けいおん!ばとろわ!
2009/09/24 22:58 登録: 痛(。・_・。)風
さわ子「今から、皆さんに殺し合いをしてもらいまーす♪」
澪「え?」
紬「へ?」
律「おいおいさわちゃん、バトルロワイアルじゃあるまいし……」
唯「りっちゃん、さわちゃん先生。バトロルワイアル……って、何?」
梓「唯先輩、バトロルワイアルじゃなくて、バトルロワイアルですよ」
憂「殺し合いをするゲームのことだよ、お姉ちゃん」
和「先生、変な冗談はやめてください!」
さわ子「冗談なんかじゃないよ♪」
和「殺人は法律で禁じられています」
さわ子「みんな、何生ぬるいこと言ってるの?
日本は変わってしまったのよ。
ほら、政権交代してミンス党がサミン党と連立を組んだでしょ?
それでぇ、サミン党のみずぽが金正日に命令されてぇ、
新世紀教育改革法、通称BR法を成立させちゃったの♪」
唯「BL法?」
憂「お姉ちゃん、それは紬さんが好きなものだよ!
BL法じゃなくて、BR法!」
さわ子「18歳未満の犯罪者には、警察に捕まっても、
死刑程の重い罪にはならず、おまけに顔も実名も公開されない、
数年を少年院で我慢すれば、何気ない顔をして社会復帰が可能と言う法律、
”少年法”がある。その法律の甘さを気によくした訳ではないが、
罪を犯し、時には人を殺して何のお反省もなくケロリと社会復帰をする未成年が急増した。
”少年法”がそうなっているのだから仕方ないのだ。
本来、その”少年法”は、家庭の仕付けや学校における論理教育を当てにして
設置されたはずのものだった。だが、その教育法で、当時の子供達が親世代まで成長し、
”その時”甘やかされて育った親達がその下の世代の子供達に厳しくしつけれるはずがないし、
いつからか改正され骨抜きになった教育指導(生徒に暴力はダメ!など)で
筋の通った教育ができるはずもなかった。こうして、少年法に守られ、
あげく生意気でいとも容易く人を殺して反省もしない未成年が増え続けた。
『BR法』は、そんな状況に業を煮やした一部の政治家達が立法化させたもの。
『奴らは罪の重さを知らない、人を殺しても平然としているガキ共は、
人の命の重みを分かっちゃいない、だったらそれを自分達の体でわからせてやろうじゃないか。』
このようにしてBR法は立法化された。
――ってことになってるんだけど、ぶっちゃけ、本当は、
みずぽや北朝鮮が少しでも日本を破壊しようとしてるだけなんだけどね♪」
律「ぶっちゃけすぎだろ!」
梓「で、でも、バトルロワイアルって、クラスメート同士で殺し合いをするゲームですよね?
私たちは確かに同じ学校に通ってるけど、クラスメートじゃありませんよ?」
さわ子「それはね、このゲームがプレゼンテーションのためのデモンストレーションだからよ♪」
唯「プレゼントでもストレス?」
憂「先生、お姉ちゃんが話についていけてないので、もう少しわかりやすく説明してください」
さわ子「要するにぃ、今回はテストプレイってことよ♪
第1回じゃなくて、第0回って感じ?
プログラムを実行するのに、どれだけの人員、資金、面積、日数が必要なのか、
テストプレイしてみないと分からないでしょ?
あなたたちが、そのテストプレイヤーに選ばれたってわけ。
これはとっても名誉なことなんだから、誇りに思っていいわよぉ♪」
澪「ふざけんな! 黙って聞いてれば、いい加減にしろよ!」ガタンッ!
澪、椅子を蹴り立ち上がる。
律が後ろから羽交い絞めにする。
律「お、おい、澪。落ち着けよ」
さわ子「ふぅーん? まだ自分達の置かれた状況が分からないみたいね?」
さわ子、手を叩く。
北朝鮮と韓国の軍人たちが部屋中に入ってくる。
彼らは無表情に、澪に銃口を向ける。
澪「ひぃッ!」
梓「な、何なんですかこの人たち!」
さわ子「安心して。抵抗さえしなければ、この人たちは何もしないから。
だって、あくまでもあなた達を殺し合わせるのが目的なんだもんね♪
この人たちが殺しちゃったらゲームにならないでしょ?
でも、抵抗したら容赦なく撃ち殺すから覚悟しなさいよぉ♪」
和「……先生、詳しいルールを説明してください」
唯「のどかちゃん、まさか、このゲームに参加する気なの?」
のどか、唯の肩に手を置く。
和「違うわよ。詳しいルールを聞かないことには、考えようがないでしょ?」
さわ子「のどかちゃんはなかなか賢いわねぇ♪
私、賢い子って好きよぉ。みんなも賢くなってね?」
一同「……」
紬「あのぉ……」
紬、おずおずと手を挙げる。
さわ子「何?」
紬「私の母方の祖父は、政府の高官なんです。
父だって、多額の税金を納めたり、政治家に献金したりしてるし、
琴吹家である私がプログラムに選ばれるなんて考えられません」
澪「お前! 自分だけ助かろうとして!」
律「だから澪、落ち着けってば!」
さわ子「静かになさい!」
澪&律「……」
さわ子「さて、ムギちゃん。
あなたのお父さんが後援していた政治家って、
どこの党の人だったかしら?」
紬「それは……」
さわ子「前回の選挙で政権を失った党よねぇ?
おまけに、あなたのお祖父さんは、
中国や韓国へのODAを廃止しようと画策していたし、
北朝鮮への経済制裁を率先して行なっていたわよね?
全く、困った人種差別主義者たちだわ。
でも、このゲームの結果次第では、あなたのお父さんやお祖父さんも、
人種差別をやめるかもしれないわねぇ♪」
紬「うっ、うっ……」
紬、膝を抱えて泣き始める。
のどか、冷たい目つきで紬を見下ろした後、さわ子に向き直る。
和「……先生、そんなことより、ゲームのルールを」
唯「のどかちゃん……」
さわ子「基本ルールは簡単よ。
生存者が一人になるまで、殺し合いをしてもらうだけ。
食料と水は少しだけ支給するけど、量が足りなかったら自分で何とかしてね♪
言ってる意味、分かる?」
梓「……食料や水が足りなくなったら、
他の人を殺して奪え、って意味ですか?」
さわ子「その通りよ。一応、ゲームは三日間かけて行なわれる予定だから。
もちろん、その前に生存者一名になったら終了だけどね♪
三日経っても優勝者が現れなかった場合は、全員抹殺しまぁす♪
それから、島から逃げ出そうとしても無駄よ。
あなた達の首に嵌められた首輪が爆発しちゃうからね♪」
澪「首輪? ……って、まさか、このステージ衣装の……!」
澪、自分の猫耳浴衣水着のステージ衣装に着けられた首輪を見下ろす。
和「軽音部じゃない私や憂ちゃんにまで無理矢理衣装を着せるから、
おかしいと思ってたのよね……。迂闊だったわ」
さわ子「もちろん、無理に首輪を外そうとしても爆発するわよ♪
それと、殺し合いをしやすいように、武器も支給しまぁす。
どんな武器がもらえるかはランダムだから、
外れを引いても落ち込まないでね♪
他に支給されるのは、島の地図とコンパス、一時的に預かっていたあなた達の私物、そして制服よ。
ステージ衣装だと動きにくいと思ったら制服に着替えてね。
殺し合いを円滑に進めるためにどんどん生存エリアを狭めていくから注意してね♪
増え続ける死亡エリアにいたら首輪が爆発しちゃうわよぉ。
じゃあ、支給しまぁす♪」
さわ子、全員に大きな鞄を渡していく。
さわ子「じゃあ、名前を呼んだ順に、この建物から出て行ってね♪
まずは、中野梓ちゃんから♪」
澪「先生、どうして梓が一番なんですか。
ここは、先輩である私たちが先に出発するべきです」
梓「澪先輩、先に出た方が有利だから、そんなこと言ってるんですか?」
澪「そういうわけじゃ……」
梓「このゲームに参加する気がないなら、出る順番なんか関係ないじゃないですか。
つまり、澪先輩は先に建物から出て、私を殺そうとしているんですよね」
律「梓! 澪はそんなつもりで言ったんじゃないぞ!」
さわ子「はいはい、喧嘩は外に出てからやってね。
出る順番に、別に大した理由なんかないわよ。
順番はくじ引きをして、こっちで勝手に決めさせてもらったから。
梓ちゃん、早く出て行きなさい」
梓「……はい」
唯「……あずにゃん、本当に行っちゃった」
さわ子「次、平沢憂ちゃん」
憂は唯を励ますように微笑むと、部屋から出て行く。
澪「先に出るのは下級生ばっかりじゃないですか。本当にくじ引きで決めたんですか?」
さわ子が無言で顎をしゃくると、再び澪に銃口が向けられる。
さわ子「澪ちゃん、何か不満でも?」
澪「……いえ、ありません」
さわ子「じゃあ、静かにちゃっちゃと出て行ってね。
次は、平沢唯ちゃん」
律「唯、あたし達が出るまで、待っててくれよ」
唯「え……? うん、もちろんだよー」
澪「約束だぞ」
唯「う、うん……」
唯、引きつった笑顔を浮かべ、部屋から出て行く。
さわ子「次は、真鍋和ちゃん」
のどか、紬を一瞥すると、無言で出て行く。
澪「(小声で)なあ、律、ムギ」
律「何だ?」
澪「のどかって、信用できるのかな?」
律「何言ってんだよ。お前、のどかと同じクラスなんだろ?」
澪「そうだけど……。
のどかの奴、自分からルールを聞いたりして、
妙に乗り気だったじゃないか」
律「そんなこと言ったら、ムギだって……」
律、意味ありげに紬を見る。
紬「わ、私が家族の話をしたのは、みんなを助けるためだったのよ。
もしも、私のお父さんやお祖父さんのことを理由に私がゲームを抜けられれば、
同じように頼んでみんなも助けてもらうつもりだったわ」
澪「……そう、だよな?」
律「……そう、だよ」
紬「本当なのよ……」
さわ子「次を呼んでいい? 琴吹紬ちゃん」
紬は泣きながら部屋を飛び出していく。
澪「律があんなこと言うから、泣かせちゃったじゃないか」
律「お前がのどかを疑ったからだろ。
あたしはみんなのことを信じてるぞ。
このゲームに乗る馬鹿な奴なんか、一人もいないって」
澪「さっきと言ってることが……」
さわ子「次、田井中律ちゃん」
澪「律。分かってると思うけど……」
律「心配すんなって。ちゃんと出口で澪を待ってるからさ」
澪「うん。すぐに行くから、待っててくれよな」
律、澪に手を振りながら出て行く。
澪「(とうとう一人になっちゃった……。
みんな、待っててくれるかな……)」
さわ子「さて、残るは澪ちゃんだけね」
澪「もう出て行ってもいいですか?」
さわ子「まだ駄目よ。澪ちゃんに話しておきたいことがあって、
最後に残ってもらったの」
澪「やっぱり、くじ引きで決めたなんて嘘だったんですか。
それで、話って何ですか?」
―――――少し前に戻る。スタート地点の外。
梓「ついカッとなって、澪先輩にあんなこと言っちゃったけど、
やっぱり一人は心細いなあ……。
早く誰か出てこないかな……あっ、憂ちゃん」
憂「あ、梓……」
梓「えーと、その……」
憂「もしかして、お姉ちゃんを待ってるの?」
梓「え? う、うん、そうなんだけど……。
(まあ、確かに、待ってた人の中には唯先輩も含まれるし)」
憂「信じられない……お姉ちゃんを待ち伏せするなんて」
梓「ちょ、ちょっと待って。何かおかしいよ。
待ち伏せしてたんじゃなくて、待ってただけで……」
憂「……行っちゃえ」
梓「え?」
憂「どっかへ行っちゃえ! 行け! 消えろ!
