( ^ω^)悪意のようです 前編 *閲覧注意

2010/10/24 01:33 登録: 痛(。・_・。)風




1: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:22:40.55 ID:ZgCYV95x0
序章



 取調室に無言の男が三人。
内、険しい顔の男が二人。

 ( ∵)「……」
(-_-)「……」

そして、何をするでもなくただ笑う男が一人。

( ^ω^)「……」

 笑顔のまま沈黙。
被疑者ブーンは、依然黙秘を続けていた。




3: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:24:25.12 ID:ZgCYV95x0
  ( ∵)「なあ、この際何でもいい。とにかく何か喋ってくれないか」
( ^ω^)「……」
  ( ∵)「……ふう」
 (-_-)「ビコさん。こんなんじゃ調書作れないですよ」
  ( ∵)「うるせえな、お前は喋んなくていいんだよ」
 (-_-)「はいはい」

 容疑は殺人。
被害者はツンと言う女性で、ブーンの親しい友人だったらしい。
警察はその情報を得ると、すぐにブーンの携帯へ連絡。

連絡を受けたブーンはその後、外套の下に血まみれの服を着たまま、
自ら凶器とともに出頭してきた為、その場で緊急逮捕された。

 だが、ブーンは何も喋ることは無かった。
携帯へ連絡した時はどうだったか。連絡を取った警官はこう言っている。

 「何を言っても、くぐもった笑い声が返ってきた。何故彼がここに来たのか分からない」

 意味のある言葉は、何一つ発していなかったと言うのだ。




5: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:25:59.99 ID:ZgCYV95x0
  ( ∵)「いや、黙秘権っちゅーのは大事だよな。人権は保護されてしかるべきだ。
      しかしお前さん、ちょっと無口すぎるなあ。友達と世間話の一つもしないんじゃないか?」
( ^ω^)「……」
  ( ∵)「彼女ともそんな感じだったのか?」
( ^ω^)「……」

 ブーンは笑っていた。
聴いていないのか。もしくは全て理解した上で笑っているのか。
だとしたら正気の沙汰ではないと、ビコーズは苛立たしげに右手のボールペンを回す。

  ( ∵)「頼む、何でもいい。俺は事実が確認したいだけなんだ。首を振るくらいならいいだろ?」
( ^ω^)「……」
 (-_-)「……」
  ( ∵)「……」

 諦めの沈黙ではなく、待ちの沈黙。
ブーンが何かアクションを起こさないか。ただその一点に集中し待つ。




9: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:27:25.07 ID:ZgCYV95x0
そんな彼らのひたむきな態度が届いたのか、
ブーンはゆっくりとその頭を垂れ、そして再び顔を上げた。

  ( ∵)「お、おおお? それは、YESってことか? OKってことか?」
( ^ω^)「……」
  ( ∵)「よ、よし、先ずは、えーと、な、何から訊こうか?」
 (-_-)「ビコさんしっかりして下さいよ」
  ( ∵)「あー、くそ」

 カンカンカン、とビコーズは机をボールペンで叩いた。




10: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:28:42.62 ID:ZgCYV95x0
  ( ∵)「あー……殺されたこの女性、ツンはお前の友人だな?」
( ^ω^)「……」

コクリ、と頷く。

  ( ∵)「そうか。それで、何でお前さんはここに来た?
      何かしたかったことがあるんじゃないか?」
( ^ω^)「……」

コクコク。二回頷いた。

  ( ∵)「喋らないなら俺が選択肢を出そう。お前は、自首しに来たんだろ?」
( ^ω^)「……」

コクリ、と首肯。

  ( ∵)「よし。ツンを刺したのはお前なんだな?」
( ^ω^)「……」

ふるふる、と首を横に振った。




11: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:30:08.72 ID:ZgCYV95x0
  ( ∵)「……あん? 今更違うなんてことはねーだろ。
      ツンを殺したのはお前なんだな?」
( ^ω^)「……」

しばしの沈黙の後、静かに首肯。

  ( ∵)「自宅から持ってきたバタフライナイフで胸を一突き。
      その後死体を放置して、逃走ってとこか」
( ^ω^)「……」

しかし、ブーンは首を横に振った。

  ( ∵)「逃げてないとでも言いたいのか?」
( ^ω^)「……」

否定。

  ( ∵)「じゃあなんだ、まさか自分は刺してないとでも言いたいのか?」
( ^ω^)「……」

首肯。

  ( ∵)「はあ? じゃあ彼女を殺したのはお前じゃねえってのか?」
( ^ω^)「……」

否定。




12: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:32:30.34 ID:ZgCYV95x0
  ( ∵)「……チッ、イライラするなぁお前! ふざけるのもいい加減にしてくれ。
      さっきから殺しただの殺してないだの、お前何しに来たんだよ!」
  (-_-)「ビコさん」
  ( ∵)「んだよ! ああもう、なんか喋れよお前!」
( ^ω^)「……」

ブーンは猫背のまま、静かにビコーズの右手にあったボールペンを指差した。

  ( ∵)「ん? ……これか?」
( ^ω^)「……」

思惑が合致したのか、ブーンはゆっくりと頷いた。

 ( ∵)「そうか! よし、ヒッキー。紙よこせ」
(-_-)「急に言われても無いですよ」
 ( ∵)「僕はヒッキーだから筆記ーだけですってか?」
(-_-)「つまんないです」
 ( ∵)「っるせぇな、上司のギャグには笑えよ。紙紙っと……
     ああ、この前のパチンコ屋のレシートがあったか」

 もしや被疑者が笑うかもしれないと思ってした遣り取りだったが、笑い声は漏れなかった。
それに、ブーンはもとより笑顔であった。




14: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:34:18.92 ID:ZgCYV95x0
 内心落胆しながらも、ビコーズはポケットからクシャクシャの小さな紙切れを出し、
ボールペンと共にブーンの前に差し出した。

  ( ∵)「ほら、これで良いか?」
( ^ω^)「……」

 やや間を置いて浅く頷いた後、ブーンはボールペンを手に取った。
そしてレシートを左手で押さえると、
ゆっくりと一画一画を確認するように文字をしたため始めた。

 一文字一文字が連なり、やがて一文となり、
ブーンは最後に句点を打つとボールペンを置いて、再び顔を上げた。




17: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:35:51.22 ID:ZgCYV95x0
  ( ∵)「……ヒッキー」
 (-_-)「はい?」
  ( ∵)「頭痛薬あるか?」
 (-_-)「いいから早くそれ読んでください」
  ( ∵)「はあ……こんなやつしばらくいねぇぞ、おい」

 溜息混じりにレシートを手に取り、ビコーズはゆっくりとそれを読み上げた。

  ( ∵)「『僕は嘘吐きです』……これだけだ」
 (-_-)「……」
( ^ω^)「……」
  (#∵)「おめぇ喋んねえのにいつ嘘吐いたってんだよ!」
 (-_-)「ビコさん」
  (#∵)「さっきからふざけんのも大概にしろよ! お前が殺したんだろ!?」
 (-_-)「落ち着いてください!」

 憤怒し今にも掴みかかりそうなビコーズに、ヒッキーが静止の声を上げた。

すると、それと同時にブーンは突如音を立てて立ち上がり、ゆっくりと天井を見上げた。




18: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:37:50.66 ID:ZgCYV95x0
 ( ∵)「お? おぉ……どうした」
(-_-)「……」

 誰から見てもブーンは異様だった。
挙動すべてにおいて一々人間性の欠落を感じるのだ。
その内心が図れず、却ってその顔に張り付いた笑みが不気味なのだ。

( ^ω^)「……」

 立ち上がったブーンは再び視線をビコーズに戻した。
そして人差し指で自らの顔を指すと、親指を立て、一文字に自らの首を切る仕草をした。

  ( ∵)「……」
( ^ω^)「……」

 笑顔。それもとびきりの笑顔だ。
今にも走り出して歓声を上げたがっているような、そんな笑顔だ。
だのに、とてつもなく薄ら寒い。




20: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:39:32.16 ID:ZgCYV95x0
  ( ∵)「……お前が彼女を、ツンを殺したのか?」
( ^ω^)「……」

そして、首肯。

 (-_-)「……ビコさん」
 ( ∵)「なんとも気持ちわりぃが……もう証拠は十分あったし、決まりだな」

 ビコーズが眉間にシワを寄せ、溜息を吐く。

( ∵)「まあお前さんも色々混乱してたってことだな。
    じゃあ調書作るからよ、もいっぺん最初から……」

 そう言ってビコーズは渡したボールペンを戻そうと手を伸ばした。
その時、何の前触れも無くブーンが自らの顔をビコーズの顔面に、ぬっと近づけた。




23: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:40:42.74 ID:ZgCYV95x0
( ^ω^)「……」
  (;∵)「うぉっ!」

 思わず引き下がろうとするビコーズの両肩を、ブーンはその手で掴み、見つめる。

  (;∵)「なんだよ! 放せ! くそっ!」
 (-_-)「おい! 変なことは考えるなよ!」
( ^ω^)「……」

 自棄になったのか。そう思われ一瞬にして緊迫した取調室。
しかし次の瞬間、それ以上に背筋が凍りつく光景をビコーズは目の当たりにした。




24: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:42:10.61 ID:ZgCYV95x0
( ^ω^)「……んばぁ」

 ぬちゃあ、と粘つく音を立てて開かれたブーンの口。
そこに見えるはずの歯が黒い。いや、赤黒い。
だが重大なことはそんなことではなかった。
多量の血餅に塗れた口腔。そこにあるべき舌。
その舌が、本来の半分ほどの短さで、びく、びく、と蠢(うごめ)いていたのだ。

 (;∵)「う、うわあああああああああ!」
(-_-)「ビコさん!」

 手を振り払い、床に尻餅を付いたビコーズにヒッキーが駆け寄った。
その様子を見ながら、口を開けたままのブーン。

( ^ω^)「……」

 口を開いたその表情は、笑顔。
子供が心から嬉しいと思ったときのような、まるで周りを気にしない笑顔だった。




26: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:43:48.88 ID:ZgCYV95x0
 そしてブーンはそのまま表情を崩すことなく、口の中の肉を指でなぞり
デスクに人差し指で文字を書き始めた。

 その後程なくして、部屋の外から数人の男が駆けつけ、
ブーンはそのまま取調室から連行された。

(-_-)「大丈夫ですか?」
 ( ∵)「……ありゃトラウマもんだぜ畜生。俺のボールペン血塗れになっちまった」
(-_-)「ビコさん、これ……」
 ( ∵)「ん? ……お前、これ……」

