かよ

2005/02/04 22:04 登録: えっちな名無しさん

僕がかよを知ったのは小学校5年のクラス替えで同じクラスになったときでした。かよはいまでいうと加藤あいみたいな目鼻立ちのすっきりした娘でした。
かよはボーイッシュな子で、かつピアノは天才的でした。僕はその当時は違う娘がすきで、かよとはじゃれ合うような仲でした。
かよを女として意識しだしたのは中学1年の時、たしか彼女は5組で、僕は7組でしたが、体育のプールの時間が連続していたので、僕がプールへ行くとき髪の濡れたかよにすれ違ったとき、今までも何度も会っているくせに一目惚れしてしまいました。
それからというもの、僕はかよに会いたくて用もないのに5組に出入りしてました。
僕のかよ中毒に拍車をかけるようになったのは、1年の夏休み明けに夏用の制服で登校したとき、かよの胸が明らかに大きくなってるのに気がついたときです。ブラウスは明らかに小さく、乳首ぽっちがあり、思わず触りそうになりました。
もう僕は、かよに告白するしかないと思い、10月のある日、彼女の所属している吹奏楽部の練習が終わるまで、真っ暗なのにテニスしてました(ちなみに僕はその当時からテニス部のエースで、多分市内でも5本の指には入っていたと思います。)。そして、校門の前でかよを待っていると、友達3人で歩いてきました。僕は「一緒に帰ろう。」と誘いました。すると、3人が「いいよ。」といい、結局4人で帰ることになり、その日は結局告白できませんでした。
それからというもの、僕らはいつも4人で下校するようになりました。かよの友達の二人もすごくいい子なんだけど、この状況ではじゃまで仕方ありませんでした。でも、均等に話をふるようにし、それは、2年でクラス替えがあるまで続きました。
2年になると、僕はテニスが忙しくなり、朝テニスして、授業は寝て、それからテニスして又寝るという生活になり、かよのことは忘れたと言っても過言ではないような状況になりました。中学2年というのはすごく充実した中学生活が送れる時期ですけれど、秋になるとみんなが勉強を始める時期でもあります。僕はそんなことかまわずテニスを続け、とうとう無勉で3年となりました。
3年になると、学校に試験で高校の推薦がとれるとれないという時期になり、英国数理社の500満点で400というのが地元の中堅校の基準で、なんと僕は250点でした。「さすがにこれはやばいだろ」と思い、テニスの時間を削り、勉強の励むようになりました。そして、この必死さが効いたのか、夏には数学0点から70点まではとれるようになりました。
わからないところを先生によく聞きに行ってましたが、そこで久しぶりにかよに会いました。かよはなんか髪がぼさぼさで、うつろな表情でした。「ひさしぶり。」と声をかけるとうつむいたまま頭を下げてきました。「どうしたんだろ、たしかかよは1組だったな。」と思い、翌日1組に顔を出しました。そこにいたのは、学校で一番の危険人物として知られるSでした。Sはいつも子分を従えて、2年のころにはサッカー部を仕切っていました。彼らからすると、テニスは女子供のやるスポーツだと馬鹿にされ、1年ころに目を付けられたことがありました。
1組で、一番仲のよかったK(男)に「最近かよはどうしてるの?」と聞いたところ、2年の時の文化祭でクラス対抗歌声合戦があり、ピアノが天才的なかよはもちろんピアノを担当し、Sが指揮をしたそうです(僕も参加したのに覚えてない・・・。)。そこで、かよは目立ちたいだけで指揮者になったSと休みに日も特訓をし、いつしかSに手込めにされ、文句を言ったらSの軍団から相当ないじめを受けていたそうです。
僕は頭が真っ白になり、かよを捜しました。でもかよは休み時間になると図書館に逃げ込み、昼もそこでとるそうです。
ぼくはそれを放置したKを問いつめる気にはなれませんでした。Sは常にいじめのターゲットをねらっていて、もしかよを助けたら次は自分がねらわれることは明らかだからです。
僕は学校でかよを慰めてやることはできないだろうけど、どこか違うところでと思い、同じ塾へ行こうと思いました。かよの通っていた塾は駅前から少し遠くにあり(今では東進に乗っ取られましたが)、親にあそこの塾へ行きたいと言ってねだりました。
