僕「小学校で」女「つかまえて」 2

2010/08/12 08:54 登録: えっちな名無しさん

350 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 21:22:45.17 ID:l1nUAkN1O
僕「な、何が……?」

確認するように、問いかける。

女「帰っちゃやだ……」

返ってきたのは僕が予想した通りの言葉だった。

女「今日はお家に誰もいないの、だから……だから……」

大学生のままの彼女がこのセリフを言えば、僕も今とは違う意味で捉え、彼女を抱きしめていたんだろう。

僕(でも……)

女「一人は嫌だよ……寂しいんだよ……」

彼女は怯えていた。

遊んで、お友達とバイバイしたくない。それだけのはずなのに。

それだけじゃないのが、やはり僕にはわかってしまう。

352 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 21:40:21.79 ID:l1nUAkN1O
僕「女……」

女「お父さんもいないし……お母さんもお仕事増やしちゃったから夜はいなくなっちゃうし……」


女「一人でお留守番してご飯食べるなんてやだよ……いやだよ……」

彼女は泣きながら、僕の首筋辺りに抱きついていた。

ぬるい涙がじゅっ、と僕の頸動脈に吸い込まれているような感覚だ。

女「この記憶だと……聞こえちゃうんだよ。二人が言っている事全部、理解できちゃうんだよ……」

女「お金の事、住居の事、私の事……難しい単語も今の私にはわかっちゃうんだよ……!」

女「もう一度記憶と同じ事を体験するなんて、つらすぎるよ……」



355 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 21:53:01.12 ID:l1nUAkN1O
記憶も中身も全部。

子供のままだった昔。

彼女はこんな風に泣いていなかったのかもしれない。

記憶と半端に残っている知識のせいで、目の前の彼女はこんなにも子供みたいに泣いている。

知ってしまっている分、子供よりつらい泣き方なんだろう。

僕に抱きついて大声で泣いているその姿は、小学一年生のままの彼女だった。

泣いて、泣いて、泣いて……。

ずっと僕はその間、ただ彼女の頭を撫でてあげる事しかできなかった。

女「……」

女「ありがとう……」

泣き声が小さくなり始めた頃、彼女から感謝の言葉が聞こえた。


357 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 22:02:49.80 ID:l1nUAkN1O
僕「……落ちついた?」

女「うん……。あははっ、グスッ。シャツたくさん水吸ってる」

鼻を啜りながら、彼女はいつもの雰囲気に戻っていく。

笑いながら元気な声を出そうと一生懸命な彼女に。

僕「もう大丈夫?」

女「うん……多分、平気だから。ありがとう僕ちゃん」

ぎこちなく笑っている彼女。

そんな彼女に僕は、まだ少しカップに残っていた彼女のココアを渡してあげる。

僕「はい。冷めちゃってるけど……」


359 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 22:13:49.16 ID:l1nUAkN1O
女「ありがと……」

カップを受け取り、そのままコクッと、小さく彼女の喉が鳴る。

僕「どう?」

女「……なにこれあまっ。これ僕ちゃんのカップじゃん」

僕「え……あ……」

女「くすっ。わざとじゃないんだね」

僕(やっぱり全部見抜かれてるんだな……)

僕はわかりやすい。

女「でも……」

僕「……?」

女「僕ちゃんがくれた物だから、おいしい……」

素直になった時の彼女も……すごくわかりやすい。


360 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 22:23:34.51 ID:l1nUAkN1O
同じ人が作ったココアを、僕たちは同じカップで飲んでいる。
二人で同じ物を飲んでいるはずなのに、僕たちはお互いに違う味を感じていた。

僕はそれを不思議とは思わなかった。

女「こんなの笑顔で飲んでたんだから……本当に僕ちゃんて甘いの好きだよね」

僕「女が作ってくれたから、何でも美味しいんだよ」

女「……ばーかばーか」

僕「悪口も一年生かよ……」

女「ふふっ。僕ちゃんのばーか」

僕「じゃあ女だって……ばか……だよ」

女「そんなに優しく言われても悔しくないよーだ、ばか僕ちゃん。ふふっ」


無邪気に笑う僕たちの笑顔は、ほんの少しだけ昔に戻った気がした。

こうして、僕はお家に帰って行った。

笑っている彼女の姿が、道端の外灯に照らされて優しく揺れていた。


362 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 22:31:50.71 ID:l1nUAkN1O
女「おはよう、僕ちゃん」

僕「おはよ」

朝一番で挨拶をしてくれる彼女。

僕(目の辺りに、新しく泣いたような痕跡は無い、か)

ちょっとだけ安心をする。

女「んふふ〜」

僕「?」

座ってから一番、彼女はこっちに笑いながら顔を近付けてくる。

僕「な、何?」

今回みたいに唐突に笑顔を向けてくる時は、答えの予想がつかない。

女「はい、これ!」

手渡されたのは薄い紙袋に入った……ノートのような物体だった。

中身まではまだわからない。


365 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 22:39:13.57 ID:l1nUAkN1O
僕「なに、これ」

ガサガサと袋を開けようとすると……。

女「まだだめっ。帰ってから!」
すぐに彼女にその手を止められてしまう。

僕「どうしても?」

女「どうしても!」

僕「まあ、何でもいいんだけどさ」

わざと興味のないフリをして、僕はランドセルにそれをしまった。

女「うん!」

本当は彼女の言葉を聞いた瞬間から、家に帰りたくて仕方がなかったけど。

その日はなんだか、早足で家に帰っていた記憶がある。


366 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 22:50:22.78 ID:l1nUAkN1O
自宅のテーブルで僕は袋を乱暴に開けている。

妹「おーちゃん、おーちゃん」

妹が甘えてきても、今はダメ。

テレビをつけてあげると、妹はすぐにそっちに顔を向ける。

それはそれで悲しかったけど。
僕「今は袋だ、袋」

中から顔を出したのは……受け取った時から感じていた通り、一冊のノートだった。

薄い紫色をした、綺麗な表紙のノートだ。

授業に持ってくる感じの物では、もちろん無い。

僕「……」

その表紙には彼女の字で、デカデカしながらも整った字でこう書かれていた。

『交換日記』


367 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 22:55:41.02 ID:l1nUAkN1O
女『こんばんは。昨日はありがとう。おかげで今こうして落ち着きながらこれを書けちゃってます』

砕けた感じの文章。

何色ものカラフルペンでデコレーションされている。

うまく表現できないのが残念だ。

女『でもやっぱり夜にメールも出来ないのは寂しいから……こうして勝手に交換日記を始めちゃってます!』

僕「日記、ねえ……」

居間にはテレビから流れるアニメの主題歌と、それを歌おうとはしゃいでいる妹の声だけが流れている。


369 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 23:10:29.38 ID:l1nUAkN1O
昨日、僕がずっとここにいる、今日は帰らない。

その言葉を聞いて一瞬驚いたような表情の後、彼女は笑顔で言ってくれた。

女「ありがとう。でも、もう大丈夫だから……もう元気だから」

嘘をついている表情ではなかった。

僕は彼女の言葉をそのまま信じ、家に帰っていった。

夜八時に帰るだけで両親に怒られるとは思わなかったけど……。

僕「あのあとこれを書いていたのかなぁ……」

涙の痕ができていない理由がわかった気がする。

僕「さて、何を返事にすればいいのか……と」

鉛筆を取りだしノートに向かう僕は、一年生になってからのこの半年間で、一番熱心な顔をしていたんだと思う。


371 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 23:17:10.76 ID:l1nUAkN1O
僕「おは……」

「ね、今日の放課後さ……」

「だから女ちゃんも……」

女「んー、どうしよう。……あ、僕ちゃんおはよう」

机の周りには女子が数名、彼女を取り囲むように立ち塞がっている。

僕(全く、モテちゃって困るよ本当に)

こんな冗談言っても、周りにはポカーンとされ彼女だけがツッコミを入れてくれるんだろう。

そういう冗談が一年生に通じるとは思えなかった。

僕(退いてくれないと座れないんですけど……)

女子の壁が、朝から僕の邪魔をする。


372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 23:24:05.52 ID:l1nUAkN1O
「ねえ、僕くんも放課後参加しない?」

「そうだよ。みんなで遊ぼうよ」

僕「なんの話?」

途中から話に入った僕は、何の事だか内容が見えていない。

女「放課後、学校の中でかくれんぼをするんだってー」

小さな体の僕たちにとって、広すぎるくらいのこの校舎。

その全部を使って何人かでかくれんぼをしようという企画だった。

僕「ああ、小学生がよく考えそうなアレね」

女「……おんなじ! 小学生でしょ、まったく!」

記憶に関する事で口を滑らせると、彼女は途端厳しい口調になる。

僕「ご、ごめんてば」

「どうするのー、僕くんもかくれんぼする?」


376 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 23:33:46.70 ID:l1nUAkN1O
僕はチラッと彼女の方を見つめてみる。

女(……ふふん)

と、心の中で笑っているような妖艶な目付きでこっちを見つめ返している。


僕(一年生ができる表情じゃないよアレは……)

「僕くんは参加するの?」

僕「まあ、暇だから……いいかな?」

「なんか言い方がカッコつけてる〜」

女「僕ちゃんは子供だから、ふふっ」

僕(大学生が一年生の言葉遣いなんて簡単にわかるわけないだろ)
わかって言っているであろう彼女に、直接言えないツッコミ。

それらは全部心の中で彼女にぶつけている。


……結局僕も彼女も、放課後のかくれんぼに参加する事となった。


377 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 23:45:10.26 ID:l1nUAkN1O
放課後、夕焼けの色が教室に差し込んでいる。

机の上に残っている、いくつかのランドセルがみんな赤色に染まっている。

その情景の中に僕たちはいた。

「じゃあルール説明するからね。今日使える場所は一階だけ」

「それ以外は普通のかくれんぼと一緒だよ〜」

「三十分で全員見つけられなかったら、鬼の負けー」

僕と女と眼鏡ちゃん。
他の男の子が一人、女の子が二人の合計六人。

女「頑張ろうね眼鏡ちゃん」

眼鏡「う、うん……!」

横から刺さる眼鏡ちゃんの視線がなぜか痛い。


379 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 23:50:49.19 ID:l1nUAkN1O
「じゃーんけーん……ぽん!」

女「わ……」

「女ちゃんが鬼ー」

「じゃあ百数えたら探しに来てね!」

眼鏡「お、女ちゃん……」

女「じゃあ数えるよ〜。いーち、にーい、さーん……」

「見つかったら教室に戻ってくるんだよ!」

僕「女なんかに見つかるか〜」

女「……言ったな。ろーく、なーな……」

各々が言いたい事を言いながら、バラバラと教室から出ていく。

僕(ふふん……)

僕には一つの考えがあった。


381 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/03(火) 23:59:19.61 ID:l1nUAkN1O
この学校の一階の間取りはこうだ。

まずは東側に小さな玄関がある。

一年生と二年生はここから学校に入り、隣り合った教室に入っていく。

外に出る事は禁止なので、一番端にある一年生の教室が実質のスタート地点となる。

そして奥に進むとに職員室、校長室が見えてくる。

その向かいに男子トイレに女子トイレが並び、ここから先が正面玄関になる。

性別の問題でトイレに隠れるのも禁止なので、東側に隠れる場所はほとんど無い。


382 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 00:10:30.01 ID:acBaJVZBO
正面玄関を挟んで次は西側。

こちらには図工室や保健室、更には音楽室や放送室まである。

隠れるのも探すのも、多分西側が探索場所の中心になるだろう。

女「きゅうじゅはーち、きゅうじゅく……」

僕はあえて西側には行かず、教室横の壁に張り付いて彼女がみんなを探しに行くのを息を殺しながら待っていた。

女「ひゃーく!」

勢いよく、西側に近いドアから彼女が教室を飛びして行く。


383 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 00:19:07.58 ID:acBaJVZBO
それとは反対の東側のドアに僕はいる。

学校一番端に隠れていた僕は、難なく入れ替わる事に成功した。

飛び出した誰もが最初には見る事はない、ちょっとした四角。

ズル賢い大学生の作戦だ。

僕「ふふん。後はしばらく教室にいれば……」

女「あ、やっぱりいた。僕ちゃん、み〜つけた」

僕「げっ……」

女「そんな事だろうと思ったよ。子供の遊びでこんな手を使うなんて……くすくす」

僕(バ、バレてるの……)

開始十秒で彼女に一番で見つかって笑われている僕の記憶は、今日の放課後を多分忘れない。

僕「悔しすぎる……」

女「あははははっ」


384 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 00:30:30.53 ID:acBaJVZBO
結局、僕の一つの考えは簡単に見破られてしまっていた。

大学生の彼女が狭い学校内を探すなんて容易な事らしくて……。

眼鏡「あ、僕ちゃ……」

すぐに次の犠牲者がやってくる。

眼鏡ちゃんだった。

僕「見つかったんだね」

眼鏡「うん。僕ちゃんも……?」

僕「まあ、ね」

眼鏡「こんなに早く?」

僕「う、うん……あはは……」

眼鏡「?」

悪気が無い彼女と違い、眼鏡ちゃんは悪意が無い。

その分僕は心の中でツッコミを入れる事もできない。

僕(……?)

僕(なんか違和感というか、モヤモヤ……?)


385 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 00:45:51.71 ID:acBaJVZBO
眼鏡「女ちゃん、すごいよね。あっという間に見つかっちゃった」

僕「そ、そうだねー」

眼鏡「ね……」

僕「……」

眼鏡「……」

二人だけの教室。

窓から射し込む光の様子が変わった様子はあまり無い。

沈黙で時間が止まっているような……そんな錯覚さえする。

「ほらー……早く……」

「パス出せパスー……」

遠く。

遠くの校庭からは他の生徒達が騒いでいる声がする。

僕も隣にいる彼女も、同じ音をきっと聞いている

僕(よく考えたら、ここにいる眼鏡ちゃんは本当の一年生なんだもんな)

僕(今までは何かと女が間に入ってくれてたけど……)


386 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 00:53:51.00 ID:acBaJVZBO
女の子と二人きり。

眼鏡ちゃんとは比較的よく話していたけれど、それは中学生辺りの事。

一年生の女の子と何をどういう風に話していたのか。

僕の記憶には何も残っていなかった。

僕(何か話さないと……)

変に気だけを遣ってしまう。

眼鏡「あ、あの……」

僕「は、はい?」

震える空気。

眼鏡「ぼ、僕ちゃんて……さ。女ちゃんの事……すき?」

僕「お、おお?」

眼鏡「うん、いつも一緒にいるから……ね」

僕(一年生ってこんな会話したっけか?)


387 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 01:05:10.84 ID:acBaJVZBO
さすがに一年生の女の子に問い詰められてドキマギはしないけれど。

……彼女の事を聞かれたら焦ってしまう。

僕「す、好きなわけないよ! 女の事なんて!」

焦ったせいで、つい呼び捨て。

眼鏡「で、でも二人でいつも楽しそうにしてるから……」

僕「隣に座っているからよく話すだけさ。好きなんてそんな事……」

少なくとも大学で知り合ってから数ヶ月、僕は彼女の事を恋愛的に好きだった。

でも長く一緒にいるうち、その気持ちは何だか……妹や年下に抱くような、優しさのような感情に変化していった。

僕(……とは自分で思っているけれど)


388 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 01:13:25.40 ID:acBaJVZBO
女「ふい〜。大漁大漁」

話の途中、全ての獲物を狩り終わった彼女が帰って来る。

「女ちゃん強いよー」

「あっという間だっもんな」

女「もっとあっという間な人もいるけどね〜」

僕(はいはい……)

いつからかな。

いつの間にか、僕の方が弟みたい扱われるようになってしまって……。

今は、この感情がどうなっているかよくわからない。

ただ……。

女「じゃあ、次は五秒で見つかった僕ちゃんの鬼ね!」


389 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 01:24:25.17 ID:acBaJVZBO
僕「い、いいんだよ。そんな事は一々言わなくて!」

「え〜、僕くんダサー」

「五秒って……」

女「じゃあ鬼ちゃんが鬼〜」

彼女は、確実に僕だけに笑ってくれている。

今はそれだけでいいんだ。

僕「……鬼ちゃん数えるからな。いちにさんしごろくななはちきゅうじゅういちじゅうし!」

「は、早いよバカ!」

「逃げろ〜!」

「ほら、眼鏡ちゃんも!」


390 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 01:27:57.24 ID:acBaJVZBO
眼鏡「あ……」

女「ちゃっかり数え飛ばしてんなー、バカー!」

……

僕「……ひゃくっ!」

多分百秒を十秒くらいで数え終わっただろうか。

僕も元気に、教室の外へ飛び出していく。

僕「よし。絶対見つけてやる!」

今はただ、放課後の校舎を走り回っているだけで楽しかった。

懐かしいあの日に、本当に帰ってきた気がした。


女「……」

そんな僕の背後、教室で笑っている彼女を見つけだせたのは、タイムリミットの三十分が過ぎてからだった。


391 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 01:36:37.91 ID:acBaJVZBO
女「あっはっはっは!」

