憧れの1人暮らし隣人に恋(を)した(6/6)

2009/09/27 14:43 登録: 痛(。・_・。)風

「まり・・・あ・・・?」

俺は声が擦れた。

一体どうしたんだ?

なんの用なんだ?

今更・・・。この俺に・・・。

「引越しのご挨拶に・・・。来ました・・・。」

そうか。
このマンションは退去予定の、1ヶ月前に知らせなければいけない。

油田からまりあの退去を聞いたのが
ちょうど1ヶ月前・・・。

今日でまりあは302号の契約が切れるのか・・・。


俺は迷った。
ドアを開くべきか・・・。
開かないべきか・・・。

今のこの姿を見せたくない。

いかにも「あなたに振られて廃人になりました」
というようなものではないか・・・。

でも・・・。

でも・・・・・。

でも・・・・・・・・・。

あんなに大好きだったまりあ・・・。

自分の人生で、1番好きになった女性。

まりあ・・・。

これがまりあの顔を見る、最後になるかもしれない。

いや。間違いない!

これが最後だ!


「ちょっと・・・。待って・・・。ドア開けるから」
俺はまりあにそう言った。

ギリギリ髭は剃っている状態である。
でも髪はボサボサだ。
仕方がない・・・。

俺は玄関のドアを開く。

凄いスピードで脈打つのが分かる。

ドキン。ドキン。ドキン。

ドアを開けて、やっと今が夜だという事に気がついた。

薄暗い廊下の明かりのに照らされて

まりあが立っていた。

いま俺の目の前にいるまりあ・・・。

本当に本当に・・・。大好きだったんだ。

いや・・・。違う。

きっと今でも・・・。俺はまりあが好きなんだ・・・。


「まりあ・・・。」

俺の口から、思わずその言葉が漏れた。

「お久しぶりです。光輝くん・・・。」

まりあがそう言った。

そして俺の顔を見て、少し驚いた表情を見せた。
「光輝・・・くん。」

もう言い逃れはできないよな。
こんな姿を見られたら・・・。

「なにかあったの?光輝くん・・・?」

「ちょっとね。仕事で・・・。」

隠していても仕方がない。

まりあが黙り込んだ。
自分の責任を感じているか?

まりあのせいじゃないんだ。
こうなったのは・・・。

俺は心の中でそう呟いた。

「時間あるの・・・?もし良かったら・・・。中で話す?」

まりあは少しためらった様子のあと
コクンと頷いた。


俺はリビングにまりあを通した。
電気のスイッチを入れる。

数日間、ずっと暗闇にいたせいか目が痛い。
そしてなにより、精神的に落ち着かない。

「ごめん・・・。まりあ。豆球でいい?」

「うん・・・。」

この時の言動で
まりあは既に、俺がまともな状態ではないと悟ったのであろう。

俺とまりあは向かい合って座った。
流れる沈黙・・・。

俺はまりあに、話掛ける言葉を捜したが
それは見つからなかった。

「お仕事・・・。」
まりあがポツリとそう呟いた。

「お仕事・・・大変なの?」
まりあが俺の目を見てそう言った。

「うん・・・。大変というか・・・。会社辞めちゃった・・・。」
もう隠しても意味がないだろう。

まりあだって薄々感ずいているかもしれない。

「・・・そっか。」

またしても沈黙が流れる。


俺は少しだけ明るい声を出した。
「なんかね。仕事・・・。頑張りすぎたみたい。少し休めってさ。医者が」

まりあは黙って、ジッと俺の顔を見つめている。

何か・・・。何か話さなきゃ・・・。

「もうね・・・。ディレクターになれないみたい。なんだかね。もうダメみたい」

何で俺はこんな話してんだよ!でも言葉が止まらなかった。

まりあはそれでも、黙って俺の言葉に耳を傾けた。

「なんかね・・・。夢が無くなっちゃった・・・。みたい・・・。あはは・・・。」

あれ・・・?俺泣いている・・・?

自分では冷静なつもりなのに・・・。

気がつくと、俺の目から涙がポロポロと流れ落ちていた。


そしてそれは、全く止まる気配が無かった。

まりあはそんな俺を見て、静かに立ち上がった。

そして俺の横にひざまずいた。

まりあは俺の頭を抱えこみ、優しくその胸に抱き寄せた。

「疲れちゃったんだね・・・。光輝くん・・・。ごめん・・・ね。」

俺はまりあのそこ言葉を聞いて、更に激しく泣き出してしまった。

まりあはそんな俺の顔を、そっと両手をで包み込んだ。
そして優しくキスをしてくれた。


まりあのキスは長く続いた。

そしてそれは

少しずつ・・・。

少しずつ・・・。

激しさを増していった。

その流れは、ごく自然に来た。

まりあは最初、すごく痛がった。

しかし・・・。

「いいよ。光輝くん。大丈夫だから・・・」

俺とまりあは、初めてその一線を越えた。

終わった後も、しばらく抱き合っていた。

「電気点けていいかな・・・?」

まりあが俺に聞いてきた。

俺は「うん」と頷いて電気を点ける。

眩しい・・・。

俺はまりあがいるベットに戻った。

シーツを見ると、そこにはまりあの鮮血の痕があった。


俺は驚いた。

実は俺はまりあが、2番目の人である。

最初の人は、俺の人生を大きく変えた事件に起因している。

「まりあ・・・。」

俺はそう言って、まりあの顔を覗きこんだ。

まりあが言った「初めてだよ・・・。光輝くんが・・・。」

「悟とは・・・。」

そう言い掛けて俺は言葉を飲み込んだ。

今ここで、悟という名前は口に出したく無かった。

その夜は2人で抱き合って眠った・・・。

しかし次の日の朝

目を覚ました俺の横に、まりあはいなかった。

テーブルを見た。そこには1枚の紙切れがあった。

まりあからの置手紙である。

そこにはまりあの文字で
「いつかの答え・・・。もう少し待ってください。まりあ」とだけ書かれていた。


俺の辞表が、正式に受理された。

最後は総務部からの電話だった
「二宮さんの辞表が受理されました。
年金手帳と、雇用保険被保険証は郵送させて頂きます。

「分かりました。短い間でしたが、お世話になりました。」

あっけない幕切れであった。
俺は丁度、入社1年で会社を退職した。

もし戻って来いって言われても
もう体が働くことを、拒否してる状態だったんだけどね。

川田さんには退社の報告をしなきゃ・・・。
渡辺は・・・。もう会社で聞いているかな?

