小学生が振り回した傘で失明した話

2010/04/06 16:47 登録: えっちな名無しさん

雨の時期になると決まって思い出すことがある。
あれは7年前、私がまだ東京で大学生だった頃の話だ。
大学へ向かう道すがら、私の前を3人の小学生が歩いていた。
ちょうど雨がやんだときで、小学生は傘を振り回して何か漫画の真似をして遊んでいる様子だった。
危ないなと思いながらも、私は大学に急ぐべく小学生の脇を通り抜けようとした。


気づくと私は右目を押さえ道端に昏倒していた。
小学生が振り回した傘の先端が私の右目に突き刺さったのである。
右目からあふれ出る血を左目で眺めながら、私は犯人を探した。
すると小学生のひとりがげらげらと笑いながら「たいきゃくー」と叫んで走り出したのである。
その瞬間、私の体の中で赤く熱いものが駆け巡り、一気に沸点に達した。怒りである。
一見して深刻な事態と分かる私をよそに、当事者が「たいきゃくー」などと嘯いていることに私の感情は沸き立ったのである。
私は後にも先にもあのときほど怒りを覚えたことは無い。


私は右目を押さえながら小学生を追った。
それに気づいた小学生も私を振り切ろうとしたが、鬼と化した私から逃れるはずも無かった。
私はその小学生の首根っこを掴むと、思い切り引き回し地面に押さえつけた。私は血だらけの顔を小学生の鼻先に近づける。
そして地の底から響くような声でささやいた。

「おい小学生、今から社会常識を教えてやるよ」 

小学生の顔は涙と鼻水と私の血液でぐちゃぐちゃになっていた。


「まずは…」と言いかけると私の体が急に宙に浮いた。

「あんた子どもに何してんだ!」

 私が小学生に暴行していると思った通行人たちが、私と小学生を引き離したのだ。
しかし彼らは私の顔を見ると「おい血が出てるぞ、どうしたんだ」と心配し始めたので、とりあえず私は血だらけのまま一部始終の説明を始めることにした。
「この小学生の振り回した傘が私の目に突き刺さったのですが、この小学生は笑いながら逃げようとしたので、それを取り押さえていたのです」 
しかし周りは私の話もそこそこに「そんなことより救急車を」「いや警察だろ」とてんやわんやで119と110を呼び始めた。
救急車が来るまでの間、私は一言も喋らずに小学生の肩をずっと掴んでいた。その肩は小刻みに震え続けていた。


都内の病院に救急搬送された私はすぐに診察と手術を行った。
実のところその間の記憶はあまり無い。気づいたときにはベッドに寝かされ、医師が私の状態について説明してくれた。
簡単に言えば眼球の損傷が激しいため、従前の視力は戻らないということだった。
傍らでは小学生とその親、そして小学生の担任と教頭が沈痛な面持ちで聞いていた。
私は抑揚ない口調で彼らに言った。

「今先生が仰ったように私はほとんど失明してしまったようです。何か言うことはありますか」 

すると小学校の担任と教頭が深々と頭を下げて謝罪の意を表し、つられて母親も頭を下げて、償いはいくらでもしますと侘びの言葉を並べ立てながら、嗚咽にむせぶのだった。


「私が聞きたいのはそういうことじゃないんですよ」

自分でも驚くほど冷静な声だった。
怒りは私の中で極限に達し、氷の刃へと姿を変えたようだった
。私の言わんとすることに気づいた母親は、即座に息子の頭を掴むと「ほらあんたも謝りなさい」と促した。
そこでようやく小学生は、帽子も取らずに「ごめんなさい」と小さく呟いたのだった。

「その言葉は6時間前に言って欲しかった。もう遅過ぎます」 

私はため息を吐くようにそれだけ言うと、枕に頭をしずめて、浅い眠りについた。


しばらくして警察が事情聴取に訪れた。
こういう場合は、大抵示談となり不起訴処分になるのが通例のようだった。
小学生の両親はまた責任だとか償いだとかそういう言葉を並べたてていたので、私はそれを遮りひとつの提案をした。

「もちろん治療費は頂きます。でもそれ以外の金銭は頂かなくて結構です。ただひとつだけお願いがあります」 

両親が固唾を飲むのが分かる。

「毎週1度でいいから、息子さんを私の住んでいるところに通わせて下さい」 

初めは拒んだ両親も、私が危害を加えるわけではないことを説明すると、渋々であるが了承したのである。


そして初日。私は小学生に告げた。「人から何かを奪ったら、それと同等の何かを失うことを覚悟しなければならない」 

小学生の体が強張るのが見えた。

「でも怖がらなくていい。私は君の視力を奪おうとは思っていない。むしろ私はこう考えている。図らずも人から何かを奪ってしまったときは、別の何かを与えてやればいい。私は君から与えられることを望んでいる」

「何を与えればいいの」 

怯えたまなざしの小学生に私はこう言った。

「君の成長する姿だ」






それから7年。
小学生だった彼は青年へと成長した。高校に入学して彼女もできたらしい。まさに彼は青春の真っ只中にいる。
この7年の間、私は彼の親と同じように、彼の成長を見守ってきた。
外見的な成長はもちろんのこと、精神的にも随分と大人になったと思う。
人との出会い、様々な経験、幾つかの成功と挫折。それらがすべて糧となり今の彼を形作ってきたのだ。
そして今宵、私は彼が成長によって得た果実を与えられることになっている。




指定された部屋に向かうと、果たして彼がいた。
傍らでは制服姿の女子高生が椅子に縛り付けられている。

「〇〇さん、待ってましたよ」 

そう言って彼はまだあどけなさの残る笑顔を見せる。

「誰なのこの人、ねえ答えてよ、何する気なの」 

すかさず彼は女子高生の腹に一撃を見舞う。「ぐぶっ」と呻き声が漏れる。

「少し静かにしてろ。すいません〇〇さん、騒がしくて」
「構わないよ」

「俺〇〇さんの言葉忘れてないですよ。人から何かを奪ってしまったときは別の何かを与えてやればいい。俺成長したんですよ。勉強も運動も頑張ってこんな可愛い彼女も手に入れて」 

私はうなずく。

「全部〇〇さんのためなんです」 

ここまで立派に成長した彼に私も感無量だった。

「じゃあ俺、外で待ってますんで」
「ねえどこいくの、帰らないで、ねえあたしどうなるの」 

泣き喚く女子高生に私は徐々に顔を近づけていった。



「私は右目が見えないんだ。君の彼につぶされたんだよ。だから左目を見つめてくれないか。ほらもっと近づいて、ほらもっと!」





出典:傘
リンク:笠

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