ニコニコ生放送

630 名無しさん＠十周年 New! 2009/10/28(水) 06:24:29 ID:ZkFShQbL0
俺は自宅警備員歴３年、そろそろ中堅にさしかかるレベルだと自負している。
もちろん家では常にインターネットを通じて世界とつながっているので不安はなかった。
最近じゃもっぱらニコニコ生放送にはまっていて、生主とのやりとりが楽しくて、
朝から晩までお気に入りの主の放送でコメント書き込んで交流を図ってた。
その中でも一番のお気に入りの主がいた。
名前は結衣（仮名）、放送名とは別に俺がスカイプ凸して聞き出した。
そんな結衣の日常を覗き見できるニコニコ生放送が大好きだった。
結衣もノリがいい子で、普段の生活では友だちとの交流も多くて、
ありふれた中学生の日常をいっぱい喋ってくれていた。
１ヵ月以上、俺は結衣の放送を毎日毎日見ていた。
結衣は学校から帰ってくると必ず放送してくれた。
しかし１０日前、それは急に途絶えた。

631 名無しさん＠十周年 New! 2009/10/28(水) 06:30:22 ID:ZkFShQbL0
俺は仕方なく、他の生主（２０人くらいはコミュ登録している）の放送を見ながら、
結衣が放送再開してくれるのを待っていた。
他の生主も可愛い女の子だったり、ものまねリクエストに応じてくれたり、
いい子ばっかりだったんだが俺の中では結衣の存在は大きくなりすぎていた。
正直、結衣が放送を始めたら、他の生主なんて全てコミュ退会してもいいくらいだった。
そう思いながら、俺にとっての空しい数日間が過ぎていった。
もう結衣はニコニコ生放送に飽きちゃったのかな、親にばれてやめろと言われたのかな？
俺は半分あきらめながら昨夜も他の女の子の生放送に適当にコメントを入れて暇つぶししていた。
すると唐突に画面右下に愛らしい笑顔の結衣が現れた。
俺は急に心臓がどくんどくんと大きな塊に思えるほどの動悸を感じた。
こんなにどきどきしたのは、俺が自宅警備を始める前、人生唯一の女性への告白のとき以来。
震える手でマウスを動かし、結衣のかわいいサムネをすばやくクリックした。

632 名無しさん＠十周年 New! 2009/10/28(水) 06:36:22 ID:ZkFShQbL0
ニコニコ生放送のタブが新しく立ち上がる。
読み込み中の表示が永遠にも思えるほどじれったく長い。
ほんの数秒が、俺にとってはもどかしく、コメントを打つ手を既に構えて待った。
そして久々の結衣との再会。

しかしモニターに移ったのは、灰色のカーディガンを着た疲れた中年の女性だった。
俺もそうだが他のリスナーも「！？」だった。
結衣を待っていたのは俺だけじゃなかった、開始３０秒で１５０人ものリスナーが再集結していた。
その誰もが、画面に現れたおばちゃんに疑問を持っていたと思う。
おばちゃんは２〜３回マウスを使って何か操作をしてから、静かに話しはじめた。
「皆さん、初めまして。私は○○（苗字は伏せる）結衣の母です。」
えｗお母さんかよｗリスナーの「ｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗｗ」弾幕。

634 名無しさん＠十周年 New! 2009/10/28(水) 06:43:07 ID:ZkFShQbL0
結衣のお母さんがコメントで見えなくなった。
お母さんもちょっと文字に驚いているようで、言葉が止まった。
少しの間があいた後、再び話しを始めた。
「今日は結衣のかわりに、いえ、結衣に頼まれてニコニコ生放送というものを私がしています。
　聞こえていますでしょうか？
　皆さんの反応がこうやって文字で見られるんですね。
　今日は、結衣が書いたメモを見ながらこの放送を始めることができました。
　実は、結衣が私にこの放送をかわりにするように伝えたのは、２日前でした。
　そのときに初めて、結衣がこういったインターネットをしていることを知りました。
　学校から帰るとすぐに部屋にこもって、電話をしているのかと心配していましたが、
　携帯の料金も基本料金から足が出ることもないし、何も言いませんでした。
　そんな結衣が、１０日前、新型インフルエンザに感染しました」