しかしどうしても、川田さんに電話が出来ない。
川田さんと、仕事をしていた現場が脳裏をよぎる。

仕事の現場を思い出すと震え出した。
これが・・・。鬱の症状なのか・・・?

俺は心の中で、川田さんに謝罪した。
「すみません・・・。川田さん・・・。」


あの夜以降、まりからからの連絡は全く無かった。
俺も連絡はしなかった。

ただまりあの答えを待った。
それしか、俺の出来ることは無かった。

退社が決まった日の夜、俺はコンビニに出かけた。
そこでタバコを買った。

17歳の時にやめたタバコ・・・。
なんでこんなものを、買ってしまったんだろう?

マンションに到着して、3階フロアに到着した。
まりあの住んでいた、302号の前を通り過ぎる。

俺は足を止めた。

そして302号の
302号の前に立つと、インターホンを押してみた。

ピンポーン。

室内で鳴り響く音が、外にいる俺の耳にも微かに聞こえた。

フッ・・・。と笑い出してしまった。

なにバカなことやってんだよ・・・。俺は・・・。

もうまりあはいるはずないのに・・・。

ズボンから、自分の部屋のカギを取り出して
カギ穴に差し込もうとした瞬間!

ガチャリ・・・。

俺の後方で、ドアが開く音がした。

まさか・・・。まさか・・・。

まりあ・・・?

俺は後ろを、振り向いた。


しかしそこには立っていたのは油田だった。

なんだオメーか・・・。

ドアの開く音は、301号だったのか。

「コンビニ行くの?」
俺は油田に話しかけた。

「ええ・・・。ところで二宮さん・・・。」

「ん?」

「まりあちゃん。カレー屋のバイト辞めたの・・・知ってますか?」

そうなんだ・・・。

そうだよな。
実家からあのカレー屋に通ってまで、バイトする意味ねーよな。

「ううん。知らなかったよ。」

「そうですか・・・。」

油田は急に、しおらしい声を出した。
「なんか・・・。寂しくなっちゃいましたね・・・。」

そうだな・・・。少し前までは・・・。
すっげー楽しかったのにな・・・。

「そうだね・・・。」
俺はそう言うと、自分の部屋へ入っていった。


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第19章 光

俺は部屋の引き出しを、ゴソゴソと探っていた。

あった。あった。

この部屋の契約書だ。

そこに明記されている、大家の番号に電話を掛ける。

「ありがとうございます。○○住建です。」

「○○の303号に住んでいる二宮です。」

「お世話になります。」

「5月一杯で、退去の手続きをお願いします。」

「かしこまりました。差し支えなければ退去の理由を・・・」

そんなやり取りを経て
俺は303号の契約を解除した。

俺が初めて、憧れの1人暮らしを始めた303号とも
あと1ヶ月で、お別れである。

そう思うとなんだか、寂しさが込み上げてきた。

部屋の壁にそっと手をあてた。
「たった1年と1ヶ月だったけど、今までありがとうな!
次は、いい人に住んでもらえよ・・・」
そういって俺は、303号にお礼を言った。

その日の夜、油田と渡辺にメールを送った。
「5月一杯で303号を出ます。」

油田の返信は「嫌ですよ!!ずっといて下さいよ!!」
渡辺の返信は「寂しくなるね・・・」
であった。

2人の気持ちは、痛いほど嬉しかった。

それから退去日までの生活は、特に書くべきことが無い。

寝て、起きて、ボーッとして、ご飯を食べて、風呂に入るだけだ。
完全なニート状態である。

退去日の前日に、俺は油田と渡辺に挨拶をしに行った。

渡辺は留守であった。
もしかして、泊まりロケかもしれない。

俺は部屋に戻って
「今までありがとう。二宮」
そう書いたメモ書きを、304号の郵便受けに入れておいた。

俺はその後、301号のインターホンを押した。


「はい・・・?」
油田が応答した。

「俺だよ。二宮。ちょっと開けてよ。」

油田が出てきた。

退去お知らせメールの後も
ちょくちょく顔は会わせていたが、正式な挨拶はこれが初めてだった。

「俺、明日出て行くからね。今までありがとな!」

引越して来た日の夜。
お前とコンビニで会って、そこから毎日が楽しくなったんだ。

そんな毎日が送れたのは、マジでお前のお陰だよ。
ありがとうな。油田・・・。

「僕・・・。寂しいですよ・・・。やっぱり。」
急に油田が、メガネを外して泣き始めた。

お前ってば本当にいいヤツね・・・。

「なに泣いてんだよ!バカじゃねーの・・・。」

ヤバイ・・・。
俺も泣きそうになってしまう・・・。

油田に泣かされてしまう・・・。


「だって・・・。だって・・・。」

全く・・・。弟みたいなヤツだな。

俺一人っ子だけどさ・・・。

「また遊びに来るよ!そん時までに、ゲームとマンガ増やしててな!」
そういって俺は、油田と最後の別れを終えた。

退去日の当日は、大家の社員が部屋の点検に来た。

「綺麗に使用して下さって、ありがとうございます。
この状態ですと、敷引きは満額返ってきますよ!」

「そうですか!」
それは有り難い。
俺は今や無職なのである。

ここで敷引きを、多く取られでもしたら・・・。
唯一の心配事がそれであった。


社員が「部屋のカギを貰いますね。」と言った。

303号の部屋のカギ・・・。

最初の頃はこれをドアのカギ穴に差し込むのが
嬉しかったよな・・・。
やっと大人になれた気分だったよ。

俺は303号のカギを渡した。

「なんか少し寂しい感じがするでしょ?」

その社員が訊ねてきた。

「そうですね・・・。」

社員が玄関のドアを開けてくれた。

俺はもう1度だけ振り返って、部屋中を見渡した。

まりあとこの部屋で、最後に会った時の事を思い出した。

目を閉じて心の中で呟いた。

ありがとう・・・。303号・・・。

俺は玄関を出た。

こうして憧れの1人暮らしは、終了したのである。


実家に帰った俺を、おふくろは温かく迎え入れてくれた。

「ただいま」
そう言って俺は、玄関の敷居を跨いだ。

正月にこの玄関を出た時は
まさかこんなに早く戻って来るなんて、思ってもみなかった。

会社を辞めるなんて・・・。
そして・・・まりあと別れるだなんて・・・。

おふくろが俺の顔を見て、最初に掛けてくれた言葉が
「おかえり光輝。今までお疲れ様でした。」
であった。

俺は仕事が忙しい時には、おふくろにも連絡を入れていなかった。

でもおふくろは、理解していたのかも知れないな。
俺がどんな状況だったのかを・・・。

すごいよな。母親ってさ。


おふくろは、俺が会社を辞めた理由を一切聞いてこなかった。

今は聞くべき時ではない。
いつか話してくるだろう・・・息子から。

それがおふくろなりの、気遣いだったに違いない。
俺はそんなおふくろの、気遣いに感謝した。

居間でおふくろが俺にお茶を入れながら言った。
「そうそう。悟くんは・・・。」

ドキッ!悟・・・。

「1人で上手くやっているのかい?」

???

