ばとろわ!けいおん!
2009/09/25 00:36 登録: 痛(。・_・。)風
夏休みの朝、律は茹だる様な暑さに動きを鈍くしながらベットからのそりと出た。
今日は軽音部の活動日、と言っても紅茶とお菓子を囲んでワイワイやって最後に少し練習するだけなのだが。
それでも部員と会って会話をする大切な活動時間、休む気などさらさらない。
「にしてもあっちーな……」
とりあえず扇風機を付け汗ばんだ体を冷やす。汗で少々湿っぽくなったシャツが風で冷やされ気持ちいい。
そうして10分ほどだらけてからシャワーを浴び少し遅めの朝食を食べ、律は家を出た。
部室に着くとそこには澪がいた。いつものように静かに本を読んでいる。
いつものように声を掛けようとしたとき窓から風が入り込み澪の長い髪を揺らした。
絹のように綺麗な髪が靡く。その姿に律は見惚れてしまい言葉を呑んだ。
「ん?律来てたのか……どうした?」
「え、ああ!い、いやなんでも……」
「……?変な奴。ああ、梓は遅れるらしい」
「そっか。さーてと、今日のムギのお菓子はなんだろうなー?」
「おい、お菓子もいいけど練習もやるんだぞ」
「わかってるってー。まったく澪は真面目だねー」
「真面目とかじゃなくてこれが普通なんだって!」
いつもの会話。いや、こうして二人だけでの会話なんていつ振りだろう?
軽音部になってからはいつもみんなで机を囲んで談笑に浸っていた。別にそれが悪いわけではない。
ないのだが、やはりこうして澪と二人だけでじゃれ合うというのもいい。
「どうした律、ニヤニヤして……」
「なんでもなーい。なあ、澪は私のこと好きか?」
「い、いきなりなんだ……いや、まあ嫌いではないけど……」
「けど?」
澪は顔を赤くしている。こうして見るとやはり可愛い。澪のこの顔を見るとつい意地悪をしたくなってしまう。
「え、あーその……まあ、好き……だ」
「くすくす、いやー澪はやっぱ可愛いなぁ。この愛の告白受けなきゃ女じゃないでしょう」
「あああ、愛の告白って!そういう意味じゃなくて友達として好きってことで……!」
「あら、とても素敵なことだと思いますよ」
不意に後ろに立っていたのは紬だった。いつもの笑顔と違いすこしうっとりとした表情だった。
「む、むぎ!?いつの間に!?」
「『まあ、好き……だ』って告白した所から居ましたわ」
「なっ……!!た、頼む!忘れてくれ!!」
「ふふふ、どうしようかしら?」
「みんなおはよー!って、どうしたのみんな?」
「おー唯!実は澪がなぁ……」
「だあああ!!だめだめだめだめ!!!」
こうして騒がしいいつもの軽音部が始まった。とてもとても楽しい軽音部。
彼女達が絶望を味わうまで、残り1週間。
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「そういえば今年の合宿のことなんだけど、むぎ大丈夫か?」
先ほどの騒ぎも一段落つき、いつものようにまったりとお茶お囲んでいると不意に律が話を切り出した。
「ええ、来週なら別荘が一つ空いてるからそこなら平気よ」
「そっか!じゃあ明日はみんなで合宿の準備しようぜ!」
「さんせー!!」
「いいけど、ちゃんと練習の準備をしろよ」
「新しい水着どうしよっかな〜」
「スイカ!スイカ!みんなでスイカ割り〜」
「話を聞け!!」
「うふふふ、楽しみだわ〜」
その後、梓が遅れて到着してからみんなで合宿の計画を立てた。
唯と律がまずはお菓子と花火を買うと言えば澪と梓が必要な物を買った後に余った予算で買うと反対し。
唯と律が練習1時間で残りは自由時間と言えば澪と梓が遊びに行くんじゃないと半分キレたり。
そんな感じで、あれこれ騒ぎながら予算や、必要な物、日程などを決めていく。
ほとんど予定も決まりかけた時、唯はこんな提案を出した。
「折角のバカンスなんだから和ちゃんや憂も呼ぼうよー」
「バカンスじゃなくて合宿だ!それに合宿に連れて来ても退屈じゃないか?」
「そうかなぁ……みんなでワイワイやったほうが楽しいと思うのに……」
「まあ、聞くだけ聞いてみれば?駄目ならいつも通り私達だけで行けばいいしさ」
「うん、じゃあ聞いてみるよ」
ちょうどそこで部活動終了15分前のチャイムが鳴った。五人は慌てて帰りの支度をし、それぞれの帰路についた。
「ただいまー」
「おかえりお姉ちゃん。もうすぐご飯できるから手洗って着替えてきてね」
「おーす」
憂がいつもの笑顔で迎えてくれる。唯にとって、それはとても幸せなことである。
唯が脱ぎ散らかした靴を何も言わずに片付けて、美味しいご飯を作ってくれる。
「いつもありがとね」
「急にどうしたのお姉ちゃん?」
「いやーなんか急に言いたくなってね。それで今日澪ちゃんがねー……」
こうした他愛のない日常がとても幸せに大切なものなのか、それをこれから痛いほど痛感するのだった。
結局、憂と和は参加することになった。当日は何故かさわ子もいた。
「さわ子先生なぜ……」
「顧問だから」
「日程教えてたっけ……?」
「私は教えてない……」
「まあまあ、細かい事は気にしないの。それに子供達だけじゃ危ないから監督も必要でしょ」
彼女の言う事はもっともだ。何かあった時の責任者などは必要である。
「それじゃあ出ぱーつ!!」
「「「「おーーーー!!」」」」
電車に揺られ海が見えてきた。いつものようにはしゃぐ律と唯、それを静めようとする澪。それをみて微笑ましく思うその他。
楽しい楽しい合宿の始まり。
誰もがそう思ってた。
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「ここからお家のお船に乗って離島に行きます」
「おお!!船!!」
「ふねー!!」
離島、琴吹家の船と聞き一同の期待は一層膨らむ。
「私は海賊王になる!」
「さすがりっちゃん隊長!!自分もお供いたします!!」
「隊長じゃない!船長と呼べ!」
「サー!イエッサー!!」
「馬鹿やってないで早く行くぞ」
「先輩達早くしてください!」
港で一同が船を探していると一人の男が近づいてきた。
ピシッとしたスーツ姿で清潔感があり、男が紬の所に着くと一礼して姿勢を正した。
「琴吹紬様でいらっしゃいますか?」
「はい、そうです」
「お待ちしておりました。船をご用意しておりますのでこちらへどうぞ。荷物は私共がお持ちします」
「やっぱムギってすごいな……」
全員が乗ったところで船が動きだした。海風にあたりながらそれぞれは景色を眺めていく。
船に揺られ、風を突き進む気持ちよさに一同が身を委ねていると先ほどのスーツの男がやってきた。
「御茶の用意が出来ましたので皆様、一度船室にお入りください」
当然のごとく皆はそれに従った。船室からでも外の景色はよく見え紅茶を啜りながら優雅な気分に浸っていた。
「いやー最高だねー!セレブになったみたいだ!」
「セレブはそんな言葉使いしないと思うけど……」
「お、和。言うようになったね〜。ふぁ〜あ……外の景色見てたらなんだか眠くなっちゃった……」
「私も〜……うぃ〜お布団と枕〜……」
「お姉……ちゃん、ごめん……私もなんだか……眠く…………」
急に全員が眠気を訴え始めた。律と唯に至っては椅子にもたれ掛って既に眠っている。
(おかしいわ!?急にどうして……薬、睡眠薬!?まさか紅茶に睡眠薬が……!)
異変に気付いたさわ子は全員寝てしまっては危険だと思いすぐに先ほど飲んだ紅茶を吐き出そうとした。
しかし、それは後ろから軍服に身を包んだ男に押さえ付けられることで失敗に終わった。
抵抗はするが力や体勢的に無駄な足掻きであった。やがてさわ子も睡眠薬の効果で意識を手放した。
「全員完了です!」
「よし、進路を変更!このまま『あの島』に移動!」
先ほどの男が上官らしきの男に報告すると船は大きく進路を変えた。
先ほどの穏やかな海面とは一転、荒れ狂う海を船は突き進む。
まるで彼女達の運命と同じように。
・・・
・・
・
・
「ん……ここ、は?」
目が覚めた梓はあたりを見渡すと黒板や教卓などがある。それぞれの席では軽音部のメンバーや憂、和、さわ子が眠っていた。
「学校……?でも桜校じゃない……」
造りや備品などは学校の定番のものだが桜高校にあったものではなかった。
教室の広さ的にも高校ではなく小学校くらいの狭い教室だった。
そこまで考えが及んだ所で自分の首に違和感を覚えた。
「なに、これ……」
触れてみると首輪が取り付けられていた。いつの間に着けたのだろう。よく見れば他の者にも同じものが着いている。
とにかく分からないことだらけなので梓は隣で眠っていた和を起こした。
「先輩!起きてください、先輩!!」
「うぅん……あ、ずさちゃん……?ここは?」
梓は自分が確認できた範囲で和に伝えた。ここがどこかの学校で
「そう……とりあえず皆を起こそうか」
全員が目を覚まし、状況を確認しようとした時、突然教室の扉が開いた。
一同の視線が全てそちらに行く。数秒してから入り口から船の案内をしてくれたスーツの男が現れた。
「皆さん、目が覚めましたね?それでは本日説明を担当させていただく……そうですね、タカハシとでも名乗っておきましょうか」
タカハシと名乗った男は全員の反応を確認することなくチョークで黒板に何やら書き始めた。
一文字一文字大きく書き、最後の文字を書いたところでガンッとチョークを叩き、黒板の下に置いた。
「これから皆さんにあるゲームをしてもらいます。ゲーム名は黒板に書きましたが……『バトルロワイヤル』というものです」
状況が全く飲み込めない全員はただただタカハシの言葉を聴くだけであった。
分からないことだらけでもたった一つ、全員に共通して言えるのは嫌な予感しかしないということだ。
「ルールは至って単純。タイムリミットは2日間で最後の一人になるまで……」
殺 し 合 い を し て も ら い ま す
――――それぞれの予感は的中した。
【残り 8名】
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殺し合いをしろと言われたが当然みんなの思考が追いついていない。
『ころしあい』という5文字の単語が頭を駆け巡るだけであった。
「意味がわかりませんかねぇ……例えば『コレ』で秋山さんを……」
『コレ』と言って取り出したのは何やら黒い塊。それを澪に向けると突然乾いた音が教室に響いた。
それと同時に澪の足元の床が弾けた。それを見た一同はようやく黒い塊が拳銃で先ほどの殺し合いの意味を理解した。
「私は管理者なので殺しはしませんでしたが、こんな感じで皆さんで殺し合いをしてもらいたいのです」
理解したからこそ恐怖という感情が彼女達の頭を埋め尽くした。
特に足元を打たれた澪は腰が抜け椅子から転げ落ちるほどだった。
それでもただ一人、気丈に振舞う者がいた。
「そんなことが許されると思っているの?」
「さわちゃん先生……」
