憧れの1人暮らし隣人に恋(を)した(5/6)
2009/09/27 14:42 登録: 痛(。・_・。)風
第18章 崩壊
次の日、俺は起きた時からなんか変な感覚した。
自分の体が自分の物でないような
妙にフアフアした感覚とでもいおうか・・・。
第三者的、神の視点から自分を見ているような・・・。
しかし見下ろしている俺は、決して生物ではなく
ただの蛋白質の塊というか・・・。
言葉ではどう表現すればいいのか分からない
とにかく変な感覚であった。
時計を見た。
9時か・・・。
横では悟が本を読んでいた。
「おはよう」
俺は悟に挨拶をした。
悟は俺の挨拶に気づくと、心配そうに言った。
「おはよう。お前大丈夫か?体調悪そうだぞ?」
「うん。大丈夫」
俺はそう言って洗面所に向かうと、顔を洗ってリビングに戻った。
悟が「会社に行くのか?」と聞いてきた。
「いくよ。もちろん。」
俺はそう答えながら
すぐさま出勤の準備に取りかかった。
「昨日の夜。隣の渡辺さんが訪ねてきたぞ」
「渡辺が・・・。なんて?」
「いや。寝てるって言ったら、帰っていったよ」
そうか。
恐らく会社で俺のことを聞いて、心配をして来てくれたのだ。
あれ?なんかおかしい。
自分が・・・。
普通なら渡辺のそんな行動を、有り難いと思うのだが・・・。
もちろん有り難いとは思うのだが、その感覚がおかしいのだ。
行動の側面を捉えて、脳でありがたいと考えているような・・・。
普段ならば、湧き上がってくる「気持ち」で「感じる」ものなんだが・・・。
なんだか自分がよく分からなかった。
会社にも普通に出勤できた。
昨日あれだけのことをしたのだ。
恥ずかしさや、申し訳なさがあって当然なのだが
全くなにも感じない。
自分のデスクに座ると
極めて事務的に、モーニングステーションの再撮の準備を進めた。
恐ろしいほどに、作品に対する情熱が失せていた。
なんだかんだ言っても、昨日までは忙しい中にも
ディレクターのこだわりは持っていた。
ここを直せばもっと良くなる!!
ここはこうしなければ!!
そんな昨日までの情熱は消えていた。
ただ淡々と、ただ淡々と仕事を遂行していった。
旅日記が無くなったので、正直随分と楽にはなった。
こうなればモーニングステーションだけでも
無事に完成させなければ。
仕事が1つ減ったからといって、激務に変化は無い。
俺の徹夜と、会社への泊り込みはそのまま続いた。
その間もまりあは、頻繁にメールをしてくれた。
メールの文章には、日増しに悟の文字が多くなっていった。
悟・・・。悟・・・。悟・・・。悟・・・。
たまに油田・・・。か・・・。
そりゃそうだ。
あいつは俺なんかより100倍楽しいヤツだ。
そりゃそうなるよ。
そのメールの数々は、俺の知らないところで
まりあと悟が会っているということを、如実に物語っていた。
俺はそれらのメールに適当な返事を返した。
なにか大きな波があって、いくら抵抗しても飲み込まれていく。
俺はあがくを止めて、その大きな波の思うがままに飲み込まれようと思っていた。
苦労の甲斐もあってか、モーニングステーションのVは無事完成した。
それでもO.A前日の午前中というギリギリの納品だ。
木下さんは「またお願いしますよ!二宮さん」と言って
俺の労をねぎらってくれた。
さぁ・・・。どうだろうな・・・。
次は別のディレクターが、担当するんじゃないの・・・?
俺は曖昧な笑顔を返しておいた。
俺は納品からの帰り道を、トボトボと歩いていた。
長尺物をやり遂げた喜びはあまり無かった。
やっぱり旅日記の件が胸を締め付ける。
あの後、旅日記のディレクターは見つからなかった。
そりゃそうだ。
俺の報告が遅すぎた。
あんな制作期間で引き受けるディレクターなどいるはずもない。
結局は白井さんがP・D(プロデューサー・ディレクター)をする
ハメになってしまった。
本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。
俺が会社に戻ると偶然、渡辺に会った。
そういえば渡辺に会うのも、随分久しぶりであった。
「おう。渡辺!」
「二宮くん・・・。元気だった?」
俺と渡辺は昼食がてら、会社の近所の喫茶店に行った。
「ごめんな。渡辺。なんかこの前、来てくれたんだろ?夜」
「うん。会社で聞いてさ・・・。心配だったから。」
俺は胸がジーンときた。
心配してくれる人がいるって、本当に幸せなんだな。
「あの後もね。二宮くん会社で見かけたけど
なんか声掛けづらくて・・・。忙しそうだったから・・・。」
「ありがとうね。渡辺」
俺は感謝の言葉を口にした。
渡辺は「ううん」と首を振って。
「私がミスした時も、二宮くんが心配してくれたじゃん。」
と言ってニコッと笑った。
俺と渡辺は、昼食を食べながら色々なことを話した。
本当に心が和む瞬間だった。
すると突然、渡辺が言い出した。
「二宮くん。気を悪くしないでね。」
ん・・・?