デスクにはかすれた血文字でこう記されていた。

『だから僕は舌を切りました』




27: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:45:12.99 ID:ZgCYV95x0



                   *



  ( ∵)「……んで、奴はどーなった」
 (-_-)「即病院送りです。近くの大学病院でいま検査を受けています」
  ( ∵)「あいつあんなんで一晩居たってのかよ……正気じゃねえ」
(;><)「大変なんです!」

 勢い良く扉を開け、新米の警官が飛び込んできた。
それに驚くでもなく、ただ苦々しい顔をして二人は次の言葉を待った。




30: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:46:43.43 ID:ZgCYV95x0
(;><)「ひ、被害者が消えたんです!」
  ( ∵)「新米、言葉は正しく使えよー。被害者は死んだ方、あいつは被疑者……消えただぁ!?」
(;><)「い、いや、だから……」
  (#∵)「おい、一体何をどうしたら被疑者に逃げられるんだよ!」
(;><)「違うんです。被害者なんです!」
  (#∵)「ああ!?」
(;><)「被害者の遺体が消えたんです!」
  ( ∵)「お前、何言って……大体もう遺体は遺族に引き渡されてるはずだろ」
(;><)「その遺族からの連絡らしいんです! 消えて居なくなったって!」
 (-_-)「……生きながら解剖を受けてたって言うんなら、相当我慢強いですね」
  ( ∵)「……マジで?」
(;><)「本当なんです!」
  ( ∵)「おいおい、なんだってんだよこの事件はよぉ! 我慢大会なのかぁ?
      ……今日のナイター見れっかな」
 (-_-)「無理でしょうね」
  ( ∵)「チッ……別に返事なんかいらねーよ……」


32: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:48:35.00 ID:ZgCYV95x0
1章



 国立美府大学、大講堂。
国立とはいえども、緊張感の無い講義がダラダラと開かれていた。
そして後列では講義中にもかかわらず、おしゃべりに余念のない生徒達が溢れている。

  (*゚ー゚)「あ、ツン、これだよ。このサイト」
ξ゚?゚)ξ「あーはいはい。相性診断とかもういいわよ」

 携帯を広げたまま話をする彼女らもまた、その内の一つである。

  (*゚ー゚)「でもさ、やっぱり気になるじゃん。ね?」
ξ゚?゚)ξ「そんなもんデタラメよ。ねえ、ブーン」
( ^ω^)「……」
ξ゚?゚)ξ「ブーン?」
( ^ω^)「……Zzz...」
ξ;゚?゚)ξ「……ちょっと、コイツ目開けたまま寝てるんだけど」
  (*;゚ー゚)「……なんか、平和だね」




34: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:50:50.29 ID:ZgCYV95x0
( ^ω^)「……!」
ξ゚?゚)ξ「あ、起きた」
( ^ω^)「出席は!?」
ξ゚?゚)ξ「まだ」
( ´ω`)「起きて損したお……」
  (*゚ー゚)「内藤君、単位大丈夫なの?」
( ^ω^)「またツンにノート見せてもらうからいいお」
ξ゚?゚)ξ「アンタはまたそうやって……今回はもう見せないわよ」
(;^ω^)「え、ちょ! それは駄目だお。そんな事されたら僕留年決定だお!」
ξ゚?゚)ξ「駄目。前回ノート貸して酷い目にあったからもう貸さない」
(;^ω^)「あ、あれはその、CDとかのレンタルでも、つい返却期間を過ぎちゃったりとか、
      そんな感じのノリで、その……そんな感じのノリだお」
ξ゚?゚)ξ「はいはい、残念ね〜。社会では信用が第一なのよ」
(;^ω^)「マジかお……」




36: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:52:04.79 ID:ZgCYV95x0
  (*゚ー゚)「あ、あのさ、内藤君」
( ^ω^)「?」
  (*゚ー゚)「その……ノートとってないの?」
( ^ω^)「ゴミを出さないというエコロジー的発想から、ノート自体ないお」
ξ゚?゚)ξ「アンタ自体すでにゴミクズね」
( ^ω^)「なんだと」

  (*゚ー゚)「えっとさ……えっと、私のノート見る?」
( ^ω^)「! ホントかお!?」
ξ゚?゚)ξ「しぃ、こいつに餌やったら死ぬまで追い掛け回されるわよ」
  (*゚ー゚)「だって、とってないものはもうどうしようもないし……」
( ^ω^)「じゃあテスト前になったら……」

  講師「と言うわけで、来週ここまでの範囲で小テストを行います」

  (*゚ー゚)「……」
( ^ω^)「……」
ξ゚?゚)ξ「……」
( ^ω^)「本日よろしいでしょうか?」
  (*゚ー゚)「ふふっ。いいよ」




40: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:53:46.00 ID:ZgCYV95x0
 そうして笑いあうと、
彼らは配られた出席カードに手早く必要事項を記入して、ツンに渡した。

( ^ω^)「ツン、僕の人生預けたお」
  (*゚ー゚)「ごめんね、渡しておいて」
ξ゚?゚)ξ「あー、はいはい」

 足早に二人は大講堂から出て行った。
その姿を見送るとツンは両腕を机の上に置き、そのまま顔を伏せた。

ξ゚?゚)ξ「はぁ……疲れた。ガンバりなさいよー、しぃ」

 うわ言のように呟くと、ツンは自らの腕の中で再び溜息を吐いた。




41: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:56:40.46 ID:ZgCYV95x0



 二人は唯一コピー機のある購買前に辿り着くと、
まだ誰も居ないことを確認して喜びあった。

( ^ω^)「早く出てきてよかったお」
  (*゚ー゚)「ホントだね。はい、ノート」
( ^ω^)「ありがたく頂戴いたしまする」

 ノートを受け取るとブーンは小銭を適当に投入し、ノートをコピー機にセットした。
するとその後ろ姿に、しぃがおずおずと話しかけた。

  (*゚ー゚)「あ、あのさ、内藤君」
( ^ω^)「なんだお?」

 名を呼ばれながらも振り向かずに設定画面と格闘するブーン。
やがてコピーが始まり、やかましい機械の駆動音が鳴る。




42: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:57:52.92 ID:ZgCYV95x0
  (*゚ー゚)「内藤君って……その、今好きな人とかさ、居るの? なんて……」
( ^ω^)「ん〜……火曜と木曜に居る食堂のオバちゃんが、ご飯多めに持ってくれるから好きだお」
  (*゚ー゚)「……あ、そうなんだ。内藤君いっぱい食べるもんね」

( ^ω^)「逆に金曜のオバちゃんは少なめだから、金曜は麺類にするんだお」
  (*゚ー゚)「へえ〜。私はいつも小さいの頼むからわかんないなあ」

 バタバタと蓋を開けてはノートのページを変えて、コピーを進めるブーン。
次第に彼らの後ろには列が出来始め、しぃはそれを見ると口を開かなくなった。




46: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 22:58:56.71 ID:ZgCYV95x0
( ^ω^)「ふう……とりあえず全部コピー完了、ありがとうだお」
  (*゚ー゚)「どういたしまして」
( ^ω^)「お礼になんかオゴるお」
  (*゚ー゚)「え、いいよ。別に私が勝手に言い出したことだし」
( ^ω^)「何言ってるんだお。
      ちょうど駅前の店のおっきいパフェを食べたいと思ってたところなんだお。
      一人じゃ入りづらいし、来てくれお」
  (*゚ー゚)「え、ホントに? あ、いや、その、別に嫌とかじゃなくてね、その、はい、行きます!」
( ^ω^)「オゴりくらいでしぃは慌てすぎだお」
  (*゚ー゚)「あはは、ホントだね、うん」

 そうして二人は街へと足を運んでいった。
それはまだ日差しの緩やかな陽春のこと。
甘い、甘い、桜の香りが彼らの頬をくすぐっていた。



47: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:00:14.73 ID:ZgCYV95x0
2章



ξ゚?゚)ξ「ただいまぁ」

 住み慣れたアパートの鍵をいつものように開け、ツンは独り言のようにそう言った。

 アパートには父親と共に住んでいる。
母親は幼い頃、愛想を尽かして出て行ってしまったようだ。
ツン自身にその記憶はないのだが、
これまで父親から聞かされた話からするに、死別したと言うわけでは無さそうだった。

 (´<_` )「あぁ、ツンお帰り」
ξ゚?゚)ξ「あ、叔父さん来てたんだ」

 居間から現れた予期せぬ人物にツンは、にわかに目を見開いた。




53: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:01:37.56 ID:ZgCYV95x0
(´<_` )「兄者が、仕事が遅くなりそうだから一緒に飯を食ってやってくれ、と」

 彼、弟者は彼女の呼んだとおり、ツンの父の弟、即ちツンの叔父である。
最近になって仕事場がツンの自宅近くになったらしく、よくこの家に来ていた。

ξ゚?゚)ξ「ん? じゃあ、なんで鍵掛けてたの? ……何かいやらしーことしてたんでしょ」
 (´<_` )「ん? 男が家に鍵を掛けるといやらしいことをするのか?
       叔父さんそれは知らなかったなあ。後学のためにも、ぜひ教えて欲しいなあ」
ξ゚?゚)ξ「叔父さん、それセクハラだし」
 (´<_` )「お前が言い出したんだろうがい」
ξ>∀<)ξ「イヤー!」

 両手でツンの頭を掴み、持ち上げるようにしてギュウギュウと締め付ける弟者。
それに対しツンは嫌な顔をすることは無く、むしろ甲高い声を上げて子供のようにはしゃいだ。

ξ゚?゚)ξ「はい、それじゃあお触り代二万六千円頂きまーす」
 (´<_` )「カード使えますか?」
ξ゚?゚)ξ「ウチの店で使えるカードはドナーカードのみになりますが、いかが致しましょう?」
 (´<_` )「……今日の夕飯当番を代わるので勘弁してください」
ξ゚?゚)ξ「よし。許してやろう」

 玄関で始まった寸劇も一応のオチが付き、二人は奥の部屋へと向かった。




59: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:02:53.43 ID:ZgCYV95x0



                   *



 夕食もすっかり食べ終わり、テレビでも一日を振り返るニュース番組が始まろうかという頃、
ようやくツンの父親が仕事から帰ってきた。

( ´_ゝ`)「ただいま」
(´<_` )「おかえり、兄者。いつも遅くまで精が出るな」
( ´_ゝ`)「いや、弟者もいつもスマンな。ツンの相手ばかりさせて」

ξ゚?゚)ξ「おかえりー」
( ´_ゝ`)「おお、ツン。いつも遅くなってスマンな」
ξ゚?゚)ξ「お父さん謝ってばっかじゃん。いいから早く上がりなよ」
( ´_ゝ`)「うむ」