塾では入塾試験があり、僕は何とかは入れましたが、S,H,A,Bのクラスがあり、Bでした。かよはどのクラスかと思ったら、なんとSで、その中でもダントツの成績で、200,200,200,100,100満点の試験で、3科目の総合得点が僕の5科目合計はもちろん、表に張り出してある優秀者の5科目総合でも3科目で3位でした。
ぼくはかよに、「かよってピアノだけじゃなくて、勉強もすごいんだ。」と話しかけると、職員室の時とは違って、にっこり笑ってくれました。かよは、地元から離れたくて必死に勉強していたそうです。ぼくはなんとしてもかよと一緒にいたくて、なんとしてもかよとおなじ高校に行きたいと思いました。もっとも、秋の時点で偏差値46の僕が72の某校へいくなど、きちがいざたでした。だから、そのときは黙っていました。
今年の文化祭では、かよのピアノは不動で、指揮者はKだった。KはSとは違ってすごくいいやつだから安心だなと思い、勉強に集中できた。
冬になり、入試のシーズンです。僕はかよに同じ学校を受けるのは秘密にしたままこっそり受験し、こっそり落ちました。でも、滑り止めに受けた同じ駅を使う男子校に受かりました。
卒業が近くなり、僕はかよにかよが前からずーと(断絶はあるが・・・)好きだったこと、同じ駅を使う高校に入ったことを告白しようと思い、朝かよが家から出るのを待って声をかけました。
「どうしたの?」
「いや、ちょっとかよに言いたいことがあって。」
「なに?」
「・・・」
「どうしたの?」
「かよちゃんはT高校に受かったの?」
「うん」
「おめでとう。」
「そういえば、Yも会場にいたよね。」
「みてたの?」
「うん。」
「そっ、それでね、俺、同じ駅使うDに受かったんだ。」
「へーそうなんだ。たしか、かつては東大理?をすべてD校出身者で埋めたんだよね。」
「昔の話だよ。それで、高校に入っても仲良くしようね。」
「うん。」
「あと、まえからかよがずーと好きだった。」
「・・・・」
「おつきあいしてください。」
「少し考えさせてください。」
「わかった。」
というと僕はなぜか一目散にかけだしていた。
昼になって、かよがうちのクラスにやってきた。
「どう・・・?」
「やっぱり、ごめんなさい・・・。」
僕は何がなんだかわからなくなった。
後から聞いた話では、かよはKからSのいじめを守ってもらい、一緒にT校へ行こうと約束していたそうだった。KはT校に落ちたが、西日暮里にある超有名校に受かり、僕らの中では出世頭になっていたのだった。
僕はその後、都内の私立校に通うようになったが、たまに地元の駅でかよとKが一緒にいるのを見るといたたまれなくなり、高校最寄りの駅で会ってもわざと知らんぷりして違う方向の電車に乗った入りしていた。
うちの高校はぼんぼんが多くて(親子二代なのだが、親が医者であるパターンが多かった。)、最初はなじめなかったが、いつしかアルマーニやらグッチやらを買い、今考えるとかなりバブリーな生活をしていた。でも、彼女はいない。もちろん、都会の洗練された娘や、ハーフのものすごい美人とも知り合いになったが、僕の頭にはいつもかよがいた。
僕は、大学はかよと一緒のところに行き、そこで又告白しようと思い、1年の時からスンダイにかよった。僕は今テニス部だったので(部自体のレベルが低く、やる気になれなかった。)、ラケットを担いでスンダイに通った。
今度は落ちこぼれないぞと思い、必死に勉強したが、やはりまったりした学校の雰囲気に飲まれ、なかなか成績が伸びなかった。
そして、冬になり、統一模試が行われ、僕はもちろん第1志望灯台とかいた。成績表が帰ってきたが、やはりD判定だった。おもむろに優秀者氏名をみると、やはりかよがいた。灯台理1志望だった。
僕は今度こそは灯台に行かなくてはと改めて思い、必死に勉強しようと決意した。もっとも、なが続きはしないことはわかっていたが。
3年になるころにはC判定、もしかしたらいけるのでは?と思い始めた。僕はそのころ、法律家になりたかったので、東大法学部、つまり文1に行かなくてはと思うようになっていた。
冬になり、センター試験の季節。高校の所在地で試験会場が振り分けられるので、D校はT校と同じ会場だった。僕はかよを捜した。なんと、斜め後ろにいた。
「久しぶり。」と僕は声をかけた。
「Kとはうまくいってるの?」