なんのことだ?

俺が不思議な顔をしていると

「あら。知らないのかい?悟君が1人暮らし始めたのを・・・」

全く知らなかった・・・。

悟が俺の部屋を出てからの状況は、全く分からない。

俺と悟は、連絡を一切とっていないのだ。

おふくろは恐らく、悟の母親に聞いたのであろう。

でも俺と悟が、こんな関係になってしまったことを
わざわざおふくろに知らせる必要もない。

言っても悲しむだけである。


「いや。知ってるよ。まぁ器用なヤツだし・・・。大丈夫だよ!」
適当に言葉を濁しておいた。

しかし・・・。意外な情報であった。
悟だって現在は、金に余裕があるわけではないだろう。

それでも出て行く理由・・・。

もしかして・・・。

まりあと暮らしているのか・・・?

ドクン・・・。ドクン・・・。

急に胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
すっかり忘れてた嫉妬心が、再び沸き起こる。

やめろ・・・。嫉妬なんかすんじゃねーよ!
もう元カノじゃねーか!
みっともない感情を出してんじゃねーよ!

しかし理性で感情を押さえ込むのは、非常に困難な作業であった。

まだ・・・。

まだ・・・・・。

一緒に暮らしていると、決まったわけじゃねー!

唯一その方向に、精神安定の活路を見出していた。

あの日から約2ヶ月・・・。

「いつかの答え・・・。もう少し待ってください。」

しかしいくら待っていても
答えを知らす連絡は、未だに来なかった。

もしかして、答えはもう出ているんじゃないのか?

まりあ・・・。


季節は梅雨を終えて、夏・・・。
8月15日。
まりあの誕生日を迎えても、俺の鬱は一向に改善されていなかった。

毎日自室に閉じこもって、ボーッとしている日々。

TVはあまり観なかった。
どうしても、仕事を連想してしまうからだ。

そして・・・。

まりあからの返事も、未だにきていなかった。

「終戦まりあ記念日か・・・。」

去年は楽しかったよな。

8月15日・・・。

色紙のリングなんか作っちゃって

でも、主役が来ないんだよ。

笑っちゃうぜ。

それを知らずに、油田と渡辺はケーキとチキンを買ってくるしさ。

しかも油田は
アリ伝説DXとかいう、不気味なプレゼント用意してんの。


・・・・・・・・・。


あの日だよな・・・。

俺とまりあが付き合った日も・・・。

もう1年も経っちゃった。

たった1年で、廃人になっちゃった。

まりあ・・・。

21歳の誕生日おめでとう。

俺は心の中で、まりあの誕生日を祝った。


鬱病というのは、本当に恐ろしい。

焦れば焦るほど、仕事が出来ない。

おふくろに心配を掛けたくない!
そう強く思えば思うほど、仕事が出来ない。

早々に病院へ行けばいいのだが
おふくろの悲しむ姿を想像して行けない。

まさに地獄の、無限ループである。

そんな俺を、おふくろは何も言わずに
ただ見守っていてくれた。


カレンダーは、9月半ばに入っていた。

部屋の窓を開けると、秋の香りが漂っていた。

それは、いつかまりあに教えてもらった
キンモクセイの香りだった。

俺が感傷的になっていた
その時、携帯がブルブルと振動した。

着信だ!誰だろう?

携帯画面に表示されているその文字は

「川田さん」であった。

すごい早さで、脈打つのが分かる。
心臓がバクバクする・・・。

川田さんが・・・。なんで?

俺は不義理なことに、会社を辞めてから
川田さんに一切連絡をしていなかった。

申し訳ない気持ちはあるのだが
どうしても連絡が出来なかった。

仕事関係の人間と話をすることを
心が頑なに拒否していた。

俺は迷った。

出るべきか・・・?
逃げるべききか・・・?


俺はソロソロと携帯を手に取って、受話ボタンを押した。

心の奥底にしまい込まれていた
「師匠への感謝の念」が俺の心を動かした。

この人からは・・・。

この人だけは・・・・・・。

逃げちゃいけないんだ!

「も・・・もしもし」

声が震えている。

退社後、仕事関係の人間と話をするのは
渡辺以外で、これが初めてであった。

激務を抱えていた時の情景が頭をよぎる。

「おー!二宮。俺だよ」

久しぶりに聞く川田さんの声。
いつもと変わらず、陽気なその声・・・。

「川田さん!その節は申し訳ありませんでしたっ!!」

俺は川田さんに謝った。


しかし川田さんは、とぼけた声で
「なにが〜??」
と言っている。

「お世話になった、川田さんに対して
会社を辞めた報告を怠ってしまい、誠に申し訳ありませんでした。」

俺は携帯を握りしめながら、頭を下げていた。

川田さんは数秒間、考え込むように間を取ると。
「報告なんかいらないよ。だって俺、あの会社の人間じゃねーもん。」
と言った。

「そんなことより・・・」
川田さんが続けて言葉を発する。

「お前の有給は、もう終わりだよ!」

???

俺は会社を辞めたんだ。
有給休暇をとっていたわけじゃない。

「明日から出勤な!俺の事務所に。」

川田さん・・・。


「でも・・・でも俺・・・。映像の仕事は・・・。」

俺の心の中で根付いてしまった鬱が
川田さんの温情を、突っぱねようとする。

川田さんは、そんな俺の鬱もお構いなしに
「バカヤロー。
お前なんかに恐ろしくて、映像の仕事なんかさせられるかよ。」

それじゃなぜ・・・?