僕「……」

女「いや〜、ごめんごめん。おかしくて、楽しくて……くくっ」

眼鏡「ぷっ……」

大人しいはずの眼鏡ちゃんまでもが笑っている。

女「だって全くおんなじ手で気付かないんだもん。僕ちゃんって……おバカさん」

僕「人のアイデア勝手に使うのはズルいぞ……」

得意に、教室で仁王立ちしている彼女を思い出すだけで……。

今日は負けた気がする。


392 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 01:47:40.54 ID:acBaJVZBO
女「じゃあ、バイバ〜イ僕ちゃん」

僕「んー……」

今日の笑顔の種類はちょっとだけ違う気がする。

僕「また明日ー」

僕も帰ろう、と女の家とは反対側を向こうとした瞬間……。

女「ちょい待ち。何か忘れ物してない?」

僕「?」

本気でポカンとしている僕がいる。

女「もう……日記」

僕「ああ」

思い出したように、僕はランドセルから日記帳を取り出す。

僕「はい、これ」


393 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 01:55:29.03 ID:acBaJVZBO
女「ん……ありがとう」

女「……」

ギュッ。

まだ微かに青紫が見える夜の下……ひんやりとした風に吹かれながら、日記を抱きしめている彼女の姿は……。

やっぱり可愛かった。

僕(……涼し)

もうすぐ夏は完全に終わり、肌寒い秋が来る。

地元の寒い空気を思い出させてくれるような、そんな風が吹いている。

女「ん……さむっ」

彼女の声に反応して、僕の意識は戻ってくる。

僕「寒いなら、もう家に入りなよ。僕も帰るからさ」

いつまでもここにいる事も出来ない。


394 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 02:04:25.99 ID:acBaJVZBO
女「ん……また明日ね」

僕「明日は土曜日だから学校休みだよ」

女「……」

僕「あ、今はまだ休みじゃ無かった時か」

女「何年一年生やってるのよ」

僕「一年と、今日で半年かな」

女「ふふっ……私も」

僕「……」

女「……」

帰らないといけない。

今帰らないと僕は……。

僕「ま、またね!」

女「……バイバイ」

僕(多分、僕はまた彼女が作ってくれたココアを飲んで落ち着いてしまうから)

一年生である事が、少しだけもどかしいのは外で遊べる時間が少ないと言う事だけだった。


395 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 02:17:36.19 ID:acBaJVZBO
一週間、二週間……一ヶ月。

僕たちの交換日記は続いていた。

女『もうすぐこのノートも終わっちゃうね。新しいノート用意しておくから、心配しないでね?』

いつの間にか、そんなになっていたらしい。

女『もうすぐ運動会だね。意外と僕ちゃんの足が速かった事にとても驚いています』

日記の中の彼女は、とても素直に僕を誉めてくれている。

女『すぐに転んじゃう癖は、大学では見る事が出来なかったので新しい発見でもありました』

僕 (……相変わらず下らない所ばかりよく見ているんだな)

僕(さて……)

僕はページを捲る。

次が最後のページみたいだ。

僕はまた鉛筆を取り出し、彼女への返事を書いていた。

家で唯一彼女を感じる事ができる、この時間が何よりの楽しみだ。


397 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 02:28:39.55 ID:acBaJVZBO
まっさらに晴れた秋空。

陽射しは強いのに暑くは無いのは、朝から爽やかな風が吹いていたからだろうか。

『宣誓! 僕たち』

『私たちは』

『練習の成果を十分に発揮し』

『戦う事を』

『誓います!』

僕(懐かしいなあ、選手宣誓なんて……)

ぎこちなくマイクに向かっている同級生の姿を、一人ニヤニヤしながら見つめている。

僕(いつもなら、横に並んでいる女から蹴りでも飛んでくるはずなんだけれど)

運動会の今日。

隣に彼女の姿は無い。


404 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 02:41:45.78 ID:acBaJVZBO
女「ねえ僕ちゃん!」

黒板に書かれた、赤組と白組の組分け表。

それを見ながら興奮気味に話してきた彼女の姿。

そんな数日前を僕は思い出す。

僕「……何?」

女「ねね、見た。組分け表」

僕「見た、よ」

女「ん〜……元気無いのは、私と離ればなれの組になっちゃったからかな?」

僕「そんな事……」

女「照れるな照れるな〜」

僕(その慰め方は、多分おかしい)

赤組には彼女の名前、白組の部分には僕の名前が書かれている。

さらに悪いことに、僕以外はみんな赤組で……。

女「眼鏡ちゃんも隣君も、みんな赤組だもんね〜」


405 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 02:49:21.54 ID:acBaJVZBO
僕「……で、何さ」

女「勝負だよ勝負!」

僕「勝負?」

女「私の赤が勝つか、僕の白ちゃんが勝つか……勝負だよ」

たまに彼女は、本当に子供のような考えで物事を考えて、言う。

僕(おまけに勝負事に関しては負けず嫌いの筋金の塊)

僕「勝負はいいけどさ、負けたら何してくれるのかな?」

女「んー……?」

僕「勝負事なら当然戦利品が何か無いと、ね」

僕もなかなか子供らしい性格をしている。

女「そうだね〜……」


406 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 03:01:14.92 ID:acBaJVZBO
女「じゃあ、買った方が負けた方に駄菓子屋で五百円分!」

小学一年生の懐具合と、百円ですら贅沢ができる駄菓子屋での五百円分……。

僕「ちょっと豪勢すぎないか?」

女「負けるのが怖いのかな?」

僕「……そんな事ないよ。五百円を失う女が可哀想って思っただけだよ」

女「ふふん?」

僕「こういう楽しみ方も、いいのかもしれないな。よし、わかった」

勝負に合意した瞬間、彼女は元気に眼鏡ちゃんの元へ駆け寄っていく。

女「眼鏡ちゃ〜ん! 僕ちゃんがね、運動会で負けたら私たち二人に五百円分のね……!」

……。

僕が負けた場合のみ、駄菓子屋では夏目漱石さんが消える約束になっているらしい。


407 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 03:10:57.36 ID:acBaJVZBO
眼鏡「え……あたしにも?」

女「私たち赤組だからさ。頑張って僕ちゃんに勝とうね」

眼鏡「負けたらあたし、五百円なんて……」

女「僕ちゃんは私たち二人から奪うような真似なんてしないよ〜ね?」

グリン、と彼女の首がこっちに向き直る。

僕(勝手にしてくれ)

僕は大人らしく、呆れた笑顔で頷いてあげた。

女「やったね! じゃあ早速今日の練習を頑張って……」

先生「あの、女ちゃん。ちょっといい?」

女「あれ、先生? どうしたんですか?」

はしゃぐ彼女に、先生が話しかけている。

僕(……何だろう?)


408 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 03:19:38.34 ID:acBaJVZBO
女「わ、私が選手宣誓……?」

先生「この学校だと、宣誓は一年生がやる事になってるの」

女「なんで私なんですか! あ、ぼ、僕君を推薦します!」

僕(やっぱりそう来たか)

先生「毎年、出席番号一番の子が……ね? それに男子の一番は僕ちゃんじゃないし……」

女「せ、宣誓なんて私……」

眼鏡「が、頑張って女ちゃん……」

女「め、眼鏡ちゃん?」

眼鏡「女ちゃん、元気だしきっと上手くできるよ、ね?」

女「んー……」

女「わかりましたよ。先生、私やります」

眼鏡「女ちゃん……!」

先生「良かった。じゃあ放課後隣君と職員室に来てね。練習しましょう」


409 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 03:31:57.23 ID:acBaJVZBO
……。

『一年生代表、隣君に女ちゃんでした。では次に……』

前の方から、フラフラとした赤面の女が戻ってくる。

そんな彼女を慰めるように、僕はヒソヒソと声をかけてあげた。

僕「よ、名演説」

女「……うるさいバカ!」

ドボッ。

ヒソヒソした返事と一緒に、左の脇腹にフックが飛んでくる。
僕「っぐ……」

女「……プンだ」

僕「てっきり蹴りが来ると思い衝撃に備えていた物を……」

女「何? 走る前に足ケガしたいの?」

僕「いーえ。滅相も」

女「プイッ」

彼女はそっぽを向いたまま。

僕はそっぽ向く彼女を見つめたまま……秋の運動会が始まる。


410 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 03:43:34.71 ID:acBaJVZBO
グラウンドで行われている競技は、そのどれもが僕の記憶には残っていなかった。

玉入れ、借り物競争、クラス全体で踊るという出し物のような物まで。

十何年前、確かに僕はここに居たんだろうけど……。

女「どう、懐かしい?」

僕(綺麗なくらいにまっさらな記憶しか無い……いや、記憶が無い)

僕「ハァ……せめて結果だけでも覚えていれば安心も出来たのに」

女「あははっ、やっぱり記憶にないんだね」

眼鏡「き、記憶?」

女「っ! このバカー」

眼鏡ちゃんに聞こえていた事に驚き、力無く彼女が僕の頬を叩いてくる。

僕(……今のは悪くないのに)

女「あ、赤勝て赤勝て〜」

彼女は何事も無かったかのように、グラウンドの何かを応援していた。


411 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 03:55:00.25 ID:acBaJVZBO
種目もそこそこに、午前のプログラムが終了する。

今のところ得点に大差は無い。

勝負は午後の種目で、と言う事になりそうだ。

僕「そのためにも、ご飯ご飯」

眼鏡「じゃあ……また後でね」

僕「また後でねー」

お昼の時間はグラウンドの周りで応援してくれている親の所で食べる事になっている。

僕「じゃあ、女もまた後で」

女「あ……うん。また、ね」

僕(?)

お昼の時間だと言うのに、彼女には先ほどの元気が無い。

いや、元気のカケラも無い。

女「ご飯だもん……ね」


412 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 04:02:24.50 ID:acBaJVZBO
僕(ご飯だよ? 体力回復しないと午後倒れちゃうよ?)

この声のかけ方は違うか。

僕(早くお父さんとお母さんの所に……)

僕(あ……お母さん?)

女「……」

普段は元気で明るい彼女を見ているから気付かなかったけれど……。

家にいる時間を殆ど一人で過ごしている、それを忘れていた。

多くの音がしない小さな家に女の子が一人きりで、僕との日記を笑顔で書いている。

笑顔?

彼女は本当に僕の日記を笑顔で見つめているのかな?

泣きながら日記を書いていた日も……あったんじゃないのかな?

女「……」

そう考えてしまった瞬間、目の前で下を向いている彼女を、堪らなく何とかしてあげたかった。

僕「……行こうよ」


413 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 04:10:10.65 ID:acBaJVZBO
女「えっ?」

僕「お弁当、そのカバンに入ってる?」

女「う、うん。あるけど……」

僕「よしっ」

その言葉を聞いて、僕は彼女が抱えているカバンを雑な感じで取り上げる。

女「えっ……なに? なに?」

僕「行こうよ」

今度は戸惑っている彼女の左手首を僕の右手が掴む。

……傷付けないように気持ち優しく力を入れた。

それでいて、少し緊張しながらグラウンドを早足で横切っていく。

女「ど、どこ行くの!」

僕「僕のお家でご飯食べるの」

こんな言葉遣いになっているのは、心臓がドクドク言っているせいだ。



414 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 04:18:52.78 ID:acBaJVZBO
女「お、お家って?」

僕「……ぼ、僕の家族とご飯食べればいいよ!」

何をツッコまれても今は関係無い。

ただ彼女の手をとって、どんどん前へ進んでいる。

女「で、でも迷惑だよ……いきなり他人の子が一緒にご飯なんて……」

僕「何とか言うから大丈夫だよ。それに一人だと、ご飯美味しくないからさ」

女「僕ちゃん……」

ますます心臓が早くなっている。

今朝はあんなに涼しかったはずなのに、今の僕の体温はきっと温かい。

僕「ほ、ほら。一人で食べるより女と食べる方が美味しいよ、きっと……ね?」

違う、これは僕の事だ。

僕(彼女に言う言葉じゃない……)

女「ありがとう……僕ちゃん」
ギュッ。


416 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 04:28:41.38 ID:acBaJVZBO
いつの間にか、彼女の手首は左手に変化したかのように僕の右手を握っている。

既にお昼が始まっていて、誰もいないグラウンドの真ん中を僕たちは歩いていた。

彼女と二人、たくさんの人の中心に僕たちはいる。

ちいさなちいさな恋人達が、仲良くご飯に向かって歩いている。

今だけは誰かにそんな風に見られてもよかった。

僕「……言い忘れ」

女「?」

僕「一緒にお昼……食べよう?」

女「うんっ!」

僕たちは、もう一度力強くお互いの手を握った。


418 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 04:41:49.02 ID:acBaJVZBO
僕「……と言うわけでさ。彼女も一緒に、ね」

母「うん、女ちゃんも一緒に食べましょう」

父「じゃあ、早く座ってもらいなさい」

妹「おねーちゃん。おねーちゃん」

女「お、お邪魔します」

父も母も基本は優しい。

昔はかなりオープンな性格だったと記憶している。

僕(昔……ね)

母「量はたくさん作って来たから、たくさん食べてね? 女ちゃんも」

女「あ、ありがとうございます……」

ちょっと丸まるようにお礼を言う彼女がいる。

よかった、彼女が笑顔でお昼を迎える事ができて。


419 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 04:48:56.64 ID:acBaJVZBO
借りてきた子猫のように大人しい彼女。

パクパクと夢中でお弁当を食べている。

僕(普段の元気な彼女に比べて、ちょっとギャップ萌え)

僕(ん……萌えやツンデレってこの年には言葉として存在していたのかな?)

お弁当を食べる彼女を見つめながら、そんな下らない事ばかりを考える。

僕(何か考えてないと……彼女に見とれすぎているのがバレてしまうから……)

妹「おーちゃんまっかー」

僕「……いいの、妹ちゃん」


420 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 04:53:26.54 ID:acBaJVZBO
母「うふふっ。女の子が一緒ですものね」

父「ははっ、緊張してるか。ほら、ビデオ撮るから二人ともこっち向いて笑って〜」

僕「……ブフォッ! ケホッ、ケホッ……」

女「汚いよ僕くん……はい、麦茶」

僕(と、父さんのビデオを撮る癖を忘れていた……)

こうして彼女と並んでいる所が記録に残ってしまうのかと思うと、余計に顔が赤くなる。

妹「おーちゃんまっかー」

僕「……朝からずっと撮ってたの?」

父「開会式から今まで、バッチリだよ」

僕「ふ〜ん……」

開会式から、という事を聞いて僕の笑顔は彼女に向く。

彼女「?」

僕「じゃあ選手宣誓の所も録画した?」

彼女「!」


421 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 05:04:19.07 ID:acBaJVZBO
父「あー、そう言えば女ちゃんがやってたんだね。ごめん、そこは撮ってなかったよ」

女「……ホッ」

彼女は安心一息、麦茶を飲み始めている。

僕「残念」

父「あ、撮ってないのは選手だよ。僕の事はずっと撮ってたから」

僕「ふ〜ん。女が宣誓している所をもう一度見て笑いたかったのに」

キッ、と麦茶を飲みながら彼女は睨んでくる。

僕「〜♪」

家族の手前、叩かれないという安心感があるのは素晴らしい。


422 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 05:09:08.28 ID:acBaJVZBO
父「……あ、そう言えば僕、誰かに叩かれてなかったか? ちょっとカメラのズーム遅れて見えなかったんだけど……」

女「ブファ!」

僕「……」

顔面に生ぬるい麦茶が勢いよく吹き掛かかる。

妹がそれを見て笑っている。

隣で彼女が謝っているようだったが、それ以外の言葉は僕の記憶には残っていない。

僕(……あとで記録のビデオを見直す事にしよう)

麦茶を吹き出し、慌てながら謝っている彼女の顔も、きっと可愛らしいんだろう。

太陽が高くにある……。

彼女と一緒に楽しくお昼ご飯を食べた。

それだけで僕は、午後種目だって頑張って行ける。


423 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 05:17:58.46 ID:acBaJVZBO
眼鏡「あ……お帰り、二人とも」

僕「ただいま!」

女「……ただいま」

眼鏡「お、女ちゃん? 顔色悪い?」

僕「ちょっと、麦茶を飲みすぎたみたいだよ」

女「恥ずかしい所を見られたの……」

眼鏡「そんなの気にする事ないよ。体動かせばちゃんと消化だって、ね?」

女「んー……」

何も言えない弱った彼女を見るのも、たまにはいいものだ。

僕「いやあ、だってさ女」

女「……ムカッ」

僕「今度は人の顔面に吐き出さないようにさ。あ、僕の水筒飲む?」

女「調子にのんなバカ僕!」

バッチン!