さわ子ただ一人、この恐怖に打ち勝っていた。正確には恐怖よりも大人としての責任からなのだが。
それでも他の者からすればこの状況では頼もしく見えるのだった。
「殺し合いをさせるなんて日本の法律、いや世界的に見ても許されている国はないわ」
「そ、そうだそうだ!犯罪だぞ!」
さわ子やそれに続く律の発言にタカハシは怒るわけでもなく、馬鹿にするようにくすくすと、やがて大声で笑い出した。
その笑いに全員が不快な感情を抱く。そんな一同の心境を意に介する事無くタカハシは話し始めた。
「では聞きますが戦争は犯罪ですかね?殺し合いをさせているアメリカ様は犯罪国家と言っていると?」
誰も反論できなかった。
「それにこんなことする前から我々は犯罪者です。……まあ、何をしていたかは言いませんがね」
タカハシは今更犯罪の一つ二つ気にする必要はないと言い切った。
それがとても冗談と思えず全員が凍りついた。
「まあ、それよりもルール説明を先にしましょうか。質問は後で受け付けますので」
こうしてタカハシの説明が始まった。一字一句聞き漏らさないように全員が耳をしっかりと傾けた。
「まずは……そうですね、その首輪の説明からしましょうか」
首輪と言われ全員が無意識のうちに自分の首輪に触れた。
「その首輪にはGPSが付いています。皆さんの居場所を逐一こちらに送信されます」
そう言われ何人かは首輪の内側を見ようとした。
「ああ、あんまり触らないほうがいいですよ。その首輪には爆弾が付いてますから」
爆弾と聞いて全員が一斉に首輪から手を放した。
「無理に外そうとしたり私たちに反抗しようとするとこちらから電波を送って爆破させます」
(逃げようとしてもGPSで位置を確認されて……八方塞がりじゃない……)
和は説明を聞いて内心で舌打ちをした。うまくすれば脱出できるかも、と言う希望もあっさりと絶望に変わった。
「それと禁止エリアというものがありましてね。ちょっとこの地図を見てください」
そういうと教卓の下から大きな模造紙を取り出し、それを黒板に張り出した。
「これが私たちがいる島です。そしてここが今いる学校。ここが本部になります」
指揮棒で地図を指し示しながら説明を続けていく。
「地図に4×4の升目があるでしょう?これは禁止エリアになります」
タカハシは質問を挟む余地がないように一気に説明した。
6時、12時、18時、24時に放送があり、その都度禁止エリアと死亡者を発表する。
その禁止エリアに入ってしまうと首輪は爆破する。禁止エリアに近づくと警告音が鳴るので注意。
全員がこの学校から出て行って10分経過した時点でこの学校も禁止エリアになる。
期限は3日間。24時間以内に死亡者が出ない場合は試合放棄と見なし全員爆破になる。
スタート前にデイバックを支給。中には武器と3日分の食料と水、時計、地図、筆記用具、コンパスが入っている。
武器はランダム。下はガラクタから上は重火器までピンきり。
自分たちの荷物は自由に持って行って構わない。
島には色々な施設はある。島は無人なので好きに使ってもいい。
「以上です。何か質問はありますか?」
タカハシは全員を見渡す。とそこで一人が手を挙げた。
「なんでしょう平沢唯さん」
「あ、あの……なんで私達がこんなことしなきゃいけないんですか……?」
「理由は色々とあります。が、お答えできません」
「何でですか?」
「知る必要がないからです。それでは時間もあまりありませんので開始としましょう」
無理やり質問を終わりにすると迷彩服を来た兵士が続々と教室に入ってきた。
最後にデイバックを積んだカートが入った所で隊長らしき人物が口を開いた。
「それでは今から名前の呼ばれた者はデイバックを受け取って学校から出て行くように!……中野梓!」
「は、はい……」
梓は立ち上がりデイバックを受け取る。乱暴に渡されたため少しふらついたがなんとか体勢を立て直すと皆の方へ振り返った。
その表情は不安や恐怖で一杯だった。目には涙を浮かべ助けを求めるように視線をあちこちへと移していた。
「先輩……」
「大丈夫だよ、あずにゃん……私達は仲間なんだから」
「はい……」
唯の言葉を聞いて足が覚束ないもののなんとか教室を出て行った。
(あのあずにゃんがすごく怖がってる……私がなんとかしないと)
「よし次!平沢憂!」
唯がそう心に決めた時、名前を呼ばれた憂が横を通り過ぎた。
その時に微かに聞こえた。『お姉ちゃん』と。
唯が顔を上げると既に憂は教室を出て行った後だった。
そして次は澪が呼ばれた。澪は先ほど椅子から転げ落ちた時から律に支えて貰っていた。
恐怖で足が竦み全身が震えている。まだ歩けるかどうか怪しい。支えている律はそう思った。
「なぁ……もう少しだけ澪を休ませてくれないか?」
「律……」
「なあ頼むよ。さっきの銃で足が竦んでるんだ。なんなら私と一緒に出させてくれよ」
そうだ、昔からお互いピンチの時は助けてあって来たんだ。
無鉄砲な私を澪が支えて、恥ずかしがりで臆病な澪の私が守って今まで来たんだ。
だから、今度も私が……
「こちらにも予定というものがある。動けないというなら失格とみなす」
先ほども聞いた耳を劈くような音が響いた。それから数秒遅れて澪が体のバランスを崩した。
何事かと思い振り向けば澪がぐったりしていた。
「お、おいどうしたんだよ澪……」
揺すって見ると手にぬるりと生暖かいものが触れた。
それが何かを理解したくはなかった。しかしそう思っていても確認せずにはいられなかった。
赤かった。律の掌はとても綺麗な赤色に塗り潰されていた。そして理解した。
澪は撃たれたのだと。
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「み、お……?う、嘘だろ……?」
よく見ると胸の辺りが真っ赤になっていた。律は咄嗟に澪の体を横にした。
「しっかりしろよ!なあ澪!!こんな……こんなことくらいでさあ!!」
律は自分の衣服を破き必死に傷口を押さえた。それでも一向に出血が収まる気配はない。
「り、つ……ごめん……私、もう…………」
「ごめんじゃねーよ!!『もう』なんて言葉使うなよ!!まだ、まだ澪は……!」
初めて出会った時の記憶から最近の記憶までがまるでビデオのように律の頭で再生された。
恥ずかしがり屋な小さい頃の澪。二人して遊んで笑ってる澪。
一緒にライブに行って感動してる澪。ベースを見て悩んでる澪
一生懸命ベースを練習してる澪。受験勉強に付き合ってくれた澪
高校合格に喜ぶ澪。初めてのライブで歌ってる澪。
そしてつい先週の本を読んでいた澪。
まるで一枚の絵画のように美しいかった光景。
――なあ、澪は私のこと好きか?
「私が無茶した時止めるのが澪の役目だろ!!」
――い、いきなりなんだ……いや、まあ嫌いではないけど……
「放課後ティータイムのベースはどうすんだよ!武道館行くんだろ!なあ!」
もう既に澪の血色は青くなっている。呼吸も止まりかけている。
それでも最後に澪は律をしっかりと見つめながら口を開いた。
「大、好きだ……り……っ…………」
搾り出すように告げると澪は眠るように息を引き取った。
「澪のばかぁ……私も、大好きだ馬鹿野郎……」
思わず見惚れてしまうほどの長く綺麗な黒髪を撫でながら、律は声を押し殺して泣いていた。
【秋山澪 死亡 残り7人】
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「秋山澪、死亡……っと。じゃあ次、琴吹紬。さっさと行け」
「……ッ!!」
あまりに事務的な、あまりに無礼な男の態度で悲しみから一転、激しい怒りへと変わった。
(ふざけんなよ……澪を、澪を殺しといてなんだそれ!?)
律は近くにあった椅子を手に取るとゆっくりと立ち上がった。
悲しさと悔しさと怒りで涙が溢れる瞳で、律は先ほど澪を撃った隊長を睨み付けた。
「あんただけは……ぜってー許さねぇ!!」
椅子を振り上げ突進しようとする律を咄嗟にさわ子が抑えた。
「駄目よりっちゃん!!あなたも殺されちゃうわ!!」
「放せよ!!こいつだけ……こいつだけは刺し違えてでもぶっ殺さなきゃ気がすまねーんだ!!」
「そんなの無駄死によ!!生きて、生きて仇を取るの!!死んだ澪ちゃんのためにも!!」
そう説得するさわ子の目は真っ赤で今にも涙が溢れそうだった。しかし年長者としてそれを我慢した。
周りに弱さを見せてはいけない。気丈に振舞う姿に次第に律は落ち着きを取り戻した。
「くっ……畜生!!」
さわ子の説得に律は椅子を下ろした。それを見てさわ子はホッとした。
何せあの隊長は腰のホルダーに手を掛けていたのだから。
(これ以上みんなを死なせない……!)
紬はデイバックを受け取り教室を出ようとした所で隊長に振り返った。
「許せないのはりっちゃんだけじゃないですから」
謝っても許さない。そう一言呟くと今度こそ教室を出て行った。
次に律が呼ばれた。律は乱暴にデイバックを掴み取る早足で出て行った。
出て行く最後まで隊長を睨みっ放しだったが当の本人は涼しい顔だった。
「次、平沢唯」
隊長の呼びかけに応じることもなく唯は放心状態だった。
(澪ちゃんが……死んだ?殺された……?なんで?どうして?)
「平沢唯!!早くしろ!!」
隊長が叫ぶとやっと歩きだしたがふらふらと覚束ない足取りで出ていった。
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唯は校舎出てしばらく進んだ所にある森の大きめ木に寄りかかるように座った。
(何で泣いてるの私?涙が止まんないや、なんでだろう……)
先ほどの映像が繰り返される。
(そっか……)
――澪ちゃんが死んじゃったからだ
「うぅ……ふぇ……ひっく……澪ちゃん」
それから数時間、唯は膝を抱えて泣いていた。
…………
……
気付けば周りはすっかり暗くなっていた。時計を見てみれば夜の9時近くだ。
大分落ち着いた唯は梓を守るという決意を思い出しまずはバックの確認をした。
中身は言われた通りの物が入っていた。その中の地図を取り出した。
「まずはあずにゃんを探さないと……ってあれ?」
地図を見た所で唯は気付いた。
「私今どこにいるんだろ……?」
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時間は遡り、唯が教室から出て行った後、和が出て行き最後にさわ子が出て行った。
さわ子は学校の廊下を歩きながら考える。どうすれば脱出できるかを。
あれこれこ考えてみたもののどれも良い案が見つからない。
(今は始まって混乱してるし、脱出法は後にして先にみんなをあつめないと……)
玄関を出ると校庭に出た。見通しは良く、隠れる場所は遊具の影くらいしかない。
「とりあえず住宅地か町に行こうかし……」
突然左腕に激痛が奔った。同時に発砲音が聞こえた事から咄嗟にさわ子は撃たれたと思い悲鳴を堪えて辺りを警戒した。
(どこから!?止まってちゃ撃たれる!!)
