奇人達は二十一グラムの旅をしますようです 2

2009/09/19 23:33 登録: 痛(。・_・。)風


4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:09:18.05 ID:kLLE5Q4M0
         その洋館は、山奥にある湖のほとりに建っていた。        

       茂良家が所有している洋館で、“九時館”と呼ばれていた。        

     主は、残忍だった。気に入らない使用人が居れば、即刻解雇である。   

       いつ如何なる時でも、使用人達の働きに目を光らせていた。      

       周りのもの達は畏怖を覚えながら、仕事に従事していた。    

     そのような人間ではあるが、主には一人だけ気を許す人物がいた。     

     連れ合いである。そちらは主とは対照的に、穏やかな性格だった。    

      心の底から愛していたのだ。誰だって、愛の前では平等だ。       

            「末永く、君と生きていたい」               

     祈った。居るのか分からない神にね。祈ったのだ。祈ったのだ。      

                         
                            ――確かに、祈ったのだよ。




5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:09:45.07 ID:kLLE5Q4M0

3「二十一グラムは永遠の愛を求める ver.パライソ」          




6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:10:27.31 ID:kLLE5Q4M0
―1―

(#^ω^)「うるさいお! このポンコツ時計め! ぶっ潰してやる!」

ブーンは、目覚まし時計のベルに起こされた。仕返しとばかりに何度もボタンを叩く。
執念深く幾度となく。しかし、この目覚まし時計は精巧かつ頑丈だ。壊れることがない。
根負けして肩を落とし、ブーンはベッドから滑り落ちた。ベッドに、彼の妻の姿はない。
もう正午過ぎだからだ。きっと、デレは邸のどこかに居るのだろう。ブーンが立ち上がって、
カレンダーに視線を遣る。今日は十二月十四日である。一年の終わりが、すぐそこに来ている。
だけれど、彼には関係のないことだ。大事なのは、その少し前にあるクリスマスである。

(*^ω^)「クリスマス。クリスマス。ふっふーん♪」

パジャマから上等のスーツに着替えて、ブーンは調子はずれな鼻歌を奏でる。
クリスマス。神が人間として生まれた日を祝う、キリスト教の記念日である。
彼はその前日、つまりクリスマスイブの日に、何かイベントを計画しているのだった。
デレと熱い夜を過ごす? またまたご冗談を。彼の考えるものは、もう少しだけ高尚である。

( ^ω^)(ツンとデレは仲が悪いようだお。僕がその仲を取り持つのだ)




7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:10:57.11 ID:kLLE5Q4M0
どうしてかは分からないが、妹のツンとデレは仲が悪い。目を合わそうとしないのだ。
見たところ、ツンが一方的にデレを嫌っているようだが、これではいけない。
心優しいブーンは、二人を仲良くさせるために、イブの日にイベントを予定している。
この企画は、驚かせたいので二人には内証にして、友人のショボンにだけ打ち明けるつもりだ。
彼は口が軽いきらいがあるが、物事の分別が出来る人間だ。秘密を守ってくれるだろう。

(*^ω^)(僕って、なんて他人の気持ちが分かる男なのだろう!)

ブーンは浮かれ出した。自分は配慮の出来る人間である! おお、さといさとい。
腰に両手を当てて、廊下をスキップで進む。そして、リビングに入るとツンが居た。
彼の登場の仕方に驚愕して、ツンは丁度飲んでいたジュースを噴き出しそうになった。

ξ;>?<)ξ「けほっ! けほっ! お兄様は本当に二十七歳なのですか!?」

カウチソファでくつろいでいた彼女は、コップをコースターに置いて自分の胸を撫でる。
飲み物が気管に入りかけた。ごほごほと、むせながらツンはブーンを鋭い目付きで睨む。
ブーンはそんな彼女の後ろに回り、両肩に手を置いて、優しく揉み解した。そう。優しくね。




8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:11:20.84 ID:kLLE5Q4M0
ξ;゚?゚)ξ「な、なんですか・・・? お兄様らしくありませんわ」

普段とはかけ離れた兄の労いの行為に、ツンはどぎまぎとして振り返る。
兄がにかやかな表情で自分の肩を揉んでくれている。この人は、一体誰なのだろう。
肌が粟立つ。頭を何かにぶつけてしまって、ブーンはおかしくなってしまったのか。

ξ;゚?゚)ξ「はっ!? もしや、私に知られると、怒られるようなことをしましたね?」

( ^ω^)「そんなことはしてないお。ただ、僕は労ってあげているだけだお。
       いつも料理を作ってくれたり、邸を掃除してくれている君をね」

ξ゚?゚)ξ「お兄様・・・」

ツンは感動して、涙を流しそうになった。不遜で高慢だった兄が親切にしてくれている。
二十七歳になって、ようやく成長したのだ! ツンが急に熱を帯び始めた目頭を押さえる。

ξ;?;)ξ「やっと大人になってくださったのですね。私、ツンは嬉しゅうございます」




10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:12:38.33 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「大げさな。それに僕は、元から成熟しきった大人だお」

ξ;?;)ξ「はい。もうそれでも良いので、どうかこれからもお願いします」

何度も念入りに揉んでから、ブーンはツンの肩から手を離した。彼女の肩は少しこっていた。
ツンは朝昼夕料理を作り、ブーンの自室以外の部屋を綺麗に掃除していて、無職とは若干違う。
内藤邸は使用人を雇っていた頃があり、彼らが寝泊りしていた場所もあって部屋数が多い。
今は使われていないが、それでもツンは掃除をしているのだ。彼女と結婚する男性は幸せだろう。
しかし、ツンには現在懇意にしている男性は居ないし、兄が猛反対するのは目に見えている。
物思いにため息を吐くツンの隣に、ブーンが腰を下ろす。そして彼は、ツンの肩に腕を回した。

( ^ω^)「嬉しそうにしたかと思えば物憂げにしたり、ツンの表情はよく変わるね」

ξ゚?゚)ξ「・・・私には色々と悩みがあるのです。ああ、心配なさらなくても大丈夫ですわ。
      自分で解決出来ることですので。お兄様はご自分の心配だけなさってくださいね」

( ^ω^)「うむ。ツンは強い女性だお。だけど、耐えられなくなったら僕に言いたまえお。
       僕が相談に乗ろう。ツンは可愛い妹なのだ。ひたすら尽力するお!」




11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:13:16.45 ID:kLLE5Q4M0
もしも、ブーンに相談などを持ちかけると、とんでもない行動に走るに違いない。
それを把握しきっているツンは話半分に聞き、「はい」とにこやかに受け答えた。
二人は顔を前に向ける。大型のテレビに、ニュースを読み上げるキャスターが映っている。
特に恐ろしい事件は報道されていない。至極良いことではあるが、つまらない内容でもある。
大きな欠伸をしたブーンは、ふと思い出した。そういえば、デレはどこに居るのだ。

( ^ω^)「・・・デレは? デレはどうしたのだお?」

一人きりにされた子犬のような目をして、ブーンが尋ねた。ツンは目を細めて答える。

ξ゚?゚)ξ「お昼ご飯を食べたあと、クドリャフカを連れて散歩に行きましたわ」

素っ気ない言い方だった。ツンは本当にデレを嫌っているようだ。まあ、当然の話だが。
やはり、ブーンには理由が分からないが、このまま放っておくわけにはいかない。
二ヶ月前の十月に、ブーンとデレは内藤邸にてささやかな結婚式を挙げたのだ。
正式にとはいえないが、デレは内藤家の一員になったのである。仲たがいは駄目だ。

( ^ω^)「ふむ。散歩に出たのかお。・・・ツン、デレと仲良くして欲しいのだけど」




13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:14:03.92 ID:kLLE5Q4M0
ξ゚?゚)ξ「・・・・・・」

ツンは黙して答えなかった。じっとニュースのテロップを目で追っている。
政界のニュースが終わり、クリスマスの話題に移った。都会でイベントが催される。
全長十キロメートルほどの大通りに、幾何学的な模様のイルミネーションが飾られるそうだ。
その都市はキジョという名称で、ブーンの大学時代の友人が住んでいる場所である。
友人はジョルジュ長岡といい、女性のふくよかな胸に異常な好奇心を示す好青年だ。

( ^ω^)「ジョルジュが住んでいるところだお」

ξ*゚?゚)ξ「そうでしたわね。電飾が色鮮やかですわー。一度行ってみたいです」

映像に写るきらびやかなイルミネーションを見て、ツンが茶色の瞳を輝かせる。
彼女は都会には赴いたことがない。大学も電車で数駅乗ったところのに通っていた。
ここで、ブーンはぴんと閃いた。クリスマスイブに都会に連れて行けばいいのではないか。
ショボンと事前に打ち合わせをして、ツンとデレが二人きりになる時間を作るのだ。
二人になれば、いやでも会話をしなくてはならない。頭脳明晰な青年は指を打ち鳴らした。




14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:15:12.59 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「いいね! 僕は類まれなる知性の持ち主だお!」

ξ;゚?゚)ξ「? よく分かりませんが、それは有りえないと思います」

( ^ω^)「善は急げだお!」

ブーンはすっくと立ち上がった。リビングの隅に設置されている電話の受話器を取る。
かける相手はショボンだ。流れるような指使いで、ショボン宅の電話番号を入力する。
十回ほどのコールのあと、電話が繋がった。友人の声は少し上擦っていた。

『もしもし。ショボン書店だよ』

客からかかってきたかもしれないのに、ショボンはくだけた言葉で応対した。
何でもありだな、この人間は。眉を顰めて、ブーンは馬鹿にした態度を取る。

( ^ω^)「君ねえ。また酒を呑んでいただろう。声が高くなってるのだお。
       それに仕事をする気があるのなら、丁寧な対応を心がけたまえお」




16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:16:24.50 ID:kLLE5Q4M0
『黙れよ。無職ボーイ。僕の家の電話番号を知っているのは、君ら兄妹とジョルジュだけだよ。
 だから、敬語を使う必要はないのさ。分かったかい? なら、用件を言ってくれよ』

ショボンの話は、クーほどではないが長い。そして、彼は辛辣な言葉を吐くときがある。
降って湧いた頭痛に、ブーンはこめかみを押さえる。口では彼に、一生敵いそうにない。

( ^ω^)「ふん。威張っていうことじゃないお。その内、店を潰してしまえ。
       ・・・用件はね。僕の邸に来て欲しいのだお。なるべく早くね!」

『ちょっと待ってくれ。急だね。ブーンはね、いつも自分勝手が過ぎるんだよ。
 一度肺を空気で満たして、大きく吐いた方が良い。それで、用件は何なんだい?』

( ^ω^)「だから、内藤邸に足を運びたまえと言ってるのだお! しつこいお!」

『・・・・・・どうやら、本気らしい。ううん。酒が抜けたら行かせて貰うよ』

(;^ω^)「やっぱり呑んでたのかお。ショボンはね、自由が過ぎるのだお。
       じゃあ、夕刻以降だお。それでも良いから、よろしく頼んだお」




19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:17:37.26 ID:kLLE5Q4M0
ブーンは受話器を置いた。ショボンとの会話は短かったが、精神をすり減らすまでに至った。
額に手を置いて、彼は天井を仰いだ。そんなブーンの側には、慌てた様子のツンが立っている。

ξ;゚?゚)ξ「ショボンさんが来られるのですか。どうしよう。お茶菓子を用意しなくっちゃ」

( ^ω^)「いらないいらない。ショボンになんて、何も出さなくていいのだお」

言って、ブーンが手を振るがしかし、心優しいツンはリビングを去って行ったのだった。
何か菓子でも作って、ショボンをもてなすつもりだろう。兄とは違って、立派な妹である。
手持ちぶさたになったブーンは、「これから何をしようかね」と唇の先で手を合わせた。
デレは散歩に行っているようだし、ツンは菓子を作りに台所に行ってしまった。
ツンの手伝いでもしようかと思ったが、自分は料理が出来ない。邪魔になるだけだ。
仕方がない。ブーンは居間でくつろぐことにした。彼はソファに深く腰を埋める。

( ^ω^)+(テレビは低俗だお。僕のような慧眼の持ち主は、読書が似合う)

テレビの電源を落として、ブーンはテーブルの上にある一冊の本に手を伸ばした。
“ハサミ男”。ミステリーというジャンルに於いて、人々によく知られた小説である。
デレもツンもミステリーが好きなので、どちらの所有物かは不明だ。彼はページを開く。




20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:18:34.13 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)(・・・どんな話だったかお)

随分と前に読んだので、話の内容を忘れてしまった。・・・その方が楽しめるか。
べ、別に、記憶力がないわけではないのだお! 鼻を鳴らせて、ブーンは寝転んだ。
そうして読み進めていると、ツンが部屋に顔を出した。ツンはブーンに注意をする。

ξ゚?゚)ξ「何ですか! お兄様、だらしのない格好で。きちんと座ってください」

( ^ω^)「うーん。それは確かに言えてるお。仕方ないね」

ブーンは身体を起こして姿勢を正した。妹の言葉だけは、よく聞く男である。
栞代わりに親指を挟んで本を閉じ、ブーンは扉の側に立つツンを見遣る。

ξ゚?゚)ξ「材料が足りないので、急いで街に行ってきます。お兄様は留守番をお願いします」

( ^ω^)「なに? ツンが街に出なくても良いお。僕が買いに行ってやる。
       もしかしたら君を口説こうとする、不届きな輩が居るかもしれない」




21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:19:33.81 ID:kLLE5Q4M0
果てしなく過保護なブーンがお使いを買って出るが、ツンは即座に拒否をした。

ξ゚?゚)ξ「お兄様にお任せしたら、きっとおかしなことになりますわ。
       いつでしたか。紅茶の葉を頼んだのに、ゲーム機を買ってきましたよね。
       最新式の。どうすれば、そんな事態になるのですか? ゲームをしないのに」

(;^ω^)「う・・・」

ブーンは言いよどんだ。ツンが言った通り彼は、頼んだものとは別なもの買ってくる。
それはまだマシな方で、時には何も買ってこない場合もある。これでは信頼を得られない。
ツンは、ブーンの言葉を待たずに出て行ってしまった。一人になったブーンは肩を落とす。
悄然とした気持ちで、再び本を読み始めた。三十分ほど経つと、玄関の方が騒がしくなった。
デレが帰ってきたのだ。カチカチと、飼い犬の爪が廊下を鳴らす音が近付いてくる。
やがて、ブーンに似た顔をした犬と、ふわふわとした髪の毛が可愛い女性が部屋に入って来た。

ζ(゚ー゚*ζ「ただいまですのー! クドちゃんが途中で疲れて大変でしたの」

(U^ω^) わんわんお。 (小型犬に、何キロも歩かせないでよね)




23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:20:27.93 ID:kLLE5Q4M0
デレはブーンの元に寄ってきて、彼の膝の上に乗った。甘い香りが彼の鼻腔をくすぐる。
女性はどうして、良い匂いがするのだろうか。ブーンは本を置き、彼女を抱き寄せる。
服と服がこすれあう。ブーンがデレの首筋に口付けしようとするがしかし、抵抗された。

ζ(゚ー゚*ζ「だあめ! ツンさんがいらっしゃいますの」

( ^ω^)「ツンなら、街に買い物に行ったお」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですの? でも」

昼間からは――。と言いかけたデレだったが、首に腕を回されて引き寄せられた。
ブーンはデレの雪のように白い首筋に、舌先を這わせる。温かな感触に、デレの肩が震える。
一分間。執拗にそうしたあと、ブーンは首から顔を離した。彼は確認のために、顎を上げた。
ブーンの首に腕を回し、きつく抱きしめているデレは頬を赤くして、瞳にうすら涙を浮かべている。
きちんと感じてくれているようだ。高鳴る胸の鼓動を抑え、ブーンは彼女をソファに寝転ばせた。
口に手を添えて緊張の面持ちのデレに馬乗りになり、ブーンはスーツを脱ぎ始めた。




25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:22:24.35 ID:kLLE5Q4M0
これから二人がすることは決まっている。未来にまで子孫を残そうとする、神聖な生殖行為である。
はたして、身体の形は同じだが厳密にいえば存在が違うので、子供が出来るのかは分からないが。
・・・そのようなことは構わないのだ。人間と影との違いなんて、二人には些細な問題である。
スーツを脱いだブーンは、デレに熱い口付けをした。彼女は瞼を閉じて、身体を強張らせる。
ああ。とうとう閲覧注意になってしまう。なるたけ避けたかったのだが、なってしまうのです。
ブーンは彼女のあまり発達をしていない胸に手で触れながら、耳元でささやきかける。

( ^ω^)「僕はデレを愛しているお。死ぬまで、ずっとね。
       でも、僕が死んでしまったら、僕の愛はどうなるのだろう。
       ・・・君の方がずっと長生きだ。死の概念なんてないのかもしれない。
       考えると無性に怖くなるのだお。だから、僕は愛の形を残しておきたい。
       つまり、僕とデレの子供を作るのだお。それなら、永遠に愛は残る」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさん」

デレは、身体の抵抗を全て解いた。あとはブーンの行動に身を委ねた。
二人の性行為は、各々の一風変わった性格があらわれていて、非常にねちねちとしている。
まず、前戯には時間をかけ、最中にも時間をかけ、それから後戯にも時間をかける。
その中でも、特に入念にしているのは後戯である。これは男女の関係を保つ上で重要な
スキンシップの内の一つである。ブーンがデレをどれほど愛しているかが窺い知れる。
大体の男性は、性行為のあとは眠ってしまうものだ。仕方がないけど、だらしないものだ。
それにしても、この程度の描写ならば大丈夫だろう。・・・・・・んふ。セーフでしょう。




27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:24:09.77 ID:kLLE5Q4M0
一時間が経過し、二人はセックスを終えた。デレはシャワーを浴びに行っている。
ブーンは未だ興奮冷めやらない表情で、ソファに座って余韻に浸っている。

(U^ω^) わんわんお。 (そのはしょり方、イエスだね)

人知れず、クドリャフカは早い段階でメタ的なことを思った。彼女はブーンの足元に居る。
丸まって、壁を見つめている仕草が可愛らしい。ブーンに似ていなければの話だが。
ブーンは肥えた飼い犬を、両手で抱き上げて膝の上に乗せた。小型犬の重さじゃあ、ない。

( ^ω^)「む。クド、また痩せたかお? まさか病気ではあるまいね」

(U^ω^) わんわんお。 (実際は、二キロくらい太ったんだけどね)




28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:25:13.23 ID:kLLE5Q4M0
茶色い毛並みを、ブーンが撫でる。太ってはいても、犬の手触りは気持ちの良いものだ。
ゆるやかに時間が過ぎる。壁にある、からくり時計の鳩が二度鳴いた。二時になったのである。
ツンはまだ帰って来ない。まさか、本当に軟派な男に声をかけられてしまったのではないか!
黒々とした不安が湧き上がる。「こうしてはいられない!」、とブーンは腰を上げた。
自分も街に出て、ツンを追いかけるのだ。見付けられるかは知らないが、黙ってはいられない。
暴風のように廊下を駆け、玄関の扉を開ける。すると、丁度ツンが目の前に立っていたのだった。

ξ゚?゚)ξ「・・・どうしたのです?」

ブーンは、口を結んでいない風船の如く萎んで、ゆるゆると地面に崩折れた。
杞憂だったのだ。この時のブーンの安堵感といったら、途方もないものであった。
彼はスーツに付着してしまった土埃を、気持ち悪そうに何度もしつこく払って立ち上がる。

(;^ω^)「ツンの帰りが遅くて心配になって、探そうとしていたのだお!」

ξ゚?゚)ξ「それはすみません。久々に街に下りたので、日用品も買っていたのです」

「ほら」、と言って両腕を上げる。ツンは、満杯になって膨らんだビニール袋を持っている。
かなりの重量がありそうだ。妹は重い荷物を持って、街から自宅への坂を登ってきたのか!
ブーンはくっと涙を堪え、荷物を持ってやった。彼女はとても甲斐甲斐しいのである。




29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:26:10.03 ID:kLLE5Q4M0 ?PLT(15125) sssp://img.2ch.net/ico/nagato.gif
さてさて。それから更に時間は流れ、夕方の五時になった。ショボンはまだ来ない。
食堂にて傲岸不遜なブーンは、待たされて苛々としている。ショボンは凡百な人間である。
人間であるからには、肝臓の機能の限界に従うべきだ。アルコールが抜けるのには時間がかかる。
彼は、内藤邸に来るときは自動車を用いるのだ。飲酒運転をしてはいけないのは明らかだ。
それでも、長い時間待つのは気に入らない。さっさと、来たまえよ。呑んだくれボーイ。

(#^ω^)「ツン! 紅茶のおかわりを頼むお!」

ξ-?-)ξ「ご自分で淹れてくださいよね。・・・・・・ちょっと待っててください」

ため息とともにツンは腰を上げた。本当に自由奔放な人間だが唯一の兄なのだ。
彼女はブーンに紅茶のおかわりを入れて来てあげようと、キッチンへと足を運ぼうとする。

\ζ(゚ー゚*ζ「あ。あたしもお手伝いしますの」

デレが元気よく手を上げたがしかし、ツンは「結構です」と、つんとした態度で断った。
その様子を横目で見ていたブーンは、頬杖をつく。この二人の状態を解決せねばなるまい。
そのためにショボンを呼んだのだけれど。遅いなあ! 僕を待たせるなんて、大したやつだ!
怒りが頂点にまで達したブーンが、不気味に笑う。怒りが有り余った分は笑顔と化すのだ。グフフ。




31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:27:08.33 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「ふふ。こうやって待ちくたびれるのも、たまにはいいね!」

ζ(゚、゚;ζ「目が笑っていませんの。ショボンさんなら、その内に来られますの」

( ^ω^)「その内ねえ。あと三十分して来なかったら、絶対に許さないお!」

三十分以内に、ショボンは内藤邸に来た。正確にいえば、二十九分後に訪れたのだった。
これはどう扱えば良いのだ。釈然としない面持ちで、彼はショボンの車を誘導した。
駐車スペースに車を止めると、ショボンはドアを開けて姿を見せた。いつもの服装である。

(´・ω・`)「やあやあ。遅くなってごめんね。君のことだから、きっと怒っているだろう。
      『あと数分で来なかったら許さない』、とか数分前に言っていたに違いないね」

( ^ω^)「三十分を限度に、二十九分後だお。君はギリギリだったのだお。だが、僕は許さない」

(´・ω・`)「おお。そんなにも猶予をくれたのかい。君も心が広くなったもんだ」




34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:29:54.09 ID:kLLE5Q4M0
ショボンが内藤邸の中へと通される。相変わらず、広々として優美な空間だ。
内藤邸は二階建ての洋館である。複雑な構造はしていない。内部の説明はとても簡単だ。
玄関ホールから東西に、廊下が伸びているだけだ。それでも、部屋は一つ一つが広い。
廊下の両側に部屋があって、ブーン達――三人と一匹が住むには巨大過ぎる建物である。

ξ゚?゚)ξ「こんにちは。遠いところまで来ていただいて、申し訳ありません。
      また兄が馬鹿なことを考え付いて、ショボンさんを呼び出したのですわ」

玄関ホールで待っていたツンが、挨拶をする。彼女特有の棘はなく、流麗な物腰だった。

(´・ω・`)「ツンちゃん。お久しぶり。前に会ったのは確か、十月の中旬だったね。
      ブーンとデレさんの結婚式さ。いやあ。あれから仲良くやっているかい?」

ショボンが訊ねるが、どうにも話が長くなりそうだ、とブーンは頷くだけにした。
クーが長くて冷淡とした物言いならば、ショボンは長くて粘着質なのである。
玄関で長話などしていられない。ブーンは早々に、友人を自室に招き入れることにする。

ξ゚?゚)ξ「あら。応接間でお話をするのではないのですか?」




36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:31:21.46 ID:kLLE5Q4M0
自室へとショボンを連れて行こうとする兄を見て、ツンが呼び止めた。

( ^ω^)「この男に応接間を使うなんて勿体ない。僕の部屋で充分だお。
       ああ。そうそう。僕はこれからショボンと大事な相談をするから、
       部屋に入る際はノックを確実に頼むお。デレもツンと一緒に居てくれお」

ζ(゚ー゚*ζ「? はいですの」

ξ゚?゚)ξ「大事な相談、ですか?」

(´・ω・`)「二人きり・・・。はっ!? まさか僕の身体が目当てじゃないだろうね。
      勘弁してくれよ。僕は女性に興味はないけど、男にも興味がないんだよ」

(#^ω^)「気色の悪いことを言うなお! 僕も男色の気はないお!
       ・・・ともかく、大事な話だからくれぐれも入って来ないように!」

ξ゚?゚)ξ「はあ。あ、ショボンさん。今夜は、夕食をお出しいたしますので」

ブーンは「はいはい」と手を振って、ショボンを連れて玄関ホールをあとにした。




37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:32:02.41 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「さて。君はそこらへんの椅子に腰をかけてくれお」

ブーンの自室は、西側の廊下の一番奥にある。以前片付けたのに、また汚れてしまっている。
整理整頓の技術を会得するのは、彼には一生不可能だ。ショボンは近くにあった椅子に腰掛けた。

(´・ω・`)「それで、何の用なんだい? 大事な話があるらしいけど」

( ^ω^)「おっおっお。それはね――」

思わせぶりに言って、ブーンは窓の側に立った。夕日の光線が、彼の輪郭を明るく浮かばせる。
後ろ手を組んで、遠くを流れる巻積雲(いわし雲)を眺める。そして、彼は静かに口を開いた。

( ^ω^)「・・・僕が見るに、ツンはデレを嫌っている。デレが影だからだろうか。
       しかし、デレは良い人だお。影ながらも、そこいらの人間より良い人格だお。
       ツンにはデレと仲良くして欲しいのだお。だからね。僕は君を呼んだのだお。
       何か案を考えて、二人の仲立ちをするのだ。分かったかお? ショボン」

(´;ω;`) ブワッ




38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:32:49.96 ID:kLLE5Q4M0
ブーンの慈愛に満ち満ちた言葉を耳にして、ショボンは大げさに涙を流した。
振り返ったブーンは、彼が泣いている姿を見て吃驚した。何が友人の琴線に触れたのだ。

(;^ω^)「ど、どうしたのだお!? 目に、馬鹿みたいにでかいゴミでも入ったのかお?」

(´;ω;`)「いいや。僕の目に入ったのは、一回り成長したブーンの姿だよ。
      あんなにも屑みたいな人間が、他人を心配するなんて・・・。泣ける話じゃないか。
      良いとも、良いとも! 地球は愛で廻っている。僕も君の手伝いをしてやろう」

ショボンは了解してくれたが、言葉の間にとんでもない卑語がありやしなかったか?
ブーンが思い出そうとするが、ショボンの泣き顔で全ての記憶を吹き飛ばされていた。
・・・まあ、良いや。悠然と両腕を広げ、ブーンは考えていた計画を披露する。

( ^ω^)「ジョルジュが住む街。“キジョ”で、クリスマスに催し物があるそうだお」

(つω・`)「ひっくひっく。そうだね。目抜き通りにイルミネーションを飾るらしいね」




39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:33:53.50 ID:kLLE5Q4M0
ショボンもニュースを観て知っていた。それならば、話は早い。ブーンは要点だけを口にする。

( ^ω^)「イブの日に、ツンとデレをそこに連れて行こうと思うのだお。
       キジョに行くには、電車か車しかない。・・・僕は電車が大嫌いだお。
       ゆえにショボン。君の車に乗せて欲しいのだお。把握してくれたまえお」

ブーンは、母親を電車の脱線事故で亡くしている。十数年も昔に、平和なビップで起こった
数少ない凄惨な事件だった。乗車していた人間が多くはなかったのが不幸中の幸いではあるが、
そんなことは関係ない。母親を電車事故で亡くした。だから、彼は電車を忌み嫌っている。

(´・ω・`)「ふうむ。僕は一人身だし、確かにその日は暇だよ。しかし、
      ツンちゃんとデレさんを都会に連れて行って、どうするんだい?」

( ^ω^)「打ち合わせをしておいて、二人っきりにさせる時間を作るのだお。
       二人だけになれば、話をする他はあるまいお。ううん。僕って賢いお」

言い終え、ブーンは椅子に座った。居丈高に足を組んで、身体をふんぞり返らせる。
一方、ショボンはというと、「そんなに上手く行くのかなあ」と首を傾げている。
ブーンの言っていることは、理想だけがやたらと高く、緻密な計算がなされていない。




40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:34:59.74 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「勿論、君は了承してくれるよね!? 友人の頼みなのだお」

こういうときだけ調子の良いことを言い、ブーンはにやにやと笑う。
ショボンは腕を組んで一頻り考えてから、彼に視線を真っ直ぐに遣った。

(´・ω・`)「まあ、構わないよ。君が珍しく他人を思っているのだから。
      それに、うん。“友人”の願いは断ってはいけないしね。ふふふ」

たまには友人の頼みを素直に聞いてあげるか。ショボンはブーンの話しに乗ることにした。

(*^ω^)「実に素晴らしい。これでツンとデレを仲良くさせられる。ううん。
       さすがはショボン。僕の引き立て役を、担っているだけはある」

おもむろに、ブーンは立ち上がった。窓から射し込む光は、先ほどと比べて弱くなっている。
夕空が終わり、夜空がやってくるのだ。空は黒色と橙色が入り混じって、紫色に染まっている。
夕日は最後の力を振り絞って、暗がりの部屋で座るショボンの顔をおぼろげに映し出した。
その光が消えれば、これから数時間は部屋は漆黒に包まれる。ブーンは電気を点けようとする。
パチン。スイッチが押されたからには、部屋の様子が鮮明になる。再度、彼は椅子に座った。




41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:35:41.56 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「ショボン。前々から聞こうと思っていたのだけれどね。
      君はどうして拳銃を持っていたのだお? 須名邸での話だお」

(´・ω・`)「・・・・・・単なる護身のためだよ。それに――――」

ショボンは、作務衣の大きなポケットに手を入れた。姿を現せたのは、一丁の拳銃である。
回転式の拳銃だ。リボルバーと呼んでもいい。彼はそれを握り、自らのこめかみに銃口を当てた。
撃鉄が引き起こされ、射撃準備が整う。ショボンの細い人差し指が、トリガーに触れる。

(;^ω^)「な、何を」

何をしているのだ。慌てて、ブーンが手を伸ばす。すると、カチリと金属の音がした。

(´・ω・`)「エアソフトガンなんだよ。弾も装填されていない」

銃が下ろされ、ポケットの中に仕舞われた。ただの遊戯銃だったのか。
ブーンは安堵して、椅子にもたれた。とんでもないジョークを飛ばす男である。




43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:36:21.63 ID:kLLE5Q4M0
(;^ω^)「君ねえ。笑えない冗談はよしたまえお。心臓に悪い・・・」

(´・ω・`)「ブーンがそんなに驚くとは、すまない。最近は、物騒な世の中だからね。
      玩具の拳銃でも、役に立つかなって思ってさ。ほら、僕って痩せぎすだろう。
      喧嘩は苦手だし、何らかの武器でも持たないと、襲われたらひとたまりもない」

( ^ω^)「ふん。君なら、どんな奴でも負かしてしまいそうだがね」

(´・ω・`)「そんな事はないよ。昔は荒くれだったけど、今は無害な人間なんだ。
      ほら。見てよ。僕の腕を。筋肉が削がれきっているじゃあないか」

ショボンは、藍色の服の袖をめくって腕を見せ付ける。腕の皮膚には骨が浮かんでいる。
確かに、これだけ貧弱ならば喧嘩では勝てないだろう。口喧嘩では圧勝出来そうではあるが。
それからしばらくして、ツンやデレの話題をブーンがしていると、ノックの音が聞こえた。
もう部屋に入れても良いだろう。ブーンが返事をすると、ツンが紅茶とお菓子を持ってきた。




44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:37:24.21 ID:kLLE5Q4M0
ξ゚?゚)ξ「失礼します。つまらないものですが、どうぞ」

ツンはデスクの上に、紅茶の入ったコップと、クッキーが散りばめられた皿を置いた。
紅茶もクッキーも温かい。作り立てなのだろう。二人は腰を上げてコップを手に取った。

( ^ω^)「これはね。ツンが、街に買い出しにまで行って作られたものなのだお。
       感謝したまえ。ツンの手料理を食べるのを、君だけは特別に許してやる」

そう言って、ブーンは感謝の“か”の字もなく、ボリボリとクッキーを貪り食う。
ツンは笑顔で、無作法な彼の臀部をつねった。クッキーの欠片が口から噴き出される。

(;^ω^)「ぶひいっ!? ツン! 何をするのだお!」

ξ゚ー゚)ξ「はしたない召し上がり方は、よしてくださいな」

微笑んでいるのに、何故か怖い。ブーンはぞくっと背筋を凍らせた。

ξ゚?゚)ξ「お話は済んだのですか?」




46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:38:04.48 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「うむ。有意義な時間だったお。ねえ? ショボン」

(´・ω・`)「まあね。ブーンにしては、まともな話だった」

( ^ω^)「君の言葉は、いちいち僕の癇に障るお。一言多いのだお」

ξ゚?゚)ξ「そうですか」

ツンは話の内容を訊ねなかった。男同士でしか話せない話題も、世の中にはあるのだろう。
ショボンさんも嫌そうな顔をしていないので、きっと、本当にまともな相談だったんだわ。
思い、ツンは納得した。そして彼女は、二十四日に密談の内容の一端を知るのだった。




49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:39:59.56 ID:kLLE5Q4M0
―2―

二十四日の早朝。ブーンは、ショボンが運転をする車の後部座席に、腰を下ろしていた。
計画が実行に移されたのである。前の日に、ブーンから小旅行の話を聞かされたツンは驚いた。
そして、喜んでもいた。滅多に旅行はしないので、彼女が狂喜するのは必然なのである。
一行は一泊する予定だが、泊まる場所も考えてある。友人のジョルジュに連絡を入れてあるのだ。
今のところ、滞りなく予定が進んでいて完璧である。ブーンは余裕綽々の笑みを溢した。

ξ゚?゚)ξ「今日は、都会では雪が降るそうですわ」

助手席では、ツンが嬉しそうな表情で、ハンドルを握るショボンと会話をしている。
彼女の装いは飾り気のない洋服である。ツンという人物は、目立つ服装を好まないのだ。
ファッションとは人柄が如実に表れるものである。つまり、クーやヒートは変わっている。

ζ(゚ー゚*ζ「とぅっとぅとぅーう。とぅっとぅとぅーう。とぅっとぅとぅーうう♪」

ブーンの隣にはデレがちょこんと座っている。スピーカーから流れる音楽に合わせて、
彼女は歌を口ずさんでいる。ブーンには曲名が分からないが、今日も彼女はかわいい!
中途に彼の主観が入ったが、デレは明るい性格に合った洋服を着ていて、可愛いのは間違いない。

( ^ω^)「ふふふ」




50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:41:28.92 ID:kLLE5Q4M0
なんという至福の時間か。妹が楽しそうにしていて、最愛の妻がすぐ側に居てくれている。
膝の上では、預かってくれる人間が居なかったので、連れて来た飼い犬が寝息を立てている。
都会に着くのが何だか惜しい。とてつもない多幸感に包まれたブーンは、目を閉じた。
瞼の裏に笑顔のツンが映り、同じく嫣然としたデレが映る。腹が膨れるほど幸せだ。
・・・しかし一つだけ、そんな幸福感をぶち壊しにするものがある。ショボンの存在である。

(´・ω・`)「雪か。キジョに着いてからなら良いけど、運転中には降って欲しくないなあ」

やがて、瞼の裏にショボンの格好が映る。赤と白の、もこもことした服だ。サンタルック。
そう。ショボンはサンタクロースの格好をしているのだ。奇人め。ブーンは目を開けた。

( ^ω^)「ずっと黙っていたが、そろそろ君の格好について突っ込もう。
       ヘイ。ショボン。君は作務衣とやらが、永遠の服装じゃなかったのかお?」

(´・ω・`)「今日はクリスマスだよ。クリスマスと言えばサンタクロースじゃないか。
      一年に一度のこのイベントを、僕なりに盛り上げようとしているんだよ」

( ^ω^)「そう。それは分かったが、恥ずかしくはないのかね。みんな笑ってるお。
      ツンもデレもたしなめてやるべきだお。馬鹿な考えをやめるんだ、って」




52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:43:24.13 ID:kLLE5Q4M0
ブーンは腕を組んで鼻を鳴らした。人が見れば、ショボンのコスプレは恥ずかしいものがある。
子供みたいに浮かれる彼を、ブーンは見過ごせない。しかし、ツンとデレは言うのだった。

ξ゚?゚)ξ「ショボンさんは、私たちを楽しませようとしてくれているのです。
       運転までして頂いて、お兄様も何か役に立ってみてはいかがですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「クリスマスといえばサンタクロースですの! プレゼントが欲しいですのー」

なんだ? 不意にショボン教でも発足されたのか? 二人はショボンを擁護した。
ツンだけならまだしも、いつもはブーンの意見に賛同しているデレも、反論めいた言動を取った。
人徳の差というものであるが、不遜なブーンには気付けない。彼は不貞腐れて黙り込む。
そして、窓の外に視線を遣った。街を出てから山道に入ったので、周りは木々ばかりである。
擦れ違う車も少なく、躁気質なブーンにとって、つまらない景色が続いているのだった。

ふと視線を上に向けると、にび色の空が広がっていた。寒々しく、今にも雪が降り出しそうだ。
ブーンは雪が好きだ。精微に言うと、雪の日が好きなのだ。雪が舞う日は街の様子が変わる。
白い景色の中では、人々がにわかに活気付く。母親と手を繋いで雪の中を歩いた記憶が蘇る。
あの日は、結局雪は積もったのだろうか。それは、記憶のピースが欠けていて思い出せない。
けれども幸せな記憶である。ブーンは暖かな追憶に心をもたれさせて、そっと目を閉じた。




53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:44:10.03 ID:kLLE5Q4M0
(´・ω・`)「あれれ。おかしいな。地図通りに車を走らせたはずなんだけど」

ξ;゚?゚)ξ「すごい雪・・・。先の景色が見えませんわ」

ζ(>ε<;ζ「もしかして、あたし達は遭難しちゃうんですの? そうなんですの!?」

( −ω−)「んんん・・・・・・。静かにしたまえお」

三時間ほどが経ってブーンが目を覚ますと、車内は何やら騒然としていた。
ツンとデレ、そしてショボンも慌てた様子である。ブーンが後ろから身を乗り出して訊ねる。

( ^ω^)「どうしたのだお?」

(´・ω・`)「どうにも道に迷ったようだ。ちゃんと地図に従って運転していたのだけどね。
      おまけに、視界が白で埋まるほどの雪が降っている。困ったなあ・・・・・・」