424 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 05:34:50.38 ID:acBaJVZBO
ビンタで気合いを入れ直された僕とは対照的に、午後になって赤組は白組に後れをとっている。

僕 (得点差が酷い……)

しかもグラウンドで今行われている、上級生による棒倒しだって。

最初は優勢だったものの、後半は体力が切れたのかジリジリと押し返され始めていた。

僕(このままでは……)

焦る僕の後ろ嬉々とした声が聞こえてくる。

女「眼鏡ちゃん。五百円だよ〜。いつもは我慢していた高級なチョコがいっぱい買えちゃうんだよ〜」


425 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 05:44:02.42 ID:acBaJVZBO
眼鏡「あ、あたしは当たり付きのきな粉棒を全部買ってみたいかも……」

女「あ、いいねそれ。大人買い〜」

眼鏡「えへへっ」

僕(眼鏡ちゃんが結構エグい……。買い占めが夢ってあんた……)

僕「が、頑張れ赤ー!」

精一杯の声援を僕は送る。

『あっ、赤組。逆転です! 白組の棒を見事先に倒しました!』

『いやあギリギリの戦いでした。お互いの守備がほぼ同時に崩れましたが……これで赤組、点差を縮めます』

僕「いよっし」

女「……チッ」

眼鏡「……あ、ねえ。次が最後の競技だよ。私たちも並ばないと」

女「あ、そうだったわね。確か最後は……」

隣「……全校生リレーだよ」


426 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 05:53:36.10 ID:acBaJVZBO
女「あ、隣君。そう言えばそうだったね」

眼鏡「あたし、走るの苦手だから……」

隣「お、俺が頑張って走るから」

女「あら、隣君って走るの速かったっけ?」

僕(こっちを見ないでくれ。あまり記憶に無い……)

隣「は、速いよ! 僕君よりはずっと速い!」

僕の方に向いている彼女の視線を奪いたい。
注目して欲しい。
そして何より僕への当て付けで。

隣は大きな声を出して彼女にアピールをしている。

女「……ふふっ。頑張ろうね」

眼鏡「う、うん」

隣「お、俺……が、頑張るよ!」

僕も負けるつもりはない。

でも、違う組だから彼女からの声援が聞こえない。

それだけが少し寂しかった。


428 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 06:12:52.70 ID:acBaJVZBO
『位置について……よーい……』

パァン!

もう太陽が夕焼けに変わる頃。

耳に響きすぎるくらいの銃声が僕たちの上を駆け抜ける。

同時に、六人のランナーがスタートラインから一斉に飛び出して行く。

最後のリレーでは、赤組と白組のメンバー三人づつ同時に走っていく。

もちろん全学年、全ての人間が走るんだけれど……。

この学校ではアンカーを走る学年は一年生か六年生だ。

それはローテーションで毎年変わっている。

去年が六年生だったらしく、今年は僕たち一年生がアンカーを走る事になってる。

つまり、六年生からスタートして五年生、四年生……最後に僕たち一年生の出番となる。

『いよいよリレーがスタートしました。勝つのはどちらでしょうか……まずは白組リードです。頑張って下さい』



429 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 06:33:52.56 ID:acBaJVZBO
「頑張れー! 頑張れー!」

「走れー、抜けー」

体の大きな六年生が力強くトラックを走っている。

周りからは頭が割れそうなくらいにみんなの歓声が響き、エールが送られている。


そして、スピーカーから流れるどこかで聴いた事があるクラシック音楽で、僕たちの興奮が更に昇華した物になる。

(天国と地獄? 剣の舞だっけ?)

曲名は忘れてしまったけれど、確かそんなような名前の曲だった気がする。

『ここまでで、白組リードです。次はいよいよ三年にバトンが渡ります。赤、頑張れ〜』

一瞬、また一瞬。

出番が近付いてくる。

僕は興奮から、自分のアンカーたすきを強くギュッと握りしめていた。

自然と手が武者震いを起こしてしまう。


430 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 06:46:28.33 ID:acBaJVZBO
『最後は一年生です。小さな体で精一杯走ります。お母さん、お父さんもたくさん応援して下さい』

放送の声が、僕たちにスタートを告げている。

ここまで、一位と二位は白組が独占している状態だ。

点差から考えると一位だけでも二位だけでも届きそうに無いのはわかっている。

赤組が優勝するためには、最低でも僕が二位……できれば一位でゴールするしかない。

僕(ち、ちょっとだけ緊張するな)

僕の中の精一杯の強がりだ。

僕(お、女は……えっと……)


432 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 06:57:50.48 ID:acBaJVZBO
何かにすがるように僕は彼女を探し出す。

彼女は僕たちが待機しているのとは反対側……。

トラックを半周した辺りをちょうど走っている所だった。

僕(うん。頑張れ女……)

そっと心の中でエールだけを送る。

一生懸命に全力で、力一杯走っている彼女の姿を大学で見る機会なんて、絶対に無い。

僕「……よしっ!」

また強く、強くたすきを僕は握る。


433 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 07:10:02.10 ID:acBaJVZBO
グラウンドを駆け抜けていく少女。

綺麗に伸びている彼女の黒髪が……走る呼吸と体の動きに合わせてスローモーションに揺れている。


胸の奥の心臓が、そんな彼女の姿を見てドキドキし始めている。

小学校の時の僕は、いつもこんなにドキドキしていただろうか?

彼女の事に限らず……。

いなくても、それは多分……。

そうだよ、運動会のこの時が来る度、きっとドキドキしていたんだろう。

僕はそんな秋の思い出を、記憶から消し去っている。

僕(ああ、これが忘れているっていう事なのかなあ……)


434 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 07:19:18.37 ID:acBaJVZBO
女「はあっ……はあ……疲れたぁ……」

息を切らせた彼女が視界に入ってきても、僕の意識はどこか昔に置いてかれていた。

女「ふふ、この頑張りでしろ……ぐみのっ……勝ちはっ……」

眼鏡「ま、まずは息を整えないと。ね……?」

先に走り終えていた眼鏡ちゃんが、背中を擦ってあげている。

女の表情が落ち着き、段々と呼吸が整っていくのがわかる。

女「はぁ……ふっ。相変わらず白組が上位を……って、聞いてるの? 僕ちゃん?」

僕「ん……」

女「まったく。アンカーがそんなんじゃ勝てないわよ?」

僕「いや、ちょっと昔の事が頭に……」

女「何か記憶が戻ったの?」

彼女はちょっと声を落として僕に話しかけてくる。


435 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 07:29:20.53 ID:acBaJVZBO
僕「昔はいっぱいドキドキしていたんだなあ、って」

女「……それだけ?」

僕「うん。女の走っている姿を見てたら、なんかそんな事を思い出しちゃってさ」

女「……ハァ。記憶じゃないんだね」

僕「えへへ」

女「可愛く笑ってもダメ。アンカーなんだから……シャキッとしなよ?」

僕「あ、応援してくれるの?」

女「……」

チラリ、と彼女はランナー達を見る。

トップ集団と距離に大差があるわけではないが、赤組は三、四、五位を団子状態で走っている所だった。

女「このまま楽勝でも面白くないから……頑張ってくらいは言ってあげる」


436 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 07:44:27.47 ID:acBaJVZBO
僕「本当? 女が応援してくれたら、僕優勝しちゃうよ?」

少しだけ調子にのった僕を、またいつもの笑顔が受け入れてくれる。

女「くすっ……私もドキドキさせてくれるなら、いいよ別に」

女「さっきの話じゃないけど……私も走っていてドキドキしていたから、ちょっと気持ちわかるんだ」

走ったドキドキから照れているかのような……そんな印象を僕は受ける。

彼女の頬が、いつか一緒に食べたリンゴ飴みたいに赤くなっていたのを僕は覚えている。


438 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 07:52:24.07 ID:acBaJVZBO
女「じゃあ……頑張って僕ちゃん! 思いきって優勝しちゃえ〜」

僕「うんっ! 行ってくるよ女!」

彼女の名前を大声で叫ぶ。

女「頑張って!」

彼女の声だけで、僕は誰よりも速く走る事が出来て、どんなに遠くまでも行く事ができる。

そんな気がした。

そんな気が……していたんだ。

僕(女……頑張るからね)



でも僕は確か……ゴールする事が出来なかったんだ。

その記憶を、走る前の僕は思い出していない。

ただひたすら、一人で泣いていたその記憶を僕は……。

僕は忘れている。


440 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 08:06:26.35 ID:acBaJVZBO
隣「……負けないから」

スタートラインに立った僕に話しかけて来たのは、白組アンカーの隣だった。

明らかに僕をライバル視している。

僕(僕はただ彼女のドキドキのために走るだけだよ)

運動会という開放的な場でなければ間違いなく言えないようなセリフだ。

僕(あれ、でも結構そんな事言っていたかな?)

隣「む、無視するなよ!」

まあいいか、と思う僕に、体をズイッと強引に寄せてくる隣。

身長は僕より大きいから迫力はあるけれど、今の僕は気迫だけで下がる僕ではない。

僕「……僕は優勝しなくちゃいけないんだよ。女のためにさ」

運動会は男の子をヒーローにさせる。

これくらいとんでもないセリフを言っても今日は許される事だろう。


441 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 08:18:26.29 ID:acBaJVZBO
女……。

彼女の名前を出したのがいけなかったのか、隣の表情がみるみるうちに激昂した様子に変わる。

隣「ば、馬鹿だな。女ちゃんは白組だよーだ!」

僕(そういう事じゃないんだよ……)

今の隣にそれを言ってもわかるわけはないだろうが。

僕「組とか関係ないよ。僕は彼女のために走るんだ」

隣「い……言ったな! それじゃあ俺だって……俺だって!」

隣「こ……このリレーで勝った方が女とつ、つき……付き合うんだ!」

僕「……は?」

とんでもない僕のセリフを引き金に、隣もとんでもない事を言い出した。

一年生とはこんなにも唐突に唐突な事を言うもんだっただろうか?

僕「そ、そんなのいいわけないだろ!」


442 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 08:30:43.67 ID:acBaJVZBO
隣「ダメだ。勝った方が告白するんだ!」

話の内容が安定しない、が、そんな事を彼女の同意無しで決められるわけは無い。

同意があればいいと言う事でもないけれど。

僕(そんな約束できるか……)

彼女が絡んでしまうと、自然と僕は動揺してしまう。

自分ながら変な感覚だ。

隣「……フン」

僕「ち、ちょっとま……」

僕の言葉が、目の前を走り去るランナーにかき消されていく。
『白組、アンカーにバトンが渡りました。隣君、頑張って下さいね』



443 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 08:43:57.63 ID:acBaJVZBO
一位で飛び出した彼は、元気よく、僕を後ろに蹴るように走っている。

僕(……)

僕(……)

『赤組。必死の追い上げでバトンがアンカーに渡ります。僕君、一位になれるよう頑張ってね』

僕はバトンを受け取り、本当に久しぶりに……。

何も考えずに全力で地面を走った。

スタート。

走り出した瞬間から、夕焼けの光が視界いっぱいに拡がっていく。

その光の中に、第一コーナーを曲がる隣の背中……大丈夫、まだ追い付ける。

足の重心がブレないよう、腰と膝、足裏に意識をちょっとだけ向けてコーナーを曲がる。

あくまでも無意識に。

それでいて下半身に感覚を集中させながら。


444 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 08:52:53.65 ID:acBaJVZBO
コーナーを曲がり終え、体の向きが変わり長い直線に差し掛かる。

『赤組、後ろから追い付いて来ています。その差僅かです』

隣はそんなに走るのが速くなかったようだ。

視界が広くなった直線で、隣の背中がどんどん近付いているのがわかる。

僕(直線、また大きく第二コーナーを曲がって……真っ直ぐ走れば終わりだ)

グングン、グングン。

距離を走れば走るだけ僕は隣に追い付いている。

彼女が応援してくれたから、僕は負けない。

負けられないんだ。

直線の最後で、僕は隣に並ぶ。

僕は、彼を見ない。

ただ歯を食いしばって、全力で今を走っている。

僕は、すっごくドキドキしていた。

ドキドキしていたんだと思う。


446 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 09:01:11.14 ID:acBaJVZBO
隣「はあっ……はあっ……!」

コーナーの真ん中辺りで一度だけ、隣の呼吸が聞こえてくる。

かろうじてだが、インに入ったのは隣だ。

その分まだ並んではいるが……スピードも体力も、僕の方が勝っているんだ。

妹「おーちゃん、がんばえー」

父「いけ! いけ!」

母「僕〜! ファイト!」

眼鏡「が、がんばって〜……僕……ちゃん!」

……声が聞こえる。



447 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 09:12:16.67 ID:acBaJVZBO
僕を応援してくれるみんなの声が。

もうそこは、コーナーが途切れる一歩前。

再び夕焼けの光が僕を照らす。

オレンジ色の世界の中で、僕はそっと耳をすます。

一番聞きたい彼女の声を、僕は光の中で聞こうとしていた。

……。

ああ、聞こえる。

光の中で、僕が一番聞きたい彼女の声が。

女「……いけえぇ! 僕ちゃん!」

僕(ああ、やっぱり僕は……彼女がいるから頑張れるんだ)

コーナーが終わり、短い直線と……更にその先にゴールテープが見え始める。



448 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 09:18:36.28 ID:acBaJVZBO
そのゴールテープを僕が走り抜ければ……赤組の優勝。

そして……。

僕(僕の……僕の勝ちなんだ!)

「っ……くそっ!」

何かが聞こえた瞬間、僕の世界が真っ暗になる。


グイッ!


(えっ)


……?

……。

ねえ。

僕はどうして地面に倒れているの?

どうして僕は……まだゴールテープの向こうにいないの?

どうして僕は……。

こんな所で転んでいるの……?




450 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 09:26:18.43 ID:acBaJVZBO
『……でしま……た。……から……ぬかれ……かぐみ……かいに……』

放送の人が何かを言っている。

もう聞こえない。

クラスのみんなが何かを言っている。

聞こえない。

応援席の家族が何かを言っている。

聞こえない。

……。

もう、誰も何も喋らなくなったみたいだ。

本当に僕には何も聞こえなくなった。

いつの間にか、スピーカーから流れていたはずの天国と地獄も聞こえない。

僕はただ、彼女を声だけを聞きたい。

だからこうして地面に顔をくっつけたまま眠っている。

(ああ……思い出した。僕の記憶……)


451 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 09:35:27.81 ID:acBaJVZBO
幼稚園の運動会で、僕は同じように小さなトラックを走っていた。

最後の種目で僕の組が負けていて……前を走っていた誰か……隣じゃない誰かを夢中で追いかけていたんだ。

その時はリレーじゃなくて借り物競争だったのを覚えている。

しかし所詮は幼稚園児の借り物競争。

紙に書かれている物は全てコースの途中に置かれ用意されている。

走って、紙に書いてある物をマイクの前で読み上げて、物を拾ってゴールへ走る。

幼稚園ながら、しっかりとした競技だったと思う。

……。

僕は確かじょうろを借りたんだ。

用意されていたのは、子供用の小さいやつじゃない。

口が長くて、幼稚園児が扱うにはちょっとバランスの悪いじょうろだったのをよく覚えている。


452 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 09:46:23.21 ID:acBaJVZBO
他のみんなは物を拾う時に、いちいち止まったりしてた。

でも僕は、走りながらじょうろを掴んで全力で誰かを追いかけていたんだ。

最後のコーナー……最後の直線。

僕は少し後ろに迫っていた。

視界にゴールテープが見えた直線で……相手を抜けるはずだった。

そこで一気に加速しようとした瞬間……僕のじょうろが彼に掴まれた。

長い口をしっかりと握っていた手のせいで、僕はバランスを崩してしまい……。

泣いている僕を先生たちが抱き起こして、親の所へ連れていってくれたのを覚えている。

僕は、ゴールする事が出来なかった。

先生が来てくれるまでの間、ずっと一人で僕は泣いていた。

……。


454 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 09:58:06.43 ID:acBaJVZBO
今の僕は泣いていない。

僕は大人だから。

一年生だけど一年生じゃないから。

ただ地面に突っ伏して、昔の記憶だけを思い返している。

幼稚園の記憶……今の僕も同じ事を幼稚園で経験したんだろうか。

経験していないなら、今日がその時なのかな。

もう何でもいい。

僕は負けてしまった。

あとは先生が僕を起こして、ゴールしないまま運動会が終わる。

本当にそれだけ。


456 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 10:06:52.59 ID:acBaJVZBO
「……」

足音がした。誰かが僕の元へ駆け寄ってくる。

こうして地面に耳をくっつけているとそれがよくわかる。

頬にくっついている石灰の線がヒンヤリとして気持ちいい。

「……」

「転んじゃったね」

先生じゃない。

僕の記憶と違う。


457 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 10:09:59.96 ID:acBaJVZBO
「でも僕ちゃん、カッコよかったよ。すごく速くて……びっくりした」

(やめてよ)

「ちゃんとドキドキもしたしさ。それに見ていて楽しかったよ、ありがとう」

(ダメなんだ、話しかけられると)

「ね……早くゴールしてさ、駄菓子屋行こうよ。何でも買ってあげるから、ね」

(子供扱いしないで)

「なんで起き上がってくれないの……?」

(だって君の声を聞いたら僕は)

「ねえ、どうしてそんなに泣いて……いるの?」

(僕は泣いちゃう、から……)


458 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 10:18:47.74 ID:acBaJVZBO
「っく……ひっく……うっ……」

「やっと立ってくれた。大丈夫?」

「ぐっ……ぐすっ……」

「よしよし、よく頑張ったね」

ポンポン、と優しく頭を二回だけ叩いてくれる。

何を言われても僕は言葉を話せない。

口の奥から押し寄せる空気の勢いが激しすぎて、ただ泣きながら……彼女の言葉を聞いている。

「僕ちゃんは頑張った。だから泣く事なんてないんだよ?」

「ほら、男の子でお兄ちゃんでしょ。シャキッとしなさい、シャキッっと!」

「そんなに泣いているなら、ずっとそこでそうしてる?」

遠い昔に怒られて言われたような言葉ばかりが……。

記憶の中かと錯覚するくらいに、僕は昔のように泣いている。


459 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 10:21:30.74 ID:znPzMl8A0
「僕」が白じゃない?


