ゝ「サー、イエッサー」

(;^ω^)「な、何だか、君の一挙手一投足が異色を放つが、まあ、勘弁してやる」

('∀`) ニコッ

ブーンがドクオを解放した。ドクオはデスクを調べ始めた彼の背中に笑いかける。
しかし、クーとデレがこの場にやって来ると、ドクオは凛々しい顔をした。
最初の方で、彼に存在感がないと説明したが、あれは間違いだったのかもしれない。
大人しそうに見えて、クレイジーなのか。だからたまに悪ふざけしちゃうんです。




159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:57:44.86 ID:dRjj6WK10
('A`)「・・・ここがヒートさんが住む場所に違いない。でも、彼女は居ないようだ」

ζ(゚ー゚*ζ「わあ! デスクの上に、山盛り本が詰まれています。ブーンさんの部屋みたい」

川 ゚ -゚)「内藤の部屋の状況が窺い知れる言葉だね。掃除くらいしたまえよ」

( ^ω^)「僕の部屋は綺麗だお。・・・・・・おおっと! やっぱりあった」

ブーンはデスクの本を崩して、その中から一冊の分厚い書物を手に取った。
辞書のように分厚く、茶色い本だ。ここに居る全員に見覚えがあった。

川 ゚ -゚)「それは、ヒートが持っていた本と同じ物か?」

( ^ω^)「その通りだお! ヒートがこの図書館で作家をしていると知った。
       空想世界の彼女も同じ本を書いているのでは、と僕は思ったのだお。
       予想が当たったね。とても素晴らしいことだお。これで僕達は帰られる」




161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:58:47.92 ID:dRjj6WK10
クー、デレ、ドクオの三人は首を傾げる。同じ書物がある。それがどうしたのだ。
ブーンは椅子に座って、理解の行かない三人に向け、茶色の書物を翳して説明する。

( ^ω^)「この本を開けば、“ギコが広場に行った”との内容で終わっている。
       これはどういうことか。・・・つまり、現実世界のヒートの本とこの本は、
       繋がっているのだお。リンクしているのだ。だとすれば、あとは分かるね?」

川 ゚ -゚)「・・・・・・」

ζ(゚、゚*ζ「?」

('∀`)「・・・・・・」

三人はまだ分からない。ブーンは情けなくなって落胆し、わざとらしく肩を竦めた。

( ^ω^)「時として、ペンは銃に勝る。僕はそれを痛感している。
       ヒートの分身が居ないのは、都合が良い。僕が本に悪戯をやろう」

川 ゚ -゚)「! お前、もしや」




163: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 02:59:58.62 ID:dRjj6WK10
( ゚ω゚)9m「そう! 物語はある種の破壊を伴って、締めくくらねばならない!!」

あらん限りの力でデスクを叩きつけて、ブーンは立ち上がった。指差す彼の眼は狂喜に満ちている。
彼は、あちこちと忙しなく行ったり来たりする。やがて、クーの前に立って早口で言う。

( ^ω^)「クーは案外と知性がある。君ならいち早く気が付くと思ったお!」

川 ゚ -゚)「案外は余計だ。・・・現実世界とリンクしているのなら、書き足せば良いのだ。
      『四人は元の世界へと戻った』などとね。理由付けは必要かもしれんが」

( ^ω^)「いいね! 僕は今から、文章を書き記してやろうと思う。
       この世界を一変させてね。ギコもしぃも構わないと言っていた」

ブーンはバッと両腕を広げた。そして、神に祈るように天井に顔を向ける。

( ^ω^)「ははははは! 完全な世界なんて、どこにもありやしないのだお!
      不完全だからこそ、美しいと思えるのだ!」




164: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:00:31.68 ID:dRjj6WK10
ノパ?゚)「・・・ふう」

ヒートは噴水の石段に座っている。ブーン達が消えてから数分しか経っていない。
彼女は広場から景色を一望する。真っ直ぐに遠く伸びた道には、動かぬ人間ばかり居る。
彼女の横にはドクオが手放した釣竿が転がっている。クーは釣りが好きだと言っていた。
色々な気の紛らわし方があるものだ。ヒートは空を見上げた。雲は流れていない。
いざ時間を止めてみると、寂しい空間だ。嫌いな人間が居なくなると、随分違うものだ。

ノパ?゚)「ん?」

ふとヒートが視線を落とすと、ひざの上に置いている本のページが開かれていた。
彼女が開いたのではない。勝手に開いたのだ。ページが風に煽られたのでもない。
微風などで捲られる重量ではない。第一、風は止んでいる。よって自動的に開かれたのだ。