本当に困った表情のショボンが説明する通り、フロントガラスから見える景色は白一色だ。
叩き付けると言っても良いぐらいの勢いで、雪が曇天から降っている。猛吹雪である。
これでは、車を走らせるのは厳しい。引き返して停車させた方が賢いのは、明らかだ。




54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:45:15.09 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「一度、安全な場所に車を停めるべきだお」

(´・ω・`)「そう思ってトンネルに戻ろうとしたんだけど、無くなっていたんだよ」

( ^ω^)「なにが?」

(´・ω・`)「トンネルが」

( ^ω^)「馬鹿な」

ξ;゚?゚)ξ「本当ですよ。長いトンネルを抜けると、猛吹雪になっていたんです。
      ショボンさんは、すぐにトンネルに戻ろうとしたんですけど――」

ζ(>、<;ζ「消えていたんですの! それから全く知らない道が続いているのです!」

ツンとデレが補足した。話をまとめれば、“来た道が消えてしまった”ということである。
まさか、マヨイガにでも入ったのか。そんなはずはあるまい。あれは日本に伝わる奇談である。
それにマヨイガは、花々が咲き乱れる素敵な場所だ。雪が吹き荒れる場所では、決してない




55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:46:09.82 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「・・・・・・今、僕達はどこに居るのだお?」

(´・ω・`)「すまない。分からないんだ。薄っすらと木々が見えるから、山道だと思う。
      地図によれば、トンネルを抜けると小さな町に入るはずだったのに。
      今は車を停めて、雪の勢いが弱まるのを待っている。・・・その気配はないけど」

ブーンは勢い良くシートに背中を埋め、大きなため息を吐いた。まったくの災難である。
折角の楽しい旅行が台無しだ! ブーンは、ぶつぶつと運転手を務めるショボンに愚痴る。
五分ほどして、ブーンはすっかりと黙り込んだ。愚痴を溢しても、状況は好転しない。
以前よりかは、やや大人になったらしい彼は、腕を組んでフロントガラスの外へと目を遣る。

荒れ狂う雪は止む気配がない。ワイパーに除けられても、すぐに降り積もろうとする。
ブーンに一種の恐怖がこみ上げる。自分達は本当に、遭難してしまったのかもしれない。
雪は好きだが、程度を自重してこそのものだ。眉根を寄せ、ブーンはただじっと中空を睨む。

( ^ω^)「――お」

「城だ」、とブーンは思った。白に染められた景色の中に、灰色のシルエットが浮かんだのだ。
その形状が、歴史の書物に描かれていた城と酷似していたのである。あまりにも巨大な城だ。
ここから数百メートル先に、山のように巨大な城が聳えている。ブーンは心を奪われた。

( ^ω^)9m「・・・ショボン。あれは、何だろうかお?」




56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:46:45.90 ID:kLLE5Q4M0
(´・ω・`)「え?」

ショボンは、ブーンの指の先を追った。そこには、ブーンが視認したシルエットがある。
城。ショボンも彼と同じ感想を抱き、感嘆の息を漏らした。そして、ハンドルに手を置いた。

(´・ω・`)「誰かの邸かな・・・。けど、これは僥倖だ。あそこに、一時的に避難させて頂こう。
      人が住んでいるかは分からないけど、ここで立ち往生しているよりかはマシだ」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですの。きっと、素敵なお邸ですの。ミステリー小説みたいです」

ξ゚?゚)ξ「目視のままの想像ですと、完膚なきまでに内藤邸の負けですね。お兄様」

( ^ω^)「ふん。ただ、大きいだけの代物かもしれない」

そうして、車は遠くに見える城のような邸の影に向かって、ゆっくりと動き始めた。
時刻は十時。依然として雪は勢いを増すばかりで、風は唸り声を上げて吹き荒れていた。




57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:47:38.00 ID:kLLE5Q4M0
(´・ω・`)(とてつもない大きさの邸だな)

ブーン達を車の中に残し、ショボンは吹雪の中を遮二無二進んで門の前に立った。
邸はいかめしい石壁に囲われている。高さは標準的な人間の身長で測ると、四人分はある。
赤錆びた鉄製の門の側に、インターホンがある。これは通常のサイズで、何だか滑稽である。
まあ、インターホンまで巨大にするわけにはいくまい。ショボンはスイッチを押した。
メロディは鳴らなかった。邸の中に、音は響いたのだろうか。ショボンは反応を待った。

暫くして、誰も出て来ず、ショボンが諦めて引き返そうとすると、門が重々しい音とともに開かれた。
インターホンの音はちゃんと邸の内部に鳴り渡り、無事に住人の耳に届いてくれたのである。
門が開いて現れたのは、三人の人間であった。給仕服の女性が一人と、スーツ姿の男性が二人。
まずショボンは、男性二人に挟まれた給仕服の女性に目が行った。彼女が一番に目立っている。
オレンジ色に染められた髪の毛に左目が隠され、何というか・・・ガラが悪い印象を受けるのである。
右目の目付きが鋭い。給仕服を着ていなかったら、男性と勘違いしてしまうかもしれない。

从 ゚∀从「何の用だ? ・・・つっても、俺達には分かってるけどな。迷い込んだんだろ」




58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:48:32.91 ID:kLLE5Q4M0
自分のことを“俺”などと呼んだが、声は女性特有の高いものだった。仄かに優しさもあった。
女装をした男性ではない。きっと、両親に男らしく育てられたか、元々の性格なのだ。
それよりも、ショボンは重大な事実に気が付いた。目の前の三人の背中には、黒い翼があるのだ。
三人は影なのであった。自分達が“迷い込んだ”ことを知っている。罠なのかもしれない。

(´・ω・`)「いやあ。仰られる通りだよ。道に迷って――此処の住人は人間ではないようだ」

从 ゚∀从「うほっ! おい、デブとノッポ! 聞いたか!?」

ショボンの言葉を聞いた三人は、顔を寄せてひそひそと話し始めた。デブとノッポ。
確かに、男性二人の体型を的確に表していた。一方が小太りで、もう一方は長身である。
小太りの男性は、じろじろとショボンを見て落胆し、のんびりとした口調で言う

(*´ω`*)「君は、まるくないなあ。おまんじゅうみたいじゃないなあ。かわいくない」

(´・ω・`)(・・・・・・)

ショボンには、小太りの男性の言葉の意味を、即座に理解出来なかった。・・・かわいくない?
男なのだから当然だろうに。自分が丸くてお饅頭みたいであったら、気に入られたのか。
ということは! ショボンはハッとして、男性から距離を置いた。ガチホモの可能性がある。
その様子を見ていた女性が男性の肩に腕を回して、けらけらと笑いながら紹介する。




60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:49:32.04 ID:kLLE5Q4M0
从 ゚∀从「ああ。こいつは丸川・ガイドラインといって、ゲイだ。気を付けろ」

(*´ω`*)「僕は、まるくておまんじゅうみたいな男の子しか、興味がないの」

(´・ω・`)(やっぱりか)

この太った丸川という男。ショボンが推理した通り、男色家であった。危険な男だ。
警戒心を強めるショボンを他所に、女性は紹介を続ける。彼女は親指で後ろを指した。

从 ゚∀从「俺の後ろに居る寡黙な男は、オッコトワーリ・ガイドラインだ。丸川の弟だぜ。
      何でも拒絶してしまう男だ。そう! 相手の幸せな人生さえも、な。クックック」

( ゚ω゚ )「・・・・・・」

オッコトワーリという男は、低身長の兄とは対象的に、身長が二メートルはあり、細身の男だ。
身体は無駄な贅肉がなく引き締まっており、相手を射抜くような鋭い目付きをしている。
こういう男は何を考えているのか分からないので、注意しておくに越したことはない。
女性は気だるげに指を下ろし、自分の胸に手を置いた。胸部には女性らしい起伏がある。




62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:51:39.69 ID:kLLE5Q4M0
从 ゚∀从「そして、俺が給仕長のハインリッヒ・高岡だ。よおっく覚えていろ」

(´・ω・`)「ご丁寧にどうも。僕はショボン。仲間と一緒に都会へ行く途中だったんだが、
      この悪天候だ。軒を貸して貰おうと思ったんだけど、どうしたものかな。
      見たところ皆さんは影のようだ。ということは、ここの主人も影なんだろう。
      僕は全く気にしないけど、実はこっちの連れにも影の女性が一人だけ居てね。
      これがまた、見過ごしておけば良い問題に、顔を突っ込んでしまう女性なんだ。
      普通の人間も二人居るんだけど、どちらも影が視える。やあやあ。参ったもんだよ」

从 ゚∀从「これはこれは。しかし、俺達にはお前らに何かしようというつもりはないぜ。
      邸の中に入れば良いさ。よおく、相談してからな。話が纏まったら言ってくれ」

(´・ω・`)「うん。そうさせて貰うよ。命に関わることかもしれないし」

ショボンは車の中へと戻って、ハインという女性から聞かされた話を三人に語った。
ブーンとデレの二人は、ショボンが思った通りに興味を示し、ほがらかに了承した。
向こうに悪意はなさそうなのだから、何もしなければ良いのだが。・・・無理な話か。
問題はツンである。彼女は影が嫌いと言っていた。反対するだろう、と彼は思っていたが、
意外にもツンも了解した。話がまとまり、ショボン達は邸に入れてもらうことになった。




64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:53:05.71 ID:kLLE5Q4M0
―3―

(*´ω`*)(やだ。あの、まんなかの男の子かわいい。おそっちゃおうかな)

(;^ω^) ブルッ

邸の中に入ったブーンを襲ったのは、言い知れぬ寒気であった。彼は狙われている。
命をではなく、体をだ。それは置いといて話を進めるが、邸内は偉観であった。
今、彼らが立っているのは玄関ホールである。格調高いホテルのロビーのように広大だ。
内藤邸とは段違いで、ブーンがこき下ろす部分を目ざとく発見しようとしても見付からない。
外観だけではなく、内部もブーンの自宅の完敗である。ブーンは沈黙したままだ。
ハインは、丸川とオッコトワーリを自分の後ろに並ばせ、清楚な動作で片腕を横に伸ばす。

从 ゚∀从「この邸は、茂良家の長男であるモララー様が建てたもんだ。
      上空から邸を見れば、時計の針が九時を差している形になっている。
      だから、昔は“九時館”と呼ばれていた。どうでも良い話だけどね」

                 北
              湖         ←茂良邸
           西   _|   東   このAA作成に一時間を消費しました从;∀从
           
                 南




66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:55:10.40 ID:kLLE5Q4M0
ξ゚?゚)ξ「茂良家ですって? もしかして、茂良時計製作社の?」

やや緊張した面持ちで、ツンが口を開いた。その高い声は邸の空間へと吸い込まれて行った。
ハインはにやりと笑んで腕を下ろす。一拍休んで、彼女は肩まである髪の毛をくしゃりと掻いた。

从 -∀从ゝ「そうだよん。俺達は、いわれ正しき茂良家に雇われた使用人なのさ」

胸を張るハインからは、茂良家の使用人としての誇りを持っている印象を受ける。
恐らく、茂良家は従順な使用人に恵まれているに違いない。それは素晴らしいことだ。

ξ゚?゚)ξ「でも、茂良家長男の家は、不審火で全焼してしまったと聞きますわ。
       昔、ニュースで知りました。住人は全員遺体として見付かったはず――ああ」

从 ゚∀从「うんうん。放火でむざむざと殺されたから、俺達は人間に恨みがあるんだ。
      ・・・だが、もう十何年も昔の話だ。怒りを通り越して、笑いが出てくるっつーの。
      そんなワケで。今日は、雪が止むことはない。この邸を満たしている力の影響だ。
      客人用の部屋もあるし、一晩泊まって行けばいいさ。食事も出そう。おい。丸川」




67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:56:32.41 ID:kLLE5Q4M0
パチン、とハインが指を鳴らした。丸川はブーン達の前に立って一礼し、鍵束を出した。

(*´ω`*)「僕が案内するよ。でも、おかしいんだよ。僕は執事なんだ。
       どうして、メイドのハインがえらそうなんだろう。ヘンだよねー」

从 ゚∀从「へえ! とんまの丸川も言うようになったなあ!」

ハインの声に、丸川は身体を震わせた。ブーン達一同は、使用人の間の力関係を把握した。
粗暴そうなハインが一番地位が高く、丸川やオッコトワーリは彼女の下に控えているのだ。
女性はどこでだって強いものだ。ブーン達は丸川に先導され、邸の西側へと案内される。
かなりの幅がある廊下に一同が足を踏み入れると、ふとハインが大きな声で呼び止めた。

从 ゚∀从「ああ。一つだけ注意事項がある! 俺達はお前らに危害を加えないが、
      ご主人様はそうじゃない。決して、ご主人様の在り方に気付くんじゃないぞ!
      気付けば、絶対にお前たちを無事では済まさない。分かったな!」




68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:57:14.39 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「気付けば? どういう意味だお」

“気付けば狙われる”とは、おかしな話である。“気付かれたら狙われる”、なら分かる。
ハインが投げかけた言葉にブーンが疑問を覚えていると、丸川が説明を付け加える。

(*´ω`*)「シンエンをのぞいたとき、シンエンにもまたのぞかれるんだよう」

从 ゚∀从「ご主人様は既に正気を失っていて、現実とは乖離したところに居る。
      時折、甘い匂いを伴って姿を見せるけど、大体は“あちら側”に居る」

(´・ω・`)「甘い匂い?」

从 ゚∀从「ご主人様は、ガラム・スーリヤっていう銘柄の煙草が好きでね。
      その煙草の匂いだ。匂いがすれば、その場から一目散に逃げるのを勧めるよん」

(´・ω・`)「あの重い煙草かい。うん。ここの主人は、どうやら相当おっかない方のようだ。
      主人を見付けてしまわないよう、僕が見張っておくよ。この二人を、ね」




69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:58:06.93 ID:kLLE5Q4M0
ショボンは、ブーンとデレの肩に腕を回した。一行の中で、もっとも危険な二人である。
この二人の問題児は、厄介な騒動を起こしかねない。終始、鎖で縛り付けておくべきだ。
デレはわけが分からず首を傾げ、ブーンはショボンが彼女に触れたことに腹を立てる。

ζ(゚ー゚*ζ「? どういうことですの?」

(#^ω^)「ショボン! 汚らしい手でデレに触るなお! さっさと離せ!」

予想していたままの反応であった。ぱっと、ショボンが二人から腕を離す。
それから、ブーン達は丸川に連れられて、西側の廊下の最奥にある客室へと目指す。
この邸の廊下。隅から隅まで上等の絨毯が敷かれ、美しいのだが何かもの足りない。
はたして、何がもの足りないのか。それは、賢明なブーンの眼には一目瞭然であった。
廊下には何も飾られていない――つまりは殺風景なのである。まったく面白みがないのだ。
折角、内も外も古城然としているのだから、甲冑の一つや二つ置けば良いのに。つまらん。

( ^ω^)「つまらん。やっぱり、内部は圧倒的に内藤邸の勝ちだお」

ξ゚?゚)ξ「・・・・・・」




71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:59:19.29 ID:kLLE5Q4M0
(*´ω`*)「あの。ちょっと、お尋ねしたいことがあるんだよう」

ふと、丸川が足を止めて振り向いた。彼の視線はブーンへと真っ直ぐに向けられている。
ブーンも丸川へと視線を遣る。彼の顔は贅肉が集まっていて、つぶらな瞳の童顔である。

( ^ω^)「なんだね? 早く案内したまえお」

(*´ω`*)「ナイトウさん、だっけ? ナイトウさんの、あだ名をおしえてほしいの」

( ^ω^)「・・・? どうして」

(*´ω`*)「親しみをこめたいんだよう。ねえ。おしえてよー」

気持ちの悪い男だ。執事の身分で、客人に自己紹介を望むとは。ブーンは無視しようとする。
だがしかし、丸川の子猫のように可愛らしく純真な瞳にやられ、彼は目を瞑って渋々答えた。

(;−ω−)「・・・・・・ブーンだお。あまり好きじゃないから、連呼するなお」




72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 15:59:59.83 ID:kLLE5Q4M0
(*´ω`*)「ブーン、ブーン」

両拳を握り、丸川は何度も反芻して、内藤ホライゾンという青年のあだ名を記憶に刻み込む。
そのうっとりとした様子は恋する乙女に似ていて、ショボン以外の人間は不思議に思った。
そして、ぱあっと晴れやかな表情で丸川は天を仰いだ。ヘブン状態といった表現が適切だろう。

(*´ω`*)「ブーンちゃん。おまんじゅうみたいで、まるくてかわいい。あいしてる」

(;^ω^)「!?」

ξ;゚?゚)ξ「・・・・・・」

ζ(>、<;ζ「ブーンさんは、あたしの旦那さんですの! 渡しませんの!」

(´・ω・`)「ハインさんが言ってたけど、丸川君は男性が好きだそうだよ。
      クーさんに引き続き、君は罪な男だね。ははは。いやあ。愉快愉快」

(#;ω;)9m「それを早く言いたまえ! いいかお! 僕に絶対に近付くなお!」




74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:00:47.56 ID:kLLE5Q4M0
絶対に近付くな、絶対にだ。ブーンは丸川の胸に指を突きつけて、幾度と厳しく忠告する。
一途な愛を拒否された丸川は、しょげ返って泣き出しそうなるが、しっかりと職務を続ける。
長い廊下だ。いつまで経っても、客室がある突き当たりに着かない。ブーンは右へと顔を遣る。
廊下の右側は大きな透明のガラスが嵌め込まれていて、外の吹雪の様相を眺めることが出来る。
相変わらず横殴りの風雪だ。空は黒色に近いねずみ色で、重々しい雲が低いところに留まっている。

(*´ω`*)「お邸の近くには湖があるんだけど、最近は雪がひどくてみえないんだよねえ。
       思い返したら、あの親子の影がイタズラしてからなの。ご主人さまが怒ってるんだ」

( ^ω^)「親子の影だって?」

ζ(゚、゚*ζ「もしかして、クーさんとヒートさんが言っていた人達ですの?」

二人には心当たりがあった。クーを起こし、ヒートに魔性の懐中時計を授けた二人の影である。
丸川は顎を上下に一度動かして、吸い込まれそうな廊下の向こう側へと視線を遣りつつ語る。


(*´ω`*)「あれれ。ブーンちゃんの知り合い? だったら、きちんと注意しておいてね。
       その人達が、お邸中の時計の針の動きをめちゃくちゃにしちゃったんだ。
       早くしたり、遅くしたり。全部元に直すのに、もう大変だったんだよー。
      一時的にとはいえ、みんなのバイオリズムがおかしくなったんだから」




75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:01:49.66 ID:kLLE5Q4M0
なかなか面白い情報だ。クーの眠りを妨げ、ヒートに得物を託し、茂良家の主人を怒らせた。
二人の影は、一体何をしようとしているのか。須名邸で発見した置手紙から鑑みるに、
人々を混乱させる悪事を働こうとしている。良い行いではないことだけは、確かである。

(*´ω`*)「はい。ここが客室だよ。部屋割りはどうするの?」

丸川とブーン達は、客室の前に立った。最も奥には二階への階段が配置されている。
ブーンは、ツンとデレと自分の三人で一つの部屋を借りようと申し出たが、ツンが断った。
比翼の邪魔は出来ませんわ。ツンは端から二番目の部屋の扉を、丸川に開けて貰った。
ショボンは三番目の部屋を。残されたブーンとデレは、階段側の部屋を借りることになった。

( ^ω^)「やっぱり、部屋の中も殺風景だお」

ζ(゚ー゚*ζ「何も飾り物がありませんの。テレビも・・・。あ、時計がありますの」

客室は、客人をもてなす機能が欠如している。ベッドが二つあり、ソファが置かれてある。
それ以外はソファに備えられた木造のテーブルくらいで、目を楽しませるものが一つもない。
やたらと広い洋間は、寂しいものだった。デレは、壁の上部にかけられた時計を見上げている。
陳腐な鳩時計である。時計の針は正午をさそうとしている。ブーンはベッドに寝転んだ。




76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:02:44.14 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「それにしても、外からの見てくれだけで、つまらない邸だお」

ブーンが寝返りを打ってベッドを軋ませると、時計を眺めていたデレが振り向いた。

ζ(゚ー゚*ζ「この邸のご主人が力を使って、燃やされる前の姿に変えていますの。
       小道具にまでは、さすがに手が回らなかったのだと思います」

( ^ω^)「へえ。ここの主人、モララーとやらの力量は、如何ほどのものなのかお」

ブーンは手招きをして、デレを呼び寄せた。彼女はてててと足を動かせ、ベッドに飛び乗る。
二人に、ベッドは二つも必要ないのである。一つで充分なのだが、一人用のベッドなので狭い。
デレの頭を胸の中に抱いて、ブーンはシルクのように繊細な髪を撫でながら言葉をかける。

( ^ω^)「街一つに呪縛をかけたヒートでも、それほど強くないと君は言ったね。
       じゃあ、邸一戸にしか力を及ばせられないここの主人は、もっと弱いのだお」

ζ(゚、゚*ζ「そうとは限りません。あたしは、呪縛の範囲はこの辺り全てだと見ます。
       しかも、あたし達を見知らぬ道に迷わせた――この邸は動いているのです」




77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:03:33.28 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「邸が、動いている?」

まさか邸に足が生えて、テクテクと歩いているわけではあるまい。怪談ではないのだから。
凡庸で無力な人間のブーンは、影であるデレの言いたいことが、ちっとも理解に至らなかった。

ζ(゚、゚*ζ「邸ごとが、世界を転々と旅をしているのです。入念に姿を隠しながら。
       たまたまあたし達は、その場所に行き当たって迷い込んだのです。
       この邸は、時計の針のリズムを刻んでいる・・・・・・生き物と同じなのですの」

先ほどよりは、想像し易い説明だった。つまり、邸の主人の不思議な力が働いているのだ。
そして、邸は世界中を旅している。今回、ブーン達一行は邸の力に巻き込まれたのである。

ζ(゚、゚*ζ「だとするとですね。ここのご主人は、極限に近い力の持ち主だと思われます。
       ええ。影の中でも最強ですの。邸ごと移動させるなんて、通常では考えられません。
       玄関でハインさんは、ご主人が正気を保っていないと仰っていました。
       今回ばかりは、退治を勧めません。皆がみんな、優しいわけではないのです」

( ^ω^)「実力行使をしてくる可能性がある、っていうことかお。でもね」




78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:04:16.11 ID:kLLE5Q4M0
ブーンはむくりと身体を起こした。力強く握った右手を見つめ、彼は決心を固める。

( ^ω^)「僕は、つらい過去を背負った影共を見過ごせないのだお。
       僕自身。母親を事故で亡くしたから、彼らの気持ちはよく分かる。
       まあ、僕の聡明な頭脳を見せ付けたい、というのが一番の理由だけどね!」


ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・」

目立ちたいためだけではなく、救済の念もあるのだ、とブーンはらしくないことを言った。
本当に彼の言葉か疑わざるを得ないが、確かにブーンが言い放った言葉である。
ブーンはベッドから降り、廊下へと続く扉の前に立って、ドアノブに手を触れた。

( ^ω^)「さあ、今からこの邸を探検し尽してやるお! デレも手伝ってくれ!
       主人の正体を知り、決定的な愛を突き付けてやるのだお! おっおっお!」

ζ(゚ー゚*ζ「・・・! はいですの!」

謎多き洋館の隅々を調べ、館の主人であるモララーを苦しみから解き放ってやるのだ!
ブーンはデレの手を取って勢い良く扉を開き、静かな廊下へと飛び出したのだった。




79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:05:59.26 ID:kLLE5Q4M0
| 扉 |・ω・`) ジィー

| 扉 |゚?゚)ξ ・・・・・・

(;^ω^)「うわ!? 君達は何をしているのだお!」

ブーンが廊下に出ると、ショボンとツンが半分だけ扉を開けて、それぞれ顔を覗かせていた。
二人ともじとじととした目線で、浮かれ調子のブーンとデレを見つめている。ちょっと、怖い。

| 扉 |・ω・`)「いやね。そろそろ話が纏まって、君達が探索を始めるんじゃないかなと」

| 扉 |゚?゚)ξ「私も右に同じです。お二人とも、どうか騒動は起こさないでください」

ショボンとツンには、二人の行動パターンを読まれきっていた。さすがは保護者である。
見抜かれたブーンは平静を装って、顔を見せている二人を指差す。彼の身体は震えている。

(;^ω^)9m「ふふふん。君達の勘は外れだお。僕達は、そう。花を摘みにいくのだお!」

| 扉 |・ω・`)「ふうん。まあ、良いけどさ。あまり、邸の方々に迷惑かけちゃだめだよ」




80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:07:37.28 ID:kLLE5Q4M0
言って、ショボンとツンは同時に扉を閉めた。まるでコメディ映画のような顛末だった。
ブーンは「やれやれ」と肩を竦め、デレは苦笑いをしてそんな彼の顔を見遣る。
なにはともあれ、ブーン達は二人の識者によってたしなめられ、行動を止められた。
仕方なく、ブーンはデレと共に、ただ邸を歩くだけにした。友人はともかく、妹は怖い。

茂良邸を俯瞰で見れば、“L”の字を左へとひっくり返したものとなっている。
二階建ての洋館で、敷地面積は内藤邸の五倍はあるだろう。石造りで重厚な佇まいだ。
主人であるモララーが人間として生きていたころは、さぞや栄華を誇っていたに違いない。
・・・モララーは、“あちら側”に居るとメイドが言っていたが、“あちら側”とはどこなのか。
そのようなことを考えながら、ブーンは玄関ホールを折れて、北側の廊下を進んでいる。

( ^ω^)「ふむ。一階は全て客室のようだお。おや、ここは食堂かお」

ブーンは、テーブルとたくさんの椅子が並ぶ部屋へと入った。二十人は収容が出来る広さだ。
幻想が具現化した邸でも汚れは表れるらしく、薄暗い食堂にはわずかに埃が漂っている。
それでも、テーブルにも床にも埃は積もっていないので、ハイン達の勤勉さが窺い知れる。
一脚の肘掛け椅子に座り、ブーンは足を組んで食堂を見渡す。壁に一枚の絵が飾られていた。

( ^ω^)「肖像画かお」




81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:08:26.24 ID:kLLE5Q4M0



                     ( ・∀・)     (゚、゚トソン                         



額に収められた肖像画には、鋭い目付きをした男性と、大人しそうな女性が描かれている。
黒いスーツを着た男性が、車椅子に座る女性の後ろに立っているといった構図である。
もしかしたら、男性がモララーなのではないだろうか。ならば女性は、彼の夫人だと思われる。
一頻り絵を眺めながら推測していると、扉が開く音がして、ブーンとデレは振り返った。

从 ゚∀从「おいおい。あまり邸をうろつくなよな。掃除の行き届いてないところがバレる」

ハインが、ワゴンを押して食堂に入ってきた。ワゴンの上には白い食器が置かれている。
そういえば、もう昼食時なのだ。テーブルを布巾で丁寧に拭く彼女に、ブーンは話しかけた。

( ^ω^)「君。あの絵に描かれているのは、ここを所有している夫妻かお?」

从 ゚∀从「さっきの話を聞いてたのか? ご主人様のことを知ろうとするなっての。
      ・・・まあ、名前ぐらいは良いか。奥様のトソン様と、その旦那様のモララー様だ。
      お二人は本当に仲が良かった。生涯一人身の俺からしたら、羨ましかったよ」




82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:09:49.21 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚ー゚*ζ「“良かった”ということは、今は仲がよろしくないんですの?」

ハインの言葉は過去形なのだ。それは、現在は仲たがいをしているということである。
デレが問いかけたが、主人の話題を避けるハインは、無言でテーブルクロスを敷いていく。
これ以上は教えてくれそうにない。ブーンはデレの手を握って、食堂を出ようとする。

从 ゚∀从「おう。もうすぐ昼食の準備が整うから、お前らのツレを呼んでこいよな。
      久しぶりの客人だ。嬉しさ余って、完全無欠に歓迎してやろうじゃないか」

犬歯を見せて自信あり気に笑うハインではあるが、如何せん言葉使いや行動が乱暴すぎる。
その証拠に、テーブルクロスはいびつに敷かれており、彼女の給仕としての能力は高くない。
モララーが履歴書に採用の判を押したとき、他の人物と間違ってしまったのかもしれない。
・・・それは言いすぎだとしても、ハインはちょっぴり粗野である。しいー。彼女には内緒だよ。

( ^ω^)「昼飯は何なのだお? この内藤に、つまらないものは出すなお」

从 ゚∀从「サンドイッチとコーンスープだよ。特別に、デザートもお出ししてやろう」

( ^ω^)「すぐに呼んでくるお!」




83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:10:39.25 ID:kLLE5Q4M0
外では雪が降りしきっている寒い空間で、じっくりと煮込まれたコーンスープは有り難かった。
ブーンは食事を摂り終えたあと、ややだらしのない姿勢で椅子に座って人心地ついている。
ツンは使用人から不要になった毛布を借りて、車の中に置いたままの飼い犬の様子を見に行った。
あの犬なら脂肪という防寒具があるので大丈夫だろうが、念には念を入れておくべきである。
ブーンが視線を食堂の端に遣ると、ハインを呼び止めて会話をしているショボンの姿があった。

(´・ω・`)「いやあ。ご馳走様でした。是非、ここの主人に礼を言いたいんだけど無理かな」

从 ゚∀从「やめておいた方が良い。お前らが帰ったあと、俺がご主人様に伝えておくよ」

(´・ω・`)「よろしくお願いするよ。・・・そう言えば、茂良時計製作社って大企業だよね。
      時計業界では、世界の六十パーセントくらいのシェアを誇っているらしいね」

从 ゚∀从「七十パーセントだぜ。今はどうなっているかは知らないが、昔はそうだった。
      モララー様が他界したあとは、弟のモララエル様が会社を後継したようだけど」

不思議な会話だ。モララーは既に亡くなったのに、二十一グラムとして現世に居るのである。
知らない人が聞けば混乱してしまうような話を二人がしていると、ブーンが割り入って来た。




84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:11:48.92 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「ふん。所詮、時計だけで成り立っている会社ではないかお。
       我が内藤コーポレーションは、多岐に渡る分野を手がけているのだお」

从 ゚∀从「は?」

(´・ω・`)「気にしない方が良い。ブーンは金持ちの息子――いわゆる一つのボンボンでね。
      それにありがちな病を患っているんだ。真面目に受けていると、疲れるだけだよ」

从 -∀从ゝ「あー、把握した。道理で、偉そうな態度を取る男だと思ったぜ」

歯に衣着せぬ性格のハインは忌憚なく言って、オレンジ色の髪の毛を左手でくしゃりと掴んだ。
主に話を受け答えしたときに取る、彼女の癖なのだ。ブーンは腕を組み、口調に怒気を孕ませる。

( ^ω^)「僕は偉そうになどしていないお。他者に配慮が出来る、謙虚な人間なのだお」

从;゚∀从「・・・どこが? アンタ、よくこれまで生きて来られたな」

(´・ω・`)「心が大河のごとく広くて穏やかな、僕達友人が支えているおかげです」




85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:12:57.30 ID:kLLE5Q4M0
どこが広くて穏やかなのだ! ショボンの生き様を知っているブーンは、叫びそうになる。
だがしかし、何とか堪えて平静を装った彼を見るに、少しは成長をしているのだろう。

(;^ω^)「この男は・・・。そうだ。ハイン。この邸には、見所のある場所はないのかお?」

从 ゚∀从「見所? この邸自体が見所だとは思わねーのか」

( ^ω^)「思わないね! 時計会社の邸のくせに、変わった時計はないし。つまらんお!」

从 -∀从「本当は色んな時計があったんだけど、ご遺族の方々に持って行かれたんだよなあ。
      あるのは各部屋に一つずつある、からくり時計だけ・・・。書斎になら何かあるかもな」

( ^ω^)「書斎かお。僕は本が好きだお。あとで行ってみよう」

从 ゚∀从「書斎は二階の北側だ。ご主人様の本だから、絶対に汚すんじゃねーぞ」




87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:13:48.50 ID:kLLE5Q4M0
食事後。一時間してから、ブーンはデレと共に、二階の北側にある書斎へとやって来た。
何かで言っていたが、「愛し合う二人は、いつも一緒」。そいつが何より大切なのだ。
多少狂気めいているほど、愛は美しい。二人は常に手を繋いで、恋の歌とやらを唄うのである。
書斎は高等学校の図書室ほどの広さがあり、大量の木製の書架が等間隔に並べられている。
ただし、収められている本の数は少なく、だらしなく横に倒れている本の姿が散見される。
邸の主人の力が及んでいないところである。ブーンは一冊の本を手に取り、本棚にもたれた。

( ^ω^)(チェコ語かお。何が書かれているのか、まったくもって分からん)

ζ(゚ー゚*ζ「あ! ブーンさん、難しそうな本を読んでますの。凄いですの」

( ^ω^)「まあね」

ζ(゚、゚*ζ「どんな内容ですの。あたしには、タイトルすら読めませんの」

(;^ω^)「あ、あとで教えてあげるお。デレも何か探してくると良い・・・」

\ζ(゚ー゚*ζ「はあい!」




88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:15:20.29 ID:kLLE5Q4M0
デレはいつも元気だ。世界にあまねく、うつ病や社会不安障害といったものとは無縁である。
ととと、と彼女は駆けて行った。気取り屋なブーンは、読める風を装いながらページを捲っていく。
しばらくして、デレがブーンの元に戻ってきた。手には、一冊の薄いノートが握られている。

ζ(゚、゚*ζ「本棚に置かれてましたの。誰かの日記帳みたいですの」

( ^ω^)「日記帳?」

デレにノートを差し出されたブーンは、難解難読な本を本棚に戻して、それを受け取った。
そして彼は、怪訝そうに眉を集めてノートを開く。そこには大きく豪快な文字が書かれていた。

“私は死んだのだ。不届き者が、悪戯に火を放ったのである。いくら石造りの邸とはいえ、
 内部はそうではない。時刻が深夜だったという事もあり、使用人を含め皆死んでしまった。
 ・・・だったのだが、どういう事か私は生きている! 幽鬼ではない。地に両足を着いている。
 鏡を見れば、自分の背中に黒い翼が生えていた。きっと、在世中への悔恨の証左なのだ。
 何か面白みでもあれば永遠を過ごせるだろう。しかし、私の最愛の人間はこの邸には居ない。
 私はこうして現世に留まったが、君は天国へと旅立ってしまったのだ。ああ、恨めしい。
 命がその寿命を終えても一緒に居ようと、誓い合ったのに、あれは偽りだったのだろうか。
 今は日記を認められるまでに正気を保っているが、いつまでそうしていられるかは分からない。
 私には不思議な力が使える。少しでも長く正常でいられるよう、邸を平穏な時の姿にしておこう。
 ・・・・・・私はこんなにも恋焦がれているのだ。邸の何処かに隠れているのなら、出てきてくれないか。




89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:16:28.83 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「・・・いいね! これはモララーの日記帳だお!」

ζ(>、<*ζ「ですの! トソンさんとはぐれてしまって、嘆き悲しんでおられるんですの!」

ブーンとデレは歓喜の声を上げた。これは、主人が命を落としたのちに、書かれた日記である。
日記によれば、死後に連れ合いが傍らから居なくなっていたことに、モララーは悲嘆しているらしい。
ショボン達に行動を制止させられていた二人の心に、ここに来て再び好奇心が首をもたげ始めた。
日記をペラペラと捲っていると、後ろに行くにつれて徐々に文字が精微を欠いていく様が見れた。
文字数も少なくなっていく。恐らく、モララーが孤独に耐えられなくなって行ってしまったのだ。
最後の頁にはこう書かれている。“誰もが私を見過ごしていてくれ。私は夢の世界へと沈んでいる。”

( ^ω^)「夢の世界、かお?」

ζ(゚ー゚*ζ「きっと辛い現実から逃れて、夢に意識と身体を預けたんですの。
       だから、ここにはモララーさんは居ないのです。夢の中に居るのです」

( ^ω^)「なるほど。業界の頂点に君臨していたくせに、女々しい男だお」




91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:19:23.43 ID:kLLE5Q4M0
これで茂良邸の現在の状況が、ある程度判明した。モララーは夢に浸っていて姿を現せないのだ。
ハインは気付けば狙われると言っていたが、どれくらい知ってしまえばモララーが現れるのか。
しかし、自分達が気付いたころには、モララーの心を満たす品々を発見していそうな気がする。
それなら具合が良い。指を鳴らしたブーンは、日記帳を拝借して邸内を探索することに決めた。

( ^ω^)「よし! 探索を再開するお! モララーを白日の下に晒し、輪廻に送るのだお!」

ζ(゚ー゚;ζ「でも、ツンさんとショボンさんが・・・・・・」

( ^ω^)「ふっ。暗中飛躍して、内々に処理をしてしまえば良いのだお。僕達なら可能だお」

「出来るのでしょうか?」。逡巡しているデレの背中を押して、ブーンは書斎を出た。
これから探すのは、何らかのヒントが残っていそうなモララーの部屋か、トソンの部屋である。
一階にはそれらしき部屋が見当たらなかったので、ただいまブーン達が居る二階の線が濃厚だ。
広間、応接室、また広間。一部屋ずつ確認していき、ようやく夫妻の部屋を発見した。




93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:20:38.91 ID:kLLE5Q4M0
廊下の折れ曲がったところに位置しているこの部屋は、他のものとは明らかに感じが違う。
まず、扉が重厚な黒塗りのものだったし、部屋の中には様々な時計が飾られた棚があるのだ。
マントルピース(暖炉の上の飾り棚)の上には、砂時計や高価な腕時計などの小物が置かれている。
ガラス張りの物入れにあらゆる用途の時計が収めてあったりと、いかにも時計会社らしい部屋だ。
デレが部屋の真ん中に立ってぐるりと見回すと、隅の方に奇妙な物体を見付けた。

ζ(゚、゚*ζ「何ですの? これ」

腰を屈めたデレが眺めるもの。それは長さが一メートルはある、背を丸く反らせた刃物だ。
ハサミのような緑色の持ち手がある。刃は銀色に輝き、錆がなく、生命の息吹を感じさせる。
一体何に使うのやら、その正体不明の異質の刃物は、ぽつんと壁に立てかけられている。