460 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 10:26:58.65 ID:acBaJVZBO
>>459
あ、逆。
眠気のせいで、補完お願いします。


「ぐすっ……とっ……となりがっ……ぼくをひっぱったんだよっ……ぐっ……」

涙と空気に負けないよう、僕は精一杯の言葉を彼女に伝える。

「だ、か……ら……ぐすっ、ぼくはわるく……ない……ヒクッ……」

その言い訳は本当に子供のまま。

情けないくらいの感情を、僕は彼女に吐き出していた。

「うん……うん。私は僕ちゃんの事わかっているから。だから心配しないで大丈夫だよ」

「ぐす……うっ……うん……」

「えらいえらい。じゃあ……そろそろゴールしよう。はい、ちゃんとバトン持って」

「ぐす……」

「アンカーがそんな顔しないの。ほら……手繋いで」

「す……」

「ゆっくりでいいから、ね。ほら……」


462 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 10:43:09.52 ID:acBaJVZBO
一歩。

また一歩。

あの日辿り着けなかったゴールが近付いてくる。

僕と彼女は、大きな拍手に包まれながらゆっくりと二人で歩いている。

涙でオレンジの光が滲んで、ぼやけている。

一番近くにいる彼女の顔も、僕にはよく見えていない。

ただ僕の左手を引っ張ってくれている彼女だけを信じて、ゴールに向かって歩いている。

「僕ちゃん、一緒……」

彼女の顔は笑っている。

僕も笑顔に応えるよう、たくさん笑った。

涙でクシャクシャの顔を、彼女はいつもの笑顔で受け入れてくれる。

「じゃあ、いくよ……」

「うん……」

『せーのっ……』




463 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 11:07:02.49 ID:acBaJVZBO
東の空から、うっすらと光る月が顔を出した頃。

僕たちの運動会は終わった。

母「女ちゃん、ありがとうね」

女「いえ。いいんです、僕ちゃん頑張ってましたし」

妹「おねーちゃん、おねーちゃん」

女「あははっ、よしよし」

妹「きゃっきゃっ」

当然のように彼女は僕と一緒にいて、今も僕の手を握っている。

暗闇だから誰にも見えているはずはない。

例え見えていたとしても、関係ない。

父「よし、みんなでご飯でも食べに行くか」

女「えっ、じゃあ私はこれで……」

僕「……」

グッ。

僕「一緒に行こう?」



465 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 11:18:15.68 ID:acBaJVZBO
……。

後で母親が教えてくれた事だけど。

彼女が僕を起こしてくれていた時、ビデオのバッテリーが丁度切れてしまっていたらしい。

一番いいシーンが撮れなかったと、父は嘆いていたそうだ。

僕(ううん。記録には残らなくてもいいんだ)

女「……ん?」

美味しそうにハンバーグを頬張る彼女を見つめながら、僕はそんな事を考えている。


466 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 11:23:16.60 ID:acBaJVZBO
僕(今日の記憶を僕は忘れないから。この先また別の時間に行ったとしても……)

女「どうかした? ……あ、一口食べたいんだ。どうしよっかな〜」

僕(彼女と一緒にゴールした、あの瞬間のドキドキを僕は……忘れない)

女「はいっ、あーん」

僕「……あーん」

女「美味しい?」

僕「おいしいよ。当たり前だよ」

女「ふふっ、よかった」

僕は彼女が食べさせてくれたハンバーグの味も……きっと忘れない。

女「ごちそうさまでした」

……彼女がここにいると、何だか家族が一人増えたみたいだ。

父「よし、みんな食べ終わったかな」

母「じゃあ帰りましょ。女ちゃん、送って行くからね」

妹「おねーちゃん、おねーちゃん」


467 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/04(水) 11:33:03.82 ID:acBaJVZBO
外に出ると、冷たい風が僕に襲いかかってくる。

月の光は優しくて綺麗だったけど、空気は優しくなかった。

少し時間が経てば秋もすぐに終わってしまう。

そしたら次は……寒い冬が来る。

僕「……」

女「ん? いきなり手なんか握ってきてどうしたの?」

僕「寒さ対策だよ」

女「私の手ってあったかくないよーだ」

僕「女の手なら何でもあったかいよ」

女「……」

ギュッ。

風は少しだけ強く吹いていたけれど。

彼女が握り返してくれた手はやっぱり僕をたくさん暖めてくれて。

これから秋が終わり、冬が来ても大丈夫だよ、とそう感じた。

秋の夜長はこうしてゆっくりと終わり、次の季節に変わっていく……。



526 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 01:26:43.00 ID:Jeuh38tIO
男「おはよ……」

「……あ、きたきた」

「ヒューヒュー」

「じゃあごゆっくりね〜」

教室に入ると、机の周りに集まっていた女子たちが一斉に散らばっていく。

人混みが無くなり、ちょこんと椅子に座っていた彼女と目が合った。

女「おはよう、僕ちゃん」

僕「……おはよ」

ドカッ、と少し不機嫌に僕は座る。

女「気になる?」

僕「そりゃあ、ね」

女「一年生なんてそんなものだよ」


530 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 01:34:59.82 ID:Jeuh38tIO
僕「そんなもんかな……」

運動会のあの出来事以来、僕と彼女はカップルとしてみんなに扱われている。

もちろん付き合っているわけではないのだが……。

小学生に理解してもらえるとは思っていないけど。

女「……日記、あとで渡すからね」

僕「あ、うん」

彼女も一応気にはしているようだ。

僕「……」

彼女の問題とは別に、一つだけ気になっている事がある。

運動会以来、隣が妙に大人しくなった事だ。

顔を合わせてくれない事は以前と変わらずだが、静かすぎて逆に不気味だ。

僕(子供は何するかわからないからなあ……)


532 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 01:41:50.69 ID:Jeuh38tIO
僕「ねえ女」

女「ん?」

僕「最近ストーカーとかされてない?」

女「はい?」

僕「ほら、帰り道に誰か付いてきてるとか……」

女「僕ちゃんが一緒に帰ってるじゃん」

僕「変な荷物が届くとか?」

女「小学生に来る荷物なんて殆ど無いよ〜」

僕「ん……」

いけない。

何だか考え方が変に飛躍している気がする。

僕「子供の気持ちって難しい……」

女「もう、変な事ばっかり。ね、それよりさ……」

女「もうすぐ冬休みなんだよね」


534 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 01:48:53.07 ID:Jeuh38tIO
僕「そうだね」

女「小学校の冬休みって、長いから嫌いだよ」

僕は好きだよ、と言おうとしたが彼女両親の事を考えてしまう。

僕「……お母さんは?」

女「相変わらずお仕事だよ。お正月にはお家にいてくれるみたいだけど……」

笑っているけれど彼女の表情はどこか寂しそうだ。

女「えへへっ、でもいいんだ。クリスマスには……」

僕「?」

女「クリスマスには私の所にも、サンタさんが来てくれるんだよ」

僕「サンタさん?」


536 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 02:00:20.80 ID:Jeuh38tIO
女「うん、サンタクロース」

眼鏡「女ちゃんの所にもサンタさん来るの?」

前の席に座っていた眼鏡ちゃんがいきなり話に入ってくる。

振り向いた彼女の顔はニコニコだ。

女「来るよー。だからクリスマスは楽しみ」

眼鏡「今年は何をくれるのかな? 私、お人形さんのお家がいいなー」

女の子らしい、可愛いお願いだ。

そして、大学生の彼女はサンタクロースに一体何を頼むというのか。

女「私は何でもいいんだ。サンタさんにお任せ」

僕「お任せって……それじゃあ多分困ると思うよ?」

眼鏡「サンタさんはプレゼントで困ったりしないよー」

女「そうよ、困らないわよ」

サンタさん、ねえ……。


537 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 02:06:27.12 ID:Jeuh38tIO
眼鏡「毎年サンタさんにお手紙書いてるんだ。いつもありがとうって……」

女「あ、私も昔出した事あるけど、お返事が来なくて……」

サンタクロースの話で盛り上がる、目の前の少女たち。

クールぶって、格好つけてその話を適当に聞いていた僕だったけど……。

僕は大学生になった今でもサンタクロースを信じていた。

本当にお髭のおじさんがプレゼントを運んでくれるとは思ってないけれど……。


540 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 02:12:51.44 ID:Jeuh38tIO
僕にとってのサンタクロースは、やっぱり両親だ。

それでも僕は物心が付いてからもしばらくは……イメージ通りのサンタクロースを頭に描いていた。

オモチャ屋のチラシを指さしてプレゼントをお願いしてさ。

クリスマスの日には、サンタさんが子供の枕元に眠くなる粉を撒いていて……。

最後に眠っている僕にプレゼントを渡して、窓から去っていく。

僕(……これは多分記憶の中に残ってるイメージだけどさ)


女「ね、だから早くクリスマスにならないかな?」

彼女は?

彼女はサンタクロースをどう思い描いているんだろう。


541 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 02:19:54.39 ID:Jeuh38tIO
目の前で話している通り、本当の本当にサンタクロースを信じていて……。

クリスマスには本物のサンタさんからプレゼントが貰えるんだろうか?

それとも大学生らしく事情を割りきっていて、一年生のように振る舞っているだけなのかな?

僕「ねえ……」

女「……あ。先生来たよ、また後でね」

僕の小さな呼び掛けは、乾燥した教室に響くチャイムと、先生の登場によって消されてしまう。

学校という現実が始まってしまえば、クリスマスという幻想的な事を考える雰囲気にもならない。

結局、僕がそれを彼女に聞けたのは帰り道での事だった。


542 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 02:24:45.72 ID:Jeuh38tIO
女「えっ、サンタさん?」

眼鏡ちゃんと別れてすぐに、僕は今朝の質問を彼女にする。

僕「うん。色々話していたみたいだけで、本当に信じているのかなって」

女「いたら楽しいとは思うけどさ。やっぱり親の負担になっちゃうから……」

親。

そのキーワードが出てくるだけで、僕の気持ちは答えを見つけたかのように安堵してしまう。

やはり彼女も割りきって生きているのだろう。

僕「……じゃあ、さっきの話は?」

女「ふふっ、私の記憶だよ」


543 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 02:33:51.14 ID:Jeuh38tIO
僕「記憶って、サンタさんを見た事あるとか?」

女「……ううん。見た事あるのは、やっぱりお母さんだよ」

また、彼女の表情が少し曇っている。

顔色が見えすぎてしまうのも考えものだ。

女「あのね、お母さん結構私をほったらかしにするんだけどさ。お祝いとかはちゃんとしてくれるんだよ」

僕「お祝い?」

女「クリスマスもケーキ買ってくれるし、もっと子供の時はちゃんと七五三もしてくれたりね……お母さん、いい人なんだよ」

彼女から聞いた事があるのは、大学生になってからの母の記憶。

子供の頃の母親の事情を、大学生だった時僕が聞いても仕方がない……。

僕(子供時代の話を聞けるのは、なんか貴重な気がする)


544 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 02:41:51.15 ID:Jeuh38tIO
僕「まあ、そのお母さんに育てられて大学生になったんだもんな」

女「うん。お母さんとはずっと仲良し。また大学の時になっても一緒にいたいな」

僕「……」

違和感? 思い過ごし? 言葉のあや?

思わず、僕は彼女に尋ねてみる。

僕「あ、でも一度だけ大喧嘩したって言ってたよね?」

女「なにが?」

僕「ほら、大学の時……女が家を飛び出して僕の……」

女「……?」

彼女のその表情は、本当に知らないと言った顔をしている。

僕「ああ、うん。気にしないで、忘れて」

女「くすっ、変な僕ちゃん?」

無表情が笑顔に変わる。

彼女の表情が穏やかになった所で、僕たちはお別れの挨拶をした。


545 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 02:46:38.75 ID:Jeuh38tIO
僕「……記憶違いかな?」

大学生の時、母親と大喧嘩をしたと彼女が僕の下宿先に飛び込んで来た事がある。

縁が切れそうだとか借金の問題だとか……。

普段の彼女からは想像できないくらにい取り乱していたのを覚えている。

僕「忘れてるのかな? 結構強烈な記憶だと思うけど……」

彼女の表情は、本当に知らない。

僕「……ま、いいか」

クリスマスが近いから。

週末には家族みんなでデパートに行く約束をしていたから。

今日の僕がスキップをしながら帰る理由だ。


546 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 02:52:36.57 ID:Jeuh38tIO
僕(うわあ、懐かしい……)

山に囲まれた地形にある自宅から車で二十分。

賑やかになり始めた通りと住宅街が広がる景色の中に、家族でよく買い物をしたデパートがある。

三階建ての小規模なデパートだが、田舎町にしては賑わっている場所だ。

クリスマスのために家族と買い物に来たのだが、僕には別の目的もあった。

僕(彼女へのプレゼント……何あげようかな)

そんなに大した意味はない。

気持ち程度と言うか、小学生がプレゼントしそうな物を何かあげればいい。

そんな考えだった。


547 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 02:58:34.65 ID:Jeuh38tIO
一階には食品売り場。

二階にはオモチャ屋と本屋。

三階には……何があったか覚えていない。

僕(子供の時なんて見てもこれくらいだよね……)

とにかく、何でもいいから品物を探さなければ。

食品売り場に彼女へのプレゼントは無いだろう。

僕は意気揚々とエスカレーターに向かって歩き出した。

瞬間……。

母「あ、一人でいっちゃダメよ」

父「そうだよ。ほら手繋いで手」

僕(……捕まった)

どこかで見た宇宙人のような……両手を掴まれ少し持ち上げられる形となっている。

僕(一年生じゃあ一人歩きは出来ないのかなあ……)


548 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 03:05:41.25 ID:Jeuh38tIO
父「ははっ、そんな顔しなくても後でちゃんとオモチャ屋には寄るから」

僕(今はオモチャじゃないんだよ父さん)

母「あ、もしかしてカートに乗りたい? 妹ちゃん抱っこして一緒に乗る?」

妹「だっこだっこー」

僕「い、いや。さすがにそれは恥ずかしいかも」

母「お兄ちゃんだもんね。前はあんなに乗りたがっていたのにね」

僕(……女が聞いたら、またネタにされそうな情報だね)

父「じゃ、食べたい物買いに行こう。ケーキは後でパパが買ってくるから大丈夫」

母「僕は何が食べたい? ハンバーグ? ウインナー?」

僕(……)

クリスマスには、優しい家族と暖かい部屋に包まれてご飯を食べていた記憶しかない。


550 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 03:14:10.94 ID:Jeuh38tIO
こうして、家族と買い物をしていると思い出す。

母「クリスマスだから、お菓子は二つまで買っていいわよ」

父「僕はお刺身食べられるっけ? マグロとか美味しいぞ」

母「僕ちゃん、牛乳二本持ってきて? いつもの青いパックのあれ、ね」

父「あ、ヒーローふりかけはもう買ったよ。帰ったらパパがおまけのシールは綺麗に貼ってあげるからな」

……思い出すより先に、記憶のセリフをいくつか言われてしまう。

昔はデパートの中でもたくさん会話をしていた。

水と粉末で作るよくわからないお菓子を持っていったって……ええ〜っ、という反応はされるが結局買ってくれたり。

その怪しいお菓子の作り方が解らず、結局全部作ってもらったりして……さ。


551 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 03:23:12.49 ID:Jeuh38tIO
お菓子のおまけを僕が集めていたら、パパも協力して一つ多く買ってくれたり。

帰りにはママが焼きたてクッキーをたくさん……茶色い袋に入れて持ってきたり。

僕(デパートの記憶だけでこんなにあるものなのか)

これ以上を思い出すと、僕はまた子供に戻ってしまいそうなので……。

僕「……よしよし」

妹「おーちゃん」

デパートに関しての記憶があまり無い、妹と一緒にいる事にした。

お守りの記憶は……デパート内では残っていないみたいだ。

僕(ふう……)

少し頭が落ち着いた僕は、どうやってプレゼントを買いに行くかを再び考えていた。


552 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 03:32:06.86 ID:Jeuh38tIO
買い出しを終わらせ、僕と父さんはオモチャ屋へ。

母さんと妹は荷物を持って一足先に車へ戻っていった。

これも確か、いつもの事だった。

僕は今度こそエスカレーターに乗り、オモチャ屋のある二階で降りた。

父「ん、どこ行くんだ。こっちだよ」

もう一度エスカレーターに乗り、三階へ向かおうとしている途中の父が話してくる。

僕「オモチャ屋じゃないの?」

父「オモチャ屋は三階だよ」

僕「……あ」

それは昔の……そうだ、確か一度このデパートの改装があったはずだ。

その時にお店が色々変わっていた……これは、僕が大学生になってこのデパートと疎遠になった頃の出来事だ。

地元の記憶なんて、離れてしまえばこんなものなんだろうか。

少し寂しく感じながらも、僕は三階に向かった。


554 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 03:42:43.55 ID:Jeuh38tIO
何年ぶりに訪れたオモチャ屋の雰囲気は、あまり変わったような気がしない。

プラモデルの箱が積み重なり、パズルやルービックキューブなどの時代を感じるオモチャ……。

そしてお店のモニターに映っているのは、ドットで描かれた懐かしい雰囲気のテレビゲーム。

僕(売っている物に時代を感じる)

オモチャは好きだ。

こうして見ているだけで楽しむ事ができる。

足元ではおサルのオモチャがプラスチックで作られた太鼓を叩いている。

背中を白いコードに繋がれながら、一定に太鼓を鳴らしている。

僕「……あ、これ家にあるのと同じだ」

なぜだか嬉しくなった。


556 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 03:49:44.00 ID:Jeuh38tIO
父「何かあったか?」

僕「ううん……何も」

父「欲しい物ないのか?」

僕「うん」

父「……本当に?」

何度も聞いてくる父の心理状態がわかってしまう。

こんな調子ではクリスマスの日に子供になる事も無理なんだろう。

僕「え、えっと。オモチャ屋のチラシに欲しいのがあったから……ほら、前みてた」

父「……ああ、そうかアレか!」

納得したかのように、父さんは僕の手を引っ張ってオモチャを出ていく。

あまり母さんを待たせるのも悪いからだそうだ。


557 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 04:01:23.84 ID:Jeuh38tIO
帰りはエレベーターで一階へ向かう。

父さんが「1」のボタンを押すと扉が閉まる。

今の僕の身長では上のボタンが押せないんだ……地上に着くまでそんな事を考えていた気がする。

ウィン、と扉が開いた。

僕は幅跳びの選手にでもなったみたいに、扉の境目をピョンと飛び越える。

あの床とエスカレーターの僅かな隙間に落ちてしまいそうな……。

僕(トラウマ?)

