( ^ω^)悪意のようです 後編 *閲覧注意

2010/10/24 01:36 登録: 痛(。・_・。)風

276: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:41:30.77 ID:O1eAIe2e0
10章



 (*゚ー゚)「あのお店のチーズケーキおいしかったね〜」
( ^ω^)「それはもう、僕がずっと前から目を付けてた場所だったから当然だお」
 (*゚ー゚)「さすが内藤くんだよね。あ、それじゃあ私こっちだから」
( ^ω^)「いや、送るお」
 (*゚ー゚)「ホント? ……ありがと」

 西日を背に、僕達は家路をたどっていた。
僕よりも少し背の低いしぃは、出来ている影もやっぱり少し短い。

そして僕は、しぃの影が時折僕の影を見ていたことを、
今日もやっぱり気付かない振りをしていた。




277: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:42:45.66 ID:O1eAIe2e0
 (*゚ー゚)「――と、言うわけ」
( ^ω^)「ほお、そうなのかお」
 (*゚ー゚)「うん」
( ^ω^)「……」
 (*゚ー゚)「……」

 会話が止まり、自然と沈黙が訪れた。
なんと言うことも無いただの空白なのに、僕の頭は思考で埋め尽くされていく。
早く、会話を始めなければ。
甘さと緊張の混ざったような空白を、早く塗りつぶさなくては。

 (*゚ー゚)「あのね、内藤くん」
( ^ω^)「なんだお?」
 (*゚ー゚)「……ごめん、なんでもない」

 言わせてはいけない。
僕にはその資格が無いから。
僕にはそれに応えるだけの気持ちが無いから。
しぃを傷付けたくない。だから、早く楽しい話題を振らなきゃいけない。




279: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:43:57.89 ID:O1eAIe2e0
 (*゚ー゚)「もうすぐ……着いちゃうね」
( ^ω^)「お」

 不確かな予感だけれど、自意識過剰かもしれないけど、
しぃは、僕のことを好きなんだと思う。

西日の差した頬はいつにも増して真っ赤で、僕を見上げる目は熱に潤んでいて。
喋らない時でも僕を見る回数は多くて、話は僕のことばっかりで。

 (*゚ー゚)「……着いちゃった」
( ^ω^)「……」

 でも、僕の影はいつも真直ぐ伸びたままだったし、
別れを惜しむ言葉をかけて欲しそうなこの空気に、応えることもない。




282: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:45:02.22 ID:O1eAIe2e0
 (*゚ー゚)「……内藤くん」
( ^ω^)「なんだお?」

 僕は、しぃが嫌いじゃない。
むしろ好きだといってもいいと思う。可愛いとも思う。

(*゚ー゚)「私ね、その、もしかしたらツンとかが言っちゃったりとか、してるかもしれないけど……」

 でも僕はしぃが想う好きに応えられるほど、しぃを好きでいる自信が無い。
こんなに一生懸命に僕を好いてくれる想いが、正直なところ、怖い。

(*゚ー゚)「内藤くんの事がね……」

 だから、止めて欲しかった。
僕だって人を好きになったことはある。
だから、それが叶わないことの辛さも知っている。




285: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:46:12.15 ID:O1eAIe2e0
(*゚ー゚)「……好き、です」

 ――瞬間、目の前のしぃが別な人に見えた。
僕を好いてくれていて、返事次第ではすぐにでも恋人になってしまうんだ。
ああ、早く返事をしなきゃ。

( ^ω^)「そう、なのかお……」
 (*゚ー゚)「……うん。そうなんだ」

 なんて言えばいいんだろう。
どうしたら一番傷つかないんだろう。

( ^ω^)「しぃ」
 (*゚ー゚)「はい」
( ^ω^)「……僕は、正直まだ良く分かんないお」
 (*゚ー゚)「……」

あ、卑怯だ。




288: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:47:27.64 ID:O1eAIe2e0
( ^ω^)「突然だったし、僕自身しぃのことをどう思ってるのか、ちょっと混乱して」

 最初に『まだ』なんて言っている。
そして『突然』だなんて言っている。
僕は知っているし、知っていたのに。

( ^ω^)「少し……考えさせて欲しいお」
 (*゚ー゚)「あ、うん。……そっか、分かった。」

 僕は期待を持たせようとしてる。
本当はしぃを傷付けたくないってのも違うかもしれない。
自分が悪者になりたくないだけなのかもしれない。
本当に良く分からなくなってきた。
しぃの眼差しが、痛い。

 大体「少し考える」って何だろう。
何を考える?
もしかして僕は、本気じゃないのに、しぃを彼女にしようかと思ってる?
それが出来るかを考える?




290: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:48:39.35 ID:O1eAIe2e0
 (*゚ー゚)「じゃあ、返事……待ってる」
( ^ω^)「その、なるべく早く返事するお」
 (*゚ー゚)「うん」

 別れる区切りがついたのに未だに僕を見つめ続けるしぃの視線が痛くて、
僕は背を向けて歩き出した。

( ^ω^)「……」

 もう空は朱から藍に変わり始めていた。
その空の下、帰り道すがら僕はいろいろなことを考えていた。


 付き合うと言うことは一体どう言うことなんだろう。
お互いが好き同士なら、結婚をすればいいんじゃないんだろうか。

もしかしたら付き合うってことは、僕が思っているよりもっとフランクで、
だから皆は合コンとかをするのかもしれない。




292: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:49:46.33 ID:O1eAIe2e0
 僕は正直言って、そういうものを蔑視していた。
そこには愛が無いと思っていた。

 でも、それはただ僕が潔癖すぎるだけであって、
動機が何であれ、二人の思いが一致したならば付き合うと言う結論を出せば良くて、
その後にそこに確かな想いがあれば、結婚すればいいのかもしれない。

 だから、いま僕がしぃに対してほんの少しの感情しか抱いていないとしても、
それは付き合ってから育めばいいもので、その可能性を僕の潔癖で拒否することこそ、
彼女に対して残酷なことなのかもしれない。

( ^ω^)「……大体僕も、もう成人なんだお」

 全く好きじゃないってわけじゃない。
しぃはすごく良い子だと思う。
だのに僕がこうしてうだうだ考えるのは、僕が子供だからなんだろうか。
もしくは、僕は誰かと付き合うことが怖いのかもしれない。




293: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:50:54.39 ID:O1eAIe2e0

 と、ポケットに仕舞っていた携帯が震え始めた。
メールかと思っていたけど、画面を見るとツンから電話が掛かってきていた。

( ^ω^)「もしもし」
ξ゚?゚)ξ『もしもし? いま大丈夫?』
( ^ω^)「……大丈夫だお」
ξ゚?゚)ξ『ほんと? あのさ、この間ゴメンね』
( ^ω^)「この間って?」
ξ゚?゚)ξ『ほら、電話くれたときにウチのお父さんが勝手に切っちゃったやつ』
( ^ω^)「あー……別に気にしてないお。最初は少しビックリしたけど」
ξ゚?゚)ξ『それで、改めての話なんだけど……』
( ^ω^)「うん」
ξ゚?゚)ξ『……ねぇ、ブーン。何かあった?』
( ^ω^)「……え? 何でだお?」
ξ゚?゚)ξ『なんか、元気無くない?』

 ツンに言われて始めて僕は気がついた。
僕は元気が無かったのか。
女の子に告白されたのに。




295: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:52:03.52 ID:O1eAIe2e0
( ^ω^)「……その、しぃに告白されたんだお」
ξ゚?゚)ξ『……マジで?』
( ^ω^)「マジだお」
ξ゚?゚)ξ『で、……なんて答えたわけ?』
( ^ω^)「……まだ」
ξ゚?゚)ξ『まだって……もしかして保留?』
( ^ω^)「……お」
ξ゚?゚)ξ『うわぁ……しぃ可哀想。さっさと返事しなさい。今すぐ!』
( ^ω^)「でも、まだ返事が決まってないお」
ξ゚?゚)ξ『何それ、だらしない。好きか嫌いか、イエスかノーかでしょ』
( ^ω^)「……そんな簡単には決められないお」
ξ゚?゚)ξ『……なんで?』
( ^ω^)「ツン、なんかちょっと怖いお」
ξ゚?゚)ξ『そりゃあこんなの聞いたらイラつくに決まってるでしょ。
      でもさ、なんですぐに返事できないの? 別にこれは怒ってるとかじゃなくて』

 いや、怒ってるじゃないか。
そう言いかけたのを、ぐっと抑えて僕は考え始める。




297: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:53:26.65 ID:O1eAIe2e0
( ^ω^)「分かんないお」
ξ゚?゚)ξ『……しぃのこと好きじゃないの?』
( ^ω^)「好きじゃなかったら迷わないと思うお」

でも胸を張って大好きだとは言えないと思う。

ξ゚?゚)ξ『好きなら付き合えばいいでしょ』
( ^ω^)「そう、だけど……」
ξ゚?゚)ξ『まさか他に好きな人が居るとか?』
( ^ω^)「……好きな人?」

 そう言えば最近昔ほどそういうのを気にしなくなった気がする。
中学や高校だと、誰が誰を好きとかそう言う話が毎日のように聞こえてきて、
僕もそれなりに意識してた人が居た気がするのに、どうしてだろう。

( ^ω^)「……分かんないお」
ξ゚?゚)ξ『分かんないって……アンタ、自分の事でしょうが』
( ^ω^)「……」

 スピーカーの向こうから、ツンの溜息が聞こえる。
なんだかそれを聞くたびに僕はどんどん卑屈になっていく気がしてならない。




298: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:55:02.47 ID:O1eAIe2e0
ξ゚?゚)ξ『わかった。今どこ?』
( ^ω^)「しぃの家から少し駅のほうに歩いたところだお」
ξ゚?゚)ξ『今から行くから駅前の喫茶店にいなさい』
(;^ω^)「え……そんな、別にいいお」
ξ゚?゚)ξ『よくない。いい? 絶対待ってなさいよ』

 一方的に約束を取り付けると、ツンは電話を切ってしまった。
勢いに負けた僕は、待ち受け画面に戻った携帯のディスプレイを眺めながら、
頭の中でツンの声や姿を思い浮かべていた。

こんな時間に会うのは初めてかもしれないとか、
一体どんな格好をしてくるんだろうかとか、
会ったら何て言葉を掛けられるんだろうかとか、
怒られるんだろうかとか。

( ^ω^)「……あ」

 そして気付いた。
僕は、ツンが好きなんだ。


302: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:56:33.70 ID:O1eAIe2e0
十一章



 美府警察署留置場。
市役所とも病院とも違う種類の非日常的な雰囲気に包まれた建物内は、
目立った人影も見当たらず、ただロビーに置いてあるテレビの音だけが聞こえるのみである。
そこにやってきた今日始めての来訪者は、車椅子を押した一人の男だった。

 男は車椅子を押したまま受付の前に立ち止まり、備え付けのボールペンを手に取ると、
面会申し込み用紙に必要事項を記入し、そのまま窓口に提出した。
そして番号の書かれた紙を受け取ると、促されるままにロビーまで移動し、
ゆっくりとソファに腰を下ろした。




304: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:57:52.80 ID:O1eAIe2e0
 薄汚れた灰色のブラウン管テレビから、ひっきりなしに笑い声が響いていた。
どうやら誰が居ずともテレビはずっと点けているらしく、所々に画面焼けが見られる。
しかし男はテレビなどまるで気にしてはいなく、車椅子に乗せた少女の背中をただ摩っていた。

 車椅子の少女は頭から白いヴェールを被っていて、その視線はただ下ばかりを向いていた。
強い紫外線から身を護るためなのか、はたまた宗教的な理由からそのような服装をしているのか。
しかし外気温に見合わない全身を覆う厚着の様を見るに、後者の理由が強いのかもしれない。

 やがて番号を呼ばれた男は立ち上がり、少女と共に検査室へと向かった。
男は手に持っていた鞄や携帯電話をロッカーに入れて金属探知機を通ったが、
車椅子に乗っている少女はそうもいかず、女性係員による検査が行われた。




305: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 00:59:17.40 ID:O1eAIe2e0
 手で持てるタイプの金属探知機を取り出し、少女の体に当てていく。
それが終わると係員は手袋をはめ、少女に向かって

 「お体に触れたいと思いますが、宜しいでしょうか」

と、告げた。
しかし少女から返事は無い。

 すると男はすぐさま

 「長旅で疲れて眠ってしまっているんです。検査はして下さって構いません」

と、答えた。

 それを受け、係員は「はあ」と返事をすると、上半身から足元、ポケットに至るまでを検査し、
何事も無いと確認すると検査を終了した。

 少女を連れた男はそのままエレベーターに乗り、指定された階へと向かった。
辿り着くと、窓口に持っていた紙を見せ、そこで指定された部屋へと歩いていった。
そうして男がようやく面会となった人物。その名前は内藤ホライゾン。
悲しいことに、これが逮捕後における彼の初めての面会であった。

 面会に現れた男の姿を見るなり、ブーンは手元の紙にペンを走らせた。




308: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:01:00.03 ID:O1eAIe2e0
( ^ω^)『誰ですか?』

 ブーンには見覚えが無い男だった。
横には顔を窺えない人物も居るようだが、
そもそも車椅子を必要とする知り合いなど、見当が付かなかった。

 その言葉を聞いて、男は表情を変えることなく、
言葉にも微塵の抑揚をつけることなく、極めて落ち着いた様子でこう言った。

( ´_ゝ`)「はじめまして、ツンの父親です。いつも娘がお世話になっています」
( ^ω^)「……」

 その言葉を聞き、ブーンは俄に事件当日の事を思い出した。
忌々しく、悲しい出来事であり、思い出したくないが、忘れることも出来ない。
今では随分と心も落ち着いていたが、目の前の人物に謝ろうと言う気が、
自然に涌いてくることは無かった。




309: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:02:26.89 ID:O1eAIe2e0
 それはブーンの思考が未だ混乱していたこともあるが、
加えて拘禁のストレスによる原始衝動への立ち返りによって、
暴力的な思考に支配されつつあったせいもある。

( ^ω^)『僕を、なじりに来たんですか?』
( ´_ゝ`)「君も一人では寂しいと思ってな、こうして面会に連れてきたんだよ」

 まるで意思疎通を図れていない両者は、立会い看守の目に見ても不気味だった。
ややこしいことになる前に、面会を終了させようかと考えていたほどだ。

( ^ω^)『誰をですか?』
( ´_ゝ`)「随分と薄情者だな、君は。ほら、ツン。内藤くんだぞ」

 その言葉と共に外されたヴェールの下にあった顔。

ξ-?-)ξ「……」

 その顔は、見紛う事なきツンのものだった。




314: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:03:48.96 ID:O1eAIe2e0
(;^ω^)「……」

 さすがのブーンもこれには息を飲んだ。
青白い顔をしているが、目を閉じたその顔に、あの夜の記憶がより鮮明に蘇る。

(;^ω^)「う……ああ……」

 鼻腔に広がる血腥(ちなまぐさ)い蒸気、罵倒の言葉、
部屋の照明、床の血溜まり、自分の荒くなった呼吸音、心臓の鼓動。
滑りを帯びた拳。腫れあがった顔。頬を切る夜風。
舌を切った時、右耳に響いたブツリという音。

( ´_ゝ`)「ほら、よく顔を見て。これがお前に殺された私の娘の顔だ。
      人生も始まったばかりだと言うのに、お前に出会ったが為に無念のまま死んだ、
      私の娘の顔だ。目を逸らすな!」

 語気を荒げて詰め寄る男を見るなり、看守は面会終了の旨を伝え、
男を半ば強制的に退出させようとする。




319: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:05:29.50 ID:O1eAIe2e0
(#´_ゝ`)「いいか! お前に安息の日は訪れない! お前が出てきたら私はお前を殺す!
      脅しではない! お前は刑務所を出ても、いつ俺に殺されるかをビクビクしながら、
      その余生を過ごすのだ! 殺してやる! 殺してやる! 忘れないぞ! 絶対に!」