「二宮くんの部屋にいる・・・。友達・・・。」
ドキッ・・・。悟のことだ。
「な・・・なによ?」
やばい。少し声がかすれたかも。
「あまり・・・良くないと思うんだ。やっぱ・・・」
渡辺が慎重に言葉を選んでいるのが分かる。
「まりあちゃんと部屋を・・・。行き来してるみたい。
私が見たのは1回だけど・・・。
なんとなく多分・・・。そんな感じがする。」
かなり言いにくそうだが、渡辺の言いたいことは分かった。
例え見たのが1回でも、渡辺なりに何か感じるところが
あったのであろう。女の勘というやつだろうか。
俺は急に目の前が、真っ暗になるような絶望感に襲われた。
「うん・・・。」
俺にはその一言を返すのが精一杯であった。
次の日、俺は生放送のO.Aに立ち会っていた。
その間もずっと思い出していた。
昨日の夜。
渡辺の忠告を聞いて、重い気持ちでマンションに帰った。
部屋に入ると、すぐに悟が切り出してきた。
「まりあちゃんが、夕飯用意してくれてるそうだぜ!行こうぜ。光輝」
俺はこの時、親友の悟を初めてウザいと思った。
なんでお前らはいつも一緒にいるんだよ?
なんでいつも、俺をおまけみたいに誘うんだよ?
なんでお前に誘われなきゃいけないんだよ?
嫉妬心以外の何者でもない。
でも俺は黙ってついて行くことにした。
怒るのも面倒くさい。
怒ったところで
「なにヤキモチ焼いてんだよ?」など言われたら余計に惨めだ。
3人で夕飯を食べても、ちっとも楽しく無かった。
なぜか空しい疎外感しか感じなかった。
俺は自分が食べ終わると、サッサと部屋に戻った。
2人を部屋に残してくることにすら、抵抗が無くなっていた。
いま悟を連れ出したところで、どうせ俺の仕事中に会う。
それに1人になりたかったのだ。
あの朝から続く気だるさ、無気力症候群とでもいうのか・・・。
この時は気づいていなかったが、俺の精神崩壊は始まっていた。
モーニングステーション2回目のディレクターも
あっさり俺に決まった。
理由は、みんな忙しいという極めてシンプルなものだった。
片桐さんの言った「ディレクター持ち回り案」も結局は嘘っぱちであった。
今月、3週目は他のプロダクションが担当する。
次の俺の担当は4週目。
本来なら、俺がディレクターの旅日記がO.Aしている週だった。
制作期間は2週間だ。
また徹夜の連続で会社に泊まる日々か・・・。
なーに。それも免疫がついて、丁度いい。
この時の俺は、完全に諦めの境地に入っていた。
家に帰るのも嫌だしな・・・。
全ての流れに対して
逆らうつもりも、その元気もサラサラ無かった。
精神崩壊は、完全に鬱の症状を引き出していった。
携帯を見ると吐き気がするようになっていた。
それが、仕事関係でも、まりあでも、悟でも
渡辺でも、(油田でも)・・・。
着信もメールも確認がつらくなっていた。
でもそんなバラバラになっていく、俺の心の中で
一つだけ確かなものがあった。
まりあが好きなんだ・・・!
それだけが崩壊していく精神を
ギリギリのところで支えていた。
モーニングステーションの2回目のO.Aも無事終えた。
でも無事というのかな?この場合。
適当に書いた台本で、適当にロケして、適当に編集しただけだ。
そこに「魂」や「情熱」は全く入っていない。
ずっとこんな感じの
ディレクターになってしまったらどうしよう・・・。
そんなクズみたいな
ディレクターになってしまったら・・・。
人に何かを伝えたい!
自分の想いを形にして、電波に乗せたい!
そうして思って入ったこの業界だった。
しかし当初の目標を見失いつつあった。
無気力が、俺の情熱も覇気も全て奪っていく感じがした。
カレンダーは2月に入っていた。
新年が明けてからの1ヶ月は、凄まじい早さで過ぎ去っていった。
その日も俺は、気だるい気分の中
自分のデスクで仕事をしていた。
そんな俺に、ある人物が声を掛けきた。
「よお!元気か?」
俺は肩を叩かれて、顔を上げる。
「川田さん・・・。」
川田さんはニヤニヤしながら
「全然元気じゃねーな。死人の面だぜ。」と言ってケラケラと笑った。
今の俺の顔は、そんなにヤバいのか・・・?
「まぁいいや!今日、仕事終わったら飲みいくぜ!」
俺に川田さんの誘いを、断る権利は無い。
それに俺も、川田さんと飲みたい。
「了解しました!早く仕事を終わらせますので。」
モーニングステーションの2回目を終えて
仕事量は若干の余裕があった。
俺と川田さんは18時には、居酒屋のテーブルに腰を下ろしていた。
乾杯を済ませた後、川田さんはグイグイとビールを飲み干し言った。
「しかし、なんだな。モーニングステーションか?