しかしそんな記憶……大学生の時には確実に無い。

子供心故の恐怖心かもしれない。

僕(デパートの事を色々思い出したせいかな?)

訳のわからない胸の圧迫感が、少しだけ辛かった。



559 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 04:10:01.78 ID:Jeuh38tIO
父「……あ」

外に出る前、父は何かを思い出したかのようにピタリと立ち止まる。

あと数歩で出口なのに。

父「ごめん、ちょっとトイレに行ってくるよ。ここで待ってて」

父は早足に行ってしまう。

子供一人を放っておけるのは田舎町のデパートだからだろうか。

絶対に安全、というわけではないけれども。

僕(……ん?)

辺りを見回すと、来た時には気付かなかったが……

エスカレーターの横にだけ、妙にキラキラした空間がある。

遠くに見ても、ヘアゴムや光った感じのアクセサリーなど……女の子が集まるお店、という感じだった。

僕(何かを買うなら今しかない……)

僕は大急ぎでお店に向かっていく。


560 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 04:19:24.42 ID:Jeuh38tIO
母「ただいま」

父「僕、荷物運ぶの手伝ってくれ」

僕「うん、わかったよ」

僕「……よいしょっと」

運んでいる途中、袋に大量に入っていた料理の食材が目に入る。

前に僕の食べたい物を聞いてメモしていた……そのための食材ばかりだった。

僕の舌はそれだけで、母の料理を思い出す。



561 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 04:22:40.41 ID:Jeuh38tIO
父「これで全部だな。ありがとう」

僕「うん」


父が戻る前に僕はプレゼントを買い……戻ってきた父と合流した。

袋を隠したりはしていなかったが、父は気付かなかった。

聞かれても答えるのが恥ずかしいからそれでいいんだけれど。

僕(問題はいつ渡すか、かな)

クリスマスの日にはもう学校は無い。

来週、二十日から小学校は冬休みに入ってしまう。

僕(……明日彼女にそれとなく聞いてみよう)

もちろんプレゼントの内容なんて秘密にして。

僕はまた彼女を思い出す。

今彼女は何をしているんだろう。

日曜日のせいで、彼女と日記を交換できないのがちょっとだけ寂しい。

僕は手に持っていた小さな紙袋を、クシャリとだけ鳴らした。


562 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 04:33:18.17 ID:Jeuh38tIO
夕焼けはまだ沈みきってないものの、吹いている風はやはり冷たい。

空も少しだけ、早く暗くなりたがっているようだった。

寒空の下では風邪の子一年生が元気に歩いている。

女「もう明後日で学校終わりだね」

僕「冬休みになるだけだよ」

女「でも次会う時は来年だよ?」

眼鏡「あ……ふ、二人に年賀状書くよ?」

僕「ああ、あったねそんなのも」

女「僕ちゃんは書くの?」

僕「……中学生くらいまでは真面目に書いていた気がするよ」

眼鏡「?」

女「絵の具!」

大掃除のためにしっかりと荷物を持ち帰っていた彼女に、ドッ、と脇腹を突っつかれる。

僕「だ、だって……」

こういった時の僕の表情は、多分とても情けなくて、子犬みたいな顔で彼女を見つめていたんだろう。


564 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 04:42:09.71 ID:Jeuh38tIO
眼鏡ちゃんと別れ二人になってから、僕はまた彼女にお説教をされてしまう。

女「だから気軽に喋っちゃダメだってば」

僕「別に気軽になんて……」

女「一回、本当の子供になりきってみたら?」

僕「それをしたら僕は……」

思い出に揺られすぎて、多分もっと泣き虫になってしまう。

誰かが優しくしてくれるだけで泣いてしまうのが、自分でよくわかっていた。

女「……とにかく、気を付けようね。何があるかわかんないんだからさ?」

僕「うん……」

年が変わっても、僕はこのままここにいるんだろうか?

一年したら全てが元通りになっていて……記憶も消えていて。

全部が夢だったりしないんだろうか。

最近、僕はそれに怯えはじめていた。


565 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 04:50:17.47 ID:Jeuh38tIO
女「まあ、学校が終わったらその心配も……」

でも僕には。

僕「……ねえ女」

女「何?」

今はわからない問題に怯えて、悩んでいる暇はない。

僕「クリスマスの日ってやっぱり一人なの?」

女「うん……お母さん今年は忙しいみたいでさ……」

僕「だったら、僕から父さん達に話してさ……」

明日も彼女がこの場所にいるなら、それだけで僕もここにいる。


566 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 04:51:07.51 ID:Jeuh38tIO
女「……いいの?」

僕「うん!」

もしも彼女がいなくなったら……。

女「約束したからね、僕ちゃん!」

いなくなったら?

女「じゃあね、バイバイ!」

……彼女がいなくなったら、僕はどこに行くんだろう?


567 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 05:23:39.15 ID:Jeuh38tIO
先生「はい、では今から通信簿を配りますよ。呼ばれたら取りにきてね」

女「ねえ僕ちゃん」

僕「?」

女「成績表で勝負しない?」

一学期の彼女の成績を、僕は覚えている。

返事は当然……。

僕「負けるからパス」

女「……だって、眼鏡ちゃん」

眼鏡「男子なんだからもっとしっかりしなよ〜」

眼鏡ちゃんもすっかり慣れ親しみ、砕けた様子で僕に話しかけてきてくれる。

僕(一年生の男子ならここで元気に反応するんだろうけど……)


小学校の成績で勝負というのも、何となく不毛な争いと言う感じがしてならない。

女「勝ったら、今年最後の駄菓子屋さんだよ!」

眼鏡「うんうん」

今まさに、目の前にいる彼女たちはその不毛を行おうとしているのだ。


618 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 23:13:54.13 ID:Jeuh38tIO
僕「一人五十円までだからね……」

女「わーい」

眼鏡「わーい」

僕(なんで眼鏡ちゃんまで……)

不毛な戦いをしてから三十分後、僕たちはいつもの駄菓子屋にいた。

字をもう少し丁寧に書きましょう、そしてお片付けをちゃんとしましょう、の二項目がダメだった。

眼鏡ちゃんはもう少し落ち着きましょう。

女は結局パーフェクトだった……。

僕(プレゼント買ったからただでさえお小遣いが無いのに)

女「チョコとガム〜」

眼鏡「あたしはスナックせんべいと、きな粉棒〜」


623 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 23:29:26.89 ID:Jeuh38tIO
眼鏡「本当にいらないの?」


先ほど買ったきな粉棒のおまけが当たり、彼女は連続で五本も当てていた。

そのうちの一本をくれると言い出したのだが……。

僕「あははっ、きな粉苦手なんだ。ごめんね」

眼鏡「む〜……」

最近は眼鏡ちゃんの感情もストレートになってきた。

女「僕ちゃん和菓子系の食べ物苦手だもんねー」

眼鏡「あ……そうなんだ。私もチョコにすればよかったな……」

女「ふふっ」

おかけで、女子同士の妙な連帯感が生まれはじめていた。

僕(休み時間とかよく話しているしなあ)


625 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 23:46:15.59 ID:Jeuh38tIO
女「でも明日からしばらく駄菓子屋も行けないね」

僕「そうだね。ちょっと長い休みだから……」

眼鏡「会うのは来年になっちゃうね」

休みの間にみんなで会って遊ぶという選択肢が無かったのは、僕たちがまだ小学生の男女だったから……そう思う。

僕(それでも彼女とはクリスマスに……)

女「来年もよろしくね、二人とも」

眼鏡「うん、よいお年をね」

僕(えへへっ、クリスマス……)

女「僕ちゃん、聞いてる?」

僕「……えっ? 冬休みの話?」
女「もうっ! 今から人の話をちゃんと聞きましょうって書き足しちゃうよ?」



626 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 23:58:23.72 ID:Jeuh38tIO
僕「これ以上成績にマイナスが付くのは困るよ」

女「ふふっ、三学期で決着だからね」

僕「はいはい」

眼鏡「……もうここだから。じゃあね」

僕「またね〜」

女「バイバイ〜」

僕「ふぅ……」

女「……ね、クリスマスどうすればいいの?」

僕「……」

なるほど、彼女が成績優秀な理由がなんとなくわかる気がした。



627 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/05(木) 23:59:09.59 ID:Jeuh38tIO
僕「夕方、僕が迎えに来るからさ……それで……」

空が曇っている。

空気はこんなに寒いのにも、雪は降りだしそうにない。

僕がホワイトクリスマスを過ごした記憶は……一度しかなかった気がする。

多分それは今年じゃなかったはずだ。

彼女は白い息を吐きながら、僕と笑っている。


631 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 00:14:12.83 ID:ZIrGDsK0O
二十四日、クリスマスイブ。

彼女にとって、学校からは更に離れた場所にある僕の家。

慣れてない小学生には少し大変な距離かもしれない。。

女「ほ、本当にいいのよね?」

僕「うん。母さん達も喜んでいたみたいだから」

女「……なんか、無理にお邪魔しちゃって悪いみたい」

僕「子供らしくしてれば大丈夫だよ」

女「ん……」

家族の団らんの中に上がり込んで、一緒にクリスマスを祝う。

他人には神経質な彼女は、やっぱり気にしてしまっているんだろう。

僕「……」

ムギュッ。

女「ふ……ふぁひ?」

沈んだ顔の彼女の頬っぺたをつねると、モチッとした手触りが指から伝わって来た。

僕「そんな顔したらサンタさん来ないよー」


633 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 00:22:14.70 ID:ZIrGDsK0O
女「ふ、ふぁんたさん?」

僕「そうだよ。笑ってないとサンタさん来ないよ」

女「ん……」

僕「それにその方がテレビだって面白いし……久しぶりに一緒にご飯食べるんだからさ、ね?」

女「そ……そうふぁね!」

僕「うん!」

彼女の笑顔を確認してから僕は手を離す。

無理に僕の手で釣り上げていた口角はそのまま、彼女の笑顔をキープし可愛らしさを作り出している。

僕(よかった。せっかくのクリスマスなんだから……)

僕(やっぱり彼女には笑っていて欲しいな)


635 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 00:37:58.84 ID:ZIrGDsK0O
女「……ありがとうね」

僕「……」

彼女の小さな声は、分厚い雲と木枯らしに吸い込まれて消されてしまいそうなくらいだった。

僕は、優しく彼女の頭を叩いてあげる。

そのまましばらく二人で歩いていたんだ。

車も通らない、開けた景色のコンクリートの田舎道を……。

女「あははっ、頬っぺたつねられたのなんて久しぶりだったよ」

僕「うん、他に掴むところが無かったからさ」

女「確かに、二の腕とかもそこまでプニプニしてないからねー」

彼女の顔から少し視線を落としてみる。

僕(ペッタンコとはいえ掴むわけにいかないしなあ……)

女「なーに?」

僕「な、何でもない。早く行こうよ、暗くなる前にさ」


639 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 00:54:00.91 ID:ZIrGDsK0O
母「いらっしゃい女ちゃん」

女「お、お邪魔します。今日はお招き頂きありがとうございます」

母「ゆっくりしていってね。じゃあ僕、居間に連れていってあごて」

僕「うん。さ、あがって」

女「はい」

途中洗面所に寄り、二人手を洗う。

女「僕ちゃんのお家って広いんだね」

僕「そ、そうかな? この辺は田舎だからさ。土地の価値も違うと思うからそのせいだよ」

自分でも何を言っているのかよくわからない。

洗面所の鏡に映る彼女の顔。

下を向いて丁寧に手を洗っている。

クリスマスの日に彼女がここにいる……一年で、そんな不思議な経験を何度しただろうか。

僕「い、いこうよっ」

女「……うん!」

僕たちの長いクリスマスが始まる。


641 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 01:07:30.79 ID:ZIrGDsK0O
すでに炬燵テーブルの上にはお寿司やフライドチキンなど、クリスマス向けの料理が並んでいる。

父「やあ、いらっしゃい」

妹「あ、おねーちゃんだー」

女「お邪魔します」

僕「……」

部屋の中は石油ストーブがゴウゴウ音をたてて部屋を温めるのに一役買っている。

熱に包まれている僕は、他の何よりもテーブルの上の料理に目を奪われてしまっている。

……こんな感じの料理をクリスマスには食べていた気がする。

僕「クリスマスにお寿司なんて……懐かしいなあ……」

父「ん? ああ、最近寿司なんて食べてなかったからな」

女「ほ、ほら僕ちゃん。早く座ろうよ!」

そんなに気にしすぎなくても大丈夫だよ。

……そう言う前に、僕は炬燵に足を入れ暖かみを楽しんでいた。


643 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 01:18:39.39 ID:ZIrGDsK0O
妹「おねーちゃんとなりー」

女「わ、ふふっ。可愛い」

母「あらあら」

いつの間にか、母もこの空間に加わっていた。

料理は全部並んでいるようなので、あとはそれを食べるだけ。

父「じゃあ、みんな揃った所で……いただきます」

僕「いただきます」

女「いただきます」

早速お寿司を一口。

僕(玉子……うま)

母「美味しい、女ちゃん? と言っても買ってきたお寿司とチキンだけどね」

母の笑顔が柔らかい。

女「とても美味しい……です」

彼女の口元はほころんでいる。

まだぎこちなさはあったかもしれないけれど、クリスマスに見せてくれた彼女の笑顔だった。


644 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 01:28:45.23 ID:ZIrGDsK0O
父「……はい、妹。お茶」

妹「ありがとうー」

母「僕ちゃん、隣なんだから気を利かせなさい。テレビばかり見てないで」

僕「んー……」

テーブルを囲む僕の左隣、妹をはさんで女がいる。

僕はテレビを背にしていたので、画面を見ているとどうしても周りに目が行かなくなる。

テレビでやっている、クリスマスだよドラえもんスペシャルが……僕をとらえて離してくれないのが悪いんだ。

僕(声が変わるのはこれから何年後だっけ?)

母「ほら、テレビばかり見てないの」

妹「ドラちゃーん」

はしゃぐ妹の姿は可愛い。

女「よしよし」

彼女より更に小さな妹を撫でる彼女も、可愛い。

僕(……暖房、あついのかな)

何だか今日は、よく汗をかく気がした。


645 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 01:40:38.83 ID:ZIrGDsK0O
女「あ、ケーキ!」

ご飯も一段落した頃、母親がケーキを台所から持ってくる。

母「大丈夫? お腹いっぱいじゃない?」

僕「たくさん食べないと成長しないよ」

女「僕ちゃんもねー」

痛み分けか、やるな女。

女「……」

僕「……うぎゅっ!」

女「あら、どうかした?」

僕(テーブルの下でミニ踵落としなんてするなよ……)

僕「はいはい、負け負け」

女「……くすっ。莓一つでいいよ」

僕(蹴られた上に莓まで?)