「お前の仕事は、今も昔も俺とキャバ行くことだろが!」

涙が溢れてきた。
心の奥底に眠っていた、熱い感情が沸々と湧き上がってくる。

「ぅぅぅっっ・・・。分かりました。
明日・・・。事務所に行かせていただきます・・・。」

ずっとずっと、真っ暗闇の中、1人彷徨っていた俺。
そんな俺に、僅かな光が差し込んできた瞬間であった。


次の日、俺は川田さんの事務所に出掛けて行った。

家を出る時、おふくろに声を掛けた。
「おふくろ。ちょっと出てくるね。」

「どこに行くんだい?」
数ヶ月間、家から一歩も出なかった俺に対して
おふくろは、少し驚いた表情を見せた。

「んーー。仕事」
俺はそう答えた。

そんな俺の言葉に対して、おふくろは少し嬉しそうに
「そうかい。気をつけて行っておいで!」
と言って俺を送り出してくれた。

地面を踏みしめるのにも違和感があった。
そして外の空気がやけに新鮮である。

川田さんの事務所まで、電車を乗り継ぐ。
電車に揺られていることが、日常とかけ離れた行為に思えた。

「ここか・・・。」
川田さんの事務所の場所は、以前に聞いていた。
しかし訪ねるのは、初めてであった。

久しぶりに会う川田さん。
どんな顔をして会えばいいのだろう?

俺は少し緊張していた。

「失礼します。」そう言って俺は事務所のドアを開けた。


少し狭いが、小奇麗な事務所であった。

その1番奥で、川田さんはパソコンに向かって
なにやら作業をしている様子だ。

俺に気づいた川田さんは
「おう!二宮〜〜。久しぶりだな!」
そう言って俺に近づいて来た。

「あ・・・。川田さん。お仕事続けて下さい!」
俺は慌ててそう言った。

「そうか?すまんな。ちょっと急ぎの仕事があってなぁ。
ちょっと待っててくれや。適当にその辺に座っててくれ。」
そう言って川田さんは、デスクに戻って仕事を再開した。

俺は近くのデスクに座って、川田さんが仕事を終えるのを待った。
そのデスクには、ある番組の台本が置かれていた。

その台本を手に取って、そっと中身を見た。
台本なんて、何ヶ月ぶりに見るんだろう・・・。

一瞬、強烈な吐き気がした。
まだダメだ!心が映像業界を強く拒否しているのが分かる。


その時川田さんが、パソコン画面を見ながら話しかけてきた。
「ったくよぉ。毎日毎日忙しくって嫌になるぜ・・・。」

「は・・・はい・・・。」

「金が貯まって仕方ないんだわ。こう仕事が忙しいとよ・・・。」

「・・・・・・。」

「ちょっとは貧乏な青年に分けてやらねーとなぁ。金」

川田さん・・・。

嘘だ。そんな余裕がある訳がない。
会社を興したのだって最近である。

いくら今までの地盤があるとはいえ
金に余裕があるはずはない。

今だって会社を軌道に乗せるために
安くてやりたくもない仕事をやっているに違いない。

「おっしゃ!!終わったぜーーー!!ちょっと早いけど飲みいくぞ!!」

川田さんは、俺を連れ出して飲み屋に向かった。

最後には潰されてしまったけど
仕事が俺に残してくれた財産は、川田さんだったんだ。

仕事がこの人に引き合わせてくれた運命に、俺は感謝した。


その日から俺は、毎日川田さんの事務所に顔を出した。
時間はフレックス制である。

川田さんは、いかにも会社くさいルールを作るのが
大嫌いな人であった。

やることが無いなら来るな!
あるなら徹夜でもなんでもしろ!

実に分かり易い。

1ヶ月の間
川田さんは俺に、一切映像の仕事はさせなかった。

その代わり俺を連れて、毎晩飲みに繰り出した。

よく毎晩、体がもつな・・・。
大丈夫か?川田さん・・・。

俺が川田さんの体を、心配するほどであった。

しかしこの人にとって、酒は栄養ドリンクみたいな物だ。
飲めば飲むほど、疲れが取れるらしい。

そんな俺に、川田さんは給料までくれた。
しかもそれは、前の会社と同額の給料である。

俺は情けなかった・・・。

なにか川田さんの役に立ちたかった。
しかしどうしても、映像の仕事だけは出来ない。

そこで俺は昼間事務所に行くと、コピーや掃除、お茶汲みなどをした。
まるでOLのようだ。

これが俺なりに出来る、精一杯の仕事であった。

悔しいが・・・。


10月末のある日。
俺は事務所に飾ってある、お花の水変えをしていた。

「二宮〜。ちょっと来い。」
川田さんに呼ばれた。

「はい。なんですか?」

「いま非常につまらん仕事を抱えて困っている。」

「はぁ・・・。」

「バカなカップルが、披露宴で上演するVを作りたいそうだ。」


川田さんの話のでは、新婚カップルが
安室奈美恵の CAN YOU CELEBRATE? をBGMにして
ドラマを作りたいそうだ。

内容は2人が出会って、遊園地でデートをして
最後は抱き合って終わる。

それを披露宴で上映して、来賓者の笑いを取りたいらしい。

正気の沙汰とは思えない、バカバカしい仕事である。


「俺はさぁー。一流のDじゃん?だからこんな仕事できないわけよ。分かる?」

「は・・・はぁ。」

「お前がやってくれたら・・・。助かるんだわ。」

川田さんの目を見る。
冗談っぽく話しているが、その目はマジである。

戻ってこい!
こっち側に戻ってこい!二宮!!

川田さんの目が、俺にそう訴えかけてきていた。

俺は腹をくくった!

「分かりました。やらせて下さい!その仕事。」

これが俺の転機となった。


次の日、俺と川田さんは
依頼主のカップルとの、打ち合わせに出掛けた。

依頼主の要望を聞く。

なるほど・・・。

早速、脳内で映像を想像して、組み立ててみる。
実にバカバカしい構成だが、少し面白そうである。

面白い・・・。

なんだこの感情は・・・?

映像を面白いと思っている自分がいた。

こんな感覚はいつ振りだろう・・・?

その時、川田さんが俺に聞いてきた。

「どうだ?二宮は何か意見があるか?」

こうすればもっと面白くなる!

こうすればもっとバカバカしくなる!

俺は一瞬で考えた演出プランを、依頼主に伝えた。

依頼主も俺の話を聞いて、笑いながら乗ってきた。


旦那は大喜びである。
「それはいいですねー。爆笑とれるぞ!」

奥さんも
「でも恥ずかしいよー!」等と言っているが
まんざらでも無さそうだ。

俺は打ち合わせを終えると
事務所に帰って、構成を練り直した。

それを書面にして行く。

番組やVPと比べれば、本当に小さな仕事だ。

でも構成を考えている俺は、仕事を楽しんでいた。

少しでも依頼主に、喜んでもらいたい!
少しでも披露宴にやって来た、客を笑わせたい!