あれの2回目のVを、南さんに観せてもらったけど、ありゃクズだな」
川田さんは、極めてご機嫌な様子でそう言った。
ドキッ・・・。
確かにあれは、ただ台本を書いて、ただ撮影をして、だた編集をしただけの
駄作だ。そこには「情熱」が入っていない。
同業者には分かるのだ。
川田さんほどのベテランが、それを見破れないわけがない。
「すみません・・・」
俺は素直に、師匠に謝った。
「別に俺に謝らんでいいけどよぉ」
そう言って追加のビールを注文した。
「ただお前を俺の会社に誘った時・・・。
俺は不器用だけど、一生懸命なお前と、仕事がしたいって思ったんだぜ!」
胸が締め付けられる。
確かに俺は、あの頃と変わってしまったのかもしれない。
仕事に対する情熱が、急激に減退していた。
がむしゃらに頑張る気持ちが、どこかへ行ってしまっていた。
自分を奮い立たせそうとするけれど、その方法が見つからない。
無口になった俺を見て、川田さんが聞いてきた。
「なにがあったんだ?話してみろ」
俺は川田さんに全てを話した。
自分のキャパシティを知らずに、仕事を受けすぎて
白井さんに迷惑を掛けたこと。
まりあと仕事を両立できなかったこと。
そして悟の存在。
最後に、全てに対して無気力になってしまったこと・・・。
たどたどしい口調ではあったが全て話した。
きっと誰かに話を聞いてもらいたかったのだ。
俺の話を聞き終えた川田さんはこう切り出した。
「まぁ。片桐のオッサンはPの資格なんかねぇな。
でも白井のババアの件はお前が悪いな。」
俺は下を向いて、ジッと川田さんの言葉に耳を傾けた。
「でもよ。お前の仕事に対する、行動は間違っていねぇよ。」
俺の・・・。仕事に対する行動・・・?
「俺はよぉ。お前とそのねーちゃんが、結婚しようが別れようが
そのショックで、ねーちゃんが自殺しようが、ハッキリ言って関係ねぇ」
相変わらず言葉がストレートな人だ・・・。
「もし今回の仕事で、俺がお前と組んでいたとして・・・。
テメーら2人のつまんねー色恋沙汰で、俺の仕事おろそかにしてたら・・・。」
してたら・・・。
「ブチ殺してたぜ!」
川田さんの声と手が小刻みに震えている。
頭でそのシチュエーションを想像しただけで
怒りがこみ上げてくるのであろう。
「お前がねーちゃん優先して、俺の命削って書いた台本や、魂かけて望んでる
ロケを適当にしていたら、殺してたわ。」
川田さんはそこまで話すと、店員を呼んで
「あ・・・。おねーちゃん。僕お代わりね♪」と早くも3杯目に入った。
もし俺に後輩が出来て、そいつが俺のA.Dになって・・・。
俺が書いた台本や、ラッシュを適当に扱って、デートに行ったとしたら・・・。
殴らないまでも、相当頭に来るであろう。
川田さんが、真剣な口調を取り戻した。
「仕事っちゅーのは、みんな人生抱えて、家族抱えてやってんだ。
局の人間も、スポンサーも、白井のババアも、カメラマンも、音声マンも、編集マンも。
お前が考えているよりも、お前の仕事は沢山の人の人生抱えてんだ。」
「はい・・・。」
俺は自分の甘さを痛感した。
「それが仕事だ。誰もテメーの恋愛なんか知ったことじゃねー。
ついで言うとテメーの女なんか、死のうが生きろうがこっちには関係ねー。」
さすがに、まりあの顔を思い浮かべて憂鬱になる。
川田さんは、俺をジッと見て
「だからお前は間違っていなかったよ!」と言った。
「はい・・・。ありがとうございます・・・。」
俺は泣き出しそうな声でそう言った。
今回の一件で「お前は間違っていない」と言われたのは初めてであった。
100%俺の間違いだと信じ込んでいた。
それだけに川田さんの言葉は、意外であり胸に染みた。
川田さんの声は明るいものに変わっていた。
「それによ。仕事が原因で男と女が別れるなんてよくある話だ。
今この瞬間に別れてるやつらもいるわ。
じゃなきゃ、付き合った連中はみんな結婚してるぜ。」
あの・・・。川田さん。俺らまだ別れてないんすけど・・・。
最後に川田さんはこう言った。
「でも、その悟ってのは追い出せ。決めるのはテメーだけどよ!」
そう言って川田さんは、なぜか俺の頭をペシリと叩いた。
川田さんと飲んだ帰り道、俺は考えていた。
俺に悟を追い出すことが出来るのか?
俺の親友であり、幼馴染の悟・・・。
俺がグレた時も、唯一それまで通りに接してくれた悟。
俺は悟が大切だ。
かけがえの無い存在だ。
しかし・・・。
まりあも大切だ。まりあも大好きだ。
でも、あの2人が一緒にいるところを見るのは
これ以上耐えられない。
そのためには、親友を追い出すしかないのか?
どうすりゃいんだ・・・?
「くそーっ!!」
俺の口からは、そんな言葉が吐き出されていた。
あの2人は、俺がこんなに悩んでいることを、知っているのか?
そんなことを考えながら歩いていると、携帯のバイブが振動した。
着信である。まりあだ。
「もしもし・・・。」
「あっ!光輝くん?まりあです。」
「うん。」
「いまどこ?今日は早い?」
「もうすぐマンションだよ。」
「そうなんだ!夕飯用意してるから食べにきてよ!」
俺はまりあの顔を見たかった。
とにかく、まりあの顔を見て安心したかったのだ。
口を開いて「行くよ」と言いかけたその瞬間!