646 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 01:52:38.17 ID:ZIrGDsK0O
妹「いちごーいちごー」

女「妹ちゃん食べたい?」

妹「すきー」

女「おーちゃんが妹ちゃんに莓くれるってー」

妹「いちごー」

僕(……勝手にしてくれ)

僕「いいよ、僕莓なんて嫌いだから」

女「くすくすっ?」

僕「……?」

僕「……あ」

大学時代、彼女と行った喫茶店で莓パフェを頼んでいた記憶が蘇る。

女「おーちゃんて莓嫌いだったんだねー」


647 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 02:02:43.66 ID:ZIrGDsK0O
共通の記憶を持っているというのが、何とも厄介だ。

でも……。

女「はい、妹ちゃんあーん」

妹「あーん」

女「私も、いただきます」

女「……ふふっ」

僕「うん……ね」

同じ事を考えて含み笑いができる、それも記憶のおかげなら。
僕は彼女との昔に感謝している。

僕「ケーキ、美味しい?」

女「うん、とっても」

僕「……僕も」

一口、クリームとスポンジだけのケーキを口に運ぶ。

僕「ああ、美味しいや」

食べる前からわかっていた。

彼女が僕と一緒にケーキを食べている、それだけで美味しいのは当たり前だ。


650 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 02:08:38.21 ID:ZIrGDsK0O
女「僕ちゃんて本当に美味しそうに食べるよね」

母「僕はたくさん食べるの。だからご飯も作りがいがあってね」

父「将来大きくなってほしいからな、みんなともどんどん食べなさい」

妹「はーい」

女「ありがとうございます」

僕「……ごちそうさまでした」

腹具合も落ち着き、夜は九時を過ぎでいる。

そろそろ彼女の母親が迎えに来る頃だけれども……。

僕(もしかしたら、遅れるとは言ってたけど)

女「……」

僕(まだ来ないみたいだな。少しだけ眠い……)

妹「ねむー」

女「私も、ちょっと……」

母「お母さんが来るまで眠っている?」


653 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 02:22:44.29 ID:ZIrGDsK0O
女「で、でも悪いですよ……」

母「来たら起こしてあげるから、ね?」

僕「僕は寝る……」

一人でさっさと隣室への仕切り襖を開ける。

妹「んー」

妹もあひるの子。

母「ほら、女ちゃんも」

女「は、はい……」

……。


654 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 02:27:27.05 ID:ZIrGDsK0O
暖房熱からは遮断された空間……。

子供が三人、体を小さくし、布団にくるまって眠っている。

僕、妹、女……眠っている瞬間は僕たちは無邪気なんだと思う。

何も考えず、腕を伸ばした先に彼女の手があったから。

僕は暖かさが残る彼女をギュッと握りしめた。

彼女は……もう寝ているのかわからない。

……。

ギュッ。

すぐに彼女も、僕の手を確かに握り返してくれる。

意識は眠っていて、無意識に握っているだけなのかもしれないけれど……。

僕は暗闇の中でその暖かさだけを感じていた。

石油と赤外線が生み出す熱も、それは全然……。

僕(ぬくもりだ……)


657 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 02:41:53.50 ID:ZIrGDsK0O
僕「……ん」

一時間くらい寝ていたのかな。

僕(女は、帰った?)

女「……」

ギュッ。

僕(よかった……まだいるみたいだ)

僕(……よし)

あらかじめ寝室に置いてあった、僕プレゼントに手を伸ばす。

まっ暗闇でも、目が慣れている。

目的の袋はすぐに手中に。

僕(さて、これを……枕元に?)

僕(いやいや、彼女の家ならともかく僕たち家族の布団に置いても……ね?)

彼女が起きるまで待つしかないのか?

しばらく袋を握りしめたまま、僕は考えていた。


659 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 02:55:56.29 ID:ZIrGDsK0O
気持ち良さそうな寝息が二つ、暗闇の中に響いている。

僕(んー……)

女「くー……」

ボウッとだけ見える彼女はうつ伏せに眠っている。

長く、背中辺りで髪が広がっている。

彼女を優しく、視線でなぞる……。

顔の辺りの髪はまるでベールのように、彼女の顔を覆い隠している。

それを見て思わず僕は……。

僕(綺麗だな……)

そっと、顔から覗いて見えている肌色の部分に触れてみる。

フニッ。

女「ん……」

髪をかき上げ耳に引っ掻けてみると、小さな光に映える頬が全部露になる。

僕「……」

ゴクッ。


661 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 03:08:18.46 ID:ZIrGDsK0O
安心しきって眠っている彼女の横顔。

僕(む、無防備すぎる……)

女「んー……」

僕(お……)

僕(これは、チャンスかもしれない)

眠る彼女の姿を見て僕は閃いた。

今なら彼女に何をしても気付かれないだろうか。

驚かすには持ってこい、だ。

僕(えっと……)

ガサゴソ。

僕(これをこうして……こら、動くな女)

女「くー……」


662 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 03:15:28.30 ID:ZIrGDsK0O
僕(こっちに引っ張って? あれ、間違ってるかな……?)

女「んん……」

僕(……暗くてよく見えないや)

女「んっ……」

暗闇の中で僕の作業は続く。

僕(ここをこうして……むー……)

僕(女の耳……可愛いな)

ツイッ。

女「んんっ……」

僕(……違う違う違う)


663 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 03:37:13.15 ID:ZIrGDsK0O
僕(あとは、ここをしっかりと……)

女「……」

僕(……よし)

暗闇の中の作業が終了する。

僕(これで大丈夫だよね?)

女「んん……」

コロン、と彼女の寝相が仰向けに変わる。

先ほどまで顔を覆っていた髪も今はただ静かに、彼女の横で眠っている。

女「……」

目、唇、頬、首筋……彼女の全てを僕は見つめている。

僕「……」

いつかの日、怪我で寝ていた僕を見守っていてくれていた彼女の姿を思い出す。

僕(ゼラチンだけれども……彼女は僕にキスをしていた)

女「……」

今度は僕が……ちょっとだけ彼女にイタズラをする。


665 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 03:52:08.62 ID:ZIrGDsK0O
チュッ。

彼女の頬っぺに、優しい口づけ。

そのまま僕は。

強く、唇で頬に吸い付いて……。

チゥゥー。

女「んっ……」

僕(付いたかな?)

暗くてよくは見えないけれど、彼女の頬には今日の印が付いたはずだ。

僕(クリスマスだから、これくらいのイタズラいいよね?)

僕(……可愛く寝ている彼女が悪いんだ)


666 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 03:57:04.45 ID:ZIrGDsK0O
仕返しができて、僕は一人で悦に浸っていた。

妹「くーっ……」

女「……」

暗闇の中には相変わらず、妹と彼女の小さな寝息が……。

女「……」

女「ねえ?」

僕「!」

女「もしかして私にキスマーク……つけた?」


670 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 04:07:30.99 ID:ZIrGDsK0O
暗い、本当にまっ暗な闇。

今は妹の寝息と……僕の心臓の音だけが響いている。

女「ね、聞いてる?」

僕「お……起きてた?」

声が震え、額から汗が吹き出す。

返事をするだけで僕の心臓はパンクしそうになっている。

女「聞いてるのは私。何をしていたの?」

僕(さっきはキスマークって自分で言ったのに……)

彼女の沈んだ声が、部屋を一層暗くしている。

僕「ほ……頬っぺたを吸っていただけだよ」

女「ふーん。その前は?」

僕「え? べ、別に変な事なんてしてないよ!」


671 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 04:16:48.28 ID:ZIrGDsK0O
女「髪の毛触ったり、耳をいやらしく触ったり……色々してたんじゃないの?」

ドッキ……!


僕(こいつは……)

おそるおそる、僕の口は彼女に答えを求めていた。


僕「もしかして、ずっと見てた……?」

見てた、という表現は変かもしれない。

女「うん。起きてたよ」

僕(やっぱり)

僕「どの辺りから?」

女「んー、髪の毛をわしわしってされた時くらいから」

僕(ほぼ最初からじゃないか……)


673 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 04:23:48.13 ID:ZIrGDsK0O
僕「あ、あのさ……」

女「よいしょ……」

僕が何かを言う前に、体を起こした彼女は、座りながら僕と向かい合う形になる。

女「さて、僕ちゃんは私の髪の毛に何をしてたのかな〜?」

彼女の両手が後ろ髪を撫でている。

女「ん、あれ? これ……リボン?」

僕「う、うん」

女「これを結んでたんだね。でも、何この結び方?」

僕「……ール」

女「ん?」

僕「ポニーテール」

女「……」


674 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 04:28:38.74 ID:ZIrGDsK0O
僕「最初は、プレゼントでリボンをあげるだけだったんだ。でも寝ている女の髪の毛を見ていたら……」

女「ムラムラしちゃった?」

僕「へ、変な風に言わないでよ。結びたくなっただけ」

女「へえ。僕ちゃんポニーテールが好きなんだ?」

僕「普段ずっと髪型ロングのままだからさ。ちょっと、もったいないって思って……ごめん」

女「……」

僕は小さく頭を下げる。

何に謝っていたのかはわからないけれど、僕はただ布団と彼女の足下だけを見つめている。

女「ふぅ……」

女「あのね、これじゃあポニーテールじゃなくてただの一本縛りだよ?」

僕「えっ?」


675 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 04:37:49.60 ID:ZIrGDsK0O
女「後ろ縛りっていうか……ほら、首の後ろが全然出てないでしょ?」

背中を僕に向けた彼女の首は、長く垂れた髪の毛に隠されている。

女「ポニーテールの場合は……あ、これ外しちゃっても平気?」

僕「う、うん」

シュルリと布が髪を撫でる。

布の長さを感じる事ができる音が心地よい。

女「首をちょっと仰け反らせて、こうして髪を集めるの」

僕「さっきより……まとまってる気がする」

女「髪って結構強く引っ張らないとダメだからさ。僕ちゃん、さっきのだと弱すぎ」

僕(女の子の髪の毛事情も、難しい……)

彼女は慣れた手付きで髪の毛を束ねていく。

薄暗さの中でも、僕はそんな彼女の後ろ姿に見とれてしまう。


676 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 04:52:29.15 ID:ZIrGDsK0O
女「リボンだとちゃんとキツくして……はい、できたよ」

僕「うん……」

寝癖のためか、少しだけくせっ毛になっている彼女のポニー。

それでも、僕が結んだ形より美しいのは当たり前か。

女「……このリボンを、私に?」

背中を向けたまま、彼女は僕に話しかけてくる。

僕「……サンタさんにはなれなかったけど」

女「私、何にもプレゼント用意してないよ?」

僕「……」

彼女の後ろ姿と、揺れている黒髪。

華奢な背中と細い首筋、チョコンと座る可愛さ……。

とにかく僕は彼女の全てに負けてしまって……。

僕「女っ……」

女「あ……」

瞬間、彼女を後ろから抱きしめていた。


677 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 05:01:46.56 ID:ZIrGDsK0O
彼女は、拒否をしない。

そのまま体をくっつけて。

彼女の体温を感じている。

女「……」

僕「こ、これがお返しじゃあダメかな?」

女「くすっ……こんなのでいいの?」

僕「こんなのなんかじゃないよ。僕にとってはすごく嬉しい」

女「んっ……」

キュッ。

僕の腕を、彼女の両手が優しく包む。

抱きしめて、握りしめて。

部屋の空気の冷たさと……寒さの中で見つける事ができる暖かさを、僕たちは感じていた。

女「あったかいね……」


679 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 05:05:10.77 ID:ZIrGDsK0O
僕「ねえ、女」

女「ん……?」

僕「首にもマーク、つけていい?」

女「目立ったら嫌だよぉ……」

彼女の声がなんだか甘い。

僕「だ、大丈夫だよ後ろにつけるから。リボンをほどけば隠れるよ?」

女「くすくす。僕ちゃんからのプレゼント、外しちゃっていいのかな?」

僕「う……」

僕は何かと彼女に遊ばれてしまう。

それはクリスマスも変わらない。

多分、これからもずっと。


681 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 05:15:41.22 ID:ZIrGDsK0O
女「……くすっ、いいよ」

僕「えっ?」

女「虫刺されとか、掻いた痕って誤魔化せば大丈夫だよ。学校も無いしさ」

僕「冬に虫はあまりいないじゃん……」

女「……今から虫みたいに私にチュウするのは、どこの誰かな?」

僕「……!」

その言葉をスイッチに、僕は彼女の首筋を甘噛みし始める。

女「も、もう少し後ろ……!」

僕(もう吸っちゃったから)

チゥゥゥ。


682 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 05:22:38.46 ID:ZIrGDsK0O
僕(うなじ、首筋。もう一度うなじ……)

女「ん……」

夢中で、僕は彼女に吸い付いていた。

それこそ血を求めている小さな吸血鬼みたいに……。

チュッ。

女「ふぁ……」

……。

……。

ガラッ。

母「女ちゃん、お母さん迎えに来てくれたわよって……あら?」

女「す、すーっ……」

僕「く、くー……」

母「抱っこなんかしちゃって。本当に仲がいいんだから、ふふっ」

母「ほら、起きて女ちゃん。女ちゃん」

ユサユサ。


685 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 05:30:40.45 ID:ZIrGDsK0O
女「ん、んんー……お母さんがー……?」

僕(お、演技がうまい)

母「ええ、玄関で待ってるわよ」

女「は、はーい」

フラフラした足取りで、母と彼女は扉の向こうへ歩いていってしまう。

僕(これで……クリスマスも終わりかな)

そう思いまた暗い天井を見つめている。

……。

ガラッ。

僕「?」

女「忘れ物したって言って、ちょっとだけ」

ひそひそ声の彼女。

自然と僕の声も小さくなってしまう。


686 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 05:41:50.12 ID:ZIrGDsK0O
僕「わ、忘れ物ってリボン?」
上半身を起こし、逆光に立つ彼女を見つめる。

しかし僕のプレゼントは彼女の髪に巻かれたままだ。

女「ううん……」

女「キスマーク」

膝を崩し、僕の前で四つん這いになる彼女……。

女「んっ……」

チュッ。

僕の唇と彼女の唇が、冷たい空気を閉じ込める。

僕「!」


688 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 05:44:16.37 ID:ZIrGDsK0O
チュッ。チゥゥー。

唇は、さっきから僕を乱暴に吸っている。

僕(そんなに吸っても……)

そこにはキスマークなんてつかないのに……。

『そんな事、知らない』

彼女に何かを聞いても、きっとこう言われるんだろう。

それくらいに、彼女の唇は僕を……。

僕をまだ、冷たい空気には触れさせてくれない。


689 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 05:51:04.06 ID:ZIrGDsK0O
女「……ぷは」

ようやく唇が離れた後、彼女はわざとらしく息を吐き出している。

女「ついたかな?」

僕「ここにはマークなんてつかないよ?」

女「そうだっけ? 小学生だから知らないや」

そうしてまた彼女は……。

僕(優しく、小さくて笑って……僕にさよならを言うんだ)

女「ふふっ……じゃあ、またね。今日はありがとう、おやすみなさい」

女「よいお年を」

ありったけの挨拶を僕にしてくれた後、彼女は立ち上がりくるりと背中を向ける。

光に揺れるポニーテールが可愛らしい。

僕「また、ね。お互い……よいお年を」

女「うん!」

彼女は元気に光の中へ消えていった。


690 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 06:01:23.93 ID:ZIrGDsK0O
僕(……)

彼女が帰った後、僕はすぐに眠気に襲われた。

僕(ああ、これはきっとサンタさんが来る時の眠気なんだ……)

何となく、そんな予感がしていた。

「……かな?」

「だいじ……と」

誰かが扉を開けて、僕の枕元にプレゼントを置いていった。

僕がそれに気付いたのはイブが終わった次の日の朝だったから……。

僕の意識は、あの後すぐ眠りに落ちていったんだと思う。

新しい記憶の中で、僕はまたサンタクロースに会う事ができた。

少し大人な記憶も残ったクリスマスだけれども……僕はきっと忘れない。

それは彼女も多分同じ。

今日が忘れられない日になっているだろう。


691 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 06:13:26.18 ID:ZIrGDsK0O
女「えへへ……」

帰りの車の中で、私は一人ご機嫌だった。

ううん、ご機嫌なのは多分二人?