走りながらさわ子は唇をかみ締める。少なくとも一人はこのゲームに乗っているからだ。
――子供達だけじゃ危ないから監督も必要でしょ
出発前にこんな事を言った自分に苛立ちを覚える。
何が監督だ、何が顧問だ。危ない所かもう既に一人死なせてしまっているではないか。
だからこれ以上誰一人死なせる訳にはいかない。それが死んでしまった澪のためでもあるから。
考えに没頭していると2発目が足元の地面にめり込んだ。
思わず足を止めてしまったが音や弾が飛んできた方向から相手のおよその位置は分かった。
取りあえず反対方向の体育倉庫の影に隠れると壁にもたるように座りこみ傷口の処理をし始めた。
治療に使えるものはないかとデイバックを確認するとボウガンが出てきた。
さわ子はしばらくそれを見つめていたがすぐにバックの奥へと押しやり水を取り出した。
(確か貫通してたほうがいいって映画で見たわね……)
幸い弾丸は腕を貫通していた。傷口を水で洗い自分の鞄から出したタオルを巻きつけ取りあえずの止血をした。
一通りの処置が終わるとどう説得するかを考えた。
(どの子か分からないけど……きっとわかってくれるはずよ。みんな優しくて……いい子だから)
少し影から覗くと僅かに人影が確認できた。だが誰なのかは分からない。
しかし誰であろうと関係ない。みんなと協力して脱出するのだ。
「撃つのは止めてちょうだい!私は戦う気はないわ!」
返事はない。さわ子は更に続ける。
「みんなで脱出するのよ!みんなで力を合わせればきっとなんとか……!!」
その時、人影がこちらに向かって歩いてきた。月明かりに照らされ徐々にその人物が鮮明になる。
「和ちゃん……」
自分の一つ前に出発した真鍋和だった。眼鏡に光が反射してその表情は伺えない。
とにかく説得して仲間を増やさねばならないさわ子は説得を続ける。
「怖いわよね……私だって怖いわ。でもね、殺すのはいけないわ。今なら間に合うか……」
ドン!!という音がするのさわ子の右頬を弾丸が掠めた。
撃った和もまだ射撃に慣れていないのか、反動で後ろによろけた。
「和ちゃん……どうして」
頬から流れる血を拭いながらさわ子は尋ねた。その瞳はとても悲しいものだった。
「無理なんです……そんなこと」
和はぽつりと呟くように答える。
「脱出なんて……不可能なんです。先生も気付いてるはずです。みんなが集まった所で何もできないって」
「そ、そんな事ないわ!!みんなで力を合わせれば必ず脱出法の一つや二つ……」
「そんな可能性の低い事に乗ることはできないです。私はまだ……死にたくありませんから!!」
和は2発の弾丸を放ったがどちらもさわ子に当たることはなかった。
発砲による拒絶に対してさわ子は悔しさに唇を噛み締めながら逃げる事しかできなかった。
更に追撃しようと銃を構えるが走ってる相手になかなか照準が定まらずついには林の中に逃げ込まれてしまった。
諦めた和は銃を下ろし鞄を持ち直した。
「脱出なんて無理よ……」
しばらくさわ子の逃げた方角を見つめると反対方向に歩き出した。
「もうすぐ禁止エリアになる……早く出ないと。こんな所で死ぬわけにはいかないわ」
さわ子は走りながら泣いていた。和まで救うことが出来なかったから。
自分だって怖い。それでもあの娘達ならきっとこの困難な状況もきっと打破できる。
そう信じて自分も何とかしようと思った。限りなく0に近い方法でも諦めずに。
それがどうだろう?澪は殺され、真面目で優しい和もこのゲームに乗ってしまった。
他にも一体誰がこのゲームに乗っているのか分からなくなっていた。
(それでも……それでも少なくともりっちゃんとむぎちゃんは仲間になってくれるはず)
そう考えていた時、突然目の前に人影が現れた。と同時に首に何か衝撃が来た。
首がやけに熱いと思い視線を動かして見ると銀色に光るものが見えた。
それが刃物だと気付いた時には既に自分は倒れていた。
(結局なんにもできずに終わっちゃうんだ……)
自分の無力さ、あっけなさに涙が止まらなかった。
ぼやけた視界に写る人物はひたすら『ごめんなさい』と謝りながらさわ子に刺さった刃物を抜き取った。
水道管が破裂したかの様に赤い液体を出しさわ子はそのまま息絶えた。
抜き取った刃物――鉈に付いた血をタオルで拭きながらたった今さわ子を手に掛けた平沢憂はただただ謝るばかりだった。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……さわ子先生は優しくて綺麗でとっても好きでした」
拭き終わるとさわ子の瞼を閉じさせ両手を組ませ、どこからか摘んできた一輪の花を添えた。
「でも、私はお姉ちゃんのほうが大事なんです。こんなゲーム、きっとお姉ちゃんは生き残れないから……だからごめんなさい」
両手を合わせ黙祷を捧げると憂は歩き出した。
【山中さわ子 死亡 残り6人】
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「くっそー。なんかいい方法はねーかなー」
学校が見渡せる丘に律はいた。こうして見下ろすだけで何もできない事にイライラが募っていく。
「爆弾とかあれば……ああ、でもどうやって向こうまで……ってそういえば」
ポン、と手を叩き自分の支給品を確認する。今まで怒りで我を忘れてたためすっかり支給品の事など頭から抜け落ちてた。
ゴソゴソと中身を探ると何か金属っぽいものに触れた。円盤状でどんな武器か想像が付かないが取りあえず中から出してみた。
「なんじゃ……こりゃ?」
律は見た事ある。それは台所にあるものである。そういえば百円ショップにも売ってた気もする。
それはどこにでもある鍋の蓋。どこからどうみても鍋の蓋だった。
「武器……だと?」
裏に何やら紙が張り付いており、見てみると何か書かれてた。
『ざんねんはずれ(^w^)』
血管が数本切れる音が聞こえた。取りあえず近くにあった木の枝で草むらや木を殴り八つ当たり。
その後、韋駄天の如くスピードで丘を一気に駆け下りていった。
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梓はふらふらと途方に暮れていた。
いきなり殺し合いをしろと言われた。あの銃も本物だった。きっと本気なんだろう。
大好きな先輩達や憂、先生と殺し合い。考えただけで頭がおかしくなりそうだった。
(殺したくはない……でも殺されるのは嫌だ)
唯先輩は言っていた。『私達は仲間』だと。いつもふわふわしてるあの唯先輩が真剣な眼で言ってくれた。
「唯先輩……助けてください……」
音が聞こえた。最初は風で何かが揺れてるのだろうと思っていた。
しかしそれは徐々に大きくなり次第それが足音だと分かった。
(だ、誰!どど、どこから!?)
音は山の上から聞こえてきた。見上げると何かが動いている。それが猛烈な勢いで山を下ってきている。
人間のスピードではない。得体の知れない恐怖に梓は足が竦んでしまった。
かなりの至近距離まで来た時、梓はそれが律だとわかった。だが安心感はない。
鬼のような形相で今にも人の一人や二人食い殺さんとする気迫だった。
梓は殺されると思った。この律の皮を被った鬼に嬲り殺しされるのだと。
(嫌だ、こんな所で死ぬなんて嫌だ!!)
「あれ?梓、どうし……」
「た、助けて……唯先ぱああああああい!!!!」
「っておい!どうしたいきなり!?誰かいんのか!?」
「ここ、来ないでください!!!誰か!!唯先輩!!!」
「落ち着けって!何もしないって!!ほ、ほら、髭ー」
「ほ、ほんとに律先輩ですか……?」
「ほんとほんと。なーんにもしません!」
それを聞いて梓はホッと胸を撫で下ろした。
恐ろしい表情で走ってきて紛らわしいと抗議され律はこれまでの経緯を話した。
「そんな……澪先輩が……?」
真面目で頼りがいのある、姉のように慕っていた澪が死んでしまった事にショックを隠せないでいた。
「ああ……だから私はあいつらを絶対許さない。必ず、必ずあいつらを……」
そう言っている律の握り拳からは血が垂れていた。
「私も……私も手伝います!」
梓の発言に律は驚いた。
「おいおい、本部に反抗する奴は殺されるんだぞ?無理に付き合わなくても……」
「無理じゃないです!私だって澪先輩の仇を取りたいんです!」
律は悩んだ。自分のやることはかなり危険である。最悪何もできずに死ぬかもしれない。
しかし梓の眼を見て突き放すことはできなかった。覚悟の宿った眼差しに律は柔らかい笑みを浮かべた。
「ありがとな梓。まったく……澪も幸せ者だよな」
「……はい」
二人は歩き出す。この先の運命はわからない。それでも二人は止まる事をせず歩く。一筋の光明を捜し求めて。
「で、澪と唯どっちが好きなんだ?ん?」
「ななな、何を突然……!?」
「『唯せんぱ〜い助けて〜』とか泣き叫んでたじゃんか。可愛い奴め〜うりうり〜」
「ちち、違いますあれは……!!」
夜の森に笑い声が聞こえる。少しだけ普段の軽音部の空気が戻った。
梓をからかっていると、笑い声が聞こえた気がした。
梓は顔を赤くして混乱しているので梓ではない。それにとても聞き覚えのある声だった。
(私達が仇を打つ。だからそこで待ってなよ)
律はそう心に誓った。
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普段おっとりしている人、怒ることが全くない人。そういう人に限って怒る時は誰も手が付けられなくなる。
琴吹紬という人物はまさにその典型である。
更に性質が悪いのは律のように我を忘れ突っ走ることはなく極めて冷静だということ。
だから紬はまずは商店街で物資の調達、そして民家を本拠地とし作戦を立てることにした。
まずは実家と連絡。しかし当然電波は妨害されていた。だがこれは想定内。
紬は自分の鞄の裏ポケットから何やら小さい機械を取り出した。
機械にはボタンが付いており紬はそのボタンをしっかりと押した。
これは琴吹家専用の発信機で何かあればこれを押すとすぐにSPが駆けつけてくれるというもの。
普段ならこんな物はいらないと突っぱねるのだが、今日ほど持っててよかったと思った日はない。
(でもこれで来てくれればいいけど……あまり期待しないほうがいいかもしれないわ……)
もしもの時のために他にも対策は打たなければならない。
そのためまずは首輪について調べることにした。
首輪があっては逃げる事も学校に近づいて本部に攻撃することもできない。
(まさに“ネック”ね……ふふ)
一人笑いながら鏡で首輪を眺めているという姿はどこか危なかった。
「あら?これって……」
首輪を観察して紬は気付いた。内側の喉の辺りに小さな穴がいくつか開いている事に。
(盗聴器、かしら……だとしたらこれで会話は筒抜けね)
となれば下手に作戦を立てればすぐに反逆とみなされ爆破となる。
(とりあえず収穫はこれくらいかしら……やっぱり機械はさっぱりだわ)
とりあえず盗聴が行われていることが分かった事で首輪の調査は終了とした。
紬は本屋から拝借したアウトドアの本を見ながら家の周りにトラップを仕掛け始めた。
人が来たことを知らせる程度の罠だが早めに警戒できるに越したことはない。
仕掛け終わると机に座り本を読み始める。内容は電子工学、爆発物の取り扱い、医学本などである。
生き残るため、脱出するため、打倒本部のため、いずれにしろ役に立ちそうな知識を頭に詰め込む事に専念する。
仲間思いの勤勉家の驚異的な知識力が、このゲームをどう左右するのかはまだわからない。
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和は島の中央にある住宅街を目指していた。建物が多いところに人は集まるはずだと踏んでの行動だ。
あのメンバーでは恐らく進んで殺し合いをする人はいないだろう。だから自分で減らさなければならない。
敵が多数でも建物を上手く使えば戦える。物が揃っているなど、その他にもメリットは沢山ある。
周囲を警戒しながら歩いて行くと程なくして住宅地が見えてきた。
家の物陰、曲がり角、家の窓など一層警戒を強めながら手ごろな建物に入った。
リビングのソファーに座ると深く深呼吸をした。
(まずは武器と医療品ね……銃だけじゃバランスが悪いわ)
銃は確かに強力だがまだ扱いには不慣れである。その隙を突かれ近寄られればなす術もないだろう。
その対策に小回りの利く武器、刃物があればいい。和はまず台所で包丁を手に入れた。
次に医療品。箪笥や押入れを探し救急箱を見つけた。その中から必要なものだけを自分のバッグに入れた。
一通り揃うと支給品の水を一口、二口と飲み一息つく。
どうしてこんなことになってしまったのだろう?楽しいはずの旅行が友達と殺し合いになるなんて思いもよらなかった。
合宿に誘われたあの時断っていれば。軽音部に深く関わらなければ。唯と出会わなければ。
(やめよう……こんなの考えるだけ無駄だわ。余計な事は考えちゃだめ。考え事は命取りになる)
残弾を確認し弾を装填すると銃を腰のベルトに挿し手に包丁を持って外へと出た。
(私は生きたい。ただそれだけ。そのためなら……そのためなら、唯だって……)
唯の事を考えた一瞬いつもの優しく穏やかな表情に戻ったがすぐに表情を無くし冷たい目となった。
だがその無表情も無理して作っているように思える。
「あれ?もしかしてのどかちゃん……?」
ハッとして振り向くと唯がいた。自分とは違いこの状況に似つかわしくないほど普段の朗らかな顔だった。
そして今、和が一番出会いたくない人物だった。
「唯……」
「やっぱり和ちゃんだ!!よかった〜」
近づいて抱きつこうとする唯に和は包丁を突きつけた。突然の事で唯は思わず立ち止まった。
「のどか……ちゃん?」
「来ないで……」
「どうして……?私何もしないよ?」
どうしてだろう?生き残ると決めたのに。唯を含め全員を殺して生き残ると決心したのに。
いざ目の前に唯が現れたら何もできない自分がいる。
(殺さなきゃ……)
そう思えば思うほど体は硬直し次第に振るえが止まらなくなる。
「大丈夫だから、のどかちゃん。私誰かを殺そうとか……」
「消えて……」
「え?」
「消えてよ……私の前から消えてって言ってるの!!」
和は精一杯吼えた。自分の中の葛藤を打ち消そうと。
今にも落としてしまいそうな包丁を両手で握りなおし必死に虚勢を張る。
「のどかちゃん……」
「早くしてよ!本当に殺すわよ!!」
和の有無を言わさない態度に唯は涙を浮かべながらその場を立ち去った。
唯が去った後、和はその場にへたり込んでしまった。
そして改めて自分の弱さを知った。殺すのがとても怖いという事を。
昨日まで笑っていた人間のこれから先の人生を閉ざすという行為が恐ろしかったのだ。
さわ子も殺せたはずなのに殺せなかったのはきっと無意識のうちに外してたからだろう。
(そんなんじゃだめよ!こ、ころ……殺さなきゃ、殺さなきゃ帰れない)
そうだ。これはゲームだ。最後まで生き残るゲームだ。
ゲームをクリアするのに罪悪感など感じてる暇などない。
(次は殺す次は殺す次は殺す次は殺す次は殺す次は殺す次は殺す次は殺す次は殺す……)
余計な事を考えないようただ同じ事をブツブツと呟きながら住宅地を進んで行った。
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唯は物置の中で泣いていた。澪の死になんとか立ち上がろうとした所で幼馴染の和の裏切りである。
どうしていいのかわからなくなっていた。仲間とは、友達とはなんなのか?唯は分からなくなっていた。
そんな唯に追い討ちを掛けるかのように放送が始まった。
『あーあー聞こえるか?0時になったので放送を始める。まずは禁止エリアの発表だメモはいいか?』
唯は急いで鞄から地図と鉛筆を出し禁止エリアをマークした。幸い自分とは関係ない場所だった。
『次に死亡者の発表だ』
死亡者と聞いて澪を思い出しまた涙が溢れそうになったがなんとか堪える。
誰も死んでないことを祈りながら放送を聞いた。
『まず出発前に棄権した秋山澪、そして山中さわ子。以上の二人だ。では健闘を祈る』
「……さわちゃん先生が…………死んだ?」
時々暴走するけど優しくて部員思いのあの先生が死んだ?