お姉ちゃんは殺させない! お姉ちゃんは私が守るの!」
梓「やめて! 鞄を振り回したら危ないってば!」
憂「うるさいうるさい! お姉ちゃんは私の大切なお姉ちゃんなの!」
憂が振り回した鞄の口から、金属切断用のノコギリが飛び出す。
憂はノコギリを掴むと、梓に向けた。
梓は二、三歩退く。
梓「憂、どうしてこんなことするの……。
友達だと思ってたのに……」
憂「そうだね。梓は私の大切な友達だよ。
でも、大切な人っていうのには、順番があるの」
梓「順番?」
憂「そう、順番。優先順位。
ゆ・う・せ・ん・じ・ゅ・ん・いいいいいいいいいい」
梓「『ゅ』だけ発音するのって、無理があるんじゃない?」
憂「とにかく、私の中の順位では、梓はお姉ちゃんよりも下なの。
私は他の誰よりもお姉ちゃんを優先してる。
お姉ちゃんのためなら、世界中の人を敵に回したって構わない」
梓「狂ってる……」
憂「そうよ。私は狂っているの。
だから、一番大切なお姉ちゃんのためなら、
大切な梓を殺すことだってできる!」
憂、ノコギリを振り回す。梓は必死に避ける。
梓「やめてよ! 私は唯先輩を殺そうとなんてしてない!」
憂「黙れ黙れ! お姉ちゃん以外はみんな敵だ!」
-----------------------------------
唯「ううー、迷子になっちゃったよぉ……。
この建物広すぎだよ。出口はどっちなんだろう……」
憂「(遠くから)お姉ちゃん?」
唯「あ、憂!?」
憂「お姉ちゃん、こっちだよ!」
唯、憂の声を頼りに進んでいく。
唯「憂!」
憂「お姉ちゃん!」
二人は満面の笑みを浮かべ、抱きしめ合う。
そして、唯は我に返ったように周囲を見回す。
唯「……あれ? あずにゃんは?」
憂「梓は、いなかったの」
唯「え!? いなかった!?」
憂「そうなの。私が出口から出たときは、誰もいなかったの」
唯「あずにゃん、トイレにでも行ってるのかな?
それとも、私みたいに迷子になっちゃたのかな?」
憂、真剣な表情で唯を見つめる。
憂「お姉ちゃん、よく聞いて」
唯「うー?」
憂「梓は、きっと、逃げちゃったんだと思う」
唯「逃げたって、どうして?
また、あの北朝鮮や韓国の怖い人達に会っちゃったの?」
憂「そうじゃないよ。
梓は、私達から逃げ出したんだよ」
唯「……ねえ、憂。言ってる意味が、よく分かんないよ」
憂「だから、梓は、私達に殺されるかもしれないと思って逃げたんだよ」
唯「そんなわけ……。だってあずにゃんは……」
憂「だから、お姉ちゃん、私達も早く逃げなきゃ」
唯「でも、澪ちゃんやりっちゃん達と、ここで待ってるって約束を……」
憂「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!
美緒さんや律さんだって、お姉ちゃんを殺そうとしてるかもしれないんだよ!」
唯「ねえ、憂。何言ってるの?
澪ちゃんやりっちゃんやムギちゃんやのどかちゃんが、
あずにゃんを殺そうとするわけないじゃない。
だって、みんな友達なんだから」
憂「お姉ちゃん、しっかりしてよ。
……じゃあ、今から、私が証拠を見せてあげるね」
唯「証拠?」
憂「そうだよ。誰も信じられないっていう証拠」
憂、ステージ衣装のそでを捲る。
真新しい切り傷があり、少し血が流れている。
唯「どうしたの、これ!? 大丈夫? 痛くない?」
唯は傷口を舐めようとする。
憂「いいよ、お姉ちゃん。
別のときだったら嬉しいけど、今はそんな場合じゃないから。
……この傷はね、梓がつけたの。私を殺そうとして」
唯「ひどいよ! あずにゃん、ひどい! (でも、あれ? さっきは、
建物から出たときには誰もいなかったって言ってたような気が……)」
憂「じゃあ、お姉ちゃん。こうしようよ。
遠くの茂みに二人で隠れて、これから出てくる人たちの様子を見ておくの。
信用できそうだったら話しかけて、信用で着なさそうだったら無視する。
これでいい?」
唯「……うん、分かった。
憂がどうしてもって言うなら……」
憂「じゃあ、早く隠れようよ」
憂、唯の手を引っ張って走り出す。
憂「(ふう、何とか上手くお姉ちゃんを説得できた。
お姉ちゃんがなかなか私の言うことを聞いてくれないから、
咄嗟にノコギリで自分の腕を傷つけた甲斐があったよ……。
傷は痛いけど、これからお姉ちゃんが体験する心の痛みに比べれば、
こんなの傷のうちに入らないよね。
うん、お姉ちゃんのためなら、これくらい我慢できる)」
唯「はぁ、はぁ……。これでいいかな?」
憂「駄目だよ、お姉ちゃん。ステージ衣装がはみ出してるよ。
もっとこっちに来て」
唯「こう?」
憂「違うよ。もっと私にくっ付いて……」
唯「あ、のどかちゃんが出てきた」
憂「(小声で)お姉ちゃん、声が大きいよ!」
のどかは、建物から出ると、誰もいないことに驚いた様子もなく、
唯たちが隠れているのとは違う方向へ全速力で走り出した。
のどかは近くの茂みに飛び込み、姿を消した。
唯「あれー? のどかちゃん、行っちゃったよ……」
憂「様子を見る暇もなかったね……。
(よし、とりあえず、これで二人はお姉ちゃんから引き離すことができた。
残るは、澪さんと律さんと紬さん……)」
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紬「うっ、うっ、ひどいわ……。
私、本当に、みんなのことを助けようと思って言ったのに……。
できることならお家族のことなんて口にしたくなかったけど、
それでも、みんなのために、って思ったのに……。
でも、出口で唯ちゃんたちが待っててくれるわよね」
紬、無理に笑顔を作って建物から出る。
誰もいないことに気付き、無表情になる。
紬「ひどい……。ひどいひどいひどい。
どうしてみんな私を仲間外れにするの。
あんなにたくさんケーキや紅茶をあげたし、
別荘にだって何度も招待したのに。
やっぱりみんな本当は私のことを歩くクレジットカードくらいにしか思ってなかったんだ本当は友達なんかじゃなかったんだひどいひどいひどいひどいひどいひどい許せない」
和「……琴吹さん」
のどかが、茂みから顔を出す。
紬は驚いたような表情を浮かべた後、笑顔になる。
紬「のどかちゃん! 待っててくれたのね!