 看守に取り押さえられ、ついには部屋の外へ連れて行かれたが、
その怒声はドアを隔てても十分に聞き取れるほどに凄まじいものだった。

 そうして取り残されたブーンは、力なくペンを落とし、狂ったように叫んだ。
頭の中ではあの夜の光景が際限なく駆け巡り、視界に何が映っているかを認識できなくなる。
喉の奥がギュッと絞まって悲鳴は細く濁り、ついにブーンはその場で理性を失い、
頭を抱えたまま足をバタつかせて暴れ始めた。

何もかも、舌でさえも失ったブーンの気持ちの代弁者は、
この世のどこにも居なかった。




321: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:06:38.65 ID:O1eAIe2e0



                   *



  ( ∵)「……で、親御さんはどうなったんだ」
 (-_-)「厳重注意の後、自宅まで送りました。告別式は今日執り行われるようです」
  ( ∵)「そうか。首を切りとって、とかじゃなくて良かったな。弟さんも一人になったら堪らんだろう」
 (-_-)「……そうですね」

 こうして遺体消失事件は発生した時と同様、突然に解決をした。
遺体を持ち出しはしたものの、傷付けた形跡は見られず、
また、脅迫に関しても、その心中を察してお咎めなしとなった。

結果、兄者が罪に問われることは無かった。




326: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:07:26.56 ID:O1eAIe2e0
 以上をもって全ての謎がここに一応の解決を見て、
ブーンによるツン殺害事件は事実上終了した。
被疑者ブーンは、こののち起訴され、実刑は免れないだろう身となった。

 友人の自殺と言う精神的に不安定な時期に加え、
そこに訪れた偶発的な痴情の縺(もつ)れからなった口論が、引き金となった衝動的犯行。
このような犯行動機をもって、ブーンは公判を待つ身となった。



332: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:09:04.07 ID:O1eAIe2e0
12章 



 サクラ咲く。
朗らかな春の日に、私たちは二人揃って大学に受かった。
初日の顔合わせの後は、まだ皆よそよそしくて、近くの人同士が話しているだけな感じ。
私は割と誰とでも話せる人なんだけど、しぃは全然駄目。

(*゚ー゚)「えーと……ふう……」

結局一人で立ったり座ったり、

(*゚ー゚)「あ、あの……あ……う……」

話しかけようとしてタイミング逃したり……本当、あの子ほっとけないわ。




334: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:10:00.08 ID:O1eAIe2e0
ξ゚?゚)ξ「いい男いた?」
  (*゚ー゚)「別にそんなの探してないもん」

 結局、見かねて私が話しかけちゃうわけ。
この子……大学入ったら変わるって言ってたのは何だったの。

 いい男といえば、少し気になるの居たなあ。
いかにもダメって感じな顔も普通の男。

あれ、なんでそれなら気になってんだろ。
ダメ男好きとか、ちょっと救われなさすぎ。




337: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:11:14.02 ID:O1eAIe2e0
ξ゚?゚)ξ「でもさー、あの内藤ってやつ、なんかダメ男っぽいしアイツだけはないわ」
  (*゚ー゚)「え、そうかな? 私は優しそうで良いなって思うけど」
ξ゚?゚)ξ「……へー、しぃって変わり者ね」
  (*゚ー゚)「そうかなあ……」
ξ゚?゚)ξ「ま、しぃはシャイだから? あーゆー鈍そうなのは難しそうね」
  (*゚ー゚)「そんな事ないもん! 私大学入ったら変わるって決めたんだから!」
ξ゚?゚)ξ「へー、どうだか」
  (*゚ー゚)「少しも信じてないんだから……」
ξ゚?゚)ξ「うそうそ、頑張りなさいよ。応援するからさ」
  (*゚ー゚)「ホント? ありがとう!」
ξ゚?゚)ξ「よし、じゃあ善は急げ! おーい、内藤くーん!」
  (*;゚ー゚)「え? えええええ!? ちょ、ちょっとツン!」

――――――

――――

――




339: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:12:38.42 ID:O1eAIe2e0
( ^ω^)「ツン?」
ξ゚?゚)ξ「……何?」
( ^ω^)「いや、いきなり立ち止まったから……」
ξ゚?゚)ξ「あ、ゴメン。行こっか」

 本当は違った。
別にブーンがダメってことを共感してほしかったんじゃない。
しぃがブーンのことをダメって言うのを見たかっただけ。

 ブーンは私だけが見てるって思いたかっただけ。
ゆっくり独り占めしたかっただけ。
それを確認したかっただけなのに、あの日しぃはあんなことを言った。
だから私は、しぃを応援するしかなかった。

(*゚ー゚)『今日は内藤くんの隣の席でね――』
(*゚ー゚)『今日は内藤くんとこんな話してさ――』

 しぃがブーンの話をするたびに、私は笑って聞きながらも、内心イライラしてた。
なんでしぃとブーンが仲良くしてるんだろうって考え出して、でもどうしようもなくて。




344: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:14:13.08 ID:O1eAIe2e0
(;^ω^)「ツン、ここって……」

 ブーンと待ち合わせをして、私が連れてきたのはラブホだった。
相談に乗るって言っといて、こんなところまで連れてくる私も私だけど、
付いてくるコイツもコイツだと思う。

ξ゚?゚)ξ「見れば分かるでしょ」
(;^ω^)「僕はただ相談に乗ってほしくて……」
ξ゚?゚)ξ「いいから、入り口の前につっ立ってる方が恥ずかしいっての」
(;^ω^)「……お」

 大丈夫。こんなこともあろうかと予習はしてきたんだから。
それに、思ってたよりも安いじゃない。
部屋を選んで、そこに行けばいいのよ。なによ、簡単じゃない。

ξ゚?゚)ξ「ほら、着いたわよ。何ボーっと立ち尽くしてるの。座りなさいよ」
(;^ω^)「……」

 なんでそんな隅っこの椅子に座るのよ。
なんか私みじめじゃない。何なのよ。




348: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:16:20.26 ID:O1eAIe2e0
ξ゚?゚)ξ「こっちのベッドに来なさい」
(;^ω^)「僕は、相談を……」
ξ゚?゚)ξ「わかったから」

 また、微妙な感覚あけて座りやがった。
でもよく考えると、ベッドに二人座ってるって結構凄いことなんじゃない?
あれ、どうしよ。ちょっと焦る。

ξ゚?゚)ξ「……」
( ^ω^)「……」
ξ゚?゚)ξ「……なんか喋りなさいよ」
(;^ω^)「え? え、えーと……」

 ダメだ。
さっきから何回も押し倒そうって頭の中で思ってるのに、体が動かない。
でも押し倒しちゃえば、今度こそブーンは私のもの。

家でしつこいくらい体洗ってきたし、下着もちゃんとしたの着けてきたし、大丈夫だよね。
……あれ、でもコイツはお風呂入ってないのよね。




349: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:17:31.77 ID:O1eAIe2e0
ξ;゚?゚)ξ「ちょっとアンタお風呂入りなさいよ、汚い」
(;^ω^)「いきなり何を言ってるんだお。ちゃんと毎日入ってるお」
ξ;゚?゚)ξ「いいから! とにかくシャワー浴びてきなさい!」
(;^ω^)「……浴びるだけだお?」

 何よこれ、フツー立場逆じゃない?
私何してんだろ……。
あー……ブーンお風呂場行っちゃった。
なんだろ、もう帰ろうかな……。

(;^ω^)「ツン!」
ξ;゚?゚)ξ「な、何!」
(;^ω^)「お、お風呂にテレビが付いてる!」
ξ゚?゚)ξ「……」
(;^ω^)「……」
ξ゚?゚)ξ「で?」
(;^ω^)「ごめんなさい」

 やっぱりコイツにムードを求める方が間違ってる。
もう一気にやっちゃうしかないよね。
上がってきて、横に座ったらすぐに行こう。




351: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:18:52.33 ID:O1eAIe2e0
ξ゚?゚)ξ「……あー」

 なんか凄いドキドキしてきた。
大丈夫かな……。

あ。
て言うか、私このままだと自分だけシャワー浴びてないことになんない?
え、無理。絶対無理。
でも、もう一回入ってたら多分勇気なくなっちゃう。
あと、化粧水持ってきてないし。
て言うか、すっぴん本気で無理。

ξ;゚?゚)ξ「うわあ……どうしよう……」

 もうこのまま上がってこなきゃいいのに。
あ、なんか上がったっぽい。
いや、早すぎでしょ。




353: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:19:59.61 ID:O1eAIe2e0
ξ;゚?゚)ξ「どうしよ……髪型オッケー? パンツちゃんとしたの履いてきたよね。
       まさか上下違うとか……オッケー、大丈夫。
       て言うか私ちょっとこれ、お腹……」
( ^ω^)「浴びてきたお」
ξ;゚?゚)ξ「は、早かったわね!」
( ^ω^)「ツン、ずっとそこに座ってたのかお?」
ξ;゚?゚)ξ「いいじゃない、別に」

 う……不覚ながら、風呂上りの姿が、いつもと違ってちょっといいかも。
ブーンのくせに生意気ね。

( ^ω^)「なんかシャワー浴びたら落ち着いたお」
ξ゚?゚)ξ「そ、そう……」
( ^ω^)「隣、座るお」
ξ゚?゚)ξ「うん」

 あ、さっきより少し近い。
首筋からボディーソープの匂いがする。
腕も結構太いんだなあ。でも太いのに締まってる。
指の関節とかもゴツゴツしてるし。




357: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:21:08.69 ID:O1eAIe2e0
( ^ω^)「それで、しぃのことなんだけど……」
ξ゚?゚)ξ「……」

 なんで? なんで、今しぃの話をするの?
どうして、しぃなの?

( ^ω^)「僕自身は、しぃのこと……」

……これ以上、喋らせない。

ξ゚?゚)ξ「……ッ!」
(;^ω^)「お!」

 肩に両手を乗せて、思いっきりベッドに押し倒した。
でもブーンは座った体勢だったから、上半身が捻られてちょっと痛そう。

(;^ω^)「ツン、痛いお」

 やっぱり。
でも、もう後には引けない。




358: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:22:21.13 ID:O1eAIe2e0
ξ゚?゚)ξ「ねえ、ブーン」
(;^ω^)「なんだお?」
ξ゚?゚)ξ「わかってるんでしょ?」
(;^ω^)「……」

 吐息が掛かるほどに顔を近づけたまま、私はブーンの顔を見つめた。
頭の中がぐちゃぐちゃで、次に何したら良いか思い浮かばない。どうしよう。

(;^ω^)「僕は……」
ξ゚?゚)ξ「……」
(;^ω^)「僕は、しぃの……」
ξ゚?゚)ξ「ブーン」
(;^ω^)「……」

 耐えられない。
私はブーンの目を左手で覆って、キスをした。
もしかしたら私よりも柔らかいかもしれない唇が、一秒、二秒、三秒……。




363: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:23:27.49 ID:O1eAIe2e0
 何秒そうしてたかは分からない。
左手が汗ばんできて、それに気付いてブーンからゆっくり離れた。
離れる時、二人の唇がひっ付いてて、結構長かったんだなあって思った。

( ^ω^)「……」
ξ(゚、゚*ξ「……」

 恥ずかしくて、目を合わせられなかった。
右手はベッドを突いたまま、肘だけをブーンの体に乗せてたけど、
体全体を預けるのは躊躇いがあって、そろそろ右腕が痛かった。

そんなことを考えてたら、ブーンが私の体を掴んで、一緒に起き上がった。
すごい、力あるんだ。

( ^ω^)「……ちょっと」
ξ゚?゚)ξ「?」

 そう言って、ブーンがポケットから携帯を出して何かをし始めた。
さっきから頭がボーっとしてる私は、ただそれを眺めながら、
唇の感触を思い出していた。




365: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:24:34.04 ID:O1eAIe2e0
( ^ω^)「しぃの返事、送ったお」
ξ゚?゚)ξ「え? ……なんて?」
( ^ω^)「……ごめんなさいって」
ξ゚?゚)ξ「……メールでなんて、サイテーよ、アンタ」
( ^ω^)「……うん、最低だお」
ξ゚?゚)ξ「……」
( ^ω^)「……」

 そして私たちは、またキスをした。
今度はもっと長く、もっと深く。
舌と舌が触れるたびに、今まで味わったことのない感触に、
体が震えて、頭がボーっとして。

 でもそれと同時に、何故か私の心が沈み始めていた。
ブーンがしぃの告白を断って、ブーンは私だけのものになったのに。




369: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:25:41.71 ID:O1eAIe2e0
ξ゚?゚)ξ「ねえ、ブーン……」
( ^ω^)「ん?」
ξ゚?゚)ξ「ギュッて……して」
( ^ω^)「……わかったお」

 なんでこんなに不安なんだろう。
抱きしめられてるのに、不安になる。

ξ゚?゚)ξ「ごめん、もう大丈夫」
( ^ω^)「……そうかお」
ξ゚?゚)ξ「……」
( ^ω^)「……」

 見詰め合って、またキスをした。
そっと、服の上からブーンの手が触れてきた。

不思議な感じ。気持ちいいとは言えないかも知れないけど、少しドキドキする。
と言うか、さっきから太ももにブーンの……が当たってて、それのせいかも知れない。




374: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:27:15.38 ID:O1eAIe2e0
 会話は一言もないまま、気付けば私は下着姿にされていた。
ブーンもほとんど脱いでたけど、まだ一応一枚だけ穿いてた。
見た目には全然意味無い感じだけど。

二人の距離がさっきよりも少し遠くて、ブーンが立ちヒザのまま私を見下ろしていた。

ξ;゚?゚)ξ「ちょっと! は、恥ずかしい……から」
(;^ω^)「あ、ごめん」

 そう言ってブーンが目を逸らした。
違う違う。近寄って抱きしめてくれればいいの。

でも、そう言うのはもっと恥ずかしいから、私は起き上がってブーンに抱きついた。
これで、見えない。

 抱きついた私を、ブーンは抱き返して、何度目か分からないキスをしてきた。
キスをしていると、なんだかブーンの気持ちが伝わってくるようだった。
私を大切にしてくれている感じとか、私をまっすぐ想ってくれてる感じとか。

 やっと独り占めできた。
……なのに、何かが変。




377: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:28:52.51 ID:O1eAIe2e0
 ベッドに寝かされて、ついに下着に手が掛かった。
かなり恥ずかしいけど、でもブーンなら……。
ブーンなら……?

 あ、直に胸を触られてる。
あの手が私の胸を触ってるんだ。
あ、ちょっと、もう下も脱ぐの?
恥ずかしいけど、確かにこのままだと、汚れそうだし……。

 う、あ……私いま、すごいとこ触られてる。
どうしよ、これってやっぱり最後までいくんだよね。
最後って……やっぱりアレ……だよね。
最後までいけば、この気持ちも消えるよね。

( ^ω^)「……いくお」
ξ゚?゚)ξ「……うん」

 一呼吸置いて、何かがあそこに触れてきた。
ぐいぐいと押してきて……え、ウソでしょ? 絶対無理。
それ行き止まりって言うか、幅が違うって言うか。
ちょっと、無理。無理無理無理!