 くたびれたスーツの上着をツンに渡すと、同じくくたびれた革靴を脱ぎ、
兄者はネクタイを緩めながら携帯の画面を確認した。




63: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:04:06.51 ID:ZgCYV95x0
( ´_ゝ`)「む……むむむ」

 携帯の画面を凝視して唸りながら器用にベルトを外し、ズボンを脱いだ。

( ´_ゝ`)「うむ……」

 そしてズボンをハンガーに掛けると、ワイシャツを脱いでツンに渡し、
画面を見たまま直立不動となった。

ξ゚?゚)ξ「……どうしたの?」
( ´_ゝ`)「いや、なんでもない」
(´<_` )「兄者、とりあえず服を着て来い。今にも甥が俺の前に姿を現しそうだ」
ξ゚?゚)ξ「これが……私の本当のパパ……」
( ´_ゝ`)「甥? まあ、分かった。着てこよう」

 携帯を閉じて自らの部屋へと向かう兄者。
その後姿を見ながら、弟者は誰にも聞こえないようにそっと呟いた。




64: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:05:16.09 ID:ZgCYV95x0
(´<_` )「何故あの父親からこんなシモ大好きな脳内万年ピンク娘が……」
ξ゚?゚)ξ「間違いなく叔父さんのせいだし。て言うか人を勝手に淫乱売女みたいに言わないでよ」
(´<_` )「知識が有ったとしても、そういう言葉遣いはどうかと思うぞ、俺は」
ξ゚?゚)ξ「保護者面しないでよ」
(´<_` )「じゃあお前明日からバイトしろ。自活しろ自活」

 反撃を食らったのが癇に障ったのか、ツンがわざとらしく大きな声を張り上げた。

ξ>?<)ξ「ヒドイ! 叔父さんが、ご飯作る代わりに体触らせろって言ったんじゃない!」
 (´<_`;)「わ、お前、バカ!」
ξ>?<)ξ「わたし、イヤだって言ったのに! 痛かったのに!」
 (´<_`;)「止めろ! ストップ! ストップ!」

 弟者の静止の声の後、奇妙な静寂が辺りを包んだ。
そして、スッと襖の開く音がして、弟者は思わず眉を寄せ、苦々しい表情になった。
そんな弟者の後ろから甚平に着替えた兄者が、そっと弟者の肩に手を乗せ、
耳元でゆっくりと囁いた。




68: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:06:26.10 ID:ZgCYV95x0
( ´_ゝ`)「……時に、弟者。今夜の晩酌、付き合ってもらおうか」
(´<_`;)「ま、待て兄者! いいか、なんとも陳腐な台詞ではあるが、話せば分かる。
      そう、話せばわかることが多いからこそ、この台詞自体が陳腐なものとなっているのだ。
      とにかく、俺が何もしていないと言うことは、すぐに誰もが承知できる事実なんだ」
( ´_ゝ`)「弟者、俺はいつもツンにこう教えているんだ」
(´<_`;)「……なんだ」
( ´_ゝ`)「言い訳の長い男は――」
ξ゚?゚)ξ「嘘吐きだ」

 舌をべーっと出したツンが楽しそうに笑っていた。

(´<_`;)「……把握……した」

 しおれる弟者を見て、ツンはふふんと笑い、
手に持っていたワイシャツを持って洗面所へと向かった。




72: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:07:40.05 ID:ZgCYV95x0
 ツンは洗濯カゴの前で立ち止まり、手に持っていたワイシャツを両手で抱えると、
ゆっくりとその中に顔を埋めた。

ξ-?-)ξ「……」

 いつになっても変わらない父親の匂いを鼻腔に、温もりを頬にそれぞれ感じると、
ツンは顔を離してそれをカゴの中へ入れた。

ξ゚?゚)ξ「……ふん、女のにおいゼロね。あの人大丈夫なのかしら」

 独り言ちて、ツンは再び居間へと戻った。
しかし、そう言いながらもツンはどこか満ち足りた気分でもあった。




73: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:08:42.21 ID:ZgCYV95x0
 居間では既に出来上がった兄者が、弟者にくだを巻いている最中だった。

( ´_ゝ`)「弟者。その昔、お百姓さんはだな……」
 (´<_`;)「兄者、気持ちよく酔ってるところ悪いが、
      お百姓さんは今そんなに関係があるとは……」
(#´_ゝ`)「いいから黙って聴け! いいか! その昔お百姓さんはだな……」
 (´<_`;)(は、話が進まない……)

 その様子を見てツンは再びクスリと笑うと、自分の部屋へと戻っていった。

( ;_ゝ;)「それでだ、そんな中お百姓さんは、
       雨の日も、風の日も、田んぼの様子を見てはだな……」
 (´<_`;)「あ、兄者。時に最近のツンは様子が変だと思わないか?」
(#´_ゝ`)「何を言うか! 人の娘に手を出しおってからに!」
 (´<_`;)「訛(なま)るな。俺の予想だと、ツンには彼氏が居るな」
( ´_ゝ`)「……何?」




75: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:09:45.64 ID:ZgCYV95x0
 (´<_` )「ああ、間違いない。そして最近何かうまくいってないんだろう。
       俺はよくここに来るから分かるんだが、最近ツンは携帯を眺めたままボーっとしたり、
       あるいは溜息を吐くことが多くなった。本当だ」
( ´_ゝ`)「……また、そんな弟者、驚かせようとしたって……」
(´<_` )「ツンもそろそろ年頃だ。兄者もそれなりの覚悟をしておいた方がいいかも知れんぞ」
(;´_ゝ`)「か、覚悟とは……」
(´<_` )「最近の娘だ。ある日突然、『出来ちゃった』とか言われても不思議ではないぞ」
(;´_ゝ`)「出来ちゃったってなんだ! ホットケーキでも作ったのか! ふざけるな!」
(´<_` )「落ち着け兄者。それが最近では普通なんだ」
(;´_ゝ`)「……」
(´<_` )「……」




78: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:10:52.27 ID:ZgCYV95x0
(;´_ゝ`)「……弟者」
(´<_` )「どうした?」
(;´_ゝ`)「今この瞬間、少しだけだが、携帯を覗き見る者の気持ちが分かった」
(´<_` )「そうか。なに、心配ならツンに直接訊けばいい」
(;´_ゝ`)「いや、しかし……」
(´<_` )「ほら、兄者こんな時間だ。今日はもうこれくらいにしないと、
      明日もし倒れたとして、心配を掛けるのはそのツンになんだぞ。
      一人娘なんだ。少しは気を遣わせないようにしようじゃないか」
(;´_ゝ`)「う……そ、そうだな」

 すっかり意気消沈した兄者は、ふらふらと立ち上がるとそのまま弟者に背を向け、
「おやすみ」とだらしなく言って、寝室へと入っていった。

 一人残された弟者は一通りの食器を片付けると、電気を消して呟いた。

(´<_` )「……次からはこの手で行くか」


79: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:12:21.10 ID:ZgCYV95x0
三章



(´<_` )「遠いところ、わざわざご苦労様です」
  ( ∵)「いえ……そちらも、その、大変でしたね」
( ´_ゝ`)「……」
 (-_-)(ビコさん、ちゃんとしてください)
  ( ∵)(うっせ、俺こういうの苦手なんだよ)

 居間でテーブルを挟み、彼らは向かい合うように二人ずつ座っていた。
ドア側に兄者と弟者、その反対側に刑事二人。

(´<_` )「どうぞ」
 (-_-)「あ、ご丁寧にありがとう御座います」

 差し出された茶を見つめながら、
ビコーズは何度も「ふう」だの「はあ」だのと溜息を漏らしていた。




83: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:13:41.50 ID:ZgCYV95x0
(-_-)「ちょっと、ビコさんウルサイです」
 ( ∵)「ん? あ、スマン……」

 溜息もそうだが、ビコーズは先ほどから何分か置きに、
忙(せわ)しなく右手をピクピクとさせていた。
胸ポケットの煙草に手が伸びそうになったところを我慢しているのだ。
この部屋には灰皿が無く、住人が非喫煙者であることが明確だったためである。

  ( ∵)「すいません、昨日飼ってる鳥が逃げ出しまして。つい、心配から」
(´<_` )「そうなんですか……」

 ここに来たこと自体にイラついていると思われないよう、適当な話題で誤魔化した。




85: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:14:54.37 ID:ZgCYV95x0
 (-_-)「それで本題に入りますが、消えて居なくなったと言うのはどういうことですか?」
(´<_` )「はい、通夜が終わった後に、一度自宅へ棺と共にツンを帰宅させたんです」
 (-_-)「ええ」
(´<_` )「そしてそのまま交代で蝋燭の番をしていたんです」
 (-_-)「と言うことは、どちらかが目撃をされたのですか?」
(´<_` )「それが……その……恥ずかしながら、私が途中で寝てしまいまして……」
  ( ∵)「まさか、その時に?」
(´<_` )「ええ。兄に起こされて、気付けばもぬけの殻でした」
 (-_-)「お兄さんは何故お気づきになったのですか?」
( ´_ゝ`)「……」
(´<_` )「どうも何か物音がしたとかで目が覚めたそうです」
 (-_-)「なるほど……戸締りは?」
(´<_` )「玄関の鍵は勿論掛けていました。窓も開けていませんでした」
 (-_-)「そうですか……。お兄さんは何か思い当たること、ありませんか?」
( ´_ゝ`)「……」
 (-_-)「あの……」

開かれているのかいないのか、
兄者はその細い目でヒッキーの顔を見つめると溜息を吐いた。




87: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:16:24.48 ID:ZgCYV95x0
( ´_ゝ`)「申し訳ありませんが、今日はこれでお引取りください」
 (-_-)「え? ですが、まだ来たばかりでお話も……」
( ´_ゝ`)「これ以上居られると、そちらの方の煙草の臭いでツンの存在が消えてしまいそうだ」

そう言ってチラリと見たのはビコーズだった。
それに気付いたのか、ビコーズは気まずそうに目を伏せた。

(´<_` )「兄者。警察の方だって色々協力してくれようと……」
  ( ∵)「いや、いいです。こちらこそスイマセンでした。ほら、帰るぞ、ヒッキー」
 (-_-)「……はい」