( ^ω^)「分解したハサミの片割れ・・・? それにしても大きい」

それとは別にも用途不明なものはある。ベッドの近くに置かれてある、等身大の木造の人形だ。
ガラス玉の眼球は空を見つめている。四肢が可動する人形には、ご丁寧にもスーツが着せられていた。
モララーには、おかしな蒐集癖があったのだろうか。金持ちのセンスは、常人には計り知れない。




95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:21:44.69 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚*ζ「あ。あそこに、写真立てがありますの」

デレがデスクに寄って、写真立てを持ち上げた。収められている写真は、集合写真であった。
茂良邸の玄関前で撮られた写真で、数人の使用人達と、茂良夫妻が写されていた。
車椅子に乗ったトソン夫人が真ん中におり、その隣には気難しそうなモララーが立っている。
あとはその二人を中心として、使用人達が並んでいる。ハインや兄弟の姿も確認出来た。

( ^ω^)「ふん。昔は、内藤邸にも使用人が居たのだお。モナーと言ってね――」

ζ(゚ー゚*ζ「それにしても、優しそうな奥さんですの。あたしもこうでありたいですの」

( ^ω^)「・・・・・・」

ブーンの自慢話は、デレの感想によって遮られた。一応彼のために、書き記しておくと、
モナーとは内藤家に仕えていた初老の男性で、勤勉なところをブーンの父親に気に入られていた。
今は仕事を辞めており、老人会の催しに積極的に参加して楽しんでいる。どうでも良い話です。

( ^ω^)「確かに、気難しい男の妻は、あまり目立たない人間が良いのかもしれない。
       でもね、僕は今のデレが好きだお。無理に変わろうとしなくても良いお」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとうございますのー」




96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:22:39.79 ID:kLLE5Q4M0
場をわきまえないバカップルはキスをし、写真立てをデスクに置いた。部屋を調べなくては。
デスクの引き出しを開けてみたが、目ぼしいものは見当たらなかった。ブーンは引き出しを閉じる。
そして、顎に手を添えて唸り声を上げていると、“甘い匂い”が彼の鼻腔をくすぐった。

( ^ω^)「! この匂いはもしや」

ハインが言っていたことを思い出す。ここの主人は、特殊な香りがする煙草を吸っているのだ。
主人が現れるときは、その匂いが伴うという。この果物のような匂いがそうではないのか。
とうとう、モララーが姿を現せるのか! ブーンが顔を引き締めるが、異変は起こらなかった。

( ^ω^)「お?」

ζ(゚、゚;ζ「これです。これ。気持ちが悪くなる匂いですの」

デレが鼻を押さえて、デスクにある小さな缶を手に取った。開けると、煙草が詰まっていた。

(;^ω^)「うわ!? 臭すぎる。こんな煙草を吸うなんて、狂っているとしか言えないお!」

全国のガラムファンの神経を逆撫でする言葉を放ち、ブーンがデレに蓋を閉めるよう命令する。
蓋を閉めても酷い匂いが残る。一度気付けば、二度と頭から離れない匂い。ガラム・スーリヤ。




98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:23:40.10 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「ショボンといい、こんな身体に悪そうなものを吸うなんて信じられないお」

ζ(゚ー゚;ζ「これはちょっと、ですね。タールが四十二ミリグラムと記されています」

にははと笑い、デレは缶入り煙草をデスクに戻した。世の中には色々な煙草の銘柄がある。
ちなみに書き手はパーラメント一筋なので、あまり他の銘柄に興味が湧かない。高いけれども。
それから部屋の隅々を調査したが、実を結ばなかった。同じような仕草で、二人が腕を組む。

( ^ω^)「特に気になるものはないお。けれど、一つだけ分かったお」

ζ(゚ー゚*ζ「なんですの?」

( ^ω^)「夫妻の間には子供が居なかったようだお。タンスに子供用の服がない」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですね。子供の遊び道具も見当たりません」

この部屋には、夫妻の子供が居た形跡がない。モララーとトソンは、子供に恵まれなかったのだ。
もしも二人の間に子供が居れば、その子に未来への願いを託し、安らかに逝けたのかもしれない。




100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:24:18.13 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「まあ、これくらいかお。他の部屋も調査してみよう」

そう言って、ブーンが夫妻の部屋を出ようとする。すると、何らかのメロディーが聴こえた。
からくり時計のメロディーだ。ブーンが見上げれば、木製の時計の上部にある小さな窓が開き、
そこから出た三人の女性の人形が、メリーゴーラウンドのようにくるくると横に回転している。
十数秒ほどして、三人の女性は窓の中へと消えた。時計の針は、二時丁度を指し示している。
ブーンが時計に注目していると、予想だにしなかった事態が起きた。中空に光球が浮かんだのだ!
時計から出でた小さなそれは、ひらひらと部屋中を舞ったあと、ブーンとデレの間で留まった。
記憶の欠片だ。光の球は暖かさで部屋を満たして窓の雪を溶かし、やがて強烈な光を放った――――。


 “コンコン、と扉をノックする音がした。肩を寄せ合っていた二人は、すぐさま身体を離した。
  三十歳半ばの目付きが鋭い男性は、より気難しい顔をして、「入りたまえ」と命令した。”
  そうして、畏まって部屋に入ってきたのは、給仕服をだらしなく着た使用人の女性である。

从 ゚∀从『トソン様。モララー様。お食事の準備が整いましたので、食堂までお越しください』

( ・∀・)『ああ。うん。分かったよ。トソンを連れて、今から向かおう』




101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:25:17.23 ID:kLLE5Q4M0
 使用人の女性は、若干の含みのある笑みを浮かべてから、しずしずと部屋から出て行った。
 きっと、彼女に覚(さと)られたに違いない。ハインという使用人は、鋭い勘を持っている。
 モララーは、「どうしてあのような使用人を雇ったのか」と考えながら椅子に座った。

(゚、゚トソン『どうしたんです? お疲れのようですが』

 車椅子に乗った病弱そうな女性、トソンが話しかけた。見た目の印象に反して嗄れ声だった。
 彼女は足が悪く、車椅子生活を余儀なくされていて、夫や周りの人間に支えられている。
 モララーは椅子のキャスターを器用に動かせて、そんな彼女へとくるりと身体を向けた。

( ・∀・)『いや。何でもないよ。ハインはもう少し、清楚でいるべきだよね』

(゚、゚トソン『・・・・・・』

 トソンは何も言わない。ハインのお転婆ぶりは、邸の誰もが知っていることなのだ。
 おきゃん(死語)である。彼女が割った皿の枚数は、三桁――いや、四桁に到達しているかも。
 ギネスブックに登録すべきだ。夫妻は、彼女の素晴らしい働きに大いに頭を悩ませている。
 奇妙な無言の空気が流れる中、モララーが口の前で両手の指を組んで切り出した。




104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:26:55.64 ID:kLLE5Q4M0
( ・∀・)『まあ、良いか。それで、さっきの話の続き』

(゚ー゚トソン『“死んだ後も一緒に居て欲しい”、ですか。心配し過ぎなんですよ。
       勿論ですよ。私が先に死んだとしても、きちんと天国の入り口で待っています』

( ・∀・)『そうか。私が先に逝ったとしても、君の事を待っているんだからな』

 二人は愛の語らいの途中だったのだ。どんな堅物な人間でも、愛の前では無力である。
 モララーとトソンの二人は互いに信じ合いながら、そしてそっと肩を寄せ合ったのです。
 息を引き取ったあとも一緒に居る。そんな甘い願いが叶えば、どんなに素敵なのでしょうか。
 しかし、願いの大半は叶わないものである。現実は、非情という成分が多めに出来ている。
 両者、命を落とせば、永遠の時間を共に出来なくなったのである。パライソなどないのだよ!
 ただ在るのは地獄のような時間であり、ミルトンの失楽園でのルシファーのそれと同じである。
 未来を露知らないモララーとトソンは、それでも愛し合い、幸せ溢れる道を祈ったのだった。

( ・∀・)『愛しているよ』

(゚ー゚トソン『私もです』”




105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:27:35.57 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「だけど、叶わぬ願いごとだった、かお」

意識が現実へと引き戻されたブーンは、呟いた。過去を視るのは一瞬の出来事である。
脳には処理能力というものがあり、一刹那で大量のイメージが流れ込むと疲弊が生じる。
ブーンは腕を上げて、疲れきった筋肉を解しながらデスクの前の椅子に腰を下ろした。

ζ(゚、゚*ζ「モララーさん。何をしてあげれば、心を鎮めてくれるのでしょう」

( ^ω^)「さてね。例えば、この写真が良いかもしれない。これを翳して、
       “トソンはいつも君を見てくれている”、と語りかけるのはどうかお?」

ブーンは写真立てから写真を取り出し、両手で広げて持った。なかなか良い作戦かもしれない。
弱み、とはあまりにも酷い言い方だが、モララーに愛を気付かせるには有効な手段ではある。
主人の目の前で、芝居がかった所作で写真を見せるのだ。そうすれば、自分は輝き目立てる。
ふっ、とブーンは不敵な笑みを溢した。そんな彼を、アイスピックのような鋭い目線が貫いた。

( ゚ω゚ )「・・・・・・」

(;^ω^)「!」




111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:33:23.86 ID:kLLE5Q4M0
扉のところに、長身の使用人が立っていた。丸川の弟で、オッコトワーリといったか。
雲を衝くばかりの大男が、真っ直ぐにブーンへと視線を遣っている様は、少しの恐怖を覚える。
ブーンは、咄嗟に写真をポケットに忍ばせてから腰を上げ、素知らぬふりで彼に声をかける。

( ^ω^)「やあやあ。扉が開いていてね。ちょっと気になったから入らせて貰ったお」

( ゚ω゚ )「お断りします」

( ^ω^)「は?」

ζ(゚、゚*ζ「・・・?」

オッコトワーリはその体型に合った低い声で、“お断りします”と言ったのだった。
意味の分からないブーンとデレは顔を見合わせて、首を傾げた。使用人が二人に近寄る。
そしてオッコトワーリは、後ろから二人を小脇に抱え上げて、部屋の外へと放り出した。
まったく豪快な男である。デレは目を回し、ブーンは彼女をかばいながら怒鳴り散らす。




112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:34:37.91 ID:kLLE5Q4M0
(#^ω^)「君! 客人に無礼――」

( ゚ω゚ )「お断りします」

だがしかし、ブーンは自分を見下ろす長身の男の視線に気圧され、二の句を継げなかった。
オッコトワーリは部屋の鍵を閉める。お断りします、としか喋っていない彼ではあるが、
態度から言葉の意味を推し量れた。「勝手にご主人様の部屋に入る事は、お断りします」、だ。
今まで出会った三人の使用人は、皆一様に職務に忠実である。癖が強い人間ばかりではあるが。

( ^ω^)「まあ、勝手に入ったのは謝るお。だが、強引過ぎるだろう」

( ゚ω゚ )「お断りします」

( ^ω^)「・・・・・・」

今度は、何を断るのか分からない。この使用人とは話しにならなさそうだ、とブーンは思った。
写真とそれなりの情報は手に入れたし、この部屋には用事はない。ブーンは一階の客室へと戻った。




113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:35:25.61 ID:kLLE5Q4M0
―4―

夕食を済ませたあと、ブーンはデレと一緒に風呂に浸かった。浴室は、各客室に設置されている。
浴槽は二人がくつろげるほどの大きさで、デレはブーンに背中を預け、彼の膝の上に座っている。
ブーンの眼にうなじが映る。彼はやや(?)性欲が強いので、むくむくと悪戯心が膨らみを増した。
彼は首にフェティシズムを感じている。だから、デレの繊細な首筋を、右手の中指でなぞるのである。

ζ(/////ζ「んん・・・。ブーンさん。だめ、ですの・・・・・・」

淫靡な声が、浴室に反響する。一頻りデレの反応を楽しんで、ブーンは彼女の首から指を離した。
デレは「いたずらは、よしてくださいですの」と言って、ぷくうっと頬を膨らませる。可愛い。
悪戯っぽく笑い、ブーンは浴槽から出て風呂椅子に座った。男の裸なんて、描写したくはない。
従って、ブーンの生まれたままの体型がどのようになっているのかは説明せずに、話を進めていく。

ブーンはシャワーで身体を払い流す。それを見たデレも、浴槽から出た。湯気で大事な部分が隠れる。
アニメでも漫画でもラノベでも、湯気さんの活躍はマジパネエっす。心に殺意が芽生えるくらいにね!
デレはマットに両膝を着き、タオルで彼の背中を丹念に拭き始めた。うんとこしょ、どっこいしょ。

( ^ω^)「ありがとうだお。デレは本当に優しい人だお」

ζ(゚ー゚*ζ「別に構いませんの。ブーンさんの背中は広くて、洗い甲斐がありますの」




114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:36:58.70 ID:kLLE5Q4M0
ブーンとデレは同時に嫣然とする。のほほんとして、ブーンは目の前にある鏡を覗き込んだ。
笑顔で、自分の背中を洗ってくれているデレが映っている。透き通るような綺麗な肌である。
だが、全てが美しいわけではない。彼女の心臓の辺りには、縦一線に大きな傷があるのだ。
まるで刺傷痕だ。ちらりと鏡に映り込んだその傷跡を見たブーンは、何気なく訊ねた。

( ^ω^)「・・・デレの胸の傷跡は何なのだお? いつもは気にしないようにしてたのだけど」

ζ(゚、゚*ζ「これは」

デレは腕の動きをぴたりと止めた。もしかして、訊いてはいけなかったことなのだろうか?
彼女の死と関わりがあるのかもしれない。ブーンは頭を掻いて、申し訳なさそうに謝った。

(;^ω^)「いや。言い難いことならすまなかったお」

ζ(゚ー゚*ζ「良いんです。ブーンさんには、あたしの全てを知っていて欲しいのです」

再び、デレは腕を動かせる。そして、二人きりの空間では充分な声量で、述懐する。

ζ(゚ー゚*ζ「十七年前でしたか。あたしはですね。家への帰り道の途中で、殺されたんですの」




115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:38:27.72 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「・・・・・・」

ζ(゚ー゚*ζ「その事件は、結局犯人が見付からなくて、迷宮入りになってしまったのです。
        もう、その時は口惜しくて口惜しくて。小説の名探偵でも居てくれればなあ、
        と何度も何度も思いました。・・・・・・それで、今のあたしがあるのですね」

重々しい事情を、デレは明るい口調で話す。彼女の探偵への憧れは、こういう理由だったのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ですけど、あれから随分経ちました。今では怨みや憎しみはありません。
        ハインさんが言っていたのと同じですね。達観の境地に達しているんですの」

( ^ω^)「分かったお。デレの苦しみは十二分に分かったから、それ以上は良いお」

ブーンは、デレに風呂椅子に座るように促した。人間は非情の現実で、支え合って生きるものだ。
親切は返さなくてはならない。デレは首を振って遠慮をするが、ブーンが無理矢理に座らせた。
彼はデレの柔肌を優しく拭きながら、この邸について考える。主にモララーについてである

( ^ω^)「それにしても、モララーは姿を現せないね。まだ何か足りないのだろうかお」




116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:40:13.36 ID:kLLE5Q4M0
モララーは、妻であるトソンと永遠の愛を誓ったが、死後に離れ離れになってしまった。
放火での死である。それを苦に思い、モララーは二十一グラムを、魂を零れ落としたのだ。
ブーン達は彼の在り方を、余すことなく知っている。しかし、一向にモララーは現れないのだった。

ζ(゚ー゚*ζ「ううん。他にも、何か苦しみがあるのかもしれませんの」

( ^ω^)「苦しみねえ・・・」

ブーンが首をひねって考えるがしかし、今の彼にはそれ以上の事象は思い浮かばなかった。
そうしていると、いつの間にか手が止まっていた。いかんいかん、とブーンは再び手を動かせる。
デレの身体はスレンダーである。彼が好きな体型で、見ていると扇情される。こちらの方がいかん。
雑念多きブーンは、顔を横に幾度と振って邪念を振り払う。鏡を眺めていたデレは、疑問に思う。

ζ(゚ー゚*ζ「? どうしたんですの?」

( ^ω^)「いや・・・。ちょっと、自分自身と切磋琢磨し合っていただけだお!」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですの。自分自身は最大のライバルですの。漫画でよく言われますのー」

それから、二人は他愛のない会話を交わしたあと、浴室を出た。ベッドの上で二人は寝転ぶ。
窓の外では、雲に丸い白光が薄っすらと浮かんでいる。その内に、吹雪は静まりそうであった。




119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:41:32.20 ID:kLLE5Q4M0
夜が終わり、朝が訪れる。九時頃。ブーン達は出発する準備をしている。ほぼショボン任せである。
予定が一日遅れたが、キジョへと行くつもりだ。結局、ブーンは邸の正体を見破られなかった。
ショボンとツンが車に荷物を運んでいる最中、ブーンはデレと共に玄関ホールに佇んでいる。
玄関ホールには二人の他に、ハインとガイドライン兄弟の姿もある。見送ろうとしているのだ。

从;-∀从「ねみぃー、心の底からねみぃー」

ハインが眠そうに欠伸をした。彼女の部屋は、ブーンとデレが泊まった客室の真上にある。
この石造りの洋館はそれほど防音性は高くなく、ある程度以上の大きさの音は筒抜けなのだ。
つまり、ハインは下から聞こえてくるあえぎ声や、ベッドが軋む音に夜通し悩まされたのだ。
まったく迷惑な夫婦だぜ! そんな彼女の気持ちを知らず、ブーンは近付いて注意をする。

( ^ω^)「キミイ。客人の前で欠伸は、いけないのではないかお」

从#゚∀从「何を。お前らのセックスがうるさ過ぎて、俺は眠れなかったんだよ!」

(;^ω^)「おっ」

ζ(/////ζ「えっ」




120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:42:16.16 ID:kLLE5Q4M0
ハインの罵りに、二人はとても驚いた。ハインの部屋がどこかは知らないが、声が漏れていたのだ。
もしや、隣の部屋のツンにも情事の音が聞こえたのではないか。二人の顔はみるみる青ざめていく。

ξ゚?゚)ξ「ちょっと。暇そうにしてないで、お二人も手伝ってくださいな」

玄関扉を開けて、ツンが入って来た。彼女は着衣類が仕舞われた鞄を、車へと運んでいる。
ブーンは擦れ違おうとするツンを呼び止めて、恐る恐るといった面持ちで訊ねてみた。

(;^ω^)「つ、ツン。君は昨晩、何も聞かなかったかお? ・・・例えば、物音とか」

ξ゚?゚)ξ「さあ。私は早くに寝ましたので、物音なんて聞いてません」

( ^ω^)「そうかお。いやあ。僕としたことが焦ってしまったお」

どうやら取り越し苦労だったようだ。ツンは肩を竦め、西側の廊下へと後姿を小さくしていった。

从 ゚∀从「さあて。俺たちも見送る準備でもするか。久しぶりの客人だったから楽しかったぜ。
      オッコトワーリから、お前らがご主人様の部屋に入ったと聞いた時は、ヒヤヒヤしたけど。
      終わり良ければ全て良し。うんうん。人生は、すべからく順風満帆でないといけねえ」




122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:43:58.45 ID:kLLE5Q4M0
人生の歯車が軽やかに回っていないハインが、腕を伸ばして関節を鳴らせる。ポキポキと。
その仕草は、まるで男のようだった。ブーンは奇異の視線を彼女の向け、玄関扉のドアノブに触れた。
夜中にも忍び足で邸を調べたのだが、何一つ成果は得られなかった。まったくの完敗である。
ブーンは、物事を勝ち負けで判断するところがある。ブーンはモララーの影の謎に負けたのだ。

主人は、在り方に気付けば出てくるはずなのだ。そしてそれは、自分やデレも重々承知している。
だが、モララーは出てこない。・・・極度の恥かしがり屋なのか? それは無い。ブーンは顎を上げた。
心の欠片で見た彼は、とてもそういう風には見えなかった。目付きが鋭く、気丈そうな男であった。

从;゚∀从「よお。お客人。扉の前で立ち止まって、何をやってんだ? 後がつかえてるんだが」

ハインがブーンの背中に声をかけた。彼女は、真に男勝りな性格である。滅法、気が強い。
ブーンの周りには、気の強い女性が多い。ツンは勿論のこと、クーやヒートも芯の強い人間だ。
彼女達は詳細に言えば性格が違うが、大まかに見ると素直で手厳しい言葉をぶつける女性陣なのだ。
・・・・・・ブーンはドアノブから手を離して、振り返った。皆、不思議そうな視線を彼へと注ぐ。

( ^ω^)「そうか。そうなのかお」

ζ(゚、゚*ζ「ブーンさん?」




123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:44:47.18 ID:kLLE5Q4M0
ハインが言う、“ご主人様”に惑わされていたのだ。何も、ご主人様が男性だという決まりはない。
女性だって、資格さえあればそういう風に呼ばれることがある。この邸でもあり得る話なのだ。
――――成分が重い煙草を、男性が吸うとは限らない。写真の映りでは、全ての中心に居たのである。
彼女が頂点だったのだ。モララーは恐妻家で、頭が上がらなかったのだろう。先入観に邪魔をされた。
ああ。出発が遅れそうだ。ブーンは使用人達が恐れ敬う女性と、対峙しなければならないのだから。

( ^ω^)「トソンかお。女々しいのではなくて、真実に女だったのだお」

从 ゚∀从「てめえ――」

「いらんことを口走るんじゃねえ」。言おうとするハインだが、刃物のような視線に遮られた。
いや。強烈な視線を受けているのは、ハインだけではない。この場に居る、誰にもに均等である。
上だ。ブーンが見上げると、天井に吊るされていたシャンデリアが落ち、凄まじい音を響かせた。
幸い下には誰も居なかったがしかし、想像を絶する殺意を全員に知らしめるには充分であった。

「あはは」

正体不明の笑い声。シャンデリアを吊り下げていたロープに、女性がぶらさがっている。
右手には、ブーン達が夫妻の部屋で発見した、ハサミのような刃物の片割れが握られている。
女性はロープから手を離し、シャンデリアの破片の上へと着地した。ジャリ、と嫌な音がした。




127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:47:44.72 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「君がトソンかお。ふん。確かに、手強そうではある」

ブーンは主人の姿に注目する。フレンチベージュのロングスカートに、白いブラウスを着ている。
地味な格好だ。しかし、トソンの足元からは黒い霧が曲線となり、彼女の身体に螺旋を巻いている。
そして、黒い翼も今までに見た誰のものよりも、一回り大きい。鮮烈な圧倒感を持っているのだ。
彼女はどこか花のようにも見える。ただし、眼の輝きを失った造花である。造花が、くすりと笑う。
トソンは、ポケットから煙草を取り出した。すぐさまハインが近寄って、ライターで火を点ける。

~~-v(゚、゚トソン「・・・・・・」

甘い匂い。煙草とは思えない匂いだが、紅茶フレバーのものもあると聞く。世も末だ。
これならショボンが吸っている煙草の方が遥かにマシだな、とブーンは思いながら話しかけた。

( ^ω^)「ご機嫌うるわしゅう。・・・僕は内藤ホライゾンというお」

~~-v(゚、゚トソン「見過ごしておけば良い物を、よく気付いたな。ええ。気付いてしまったな。
         私は夢の中に居るのだ。そこは時間の角とも謂える。君達全て、逃がさない」

ハスキーな声だ。恐らく、煙草で喉がやられてしまっているのか。ヒントは声質にもあったのだ。
トソンは煙草をくゆらせ、吐き出した。車椅子の夫人はしっかりと立ち、ブーンを見据えている。
使用人達を後ろに横一列に並ばせているのもあって、彼女からはある種のカリスマ性を感じさせる。




128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:48:45.27 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚*ζ「ううう、恐ろしい人。でも、負けていられませんの。こちらには写真がありますの」

~~-v(゚、゚トソン「写真。ああ。寝室に置き去りにした物か。あれなら、もう見飽きた。
        穴が開くほど見ても、あの人は出て来ない。静謐な瞬間は戻っては来ない」

トソンが口から煙草を離した。ハインが畏まって側に寄り、銀色の灰皿を差し出した。
煙草が灰皿に押し付けられ、潰される。煙は消えたが、独特な匂いが残ったままである。

( ^ω^)「君達は、相当仲が良かった夫婦とみる。あの世でモララーが待っているお。
       きちんと、ね。トソンも今すぐに、彼のあとを追いかけるべきだお!」

(゚、゚トソン「あの世」

( ^ω^)「そう。きっと、向こうで待ってくれている。誓いは嘘ではないのだお」

トソンは眉間に指を押し付けた。正気ではないと言っていたが、まだ狂気には陥っていないようだ。
これは勝機である。矢継ぎ早に鎮まらせる言葉を放てば、無事に彼女を退けられそうだ。しかし。

(゚、゚トソン「何を言っている。此処が彼岸では無いか。どこにも、あの人の姿は見当たらない」




131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:50:13.00 ID:kLLE5Q4M0
トソンは瞳の光を失ったまま、力強く言った。彼岸と此岸の区別がついていないのである。
やはり正気ではない。トソンは痩せ細った左腕を伸ばし、歌を唄うように言う。

( 、 トソン「神様は居ない。何故なら、私は祈ったのだから。“末永く、一緒に生きていたい”とね。
      祈ったのだ。祈ったのだ。――けれども、現実はどうだ。どうだ、と私は君達に訊いた」

両腕で頭を抱え、トソンは全身を震わせる。涙を流そうとするも、涙はとっくの昔に枯れている。
それは何故か。神経質に、トソンが自分自身に問いかける。しかし、原因を見出せない。
鬱屈とした気持ちのはけ口は、幸せそうに立っている目の前の青年である。彼女は得物を構える。
右腕を不安定にぶるぶると伸ばし、あのハサミのような刃物の先を、ブーンへと向ける。

( 、 トソン「だありん。だありん。何処に行ったと謂うの? あああ。それよりも忌まわしい。
      存在の違いを超えて幸せな二人が憎い。・・・憎ったらしいったら、ありゃあしない!」

玄関ホールに絶叫が響く。トソンは二人に駆けようとした。肩口から腰にかけて斬るのだ。
次いで、首を刎ねる。狂気の中でのシミュレーションは、完璧だった。だが、声に邪魔された。

ξ;゚?゚)ξ「こ、これは、何なのですか!?」

( 、 トソン「!」




132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:51:13.23 ID:kLLE5Q4M0
物音に驚いたツンが、玄関ホールに戻ってきたのである。トソンは意識を彼女へと向ける。
そして、トソンはツンに向かって駆けた。この場の誰から殺しても、結果は一緒なのだ!
刃先を地面に引き摺りながら、トソンは一直線に風を掻き分けて走る。目標はツンの首である。

(;^ω^)「ツン! 逃げるのだお!!」

ブーンが叫ぶが、ツンには突拍子もないことなので反応が出来ない。凶器が突き出される。
もう駄目だ。しかし、刃はツンの首からは大きく逸れて、何もない中空を貫くだけに留まった。

ξ;゚?゚)ξ「あなた・・・」

ζ(゚、゚*ζ「ツンさんを、傷付けさせるわけにはいかないですの。ブーンさんの大切な妹なんです」

デレが左腕で、トソンの腕を払ったのだ。一瞬の出来事だったので、ツンには分からなかった。
トソンは顔中にシワを寄せて、立ちはだかったデレを凶悪な形相で睨む。けれど、彼女は屈さない。

ζ(゚、゚*ζ「あたしは人を殴りたくありません。ですが、今からキミの邪心を殴り付けますの」

(゚ ゚トソン「ああ。そうかい」




133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:51:59.12 ID:kLLE5Q4M0
呟いて、トソンは大きく凶器を振り上げた。振り下ろすはデレの肩口だ。正確無比な一撃である。
その斬撃を、デレは足を限界まで曲げていなし、即座にトソンの無防備な足首を蹴り払った。

( 、 トソン「っ」

トソンが横向きに転倒しかけるが、咄嗟に床に左手を着き、その反動により立ち上がった。
アクション映画染みた動作だった。だが、デレはトソンが地に両足を着いた瞬間に隙を見出し、
左足の裏で心窩を圧迫した。微かなうめき声を漏らして、トソンは遥か後方へと蹴り飛ばされる。

(;^ω^)(凄いお。けれども、これはそんな物語ではない・・・)

デレの意外な力に驚嘆し、ブーンはメタ的なことを思った。・・・・・・危機は逸したようだ。
ブーンは、急いでツンとデレに駆け寄った。ツンに傷はないが、デレは左腕を赤く染めていた。
ツンをかばった際に、刃にやられたのである。完全に攻撃を打ち払ったわけではなかったのだ。

(;^ω^)「・・・・・・デレ。大丈夫かお?」

平和主義なブーンは、人が争うのが大嫌いだ。血を流す姿を見るなんて、もってのほかである。
あまつさえ、それが最愛の人間の流血なのだから、彼の顔面中から血の気が消えうせる。




135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:53:19.13 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚*ζ「大丈夫ですの。その内に、傷は塞がりますの。それよりも・・・」

デレは真っ直ぐに青い双眸を向けた。トソンはうずくまって、口から涎を垂らしている。
眼球を血走らせてむせるトソンを、三人の使用人達が介抱しようとするが、彼女は手で振り退けた。

(゚ ゚トソン「よくも、よっくも、私を地に膝を着かせたな。許すまじ、愚行・・・!」

トソンがゆらりと立ち上がる。未だに凶器は手に握られており、殺気は消えていない。
もう、実力行使で戦うしかないのか。ブーンは暗澹たる気持ちになり、こめかみを押さえる。

( ^ω^)「トソン。ここは地獄ではなくて、現実なのだお。逃避をするのはやめたまえお。
       僕も最愛の妻を亡くしたら、きっと君みたいに錯乱に陥ってしまうと思う。
       君の気持ちはよく分かるお。・・・今こそ、使用人共を連れて天国へと向うのだお」

(゚、゚トソン(・・・・・・)

いきり立つトソンをなだめるようにブーンは、彼女との距離を詰めながら優しく語りかける。
この言葉は、彼女の深い部分に届いているだろうか。荒ぶる心を、鎮めてくれるだろうか。
そのような願いを込めて、ブーンがトソンに指を差した。いつもの迫力は、そこにはない。




136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:54:11.39 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)9m「鎮まりたまえお。君が求める楽園は、此処よりも高いところにあるのだお。
        その黒い翼を穢れなき白に変え、寂滅するのだお。至極簡単な話だお」

(゚、゚トソン「・・・成る程。慥(たし)かに、此処は現実のようだ。厭な事ばかりがある、現実だ。
      しかしね。私は此処と夢以外には、何処にも行けやしないのだ――そうか。夢の中か」

トソンは何やら考え付いたようで、ほくそ笑んで凶器を肩にかけた。彼女は天井を見上げる。
視線が吸い込まれる先は、トソンとモララーが暮らしていた部屋だ。彼女は眼を大きく見開いた。

(゚ー゚トソン「この際、現実など捨ててしまえば良いのです。貴方達もそう思うでしょう?
      返答は要りません。貴方達を、素敵なパライソ(楽園)へとご招待致しましょう」

( ^ω^)「?」

トソンはブーン達へと顔を戻した。彼女は穏やかな表情をして、微笑んでいる。狂人のそれだ。
肩に提げた凶器を下ろし、トソンは左腕を前に伸ばす。呪縛がブーン、デレ、ツンの三人を捉えた。




139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:55:33.07 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚;ζ「いけません! トソンさんはあたし達を、夢の中へと引き込もうとしていますの!」

(;^ω^)「君達に不可能はないのかお! どうにか出来ないのかお!?」

ζ(゚、゚;ζ「やってみますの!」

デレがブーン達の前に進み出た。負けじと対峙し、彼女はトソンと同じように腕をかざす。
どこからか風が吹き、それはますます圧力を強めて行く。玄関ホールが風で満たされる。
デレはきっとトソンを睨み、腕に力を込めた。そして、何やらぶつぶつと念じ始めた――。

ζ(゚、゚*ζ「舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色・・・」

( ^ω^)「えっ。なにそれ」

+ζ(゚ー゚*ζ「般若心経ですの! きっと、邪念を避けられますの」キリッ

ここで一番頼りになるであろうデレがこれなのだから、ブーン達が夢の世界に行くのは必然なのだ。
トソンは一際強く、呪縛に心力を注いだ。ブーン達は目の前が暗くなり、意識が闇へと沈んでいった。




141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:56:57.81 ID:kLLE5Q4M0
―5―

現実に存在する空が、風が、色がなくなってしまえばどうなるのか。夢の中では、それが分かる。
玄関ホールに倒れていたブーンは、目を覚まして起き上がった。目を擦って視界を鮮明にさせる。

( っω−)「んんん。・・・ここは?」

ζ(゚、゚;ζ「あ! お気付きになられましたの?」

ブーンの側にはツンとデレの二人と、注意深く辺りを観察しているハイン達使用人の姿があった。
玄関ホールの様相は今しがたと打って変わって、大理石の彫像などが飾られた空間になっている。
見上げれば、天井にシャンデリアが吊るされている。廊下には、窓から燦々と光線が差し込み、
絨毯や甲冑を優しく照らしている。ブーン達は、トソンが保持する夢の世界に閉じ込められたのだ。

从;-∀从ゝ「やれやれ。とんでもねえ事になっちまったな・・・」

ハインが髪をかき上げて、呆れた表情をした。彼女もブーンと共に巻き込まれたのである。
彼女は夢の世界の存在を知っていたが、来るのは初めてだった。埃を掃い、ブーンが立ち上がる。

( ^ω^)「君は僕達が帰ったあと、トソンに報告すると言っていたお。
       どうやって伝えるつもりだったのだね? 何か入り口でもあるのかお」




142: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:58:44.05 ID:kLLE5Q4M0
从 ゚∀从「いや。夢旅行は初めてだ。ご主人様は時々姿を現せるから、書置きしとくんだよ」

( ^ω^)「ふむ。彼女しか知らない出入り口があるのかもね!」

時折現世に姿を現せるのだから、出入り口がないとおかしい。今は見当がつかないが。
まるで昔の邸に戻ったかのような内装を、ハインが見回していると、何者かの足音が聞こえた。
一同がそちらへと顔を遣れば、ハインと同じ給仕服を身にまとった女性が歩いて来ていた。

('、`*川「ああ。ハインがまた粗相を仕出かしたよ。何でクビにならないのかねえ」

从#゚∀从「あ!? 本人の目の前で。ペニサス、良い度胸じゃねーか!」

ハインは、ペニサスという女性に食ってかかろうとする。だが、彼女の手はするりと空を掴んだ。
ペニサスの身体をすり抜けたのだ。何度も手のひらを開閉させ、ハインは驚き顔で振り返った。

从;゚3从「イィィィィーーーーーーーーーーーーーー!?」内場勝則風に

ζ(゚、゚*ζ「あちらからは、あたし達の姿が見えていないのですの。
       あたし達は、まだ完全にはこの世界に染まっていません。なぜなら」




146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:00:17.36 ID:kLLE5Q4M0
そこまで言って区切り、デレは「えっへん」と腰に両手を当てて、あまり大きくはない胸を張った。

ζ(゚ー゚*ζ「あたしが抵抗したのです! ええ! 他の誰でもないあたしが!」

なんと、窮地の場でボケをかましたかに見えたデレだが、必死の抵抗をしたのだという。
マジカッケエっす。マジハンパネエっす。とにもかくにも、少しは一安心といったところか。

ζ(゚、゚*ζ「でも、もって二時間ですの。それまでに何とかしないと」

完全に夢の中の存在と化す。ブーン達は、可及的速やかな対処を迫られているのだ。
ここで実のない会話をしている暇はない。ブーン達は西側の廊下に進もうとするが、
ハインは動かなかった。物思いに悄然と立ち止まっている彼女に、ブーンが話しかける。

( ^ω^)「どうしたのだお。ハインは元の世界に帰りたくないのかね?」

从 ゚∀从「・・・分からねえ。元はといえば、俺もご主人様と同類で、非業の死を遂げているんだ。
      さっき、俺の同僚の姿を見て、ここにずっと居ても良いかなって思ってしまった。
      こんな世界があるのなら、ここで暮らしていたいなって思ってしまったんだよ」




147: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:01:13.66 ID:kLLE5Q4M0
男勝りな正確のハインではあるが、根元は女らしく、寂しがりなところがあるようだ。
丸川とオッコトワーリが彼女の側に寄り、心配そうな表情をする。彼らも同じ気持ちなのだ。

( ^ω^)「ふん。勝手にしたまえお。・・・僕は心が広い。ショボンなどには負けていない。
      君達も本当の天国に行けるよう、善処してやろう。大いに感謝したまえお」

从 ゚∀从「・・・・・・お前。案外と良いところがあるんだな」

ブーンはハインの賛美には応えずに、デレとツンを引き連れて玄関ホールをあとにした。
客室に後回しで良い。何かあるとすれば、二階の夫妻の部屋か、まだ調べていない部屋である。
壁に絵画がかけられ、西洋の甲冑も置かれて、すっかりと瀟洒になった廊下を三人は歩く。
ありとあらゆる時計も一定間隔に配置されていて、これならば見所のある邸といえる。

ペンデュラム(振り子)が揺れる音が、絶えず聴こえる邸。ブーンは窓の外へと視線を遣った。
外では木々がささやき、太陽の光が湖面を輝かせている。どこまでも果てしなく平和な風景だ。
ヒートの時もそうであったが、影という存在は、穢れのない世界を創り出す傾向にあるようだ。
苦しみや、恨み。それらを偽りのみを写す鏡にかざして、まったくの平穏を映し出しているのだ。

ξ゚?゚)ξ「ねえ。怪我は大丈夫なの?」




149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:02:13.87 ID:kLLE5Q4M0
ツンが声を出した。誰宛に? ブーンは一瞬自分かと思ったが、怪我などはしていない。
ツンに顔を向ければ一目瞭然だった。デレにかけた言葉だ。彼女がデレに話しかけるのは珍しい。

( ^ω^)「ほっほう! ツンがデレの心配をするのは珍しいお!」

言ってしまってから、ブーンは「まずい!」と両手で自分の口を塞ぎ、己の軽率さを呪った。
今の発言は、ツンを向きにさせるのには充分な一言である。恐れおののく彼は、ツンを一瞥する。

ξ゚?゚)ξ「身を挺して助けて頂いた方を心配するのは、人として当然のことです」

ツンは正直に答えた。巧妙な一計を案じずとも、期せずして二人の仲は良好にほぐれたのだ。
このツンツンツンデレ妹め! 感極まり、足を止めたブーンはるいるいと涙を流した。