誰が殺した?
和が殺した?
それとも別の人?
唯の中で何かが崩れそうになった。
軽音部とはなんだったのか?所詮表面だけのお付き合いだったのか?
それでも出発前、自分を頼る梓の姿を思い出しなんとか崩壊を防ぐ。
まだ信頼されている。その思いが今にも粉々になりそうな精神を繋ぎとめている。
(それに……和ちゃんも震えてた。本当は殺し合いなんてしたくないんだ)
唯は物置から出ると先ほど和と対峙した場所に向けて走り出した。
きっと分かってくれると信じて。唯は和の下へ向かった。
信じよう。たとえ結果的に裏切られたとしても最後まで信じよう。
だって私はみんなが大好きだから――。
【深夜0時時点 残り6人】
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「大丈夫か、梓?」
先頭を歩く律は梓の様子を伺う。徐々にだが歩く距離が離れ始めているのを見かねて尋ねた。
だが梓は大丈夫と言って首を振る。明らかに無理をしている。
澪やさわ子の死、周囲への警戒、勾配のきつい山道と精神的にも肉体的にも限界と言っていいだろう。
体力には自信があるほうの律でもかなり疲労しているのだ。身体の小さい梓は相当だろう。
「無理はすんな。急いだってしょうがないし。それに私も疲れたし一先ず休もうぜ。な?」
律がそう説得すると梓もYESと言わざるを得ない。二人はその場に腰を下ろし休憩を取ることにした。
二人が水を飲みながら休んでると律が梓に尋ねる。
「そういえば梓の支給品はなんだった?」
「…………私のは、これです」
梓はデイバッグから妙な形の物を取り出した。よく見るとそれが銃器だと分かった。
「変な銃だな……おもちゃじゃね?」
「違います!説明書によるとP-90っていうマシンガンみたいですよ」
渡された説明書に色々書かれていたが知識に乏しい二人にはさっぱりだった。
唯一射撃の安定がいいとか何発まで撃てるかぐらいしかわからない。
「でもまあ、何でこんな当たり武器を鞄に入れっぱなしだったんだよ?」
「……怖かったんです。何かの拍子で人を撃ってしまうかもって思うと手に持ちたくなかったんです」
「そっか……」
(自分が襲われるよりも人を襲うことが怖いなんて優しいというかお人好しというか……)
普段しっかり者なのに本当は怖がりで……。どこか重ねてしまう。
「……そっくりだな」
「何がですか?」
「いや、何でもない。よし、梓は寝ていいよ。3時間たったら交代でいいか?」
「はい、ごめんなさい。それじゃ……おやすみ、なさい…………」
余程疲れていたのか、横になると数分で寝息が聞こえ始めた。
律は鞄からジャケットを取り出すとそれをそっと掛けてやった。
「仇を討つ。梓を守る。両方やらなくちゃあいけないのが部長の辛い所だ……覚悟は出来てるか?私は出来てる」
髪を下ろし険しい顔つきでどこぞのギャングの台詞を言う。
(一度言って見たかったんだよなぁ〜!)
妙な満足感を味わうと一つ咳払いし髪を戻す。
(冗談ともかく……この子を守んなきゃ。澪に似ているこの子を、今度こそ守らなきゃな)
そう固く決心した律だった。
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その頃、紬は勉強中だった。応急処置や止血などは簡単に分かったが首輪爆弾に関しては難航をしめしている。
機械や爆弾とは無縁だったのだから当然である。それに機械に強いからと言って首輪解除は別である。
それでも何かをしなければならない。自分にできる事をするしかないのだ。
既に誰かの手によってさわ子が殺された。自殺の可能性もあるが死んだ事には変わりない。一刻の猶予もないのだ。
(ダメだわ……下手に分解すれば爆発するし……)
もう一度地図を見てどうにか抜け道はない物かと見てみる。
「あら?」
と違和感を感じた。それが何だかわからないがもしかすると脱出のヒントになるかもしれない。
地図を色々な角度から見て必死に考える。そしてそれに気付いた時には紬は外に駆け出した。
程なくして紬は辿り着いた。そこは先ほど発表された禁止エリア付近だった。
紬はゆっくり慎重に禁止エリアに向かって歩き始めた。
一歩、二歩と進めていくと首輪から警告音が鳴った。そこで紬はストップしその場に印を付ける。
そのまま真横に移動していく。横に横に……そして音が止んだ。
(やはり……)
そのまま先ほどと同様に前進するとまた音が鳴り始めた。同じ様に印を付けまた横に。
それを繰り返して紬の予想は確信に変わった。
(地図の禁止エリアは正方形だけど実際の範囲は円形だわ)
首輪に爆破の信号を送る電波は円形に発せられてる。
大よその円の大きさが分かったので更に地図と照らし合わせてみると。
(隙間ができる……!)
これで退避場所が確保できた。それだけでもかなり前進したと言えよう。
更に紬の推理は止まらない。
(ピンポイントに電波を出すのは中々高度な技術がいるはず……もしかすれば各エリアに送信機みたいなものが……)
すぐさま他のエリアに行きその中心地点の調査を始めた。が、そう簡単に見つかる程甘くはなかった。
それでも紬は諦めなかった。少しでも可能性があるのだから。
(どこにもないわ……まさか地下かしら?)
農場からスコップを持ってくると中心部を掘り始める。見つからなければまた別の場所を掘り出す。
掘っては場所を変え、掘っては場所を変えとしていく内に紬の両手は血豆だらけになっていた。
痛みを必死に堪えただただ掘り続ける。こんなもの澪が撃たれた痛みに比べれば屁のようなものだ。
そう言い聞かせて掘る。掘る。掘る。そして……
(あった……)
小さな箱の中にアンテナがついた機械が入っていた。機械にはコードが着いておりそれはさらに地中深くに伸びていた。
恐らくこのコードの先に本部があるのだろう。上手くすればこのコードから何かができるかもしれない。
取りあえずアンテナは元に戻し荷物を取りに行く。当分はここで機械を調べることになるだろう。
急いで民家に向かい荷物を纏めると休むことなく走り出した。
胸が高鳴った。何とかなるかもしれない。自分が役に立てる。そう思うと笑みが浮かぶ。
もう一度あの部室に帰る。
澪ちゃんとさわ子先生はいなくなってしまったけれどそれでもあのメンバーなら大丈夫。
またお茶を囲んでお話しして演奏をするあの日常へ……。
人は勝利を確信した時、もっとも隙が生まれる。
このゲームから脱出するという勝利に見入られ現状を疎かにしてしまう。
「う、あ…………」
勝利後の姿を思い浮かべ満足し、現在の状況を忘れていた代償は余りにも大きかった。
「殺す殺すコロスころす……」
派手な行動、音。誰かに見つかるのは必然だったのかもしれない。
その見つかった相手が運悪く和だった。機会を伺ってた和に尾行されていたのだ。
家を出る瞬間を狙って包丁で心臓を一突きだった。
「の、どかちゃん……どう、して……?」
「生きたい、死にたくない、だから殺すの……そういうルールでしょ?」
光のない目をしている和を見て紬は残念そうに呟いた。
「みんなで……一緒に…………いたかったわ………………」
どうしてどいつもこいつも口を開けば“みんなで”とか言うのよ。
こんな状況で……どうして他人の事を気にするのよ。
「私が、オカシイみたいじゃない……」
和は紬から包丁を抜き取ろうとした。しかし肋骨に引っかかっているのか、なかなか抜けなかった。
仕方なく和は包丁を諦め紬の支給品のグロック27を取りその場を立ち去る。
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もうすぐ澪ちゃん達と会える。
でも、その前にやらなくちゃいけない。
今まで私がしてきた事、発見した事。
それを伝えなくちゃいけない。
既に死んでもおかしくない状況で紬は目を覚ました。
這いずる様にバッグに近付き、中から紙と鉛筆を取り出し自分が見つけたことを書けるだけ書いた。
手が震える。それでも書いた。誰かに伝えるため。段々と自分でも何を書いているのかも分からなくなっていった。
最後の一文字を書き終えると糸が切れたように動かなくなった。
【琴吹紬 死亡 残り5人】
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「午前3時42分。琴吹紬、C-2で死亡確認しました」
「ご苦労」
兵士の報告にタカハシは満足気に頷いた。
本部は騒がしかった。走り回って情報を整理する兵もいれば隅で優勝者トトカルチョをしてる兵もいる。
死亡者の報告が来るたびにトトカルチョ軍団は騒がしかった。
「タカハシ様、お電話です」
「ああ、今行こう」
騒がしい教室から出て行き別の教室で受話器を受け取る。他の者は部屋から出て行き教室にはタカハシ一人だけだ。
『どうかねタカハシ君、進行のほうは?』
「滞りなく進んでます」
『そうかそうか。それはよかった』
えらく機嫌のいい声だった。電話の向こうから数人の笑い声も聞こえる。
『で、あのお嬢さんはどうだ?』
「丁度今死んだとの報告があります」
『はははは!これはいい!あの男がどんな顔をするのだろうなぁ!』
「…………下衆が」
『ん?何か言ったか?』
「いえ、何でも。それでは私はまだ仕事が山ほどありますのでこれで失礼致します」
電話を切るとタカハシは深い溜息を吐いた。
(金は好きだが金持ちはどうしても好きになれないなぁ)
ポケットからタバコを取り出すとそれを吹かした。
(まあ、報酬さえ貰えればこんな所すぐオサラバだからな。それまでの辛抱だ)
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「ここは……?」
見覚えのある風景だった。椅子に机、ティーセット、楽器。
「部室……?」
自分は殺し合いをしているはずだった。それが急に部室にいる。
混乱している律の後ろから肩を叩かれた。誰かと思い振り向いた。
「澪……?どうして!?」
「なんだよ律……私何か変か?」
「だって澪は……!」
見てみると至って普通の澪だった。いつもの制服に白くて血色のいい肌。全てが普通だった。
夢だったのだろうか?夢なのかもしれない。殺し合いなんて非現実的すぎる。
夢から覚めたのだ。これが現実なんだ。なんら変わらない日常がこれからも続くんだ。
「なんでもないよ、澪」
「変な奴。ああ、梓は今日遅れるらしい」
「そっか、なあ澪」
「何?」
「私の事好きか?」
澪をからかって私が怒られみんながやってきて盛り上がる。
そんな日々がこれからもずっと……。
「……ぃ」
「え?」
「大嫌い」
突然澪が律の肩を掴んだ。肉が千切れる程の力で握られ律はうめき声を上げた。
「律のせいだ!全部律のせいだ!!」
「み、澪」
「律が余計な事するから撃たれたんだ!!いつも私の事を掻き乱してしわ寄せは全部私に来るんだ」
律はただ泣きながら澪の叫びを聞くことしかできなかった。
「血が止まらないよ!!助けてよ律!!どんどん血が溢れてくるんだ!!」
いつの間にかあの教室に戻っていた。澪は夥しい量の血に塗れながら律の身体を掴んでた。
「ごめん……ごめん、なさい……!!澪ごめんな……!!」
「謝ったって私はもう死んでんだよ!」
ひたすら謝る律の身体が急に軽くなった。誰かに手を引っ張られてるようだった。
眩しくて分からなかったがその手は小さいものだった。
「……い!……輩!!律先輩!!」
「あず、さ……?」
目を覚ますと森の中だった。目の前には心配そうな表情の梓がいた。
先ほどのは夢だったのだ。
「ずっと魘されてたので心配しました。すごい汗ですし……」
「ああ……」
「あの、お水どうぞ。……大丈夫ですか先輩?」
渡された水をゴクゴクと飲むとしばらく律は俯いていた。
沈黙。木々が風で揺れる音だけが辺りに響き渡る。
「私、余計だったのかなぁ……」
ポツリポツリと呟く。
「もしあの時余計な事言わずに澪を行かせておけば……」
肩が震えポタポタと雫が垂れた。
「いつも私出しゃばっててさぁ、澪迷惑だったのかなぁ……」
「……『私のせいだ』なんて言わせませんよ」
律は何も言わない。
「迷惑だって思うことはあったかも知れません。それでも澪先輩は律先輩の事好きだったと思います」
「……でも」
「先輩は言いました。澪先輩が死ぬ瞬間笑ってたって」
「……!!」
「結果的には死んでしまいましたが最後まで一緒にいれて澪先輩も嬉しかったんじゃないですか?」
