キャバ嬢を愛して10

2009/11/07 13:01 登録: えっちな名無しさん

12月。
激動の1年もあと1ヵ月で終わろうとしている。
11月のカレンダーを破りながら、妙な感慨にふけってしまう。

「課長、なにボサっとしてるんですか? 資料チェックしてもらえました?」
カレンダーの前に突っ立っている俺に、平田が怒号を浴びせてきた。

平田は1年目とは思えないほど、精力的に仕事をこなし続けている。
最初は『春菜』のことを忘れるために働いている、と公言していた。奴なりの、本気の純愛だったのだ。
しかし、そのうち、本当に仕事が面白くなってきたらしい。今では仕事をすることが単なる逃避ではないことが手に取るようにわかる。
さらに責任の重い仕事を任せるようになるであろう来年以降は、ウチのエース格として、その実力を発揮してくれるだろう。

「そーいう平田くんはD社用の資料どうなってんの〜?」
声を掛けたの小西だ。
引き留めはしたものの、もしかすると早期に自主退社するかもしれないと思っていたのだが、今のところ辞める気配はない。それどころか、まだまだ粗は目立つものの、とりあえず平田にツッコミを入れられる程度には仕事をこなせるようになっている。
小西を全否定していた大塚女史も、彼女の努力を認めたようで、最近は仲良くランチに繰り出す姿も見るようになった。
……とはいえ、「秘密の仕事」の方も辞める気配はなく、店のノルマがキツいときなどは、こっそりと俺に同伴を頼むこともある。
いまのところは断り続けているが、そのうち、同伴ぐらいしてやってもいいかもしれない。

あわてながら机の上の紙の山から資料を探す平田と、それを見ながら笑う小西。
ウチの課は今日も平和である。

と、そのとき内線電話が鳴る。田上さんからだ。
そろそろだと思っていた。
「よぉ〜Eちゃん、今日は体空けてあるだろうな?」
「ええ。もちろんです」
「キャッシュカード、お忘れ無く、な。今日は高く付くぜぇ〜」
「……覚悟、しておきます」

田上さんだけは変わらない。1年前の面影を残しているのは、あいかわらず『京香』さんを追いかける田上さんとの呑みに付き合っていることぐらいだろう。
めまぐるしく周囲が変化するなかで、変わらないものがあるというのは、妙に嬉しいものだ。
今日は『京香』さんの誕生日。
『エンジェル』は大騒ぎになるだろう。

夕方、打ち合わせで新宿方面へと出かけた。
難航が予想された契約だったが、意外にもあっさりとまとめることが出来たため、田上さんとの待ち合わせまで、ずいぶんと時間が空いてしまった。
時間つぶし、とばかりに紀伊国屋書店や伊勢丹などをぶらぶら歩く。

新宿3丁目の交差点で信号待ちをしているとき、ふと、道路の向こう側で信号待ちをしている男女が目に入った。
それは、見間違いだったのかもしれないし、本人だったのかもしれない。
嬉しそうな顔で、背の高い見知らぬ男の腕に甘えている彼女。

見てはいけないものを見てしまったような気がして、一瞬で視線を逸らす。

信号が青に変わり、横断歩道の上を人々が交錯していく。
意識して、その男女が歩くのであろう側とは反対の端を選び、横断歩道を渡り切る。

そこで振り返り、ふたりの後ろ姿を見た。
男は優しそうな横顔で、女に話しかけている。ベビーカーを押しながら。
女の顔は確認できなかった。

それは、見間違いだったのかもしれないし、本人だったのかもしれない。
いや、1年ぶりとはいえ、一度は妻と呼んだ女を見間違えるはずはない。

絵里、幸せにな。

俺の中で、ほんの少しだけ残っていた燃えかすが、音を立てて燃焼し、消えた。

そういえば、千佳の誕生日ももうすぐだ。
ちょっと早いが、今日、プレゼントを買っておこう。

そうだ、ティファニーがいい。
あの、ティファニー・ブルーの箱を千佳にあげよう。
たしか指のサイズは5号だったはず。
細すぎて在庫が無くて、困ったこと、あったっけ。

気が付くと俺は早足になっていた。




出典:萌えちゃんねる
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