 ビコーズは困った表情の弟者に一礼すると、そのまま上着を掴んで部屋を出て行った。

 (-_-)「失礼しました」
(´<_` )「……いえ、こちらこそお力になれず、すみませんでした」
 (-_-)「後は私たちに任せてください」

そしてヒッキーもそれに続くように部屋を辞した。




89: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:18:06.71 ID:ZgCYV95x0
(-_-)「ふう……」
 ( ∵)「お疲れさん」
(-_-)「僕、少し無神経でしたかね?」
 ( ∵)「いや、良くやったさ」
(-_-)「……らしくないですね。ビコさんが褒めるなんて」
 ( ∵)「ヒッキー、多分あの兄さんの方なんかあるな。
     もしかしたら、弟も一枚噛んでるか……」
(-_-)「え? なんかって……」
 ( ∵)「なんだお前、気付いて無かったのか」
(-_-)「え?」
 ( ∵)「やっぱお前はまだまだだな」
(-_-)「ちょっとビコさん教えてくださいよ」
 ( ∵)「ダメダメ。ゆきっつぁんも言ってただろ?
     生まれたときは皆平等。だから偉くなりたかったら勉強しろって」
(-_-)「でも、ビコさんは勉強……あ、そもそも偉くなかったですね」
 ( ∵)「……お前、最近生意気になったよな」

 コツコツと靴音を立てて遠ざかっていく二人。
その気配を探っていた弟者は、足音が聞こえなくなると玄関から離れ居間へと戻った。




94: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:19:29.40 ID:ZgCYV95x0
(´<_` )「兄者、それじゃあ俺は仕事に行ってくるが……大丈夫か?」
( ´_ゝ`)「何がだ」
(´<_` )「いや、少し疲れているようだからな。
     俺も早めに帰ってくるよう心がけるが、無理しないで休んでいるといい。
     飯は冷蔵庫に一通り入れてあるからそれを食ってくれ」
( ´_ゝ`)「……ああ、スマン」
(´<_` )「なに、お互い様だ」

 頬を緩ませると弟者は鞄を手に持ち、ゆっくりと部屋から出て行った。
そうして遠くにバタンという扉の閉まる音と、ガチャンという鍵の閉まる音を聞くと、
兄者は徐(おもむろ)に立ち上がった。

ふらふらと覚束(おぼつか)無い足取りで自らの部屋へと向かうと、
携帯を取り出して何処かへと電話を掛ける。




98: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:20:48.77 ID:ZgCYV95x0
( ´_ゝ`)「もしもし。ああ、俺だ。前に話していたことだが……ああ、そう、それだ。
      ……そうか、それは良かった。ん? いや、俺じゃないんだ。少し訳ありでな」

 それだけ言うと終話し、兄者は回転椅子にどっかと腰掛け、ぼうっと天井を眺め始めた。
そして再び携帯の画面に視線を戻し、一枚の画像を呼び出した。
それは恥ずかしそうに頬を染めているツンの写真であった。

( ´_ゝ`)「嫌だと言いながらしっかり写真に納まるのは、なんともあいつらしいよな」

 目を細めて微笑すると、兄者は画面が暗くなるまでそれを眺め続けた。
やがて画面が真っ暗になったころ、部屋にチャイムの音が響いた。
それを聞くと、兄者は俄に口をしっかりと閉じ、眦(まなじり)を決した。

( ´_ゝ`)「さて……行くか」



102: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:22:06.79 ID:ZgCYV95x0
4章



 あのノートの一件から数ヶ月。
今ではブーンとしぃは二人きりで出かけるまでの仲になっていた。

( ^ω^)「それで、仕方ないからそれ捨てちゃったんだお」
  (*゚ー゚)「えぇ〜勿体無い」
( ^ω^)「僕もそう思ったんだけど……」
  (*゚ー゚)「あれ? ごめん、内藤君ちょっと待ってて」
( ^ω^)「ん? わかったお」

 トトト、と軽やかに小走りでしぃが走っていくその姿を後ろから見ながら、
ブーンはしぃが靴を買い換えていたことに気が付いた。

戻ってきたら訊いてみようか、なんて考えながら視線を再び前に戻すと、
しぃは知り合いらしい小柄の男と会話をしていた。




106: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:23:09.46 ID:ZgCYV95x0
(*゚ー゚)「ドクオ? ドクオだよね?」
 ('A`)「ん? あぁ、そうだけど」
(*゚ー゚)「久しぶりだね〜。元気?」
 ('A`)「まあ、そうだな。元気っちゃあ元気だ」
(*゚ー゚)「今何してるの?」
 ('A`)「コンビニでバイト。別にやりたい事もないし」
(*゚ー゚)「へえ〜、そうなんだ」

 思いのほか長く続く会話に、ブーンは手持ち無沙汰になってしまい、
携帯を開いたり閉じたりと、落ち着かない様子だった。

そんな様子に気付いたのか、ドクオはチラリと視線をブーンの方へ向けた

 ('A`)「あっちは?」
(*゚ー゚)「あ、大学の友達」
 ('A`)「……へえ、そう。じゃあ俺あっちだから、もう行くわ」
(*゚ー゚)「うん、またね」

 そう言って歩き出したドクオは、しぃに背を向けブーンの方へと歩く。
挨拶でもした方がいいのかと悩んだブーンは、せめて会釈だけでもと心の準備をした。




109: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:24:26.52 ID:ZgCYV95x0
するとドクオはブーンの手前二メートル程で、しぃに背を向けたまま立ち止まった。

   ('A`)「……」
( ^ω^)「……」

 しかしドクオは無言で、ブーンも何を話したらいいものかと口を開けずに居た。
と、その時ドクオがポケットから手を抜こうとして、鍵を落としてしまった。

   ('A`)「あ」
( ^ω^)「あ」

 落ちた鍵を拾おうと、ブーンは一歩二歩と近づき、体を曲げた。
そしてワンテンポ遅れ、それに倣(なら)うようにして地面に手を伸ばすドクオ。
俄(にわか)に近づいたその距離で、ドクオが呟いた。




112: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:25:43.73 ID:ZgCYV95x0
   ('A`)「しぃから離れろ。クズが」
( ^ω^)「……え?」

 鍵を拾い上げたドクオは、体を折り曲げたままのブーンを見ることなく歩いていき、
そして思い出したように振り向いて手を振った。

('A`)「またな。しぃ、ブーン」

 ようやくブーンが姿勢を戻した頃、しぃがブーンの元へと駆け寄ってきた。

 (*゚ー゚)「どうしたの? 早く行こうよ」
(;^ω^)「……し、しぃ」
 (*゚ー゚)「ん?」
(;^ω^)「えと……あの人は?」
 (*゚ー゚)「ドクオ。高校のとき、私とツンと同じ学校だったんだ」
(;^ω^)「僕の話をした事はあるのかお?」
 (*゚ー゚)「ないかなあ。結構久しぶりに会ったんだもん」
(;^ω^)「……」




118: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:26:44.22 ID:ZgCYV95x0
 先程の心に突き刺さるようなドクオの言葉に混乱しながら、
ブーンはそれをしぃに言うかどうかを迷っていた。

 そしてその直後、順番待ちをしていたかのように遅れて耳の奥に届いた別れの言葉が、
更にブーンを戦慄させた。

 ならば何故、彼は自分の名前を知っているのだろうか、と。


122: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:28:22.33 ID:ZgCYV95x0
5章



( ´_ゝ`)「ツンに彼氏か……」

 職場で一人溜息を吐く兄者。
仕事にも全く手を付けず、頬杖を突きどこか遠くの方を見つめていた。
その様子を見て、女性社員が声を掛けた。

川 ゚ -゚)「どうしたんですか? 兄者さん」
( ´_ゝ`)「あぁ、クー……。どうにも娘に男の影がちらついて、仕事に集中できなくて……」
川 ゚ -゚)「娘さん、おいくつでしたっけ?」
( ´_ゝ`)「今年で……二十歳、か」
川 ゚ -゚)「もう二十歳なのにそんなこと言うなんて、ウザイですね」

 兄者は先輩であるはずなのだが、クーはそれとはお構い無しに意見を言うタイプだった。
しかしながら兄者は既に慣れていたし、元々先輩後輩の垣根を気にしない人物だったので、
なんら咎めることはしなかった。




127: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:30:19.78 ID:ZgCYV95x0
( ´_ゝ`)「分かっては、いるんだがなぁ……あぁ……うん……」
 川 ゚ -゚)「はい、資料出来上がりました。これ今日中ですよ」
( ´_ゝ`)「ん、ああ……」

 資料を受け取ったものの、それをぼうっと眺めるばかりで、
兄者はまるで仕事に身が入っていないようであった。

 川 ゚ -゚)「……そんなに心配なら本人に訊いてみればいいじゃないですか」
(;´_ゝ`)「うーむ……どんな風に訊いたら良いものか……。何か、アイディアはないか?」
 川 ゚ -゚)「じゃあ私が実践しますから、相手お願いします」
( ´_ゝ`)「うむ、わかった。俺が訊かれる側だな?」
 川 ゚ -゚)「そうです」

 兄者はクーの返事を聞くと、
座ったまま背筋を伸ばし、彼女と向かい合いあった。




132: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:31:41.10 ID:ZgCYV95x0
 川 ゚ -゚)「兄者さん、今付き合ってる人居ますか?」
(;´_ゝ`)「や、やけに直球だな」
 川 ゚ -゚)「直球が良いんです」
( ´_ゝ`)「そ、そうなのか……。いや、居ないぞ。安心してくれ」
 川 ゚ -゚)「そうなんですか。よかった。好きです、私と付き合ってください」
( ´_ゝ`)「……ん? なんで俺がツンに告白するんだ?」
 川 ゚ -゚)「いいえ、これは私の告白です。兄者さん、ずっと好きでした」
(;´_ゝ`)「……ん? んんんん? ちょっと待て。
      これは、その、予行練習と言うか……あれ?」
 川 ゚ -゚)「もし良かったら今夜七時にあのレストランで待ってます。
      それじゃあ、仕事、早く片付けてくださいね」
(;´_ゝ`)「え、あ、おい! あ、あれ?」

 その後、背を向けて自分のデスクに戻るクーを眺めたまま、
兄者はしばらく、今起きた出来事の整理を頭の中でしていた。

(;´_ゝ`)「俺には妻が……いや、もう居ないけど……しかし……いや、そもそも……え?」

結局、その日はほとんど仕事が進むことは無かった。




136: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:33:24.22 ID:ZgCYV95x0



                   *



( ´_ゝ`)「……ちょっと早かったかな」

 クーの言っていたレストランに一人、スーツ姿の兄者が居た。
一度帰る時間はあったのだが、来ていく服が思い浮かばなかったので、
スーツ姿のまま兄者はクーを待つことにした。

( ´_ゝ`)「……問題は、まだ返事を考えていないということだな」

 あまりに想定外の出来事であるのと同時に、
兄者は自分の複雑な立場から、どう返事をしたものかと迷っていた。




142: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:34:47.11 ID:ZgCYV95x0
( ´_ゝ`)「……待ち合わせ、七時だったよな?」