378: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:29:58.66 ID:O1eAIe2e0
ξ;゚?゚)ξ「いっ……」
(;^ω^)「あ、大丈夫かお?」
ξ;゚?゚)ξ「う……うん」

 全然大丈夫じゃないけど。
そんな顔されて痛いなんて言えない。

( ^ω^)「……ツン」
ξ;゚?゚)ξ「……何?」
( ^ω^)「とりあえず、全部入ったけど……キツイかお?」
ξ゚?゚)ξ「……ちょっと、待って」
( ^ω^)「お」

 今、私たち繋がってるんだ。
全然実感ないけど、ブーンと一番近くにいるんだよね。
私が一番、ブーンの近くに。




381: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:31:04.91 ID:O1eAIe2e0
ξ゚?゚)ξ「ねえ、ブーン」
( ^ω^)「なんだお?」
ξ゚?゚)ξ「私の事――」

――あ。

ξ゚?゚)ξ「あれ……あ、ああああ……」

気付いた。
こんなタイミングで。

( ^ω^)「ツン?」
ξ;?;)ξ「あ……あああ」
(;^ω^)「どうしたんだお? 痛いのかお?」

「好き?」って訊こうとして、それで、私……。




386: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:32:54.35 ID:O1eAIe2e0
ξ;?;)ξ「あれ、私……そんなはず……」
(;^ω^)「ツン?」

だからこんなに空っぽだったんだ。
だからこんなに満たされなかったんだ。
全部、『その気』になってただけだったんだ。

ξ;?;)ξ「ごめんなさい……ごめんなさい」
(;^ω^)「どうしたんだお……」
ξ;?;)ξ「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁぁ!」

私は、ブーンを好きじゃなかった。
私は、ただ……しぃからブーンを奪いたかっただけだったんだ。

私、最低だ。




389: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:34:21.94 ID:O1eAIe2e0



                   *



(*゚ー゚)「まだ……かな」

 内藤くんと別れてから、もう三時間。
ベッドの上で携帯をずっと見つめてるんだけど、なかなか返事が来てくれない。

(*゚ー゚)「告白……しちゃった」

 思い出すだけで、恥ずかしくて叫びたくなっちゃう。
さっきから何回もベッドの上で転がったり、枕に顔埋めたり。
メールの問い合わせも、さっきから連打しっぱなしだし。




396: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:35:39.19 ID:O1eAIe2e0
(*゚ー゚)「え!」

携帯が震えた。電話? 内藤くん?

(*゚ー゚)「もしもし!」
 ('A`)『あ、俺俺』
(*゚ー゚)「え、ドクオ?」
 ('A`)『ん、そう』
(*゚ー゚)「あ……そっか。えと、何?」
 ('A`)『いや〜あのさぁ、ツンってたしか同じ大学だったよな?』
(*゚ー゚)「うん、いるけど」
 ('A`)『俺の友達がさぁ、紹介してくれって言ってんだけど、あいつ今誰かと付き合ってるの?』
(*゚ー゚)「え? いや、誰とも付き合ってないはずだけど……」
 ('A`)『マジで? おっかしいなぁ……』
(*゚ー゚)「どうしたの?」




404: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:36:53.40 ID:O1eAIe2e0
 ('A`)『いや、一時間くらい前にツンが男とホテル入ってったの見たんだよね、俺』
(*゚ー゚)「……ホントに?」
 ('A`)『ほんとほんと。いやぁちょっと目の当たりにするとビックリだわ』
(*゚ー゚)「そうなんだ……知らなかったなあ」
 ('A`)『いやいや、知らなかったってことはないだろ』
(*゚ー゚)「え、なんで?」
 ('A`)『だって、男の方、この間しぃと一緒に歩いてた奴だったぜ。ブーンとかいう』
(*゚ー゚)「……え? ……ウソ、でしょ?」
 ('A`)『いやマジだって。俺写メったもん。なんなら今から送るわ』
(*゚ー゚)「え、いや、別に」
 ('A`)『じゃーなー』
(*゚ー゚)「ちょっと、ドクオ! ……切れてる」

 内藤くんがツンと?
そんなこと、あるわけない。

大体今日は私とデートして、
いま内藤くんは私にする返事の事を一生懸命考えてて……。




412: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:38:06.77 ID:O1eAIe2e0
(*゚ー゚)「……メール」

 新着メール二件。
ドクオと……内藤くん!

(*゚ー゚)「内藤くん!」

 ドクオのメールは無視して、私は内藤くんのメールを開いた。
中に書かれてた返事は……

(*゚ー゚)「……ごめん……なさい……」

 振られた。
私、振られちゃった。
内藤くん、私のこと好きじゃなかったんだ。

(*゚ー゚)「……そっか」

 すごい悲しい。
悲しいし、辛いけど、でもこれが内藤くんの考えた結果なんだよね。




415: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:39:25.09 ID:O1eAIe2e0
(*゚ー゚)「……」

 さっきのドクオが言ってたこと……まさかね。
だって、内藤くん今までずっと考えてたんだもん。
だからこんなに遅くなって……

(*゚ー゚)「……ウソ、だよ。こんなの」

 ドクオから送られてきた写真。
どう見ても、内藤くんとツンが、ホテルに入っていく写真だった。

(*゚ー゚)「ウソ……ウソでしょ?」

二人でホテルに入って、それでその後、私にメールをしてきたってことなの?

 そうなんだ。今までも全部二人は分かってたんだ。
こんな私を見て、ずっと笑ってたんだ。

それで今日も私が告白したことを二人で笑って、それでこんなに遅くなって。
そして今頃二人は――



426: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:41:29.66 ID:O1eAIe2e0
十三章



(´・_ゝ・`)「参ったなぁ……」

 まだ開けていない缶コーヒーを片手に、デミタスは呟いた。
自販機に寄りかかりながら、飛行機雲を眺める。

(´・_ゝ・`)「閻魔……奈落……舌……」

 あの泣きじゃくっていた被疑者を皮切りに、自首するものは増え、
ついには合計で三人の男が自首をしてきた。




429: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:42:36.20 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「別にいいんだけどさ。確かにあいつらが犯人じゃないとは考えにくいし」

 しかしデミタスはどうしてもサイトの管理人が気に掛かって仕方なかった。
このまま捜査が終わってしまうならばいっそと、上司にこの事実を打ち明けもしたが、
事件は終わったと、突き返されてしまった。

(´・_ゝ・`)「あのハゲが……。ままならねえなあ」

 深く溜息を吐くと、デミタスは持っていた缶コーヒーを開けた。
ビル街を行き交う人を眺めながら、缶を傾けてコーヒーを流し込む。

(´・_ゝ・`)「……甘」

 反射的に出した舌が風に冷やされて、甘さをかき消していく。
風は甘さを消すだけでなく、人々の言葉をも運んできた。

そしてその中の一つを、デミタスの耳が捉えた。




433: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:43:46.21 ID:O1eAIe2e0
     『次、誰かな?』

(´・_ゝ・`)「……次」

 頭の中で検索がかけられていく。
次というキーワードに引っかかる違和感。
そもそもの、この事件のきっかけ。

(´・_ゝ・`)「……おいおい、ちょっと待てよ」

 やがて違和感は予感に形を変え、デミタスは慌てて携帯を取り出した。

(´・_ゝ・`)「もしもし、俺だ。例の事件の犯人……あぁ、そいつでもどいつでもいい。
      動機は何だって言ってた?」

 予感をもとに予測が立てられ、現実がそれに即して動き始める。

(´・_ゝ・`)「……ああ、わかった。そうだな、訳わかんねえが錯乱なんてのは良くあることだ。
      根気良く訊いてみてくれ。おう、助かった」

 終話し、携帯をパタンと閉じると、デミタスは震えた。
喜びか恐れか、あるいは武者震いか。




436: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:44:59.91 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「訳分かるんだよ、これが」

 彼らが口に出した動機は、
ともすれば事件のストレスから、錯乱した者の言葉のようにも聞こえた。
しかし少し考えてみれば、十分に理解できる範囲内であったのだ。

  _
( ゚∀゚)『閻魔になりたかったんだ。閻魔になれば、俺は皆に凄いって、言われるって。
     次の日ニュースが出たときは、そりゃあ誇らしい気持ちになったんだよ……』

(´・ω・`)『閻魔にならなければいけなかったんです。
      ノートの空白が、君しか居ないって言ってたんです。
      僕がやらなきゃ、駄目だったんです。
      直前には、あの名前が何故かすごく憎らしく見えました』


(´・_ゝ・`)「……ふん、ハゲジジイめ。後で後悔したって遅いからな」

 デミタスはコーヒーを一気に呷(あお)ると、缶を自販機の横にあったゴミ箱に捨てて、
一目散に駆け出した。

行き先は近くにあったインターネットカフェ。
自腹を切るのは癪だったが、今は一秒でも早くネットに繋ぎたかった。




438: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:46:17.56 ID:O1eAIe2e0



                   *



(´・_ゝ・`)「本命は、こっちだ」

 デミタスがアクセスしたのは例の奈落と言うサイトではなく、
それに関する議論をしている掲示板のスレッドだった。

(´・_ゝ・`)「……これは……ひでえなあ、おい」

 スレッドを飛び交う半ば野次のようなレスの数々。
その議論の中心は、もちろん被害者と犯人についてなのだが、
被害者が哀れまれ、犯人を蔑むという構図はここには存在しなかった。

 寧ろ逆である。
被害者はとことん蔑まされ、犯人が「神」だの「勇者」だのと呼ばれているのだ。




441: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:47:36.08 ID:O1eAIe2e0
 一体何が彼らをそうさせたのか。
デミタスはスレッドのログを読み返し始めた。

『今日またんき仲間と電車で暴れまわってたな。恒例だからすぐ車両変えた』
『相変わらず最低な奴だな』
『マジ氏ねよ』
『そいつ絶対に裏ではもっと酷いことやってるよな』
『同意。これ以上何かする前にマジで氏んで欲しい。生きてる価値なし』
『あいつ薬やってるんでしょ? そんなツラしてるもんな』
『売春の斡旋とかな。害悪既知害グループは消えろ』
『うわ、引くわ……人として最低だな』
『明後日が楽しみだわ』
『氏んで当然のクズ』

(´・_ゝ・`)「……そうか、こいつら実物を見れるのか」

 サイトには名前と同時にかなりの情報が漏らされていた。
それを使えば日常を監視すること位わけないだろう。
しかし、勿論ここに書かれていることが全て真実だとは言えない。




443: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:48:54.53 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「簡単に監視できる状況にあるってことが、逆にマズイのか」

 誰でも確認できるからこそ、ここに書かれたことが真実のように扱われていたのだ。
そして誰にも確認出来ないからこそ、否定する流れが起きていなかったのだ。
やがて悪意は伝播し、スレッドが一つの単位となって、大きな流れを作る。

(´・_ゝ・`)「間違いないな……あいつらはここを見ていたんだ」

 真実と虚構が入り混じり、悪意が怒りを生み、現実と仮想を曖昧にした。
このスレッドこそが殺人犯全ての動機であり、そして殺人犯そのものでもあった。

(´・_ゝ・`)「ヤバイよなあ」

 つまり、このスレッドがある限り新たな殺人犯は生まれる。
かと言って、停止したところで別な場所に移るだけなのだ。
この流れを断ち切るには、情報源であるあのサイトの更新を止めなければいけなかった。




444: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:50:06.71 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「くそー……管理人は誰なんだよ」
 川 ゚ -゚)「……あのー」
(´・_ゝ・`)「このスレッドを通じて連絡を……」
 川 ゚ -゚)「すみません」
(´・_ゝ・`)「ん?」

 誰かの呼ぶ声にデミタスが振り返ると、
そこには氷を浮かべたアイスティーを片手に、じっと見つめてくる女の姿があった。

(´・_ゝ・`)「……何か?」
 川 ゚ -゚)「ここ、私の席です」
(´・_ゝ・`)「え?」

 デミタスは慌ててテーブルの上に置いていた伝票とブースの番号を見比べた。
すると、確かにデミタスのブースはこの隣のようであった。
それに気が付くとデミタスは額に掌を打ちつけ、溜息を吐いた。




446: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:51:06.60 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「いや、申し訳ない。今移動します」
 川 ゚ -゚)「いえ」

 デミタスが上着を手に取ったのを見ると、女はアイスティーをテーブルの上に置いた。
グラス表面で結露を起こした水滴が、ぽたぽたとテーブルに落ちていく。

(´・_ゝ・`)「飲み物注ぐ場所、遠いんですか?」
 川 ゚ -゚)「いえ、すぐそこにありますよ」
(´・_ゝ・`)「そうですか」

 そう言ってデミタスは立ち上がると、女に席を譲ろうとブースの外に出た。
しかし女は一向に座る気配を見せず、間を持て余したデミタスは、
そのまま隣のブースへ移ろうとした。

 川 ゚ -゚)「あの……」
(´・_ゝ・`)「はい?」
 川 ゚ -゚)「このサイト知ってるんですか?」

 彼女が指差した画面に映っていたのは、例の『奈落』というサイトだった。

(´・_ゝ・`)「……それが、何か?」
 川 ゚ -゚)「私を……助けてください」
(´・_ゝ・`)「……何?」

 それがクーとデミタスの、ファーストコンタクトだった。




449: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:52:19.03 ID:O1eAIe2e0



                   *



 二人はその後、クーの行き着けだと言うショットバーへと場所を変えた。
間接照明が優しく照らす店内は、若い男女が思い思いの一時を過ごしており、
デミタスはそれを見るなり眉間にシワを寄せた。

(´・_ゝ・`)「……苦手な場所だ」
 川 ゚ -゚)「そんな顔してますよ」

 クーは慣れたようにカウンターに座ると、バーテンダーに目配せした。
それを見ながら、なんともぎこちない動きでデミタスはクーの横に座った。




450: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:53:21.01 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「これでも仕事中なんだ。酒は付き合えないぞ」
 川 ゚ -゚)「そうなんですか? それは残念ですね」
(´・_ゝ・`)「大体、酒を飲みに来たってわけでもないだろう」
 川 ゚ -゚)「さて、どうでしょう」
(´・_ゝ・`)「……」

 ジャズピアノの音色が時間をゆっくりと運んでいく中、
デミタスは神経を尖らせ目の前の女の思惑を探っていた。

( ´∀`)「どうぞ」

 そんな折、バーテンダーがデミタスに向けてグラスを差し出した。
スノースタイルにされたグラスの中に、ほのかに濁りの入った液体が注がれていた。




452: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:54:25.85 ID:O1eAIe2e0
 川 ゚ -゚)「どうぞ、私からです」
(´・_ゝ・`)「仕事中だと言ったが」
 川 ゚ -゚)「私の話に興味は無いんですか?」
(´・_ゝ・`)「……どっちが誘ってきたか分かりゃしねえ」

 デミタスが悪態を吐くと、すぐにクーにもカクテルが運ばれてきた。
グラスに顔が映るほどに濃厚な赤。
そこにレモンと、セロリのスティックが添えられていた。

 川 ゚ -゚)「乾杯、しましょう?」
(´・_ゝ・`)「できるなら、こんな酒は飲みたくなかったな」
 川 ゚ -゚)「私と飲むのがそんなに嫌ですか?」
(´・_ゝ・`)「いや、俺は犬が嫌いなんだ」

 その言葉を合図に、二人は乾杯をした。




455: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:55:29.85 ID:O1eAIe2e0



                   *



 会話が進むに連れて、デミタスは目の前の女から徐々に興味を失いつつあった。
ただ酒を勧めるばかりで肝心の話にはまったく触れない。
そればかりか、わざと話題を逸らしているようにさえ感じた。

(´・_ゝ・`)「……そろそろ帰るぞ」
 川 ゚ -゚)「どちらに?」
(´・_ゝ・`)「どこだっていいだろ。俺は酒を飲みに来たんじゃねえんだよ」
 川 ゚ -゚)「……」
(´・_ゝ・`)「とんだ奴に捕まっちまった」

 財布から札を適当に取り出すと、デミタスはそれをテーブルの上に置いた。
そして立ち上がると、酔いの加減を確かめた後で、改めてクーを見た。




457: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:56:39.35 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「じゃ、帰らせてもらうぞ」
 川 ゚ -゚)「間違いないですね」
(´・_ゝ・`)「間違いも何も、俺は帰るっつったら帰るぞ」
 川 ゚ -゚)「いいえ、あなたは純粋にこの話に興味があってここに来たってことです」