今は側にはいないけれど……きっと同じ気持ちを抱きながら眠るはず。

女母「そんなに笑うほど、楽しかった?」

女「うん! ご飯とケーキを食べて、僕ちゃんにはプレゼントも貰ったの!」

女母「そう、よかったね」

改めて、彼から貰ったリボンを手に取ってみる。

色合いは黒をベースに、白いラインが外周を覆わっている。

アクセント程度にヒラヒラが付いているが、低学年の女の子がするには何処か大人っぽい印象を受ける。

女(大事にするから……ね)



692 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 06:18:48.14 ID:ZIrGDsK0O
リボンを確認するついでに、首筋をサイドミラーに写してみる。

女(うわっ、真っ赤だ……吸いすぎバカ)

女(……ま、いっか)

女(早く、冬休みが終わらないかな。交換日記、また新しいノート買わなきゃね)

自分がノートを持っているから、休みの間は彼の日記を何度も読み返そう。

今日の事も日記にして、休みが終わったらたくさん、たくさん彼に伝えたい……。

そんな事を考えながら、私はずっと夜の道を見つめていた。

車の通らない静かな道をずっと……。

このずっとが、ずっと続けばよかったのに。


694 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 06:25:01.97 ID:ZIrGDsK0O
……変だ。

なんだか空気が重く、濁っている。

女「……」

チラリと運転している母の方を盗み見する。

母はなんだか、何かを迷っているような表情で車を運転している。

女(またお店で嫌な事があったのかな? それとも……)

女母「……」

母に質問する事は出来なかった。

それを聞いてしまったら、よくない事が起こりそうで……。

私はただひたすら、早くお家に着いてほしいと、そう願っていた。

女「……」

……。


695 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 06:29:17.72 ID:ZIrGDsK0O
キキーッ。

十字路の交差点。

赤信号に私たちは足止めされてしまう。

周りには車も、建物の明かりもなにも無い。

道路の真ん中にある私たちの車と、ただ赤く光っているだけの信号。

この時間、この空間だけが……なんだかクリスマスの夜から取り残されてしまったような。

そんな感覚。

女母「……ね」

母が小さく口を開く。

小学生の私より、か細くて弱々しい声で。

女「……」

私は声を出す事が出来ない。

信号は、変わらずに私たちをその赤い目で睨んでいる。

何だかとても怖かった。


696 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 06:36:05.42 ID:ZIrGDsK0O
女母「学校は楽しい?」

女「……うん」

僕ちゃんがいるから。

女母「お友達とはうまく行ってる?」

女「うん」

僕ちゃんがお友達だから。

女母「今日は……楽しかった?」

女「僕ちゃんとクリスマスを過ごせたから、楽しかったよ」

女母「……そう」

女母「ハァ……」

母は大きく、深くため息をつく。

女母「……ごめんね」

何を謝っているのか、私にはわからない。


697 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 06:40:57.31 ID:ZIrGDsK0O
何かを思い詰めているのだけはわかるけど。

それも私に謝るような……私に影響するような事。

女(あ、信号が青になる……)

やっと消えてくれた。

その赤が私の事を見なくなった瞬間。

母が申し訳なさそうに私に言葉を発した。

女母「来年になったらね」

女母「お父さんの所に行く事になっちゃったの」


……私が僕ちゃんの前からいなくなる。


698 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 06:47:22.04 ID:ZIrGDsK0O
布団の中で私は大泣きした。

この一年で体験した、どんな寂しさよりも寂しかった。

悲しかった。

悔しかった。

彼の事が……愛しかった。

女「なんで……どうして……」

女「嫌だよ、お父さんがこっちに来ればいいじゃん……」

女「また向こうに戻って過ごすなんて嫌だよ。もう僕ちゃんの優しさを知っちゃったから……嫌だよ……」

女「ぐすっ……う、うわあぁぁん……ずすっ……」

何を言っても、母には無駄だった。

女「知らないよ、家の権利なんて……契約の問題なんて……」

女「私知らない。だから子供のままここにいる……」

女「ずっと僕ちゃんと学校行くんだもん……」


699 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 06:55:46.09 ID:ZIrGDsK0O
女「う……ううっ……」

女「うわあぁん……」

子供みたいに、何も考えずに引っ越しをするだけだったらどんなに気分が楽だったか。

記憶と思い出の二つが邪魔をする。

女「リボン……リボン……せっかく貰ったのに」

女「交換日記だって……眼鏡ちゃんの恋愛相談だって……」

女「私、またあの場所に戻るの?」

女「う……ううっ……」

嗚咽で言葉にならない。

クリスマスの嬉しい気持ちは、全部どこかに落っことしてしまった。

彼から貰った大切な心も、本当に全てを。

私は無くしていた。


700 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 06:59:53.73 ID:ZIrGDsK0O
……。

シュルッ。

私はその日、リボンを左手の薬指に巻き付けて眠った。

こうしていると彼が一緒にいる。

そんな気がした。

私は眠る。

涙の冷たさに凍えながら。

ただ一つ、形に残った彼からの贈り物を抱きしめて。

キュッとリボンに口づけをして……。

気持ちが凍死してしまわないように……眠った。



今日のクリスマスを、私は一生忘れる事が出来なかった。



746 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 22:12:13.65 ID:ZIrGDsK0O
父「僕、年賀状が来てるぞ」

元旦、コタツで丸まっている僕。

父からの年賀状と言う言葉で姿勢をテーブルの上に向ける。

こうして起き上がったのは何時間ぶりだろう。

僕「眼鏡ちゃんに、女から……ね」

他にも友人から何枚か届いていたが、僕の注目はその二枚に集まっている。

僕「眼鏡ちゃんからは……」

年賀ハガキいっぱいに、今年の干支と思われる動物が手書きのイラストで載っているのだが。

僕「なんだか馬と牛が交ざったような……?」

ぱっと見牛鬼のような印象を受ける。

一年生の女の子にしては珍しいくらい下手だが、これはこれで味がある気がする。

長く見つめていると、なかなか愛敬のある生き物に見えてきた。


747 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 22:19:16.15 ID:ZIrGDsK0O
イラストの横には、やや整った字でこう書いてある。

眼鏡『あけましておめでとう。来年もよろしくおねがいします』

ああ、年賀状っぽい。

僕(さて女からの年賀状は、と……)

数枚あるハガキの中から、見覚えのある彼女の名前を探す。

あった。

僕はその一枚を手に取り、早速裏面を確認する。

こちらはしっかりと干支が印刷されたプリントハガキだった。

こだわりがある訳でもないので、あまり気にしないが。

僕(干支よりさ……)

空いたスペースに書かれた彼女からの言葉の方が、やはり僕には気になる。


749 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 22:33:27.33 ID:ZIrGDsK0O
女『あけましておめでとう』

うんうん。

女『去年と、クリスマスの事は忘れないからね』

……うん?

文字はたったのこれだけだ。

僕(スペースが無くてあまり書けなかったのかな。てっきり駄菓子屋の事とか)

僕(もっと色々な事を書いてくるかと思ったんだけどな)

普段の交換日記の長文に慣れているせいだろうか。

年賀状の中の彼女がとても無口な女性のように思えた。


あと二週間で学校が始まる。

そして年明けは、家族で親戚の家に遊びに行く事になっている。

僕(……ま、学校で会えるか)

彼女からの言葉の意味も考えずに……僕の冬休みは過ぎていった。


751 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 22:43:37.21 ID:ZIrGDsK0O
二週間後。

久しぶりの外の空気は、なんだか冷たい。

僕は学校に行くため一人で道を歩いていた。

僕「……さぶっ」

僕の歩く通学路は、彼女の家の前を通っていない。

学校への道のりはいつも一人。

たまに他の友人とも登校はするけれど……今日は通学路なのに誰とも会わない。

僕(登校する日を間違えたかな?)

途端に不安になってしまう。

僕はこのまま、急いで学校に向かう事にした。


752 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/06(金) 22:56:49.80 ID:ZIrGDsK0O
「おはよう」

男「お、おはよう」

学校に着くと、久しぶりのクラスメートが僕に挨拶をしてくれる。

僕(よかった、学校は普通にあるみたいだ)

ほっと一安心。

その気持ちのまま、僕は自分の机に向かう。

女「あ、おはよう僕ちゃん」

僕「おはよ」

ああ、やっぱり笑顔の彼女がいる。

女「久しぶりだね」

ランドセルを片し、机の上をまっさらな状態にする。

僕はそのまま机に突っ伏して彼女の左頬を見つめる。

僕(マークは残って……ないよね)

三週間はさすがに残ってくれないみたいだ。

僕はまた、ただボーッと彼女を見つめている。


763 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 01:57:48.62 ID:fOEwqNEFO
僕(今日から三学期かあ)

眼鏡「あ、僕ちゃんおはよ」

僕「おはよう、眼鏡ちゃん」

眼鏡「年賀状届いた?」

僕「あ、うん」

眼鏡「僕ちゃんお返事くれないからさ。心配しちゃったよ?」

僕は誰にも年賀状の返事を書いていない。

僕「筆不精なんだよ僕は」

眼鏡「ふ……ふで、なに?」

女「怠け者って意味だよー」

横から女が口を出す。

僕(ちゃんと交換日記の返事は書いているじゃないか……)


766 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 02:11:29.56 ID:fOEwqNEFO
僕「じゃあ日記も怠け者になっちゃおっかなー。お返事書けないね?」

ほんの冗談のつもりで、彼女に笑ってみる。

女「ん……」

いつもなら笑顔で言い返してくるはずの彼女が、いない。

女「……いいよ、別に」

僕「?」

女「眼鏡ちゃん、おトイレ付き合って」

眼鏡「え、あ……」

僕(……怒ったのかな?)

冗談は全部返してくれると思っていた僕は、彼女の態度に少し戸惑ってしまう。

僕(後で謝ればいっか。日記にもちゃんと書いてさ……うん)

……。

しかし、その戸惑いも放課後には忘れてしまう。

彼女の口からお別れを告げられたせいで、僕は今の感情を全部忘れてしまったんだ。


767 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 02:18:22.18 ID:fOEwqNEFO
帰り道。

一緒に歩いているはずなのに、僕と彼女の距離は遠い。

眼鏡「そっか、転校しちゃうんだね」

女「うん。お母さんのお仕事の都合でさ。多分三月にはもう……」

眼鏡「お引っ越ししてもずっと友達……だよ!」

女「うん!」

眼鏡ちゃんは、目の前で話している彼女の言葉がわかっていないのか。

僕(彼女がここからいなくなるんだぞ……)

元気でいてね、と笑いながら挨拶をする事なんて僕には出来ない。

僕(日記はどうするの? お祭りの約束だって。夏の花火、まだ一緒に見ていないのに)

僕(来年のクリスマス、お正月。年賀状ちゃんと書くからさ……だから……)

言いたい事はたくさんあった。

でも僕は、何も言えない。


769 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 02:25:34.48 ID:fOEwqNEFO
眼鏡「じゃあまたね」

眼鏡ちゃんが別れ、僕たち二人だけの時間が訪れる。

僕はさっき思った事を彼女にぶつける事はできないんだ。

引っ越しは彼女の意志じゃない。

彼女に約束の事を話しても、笑顔になってくれないんだろう。

僕(女だって帰りたくないはずなんだ……)

女「……」

僕「ね、ねえ。三月までこっちにいるの?」

彼女の家までそんなに距離はない。

僕は思いきって話しかけてみる。

女「……二月には、向こうに行っちゃうかも。学校行く理由も無くなっちゃうからさ」

校舎の中では笑顔を作っていた彼女も、今はもう。

冬が終わってもまた冬が来る。

そんな顔をしながら僕と歩いている。


771 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 02:36:54.01 ID:fOEwqNEFO
僕「じゃあ……あと二週間くらいで?」

女「うん」

そっけ無い彼女の返事。

女「来週には先生から話してくれると思うよ。早かったらその時から……」

僕「日記は?」

女「……」

女「私が全部貰っていい?」

冷たい返事をしても、彼女は彼女だった。

僕の事が嫌いで離れていくんじゃない……だから余計に寂しかった。

女「ま、知っている街に帰るんだから寂しさはそこまで無いけどね?」

精一杯、無理な笑顔でいる彼女を見て、胸が締め付けられる。


772 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 02:38:16.12 ID:fOEwqNEFO
彼女が帰る場所を、僕は知っている。

大学がある街の、昔彼女が住んでいた場所。

記憶の場所とぴったり重なる。

女「また、同じお家になっちゃった」

彼女はそこからもう一度人生をスタートさせる。

そして僕はこの場所に残る。

変な形だが……記憶の中の未来に繋がるような配置になったのだろうか?

僕にはこれからの未来なんて何一つわからないけれど。

大好きな人が遠くへ行ってしまう。

これだけは確実な未来のようだ。

僕は、この記憶を思い出す。


773 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 02:43:51.16 ID:fOEwqNEFO
四年生になった時の事。

僕には好きな子がいた。

今思えばそれが……初恋だった。

両思いだったとか、付き合ったとか特別な話はないけれども。

僕は彼女の事が大好きだった。

しかし、その彼女も次の学年に上がる頃には転校してしまった。

僕の初恋は、そんなだった。

告白する事も特別に話しかける事も無く、ただ彼女との別れを寂しがっていた。

目の前にいる女とは状況が違うかもしれないけれど……。

僕にはそんな記憶もあったんだ。

僕(彼女が遠くなってしまう)


775 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 02:50:50.15 ID:fOEwqNEFO
女「……ね。日記の事なんだけどさ」

家に着く前に、彼女が思い出したように話しかけてくる。

いや、ずっと話そうとしていたのかもしれない。

僕「明日僕が取っておいてあるノートを持ってくるよ」

女「ううん、そうじゃなくて……」

僕「?」

女「向こうに行っても、私にお返事書いてくれる?」

僕「日記の?」

女「違うよ。ほら……お手紙。文通しようよ?」

僕(文通……)

女「日記とはペースも変わるけどさ。電話より手紙の方がいいかなって思うし……」

彼女は、色んな方法で僕と繋がっていく方法を考えてくれたに違いない。

その答えが文通という事なんだろう。

僕は数ヶ月後から、郵便局にせっせと通う事になる。

これも新しい記憶だった。


776 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 02:59:01.38 ID:fOEwqNEFO
先生「じゃあ……最後に女ちゃんから挨拶して」

女「はい。今日は私のためにお別れ会までしてくれてありがとう。みんなの事は忘れません」

空いた午後の時間を使って、教室では彼女のお別れ会が開かれていた。

女「みんなから貰ったこの寄せ書きも大切にします」

女「ありがとう、みんなも元気に頑張って下さい。私も頑張ります」

パチパチパチ。

一週間後に彼女は引っ越してしまう事に決まった。

まだ暖かい風も吹きそうにない、二月の真ん中辺りだった。

出発はちょうど日曜日だったので、僕は一人彼女を見送る事にした。

悪いけど、今回だけは眼鏡ちゃんには内緒。

一人、朝の町を駆け抜けた。


777 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 03:16:54.14 ID:fOEwqNEFO
女「あ……」

いた。

彼女は家の前に立っていた。

少しうつ向いていて……手を上品に前の方で交わせながら、僕を待ってくれていた。

僕「よかった、間に合った」

女「うん。まだお父さん来ないみたいだから」

僕「ん……あ、リボン。ちゃんとしてくれてるんだ」

彼女の頭には、僕がプレゼントであげたリボンが結ばれている。

しっかりとポニーテールに結んでくれているのは、僕のためだろうか。

女「えへへっ、大事にするからね」

僕「うん……もう見られないのかな、女のポニーテールも」

そう考えると、また新しい寂しさが生まれてくる物だ。

まじまじと彼女の髪を見つめている僕がいる。


779 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 03:26:06.83 ID:fOEwqNEFO
女「髪型、変じゃない?」

僕「う、うん。綺麗だよ、すごく似合ってる」

女「ふふっ、ありがとね」

……。

これで彼女が遠くに行ってしまうというのに、僕たちの話し声はとても淡々と。

日曜日の午後、まるでこれから一緒に遊ぶ約束をしているかのような……。

そんないつもの二人。

僕(いつもじゃないのに……)

女「最初のお手紙は私から書くからね」

僕「う、うん。あのさ……誕生日には……!」

女「誕生日? 僕ちゃんの?」

僕「ううん、女の……誕生日」


780 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 03:31:05.92 ID:fOEwqNEFO
僕「うん。誕生日にはちゃんとバースデーカードを送るよ!」

女「……それってサプライズのつもり?」

僕「あ……」

言ったらサプライズにはなりはしない。

女「ふっ……あはははっ。そんなに楽しませてくれなくっていいんだよ僕ちゃんは!」

僕「は、ははっ。やっぱり最後は笑顔でいないといけないからさ」

彼女は泣いていない。

僕(どうして彼女はこんなに笑顔でいられるんだろう……)

彼女が車で走り去ってしまった後でも、僕が二年生になってからも……。

彼女が笑っていた理由はわからなかった。


781 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 03:50:09.56 ID:fOEwqNEFO
三月の終わり……春休み。

約束通り、僕は彼女へのお手紙とバースデーカードを一枚。

それを握りしめて、嬉しそうに郵便局に向かっていた。

今日手紙を出せば四月の誕生日には彼女の手元に届く。


僕(彼女もそれが楽しみだと言ってくれていた……それだけで僕も頑張れるから)

淡いピンク色の封筒を握りしめて、僕は走り出す。

この手紙が君に届きますように。

遠い場所で僕を感じて……またいつもの笑顔になってくれますように。


783 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 04:06:57.66 ID:fOEwqNEFO
先生「みなさん、さよなら。気をつけて帰ってね」

眼鏡「ねえ僕ちゃん、一緒に帰ろうよ

二年生になった日、そう声をかけてきたのは彼女だった。

僕「ん、そうだね。女ちゃん……」

眼鏡「?」

僕「ううん、なんでもないや」

このクラスにいない人間の名前を呼んでも虚しいだけ。

眼鏡「じゃあいこう僕ちゃん〜」

彼女と帰る理由は特になかったけれど、僕は彼女と一緒に歩き出したんだ。

彼女のいない放課後。

僕は、やけに広く感じる田舎道を歩いている。


784 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 04:18:08.82 ID:fOEwqNEFO
眼鏡「駄菓子屋寄ってく?」

僕「……今日はいいや」

眼鏡「そう……」

二人だけで歩く時間に、なんだか慣れない。

彼女がいないだけでこんなにも時間が長く感じる。

眼鏡「あ、あたしここだから。バイバイ」

僕「うん、またね」

思えば彼女と話していた記憶はあまり無い。

一年間、女とばかり話していた気がするよ。


785 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 04:18:48.70 ID:fOEwqNEFO
僕「……」

しばらく歩くと、見慣れた彼女の家が見えてくる。

中に人がいる様子は無い。当たり前だ。

僕(呼び鈴を押したら彼女が家に)

僕(……いるはずもないか)

僕は明日から、遠回りのこの道を通る事は無くなった。

誰もいない彼女の脱け殻を見るのは、やっぱり寂しかったから。

僕は今日一緒に帰った彼女の気持ちに気付く事もなく……小学校を卒業した。


787 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 04:27:45.90 ID:fOEwqNEFO
中学生になった僕たちは、新しい制服という格好に身を包んでいた。

久しぶりの学生服の感じが、僕の体と心を締め付ける。

僕「なんだかんだで……中学生ね」

僕が記憶を持ったまま一年生になってから、六年が過ぎた。

女がいなくなった地元から、僕は逃げ出す事もできず。

大学生として過ごしていた昔に戻る事もできないでいた。

僕(このまま僕は……)


790 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 04:40:34.95 ID:fOEwqNEFO
あれから、僕は時間や記憶に関する本を読み漁った。

と言っても漫画や小説がメインだけれども。

僕(未来から来た子、過去に時間が戻った物語……記憶を残している主人公)

そんな主人公たちの気持ちが、今の僕にはなんとなくわかる。

僕(多分彼女も……)

今ごろは制服を着て、彼女も新しい学校生活を始めているんだろう。

その姿を見る事ができないのがちょっとだけ残念だった。

僕(制服にあのリボンは……ちょっと子供すぎるかな?)