( ;ω;)「いいね! 素晴らしいね! もう僕は死んでもいいお!」

ξ゚?゚)ξ「それは困ります。事件を解決して頂いてからでないと。お兄様が原因なのでしょう?」

( ^ω^)「はい」




151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:03:49.09 ID:kLLE5Q4M0
そうそう。感動して涙している場合ではない。自分は、トソンの呪縛を断ち切らねばならない。
ハインにも大見得を切ってしまっている。ブーンは口の前で両手をすり合わせ、歩き始めた。
隣には、怪我をしたデレの腕を支えるツンが居る。この二人になら、安心して背中を預けられる。
しかし、そのような危険に二人を晒すわけがなく、ブーンは一人で事件を解決する気概だ。
三人は階段を登っていく。途中に使用人と擦れ違ったが、彼らはブーン達の存在に気付かない。

( ^ω^)「ふうむ。こうしてみると異質な感じだお。僕達が除け者にされているみたいだお」

ζ(゚ー゚;ζ「すみませんの。あたしの力が、トソンさんに及ばなくて」

( ^ω^)「いや。デレは謝らなくていいお。助けて貰ったのだから」

ξ゚?゚)ξ「そうです。お兄様は気にせず、ここから出られる方法に頭を働かせてください」

傍目から見れば、デレと腕を組んでいる状態のツンが、彼女に感謝の意を交えつつ言った。
ツンとデレは仲が良くなったようだが、これからブーンは言葉に気を付けなければならない。
女性二人に対して、男性は無力である。クーやヒートが交じれば、絶対に敵いそうにありません。
そこにショボンも交じれば――いらぬ想像を浮かべたブーンは、悚然として背筋を震わせた。

(;^ω^)(おお、こわいこわい。今ごろ、ショボンはどうしてるのだお)




154: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:04:51.84 ID:kLLE5Q4M0
ショボンなら、「あのファッキンボーイ。また妙な事を仕出かしたね」と思っているだろう。
そんなブーンの予想は当たっており、彼は現実世界の邸で、閉ざされた玄関扉の前で呆れていた。
まあ、ショボンのことなどどうでも良い。二階へとたどり着き、三人は右側の廊下を見渡した。
一直線に歪みなく廊下が伸びている。廊下の半ばほどに、彼は空中に浮く白い光球を発見した。
もう説明は不要だろう、記憶の欠片である。ブーン達は駆け寄り、放たれる温もりに身を任せた。



(゚、゚トソン『ハイン。また貴女なのですね。絨毯にお茶を溢して、弁償物ですよ』

 車椅子に座るトソンが、肘掛に肘を置いて頬杖をつきながら、大きなため息を吐いた。
 嫌味な言い方だった。彼女は大人しそうな見かけとは反して、きつい性格をしているのである。
 だからこそブーンとデレは騙されたのだが、夫と一緒でないときの彼女は高圧的な人格なのだ。
 茂良邸内に於ける実質的な支配者の鋭い視線に、強気なハインが随分と浮き足立っている。

从;-∀从ゝ『ええ。はい。いやあ。何と申し上げれば良いか、すみません』

(゚、゚トソン『その、直ぐに頭を掻く癖は御止めなさい。とても見苦しいのです』




155: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:06:04.66 ID:kLLE5Q4M0
 『また始まった』、と遠巻きにざわめいている使用人達を掻き分けて、一人の男性が駆け付けた。
 トソンの夫であるモララーだ。ひどく慌てている彼は、いきどしい様子で二人の間に立つ。

(;-∀-)『ま た 君 達 か 。ハイン。君は行きなさい。ほら、皆も仕事に戻って』

(゚、゚トソン『ちょっと』

(;・∀・)『分かっている。あとで私が、ちゃんと注意しておくんだからな!』

 ハインと他の使用人達は、それぞれの職務に戻って行った。モララーは安堵の息を吐く。
 このモララーという男性。厳しそうな外面とは裏腹に、使用人達には優しいのであった。
 トソンはカーディガンのポケットから小さな缶を出し、その中にある煙草を一本、口にくわえた。
 煙草と一緒に収められていたライターで、火を点ける。バナナのような匂いが辺りに漂う。
  (※こぼれ話ですが、カーディガンで検索をし、ウィキペディアを閲覧してはなりません)

~~-v(゚、゚トソン『もう。あなたは優しさが過ぎます。他の者に示しがつきませんよ』

 先ほどとは違い、甘々しい口調だ。トソンはモララーと二人きりになると、態度を豹変させるのだ。
 現在ではあまり見られなくなった、狭義でのツンデレである。こちらもなかなか好きなのだけれど。
 トソンが唇を尖らせて煙草をふうっと吐くと、長く尾を引く白い煙が、日光の中へと消えて行った。




156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:07:57.97 ID:kLLE5Q4M0
( ・∀・)『ははは。それにしても、今日のトソンは不機嫌そうだけど、どうしたんだい?』

 モララーはトソンの前で屈み込んで、彼女の顔を覗き込んだ。トソンは照れて、そっぽを向く。

~~-v(゚、゚*トソン『い、いいえ。何でもありませんよ。全て、ハインが悪いのです』

( ・∀・)『そうか。しかし、ハインにも良いところがある。きつく当たってはいけない』

~~-v(゚、゚トソン『・・・・・・良い所。例えば、どんな所が良いと謂うのです?』

(;・∀・)『え? それは、ほら。元気で微笑ましいところとか、かな』

 必死に思い当たった結果がこれだよ! 何はともあれ、快活なのは長所ではある。
 モララーが腰を上げ、トソンに散歩をしようと話を持ちかけると、彼女は首を横に振った。
 『少しの間。此処で陽射しに当たっていたいのです』。モララーは頷き、彼女の元を去った。
 彼女が視線を窓へと遣る。この邸の窓が床から天井までガラス張りなのは、彼女への配慮である。
 太陽が、木々が、湖が――この景色が私一人だけの物になってしまったら、何て悲劇でしょう!
 トソンは、自分の心を昂らせている原因を思い出した。それは、レム睡眠時に見た夢のことだ。

~~-v(-、-トソン『あの人と別れる夢を見たから、だなんて私には恥かしくて謂えません』”




158: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:09:20.91 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「なんて――」

面倒な女性だ! 二人も女性が近くに居るので、ブーンは明言を避けた。
夫が居なければとても厳しく、夫と二人ではしおらしい。ちょっと、付き合い難い人物である。
低い唸り声を上げるブーンを他所に、ようやく現在の事態を把握したツンが口を開いた。

ξ゚?゚)ξ「なるほど。今のトソンさんが、モララーさんと離れ離れになってしまったのですね。
       お兄様達は、邸の主人を勘違いしていて、なかなか彼女が姿を現さなかった。
       ・・・取り合おうにも、彼女は常軌を逸している。お兄様、デレ。言わせてください」

ツンは片手を上げた。ブーンとデレの二人は不思議な面持ちになって、顔を見合わせた。

( ^ω^)「なんだお?」

ζ(゚ー゚*ζ「はいですの?」

ξ;?;)ξノ「私を巻き込まないで! 少しは、お考えになってから行動してください!」

ツンはまったくの不運である。あの時、客室に忘れ物がないかを確かめに行かなければ、
彼女は夢の世界に閉じ込められることはなかったのだ。トソンに命まで狙われてしまった。
・・・ショボンさんと口を酸っぱくして忠告をしたのに、事件を起こして。なにこの二人こわい。
自分は、巻き込まれ体質なのだろうか! ツンがめそめそと涙を流し、ハンカチで雫を拭う。




159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:10:34.82 ID:kLLE5Q4M0
ξ;?;)ξ「ああ、こんなにも心が張り裂けそうな気持ちになったのは、初めてです」

ζ(゚、゚;ζ「ツンさん、どうしたのですの?」

( ^ω^)「ツンは時折、発作を起こしてしまうのだお。病院を勧めているのだけれどね・・・」

ζ(゚、゚;ζ「まあ! それは大変ですの! あたし、お薬を持ってますの。
       トリプタノールと言ってですね。抗うつ剤ですの。はい。どうぞ、お飲みください」

デレはポケットからピルケースを取り出した。その中の一錠を指で摘んで、デレに渡そうとする。

(;^ω^)「どうして、デレがそんなものを持っているのだお?」

ζ(゚ー゚*ζ「いえいえ。これは、ただのビタミン剤ですの。プラシーボ(偽薬)効果ですの!」

ξ;?;)ξ「バラしたら、意味がないでしょう! いらない!」




162: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:14:55.38 ID:kLLE5Q4M0
泣き喚いて、ツンは廊下を歩んで行く。ブーンが肩を竦めていると、ふとツンが振り向いた。
そこに涙はなかった。顔にあるのは鹿爪らしい表情と、悲惨になり行く運命に抗おうとする力だ。
ツンはそっと腕を上げ、人差し指のみを立てた。窓から降り注ぐ光線が、彼女を白いベールで包む。

ξ゚?゚)ξb「良いですか? お二人は、玄関でのトソンをしっかりと観察していましたか?
       私はきちんと覚えております。彼女の動作も、言動も、全てが記憶にあります。
       一瞬だけ敬語になりました。これがどういうことか、お分かりになるでしょうか」

( ^ω^)「ふむ。確かに、僕達を夢へと送るときに、トソンの口調が変わったお」

ζ(゚、゚*ζ「ちょっと怖かったですの」

その通りである。トソンは、狂人めいた振る舞いでブーン達を呪縛で捕らえたのである。
ツンは腕を下ろし、ブーンとデレの前を行ったり来たりする。妹はブーンに似たところがある。
やがて、ツンは二人に背中を向けた形で止まり、胸の前で両手を合わせた。彼女は静かに語りだす。

ξ゚?゚)ξ「狂人のごとく見えた。果たして、そうなのでしょうか。私は違うと思います。
       一刹那。彼女の意識は、現実へと戻ったのです。証拠に、現実を否定しました。
       当然のことですが、現実を否定するには、現実を知っていなければなりません」




163: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:15:36.04 ID:kLLE5Q4M0
ζ(゚、゚*ζ「仰られる通りですの。トソンさんは現実世界を嫌っております」

( ^ω^)(・・・・・・)

ツンの言葉は理にかなっている。須名邸でのクーとのやり取りを、ブーンは思い出した。
最後、彼女は昔の自分に戻り、敬語で話したのである。その後は冷淡な口調に戻ったようだが。
くるりとツンが振り向く。彼女の茶色い瞳には、確固たる意思と意志が煌煌と輝いている。
ブーンとデレは忘れているが、彼女は早い時期に影を知っており、所謂歴戦の退魔師なのだ。

ξ゚?゚)ξ「トソンは影の中でも一等強い。でも、リアルを覚えているのなら勝機はあります。
       置き去りにされたままの真っ白な現実――そこに、私達が色を零しててあげましょう」

二度とは忘れられない極彩色を。ツンの言葉は、戸惑っていたブーンとデレの心を収れんさせた。
「行こう」。ブーンは言って、絨毯の上を歩き始めた。ツンとデレの二人も、彼のあとをついていく。




164: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:17:43.26 ID:kLLE5Q4M0
ξ゚?゚)ξ「ここが、夫妻の部屋ですか?」

( ^ω^)「いや。書斎だお。残された時間は少ないお。縁の強そうな場所だけを選ばないと」

ζ(゚ー゚*ζ「ここで、死後にトソンさんが書いた日記を発見したんですの」

三人は書斎の前へとやって来た。夢の世界の書斎は、本当に図書室のようになっているに違いない。
その予想は、彼らが部屋の中に進むと的中した。歯抜けだった本棚には、沢山の書物が収まっている。
ここに心の欠片があると良いのですけど。デレが注意深く探索していると、何やら話し声が聞こえた。
先ほど玄関ホールで愚痴っていたペニサスという女性と、もう一人、三人が知らない女性である。

~~-v('、`*川「それにしても、悪辣な職場だねえ。奥様はうるさいし、給仕長は最悪だ。
        とんだブラックな職場だよ。給料が良くなければ、さっさと辞めているわ」

ここでもペニサスは愚痴っている。夢の世界の住人は、個人個人の性格が良く出来ている。
邸の使用人達を見張っていたトソンが、精巧にルーチンワークを創り上げているのである。
まるでロボットだ。窓際で煙草を吸うペニサスの隣に居るロボットが、甲高い声を出した。

o川*゚ー゚)o「どうしてハインが給仕長なの! 世界は不思議だけで出来ているのです!
       違う違う。きっと旦那様と寝たんだね! きゃあ。禁忌を知っちゃった!?」




165: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:19:00.00 ID:kLLE5Q4M0
姦しい女性だ。背の低いその女性は、窓際に取り付けられた手すりに背中をもたれさせ、
開かれた窓から上半身を乗り出している。ペニサスは女性の横顔を手のひらで押した。

~~-v('、`*川「キューは病院で口を縫合してもらえ。ああ、そうそう。聞きたいんだけどさ」

o川*゚ー゚)o 「なに? 身長のこと以外なら、何でも質問を受け付けるよ!」

~~-v('、`*川「お前の、顔の横に付いているものは何なんだ? 気になって、夜も眠れん」

o川*゚ー゚)o 「訊くな。死ぬぞ」

~~-v('、`;川「えっ。ごめんなさい・・・」

キューと呼ばれた女性のただならぬ殺気に圧され、ペニサスは謝った。しばし、無言になる。
やがて、キューは頂点に昇った太陽に笑顔を向けて、鼓膜を刺激する特徴的な高い声で言った。

o川*゚ー゚)o 「あー! 何だか良いよねえ。何が良いって、この邸のこと」

~~-v('、`*川「はあ? 邸のどこが良いんだ。ただ広いだけじゃんか。掃除が面倒くさい」




168: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:20:56.68 ID:kLLE5Q4M0
「違う違う」。キューの口癖なのだろうか、彼女は手をひらひらと振って、手すりから背を離した。
キューはブーン達の前までやってきて、ペニサスに身体を向けた。彼女はブーン達に気付かない。
近くで見る彼女は低身長である。どれくらい低身長かというと、中学生でも通用するほどだ。

o川*゚ー゚)o 「邸中に時計があって、素敵じゃない? 何やら事件の臭いがしますよ!?」

~~-v('、`*川「お前はミステリー小説が好きだったね。大丈夫。事件なんて起こりません」

やんわりと否定され、キューは口先を尖らせて抗議する。ペニサスは、「ははは」と笑った。
創られた人格とは思えないくらい、彼女達は感情が豊かである。悲しいほどに個性がある。

o川*゚ー゚)o 「いやー。実は、邸中の時計の針が少しずつズレていて、それらを合わせるとヤバいことに」

~~-v('、`*川「どうなるんだ?」

o川*゚ー゚)o 「爆発する。邸が。炎が燃え上がり、崩れ行く邸の中で私達は逃げ惑うの!
        壮絶なクライマックスなの! 助けて! 助けやがれ! ペニサスさーん!」

~~-v('、`;川「ぶっ! 馬鹿馬鹿しい展開だな。して、その後はどうなるのさ」




169: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:21:33.52 ID:kLLE5Q4M0
o川*゚ー゚)o 「その後は、考えてないよ。クライマックスはクライマックスじゃんか」

~~-v('、`*川「ああ、そう。お前の脳みそは、トコロテンで出来ていそうだな」

ペニサスは、エプロンのポケットから携帯灰皿を出し、蓋を開けてセイラムを押し潰した。
そして、背筋を伸ばす。さあて、仕事を再開しますかね。彼女はキューの前を過ぎようとする。
キューはペニサスの袖を引っ張り、止めた。眉をひそめるペニサスを見上げて、小さな声を出す。

o川*゚ー゚)o 「・・・ハインさ。最近、見てなくない? でも記憶にはあるの。変なの」

('、`*川「何を言っているんだ。ハインなら、さっき皿を割ったじゃないか。食堂で・・・」

ペニサスは難しい顔をした。彼女もハインの姿を見ていない気がするのだ。だが、記憶にはある。
ハインは影と化して現実に居たので、トソンはわざわざ彼女を夢の世界に置いていないのだった。
ちぐはぐな記憶に唸っていたペニサスは、ため息を吐いた。彼女は細かい事を気にしない性質だ。

('、`*川「この時間。ハインなら廊下を掃除している。行こう。思いっきり馬鹿にしてやるんだ」

o川*゚ー゚)o 「うん! けど、やり過ぎたら殴られるから、慎重にね! たんこぶが出来ちゃうの」




170: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:22:34.42 ID:kLLE5Q4M0
ペニサスとキューは書斎を出て行った。ブーン達三人は、それぞれ物思いな表情を浮かべている。
今しがた見た光景は、作り物の癖にリアルに創造されていたのだ。もう気持ちが悪いくらいに!
ツンは、二三度強く手を叩いた。それにより、ブーンとデレの意識が覚醒し、そちらへと向いた。

ξ゚?゚)ξ「呆然としている場合じゃありませんよ。トソンを、彼女達の元に送らないと」

ツンは気丈夫である。二人の女性のやり取りを見、寂々とした気持ちに浸ったのは少しの間だけだ。
ブーンとデレは頷き、書斎を出ることにした。心の欠片はなかったが、三人の決意は、一層固まった。
そして、三人は廊下へと出て夫妻の部屋に入った。時間的に鑑みて、この部屋が最後の希望である。

( ^ω^)「ツンは物入れを、デレはデスクを。僕は部屋全体を調べてみるお」

ξ゚?゚)ξ「分かりましたわ」

\ζ(゚ー゚*ζ「はいですの!」

三人は夫妻の部屋を調査し始めた。この部屋は、現実とはそんなに変化を遂げていない。
何故なら、部屋に対するトソンの思い入れが一際強く、夢も現実も変えるところがなかったのだ。
二十分ほどして、デレとツンは困った表情で行き詰っていた。捜査が難航しているのである。




172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:23:57.59 ID:kLLE5Q4M0
ξ-?-)ξ「ううん。絶対に何かある筈なんですけど。完全な世界なんてあり得ませんのに」

ζ(>、<*ζ「ブーンさんはどうですの? 何か発見しましたの?」

( ^ω^)「いや」

クローゼットを調べていたブーンが顔を向けて、肩を竦めた。彼もお手上げといった感じだ。
ブーンはクローゼットの扉を閉め、部屋全体を見回した。ハサミの片割れ、木造の人形、車椅子、
そして様々な種類の時計。もしやトソンの打破を叶える様な物品は、ここにはないのだろうか。
しかし、あまり時間がない。ブーンは壁にかけられている、からくり時計へと視線を遣った。
時計の針は、十時半を差している。現実世界とリンクしているのか不明なので、使い物にならない。

( ^ω^)(そう言えば)

ブーンは腕を組んだ。昨日、この部屋に忍び込んだ際に見た心の欠片は、一体なんだったのだ?
時計の扉から出たあの追想は。実は、自分は答えを垣間見ていて、それを取り逃しているのでは。
ブーンが神に祈るように額の前で両手を組み、必死に思い出そうとしていると、扉が開く音がした。




173: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:24:45.44 ID:kLLE5Q4M0
ξ;゚?゚)ξ「あ」

ζ(゚、゚;ζ「!」

( ^ω^)「トソン」

(゚、゚トソン「・・・・・・」

部屋に入って来たのは、トソンだった。彼女は三人の顔を順々に見たあと、車椅子に腰を下ろした。
足を組み、膝の上に両手の指を編んで乗せ、彼女は居丈高に座る。とてつもない知性を感じる。
数秒間。ブーン達が言葉を失っていると、彼女は両手を広げ、あの威圧感を与える口調で話しかけた。

(゚、゚トソン「・・・どうかね。私の傑作である夢の世界を、お前達は楽しんでくれているか。
      此処には、嘗(かつ)て私と主人が築き上げた姿が、ありありと映し出されている。
      だが、不完全ではある。影と成った者だけが扱える力、それは完璧では無いと知る。
      お前達はその綻びを探している。私が編み上げた世界の何処か在る、僅かな綻びをね。
      しかし、私は編み上げた世界の上にもう一つ、別に編み上げた物を覆い被せている。
      無理なのだ。お前達がその綻びを探すには、余りにも時間が残されていない。そうだろう」




174: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:25:59.73 ID:kLLE5Q4M0
ブーン達は反応しない。自身の力に酔ったトソンに反応すれば、隙を見失ってしまうからだ。
話しかけるのは、彼女が何らかの弱点を現したときである。だが、トソンは聡明な女性である。
その辺のことも熟知しており、危険性を把握している。余裕は、結果を得てから表明するべきだ。

(゚、゚トソン「ハイン、丸川、オッコトワーリの三人は、もうすぐ私の世界へと存在を染める。
      この邸の使用人共は皆、変わり者ばかりではあるが、私の世界には欠かせない者達だ。
      そして、私もこの世界と完全に同化する。漸(ようや)く、私の悲願が成就するのだ
      主人も居る。そこの木偶人形を見たまえ。私の蒐集品のそれを、主人へと変えるのだよ」

ブーン達は、等身大の関節付き人形を見遣った。トソンはこれをモララー役に任命するのだ。
なんという悲しき世界だろうか。彼女の理想郷たる楽園には、作り物しか居ないのである。
ブーンはすがめ(片目だけを閉じ)、トソンを真っ直ぐに見据えて、慎重に静かな声で切り出した。

(  ω^)「なるほどなるほど。君は、今まで見てきた誰よりも頭がきれるお。素晴らしい」

(゚、゚トソン「そうやって、煽(おだ)て、私が口を滑らせるのを待つつもりか。見苦しい事は嫌いだ」

( ^ω^)「いいや。僕の本心だお。・・・しかし、困った。僕達はここで終わるのかお」

ツンとデレが見守る中、ブーンは片目の瞼を上げて歩み始めた。彼は部屋の中心に立つ。
次いで、パチンと指を打ち鳴らし、「んんん」と首を傾げた。ブーンの視線は壁紙を見ている。




176: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:27:14.65 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「でもね。僕は諦めないお。都会へ行き、クリスマスを楽しまねばならないのだお」

(゚、゚トソン「既に時間の概念を失くしているので知らなかったが、今日はクリスマスだったのか。
      お前達は、良い日に迷い込んだ物だ。夢の世界と謂う最高のプレゼントを進呈しよう」

何でもない、ブーンの負け惜しみだった。実際、彼の頭には敗北を喫する可能性が巡っていた。
だが、ふとトソンはそれに反応した。演技っぽくない彼の言動に、気が弛んだのかもしれない。
ブーンは彼女へと視線を戻した。トソンという人間は、まだまだ現実とは乖離しきれていない。

( ^ω^)「わあお! ツン、デレ。聞いたかお!? クリスマスプレゼントだお!」

叫んで、ブーンが後ろを向くと、ツンは額に手を当てて息を漏らし、デレは苦笑いを浮かべた。
ゆっくりとテンションが上がってきたブーンは、目をらんらんと輝かせてトソンに訊ねる。

( ^ω^)「あまり欲しくはないプレゼントだけどね! プレゼントなら時計が欲しいお。
       ――例えば、あの壁にあるからくり時計とか。相当な値打ちものに違いないお」

ブーンは、壁にかけられたからくり時計を指で指し示した。トソンは頬杖をついて、睨む。

(゚、゚トソン「そうやって、お前は馬鹿を装い生きて来ているのだ。油断のならない男だ。
      夢の世界の住人となれば、邸中の全ての時計をくれてやる。時計は一つで充分だ」




178: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:28:00.31 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「僕も時計は一つで充分だお! 自室の目覚まし時計がうるさくて敵わないお。
       御宅の会社が作ったものかもしれん。そうなら、早々に引き取って貰いたいね!」

あの物語の始まりを告げる目覚ましは時計は、確かに茂良時計製作社が造り上げたものである。
「ベルが騒々しい時計より、こちらの方が良いお」。ブーンは駄々をこねてからくり時計に近寄り、
あろうことかそれに触れようとした。驚愕したトソンが、瞳孔を拡げて悲鳴の如く声を上げる。

(゚、゚#トソン「触れるな! お前のような、下賤の者が触れて良い代物ではない!」

ξ;゚?゚)ξ「お兄様!」

あまりの迫力に、ツンがブーンを取り押さえようとする。相変わらず無茶苦茶をする兄だ。
ブーンの腕を掴んだツンが顔を覗き込むと、彼は笑みを湛えていた。上下の歯を食いしばった、
まるで狂人の笑顔! ぞっとして、ツンが腕を離すと、ブーンはトソンへと身体を向けた。
顔は平素に戻っている。彼は人差し指をトソンに突き付けた。その仕草は、魔法みたいに見えた。

( ^ω^)9m「鎮まりたまえお! 茂良トソン! くだらない幻想は、これで終いだお!」

(゚、゚トソン「くだらない」




179: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:28:53.81 ID:kLLE5Q4M0
自身が創った渾身の世界を、「くだらない」と評され、トソンはわなわなと肩を震わせる。
その内、襲い掛かりいそうな雰囲気を全身から発して、トソンがブーンを睨み付ける。
だがしかし、ブーンは怯まない。破邪顕正の一振りは、依然として彼女に向けられたままである。

( ^ω^)9m「この時計は、君にとって特別なものなのだお。特別とは素敵なことおびただしい。
         ―――さあ、トソン。今から僕達三人は、君という悪因悪果に挑もう!」

(゚、゚トソン「!」

途端、まるで申し合わせたように時間が十一時になって、からくり時計の窓が開かれた。
耳触りの良いメロディーを奏でながら、三人の女性の人形が順々に登場し、回転していく。
窓が閉まり、音が止む。そして、小さな光の球が現れた。もう後はなく、これで最後である。
巡り来る時に、巡り行く出会いに。部屋に居る全てのものの姿が、まばゆい光に包まれた。


                              永遠に愛し合うって、本当に難しいのです。




181: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:29:57.81 ID:kLLE5Q4M0
 “これは、現実世界でブーンとデレが見た、追憶の続きである。
 昼食を摂り終えたトソンは、自室にて本を読んでいる。タイトルは『R.U.R(エルウーエル)。』
 カレル・チャペック作の戯曲で、日夜人間が口にするロボットという言葉はこれにより生まれた。
 1920年に発表された作品だが、ロボットが人間に反乱するさまを描いたもので、予言的である。
 トソンはこの本が大好きだった。これをヒントに、夢の世界の住人を創ったのかもしれない。

(゚、゚トソン『ううん。・・・最近、随分と目が悪くなりましたね』

 トソンはデスクの上に置かれた眼鏡を取って、耳にかけた。霞んで潰れていた文字が鮮明になる。
 彼女は視力が弱く、日常生活に支障をきたしているほどなのだが、眼鏡が嫌いなのだった。
 耳にものを置くという発想が信じられないのだ。彼女が進んで眼鏡をかけることはない。
 本を読み進めていると、ノックの音が聞こえた。彼女は本を閉じ、使用人を招き入れる。

(*´ω`*)『奥さま。奥さまにお荷物がとどいておりますう』

(゚、゚トソン『そう。丸川はもっときちんと喋りなさい。・・・で、何かしら』

 丸川が扉へと顔を向ける。すると、大きなダンボール箱を抱えたオッコトワーリが現れた。
 彼はダンボール箱をトソンの前へと下ろす。後退して、オッコトワーリは丸川に並んだ。




183: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:30:36.62 ID:kLLE5Q4M0
(゚、゚トソン『一体、何なのでしょう。あなた、ちょっと開けてみなさい』

( ゚ω゚ )『お断りします』

(;*´ω`*)『ちょ!』

 命じられるが、オッコトワーリは断固として拒否した。隣の丸川が大量の汗を流す。
 トソンは何度も注意してきたが、オッコトワーリは聞き入れない。彼はそういう男だ。
 怒りを通り越して呆れ返るトソンの前に、丸川が歩み出てダンボール箱を開け始めた。
 中から姿を現せたものは、一メートルほどの巨大なハサミだった。彼はそれを持ち上げる。

(*´ω`*)『これは、大きなハサミですね。何なんだろう。・・・はっ!? もしや脅迫』

(゚、゚トソン『違います。そのハサミは、私が特別に作らせたものです』

 トソンは意味の分からないもの、或いは意味をなくしたものが好きなのである。
 小さな包丁、巨大な爪きり、回転ドラムのないライター、無用扉、関節があるくせに動かない人形。
 見ているだけで死んでしまうわ! 人の考え方はそれぞれではあるが、彼女の嗜好は難解だ。




184: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:31:58.24 ID:kLLE5Q4M0
(*´ω`*)『へえー。何に使うんですか? あ、大きな紙を切るときですかねえ』

(゚、゚トソン『そんな訳無いでしょう。大きな紙にも、小さなハサミやカッターを使いなさい』

 こともなげに言ってトソンは、丸川とオッコトワーリの二人を部屋から追い出した。
 隅に置かれたハサミを眺めながら、彼女はにやける。これは本当に良い物ですねえ。
 良い心地になって煙草を吸おうとすると、彼女の主人であるモララーが部屋に入って来た。

(;・∀・)『なあに、このハサミ。また意味不明なものを買ったんだな』

(゚ー゚トソン『良いでしょう。絶対に差し上げませんわよ』

(;・∀・)『いらんがな・・・』

 モララーは気分を引き気味にして、デスクの椅子に腰を下ろした。椅子が、キイと軋んだ。
 トソンがモララーと居られる時間は極僅かである。普段、彼は仕事で各地を飛び回っているのだ。
 今は大切な時間ということだ。モララーは『そうだ』と呟き、デスクの下に身体を潜り込ませた。




185: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:32:41.97 ID:kLLE5Q4M0
( ・∀・)『トソンはもうすぐ誕生日だろう? 今のうちに渡しておくんだからな!』

 モララーは、車椅子に座るトソンに話しかけた。彼の両手には包装された大きめの箱がある。
 重いので彼が包装を解くと、中身はからくり時計だった。時計は邸に沢山あるので、彼女は困った。

(゚、゚;トソン『嬉しいですけれど、時計ですか。・・・どう見ても時計ですね。ええ、時計です』

( ・∀・)『おおっと! この時計はただの時計じゃないんだからな! 普通の時計ではない』

 モララーは手でトソンを制止するようにして、腰を上げた。キャスター付きの椅子を手押す。
 そして、不安定な椅子に乗って壁にからくり時計を設置すると、モララーは意味ありげに笑った

(゚、゚;トソン『その笑いは何ですか? 何か身体に悪い物でも、お食べになったのですか?』

 かすれた声でトソンが問いかけると、モララーは椅子から下り、それに座って言う。

( ・∀・)『人間とは、いつか死ぬもんだ。僕が先か、君が先かは分からない。しかし、
      いつかは終が訪れる。まあ、女性の方が男性よりも少しだけ長命だと知る。
      僕が先に逝ったら、君へと想いを届けられなくなる。それを考えると、僕は怖い』

(゚、゚トソン『・・・・・・』




187: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:33:24.10 ID:kLLE5Q4M0
 昼食前にも、夫婦は同じ事柄を話し合っていた。きっと、モララーは相当不安なのだろう。
 『だからね!』モララーは腰を上げて、車椅子のトソンの背後に立った。彼は破顔一笑する。

( ・∀・)『あの時計を特別に作ったのさ! 定刻になると、ノルニルが姿を見せる。
      ウルズ、ヴェルザンディ、スクルド・・・。三人の運命のノルン(女神)達だよ』

(゚ー゚トソン『それは分かりました。それで、どこがどう特別なんですか?』

 トソンが微笑むと、モララーは彼女の肩に腕を回して、後ろからぎゅっと抱きしめた。
 お願い、時間よ止まれ。モララーが願うが、時間とはゆるゆると流れていくものである。
 大きなため息を吐くモララーの腕に、トソンがそっと触れると、彼は静かに口を開いた。

( ・∀・)『あの時計には、魔法が仕組まれている』

(゚、゚トソン『魔法』

 素っ頓狂な声を、トソンが上げた。魔法。現実世界では、絶対にあり得ないものの一つである。
 主人は何を言っているのでしょうか。彼女は首を傾げる。モララーは耳元で囁きかける。




188: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:33:59.92 ID:kLLE5Q4M0
( ・∀・)『未来へと、想いを届ける魔法だよ。君には見破れないだろう』

(゚、゚トソン『あら。どうしてですの?』

( ・∀・)『・・・・・・それは、秘密さ。魔法は、謎が多い方が良い』

 モララーは悪戯っぽく鼻を鳴らした。厳しい顔付きだが、まるで無垢な少年のようだ。
 トソンは考えあぐね、諦めた。それよりも重要なのは、主人がプレゼントをくれたことだ。
 気持ちが華やかになり、トソンは湖のほとりへの散歩を願い出た。モララーが頷いた。
 部屋には誰も居なくなる。あるのは、飾り用の時計と、用途不明の物体と、からくり時計。
 
 人知れず、からくり時計の窓が開いた。運命の女神達は、音楽と共に悠久に続く魔法を奏でる。
 過去から現在へと。そして、未来へと想いを託す魔法だ。それは、果てることを知らない魔法だ。


                                       意識が、鮮明になって行く。”




190: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:34:44.48 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)「という、話だったのかお。いやあ。君は良いご主人を持ったお!

(-、-トソン「・・・・・・」

心の欠片を見終えたブーンは、とてつもない疲労感で腕を下ろした。トソンは目を瞑っている。
過去の愛を垣間見たトソンの胸中には、滾る闘争心を失って様々なものが渦巻いている。

( ^ω^)「本当に良い主人だお。僕にも妻が居て、同じことを悩んでいたのだお。
       けれどもモララー氏が、永久に想いを託す方法を伝授してくれたのだから!」

ξ゚?゚)ξ「それは何なのです? 私にはさっぱりですわ」

ブーンは魔法の正体を見破ったのだと言う。それは、トソンの呪縛を断ち切る代物である。
とても得意気に鼻歌を奏でてもったいぶって、ブーンは無作法にもデスクに座った。

( ^ω^)「んふ。それはね。一つだけ、トソンに許可を頂かないと答えられないお」

(゚、゚トソン「・・・・・・何だ」




193: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:35:15.73 ID:kLLE5Q4M0
目を開けて、トソンが応えた。彼女はすっかりと鋭い牙を失い、脱力感を覚えている。
ブーンは髪の毛をかき上げ、彼女を見下ろす。とてつもない陶酔境である。軽くイキそうだ。

( ^ω^)「ふん。あのからくり時計に触れさせて欲しいのだお」

(゚、゚トソン(・・・・・・)

トソンが無言になる。ブーンは了承してくれたものと判断し、デスクから飛び降りた。
椅子を動かせて、彼はからくり時計の下に立つ。それから、彼は椅子の上に両足を乗せた。
重い体重で椅子が軋む。やがて、からくり時計が壁から下ろされて、ブーンの両手に収まる。

( ^ω^)「さあて! 魔法を公開しようではないかお! よくよく見ておきたまえ」

椅子から下りたブーンは、からくり時計を床に置き、何やら窓を開けてごそごそし始めた。
ブーンは目当てのものを発見し、嬉しそうにガッツポーズを取る。彼はいつでも全力である。

( ^ω^)「ああ。ぞくぞくするお。今僕は、誰よりも目立っているのだお。
       それにしても、君の主人は見てくれとは裏腹に、随分と奥手だねえ!」

身体を震わせるブーンの手には、紙片が握られている。彼はそれをトソンへと手渡した。
トソンが紙切れのシワを伸ばして、視線を落とした。そこには、一文が添えられていた。




194: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:36:26.44 ID:kLLE5Q4M0
(゚、゚;トソン「これは」

トソンは紙片を破りそうになるくらいに、腕をわななかせた。衝撃的な内容だったのだ。
影となってからの人生を、否定された。彼女は表情を覚られないよう、手で顔全体を覆い隠した。

( ^ω^)「そう! モララー氏は、時計に手紙という魔法を仕組んだのだお!
       三人の女神達は、過去から現在へと想いを届けた。それは未来へも続く・・・」

自分は四六時中、主人の賛美を受けていた。時計が時刻を告げるとき、想いを鳴らせていたのだ。
不器用且つ、大胆な魔法! トソンは耐え難い苦しみに胸を締め付けられ、嗚咽を漏らし始める。

( ^ω^)「トソンは眼鏡をかけるべきだお。それが嫌なら、コンタクトレンズでも良い
       こんな簡単なものを見破れないほどに、君の眼は曇っているのだから」

( 、 トソン「・・・・・・あはは。私は、これからどうしたら良いのでしょう」

追憶で見たものと同じ口調で、トソンが呟いた。ようやく、彼女の精神が現実と重なったのだ。
ブーンはぐるりと部屋を見回した。ツンがデレが、部屋中に存在しているもの全てが彼を見ている。
――――今こそ。今こそが、決断を迫るときだ。だって、そうじゃないとピリオドを打てない。
この邸を満たす邪悪を蹴散らして、正義を示すのだ! ブーンは眼球を剥いて、トソンを指差した。
あらん限りの力で、全てを終わらせる。最大にまでみなぎった力で、トソンを討ち破るのである。




196: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:38:05.22 ID:kLLE5Q4M0
( ^ω^)9m「それこそ単純明快だお! 今すぐハイン達を連れて、主人のあとを追うのだお!
         こうして現実に魔法が存在しているのだから、天国もある! さあ!」

( 、 トソン「今に至って、果たして主人の言葉を信じて良いのかどうか、不安になっています。
      本当はパライソになんて何処にも無くて、暗闇が待ち受けているのではないか。
      私は、使用人達に沢山の罵詈雑言を吐きました。逝く所は地獄のような気がします」

( ^ω^)9m「暗闇でも、地獄でも構わない。それでも、モララーは待ってくれているお!」

ブーンは腕を下ろした。そして、トソンへとゆっくりと歩み寄り、紙片を握る手を取った。

( ^ω^)「確かに、待ってくれているお。僕は約束を破る男が、大嫌いなのだお!」

トソンはぐぐっと身体を丸めた。彼女の背中に生えている黒い翼が霧散し、消えうせた。
今、苦しみという鎖から、彼女は解放されたのだ。彼女は腰を上げ、覚束ない足取りで歩く。
ブーンは彼女の手を離し、これから起ころうとしていることを、ただじっと見守る。

( 、 トソン「ああ。なんて心が軽いのでしょう。あなた。待っていて下さい――」

床に両膝をつき、トソンはからくり時計に抱き付いた。窓からの柔らかな陽射しが彼女を照らす。
やがて、皮膚がとけて、彼女は骸骨と化す。二十一グラムが、空へと昇って行ったのだった。




198: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:39:04.62 ID:kLLE5Q4M0
―6―

果たして、天国は存在しているのだろうか。単なる絵空事なのでは無いのだろうか。
実際あったとしても、このような暗闇では無い筈だ。呆然と、トソンは真っ暗な道を歩く。

(゚、゚トソン「・・・・・・」

今、自分は何処を歩いているのか。行くあても無く、トソンは疲弊した足を引き摺るように歩く。
あの青年の言葉は間違いだったのだ。真実は、誰も待ってはいやしない、前後左右が不明な道だ。
今更後悔していても仕方が無い。現世で散々と悪態をついた自分には、此処がお似合いである。
トソンは、その場に両膝をついて屈みこんだ。彼女は、数時間と道なき道を歩んでいたのだった。
そろそろ力の限界である。彼女は、全身をどさりと地面に預けて、ただ朽ちていこうとする。