 話の前後が繋がらないその言葉に、デミタスは眉をひそめた。
その後、目を僅かに広げると、再び苦々しい顔をした。

(´・_ゝ・`)「……お前、俺を試してやがったのか」
 川 ゚ -゚)「そういう男ばかり相手にしてきたので、念のためです」
(´・_ゝ・`)「俺が引き止められることを前提にしてたらどうすんだよ」
 川 ゚ -゚)「前提にしていたんですか?」
(´・_ゝ・`)「……嫌な女だ。話、聞かせてくれるんだよな」
 川 ゚ -゚)「ええ、もちろん」

 その言葉にデミタスは舌打ちをし、再びバーカウンターに向かって座りなおした。


459: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:58:04.20 ID:O1eAIe2e0
14章



 あのホテルでの出来事以来、僕は一人で行動をすることが多くなった。

( ^ω^)「……はぁ」

 何を言っているか分からないつまらない講義も、ノートをしっかりととるようになった。
講義が終われば周りに適当に挨拶をして、すぐに帰宅するだけの生活。
僕の大学生活は、たった二人を失うだけでなんとも味気ないものとなってしまった。




463: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 01:59:24.37 ID:O1eAIe2e0
 とは言っても、別に二人が居なくなったわけじゃない。
僕は罪悪感からしぃやツンを避けがちになり、
二人も、僕やもう一人と積極的に接触しようとはしなかった。
それが一日二日と続いて、僕達は他人になった。

  講師「以上、今回紹介した四つの重合反応について、
      来週までに代表例を交えてレポートを作成してくること」
( ^ω^)「……無茶言うなお」

 小声で吐き捨てて、僕はいつものように帰る準備をする。
寄り道のコースを思い浮かべることも無く、
僕は別に家ですることも無いのに、まっすぐに岐路を辿る。
いったい僕はどこで何を失敗したんだろう。




467: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:00:59.68 ID:O1eAIe2e0
( ^ω^)「メール?」

 講義室を出てすぐに開いた携帯に、メールが届いていた。
差出人は――しぃ。

 用件は簡素もいいところ。

 『今日うちに遊びに来てよ』

まるで何も無かったかのようなメールの文面を見て、
僕は心に盾をかざしたまま、返事を送った。

 『わかったお』

なんて返事だろう。
良いでも駄目でもなく、『わかった』だなんて。

それにしても最近の僕は、心の中で呟く言葉が随分シニカルになったなあ。




469: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:02:01.60 ID:O1eAIe2e0



                   *



(*゚ー゚)「いらっしゃーい」

 扉が開いた先に広がっていたいかにもな可愛らしい内装。そして知らない匂い。
そう言えば女の子の部屋に上がるのは、久しぶりかもしれない。
それにしても、甘い匂いが少しキツイ気がする。

 (*゚ー゚)「ささ、どうぞー」
( ^ω^)「おじゃまします」

 本当に何も無かったように、しぃは明るいままだった。
全ては僕の勘違いだったんだろうか。
たまたま擦れ違った日が重なっただけで、僕達の関係はそのままだったんだろうか。




472: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:03:26.22 ID:O1eAIe2e0
 そう思った矢先に目の前に飛び込んできたのは、
テーブルの上に散らかったアルコールの缶。
甘い、甘い香りは全てを否定していて、僕は悲しい気持ちになった。

 (*゚ー゚)「内藤くんも飲む?」
( ^ω^)「……」

 何も言わず僕は受け取った。
そろそろ考えるのが面倒くさいんだ。
このまま、酔って、何もかも、関係なくなればいい。
いつかみたいに、また三人で笑いあえるように。

( ^ω^)「……おいしいお」
 (*゚ー゚)「ね!」

 だから僕は、テーブルの下に落ちていた薬の袋を見ない振りをした。




477: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:04:47.60 ID:O1eAIe2e0



                   *



 いったい何杯飲んだんだろう。
五杯目までは憶えている。
五杯目に飲んだのはディタオレンジだった。
ああ、甘かった甘かった。

今飲んでるのはなんだっけ。
チャイナキス?
僕ライチ好きなんだ。
冷蔵庫の中にどれだけお酒入ってるんだろ。

頭がぐるぐるしてきた。
ほら、ぐーるぐるー。




479: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:05:53.36 ID:O1eAIe2e0
 (*゚ー゚)「内藤くんのんでるー?」
( ^ω^)「のんでるおー。おーおー」
 (*゚ー゚)「のんでるねー」
( ^ω^)「のんでるおー」

二人して酔っ払いだ。
楽しい楽しい。

しぃもソファにしな垂れかかったまま、
へにゃへにゃと笑っている。
僕も笑った。

 (*゚ー゚)「もうのめないよー」
( ^ω^)「僕は、まだまだのむおー」
 (*゚ー゚)「あはははは」
( ^ω^)「おっおっお」

ふらふらとコップを掴んで、一気に飲み干した。
胃が冷たくなった。




483: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:07:05.44 ID:O1eAIe2e0
それに喉の奥から上がってくる匂いが甘ったるい。
ちょっと飲みすぎたかも。
でも楽しいからいいや。
いま何時だろう。

 (*゚ー゚)「内藤くん、ベランダ開けていい?」
( ^ω^)「ベランダは開かないおー」
 (*゚ー゚)「あははは、そうだった」

カーテンが開いて、ベランダ窓が開いた。
冷たい風が流れ込んできて、顔が熱かったことに気付いた。

( ^ω^)「あ〜、風が気持ちいいお」
 (*゚ー゚)「うん、気持ちいいね」

壁に手をあて、よろよろとしぃが立ち上がった。
僕はそれを目で追ったまま床に寝た。




486: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:08:32.27 ID:O1eAIe2e0
 (*゚ー゚)「内藤くん」
( ^ω^)「なんだおー?」
 (*゚ー゚)「あの日ツンとラブホ行ったんだって?」
( ^ω^)「……」

その言葉に自分の表情が、そしてさっきまで緩んでいた思考が、
氷水を掛けられたように引き締まっていくのを感じた。

僕は、すぐに上体を起こしてあぐらをかいた。

( ^ω^)「どうして、知ってるんだお」
 (*゚ー゚)「……そんなの、今言う言葉じゃないよ」

痛いところを突かれて、僕は自分の浅ましさに心が沈んだ。

 (*゚ー゚)「ショックだなあ。私ね、内藤君好きになって、ツンに後押しされて、それで告白して」
( ^ω^)「……ごめんお」
 (*゚ー゚)「別に内藤君だけが悪いわけじゃないよ」
( ^ω^)「……」

 いや、恐らく悪いのは僕だ。
……『恐らく』だなんてふざけてる。
絶対に、悪いのは僕だ。




490: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:10:00.41 ID:O1eAIe2e0
 (*゚ー゚)「別にツンも悪くないんだよね、きっと」
( ^ω^)「……」

 だけど、声が出ない。
悪いのは確かに僕だけど、僕はまだ良い人でいたいんだ。
この流れから、僕たちの中を元に戻せないだろうか。
こんなことになってもまだ、僕は誰からも嫌な目で見られたくないんだ。

(*゚ー゚)「はい!」

 僕が鬱々と考えに耽っていると、
突然しぃは元気に片手を上げ、スマイルマークのような笑顔で僕の目を見た。

( ^ω^)「なんだお?」
 (*゚ー゚)「私は、今ここから飛び降ります!」
( ^ω^)「え?」

 そう宣言するや否や、しぃはベランダに飛び出した。
そして脇に置いてあったプランターを足場にして手すりの上によじ登ると、
ふらふらと二本足で立ち上がって、ピースサインを向けた。




493: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:11:28.05 ID:O1eAIe2e0
(;^ω^)「あ、危ないお!」
 (*゚ー゚)「危ないねー」

 他人事のようにへにゃへにゃと笑うしぃを前に、僕は慌ててしまって、
両手を前に差し出したまま、次に移すべき行動すらも頭から抜け落ちていた。

 (*゚ー゚)「私もう駄目だよ、内藤君。私すっごい弱いんだ。全然こういうことも慣れてなくて」
(;^ω^)「でも、今は酔っ払ってて! だから、まずそこから降りて……」
 (*゚ー゚)「私は昨日も一昨日もここに立ちました! えっへん!」

 僕はその言葉に、毎晩しぃが一人ベランダの手すりに立つ姿を想像した。
毎晩しぃは何を思っていたのか。
どういう表情で景色を眺めていたのか。

しかし今はそんなことは重要ではない。
僕は余計な想像を切り捨てて、しぃを説得に掛かった。




497: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:12:47.16 ID:O1eAIe2e0
(;^ω^)「駄目だお! 自分を追い詰めちゃ駄目だお! 自殺するなら、悔しいなら、
      もっと見返してやろうとか、そう言う方向にするお!」
 (*゚ー゚)「自分なんて追い詰めてないよ」
(;^ω^)「お?」
 (*゚ー゚)「自殺ってのも違うよ。えーと……そう! 私が死ぬんじゃなくて、
      いま私以外が、みーんな死ぬんだよ! やったあ!」
(;^ω^)「何おかしなこといってるんだお! しぃ、ほら、戻って来るんだお!」
 (*゚ー゚)「すごいねえ! あっという間にみんな死んじゃうんだよ! あはは!
     ふふ……あははは! あー、おかしい」
(;^ω^)「しぃ……」
 (*゚ー゚)「みんな、みんなみんな。人も街も夜も朝も。みんな死んじゃうんだ!
     んー……んふふ。くふ、くふふふ。えへへ、内藤く〜ん、楽しいねえ」
(;^ω^)「しぃ!」
 (*゚ー゚)「違うよね。全然楽しくないよね。あれれ、内藤くんは楽しかったのかな? あは」
(;^ω^)「僕は……」
 (*゚ー゚)「大体おかしいよね。断ったの、内藤くんじゃんか」
(;^ω^)「……」
 (*゚ー゚)「あは。……あは、あはは! 何それ! みんな、大ッ嫌い!」

 しぃが俄に語気を荒げた、まさにその時だった。
あれほど笑顔だったはずの表情が、少しずつ、滑らかに変化していった。




501: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:14:45.32 ID:O1eAIe2e0
 眉は徐々に下がり、円らに開かれていた瞳は少しずつ細くなっていった。
緩んでいた筈の口は、何かに耐えるように真一文字に結ばれ、
顎の先がシワシワになっていった。

 次いで何かを訴えようと僅かに開かれた唇。
しかしその奥には、声を出すまいと食いしばられた歯が並んでいた。
そして、その目から大量の涙が溢れ、

ぐらりと、しぃの体が後ろに傾いた。

クシャクシャになった顔を隠すように両手で顔を覆い、


    「みんな……大ッ嫌い……」


しぃは手すりの上から、冷たい外の世界に、







落ちた。




503: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:15:56.81 ID:O1eAIe2e0







――ドンッ








やけに静かな夜。

聞こえてきた音に、背筋が、凍った。




506: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:17:25.39 ID:O1eAIe2e0



                   *



 落ちていったしぃを見て僕が最初に思ったことは、
覗き込もうか覗き込まないかということだった。

悩んで、悩んで、恐る恐る覗いたけれど、
暗くてはっきりは見えなかった。

けれどもぴくりとも動かないその人影を見て、
僕はその場で携帯を取り出して救急車を呼んだ。




507: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:18:30.30 ID:O1eAIe2e0
 しばらくして外が騒がしくなってきた頃に、
僕はしぃの飲み残したカクテルに口を付けた。

 ここにしぃが居た。このカクテルをしぃが飲んだ。
この部屋はしぃの部屋で、そこにしぃが居て、
しぃの匂いが、しぃの、しぃの、しぃの――死体。
心の中でごめんなさいと呟きながら、僕はその場で吐いた。

部屋を汚してごめんなさい。
助けられなくてごめんなさい。
飛び降りたあと、すぐに駆けつけなくてごめんなさい。
返事を先延ばししてホテルに行ってごめんなさい。
怖がってごめんなさい。

 笑って、叫んで、泣いたところで人が来た。
連れて行かれて、色々訊かれた気もする。
ここら辺の記憶は酔っていたせいか、はっきりしない。
それに思い出したくもない。




509: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:19:50.73 ID:O1eAIe2e0
 そう、僕はここに恋というものの意味を知った。
それはベランダから飛び降りたしぃと同じものなのだ。


届いたら、オシマイ。


この酷いジョークを思いついた時から既に、
僕の中で守るべき倫理観と言うものが、崩壊し始めていたのかもしれない。


519: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:22:08.13 ID:O1eAIe2e0
15章



('A`)「あははははははははははは! あー! あーあー……はは……ははははははははは!」

 最高。エクセレント。ざまあみろ。
この前しぃに写真を送ってからと言うもの、思い出すたび笑いが止まらない。
ここ最近のしぃからの愛の連絡で俺には良く分かるぜ。
奴はしぃと繋がりを失った。

('A`)「くふ……ふふふふ……あーっははははははははははは!」

 惨めだなあ。内藤ホライゾン。
大体しぃが本気でお前のことを好きなわけないだろ?
これはなぁ、照れ屋のしぃが、俺の気を引く為に、打った芝居なんだよ。




522: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:23:28.63 ID:O1eAIe2e0
('A`)「大丈夫。わかってるよ、しぃ。ふふふ、本当に可愛いなあ」

 この歯痒い位の距離感。
お互いに分かりつつも、決してそれを表に全て出すことは無い。

 素晴らしい純愛だろ。マジでこの世で最高の、神聖なカップル。
性欲しか無い豚どもが決して辿り着けない高み。
俺達は正しい人間。霊長類様。

('A`)「……さーて、あとはこのクソどもを誘導するだけだな」

 しかし、どこの誰だか知らないが、いいシステムを作ってくれたもんだ。
奈落だかなんだか知らないが、書かれている名前が自動的に凶悪犯になる。
そしてそれを有志が殺してくれる。




524: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:24:37.17 ID:O1eAIe2e0
 皆この中から実行犯が出ていると気付いているのに、
殺人犯は自分達とは関係ない遠い存在として祭り上げている。
そうして自分は綺麗であり続けようとするクソッタレな奴等だ。

 そして、このシステムの最高にクソッタレなところは、
既にシステムが一人立ち出来るほど成熟しているところだ。

('A`)「アップロード、完了。あとはアドレスを張るだけ、と」

 奴等はいわば目的の無い憎悪だけの代物。
方向を示せば、それに付き従う生粋の能無し野郎だ。
だから?
そう、例えばもうその目的は『本物』である必要は無いんじゃないか?

('A`)「俺が模倣した第二の閻魔帳の登場だ」

 煽り文句とアドレスを張れば完了。
例え失敗したとして、俺に損はあるか? 無いだろう?
罪はあるか? 無いだろう!?




526: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:25:45.09 ID:O1eAIe2e0
296 :名無し:2008/01/13(日) 18:43:23.07 ID:dfg+Uqw80
>>295
これ、マジ?

297 :名無し:2008/01/13(日) 18:44:20.09 ID:A3kmBOWfO
祭り?

298 :名無し:2008/01/13(日) 18:44:27.44 ID:TTvPZEeq0
おい、この名前検索かけたら引っかかったぞ
こいつ人殺しかも




('A`)「バーカ、そりゃ俺のブログの記事だよ。それも架空の事件のな」

 食いつきは上々。能無しどもめ。
後は決定打があれば……。




528: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:26:57.24 ID:O1eAIe2e0
299 :名無し:2008/01/13(日) 18:48:40.47 ID:SsdFKgfQO
その事件あんまり名前挙がらないけど、有名だぞ。
本当はそいつがやったってのが定説らしい。

300 :名無し:2008/01/13(日) 18:49:16.16 ID:pcDfjSiv0
>>299
だよな、知らないとかマジゆとりだろ

301 :名無し:2008/01/13(日) 18:52:22.50 ID:ghEfgsGgO
なんだ、またクズかよ
氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね氏ね




('∀`)「……クク……ククク……あーっはっはっはっは!
   なんだよこいつ等! マジで想像力豊か過ぎるだろ!」




531: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:28:04.42 ID:O1eAIe2e0
 最高だ。
これで俺が立ち上げたサイトは地位もバッチリ。
記念すべき第一号の名前? もちろん内藤ホライゾンだ。
しぃからいろいろな事を教えてもらってるからな、わけねぇよ。

('A`)「これで俺達を邪魔する奴はもう完全に居なくなるんだ。
    そしてこれからも誰も俺達を邪魔できない。やべえ」

 ほっときゃ誰か頭のおかしい奴がやってくれるだろう。
そん時は存分に褒めてやるぜ。
歪んだ現代の救世主だ! ってな。

('A`)「おっと、しぃを大分ほったらかしにしちゃったな」

 しぃが寂しがっちゃうからな。
大丈夫、今繋ぐよ。




535: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:29:37.46 ID:O1eAIe2e0
('A`)「ん? なんだ。ケンカ?」

 やけに怒鳴ってる奴の声が聞こえる。
この声は……まさかアイツか?