「悟くん誘ってさ♪」
一瞬とてつもない絶望感に襲われた。
そして目の前が真っ暗になって、立っているのもつらい・・・。
悟・・・。
ダ・・・ダメだ。
言ってしまう・・・。
破滅の言葉を・・・言ってしまう・・・。
「・・・いらねーよ・・・。」
俺は絞り出すような声でそう言った。
「ん?なに?よく聞こえなかった。」
今度はハッキリとした声で言った。
「いらねーって言ったんだよ!悟と2人で食え!」
そう言って電話を切った。
もうなにもかも絶望的だ。
まりあとの関係に終わりを感じた。
携帯の電源を切り、俺は川辺に行ってボーッと座っていた。
ここはまりあと、初めてデートをした場所だ。
あの時は、まりあが大きなおにぎり作って・・・。
油田に借りた網で、小魚を追って・・・。
俺が川に落ちて・・・。
2人で笑ったよな・・・。
「楽しかったな・・・。」
俺はポツリとそう呟いた。
なんで、こんな事になってしまったんだろう?
仕方ないよな・・・。
誰も悪くはないよ。
たまたま運命の歯車が、そうやって動いてしまったんだ。
仕方がない・・・。
仕方がない・・・・・・。
俺はそうやって、自分を納得させると腰を上げた。
部屋には帰れない。
いや・・・。帰りたくない。
あんなに楽しかった、あのマンションに
自分の居場所が、無くなったような気がした。
その夜も俺は会社に帰って、1人寂しく眠りについた。
悟が俺のマンションに来て、丁度1ヶ月。
全てが崩壊する日は、あっさりと訪れた。
俺はその日、会社を23時頃に出た。
いくらなんでも、ずっと家に帰らないわけにはいかない。
あそこは俺の部屋である。
逃げ隠れして、気を使う方がおかしい。
会社を出た俺はある決意をしていた。
悟には出て行ってもらおう!
そして元の生活を取り戻そう!
かなりの勇気が必要な決断であった。
電車でも、悟にどうやって伝えるべきか?
そればかり考えていた。
駅に到着してから、マンションまでの道のりも気が重い。
俺は今日、1番大切な親友を失うかもしれない・・・。
とうとうマンションに着いた。
俺はエレベーターで3階に上がり
自分の部屋のドアを開けた。
真っ暗だ・・・。
リビングに上がり、電気を点けようとして手を止める。
悟が寝ていた。
いま起こすのは可哀想だな。
そう思って、俺は暗闇の中でボーッとしていた。
その時、部屋の片隅で何かがピカピカと光った。
悟の携帯・・・?音は出ていなかった。
俺は携帯を手に取って、悟を起こしてあげようとした。
しかしその瞬間、手に持っていた携帯の光がピタリと止まった。
そして着信か、受信を知らせる光に切り替わった。
俺はそのまま、悟の携帯を元の場所に戻した。
その瞬間、俺の頭が別のことを考えた。
携帯・・・。悟の・・・。
俺の中で凄まじい葛藤が起こる。
その葛藤は数分間続いた。
そして・・・。
俺は震える手で、もう一度悟の携帯を手に取った。
やってはいけないという思い。
でも確認したいという思い。
そして安心したいという思い。
俺はそばらくの間、悟の携帯を握りしめたまま
立ち尽くしていた。
「悟・・・。」
俺は眠っている悟に対して、小さく呟くとその携帯を開いた。
1度限りにしよう・・・。
2度とこういうマネはよそう・・・。
それは賭けであった。
もし今の着信が、俺の思うその人物でなければ・・・。
それ以外は何も見ない。
着信履歴もメール受信も見ない。
この着信の主・・・。
その確認は、俺の中で勝手に決めた賭けであった。
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。・・・・。
心臓がもの凄いスピードで脈打つのが分かる。
携帯の小さなボタンに指を添えた。
その指が震えている。
俺はボタンを押した。
そのディスプレイから、俺の目に飛び込んできた文字は・・・。
まりあちゃん
一瞬視界がブレた。
頭に血液が昇っていくのが分かる。
同時に頭がクラクラとした。
しかし俺は体を、ピクリとも動かすことが出来なかった。
数秒だったのか?
それとも数分だったのか?
俺は我に返った。
賭けは・・・。俺の負けだった。
悟・・・。悪いけど・・・。全部見させてもらう。
最初に感じた、罪悪感は全く無くなっていた。
着信・発信・送信・受信。
最近のものは、全てまりあだった。
受信ボックスから1番古い「まりあちゃん」の文字を見つけた。
それは悟が来てから、まだ日の浅い時のものであった。
こんなに早くの段階で、2人は番号とアドレスを交換していたのだ。
俺の時とは大違いだよな。
俺は1番古い受信メールを開いてみた。
「光輝くんがかぇってこなくて寂しぃぃぃ"(ノ_・、)" グスングスン」
最初の数日は、似たような内容の物ばかりであった。
俺が忙しくて、帰ってこないまりあの寂しさが綴られている。
しかし光輝という文字は、日が新しくなっていくにつれて
その数が序々に減っていった。
「きょぅのごはんゎナニがィィ??(〃∇〃) 」
「ぃまから部屋ぁそびぃってよぃ??(*^o^*) 」
「なんか光輝くんにぉこられたよ。。(。>_<。) えーん」
これは俺が電話で怒鳴った日だな・・・。
それから2〜3通あとのメール。
「(。-_-。)ポッ」
なんだこれ??