ノハ;゚?゚)「!?」

そうしていると、一ページ、また一ページずつ捲られ始めた。それは徐々に速度を増していく。
最後のページで止まった。すると、紙からまばゆい光が放たれて、四筋の文章が飛び出した。
四つの文章は形を成していき、最終的には人間の姿となった。ヒートの呪縛は失敗である。




165: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:01:06.89 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「おっおっお! 大成功だお! やはり僕は頭脳明晰だお!」

川 ゚ -゚)「ふん。たまたま予想が当たっただけではないか。まぐれだよ」

ζ(゚ー゚*ζ「やっぱり、現実の空気は美味しいですのー!」

('A`)「・・・早く帰って寝たい」

数時間ぶりに現実世界へと帰還出来た四人は、解放感に酔いしれる。
本の中は狭苦しいものだった。一頻り歓喜したあと、ブーンはヒートに顔を向ける。

( ^ω^)「やあやあ。残念ながら、君の目論見は失敗に終わったね」

ノハ#゚?゚)「何を。もう一度、本にお前達の名前を書き込めばいいんだ・・・・・・!?」

ヒートがポケットを探るがしかし、ボールペンはそこにはなかった。
焦った表情でブーン達に目を向けると、一番影の薄い男がボールペンを握っていた。




167: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:01:46.93 ID:dRjj6WK10
('A`)「・・・・・・ヒートさん。もうやめよう。君には度し難い過去がある。
    俺も君と似たような物で、ずっと虐げられて一生を終えたんだ。
    もし良かったら、俺達が相談に乗るよ。君は一人じゃない」

ノハ;゚?゚)「寄るな! やめてくれ! そんな甘言は、アタシは聞きたくない!」

ドクオが歩み寄ると、ヒートは慌てて立ち上がり、両腕を伸ばして制止させた。
どさりと、分厚い本が地面に落とされる。彼女は総毛立っている。恐慌している。
他人など信じるものではない。ヒートは他人の憐れみが、一等苦手なのだ。

('A`)「しかし」

( ^ω^)「ドクオ。よしたまえお。僕に任せておけお」

ブーンが言い寄るドクオの腕を引っ張った。自分より目立つな、という念もあったりする。
ヒートに身体を向けて、ブーンは両腕を広げた。完全にイった先ほどよりかは軽やかだ。

( ^ω^)「ヒート。君の心の欠片を覗かせて貰ったお。大変だったね」




170: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:02:37.74 ID:dRjj6WK10
ノハ;゚?゚)「・・・・・・」

( ^ω^)「僕には無縁なことだったが、下々にはそういう世界もあるのだろう」

ブーンが一歩を踏み出す。ヒートは、にじり寄る彼を拒否するように身体を後ろに引く。
だがしかし、ブーンは足を止めない。彼の目には強固な意志が宿っている。

( ^ω^)「ただ電車は駄目だ。電車の事故で、僕の母親が亡くなっているのだお」

ζ(゚、゚*ζ「そうだったんですの」

だから階段のところで、電車への飛び込み自殺の話を聞いたとき、ブーンは反応したのだ。
彼は、手を伸ばせばヒートに届く距離で足を止めた。そして、彼女に向けて力強く指を差した。

( ^ω^)9m「今なら君の気持ちが分かる。君の心へと、言葉を届けられる。
         天も僕も、君のことを知っている――鎮まりたまえお。ヒート」




172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:03:35.43 ID:dRjj6WK10
ノハ;゚?゚)「やめろ! 好きなようにさせてくれ! 憐憫の情を向けないで・・・。
      アタシがアタシでなくなってしまいそうになるんだ! こんなにも怖い!」

( ^ω^)「いやだね。君を放ってはおけないお。この街の時間が戻らない。
      それに君は、僕達に君自身を知って欲しがっていたではないかお」

ノハ; ? )「っ!」

ヒートは立っていられなくなり、石段にぺたりと腰を下ろした。
ブーンの言葉で脱力下ヒートの様子を見て合点が行き、クーがうんうんと何度も頷いた。

川 ゚ -゚)「そうだとも。最初から全ておかしかったのだ。君が一番よく存じているだろう
      ギコ達に、君に縁のある場所を案内をさせて、終始構って欲しそうだったぞ。
      白状して楽になれ。ヒートは、自分のした事に今更後悔しているのだ。
      君には大それた事をする器が無い。脆く、壊れ易い。しかし、鮮やかである」