彼女とリボンがせめて一緒にいてくれれば、それでいい。

僕は学校が変わっても、ずっと彼女の事を想っている。


791 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 04:46:00.86 ID:fOEwqNEFO
僕「……小学校、僕です。みんなよろしくお願いします」

新しいクラスの挨拶。

この中学校のクラスだって八割は名前も知っている。

ここまでの記憶はまだあるようだ。

僕(高校のクラスなんて、九割名前を忘れている自信があるけれど)

……全員の自己紹介が終わる。

記憶通り、眼鏡ちゃんは別のクラスになっている。

僕(記憶がそのまま確かなら……)

僕は二週間後、彼女から話を持ちかけられる事になるはずだ。

僕の記憶……。


792 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 04:57:19.30 ID:fOEwqNEFO
「……あ、君が僕君?」

僕「う、うん」

「へえ……君が眼鏡ちゃんの言ってた、ね?」

僕(確か、彼女は隣のクラスの……)

僕(……今は、忘れた)

「言ってたよ、恋する乙女はつらいって……ねえ?」

僕「で、何か用? 活発ちゃん」
活発「あれ? 自己紹介したっけ?」

僕「……知ってるから」

活発「ふうん、まあいいや。今日辺り、眼鏡ちゃんが電話で、くふふ」

僕(悪いけど、知ってるんだ)

活発「もてる男もつらいよね。じゃあ、伝えたから。頑張ってねー」

……。

足取り軽く、彼女は行ってしまう。

僕(ああ、確かこんな事を言われた気がする)

僕(確か今夜電話があって……)


793 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 05:05:40.39 ID:fOEwqNEFO
……。

ジリリリリ。

ジリリリリ。

ガチャッ。

僕「もしもし?」

眼鏡「あ、も、もしもし……私だけど……」

僕「う、うん」

眼鏡「ごめんね、急に電話しちゃって……」

内容がわかっているとは言え、やはり緊張はする。

眼鏡「あのね、私ずっと、ずっとね……僕ちゃんの事が……」

眼鏡「好き、だったの……」

眼鏡ちゃんからの、二度目の告白。

僕はこの返事を二度断る。

理由は違うけれど……僕が彼女の気持ちを受け入れた事は、小学校から中学卒業の九年間、一度も無い。

僕「……ごめん。僕には好きな人がいるんだ」


795 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 05:22:22.25 ID:fOEwqNEFO
眼鏡「……そう、なんだ」

僕「うん、本当にごめん」

受話器の向こうから感じる十分なくらいの重圧。

今はそれに耐える事ができている。

眼鏡「ねえ僕ちゃんの好きな人って……誰? 新しいクラスの人?」

僕「……ううん。クラスにはいないよ」

眼鏡「じゃあ、仲良くしていたあの先輩?」

僕「先輩でもないよ。同級生の……女」

眼鏡「え、え……引っ越しした女ちゃん?」

僕「うん」

僕の気持ちはずっと彼女に向いている。

遠い場所、文字でしか会話の出来ない僕たちだけど。

電話とは違った嬉しさ、手紙が持っている暖かみが……僕たちの支えであり、繋ぎだった。


797 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 05:31:33.41 ID:fOEwqNEFO
僕「じゃあ、また明日学校で……ね」

僕は無機質に電話を終える。

会えない、見られる事は無いから、と言って浮気のような真似はできない。

僕には彼女の事しか見えていなかったんだ。

僕「……さて、返事を書かないと」

テーブルに広げられた手紙を読み返し、僕は返事を書いている。

もうすぐ今日が終わる頃、僕はそれに封をして切手を貼り付ける。

これをポストに入れて、また一週間もすれば彼女からの手紙がまた返って来る。

唯一彼女を感じる事ができる。

遠くても……僕の心は彼女から貰えるたった一枚の紙に支えられている。



841 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 22:50:33.47 ID:fOEwqNEFO
……。

ピリリリリ。

熱気が落ち着いた頃の十月の朝。

僕は携帯から響く音で目が覚める。

名前を確認してみると『女』と彼女が画面の中いる。

彼女に起こしてもらったような気がして、少しだけ嬉しさを噛み締める。

僕は彼女がくれた電子の手紙を開く。

女『おはよう。昨日は寝ちゃってごめんね』

深夜までずっとメールをしては、どちらかが途中で必ず眠ってしまう。

僕たちの間ではよくある事だった。

おやすみの挨拶を言う事はあっても、僕たちのメールが途切れる事はなかった。

僕(通信料……大丈夫かな?)

使い放題プランが無い今、不安でならない。


842 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 22:57:10.42 ID:fOEwqNEFO
女『……昨日の話ね、お母さんに話したんだよ。今の成績で頑張れるなら……いいって』

僕「お……」

女『特別推薦枠なら学費も抑えられるみたいだし、私頑張るよ!』

女『遅刻しないようにね』

メールはここで終わる。

僕が適当に返事をすれば、学校に行く間にもう一通は返ってくるんだろうけど。

僕(今は一眠り……)

まだ朝の七時だから、まだ三十分は眠っていられる。

僕は携帯を放り出し、枕に顔を埋めた。


844 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 23:06:39.45 ID:fOEwqNEFO
僕「じゃ、いってきます」

妹「ん。いってらっしゃい、おーちゃん」

妹は朝のテレビを見ながら、僕に挨拶をくれる。

僕が通っていた中学校に、今は妹も通っている。

家から近いので自転車で十分ほどだろうか。

僕(高校までは三十分……毎朝のんびりな妹がうらやましいよ)

僕は心の中で文句を言いながら、朝の玄関へ向かう。

ドアを開けると涼しい風が僕を撫でてくる。

もう、秋……か。


845 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 23:13:18.12 ID:fOEwqNEFO
僕は小さな商店街の中を自転車で走っている。

田舎道、小学校に続く方向とは逆の……賑やかな街へ行く道が、高校への通学路だった。

この道も通いはじめてから一年と半年。

最初は長い距離を自転車で走るのが苦痛だったが、夏休みが終わる頃にはすっかり慣れていた僕がいる。

今朝、彼女からのメールを確認したせいだろうか。

今日のペダルは、また一段と軽い気がする。


846 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 23:22:30.20 ID:fOEwqNEFO
女『私、僕ちゃんと同じ大学に入る!』

高校一年生の終わり頃だろうか。

彼女からこんな事を言われたのは確か。

僕『同じ大学?』

女『学校は違っても、僕ちゃんが行く場所の近くに行きたいな』

最初に聞いたときは本当かどうかわからなかった。

一年生……進路を考えるには早すぎるという時期ではないが。

僕の高校でも大まかな進路調査はあった気がしたが、何を書いたか覚えていない。

女『僕ちゃんは進路は?』

僕『……』

僕『ま、前と同じ学校にするつもりだったよ』

女『私たちがいた大学?』

僕『うん……』

女『……くすっ』


847 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 23:30:19.01 ID:fOEwqNEFO
受話器の向こうで、彼女は笑う。

顔は見えないけれど……数年前とずっと同じ笑顔をして僕にを笑ってくれているんだろう。


女『前は僕ちゃんが私の地域に来たから、次は私の番みたいだね?』

僕『本当に来るの?』

女『……なに? 大学行くのに僕ちゃんの許可が必要なの?』

僕『そ、そういう意味で言ったんじゃないよ』

女『僕ちゃんは勝手にこっちの大学に来て、勝手に私を……』

僕『……私を?』

女『……ふふっ。何でもない』

また彼女の冗談。

十年も一緒に話していれば、彼女の感情の雰囲気がよくわかる。

僕『怒った?』

女『ううん、全然』


848 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 23:37:46.22 ID:fOEwqNEFO
女『とにかく、私の進路は……僕ちゃんの側に行きたいだけだから』

僕『女……』

女『また学校もちゃんと調べておくからさ。僕ちゃんも、進路見えたら教えてね?』

僕『う、うん』

女『それじゃあ……またね。久しぶりに電話できて嬉しかったよ!』

僕『うん……また』

彼女の声が遠ざかる。


……こんな話をしてから、僕は進路の事を意識し始めたんだっけ。


849 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/07(土) 23:55:07.49 ID:fOEwqNEFO
元々、僕が大学を選んだ理由は一人暮らしをするため……だから僕は地元から遠く離れた大学へ行こうとしていた。

法律学科というこだわりはあったが、珍しい学科ではないのでその心配は無かったけれど……。

僕(本当に、たまたま行った大学で彼女と出会った)

僕(今の記憶では、彼女が僕の近くへ来てくれて……)

僕(また彼女と一緒の大学へ行きたい、と僕は願っている)

僕はもう一度、彼女に会いたかった。

今の記憶はただ彼女と同じ学舎へ……。

それが僕の進路希望なんだ。


851 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 00:06:17.27 ID:7EAKaaOPO
……。

「お待たせ。待った?」

「ううん、今きた所」

「ベタベタだね。本当に待ってない?」

「適当に学校を見てたから、退屈はしなかったよ」

「そう……何も変わってないよね、見た目はさ」

「でも遊具は随分減ったよ。木のアスレチックや鉄棒遊具……」

「撤去されちゃってるね」

「校舎内への無断立ち入りも禁止だからね」

「え、校庭入っちゃって大丈夫だったの?」

「田舎だからね。大丈夫だよ」

「ふふっ……この雰囲気、久しぶりだなあ」

のんびりと背筋を伸ばした彼女。

まだ暑くなりきっていない季節の夕方。

彼女の横顔は、優しい。


853 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 00:16:11.34 ID:7EAKaaOPO
「はあ……懐かしいなあ。学校」

「ね」

「君は地元だったでしょ?」

「こっちの道は中学以降ほとんど来なかったからさ」

「そうなんだ。あ、後で駄菓子屋行こうよ!」

「去年だったかな……潰れたよ」

「そう……なんか寂しいな」

「時間の流れだから、ね」

「……私たちも同じように時間が流れたんだよね」

「もう二十年、時間が流れたなんていまだに信じられないけど」

「精神年齢は四十歳近くかな。僕ちゃんはまだお子様みたいだけど、くすっ」

「女だって、一年生の時から胸が成長していないみたいじゃないか」

「久しぶりに蹴ってほしいのかな?」

「……冗談」


856 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 00:28:28.95 ID:7EAKaaOPO
「じゃんっ!」

「あ……リボン? わざわざ、持ってきてくれたの?」

「うん。さすがにもう頭には結んでないけどさ……貰った時、嬉しかったから」

「でも他にも誕生日やクリスマスプレゼントは結構あげたよね?」

「どれも嬉しかったよ。例えば……」

「?」

「忘れちゃった。なんだか記憶がポッカリ抜けてるみたい」

「記憶……」

「……ううん、今はいいんだ。目の前に僕ちゃんがいるから」

「女……」

小学校が赤く染まる。

まだ陽は沈まず、校庭の真ん中で空を見つめている僕たちを照らしている。

「ね……ちょっと遊ばない?」

「遊ぶ? どこか今から出かけるの?」

「違うよ……せっかくの小学校なんだから、ね」


858 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 00:36:39.52 ID:7EAKaaOPO
「かくれんぼしようよ。小学生に戻ったみたいにさ?」

「かくれんぼって……この校庭で? 」

「うん。なんか、そんな気分」

「広いだけで隠れる場所なんて無いよ? 校舎裏だって通りが真っ直ぐで見通しもいいから……」

「そうだったっけ? 一年しかいなかったからわかんないや」

「校庭だったら、鬼ごっこやダルマさんが転んだ、とか?」

「あははっ、鬼ちゃん鬼ちゃん」

「?」

「あ、やっぱ覚えてない?」

「まったく」

「……ま、いいんだ。じゃあさ……」


861 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 00:49:38.63 ID:7EAKaaOPO
「久しぶりに走りたい」

「お、鬼ごっこかな?」

「えへへー、じゃんけんするー」

「じゃんけん……ぽん」

「あ」

「女が鬼か。僕に追い付けるかな?」

「……僕ちゃん、足だけはそこそこ早かったもんね」

「今度は転ばないよ」

「ふふっ」

「じゃあ……よーい」

「ん……」

ギュッ。

「……」

「えへへ」


「……これじゃあ追いかけっこにならないよ」


863 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 00:59:19.16 ID:7EAKaaOPO
「逃げない僕ちゃんが悪い」

腕がまた一段と僕の背中を締め付ける。

これを振りほどくなんて、僕にできるはずもなくて。

「合図する前だったのにさ」

「知らない、そんなの」

「こんな場所で……誰か見てたらどうするの?」

「田舎だから、誰もいないんでしょ?」

ギュー。

「可愛い」

「……知らない、バカ」

回した腕で、背後をドンッと叩かれる。
心臓を通して、心地いい打撃音と衝撃が彼女がいる胸の側にも響いたんだろうか。

「いたた」

「ふん、だ」

胸に顔を埋める彼女の顔はもう見えない。

そこに笑顔が隠れている事を説明するのも、多分これが最後だろう。


865 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 01:12:20.33 ID:7EAKaaOPO
「あのさ」

「なーに?」

「もし僕が鬼になってたらさ」

「うん」

「女は僕の前から逃げた?」

「んー……全力で」

「全力だとちょっとショックなんだけど」

「ふふっ、全力でここに飛び込んでいたよ?」

「どっちでも変わらないじゃん」

「だって……ねえ?」

「?」

「僕ちゃんから離れると寂しくなるから……」

僕は、もう話さない。


867 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 01:18:13.16 ID:7EAKaaOPO
「……なんてね」

ほら。

僕が説明しなくたって、彼女は笑顔なんだ。

十年前、一番新しい記憶に飛び込んで来た彼女の微笑みが。

この時間の中心で、僕をまた一年生にしてくれる。

「……鬼ごっこ、向いてなかったね」

「みたいだね〜」

そろそろ夕焼けが沈んでいる。
もう少しすれば校舎の赤は消えてしまうだろう。

青紫の空も、僕たちの姿を少しでも隠そうと……段々に広がってくれている。

「本当に、もう一度会えてよかったよ。女と一緒に通っていた……」

言葉と共、もう一度彼女を抱きしめる。


869 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 01:32:27.36 ID:7EAKaaOPO
「うん……私、帰ってきたんだよね」

「そうだよ。僕たちの町に、帰ってきたんだ」

……。

今は、これでよかったんだろう。

記憶の謎や僕たちがこの時間に来た訳……

彼女が僕と同じ学年になった理由……。

僕は何も不思議に迫ってはいなかったけど。

でも。

(別にいいんだよ……)


871 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 01:43:45.73 ID:7EAKaaOPO
(僕には彼女がいるから)

「……次は僕ちゃんが鬼だよ」

(一緒にいられる幸せを知っているから)

「ふふっ、全力で逃げるからね?」

(その言葉が終わっても、僕は彼女から腕を離さない)

「私の事を……」


彼女の言葉は、僕には聞こえなかった。


ただ紫の空に浮かんでいる小さな三日月だけが僕たちを見つめ、それを聞いていた。

校舎に背中を向けて、僕たちは歩き出した。

手を繋いで空を見つめながら……。

僕たちはゆっくりと小学校から離れていく。


校舎が、静かに月色に染まり始めている。

十年前と何も変わらない光が、思い出の教室を優しく照らしていたのを……僕たちは知らない。











872 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 01:45:46.80 ID:g25M+5Oi0
うおおおおおおおおおおおおおおん


873 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 01:46:33.44 ID:ptL7DcWY0
>>1 乙


875 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 01:46:41.25 ID:hewDX7c50 ?2BP(830)

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876 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 01:47:30.05 ID:5pJXdHWh0
終わっちまったのかよ…


883 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 01:49:57.59 ID:3CldunMU0
サウンドノベル化とかしたら売れそう
ていうか買う。誰がなんと言おうと俺だけでも買う


888 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 01:56:53.14 ID:xtOIvRhB0
おつかれさま!
弟は無事に生まれたんだろうか・・・?


897 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 02:08:03.33 ID:7EAKaaOPO
スレ内でどうしても終わらせたかったんで、色々カットです。

弟くんは無事に生まれました。

誤字と表現が簡素なのはすいません。






890 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/08/08(日) 01:58:09.35 ID:8kcvUKe90

あなたは覚えていますか?

自分を演じる必要が無かったあの頃

あの頃をもう一度やり直せるなら・・・



不思議ノスタルジー巨編

僕「小学校で」女「つかまえて」

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出典:僕「小学校で」女「つかまえて」 2
リンク:http://michaelsan.livedoor.biz/archives/51458169.html

(・∀・): 200 | (・A・): 55

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