おい、今しぃは家に居るんだぞ。
なんでお前の声が聞こえるんだよ。

('A`#)「おい! ふざけんな! 帰れよ!」

 クソッタレが! 上手く聞き取れねえ!
なんだ、何を話してるんだ。

('A`)「……収まった?」

 なんだ、あいつ帰ったのか?
妙に静かになりやがった。
くそ、しぃに何かしてたら承知しねえ。




539: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:30:48.78 ID:O1eAIe2e0
('A`)「……は?」

 今、お前なんて言った?

('A`#)「おい、内藤! お前今なんて言った!
    救急車って言ったのか!? おい!」

 ふざけんな。
なんで救急車呼んでんだよ。
早くしぃの声聞かせろよ。

('A`#)「クソッタレ!」

 早くしぃのところに行かなきゃ。
早くしぃを助けなきゃ。
救急車とかマジふざけんなよ。




543: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:32:35.63 ID:O1eAIe2e0



                   *



('A`)「はぁ……はぁ……はぁ……」

 そして俺が辿り着いたしぃのマンション。
その駐車場近くに人が疎らに集まっていた。

('A`)「……」

 遠巻きに眺めてる奴等に、うずくまった奴等。
何を見てるんだよ。
誰か答えろよ。




547: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:33:50.45 ID:O1eAIe2e0
('A`)「嘘……だろ……」

 そいつらが見ていたのは、冷たい地面にうつ伏せに寝るしぃだった。
髪は乱れてて、腕と足が操り人形みたいに変な方向を向いていた。

('A`;)「しぃ!」

 駆け寄って、肩を掴んで起こした。

('A`)「え……潰……れ」

 押しつぶした仮面みたいに、しぃの顔は平らになっていた。
後ろで誰かの吐く音がした。

('A`#)「なに吐いてんだよ! しぃの顔見て吐いてんじゃねぇよ!」

 サイレンが聞こえる。
車のタイヤが、小石を踏む音がする。
マンションの壁に真っ赤な模様が見える。
しぃの顔は潰れたまま。




552: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:35:08.31 ID:O1eAIe2e0
('A`)「……ゆるさねえ」

 俺が甘かった。
内藤ホライゾンは、正真正銘のクズだった。
俺の罰し方がぬるかったばかりに、奴はつけあがった。
あいつは……。

('A`#)「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
    ぶっ殺す……ぶっ殺す! ぶち殺してやる! ぶち殺してやる!」

 待ってられねえ。俺が、閻魔になる。
しぃを殺しやがったあの豚野郎を、もう一秒たりとも放置できない。




558: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:36:10.17 ID:O1eAIe2e0
 病院へタクシーで向かっている間も、
俺は泣きながら内藤を殺すことを考えていた。

 警察に連れて行かれて事情聴取を受けている間も、
俺は話しながら内藤を殺すことを考えていた。

 内藤を殺すことを考えている間も、
俺は内藤を殺すことを考えていた。

 内藤を殺すことを考えていた。


 俺は内藤を殺すことを考えていた。


561: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:37:59.47 ID:O1eAIe2e0
十六章



 川 ゚ -゚)「例のスレッド。あなたは御覧になりましたか」
(´・_ゝ・`)「ああ。過去に起こった事件の時のログを読んだ」
 川 ゚ -゚)「では最近の動向は?」
(´・_ゝ・`)「なんか変わったのか?」
 川 ゚ -゚)「……はい」

 クーは上着のポケットからPDAを取り出すと、
いくらか操作を加えてデミタスに渡した。
画面に映されていたのは、今話題に上げたスレッドであった。

(´・_ゝ・`)「これは?」
 川 ゚ -゚)「とにかく読んでみてください」

言われるままにスレッドの流れを追うデミタス。
しかし、彼にはクーが何を言いたいのかが把握できない。




564: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:39:06.59 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「分からん。俺が見たのと同じに見えるが」
 川 ゚ -゚)「そのアドレス、踏んでみてください」
(´・_ゝ・`)「ん、これか?」

指差されたアドレスを、デミタスはそのままペンでタッチした。
すると開かれたページは、何度も見た奈落というサイトのようだった。

(´・_ゝ・`)「……このサイトが何だって言うんだ?」
 川 ゚ -゚)「そのサイト、例のサイトじゃないんです」
(´・_ゝ・`)「ん? どういうことだ。被害者の名前も書いて……おい、名前が違うぞ」
 川 ゚ -゚)「模倣サイトなんです」
(´・_ゝ・`)「……模倣サイト? 改装でもなく、あくまでも模倣サイトなのか」
 川 ゚ -゚)「はい」
(´・_ゝ・`)「だとしたらこのスレッドに書き込んでる奴らはどうして気付かない」
 川 ゚ -゚)「いえ、みんな気付いています」
(´・_ゝ・`)「……偽物だと気付いてるのに、こんなに盛り上がってるってか」
 川 ゚ -゚)「もはや、彼らには関係ないんです」
(´・_ゝ・`)「……」

デミタスは眉間の辺りを押さえると、舌打ちをし、閉じた歯の隙間から鋭く息を吸った。




570: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:40:10.46 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「これは……予想以上にヤバイな」
 川 ゚ -゚)「ええ」
(´・_ゝ・`)「それで、お前はここに名前を書かれから、助けてくれって俺に言いにきたんだな?」
 川 ゚ -゚)「いえ、そのサイトには私の名前はありません」
(´・_ゝ・`)「何? じゃあ何だってんだ」
 川 ゚ -゚)「この流れを止めてください」
(´・_ゝ・`)「……何故?」
 川 ゚ -゚)「……」
(´・_ゝ・`)「まあこの流れが悪いことは誰にだって分かる。
      だけど、それを一般人のお前がわざわざ他人にまで頼む意味が分からない」
 川 ゚ -゚)「……罪悪感です」
(´・_ゝ・`)「……お前、まさか……」
 川 ゚ -゚)「私がオリジナルの、奈落の管理人なんです」
(´・_ゝ・`)「……」
 川 ゚ -゚)「……」

 デミタスはジッとクーの顔を見つめ、
クーもまたデミタスから目線を逸らすことは無かった。




577: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:41:34.53 ID:O1eAIe2e0
 やがてデミタスは自らのポケットに視線を移すと、
そこからタバコを取り出し、火を点けた。

(´・_ゝ・`)「落ち着きがなくなるとタバコを吸いたくなるんだ。我慢してくれ」
 川 ゚ -゚)「どうぞ」

 ゆっくりと時間を掛けて煙を肺に落とし、
タバコを口から離すとそのまま数秒静止。

そして吸った時と同様に静かに、ゆっくりと紫煙を口から逃がしていく。
そうして何度かタバコを燻(くゆ)らせたデミタスは、改めてクーの顔を見た。




582: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:43:10.05 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「お前なのか」
 川 ゚ -゚)「はい」
(´・_ゝ・`)「あんなに沢山殺しといて、今更罪悪感か?」
 川 ゚ -゚)「はい」
(´・_ゝ・`)「反論は無いんだな」
 川 ゚ -゚)「形はどうあれ、私は共犯に違いありません」
(´・_ゝ・`)「……違うな。お前はそんな奴じゃない」
 川 ゚ -゚)「推定で人格を否定しないで下さい」
(´・_ゝ・`)「人格は他人が決めるもんだ」
 川 ゚ -゚)「それを否定する権利は私にあります」
(´・_ゝ・`)「ふん、人殺しめ」
 川 ゚ -゚)「……」

 綺麗に磨かれたガラス細工の灰皿に、デミタスは煙草の火を押し付けた。
そしてグラスに口を付けると、それを持ったままクーを指差した。

(´・_ゝ・`)「断言する。お前はこの状況を楽しんでいた。
      少なくとも自分のサイトだけだったときはな」
 川 ゚ -゚)「では何故私は今ここにいるのですか?」
(´・_ゝ・`)「さあな、俺は哲学が苦手だからな」
 川 ゚ -゚)「はぐらかさないで下さい」
(´・_ゝ・`)「それはお前だ。言いたいことがあるなら言え。俺はお前のカウンセラーじゃねえんだ」
 川 ゚ -゚)「……」

 溜息を吐き、クーはデミタスから視線を外すとカウンターに腕を乗せた。
そしてグラスを両手で握り、ポツリポツリと語り始めた。




586: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:45:18.45 ID:O1eAIe2e0
 川 ゚ -゚)「事の始まりは、私がある事件を目撃したことに始まります」
(´・_ゝ・`)「手短に頼むぞ」
 川 ゚ -゚)「はい。あれは私がとある用事でレストランに急いでいる時でした。
      少年と口論をしていた男が、階段の上から少年を突き落としたのを見てしまったのです。
      少年は全身を強く打って、左下半身が麻痺するという不幸を被りました」
(´・_ゝ・`)「そりゃあ、可哀想だな。その男も何を考えていたんだか」
 川 ゚ -゚)「しかし、男は逮捕すらされませんでした」
(´・_ゝ・`)「は? だって、お前見てたんだろ? それに、周りにまだ人も居るだろ」
 川 ゚ -゚)「いえ、偶然にも私とその男、そして少年の三人だけだったんです」
(´・_ゝ・`)「……となると、お前も男も犯人はもう一人の方だと言うだろうな」
 川 ゚ -゚)「ええ。しかし最終的に、少年が足を滑らせた事故という形で終わりました」
(´・_ゝ・`)「救われねえな。……まさか、その男の名前は」
 川 ゚ -゚)「はい、あのサイトで最初に挙げた名前です」




590: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:47:04.12 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「……読めてきたな。お前は無実とはいえ、その男と運命共同体だ。
      恐らくお前らは、お互いに声には出さずとも通じ合っていたはずだ」
 川 ゚ -゚)「ええ、そうですね。少年は更に不幸なことに、記憶までもが欠落していたのです。
      覚えていないのだから余計なことはするな。男の眼はそう言っていました」
(´・_ゝ・`)「お前の眼もな」
 川 ゚ -゚)「……。そして私は男と何度か外で会うようになりました。
      世間話のようなものをしながらの、腹の探り合い。
      私は、会うたびに目の前の男に嫌悪感を募らせていきました」
(´・_ゝ・`)「……」
 川 ゚ -゚)「……勿論、私自身に対しても」
(´・_ゝ・`)「それで、サイトを立ち上げたと」
 川 ゚ -゚)「はい。ですが、正直なところこんなことになるとは夢にも思いませんでした。
      最初は、ただこういう悪人が居るということだけを知らせたかっただけなんです」
(´・_ゝ・`)「だけどな、お前はただ情報を垂れ流しただけで、
      その男の本質には触れてないじゃないか。それでどうして知らしめられる」
 川 ゚ -゚)「書き込めばいいんです」
(´・_ゝ・`)「……お前」
 川 ゚ -゚)「写真や事件の概要を至る所に書き込むんです。出来るだけ感情を煽るようにして」
(´・_ゝ・`)「しれっとした顔で言いやがって……」




594: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:48:58.26 ID:O1eAIe2e0
 川 ゚ -゚)「そうして広く認識されたところで、悪は裁かれるということを知らしめるため、
      私はサイトにあらかじめ記載しておいた日付に、彼を殺しにいきました」
(´・_ゝ・`)「なるほど。流れの出来ていない一人目は、おまえ自身がやったってわけか」
 川 ゚ -゚)「いえ、ところが彼は殺されていたんです。私以外の別な人物に」
(´・_ゝ・`)「……」
 川 ゚ -゚)「それが誰かは今も分かりません。しかし掲示板はこの事実に熱狂し、
      殺人犯を神と崇め、殺人犯もまた、それに酔いしれているようでした」
(´・_ゝ・`)「待て、本人が来たのか」
 川 ゚ -゚)「ええ」
(´・_ゝ・`)「しかし、お前犯人が誰なのか分からないんだろ?」
 川 ゚ -゚)「舌です」
(´・_ゝ・`)「……舌?」
 川 ゚ -゚)「犯人らしき人物は最初、事件が明るみに出る前に、
      『舌を切り取った』と書き込んでいたんです。そして、事実が遅れてそれに答えた」
(´・_ゝ・`)「……それから舌を切り取るなんていうのが習慣になったのか」
 川 ゚ -゚)「恐らくそうでしょう」




598: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:50:10.21 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「しかし……そんなに早くから、始まっていたのか……」
 川 ゚ -゚)「ええ。私一人から生じたはずだった悪意が、いつの間にかネットの海を伝播し、
      気付けば手の付けられないところまで成長してしまったのです」
(´・_ゝ・`)「気付けば……ねえ。ところで、二人目以降の情報はどうやって手に入れた」
 川 ゚ -゚)「SNS……ソーシャルネットワーキングサービスはご存知ですか?」
(´・_ゝ・`)「知ってるが……」
 川 ゚ -゚)「憎しみに駆られた私は、あるSNSに行き、悪人らしい人物を探し出して、
      コンタクトを取るようになりました。もちろん、実際に会ったりもしました」

 その言葉にデミタスが薄く笑った。

(´・_ゝ・`)「ふん、やっぱりお前は下衆だな」
 川 ゚ -゚)「そういった言葉を使う方も、どうかと思いますが」
(´・_ゝ・`)「お前、二人目の情報をサイトに上げた時、どんな気分だった?」
 川 ゚ -゚)「……」




601: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:51:18.66 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「俺が言ってやろうか。
      お前はこれまで味わったことの無いような気分の高揚に酔いしれていた。
      そしてサイトを更新した後のスレッドの反応を想像して悦に浸り、
      更新後、想像通りに沸き立つスレッドの様子を見て、更に快感を得た」
 川 ゚ -゚)「……」
(´・_ゝ・`)「一人目で止めておけば、こうはならなかったかもしれない。
      しかしお前は癖になっていたんだ。この自分が注目されている感覚に。
      お前、二人目にはそんなに恨みも無かったんだろ」
 川 ゚ -゚)「それは違います。二人目だろうが三人目だろうが、彼らは間違いなく悪者でした。
      だから私はそれを伝えるために……」
(´・_ゝ・`)「それじゃあ、二人目はお前、殺しに行ったのか?」
 川 ゚ -゚)「それは……」
(´・_ゝ・`)「大方、家でスレッドの流れでも見ていたんだろ。次も殺されるのか、殺されないのか、
      そう考えながらお前は画面を見ていた」
 川 ゚ -゚)「……」
(´・_ゝ・`)「まるで他人事だ。お前の確たる意思はなく、
      既にお前も茫漠(ぼうばく)とした悪意の内の一つに、成り下がっていたんだ」

 長い対話の果てに、クーは言葉を失い、目を伏せた。
しかしその様子を見ても尚、デミタスは口を開くことを止めなかった。




603: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:52:26.33 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「それが、今更になって罪悪感か。面白すぎるな。
      いったい俺に何をしてほしいんだ? 褒めてあげれば良いのかな? ん?」
 川 ゚ -゚)「誰かに知って欲しかったんです。不確かなネットの世界ではなく、現実の世界で」
(´・_ゝ・`)「知らせてどうする。俺に何を望んでいるんだ」
 川 ゚ -゚)「……知っていただいた今、何故かもうこれ以上何もする気が起きなくなりました」
(´・_ゝ・`)「助けてくれって言ってたじゃないか」
 川 ゚ -゚)「そう、でしたね」
(´・_ゝ・`)「……」