俺はそのメールの日時に1番近い、悟の送信を探した。
開いてみる。
「俺まりあちゃんのこと好きだぜぃ!」
・・・・・・・・・・。
俺は自分に問いかけた。
もう・・・。切れていいよな?
もう・・・。我慢する必要はねーよな?
俺は横で寝ている親友の、胸倉を掴んで殴ろうとした。
悟・・・!!!
悟・・・・・・!!!
悟・・・・・・・・・・!!!
しかし、出来なかった。
俺は小2から、中3までボクシングをしていた。
7年間ボクシングで鍛えたこの拳・・・。
それを無防備な相手の顔面に、思いっきり打ち込んだら・・・。
鼻が潰れるどころの騒ぎではない・・・。
俺は奥歯をグッと噛み締めた。
悟の携帯をその場に置いて、俺はそっと自分の部屋を出た。
気がつくと俺は、304号の前に立っていた。
とにかく誰かと、話したかった。
インターホンを押す。
しばらくすると「はい?」という渡辺の声が聞こえた。
「遅くにごめん。二宮です・・・。」
「どうしたの!?」
「ごめん。少し話したくって・・・。」
「ちょっと待ってね。」
すぐにドアが開いた。
トレーナー姿の渡辺が姿を現す。
「どうしたの?二宮くん?」
俺はうつむいて、黙っていた。
俺の深刻な状況が伝わったのか
「とにかく入って。」
そう言うと、渡辺は俺を部屋に招き入れてくれた。
「二宮くん。どうしたの?話してみて?」
渡辺の優しい声が、逆に悲しくなってくる。
自分の頭の中での、整理も兼ねながら
俺はポツリ・・・ポツリと、今までの出来事を話した。
全てを聞き終わった渡辺が一言
「ひどい・・・。」と呟いた。
渡辺は立ち上がると、玄関に向かった。
「おい!渡辺!!」
渡辺が玄関のドアを開けて、飛び出して行った。
俺も慌てて、渡辺を追いかけた。
渡辺は302号のインターホンを押している。
「はい?」まりあが応答した。
「彩です。ちょっと開けて欲しい!」
「渡辺。何をする気だよ?」
渡辺は、俺の言葉を無視している。
俺は渡辺が、こんなに怒っている表情を初めて見た。
ガチャリとドアが開く。
渡辺の表情を見たまりあは
「彩さん・・・。」と言って驚いた表情をした。
まさに一瞬だった。
バチン!!!
乾いた音が廊下に響き渡った。
渡辺が力いっぱいまりあの頬を叩いた。
「あんたなんか!二宮くんがどんな思いで、仕事をしているか知らないくせに!」
まりあは叩かれた方の頬を押さえて、うつむいている。
いま俺の目の前で起こっている事が、現実のこととは思えなかった。
しかし・・・。
でも・・・。
そうだよな。
この辺りでそろそろ決着つけないとな。
俺は黙って部屋に戻った。
そしてリビングの電気を点けると悟を起こした。
「起きろ。悟」
う〜ん。と言って伸びをしながら悟は起きた。
「どした光輝?今帰ってきたのか?」
悟は目を擦りながらそう言った。
「悪いけど出て行ってくれ。この部屋から」
悟の動きが急に止まった。
俺の顔を凝視している。
俺はもう1度言った。
「出て行ってくれ。この部屋から」
悟は全てを、悟ったかのように
立ち上がると、自分の荷物を鞄に詰め込み始めた。
俺は悟から目を背け、壁をじっと見つめていた。
悟は鞄に、荷物を全て詰め込むと
「今まで悪かった・・・。」と呟いた。
俺は悟の方を向いて、顔を見て聞いた。
「俺たちは・・・親友だよな・・・?」
数秒間の沈黙の後、悟は俯いたまま
「ああ。そうだ・・・」。と静かな声で言った。
そして鞄を持って、玄関の方へ歩き始めた。
俺は悟の背中に向けて言った。
「お前も・・・。まりあが好きなのか?」
悟が歩くのを止めた。
数秒間の沈黙。
そして玄関の方を向いたまま
「ごめん・・・。光輝」
そう言い残すと悟は、玄関のドアを開けて
俺の部屋から姿を消していった。
悟はがいなくなった部屋・・・。
俺の居場所が返ってきたはずなのに・・・。
あの夜から俺は、部屋に戻っていなかった。
またしても会社へ、泊まり込む日々。
生活は何も、変わらなかった。
ただ以前と違ったのは、泊まり込む理由が
仕事のためでなく
極めてプライベートなものに、変化していたことだろう。
今はまりあと、会いたくなかった。
それは向こうも同じであったであろう。
その証拠に、まりあからの着信もメールも一切なかった。
渡辺とは会社で会った。
彼女は「ごめんなさい」と頭を下げた。
俺は首を横に振って
「俺のために、やってくれたことじゃん。ありがとな」
と言って渡辺に感謝した。
あの日から、3日目の夜。
俺が会社の仮眠室で、眠りにつこうとした時のことだ。
携帯が光った。
メールの受信を知らせる光・・・。
差出人は、まりあであった。
そのメールには、こう書かれてあった。
「しばらく実家に帰ります。明日の夜会えますか?」
そうか実家に帰るのか・・・。
もうあのマンションは、住んでいてもつらいだけかもね。
去年はみんなで集まって、笑いあったあの場所。
みんな(油田以外)の気持ちがバラバラになった
今となっては、つらい場所でしかないよね。
こうやって1人・・・。
また1人って消えてゆくのかな・・・?