それが俺のモチベーションになっていた。

それからは毎日、夜中まで残って
夢中で台本を作った。

本来ならこんな台本は、3時間もあれば出来る。

しかし俺は、丁寧に丁寧に台本を書いていった。


川田さんが「二宮ーーー!!飲みくり出すぞ!!」と誘っても
俺は「すみません。台本書かせて下さい!」と言って断った。

川田さんは「寂ちぃぃぃ・・・。」と言って、事務所から出て行った。

この仕事だ!!

この仕事で俺は・・・。

もう一度、再起するんだ!!

俺の決意は、確固たるものになっていた。


披露宴会場の、照明がスッと落ちた。
いままで歓談を楽しんでいた、お客さんが黙り込む・・・。

俺の再起を賭けた作品が、スクリーンに映し出された。

たった40人程度の、視聴者しかいない。
番組とは、比べ物にならない少なさである。

俺は付き添ってくれた、川田さんと
会場の1番奥で、その光景を静かに見守っていた。

Vが進むに連れて、会場からは笑い声が出てきた。

あちこちから新郎新婦に対して、冷やかしの言葉が飛ぶ。
その度に、恥ずかしそうに笑う新郎新婦。

番組では視聴者の反応を、目の前で見ることは出来ない。

みんなが俺の創った映像で笑っている・・・。
それってこんなに、素晴らしいことなんだ・・・。


人に何かを伝えたくて入った、映像業界。

俺の映像は、たった40人の視聴者だけど

そのたった40人の視聴者に対して、確実に何かを伝えている。

クライマックスで、大爆笑が起きた。

それをきっかけにして、場内が明るくなった。
会場スタッフがスクリーンを片付け始める。

俺の再起作は、幕を閉じた。

その時、川田が言った。
「どうだ?二宮。映像っておもしれーだろ?」

俺はジッと正面をと見据えて言った。
「はい・・・。すごく面白いです!」


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最終章 まりあへ

2007年の正月1通の年賀状が来た。
その年賀状には可愛い文字でこう書かれていた。

「明けましておめでとうございます。来年悟くんと結婚します。」

この年賀状の差出人は俺の元カノまりあだ。

その端には、小さな字でこう書かれていた。

「式は10月の予定です・・・。これがあの日の答えです。」

俺は自宅のポストから取り出した、その年賀状を鞄に入れて駅へ走って行った。

1月5日。今日は仕事初めである。
旧住所から転送されてきた、その年賀状は律儀に俺の実家へ届いた。

そっか・・・。

結婚か・・・。

大学を卒業して、すぐに結婚するだなんて
それくらい悟が好きなんだな・・・。

まりあ・・・。悟・・・。

結婚おめでとう!

俺も頑張るからな!

やっと仕事が出来るようになったんだ。

小さい仕事だけど

少しずつ・・・。

少しずつ・・・・・。

俺の中で映像を創りたい!っていう気持ちが、沸き起こってきてるんだ!

俺はやっぱり映像が好きなんだ!


あの日の、披露宴のVを境にして
俺は徐々に、映像の仕事へ復帰していった。

川田さんも、俺の精神状態を見極めつつ
俺に出来そうな、仕事を割り振ってくれた。

立ち直るのには、何度も葛藤があったけど
その度に川田さんが、俺を支えてくれた。

そしておふくろが、俺を支えてくれた。

俺の実家と、悟の実家は近所である。

さすがに正月くらいは、顔を会わす覚悟をしていたが・・・。

向こうが俺を避けているのか
ニアミスなのか・・・?

悟と会うことは、全くなかった。

春には、俺はほぼ元通りの姿に戻っていた。

2007年こそが、本当に勝負の年である。
俺は必死になって仕事をした。

しかし過去の教訓を生かして
オーバーワークにだけは気をつけた。

自分のキャパシティを知ろう!
それが社会人として
俺が学ぶべき、最初の仕事なのかもしれない。

8月15日
3度目の終戦まりあ記念日も、俺は仕事をしていた。

川田さんや、他のスタッフは、お盆休みを取っていた。

俺も特に仕事は無かったが、出社していた。
なぜかこの日だけは、家にいたくなかったのだ。

会社の窓から、夕暮れを見つめながら思った。

まりあ・・・。22歳の誕生日おめでとう!
俺と初めて出会った時、まりあはまだ19歳だったよな・・・。

もう随分と、時間が経ってしまったね。


その時、まりあが昔俺に教えてくれた、将来の夢を思い出した。

「光輝くん。私ってどんな仕事が向いていると思う?」

「うーん。カレー屋かな?やっぱり」
俺は冗談でそう答えた。

まりあは少し、すねた感じで
「カレー屋さんはバイトで十分です!私ね・・・。保母さんになりたいの」

そうか・・・。
まりあは子供が好きそうであった。
いかにもまりあらしい仕事である。

「夢が叶うといいね。」

「うん。私がんばるよ!!」
その時の、まりあの笑顔を思い出す。

夢が叶うといいな。

悟・・・。まりあを大切にしてやってくれ。
俺の何倍も何十倍もな!


終戦まりあ記念日を
心の中でお祝いするのは、今年で最後だ!

最後にするね・・・。まりあ・・・。

俺は自分のデスクに戻って、仕事を再開した。


2007年は、俺にとっても必死であったが
みんなも必死で、生きていた。

川田さんは会社を大きくするために、必死で営業をした。
プライドが高いあの川田さんが、仕事欲しさに頭を下げまくっていた。

渡辺も必死であった。
カメラマンになるために、休みもろくに取らず仕事をしていた。
俺は過去の自分の経験から、内心ドキドキしながら応援した。

そして油田も必死だった。
就職活動でクタクタになっている様子である。
たまに俺に電話をしてきては、泣き言をほざいていた。

それでも就職は決まらなかった。
少し高望みしすぎじゃないか?お前は・・・。

まりあと悟の状況は、全く分からなかった。

それでも、油田と渡辺も
まりあと悟が、結婚することは知っていた。

まりあは、あの2人にも年賀状で知らせたようだ。

2007年は、すごい早さで過ぎていった。


そして2008年。
今年である。

今年は、まりあからの年賀状が届くことはなかった。

きっと悟と2人で幸せにしているさ・・・。

おふくろは俺と悟が、こんな関係になってしまったことを
薄々感づいている様子だ。

悟に関する話題は、一切振ってこなかった。

俺はもう平気なんだけどね・・・。

いまバッタリ悟に会ったとしても
「おう!元気にしてた?」と声を掛ける自信がある。

俺は今年の正月。
意味もなく、悟の実家の前をブラブラしていた。

今年は実家に、帰っているかも・・・?