(-、-トソン「冷たい」

トソンは手に持っている手紙を握り締めて、意識を閉ざした。何時間そうしていただろうか。
ふと、彼女は何者かの唸り声を聞いた気がした。そっと瞼を上げて、彼女は耳を澄ませる。
すると、やはり言葉では言い表せない唸り声が聞こえた。彼女は慌てて、身体を起こした。
あれに喰われれば、自分が虚無になってしまう! どこに、そのような力が眠っていたのか。
一心不乱にトソンは駆ける。何度も足がもつれ転びそうになっても、彼女は走り続けた。




200: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:41:07.51 ID:kLLE5Q4M0
しかし、いつまでも体力が持つわけではない。トソンはとうとう精根尽き果ててしまった。
背後ではあれが、牙を光らせている。一歩、また一歩、近付いてくる。トソンは気が狂った。

( 、 トソン「はははははは! もう、どうにでもなってしまえ!」

すぐ後ろにまで、あれが来た。巨大な口を広げ、トソンを丸呑みにしようとした――。
しかし、そんな場所に現れたものが一人あった。小心者のあれは驚き、闇へと戻っていった。

从 ゚∀从「ハーッハッハッハイーンリッヒ! やあやあ! ハイン様の登場だ!」

奇声を発して、崩折れるトソンの前にハインが現れた。彼女はトソンを抱き起こす。

( 、 トソン「・・・・・・貴女。どうして此処に居るの? 貴女は何も悪い事をしていないでしょう」

息も絶え絶えにトソンが訊ねると、ハインは「ちっちっち」ときざに指を振って答えた。

从 ゚∀从「何を仰られるやら、ご主人様。俺達、死後の給金を頂いてませんぜ。
      これはこれは、何とも放っておけません。地獄の沙汰も金次第らしいですし」

(゚、゚トソン「そう。でも、私はお金など持っていませんよ。・・・他にも誰か居るのですか?」




201: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:42:46.83 ID:kLLE5Q4M0
ハインは「俺達」と言ったのだった。彼女はトソンを立ち上がらせると、右腕を振って合図した。
闇の中から、背が低く小太りの男性と、長身で細身の男性が現れた。あの癖のある兄弟である。

(*´ω`*)「早くこんなところ出たいよう。真っ暗で、おまけに変なのもいるし。
       天国で、おまんじゅうみたいにまるくてかわいい男の子を探すの」

( ゚ω゚ )「お断りします」

从 ゚∀从「おう! ノッポ。ご主人様を背負うんだ。暗闇を本気で駆け抜けるぜ、イエーイ」

オッコトワーリは今度ばかりは断らずに、トソンを背負った。それから、一同は走り始めた。
どこまで駆けても闇だ。身体が上下に揺らされるトソンは、不思議な気持ちで口を開いた。

(゚、゚トソン「何故、私を助けるの。私は生前、アナタ達を馬鹿にして来たでしょう?」

从 ゚∀从「ずっと長い事、一緒に居たでしょう。俺はそれだけで充分ッス!」

(*´ω`*)「ご主人さまがやとった、若い男の子をたくさん食べることができましたあ」

( ゚ω゚ )「お断りします」




202: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:43:56.56 ID:kLLE5Q4M0
皆、おどけた口調で返答した。丸川だけは本気かもしれないが、とても人情味が溢れている。
素晴らしい人材に恵まれていたのだ! この三人はこんなにも、頼りになる人間だったのだ。
トソンの頬に一筋の涙が伝う。ふと顔を後ろに向けるとハインは、苦虫を噛み潰した表情をした。

从;゚∀从「やっべえ! また来やがったぞお!」

あれが再び闇から姿を現した。正体不明の唸り声を上げて、走るハイン達を追いかける。

从#゚∀从「よし! お前ら、必殺技を使うぜ!」

(*´ω`*)「ひっさつわざ? なにそれ。あれをたおすの?」

丸川が訊く。すると、ハインは腕を力強く振り上げて、腹の底から大声を出した。

从#゚∀从「もっと本気で走るんだあああああああーーーーーーー!!」

(;*´ω`*)「いや。なにそれ」

(-、-;トソン(・・・・・・)




203: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:44:41.07 ID:kLLE5Q4M0
もっと本気を出して疾走する三人。まだまだ闇、かと思いきや、トソンはとあるものを見付けた。
まるでジグソーパズルが欠けたかのように、上方の暗闇に小さな白く輝く部分があるのだ。
それは、進むにつれて数を増していき、散在するようになる。光だ。トソンが小さな声を出した。
ここは深い森の中なのだ。その証拠に、白い部分の隣では黒が揺らめいている。風がそよいでいる。

(゚、゚トソン「綺麗」

真っ暗だった四方が、淡白く変わって行く。まるでトソン達を導き、祝福しているようだった。
四人を追いかけていた者も、いつの間にか居なくなっている。それでも三人はひた走る。
遅れてしまった時間を取り戻すのだ。森に太陽光が射し込み始めた。出口まであと少しである。
邸ごと動かせて、世界中を旅をしても終ぞ見付からなかったものが、もうすぐ手に入る。

从;゚∀从「見えたぞ! もう少しだぜ!」

ハインが叫んだ。遥か前方に、丸く縁取った白光が見える。ハイン達の速力が上がった。
ようやく、四人は煉獄という名称を持つ深い森を抜け、天国へと到達するのであった――。

从 ゚∀从「ッ! 俺様、いっちばーん!」

闇が晴れる。柔らかな草花が、勢い良く飛び込んだハインの身体を優しく受け止めた。
続いて、丸川とオッコトワーリとトソンの三人も森を抜ける。トソンは景色を見渡した。
抜けるような青空。その下では風が穏やかに流れ、ありとあらゆる草花が咲き誇っている。




205: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:45:36.85 ID:kLLE5Q4M0
从;-∀从「もう、向こう一年間は走りたくねえッス」

(;*´ω`*)「僕もだよお・・・」

ハインと丸川が、大の字になって地面に寝転ぶ。トソンは二人のさまを叱りはしなかった。
身体の出来が違うオッコトワーリに背負われながら、彼女はじっと大草原を眺めている。
ここが天国なのか。邸で内藤という青年が言ったことは、本当に正解だったのである。
では、此処に主人がいるのか。トソンが不安そうにしていると、オッコトワーリが指差した。

( ゚ω゚ )9m「あれを」

初めて、オッコトワーリが普通の言葉を喋った。一瞬驚き、トソンは指の指し示す方向を見遣る。
遥かに遠い。そして、視力も悪い。だけれども、トソンには最愛の人間の姿だとすぐに分かった。
モララーが、過去の使用人達を後ろに控えさせて立っている。あの丘の上で、待ってくれている。

(;、;トソン「あ、あ、あ――」




206: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:46:20.45 ID:kLLE5Q4M0
トソンの全身から力が抜け、握られていた手紙がするすると抜け、風に運ばれて行った。
ハインがむくりと身体を起こして、中指を突き立てる。彼女はお怒りのご様子だ。

从#゚∀从「ペニサス。待っていやがれ。今から、ぶん殴りに行ってやる」

よろよろと立ち上がり、ハインは寝転んだままの丸川の手を掴んだ。不承不承彼も立つ。

(*´ω`*)「ああ。足ががくがくだよ。もうちょっと、寝かせておいてくれよ」

从 ゚∀从「天国にも、良い男の子が居るかもしれんぜ?」

(*´ω`*)「さあ、行こう」

四人はゆっくりと進む。約束通り待ってくれていた、先に逝ってしまった者達の元へ。
その後どうなったかは、彼女ら以外に知る者は居ない。ただ、幸せになったのは確かだろう。

風に連れ去られた手紙が、木の枝に引っかかり翩翻している。それには、短くこう書かれている。

                 “ずっと、君を愛している。”                




209: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:49:34.37 ID:kLLE5Q4M0
――。

あの後。ブーン達はからくり時計の窓へと吸い込まれ、無事に現実世界へと戻る事が出来た。
トソンの思い出が詰まったあのからくり時計こそが、夢から現実への出入り口だったのだ。

( ^ω^)「はあ」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさん。どうしたんですのー?」

ブーンは車の後部座席に座り、さきほどからずっと、ため息を何度も繰り返している。
トソンとモララーの愛を知った彼は、自分のデレへの想いが負けている気がしてならないのだ。
何かラブロマンス映画を観せられた気分である。心が空虚になって仕方がないのだった。
「はあ」。百度目くらいのため息を聞いて、ショボンがバックミラーに映るブーンに声をかけた。

(´・ω・`)「ヘイ。桃色吐息ボーイ。ちょっと、気が散ってしまうんだけど」

ξ゚?゚)ξ「まあまあ。今は、お兄様の好きなようにさせてやってくださいな」




211: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:50:35.61 ID:kLLE5Q4M0
(´・ω・`)「おお?」

ツンちゃんが、僕を制止させる事もあるんだなあ。ショボンはいささか目を丸くした。

(´・ω・`)「ふむ。茂良邸で何かあったようだね。あとで話を聞かせて貰おうかな。
      聞かせて貰うのは本当に良い。だって、僕が危機に直面せずに楽しめるからね」

ショボンは運転に集中する。結局、キジョに着くまでの数時間、ため息が止むことはなかった。
長岡夫妻が住むマンションの地下。ショボンは、友人が使用しているスペースに車を停めた。
ジョルジュは気を利かせて、別な場所に車を停めてくれているのだ。きっと、会社に違いない。

何号室だったかねえ。車から降りたショボンが、ジョルジュから送られた葉書で確認していると、
エレベーターが到着を知らせる音がした。エレベーターから、久方振りに合う友人が姿を現せる。
ジョルジュはショボンの奇抜なファッションに目が行ったが、慣れたことなので無視を決め込む。




213: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:52:03.10 ID:kLLE5Q4M0
  _
( ゚∀゚)「よう! 俺のおっぱいレーダーが、そろそろ着くんじゃないかと、告げていたぜ!」

いきなり、溌剌とした声で卑猥な言葉を口走った。ジョルジュとはそういう人間なのだ。
ツンは若干引き気味に挨拶をした。ジョルジュは、彼女の胸を凝視しながら頭を下げる。

(´・ω・`)「おっぱいレーダーというか、さっき電話を入れた時間から計算しただけじゃないの」
  _
( ゚∀゚)「いやいや。俺のおっぱいレーダーは、最新鋭の潜水艦のソナーを超えている」

ξ;-?-)ξ「・・・・・・」

ツンはあんぐりと口を開いた。性根は良いのだけど、本当に変わった人ね。それも悪い意味で。
呆れた様子ツンを見て、ジョルジュは“そう言えばあの馬鹿兄はどうしたんだ”と、思った。
  _
( ゚∀゚)「あれ? ブーンは来てねえの? あいつが来るって言い出したんだろ」

(´・ω・`)「それがねえ。愚図って、車からなかなか降りてこないの。もう困っちゃう」




214: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:52:43.82 ID:kLLE5Q4M0
  _
( ゚∀゚)「なにそれ。突然、幼児退行しちまったのか? しょうがねえなあ・・・」

ジョルジュは車の扉を開け、ブーンを引っ張り出そうとした。しかし、彼の動きが止まった。
ブーンの隣に、見知らぬ女性が座っていたからだ。鼻梁の形が整った、青い瞳の女性が。
  _
( ゚∀゚)「・・・・・・あんた、誰?」

ζ(゚、゚*ζ「キミこそ誰ですの?」
  _
( ゚∀゚)「まあ、良いか。俺はジョルジュ長岡だ。ショボン達の友人だ」

ζ(゚ー゚*ζ「ああ! 聞いていますの! ほらほら、ブーンさん。長岡さんですよお〜」

デレはブーンの腕を引っ張るがしかし、彼は唸り声を上げて車の外へ出ようとしなかった。

( ^ω^)「放っておいてくれお。僕はもう少しの間、ここでこうしているのだお」




215: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:53:19.46 ID:kLLE5Q4M0
デレが急かしても、ブーンは言う事を聞かない。重症である。だが、次の一言が彼を怒らせる。
肩を竦めたジョルジュが、何気なくデレの胸を見たのだ。そして、本当に小さな声で彼は言った。
  _
( ゚∀゚)「ちっせえ、おっぱいだな」ボソリ

ζ(゚、゚;ζ「えっ?」

(#^ω^)「くおらあああああああああ! ジョルジュ、絶対に許さんお!!」

絶叫して、ブーンがジョルジュに襲いかかった。わけの分からないジョルジュは両腕を上げる。
 _
(;゚∀゚)「ちょ、おま!? Quieting! Quieting! なに怒ってるんだよ!?」

(#^ω^)「貴様は僕の妻を愚弄したのだお! これからが本当の地獄だお!」
  _
( ゚∀゚)「・・・・・・は? なんつった? 誰の妻だって?」

(#^ω^)「デレは僕の妻だお!」
 _
(;゚∀゚)「なん・・・・・・だと・・・・・・」




217: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:54:30.07 ID:kLLE5Q4M0
相手の隠された力が解放されて、絶句した漫画の主人公のような面持ちに、ジョルジュはなった。
さて、一つずつ処理をして行きましょう。ブルーの瞳の可愛らしい女性はブーンの妻だそうです。
ブーンは友人です。その友人はとても変わった性格をしていて、手の付けられない奇人です。
その奇人が妻を娶ったそうです。ジョルジュの脳内処理が終わります。とても速い処理でした。
 _
(;゚∀゚)「なん・・・・・・だと・・・・・・」

ジョルジュの言葉は変化しない。事情を知らなければ誰だって、驚いてしまうだろう。
ブーンは彼の胸から手を離した。何だかんだ言っても、彼は人を殴ることを嫌うのである。

( ^ω^)「ふん。デレの目の前だお。今回限りは特別に許してやるお」
  _
( ゚∀゚)「やっべえ。びっくりしたわ。いやあ、とうとうお前も身を固めたんだな。
     結婚式に呼ばないなんて水くせえ。・・・つーことは仕事もしてんのか」

( ^ω^)「私立探偵事務所を開設したのだお。不倫調査でも申し込むかお?」
  _
( ゚∀゚)「やめれ。探偵事務所ねえ。何か事件の一つや二つ解決したのかよ?」




220: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:56:18.63 ID:kLLE5Q4M0

( ^ω^)「勿論! 今さっきだって、大きな事件を解決したのだお!」

ξ゚?゚)ξ「お兄様」

ツンはブーンのスーツを軽く掴んだ。ジョルジュは影の存在を知らない。
知ってしまえば、彼は平和な日常を過ごせなくなる。ブーンは「いかんいかん」と首を振った。
  _
( ゚∀゚)「? ・・・ここで立ち話もなんだし、俺の部屋に来いよ。嫁さんも待ちわびている」

(´・ω・`)「おお。そういやあ、もうすぐ子供が生まれるらしいね。男の子?」

ジョルジュの妻は、子供を妊娠している。彼は、少しつまらなさそうな顔で答えた。
  _
( ゚∀゚)「いいや。女の子だよ。これじゃあ、成長してもおっぱい談義は出来ねえなあ」

(´・ω・`)「君なら、娘のおっぱいに興味を示しそうだね。やっべ。危険な発言しちゃいました」
 _
(;゚∀゚)「あほか! ブーンもそうだけど、お前も相変わらずだなあ・・・」




221: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:57:47.53 ID:kLLE5Q4M0
ほとほと呆れ果てて、ジョルジュはエレベーターへと向かう。ツンとショボンは彼を追った。
ブーンは、遠くなっていくジョルジュの背中を見詰める。彼にはもうすぐ娘が出来るそうだ。
大学校時代と比べて、彼は立派に父親の背中になっていて、ブーンには少し羨ましく感じた。

デレが自分の手を取り、引っ張る。彼女は確実に長生きだ。彼女に永遠の愛を注げるだろうか。
未来にまで愛を伝えられるだろうか。分からない。しかし、一つだけ言えることがある。
“ずっと、君を愛している。”ブーンは一歩、足を動かせた。それから、笑んで舌を出した。


( ^ω^)「なんてね」

ζ(゚ー゚*ζ「?」


いつからセンチメンタルな男になったのだ、内藤ホライゾン。ブーンは気持ちを切り替えた。
これから先がどうなるか不明だが、帰ってからデレへの愛を綴った日記でも、書き始めるとするか。
今は、この一瞬を大切にして行こう。ブーンは天国へと旅立った夫婦に向けて、手を振った。



 了




222: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:58:29.66 ID:kLLE5Q4M0
おまけ

(´・ω・`)「犬はどうしたの。筆力のない作者にありがちな、小説時空に連れていかれのかい?」

( ^ω^)「“了”を打つまで気付かんかったね。何処に行ったのだろうかお」

ξ゚?゚)ξ「これではいけません。きっちり合点が行くように、描写をしましょう」

その後、飼い犬に気付いたブーンは、地下の駐車場へと急いで引き返したのだった。

( ^ω^)「なんという、魅力的な一文。誰だって、納得が出来るお」

(´・ω・`)「ふうん。でも、ちょっと強引過ぎるんじゃないかい。強引ならもっと強引にさ」

突如、クドリャフカは超能力に目覚め、テレポーテーションの技能を会得したのであった。
そして、他の超能力に覚醒した犬達と共に、世界を蝕もうとする邪犬を討たんとするのだった。

( ^ω^)「もう、それでも良いや」

(U^ω^) わんわんお (こいつら、寝てる顔におしっこかけてやりたい)



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3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:32:15.37 ID:Oc1SQ/8c0




             Le vent se leve, il faut tenter de vivre.                             

                    




4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:33:10.33 ID:Oc1SQ/8c0
ちゅうい:(Leveの最初のeにはアクサングラーヴ)




5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:33:38.15 ID:Oc1SQ/8c0

#4「二十一グラムは永遠の愛を求める ver.死のかげの谷」




6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:34:21.48 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「はいはい。起きます。起きます。・・・起きてやるお!」

午前六時。けたたましくベルを響かせる目覚まし時計のスイッチを、ブーンが押した。静かになる。
隣にはデレが眠っている。以前のように下着姿ではなく、ちゃんと水色のパジャマを着ている。
ブーンとデレは付き合い始めてから六ヶ月が経ち、ようやく落ち着いてきたところなのだった。
今は二月に入ったばかりで、ブーン達が住む国では雨季である。外では氷雨が降っている。

( ^ω^)(デレはもう少し、寝かせておいてやるかお)

昨晩、デレはしこたまアルコールを摂っていて、眠りに就いたのがかなり遅かったのだった。
躁気質の彼女は酒好きなのだ。ブーンは崩れた上布団を彼女にかけてやり、スーツに着替える。
今日は雨だから、どこにも行かないでおこう。雨嫌いな青年は、しいんと静まった廊下に出た。

(;^ω^)(今日は、どんな朝食なのかねえ)

昨日の朝食は青椒肉絲だった。一体、ツンは何を考えて、朝ごはんを作っているのだろうか。
やはり、嫌がらせ・・・いや、こんな考えはやめよう。ツンもそれらを食べているではないか。
ブーンは首を横に振って邪念を払い、玄関ホールのすぐ側にある食堂へと入ったのだった。

( ^ω^)「おはよう! マイスウィートシスター! ・・・・・・ってあれ?」




7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:35:47.14 ID:Oc1SQ/8c0
食堂にツンは居なかった。まだ料理を作っている中途かと、キッチンを覗いたが彼女の姿はない。
料理を作っておいた様子もない。ということは、ツンはまだ自室で眠っているということである。
ツンのライフサイクルは精微であり、五時ごろに必ず起床する。ブーンと違い、遅刻とは無縁だ。

( ^ω^)「遅刻とは珍しいね。どれどれ、目覚めの良い僕が起こしてやるかお」

自分の心の中だけで、早起きに良評価のあるブーンが食堂を出た。ツンの自室は二階にあり、
丁度ブーンの部屋の真上にあたる。玄関ホールのらせん階段を昇って、彼は二階の廊下を行く。
やがて、ブーンはツンの部屋の前にたどり着き、ドアノブを掴む。・・・いやいや、待てよ?

( ^ω^)(ノックをしないと、また怒られるね!)

その通りだ。ブーンは以前よりかは幾ばくか賢くなっている。主人公が成長しない物語はない。
ネームプレートがかかった扉を、コンコンと叩く。だが、部屋の中からの返事はなかった。
どうやら、眠っているらしい。普通の人間ならば諦めて引き返すところだが、ブーンは違う。
彼はドアノブを回して扉を開けた。そこら辺は、まだまだ成長の余地が残っているのだった。

( ^ω^)「グッドモーニング! 今日はツンより早起きだお!」

ξ*-?-)ξ「そうですか。それは、大変よろしかったですね」




8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:36:46.29 ID:Oc1SQ/8c0
(;^ω^)「ツン!?」

ツンはベッドの上でぐったりとしていた。声がかすれていたし、頬がほのかに朱に染まっている。
きっと、病気なのだ。ブーンは大慌てで彼女に駆け寄り、額へと手を押し当てた。とても熱かった。

(;^ω^)「大丈夫なのかお!? ああ・・・薬を飲ませないと。錠剤と座薬、どちらにすれば!
      効果は座薬の方が高そうだお! ツン。下の方のパジャマを脱ぎたまえお」

ブーンはうろたえる。座薬を入れる準備をしようとする彼の腕を掴んで、ツンは小さな声で言う。

ξ*-?-)ξ「座薬はいいので、散剤でお願いします。苦いのが嫌いなので、オブラートを」

( ^ω^)「よし! 任されよう! 今すぐ華麗に薬を持ってくるお!」

病人の前なのに騒々しく、ブーンは走って行く。しかし、ふと彼は扉の辺りで足を止めた。
薬はどこに仕舞われているのだ・・・。ゆっくりと振り返って、ブーンが眉根を寄せる。

( ^ω^)「・・・・・・薬はどこにあるのだお?」




9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:37:44.79 ID:Oc1SQ/8c0
馬鹿は何とやらで、健康なブーンには薬の在り処の見当がつかない。ツンがぱちりと目を開いた。

ξ*゚?゚)ξ「一階のリビングの箪笥にあります。一番上の引き出しですわ」

(;^ω^)「オーケイ。今すぐ取って来るから、死ぬのではないお!」

ξ*゚?゚)ξ「肺炎ならまだしも、ただの風邪で死にません。くれぐれも座薬とお間違いのなきよう」

ブーンが風の如く走り去ったあと、ツンは人知れずため息を吐いた。本当に困った兄である。
十分ほどが経ち、ブーンが帰ってきた。彼の手には薬などなく、何も握られていない。

(;^ω^)「風邪薬が無かったお!」

ξ*゚?゚)ξ「ああ。いつの間にかきらしていたのですね。どうしましょう」

ツンは身体が丈夫で、ブーンは前述の通りなので、内藤家には薬の必要性があまりないのである。
だから、薬の有無を確認する機会がない。ツンが起きようとすると、ブーンは身体を支えた。
ベッドの縁に座る彼女はしおらしく、少しの艶っぽさがあり、儚くも枯れ行く花のようだ。




10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:39:09.89 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「ツン?」

ξ*゚?゚)ξ「朝ご飯を作らないと。遅れてしまいましたが」

とんでもない! どれだけ甲斐甲斐しい妹なのだ! ブーンは、立とうとするツンの両肩を掴んだ。

( ^ω^)「待ちたまえお。ツンは休んでおきなさい」

ξ*゚?゚)ξ「え? でも、お二人はお腹をすかせていることでしょう」

ツンが言うがしかし、ブーンは自分の胸に親指を当てて、強い決意とともに眼を輝かせるのだった。

( ^ω^)「僕が朝食を作ってやろう! それから九時ごろになれば薬屋に行くのだお!」

ξ;゚?゚)ξ「・・・・・・」

ツンは言葉を失った。ただの一度も料理をしたことがないブーンが、朝食を作ると言うのである。
完成したそれは、はたして食べられるのか? ツンは恐怖する。だが同時に、嬉しくもあった。
兄が親切にしてくれるのだから。それに、雨が降っているのにも関わらず、買い物に行ってくれる。
前と比べて、兄も随分と丸くなったものだ。ツンは陰と陽の感情が入り混じり、複雑な表情をした。




13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:40:34.16 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚?゚)ξ「でも、私が作りますよ。お兄様は一度も料理をなさったことがないでしょう?」

( ^ω^)「いや! 確かに一度もしたことがないけれど、僕は料理が上手いはず!
      今日、今から僕の才能が開花するのだお! 君は静かに見ておきたまえお」

ξ;゚?゚)ξ(どこから、そんな自信が湧くのだか・・・)

これ以上断っても、乗り気のブーンは聞いてくれそうにない。ツンは不安げな面持ちになる。
ブーンはツンを寝転ばせてから、勢い良くツンの自室から飛び出した。二十七歳児の全力疾走。
キッチンに着くと、彼はエプロンをかけた。いつもツンが使っている淡いピンクのものである。

( ^ω^)(さて、何を作るかね。朝ならば、洒落たトーストかお?)

洒落たトーストとはどのようなものかは分からないが、朝食としては間違いなく妥当である。
トーストに必要なのは、パンと野菜類か。ブーンが大きな冷蔵庫の中を、ごそごそと探す。
しかし冷蔵庫にはそれらがなく、彼は悩んで腕を組んだ。一体、何を作ればいいのやら。

( ^ω^)(僕には料理の才がないのかお? ・・・いやいや、そのような筈はない)

いきなり、トーストなどと手間のかかりそうな食べ物を作ろうとするからいけないのだ。
たまご焼きにしよう。そこから、料理道への一歩を踏み出すのだ。卵なら冷蔵庫にあった。




15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:41:33.43 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「よし! この内藤ホライゾンの腕を、とくとご覧あれ!」

自信満々にガッツポーズをして、ブーンは卵を割りました。中身をボウルへと入れる。
解きほぐし、あとはフライパンで焼けば良いだけだ。ブーンはコンロの火を点火させた。

( ^ω^)「簡単過ぎるお。まったくもってつまらん」

程なく焼きあがったところで、ブーンは火を止めた。けれど、上手に皿へと移せない。
仕方ない。ブーンは焼けた卵をかき混ぜた。スクランブルエッグ(仮)の出来上がりである。

( ^ω^)(色具合が最高だお。きっと、歴史に残るたまご焼きに違いない)

皿を持ち上げて、プロフェッショナルさながらの目付きで、黄色く輝くたまご焼きを眺める。
間違いなく至高にして究極だ。ブーンは皿を置いて、フォークですくって一口食べてみた。

(;^ω^)「・・・・・・・・・・・・なんぞ、これ?」

確かにたまごを焼いた味なのだが、パサパサとしていて何かが決定的に足りなかった。
まあ、食塩や醤油を混ぜず、油をひいていなければこうなるだろう。ブーンは首を捻る。




17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:42:24.59 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「おかしい。ツンが作ってくれるものとは、まったく違うお」

一頻り考えていると、キッチンにデレが顔を見せた。パジャマ姿の彼女はテンションが低そうだ。
髪がボサボサである。昨晩、ブーンは彼女より早くに寝たので、アルコール量までは分からない。

ζ(-、-*ζ「ツンさん。おはようございますの」

デレは欠伸をして、眼を擦った。鮮明になる視界に、ちょっとあり得ないものが映る。
夫がエプロンをして、朝から料理を作っているのだった。きょとんとして、デレは首を傾げる。

( ^ω^)「おはよう! 君も体調が悪そうだけど大丈夫かお?」

ζ(゚、゚*ζ「おはようございますの。ちょっと気分が悪いですけれど、大丈夫です。
       ・・・・・・何をしてるんですの? ひょっとしてひょっとするとお料理ですの?」

( ^ω^)「その通りだお。ツンが風邪を引いたから、今日は僕が作るのだお」

ζ(゚、゚*ζ「そうでしたの。ツンさん。心配ですのー。あたし、あとで部屋に行ってみます」




18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:43:26.25 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「うむ。風邪薬がきれているから、九時を過ぎたら街に下りてくるお」

デレは少しだけ驚いた。ブーンは汚れることが嫌い――雨の日には、絶対に外出しないのだ。
本当に妹に優しい兄だ。デレは嫣然となって、ブーンの側に寄り、水道水で手を洗った。

ζ(゚ー゚*ζ「あたしも手伝いますの。あ、スクランブルエッグを作ったんですね。どれどれー」

デレはスクランブルエッグを食べた。咀嚼を繰り返すに従い、彼女の表情が暗くなって行く。

ζ(゚、゚;ζ「お醤油とかお塩を忘れていますの。油はひきましたの?」

( ^ω^)9m「おっお。何かもの足りないと思ったら、それだお」

ブーンは指を差して納得した。この出来損ないのスクランブルエッグはどうしようか。
ツンには食べさせられない。一瞬捨てようかと思ったが、勿体無いので自分が食べることにした。
そして、彼は冷蔵庫から卵を取り出して、もう一度、ツンとデレの分のたまご焼きを作り始める。

ζ(゚ー゚*ζ「たまご焼きなら任せてください! あたしには相当の自信があります。
       影仲間からは、“たまご焼きのデレちゃん”と呼ばれているんですの!」




19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:44:25.52 ID:Oc1SQ/8c0
その呼称はどうかとブーンは思うが、以前にもデレが言っていた影仲間とは誰なのだろうか。
“歩くアーティスト辞書”という、センス溢れるあだ名を彼女に授けたのと同一人物だろうか。
とても気になったのでブーンは、ホイッパーで卵をといているデレに訊ねてみることにした。

( ^ω^)「影仲間って誰なのだお? もしかして男ではあるまいね?」

ζ(゚ー゚*ζ「女の子ですよー。シューちゃんといって、髪の毛が長い女の子なのです」

支配欲の強いブーンは安堵した。デレの影仲間とは男性ではなく、女性のようだ。
それにしても、おかしなあだ名ばかりを付ける人間だ。きっと、奇人に間違いない。

( ^ω^)「その“シュー”とやらは、この街に住んでいるのかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「ですのですの。時計塔の屋上に住んでいて、いつも読書をしておりますの」

はい、奇人決定。僕が決めた。今、決めた。時計塔の屋上に住みついて、本を読むなんておかしい。
デレには悪いが、なるたけ関わらないようにしよう。ブーンが頷いていると、良い匂いがしてきた。




22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:45:06.92 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「ほう! 鮮やかな手並みだお。デレは料理人になれるお」

ζ(゚ー゚*ζ「えへへ。ありがとうございますの!」

褒められたデレが喜ぶ。何もせずに焼かれる様子を見ているだけで、手並みも何もないと思うのだが。
やがて良い具合に焼き上がり、デレはたまご焼きを皿に乗せた。形はいびつだが、食べられる代物だ。

( ^ω^)「ふむ。たまご焼きだけでは味気ないし、他にも何か作るかお」

たまご焼きに合う食べ物と言えばハムだ。これは焼くだけなので、何の問題もなく出来た。
無事に完成した朝食を見下ろして、ブーンは腰に両手を当てて勝ち誇る。おっおっおっお。

( ^ω^)「おっお。あとはパンを添えればオーケイだお。ツンを呼びに行こう」

\ζ(゚ー゚*ζ「はいですのー!」

二人は、朝食を食堂に運んでからツンを起こしに行った。そうして、食堂に三人が揃った。
風邪をひいた普通の人間ならば、なかなかにカロリーがありそうな食事に目を伏せるところだが、
毎度重い朝食を摂っているツンはその常識に収まらない。彼女は、パンにそれらを乗せて食べる。




23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:45:37.20 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚?゚)ξ「・・・あら。意外と食べられますわね」

( ^ω^)「意外と、ってなんだお。僕とデレが作ったのだお」

ζ(゚ー゚*ζ「お口に合わなかったら、すみませんの」

ξ*゚ー゚)ξ「いえ。美味しいわよ。どうも、ありがとう」

ツンは本心で言った。この二人は変わり者だけれど、他人を思いやる気持ちは欠如していない。
ブーンとデレは顔を見合わせ、ピースをして微笑んだ。ゆるゆると食事の時間が流れていく。
食堂には大きな窓があり、雨水がガラスを滴っている。ブーンが起きたときよりも、雨脚が強い。

( ^ω^)「昨晩、デレはどれだけ酒を呑んだのだお」

ζ(゚、゚*ζ「んんん。きっと、瓶ビール三本くらいです。銀河高原ビールは美味しいですの」

ξ*゚?゚)ξ「五本よ。私が片付けて、酔い潰れたあなたを部屋まで運んだのよ」

(;^ω^)「呑み過ぎだお。・・・何かいやなことでもあったのかお?」




24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:46:33.83 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「いいえ。実は、あたしの好きなビールを売ってる店を発見しまして、
       ついつい買っちゃったんですの。そこにビールがあるから呑むのです」

( ^ω^)「深いな」

ξ;゚?゚)ξ「全然深くありません。ただのお酒好きです」

意味深長にも取れるデレの言葉に、ブーンは腕を組んで唸り、ツンは呆れて肩を竦める。
ビールは良い。呑めば心が洗われるようだ。だけれど、未成年飲酒や飲酒運転はだめです。

ζ(゚、゚*ζ「それでも呑み過ぎましてね。今朝から胃が重くて仕方がないんですの」

( ^ω^)「ふむ。九時になったら風邪薬を買いに街に行くから、
      ついでに胃薬も買って来てあげるお。デレは邸に居とくと良い」

ζ(゚、゚*ζ「ありがとうですの。・・・でも、あたしも一緒に行きたいですのー!」

( ^ω^)「駄目だお。単なる二日酔いとても、無理をしてはいけない」




25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:47:31.76 ID:Oc1SQ/8c0
ぶうぶうと頬を膨らませてデレが抗議するが、心優しいブーンはまったく取り合わない。
ブーンは妹だけではなく、最愛の妻も労わることを忘れない男なのである。いい男なのだ。
しばし、食堂が静かになった。静寂に耐えられないブーンは、無理矢理に話題をひねり出す。

( ^ω^)「最近、いい小説を見付けられなくてね。邸にいるのが暇で仕方ないお」

ξ*゚?゚)ξ「・・・・・・お兄様、お仕事は?」

おじちゃん、おしごとは? 内藤私立探偵事務所は影が起こした事件ばかりを解決していて、
一般人からの依頼は絶無である。これは勿論、ブーンが大々的に広告をしていない所為だ。
広告をしたところで、この平和なビップにて、きな臭い事件が起こるかは疑問ではあるが。

(;^ω^)「その内、依頼者が来るお。この前だって広告を出したし」

ξ*゚?゚)ξ「へえ。どのような広告を出したんですか?」

( ^ω^)「電柱に張り紙をしたお! 十枚ほどだけれど」

ξ*゚?゚)ξ「そうですか」




27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:48:15.13 ID:Oc1SQ/8c0
ブーンには働く気があるようだ。彼からすれば、十枚程度の広告でも仕事をした範疇に入っている。
にこやかに微笑むブーンと、指先で眉間を押すツンの顔とを、順々に見比べてからデレが口を開く。

ζ(゚ー゚*ζ「あたしは、ミステリーなら何でも良いですの。お二人はいかがですの?」

今しがた、ブーンが切り出した話題の続きである。ブーンとツンが好きな本は何なのだろうか。
二人は悩む。ジャンルで選んでいて、「これが一番好き!」という本は特に見当たらないのだ。

( ^ω^)「最後が大団円で締めくくられる本なら、なんでも良いお」

ξ*゚?゚)ξ「恋愛小説なら、何でも構わないわ」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですの。近頃は、それらの良作を発掘出来ないのですね」

「うむ」。ブーンは頷いて、たまご焼きを乗せたパンをかじった。本好きによく見られる悩みだ。
世間の流行に疎いブーンとツンが頼れるものは、小さな書店を営んでいるショボンのみである。
ショボンが好きな本は“風立ちぬ”だ。ブーンは、彼に一度だけ訊ねたことがあったのだった。




29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:49:21.91 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚?゚)ξ「ショボンさんは、“風立ちぬ”が好きでしたっけ」

ブーンはパンを飲み込み、紙ナプキンで口を拭く。その仕草が無作法なので、ツンが眉を顰める。

( ^ω^)「そうそう! 僕は、あんな暗い本は読むなと言ったのだけれどね」

ブーンは、いらぬ敵を作るのが得意なようである。だって、こんなにも書き手を怒らせたのだから。
堀辰雄著の風立ちぬは、サナトリウム文学として有名だ。結核を患った婚約者の節子と、
“私”の二人がともかく生きようとする様を描いた読み物である。文章は流麗で、読み易い。

ξ*-?-)ξ「・・・毎度毎度思いますが、お兄様は最低ですね。その内に友達を失くしますよ」

ζ(゚、゚*ζ「ですの。どんな本を好きになっても良いと思いますのー」

( ^ω^)「しかしね」

ブーンは言葉を喉の奥に飲み込んで、頬を掻いた。最近はデレも反論をすることが多くなった。
別に仲が悪くなってしまったのではない。本音を言い合えるのは、本当に心を許している証拠だ。
さほど、ブーンも気にしてはいない。ただ、女性二人に否定されるとどうしても抗えないのだった。
主人公が成長をしない物語が無いのなら、周囲の環境が変わらない物語もまた無いのである。




32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:50:35.47 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚?゚)ξ「ふふふ。お兄様の負けですわね。いい気味ですわ」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさんの負けですのー」

( ^ω^)「ふん。徒党を組んで卑怯だお。決して、僕は屈したわけではない!」

居丈高に足を組んで、ブーンは鼻を鳴らした。女性二人って、あまりにも卑怯が過ぎるでしょう?
彼はやけになって、大きく口を開けてパンを頬張った。自分が大嫌いな敗北の味がしたのだった。
その後、三人は談笑した。今日は冷たい雨が降って天候こそ悪いが、和やかな朝食風景であった。

ξ*゚?゚)ξ「さて。食器を片付けましょうか」

ツンが腰を上げて、食器をキッチンに持っていこうとすると、「待った」とブーンが腕を伸ばした。
彼女は風邪をひいているのだ。なのに作業をさせるのは、男として、人間として許されない!
ブーンはそそくさと彼女の側に寄り、手に持たれた食器を奪い取った。ブーンが食器を洗うのだ。

( ^ω^)「今日の家事は、全面的に僕に任せたまえお。君は大船に乗った気でいなさい」

ζ(゚ー゚*ζ「あたしもお手伝いしますの! 航空母艦に乗ったつもりでいてください」




33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:51:17.95 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚?゚)ξ「お二人とも・・・」