「分かりました。明日の夜、7時に俺の部屋へ来て下さい。」
明日で全てが終わるんだ。
これは予感ではない。
確信に近いものであった。
18時30分。
俺はリビングの電気を点けた。
見慣れたリビング。
それがなぜか、少し懐かしい感じに思えた。
「そうか・・・」俺は呟いた。
それは悟がいなくなったからか・・・。
仕事しか見えていなかった生活。
気持ちは常に、ピリピリと張り詰めてていた。
そしてたまに帰れば、そこに悟がいた・・・。
本当に安らいだ気持ちで
この部屋に1人でいるのは、久しぶりであった。
引越して来た日。
高ぶる気持ちと、不安の中で食べたカレー。
水っぽくて全然、美味しくなかったっけ・・・。
その時インターホンが鳴ったんだよね。
そこにプラスチックの容器を持ってる、まりあが立っていたんだ。
カレーのお裾分けだった。
そのカレーはすごく旨かったよ。
俺のカレーとは、比べ物にならないくらいにね。
もしかしたら
俺はその時から、まりあに恋してたのかもしれないね・・・。
その終焉の場所も・・・。ここか・・・。
そんなことを、しみじみと思っていると
ピンポーン。
インターホンの音がした。
相変わらず音がでかい。
俺は少し笑ってしまった。
ドアホンで応答する。
「はい・・・。」
「・・・・まりあです。」
「うん。開いているよ。入ってきて・・・」
まりあがリビングに入ってきた。
こんなに悲しそうなまりあの顔を
俺は今までに、見たことがなかった。
俺はまりあの笑顔が大好きだったのに・・・。
なんでこんな事になっちゃたんだろうね・・・?
まりあと向かい合わせに座った。
お互い何も話さない。
長い沈黙・・・。
最後は俺から、キチンと切り出そう。
「実家に帰るん・・・だ・・・?」
声が暗い。自分でもハッキリと分かる。
まりあはすぐには、返事をしなかった。
30秒ほど経ってからやっと
「うん・・・。」
その一言を吐き出した。
「大学・・・。通える?実家から・・・。」
「うん・・・。少し遠いけど・・・なんとか・・・。」
それからまた沈黙が流れる。
重苦しい空気が、部屋全体を包み込む。
確信に・・・。
入らなきゃな・・・。
「まりあが・・・。今日会いたいってメールくれたのは・・・。
実家に帰る・・・報告?」
「・・・・・・・・・・。」
「まりあ・・・。」
聞かなければいけないよな。
俺とまりあが、次のステップに踏み出すためには
どうしても避けては、通れないんだ。
「俺・・・と・・・悟・・・。どっちが好きなの・・・?」
こんなに重い言葉を言った経験は
それまでの人生で1度も無かった。
今後の人生でも出来れば言いたくない。
そんな重い言葉だ。
まりあ・・・。
はっきりとした返事をしてくれ・・・。
これが俺にできる、まりあへの最後のアプローチなんだ・・・!
沈黙の中、時間だけが過ぎていった。
もう後戻りはできない。
いくらでも待つから・・・。まりあ・・・。
俺か・・・。悟か・・・。
ハッキリとした返事が必要なんだよ・・・。
次の瞬間、まりあの目から一筋の涙が流れた。
そして一言
「なんで・・・。」
しかしその言葉の、続きは無かった・・・。
「なんでそんなこと聞くの?」
「なんでもっと私を、かまってくれなかったの?」
「なんでこんな事になっちゃったの?」
まりあが
「なんで・・・。」の後に言いたかった言葉は、今でも分からない。
でもこの時の、まりあの苦しさは
目の前にいる俺に、ヒシヒシと伝わってきた。
もう楽になっていいよ・・・。
もう苦しめたりしないからさ・・・。
まりあ・・・。
「悟が好きなら・・・。無理しなくていいよ。まりあ・・・。」
たった半年だったけど
俺がまりあの彼氏として、最後に言った言葉がこれであった。
まりあは俺の言葉を聞くと
しばらくして静かに立ち上がった。
そして最後にペコリと頭を下げて、リビングを後にした・・・。
まりあがいなくなった部屋で
俺は一晩中眠れずに、ただ壁を見つめていた。
もうまりあが戻ってくることは無かった・・・。
俺とまりあの全ては、こうして終わりを告げた。
もう俺に残っているのは、仕事だけだった。
モーニングステーション、3本目の制作期間に突入していた。
また激務が待っている。
しかし俺に、創作意欲が戻ってくることは無かった。
燃え尽き症候群なのか・・・?