 そう呟いて時計を確認すると、針は八時半を差していた。
さすがに遅すぎると思った兄者が、チラチラと入り口の方を見る。
それを見たウエイターが、再び水を注ぎに来た。

( ´_ゝ`)「あ、どうも」

ウエイターに軽く礼を言ったその時、不意に兄者の携帯電話が震え始めた。

( ´_ゝ`)「おお、クーか」

ディスプレイにクーの名前を確認した兄者は、そのまま電話に出た。




146: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:36:25.01 ID:ZgCYV95x0
 川 ゚ -゚)『ごめんなさい、急に面倒なことに巻き込まれました。
      申し訳ないですけど、お食事は今度にしましょう』
( ´_ゝ`)「面倒なこと? それならもう今日は来られないのか?」
 川 ゚ -゚)『ごめんなさい』
( ´_ゝ`)「そうか。まあいい。それじゃあまた日を改めて」
 川 ゚ -゚)『はい』

( ´_ゝ`)「ふう……」

 溜息を吐いて携帯の画面をしばらく眺めると、兄者はツンに電話を掛けた。

( ´_ゝ`)「ツンか? ああ、ご飯はもう食べたか?
      そうか、それはちょうど良い。今から一緒にご飯を食べよう」

 そうして、兄者はツンと夕食を食べ、改めて決意を固めたのであった。




150: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:37:43.64 ID:ZgCYV95x0



                   *



 しかしそれからというもの、クーが兄者の誘いを悉(ことごと)く断り続ける日々が続いた。

( ´_ゝ`)「なあ、クー。今晩……」
 川 ゚ -゚)「すみません。今日は別な人と約束があるので」
(;´_ゝ`)「いや、しかしだな。この間の……」
 川 ゚ -゚)「それでは」
(;´_ゝ`)「……はぁ」

 ほとんど毎日声を掛けているのに、毎回断られるのだ。
一体何があったといのうか。
女心と秋の空ということわざが、兄者の頭の中で笑っていた。




152: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:38:47.72 ID:ZgCYV95x0
( ´_ゝ`)「まあ、断るつもりだからそこまで俺が必死になることも無いんだが……」

 どっち付かずの、なんとも気持ち悪い状態が嫌で兄者はしばらく声を掛け続けたが、
一度としてクーがそれに応えることは無く、兄者もいつの間にか自然と声を掛けなくなっていった。

 その理由を兄者が知る日は来なかったが、
レストランの一件以来、クーの顔つきが日を追うごとに険しくなっていっているのを、
兄者は確かに感じていた。


155: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:40:13.10 ID:ZgCYV95x0
6章



 昼間だと言うのに、その部屋は暗かった。
壁には無数の印刷物。
紙の上で笑う女の子は、四方の壁を包み、天井までにも存在した。

机には黒い油性ペンの文字。

『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』
『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』『しぃ』……折り返し。

床には叩きつけられ壊れたままの目覚まし時計が転がり、
びっしり『愛』と書き込まれた紙が、何枚も散らばっている。




159: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:41:27.94 ID:ZgCYV95x0
('A`)「……」

 そんな異常な部屋で、ドクオはヘッドホンをしながらネットサーフィンをしていた。
ヘッドホンから漏れる音は、その想い人の声、そしてその周辺の音。
彼の日課となった盗聴作業である。

('A`)「……フ、フフ。わかるわかる」

 聞こえてくる声に、届かぬ相槌を打ってドクオは笑った。
かと思えば今度は急にその表情を曇らせ、
雄叫びを上げながら机に拳を打ちつけた。

(#'A`)「あああああ! くそぉぉぉぉぉぉ!」

 ディスプレイ脇のティッシュ箱に目を向ける。
そこに突き刺さっていたバタフライナイフの柄を掴むと、
乱暴に振り回し、箱から刃を抜いた。




162: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:43:32.44 ID:ZgCYV95x0
(#'A`)「くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! ああああああああああ!」

 プラスチックのキーボード目掛けて、
まるでハンマーのようにガンガンとナイフを振り下ろす。
しかしストレスが発散しきれないと感じると、
今度は机をやたらに切りつけ、ナイフを床に抛った。

 そしてキーボードを破壊すべく、拳をホームポジションの辺りに打ちつける。
ディスプレイには意味のない文字の羅列が並び、床にはキーが散らばり、
やはり意味のない文字列が並んだ。

 キーボードを破壊し満足したのか、
ドクオは最早使い物にならないキーボードを机の上から投げ捨て、
引き出しからノートPCを取り出しLANケーブルを繋いだ。




164: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:44:53.74 ID:ZgCYV95x0
('A`)「……ごめんね、ごめんね、しぃ。ビックリしちゃったよね」

 俯いたままどこを見るとも無くブツブツと呟くと、ノートPCを即座に起動させ、
ドクオは再びネットサーフィンを始めた。
デスクトップは未だに点いたままで、ヘッドホンからの音も依然変わらないのだが。

('A`)「……そうだ、この前ブログで見た……」

 呟くと、ドクオは流れるようなタイピングでアドレスを手打ち入力し、
軽やかにエンターキーを押した。
画面に表示されたのは、簡素なデザインのサイトだった。

('A`)「へえ……」

 背景は黒一色。
BGMは一切流れず、ただ古印体の赤字で『奈落』と書かれたサイトのタイトルと、
その下方に下線が引かれた『入水』と言う文字のみが書かれていた。




166: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:46:01.08 ID:ZgCYV95x0
('A`)「奈落……ねえ」

 プロキシのチェックを今一度し、サイトのソースをざっと調べた後、
ドクオは入水の文字をクリックした。

 程なくして開かれたページは相変わらず黒い背景のままだった。
だが、その代わりスクロールしても画面中央に付きまとってくる鬼のような顔があった。

 赤い顔色で、眼は見開かれ金色に輝いている。
大層豪華な帽子を被り、顔中に深いしわを作って笑っていた。

 マウスのホイールを転がし、ただその顔があるだけのページをスクロールし続けると、
やがて何も見つからぬままにページが終わった。




168: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:47:10.42 ID:ZgCYV95x0
('A`)「……クサいな」

 タブキーを一回押す。
それだけで容易に背景と同じ色をしたリンクの張られたドットが発見された。

('A`)「子供騙しかっての」

 そのままエンター。マウスポインタが一瞬砂時計に変わり、ページが切り替わった。
その先のページでドクオが見たものは、その名も大仰な閻魔帳なるものだった。

('A`)「……マジかよ。ただの噂かと思ってたが、こりゃあ……」

 記されている文章の数々に、
ドクオは知らず知らず息を飲み、冷や汗が流れるのを感じた。
そこには更新月日と共に、名前と、【詳細】という文字が書かれていた。




170: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:48:38.34 ID:ZgCYV95x0
 それだけならば大した問題ではないのだが、
問題なのは、それら全てに更新月日よりも“後”に位置する、
死亡月日が書かれていたことである。

 つまりこのサイトの更新者は、
あらかじめこれらの人物がいつ死ぬかを、知っていたということになる。
そこでドクオは、すかさず検索エンジンにキーワードを叩き込んだ。

('A`)「六月二十五日、荒巻スカルチノフ……ナイフでメッタ挿しにされ失血死。
   ……次、七月九日、斉藤またんき……鈍器で後頭部を殴られ死亡……」

 頭の中をグルグルと思考が駆け巡る。
これが事実ならば、サイトの管理者は予言者か、
もしくは大々的に殺人予告をしていることになる。
勘違いの可能性はないか。サイトの信憑性は。時間の前後関係は。




172: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:49:43.37 ID:ZgCYV95x0
('A`)「いや、別に全部が事前に書き込まれていたと決まったわけじゃないか」

 検索窓を開き、あらゆるサイトから情報を集める。
掲示板、ブログ、個人ニュースサイト。
調べてみると、水面下では二三ヵ月前からそれなりの話題性があったらしい。

('A`)「どうも、マジっぽいな……」

 多くを語らぬ不気味な殺人者予告はなかなかの盛り上がりようで、
姿も見えない実行犯は『閻魔』と呼ばれ、
既にある種のカルト的とも言える人気が涌いていた。

('A`)「これを利用すれば、奴に制裁を……」

 呟き、ドクオは更に情報を集め始めた。
その口元は醜く歪み、耳には既にしぃの声は届いていない。
ただ激しくタイピングしながら、『制裁』と何度もうわ言のように呟いていた。


175: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:51:30.08 ID:ZgCYV95x0
七章



 ( ∵)「ここか?」
(-_-)「ええ。ここの七〇一号室だったみたいですね」
 ( ∵)「じゃあそこの草むららへんか?」
(-_-)「いえ、もう少し奥の駐車場です」
 ( ∵)「あ〜……そりゃ悲惨だな」
(-_-)「ええ。それじゃあ聞き込み行きますか」
 ( ∵)「ああ」

 二人は今あるマンションの前に来ていた。
このマンションの七〇一号室に住んでいた人物の名前は、しぃ。
ブーンとツンの共通の友人である。
しかし今日は彼女に事情を聞きに行くわけではなかった。




177: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:52:42.90 ID:ZgCYV95x0
 エントランスにて管理人の許可を貰い七階へ上がった二人は、
話を聞こうと並ぶ部屋のチャイムを押すのだが、どこもかしこも返答が無い。

 そうして最後に七〇二号室まで辿り着いたとき、
ようやく中から玄関に向かってくる足音が聞こえてきた。

程なくして開かれたドアから、四十代後半と思われる女性が、
チェーンロックをしたまま顔をのぞかせた。

J( 'ー`)し「……どちらさまでしょう?」
 (-_-)「私、美府警察署のヒッキーと申します」

 言って、慣れた手つきで警察手帳を開く。
ビコーズも無言のままそれに倣い適当に写真を見せた。
それを見た女性は、しばし逡巡(しゅんじゅん)した後チェーンロックを外し、
改めて問いかけた。




181: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:54:07.17 ID:ZgCYV95x0
J( 'ー`)し「……なんでしょう」
 (-_-)「お忙しいところ申し訳ありませんが、
     七〇一号室に住んでいたしぃと言う女性について、二三伺いたい事があって来ました」
J( 'ー`)し「それならもう前にお話しましたけど……」

 その表情はウンザリだと言わんばかりに嫌悪に塗れていたが、
彼らにとっては見慣れたもので、それくらいで引いたりはしなかった。

 (-_-)「申し訳ありません。普段の彼女の様子ですとか、何か印象に残っていることはありませんか?」
J( 'ー`)し「私は見ての通りのオバサンですから、若い子との交流なんてあまり無いんですよ」
 (-_-)「少しも、ですか?」
J( 'ー`)し「ええ、少しも。もうよろしいですか?」
 (-_-)「いえ。当日の様子についてですが……」
J( 'ー`)し「それでは、失礼します。ご苦労様でした」