「アメリカに留学しちゃった。」
「そうなんだ。あいつ頭いいからね。」
「そうじゃなくて、学校の勉強についていけなくて、一発逆転とか言って行っちゃったの。」
「Kってそんなやつだっけ?」
「高校行って変わったのよ。」
「Yはかわらないね。」
「そう?」
「服のセンスは少し良くなったかな?」
「そうかな?ありがとう。」そのころは、ブランドネームではなく、品物を目で確かめて買うようになり、自分でもかなりいい線行ってんじゃないかと思っていた。
「Yはどこ目指してるの?」
「国立の法学部。」
「灯台?」
「いや、センターの点次第できめるけど、アシキリにあわなかったら灯台にする。」
「あそこアシキリないに等しいじゃん。」
「そうだね。かよは?」
「灯台理1」
「そうか。お互い頑張ろうね。」
試験の結果はままだった。でも、2次試験でサインコサインの定義を述べろとかなんじゃこりゃというような試験で、おちた。灯台一本だったから即ローニン。
又スンダイにお世話になるか。そうおもいいくと、合格者のところにかよがいた。地方国立の薬学部だった。なんだよそれは。その大学だったら間違いなく受かったよ。
もうかよとは一生縁がないのかと思った。
僕は自暴自棄になり、遊びまくったね。月に三回くらい風俗行ったね。道程なのにソープ行ったね。
そして夏からようやく勉強を始めたけれど、灯台は望めなかった。
しかたなく、マーチクラスの大学の法学部に入った。そこでは猛烈に勉強したね。絶対に司法試験に受かってみせる。憲法は芦辺、民法は古いが我妻、刑法はスネ夫ににてる山口、と教科書は読破し、相当勉強したつもりだった。だが、司法試験の壁はあまりに厚く、4年になっても初戦の択一すら通らなかった。
同時進行で法科大学院構想が始まり、卒1の時に法科大学院が開校することになった。もちろん、母校も受けてみたが、落ちた。その他、中央、早稲田なんかもうけたがやはり落ちた。最後に国立が始まったが、灯台はトイックがある程度ないと受験資格すらない。後の選択肢はかよの通っている大学(かよは2年前からその大学の大学院にいるということは、しょっちゅうかよをググッていたので知っていた。)に気が進まないが受けてみることにした。そしたらなんと受かってしまった。
やはりかよとは何かの縁があるのだろうか。入学後、かよと偶然会った振りをして近づいてみた。相当びっくりした様子だったが、
「Yくんとはやっぱり何か縁があるんじゃないかと思ってたんだ。」
「じゃあ、何であのとき振ったんだよ。」
「だっってKとつきあっていたし。」
「やっぱりそうだったのか。」気がつかないはずはないが。
今もう一回告白したら、やっぱり振られるのかなここであのときからずーと好きだったなんて言ったら執念深いと思われそうなきがした。
「Yってすてきよね。中学生のころからずーと法律家になりたいって言ってたじゃん。」
「そんなこといったけ。」
「真弓たちと一緒に下校してたとき言ってたじゃん。」
「そんなことあったね。」
「あのとき、私、Yと二人でいたかったの・・・」
「・・・・」
「でも、Yがなかなかそういってくれないから・・・」
「だって、真弓たちは友達でしょ?」
「Yが強引に二人にしてくれたらって願ってたの。」
「実はあのときからずーとかよが好きだった。」あ〜いっちゃった。
「私も。」
「だって、あのとき・・・」
「Kと別れられなくて、やっぱりだめだと。」
やっぱりとはそういう意味だったのか。
「じゃあ、今ならつきあってくれる?」
「うん。」
「今度テニスしようか。」
「Yってすごいうまいんでしょ?」
「最近やってないからな。」
「うそ。私去年Yがスポーツクラブでテニスコーチしてるのみたもん。」
確かにテニスコーチは卒業後のバイトでやっていた。
「もうやめたよ。」
「じゃあ、私にだけ教えてくれる?」
「いいよ。」
そしていま、かよとは平日は大学院で勉強の合間に会い、休日はスポーツクラブでコート借りてかよとテニスして最高の生活をおくっています。
                            以上(司法試験ぽく)


(・∀・): 82 | (・A・): 81

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