どう考えても泥舟以下である。いいや。もしかしたら、何にも乗っていないのかもしれない。
二人に任せれば航海よりも後悔をしてしまうだろう。・・・まあ、食器洗いぐらいなら大丈夫かな。
ブーンとデレの優しさを無下にしない。ツンは二人に家事を頼んで、二階の自室へと戻って行った。

( ^ω^)「いやあ。僕は思いやり溢れる男だお。そこいらの人間には真似出来ない」

ζ(>ε<*ζ「ブーンさんの御心は、宇宙誕生の謎を超越しておりますの!」

ブーンとデレは食器を洗っている。洗剤のぬるぬるとした感触が気持ち悪いが、妹の為である。
今はプライドを捨てて、潔癖症な青年はスポンジで皿を磨くのだった。きゅっきゅっ、と。
それと今更説明するが、この顔文字の時のデレの顔は、両目を瞑って口先を尖らせている形だ。

( ^ω^)「デレも体調が悪いのだから、休んでいたまえお」

ζ(゚、゚*ζ「二日酔いくらいなんともありません。ねえ、あたしも街に行って良いでしょう?」

( ^ω^)「駄目だお。今日は邸でじっとしておくのだお」




35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:52:18.18 ID:Oc1SQ/8c0
「ええー?」、と残念そうにしたが、デレは少しだけ吐き気を覚えて口を手で覆った。
ブーンは彼女の背中を擦りながら、邸で留守番しておくよう強く言った。デレが渋々了承する。

ζ(-、-*ζ「ううう、分かりましたの。あたしは、ツンさんの看病をしておきますの」

( ^ω^)「おっお。頼んだお。なるべく早く帰るようにするお」

薬局へ行って風邪薬を買ってくるだけだ。他に予定はないし、雨なので早く邸へ帰るだろう。
スーツが汚れたら面倒なので、久々に私服を着るか。確か、昔に着ていたものが箪笥にあった筈だ。
食器を洗いながらブーンが考えていると、デレが何気なく訊ねた。彼の母親についてである。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさんのお母さんって、どんな方だったんですの?」

( ^ω^)「お母さん? どうして、また」

ζ(゚ー゚*ζ「昔はここで家事をなさっていたのかな、って。ワンパクさんの育児は大変ですの」

にしし、とデレが笑う。ブーンは十七年も昔に亡くなった母親のことを、おぼろげに思い出す。
あまり喋らない人間だったが、家庭を省みない父親とは違って、自分と妹を大切にしてくれた。
顔や背格好は思い出せるが声までは無理だった。記憶に残る母親の幻影を、ブーンは追い求める。




37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:53:13.34 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「・・・さすがに邸の掃除は使用人任せだったけれど、料理は作ってくれていたお」

ζ(゚ー゚*ζ「お母さんの料理は何が美味しかったですの? あたしも作ってみたいです」

( ^ω^)「よく覚えてないお。・・・・・・ラーメンとか天ぷらとか重い食べ物が得意だったかも」

ツンは母親の遺伝子を正統に受け継いだのだ。でも朝食に採用するのはやめた方が良いと思う。
不意にブーンは母親の手料理が恋しくなった。もう、彼は母親の料理を二度とは食べられない。
レシピなんて残されていない。しかし、それでもデレは彼に食べさせてあげようと思った。

ζ(゚、゚*ζ「あたしが頑張って、お母さんの味に近付けてみせますの」

( ^ω^)「デレ」

過去にすがっていないで、新しい味を覚えれば良い。ブーンは手を拭き、デレの髪の毛を撫でた。
今日の彼女も清楚で可愛い。まるで天女のようだ。言うまでもなく、これはブーンの意見である。
食器を洗い終えてから、デレは浴室にシャワーを浴びに行き、ブーンはリビングで本を読んだ。
それから街に下りる予定の九時になるまで、二人は他愛もない会話をして過ごしたのだった。




39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:54:02.22 ID:Oc1SQ/8c0
午前十時。ブーンは街の商店街にある薬局を出た。店員の中年女性(45)の視線がとても熱かった。

(´ェ`ツ子(結構イイ男だったわね。身なりも良いし、夫と別れて口説こうかしら。ああん)

( ^ω^)「よしよし。あとは帰るだけだお」

ブーンは紺色のジーンズに白のワイシャツ、その上に黄土色のカーディガンを羽織ったという服装だ。
まだまだ寒いので、首にはタータンチェックのマフラーを巻いている。手には傘の柄が握られている。

( ^ω^)(ふん。雨の街並も、割と良いものだね)

結局、雨が止むことがなく、ブーンは雨中を歩いている。泥を跳ねないように石畳の道を行く。
ブーンが傘を少しだけ上げる。冷たい雨が降るビップは、行き交う人が少なくて侘しさがある。
薄暗い景色の中、食料品屋のけばけばしいネオンが明滅するさまを、ブーンがじっと見つめる。

あれは、今日のように雨が降る日だった。母親に連れられて、街に買い物へと来たことがあった。
ツンも一緒だ。初めは、大好きな母親との散歩で楽しさを感じていた。確かに、楽しかったのだ。
だけれど、その内に街の風景のつまらなさに愚図って、急遽都会へと赴くことになったのである。

ただの子供の我が儘だ。しかし、このたった一度の我が儘こそが、運命を変える爆薬となった。
ブーンの足が、自然に駅へと向かう。そのとき、彼の目には母親の幻が視えていたのかもしれない。




40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:54:50.89 ID:Oc1SQ/8c0
ビップ駅は長い階段を昇ったところにある。街の住人は、あまり街を出ないので閑散としている。
街の中心部から外れた小高い場所にある所為で、利便性が著しく悪いのも理由の一つにある。

( ^ω^)(どうして、駅なんかに来てしまったのだろうかお)

事故で電車が嫌いになっているブーンは、自らの意味が分からない行動にほとほと呆れた。
駅前のロータリーには、タクシーがまばらに停まっている。あれに乗って邸まで帰ろうか。
タクシーへと近付こうとすると、突然ブーンは何者かに服の裾を引っ張られてしまった。

(;^ω^)「お。・・・だ、誰だお? 僕の服を引っ張りやがったのは!」

lw´‐ _‐ノv「私だよ。黒い髪の毛が魅力的な私。それが君を呼び止めたんだよ」

(;^ω^)「うお!?」

ブーンは吃驚した。振り返れば、女性の顔が真ん前にあったからだ。危うく、口付けてしまうほどに。
後ろへと飛び退いたブーンの両眼に、薄らと目を開けた黒髪を腰の辺りまで伸ばした女性が映る。
女性は飾り気のない服装をしているが、へその辺りで揺らめくタストヴァンにブーンの視線を惹いた。




42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:56:05.12 ID:Oc1SQ/8c0
(#^ω^)「君い! 呼びかけるなら他に方法があるお! 失礼だとは思わないのかね!」

無論、ブーンは激昂する。ブーンではなくても、唐突に服を引っ張られれば誰でも訝しがるだろう。
水色の傘を差す女性は、小さく頭を下げた。そうして、黒い髪をかき上げて女性が口を開いた。

lw´‐ _‐ノv「いやん。これはすみませんでした。ついつい、知った顔が映る自分の眼が悪いんだ」

(#^ω^)「知った顔?」

女性は独特な言い回しをするが、意味は通じるものである。ブーンのことを知っているようだ。
しかし、ブーンは女性を見たことがない。つまり、向こうが一方的に彼を知っているのである。

lw´‐ _‐ノv「前に、デレに写真を見せて貰ったから知ってるよ。ずばり。君は内藤さんだ。
       デレと結婚をした内藤ホライゾンさんだ。そして、あだ名はブーンさんである」

( ^ω^)「ああ。デレの知り合いかお」

よくよく見れば、女性の背中には黒い粒子がはためいている。・・・・・・デレの知り合いの影?
まさか、自分が避けようと決めた“シューちゃん”ではないのか。ブーンの表情が強張っていく。




44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:56:48.19 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「・・・君がシューかお」

lw´‐ _‐ノv「やっべえ。内藤さんも私を知っているようだ。お近づきのしるしにガムをあげよう」

シューという女性は、スカートのポケットから一枚のガムを取り出し、ブーンへと差し出した。
ブーンは受け取ろうとせず、まじまじとシューの顔を眺める。今まで見たことのないタイプの人間だ。
彼女は目を半ば閉じているので表情が読み取り難い。だがしかし、変わった人間なのは断言出来る。

lw´‐ _‐ノv「さあ。受け取って。そうそう。イチゴ味の美味しいガムだよ」

( ^ω^)「・・・・・・」

シューはブーンの手を取って、イチゴ味のガムを無理矢理に渡した。こうして二人は知り合った。
ブーンは厄介な人間とお近づきになったのだ。冒険の書が消えたときの音が、聞こえた気がした。

lw´‐ _‐ノv「そんな嫌そうな顔をしないでよ。ああ。そう言えば、人を探しているそうだね」

傘を傾けなおして、シューが言った。ブーンの探し人とは、親子の影と佐藤と渡辺のことだろう。
彼女はデレから、色々と話を聞かされているのだった。シューは柄を指で挟み、くるくると傘を回す。




46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:57:38.82 ID:Oc1SQ/8c0
lw´‐ _‐ノv「写真は持ってる? 探しているのなら、聞き込み調査をするべきだろう」

( ^ω^)「確かに」

シューの言う通りである。ブーンは出会った人間から話を聞かされただけで、調査をしていない。
「こいつはしまったな」、とブーンは苦い顔をしてポケットに手を入れて、写真を取り出した。
そしてブーンは、佐藤と渡辺の二人の少女が映っている写真を、シューへと手渡したのだった。

lw´‐ _‐ノv「ふんふん。これかあ。ううん。残念だけど、私は見掛けた事がないなあ」

( ^ω^)「そうかお。それなら仕方がないね」

シューも二人の少女を見かけたことがないらしく、ブーンへと写真を返却しようとする。
ブーンが受け取ろうとするがしかし、シューが腕を引っ込めたので、彼の手は中空を掴んだ。
顔に限界まで写真を近付けて、シューはそれを穴を開かんとするほどに凝視する。

lw´゚ _゚ノv「でもねえ。内藤さんが探しているこの少女達と、親子の影とは同一人物だよ」

(;^ω^)「その顔、こええええええ! ・・・・・・なんだって?」




47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:58:49.43 ID:Oc1SQ/8c0
ブーンはとんでもない情報を耳にした。佐藤と渡辺の二人が、親子の影だとシューが指摘したのだ。
露の間。ブーンは呆然とする。だってあの少女達は中学生くらいで、親子には見えないではないか。
ブーンが訝しがっていると、シューは写真の表を彼に向けて、指でさし示しながら説明を始める。

lw´‐ _‐ノv「写真とは、ありのままの風景を写し撮るものだ。分かるね?」

( ^ω^)「うむ」

lw´‐ _‐ノv「この写真を撮った時、内藤さんは影の存在を知らなかった。普通の人間だと思った。
       そして、彼女達を中学生程の年齢だと信じ込んだ。君に話を聞かされたデレも含め、
       余計な先入観を抱いたんだよ。だけれど、素晴らしい事に私の脳はまっさらだ。
       カメラが映した真実の姿の真実を、私だけはまざまざと見て取る事が出来るのさ」

彼女も話が長い。尚且つ、癖のある言葉遣いをする。世の中、常識人は存在しないのかもしれない。
噛み砕いて言えば、ブーンは少女達が「中学生だ」と思い込んでいる所為で誤解をしているのだ。
それを知らずに、初めて写真を見せて貰ったシューだけは、本当の少女達の姿が分かるのだという。
なかなかに難しい理論である。ブーンは顎に手を当てて、「ううん」と唸り声を出しながら訊ねる。

( ^ω^)「君もやけにくどい言い方をするね。・・・つまり?」

lw´‐ _‐ノv「この少女達は姿を変えていた。親子の姿だと、色々とやり難いだろうからね。
       ちなみに、こっちの無表情な子が妙齢の女性で、こっちは幼女だよ。ようじょ」




49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:59:32.67 ID:Oc1SQ/8c0
シューがつんつんと指先で写真を突付く。なるほど。親子の姿では世界中を闊歩し難いだろう。
人間達の目を欺いていたのだ。クーやヒート達には、彼女らの本当の在り方が分かったのである。
こんな事ならクーに、ヒートに、そして丸川に写真を見せれば良かった! ブーンは苦虫を噛み潰す。

lw´‐ _‐ノv「どうかね? 私の口が言った情報は役に立ったかい?」

( ^ω^)「ありがとう。特別に、君は僕の知り合いになることを許してやろう」

lw´‐ _‐ノv「ほっほう。内藤さんは、デレの話から勝手に想像した通りの人間だ」

( ^ω^)「きちんと人に感謝の出来る、懐の広い男ってかお?」

lw´‐ _‐ノv「ウン」

シューは乾いた声で返事をした。この手の人間は、否定すれば向きになって怒るに違いない。
心理を適切に読み取れるシューは、ブーンに写真を返した。とても有意義な時間であった。
佐藤と渡辺が影の眠りを妨げ、良からぬことを企てているのである。人は見かけにはよらない。
これからは調査を慎重にしよう。ブーンはシューから写真を返して貰い、ポケットへと仕舞った。




51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:00:16.63 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「さて。そろそろ、僕は邸に戻らないとならないお。妹が心配だお」

lw´‐ _‐ノv「私は時計塔の屋上に住んでいるから、いつでも訪ねると良い。
       屋上への扉に付けられている鍵の開錠番号は、“2112”だよ。ドラえもんみたい」

( ^ω^)「気が向いたらね」

絶対に行かない。長ったらしく小難しい話を聞かされるのが滅法苦手なブーンは、そう思った。
ブーンはシューと別れた。タクシーの運転手に話しかけ、彼は良い情報と共に邸への帰路に着く。

( ^ω^)「ヘイ! 街の高台に建っている、瀟洒な邸まで頼むお!」

( ^Д^)「はあ? 高台の邸だって? あんな所に何をしに行くんだ?」

態度の悪い運転手が眉根を寄せる。内藤邸は、巷ではお化け邸として知られているのだった。
下々の人間にに内藤邸が馬鹿にされている。誇り高きブーンは癪にさわり、低い声で凄んだ。

( ^ω^)「あそこは僕の邸、内藤家が所有しているものなのだお」

( ^Д^)「ああ。そうなんか。そいつはすまなかったなあ」




52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:01:18.79 ID:Oc1SQ/8c0
ぶっきらぼうに謝って、運転手は車を発進させた。駅前から内藤邸までは二十分ほどの道程である。
ヒーターの暖かい風を受けながらブーンは、街並へと視線を遣った。傘を差した人々が歩いている。
雨の日のそれらの表情には、微かな物寂しさがある。ブーンは顔をフロントガラスへと向けた。

タクシーの運転手は口が悪いが安全運転を心がけているのか、虚しいスピードで勾配を下っている。
内藤邸がある高台に行くには、街の中心部にまで戻る必要があるのだ。ふと運転手は喋りかけた。

( ^Д^)「あんな馬鹿でけえ邸に住んでいるのなら、きっと使用人が大勢居るんだろうな」

( ^ω^)「今は居ないけれどね。昔は、それはそれは有能な使用人を雇っていたお」

( ^Д^)「そうかい。いやあ。羨ましい限りだねえ」

それから、ブーンの自慢話が始まった。父親が経営している会社のこと、我が家の資産のこと、
妹と妻がいかに素晴らしいか。あまりにも長く続く自慢話に、運転手は辟易して目を細める。
資産家のボンボンなのだろうけど、これはひどい。ちょっとは、自重という言葉を覚えろ。
プギャーという運転手は、赤信号での停車中にあるものを発見し、話題を逸らそうとする。

( ^Д^)9m「お! あの変な格好をした兄ちゃん、またこの時間に歩いていやがる」




54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:02:00.97 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「そもそも、内藤家の始まりは四百年前までに遡り云々。・・・・・・なに?」

「ほら」、と運転手は交差点を指差した。そこには、作務衣姿の青年が信号待ちをしていた。
ショボンだ。ショボンが傘を差して街の風景に溶け込んでいる。左手には花束を持っている。

( ^Д^)「あの兄ちゃん、いつもこの時間に花束を持って歩いているんだよ。
      一体、何をしてんだろうね。タクシー仲間の間では有名な話なんだぜ」

( ^ω^)「ほう!」

もしかしたら、誰か女性に花束を贈っているのではないか! ブーンは一度だけ強く手を叩いた。
以前、女性に興味はないと言っていた癖に。ブーンはショボンの弱みを握ったつもりになった。

( ^ω^)「いいね! まったく、今日は良い情報ばかりが手に入るお」

( ^Д^)「何だ。お客さんの知り合いなんか?」

( ^ω^)「まあね。さあ、病気の妹が邸で待ってるのだ。早く車を走らせてくれお」




57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:03:01.93 ID:Oc1SQ/8c0
―2―

( ^Д^)「はいよ。街に下りたくなったら、我が荒巻タクシー社にご連絡を」

( ^ω^)「ふむ。贔屓にするかどうか、考えておいてやるお」

タクシーが邸前から走り去っていく。運転手の言葉は汚かったが、丁寧な運転がブーンは気に入った。
機会があれば呼び出してやろう。そう考えつつ、ブーンは厳重に構えている鉄の門を開いた。
門から玄関までは結構距離がある。ブーンは、内藤邸の広い庭の景色を見回しながら足を動かせる。
そうしていると、彼は奇妙なものを発見した。木陰に、一輪の背の高い花が生えていたのだ。

( ^ω^)「ひまわり?」

花の知識に疎い人間でも分かるほど印象的な花。太い茎を地面に根付かせたそれは、ひまわりである。
ブーンが住んでいる国でも向日葵は咲くが、もっともっと先の季節のことである。まだ二月なのだ。
ブーンが近くに寄って観察すると、向日葵は頭を垂れており、今にも枯れそうな雰囲気であった。

( ^ω^)(咲く季節を間違えたのなら、当然だお)

それにしても、こんなところに向日葵が咲いていただろうか? ブーンには記憶がなかった。
というか、寒気の中でよくここまで成長をしたものだ。普通ならば中途で枯れてしまうだろうに。
・・・いつまでも雨中で花を見ていても仕方がない。ブーンは踵を返して玄関へと向かって行った。
向日葵の花びらが地面に落ちる。一片の花びらは雨水に流されて、やがて泥にまみれた。




62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:05:44.37 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「おかえりなさいですの」

( ^ω^)「ただいま」

ブーンが玄関ホールに入ると、デレが顔を出した。二人は各々の頬に口付け、挨拶を交わす。
邸に戻るまでに随分と時間を要したな。ブーンは、薬が入ったビニール袋をデレへと渡した。

ζ(゚ー゚*ζ「お疲れ様でした。あたしは、すっかりと気分が良くなりましたの」

デレはブロンドの髪の毛に指を通して、くるくると巻いた。指が離れると、ぽわんと髪が跳ねた。
なんという愛らしい仕草! 思わず彼女を抱き締めそうになるが、ブーンには大切な用事がある。
ツンに風邪薬を飲ませなければならない。ブーンはキッチンで水をコップに汲んで、二階へと行く。

( ^ω^)「ツン! お兄ちゃんが薬を買ってきたお!」

ババーン! と二十七歳児は扉を開けた。実際のところ、彼が気分を落ち着かせる薬を飲むべきだ。
ブーンがベッドで寝ているツンに近寄ると、彼女はすうすうと可愛い寝息を立てていたのだった。
これでは起こせない。ブーンが眠る彼女の頬にキスをしようとすると、彼は手で軽くはたかれた。
・・・顕在意識下にではなく、寝ぼけてのことだと信じたい。ブーンは彼女の自室から出て行った。




63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:06:31.37 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚、゚*ζ「あらら。ツンさんに、薬を飲ませるのではなかったのですの?」

扉の前ではビニール袋を提げたデレが、不思議そうな表情をして立っていた。ブーンは説明する。

( ^ω^)「ツンは寝ているお。睡眠は病気快復には最高の薬だお。そっとしておこう」

ζ(゚ー゚*ζ「そうでしたの。ツンさんがお起きになってから、お昼ご飯にしましょう」

食事も薬である。ブーンが腕時計を見ると、針は十一時半を指していた。朝から働き通しで疲れた。
雨の所為で身体が汚れてしまっている。彼は休憩をする前に、浴室でシャワーを浴びることにした。

ζ(゚ー゚*ζ「お着替えを置いておきますのー」

ブーンがシャワーを浴びていると、扉の外からデレの声がした。将来、彼女は良妻賢母になる。

( ^ω^)「サンクスだお。デレは気が利く、素晴らしい妻だお」

ζ(>、<*ζ「そんなことはないですの! ブーンさんはお世辞を言いすぎです!」




64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:07:11.79 ID:Oc1SQ/8c0
コンディショナーを洗い流して、ブーンは浴室を出た。着替えの衣類が手すりにかけられている。
バスタオルで身体の水分を拭き、ブーンはスーツを着た。私服よりもこちらの方が身体に馴染む。
写真・・・それとガムを私服からスーツのポケットに移しておく。ガムは要らないかもしれないが。

着替え終わったブーンは、リビングへと足を運んだ。デレがソファに座ってテレビを観ている。
彼はデレの隣に腰を下ろして、一緒にテレビを観る。テレビ画面にはニュースが映っている。
隣町で火事が起こったらしい。雨天にも関わらず火の回りが早く、大きな被害となったそうだ。

( ^ω^)「つまらん。テレビはつまらないものしか映さないお。捨ててしまおうかお」

ζ(>、<;ζ「だめだめですの! テレビは、あたしの情報発信基地なのです!」

デレがブーンの胸板をぽかぽか叩いて猛反発する。ブーンはため息を吐いて、デレに肩を寄せた。
はて? 彼女に何か言わないといけない気がする。それを思い出して、ブーンは指を打ち鳴らした。

( ^ω^)「そうだお。街に下りたとき、君の知り合いに出会ったのだお」

ζ(゚、゚*ζ「知り合い。もしかして、シューちゃんですの?」




65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:07:45.76 ID:Oc1SQ/8c0
ブーンが頷くと、デレはひどく驚いた。自分の友達は、ブーンが苦手とする性格をしているのだ。
悪い印象を抱いていなければ良いのだけれど。デレは両手を胸の前で合わせて、恐る恐る訊ねた。

ζ(゚、゚*ζ「シューちゃんは、本当に良いコですの。・・・どんな話をなさったのですか?」

( ^ω^)「おっお。デレが心配しなくても、僕は彼女に悪印象を抱いていないお。
      むしろ、好印象だお。シューは素晴らしい情報をもたらしてくれたのだから」

ζ(゚、゚*ζ「情報?」

ブーンはシューがくれた情報を、デレにじっくりと聞かせた。佐藤と渡辺の正体は親子の影だと。
話を理解して行くにつれ、デレの顔付きが鹿爪らしくなっていき、最後には感嘆の声を漏らした。

ζ(゚、゚*ζ「何ということですの。あたし達の目は誤魔化されていたんですの・・・」

( ^ω^)「これからは、慎重に調査をしよう。僕達は二人の影を追うのだお」

ブーンは私服から移しておいた写真を、ポケットから取り出した。佐藤と渡辺が映っている。
ブーンとデレは、この二人の動向を追って、恐ろしい企みを食い止めなければならない。




66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:08:43.46 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚、゚*ζ「でも、彼女達はこの街に居るのでしょうか」

( ^ω^)(・・・・・・)

一番の問題だ。茂良邸にも姿を見せたところから鑑みて、二人の行動範囲は広いと思われる。
果たして、無事に彼女らを捕まえられるのだろうか。この街に留まっていてくれれば良いのだが。
ブーンは落ち着かない様子で足を組んだ。テレビではニュースが終わり、天気予報が始まった。

(;^ω^)「明日も雨かお。最近、雨ばかりではないかお。・・・気分が滅入ってしまうお」

ζ(゚ー゚*ζ「あたしは、雨が好きですけどね。街の静かな様子がお気に入りですの」

雨の街は、晴天の日とはどこかが違う。街中がひっそりとしていて、閉ざされた世界のよう。
曇天を映して黒く沈む海。木々は風に揺らされ、ざわざわとささやく。水溜りを雨が打つ――。
デレが歌を口ずさむ。陽気な彼女は、想像力を働かせるとテンションがみなぎって来るのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ららら。久しぶりに、シューちゃんと遊びに行こうかなー」




67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:09:12.46 ID:Oc1SQ/8c0
デレとシューは仲が良いようだ。二人になると、どのようなやり取りが繰り広げられるのだろうか。
能天気なデレと、マイペースなシュー。憶測の域を出ないが、案外と相性が良いのかもしれない。

( ^ω^)「そう言えば、邸への帰り道に面白いものを見かけたお」

ζ(゚ー゚*ζ「面白いものですの?」

(*^ω^)「そう! フヒヒ! 教えて欲しいかお?」

ζ(>、<*ζ「教えて欲しいですの。もったいぶらないで下さい!」

口を手で押さえて笑うブーンに、デレが抱きつく。このカップルは離れることを知らない。

( ^ω^)「ショボンが花束を持って街を歩いていたのだお。色恋沙汰の匂いがするお!」

ζ(゚ー゚*ζ「まあ! 女性に花束を贈るなんて、ショボンさんは純真なお方ですの!」




70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:09:50.65 ID:Oc1SQ/8c0
「あの辛辣ボーイにやり返すことが出来る!」、とブーンは楽しそうに自分の膝を何度も叩く。
今度暇があれば密かにショボンのあとを尾行し、誰と懇意にしているか突き止めてやろう。
ブーンは邪悪な笑みを浮かべた。彼は一度やると決めたら、絶対に決意を曲げない男である。

( ^ω^)「ふふふ。公衆の面前で恥をかかせてやる」

ζ(゚、゚*ζ「そんな事をしたら、だあめ。あたし達が仲立ちをさせて頂くのです」

そちらでも楽しそうだ。どちらにしろ、普段の腹いせに、盛大にショボンを馬鹿にしてやるのだ。
ショボンの焦った様子を想像しただけで、ブーンは心地よくなり、デレの膝に頭を置いて寝転んだ。
デレの膝は感触が良く、服から甘い匂いがする。女性の服は、どうして良い匂いがするのだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「ややや。ブーンさん、おネムですのー?」

( ^ω^)「今日は疲れたのだお。雨の中を歩くのは、精神力も使ってしまう」

ζ(゚ー゚*ζ「寝てくださいの。ツンさんが起きていらっしゃったら、お知らせします」




71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:10:46.11 ID:Oc1SQ/8c0
デレがブーンの頭を優しく撫でる。本当にブーンは大きな子供みたいで、デレは嫣然とする。
ふにふにと頬を摘むと、彼は唸り声を出して頬を掻いた。デレには今の幸せが嘘のように感じる。
彼女はこの街にやって来るまで、シューと共に世界中を旅をしていたのだ。影を鎮まらせる旅を。

正直に言って、デレはあまり賢くない。主に影と対峙し、退治していたのはシューの方である。
そして、シューの方が実力がある。彼女は、ブーンの母親と同じく電車事故で亡くなっている。
高校の卒業式前という、人生における華やかな時期に命を落とし、余りある悔恨を背負っている。

パチン。デレはリモコンを操作して、テレビの電源を落とした。リビングが雨の音だけになる。
前述の通り、彼女は雨の日が好きだ。街が静まり、そのまま時間が止まってしまいそうな浮遊感。
「雨がふります。雨がふる」。デレは眠るブーンに聴かせるように、小さな声量で歌を口ずさむ。

ξ*-?-)ξ「お兄様。いらっしゃるの?」

歌を唄い終えるのと同時に、ツンがリビングに入って来た。彼女は微熱を帯びていて、しんどそうだ。
気だるげにツンが部屋を見回すと、デレの膝を枕にして眠りに落ちているブーンの姿が視界に入った。
本当に自分が入れる隙の無い、仲の良い二人ね。ツンは息を漏らして、デレの側のソファに座った。




73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:11:34.14 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚?゚)ξ「たった数時間ほど街に下りただけで、よく眠っているわね」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさんは運動不足ですの。ちょっと身体を鍛える必要があります」

くすくすとデレが笑う。ブーンは一日中邸に篭っていることが多いので、完璧に体力不足である。
デレと出会ってから街に下りる回数が増えたので、少しは体力がついたがまだまだ鍛錬の余地がある。
健やかな身体は、日々の暮らしぶりからなるものだ。一日千回は腹筋と腕立て伏せをするべきである。

ξ*゚?゚)ξ「ああ。家で本ばっかり読んでいるから、視力が落ちる一方だわ」

ツンはテーブルの上に置かれている眼鏡ケースを取って、その中から一本の眼鏡を取り出した。
銀縁の眼鏡を耳にかける。ツンの落ち着いた性格に合っていて、丸みのあるレンズが鈍く光る。

ξ*゚?゚)ξ「・・・最近はどうなの? お兄様とは上手くやっているの?」

自身が分かりきっていることを、ツンが訊く。彼女は、隠してはいるが兄のことが好きである。
どう答えれば良いものやら。デレは考えあぐねて、声を上擦らせ、言葉に詰まりながら答える。




75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:12:34.86 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚、゚*ζ「あ、はい。結構、それなりに上手くやっていますの」

ξ*-?-)ξ「別に、私の事は考えなくても良いのよ。素直な気持ちを打ち明けなさい」

ツンは気取った感じにブリッジを押し上げた。くいっとね。内藤家の長女としての威厳がある。
デレの方が三歳程度年が上なのだが、気が強いのも相まって、終始ツンのペースになりそうだ。

ζ(゚ー゚*ζ「上手くやっていますの。ブーンさんは優しくて包容力がありますの」

ξ*-?-)ξ「そう。私はあなたの嗜好を疑ってしまうわ」

その傲岸不遜且つ、まったくやる気の感じられない兄に、どうやってデレは魅力を見出せるのか。
ツンが呆れるがしかし、実際のところ彼女もブーンのことが好きである。隠蔽しているけれどね。
このような時、二つの心が諍いを起こし、ツンに発作らしきものが起こるのである。私は一体・・・。

ξ;゚?゚)ξ「どういうことなの・・・」

ζ(゚ー゚*ζ「・・・?」




79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:13:10.69 ID:Oc1SQ/8c0
ツンは両手で頭を抱えて、首を左右に振る。(このままだと)いかん、危ない危ない危ない危ない・・・。
両手で膝を叩きつけて、彼女は勢い良く腰を上げる。そして、虚空を睨みつけながら口を開いた。

ξ*゚?゚)ξ「お昼ご飯にしましょう。眠ったら体調が少し良くなったし、お昼は私が作るわ」

ζ(゚、゚*ζ「え、でも」

朝食に引き続き、自分達が作る予定だ。デレが引き止めようとするがしかし、ツンは取り合わない。
神経質に右腕を立とうとするデレへと伸ばして、ツンは小さく首を振る。その必要はありません。

ξ*゚?゚)ξ「私が料理をするわよ。二度も任せたら、腕が鈍っちゃいそうなの」

ζ(゚、゚*ζ「・・・分かりましたの」

ξ*-?-)ξ「料理が出来上がったら、呼びに来るわ。馬鹿兄を連れて来てちょうだい」

ζ(゚ー゚*ζ「はいですの!」

昼食は、ツンが作ることになった。現在の時刻は十二時半。外では断続的に雨が降り続いている。
デレは照明用のリモコンで、部屋の明かりを消した。灰色が支配した部屋で、デレは歌を唄った。




80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:13:58.82 ID:Oc1SQ/8c0
―3―

(*^ω^)「ふいーい。手伝えなかったのは残念だけれど、やはりツンの料理は絶品だお」

昼食を摂ったあと、ブーンは自室のベッドでだらしなく寝転んで、趣味の読書をしている。
本のタイトルは“不思議の国のアリス”。説明不要のドジソンが出版した児童文学書である。
ちなみに、ここを書いているころに読んでいたもので、別段に深い意味はなかったりする。

ブーンがふと視線を横に遣ると、クッションに座ってギターを弾いているデレの姿があった。
まだ始めたばかりなので四苦八苦している。よくよく見ると、彼女のスカートの裾がはだけて、
上質な絹のような白さを持つ、細い太ももが覗いている。これでブーンが欲情しないわけがない。

だが、彼は己の欲望を堪える。デレは昨晩のアルコールが残っていて、気分を悪くしていたのだ。
今はそう見えなくても、無理をさせてはいけない。それに、夫婦の営みは夜になってからするものだ。
夜がその黒の帳を下ろしてから、じっくりと楽しめば良い。ブーンは壁のほうへと寝返りを打った。

ζ(゚ー゚*ζ「“愛に終わりがあってえ、心の旅がはじまるうー♪”」

激しい曲。ロックだろうか。歌声の音程は合ってはいるが、如何せんギターがなおざり過ぎる。
ブーンが片頬を膨らませていると、ノックの音がした。デレはギターをスタンドに置いて応対する。




81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:15:00.71 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「ツンさん。どうしたんですの?」

この邸には、ブーン、ツン、デレの三人の人間が住んでいる。飼い犬がノックをするはずがない。
ツンが部屋中に視線を巡らせる。そして、ブーンの姿を発見すると、ツンが眉を集めて言った。

ξ*-?-)ξ「ご飯を食べてすぐに、何てだらしのない。本は座って読んでくださいな」

(;^ω^)「お」

まさか妹は超能力でも使い、自分のだらしのなさを知って、わざわざ一階へと叱りに来たのか。
ブーンが言葉を失っていると、ツンは一度だけ咳払いをして、鹿爪らしい表情で話を切り出した。

ξ*゚?゚)ξ「お兄様にお電話です。どうやら女性のようで、お仕事の御依頼のようですわ。
      あ。御依頼主の名前は訊いておりませんので、ご自分でお確かめになって下さい」

( ^ω^)「・・・・・・?」

一瞬、ツンの言ったことがすぐには理解出来なかった。自分に仕事の依頼が来たのだそうだ。
仕事とはなんだ。僕は無職ではないか。・・・・・・果てしなくニートなせいで、ブーンは忘れていた。
僕は内藤私立探偵事務所の所長なのだ! ブーンは無作法にも本を放り投げて、部屋を飛び出した。




83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:15:47.36 ID:Oc1SQ/8c0
彼の部屋には、うるさく音を鳴り響かせるものが鬱陶しい、ということで電話が置かれていない。
電話や子機があるのはリビングと、ツンの部屋だ。この場合、ツンは自室で電話を取ったのだろう。
疾走して、ブーンは彼女の部屋へと足を踏み入れた。片隅にある台の上に受話器が置かれている。

(;^ω^)「はい! もしもし! お待たせしちゃお!」

とてもとても取り乱していたので、受話器を耳に押し当てたブーンは、思い切り舌を噛んだ。
ひりひりとした痛みに堪えながら、ブーンは電話の向こうに居るはずの依頼主の声を待っている。
暫くして、女性の声が鼓膜を撫でた。澄み切っていて耳触りが良く、聞き取りやすい声だった。

川 ゚ -゚)『やあやあ。街中で張り紙を見たよ。内藤は探偵をやっているらしいね』

(;^ω^)「ッ!?」

電話の主はクーだった。ブーンは受話器を握ったまま、バンバンと台を叩き付ける。むっきゃー!
初の調査依頼主が、人間ではなく影だとは・・・・・・。断ち切れぬ因縁に、ブーンは顔を蒼白にして、
もう一度受話器を耳に遣った。もうだめぽ。彼は落胆しきった表情と声で、クーに話しかける。

( ´ω`)「何なのだお? 長話なら間に合っているお。手短に用件を頼むお」




85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:17:03.83 ID:Oc1SQ/8c0
川 ゚ -゚)『長話? 私がいつ、長々と喋った事があるのだ。私はいつも要点を纏めて喋っている。
     君は何か勘違いをしている。それに、高貴な私の言葉を聞けるなんて、幸せだと思え』

不遜なもの同士の会話など、進むわけがない。威張り散らして、仲違いの方向へ向かうだけである。
ブーンよりも遥かに知性があるクーは、反論の言葉を飲み込み、一拍置いてから用件を切り出した。

川 ゚ -゚)『そうそう。私は依頼をする為に、電話をしたのだ。受託し、解決すれば礼もしてやろう』

( ^ω^)「依頼? 君は頭が良いのだから、自分で何でも解決してしまえるだろう?」

川 ゚ -゚)『よく分かっているな。私は聡明である。だがね。自分の手は汚したくはないのだ。
      君への依頼はずばり。影の退治さ。街が騒々しくて、ゆっくりと眠れんのだよ』

( ^ω^)「影だと。・・・街が?」

先ほど街に下りたときは、街並は静けさを保っていた。どこにも異変は見当たらなかったのだった。
もしかして、邸へと戻ってからの間に、影が何かを仕出かしたのか? ブーンは眉をひそめる。




87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:18:03.30 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「また何が起こったのだお。クー。分かりやすく、丁寧に申してみたまえお」

川 ゚ -゚)『街に季節外れの向日葵が咲き乱れたのさ。あろう事か、私の邸の庭にまで咲きやがった。
      これは許せぬ。しかし、私は身体を動かせたくはない。内藤。君が解決をしたまえ』

( ^ω^)(向日葵、かお)

季節を忘れた向日葵。邸の庭で見かけたあれが前触れだったのか。ブーンはスツールに座った。
ペンとメモ帳を持って、彼は話を整理する。ヒートのときのように、街で異変が起こったようだ。
街中に向日葵が咲いたのだという。危険性はまだ把握していない。肩に受話器を挟み、彼が訊ねる。

( ^ω^)「それで、向日葵が咲いたことで何か危険があるのかお?」

川 ゚ -゚)『向日葵が咲いたくらいで、人が死ぬものか。煩くて敵わないから解決して欲しいのだ』

( ^ω^)(この女・・・)




89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:19:00.37 ID:Oc1SQ/8c0
クーはどこまでも自己中心的な女性だ。自分が動くのが面倒なので、ブーンに依頼をしたのである。
事件を解決出来るだけの力がある癖に。別にメモを取る必要はないが、ブーンはペンを走らせる。
そうして書き上がっていくものは、他人との電話中にありがちな、謎の立体的な絵や文字である。

( ^ω^)「ふん。良いだろう。僕が退治してやるお。だから、影の居場所を言いなさい。
      ヒートのときみたく、クーはちゃっかりと居場所を把握をしているのだろう」

川 ゚ -゚)『ふふん。勿論だとも。ビップは三方を山に囲まれているね。その東側に聳える山だよ。
      その麓から向日葵は咲き始め、街にその範囲を拡げている・・・。詳しい事はドクオに訊け。
      彼をお前の邸へと遣わせるから、小一時間待っておきたまえ。ではでは。御機嫌よう』