「澪……」
「律先輩は守ろうとした。悪いのは撃った奴らです。だから気に病まないでください」
普段強気で天真爛漫な彼女は初めて後輩の胸で咽び泣いた。梓は黙って頭を撫でて律を優しく包み込んだ。
今だけは一人のか弱い女子高生となってただひたすら涙を流した。
そんな彼女を見て梓は全力で彼女をサポートすることを誓った。
自分がしてあげられることを最大限してあげようと。
空が明るくなってきた。6時の放送が間もなく始まる。
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皆さんおはようございます。6時の放送です。それでは禁止エリアを発表します。
9時からA-3、12時にA-1です。もう一度いいます。9時からA-3、12時にA-1です。
次に死亡者の発表を行います。今回は琴吹紬さんです。残念でしたね。
それでは12時に会いましょう。健闘を祈ります。
ただ淡々と述べられる放送に怒りを覚えつつ律と梓は下山していく。
たっぷり泣いたので目は赤く腫れぼったいが元気は出たようだ。
紬の死を悲しむがそれに勝って主催者に対する怒りで二人はその場に蹲ることなく歩いた。
ようやく着いた島の中心にある商店街。誰かいないか一軒一軒探していく。
どうやら薬局に入った時、誰かがいた痕跡を見つけた。
包帯や消毒液などが不自然なほどごっそりなくなっていたのだ。つまり誰かが来て持っていったことになる。
こんな事をやりそうなのはしっかり者の憂か真面目で頭の良い和、そして同じく頭がよくて世話焼きの紬。
二人は探索のスピードを上げた。もしかすると紬がいるかも知れない。
さわ子も紬の死も放送でしか聞かされていない。いまいち信用しきれないのだ。この目で見るまでは。
商店街を抜け住宅街に入った。一軒一軒調べてくが特に何もない。
そろそろ住宅街を抜け森に入るという所でバタンと扉が閉まる音がした。
二人は急いでその音がした民家へ向かった。
胸騒ぎがした。
そこの角を曲がれば音がした民家の入り口がある。
だが心の一部ではそれを拒否している。それでも止まるわけにはいかない。確かめなければならない。
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紬がいた。
うつ伏せで寝ている。
酸化して少し黒っぽくなった血の海に寝ていた。
初めて見る死体に梓は胃液を逆流させてしまった。そんな梓の背中を優しく撫でて介抱した。
梓が落ち着いたのを見計らって紬の身体を仰向けにしてあげた。
何かを成し遂げようとする必死な表情だった。律はそっと目を閉じさせ、水で濡らしたタオルで顔を拭いてあげた。
「辛かったよなぁむぎ。辛かったんだよなぁ……」
律は手を合わせる。梓もしゃくり上げながら一緒に手を合わせた。
思い出すのは楽しかったことばかり。二人はしばらく手を合わせ続けた。
「埋葬……しませんか?このまま野晒しなんて可哀想です……」
梓の提案に律は二つ返事で了承した。二人が紬を地面がある所まで移動させようとした時、紬の手から何かが落ちた。
二人は落ちたものを拾い上げた。見ると何かを書いた紙だ。所々血で汚れ、字も震えている。
それでも読めないほどではなかったので読んで見る。読んでいくにつれて二人の顔が驚愕に変わっていた。
「むぎ先輩は……みんなのために、これを……」
「死ぬ間際までほんとお節介で優しかったな……ありがとう、むぎ」
二人は涙を流しながらむぎの遺体を埋めた。
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次なる敵を捜し求め、和は町の北側をうろついていた。
自分が殺した紬しか死んでいなかった事に焦りを感じる。
殺し合いをしているのは自分だけなのか?自分が異常者なのか?
いや、少なくともさわ子を殺した奴がいる。それでも二人しかいない。
それともこの人数に対してこの島が広すぎるからか?
そのお陰で遭遇率が低下しているのか?
ならば人が集まりそうな町を離れる訳にはいかない。
「あらかた探したし今度は西に行ってみようかな……」
一方唯は和を探しに町の南を探索していた。北は住宅街が多いがこちらは畑や田んぼが多く見通しが良い。
「疲れた〜アイス食べた〜い」
数時間前のシリアスが嘘のように緊張感のない声を出しながらだらだらと歩く唯であった。
(そういえばうぃはどうしてるかな……のどかちゃんを助けたら探しにいかないと)
自分よりしっかりものの憂なら簡単には死ぬことはないだろう。
それに進んで人殺しをするような人間なんていないはずだ。和だって本当は殺したくないはずだ。
紬やさわ子だってもしかしたら事故死かもしれない。
そう半ば思い込むようにして納得させると丁度自転車が目に入った。
「らっきー!これで移動が楽になるよぉ〜」
颯爽と跨ると乗り心地を確かめるように周囲をグルグルと回る。
次は西を探そう。そう思いペダルを勢いよく漕いだ。
奇しくも二人の向かう場所は同じ場所であった。
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「斉藤、紬の行方は分かったか?」
「申し訳ありません。今しばらくお待ちを……」
「そうか……」
特徴的な眉毛をハの字にして溜息をつくのは紬の父親である。
琴吹家はパニックになる寸前だった。最愛の娘からの連絡が途絶えたのだ。
最初に気付いたのは別荘に到着していないという報告を受けた時だ。
当日、あの付近の海は荒れていたと聞くのでその影響で遅れているのかと始めは思っていた。
しかし、用意した船にも乗っていないとう報告を受け流石におかしいと思い調査をした。
近隣住民の口コミでは駅で見たのが最後だという。
そして現在琴吹家のネットワークを総動員して全力で紬の行方を追っている。
紅茶を一口飲む。プロが淹れたのだろう。上品な香りで旨みがしっかり味わえる。
なのに美味しいと感じない。思い出す味は娘の淹れた紅茶の味。
ガタンと何かが落ちた。振り向くと一家を描いた絵が落ちた。
拾い上げると丁度紬の所だけガラスにヒビが入っていた。
「無事でいてくれ……紬」
「斉藤さん、ちょっといいですか?」
廊下を歩いていると使用人の一人が斉藤の下にやってきた。
使用人は耳打ちをすると斉藤の表情が険しいものとなった。
「わかりました。念のため徹底的に調べてください」
「はい。それともう一つ、紬様のSOS信号をほんの一瞬、僅かですが感知されたと」
「場所の特定は?」
「それが本当に一瞬で微弱だったので……」
「一刻の猶予もありません。そちらを優先で急いで特定してください」
「はい。失礼します」
使用人がいなくなった後、斉藤は廊下の窓を開けた。
「紬様、それに御学友の皆様。どうか御無事で」
斉藤の呟きは夏の暑い風にかき消された。
自転車であっという間に町の西に到着した唯は支給されたパンを食べていた。
昨日から何も食べていなかったので空腹も限界だったのだ。
味気ないパンを放り込み唯は思いを馳せる。
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紬が死んでしまった。
経緯はどうあれもうこの世にはいないのだ。
お金持ちのお嬢様でおしとやかでとても気が利く、一番軽音部の仲間を大事にしていた人だった。
もう彼女が淹れたお茶が飲めない。お菓子を囲んで話に花を咲かせる事もできない。
泣きたかった。でも泣けなかった。今は使命があるから。
和を元にもどして梓を守って憂を守って律と一緒に脱出する。
それを果たすまで紬のための涙は取っておこうと思った。
「よし、行こっか」
唯は最後の一口を放り込み水で流すと自転車に跨った。
ガキン!と金属と金属がぶつかる音がした。鉛弾が自転車のタイヤに当たったのだ。
バランスを崩した自転車と共に唯は横転した。
立ち上がろうとした時、今度は左の太ももに銃弾が当たった。あまりの激痛に唯は悲鳴をあげた。
蹲る唯に撃った本人、真鍋和が近付いた。
「はぁ、はぁ……のど、かちゃん……」
「言ったでしょう?二度と現れないでって」
以前会った時とは違う。感情というものが抜け落ちてるような雰囲気だった。
機械のように淡々と喋り殺そうとする和に唯は恐怖を覚えた。
(でも……ここで怖がってちゃのどかちゃんは……!)
傷口を押さえながら唯は何とか立ち上がる。
「のどかちゃん……もう止めよ、こんな事……悲しいだけだよ」
痛みで顔が引き攣りそうになるのをなんとか堪え、いつもの笑顔で優しく語りかけるように言葉を続ける。
「死ぬのは怖いよ。でも、みんなを殺して一人ぼっちになるのはもっと怖いと思うんだ……」
足を引き摺りながら唯は和に近寄る。
「それ以上……近付くと撃つわよ」
「本当は分かってると思うんだ。こんなの間違ってるって。優しいのどかちゃんは気付いてるはずだよ」
和の色のない瞳が僅かに揺れた。それを見た唯はさらに続ける。
「お願いのどかちゃん、もう止めようよ……私もう誰かが傷つくのを見たくないよぅ……」
涙を流しながら訴える唯に和の銃はカタカタと震える。
「……無理よ、そんなの。もう後戻りはできないのよ。私が紬さんを殺したのよ!もう殺人者なの!!」
紬を殺したと聞き唯は動揺した。
「憎いでしょ?もう昔の私じゃないの。だから……さよなら」
狙いは頭。和は引き金にを引いた。
唯は眼を閉じた。次いで発砲音が聞こえた。
痛みはなかった。あまりに一瞬すぎて感じないのか?
それにしても意識はある。倒れる気配もない。
不審に思い目を開けてみる。目の前にあったはずの銃口が別の方向に向いている。
更によく見ると和の手には矢が刺さっていた。和は苦痛に顔を歪めている。
「和さん、今お姉ちゃんを殺そうとしたでしょ?」
【1日目10時現在 残り 5名】
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「憂ちゃん……!」
苦虫を噛み潰したような表情で和は憂を睨み付けた。
それに全く動じることなく、憂はさわ子の支給品だったボウガンの矢を装填する。
「うぃ!無事だっ……うぃ……?」
妹との再会に喜びたい。だが喜べない。何故か?
彼女の発する禍々しいオーラを本能が感じ取ったからだ。
産毛が逆立つ。鳥肌がが立つ。寒気が走る。冷や汗が垂れる。恐怖に埋め尽くされる。
唯以上に和は感じた。頭の中の警報機がやかましい程鳴っている。
自分とは別次元だ。殺される。本当の死の恐怖が目前に現れた。
「う……うわああああああああああ!!!!」
矢が刺さった方とは別の手で銃を構えるがまたしてもボウガンで射抜かれた。
両手が殆ど使えなくなった和にいよいよ死が直前に迫った。
憂はボウガンをしまうと鉈を取り出した。太陽光に反射してギラギラと輝いていた。
「う、うい……」
「もう大丈夫だよお姉ちゃん。私が全部守ってあげるから」
「うい!!」
「こんな事本当はしたくないけど、大好きなお姉ちゃんのためだからね。でも……」
「う、うあ……」
和は歯をガチガチと揺らしながら尻餅をついてしまった。スカートの下には水溜りが出来ていた。
「優しくていい人だと思ってたのに……あなたはお姉ちゃんを傷つけ、殺そうとした」
殺意の篭った目で見下ろす。
「あなたを殺しても悲しみも同情もしない。私は絶対に許さない」
大きく鉈を斜めに振り上げると和の首目掛け一気に下ろした。
「死んじゃえ」
肉が潰れる音が聞こえた。
誰かが自分の前に立っている。
この場にいる人間でこんなことできるのは彼女しかいない。
唯はこっちを振り返るとニッコリと笑い、そしてそのまま倒れた。
「ゆいいいいいいいいいいいい!!!!」
和は倒れた唯の傍に寄ると薬局で手に入れたガーゼで必死に止血した。
憂の一撃は脇腹から中心まで深く食い込んだ。恐らくは助からないだろう。
それでも必死に手当てをする。
「なんで……なんで助けたのよ!!私はあなたを殺そうとしたのよ!?おかしいじゃない!!」
和の叫びに唯は血を咳き込みながら答えた。
「大切な友達だから……傷付けるのも付けられるのも、もう見たくないよ……」
『みんな』『友達』死んでいった2人もそんな事を言っていた。
友達ってなんだろう?唯は言った。私が友達だと。
自分の命よりも友達を優先する。馬鹿げてる。
なのに何でだろう。胸が苦しいのは?涙が止まらないのは?