クーは長々と喋りきった。批判と擁護の入り混じった、彼女らしい言葉だった。
がっくりとうな垂れて、ヒートは小さな声を出した。そこに、今までの気迫はなかった。




174: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:04:41.34 ID:dRjj6WK10
ノハ ? )「言われた通りだよ。アタシにはやっぱり悪事は無理だった。
      お前達が居なくなったあと、街を眺めたんだ。何もかもが止まっている。
      いざ、嫌いな人間達が誰も居なくなると、寂しくなったんだ。何て矛盾だろう。
      アタシはおかしいんだ。きっと、精神が病んでいるんだ。気持ちの悪い人間だ。
      それは昔と一緒で、アタシの居場所は、世界中のどこを探したって在りえない。
      どこを旅したって、社会からのつまはじき者だ。いいや。もっと悪いかもしれない。
      だからこそ、世界中の時間を止めてやろうと思ったのに。結局はこうだ。
      これからアタシはどうなってしまうのだろう。消えてしまうのだろうか。
      話を聞いて貰って、病的な多幸感を覚えているけど、ああ、怖くて仕方がない!」

( ^ω^)「ヒート」

ブーンが優しい声で呼びかける。彼はドクオの手からボールペンを奪い取った。
そして、ヒートに近寄る。彼女を正しい道に導くのは、まさに今がその時である。
彼はヒートの足元に落ちている本を拾い上げる。ずしりと重い。彼女の軌跡だ。
最後の文章が書かれているページを開いて、ブーンはヒートの膝の上に本を乗せる。
ヒートの赤毛を撫でて、ブーンはボールペンを渡す。それから、真剣な表情で告げる。




176: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:05:41.86 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「君はまだ消えない。聞いた話では、ものにも魂が宿るそうだお。
       これで終われば、今度は彼らが納得しない。ギコもしぃも君の仲間だお。
       僕が今までの話を第一部完として、面白い続きを考えておいたお。
       さあ、ペンを握り、話を書くがいいお。他の誰でもない、君の物語を」

ノパ?゚)「アタシだけの話・・・」

ヒートはボールペンを弱弱しく握り、本に視線を落とした。
ららら、素直な気持ちで話を書きましょう。拙くても、自分の力で書きましょう。

“ほのぼのとした世界は終わった。各地に封印されていた、旧支配者共が蘇ったのだ。
 奴らは世界中を我が物顔で荒らし、蹂躙していく。平和に呆けていた人間達に抗う術はなかった。
 ギコという青年は旧支配者の復活を予見していた。だから、普段から肉体を鍛えていたのだ。
 だが、鍛え抜かれたギコの拳は旧支配者には、まるで通用しなかったのだった。
 誰もがこの星の終末を予感した。――しかし、ある時、別世界の勇者達が現れた。
 ブーン、デレ、クー、それとドクオの四人である。彼らはギコという青年と、
 その妻であるしぃという女性に特別な力を与えたのだ。勇者達は二人に力を託すと、
 元の世界に帰っていった。さあ、震えるが良い。壮絶な戦いの日々の幕開けである。”

ノハ;?;)「こんなの書けるかあああああああああああああああああああ!!」

久方ぶりに、ヒートは泣いた。しかし、それは心の底から清々しいものだった。




178: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:06:41.04 ID:dRjj6WK10
―5―

(´・ω・`)「ふうん。そんな事があったんだね。僕は墓参りに行ってたから知らなかったよ。
      いや、もしかしたら僕にも呪縛が及んでいたかもしれないんだね。怖い怖い」

数日後。ブーンはデレを連れて、ショボンのところへと足を運んでいた。
ブーンは店内のスツールに腰掛けて、暇を潰せそうな本を探している。

( ^ω^)「そうだお。僕の機転は筆舌に尽くしがたいお。ねえ、デレ」

ζ(>ー<*ζ「はい! ブーンさん、格好よかったですの!」

( ^ω^)「集塵袋を買い忘れて、ツンにはこっ酷く叱られたけどね・・・」

ブーンは本棚から本を一冊取り出した。ペラペラとページを結末まで捲る。
酷いラストが嫌いな、ブーン独自の選択法である。楽しみ方は人それぞれなのだ。

(´・ω・`)「そう言えば、ブーン。郵便受けに本を返却するのは、ひどいんじゃないかい?」

( ^ω^)「君なら良いだろう。今まで、何度かそうして返しているし」




180: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:07:42.18 ID:dRjj6WK10
(´・ω・`)「ぶち殺すぞ。物臭ボーイ。僕はその度に怒りが湧くんだけど」