 萎れてしまった。
デミタスは目の前の女を見てそう思った。
想像よりも脆かった管理人の実態に、デミタスは正直がっかりしていた。

 結局は自身も、このネットに共有された悪意の大きさに中(あ)てられ、
実際よりも巨大な悪を勝手に心の中に作り上げていただけなのかも知れない。
そう思い、彼は飲みかけのグラスに口を付けた。




605: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:53:30.75 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「……話は終わりか?」
 川 ゚ -゚)「……ええ」
(´・_ゝ・`)「……そうか」

 唐突に話が途切れてしまったという空気が、彼らを包んでいた。
恐らくは、まだこの話にも続きがあるに違いないが、クーはそれを話そうとはしなかった。

 やがて彼女は財布から取り出した札をカウンターに置き、マスターに目配せをした。
意思の疎通が図れたと認識したのか、外套を身に付け、そのまま席を立った。

(´・_ゝ・`)「帰るのか」
 川 ゚ -゚)「はい」

 ふと、デミタスは自分の手元にあったPDAを思い出すと、
それをクーの元に差し出した。




608: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:54:47.91 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「忘れ物」
 川 ゚ -゚)「……いいです。それは、今日のお礼にあなたにあげます」
(´・_ゝ・`)「こんな高い物貰えねぇよ」
 川 ゚ -゚)「それじゃあ、せめて明日まで取っておいてください」
(´・_ゝ・`)「なんだ? 明日またよこせってか」
 川 ゚ -゚)「いえ、明日は私の命日なんです」

 デミタスがその言葉の意味を考えているうちに、クーはバーを立ち去った。

(´・_ゝ・`)「……命日?」

 やがてその言葉の持つ意味に気付いた時、デミタスは身の震えと共にPDAに飛びついた。
小さな画面を食い入るように見つめがら、慌てた様子で操作をする。

そうして辿り着いた場所はオリジナルの奈落。
そこに表示された文章を見て、デミタスは息を飲んだ。




610: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:55:32.82 ID:O1eAIe2e0






[八月二十一日 亡]
八月三十日 素直クール  【詳細】




612: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:56:37.73 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「……バカ野郎っ!」

 デミタスはすぐにバーを飛び出し、辺りを見回した。
しかし既にクーの姿はどこにも見当たらない。

(´・_ゝ・`)「くそっ! それは違うだろ、一番胸糞悪いじゃねえか!」

 だが、デミタスの叫びは誰に届くことも無く、
圧倒的な夜の闇の中へと吸い込まれていく。



 そして翌々日、クーは遺体となって発見された。


620: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:58:34.28 ID:O1eAIe2e0
17章



 しぃが自殺してから何日かして、
ブーンはツンに家へ呼び出されていた。

しかし確固たる目的があると言うわけでもなく、
居間で二人飲み物を飲みながら、
何を話すと言うわけでもなく、ただ空間を共有するだけだった。

 直接現場に居合わせたブーンのストレスもさることながら、
自分の行動が原因になっているツンのストレスも大きなものだった。

二人は互いに罪悪感を抱きつつも、
そのストレスから解放されたいという思いから、
支えを求め合っていることも事実であった。




624: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 02:59:47.81 ID:O1eAIe2e0
 しぃが死んだというストレスが、二人を求め合わせ、
求め合うことで罪悪感からストレスが生まれる。
そのジレンマが二人を無言にさせていた。

 やがてコップの中の飲み物がなくなり、
二人は手持ち無沙汰そうにテーブルを見つめる。
冷蔵庫のコンプレッサが音を立て始め、
それに乗じて二人ともが姿勢を直した。
しかし、やはり交わす言葉は無く、
やがてコンプレッサの音がまた静かになった。

 昼が夕方になり、部屋に差し込む光が少なくなるも、
ツンに電気を点ける様子は無い。
そして、ブーンに帰る気配も無い。
ただこの距離を静かに保ったまま、
二人は時が経つことにも無言の抵抗を示していた。




628: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:01:12.23 ID:O1eAIe2e0
 日が沈み、開いたままのカーテンから、
僅かに月明かりだけが差し込むのみとなった部屋。
そこに、ようやく静寂を破る音が流れた。

軽快なメロディと共に流れる歌声は、
ツンの携帯電話に着信が来たことを知らせるものだった。

ξ゚?゚)ξ「……もしもし」

 暗い部屋で、画面から出るライトを浴びて、
ツンの顔は半分だけ明るくなっていた。
照らされた方の顔に表情らしいものは無く、
それを眺めながらブーンは、もう片方の顔をぼんやりと想像していた。

ξ゚?゚)ξ「うん、うん、えーと……ウチに居るけど。
      うん。ところで、なんで……あれ、切れた」

 一体誰からだったのか、ブーンは尋ねようとも思ったが、
立ち上がり電気の紐を引っ張るツンの姿を見て、
言いかけた言葉を飲み込んだ。




631: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:02:31.07 ID:O1eAIe2e0
 電気が点いた瞬間、あれだけ曖昧だった空間が急にその境界をはっきりとさせ、
自分の存在を闇に薄めることも出来ず、ブーンは妙にそわそわとし始めた。
 次いでカーテンを閉めるツンの後姿を見て、その腰から尻に掛けてのラインに、
ブーンは俄にあの日の夜の事を思い出した。

あの日の温度、匂い、音。
ツンの表情、声、触り心地。

そして、それらを思い出すたびに、
イメージの奥底からしぃの顔が浮かび上がってくるのだ。
ベランダの外、空中に浮かんだしぃと、表情の曖昧な顔が、
あの日の事を思い出すのを、阻害するのだ。

 それは決してしぃの呪いなんかではなく、
自分自身が生み出した幻影である。

しかし、その自分自身が生み出した幻影が、
自分自身を責め立てるのだ。




634: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:03:35.05 ID:O1eAIe2e0
 やがてカーテンを閉め終わったツンが、元居た位置に腰を下ろした。
そして、ポツリと呟いた。

ξ゚?゚)ξ「……私ね……」

 ツンが声を出したのを聞いて、ブーンは視線を向けた。
お互いに、この空気をどうにかしようという思いが働いているのを、
なんとなく感じていた。

ξ゚?゚)ξ「あの時……突然泣いちゃったじゃん」
( ^ω^)「お」
ξ゚?゚)ξ「……あれね……その、私、しぃを応援してたんだ」
( ^ω^)「……」

 話の繋がりが怪しいのは、恐らく何から話そうかを考えているせいなのだろうと思い、
ブーンは下手に質問をせず、しばらくは静かにその言葉に耳を傾けた。




637: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:05:13.57 ID:O1eAIe2e0
ξ゚?゚)ξ「しぃ、ブーンが好きらしかったし。私も、しぃが幸せになるなら良いと思ったし」

視線が下に動いて、口が一度への字に結ばれた。

ξ゚?゚)ξ「でも、私どっかで……その、ブーンが気に……なってて、さ。
      それで、嫉妬して、ブーンを取っちゃおうって思ったの」

消え入るように囁くツンは俯き、再び口を閉じた。

ξ;?;)ξ「でも、ね……」

 次に口を開いた時、既にツンは涙声だった。
たった三文字を喋るにも必死な様子で肩をわななかせ、
両手は膝の上でギュッと握られていた。




642: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:06:25.10 ID:O1eAIe2e0
ξ;?;)ξ「私、ブーンを好きじゃなかったの……。
       ただ、ブーンが自分のものじゃないのが嫌だっただけなの……」
 ( ^ω^)「……」

 その言葉に、ブーンは唸るようにして喉から空気を漏らした。
体を重ねたと言う事実から、彼には少しばかり、いや、それなりに期待していた面もあったのだ。

好きという気持ちが実らなかったことに対する悲しみと、
これを体験したであろうしぃの心中を想像し、ブーンは心の痛むのを感じた。

ξ;?;)ξ「私どうしよう……ブーンにも、しぃにも酷いことして……」
 ( ^ω^)「僕は……」

 慰めようと口を開いたブーンだったが、思い浮かべた単語のどれもが嘘偽りで、
それを口に出すのを躊躇ってしまった




644: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:07:44.05 ID:O1eAIe2e0
ξ;?;)ξ「私のせいで、しぃが……」
 ( ^ω^)「それは、違うお」

 少なくともツンだけのせいではないと思い、ブーンは強めに否定をした。
しかしツンはまるで納得した様子ではない。

ξ;?;)ξ「じゃあなんで? なんでしぃは死んじゃったの?」
 ( ^ω^)「それは……」

 その言葉にブーンが口ごもり、視線をそらした時、
部屋にチャイムの音が飛び込んできた。

( ^ω^)「……誰か来たお」
ξ゚?゚)ξ「……ちょっと、待ってて」

 涙を拭き、顔を作ると、ツンは早足で玄関の方へ消えていった。
ブーンはそれを目で追うこともなく、ただ心の沈むままに頭を垂れていた。




650: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:08:58.65 ID:O1eAIe2e0
 程なくして、玄関の方から聞きなれない男の荒々しい声が聞こえてきた。
酔っ払った父親でも帰って来たのだろうか。
しかしそれにしては声が若い。

 『なんでそんな物持ってるの!』
 『いいからあいつを早く呼べっつってんだ!』

 ただならぬ雰囲気に、ブーンは玄関の様子を窺いに行った。
そこに居たのは、ツンと、どこかで見たことのある小柄の男だった。
そして手には、刃先まで黒く塗られたバタフライナイフが握られていた。

 その光景にブーンは恐怖を感じ、後退ったが、
ツンを助けなければいけないと思い直し、二人の前に姿を現した。




655: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:10:33.39 ID:O1eAIe2e0
( ^ω^)「ツン、こっちに来るお」
ξ゚?゚)ξ「ブーン……」
   ('A`)「おい、見つけたぜ。内藤ホライゾン」

 小柄の男が、背中を丸めたまま首だけをぐるりとブーンの方へ向け、目を見開いた。
見上げるような体勢にも拘らず、ブーンはその不気味さに怯んだ。
そして同時にブーンは目の前の男の名前を思い出した。

( ^ω^)「ドクオ……」
   ('A`)「久しぶりだ。なぁ、ブーン君よ」
ξ゚?゚)ξ「え、ブーン、知り合いだったの?」
( ^ω^)「……しぃと居た時に、会ったことがあるお」
   ('A`)「ああん!?」

 いきなりドクオが体勢もそのままに大声を上げた。
そして少しの間を置き、ゆっくりと上体をブーンの方へ曲げた。
ナイフの切っ先が自分に向いたことで、ブーンは手のひらに汗が滲むのを感じた。




664: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:12:01.98 ID:O1eAIe2e0
('A`)「お、ま、え、よぉ」

 一文字ずつ言葉を切り、睨みつけながらドクオがブーンににじり寄った。
土足のまま上がるドクオを見て、ツンは僅かに手を伸ばしたが、
止めることはしなかった。

('A`)「自分が、何をしたか、分かってるわけ? ああ!」

 更に詰め寄ってくるドクオに、ブーンは気圧されつつも、
なんとか状況を回避しようと考えていた。
しかし心臓がドクドクと拍動し、冷静に物事を処理できない。

( ^ω^)「……何を言ってるのか分からないお」
   ('A`)「……人語! 通じろや、クソが! クソが、クソが!」

 とにかく刺激しないように接するのと同時に、
ツンを避難させなければいけない。

そう考えたブーンは、無言のままツンの方をチラリと見たが、
ツンの視線はドクオに釘付けだった。




669: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:13:11.88 ID:O1eAIe2e0
   ('A`)「いや、俺が悪いんだよな。ゴメンよ、しぃ。お前を守れなかった」
( ^ω^)「……」

 口内に溜まった唾液を嚥下し、ブーンは一度ナイフを見た。
刃渡り十五センチはあるだろうか。
黒い塗装がされていて金属光沢は見られないが、
刺されると冗談では済まないだろう。

良くない未来を一瞬想像して、チクリと胸に痛みが走った。

('A`)「本当なら早めにコイツを処理するべきだったんだ。
   俺はそれを知っていたのに、急がなかったんだ。ゴメンよ、ゴメンよ」

 どこを見ているのか分からない目をしながら、
ドクオは低い声でブツブツとしばらくの間呟いていた。

ぴくり、とナイフが僅かに動く度に、ブーンは心臓が急激に縮むのを感じた。




676: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:15:02.06 ID:O1eAIe2e0
   ('A`)「だからさ、しぃ。俺が今お前の無念を晴らしてやるよ。
      それが俺の使命なんだ。俺が生まれてきた理由なんだ」
( ^ω^)「……」

 ブーンは再度ツンの方を見た。
すると、偶然にも視線がピタリと合った。

ブーンは、この期を逃がすまいと、密かに左手の真ん中の指三本を折り、
手で受話器の形を作った。
そして首を固定したまま、ツンの顔と自分の左手へ交互に何度も視線を送った。

ξ゚?゚)ξ「……」

 ツンはブーンの意図に気付いたのか、ぎこちなく一回頷いた。
これで希望が見えたと、ブーンは内心溜息を吐いた。
ツンがドクオの後ろをそっと移動して家の外に出れば、
すぐに携帯で今の合図通りに警察に連絡してくれるだろう。

 後は、目の前のナイフをどうにかしなければいけないと、
ブーンは震えそうになるのを耐えながら、ドクオの隙を窺っていた。




681: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:16:22.63 ID:O1eAIe2e0
   ('A`)「だから、俺がしぃの敵を討つ。お前を殺して、天国のしぃを笑顔にする」
( ^ω^)「え……殺す……?」

 呟いて、ゾッとした。
ナイフを持っているだけではない。
目の前の男に殺意が確かにあるのだ。

次の瞬間に死んでしまうかもしれないという恐怖は、
あっという間にブーンの心を食(は)み、
現実と空想の境界を曖昧にしていく。

緊張に視界が歪み、呼吸は浅くなり、
ナイフが自分の体に突き刺さる妄想が止まらなくなる。

(;^ω^)「やめて……くれお」

 ブーンにしてみれば力なく懇願するのもやっとだった。
生きていたい。死にたくない。
命のためなら何でも出来るという思いが湧き出てくる。




684: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:17:51.69 ID:O1eAIe2e0
   ('A`)「やめてくれ? ……お前よお。お前よお、お前よお!」
(;^ω^)「……」
   ('A`)「お前! しぃは! しぃはお前に殺されて! お前が殺して!
     しぃは、お前に、無理矢理! お前に! お前が! あああああ!」

 殺された。殺した。
その言葉にブーンは誤解があると瞬時に理解し、それを解こうとした。
そうすれば助かるかもしれない。
今はとにかく助かりたい一心だった。

(;^ω^)「落ち着くお。しぃは……自殺だったんだお」
   ('A`)「自……殺?」
(;^ω^)「……そうだお」
   ('A`)「……」

 効果あったか。
ドクオは信じられないといった表情でブーンを見つめた。

その様子を見て、ツンが僅かに身じろぎした。
どうやら行動に移す決心をしたようだ。




690: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:19:41.43 ID:O1eAIe2e0
   ('A`)「お前……本当に……救いようが無い。……クズだな」
(;^ω^)「……え?」
   ('A`)「どうして、今更、そんな嘘を、吐くんだ?」
(;^ω^)「嘘じゃないお。本当にしぃは――」
   ('A`)「……」
(;^ω^)「……」

 ピリピリとした殺気が辺りに立ちこみ始めていた。
ドクオは再び俯き、まるで痙攣しているかのように口の横をひくひくとさせ、
目尻が裂けるくらいに目を剥き、はぁはぁと息を荒げ始めていた。