あなたは本当の親友だわ!
……でも、どうして『琴吹さん』なんて他人行儀な言い方するの?」
和「私、あなたに謝らないといけないことがあるの」
唯「ねえねえ憂! ほら見てよ!
のどかちゃんは逃げてなんかいなかったんだよ!
ムギちゃんだって! あの二人は信用できるでしょ!?」
憂「そ、そうだね。
(これは予想していなかった……。
てっきり、のどかさんは紬さんのことが嫌いだと思ってたのに)」
紬「(遠くから)嫌あああああああっ!」
唯「ええっ!? ムギちゃんが悲鳴を上げてる!
助けに行かなきゃ!」
憂「違うよお姉ちゃん、よく見て!
襲っているのはのどかさんじゃなくて紬さんの方だよ!」
紬「嫌あああああああああああああっ!
そんなの嘘よおおおおおおおおおおおおっ!」
紬は鞄から出したマシンガンの引き金を引いた。
のどかの身体に無数の穴が開く。
きちんと銃を構えていなかった紬は、反動で後ろに吹っ飛ぶ。
建物の柱に頭をぶつける。
その直後、のどかの身体から噴き出した返り血が紬に降りかかった。
血を浴びてますます半狂乱になった紬は、
不自然な体勢のまま銃を乱射する。
のどかの身体が、岸に上がった魚のように跳ねる。
銃声が消えると、のどかはぴくりとも動かなくなった。
紬「あっ……あっ……」
紬、自分の血まみれの身体を見下ろす。
目から大粒の涙が溢れた。
紬「違う……私が悪いんじゃない……。私は悪くない……。
私はただ、友達が欲しかっただけだったのに……」
紬はうつろな表情で呟きながら、
自分の荷物と、のどかの荷物を拾い上げる。
夢遊病者のような足取りで、血をしたたらせながら歩き始めた。
――――十三時二十四分、真鍋和死亡。
唯「ふがががががががっ!」
憂が唯の口を手で押さえている。
憂「(小声で)お姉ちゃん、静かにして!」
唯「あっえあっえ、おおああんあおおあえあ!
(だってだって、のどかちゃんが殺された!)」
憂「分かってるよ、お姉ちゃん。
だから静かにしてって言ってるの。ほら、見て。
紬さんがこっちにやってくるよ。早く逃げなきゃ!」
唯「いえう?(逃げる?)」
憂「そう。すぐに逃げるの。
私達の持ってる武器じゃ、紬さんに太刀打ちできないから」
唯が小さく泣き出したのを見て、唯は耳元で囁く。
憂「少し落ち着いた? 手を離すけど、叫ばないでね」
唯が頷くと、憂は唯を自由にした。
唯「でも、澪ちゃんやりっちゃんと、待ち合わせの約束をしてたのに」
憂「お姉ちゃん、しっかりしてよ! もうそれどころじゃないでしょ!
どうせ、澪さんや律さんにだって、銃声は聞こえてるよ。
誰かが殺し合う音を聞いた二人が、今さら仲間になってくれるわけないじゃない」
唯「そんな……」
憂「でも、安心して。
私だけは――世界中で私だけは、お姉ちゃんの味方だから」
唯「憂……」
憂は唯を説得した後、振り返った。
紬は、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。
銃を構えてはいないが、いつでも攻撃できるように持っている。
唯一の救いは、血を浴びたせいで服が身体にまとわりつき、
歩くスピードが遅いことだけだった。
憂「(どうしよう……。
やっぱり、お姉ちゃんが大声を出すから気付かれちゃったのかな……。
逃げ切れないかもしれない。
そのときは、私がお姉ちゃんの盾になろう。
私は、どんなことをしてでもお姉ちゃんを守ってみせる)」
律「(遠くから)何だよこれ! ムギ、何をしたんだよ!」
紬、振り返り、律の方を向く。
憂「(律先輩が馬鹿なせいで助かった……。
さあ、今度こそ、早くお姉ちゃんと逃げよう)」
紬「りっちゃん……」
律「お前、のどかを殺したのか!?」
紬「違う……。違うの」
律「何が違うんだよ! そのマシンガンで撃ったんだろ!?」
紬「私はただ、友達が欲しかっただけなの」
律「はあ? 何言ってるんだ?」
紬「私はただ、友達が欲しかっただけなの。私はただ、友達が欲しかっただけなの。
私はただ、友達が欲しかっただけなの。私はただ、友達が欲しかっただけなの。
私はただ、友達が欲しかっただけなの。私はただ、友達が欲しかっただけなの」
律「お前、大丈夫か?」
急に紬の表情が変わる。
紬「――あのぉ、見学したいんですけどぉ」
律「はぁ?」
紬「いえ、合唱部の。……あの、合唱部の。……うふっ、うふふふふ。うふふふふ。
何だか楽しそうですね。キーボードくらいしかできませんけど、
私でよければ、入部させてください」
律「(こいつ……私達が初めて出会ったときのことを思い出してるのか!
今、この状況で!)」
紬「私、本当は合唱部に入るつもりだった。
軽音部じゃなくて合唱部に入っていれば、
こんな殺し合いゲームに参加させられることもなかった。
他の人たちだってそうでしょ?
澪ちゃんだって唯ちゃんだって梓ちゃんだって、
みーんなあなたが軽音部に引き摺りこんだのよ」
律「確かに……確かに、少しは強引な勧誘もしたかもしれないけど、
みんなだって、軽音部に入って楽しかっただろ!?」
紬「ええ、楽しかったわよ。軽音部に入ってよかった。
私、友達が欲しかったから。
りっちゃんや澪ちゃんと、友達になりたかったから。
友達だったから。
友達になれたと思ったから。
友達だと思ってたから。
だからこそ! だからこそ、許せないことだってあるの!」
律「何言ってるのか全然分からないよ……」
紬「もういいわ。言っても分からないと思うから」
紬は律にマシンガンを向けた。
そのときだった。
建物の窓ガラスが割れた。
澪が飛び出してきたのだ。
澪は割れたガラスの破片を素手で掴み、紬に投げた。
紬はガラスが割れた音に驚き、その方向を見る。
それは、紬にとって最悪のタイミングだった。
澪が投げたガラスの破片は、紬の目に当たった――のではなく、口に入った。
興奮し、口を大きく開けていた紬の口に、
こぶし大のガラスがすっぽりと嵌まったのだ。
紬「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
破片を外そうとすればするほど、口内に食い込んでいく。
澪「律! 早く取り押さえろ!」
澪は律と紬がいる方向へ駆け寄ろうとしている。
だが、窓をぶち破った際に膝を怪我した澪は、
早い速度で走ることができない。
律が取り押さえるしかない。
律は澪に返事もせずに、紬の懐に入り、両手でマシンガンを掴んだ。
紬は絶叫しながらマシンガンの引き金を引く。
先ほどのどかを撃った際に、紬の腕はボロボロになっていた。
だから、律に押さえ込まれた紬は、銃の向きを変えることができなかった。
ただ、引き金を引くだけだった。
紬にはそれだけの力しか残されていなかった。
銃の向きを決定していたのは、律だった。
弾が発射された方向には、こちらへ駆け寄ってくる澪がいた。
熱いエネルギーの塊の一つが、澪の腹部を貫いた。
同時に、右脚にも弾が当たり、衝撃が走った。
澪「あ――――」
澪の位置からは、紬が引き金を引くところは、
律の身体の影になって見えなかった。
律が紬のマシンガンの向きを変え、自分に向け、
撃ったように見えていた。
田井中律が秋山澪を銃撃した。
それが、このときの澪に見えていた光景だった。
澪「(信じられない……。助けようとしたのに。
私は、律を助けようとしたのに)」
澪にとって唯一幸運だったのは、
先ほど紬がのどかと撃った際にマシンガンの弾薬を殆ど消費しており、
また、弾薬を補充していなかったことから、
発射された弾の量が少ないことだった。
しかし、あまりの痛みに、澪は一瞬、気を失った。
一方、律は澪に背を向けていたため、
澪が負傷したことには気付かなかった。
またしても不自然な体勢で銃を発射したため、
その反動で紬の身体はバランスを崩した。
当然、紬は後ろ向きに倒れた。
マシンガンを掴んでいた律は引っ張られ、
紬に勢いよく覆いかぶさる。
倒れた律の肩が、紬の口に挟まったガラスの破片を、
さらに深く押し込んだ。
噴水のように、鮮血が迸った。
ガラスの破片が、紬の舌と頚動脈と脳を突き破ったのだった。
噴水の一部は律の口と鼻を襲い、一時的に息ができなくなった。
律が激しく咳き込みながら立ち上がったときには、
もう紬は静かになっていた。
律「うわあああああああああああああああっ!」
律の肩も紬の口に破片を押し込んだ際にガラスで負傷していたが、
そんなことに気付く余裕もなかった。
律「(殺した。殺した。殺した。殺した殺した殺した殺した殺した。
私がムギを殺した。殺してしまった)」
――――十三時二十八分、琴吹紬死亡。
梓「あれって、映画とかで聞いたことあるけど、
マシンガンの音だよね……?