 ヒッキーの静止もまるで聞こえなかったようにドアは閉められた。

(-_-)「……ふう」
 ( ∵)「下手糞め。まあ、最初から期待しちゃいないけどよ。……しかし難儀だなぁ、おい」
(-_-)「周辺の住人も色々と疑われたでしょうからね」
 ( ∵)「結局実際のとこ動機は何だったのか……か。お前、これ事件に関係あると思う?」
(-_-)「その判断は事実を見てから下すべきですね」
 ( ∵)「チッ、つまんねー答えだな」

 舌打ちするビコーズがエレベーターのボタンを殴り、
扉が開いたのを見ると、ヒッキーと共に乗り込んだ。




183: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:55:48.30 ID:ZgCYV95x0
 ツン殺害よりも一ヶ月ほど前、ここである事件が起こった。
七〇一号室の住人、しぃが飛び降り自殺を図ったのだ。

大地に引かれるまま彼女は冷たいアスファルトに叩き付けられ、結果即死だった。
そしてその日、七〇一号室でしぃと共に酒を飲んでいたのが、ブーンだったのだ。

 自殺方法が飛び降りと言うこともあり、当初殺人の嫌疑を掛けられたブーンであったが、
逮捕には至らなかった。

 とは言え、彼が事情聴取された時の発言の数々は不明瞭極まりなかった。
目の前で飛び降りたはずであるのに、『何が起こったのか分からない』、
自殺の動機に対しても『心当たりがない』の一点張りだった。

 結局はしぃの体内から検出された多量の薬物反応と、向精神薬を常用していたと言う証言、
また、争った形跡も無く、ベランダの手すりに足跡が付いている点などから、
自殺という結論を以って捜査は打ち切られた。




186: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:57:12.13 ID:ZgCYV95x0
 ( ∵)「よーし、次は管理人でもちょちょくりに行くか」
(-_-)「よく言いますよ。全部僕にやらせといて。て言うか『ちょちょくり』って何ですか」
 ( ∵)「あ? ちょちょくりってのはお前……こう、ちょちょくることだよ」
(-_-)「説明になってません。……あ、もしかして『おちょくる』ってことですか」
 ( ∵)「ん? ……あー、そんな言い方もあるな」
(-_-)「いや、それしかないですよ」

 そんな馬鹿な話をしていると、二人の乗ったエレベーターが一階へと辿り着いた。
開いた扉の向こうにスーツを着崩した格好の一人の男が立っていたが、
ヒッキーは気にすることなくその脇を通り抜けようとした。
すると男は視線を彼らに向けるや否や目を見開き、意外そうな声を上げた。

(´・_ゝ・`)「あれ、なんでビコーズがここに居るんだよ」
  ( ∵)「おーおー、デミタス。お前こそ一人で何してんだ」

 ヒッキーを押しのけエレベーターから出るなり、
ビコーズは拳を作りデミタスの胸の辺りを小突いた。
それを横目にヒッキーは溜息を付くと、一人管理人の部屋を目指しその場を去った。




187: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:58:27.16 ID:ZgCYV95x0
(´・_ゝ・`)「俺はもちろん事件の捜査さ」
  ( ∵)「ああ、なんだっけ。なんか変な連続殺人だったよな。
      まったく、お前も好き者と言うか、上の指示に従ってちゃんと動けよ」
(´・_ゝ・`)「従ったてたさ。だけど都会は苦手でさ、今は迷子中だよ」
  ( ∵)「あーそうかいそうかい。お巡りさんが今から一緒に交番に連れてってやろうか? ん?」
(´・_ゝ・`)「お前に頼むくらいなら、犬にでも頼むよ」
  ( ∵)「確かに俺もお前も犬ではねえなぁ」
(´・_ゝ・`)「あはは、確かに確かに」

大声で笑った後、通りかかった住人の視線を感じたのか、二人はマンションの外に出た。




190: ◆HGGslycgr6 :2008/01/19(土) 23:59:55.69 ID:ZgCYV95x0
(´・_ゝ・`)「俺は新興宗教の儀式的なものじゃないかと睨んでるんだ」
  ( ∵)「どんな事件なんだ? 全然犯人像みたいなのも流れてこねーんだけど」
(´・_ゝ・`)「そりゃあ、何もないんだもの」
  ( ∵)「何もない?」
(´・_ゝ・`)「ここ一ヶ月に三件立て続けに起こって、証拠ゼロ。
      ……いや、違うな。遺留品が繋げる人物像は無し、だ」
  ( ∵)「……おい、どこが連続殺人事件なんだよ」
(´・_ゝ・`)「ただ、一つ共通点と言えなくもないものがある」
  ( ∵)「あん?」
(´・_ゝ・`)「被害者が全員嘘吐きだったってとこかな」
  ( ∵)「はぁ? ちょちょくってんなよ? 嘘くらい俺だって吐くっつうの」
(´・_ゝ・`)「じゃなきゃ、同じ性癖を持った犯罪者が各地に同時発生」
  ( ∵)「おいおい、全然意味わかんねーよ。
      俺はお前と違ってめんどくさいこと考えんの嫌いなんだっつーの」

デミタスはその言葉を聞くと、ビコーズの顔を見つめて、徐に舌を出した




193: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:01:16.21 ID:NWof9Dr30
(´・_ゝ・`)「べぇ」
  (#∵)「……てめぇ、調子のんのもいい加減にしねえとそのベロ引っこ抜くぞ!」
(´・_ゝ・`)「それだよ」
  (#∵)「はぁ?」
(´・_ゝ・`)「被害者は全員、舌を切り取られているんだ」
  ( ∵)「……舌を?」

 その時ビコーズの脳裏を過ぎったのは、あの日のブーンとの出来事だった。
突如鮮明に蘇った血なまぐさい光景を消し去ろうと、ビコーズは舌打ちをして頭を掻き毟った。

  ( ∵)「あーくそ! あのよ、被害者の舌……だよな?」
(´・_ゝ・`)「ん? そうだけど。それ以外誰が居るんだ」
  ( ∵)「……いや、そうだよな。悪ぃ、気にすんな」
(´・_ゝ・`)「あ、そう。じゃあ俺は行くよ」
  ( ∵)「お? 流石に、はぐれ一匹にビビってきたか?」
(´・_ゝ・`)「まさか、腹が減ったんだよ」

 ひらひらと手を振りながら背を向け歩き出したデミタスを鼻で笑い、
ビコーズはポケットからタバコを取り出すと、火を点けて最初の一口を思い切り吹かした。




196: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:03:09.63 ID:NWof9Dr30
 霧散していく紫煙越しに流れ行く雲合いを眺めながら、
何気なく口の中で舌を転がしていると、憮然たる表情のヒッキーが戻ってきた。

(-_-)「ビコさん。管理人の話、聴いてきました」
 ( ∵)「あー、ご苦労さん。で、どうよ」
(-_-)「駄目でした。忙しいから帰ってくれと三十回は言われ続けました」
 ( ∵)「なんだ情けねえな。百回言われるまで帰ってくんな」
(-_-)「無茶苦茶言わないでくださいよ」
 ( ∵)「なんだよ、結局は収穫無しか」
(-_-)「大体これ、ビコさんの独断で来てるんでしょ?」
 ( ∵)「当たり前だろ。各々が頭使って事件を解決に導く。素晴らしいことじゃねえか」

ビコーズは銜え煙草のままそう言うと、顎の当たりを手で擦って目を細めた。

(-_-)「だから出世出来ないんですね。勉強になります」
 ( ∵)「勝手に言ってろ。期待されないってのは実に楽でいいぞ。
     評価は貰えなくとも金は貰えるしな」
(-_-)「ほら、帰りますよ。排ガス出して突っ立ってるだけじゃ車にも劣りますよ」




199: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:04:52.32 ID:O1eAIe2e0
 ( ∵)「なあ、ヒッキー」
(-_-)「なんですか?」
 ( ∵)「俺、禁煙するかな」
(-_-)「……そうですね、いいんじゃないですか? 時代の流れからしても妥当ですよ。
    て言うか、ビコさん何気に気にしてたんですね」
 ( ∵)「……っせーよ。何が時代の流れだ、アホンダラ。俺より長く生きてから言え」
(-_-)「それ、しばらく無理そうですね。
     それに、僕は正義感の塊だから、例えば何かに巻き込まれて殉職とか、
     きっとそんなんでビコさんより先に逝きますよ」
 ( ∵)「……縁起でもねぇこと言うんじゃねえ」
(-_-)「……すいません」

 ビコーズは煙草を吐き捨て靴の底で火をにじり消した。
そして「行くぞ」とぶっきらぼうに言うと、そのまま歩き出した。

ヒッキーは首の後ろに手を当て溜息を吐き、ビコーズの煙草を拾い携帯灰皿に仕舞うと、
駆け足でその後姿を追った。


203: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:06:33.84 ID:NWof9Dr30
8章



 暗い室内で男が一人、佇んだままただ一点を見つめていた。

(;´_ゝ`)「……」

 彼の視線の先にあるものは、控えめながら可愛らしい装飾の施された携帯電話。
何を隠そう、実の娘の携帯である。

(;´_ゝ`)「ツンめ……なんと言うタイミングで携帯を家に置き忘れて行くんだ……」

 眼前にパンドラの箱を捕らえながら、男は苦悩した。
それを開けることで訪れる災厄は、想像するだに恐ろしい。
しかし、心の奥底で何者かが彼に開けてしまえと囁きかけるのだ。




205: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:07:36.95 ID:NWof9Dr30
(;´_ゝ`)「いかん、いかんぞ。いくら休日で俺が家に一人だからといって、
      他人様の、あ、いや、娘の携帯を覗き見るなどと言う行為は……」

 男は聡明であった。
その行動に伴うリスクおよび自己の倫理観の欠落した行動を認識しており、
誰に見られずとも、己の目に監視されている恥を知っていた。

 しかし、知は時として混乱を招く。

( ´_ゝ`)「そう言えば、パンドラの箱は開けたものの急いで閉めたから希望が残ったとか……
      ん、待てよ? 絶望だったか? いや、違うな。確か希望が残ったおかげで、
      人類は希望を捨てずに生きられるようになったとか。きっとそうだ。おお!」

 この箱には希望が残っている。
危惧している事実など全く存在せず、それどころか喜ばしい知らせの一つでもあるのでは。
男はありもしない現実を作り上げ、携帯に手を伸ばした。




210: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:08:41.24 ID:O1eAIe2e0
 と、その時。
すぐ傍で、ガタンと、なにかが椅子にぶつかる音がした。