('A`)「嘘吐くんじゃねえよ。ここまできてよくそんな嘘が吐けるよなぁ……。
    殺すだけじゃ足りねえ。嘘吐きのお前の舌ぁ引っこ抜くべきだよなぁ。
    しぃの代わりに断罪だよなぁ……」

 時々声量が大きくなったり小さくなったり、不自然に変化するイントネーションは、
必死に何かに耐えているような、あるいは気が狂ってしまっているかのようだった。
あまりに不気味すぎるその様子に、ブーンはドクオとは分かり合えないことを確信した。




692: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:21:29.38 ID:O1eAIe2e0
 しかし、今更下手に意見を変える気にもなれなかった。
だからブーンはただただ、弱々しく呟いた。

(;^ω^)「嘘じゃ……ないお」

 その言葉に、ドクオが異常な速さで顔を上げ、ブーンを睨みつけた。

  (#'A`)「ああああああああああああああ! うるせえうるせえうるせえうるせえ!
      お前の話なんかどうでもいいんだよ! その舌引きちぎってやる!
      俺が、悪を裁く正義なんだよ! そうだ。俺が、俺こそが正義なんだよ。
      俺がこの世の悪を裁くんだよ。嘘吐きの舌を引っこ抜いてよぉ!」
(;^ω^)「僕は……」
ξ;゚?゚)ξ「ッ!」

 その時、ドクオが叫んだのを合図に、意を決したツンが動いた。
よし、このタイミングなら、うまく外に出ることが出来る。
そう思ったブーンだったが、ツンが一歩を踏み出したその瞬間、心臓の止まる思いがした。

 ツンが動いたのは、外への扉の方へではなく、ブーンが居る居間の方へだったのだ。
危険を顧みることなく、ドクオの脇をすり抜けようとツンは駆け出す。




696: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:23:17.75 ID:O1eAIe2e0
(;^ω^)「違っ! ツン、外っ!」
  (#'A`)「ああああああああああああああああああああああああ!」
(;^ω^)「!」

 木霊する叫び声。
その瞬間に色々な事が起きた。

 まず一つ目は、
ツンが居間に携帯を置き忘れていたということを、ブーンは思い出した。
しかし電話くらい外に幾らでもあるだろうに。

 二つ目は、
ドクオがナイフをブーン目掛けて振りかぶったこと。
まっすぐ刺すという選択ではなく、切りつけるという選択をしたのだ。

 そして三つ目は、
そのナイフが、弧を描きブーンに到達する途中で、
居間に足を伸ばしたツンの首筋に、深々と突き刺さったということ。




702: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:24:36.81 ID:O1eAIe2e0
   ('A`)「あん?」
ξ゚?゚)ξ「……ぁ」
( ^ω^)「……え?」

 一瞬の間。
三者三様の反応の後に、ツンは血を噴出して床に倒れた。

 どうしてこんなに勢いが出るのだろうか。
まるで噴水のように吹き出る血は止まらない。
心臓の鼓動にあわせるように、
びゅっ、びゅっ、と噴出しては床を濡らす。

ξ゚?゚)ξ「あ。あ。あ。……あ。……あ」

 それに合わせて、ツンが細い声を上げていた。
ガシャン、と床にナイフが落ちた。
刃が血を弾いていた。
壁も、床も、真っ赤になっていた。




714: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:26:31.17 ID:O1eAIe2e0
('A`;)「う……うおおお……」

 血まみれの手でドクオは頭を抱えて膝を突いた。
ツンを見ることも無く、ただ俯いて唸っている。

 ブーンはと言うと、未だに状況を把握しきれずに居た。

何故、ツンがドクオに切りつけられなければならないのか。
そう考えた時、ブーンは自分でもゾッとするくらいのエネルギーを持った悪意が、
腹の底から湧いてきたのを感じた。

そんなブーンのズボンを、ドクオが掴んだ。

   ('A`)「な、なあ助けてくれよ……俺、人殺し……こんなはずじゃ……」
( ^ω^)「……」
   ('A`)「なあ! 助けてくれよ! 人殺しちゃったんだぞ!
      俺を助けろよ! なんとかしろよ! なあ!」

 懇願するならば態度が高慢すぎるじゃないか。
大体、人を殺しにここまで来たんだろうに。

ドクオのあまりに無愧(むぎ)な態度に、ブーンの中に悪意が蓄積されていく。




718: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:28:18.10 ID:O1eAIe2e0
( ^ω^)「そっか……」
   ('A`)「そうだ、俺は何にも悪くない。お前が、お前が素直に俺に殺されていれば、
      俺は今頃ヒーローだったんだ。お前が全部悪いんだ。なんとかしろよ!」

本来ならば、ツンの為に救急車を呼ぶべきなのだ。
しかしブーンはそれを躊躇った。

( ^ω^)「お前が居たからこうなったのかお」
   ('A`)「お前だ! お前が全部悪いんだ!」
( ^ω^)「お前が、生きているから、代わりに、みんな、死んで、しまったんだ、お」

 なぜなら救急車を呼べば、この男を殺せなくなるからだ。

( ^ω^)「……死ねお」

 その声色に起伏は無く、その表情に色は無く。
だからと言ってその心までもが穏やかな筈はなかった。




721: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:29:35.37 ID:O1eAIe2e0
 途方もない質量を持った怒りは、
ブーンの心の底に澱んで溜まり、全ての感覚を麻痺させていく。

ひとたび動けば血液が突沸して爆発するのではないか。
そう思えるほどのエネルギーが、
足の付け根や肩の付け根、腹の底や眼の奥に溜まっていく。

次第に視野は狭窄(きょうさく)になり、
眼前の男の存在以外の一切が世界の端から追い出されていく。

 やがて、ふわりとその両手がドクオの首を掴み、一気に押し倒した。
触れて尚、ブーンは胸中に渦巻く怒りをどうやって発散させたらいいのかと、戸惑っていた。
あまりに怒りが大きすぎて、何をどうしてもそれを伝え切れそうにないのである。

どんな声色、どんな言葉で罵倒すればいいのか。
どんな表情で睨みつければいいのか。
どんな手段で相手を傷付ければいいのか。

どれだけの手段を使っても、まるでこの怒りをぶつけられそうにないのだ。
それに気付いた頃、ブーンは涙を流していた。




724: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:31:20.44 ID:O1eAIe2e0
 涙を流しながら、青ざめたドクオの顔を持ち上げ、床に叩き付ける。
左手で喉を押し潰そうとしながら、右手を苦しそうに開いた口の中に突っ込む。
生暖かい口腔の中で舌を探し当て、生えている方向に対して垂直に引く。
しかしまるで取れる様子のない舌を諦め、眉間に拳を振り下ろす。

振り下ろす。
振り下ろす。
 眉間の皮が剥け
振り下ろす。
振り下ろす。
  艶のあるピンク色の肉に
振り下ろす。
振り下ろす。
   微細な赤色のドットが浮かんできた
振り下ろす。
振り下ろす。

立ち上がり、踏みつける。
顔ばかりを執拗に、何度も何度も踏みつける。
物足りなく感じてはヌルヌルとした手で殴り、やはり駄目だと足で踏む。




729: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:32:52.51 ID:O1eAIe2e0
 口元を踏んだ時、何かがへこんだような感触がした。
どうやら前歯が折れたようだった。

それを確認したブーンは、嬉々として肋骨を踏みつけた。
右足。
左足。
ジャンプして、両足。

 腕を持ち上げ、手首を掴んだまま腕の中ごろを踏みつける。
鎖骨の辺りに飛び乗る。
顔を踵で蹴り飛ばす。

 一通りやりつくすと、次は道具が欲しくなってきていた。
忌々しい悪意を解消するために、ブーンは玄関をくまなく探す。

 すると、置物の台に使っていた赤レンガのブロックを見つけた。
それを手に取るや否や、ドクオの顔目掛けて投げ付け、
その威力に陶酔すると、今度はレンガで顔を殴りはじめた。




733: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:34:03.71 ID:O1eAIe2e0

 そうして不細工な折檻は、しばらくのあいだ続いた。
殺し方のランク付けがあるならば、かなりの下位ランクだろう。

幼稚で、原始的で、非効率的な暴力は、
ただ結果として果てに死があるというだけである。
当人が気付いていないだけで、相手を殺そうとはしていないのだ。

 そもそも殺人をしたことの無いブーンにとって、
殺すというものはイメージでしかなく、暴力の誇大表現なのだ。
言うなれば、『殺す』というよりは、『死んでくれ』といったところだ。

沢山殴るから死んでくれ。
沢山踏むから死んでくれ。

それは暴行と言う名の祈りにも近かった。




737: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:35:49.50 ID:O1eAIe2e0
 一通りの暴力を追え、ブーンは床に腰を下ろした。
ぐったりとした男の体は、ただ力の抜けた人間のものとは明らかに違っていた。
変色し脹れあがった顔は、もはやその原形を想起するのも困難なほどで、
なにより吐き気がした。

 冷静になってみれば、助かったかもしれないツンを放って、
一体自分は何をしていたのだろうか。

 『たった今、自分は人を殺してしまったのだ』
 『死体を隠さなければ』

しかし、そう思ったときには既にブーンの目はゴミ袋を探していた。




741: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:37:47.28 ID:O1eAIe2e0
 死体を解体する勇気は無かったものの、
とにかく目の前から非現実的な物を排除したかった。

納戸から黒いゴミ袋を見つけ出し、勢い良くそれを広げると、
死体を入れようとしたが中々入らない。
ブラブラとだらしない腕や足は独立し、胴体が重い。
死後硬直なんてものは嘘なのかと思ってしまう。

 やっと袋に入れることが出来たと思ったところで、
今度はどうにも袋に収まりそうにないことに気が付いた。
肩から上がはみ出てしまうのだ。

焦ったブーンはもう一枚袋を取り出し、
それを死体の頭から被せ始めた。
そして近くにあったガムテープでぐるぐる巻きにすると、
ようやく自分の荒い息遣いに気が付いた。

 唾液を飲み込み、一瞬袋の中の酷い顔を思い浮かべ身震いをした。
そしてブーンはゆっくりと部屋を見渡した。
蛍光灯に照らされた部屋は、しんと静まり返り、
誰も居るはずがないのに視線を感じる。

 しかし立ち止まるわけには行かない。
ブーンは部屋の電気を消すと、ゴミ袋を抱きかかえツンの家を飛び出した。




743: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:39:05.59 ID:O1eAIe2e0
 夜の帳を掻き分けるように、ブーンは疾走した。
人一人を抱えて走るのは途轍もない疲労を伴ったが、
そんなものは気にならなくなるほど切羽詰っていた。

 闇の中を走っていると、冷たい風が頬を撫ぜ、
否が応でも冷静にならざるを得ない。

人を殺してしまったという事実。
そしてツンを見殺しにしてしまったという事実。

罪の意識は暗闇によって助長され、
後ろから何かが迫ってくる錯覚を起こし始める。




748: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:40:41.62 ID:O1eAIe2e0
(;^ω^)「はぁっ……はぁっ……」

 何度も後ろを振り返りながら、辿り着いたのは人気の少ない山道だった。
地元では不法投棄のスポットとして有名で、
タイヤやら電化製品やらが、山のように捨てられている。
役所も手を出すことを渋っているこの場所に、ブーンはドクオの死体を捨てた。

 ここならば何かを捨てに来る者が居たとしても、
わざわざ拾いに来る者は居ない。

それに万が一捨てに来た者がたとえこれに気付いても、
自分の後ろめたさもあって放置する可能性もある。
回らない頭でそう考えて、ブーンはこの場所を選んだ。

 ブーンは今一度周りを良く観察すると、
誰も居ないことを確認して、再び走り出した。
やり遂せたという、妙な達成感と開放感がブーンを包んでいた。


 そうしてブーンが向かった先は、ツンの家だった。
理由は馬鹿馬鹿しくも、今更になって、
まだツンは助かるかもしれないなどと思ったからである。




754: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:43:07.68 ID:O1eAIe2e0
 息も絶え絶えにツンの家に辿り着き、祈るような思いで電気を点けた。
もしやツンは無事で、何もかもがいい方向に向かっていないかと。

しかし電気を点けてみると、やはり床に広がる血溜まりが見えた。
そしてその奥に、力なく横たわるツンの姿があった。

( ^ω^)「……ツン?」

 服はすっかり血を吸って赤茶色になり、
手のひらの皮膚が見えるところは、驚くほど白くなっていた。
その顔は血まみれで、髪は血が固まって束になったものが、顔にいくつも張り付いていた。
ブーンはその光景に、素直に恐怖し、そして脱力した。

( ^ω^)「……なんで?」

 口から漏れたのは疑問の言葉。
しぃが死に、ツンが死に、気付けば自分は人を殺していた。
どうしてこうなってしまったのか。何がいけなかったのだろうか。
自問自答が加速する。




757: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:45:03.06 ID:O1eAIe2e0
( ^ω^)「ツンが殺されたのは、しぃが死んだから」

――それじゃあ悪いのはしぃなのか。それは違う。

( ^ω^)「しぃが死んだのは、ツンがしぃを裏切ったから」

――それじゃあ悪いのはツンなのか。それも違う。

( ^ω^)「……僕がツンと寝たから?」

――だからしぃが死んだ? だからツンが死んだ?

( ^ω^)「違うお。アイツが……」

――あの男を殺したのは……僕?


――悪いのは、僕?

――しぃを殺して、ツンを殺して、アイツを殺した。
   一番死ぬべきなのは……僕だった?




763: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:46:49.59 ID:O1eAIe2e0
( ^ω^)「……あはははは……あははは……あは……」

 なんだ、全ての元凶は僕だったのか。
そう思ったとき、目に映るものが現実味を無くしていった。
胸中に渦巻くのは、あの男への憎悪と自己嫌悪の念。

そんな時ブーンの胸中にある考えが芽生えた。

  そうだ、嘘を吐こう。
  すべての罪が僕に集約するように、嘘を吐けばいい。
  いや、ただ黙するだけでも良い。

  だから僕はその代わりに舌を抜こう。
  罰として、そして全てを黙殺するために。

( ^ω^)「おっおっお」

 思い立ってすぐに、
ブーンは左手を口の中に入れて、舌を引っ張ってみた。

けれども、まったく抜けない。
右手でも引っ張ってみる。




767: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:48:34.82 ID:O1eAIe2e0
 みちみち、と音を立ててはいるけれど、涙が滲むだけで抜ける気配がない。
それに舌が勝手に逃げてしまう。

( ^ω^)「……ぬけないお」

 このとき既にブーンには、絶対に舌を切り離すと言う決心があった。
なのでハサミを見つけたときも、全く躊躇うことなく手に取ることが出来た。

( ^ω^)「ハサミがあったお」

 そしてハサミを開き、舌を出す。
左手で舌の先をつまんで、舌をハサミで切った。

 ぢょき!