二回も聞こえた。
憂に支給された武器はノコギリだったから、
憂以外の誰かが……」
梓「憂以外の誰かが、他の誰かを殺そうとしたんだ」
梓「憂以外にも、この人殺しゲームに
乗せられた人がいるんだ。
信じられない。まだゲームが始まってから、
十数分しか経ってないのに。
どうしよう。私、一人ぼっちだよ。
憂は唯先輩とコンビを組んでるだろうし、
澪先輩と律先輩もコンビ……。
1対2じゃ勝ち目はないよ。
きっと、殺されたのは、のどかさんやムギ先輩だ。
もう誰も、私の味方にはなってくれない。
こうなったら――」
梓「こうなったら、自分が殺されるときには、他の人を巻き添えにしよう」
梓に支給された武器は、手榴弾だった。
しかし、梓の利き腕は、憂のノコギリでズタズタにされていた。
手榴弾を遠くへ投げることはできない。
もはや、梓の手榴弾は、罠か心中くらいにしか役立ちそうになかった。
律「澪……。私、ムギを殺しちゃ……って、澪!?」
振り返った律は、そのとき初めて澪が負傷していることに気付いた。
律は倒れている澪に駆け寄り、仰向けに寝かせた。
律「お腹と脚を怪我してるみたいだな……。
でも、澪の奴、何で怪我なんかしたんだろう?
やっぱり、窓ガラスを突き破るのって、映画みたいにはいかないんだな。
私の肩の傷はたいしたことないと思うし、まずは澪を止血しないと……。
鞄に救急箱とか入ってないかな?」
律は、遠くにある自分の鞄ではなく、近くにあった澪の鞄を探り始めた。
支給されたものの中には、傷薬や包帯はないらしい。
律「痛ッ……!」
鞄を探っていると、律の指先に痛みが走った。
何かに触れて、指を傷つけたらしい。
慎重に鞄の中身を掻き分け、それを見つけた。
手袋とピアノ線だった。
どうやらこれが澪に支給された武器らしい。
何に使えと言うのだろう。
律は手袋越しにピアノ線を持ち上げた。
そのとき、気を失っていた澪が目覚め、律の持っているものを間近で見ることになった。
澪「やめてええええ! 殺さないでええええ!」
律「は? 何言ってんの?」
律はピアノ線を手にしたまま澪の顔を覗き込む。
律は、自分の顔が血まみれになっていることを忘れていた。
澪「殺さないで! 殺さないで! 何でもするから!」
律「え……? ああ、これか。大丈夫だよ。
ただのピアノ線じゃないか」
澪「それで私の首を絞めようとしてたんだろ!?」
律「え? ……違うってば。
私はただ、澪を止血する道具を探していただけで……」
澪「それ、私の鞄に入ってた奴だろ!?」
律「そうだけど」
澪「どうして勝手に人の鞄を開けるんだよ!
もう見ちゃったのか?」
律「見るって、何を……。
(そうか、この中には澪の私物も入ってるんだ。
私に見られたくないものを、隠しているんだ)
私は何も見ていないよ」
澪「……本当に?」
律「本当だってば。しつこいな」
澪「うう……。叫んだら傷口が広がって、ますます痛くなった」
律「馬鹿だなあ。待ってろ。止血するから」
律は、ペットボトルの水で澪の脚の傷口を洗うと、脚の付け根を縛った。
腹部の傷も同じように洗い、澪の私物のシャツを押し当て、
その上から帯で縛った。
律「とりあえず応急処置。こんなもん、かな?」
高校生の律には、これが限界だった。
澪「ありがとう。……って、もしかして、律も怪我してるのか?」
律「え? ああ、肩を少しだけ」
澪「肩の傷なんて、自分じゃ手当てできないだろ。待ってろ。私が……痛っ!」
律「無理すんなよ」
澪「それより、今、どんな状況だ? 私が寝ている間に何があった?」
律「ムギと、それからのどかが死んでる。唯と憂と梓の姿はない」
澪「じゃあ、こんな見晴らしのいいところにいるのは危険だな……。
早くどこかに隠れないと」
律「じゃあ、とりあえずそこら辺の茂みに隠れるか。
あっ、荷物は私が運ぶからいいよ。
(その隙に、澪の鞄を探らないと……)」
----------------------------------
ペロペロ……。
憂「お、お姉ちゃん……」
唯「どうしたの憂? 痛い?」
憂「全然痛くないよ。だって、お姉ちゃんの舌なんだから」
唯「それならよかった。もっと舐めるね?」
憂「うん……お願い。……あっ、あっ」
唯「ペロペロ……あ、血が止まったみたい」
憂「ありがとう。お姉ちゃんが傷を舐めてくれたおかげだよ。
(やっと血が止まってくれた。
お姉ちゃんを説得するためとはいえ、
自分の腕を傷つけたのはやっぱり失敗だったかな)」
唯「ところで憂、気になっていることがあるんだけど……」
憂「何? お姉ちゃん」
唯「憂は、最初、建物を出たけどあずにゃんは待ってなかったって言ったのに、
どうしてあずにゃんは憂に傷をつけることができたの?」
憂「それは……」
唯「それに、憂が持っていたノコギリ、たくさん血がついてるよね……?
どういうことなのか、説明してくれるよね?」
-------------------------------------
澪「いいよ。私の鞄は、自分で運べるから。
ギターを杖代わりにすることだってできるし」
律「そ、そうか……。
じゃあ、私はムギやのどかのバッグを運ぶよ。
あっちの茂みに隠れようか?」
律が指さしたのは、唯と憂が逃げていった方角だった。
律は、紬がそちらへ行こうとしているのを目撃していたので、
無意識のうちにその方向を選んでいたのだった。
数分後、二人は並んで、木にもたれかかっていた。
律「私やのどかの武器も確認しておいた方がいいかな。
マシンガンはもう弾切れだから銃としては役立たずだし。
殴ることぐらいはできるかもしれないけどね。
澪のピアノ線も、接近戦じゃないと役に立たないし」
澪「武器を確認する前に、聞いておいたいことがあるんだ。
大事な話だ」
律「何だよ?」
澪「ほら、私、最後までスタート地点に残っていただろ?
そのとき、先生から聞いたんだ」
律「……何を」
澪「律。お前――」
澪「律。お前――軽音部の部費を、横領していただろ」
律「――!」
相対的に額が小さく見えるほど、律の目が大きく見開かれた。
律「お前は何を言ってるんだ」
澪「お前は部長としての立場を利用していた。
生徒会ののどかとグルになっていたんだろ?
軽音部には多額の部費が支給されていたのに、私達には――
正確には、私と唯とムギと梓には、知らされていなかった」
律「馬鹿なこと言ってんじゃないよ」
律の身体が震え始めた。
澪「もう分かっているんだよ。先生が白状したんだから。
先生は明言していなかったけど、
軽音部に多額の部費が支給されていたなら、
顧問が知らないはずがないもんな」
律「やめろ! お前はさわ子先生に騙されているんだ!」
澪「それだけじゃない。お前は、
ムギのクレジットカードを盗んだこともあったんだろ?
ムギは世間知らずだったし、お前を友達だと思っていたから、
暗証番号まで教えていた。
なあ、律。どうしてそんなことしたんだよ。
お金に困っているなら、どうして私に相談してくれなかったんだよ」
律「だから違うってば。私はお金に困ってなんかいないよ。
なあ、澪。目を覚ましてくれ。
お前は先生にあることないこと吹き込まれて、騙されているんだよ。
私達を仲間割れさせるのが、先生の目的なんだ」
澪「ここから先は想像だけど――のどかは罪の意識に耐えかねて、
クレジットカードを盗んだことをムギに謝ったんじゃないのかな」
律「私の話を聞け!」
澪「もしかすると、盗まれたクレジットカードそのものを、
ムギに見せたのかもしれない。
その結果、ムギは逆上し、のどかを殺した。
ムギがお前を殺そうとしたのも、同じ理由だ」
律「お前の話は、それで終わりかよ」
澪「だいたい終わった」
律「そんな嘘話を言って、私に何を聞きたいんだよ!」
澪「この話が――先生が言った話と、
私の推測が正しいのか、教えて欲しい。
お金に困っていたのに、私に相談してくれなかった理由も」
律「話すことなんか何もない! そんなのは嘘っぱちだ!
どうして私を信じてくれないんだよ!
信じて欲しいのに!
澪にだけは、私を信じて欲しいのに!」
----------------------------------------------
唯「うー……」
憂「どうしたの、お姉ちゃん?」
唯「走ったら暑くなっちゃった……」
憂「それは大変だよ! 汗疹ができちゃうかも!
お姉ちゃんのきれいな肌に汗疹ができたら、
私泣いちゃう!」
唯「憂……」
憂「お姉ちゃん、早く着替えないと!
確か、バッグに制服が入っていたはずだから」
唯「こ、ここで?」
憂「汗疹ができてからじゃ遅いもの!
私が水で身体を拭いてあげるから、
早く服を脱いでよ!」
唯「う、うん、分かった。
でも、この衣装、一人じゃ帯を外せないんだけど……」
憂「そんなの、私が外してあげるよ!」
唯「あれー?