635 名無しさん＠十周年 New! 2009/10/28(水) 06:48:40 ID:ZkFShQbL0
俺たちはコメントを打つのも忘れ、お母さんの言葉に固唾を呑んで聞き入っていた。
放送が途切れる前の結衣は、時々周囲にも新型インフルエンザにかかった人がいて、
予防のためにマスクを絶対しろよとリスナーから言われ、しっかり守っているはずだった。
「結衣は人一番、健康には気をつけている娘でした。
　というのも、結衣が小学校６年生の頃、一番仲が良かったお友だちの女の子が、
　白血病で亡くなるという悲しい経験をしていたためです。
　あの頃しばらくふさぎこんでいた結衣が、急に元気を取り戻したのは、
　亡くなったお友だちの両親が、うちの娘の分まで明るく生きて欲しいと手紙をくれてからです。
　それからの結衣はうちの家族の太陽のような存在で、お金はないけど楽しい家庭でいられたのは、
　結衣の明るさがあったからです。
　ですが昨日、結衣は新型インフルエンザによって、帰らぬ人となりました」

636 名無しさん＠十周年 New! 2009/10/28(水) 06:55:10 ID:ZkFShQbL0
「結衣は症状が悪化して言葉を発することが難しくなってきた２日前、突然私に告げました。
　“今まで私を応援してくれてたリスナーさんにお礼が言いたい”と。
　よくよく聞くとインターネットでラジオ放送のようなことをしていたというのです。
　私は、もう結衣が普通に喋れない状態であることもあって、お母さんがかわりにやると言い、
　やり方を１から全部メモしてもらうことにしました。
　結衣は必死に放送の仕方をメモして渡してくれました。
　その下のほうに、皆さんへのメッセージがあったので、今日はそれを伝えたいと思います。
　“リスナーの皆さん、○○（苗字は伏せる）結衣です。
　　ちょっとインフルになっちゃって、しばらく放送はお休みです。
　　それを言いたくてお母さんに頼みました。
　　ちゃんと放送できるかは分かりませんが、もし伝わっているとしたら、
　　私は大丈夫だからみんな、体には気をつけてね。”」

637 名無しさん＠十周年 New! 2009/10/28(水) 07:02:28 ID:ZkFShQbL0
お母さんは既に涙声で、震える手でメモを読んでいる状況だった。
「結衣はインフルエンザに勝って、もう一度皆さんにお会いしたいと思っていたはずです。
　ですが、昨日容態が急変し、呼吸器不全により１４年の短い生涯を終えました。
　今夜７時から通夜ですが、結衣の意思を早く皆さんに伝えたくて、インターネットをしました。
　自分の体調があんなに辛く苦しいときでも、皆さんの健康を祈るなんて、
　あの子らしいな、なんて思っています。
　皆さんが結衣と、画面を通してですが温かい交流を持ってくださっていたことは、
　今日初めてニコニコ生放送をしてみて、とてもよく分かりました。
　娘に代わって、本当に感謝します。
　どうもありがとうございました。
　最後に、このパソコンを一緒にだびに付すつもりでいましたが、精密機器は不可とのことで、
　皆さんからもし結衣に贈る言葉をいただけるのでしたら、メールを印刷して一緒に送ろうと思います」

639 名無しさん＠十周年 New! 2009/10/28(水) 07:07:38 ID:ZkFShQbL0
そう言ってお母さんは、おそらく自分のであろうメールアドレスを書き込んだ。
「私たち家族は、結衣を失うことになってしまいました。
　ですが今日、こうして皆さんと交流して改めて、娘が本当に皆に愛されていたんだ、
　大切にされていたんだと実感することができ、嬉しく思います。
　呼吸の出来なくなった結衣には最後の言葉はありませんでしたが、
　きっと今生きている私や家族をはじめ、お知り合い全ての人の健康や幸せを、
　ただただ祈って亡くなっていったのではないかと思っています。
　皆さんも、結衣の死を悲しんでいただいていることかと思いますが、
　最後に娘宛にメールを送っていただけるのでしたら、それを最後に悲しみは水に流して、
　明るく健康に生きて行っていただきたい、ただそう思います。
　本日は母のつたない言葉と放送にお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。」

640 名無しさん＠十周年 New! 2009/10/28(水) 07:11:22 ID:ZkFShQbL0
深々と頭を下げたお母さんの姿のまま、３０分が過ぎた。
俺たちリスナーは（おそらく）涙をぬぐうこともしないまま、お母さんへの励ましと、
結衣との思い出をコメントしまくっていた。
放送終了時点ではリスナー数は４００人に達していた。
お母さんの放送が終わると俺はすぐに、お母さんの教えてくれたアドレスにメールを送った。
結衣に対する今までの感謝の気持ちと、家族がこれから明るく生きていけるよう見守ってほしい、
本当に短い文章だけど、俺の思いすべてを込めて、メールを送った。
果たして天国の結衣には届いているのだろうか？


出典：【新型インフル】女子中学生死亡　埼玉
リンク：http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1256551252/