(;^ω^)「えぅ! ひ、き、切れるお」

 舌からは小気味いい音がしたが、
耳にはそれとは別に、ブツブツと繊維を切る音が聞こえた。
半分ほど切込みが入った舌へ、ブーンは更にハサミを入れていく。




772: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:50:04.18 ID:O1eAIe2e0
 ぢょき、ぢょきん!
 じわ。どろどろ。
 どくんどくん。
 どくんどくんどくん。

(;゚ω゚)「えううううう! うううううええええええええううううううううう!」

 び、び。
 どくんどくんどくん。

(;゚ω゚)「えええええええええううううううえええええええええええええええあああああああああああ!」

 どくん、どくん。
 くら、ふらり。

(;゚ω゚)「いひっ! いいい! いっ! げっ! げぁっ! あっ! がっ! ばっ! あっあっ!」

 想像を絶する痛みに、ブーンの視界はテレビの砂嵐のようになった。
そして大量に溢れだす血液は、喉に絡みつき、あるいは鼻へ逆流し、
ブーンの呼吸を阻害する。




780: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:51:15.57 ID:O1eAIe2e0
 ともすれば意識を失いそうになる状況で、
左手には舌を持ち、口はだらしなく開けたまま、ブーンはツンを見た。

(;゚ω゚)「うう! うううう!!!」

 そしてゆっくりとツンににじり寄った。
自分が舌を切ったことを、しかと誇示するように。

ξ゚?゚)ξ「……」

 見るも無残な表情のまま絶命したツン。
その顔が、ブーンの口から垂れ流しになっている血と唾液の混ざったもので、
上塗りされていく。

(;゚ω゚)「うう! うう! うっ! げほっ! がっ!」

 何事かを喋ろうとしたブーン。
しかしそれが意味のある音になることは無かった。




787: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:52:58.67 ID:O1eAIe2e0
 口からはポタポタと、赤く汚らしい液体がツンの顔へ落ちていく。
喋ろうとすればするほど、ツンの顔が自分の液体で汚れていく。
その様子を見たブーンは、肩を震わせ、


(;^ω^)「いひっ! いいいいいいひっ! ひいっひっひっ! ひひひひひひひひひひひひ!」


笑った。


(;^ω^)「ひひひひひひひひひひ! ひああははははははは! はっ! がっ! げぇっ!
     ……あっあはっ! あはっ! あっ! あ〜あ〜あぁぁぁぁ! ひひひひひひひ!」

ゴロゴロと床をのた打ち回りながら、ブーンはゲラゲラと笑っていた。

舌を切り取ってしまった自分がたまらなく面白くて、笑っていた。

喋れなくなった自分が間抜けで、笑っていた。

こんなことで罪から逃れられると思っている自分が滑稽で、哂っていた。




792: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:54:31.78 ID:O1eAIe2e0

 その後、ブーンは凶器と共に自宅へ帰り、服を着替えることも無く、
部屋でずっとなんでもない壁のシミなんかを見つめながら、痛みに耐えていた。
今はこの痛みに耐えていさえすれば良いと、やるべき事、考えるべき事から逃避し続けた。

 程なくしてツンの家に父親が帰って来たところで事件が発覚。
ブーンは夢現(ゆめうつつ)のまま警察の電話に応対。
そこで自分が現場に残してきた血液や、舌を切り取ったハサミを思い出し、
逃げられないことを悟ったため出頭。

 しかしブーンは真実を語ることはしなかった。
自己嫌悪や被害妄想。
色々な要因が絡み合っていたが、最も大きな要因として、
ブーンはドクオという男を、あらゆる繋がりから隔離したかったのだ。

 裁かれることも無く、報われることも無い。
暗いゴミ袋の中で、惨めな思いを抱きながら体を腐らせていく。
死体が抱くはずの無い感情を想像し、ブーンは愉悦の波に溺れた。
そして時々、思い出したように含み笑いをした。




796: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:55:39.28 ID:O1eAIe2e0
 だが、こういった加虐的思考と同時に、
口を噤(つぐ)むブーンの中には、身を刻むような被虐的思考も存在した。

 自分という存在に対する嫌悪。
亡くなっていった人達から呵責(かしゃく)されているという妄想。
それを代弁するかのような親族、知人達の態度。

圧し掛かる罪の意識は、時間と共にその嵩(かさ)を増し、
ブーンの精神を痛めつけ続けた。




799: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:56:48.94 ID:O1eAIe2e0
 だがブーンは公判中も終始この事件に関する真実を打ち明けることなかった。
彼は黙ることによって自らが作り上げた罪により、公的な罰を科せられた。

 もしも事実が明らかになってしまえば、自分はツンに関する罪を裁いてもらえなくなる。
おぞましい醜男に関する罪で、長い時間を拘束されなければいけなくなる。
そう考えれば、ブーンはこの心を刺す痛みにも耐えることが出来た。
宙ぶらりんの罪ほど、心に重苦しいものは無い。

 だからこそブーンは舌を切ったのだ。
ドクオなど居ない。
全ての罪は自分にあるのだと、嘯(うそぶ)くために。
その代償、罰として、自ら舌を切り取ったのだ。




808: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 03:59:43.70 ID:O1eAIe2e0

 そしてこの二十二年後。
内藤ホライゾンは、ついに一度も事実を公表することなく、
公園の個室トイレにて、ひっそりと首を吊って死んだ。

 足元に添えられていた手紙にはただ一文だけ、

 『追ってくる』

そう書かれていた。

 この文章の意味も、この二十二年間彼が何を考えていたのかも、知る者は居ない。


816: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 04:01:24.88 ID:O1eAIe2e0
終章



 西日もすっかり消え失せ、無数の蛍光灯の明かりが職場を照らしていた。
片付かない仕事の山に嫌気の差したヒッキーは、自販機へ行くために席を立った。
するとデスクで真剣に書類を見ているビコーズの姿を見つけ、
珍しいこともあるもんだと、ヒッキーは彼の元へと近寄った。

(-_-)「ビコさん、そんなに真剣に何を見ているんですか?」
 ( ∵)「ん? ああヒッキーか」

 チラリと見ると、書類はただ文章を貼り付けただけのような雑な作りで、
どうも仕事の書類の様には見えなかった。

 ( ∵)「これは内藤の発言をまとめたやつだ。
     非公式に漏らした愚痴から最終陳述まで色々揃ってるぞ。
     ……とは言っても、奴は喋れんけどな」
(-_-)「どうしてまたそんなのを? 仕事ですか?」
 ( ∵)「いや、それがよ――」

(´・_ゝ・`)「よー、居残り組」

 突然二人の会話に割りこむようにして、デミタスが現れた。




823: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 04:02:41.82 ID:O1eAIe2e0
 (-_-)「……びっくりした」
  ( ∵)「テンションたけぇな。ほらよ、言ってたやつ」
(´・_ゝ・`)「ああ、悪いな。今晩メシでも奢るよ」
  ( ∵)「しかしなんだってこんなもんが欲しいんだ?」
(´・_ゝ・`)「ん? そりゃあ……だって、気になるじゃないか。自分で舌を切り落とす殺人者なんて」
  ( ∵)「あー……お前はそういう趣味の奴だったな」
 (-_-)「えーと、どちら様ですか?」
  ( ∵)「ん? お前も一回会ってるだろ。ほら、えーと……自殺した内藤の知人宅に行ったときに」
 (-_-)「あ、あの時の……失礼しました」
(´・_ゝ・`)「いや、気にしなくていいよ」

  ( ∵)「ところでよ、デミタス」
(´・_ゝ・`)「ん?」
  ( ∵)「お前んとこの事件はどうなった? やっぱ自首して来た奴が犯人だったか?」
(´・_ゝ・`)「……ああ。殺したのは彼らだったよ」
  ( ∵)「やっぱりな。ほら見ろ、俺の言った通りじゃねえか。事件解決だな」
(´・_ゝ・`)「ああ、そうなんだよ。本当に、事件は解決したんだ」
  ( ∵)「あん? なんだ、不満か」
(´・_ゝ・`)「……さすがにそんな事は言えないな」




825: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 04:03:46.34 ID:O1eAIe2e0
 あの日クーの死体が発見されて以来、ぱったりと殺人は起こらなくなった。
ドクオの死後も、第二第三と模倣サイトは生まれ続けたのだが、
それらが活用されることは無かった。
一体何が彼らの熱を冷めさせたのか。

 第一の模倣サイトであったドクオのサイトにおいて、
一人目である内藤が、逮捕というある種の失敗に終わったことだろうか。
それが模倣は模倣でしかないというイメージを与えてしまったのは、確かに事実だろう。

 それともそれに乗じて第二第三と立ち上がった模倣サイトのコピーにより、
劣化していくカリスマを見て冷めてしまったのか。

 中には未だオリジナルサイトの更新を熱烈に待ち続けている者も居るが、
彼らは誰一人として、自分たちの悪意でそのカリスマを手に掛けた事を知らない。
事実上、システムはひっそりと崩壊の時を迎えていた。




829: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 04:05:13.12 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「……」

 しかしデミタスにとっては、なんとも歯切れの悪い事件解決となってしまった。
いや、正確に言えば解決はしていないし、これからも解決はしないだろう。

いつの日か燻っている火が燃え上がらないとも限らない。
たった一種類の火種を失っただけで、火薬はこの世界中にまだ沢山残っているのだ。

  ( ∵)「よし、ヒッキーお前もさっさと今日の分を仕上げろ。コイツにスシ奢らせるぞ」
 (-_-)「いや、僕は関係ないからいいですよ。それにまだまだ終わりそうもないですし」
  ( ∵)「……『ないでスシ』とはお前、またハイセンスなギャグを」
 (-_-)「ち、違いますよ。勝手に人を滑らせないで下さい」
  ( ∵)「オラオラー、無駄口叩いてるとスシが乾いちまうぞー!」
 (-_-)「いや、だから……」
(´・_ゝ・`)「別に一人や二人増えても変わんねえよ。
      なんならこの内藤って奴の話を聞かせてくれ。それでチャラだ」
 (-_-)「はあ……なんかスイマセン。て言うか個人情報ダダ漏れじゃないですか」
  ( ∵)「スーシーがーかーわーくーぞー」
 (-_-)「あーもう、わかりましたよ! て言うか乾きません!」
(´・_ゝ・`)「ま、俺はしばらくこれを読んでるから、終わったら声を掛けてくれ」
  ( ∵)「おーう」
 (-_-)「はい、わかりました」




831: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 04:06:34.87 ID:O1eAIe2e0
 空いていたデスクの椅子に座ると、デミタスはゆっくりと書類に目を通し始めた。
その発言のほとんどが、胸焼けを起こしそうなほどネガティブなものばかりで、
デミタスは眉を顰(ひそ)めながらそれらを眺めた。

 その中でも目を引いた記述が、
なぜ人を殺したかについて問われた時の、内藤の回答だった。

『僕は、風邪をひいてしまったのです。
 悪意はそこらを飛び回る菌のようなものであり、
 僕はいつの間にかその悪意渦巻く劣悪な環境に巻き込まれ、
 罪と言う風邪をひいてしまったのです。
 でなければ、僕は人など殺さなかった。
 でなければ、僕に一体どうして人を殺せようか』

(´・_ゝ・`)「風邪か……」

 他人に責任転嫁をしているだけの文章にも思えるが、
デミタスは先の連続殺人の犯人と内藤を照らし合わせていた。




836: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 04:07:51.55 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「私の中の悪魔が……なんて言う奴はいるけどな。
      悪意ねえ……おい、ビコーズ」
  ( ∵)「おう、どうした」
(´・_ゝ・`)「こいつ家庭環境に問題でもあったのか?」
  ( ∵)「ん? いや、別に。なんつーか、何考えてるんだかよく分かんない奴なんだよなあ」
(´・_ゝ・`)「そうか……」

 だとしたらこの内藤と言う男も、
殺人へと踏み切らせる何か目に見えないものを、感じていたのかもしれない。
それは自己の中に芽生えた強迫観念なのか、あるいは外部からの直接的な影響なのか。

(´・_ゝ・`)「しかしまあ、この文面を見る限り後者なんだろうな」




841: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 04:09:05.74 ID:O1eAIe2e0
 しかし一方で、
自分の中の罪の意識を強く認識している、次のような記述も見受けられた。


『僕がナイフを彼女の胸に突き立てなくたって、
 結果としてナイフが彼女の胸に刺さって、そしてその原因が僕にあれば、
 罰を受けるのは、やはり僕になるのです。
 それが当たり前のことであり、僕はそれを望んでいるのです』

『裁判官の長い話を聞いて僕は思いました。
 この世の誰も僕を裁くことは出来ないのだと。
 それを痛切に感じさせることこそが、
 死した者からの間接的な裁きなのです。
 そして、自分の行いを強制的に苦悩させられ続ける地獄が、
 これからの僕には待っているのです』


(´・_ゝ・`)「してしまったことの罪は自分にある。
      けれどもその原因は他人にある……ってとこか?
      潔癖と言うか、神経質と言うか……ちがうな、偽善者? うーん……」




844: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 04:10:33.58 ID:O1eAIe2e0
 しっくり来る言葉の思い浮かばないデミタスは、
うんうんと唸りながら天井を仰ぎ見た。

(´・_ゝ・`)「まあ何でも良いか。……しかし、間接的な裁きか。こいつも変なことを考えるな」

 そこでデミタスが思い浮かべたのは、バーで会ったクーの顔だった。

(´・_ゝ・`)「……僕がナイフを突き立てなくても、結果として刺さり、
      その原因が僕にあれば、罰を受けるのは僕である。
      そして僕はそれを望んでいる……か」

 あの時、助けてくれと言ったクーの本心は一体なんだったのだろうか。
流れを止めることに対して、果たして『助けてください』という言葉を使うだろうか。
全く無いわけではないが、デミタスにはそれが納得できなかった。




847: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 04:12:01.76 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「あいつも内藤と同じだったってことなのか……?」

 罪の意識を感じ、裁きを求める。
その叫びが『助けてください』だったのか。

(´・_ゝ・`)「そう言えばアイツも悪意の伝播がどうのとか言ってたな……。
      ……やっぱ、俺ちょっと言いすぎだったのかもしれないな」

 あれ以来、デミタスは何度もあの夜の事を思い出すようになった。
歯止めが利かない位に加熱してしまった自分を、後悔しているのだ。

(´・_ゝ・`)「まさか、俺も自覚が無いだけで既にってことなのか? ……ゾッとするな」




849: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 04:13:16.62 ID:O1eAIe2e0
  ( ∵)「よっしゃー! 終わったぜコンチクショウ! おいスッシー、飯行くぞ!」
 (-_-)「スッシーって僕ですか? はしゃぎ過ぎですよビコさん。
      多分耳を貸してもらえないとは思いますけど、僕の仕事まだ終わってないです」
  ( ∵)「ほら、デミタス。そんなもんは家帰って読め。行くぞ行くぞ」
 (-_-)「あー、やっぱり聞いてない」
  ( ∵)「ヒッキー、俺だって話くらいはちゃんと聞く。寧ろ、他人は自分の鏡ってやつだな」
 (-_-)「はい?」
  ( ∵)「俺を話の聞かない奴だと思っているお前こそが、
      実は俺の話を聞いてない。どうだ、これ。耳が痛いだろう? そうだろう」
 (-_-)「ごめんなさい、待たせすぎて頭に栄養行かなくなったみたいですね。可哀想なビコさん」
  ( ∵)「お前、後で人間パトランプの刑な」
(´・_ゝ・`)「……そうか。それだ、ビコーズ」
  ( ∵)「ん? どうした。人間パトランプやりたいのか?」
(´・_ゝ・`)「内藤も、あの女も、そして俺も。巻き込まれたと思っていた悪意は……」

 デミタスはそこまで言うと急に黙り込んだ。
そして何かを振り払うように勢い良く立ち上がり、首を鳴らした。




851: ◆HGGslycgr6 :2008/01/20(日) 04:15:00.08 ID:O1eAIe2e0
(´・_ゝ・`)「あーやめた。考えたくもねえ」
  ( ∵)「そうそう、難しいことは考えずにスシ食いに行こうぜ。おいヒッキー早くしろ!」
 (-_-)「はいはい、いま支度できましたよ」


 環境は、土が作り、大気が運び、雨が地へ戻すサイクルの中にある。
しかし土も大気も雨も無いバーチャルの環境は、
現実のそれよりもはるかに早く、大量に悪意を伝播した。

 しかし、それが初めから悪意だったのかは分からない。
もしや誰かが故意的に悪意へ変えたのかもしれない。
善意を悪意と受け取った者が居るのかもしれない。

 だがそんな者が居たかを確かめる術は無い。
いや、そもそも果してそこに人が居たのかさえも、随分と怪しいものなのだ。
ただただ悪意に絡めとられる自分のみが、そこに居るだけなのかも知れない。



−終−



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(・∀・): 66 | (・A・): 24

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