「ごめん……なさい……ごめんなさい!唯!ごめんなさい!!」
「いいよ……でも、よかった……の、のどかちゃんが、も、元にもどって……」
また咳き込む。吐き出す血が鮮やかな赤からどす黒い血に変わっている。
「うい……もうこんな、ことしちゃだめだよ……」
憂は茫然自失といった感じだった。唯の言葉は聞こえたのかはわからない。
「じゃあね、のどかちゃん……ういをよろしくね……」
「待って唯!!お願いだから行かないでよ!!私……私……!」
目を閉じる。そこはあの講堂でみんながいた。
みんな笑顔だった。
舞台にいるみんなも舞台袖にいるさわ子や和も、客席の憂も。
みんな笑顔だった。
「みんな……大、好き……」
叫び声が響く。
悲しみと後悔が入り混じった声だった。
和はただひたすら泣き叫んだ。
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「お姉ちゃん……?」
ふらふらと覚束ない足取りで姉の傍に行く。目の焦点は合っていない。
「もう、お姉ちゃんったら……学校遅刻しちゃうよ」
唯の身体を揺さぶる。
「ほら、起きて。お姉ちゃん起きて。朝ごはん冷めちゃうよ」
「憂ちゃん……」
「起きないと今晩アイスなしにするよ?ねえ起きて」
「もうやめて……」
「後10分って、さっきもそう言ってたでしょ?さあ、起きて」
和は後ろから憂を羽交い絞めにした
「憂ちゃんもうやめて!もう、もう唯は……」
「離してください!お姉ちゃんが起きないんです!お姉ちゃん和さんも迎えに来てるよ!起きて!」
「もう死んだのよ!唯は……唯はもう……死んだの」
「お姉ちゃんお姉ちゃんおねちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねちゃんおねえちゃんおねえちゃん」
「憂ちゃん!!」
壊れたスピーカのように繰り返す憂の頬に和は平手打ちをした。
「あなたを攻める気はないわ。私のせいでこうなったんだから。でも、ちゃんと現実と向き合って。唯のためにも」
「お姉ちゃん……」
自分が殺した。この手で最愛の姉を殺した。
手に殺した時の感触が残っている。鉈が肉に食い込み、繊維を断ち切り、骨に到達する。
感触が生々しく残っていた。
お姉ちゃんを守るつもりだった。
どこで間違えたのだろう?
どうして殺してしまったのだろう。
和さんのせい?
違う。
自分の身勝手な行動のせいで死んだんだ。
「ごめんなさい……お姉ちゃん……」
憂は自分のバックからボウガンの矢を取り出すと一気に喉に突き刺した。
あまりの突然の行動に和はただ見ることしかできなかった。
矢を強引に引き抜くと血が溢れ出した。大量出血と血で気管が詰まることによる酸欠であっという間に意識がなくなる。
ごめんねお姉ちゃん、さわ子先生。今そっちに行きます。
許してくれるかわからないけど、なんでもする覚悟です。
「じゃあうぃ〜あいす〜」
「お姉……ちゃん?」
「取りあえずコレ着てくれるかな?そしたら許してあげるわよ」
「さわ子先生……」
二人が目の前にいた。いつもの姉に妙な服を手にしたさわ子先生がいた。
「もう、勝手に死んじゃだめだよ〜お姉ちゃんの分まで生きてほしかったのになぁ」
「ごめん……だって、お姉ちゃんに謝りたかったんだもん。離れたく……なかったんだもん」
泣き出す憂をそっと唯は抱きしめる。
「おお〜よしよし。憂はかわいいね〜」
「さて、ムギちゃん達がお茶とお菓子を用意してるわ。憂ちゃんも行きましょ?」
「でも私……」
「気にしなくて大丈夫よ。みんな優しいから許してくれるわよ」
「殺された本人がこう言ってるんだし、ね?」
渋る憂の唯は手を引っ張る。さわ子も促すように後ろから押す。
仕方なく歩き出す憂だが、その表情に笑顔が戻っていた。
「お……ねえちゃ……ん……」
二人は寄り添うように横たわった。最期まで仲の良い姉妹であった。
【平沢唯、平沢憂 死亡 残り3名】
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「こっちの方角から銃声が聞こえたんだけどな……」
「先輩、誰かいます!!」
銃声を聞きつけ急いで駆けつけたが到着した頃には全て終わっていた。
「唯……?」
「唯先輩……と憂……?」
駆け寄ったが既に事切れた状態だった。
二人は膝をついて涙を流した。
「和……何があったんだ……?」
律の問いに和は答えない。
「答えろよ!何が起きたんだよ!!」
「落ち着いてください先輩!」
横でへたり込んでる和の胸倉を掴み、激しく揺さぶる律を必死に梓は宥めた。
律が手を離すと和は俯いたまま何事かを呟いた。
「……して」
「ああ?」
「殺して……私を、殺して」
和は今までの経緯をすべて話した。
紬を殺した事。唯を死なせてしまった事。唯に憂の事を頼まれた直後自殺を許してしまった事。
「最低よ……私は。だから殺してほしいの」
和の懇願に律はただ黙ってるいるだけだ。
長い沈黙の中、律は傍に落ちてた和の銃を拾い上げ構えた。
「先輩……!」
「唯は……唯は死ぬとき何て言ってた?」
「え?」
和は顔を上げるが律の表情は逆光でよくわからない。
「唯は和を恨んでたか?ムギは恨んでたか?」
和は首を横に振った。
「唯は……友達って言ってくれたわ。みんな大好きって……」
「私も唯が好きだ。梓だってみんな好きだ。その好きな奴の友達を殺すのは友達じゃねえ」
律は銃を下ろす。
「絶対生きろ。みんなの分まで、死ぬとか言って逃げんなよ」
和は泣き崩れた。
「でもな、個人的な怒りは別だ。唯とムギの分、2発殴らせろ。それで勘弁してやる」
和は黙って歯を食いしばった。鈍い音が2回響いた。
「痛ぇーなぁ……本当に痛ぇよ。殴った拳も……胸も……すげぇ痛ぇよ」
律は拳を強く握り締めながら涙を流した。
みんな泣いてしまった。少女達にとってあまりにも辛かった。
大切なものを失い過ぎた。少女達は泣くことしかできなかった。
しばらくして落ち着いてきた3人はこれからの計画を練った。
「半端じゃ済まされねえよな。絶対生まれた事を後悔するくらいギタギタにしなきゃな」
一同が頷く。と同時に紙にペンを走らせている。盗聴器が仕掛けられているため筆談をするのだ。
『ムギが見つけたアンテナをぶっ壊す。そんで篭城して澪を殺した野郎とタカハシって野郎をぶっ殺す』
『無茶じゃないです……?』
『やるっきゃねえ。他にいい方法あんのか?』
梓は俯いて押し黙ってしまった。と和がさらさらと紙に書いている。
『ある。けどこれも確実じゃない』
律が次を促すように首を振ると和はまた書き始めた。
和の提案とは次のことである。
前提条件としてアンテナを破壊しても本部に気付かれない事。
首輪の位置情報をアンテナからの電波で取得している事。
死亡した時首輪が停止し反応が消える事の三つである。
まずアンテナを壊すと同時に一人が残り二人を殺す演技をする。
アンテナを破壊すれば電波外になるので当然首輪の反応が消える。
そうすれば残った一人が優勝したと勘違いし、最低でも優勝者の首輪は解除される。
学校に乗り込んでプログラムを破壊出来次第残り二人も学校に突入して制圧。
『いや、まだ篭城のほうが確実だって……』
『だよね……本の読みすぎね』
『でも和先輩の案のほうが澪先輩を殺した人とタカハシを倒せる確立は高いですよね』
確かに篭城だと下っ端ばかりがやってきてお偉いさんは高みの見物が関の山だろう。
しかし学校に乗り込む和の案なら2人に近付く可能性は高い。
比較的安全だが最大の目的が果たせない確立が高い篭城か。
博打だが最大の目的が果たせる確立が高い奇襲か。
律は悩んだ。悩んで悩んで悩み抜いた末に出た結論は、
『篭城にしよう』
誰も否定することはなかった。二人ともどちらを選んでも受け入れる覚悟は出来ていた。
確かに二人は憎い。この手で嬲り殺したいほど。
しかし自分には大切な仲間がいる。少しでも生き延びれる可能性を選ぶのはリーダーとして当然の行為だった。
『それじゃあ篭城する場所を決めるか』
こちらは人数3人に拳銃2丁、マシンガン1丁。唯の鞄に入っていた手榴弾6個。
対する敵は人数は不明。武器も豊富。この圧倒的戦力差を埋めるためには拠点選びは重要だった。
あらゆる武器を想定しあれこれと議論していく。
本屋や図書館で軍略や歴史の本などでを調べた。
『じゃあここでいいな?』
律が指し示した所、それは病院だった。裏が絶壁となっており後ろから攻められることはない。
広さも広すぎず狭すぎず、医療器具完備と申し分ない所だった。
全員の意見が一致した時、12時の放送が入った。
禁止エリアが発表された時、一同の顔が凍りついた。
今篭城をすると決めた病院の場所がこれから禁止エリアになるという。
物資の調達は任せると言い残し律は走り去った。
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スコップを持ちマウンテンバイクに跨ると一気に加速した。
ここからはかなり距離がある。今は12時10分。15時に禁止エリアとなるので残り2時間50分。
向こうに着いてもアンテナを探して破壊をしなければ行けない。微妙なところだった。
何度も転んだ。その度に立ち上がってスピードを上げた。
足がパンパンになろうともひたすらペダルを漕ぐ。
時刻は14時25分。やっとの思いで到着した。
だが休んでる暇はない。何としてでも見つけ出し破壊しなければならない。
間に合わなければ作戦どころか自分がリタイアとなってしまう。
こんな所で死ぬ訳にはいかない。一心不乱にスコップで掘り続けた。
――残り30分
まだ見つからない。
――残り20分
まだ見つからない。
――残り10分
まだ見つからない。
――残り5分
首輪から警告音が鳴り始めた。
――残り1分
「私は信用してるぞ、ムギ。だから……お願いだ!見つかってくれ……」
――残り30秒
ガキィと地面の音ではない音がした。律は掘るスピードを速めた。
――残り10秒
「あった……!」
――残り5秒
スコップを振り上げる。
――残り3秒
「おおおおりゃあああああああ!!!!!」
――残り……
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「律先輩大丈夫かな……」
「大丈夫よきっと……みんなが助けてくれてるわ」
「それにしても和先輩運転上手いですね……」
「ゲームと一緒よ。それにATなんておもちゃみたいだし」
二人は車で病院に向かっている。少しでも早く着きたいため車のある民家に進入し鍵を探した。
運よく1件目で見つかり車に乗り込んだ。そして今に至るわけだ。
「お陰で荷物が一杯つめたし。本当にラッキーね」
「そうですね。あ、次右です」
車は目的地に向かって爆走する。
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程なくして本来なら禁止エリアとなる場所の手前までやってきた。
車を直前で一旦止めると二人は降りた。
「いい、もし禁止エリアなら警告音が鳴るわ。その時は残念だけど、律抜きでやることになるけど」
「覚悟は出来てます」
「そう、それに律ならきっと何とかしてくれたはずよ」
二人はゆっくりと歩き出す。
数十メートル、数メートル、数センチと近付いて行き、そして……
「首輪がならない……」
もう一歩、二歩とどんどん歩く。
そして首輪は……
うんともすんとも言わなかった。
二人は嬉しさの余り抱き合った。成功したのだ。
急いで車に乗り込みアンテナがあるであろう所まで向かった。
穴だらけの地面の中央に律は寝てた。
二人が寄ると律は苦笑いを浮かべた。
「ずっとチャリで走りっぱなしだったから疲れた……安心して腰ぬけた……」
久々にみんなで笑いあった。
「さあ、時間がないから車乗って。本部も気付いてるはずだから」
「おー!!……ところであの車は?」
「和先輩がパク……じゃなくて借りたものです。凄い上手いんですよ」
「昼は優等生を演じ、しかしその実態は幾多の峠を制覇する……」
「何をぶつぶつ言ってるのよ。早くしなさい」
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一方本部は慌しかった。禁止エリアになるはずの場所に3人も生きているのだ。
「何故禁止エリアになってないんだ!!ちゃんと起動させたのか!!」
「それが何をしても反応がないのです……」
「壊されたか……小癪な。おい、第2、第3部隊に伝えとけ!武器を持って病院に向かえと!」
伝令が急いで教室から出て行く。
喧騒に包まれた教室の隅でタカハシは慌てる様子もなくコーヒーを啜っていた。
(おもしろい事になったな……あの成金共の悔しがる顔が目に浮かぶ)
タカハシにとってこのゲームなどどうでもよかった。危険と判断すればさっさと逃げればいいのだ。
だから慌ててる兵士を他人事のように見ていられるのだ。
(脱出が成功したほうが面白そうではあるな……)
タカハシは薄い笑みを浮かべながらコーヒーを飲み干した。
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病院はすっかりと変わっていた。玄関には机や椅子などでバリケードが作ってある。
内部のあちこちにトラップを仕掛けた。これもサバイバルの本に載ってた狩猟用のものを応用したものだ。
「後は成功を祈るだけ……か」