何か別の大切な話をしていたような気がしたんだけど……。
気のせいかな?」
--------------------------------------------
澪「(私だって、信じたくないよ。律がそんなことをしていたなんて。
先生に言われたときだって、信じていなかった。
でも、あのとき――私はムギに襲われている律を助けようとしたのに、
律は私を撃った。
律は、ムギのマシンガンで、私を殺そうとした。
おまけに、寝ている私の首をピアノ線で絞めようとした。
これでどうしろって言うんだよ……)」
澪「本当のことを言ってくれ」
律「うるさいうるさい! それを言ったら、澪だってどうなんだよ!」
澪「え……? 私?」
律「そうだよ! 私、知ってるんだぞ!
学校裏サイトには、秋山澪は朝鮮人だって
書き込みがたくさんあるじゃないか!
私に隠していたんだろ!」
澪「お前、あんな便所の落書きを信じてるのか!?
私は正真正銘、生まれたときから日本人だ!」
律「証拠を見せてみろよ!」
澪「そんなもの持ち歩いているわけないだろ!」
律「それを言ったら私だって同じだ!
この場で自分の身の潔白を証明することなんかできないじゃないか!」
澪「いや――できるよ」
律「できるって……どうやって証明するんだよ。
っていうか、どっちの話をしてるんだ?」
澪「お前が部費を横領し、
ムギのクレジットカードを盗んだんじゃないか、
っていう話の方だよ。
確かに、今、この孤島では、お前の身の潔白を証明するのは難しい。
でも、私の推測が当たっているのかどうかくらいは、
ちょっと調べれば分かるさ」
律「調べるって、どうやって……まさか」
澪「そうだ。私は、のどかがムギに、
盗まれたクレジットカードを見せたんじゃないかと推測した。
そうやって直接的な証拠でもしない限り、
ムギがあそこまで暴走することはなかったと思うんだ。
話だけだったら、まずはお前に確認しただろうからな。
だとしたら、ムギやのどかの傍にはクレジットカードが落ちているはずだ」
律「じゃあ、私が見てくるよ」
澪「いや、私も一緒に行く」
律「その身体だ。上手く致命傷は避けてるみたいだけど、
無理しない方がいいぞ」
澪「いいんだ。だって、友達を疑っているんだからな。
身体よりも、心の方がずっと痛いさ」
律「澪……。分かった。じゃあ、一緒に行こう」
----------------------------------------------
梓「一人ぼっちだ。私は一人ぼっちだ。
誰も私を助けてくれない。誰も私を助けてくれない。
何で私はいつも一人なの? 何で私はいつも一人なの?」
梓は、手榴弾のピンを口端に咥えながらぶつぶつと呟いている。
梓「憂のこと、友達だと思ってたのに。
同級生はいなかったけど、軽音部は楽しかったのに。
これ、夢なんじゃないのかな?
それとも、あの楽しかった日々の方が夢なの?
いいや違う違う違う違う違う。
こっちの方が悪い夢なんだ」
梓は、手榴弾を胸ポケットに入れたまま、
鞄を手にして立ち上がった。
梓「様子を、見に行こう。大丈夫だよね。
きっと、マシンガンは唯先輩に支給された武器だったんだよ。
憂ちゃんがそのマシンガンで他の人を撃ったんだよ。
だから、他の人は信用してもいいはず。
澪先輩や律先輩やムギ先輩やのどかさんに助けを求めよう」
梓は森の中をさ迷う。
建物に戻る途中、四人分の荷物が積み上げられた場所へ辿り着いた。
梓「この荷物、どうしたんだろう?
何で誰もいないんだろう?」
梓は首を傾げながら建物の方を見る。
そこには、二つの死体を漁る、澪と律の姿があった。
梓「ひいいいいっ!」
(あの二人、何やってるの?
何で死体のポケットを探ったり服を脱がせたりしてるの?
っていうか、ムギ先輩とのどかさんが殺されてる!
しかも、あんなに残忍な方法で!
……ここに四人分の荷物があるってことは、
あの二人は死体の荷物を盗んだんだ)」
梓は、ゲームが始まる前の、さわ子との会話を思い出した。
さわ子『食料と水は少しだけ支給するけど、
量が足りなかったら自分で何とかしてね♪
言ってる意味、分かる?』
梓『……食料や水が足りなくなったら、
他の人を殺して奪え、って意味ですか?』
梓「(――殺したんだ。澪先輩と律先輩は、
僅かな食料と水を奪うために、あの二人を殺したんだ!
どうしよう……。このままだと、私の食料と水も狙われる。
つまり、あの二人に殺されてしまう!)」
梓は、ノコギリで憂に傷つけられた方の腕を庇いながら、
へなへなとその場にしゃがみこんだ。
梓「(どうすればいいの。どうすれば助かるの。……そうだ!
奪われる前に、奪えばいいんだ。あの二人は今、
死体に夢中になっている。この隙に、荷物を持ち去れば――)」
梓が手にしたのは、澪のバッグだった。
-------------------------------------------------
澪「……見つけた」
律「え?」
澪「クレジットカードだよ。
のどかの制服の袖に入り込んでいた」
律「そうか……見つけちゃったのか」
澪「もう言い逃れはできないぞ。
どうして、そんなにお金が欲しかったんだよ!
友情を壊してまで!」
律は俯く。風が吹き、血に固まった髪を揺らす。
律「……なんだ」
澪「え? 風がうるさくて聞こえないよ」
律「私の弟、病気なんだ」
澪「えっ……」
律「あと一年生きられれば奇跡だろう、って言われてる」
澪「相談してくれれば――」
律「お前に何ができた! 何もできないだろう?
弟が病気になってから、私の家庭は滅茶苦茶になった!
……最悪だったのは、お母さんが新興宗教にハマったことだった」
澪「新興宗教?」
律「よくある奴さ。どんな病気でも治します――
って、人の弱みにつけこんで、お金を巻き上げる奴。
私のお母さんがハマったのは、教祖が韓国人の奴だった」
澪「(教祖が韓国人の新興宗教なんて、たくさんありすぎて、
どれなのかさっぱり分からないぞ……。
でも、今は聞き役に徹した方がいいんだろうな)」
律「もう毎日が地獄だったよ。
何十万円もする布団とか、聖水とか、壷とか、
怪しげなもんばっかり大量に買っちゃってさ。
しかも、私やお父さん達は、お母さんがそんな危険な宗教に
のめり込んでいるなんて、長い間全然気付かなかったんだ」
澪「そんな布団や聖水が家の中に増えたら、
不思議に思うだろう?」
律「弟のことで頭がいっぱいでさ、
お母さんの様子がおかしいなんて、本当に気付かなかったんだ。
だって、布団も普通の布団にしか見えなかったし、
聖水だってミネラルウォーターにしか見えなかった。
壷だって安物に見えた」
澪「じゃあ、それって、やっぱり詐欺だったんだろ……?」
律「当たり前だろ。……それで、
お父さんの会社に借金取りが押しかけてきて、初めて、
うちにはとんでもない額の借金があるって分かったんだ」
律「当然、お父さんはお母さんを問い詰めた。
家中のものがひっくり返るような大喧嘩をした。
そして、次の日の朝には、お母さんは姿を消していた。
書き置きは残っていなかった。
自分の意思で出て行ったのかもしれないし、
教団の人達に連れ去られたのかもしれない。
どっちでも同じだと思って捜索願も出してないから、
それっきりさ」
澪「その後は、どうなった?」
律「弟の病気は相変わらず良くならない。
それなのに、お金がないもんだから、
無理矢理退院させてしまった。
まともな治療も受けられないから、悪くなる一方だよ」
律は自分の足元を見ながら、引き攣った笑顔を浮かべた。
澪「だからって、部費を横領してもいいということにはならないだろ」
律「魔が差しちゃったんだよ。そこにお金があった。
だから、欲しくなったんだ」
澪「のどかや先生は、どうしてお前に協力していたんだ?」
律「私はずっと前から、のどかの弱みを握っていた。
のどかは、援助交際をしていたんだ」
澪「援助交際だって……?
でも、どうしてお前がそんなことを知って――まさか!」
律「あははははははははははは!
そのまさかだよ!
私とのどかは、ラブホテルで鉢合わせしたんだ!
のどかはピザってる中年親父と一緒だった!
まあ、私もハゲ親父と一緒だったから、
人のことは言えないけどね!
あはははははははははははぁっははははは!」
澪「そんな……。お前が援助交際までしていたなんて。
(のどかはどうして援助交際なんか……)」
律「もううちにはお金がありませんって土下座したら、
教団の人達が紹介してくれた仕事がそれだったんだよ!
あんなに嫌な思いをしてお金を稼ぐくらいなら、
のどかや先生を巻き込んで部費を横領した方が、
精神的にも肉体的にもマシだった。
そもそも、部費の横領くらいで騒ぐなよ。
万引きだってやったし、ヤクの密売だってやった。
うちの高校で、覚せい剤でパクられた奴がいただろ?