どうせいつか会うのだ。
こんなに実家が近いんのだ。
それなら早く顔を会わせてしまった方が楽になる。

しかし今年の正月も、悟に会うことは無かった。


悟はまだ、俺に会いたくないのかも知れないな。

今年は、飛躍の年にしよう!
去年は、転機の年だった。

川田さんと頑張って、事務所を少しでも大きくしよう!
俺は仕事に燃えていた。

俺はこの時、まだ気づいていなかった。

今年にも大きな、転機が訪れることを・・・。

俺とまりあに、大きな転機が訪れることを・・・。


3月になった。

春のポカポカとした、日差しが心地いい。
俺は駅のホームで、電車を待っていた。

納品の帰りである。
この後は、事務所に戻って、川田さんと合流をして
新しい仕事の、打ち合わせに出かける。

川田さんが会社興してから、その仕事は今までで1番大きな仕事になる。
俺と川田さんが、2人で演出をするのだ。

ディレクターと、ADの関係では無く
初めて対等な立場として、同じ舞台に立つ。

失敗は許されない!
今までの経験を、全て出し切るんだ!

その時、俺の携帯が鳴った。

油田である。

俺は電話に出た。

「もしもし。あぶちゃん。久しぶり〜!」

「二宮さん!僕、今日卒業式だったんです!!」

「あっそ。おめでとさん。就職決まった?」

「就職浪人です・・・。いや!そんなことより!!!」

「なんだよ。なに興奮してんの?」

「今日卒業式で、まりあちゃんと、久しぶりに会ったんです!!」

まりあ・・・。

「彼女・・・。結婚取りやめたみたいですよ!!!」

え・・・。

結婚取りやめ・・・?

なんで・・・・・・?

「おい!油田!!理由はなんだ!?理由は!!??」

その時、ホームに電車が入ってきた。

クソッ!!うるさくて電話の音が聞き取れない!!


「それは・・・よく・・・分からない・・・んです。」

「ごめん油田!!電話切るね!!」

なんだ・・・?

一体どういうことなんだ・・・?

去年の正月から・・・。1年と3ヶ月・・・。

この間に、まりあと悟に何があったんだ・・・??

分からない・・・。

俺には全然分からない・・・。

いくら考えても想像がつかない・・・。

俺は再び携帯を握った。

このアドレスにメールを送るのは・・・。約2年ぶりだ。

まりあ・・・。

俺は、まりあにメールを送った。

「油田に聞きました!結婚取りやめの話。理由を教えて下さい!」

俺は駅の階段を、駆け下りた。

ここだと万一、電話が掛かってきた時にうるさい。

改札を飛び出し、少し静かなところで返信を待った。


まりあ・・・。

なんでなんだ??

悟となにがあったんだ??

電話でもメールでもいいから、返事をして来い!!

その瞬間、俺の携帯がピカピカと光った。

携帯の画面を見る。

「まりあ」

俺は慌てて、本文を見た。

意外な文章が、俺の目に飛び込んできた!

「勝手でごめんなさい。。。光輝くんに会いたいです。。。」

会いたい・・・??俺と・・・??

なんだ??

なにがあったんだ???

俺はすぐに、メールを返した。

「とりあえず、何があったのか教えて下さい!!」

今度の返信は、すぐに来た。

「光輝くんにとても会いたいです。。。待ってます。。。」

話にならない。

俺は電話に切り替えた。


しかし、いくら電話を掛けても全く出ない。

またしても、メールに切り替えた。

「どこで待ってますか?場所を教えて下さい!」

送信して5分以上が経過した。

しかし返信が来ない。

ちくしょーーー!!!

会社に戻らなければいけないんだよ。

今日は川田さんと、大切な打ち合わせに出かけるんだよ!!

理由だけでも知りたい!!

・・・・・・・・。

もうこの方法しか、残っていない!!

悟だ・・・。

アイツに聞くしかない!!

俺は悟の番号に、電話を掛けた。


しかしコール音は、鳴るものの
こっちも全く、電話には出ない。

俺は何度も掛け直した。

時間がねーんだよっ!!頼むから出てくれよっ!!

そして10回くらい掛け直してやっと

ガチャ・・・。
という音がした。

出た!!!

悟が電話に出た!!

「俺だ!!光輝だ!!」

悟は少し暗い声で
「ああ・・・。久しぶりだな」と言った。

そんな挨拶などどうでも良い。

「結婚が中止になったって聞いた。理由はなんなんだ?」
俺も若干、声のトーンを抑えた。
冷静に話そう・・・。冷静に・・・。

しかし悟は
そんな俺の言葉を、無視するかのように黙りこんだ。

時間が無いんだよ!!早く答えてくれ!!

「頼む悟・・・。教えてくれ・・・。」

俺は静かにそう呼びかけた。


「お前がまりあを・・・。振ったのか・・・??悟・・・。」

「・・・そうだ。」
やっと反応があった。

「なぜだ?まりあが好きなんだろ?なぜなんだ?教えてくれ・・・。」

俺は次の悟の、言葉を静かに待った。
話出すまで待つしかない様子だ。

「信用出来なくなった・・・。」
悟の声は更に暗くなっていた。

こんな悟の声は、今までに聞いたことが無い。

「どういうことなんだ?」
俺は更に問い詰めた。

「俺と彼女が付き合ってから・・・。
どれくらい経ったと思う・・・??」
俺に質問返しをしてきた。

知るか!!そんなこと!!

悟が次の言葉を吐き出した。

「ヤらせてくれないんだよ・・・。彼女・・・。」

え・・・??

そんな・・・理由で・・・。

そんな理由・・・なのか・・・??

結婚を取りやめる理由が・・・。

まさかそれなのか・・・?

頭の血管が、切れそうになった。


「結婚するまでダメだってさ・・・。笑っちゃうだろ・・・?」

・・・・・・・。

バカなのか??テメーは??

笑えるわけがねーーーーだろがぁぁぁぁーーーー!!

そんなクソみたいな理由で、結婚中止ってか!!??

あんまりザケたこと、抜かしてんじゃねーーーぞ!!!