早口に捲し立てて、クーは通話を切った。プープーという電子音が、ブーンの耳の奥に届く。
悪魔でも召還してしまいそうな絵が描かれたメモ帳を台の上に置き、彼は受話器を戻した。
息を吐き、ブーンが視線を扉の方へと向ければ、ツンとデレが首を傾げて遠巻きに見守っていた。

ζ(゚、゚*ζ「クーさんだったんですの。何かご用事があったんですの?」

( ^ω^)「街で影が事件を起こしたようだお。今からドクオが迎えに来るそうだ」




90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:19:30.85 ID:Oc1SQ/8c0
デレは目を丸くする。吃驚している彼女の横に立つツンが、淡々とした口調で話しかけた。

ξ*゚?゚)ξ「クーというのは、須名家の影ですね。ドクオとは誰なのですか?」

( ^ω^)「クーの下僕の影だお。・・・ああ。ああ。ドクオになど何も出さなくて良いお」

ツンは影が大嫌いだそうなので絶対に在り得ないだろうが、一応ブーンは釘を刺しておいた。
それどころか、ドクオなど邸内に入れなくても良い。門の前に立てるだけでも光栄に思うのだお。
傲慢なブーンは腰を上げた。それから、彼は落ち着かない様子でドクオを待ったのだった。

四十分ほどして、ドクオが訪れた。シワのあるスーツを着て、傘を差さずに門の前で佇んでいる。
やはりツンが持て成そうとする気配を見せたが、ブーンは無理矢理に止めさせたのであった。
ブーンとデレは、門扉を挟んでドクオの前に立つ。風邪をひいているツンは邸内に残っている。

('A`)「・・・・・・どうも」

鬱々とした顔に合った低い声で、ドクオは挨拶をした。ブーンは顎を少し引き、無言で応える。
門を開けて、デレが彼を傘に入れようとするが、背が高すぎて背伸びをしないと届かなかった。




91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:20:07.08 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「デレ。ドクオに近付くなお。彼は何を考えているのか、いまいち分からん男だ」

('A`)「・・・・・・」

ドクオは掴みどころのない性格をしている。果たして存在感がないのか、あるのか不明である。
とりあえず分かるのは、笑顔が似合わないことだけだ。彼は視線を向けると、大いに喜んでくれる。

('∀`) にこやか

(;^ω^)(きもっ)

ζ(゚、゚*ζ「早く車に乗りましょう。雨の中で待たせたら、ドクオさんが可哀想ですの」

門の外には、一台の黒塗りの車が停まっている。ドクオがここまで運転してきたものだろうか。
影でも車を所有しているのだろうか。傘を閉じ、首を捻りながらブーンは後部のドアを開いた。
そうしてブーンが後部座席に、デレが彼の隣に、ドクオが運転席に座った。車が発進する。




93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:20:48.38 ID:Oc1SQ/8c0
内藤邸を離れ、街への山道を下っている途中、運転をするドクオにブーンが疑問を投げかけた。

( ^ω^)「この車は、ドクオが持っているものかお?」

('A`)「いいや。知り合いから借りたものだ」

( ^ω^)「だろうね! 君みたいなのが、車など持てるはずがないお」

('A`)「・・・・・・」

車内が居辛い空気が流れる。「ちょっと言い過ぎたかな」と、嫌な雰囲気から逃れるように、
ブーンは流れる景色へと目を遣った。内藤邸は街の西側に建っているので、向日葵の数はまばらだ。
しかし、数は少ないが確かに向日葵が根付いており、街が細菌に蝕まれているかのように思えた。
高速で過ぎ行く風景をブーンが眺めていると、ドクオはバックミラーを一瞥して口を開いた。

('A`)「・・・さっき、地図で確かめたんだが、東側の山には病院が一軒だけ建っているようだ。
    俺はそこに影が居る物だと考えて、車を走らせている。お前達、異存は無いか?」




95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:21:23.29 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「お」

ζ(゚ー゚*ζ「はい」

山の中にぽつんと建った病院なんて、怪しさが過ぎる。それに、得られている情報も少ない。
今はドクオの言葉に頼るほかないのだった。雨が激しくなって来た。今日はもう晴れないだろう。

ζ(゚、゚*ζ「本当に向日葵が咲いていますの。今回の影は何を考えているのでしょう」

一行を乗せた車が市街地に入ると、雨にも関わらず街中には大勢の人ごみで溢れていた。
普段、まったく事件が起こらないビップでは、これくらいの事件でも騒動になるのである。
報道陣風の人間も見える。向日葵を映した映像を持ち帰り、専門家にとうとうと語らせるのだ。

今のところ実害はない。だけれど、もうこれ以上は何も起こらないと決まったわけではない。
赤信号で車を停めると、ドクオは身体を後ろに乗り出して、何やらブーンに手渡そうとした。

('A`)「クー様からの預かり物だ。あのお方のお気に入りの物で、依頼料代わりとして渡すらしい」

( ^ω^)「依頼料?」




96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:22:12.32 ID:Oc1SQ/8c0
ドクオから受け取ったものは、ジュエリーケース――開けばルビーが装飾された指輪があった。
流麗にカットされていて、高価な指輪だとすぐに分かる。これがクーからの依頼料だという。
ブーンがルビーをまじまじと見つめていると、車が進み出し、ドクオは静かに語り始める。

('A`)「・・・俺はクー様の眠りを妨げる影を許せない。だから、俺もお前達の手伝いをしよう」

( ^ω^)「君のクーに対する妄信は異常だお。気でも触れているのかお」

('A`)「俺はクー様を愛している。だが、やんごとないあのお方とは一緒になれないだろう。
    それでも、クー様の安寧を保つ為、俺は戦い続ける。だって俺は騎士なのだから」

( ^ω^)「ドクオ・・・」

ブーンは、じいんと胸を打たれそうになった。危ねえ、危ねえ。ドクオはおかしくなっているのだ。
クーの自前の美しさの所為か、力で洗脳されているのかは定かではないが、彼はナイトなのである。
――お姫様を佑く、騎士なのだ。それは結構として、東側の山に入り、風景に木々が混じってきた。
雨で葉々を垂れ下げさせた潅木の根元に、沢山の向日葵が生えている。不思議な力の発生源は近い。




97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:22:50.17 ID:Oc1SQ/8c0
('A`)「そろそろだな。あの墓地より、数キロメートル坂道を登った先に病院がある」

窓の外には墓地が広がっている。雨降りの曇天の下に墓が並ぶさまは、不気味なものである。
それにしても墓地の近くに病院があるとは縁起の悪い。俗っぽいところがあるブーンはそう感じた。
ほどなくして、ブーン達を乗せた車が病院の前の駐車場に到着する。廃病院らしく、他の車はない。

車を枠線の内にきちんと停車させ、徐にドクオは外へと出た。暖房の効いた車内とは違って寒い。
石階段を昇った場所にある病院をドクオが見上げていると、デレが背伸びをして彼を傘に入れた。
「くっ付くなお!」とブーンが怒鳴るがしかし、デレは悪戯っぽく笑って言い返したのだった。

ζ(゚ー゚*ζ「では、ブーンさんがドクオさんを傘に入れるのですの。ささ。どうぞどうぞ♪」

( ^ω^)「・・・・・・」

('∀`) パアッ

耐え難い悪夢である。ブーンはドクオを傘に入れてあげて、病院へと続く石階段を昇っている。
男二人。足を動かしていると、自然に肩がぶつかり合い、ブーンは不快感を隠せず表情に出す。
ようやく階段を昇りきって病院の門まで来ると、あと少しで解放されるとブーンが鼻息を漏らした。




99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:23:38.30 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「ここは“東ビップ病院”というみたいですの。山中の病院とは風情がありますの!」

門に嵌め込まれた銅板には、東ビップ病院と彫られている。銅板は風化していて、緑青に錆びている。
三人が庭の奥に構える病院を見上げると、木造の二階建てで、若干の田舎くささを感じ取った。
入り口は黒い門扉に塞がれている。ブーンは左手の人差し指をぴんと立て、門扉に手を触れた。

( ^ω^)b「ふむ。さっさと中に入るお。ドクオの息がかかって気持ち悪くて仕方がない」

('A`) エエー?

門を開けて庭へと足を踏み入れた三人は、赤煉瓦が敷き詰められた道を歩き、玄関扉へと向かう。
病院の庭は大して広くはない。二分もあれば、きっと端から端まで歩けてしまえる。
花壇が散在しており、そこには向日葵が植えられている。多分、今回の影が好きなのだろう。

庭の中ほどに、水瓶を持った女神像が置かれた噴水がある。ビップの広場の噴水よりかは小さい。
にび色の水が噴水を満たしている。水面には雨が打ち、小さな波紋を飽きることなく作っている。

庭には何もない――と思っていた三人だったが、突如として水面から輝く白球が飛び出してきた。
記憶の欠片はブーン達の足元の水溜りから渦を巻いて飛び、頂点まで達すると、強く光を放った。




101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:24:27.17 ID:Oc1SQ/8c0


 蝉の鳴き声が聞こえる。肌が焼けるように暑い。この記憶が、夏の頃のものなのは明白だ。

ミセ*゚ー゚)リ『お兄ちゃん。最近、また悪い事をしたでしょう? 私は知っているのよ。
       お父さんとお母さんが怒ってたよ。出来の悪い息子を持って悲しいってさ』

 噴水の前に、車椅子に座った少女が居る。中学生ほどの少女で、身体がひどく痩せ細っている。
 見た目ですぐに病気と分かる。健康なときは可愛らしかったであろう少女は、ため息を吐いた。

ミセ*゚ー゚)リ『聞いてる? 聞いてないよねえ・・・。お兄ちゃんは、人の言葉を聞かないのに関しては
       プロフェッショナルなんだもの。そんな事じゃ、この先の人生を渡っていけないよ』

 少女はまだ小さいのにも関わらず、厳しい言葉を言い放った。少女の視線は側に向けられている。
 噴水の縁に、学生服をだらしなく着た少年が座っている。先ほどから小言を聞かされているのだ。
 少年は自分の妹へと鋭い視線を遣った。まだ若いのに、歴戦のつわもの染みた目付きをしている。

(´・ω・`)『煩いな。今日の僕は、同じクラスの馬鹿と喧嘩をして、凄く気が立ってるんだ。
      内藤とかいう気持ちの悪い人間の屑でね。あの間抜け面を思い出すだけでも苛々する』

 少年はショボンである。現在とは随分と口調が変わっているが、くどいところは同じである。
 当時の彼は内藤――つまりはブーンのことを嫌い、愚痴っている。少女は亜麻色の髪をかき上げる。




102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:25:03.44 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ『それで、どうしたの? もしかして、その人に負けたから怒ってるの?』

(´・ω・`)『まさか。内藤はね、決闘の指定をした場所に、深い穴を掘っていやがったんだ。
      卑怯なクソヤロウだ。あれで勝った気でいやがる。今度、病院送りにしてやる』

ミセ*゚ー゚)リ『ようは負けたのね』

(´・ω・`)『ミセリ』

 低い声でミセリと呼ばれた車椅子の少女は、微笑んだ。ミセリの発音はミザリイに似ていた。
 ショボンとミセリは、一つ歳が離れた兄妹なのだ。ミセリは以前に、彼が言ってた妹である。
 ショボンが顔を忘れてしまったと言っていた妹。向日葵を咲かせた影は、彼女なのだった。
 彼女は、花壇に植えられた向日葵を見、大きく息を漏らして口を開いた。か細い声だった。

ミセ*゚ー゚)リ『心配だなー。私は長くは生きられない。お兄ちゃんが真人間になれるか心配なの。
       心残りで、安らかに成仏が出来ないかも。きっと無念で、化けて出てしまうわ』

(´・ω・`)『・・・・・・』




104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:25:28.93 ID:Oc1SQ/8c0
 ミセリは不幸にも重い心臓病を患っていて、医師に長くは生きられないと宣告されている。
 大きな総合病院ならまだ分からないが、ショボンの家は裕福ではないので、諦めるしかないのだ。
 ショボンが無言になっていると、ゴロゴロと雷の音が響いた。遠くには分厚い雲が漂っている。

 夕立が降りそうだ。ショボンは腰を上げて、ミセリの車椅子を押して院内に入ろうとする。
 彼の目に痩せこけたミセリの両肩が映る。確実に彼女は、死の谷へと向かおうとしている。

ミセ*゚ー゚)リ『ねえ。お兄ちゃん。私、本が読みたいわ。何でも良いから、買って来てよ』

(´・ω・`)『分かったよ。今度、僕が気に入ってるのを持って来てやるよ』

ミセ*゚ー゚)リ『漫画は駄目だよ。だって、すぐに終わっちゃうんだもん。時間が潰せないの』

 そうして、ショボンとミセリは病院内に姿を消して行った。ある暑い夏の午後の記憶だった。”




106: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:25:56.83 ID:Oc1SQ/8c0
(#^ω^)「きええええええ! こんな腹の立つ追憶は初めてだお!」

ζ(゚、゚;ζ「穴を掘りましたの。何と言いますか、恐ろしいお人ですの」

(#^ω^)「腕っ節で敵わないと分かっているのだから、知略を張り巡らせるのは当たり前だお!
       ちくしょう! あの時、ぐうの音も出ないほどの目に遭わせておくべきだった!」

心の欠片を見終わったブーンは憤慨した。吐き気や物悲しさを覚えるものなら幾度とあったが、
怒り心頭に発する記憶は初めてだった。ブーンは傘を振り回し、何度も地だたらを踏む。くけけ!

ζ(゚、゚*ζ「・・・ちょっと待ってください。今回の影はショボンさんが関係していますの」

追想ではショボンが登場していた。そして、その妹らしき少女が、余命が少ないのを告白していた。
つまり、ミセリというショボンの妹が死に別れ、現世への無念で影として蘇ったのではないか。

ミセリは兄の将来を心配しているようだった。しかし、ショボンは立派に成長を遂げている。
不良から優等生へと見事に変遷し、街で小さな書店を開くまでになった。妹の不安は杞憂である。
もしそうだとすれば、ショボンを会わせれば鎮まってくれるかもしれない。ブーンは手を打った。

( ^ω^)「ショボンを妹に会わせるのだお。一度、街まで戻ろうかお」

('A`)「待て」




107: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:26:24.03 ID:Oc1SQ/8c0
短く言って、ドクオはポケットから携帯電話を取り出した。このビップでは珍しい代物なのだ。
携帯電話を使わなければいけないほど広い街ではなく、遠くにかけるときには家の電話を使う。
時計代わりとしても無用だ。何故なら、ピップの人々は皆、時計塔を見上げれば事足りるのである。

('A`)「ショボンという人物の電話番号を教えてくれ」

ブーンはドクオに書店の電話番号を教えた。彼は流れるような操作で、番号ボタンを押して行く。

('A`)「とぅるるるるるるるる。とぅるるるるるるるる」

( ^ω^)「・・・・・・」

ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・」

ドクオが露骨に存在感を放とうとするが、ブーンとデレの二人は、必死に突っ込むのを堪える。
十数秒経ち、ドクオが携帯電話を持つ手を下ろした。彼は不潔に伸ばされた髪の毛をかき上げた。

('A`)「どうやら不在のようだ。・・・これからどうするんだ?」




110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:27:09.33 ID:Oc1SQ/8c0
街に引き返した方が賢い選択のような気がするが、このまま無害の状況が続くとは考えられない。
・・・気付けばスーツで来てしまっている。それに、車を停めた駐車場よりも病院の中の方が近い。
汚れるのが一等嫌いなブーンは、実に思慮に欠けた判断で、ドクオの問いかけに答えるのだった。

( ^ω^)「病院を探索しよう。なあに。危なくなれば引き返せば良いのだお」

('A`)「そうか。じゃあ、俺が先頭を進むから、お前達はあとからついて来てくれ」

(#^ω^)「駄目だお! 僕が目立たないではないかお!」

('A`)「そうか」

献身的なドクオの願いを断り、ブーンはドクオを雨の中に置いて、一足先に病院の入り口に立った。
ガラスが嵌め込まれている両開きの扉だ。白いペンキが剥げた扉を、ブーンはゆっくりと開いた。
そうして、まず待ち受けているのは、当然待合室である。待合室は、意外にも荒れていなかった。


ここを住処にしているミセリが、自分の住み易いように変えているのだろう。三人は歩を進める。
部屋の奥にカウンターがあり、壁に沿って長椅子が並んでいる。上部にはテレビが設置されている。
無論、テレビ画面は真っ黒で、ブーンとデレの他に人間は居ない。内部の様相は古臭さを感じる。
ブーンとデレは傘が邪魔になり、入り口の傍らに置かれていた傘立てに、それぞれを刺し置いた。




112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:27:29.84 ID:Oc1SQ/8c0
―4―

ζ(゚、゚*ζ「あ。カウンターに新聞紙が置かれていますの」

デレが木目の荒いカウンターにある新聞紙を開く。日付は1998年の八月四日。今から十四年前だ。
特に目が惹かれる記事はない。気になるのは、ビップの電車脱線事故の関係者への追求くらいだ。
電車事故から三年が経ち、様々な会社の不祥事が明るみになったらしい。デレは新聞紙を閉じた。

そして、壁にかけられている病院の案内図を見る。この待合室から北側に廊下が伸びていて、
その先を右へと曲がり、少し歩いた所を左に折れて進むと突き当たり。これが一階の見取り図。
階段はこの待合室と、一番奥まで行った場所にある。まずは一階から調査をするべきである。

( ^ω^)「ヒートのときみたいにならないよう、一部屋一部屋、慎重に調べるお」

\ζ(゚ー゚*ζ「はいですの!」

('A`)ノ「はいですの」

ブーン達は、外来受付のすぐ隣にある診察室へと入った。二脚の椅子と一台のデスクがある。
きょろきょろと、ブーンは診察室を見回す。この部屋には特にめぼしいものはないようだ。




113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:28:08.92 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「ふうん。こんな小さな病院で、病気を治せるのかねえ」

デスクに腰をかけたブーンが言った。風邪などの病気なら、たちまちに快復が出来るに違いない。
だがしかし、大病ならばどうか。ミセリのような重病患者は、都会の大きな病院でないと治せない。
内藤家くらいの資産があれば、もしも大病を患っても、金を積んで特別な処置が受けられるのだが。

( ^ω^)「ショボンの家は裕福ではないから、妹をここに入院させるしかなかったのだお」

ζ(゚、゚*ζ「そうですね。何だか悲しくなってしまいますの」

('A`)「・・・・・・此処には何も無い様だ。他の部屋も探してみよう」

暗くなり行く空気を気にして、ドクオは診察室を出て行った。空気のような彼は空気の流れに敏感だ。
ブーンが「くおらあ!」と大声を上げて、彼のあとを追う。ドクオはこうなると計算していたのだ。
影の異名を持ち、空気を自在に操り、高貴だかは分からない男性騎士。それこそが、ドクオである。




115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:28:47.13 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「ドクオはねえ。もう少し、身の程をわきまえた方が良いと思うお。
      聞いてるかお? 君は異彩をかもし出し過ぎて、僕が目立たなくなるのだお」

('A`)「うん」

( ^ω^)「いいや。君は堪えてないお。今回は言わせてもらおう」

('A`) Zzz

リネン室にて、ドクオを捕まえたブーンは、彼を床に姿勢良く正座をさせてくどくどと叱り付ける。
二人を余所に、デレは棚に一切の汚れのないシーツ類が収納された様子を眺める。ここにも何もない。
シーツがミセリを鎮まらせる道具ではあるまい。彼女はブーン達へと視線を遣り、頬を膨らませた。

ζ(゚、゚*ζ「ううう。ここには何もないようですので、他の場所に行きましょう」

デレがドアノブに手をかけたその時、天井の蛍光灯から灰色の鈍い輝きを放つ光球が現われた。
今までに見た心の欠片共とは違って、ふとした衝動で消えてしまいそうな虚ろな輝きを放っている。
弱々しい光の球は床にぽとりと落ちて転がり、ブーンの足元で止まると、三人の意識を吸い込んだ。




117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:29:41.04 ID:Oc1SQ/8c0

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・これで良いの?』

 短髪の少女が訊ねた。荒れ果てた部屋の中で、少女――佐藤は、棚に背中を預けて腕を組んでいる。
 彼女の傍らには、紫色の布で巻かれた長細い物が立てかけられている。布が少しだけ捲れている。
 そこから覗くものは黒い柄、そして、つみは。佐藤が持ち歩いているものは日本刀なのだった。

 この部屋はリネン室と構造がまったく同じである。つまり、ミセリが起きる前の病院内なのだ。
 佐藤が窓の外へと視線を遣ると、太陽と青空がすべて灰色の雲に隠されていた。曇天模様である。

从'ー'从『うん。ミセリちゃん。ミセリ・T(テッソ)・ライゴウは、二階の、病室にいる』

 たどたどしい口調で、茶色い髪の毛の少女が答える。渡辺は、部屋の隅々を忙しなく調べている。
 やがて、彼女は佐藤に振り向き、スカートのポケットから腕時計を取り出した。オレンジ色の、
 装飾が施されていない陳腐な女性物の腕時計だ。渡辺は佐藤に寄って、その腕時計を手渡した。

リl|゚ -゚ノlリ『十分だけ、時間を巻き戻す腕時計』

从'ー'从『十分だけでも、時間を巻き戻したら、人間達は混乱する、かも?』

 たった十分を甘く見てはならない。十分もあれば、必ずや人間社会での物事が進むのである。
 それが元へと巻き戻されるのだ。もしかすると、何らかの歪みが生じて混乱に陥るかもしれない。
 それと、時間が巻き戻されて、前と同じ結果になるとは限らない。危険性は無限大なのだった。




118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:30:26.29 ID:Oc1SQ/8c0
リl|゚ -゚ノlリ『うん』

 佐藤は腕時計の輪に指を入れて、くるくると回してから、ジャケットのポケットに仕舞った。
 遠くで雷鳴が鳴り響いた。そうして、サアア・・・と外で雨が降り始め、窓ガラスに水滴が滴る。

从'ー'从『ミセリちゃんは、早くに死んでしまったみたい。きっと、起きてくれるよ』

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・渡辺は、それで良いの?』

 佐藤が無機質な声で問いかけた。渡辺は中空へと視線を巡らせて、スニーカーの踵で床を叩く。
 その仕草からは、苛々とした感情が読み取れた。彼女は拳を強く握り、鹿爪らしく眉を集める。

从'−'从『うん。私は、もっと早くに死んだ。悔しい。悔しい。悔しすぎるの』

 誰にも譲れない意志がある。渡辺は、ミセリよりも若いころに命を落としているのだった。
 人間達に、計り知れない怨嗟がある。渡辺は佐藤へと真っ直ぐに視線を注いで、声を出した。




119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:31:10.91 ID:Oc1SQ/8c0
从'ー'从『行こう。佐藤さんは親友だから、ついて来てくれるよね?』

 佐藤は逡巡し、すぐには答えられなかった。親友じゃないの? 渡辺が不安げな表情を浮かべる。
 束の間不思議な空気が流れる。佐藤は刀を持ち、渡辺の前を通ってドアノブに手を触れた。
 そして佐藤は振り返り、渡辺を見て一度だけ瞼を開閉させて、か細い静かな声で話しかけた。

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・親友だよ』

从*'ー'从『だよね。だよね! セリヌンティウスみたいに、疑っちゃったよ』

 渡辺が両手を胸に当てる。

从'ー'从『殴ってくれる?』

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・親友だから殴れないよ』

 そのようなやり取りをして、二人はリネン室をあとにした。二つの足音が遠ざかって行った。
 朽ちた部屋の傷跡がなくなって行く。外界では、一輪の向日葵が咲き、そこから拡大したのだった。”




121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:31:49.13 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「・・・・・・」

ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・」

意外な人物の記憶を垣間見たブーンとデレは、それぞれ言葉を出せなかった。渡辺と佐藤。
どちらのものかは判断がつかないが、確かにこのリネン室に零れ落ち、残されていたのである。
少女達が、何らかの策略をしているのが確定した。ブーンは唸ったと共に、声を絞り出した。

( ^ω^)「ううん。彼女達は、一体何を考えているのやら」

ζ(゚、゚*ζ「思えば、お二人は時間を弄ってばかりですの」

ヒートには時を止める懐中時計を渡し、ミセリには十分だけ時を巻き戻せる腕時計を渡したようだ。
トソンの邸では時計の針の動きを変速させている。クーにも、何かを渡すつもりだったのだろうか。
デレは部屋の真ん中に立ち、両腕を広げて、くるりと回った。彼女はポケットからルーペを出す。
そして、ブーンの顔を覗き込んだ。奇行。彼のあまり見たくはない皮膚環境が拡大し、映される。

ζ(゚ー゚*ζ「えへへ。この前買ったんですの。名探偵には必需品ですのー」




122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:32:29.45 ID:Oc1SQ/8c0
彼女はブーンから離れ、部屋中のあちらこちらを歩きながら、人差し指を立てて語り出す。

dζ(゚、゚*ζ「憶測ですが、姿を偽った少女達は、過去と現在を融合させる気ではないでしょうか」

(;^ω^)「過去と現在を? ・・・君達は一度、辞書で“不可能”という言葉を調べるべきだ」

ζ(゚ー゚*ζ「不可能はありますです。さすがに未来にまでは力を及ぼせません。ええ。
       未来はいつだって、あたし達の手のひらの中にありますの。誰にも触れられません」

一応、影にも不可能があるらしい。だがしかし、充分すぎる能力を所持しているのに変わりはない。
デレの言った通り、過去と現在が混ざってしまえば、それは世界中を騒がせる大変な事態になる。
地面で律儀に正座をして、二人の様子を見守っていたドクオが立ち上がり、黒い双眸を光らせた。

('A`)「・・・・・・前置きをせずに、過去と現在を融合しようとしたら大変かもしれない。
    けれど、予め時間の概念を弄び弛ませておけば、存外簡単に事が達成されると思う」

(;^ω^)「マジキチ(本当にキチガイ染みているからやめてくれ)」




123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:33:01.48 ID:Oc1SQ/8c0
ともかく、今は二人の影のトンデモ理論を聞いている場合ではない。ミセリをどうにかするのだ。
佐藤と渡辺を調査するのは、そのあとからでも良いだろう。ブーンはリネン室から出て行った。
少し遅れて、デレとドクオが彼のあとを追った。三人は一階を調べ終え、奥の階段の前に立った。

ζ(゚ー゚*ζ「どうやら、一階にはもう何もないようですね」

('A`)「どうやら、一階にはもう何もないようだな」

ζ(>、<;ζ「真似をしないでくださいの!」

('A`)「真似を――ンンン!」

ブーンが両手で、悪戯っ子なドクオの口を塞いだ。このような人間と住むクーは大変に違いない。
彼女は、話し相手が欲しいと言っていたから丁度良いのかもしれないが、この場では邪魔である。
実はドクオなりに場を和まそうとしているのだが、知らないブーンは彼を羽交い絞めにして言う。

(;^ω^)「ドクオは車に戻りたまえお! ・・・僕達は二階に行くお。ミセリが居る」




124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:33:29.79 ID:Oc1SQ/8c0
ブーン達は二階への階段を昇る。勿論、ドクオも一緒である。踊り場には二階の案内図があった。
二階は一階よりも面積が狭く、病室が並んでいるようだ。階段から南に向かって廊下が伸びていて、
突き当りを右へと曲がった先に、一階へと戻られる階段がある。階段を下ると待合室がある。

三人は二階の構造を把握してから、階段を昇りきった。右側には等間隔に窓が並んでいる。
窓の外は広いベランダとなっており、物干し竿が置かれている。無論、現在は洗濯物はない。
ベランダは転落事故防止柵で囲われている。ということは、飛び降りてはいけないのである。

( ^ω^)「病室を覗いてみるお。ミセリがどこに居るのか分からないから、注意したまえお」

病室に入ってブーンは、ベッドが並ぶ様子を眺める。多少は古めいているが、陳腐な病室である。
左右に二台ずつ、合計四台のベッドとテレビが置かれてある。窓の向こうは灰色で、室内は薄暗い。
耳をそばだてれば雨の音。ふと彼が腕時計を見ると、三時半だった。夕暮れまでに解決しないと。

( ^ω^)「もうすぐ夕刻だお。ここは電気が通っていないからまずいね」

('A`)「明かりになりそうなのは、俺の携帯電話ぐらいだしな」




125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:34:09.72 ID:Oc1SQ/8c0
慎重且つ速やかな行動が求められる。ブーン達は現在の病室を出て、他の病室も調べていく。
けれども、心の欠片は見付からない。そのまま、三人は廊下が右に折れるところにまで到達した。
そこで、ブーン達はようやく記憶の欠片を見付ける。病室側にある長椅子から出てきたのだった。
恐らく、これが最後の心の旅である。一同は意識をうつほにして、微熱を放つそれに身を任せた。

 “これは、ミセリが九歳のころのはなし。

ミセ*゚−゚)リ(・・・・・・)
 
 廊下の両側に備え付けられた椅子に、ミセリが腰をかけている。外から激しい雨の音が聞こえる。
 天候を写したかのように、彼女の表情は暗い。いつも見舞いに来てくれる兄が来なかったからだ。
 ミセリは耳を澄まして、雨音に紛れた微かな鼓動を聞く。近い将来、確実に止まってしまう心の音。
 
 彼女は気丈夫であるが、死の恐怖に耐えられるほど心が強くない。誰だって、死は怖いものだ。
 彼女がただじっと座っていると、病室の扉が開いた。中から頭に包帯を巻いた少年が出てくる。
 あとから、その少年の父親らしき人物と、金髪をくるくると巻いた妹らしい幼女が現われた。

(  ω )




126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:34:50.58 ID:Oc1SQ/8c0
 彼はつい最近、病院に運び込まれて入院した。この前に起きた電車事故と関係があるのだろうか。
 ・・・身なりが良いので、早々にこの病院を退院し、きっと都会の大きな病院にでも転院するのだ。

ミセ*゚−゚)リ(ずるい、なあ)
 
 一度、医師が少年を診察しているところを見かけたが、脳の言語野に異常をきたしているようで、
 語尾に時々“お”が付いているのだ。でもまあ、その道の医師に頼んで地道に治せると思われる。
 ミセリは少年の境遇を羨ましく思い、ため息を吐いた。そんな彼女に、一人の看護士が近寄った。

o川*゚ー゚)o 『あ! 悪い子発見! 部屋でじっとしていなくちゃダメじゃない!』

 看護士は茂良邸の使用人のキューに似ている。それもそのはずで、彼女はキューの妹なのだ。
 一卵性双生児である。彼女は「よいしょ」と屈み、ミセリの細い手を取って顔を覗き込む。

o川*゚ー゚)o 『さては、お兄ちゃんが来なくていじけてるんだ。毎日のように来てくれるもんねえ。
        でも、今日は土砂降りの雨だからねえ。来たくても来れないんじゃないかな?』




127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:35:14.91 ID:Oc1SQ/8c0
 看護士は姉ほどうるさくはない。やはり身長は低いけど。彼女がなだめたが、ミセリは無言だ。
 姉に似た名前を持つキュートは、どうしたものかと息を漏らして、ミセリの手を優しく握る。

o川*゚ー゚)o 『ほらほら。兄妹は仲良くしないと。そういう私は、姉とは仲が悪いけどねー』

 キュートは愛嬌良くけらけらと笑う。少しだけ表情を弛ませて、ミセリが口を開いた。

ミセ*゚ー゚)リ『・・・看護婦さんにお姉さんが居たんですね。どうして喧嘩しちゃったんですか?』

o川*゚ー゚)o 『いやあ。これが病気みたくうるさい姉でね。私の性格と合わなかったんだ』

ミセ*゚ー゚)リ『仲直りした方が良いですよ。姉妹も仲良くしないといけないんじゃないですか?』

o川*゚ー゚)o 『それがねえ。姉はとある大会社の社長さんの邸に働きに出たんだけれど、
        その邸が全焼してしまってね。姉とはもう二度と会えなくなっちゃったんだ』

ミセ*゚−゚)リ(・・・・・・)




128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:35:46.13 ID:Oc1SQ/8c0
 ミセリが再び言葉を話さなくなる。看護士はミセリの手を離して、ゆっくりと立ち上がった。
 
o川*゚ー゚)o 『だから、仲良くしないとダメだぞ。じゃあ私は仕事があるから、またねー』

 そう言って、キュートはぱたぱたと去って行った。一人残されたミセリは、中空を見つめる。
 そこに大好きな兄の幻影が映る。彼女は病に蝕まれた身体をかばって、徐に椅子から腰を上げた。
 今日は兄が来ないのは仕方がない。子供のように我が儘をしていないで、病室で眠っていよう。

 ミセリは病室に戻ってベッドに寝転んだ。激しい雨が降り続ける、ある夏の夕方のことだった。”



( ^ω^)(・・・・・・)

ブーンには記憶になかった。あのころは空虚な日々を送っていて、ほとんど覚えていなかった。
ただ漠然とした中で、母親の死を悲しんでいたのだけは覚えている。自分が殺したのと同様だから。
気付けば長椅子に座っているブーンに、デレとドクオが中腰になって心配そうに話しかけた。




129: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:36:13.13 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「あたしは、いつでもブーンさんの力になりますよ」

('A`)「よく分からんが、辛い過去に堪えられないのなら、俺の懐を貸してやろう」

( ^ω^)「・・・・・・ふん。ドクオはいらないお」

('A`) エエー?