そいつにクスリを売ったのは私だったんだよ。
置き引きや引ったくりなんて日常茶飯事だし、
一人暮らしの孤独な老人に近づいて、親切にして、
お金を騙し取ったことだってある。
振り込め詐欺の片棒を担いだことだってあるよ。
電話をしてくるのは女の人の方が騙しやすいからね。
やってなかったのは、人殺しくらいかな?」
律は思い出したように、紬の無残な死体を見下ろす。
律「ああ、それももうやっちゃったんだっけ」
澪「先生が協力したのは?」
律「顧問になってもらったのと同じ理由だよ。
過去のことをバラされたくなければ――ってね。
澪「のどかには、援助交際をバラされたくなければ、
横領に協力しろと脅迫したんだな?
(のどかが援助交際をしたのは、寂しかったからなのかな。
いつもいつも、周りから優等生であることを強要されて、
そんなイメージを押し付けられて、
苦しくて苦しくてしょうがなかったのかな)」
律「ええぇ? 脅迫ぅ? 違うよぉ?」
澪「違……う? (これは予想してなかったぞ)」
律「うん。私はね、ただ、エンコーをバラされたくなかったら、
口止め料を寄越せ、って言っただけだよ。
横領を持ちかけてきたのは、のどかの方。
男に貰ったお小遣いだけじゃ、
口止め料を払い続けられなくなったんだね。
だぁかぁらぁ、主犯はのどかの方なのぉ!」
澪「主犯って、お前がやらせたようなものじゃないか!」
律「もぉちぃろぉんん、
ムギのクレジットカードを盗んだのだって、
私じゃないよぉ? のどかなんだよぉ?」
澪「死人に口なしってわけか……?」
律「あははははははははは!
これで終わり!
私の話はこれで終わり!
どう? 聞いてて楽しかった?
他人の不幸は蜜の味だよね?
澪はこういう話がたぁくさん聞きたかったんだろ?
あはははははっははっははははははぁははぁはぁ!」
澪「狂ってる……。
(でも、この狂った笑い声、もしかして、『母』って言ってるのか?
お母さんが恋しくて、無意識のうちに呼んでいるのか?
……そんなわけ、ないか)」
律「それで、澪ちゃんはどうしたいわけ?」
律は、澪「ちゃん」という部分にアクセントを置いた。
澪「どうって……」
律「こんな話を聞いてどうするつもりだったの?
さっき澪ちゃんは、どうしてぇ、相談してくれなかったんだぁあ?
とか言ってたよね? 相談し終わったけど、
澪ちゃんはこれから私に何をしてくれるわけ?」
澪「それは――」
澪は怯えたように律から一歩退いた。
律「……やっぱり、そうだったんだ。何もしてくれないんだ。
誰も何もしてくれない誰も何もしてくれない誰も何もしてくれない!」
律「誰も助けてくれないんだ! 誰も私を信じてくれない!
私はこんなに苦しんでるのに!」
律は、隠し持っていた小ぶりなナイフを取り出した。
ナイフの切っ先を、澪に向ける。
澪「いつの間に……」
律「自分の荷物ばっかり気にしてるから、
私が自分の荷物から武器を取り出したことに気付かないんだよ。
澪はいつだってそうだ。自分のことばっかりだ!」
澪「ごめん……」
律「今さら謝ったって遅いよ! もう私は滅茶苦茶だ!
言いたくないことを、言いたくない人に話さなきゃいけなくて、
どれだけ傷ついたのか、お前には分からないのかよ?
『友達を疑っているんだからな。
身体よりも、心の方がずっと痛いさ』
とか何とか言ってたけど、お前は全然、
人の痛みなんて分かってないよ!」
澪「そんなことないよ。私にだって、人に知られたくないことはあるし」
律「話してみろよ。例えば、あの、学校裏サイトで話題になってる話とか。
朝鮮人って、マジなの? マジだったとしても、
私は差別なんかしないから、正直に話してみろよ」
澪「それは違うよ。私は本当に、日本人だ。
学校裏サイトや2ちゃんねるで話題になってる話は出鱈目だ!」
澪「そもそも、朝鮮人認定されてるのって、私だけじゃないし。
例えば、ネギまの大河内アキラってキャラとかも、
朝鮮人認定されてるんだよ。
でも、それは事実じゃない。ただの嫌がらせだ」
律「ネトウヨの工作って奴? 笑わせてくれるね。
あはははははははっはははっは!」
澪「『街宣右翼』って、分かるか?
右翼のふりをした左翼団体のことだ。
イギリスの国営放送BBCの調査によると、
街宣車で街を占拠する右翼の正体は、
国粋主義者とは相容れないはずの韓国人、朝鮮人、
また天皇制という身分階級の下では最下層に位置され、
最も身分制度の被害者であったはずの、
被差別出身者で90パーセントを占めているらしい。
言っている意味が分かるか?
彼らは、そうやって愛国者のイメージを悪くことで、
日本人全体の愛国心を低下させてきたんだ。
私を朝鮮人認定してる奴らだって、同じなんだよ。
彼らは、日本人に差別されているふりをしながら、
本当は彼らの方こそ日本人を差別しているんだ」
律「はいはい。もういいよ。澪が日本人だってのは信じてあげる。
それで? お前が人に知られたくないことって何なの?
鞄の中身を見られなかったことと関係あるんだろ?」
澪「それは……実際に見てもらった方が早いだろう。
荷物を置いてある場所へ戻ろう。
ここは見晴らしが良すぎて危険だし」
---------------------------------------------
梓「(澪先輩と律先輩がこっちに戻ってくる!
早くしないと……!)」
律「そんなこと言って、武器を取りに行くつもりなんだろ?
私に抵抗しようとしてるんだろ?」
澪「律って、いつもそうだな」
律「はあ?」
澪「さっきお前は、誰も私を信じてくれないとか言ってたけど、
他人を信用しようとしないのは、お前の方じゃないか」
澪の目に涙が浮かぶ。
澪「もう、嫌だよ。どうして私達が傷つけ合い、
殺し合わなきゃいけないんだよ。
なあ、律。よく考えてくれ。お前の敵は、誰なんだ?」
律「私の敵は――現時点では、目の前にいる澪かな」
律は澪にナイフを誇示する。
澪「そうじゃないだろう? 私達の本当の敵は、
このプログラムってゲームを実行している奴らだ。
私達は、敵同士なんかじゃない。
大切な仲間なんだよ」
律「本当の敵は、ゲームを実行している連中……」
律は、少しだけ正気を取り戻したような表情になった。
しかし、倒れている紬やのどかを見て、
悲しげな笑みに変わる。
律「調子のいいこと言って、私を油断させようとしてるんだろ」
澪「律! 目を覚ませ!
このゲームを実行しているミンス党は、
あの北朝鮮を崇拝しているサミン党と連立を組んでるし、
代表代行のイチロー・オザワが、
永住外国人への地方参政権の付与について
『来年の通常国会には何とか方針を決めたい』とか
言ってるような、危険な団体なんだぞ!
お前も知っている通り、特別永住者の国籍は、
九十九パーセントが韓国・朝鮮人だ。
お前のお母さんが被害に遭った新興宗教団体だって、
教祖は韓国人だったんだろ?」
律「もう、いいよ」
澪「律?」
律「聞きたくない。今さら、そんなの、聞きたくない。
だって、私、殺しちゃったんだから。
ムギを殺しちゃったんだから。
もうこのゲームに参加してるんだから。
このゲームから脱出できたって、希望なんかどこにもないし、
もう誰にも、私を救うことなんてできないんだよ」
澪「そんなことないよ。律は、まだやり直せるよ」
律は力なく、首を横に振った。
律「澪に話して、分かったよ。
私は本当に、誰のことも信じていなかったんだって。
自分がどれだけ惨めなのか、自覚しちゃったよ。
やっぱり、相談なんかするんじゃなかった。
澪に同情されるくらいなら、
本当のことを話さずに殺した方がマシだった」
澪「律……。私を、信じろ」
澪は、大きく両手を広げた。
律はナイフを構えるが、澪はそれ以上何もしない。
律「何やってんの? タイタニックごっこ?」
澪「タイタニックとか、お前何歳だよ。
そうじゃなくて、殺せって言ってるんだよ」
律「はあ? 何馬鹿なこと言ってんの?
この極限状況で、頭がイカれちゃった?」
澪「もう抵抗しない。どうせ、この傷じゃあ、
生き残ることなんてできないしな。
それくらいなら、今、律に殺された方がいいよ。
私を殺せば、お前は、他人を信用できるようになるんだろ?」
澪は笑顔を浮かべていたが、その膝は震えていた。
律「……マジ?」
澪「マジだ。
(これは賭けだ。本当に、私には、勝ち目がない。
さっきから、お腹の痛みが尋常じゃないし、
放っておけばすぐに死んじゃうだろう。
でも、律が私を信じてくれれば、
診療所かどこかに運んでくれるだろう。
それに、もし殺されたとしても、
それで律が救われるのなら――)」
律「本当に殺しちゃうよ?」
律の持つナイフが震える。
律「うわあああああああああああっ!」
律は澪に飛びかかった。
澪「(ああ、これで私も終わりか。
長いような短いような、変な人生だったな)」
澪は死を覚悟した。
しかし、いつまで経っても、痛みは襲ってこなかった。
目を開けると、律が澪を抱き締め、泣いていた。
澪「律。分かってくれたんだな」
律「うん。私が馬鹿だった」
澪「私を信じてくれるんだな?」
律「うん。友達を疑うなんて、どうかしてた」
律は、ナイフを遠くへ放り投げた。
それを見て、澪の目から嬉し涙が溢れてきた。
澪「私達は、本当の友達だ。一生の友達だ」
澪も、律を抱き締め返した。
律「うん。友達だよ。
澪が死んでも、私達はずーっと友達だよ」
澪「え?」
律「誰が、ナイフは一本だけなんて言った?」
澪の背中に激痛が走った。
立っていることもできなくなる。
律のナイフが澪の内臓を掻き混ぜる。
澪「いやああああああああああああああああああああああっ!