( ^ω^)「まあ、ものは大事にしなければいかんお。これからは気を付けるお」

(´・ω・`)「なにそのブーンらしくない発言。僕は感動で涙を流しそうだよ。
      ああ。この先一年分は感動してしまった。今から酒を呑もうじゃないか」

(;^ω^)「いや、君は仕事をしているのではないかお」

ブーンが突っ込むがしかし、ショボンは奥の部屋からぶどう酒を持ち出してきてしまった。
彼のアルコール好きは異常である。前世は、酒場のマスターなのではないかと思うほどだ。

ζ(゚、゚*ζ「あ」

ショボンの奇行にブーンが目を細めていると、デレが間の抜けた声を出した。
「ん」、とブーンが彼女に視線を向ける。彼女はポケットに手を入れて何か探していた。




183: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:08:44.69 ID:dRjj6WK10
( ^ω^)「どうしたのだお?」

ζ(゚ー゚*ζ「これ。これですの。ブーンさんの部屋を掃除していたとき、見付けたのです。
       渡すのを忘れていました。はい。玩具のようですが、何なのですの?」

デレのスカートのポケットから出てきたものは、小さな玩具だった。
手のひらに収まるサイズで、赤色青色黄色の三つのボタンが付属している。
それを受け取ったブーンは、懐かしそうな表情をした。そして、静かな声で語る。

( ^ω^)「おお! 見付けてくれてありがとう。これはお母さんに買って貰ったものだお。
       ボタンを押すと、それぞれ違ったアニメキャラクターの声が鳴るのだお。
       電池が切れているのか、壊れたのかは知らないけど、今は鳴らない」

ζ(゚ー゚*ζ「そうだったんですの。ブーンさんにとって貴重なものですのね」

( ^ω^)「うむ。これからは大切に、肌身離さず持っておくお」

ブーンはスーツのポケットに大事そうに仕舞い込んだ。彼も随分と性格が丸くなったものだ。




184: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:09:34.53 ID:dRjj6WK10
(´・ω・`)「ラララララー、ラララララー、ラララ、ラーラー♪」

突然、アルコールに浸ったショボンが、胸に手を当てて陽気に唄い始めた。
驚いたブーンは盛大に唾を吐き、額を押さえた。ショボンは本当に奇抜な青年だ。

(;^ω^)「客の前で酔っ払いやがったお。君は一体どうなっているのかね」

ζ(゚ー゚*ζ「どこかで聴いたような歌ですの。何という曲なんですか?」

(´・ω・`)「ゲームをしない君達には分からないだろうね。この曲はねえ――」

と、その時、玄関の引き戸が開かれる音がした。ショボンが慌てて酒瓶を隠す。
そして彼は、居住まいと作務衣のシワを直して、訪れた客に応対する。

(´・ω・`)「やあやあ。いらっしゃい。君みたいな若い人が来るのは珍しいね」

ショボンの演技が上手いが、なにぶん顔が赤い。酒を呑んでいたのがバレバレである。
若い客は店内を見回しながらショボンに近寄る。途中、ブーンとデレに目線が合った。
客は小さく頭を下げた。ブーンとデレは無言で、客を目で追う。客はショボンに訊ねる




186: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/19(金) 03:10:58.64 ID:dRjj6WK10
「私小説を書いているんだけど、どこかの人間が無理難題を押し付けやがってね!
 文章力を付けるのに、何か良い小説がないか探してるんだけど」

(´・ω・`)「へえ。小説家志望かい」

ショボンは感心した。目の前の客は見てくれは変だが、小説を書いているらしい。

「いや。単なる趣味だよ。誰にも見せるつもりはない。数人には見られたけど!」

客は後ろを向いた。首からかけた懐中時計が揺れる。ショボンの目に小さな黒い翼が映り込む。
客は影なのだ。ショボンが何か言いかけようとするが、客は店内の空気を震わせる声量で怒鳴った。

ノハ#゚?゚)9m「こいつらにな! お陰で頭を悩ませる日々が続いてるよ!」

ブーンとデレは笑った。ヒートの物語の行方は、どこに向かうのだろうか。
それは彼女にしか分からない。時間は結末へと向かって、ゆっくりと流れていく。

                                     

 了







出典:( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです
リンク:http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1243255909/

(・∀・): 42 | (・A・): 16

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