鬱病なのか・・・?
この時には、体の異変に気づいていた。
まず食事の回数が減った。
いくら食べなくても、平気なのである。
お腹が減らないのである。
体を壊さないために、無理して食べているといった感じであった。
そして量を食べようとすると嘔吐した。
あとは起きるのが、極端につらくなってきた。
前までは仕事があれば、僅かな睡眠時間でも
パッと飛び起きることが出来た。
しかしこの時は、いくら寝ても起きるのがつらい。
起きるのがつらいというより、起きたくなくない。
起きれば、日常生活が嫌でも始まる。
それを体が拒否しているような感覚である。
そして心がおかしい。
まりあのことを思うと勿論
「悲しい」「つらい」「みじめ」「切ない」などの感情が頭をよぎる。
でもその感情すら鈍ってしまって、どこか他人事にようにすら思える。
1日中頭が冴えない、ボーッとした日々が続いた。
でも仕事はしなければならない。
そこで立ち止まっていると、O.Aの日はあっという間に近づいてくる。
もうこの時は手を動かすことすらも、つらい状態で仕事に挑んでいた。
そんな毎日が続く、2月下旬のある日。
俺がマンションに帰ると、301号から出てきた油田と会った。
油田は俺を見つけると「二宮さん!」と言って近づいてきた。
「おう・・・。あぶちゃん。久しぶり。」
「お久しぶりです・・・。ところで、なんでまりあちゃん部屋を解約したんですか?」
部屋を解約・・・!!
俺はまりあが部屋を解約したことを、この時初めて知った。
「学校で教えてくれたんですが・・・。理由までは教えてくれなかったんです。」
そういうと油田は寂しそうに俯いた。
そうか・・・。油田。
お前知らなかったんだよな。
「油田・・・。俺、彼女とは別れたんだ。」
その言葉を聞いた油田は、驚きの表情を見せた。
「どうしてなんですか・・・?」
俺はそんな油田の言葉を聞いて、少し微笑んだ。。
「まぁ。色々と・・・ね。」そういって
油田から離れ自室へ向かった。
俺の背中に向けて、油田が言った。
「二宮さんは・・・。出て行きませんよね?」
そこ言葉には回答せず、俺は部屋に入った。
僅かな時間だけど、4人で楽しく過ごした3階フロア。
そこから1人の人間がいなくなる。
それがまりあだなんて・・・。
半年前の俺は、想像もしていなかったな。
もうこれ以上の不幸は起こらないだろう。
これ以上は、俺にもちょっと想像がつかない。
しかし神様ってすごい。
こんな俺に最後の総仕上げを仕掛けてきた。
この時、社内での俺のポジションは
同期の中でのエース格になっていた。
偶然とはいえ入社1年未満の人間が、長尺物の番組を1本任されているのだ。
他の同期は長尺物どころか
短尺物すらディレクターの経験はない。
望んでそうなったワケではないが
社内での期待は日増しに大きくなっていた。
それと逆行するように、俺の仕事に対する熱意は薄れていった。
しかし俺の存在価値は、会社にしかなかった。
もう無理をしてでも、仕事をして
一人前のディレクターになることだけが、生き甲斐となっていた。
そんな3月の半ばのある日。
俺は制作デスクの松井さんから
重要な話があると、会議室に呼び出された。
なんだろう・・・?
「実は・・・。二宮くん」
松井さんは、言いにくそうにしている。
「はぁ・・・。」
「来週から支社に行ってくれ・・・」
「・・・・・・・。」
俺はこの時のショックを、今でも忘れない。
本当に目の前が、真っ暗になった。
時間の流れが一瞬止まった・・・。
この時ばかりは
失っていたはずの感情が、沸々と湧き上がってきた。
「あっちで頑張ってもらいたい・・・。」
その松井さんの言葉は、
これは社の命令であるというニュアンスが、ありありと出ていた。
サラリーマンである俺は、それに従うしかない。
拒否をする権利など、勿論無いのである。
支社・・・。
それはただの営業所に過ぎない。
人数は4〜5人しかいないと聞いた。
本社で定年前の役立たずが飛ばされる、姥捨て山のような場所らしい。
業務は簡単な営業と、資料整理くらいだという。
そこに行くことは即ち・・・。
映像制作の道が絶たれる!