完全にDQN時代の、俺に戻っていた。

「やっぱりテメーは、あん時ブチ殺すべきだったな・・・。」
俺は怒りに震える声でそう言った。

コイツはもう親友では無い。

「・・・・・・・・。」
悟が黙り込む。

「おいコラ!!テメー!!反応しろや!!」
こんな言葉がまだ出てくるなんて・・・。自分でもかなり驚いた。

もう何を言っても、悟は反応しなかった。

こんなヤツ相手にしていても仕方がない。

「テメー今度、実家に帰ってくる時は気ぃつけろや・・・。
うっかり俺に会ったら、半殺しにしてくれんぞ!」

そう言って電話を切った。


電話を切った後
メールセンターへ
新着メールが届いていないか、アクセスしてみた。

「新着メールはありません」の文字。

会いたいって言われても、どこに行けばいいんだよ!!

俺はこの後、大事な打ち合わせがあるんだよ・・・。

打ち合わせ・・・。

仕事と・・・。まりあ・・・。

またこの2つを天秤に掛けるのか・・・??

汗が出てくる。

まりあは心配である・・・。

でも今日の仕事は・・・。打ち合わせは・・・。
今までで1番大きな仕事なんだ・・・。

川田さんは以前、俺にこう言った。
「色恋沙汰ごときで、仕事をおろそかにしたら、許さない!」

もし俺がここで、まりあを選択したら。
俺こそ川田さんに、半殺しにされる・・・。

いや。そんなことで済めばまだいい。

ここでまりあを選択すれば
せっかく復帰したのに、もう映像の仕事ができないかもしれない・・・。


廃人からここまで立ち直るのに、どんだけ苦労をしたんだよ!!
師匠であり恩人である川田さんに、迷惑を掛けることができるかよ!!

2年前のあの時と同じで、仕事を選択すればいいんだよ!!

まりあはもう、元カノなんだよ!!
まりあもう、他人なんだよ!!

チクショーーーーー!!!!!!!!!!!!!!

俺は携帯を握りしめた。

そして電話を掛けた。

川田さんに!!

手が震えた・・・。

まりあや悟に、電話をするのと訳が違う・・・。

でも・・・。

やっぱり・・・。

やっぱり・・・。

やっぱりまりあが心配なんだ!!

俺は川田さんの、携帯へ電話を掛けた。


川田さんは、すぐに電話へ出た。

「おう!二宮。今どこだ〜?」

俺は大きく息を、吸い込んだ。

「川田さん・・・。申し訳ありません・・・。」
もう後戻りは、出来ない。

「打ち合わせは・・・。川田さん1人で行ってもえらないでしょうか・・・?」
川田さんの反応がない・・・。

切れているのか・・・?
そりゃ切れて当然のことを、俺はいま言っている・・・。

「なんでだ?」
川田さんの声が、急に怖くなった。

俺は奥歯を噛み締めた・・・。
そして言った。

「申し訳ありません・・・。色恋沙汰です・・・。」

別にまりあと、ヨリを戻したいわけではない
でもこれは立派な、色恋沙汰であろう。

川田さんは
「二宮よぉ・・・」と低い声を出した。

獣が唸り上げるような声だ。


「すみません・・・。行かせて下さい。」
俺は静かな声で、もう1度お願いした。

川田さんの、反応を待った。
「二宮・・・。お前は急に、別の仕事が入ったんだ・・・。」

???

「今度局Pに会った時にはそう言え。ちゃんと口裏合わせろよ」

「ありがとうございます!!」
そう言って俺は川田さんの電話を切った。

ありがとうございます・・・。川田さん・・・。

まりあが待っている場所は分からない。
でもとにかく電車に乗り込んだ。

俺の冷静な部分が
「なにバカみたいなことやってんだ?ドラマじゃねーんだぞ」と訴えかけてくる。

しかしもう仕事は、断ってしまった。
こうなればせめて、まりあに会いたい。

会ってなにができるだろう?

全く何も分からない。
でも行くしかないよな・・・。

俺は電車に乗っている間も
まりあにメールを入れ続けた。

「場所を教えて下さい!」

同じ文章を、何度も何度も・・・。

しかし返信は来ない。


最悪の事態が、脳裏をよぎった。

まさか・・・。それはないよな・・・。

俺はマンションのある駅に降り立った。
そう・・・。
俺とまりあが出会った、あのマンションだ。

まりあが待っているとしたら、もうこの場所しか思いつかなかった。

これでもし、まりあが待っていなかったら
ピエロすぎて、笑い死ぬぜ!

辺りはそろそろ、暗くなり始めていた。
俺はマンションまで、全力で走った。

途中で、まりあがバイトをしていたカレー屋が出てきた。
一応外から確認してみる。

もしここでまりあが
カレーを食べていたら驚きだが、それはなかった。


川が見えた、まりあと最初にデートをした
俺が大好きな川だ。

川辺を見ても、ここからでは暗くてよく確認ができない。

俺は下に降りてみた。

マンション以外だと、次に有力なのがここである。

まりあとおにぎりを、食べた辺りを探してみる。
しかしここにも、まりあの姿は無かった。

もうマンションしかない!!

俺はまた走り出した。

俺はアホだ・・・。

何やってんだ・・・。

まりあがいるわけないじゃん・・・。

ここでまりあがいるのは、ドラマの世界なんだよ・・・。

でもさ・・・。

でもさ・・・・・・。

もう後悔したくないじゃん・・・。

あの時みたいにさ・・・。

だって・・・。

だって・・・・・。

俺やっぱり、まりあが好きだもん!!

もう自分の感情に、嘘がつけなかった。

未練タラタラのみっともない男ですよ!!

俺は・・・・。

それでも、まりあ好きなんだから、仕方ないじゃんよぉぉぉぉーーーー!!!!