律は窓から外を眺める。太陽が傾き始め、空はうっすらとオレンジ掛かった。
こんな状況なのにとても綺麗な風景だと思った。
この景色をみんなで見れればどんなによかっただろう。しかしそれはもう叶う事はない。
だから戦うのだ。私達から大切なものを奪った奴らに報いを受けさせるのだ。
「みんな聞いてくれ」
二人は作業を止めて律のほうを注視した。
「これから奴等と戦うけど、逃げるならまだ間に合うかもしれない」
律は思いつめた表情で続ける。
「復讐するって言い出しっぺは私だ。無理に付いてくる必要はない。ここまで手伝ってくれただけでも……」
「今更なに言ってるんですか?」
律の言葉に半ば呆れたような口調で梓が答える。
「復讐したいという気持ちは一緒ですよ。言い出しっぺもなにもありません」
「私なんかが言うのはおこがましいかもしれないけど、私はこんな殺し合いをやらせる主催者が心底憎い」
梓も和も主催者を倒すという強い意志があった。
「死ぬかもしれないぞ?それでいいのか?」
律の忠告も二人は笑って答える。
「一人でも欠けたら放課後ティータイムじゃないです。私は先輩とずっと一緒ですよ」
「ここで逃げ出したらまた昔の私に戻るわ。そうならないと唯に誓ったのよ」
それに死んでいった人達に失礼だしね、と和は付け加えた。
二人の目には確かに覚悟が見て取れた。迷いも後悔もなくとても澄んだ瞳だった。
なんと頼もしいのだろうか。律は涙を流した。
「ありがとな……みんな」
「泣かないでください先輩。そんなの先輩のキャラじゃないですよ。もっと能天気に……」
「誰がノーテンキだ!!」
「ふふふ……」
こんな楽しい雑談はこれが最後かもしれない。
だから笑った。みんな精一杯笑った。
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18時。本来なら放送の時刻だがもうスピーカーを使うことはない。
ひぐらしの鳴き声をBGMにそれぞれが部屋から外を見張る。
離れた場所は無線を使って連絡を取り合う。
「右側異常なしです」
「左もなし」
「意外と遅いなぁ……」
「こういう場合視界が悪くなる夜に攻めるのがセオリーって聞いたわ」
「なんだよ……じゃあもうちょっと休むか」
「あくまでセオリーよ。この場合相手からすれば敵は貧相な武器を持った女3人よ」
「舐めてかかってくるに違いませんね」
「さっさと片付けて帰ろうぜー、って感じか……腹立つな」
「でもそのお陰で油断してくれるはずよ。そこを突けば……」
「言ってる傍からお出ましだぜ。みんな準備しろ!」
正面にある大通りにジープが2台止まり、車から武装した兵士が出てきた。
「最初の部隊は必ず室内までおびき寄せてやっつけるんだ」
武器が圧倒的に不足している状況では相手の物を回収する以外勝つ方法はない。
安全に回収できる建物内までおびき寄せてから撃退するという作戦だ。
全員が頷くとそれぞれ配置についた。
「第二小隊は待機!第三小隊は病院へ潜入!生死は問わん!」
部隊長が命令すると各自持ち場についた。攻撃部隊はそのまま病院へ向かう。
攻撃部隊は一応の警戒はするものの、やはりどこか楽観ムードだった。
相手がただの女子高生3人。武器の情報は拳銃2丁にマシンガン1丁。
こちらはプロが6人。武器は各自マシンガンと拳銃にナイフを持っている。弾薬も豊富。
如何に愉しむか、遊んでやろうか。全員がそんな考えだった。
「見ろよ、一丁前にバリケードなんか作ってら」
「でもやっぱ素人だな。これじゃ簡単に破れる。見ろよ、そこなんかスッカスカだぜ?」
指を指すと確かに他の場所と比べればバリケードは薄い。
隊員の一人が勢いよく蹴り飛ばすとあっさりと破られた。
全員がぞろぞろと中に入っていく。電気は点いてなく薄暗かった。
「じゃあ俺眼鏡の娘襲ってくるわ」
「あ、じゃあ俺は小っちゃい子貰い!」
「馬鹿、調子のんなよ」
2人が駆け足で先に出て行く。一人がそれを抑えるが顔は笑っている。
突然前に出てったうちの一人が立ち止まった。何事かと思った時それは倒れた。
慌てて駆け寄ると額に矢が刺さっていた。
「明かりを点けろ!罠が張ってあるぞ!」
全員がスコープを点けると確かに倒れた男の近くに細い糸が張ってあった。
恐らく支給品にあったボウガンと合わせたのだろう。
「クソ!生意気な事しやがって……!全員気を引き締めろ!全力で殺してやる!」
通路が左右に分かれているので二人と三人の組に別れそれぞれの通路を進むこととなった。
三人組みのほうは一部屋一部屋警戒しながら調べていく。1Fは誰もいない。
2Fも同様に探すが誰もいない。更に3Fへ行こうとした時背後で何かが割れる音がした。
振り向けば火の手が上がっていた。1Fへの階段と2Fの通路はその炎によって絶たれた。
「3Fへ逃げるぞ!」
隊員達が急いで階段を登るが突然力が入らなくなった。
やがて立つ事もままならなくなり誰もが倒れてしまった。
それらは二度と立つ事はなかった。身体を緑色に変化させて見るも無残な姿だった。
原因はH2S。一時期流行った所謂「硫化水素」である。
学校の実験室から持ってきた硫化鉄と希塩酸を混ぜて発生させたのだ。
硫化水素は空気より重いので階段の上で発生させれば自然と下に降りて行く。
それを登ってきた隊員達がまともに吸ってしまったという事だ。
しかし一般的に言われている腐卵臭という独特な臭いに何故気付けなかったのか?
硫化水素は濃度が高ければ高いほど無臭になるという性質がある。
加えて突然背後で炎が発生したことによる緊張、焦り、退避による急激な運動など。
また装備品の重量などで呼吸の回数は平常時よりも高くなっている。
気付く間もなく大量の硫化水素を吸い込んでしまったという訳だ。
タイミング良く火炎瓶の発火と硫化水素を発生させる事に成功した和は額の汗を拭う。
硫化水素が充満しているため残念ながら今すぐ武器の回収はできないが結果オーライであろう。
残りは二人。和は反対側の通路の援護に向かった。
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梓は現在交戦中だった。と言っても防戦一方である。しかし上手く障害物を使い攻撃を防いでいる。
対して二人の兵士も責めあぐねていた。近付こうと少しでも物陰から身体を出せば弾が飛んでくる。
また机や椅子などが通路の片側に乱雑に置かれており人一人がやっと通れるスペースしかない。
左右に避けながら接近することができない。そうなればいくら素人でも当てることは容易い。
こうなれば持久戦となる。無駄撃ちをさせて弾切れになった所を確実に仕留めればいい。
事実梓は本物の銃撃戦に途轍もない恐怖感を煽られていた。
辛うじてみんなのため、死んでいった者のためとしての使命感で応戦してはいるがそれでも正確な射撃は出来ない。
兵士が出て行く振りをすると予想通り撃ってきた。すぐさま物陰に隠れる。
これを繰り返せばいい。そう確信した時一つ疑問が思い浮かんだ。
本当に一人だけなのだろうか?3人のうち、こちらにいるのは1人だけなのか?
反対の通路にも当然いるだろう。だとすると後一人はどこにいるのか?
その時すぐ横の窓に何か影があった。
驚いて振り向くとそこにはP-90をもった少女がいた。
窓ガラスが割れる音と共に二人の身体は蜂の巣となった。
「あ、梓ー降ろしてくれー!落ちるー!」
「まったく……無茶しすぎですよ先輩。落ちたらどうするんですか……」
「これぐらいやる覚悟ないと敵は倒せないのだよ。それと先輩じゃなくりっちゃん隊長と呼びたまえ梓隊員」
外で宙ぶらりんになってる律を室内に引っ張りロープを解いた。
梓が指定した場所で囮として戦っている隙に律は屋上からロープで下の階まで降り奇襲をしかけたのだ。
通路に降り立った律は先程自分が撃った死体を見た。
「殺しちゃったんだな……」
奇襲をかけた時は無我夢中だったため何も思わなかったが改めて死体を見ると罪悪感が出てきた。
「なあ梓、これで私も人殺しの仲間だ。こいつらと同類になっちまった……」
自嘲気味にそう言うと兵士から武器を回収しはじめる。
「先輩……」
「さてと、和と合流しよっか」
梓は声を掛けることができなかった。
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「攻撃部隊からの連絡がありません」
「まさか小娘等ごときにやられたというのか?」
「しかも定期の連絡は愚か撃破の報告もないので敵は生存している可能性が」
報告を受け部隊長は飲んでいたコーヒーのマグカップを地面に叩き付けた。
「馬鹿者共が!!たかが女に無様にやられおって!!」
部隊長の激昂に兵は萎縮する。と、そこに一本の無線が入った。
乱暴に無線機を取ると若干声を荒げながら応答した。
「こちら捕獲部隊、どうぞ」
『ああ、そっちはどうだい。到着して随分経つが首輪の反応が消えていないのだが?』
「油断した馬鹿共が返り討ちに遭いました。これからは全力で制圧します」
『そうか。相手は死に物狂いだから気をつけたまえよ。では』
無線機を置くと直ぐに厳しい表情で皆に向き直り号令をかけた。
到着前とは明らかに違う兵士の顔つきでそれぞれが準備に取り掛かった。
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一方病室では律が黙々と武器を分配していた。普段のおちゃらけた雰囲気はなく、異様な空気だった。
梓はどう声を掛ければいいのか分からず和に助けを求めるが、和は放っておくのが一番といった。
人を、それも友達を殺したことがある和だからこそ理解できた。
何かから逃げるように、正当化しようと葛藤している心境を理解できた。
そんな律を見て梓は何もしてあげられない悔しさと自分も変わってしまうのかという恐怖で複雑な気持ちだった。
分配が終わった。二人分のマシンガン、ハンドガンをそれぞれ梓と和に、ナイフ、手榴弾は律が持つこととなった。
「第二派が来るけど今度はさっきみたいに行かないだろーな」
「敵も本気だろうし奇襲はもう効かないはず」
「じ、じゃあ完全に力勝負ってことですか……本物の兵隊相手に……」
不安そうな梓の肩を律は優しく抱き寄せる。
「ごめんな。こんなのについてこさせて。私が全力で守ってあげるからな」
「え、あ……いや、大丈夫ですよ。ちょっと怖かっただけです。それにここに来たのは自分の意思ですし……」
「悪いと思ってる。梓を人殺しにさせちゃうかもしれないし……こんな部長でごめんな」
律は梓を離して病室の出口に向かった。廊下に出ようと扉に手を掛けた時、和が喋った。
「重要なのは殺した後自分がそれを背負えるか……」
律は振り返り和を見る。まっすぐとした瞳に律は動けなかった。
「どんな経緯、理由であろうと殺したことは事実……だからこそ何を背負って生きて行けるかが大事だと思うの」
「和先輩……」
「私はなんとしてでもみんなと生き残るわ。唯との約束、琴吹さんや先生の願いを背負ってね」
迷いの一切ない瞳。それを見て律自信の心の迷いも少しずつ晴れてきたように思えた。
「そっか……そうだよな。背負ってかなきゃ行けないんだよな。ブルーになってる場合じゃないよな」
「そうですよ先輩。私達放課後ティータイム、夢は武道館。そのためにもみんなで生き残らないとです」
「武道館……」
始めの澪との約束。それがけいおん部全員の夢となった。
冗談交じりの夢だけど必ず行けると皆信じていた夢。
肉体がなくなろうとも皆ちゃんといる。心のビートで繋がっている。
みんなと演奏するために、そのためならどんなに汚れても構わない。
生きる。今はただそれだけ。
全員が円陣を組んだ。
「絶対生き残ろうな!!」
「みんなのためにも!」
「放課後ティータイムのためにも!」
「武道館に行くぞーーーー!!」
「「おおーーーー!!」」
部隊は着々と進んでいた。途中にトラップはあったものの所詮は素人が作ったもの。本気の兵に効果はなかった。
慎重に、だが迅速な行動に1F、2F、3Fとどんどん階を勧めていく。
律達は最上階の6Fの一室に立てこもっていた。下手に分散させるより纏めたほうがいいと判断したためである。
誰も喋らない。全員が佇を飲んで見守る。手は汗ばみ額からも次から次へと汗が垂れてくる。
数十分が経過した所で廊下から微かだが靴の音が聞こえ始めた。
3人の緊張が一層高まり静かな部屋に心臓の音が煩いほど響くようだった。
徐々に大きくなる靴音に引き金に指を掛ける。
扉の前で止まった。恐らくは突入のタイミングを窺っているのだろう。
扉を開けた瞬間一斉射撃を仕掛けようトリガーに力を入れる。
律の額から汗が垂れ地面に着地する、と同時に扉が開き銃声が響いた。
ひたすら扉に向かって銃を撃っている3人だが和は何故か嫌な予感がした。
順番に射撃しているので一人が装填してても攻撃が途切れることがないので一方的に攻撃できる。
しかし、それにしても向こうがちっとも反撃をしてこない。
先程戦った敵の武装はマシンガンとハンドガンとナイフ。そして……
「みんな奥に逃げて!!」
和の叫びに2人は動きを止めた。そして和の予想通りのもの、手榴弾が投げ込まれた。
完全に虚を疲れた2人は目の前に手榴弾が転がってきても体を動かすができなかった。
一方和は2人よりも早めに気付いたお陰で一瞬だけ判断する猶予ができた。
恐らくは間に合わなくて全滅だと。ならばどうするか?