律ううううううううう!」
――――十四時八分、秋山澪死亡。
---------------------------------------------
さわ子「ふんふん♪
十四時八分、秋山澪ちゃん死亡、っと♪
何だか、思ってたよりも早いペースねぇ。
これなら三日もいらないわね。
人数が少なかったかしら?
どう思いますか?」
金「今回はテストプレイで七人しかいないから、
こんなもんなんじゃないかな」
さわ子「そうですね。ところで、
賭けの方はどうなってますか?」
金「私は真鍋和に賭けていたから、大負けだよ。
次で取り戻すがね」
さわ子「確かに、配当金は下がっちゃうけど、
今からでも賭けられるし、取り戻してくださいね♪」
梓「(殺した! 律先輩が澪先輩を殺した!
ああ、やっぱり誰も信じちゃいけないんだ。
私は一人ぼっちなんだ。
一人で戦うしかないんだ。
殺される前に、殺さなきゃいけないんだ!)」
--------------------------------------------------
律「澪……。ごめんな。でも、私には、
どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ。
それに、澪の怪我じゃ、もう助からないし、
これ以上苦しむ前に、楽にさせてやりたかったんだ。
……これは、私のエゴだけど」
律は、先ほど捨てたナイフを拾い上げると、
四人分の荷物を隠していた場所へ戻ろうとした。
律「澪が何度も言っていたように、
こんな見晴らしのいい場所に長時間いるのは危険だしな。
早く隠れないと」
梓「(もう少し……。もう少しだ)」
律「もう、全身血まみれだよ。
ペットボトルの水を使うのはもったいないから、
どこか水のある場所を探さなきゃいけないな」
梓「(あと少し!)」
律「あれっ!? 荷物がなくなっている! 誰かに盗まれたんだ!」
律がそう叫んだ瞬間、全てのものが閃光に包まれた。
轟音が劈き、律の身体が吹っ飛んだ。
それは、澪に支給されていたピアノ線と手榴弾を組み合わせた、
原始的な罠だった。ピアノ線を引っ張ることにより、
梓が仕掛けていた手榴弾のピンが外れるようになっていたのだ。
手榴弾のピンを抜いてから爆発するまでの時間は、
一般的に4〜6秒くらいである。
つまり、梓は、手榴弾を仕掛けてある場所に律が着く前に、
ピアノ線を引っ張らなければならなかった。
タイミングが難しかったが、見事に成功させたのだ
――と、梓は思っていた。
それが、梓の最大の誤算だった。
他にも誤算はあった。
遠くから目視で律の動向を見ていたため、
律がいた場所は比較的爆風の被害が少なかったのだ。
また、生き残っている憂と唯が、爆発音を聞きつけて
駆けつける前に梓は逃げなければならなかった。
それも、律に味方した。
しかし、何よりも律を救ったのは、皮肉なことに、
澪の残していったギターだった。
ギターが盾の代わりになり、衝撃を和らげた。
その結果、律は全身に大火傷を負いながらも、
奇跡的に生き延びたのである。
律「はぁ、はぁ……。誰がこんなことを……。
唯か? 憂か? 梓か?
やっぱり、誰も信用しちゃ駄目なんだ。
殺してやる!
みんな――みんな、殺してやる!」
--------------------------------------------
唯「ねえ憂、何か爆発したような音が聞こえなかった?」
憂「えー、気のせいじゃない?」
唯「そうかなあ……」
憂「そんなことよりお姉ちゃん、
次は太ももを拭いてあげるねー」
唯「もういいよ。太ももは自分で拭けるし。
っていうか、ずっと下着姿でいたから、
今度は逆に寒くなってきちゃった……」
憂「それは大変だよお姉ちゃん!
すぐに身体を温めないと風邪を引いちゃうよ!」
唯「……憂、何してるの?」
憂「え? 人肌で温めてあげようと思って」
唯「服を着る方が先でしょ!」
憂「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが突っ込みをした!
こんなのお姉ちゃんじゃない!」
唯「うーい!」
憂「はーい、分かったよ。じゃあ、二人で様子を見に行こうか」
唯「レッツゴー!」
憂「ねえお姉ちゃん」
唯「なーに? 憂」
憂「私、お姉ちゃんのこと、好きだよ」
唯「私も憂が好きだよー」
憂「そうじゃなくって、私、世界で一番、
お姉ちゃんのことが好きだよ」
唯「へ?」
憂「だから、お姉ちゃんにお願いがあるの。
これから先、どんなことがあっても、
私を嫌いにならないでね。
好きじゃなくなってもいいから、
嫌いにはならないでね」
唯「それって、何が違うの?」
憂「……そのうち、分かるよ。
生き残るためには、お姉ちゃんに嫌われるようなことも、
しないといけないから。
でも大丈夫!
このゲームに勝つのは、お姉ちゃんだよ!
私がお姉ちゃんを守るから!」
唯「憂……?」
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梓「ぷはーっ!」
梓は、ペットボトルの水を飲み干した。
カロリーメイトの袋を開け、次々に口の中に放り込んでいく。
ぼろぼろと零れるが、梓は気にしない。
別のペットボトルの蓋を開け、ごくごくと飲む。
梓「ううーっ! 幸せ♪
食べたいときに食べたいだけ食べられるのって、
何て幸せなんだろう♪」
梓は、五人分の荷物を手に入れ、束の間の休息を味わっていた。
順番に鞄を開け、中身を確認していく。
梓「あーっ、のどかさんってば、こんなに高い化粧品持ってたんだー。
羨ましい。いったいどこにそんなお金があるんだろ?
ムギ先輩の私物も凄いよね。やっぱりお金持ちは違うなー。
次は、澪先輩の鞄を開けてみようかな♪」
お菓子や化粧水など、ごく普通のものしか入っていない――
と思っていたが、違った。
梓「何これ……注射器?
澪先輩、どうして注射器なんか持ってたんだろう?
病気なのかな? そんな話聞いたことなかったけど……」
梓「もう一つ……。この粉はなんだろう?」
澪の持ち物には、注射器とセットになって粉も入っていたのだ。
梓は腕を組んで、しばらく考えた。
やがて、梓は青ざめた表情になった。
梓「これって……もしかして、覚醒剤?」
梓は思い出したのだ。
数ヶ月前、覚醒剤で警察に捕まった先輩がいたことを。
そして、先ほど澪と律が口論していた内容を。
律『そもそも、部費の横領くらいで騒ぐなよ。
万引きだってやったし、ヤクの密売だってやった。
うちの高校で、覚せい剤でパクられた奴がいただろ?
そいつにクスリを売ったのは私だったんだよ』
律はそう言っていた。
梓「もしもこれが本当に覚醒剤なら、きっと、
律先輩が校内にバラ撒いたものだよね……?
それが転売を重ねるうちに、澪先輩のものになった……?
って、そんなわけないかー。馬鹿馬鹿しい」
梓は注射器と粉末を仕舞い、忘れようとした。
忘れることにした。
しかし、数分後、梓は再び澪の荷物を探り始めた。
梓「あれ? 澪先輩って、今どき手帳なんか持ってるんだ。
ケータイで充分なのに……」
梓はパラパラと手帳を捲った。
そして、その内容に愕然とした。
梓「これって……。手帳じゃなくて、日記?
澪先輩、父親が韓国に出張に行ったときに、
ついていったんだ……。
そして、レイプされ、覚醒剤を打たれていた……。
覚醒剤の味を覚えた澪先輩は、
校内で密売されていた覚醒剤に飛びつき――
自分の意思で、何度か注射した。
でも、同級生が逮捕されたことをきっかけに、
やめようと努力していた。
……これはないわ。ないないないない。
日記じゃなくて、小説だね。
澪先輩がこっそり小説を書いてたなんて知らなかったよ」
梓は手帳を放り投げた。
そして、再び拾い上げる。
注射を打つ描写や、クスリの量などを確認した。
梓「私、一人ぼっちだよ。
誰も私の味方になってくれない。
怖いよ……。
生き残っているのは、私と、憂と、唯先輩だけ。
2対1じゃ、普通に戦ったら勝ち目はないよね。
でも、これがあれば――」
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さわ子「ふうーん。まさか、
澪ちゃんがそんなことになってたなんて、
私も知らなかったわ。
りっちゃんもそうだったけど、
最近の若い子は怖いわねえ」
さわ子は、首輪に仕掛けられた盗聴器で、
これまでの全ての会話を聞いていた。
同時に、発信機もチェックしている。
発信機が示す画面を見ていたさわ子は、驚いた。
梓の生存反応が、なくなったのだ。
梓「(うう……。苦しい。苦しい苦しい苦しい。
喉が渇いたよ。喉が痛い痛い痛い痛い。
何なの? これって、覚醒剤じゃなかったの?