――見られてしまった。
男は瞬間慄然(りつぜん)とし、背中を丸め早口で自己を弁護し始めた。

(;´_ゝ`)「うお! ス、スマン! ほんの出来心だったんだ! 本当だ! 神に誓う!
      自分でもダメだとは思ったんだが、ついツンが心配で……って俺の足かよ」

単に自分の足が椅子に引っかかっただけだと知ると、男は大きく溜息を吐いた。

(;´_ゝ`)「心臓破れた……」

 訂正。男は愚鈍であった。
すっかり見えない何かに怯えてしまった男は、携帯に手を伸ばす気など毛頭無くなっていた。




213: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:10:03.75 ID:O1eAIe2e0
( ´_ゝ`)「心配にはなるが……まあ、既に俺が口出しをする年齢じゃないのかもな」

 年齢と口に出して、ふと娘が小さい頃に三人で囲んだ夕食の席を男は思い出した。
まだ器用とは言えない箸使いながら、一生懸命に食べ物を口に運び、
一々微笑む幼い娘の姿は、それだけで仕事を早く終わらせてきた甲斐を感じさせた。

( ´_ゝ`)「ツンは、よく笑う子だったよな」

 食べ物を食べる度に笑い、そしてそれを見る彼と目が合うと、また笑うのだ。
妻はよく「美味しそうに食べるから嬉しい」と言っていた。彼もそう思っていた。

 しかし、いつしか食卓からはポツリポツリと会話が失せ、
それに呼応するように多感な娘の笑顔は消えていった。
時が経つままに冷え切っていった食卓は、そのまま凝固し、割れた。




214: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:11:10.54 ID:O1eAIe2e0
( ´_ゝ`)「……」

 思い返す度に後悔の念が涌き、
今では自尊心を護ろうと心の中で唱える言い訳も、随分と陳腐なものとなった。
誰が悪いと言うことは当事者には決め難いことだが、幼子に罪が無いことは明白であった。

( ´_ゝ`)「本当ならお前に付いていった方が、ツンだって幸せだったのかもな」

 娘がここまで真直ぐ育ってくれたことに男は本当に感謝していた。
男親に娘ではどうしても気配りが行き届かないところがあるのだ。

恐らくは色々と我慢したこともあったはずだし、
本来してやるべきことでも、出来ずにいたことがあったはずだ。

( ´_ゝ`)「……もし、今も――」

 呟きかけたところで、唐突に軽快な歌が何処かから流れてきた。
見るとさっきまで手を伸ばしかけていた携帯のランプが、七色に光っていた。




219: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:12:31.62 ID:O1eAIe2e0
(;´_ゝ`)「うお! お、お……えーと、ん? あ、おお!」

 光り輝く携帯を前に、男はうろたえながら一体どうしたら良いものかと焦った。
もしかしたら忘れたことに気が付いて電話を掛けてきているのかもしれないと思い、
いや、しかしそれは携帯を手に取るための都合の良い言い訳なのではないかとも思い、
少しの葛藤をした後、結局は携帯を手に取り、開いてしまった。

ディスプレイに表示されていた文字は『内藤ホライゾン』。

( ´_ゝ`)「内藤ホライゾン? ……知らん名前だな」

 娘の交友関係はなんとなく把握しているつもりであったが、
やはり大学ともなると、そうもいかないようだと男は少しばかり気を落とした。
そして若干の背徳感を覚えながら、通話ボタンを押した。




222: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:14:06.84 ID:O1eAIe2e0
( ´_ゝ`)「ん、もしもし」
      『もしもし? ツンかお?』
(;´_ゝ`)「ん? あ、その、あ、しまった……う、あ……」

 男はその瞬間になって、ディスプレイの表示など気にせずに、
娘が出るものだとばかり思っていたことに気が付いた。
予想外の男の声にすっかり何を言って良いのか分からなくなった結果、

(;´_ゝ`)「ま、間違えました!」

 そう叫んで終話した。
一体何を間違えたのか。それを知るものは居ない。

(;´_ゝ`)「……」

 そして男は放心状態で携帯の待ち受け画面を眺めていた。
考えるべきことは沢山有るのだが、精神に掛かった負荷がそれを消化するために、
思考に裂く分の処理能力さえも奪っていた。




223: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:15:13.85 ID:O1eAIe2e0
 そんな折に訪れた一つの影。
不幸といえば不幸ではあるが、
すべてが自業自得であり、男には誰をも恨む権利は無かった。

ξ゚?゚)ξ「ただい……え?」
( ´_ゝ`)「……あ」

 真昼の居間で、娘の携帯をジッと見つめる父親。
想像するだに身の毛のよだつ光景である。
無論、どちらの立場にしても、だ。

ξ;゚?゚)ξ「……何、してんの?」
( ´_ゝ`)「……」
ξ;゚?゚)ξ「……」
( ´_ゝ`)「……」
ξ;゚?゚)ξ「……」
( ´_ゝ`)「……」

 暫しの沈黙。
そののち男は手に持っていた携帯を畳むと、
それをテーブルの上に置き、居住まいを正した。

そして、勢いよく右腕を振り上げると声高に叫んだ。




226: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:16:46.40 ID:O1eAIe2e0
(;´_ゝ`)「ハンターチャンス! さて、お父さんは何をしていたでしょーか!」
ξ;゚?゚)ξ「……え? ハンター……何?」
(;´_ゝ`)「……」

空気を換えると言う男の計画は、ジェネレーションギャップの前に脆くも頓挫(とんざ)した。

ξ;゚?゚)ξ「あのさ、それ、私の携帯だよね?」
( ´_ゝ`)「ごめんなさい」

 為す術無しと知ると、男は床に音を立てて額を打ち付け土下座した。
加えて涙まで滲ませていた。

決して惨めだからじゃない、額が痛かっただけだと心の中で言い訳しながら、
男は娘から見えぬようにフローリングに涙を落とした。




228: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:17:46.39 ID:O1eAIe2e0
ξ;゚?゚)ξ「い、いや、別にそこまで謝らなくても良いけどさ……」
( ;_ゝ;)「え!?」

 恥も外聞もなく泣き顔を上げた男の目に映っていたのは、女神だった。
何故こんなにも寛大な心を持っているのか。

そしてその持ち主が自分の娘であると言う事実。
多種の感動が男の中を渦巻き、涙となってあふれ出した。鼻からも少し。

ξ;゚?゚)ξ「あーあー……ほら、ティッシュ」
( ;_ゝ;)「……ツン」

 なんと神々しいことか。
男はそのあまりの清らかさに、自らの汚れた心までもが浄化されていくかのような、
そんな感覚を今まさに体験していた。




230: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:18:53.40 ID:O1eAIe2e0
 この子を育てていたとは、なんとも痴(おこ)がましい思い違いをしていたものだ。
私はこの子に育てられていたのだ。

そう考えると男は、また涙を溢れさせた。
今度はほとんど鼻から。

( ;_ゝ;)「ツン……お父さん、立派なお父さんになるよ」
ξ;゚?゚)ξ「はぁ……そうですか」

 止め処なく溢れる鼻水をティッシュでかむ男を見ながら、娘は困惑の表情を浮かべていた。
そして掴んだティッシュが五枚目に差し掛かったところで、男がふと質問を投げかける。

( ´_ゝ`)「ところで、ツン。内藤って誰だ?」
ξ゚?゚)ξ「え? 大学の友達だけど?」
( ´_ゝ`)「そうか」

 予想通りの回答だったため、男はまた、はなをかむ作業に戻った。
一体どんな男なんだろうとか、そう言えば名前で呼んでいたなあとか、
そんなことを考えながら、男はヒリヒリする小鼻の辺りを手でさすった。




231: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:20:01.21 ID:O1eAIe2e0
ξ゚?゚)ξ「お父さん」
( ´_ゝ`)「なんだ?」
ξ゚?゚)ξ「中、見たの?」
( ´_ゝ`)「……え?」
ξ゚?゚)ξ「携帯」
( ´_ゝ`)「え? え? だって、そりゃあ……」
ξ゚?゚)ξ「……」
(;´_ゝ`)「あ、あれ? さっきそれを許してくれたんじゃ……」

 その言葉が示すものは、ただの質問、疑問である。
しかし男が今まさに体感している空気。
そこには決して言語を媒介できない不穏な雰囲気が混ざりつつあった。




234: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:21:19.64 ID:O1eAIe2e0
(;´_ゝ`)「待て。世の中には誤解から生まれる冤罪が沢山ある。
      こと個人間においては、対話不足から様々な軋轢(あつれき)が生まれることがあるだろう。
      だがな、ツン。我々はそう言った前例を知ることで……いや待て、
      そもそも俺は中身なんか見てないんだ。そう、そこがポイントなんだ。
      さっきはつい動揺して誤解を招く表現をしたが、それだけは事実だ。まずは話を聞いてくれ」
ξ゚?゚)ξ「言い訳が長い男は?」
(;´_ゝ`)「あ、う……嘘吐き。いや! だがな、ツン! この世に絶対の法則など――」
ξ ? )ξ「……もういい」
(;´_ゝ`)「なっ!」

 その言葉は男の胸に深々と突き刺さり、体中を駆け巡り、
あらゆる場所を凍りつかせながら、頭の中で木霊(こだま)し続けた。

(;´_ゝ`)「ツ、ツン。そんなことを言わないでくれ。せめて、怒ってくれ。頼む……」

 自らに背を向けたままの娘に男は懇願した。
怒りはまだ良いものだ。関心があると言うことなのだから。
関心を持ってくれてさえいれば、後の関係修復も可能と言うものである。




237: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:22:16.43 ID:O1eAIe2e0
 しかしそれに比べ「もういい」と言う言葉のなんと恐ろしいことか。
無関心。全くの無関心である。
口をパクパクとさせながら、
男は娘の背に投げかけるべき言葉を必死に搾り出そうとしていた。

ξ ー )ξ「……フフ」
 (;´_ゝ`)「?」

と、その時、その背中から笑い声が漏れた。

ξ*゚?゚)ξ「あはははは! ごめんごめん、冗談」
 (;´_ゝ`)「……?」

 ケラケラと笑いながら振り向いた娘の顔は紅潮していたが、
起こっている様子は微塵も感じられなかった。
二転三転する状況を全く把握できず、男は未だ口をパクパクとさせていた。




239: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:23:26.62 ID:O1eAIe2e0
ξ゚?゚)ξ「私ロックかけてるから、どうやっても見れないんだよね、これ」
( ´_ゝ`)「え?」

――――――

――――

――


ξ;゚?゚)ξ「もう、ごめんってばー」
(#´_ゝ`)「……」
ξ;゚?゚)ξ「機嫌直して。ね?」
(#´_ゝ`)「別に怒ってなんかない」
ξ;゚?゚)ξ「もー、絶対怒ってるし」
(#´_ゝ`)「怒ってない」
ξ;゚?゚)ξ「ごーめーんー」
(#´_ゝ`)「……」