幸い絶え間ない攻撃に焦ったのか、手榴弾は手を伸ばせば届く距離に落ちていた。
ならばやることは一つしかない。
和は手榴弾を掴み兵士に投げ返した。普通は敵が投げ返す余裕がないようピンを抜いてしばらくしてから投げ込んだりする。
しかし少しでも、数センチ、数ミリでも皆から離せれば、それでいい。
すこしでも生き残る確立を上げるため和は行動を起こしたのだ。
(せめて……!せめて2人だけでも……!!)
病院の一室で爆発が起きた。
「いってー……ておい!梓!和!大丈夫か!?」
室内は滅茶苦茶となっており辺りに資材やら壊れた机、椅子が散乱していた。
その一つの山から梓が出てきた。見たところ目立った外傷は無かった。
ホッと安心すると今度は和を探す。と、すぐ隣に横たわっていた。
「おい!しっかりしろ和!しっか……」
和を仰向けにして律は驚愕した。和の右腕の二の腕から先が無くなっていたのだ。
よく見ると顔や身体など右半身がボロボロだった。
「和!!しっかりしろよ!!約束したろ!!」
「あ……あ、うぁ……」
「先ぱ……」
梓が駆け寄ろうとした時、銃撃が始まった。
「くそっ!!梓は和の手当てをしてやって!!」
「は、はい!!」
律はマシンガンで応戦するが絶え間なく飛んでくる銃弾になす術がなかった。
手榴弾を投げてみるが物陰から顔を出せないため距離感が分からず廊下の遥か向こうに転がってしまい爆発してしまう。
後ろでは泣きながら看病する梓、何かうわ言のようなものを呟いている和。
徐々に追い詰められて行く焦りに一か八か、大胆に攻めようと身体をだして反撃した。
(みんなを守るんだ!絶対みんなで生き残って……!!)
突然の反撃に対応できなかった兵士2人をまずは倒した。すぐさま隠れ、そしてまた身を乗り出して反撃する。
いや……
最低で終わっていいのか?
まだ最期じゃないだろう?
まだ手も足も動くだろう?
「うぐぅ……」
右肩を押さえ蹲る梓の元に兵隊が近寄ってきた。
ニヤニヤとした表情で銃を構える。
死を覚悟した。もう本当に終わりだと。
目の前が陰った。見上げると見覚えある背中があった。
「律先輩……?」
「さ、最後……まで、守るんだ……みんな、を……」
約束したもんな……澪。
梓を、みんなを守るってな。
---------------------------------------
銃声ガヒビク
遠クデ喧騒ガ聞コエル。
「まあまあいいんじゃない?」
「律、またちょっと走ってるぞ」
「ねえねえ、ギー太のこのツマミなに?」
「うふふふふ」
いつものようにお茶飲んでお菓子食べてちょっと練習して帰る。そんな日常が大好きだった。
「今日の活動終わり!!この後みんなでマック寄らね?」
そして帰りにどこかで駄弁って暗くなって帰るそんな毎日。それが好きなんだ。
なのにどうしてみんな立ち止まってるんだよ。微笑んでるだけでさ。
「りっちゃん、私とても楽しかったわ。合唱部じゃなくてよかったと思ってるの」
何言ってんだむぎ。マック好きだろ?早く行こうぜ。
「りっちゃん。私が変わるきっかけをくれてありがとう。ギー太は任せたよ」
何勝手にギー太預けてんだよ。
「律。律は言葉で表せないほど大事な人だ。今まで本当にありがとう」
私だって澪は大事な人だよ。だからさあ、なんで離れてくんだよ。
「律はまだだめなんだ。ここに残ってやらなくちゃいけないことがあるはずだ」
「りっちゃん、あずにゃんとのどかちゃん頼んだよ」
「りっちゃんが天寿を全うしたらまたお茶会しましょ」
――――がんばって
-------------------------------------------
「ここは……」
なんだかやけに煩い。身体は上手く動かせない。と顔を覗き込んでくる初老の男がいた。
「おお、お目覚めになられましたか!いやはや無事でなによりです」
男は斉藤と名乗った。ここは琴吹家の所有するヘリだそうだ。
話を聞くとどうやら撃たれると思った瞬間に琴吹家が雇った部隊が間に合ったということらしい。
既に本部も制圧され主犯格は拘束されていると聞いて律は安堵した。
「そういえば梓と和は!?」
「梓様は幸い撃たれた場所が良く命に別状はないとのことです。ただ和様は未だに意識が戻らぬとの……」
「……多分和も大丈夫だと思います。だって……唯に頼まれたから」
「はて、それは一体……失礼。もしもし……おお、それはよかった!では……」
和の意識も回復したとの知らせに二人は笑みを零した。
生き残ったんだ。
帰れるんだ。
まだ傷跡は深いけど。
それでも私達は生きている。
本部制圧によりゲーム終了
生存者
中野梓 田井中律 真鍋和
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あまりにも特殊な事件なのか、それとも関わった者が強大なのか。
結局、クルージング中の海難事故ということとされ関係者は口止めをされることになった。
こうして真実は闇の中となる。
また大企業の会長、株主などの複数の金持ちの人間が失脚したがこれも表沙汰になることはなかった。
梓は肩を撃たれただけで殆ど問題はない。もう少しで完治する。
律も歩くスピードはゆっくりだが松葉杖無しでも歩けるほどに回復。あと数ヶ月で完治するほど。
和はまだ車椅子での移動となる。残念ながら右手は無く、両目は光を失ってしまった。
それでも落ち込むことはなく寧ろみんなの役に立てたと誇りに思っているほどだった。
そんな3人は琴吹家の前にいる。
斉藤に案内されると地下室に連れてこられた。
牢屋のような所に澪を撃った隊長格の男とタカハシがいた。
二人とも鎖で繋がれており動くことはできない状況だ。
「彼らは社会的に抹殺されています。何をしようが法的な措置を取られることはないでしょう」
斉藤が冷たく律達に告げる牢屋の鍵を開けた。
「なあ、もういいだろ?許してくれよ……本当に悪いことしたと思ってるよ……」
隊長格の男が懇願する。前より痩せこけて生気がない。
「許せるわけ……!」
梓が突っかかろうとするのを律は止めた。
そして斉藤に一言お願いするとすぐに他の使用人達が何やら運んできた。
運んできた荷物を二人の前に置く。
ギー太、レフティのジャズベース、キーボードだった。
「まずは謝れ。それからだ。あと憂ちゃんとさわちゃんにもだ」
律は冷たく言い放つ。男も土下座をして必死に謝った。
「本当にすみませんでした。上の命令で仕方なくやってたんです。これからは心を入れ替えます。だからどうか……」
律は一歩踏み出す。暗い地下でその表情は読み取れない。
「『これから』って言ったなおっさん。死んだみんなは『これから』がねーんだよ」
相変わらず表情は読めない。しかし感情が容易に分かる。
「みんな仲間のことを心配しながら死んで行ったのにお前は自分のことばかり……」
鈍い音が響いた。
「ふざけんじゃねええええ!!!!『命令で仕方なく』だって!?その仕方なくで何人死んだと思ってんだ!!」
ひたすら謝罪する男を何発も殴る。その様子を誰も止めない。
「返せ!!返せよ!!みんなを返せよ!!!」
泣きながら殴った。涙でぐしゃぐしゃにしながら何度も何度も殴る。
しばらくして律は肩で息をしながら男から離れた。
「あんたなんか殺す価値もねえ。クズが……」
パンパンに腫れた男を見やることなく今度はタカハシに近付いた。
「私はクズと自覚しているので何も言いません。アレ見たいにしてもいいですし殺されても恨みはしませんよ」
不適に笑うタカハシを律は無表情で見下ろす。
「聞いたよ。あんたが島の場所を教えたんだってね」
「さあ、なんのことでしょう?」
「島に張り巡らせた妨害電波を解除してむぎが出した救難信号を伝えたって聞いたよ」
タカハシは何も喋らない。
「理由はしらないけど、あんたの行動はよくわからない。目的はなんだったの?」
「言ったでしょ?私はクズだって。ただの暇つぶしですよ。豚共の思い通りはつまらないですから」
しばらくの無言状態。すると律は背を向けた。
「クズって自覚してるだけマシさ。あんたの事は梓と和に任せる」
「先輩……」
「律……」
「先に上行ってる……」
結局二人は謝罪させることだけで許した。
その後タカハシと隊長がどうなったのかは誰も分からない。
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「どうだ和ー」
「んーもうちょっとハイハットのマイク上げたほうがいいかしら……」
「先輩、そろそろリハやりましょうよ」
高校卒業後は当然音楽の道へ進んだ。私と梓の二人で放課後ティータイムとしてこつこつと活動していった。
そして影ながら支えてくれる和。
目が見えなくなった代わりに耳がよく聞こえるようになったというのを生かして専属の音響スタッフとして活躍している。
そして活動から10年たった今。ようやく今武道館にいる。
「田井中さん。このギターはどこにおけばいいんですか?」
「ああ、それは真ん中に」
「え?でもそうすると梓さんが……」
「いいからいいから。ああそれとベースはそこでキーボードはそこな」
怪訝な顔をしながら舞台のセッティングをするスタッフ。
ギターから向かって左にレフティのジャズベース、ドラムの隣にキーボード。
あの頃の立ち居地にそれぞれの楽器を置いていく。
会場はとても広い。なのに講堂でやった時と同じくらいにしか感じられなかった。
律も梓も和も目を閉じ、あの頃に思いを馳せている。
「そろそろ開演です!!お願いします!!」
ついにここまできたよみんな。
長かったけどさ。頑張ったよな私達?
割れるような歓声の中、律は静かに語りだす。
「今日はありがとう。今日は放課後ティータイム10周年ライブってなってるけど本当は違うんだ」
ざわつく場内を少し見渡してから律は続ける。
「本当は今日からスタートなんだ。本当の放課後ティータイムのデビューなんだ。ってわけでメンバー紹介するよ」
「ギターボーカル!!平沢唯!!」
――――ああ、神様
「ベースボーカル!!秋山澪!!」
――――お願い
「キーボード!!琴吹紬!!」
――――私達だけの
「ギター!!中野梓!!」
――――DREAM TIME
「そしてドラムス!!田井中律!!」
――――ください
ドラムとギターだけのバンド。
しかしそれぞれの楽器の音色が聞こえた気がした。
おわり
出典:唯「ばとろわ!」
リンク:http://www2.2ch.net/2ch.html

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