騙された? もしかして、あの荷物は、
わざと私に持ち去らせたの?
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
助けて。お父さん、お母さん、あずにゃん2号……)」
澪の鞄に入っていた粉末は、覚醒剤ではなく、
致死量をはるかに越える毒薬だった。
覚醒剤中毒になり人生に絶望していた澪は、
常に自殺用の毒薬を持ち歩いていたのだ。
あの手帳は、日記でも小説でもなく、澪の遺書だった。
――――十四時二十六分、中野梓死亡。
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憂「お姉ちゃん、待って。これで髪を結んで」
憂は、自分の髪を止めていたゴムを外し、結に手渡した。
唯「どうしてー?」
憂「私がお姉ちゃんの身代わりになるよ」
唯「どういう意味?」
憂「生き残っているのが誰であれ、
私達二人が一緒にいるところを見たら、
たぶん、お姉ちゃんを先に狙うと思うの。
だから、入れ替わろう。
ギー太も、私が持ってるよ」
唯「どうして私が先に狙われるの?」
憂「(二人組みのうち、先にぼんやりしている方を狙うのは鉄則だ、
って言ったら、お姉ちゃん傷つくよね……)
ほら、私よりもお姉ちゃんの方が可愛いから。
誰だって、可愛い方を襲いたくなるもんなんだよ」
唯「ふうん。そうなんだー」
憂「ほら、お姉ちゃん、私が髪を結んであげるから、
じっとしててね……。
(相手は、私をお姉ちゃんだと思えば、油断するはずだ。
その隙をついて、お姉ちゃんに支給されていた、
この拳銃で一気にカタをつけてやる!)」
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憂が唯の髪を結び終えたときだった。
アナウンスが流れ始めた。
さわ子『はいはーい♪ さわ子でーす♪
生き残っているみんな、頑張ってるー?
これまでに死亡したお友達を発表しまーす♪』
憂「え? アナウンス?
こんなのあるって言ってたっけ?」
さわ子『まず、のどかちゃんが殺されたわ。
殺したのはムギちゃんね。
そのムギちゃんは、澪ちゃんとりっちゃんが殺しました♪
でも、二人は仲間割れしちゃって、
りっちゃんが澪ちゃんを殺しちゃいましたぁ♪
梓ちゃんは、本人もよくわかってないうちに自殺しちゃったわ♪』
唯「いやああああああああああっ!
嘘だ嘘だ嘘だあっ!
そんなにたくさん死んでるなんて!」
さわ子『つまりぃ、生き残っているのは、
唯ちゃんとりっちゃん、そして憂ちゃんの三人だけでーす♪
もう三人しか残っていないから、予定とは違うけど、
禁止エリアをたっくさん増やしちゃいます♪
急いでメモしてね♪』
もちろん、唯は頼りにならないので、憂がメモをした。
さわ子『じゃあ、引き続き、優勝目指して頑張ってね♪』
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憂「つまり、律先輩……じゃなくて、
りっちゃん隊員を殺せば、私達の勝ちだね。
お姉ちゃん……じゃなかった、憂」
唯「そういうことだね、憂」
憂「憂じゃなくてお姉ちゃんでしょ!」
唯「ああそうか、入れ替わったんだっけ。
これからは気をつけるよ、憂お姉ちゃん」
憂「分かってない……。りっちゃんと出くわしたら、
憂は喋らないようにしてね。分かった?」
唯「ううー」
憂「どうしたの?」
唯「んんんー」
憂「何言ってるのか分からないよ」
憂は、自分の言ったことを忘れていた。
――りっちゃんと出くわしたら、憂は喋らないようにしてね。
憂は拳銃を構えて振り返った。
そこには、全身が焼け爛れた律が立っていた。
憂は、躊躇わずに拳銃を上げ、律に照準を合わせた。
しかし、先に憂たちに気付いていた律の方が、早かった。
律はナイフを投擲した。
近くにいる唯の格好をした憂ではなく、
遠くにいる、憂の格好をした唯に向かってナイフを投げていた。
憂「よけて!」
憂の叫び声に、唯は反応した。
といっても、よけてと言われたからよけたのではなく、
ただ単に憂の声の大きさに驚き、尻餅をついただけだった。
しかし、ナイフを避けるにはそれで充分だった。
唯は助かったが、敵に背中を見せていた憂は、
拳銃を蹴り落とされた。
拾っている時間はない。
律がもう一本ナイフを持っていることに気付き、
憂は咄嗟にそう判断した。
憂「うわあああああああああああっ!」
憂は、律に近づくと、派手な衣装の内側に隠していた、
金属切断用のノコギリを振り回した。
金属音が鳴る。律のナイフを弾き飛ばしたのだ。
憂「形勢逆転、だね」
律「それはどうかな?」
律は、何も持っていない手を振り上げた――ように見えた。
憂には、一瞬、何が起こったのか分からなかった。
突然、何かに足を取られ、後ろ向きに倒れてしまったのだ。
唯「ういーっ!」
律は何も持っていないように見えたが、実はピアノ線を持っていた。
予めそれを仕掛けておき、憂を転ばせたのだった。
律「これで終わりだ」
律は、やはり、近くで倒れている憂ではなく、
遠くにいる唯に、ボウガンで狙いを定めた。
律は、憂達と出会う前に、梓の死体と荷物を見つけ、
武器を奪っていたのだった。
ちなみに、このボウガンはのどかに支給されていたものだった。
憂「駄目えええっ!」
憂は倒れたまま、律の足にしがみついた。
律「放せ!」
律が赤黒い足で憂の顔を蹴り飛ばす。
ボウガンの矢は、真っ直ぐに唯に向かって飛んでいった。
憂「お姉ちゃあああああああああああああああああんん!」
ボウガンの矢は、唯の胸に突き刺さった。
唯「あ――」
憂「嫌ああああっ! お姉ちゃん死なないで!」
憂は律の存在も忘れ、唯に駆け寄った。
唯「憂……。私――私も、憂のこと……」
憂「何? 何なの? お姉ちゃん。私がどうしたの!?」
憂は何度も尋ねたが、唯は二度と返事をしてくれなかった。
憂「お姉ちゃん……。お姉ちゃんは、私の全てだったのに。
お姉ちゃんのいない世界なんて、生きてる価値ないよ。
お姉ちゃんが死んで、私が生き延びるなんて、無意味だ……」
律「じゃあ、死になよ」
律はナイフで憂の頚動脈を切断した。
勢いよく血が噴き出す。
もはや律にとっては見慣れた光景だった。
律「誰かを守ろうとする人と、自分だけが生き残ろうとする人。
前者の方が強いのは、アニメや漫画の世界だけだよ」
――――十四時四十三分、平沢唯、平沢憂死亡。優勝者、田井中律。
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先ほどのようにアナウンスが流れた。
さわ子『りっちゃん、優勝おめでとう♪
私も顧問として鼻が高いわ♪
約束どおり家に帰してあげるから、
最初のスタート地点に戻ってきてね♪』
律は無言で準備を済ませると、建物に戻った。
入り口には、さわ子が立って待っていた。
背後には、例の北朝鮮や韓国の軍人が立っている。
全身が焼け爛れた律を見ても、さわ子以外は無表情だった。
律「先生。私、どうしても先生に聞きたいことがあるんです」
さわ子「何?」
律「先生は、どうしてこんな馬鹿げたゲームを実行してるんですか」
さわ子「特に理由なんかないわよ?」
律「それは嘘ですね。
私――気付いちゃったんです。
先生の苗字って、山中でしたよね。
北朝鮮の拉致被害者の人の中にも、
同じ苗字の人がいました。
そしてその写真を見たこともあったけど――
先生に、顔立ちが似ていました」
さわ子「そんな人、知らないわ! 私とは関係ない!」
律「その人は、先生のきょうだい……にしては、年齢が離れすぎていますね。親、ですか?」
さわ子「知らないって言ってるでしょ!」
律「これは私の想像ですけど、その人を返してもらう代わりに、
私達を売り、ゲームの司会をやっていたんじゃないですか?」
さわ子「うるさいうるさい!そんな、私とは関係ない奴のことは忘れなさい!
せっかく家に帰してあげようっていうのに、反抗する気!?」
律「その反応を見る限りでは、やっぱり、
私の推測は当たっていたみたいですね。一言言わせてもらいます。
どんな理由があろうと、あなたは最低です。だから、私は――」
さわ子「私は?」
律は無言だった。返事をする代わりに、
気付かれないような動作でピアノ線を引き、大量の手榴弾を爆発させた。
梓に支給されていた手榴弾は、一つではなかったのだ。
――優勝者が自殺行為をするはずがない。
そう思い込み、身体検査すらしなかった主催者側の傲慢さが招いた結果だった。
爆発は、その場にいた全員を巻き込んだ。
律は、光に包まれながら、澪の言葉を思い出していた。
私達の本当の敵は、このプログラムを実行している奴らだ、という台詞を。
――澪。これで、今度こそ、お前と友達になれるかな?
律は、最後にそう思った。
完
出典:唯「バトロルワイアル…って、何?」
リンク:http://www2.2ch.net/2ch.html

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