俺はマンションに到着した。

この場所に来るのも、約2年ぶりだ。

俺はマンションの前で、まりあの姿を探した。

しかしどこにも、まりあはいなかった。

俺はマンションを見上げた。
妙に懐かしい気分が、込み上げてきた。

目を閉じてみる・・・。

色々な思い出が、次々と蘇ってきた。

まりあと初めて出会った日のこと。

油田と3人で、カレーを食べたこと。

まりあの部屋で
俺のディレクターデビュー作を観たこと。

渡辺が引越してきた日のこと。

終戦まりあ記念日のこと。

まりあへ告白したこと。

まりあと初めてキスしたこと。

悟と3人での夕飯を食べたこと。

まりあと初めて、一線を越えた夜のこと。

そして最後に、303号を出た日のこと。

全部・・・。全部・・・。

ここから始まって、ここで終わったんだ・・・。


俺はエレベーターホールに入った。

エレベーターに乗り込んで、3階のボタンを押した。

なんだか久しぶりだよな。

このエレベーターも・・・。

3階フロアに到着した。

もうここしかないよ。

ここにいなければ諦めるよ・・・。

エレベーターを降りて、部屋がある廊下に出た。

302号室の前・・・。

袴姿の女の子が立っていた。

俺の住んでいた、303号の方を向いている。

後ろ姿だが、間違いない。


まりあだ・・・。


そうか今日は卒業式だったよな・・・。

「まりあ・・・。」

俺はその後姿に、声を掛けた。

まりあがそっとこっちを振り向いた。

「光輝くん・・・。」

「来ちゃった・・・。多分ここしか無いかなって・・・。」

まりあは俺の顔をジッと見つめて

「ありがとう・・・。光輝くん・・・。」と呟いた。

「俺やっぱり無理みたい。まだまりあのこと好きみたい・・・。」

もうバレてるよね。普通にさ・・・。

まりあの目から、涙がこぼれ落ちた。


「ごめんね・・・。光輝くん・・・。」

もう・・・。ね・・・。
ごめん。我慢できなよ。

「やっぱり、まりあが好きなんだよ」
今度はハッキリとそう言った。

いいのか・・・。
抱き寄せていいのか・・・。
いや・・・。抱き寄せるべきなのか・・・?

分からない・・・。

でも体が勝手に、行動を起こしていた。

俺はまりあを、抱き寄せた。

まりあが俺の胸の中で泣いている。

「私もね・・・。光輝くん・・・。」

「うん・・・。」

「やっぱり光輝くんが好き・・・でした・・・。」

なんかちょっとだけ分かっていたかも・・・。
悟の電話で話した時に・・・。

一緒にいようぜ・・・。

これからは・・・。

ずっと・・・。

一緒にいようぜ・・・。

「これからは、何があっても一緒にいようぜ!」

そう言って、もう一度強くまりあを抱きしめた。

まりあは小さな声で
「はい・・・」と呟いた。


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エピローグ

674 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/30(月) 21:32:42.60 ID:cj6KJBAo
6月16日。
俺とまりあは不動産屋にいた。

3年前、俺に303号を紹介してくれた不動産屋だ。

「7月1日に入居できますので」
不動産屋のお姉さんはそう言った。

俺とまりあは不動産から出てはしゃいだ。

「良かったね!光輝くん♪」

「うん。マジで良かったよ!」

「意外と人気物件なんだよ。あのマンション!」

「うん。しかも303号が空いているなんて・・・。めっちゃラッキーだよな!」


688 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/06/30(月) 21:33:29.05 ID:CpRxVuYo
明日かよオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


700 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/06/30(月) 21:34:08.33 ID:N6Okk8Q0
明日入居かあああああ


807 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/30(月) 21:43:05.69 ID:cj6KJBAo
俺とまりあは、明日あのマンションに引越しをする。

俺とまりあが、初めて出会ったマンションだ。

もう1度あそこから、油田や渡辺と・・・。

そしてまりあと!

あのマンションの303号で、やり直したかったのだ。

正直お金の問題は痛い。

でもね。世の中お金の問題じゃないことあるよね?

「まりあ・・・。2ちゃんって知ってる?」

「ん?2ちゃんねるのこと?電車男??」

「そうそう。それそれ!!」

俺はずっと考えていたんだ。

あの日からずっとね。

「俺さぁ。まりあにラブレターって書いたことないじゃん?」

まりあはおかしそうに
「あははは」と笑った。

「書いてやんよ!めっちゃ長いラブレター。まりあに書いてやんよ!」

「そりゃ楽しみだ♪」

「今までのまりあとの思い出、全部文章にしてやんよ!」

「それはかなりの長編になりますねぇ。光輝くん♪」


817 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/06/30(月) 21:44:02.46 ID:C5vJXlIo
ちょwwwwwwなにその展開


822 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/06/30(月) 21:44:28.92 ID:v7qjdEgo
>>807
なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


935 名前:二宮 ◆htHkuunP2I[] 投稿日:2008/06/30(月) 21:52:38.88 ID:cj6KJBAo
「毎日毎日・・・。書くからさ・・・。まりあも毎日見てくれよな!」

「掲示板を使ったリアルタイムのラブレターだね!」

俺とまりあは一緒にスレタイを考えた。

まりあも必死で考えている。

自分宛のラブレターのタイトルを・・・。

電車の中でこのスレタイは決まった。

「やっぱ1人暮らしってキーワードは必要だな。うん」

「私の意見を入れます。隣人に恋(を)した。はそうでしょうか?」

「それじゃ。2つ合体させて・・・。憧れの1人暮らし隣人に恋(を)した。これでどうよ?」

「いいと思います♪」

「7月1日までの引越しまでに書き終えるぜ!」


945 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/06/30(月) 21:53:57.63 ID:Ani83Zwo
毎日みてるうわああああああああああああああああああああ


976 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/06/30(月) 21:55:35.97 ID:iC5D/qU0
じゃあ、まりあは今見てるのか・・・・お前らビッチビッチ言ってwwww謝らないとwwww


979 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/06/30(月) 21:55:45.32 ID:j80WIYko
ああああああああああああああああああああああああ

まりあ様ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい


43 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/06/30(月) 22:18:45.84 ID:cj6KJBAo
こうして俺は、毎日毎日レスを重ねていった。

当初、考えていたスレタイは

「憧れの1人暮らしで隣人に恋(を)した」であった。

あれだけ、誤字脱字を気にしていた俺が

最初のスレタイから、間違えていたのである。

まぁ・・・。俺らしいかもね。

なんとか明日。
俺とまりあが新しい生活を、始めるまでに間に合いました。

この2週間。書くのがつらくてつらくて仕方のない時もあったけど・・・。

こんなに多くの人を巻き込んでしまった

長い長いラブレターが書き終わりました。

やっぱり最後はこの言葉で、このスレ(ラブレター)を締めたいです。

このスレに関わった全ての人に・・・。

どうもありがとうございました。

油田、渡辺・・・。

また明日からよろしくな!

そしてまりあ・・・。

俺はやっぱり・・・。

まりあが大好きです!

憧れの1人暮らしで隣人に恋(を)した


          完


47 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[] 投稿日:2008/06/30(月) 22:21:23.53 ID:exirptoo
二宮〜 コテ!コテ〜!!


56 名前:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします[sage] 投稿日:2008/06/30(月) 22:23:24.48 ID:v7qjdEgo
>>43
コテなしで終わったああああああああああああああww


















出典:憧れの1人暮らし隣人に恋した
リンク:http://www2.2ch.net/2ch.html

(・∀・): 372 | (・A・): 101

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