 心を傷付けられた男は、腕を組んだまましばらく娘の謝罪の言葉に耳を傾けていた。
そして、ふとあることを思いついた。




242: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:24:30.44 ID:O1eAIe2e0
( ´_ゝ`)「……写真」
ξ゚?゚)ξ「はい?」
( ´_ゝ`)「ツンの写真が欲しい」
ξ;゚?゚)ξ「……」
( ´_ゝ`)「……」
ξ;゚?゚)ξ「えーと……私の写真で……ナニをするの?」
( ´_ゝ`)「ここまで信用無いのは、本気でお父さんショックですよ」
ξ;゚?゚)ξ「え、いや、だって……」
( ´_ゝ`)「……」
ξ゚?゚)ξ「……」
( ;_ゝ;)「父親だもん! 娘の写真欲しいもん! 自慢とかしたいもん!
      わざとデスクでツンの写真見て、同僚から『かわいい娘さんですね』とか言われたいもん!」
ξ;゚?゚)ξ「……」
( ´_ゝ`)「と、言うわけで……」

自らの携帯を取り出すと、男は陽気に笑った。




243: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:25:58.05 ID:O1eAIe2e0
( ´_ゝ`)「はい、チー……」
ξ;゚?゚)ξ「待った!」
( ´_ゝ`)「何かね」
ξ;゚?゚)ξ「そんな急に写真とか……ちょっと待ってて、この間買った服が――」
( ´_ゝ`)「待てません。後五秒。服を取りに行くと、間に合わずにシャッターが下りて、
      もれなく写真のタイトルが『娘の尻』になります」
ξ;゚?゚)ξ「この変態!」

( ´_ゝ`)「まったく……何を気にしているが分からんが、その格好も可愛いじゃないか」
ξ゚?゚)ξ「え、そうかな? で、でも……」
( ´_ゝ`)「隙あり!」
ξ;゚?゚)ξ「あ、ちょっと!」




246: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:26:56.10 ID:O1eAIe2e0
ウィーン……キュイーン……。

ξ;゚?゚)ξ「オートフォーカス遅っ! どっちが隙だらけよ!」

カシャッ。

( ´_ゝ`)「油断したな小娘が。シャッターは下りた。最早貴様の負けだ」
ξ゚?゚)ξ「……もう。別に良いけど、あんまり他の人に見せないでよ。恥ずかしいから」
(*´_ゝ`)「わ〜い、みんなに一括送信だ〜」
ξ゚?゚)ξ「聞けよ」

実に仲の良い親子だった。


250: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:28:41.54 ID:O1eAIe2e0
九章



(´・_ゝ・`)「……これも嘘、と」

 この日デミタスは残業を押し付けられ、
夜中までディスプレイの前でキーボードを叩いていた。

その仕事内容というのも、実にやりがいの無いもので、
事件に関して寄せられた噂など、確証が取れていないものの確認作業であった。

 そのほとんどが確認するのも馬鹿馬鹿しいほどの内容ばかりなのだが、
何かと“自由行動”の多いデミタスは、その罰も兼ねてか上司から直々に作業を言い渡された。




253: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:30:03.71 ID:O1eAIe2e0
 確認作業も終盤に差し掛かり、時計の針が午前三時を回った頃、
閉じかけだったデミタスの両眼が、一足早く昇る朝日のようにやおら開かれた。

(´・_ゝ・`)「……ドンピシャじゃないか」

 この時デミタスが調べていた噂。
その内容は簡潔で『犯人が自らのサイトで殺人予告をしている』というものだった。
そしてデミタスは噂のサイト『奈落』へと辿り着き、次の画面を目撃した。


――――――――――――――――――――――――――――――

[五月三十日 亡]
六月十二日 田中ポセイドン  【詳細】 ≪裁≫

[六月十日 亡]
六月二十五日 荒巻スカルチノフ  【詳細】 ≪裁≫

[六月二十九日 亡]
七月九日 斉藤またんき  【詳細】 ≪裁≫

――――――――――――――――――――――――――――――




256: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:31:17.45 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「よくも大胆にやってくれてるもんだ」

 そこに書かれていた内容こそ簡素であるけれども、
眠気を忘れさせるくらいの衝撃は包含していた。
今まで事件に関連した被害者の名前に、その死亡月日が記述されているのだ。

他サイトでの記述からするに、『亡』と記されている方が更新日時、
名前の横にあるのが死亡月日のようだった。
勿論、死亡月日については一致している。

 ただ、それだけではただの報道された内容のコピーであり、
ネットを渡った情報を鵜呑みにすることは危険である。
しかし問題は【詳細】である。

(´・_ゝ・`)「……これはさすがにおかしいよな」

 この【詳細】。
実はリンクが貼られていて、クリックした先には、
被害者についてのデータが記されているのだ。




258: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:32:45.18 ID:O1eAIe2e0
 それも生半可なものではない。
性別や年齢は勿論、住所や身体的特徴、家族構成から学歴、現在の職業、
果てには通勤、通学ルートや行きつけの店など、とにかく事細かに情報が載せてあるのだ。

(´・_ゝ・`)「重要参考人ってとこか。しかし、これどうやってコンタクト取るかな……」

 デミタスには既にこの時『報告』の二文字は無かった。
ただこの人物に会って話がしたいという思いで胸が一杯なのだ。

(´・_ゝ・`)「犬らは鼻が利く上に、銜えたら離さんからなあ。
      早めにアクションを起こしたいところだが……」

 わざわざ殺害予告をして何の足しになるのか。
自己顕示欲の強い犯人なのだろうか。

しかし、その行動の大胆さの割に自己の存在をアピールする要素が皆無であり、
ただ事実のみを冷ややかに記している印象が強い。

それこそ新聞記事をスクラップして集めるかのように、機械的な作業である。
だが、同時にそこに熱を帯びた偏執的なものを感じるのもまた事実だった。




260: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:34:10.78 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「さて、そんな人物の目を引くにはどうしたら良いか……」

 その熱を帯びた部分。
冷ややかさを装ったその内部に触れることが出来れば、たちまち食いついてくるだろう。
そうデミタスは考えていた。

 ではこの人物が一体何に傾倒しているのか。
この行動の動機付けは何か。
考えるほどに眠気に満ちていたはずの脳が活性化し、心臓が強く拍動する。

(´・_ゝ・`)「必ず尻尾掴んでやるからな」

呟き、改めて両手をホームポジションに移したとき、
不意に胸ポケットの携帯電話が震えた。

(´・_ゝ・`)「なんだよもう、どうせまた『淫乱団地妻だの○学生とタダマン』とかだろ……ったく」

ところが開いてみるとメールではなく、電話だった。それも同僚からの。




262: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:35:25.53 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「もしもし、お疲れさん」
      『お疲れさん。今さっき隣の県の署に犯人自首してきたらしい』
(´・_ゝ・`)「は? ……犯人って、犯人だよな?」
      『ああ、俺も今確認取ってるとこなんだが、一応連絡』
(´・_ゝ・`)「俺どんだけハブられてんだよ」
      『拗ねんなって。じゃ、急いでるから』

 無造作に切られた音を聞くと、デミタスは肘を突き、溜息を吐いた。
もし犯人とこのサイトの管理人が同一人物だとしたら、完璧に後手に回ったことになる。
しかしこいつに限ってそれは無いだろうとデミタスは思っていた。

(´・_ゝ・`)「ま、とにかく行ってみますか」

 デミタスは冷めたコーヒーを一気に呷ると、
背もたれに掛けていた上着を肩に掛け、仕事場を後にした。




265: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:36:37.49 ID:O1eAIe2e0



                   *



(´;ω;`)「ボク、ボク……ごめんなさい……」

 デミタスが取調室で目にする頃には、犯人は既に涙を流して謝罪をしていた。
どんな豪胆な犯人かと思いきや、どうやら精神的に耐えられなくなり自首してきたような、
普通の人物らしかった。

(´・_ゝ・`)(やっぱり違う……)

 あれほどの断片的な文章しか見ていなかったが、
デミタスにはどこか確信めいたものがあった。




267: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:37:42.48 ID:O1eAIe2e0
 涙を流しているからではない。情けない言動だからではない。
目の前の男には、冷たさも熱さも無かったのだ。
ただのぬるま湯でしかない。
奴の熱に浮かされた模倣犯か、あるいは妄言の類だろうと見切りをつけた。

(´・_ゝ・`)「……ん?」

 その時デミタスの頭の隅に何かが引っかかった。
この事件の根底に関する何か無視できない可能性。

(´・_ゝ・`)「……」

しかしそれは瞬く間に霞み、次の瞬間には影しか残っていなかった。




270: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:38:48.66 ID:O1eAIe2e0



                   *



 その日の正午、デミタスは話をするべくビコーズに連絡を取り共に飯を食べていた。
犯人が捕まったと言うのに、同僚にぐだぐだと疑問を投げかけても煙たがられるだろうし、
ビコーズにならば、うっかりサイトの事を話しても問題は無いと思ったのだ。

  ( ∵)「まあ、どっちみち後は調べてけば分かるんじゃねーの?」
(´・_ゝ・`)「……だと、いいけど」
  ( ∵)「どうした、全然嬉しそうじゃないな」
(´・_ゝ・`)「どうにも、嫌な感じがするんだ」
  ( ∵)「は? でっかい手掛りが転がってきたのにか?」
(´・_ゝ・`)「いや、これは寧ろ……うーん……」
  ( ∵)「なんだよ、考えすぎだって。大体わざわざ嘘吐いて逮捕されに来る奴なんていねえよ。
      殺したのはそいつで決まりだって。な?」
(´・_ゝ・`)「そうだろうとは……思う、けど……」




271: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:39:53.67 ID:O1eAIe2e0
 言葉尻を濁すと、デミタスはコップに手を伸ばした。
と、その脇で激しく携帯が震えだした。
デミタスはコップを掴むのを止め、携帯を手に取った。

(´・_ゝ・`)「はい。はい、はい。……本当ですか。分かりました、すぐに向かいます」
  ( ∵)「どうした?」
(´・_ゝ・`)「二人目が自首してきた」
  ( ∵)「二人目? ……なるほど、グループ犯か。仲間が捕まって諦めたってとこか」
(´・_ゝ・`)「……だと、いいな」
  ( ∵)「?」
(´・_ゝ・`)「……」

 その違和感は言葉にならず、しかし確実に肥大化していく。
心の奥で燻るその何かに、デミタスは嫌な予感を覚えずにはいられなかった。




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