そのことを意味していた。
精神の崩壊はこの時、完全に成立した。
唯一の生き甲斐であり、心の拠り所であった
「一人前のディレクターになりたい」という夢すら奪われた・・・。
俺は「失礼します。」と言って会議室を後にした。
歩いている床が
まるでトランポリンのようにフワフワとしていた。
後になって聞いた話だが
最初の段階では、支社に送る人物のリストに
俺は入っていなかった。
俺を強く推薦(嫌がらせ)してくれたのは他でもない、赤松と白井さんの
紅白コンビであったという。
それでも他のプロデューサーは、必死で抵抗してくれた。
だが紅白コンビが、最後まで譲らずに寄り切った形であったという。
俺は別にそれを恨んでない。
会社とは社会とは、そういう場所である。
理解も納得も出来る。
その命令が嫌であれば、それは会社を辞めるしかないのだ。
それがサラリーマンだ。
でも俺には心の支えが完全に無くなった。
なにを目標に生きていけばいいのだろう・・・。
支社に通うようになって、僅か2日目で俺は駅で倒れた。
心も体もとっくの昔に、悲鳴を上げていたのだろう。
それが限界に達して、崩壊したのだ。
気がつくと俺は、救急車の中にいた。
救急車の中では
救急隊員が会社へ電話を入れ、事情を説明してくれた。
救急車の中は思っていたよりも、雑然をした雰囲気であった。
救急隊員が俺に何度も、不調の具合を訊ねてきた。
そこに寝ている自分が、まるで非現実の世界にいるような感じだった。
病院に到着した俺は、血圧などを測られた記憶がある。
そしてそのままベットに寝かされた。
看護師が「ゆっくり眠っていいですよ」と優しい声を掛けてくれた。
俺はその言葉を聞いて、涙が出そうになった。
もう頑張らなくてもいいんですよ・・・。
そう言われているような気がした。
俺は目を閉じた。
院内は騒がしかったが
なぜか凄く安心した・・・。
これでやっと開放されたのかな?
もうずっと眠っていたいんだ・・・。
1時間ほどベットで寝させてもらった後、俺は立ち上がった。
近くにいた看護師に「もう大丈夫です。」と伝えた。
「それじゃ少し先生とお話をしましょう!」と促され
医師の前に座らされた。
医師は優しい声で
「疲れだと思いますが、心当りはありますか?」と聞いてきた。
俺は会社であったことを、適当に掻い摘んで医師に伝えた。
医師はジッと俺の顔を見つめて
「恐らく自律神経かと思いますね。」
自立神経・・・?
鬱病とはなにが違うのだろう・・・?
俺は「はぁ・・・。」と曖昧な返事をした。
医師は最後に
「診断書を書きますので、会社を2週間程度休んで
ゆっくりして下さい。」と言った。
自律神経・・・。
なんだかよく分からないが
俺の精神は、医学的に見ても病気らしい・・・。
それはやはりショックであった。
俺は診断書の入った、病院の封筒を持って
フラフラと駅へ歩いていった。
目は虚ろであったと思う。
電車に乗って向かったのは自宅ではない。
本社であった。
俺は会社に入ると、制作デスクの松井さんに近づいていった。
俺に気づいた松井さんは、驚いた表情をした。
「二宮くん。連絡は受けている。大丈夫なのか?」
「はぁ・・・。これ病院の診断書です。2週間程度休めとのことです」
「そうか。ゆっくり休みたまえ。」
俺はボーッとした表情でこう言った。
「いや・・・。僕・・・。会社を辞めさせて頂きます。辞表は後日郵送しますので・・・」
俺の言葉を聞いた松井さんが、ポカーンとしている。
そして辺りの人間が、ザワザワと騒ぎ始めた。
その時、会社の電話が鳴った。
そのコール音を聞いて、俺は吐き気を覚えた。
松井さんにペコリと頭を下げ会社を出た。
誰も追っては来なかった。
みんな呆気にとられている様子であった。
俺は部屋に戻ると、全てのカーテンを閉じた。
遮光カーテンなので、部屋は一瞬で真っ暗になった。
暗闇が妙に落ち着いた。
携帯の電源を切って、俺は眠り続けた。
今はおふくろの声ですらも、聞きたくなかった。
どうしても目が覚めてしまった時は
風呂に入って、またベットに潜り込んだ。
そして眠くなるのを、ただひたすらに待った。
食事もろくに摂らずに
何日も何日もただ眠っていた。
もう何日眠り続けたのか?それも分からない状態であった。
3日?5日?もしかして10日?
カーテンを一切開けないので、昼か夜かもハッキリと分からない。
その間2度ほど、渡辺が俺を心配をして訪ねて来てくれた。
俺がまりあと別れたことは、渡辺に報告していた。
渡辺は何度も「私のせいだ・・・」と言った。
「それは違うよ・・・。渡辺・・・。」
渡辺が胸を痛めていることがつらかった。
全ては俺の責任なのに・・・。
そんな渡辺に対しても
俺は玄関のドアを開けて、顔を見せることはしなかった。
今の自分の姿がどんなものなのか?
それは俺自身にも分からなかった。
きっと全身は痩せこけ、顔も真っ白であったに違いない。
その姿を渡辺に見せたくなかった。
ドアホン越しで会話した程度である。
「二宮くん・・・。本当に大丈夫?」
渡辺は心配そうな声でそう訪ねてくる。
「うん・・・。元気になったら報告するから・・・。」
俺はそれしか言えない状態であった。
ごめんな・・・。渡辺・・・。
その日も俺は暗闇の中で、ただ息をしていた。
眠りたいのに眠れない。
ジッと次の睡魔が来るのを待って、闇を見ていた。
その闇を切り裂いたのが
ピンポーン
というインターホンのバカでかい音であった。
俺は驚いて体をビクッと震わせた。
渡辺か・・・?油田か・・・?
俺は恐る恐るドアホンに出た。
「はい・・・?」
ドアホンの受話器から聞こえたその声・・・。
「・・・新田です。」
それはまりあの声だった!
出典:憧れの1人暮らし隣人に恋した
リンク:http://www2.2ch.net/2ch.html

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