呟いて、ブーンはゆっくりと腰を上げた。デレとドクオも姿勢を正し、真っ直ぐに立った。
今は自分のことなどを考えている場合ではない。彼は心を強く持って、足を動かせ始める。
それから、ブーン達は二階の病室をあらかた調べ終え、残すは一番奥にある病室だけとなった。

( ^ω^)「さて。もうここしかないわけだけれど」

ブーンがドアノブを掴んで開けようとすると、デレが彼の腕を引っ張って、人差し指を立てた。

ζ(゚、゚*ζ「しいーっ! 中から話し声がしますの」




130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:37:30.78 ID:Oc1SQ/8c0
まるで敵地に侵入した兵士のように、デレが壁に張り付いた。病室から話し声が聞こえたのだ。
誰かが会話をしている。三人は扉から少しだけ顔を出して、病室の中に広がる光景を覗き見る。

(´・ω・`)「それにしても久しぶりだね。再び、ミセリの顔を見られるとは思わなかった」

ミセ*゚ー゚)リ「久しぶりだね。私もお兄ちゃんと会えるとは思っていなかったよ」

ショボンがスツールに腰かけ、クリーム色のパジャマを着た少女がベッドで上半身を起こしている。
少女の背中には、弱々しく畳んだ黒い翼が生えている。

ショボンとミセリだ! 珍しく書店に彼が居ないなと思っていたら、この病院へと来ていたのだ。
どうして彼がここに居るのかは分からないが、これは僥倖である。期せずして、目的が叶った。
兄妹は楽しそうに再会を祝っている。上手く話を運べば、ミセリを鎮まらせることが出来るだろう。

(´・ω・`)「僕は君の墓参りに来ていたんだけど、帰り道に向日葵が狂い咲いているのを見付けてね。
      君は向日葵が好きだった。この異変は、もしや君の仕業なんじゃないかなと思った。
      そして来てみれば、やはりミセリが居た。僕は君の正体を知っているよ。影なんだろう」

そうか。昼前に見かけた花束を持ったショボンは、ミセリの墓参りに行く途中だったのだ。
妹の墓参りのついでにミセリと再開したのなら、彼の驚きは相当なものだったに違いない。
ブーンが部屋に踏み入れようとすると、ドクオが「もう少し待て」、と服の袖を引っ張った。




131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:38:09.34 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ「お兄ちゃん。私が何者だか分かるんだ。随分と苦労しているんじゃない?」

(´・ω・`)「そりゃあ、ねえ。僕の友人も醒覚してね。その友人に引っ掻き回されているよ」

ミセ*゚ー゚)リ「友人って、もしかしてお兄ちゃんがよく口していた、内藤さん?」

(´・ω・`)「良い勘をしているね。昔の僕は、奴の愚痴ばかり溢していただろうに」

ミセ*^ー^)リ「内藤さんの事を喋っている時のお兄ちゃんは、とても楽しそうだったよ」

(´・ω・`)「そうかなあ。僕にはそう言う、ツンデレ気質は持っていない筈なんだけどね」

ミセ*゚ー゚)リ「ツンデレ?」

(´・ω・`)「いや・・・」

一般人には分からない用語を使ってしまうのは、オタクの性である。心当たりがある人は多いはず。
ショボンは身体を若干丸めて、顎に生えている無精ひげを掻いた。次の言葉を考えているようだ。
ミセリはくすりと笑い、さすがはショボンの妹といったところか、兄の心を覚ったかのように話す。




134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:41:25.67 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ「ふふ。お兄ちゃん、昔からマニアックなところがあったもんね」

(´・ω・`)「別にオタクじゃないよ。ただのサブカルチャー好きだっただけさ」

大方のオタクはそう反論する。とりあえず、病室の空気は極めて和やかで、割り込みやすそうである。
今なら入っても大丈夫だろう。ブーンは扉を開けて、手を振り上げて大きな声を出して挨拶をする。

( ^ω^)ノ「やあやあ! 素晴らしい兄妹愛を見せ付ける中、突然に登場してすまないね!」

(´・ω・`)「・・・・・・」

ミセ;゚ー゚)リ「?」

うるさく声を上げる闖入者に、ショボンは目を細め、ミセリは驚いた。ブーンに緊張感などない。
彼はショボンの両肩をがっしと掴んで、反応に困っているミセリを見下ろした。病的なほど華奢だ。

( ^ω^)「どうも。僕は内藤ホライゾンだお。ショボンの友人をやってあげている」

ミセ*゚ー゚)リ「ああ! 貴方が内藤さんですかあ。兄から色々と話を聞いています」




135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:42:18.49 ID:Oc1SQ/8c0
ミセリは表情を明るくした。ショボンに、ブーンに対する数々の愚痴を聞かされているのである。
落とし穴に落とされたこと、級友に罵詈雑言を吐いたこと、放送室を乗っ取って自慢話をしたこと。

ろくな話ではない。だが、その話は生気に満ち溢れており、入院生活を強いられていたミセリには、
とても楽しさを覚えたのだった。ブーンは笑顔でうんうんと頷いて、ショボンの肩から手を離した。

( ^ω^)「ふふ。僕に関する美麗な噂話は、つまらない入院生活に華が添えられただろう」

ミセ*゚ー゚)リ「まあ、そんな感じです」

ブーンは感極まりかけた。自分という存在は、見ず知らずの病弱な人間さえも幸せにさせるのだ!
軽く絶頂に達しかけるがしかし、ブーンにはやることがある。ミセリを鎮まらせなければならない。
ぱっと見たところ、彼女からはまったく殺気といったものを感じられない。むしろ、友愛を感じる。

きっと、兄の成長した姿を見て安心しているのだ。今回の事件は、支障なくことが運ばれそうだ。
ブーンは、ベッドの脇にあったスツールの脚を足先でかけて引き寄せて、それの上に腰を下ろした。

( ^ω^)「・・・つかぬことを聞くけど、ミセリは最近に目を覚ましたのかお?」

ミセ*゚ー゚)リ「・・・? そうですよ。今朝方、親子らしい二人の影に起こされたんです」

( ^ω^)「やっぱりね」




137: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:43:07.81 ID:Oc1SQ/8c0
少女達がミセリを起こしたのだ。今朝方。まだこの街に滞在している、とブーンは指を打ち鳴らした。
それにしても。ブーンは隣に座るショボンに顔を向けて、にやにやと気持ちの悪い笑みを溢した。

( ^ω^)「よく僕を馬鹿にするが、なかなかどうして。ショボンもシスコンではないかお。
      さっき、追憶で視たお。毎日のように妹の見舞いに来ていたそうではないかお」

(´・ω・`)「僕の家は両親が都会に出稼ぎに出ていてね。ミセリは大切な家族だったんだよ。
      ・・・・・・ああ。こう言えば語弊があるかもしれないな。今も唯一無二の家族の一員だ」

( ^ω^)「ショボン」

ブーンはショボンの意外な一面を見出した。いじらしいくらいに、ショボンはとても妹想いなのだ。
以前、妹のことを忘れてしまったと言っていたが、今の彼の様子から察するに嘘を吐いたのであろう。

同じ妹が好きな身として、ブーンは心から同情した。もし、ツンが居なくなったら発狂してしまう。
「実に素晴らしい」。そう言って、彼はショボンの丸まった背中を、右手で優しく撫でたのだった。

( ^ω^)「妹は大切にせねばならない。うんうん。嬉しすぎてイってしまいそうだお」




138: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:44:13.25 ID:Oc1SQ/8c0
(´・ω・`)「気持ちの悪い。やめてくれ。・・・それで、ミセリはこれからどうするつもりなんだい?
      このブーン――内藤は、そちらに居る影のデレさんと結婚して、そして同居している。
      つまり、ミセリは僕と街で暮らす選択肢もあるんだ。君の言葉を聞かせてくれないか」

鎮まってもなお、影として静ひつに街で暮らしているものは、デレの他に、クーやヒートが居る。
ミセリにもその方法が取れる。ミセリはしばらくの間口を一文字にして考え込み、やがて微笑んだ。

ミセ*゚ー゚)リ「始めがあって、終わりもある。また終わりがあって、始まりもある。世界は廻る。
       ・・・あのね。お兄ちゃん。私は、このままずっと安らかにこの世を去りたいの。
       今日、お兄ちゃんが立派になった姿を見て、私はすっごく安心したんだよ」

(´・ω・`)「・・・・・・」

ミセリはショボンとは暮らさないで、輪廻の輪へと赴くことを望んでいる。いつか彼が言っていた。
妹はツンに似ていて気丈だ、と。正にその通りである。ブーンは膝を叩いて、ミセリに指を向ける。

( ^ω^)9m「ううん。偉い! ツンにまでは及ばないが、ショボンは良い妹を持ったお」

今まで、ブーンは色んな影を見てきたが、ミセリみたいに生に執着していない人物は初めてだ。
この場合の鎮まらせる方法は至って簡単で、ショボンが旅立つ彼女を見守れば良いだけである。
ブーンが指を下ろすと、ミセリは口に手を添えて目尻を下げた。兄の友人は、本当に面白い人だ。




140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:44:56.72 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ「ありがとうございます。兄がよく口にしていた、内藤さんにも会えて嬉しいです。
       ――大地に根を下ろし、力強い茎に支えられ、明るい黄色の太陽の花を咲かせる。
       長くは生きられないと宣告された私は、花壇で誇らしげに咲く向日葵に憧れていました。
       ・・・・・・私よりも、もっと不幸な人が居る事は知っています。でも、口惜しかった」

「それでも」。区切って、ミセリは息を吸った。そして、茶色い眼球をショボンへと動かせた。

ミセ*゚ー゚)リ「私は輪廻に行って、再び人間に生まれ変わるよ。・・・輪廻なんてないのかもしれない。
       もしそうだとしても、そこへ向かう事こそ、死んだ人間の在るべき姿なんだと思うの」

歌うように言って、ミセリは視線を三人に戻した。まるで上質の演劇を観覧しているようだった。
ここに大勢の観客は居ないが、拍手の音がする。ブーンが手を叩いて、彼女を讃えているのだ。

( ^ω^)「ミセリはきっと、来世は幸運の星の下に生まれるお!」

ζ(゚ー゚*ζ「素晴らしい考えです。ミセリちゃんも、ショボンさんに負けないくらい立派ですの」

('A`)「現世に留まっている俺達の方が、おかしいのかもな。見習わなくてはいけない」




141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:45:38.78 ID:Oc1SQ/8c0
影二人も、死地を求めるミセリを讃えた。ミセリは思慮深く、本当に具合良く熟成した人物である。
ブーンが、黙り込んでいるショボンへと視線を遣った。彼は作務衣の深いかくしから扇子を出した。
きっと、感動して身体が熱くなってしまったのだろう。彼は扇子を広げ、ぱたぱたと煽ぎ始めた。

( ^ω^)「ショボン。君も黙っていないで、天国に旅立つミセリに言葉を贈りたまえお」

ショボンは煽ぐ手の動きを止めた。まるで時間が止まったかのように、微かな動作すらしない。
しばらくして、ようやく彼の顎が動いた。そうそう。いつもの物分りの良さを示せば良いのだ。

(´・ω・`)「僕は反対したいなあ。これからは、僕と一緒に暮らして欲しいよ」

(#^ω^)「おおおおい!」

ブーンは椅子から滑り落ちそうになった。何を子供みたく、愚かしい駄々をこねているのだ!
想定外な友人の言動に憤慨し、彼は目尻を吊り上げて睨み付けた。だが、ショボンは淡々と言う。

(´・ω・`)「もうこれ以上、アインザームカイト(一人ぼっち)の生活には耐えられそうにない。
      今しがたも言ったように、影も人間と暮らせるんだよ。考え直して欲しいなあ」




143: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:47:10.51 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚−゚)リ「・・・・・・」

自分の膝へと、ミセリは目を落とした。ショボンは、彼女の決意をぶち壊しにする気なのか。
これでは、彼女が可哀想だ。ブーンはショボンの腕を力強く掴んで、声を大にしてたしなめる。

(#^ω^)「キミイ! 君の妹は生まれ変わろうとしているのだお! どうしてそんな」

ショボンはブーンの手を振り払った。そうして、壁に視線を遣って、誰も視界には入れずに語る。

(´・ω・`)「僕はね、ずっと夢を見ていたんだ。不運にもミセリが死んでしまった夢をね。
      だけど今日、漸く夢から目覚めてくれた。妹が居ない悪夢から解放されたんだよ。
      ――僕は君達と会話をする事が多々あったね。そんな時僕は、君達にだけじゃなく、
      ミセリにも話し掛けていたんだ。妹の幻を脳内に作って、話し掛けていたんだよ」

最後に語気を強めて、ショボンが言い終えた。彼は妄想心を働かせ、妹に話しかけていたらしい。
須名邸のときも、都会に遊びに行ったときも、そしていついつのときも! 気が違っていやがる!
ブーンは身震いをして唾を飲み込んだ。その内に彼の怒気は弱まって行き、完全に悄然とする。

世界は、でんぱ、うちゅうの暗黒物質、るるいえ異本――その他の禍々しい成分で出来ています。
                                     
                    ほんとう、もうやだこの世界!




144: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:48:04.60 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「・・・・・・それで、話の続きがあるのだろう。君の口は喋りたがっているお」

ブーンは顔面を手で覆った。ショボンと付き合いの長いブーンは、彼の心など読みきっている。
頭痛を覚えるほどに承知している。「ふう」と息を漏らし、ショボンは病室の隅へと視線を移した。

(´・ω・`)「・・・夢を見ている時の僕は、いつも虚無感を覚えていた。何一つ恐ろしい物が存在しない。
      平然と罵詈雑言を吐いてしまい、危険だと分かり切っている場所へと足を踏み入れる・・・」

ショボンの飄々とした振る舞いは、そういう理由から成り立っていたのか。夢を見ている彼は、
何にでも立ち向かえる、いわば無敵である。たとえ、勝ち目の無い敵を前にしても立ち竦まない。
錯乱でも、狂気でもない。そして、正気でもない。ショボンは、空虚な世界に佇む人間である。
そこは感情の色が欠けた世界。居ても立ってもいられず、デレはショボンに寄って両手を取った。

ζ(゚、゚;ζ「ショボンさんは心優しい方ですの! 今一度、考え直してください!」

(´・ω・`)「まったく優しくないよ。ああ。ああ。一ミリメートルも僕は優しくなんかない。
      僕の家が貧しいのは知っているだろう。だから、満足にミセリを療養出来なかった。
      もし、僕の家に資産があれば――僕はブーンを羨ましく思い、そして憎んでもいた」




146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:49:00.33 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚、゚;ζ「そんな」

ショボンの両手が、デレの手からするりと抜ける。だって、あんなに二人は仲が良かったじゃない。
遠巻きに、或いは近くで見ていたブーンとショボンの友情は、あれは偽りだったのだろうか。
ショボンさんの辛辣な言葉群には、本心も含んでいたの!? デレは次の言葉を紡げなくなった。

(´・ω・`)「それとね」

言って、ショボンは作務衣のポケットから一丁の拳銃を引き抜いた。彼が遊戯銃と説明したやつだ。
彼は銃把を右手で握る。ブーンが以前に見たときと同様に、彼は自らのこめかみに銃口を押し当てた。

(´・ω・`)「ある日、無為に続いて行く一人きりの生活に悲観して、この拳銃を買ったんだ。
      こう。こうして、弾を一つだけ装填して、何度か自分の命を絶とうとしていた。
      その度に失敗して来たけどね。どうにも神様って奴は、僕を死なせたくないらしい。
      おかしいだろう? 生きたがっていたミセリは助けなかったのに、どうして僕だけ」

(;^ω^)「き」

「君は何を考えているのだ」。息苦しく、ブーンは言葉を出せない。十二月に自室に招いたとき、
あのときも死のうとしていたのだ。カチリ。トリガーが引かれた音が、ブーンの脳裏に鮮明に蘇る。
一歩間違えていれば、部屋が血で真紅に染まり、彼は友人の亡骸をみる破目になっていたのだ。




148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:50:46.07 ID:Oc1SQ/8c0
血まみれの人間。事故のとき、身を挺して庇ってくれた母親の身体がそうだった。気持ちが悪い。
喉の奥が熱くなる。このままブーンは、無様にも地面に吐瀉物をぶちまけてしまいそうになった。
嘔吐感を必死に堪えるブーンのことなど知らず、ショボンは銃を下ろして話を続けるのだった。

(´・ω・`)「ミセリが逝くと言うのなら、僕も一緒に逝ってやろう。一人では心細いだろう。
      ・・・何度も引き金を引いてやる。必ずや死ねる。僕には怖い事なんて無いんだよ」

ミセ*゚−゚)リ「お兄ちゃん!」

(; ω )「ッ!」

一体全体ショボンは、何をのたまっていやがるのだ。その台詞は、ミセリへの脅迫ではないか!
是が非でもやめさせなければならない。しかし、ブーンは口を開けない。思考回路が狂っている。
とうとうブーンは耐え切れなくなり、椅子から転げ落ちてしまい、床に額を押しつけてむせぶ。

ζ(゚、゚;ζ「ブーンさん!?」

(; ω )「どうして・・・」

どうして、この世界は自分が好んで読む上質な小説のように、全くの美しさで出来ていないのだ。
クーが父親から虐待を受けたことがおかしい。ヒートがいじめられて死んだことがおかしい。
トソンが平穏に暮らせなかったことがおかしい。そして、母親が亡くなったことがおかしい。




150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:51:38.33 ID:Oc1SQ/8c0
人生は上手く行かないこと尽くめである! ショボンはどうして、彼自身と僕とを痛めつけるのだ。
酷い言い合いをしていたが、楽しくやって来たではないか。もう、これからは無理なのだろうか。
絶望に打ちひしがれるブーンは、涙で溢れた瞼を閉じた。暗がりに、彼が望んでいる光景が映る。

脳裏に浮かんだ光景は、ショボンが鎮まり、ミセリが無事に来世へと旅立って行った世界である。
申し分のない、誰もが納得する幸せな結末。母親を亡くしたブーンは、ハッピーエンドを望むのだ。
・・・・・・。ここで崩折れれば、全てが終わる。ようやく意識が醒め始めたブーンは、片膝を立てた。

正視に耐えられなくなったその顔を上げて、ブーンは虚ろな瞳をしているショボンを睨み付ける。
二人の視線が絡まり合う。鎮まらせるべきはミセリではなく、この眼前の憐れな青年――親友だ。

ブーンは純潔な精神にて、女神アルテミスが持つ弓矢の切っ先が如く、鋭い指先を突き付ける。

( ^ω^)9m「・・・・・・鎮まりたまえお。僕の莫逆の交わりであるショボン!
        君は悪霊にでもとり憑かれている。今こそ、清らかな心を蘇らせる時なのだお」

(´・ω・`)「・・・・・・」

異常な覇気に圧されそうになるショボンだがしかし、彼はブーンの眼前に畳んだ扇子を突き付けた。




151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:52:29.97 ID:Oc1SQ/8c0
(´・ω・`)「君は、いつもいつも調子のいい言葉を並べる。その調子で、強引に納得させるんだ。
      ブーン。もしツンちゃんが死んで影として現われて、成仏させてくれと頼んで来たら、
      君は受け入れる事が出来るかい? 無理だろう。きっと、ブーンも出来やしない」

視線と視線。指先と扇子。それらは微動だにしない。沈黙の中、ブーンはごくりと唾を飲み込んだ。
口腔内にこみ上げていた少量の胃液が流され、喉の奥が熱くなる。もしもツンが影として蘇って、
「輪廻へと赴き、生まれ変わりたい」と言われれば、自分はそれを受け入れることが出来るのか。
ブーンは想いを巡らせて、腕で涙を拭った。そして頭を横に小さく振り、雑念のない表情で答えた。

( ^ω^)9m「・・・・・・受け入れられる。僕は薄弱な精神を持ち合わせていない」

(´・ω・`)「絶対に、かい?」

( ^ω^)9m「絶対に、だお」

(´・ω・`)「本当に?」

( ^ω^)9m「くどい。何度も訊くなお!」

(´・ω・`)「・・・・・・はあ。本当に、ブーンは調子が良いんだから。恐れ入ってしまうよ」




152: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:53:08.79 ID:Oc1SQ/8c0
大きく鼻息を漏らして、ショボンは扇子を下ろした。ブーンもゆっくりと腕を下ろし、起き上がる。
病室内に張り巡らされていた、緊張の糸が解けた。赤く目を腫らしたブーンが、スツールに座った。
ショボンの手に握られている拳銃を一瞥してから、彼はそっぽを向いて言い辛そうに命令をする。

( ^ω^)「・・・・・・その、さっきも言った通り、ショボンは僕の親友だ。拳銃を捨てたまえ」

(´・ω・`)「そんなに正直に言われると、照れるな。・・・分かったよ。捨ててやる」

ショボンは、テレビが置かれている台に拳銃を置いた。友人の命を脅かしていたものが、離れた。
安堵して、ブーンはミセリに顔を向けた。二人を見守っていた彼女は、安心しきった表情である。

( ^ω^)「君の兄上は最低だね。友人を侮辱し、自分自身を人質に取ったのだから」

ミセ*゚ー゚)リ「それでも、他には居ない兄なんですよ。そう悪く思わないでやって下さい」

ミセリとブーンは、それぞれ肩を竦めた。一時はどうなることかと思ったが、無事に収束しそうだ。
ブーンがショボンの肩を揺らせる。ミセリに、妹にかけてあげなければならない言葉があるだろう。




155: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:53:43.90 ID:Oc1SQ/8c0
(´・ω・`)「取り乱して、悪かったよ。ミセリは、君の想い通りにあの世に逝ってくれ」

ミセ*゚ー゚)リ「お兄ちゃんは身体は大きくなっても、根本は変わってないね。とんでもない不良だよ」

(´・ω・`)「うるさいな」

ショボンは頭を掻いた。人間とは、身体が立派に成長を遂げても、心は昔の面影を残すものである。
「さあて」。ミセリがベッドの縁へと座った。地面に下ろされた彼女の足は、ひどく痩せ細っている。

ミセ*゚ー゚)リ「私は行かなくちゃ。まだ起きたばかりで歩き難いから、お兄ちゃん、背負って欲しいの」

外から聞こえていた雨音が、途絶えた。ブーンが窓へと目を向ければ、雲が橙色で染まっている。
ただ染まっているだけではなく、光り輝いてもいる。神秘的で、絵本の世界へと沈んだかのようだ。

(´・ω・`)「・・・もっと話していたいんだけれどね。仕方がない」

ショボンがミセリを背中に抱いて、立ち上がった。もうすぐ、ライゴウ兄妹は永遠に離れ離れになる。
顔が見られない。声が聞けない。こうして触れられない。ショボンは意識が遠のいて行くのを感じた。




156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:54:18.18 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ「天国へと続く扉は、北側の廊下の奥にあるの。階段を昇った屋上への扉が、そう」

まるで天国への階段である。心残りはないと言えば嘘になるが、ショボンは振り切ることにした。
馬鹿な行いはしたが、たった一人の妹なのだ。彼女の願いを、聞き届けてあげなければならない。
まるで地に足が着いていないかのような感覚で、ショボンはミセリを背負って、病室をあとにした。

ζ(゚ー゚*ζ「わあ、綺麗・・・」

廊下に出たデレは、吃驚した。窓の外に広がる光景。橙色に輝く空に、向日葵の花弁が舞っている。
一片一片、各々きらめく粒子の尾を引いて、蝶々のようにゆらゆらと舞い、空へと向かっている。
幻想的。月並みな言葉で表現するとすれば、そうだ。きっと、街では大騒ぎになっていることだろう。

ミセ;゚ー゚)リ「向日葵を見たかっただけだったんですけどね。力の加減が分からなかったんです」

歩き慣れていないのと同様に、ミセリが力の加減を欠いて、街まで向日葵が咲かせてしまったのだ。
それでも、このような綺麗な風景の中で彼女が逝けるのならば、結果的に良かったのではないか。
実害はないし、三ヶ月もしたら街の住民も忘れてしまっているだろう。ショボン達は廊下を歩く。




157: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:54:43.49 ID:Oc1SQ/8c0
(´・ω・`)「ミセリと過ごした十数年間は、やり切れない悲しみもあったけれど、楽しかったよ。
      不良な兄で、すまなかった。もっと、ミセリに何かしてあげられたかもしれない・・・。
      ああ。上手く言葉に出来ない。ともかく、僕はミセリが居てくれて、本当に良かった」

ショボンは廊下を進みながら、背中に居るミセリに話しかける。出来るだけ沢山の自分の想いを、
去り行く妹に贈りたいのだ。しかし、いざ事が運ぶとなると、上手に言葉を紡ぎ出せないでいる。
ため息を吐くショボンの後頭部に、ミセリは顔を押し付けた。兄の匂い。彼女は静かに、言う。

ミセ*- -)リ「分かってるよ」

(´・ω・`)「・・・・・・」

このまま廊下が永遠に続けば良いのに。思うショボンだが、確実に終着点へと近付いている。
そうしていると、ふと先頭に立っているブーンが振り返った。彼は後ろ向きに歩きながら、
ポケットからジュエルケースを取り出した。事件の依頼料として、クーから渡されたものである。

( ^ω^)「これ。いつまでもポケットに仕舞っていたら邪魔だから、ショボンにあげるお」

(´・ω・`)「何それ」




158: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:55:22.72 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「今回の事件、クーから解決を依頼されて、僕達はこの病院に来たのだお。
      これは彼女からの依頼料というわけだお。でも、指輪なんていらないからあげるお。
      是非とも君のものにしたまえ。そうして、ミセリにプレゼントしてあげるのだお」

(´・ω・`)「そういうのはミセリが居ない時にして欲しいな。バレたら全く意味が無いじゃん。
      ・・・ほら。友人が持っているあれは、僕が買った物だ。ミセリにプレゼントしよう」

ブーンはミセリへとジュエルケースを手渡した。ケースを開けると、彼女の眼に赤い宝石が映る。
兄は、面白くて優しい友人を持っている。ミセリは嫣然として、ショボンを強く抱きしめた。

ミセ*^ー^)リ「あはは。ありがとう、お兄ちゃん」

廊下はいつまでも続くものではない。無情にも、ショボン達は屋上への階段の前にたどり着いた。
たった十数段の階段を昇った先に、あの世へと繋がった扉があるのである。ショボンは一歩を躊躇う。

ミセ*゚ー゚)リ「此処で下ろして。ここから先は、生ある人間は入っちゃいけないんだよ」




159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:56:07.58 ID:Oc1SQ/8c0
ゆっくりと、ショボンはミセリを地面に下ろした。彼女はふらつきながら階段の手すりを持った。
一段目に足を乗せる。ショボンは、彼女の小さな背中を記憶に刻み込むように、じっと眺める。

(´・ω・`)「ミセリ」

かける言葉が見付からないのに、ショボンが呼びかけた。階段の中ほどまで進んだミセリが振り向く。

ミセ*゚ー゚)リ「なあに?」

(´・ω・`)「・・・・・・いや」

ミセ*゚ー゚)リ「変なお兄ちゃん」

ミセリは再び足を動かせる。だんだんと遠くなって行く彼女の後ろ姿。とても寂しい色をしている。
やがて古錆びた屋上への扉の前までたどり着き、ミセリはショボン達に身体を向けた。微笑んでいる。
見下ろせば、兄達が心配そうな視線を向けている。彼女は頭を下げて、ショボン達に別れを告げる。

ミセ*゚ー゚)リ「お兄ちゃん、それと皆さん。ありがとうございました。私の最期は幸せでした」




161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:56:48.69 ID:Oc1SQ/8c0
ミセリはドアノブを回して、扉を開いた。開かれた隙間から、眩く白い光が差し込んでくる。
よって、彼女の顔が見えなくなる。今、妹がどんな表情をしているのか、ショボンからは分からない。
ふとショボンは強烈な不安を覚えて、一歩を踏み出し、おぼろげなミセリを食い入るように見つめる。

(´・ω・`)「今、ミセリは笑っているのかい? それとも泣いているのかい?」

ミセ*  )リ「・・・・・・私を起こした人達から、腕時計を貰ったの。十分だけ時間を戻せるみたい。
      此処に来て、私はそれが使いたくて仕方が無い。そこに立っていた時間に戻りたい。
      ――――でもね、私は行きます。そうして、また人間として生まれ変わるのです。
      明日行き着く先が、悲劇だとしても。運命から逃れてはいけません。
      私は、お兄ちゃんとお友達の祝福を一身に背負って、天国へと旅立つのです。だから」

ミセリはゆっくりと扉を開いていく。扉の中から無量の光と、一陣の強い風が吹き込んだ。

ミセ* ー )リ「だから、笑っているよ」

扉が全て開かれた。ミセリの身体が、光へと溶け込んでいく。もう、ミセリとは会えなんだ。
ショボンの脳裏に、妹と過ごした一瞬が浮かんでは消えていく。無意識に、彼は大声で叫んだ。

(´・ω・`)「ミセリ! 僕は君の事を、ずっとずっと、愛しているよ!」

「私も」。ミセリはそう言い残して、現世を去った。ショボンはその場で両膝を着いたのだった。




162: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:58:03.12 ID:Oc1SQ/8c0
―5―

('A`)「サイクリング、サイクリング、ヤッホー、ヤッホー♪」

ζ(゚ー゚*ζ「ヤッホー、ヤッホー♪」

( ^ω^)「自転車じゃないだろう・・・」

午後五時半。若干雲が晴れて、夕陽が差し込む中を、ブーン達を乗せた車が山道を走行している。
ドクオの運転はスムーズで、六時ごろにはビップの街へと着くだろう。今日は心底疲れた一日だった。
朝食を作り、薬を買いに街へと下りて、邸へと戻った。それから、事件を解決するために病院へと。

病院に着いてからは、院内探索をして、ショボンとミセリに出会った。あとは友人にこけにされ、
それを鎮めて、最期に兄妹の別れに立ち会った。うわあ・・・。後部座席に座るブーンは肩を竦めた。
なにこの一日。ちょっと最悪が過ぎるのではないか。ブーンは、隣に居るショボンに話しかけた。

( ^ω^)「ヘイ! いつまでも、くよくよするなお!」

(´・ω・`)「ああ」

ショボンは短くそう答えた。ミセリと別れてから、彼はすっかりと意気阻喪してしまっている。
それは当然のことだ。世界でたった一人しかいない妹が、本当に居なくなってしまったのだから。
ブーンはフロントガラスへと目線を向けた。今はもう、向日葵の花びらは舞い上がっていない。




163: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:58:27.63 ID:Oc1SQ/8c0
\('A`)/「すまないが、これ以上は進めない様だ」オワタ

車がショボンの書店付近に到着した。彼の書店までは狭い道が入り組んでいるため、車が通れない。
ショボンは、何者だか分からない変な影に礼を述べて、車を降りた。しかし、彼はドアを閉めない。
何をしているのだ、とブーンが眉を集めていると、ショボンが手招きをした。お前、ちょっと来い。

( ^ω^)「何だお。僕に用事があるようだ。少し、待っておきたまえお」

ζ(゚ー゚*ζ「はあい」

('A`) エエー?

ドクオは至極面倒臭そうにしていたが、彼のことなどどうでも良い。ブーンは渋々と車を降りた。

(´・ω・`)「ちょっと、一緒に家まで来てくれないか?」

( ^ω^)「なんだと」




165: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:58:58.88 ID:Oc1SQ/8c0
ショボンは、自分に家まで着いて来て欲しいのだという。そこまで胸中に寂寞が駆け巡っているのか。
ブーンが断ろうとするが、彼は真剣な眼差しをしている。ブーンはため息を漏らして、ついに折れた。
十五分ほどここで待っているように車内のドクオに告げて、二人は狭い路地裏へと消えていった。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたんでしょう」

('A`)「さてね。男同士で喋りたい事でもあるんだろう」

ブーンとショボンは夕刻の街を歩く。店舗は店じまいをしていて、どこかから夕食の匂いが漂う。
人通りはなく、路地裏には寂寥感がある。ショボンは歩きながら、肩を並べる友人に話しかけた。

(´・ω・`)「・・・すまなかったよ。ブーンには随分と失礼な事を言ってしまった。
      もう君を馬鹿に出来ないね。所詮僕は、手の付けられない不良のままなのさ」

( ^ω^)「ふん。少々のことでは、僕を愚弄した罪は拭えるものではないお」




166: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:59:28.63 ID:Oc1SQ/8c0
自分勝手な憎しみの矛先を向けられたのだ。唇とつんと尖らせて、ブーンは表情を険しくさせた。
ショボンは押し黙る。二人は黙して石畳の道に足音を鳴らして行き、ショボンの書店の前まで来た。
いつ見ても古臭い書店である。元は普通の民家だったが、ショボンが一階を改築したのだった。

( ^ω^)「じゃあ、僕は帰るお。・・・・・・もう、妙な気は起こすなお」

さすがにもう自殺は考えていないだろうが、廃院での一件を思い返して、一応ブーンが忠告をする。
後追い自殺なんてされたら目覚めが悪い。ショボンは「ああ」と頷き、両開きの扉の鍵を開けた。
ブーンはひらひらと片手を振って、踵を返す。すると、ショボンが彼の服を引っ張って呼び止めた。

(;^ω^)「スーツに手垢が付いてしまうだろう! 一体何なのだお!」

ブーンが服の袖を払って、身体をショボンに向けると、ショボンは眉を垂れ下げて言った。

(´・ω・`)「ブーンは病室で、取り乱した僕に“莫逆の交わり”だと言ってくれたね。
      莫逆の交わりとは、非常に親しい付き合いの事を言う。君はそう思ってくれている。
      あの時、とても嬉しくなってね。例え、ツンちゃんの事を受け入れないと答えても、
      許してしまうつもりだったんだよ。あの時点で、僕はブーンに敗北を喫していた訳だ。
      ・・・・・・大穴に落とされてから、君には負けっぱなしだ。やれやれ。参った物だね」




167: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:00:08.91 ID:Ksn+J8FZ0
ブーンはショボンの長話に辟易としているがしかし、今回ばかりは聞いてやる気になった。
ふっと気障に髪をかき上げて、ブーンは顎を上げる。広量なところを見せ付ける場面である。

( ^ω^)「ふふん。君は大河の如く心が広いって言っていたが、僕のほうが広いね!
      君が大河なら、僕は地球規模だお。いやいや。宇宙ほどにあるかもしれない!」

(´・ω・`)「そうかもね。あれだけの暴言を吐いてしまったのに、ブーンは許してくれている。
      どちらが狭量なのかは、自明の理だ。その点に於いても、僕は君に劣っている」

謝り続けるショボンに、ブーンの身体がむず痒くなって来る。気持ち悪くて堪らないのだ。
いつも通りに辛辣な言葉を投げ付けるべきであるが、別にブーンはマゾヒストではない。多分。

(;^ω^)「思ってもいないことを。ショボンはねえ。常日頃のように振る舞えば良い。
      あまり君に持ち上げられると、全身をなめくじ共に這われているみたいだお!」

ショボンは幾ばくか表情を和らげた。そして、ブーンの右手を取って握り拳を作らせる。




168: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:00:38.45 ID:Ksn+J8FZ0
( ^ω^)「今度は何なのだお」

(´・ω・`)「平素通りの付き合いに戻る前に、僕の頬をぶん殴って欲しい。でないと、遣る瀬無い」

(;^ω^)「ショボン!」

叫んで、ブーンはショボンから離れた。彼は不遜な性格をしているが、暴力は非常に嫌っている。
殴ると、当然に相手は苦痛な表情を浮かべる。それが、自分を庇ってくれた母親の顔と重なるのだ。
もう同様なものは見たくない。従って彼は、どれだけ辱められても、暴力は振るわない気概である。

( ^ω^)(・・・・・・)

目の前に佇んでいるショボンは痩せていて、本気で殴ってしまえば気絶してしまうかもしれない。
しかしショボンは、真っ直ぐに眼を彼へと向けていて、殴られるまで帰さない意気込みである。
・・・・・・絶対に殴らない。ブーンは拳を握り締めて、乾ききって水分のない喉に空気を流し込んだ。

( ^ω^)「・・・分かった。よおっく、目を瞑っていたまえお」

(´-ω-`)「ああ」




170: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:01:07.84 ID:Ksn+J8FZ0
ショボンは目を瞑った。視界が真っ暗になる。静寂の中に、ブーンが足を動かせる音が聞こえた。
これからブーンに殴られるのだ。自分なりの贖罪である。ブーンもきっと溜飲が下がるだろう。
ショボンが無意識に衝撃を待ち構える。だがしかし、ふわりとした感触が彼の身体を包んだのだった。

(´-ω-`)「・・・・・・?」

( ´ω`)「親友だからこそ、殴るべきなのかもしれないが、やはり僕には無理なのだお。
      もう馬鹿なことを考えないでくれ。僕は君にまで死なれたら、気が狂いそうだお。
      もしもショボンが居なくなれば、僕が街に下りる大半の意味を失くしてしまう」

ショボンはゆっくりと瞼を開いた。すぐ目の前に、黒黒とした髪が生えたブーンの頭があった。
ブーンは殴り付けずに、ショボンを抱いたのだった。さすがにブーンは男性を触りたくはないので、
身体を引き気味にだが。それでも、親友を抱いたのである。疲労困憊といった表情でブーンは言う。

( ´ω`)「ああ。たとえショボンが何と罵ったって、僕は君をずっと親友だと思っているお。
      一度しか言わないから、よく聞きたまえお。・・・・・・僕は、ショボンのことが好きだ」

(´・ω・`)「ブーン」

ショボンは震える腕を、ブーンの身体に回した。僅かに開いた雲間には、一番星が輝いていた。




171: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:01:36.98 ID:Ksn+J8FZ0
――。

( ^ω^)「うほっ!」

ブーンは奇妙な雄叫びを上げた。公園でいい男を発見でもしたかのような、雄雄しい声である。
食堂で椅子に座るブーンの前に、ビーフシチューが盛られた皿が置かれている。彼の好物なのだ。
時刻は十九時過ぎ。内藤家では夕食の時間だ。すっかりと快復した様子のツンが口を開く。

ξ゚?゚)ξ「今日は、お兄様がお疲れのご様子ですので、お好きな料理を作りました。
       家事もなさってくれましたしね。明日はデレの好きなパスタを作りましょう」

ζ(゚ー゚*ζ「わあい、ですのー!」

( ^ω^)「主よ、わたしたちを祝福し、云々かんぬん」

十字など切らずに、まったく神に感謝をしていない様子のブーンは、がつがつと食事を始めた。
ツンが呆れる。邸に帰ってきたときの兄はやつれた感じだったが、本当に疲れているのだろうか。
スプーンでシチューを一口だけ喉に流し込むと、彼女は手を休めてブーンに一瞥を遣った。

ξ゚?゚)ξ「お兄様がご無事に帰っていらしたという事は、影の退治は円満に済んだのですね」




172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:02:03.30 ID:Ksn+J8FZ0
( ^ω^)「まあね」

ブーンは紙ナプキンで口を拭いて誇らしげに答えた。退治だなんて物騒な代物ではなかったが、
今までのどの事件よりも、神経をすり減らすものだった。ブーンは水を飲んで人心地につく。

( ^ω^)「それよりも、ツン。君の体調は挽回したのかね?」

ξ゚?゚)ξ「お陰様で。薬を飲んでじっくりと眠ったら、治りましたわ。ご心配をお掛けしました」

( ^ω^)「うむ! 素晴らしいね! ツンは、元気でなければいかん」

ξ-?-)ξ「それは当然ですとも」

( ^ω^)(もしも)

ツンが死んで影として蘇り、「成仏させてくれ」と頼んで来たら、自分は受け入れられるだろうか。
ショボンをなだめるのに必死で、“受け入れられる”と答えたが、今になって恐ろしくなって来た。

最後まで、ショボンは涙を見せなかった。なんて強い男なのだろう! 彼は脆い所があるが、強い。
スプーンを置いて、ブーンは食事をしているツンの顔を眺める。この世で無二の可愛い妹である。




173: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:02:39.10 ID:Ksn+J8FZ0
ξ;゚?゚)ξ「な、何ですか? そんなに見られたら、食事が出来ませんわ!」

あまりに熱い視線を自分にくれるので、ツンは身震いをする。だが、ブーンは無言のままである。
無言のままだった。どれくらい喋らなかったかというと、二十一時になるまでそうしていたくらいだ。

( ^ω^)「・・・・・・」

食事は疾(と)うに終わり、食堂は暗くなっている。テーブルには、ブーンの分だけ食器が残っている。
ブーンは両足を伸ばし、椅子の肘掛に手を置いて頬杖をついている。ツンが発狂しそうな姿勢である。
不意に食堂が明るくなる。浴室で身体を洗い終えたデレが、電気を点けたのだ。彼女はパジャマ姿だ。

ζ(゚、゚*ζ「ブーンさん。今日は一緒に寝ないのですの?」

眠たそうに目を擦るデレが、寂しげに訊ねる。「その内に行くお」、とブーンはかすれた声で答えた。
彼女は頷いて、食堂から出て行った。一人になったブーンは、リモコンを操作して食堂を暗くさせた。

しかし、すぐに電気が点いた。忙しい照明である。リビングで寛いでいたツンが、やって来たのだ。
彼女はブーンの前に座り、ブーンのだらしない姿勢に目を細める。ため息を付いて、ツンが口を開く。




174: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:03:15.62 ID:Ksn+J8FZ0
ξ-?-)ξ「はあ。お兄様はご自由で良いですわね。・・・何か気に入らない事がおありなのですか?」

ツンはブーンを心配して様子を見に来たのだ。けなげな妹。ブーンは座り直して、話しかける。

( ^ω^)「ツンは、僕より先に死んではならないお」

ξ-?-)ξ「何を突然。私が先に死ねば、お兄様はそれはもう、ご自分の好き放題になさるでしょう。
        死ねませんよ。私はずっと生きて、お兄様を監視せねばなりません。地球の為です」

きっと、風邪をひいてしまった自身を見て、心配をしてくれているのだ。妙なところで繊細な兄だ。
ツンは目を開いて微笑んだ。まだまだ彼女は、死の谷へとは向かえない。兄の保護者をするのである。

ξ゚?゚)ξ「お兄様の食器をお下げしますわ。もうお食べにならないでしょう」

( ^ω^)「いいや。ツンが作ってくれた料理を、捨てるわけにはいかん。僕は全部食べるお」




175: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:04:45.13 ID:Ksn+J8FZ0
ξ゚?゚)ξ「そうですか。では、私はそろそろ寝させて頂きます」

( ^ω^)「ちょっと待ってくれお」

ξ゚?゚)ξ「?」

椅子から腰を上げたツンに、ブーンは腕を伸ばした。それから、腕を移動させて、窓を指差した。
窓が風に叩かれて、がたがたと音を立てている。ブーンが腕を下ろし、静かな声を食堂に響かせた。

( ^ω^)「風が入りたがっている。しばしの間、窓を開けて欲しいお」

兄の詩的な言葉に、ツンは鳥肌が立ったが、言われた通りに窓を開けた。風がツンの前髪を撫でる。
ミセリが屋上の扉を開けたときに、吹き込んで来た風と似ている。ブーンは深く頭を下げて唸った。
そうだ。ショボンはあのとき、そう思ったから、泣かなかったのかもしれない。彼は顔を上げた。

( ^ω^)「“風立ちぬ、いざ生きめやも”」

風が吹いたのだから、生きなくてはならない。例え、妹を亡くして、悲しみに包まれたとしても。
ブーンはふと口を衝いて出て来た詩句を、風をその身に受けながら、口の裡で繰り返したのだった。


 了







出典:( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです
リンク:http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1243255909/

(・∀・): 31 | (・A・): 11

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