萌えロワ 中盤戦
2010/12/09 18:25 登録: えっちな名無しさん
男子1番 ざーみるく 女子1番 恋
男子2番 まなぶ 女子2番 ナナ
男子3番 玄米 女子3番 愛
男子4番 岸利徹 女子4番 みやこ
男子5番 修一 女子5番 痛(。・_・。)風
男子6番 駁 女子6番 唐橋ユミ)
男子7番 ぱいくー 女子7番 ナターシャ
男子8番 刺身野郎 女子8番 エリコ
男子9番 健太 女子9番 ぺしぺし
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「で、脱出しようと皆で集まってるのよね?」
ナナはそう言うと、教室内にいる全員を見回すようにした。痛風は無意識に目が合わないように目線を逸らすと、携帯を机の下でいじっているユミが目に入った。
「・・で・・一応聞いておきたいんだけど・・私、信用できない?」
少し口調がどことなく悲しそうに聞こえた気がして、そちらを向いた。けど表情はいつも見るような怪訝そうだった。そしてナナは全員が黙ったままなのを確認して、携帯を閉じたユミを見た。ユミも気がついて、少し苦笑いした。
「そんなことないよ?」
「そんなこと無いんだったら・・なんで、私にもメールくれなかったの?」
ナナは少し俯いて言った。・・彼女らしくないと痛風は思った。少なくともこんな姿は見たこと無い。隣にいたざーみるくと修一もそれが意外に見えてか、そんな表情をして2人を見守っていた。
そんなユミは、ポケットから携帯を取り出してそれを開いて眺める。そして「あ!」と心なし大げさに言うと(いや、大げさだ。)また苦笑いをしてそれをナナに向けた。ナナはソレを読もうと近寄って、そして手を伸ばしてユミの携帯を取った。
「ごめん。ナナのアドレス、登録しなおすの忘れてた。変えたんだったよね?」
「・・ふぅん。」
「だから、連絡してないとかそう言うのじゃないよ!」
怪訝そうな表情が完全に先に向けられていたからか、ユミはそう笑顔で返した。(事情を知っているせいか、凄く苦笑いな気がするし、白々しいと思った。)
ナナは少しの間携帯電話を眺めたままソレをユミに返して、そして振り返った。
「もう一回聞くけど・・私を、信じれる・・?私も、こんなの認めたくない。もえたろうを許せないし許そうとも思わない・・誰かを殺すなんてごめんだわ。」
「・・・」
痛風はそんなナナを眺めていた。いつもとどこと無く違う雰囲気がするから、なんともいえないのが痛風の本音だった。
けど・・
脳裏に出発前の光景が浮かんだ。ナナのせいで一部、疑心暗鬼な雰囲気が漂うほどにまでなったのだ。今はかろうじて信じてくれる、と言っててくれたけど、それでも・・
「・・痛風サン」
不意にナナに名前を呼ばれてハッとなる。ナナはいつの間にか目の前に立っていて、顔を覗き込んでいた。いつの間に。
「な・・何?」
合いそうだった目線を少し下に落とすと、ナナが意外なことを言った。
「・・ごめんね。」
「え・・?」
ごめんね?今、そういった?今まで、こんな言葉を聞いたことはなかったし、そもそもさっきからナナらしく無いじゃないか。
いつもは気が強くて突っかかるくせに。何があっても自分が正しいと言い張って謝ることなんて無いのに。
「・・何が?」
そう聞いてしまった自分が白々しいと感じた。けど、他に返す言葉が見当たらないほど、想定外な出来事。
「私、もえたろうに頭がきてたから・・つい、八つ当たりしちゃったから」
八つ当たり?そんな事で、私への信頼を崩したのか?クラスに対しての。
そう言いたかった。けど、言おうとするとそれはそれで普段のナナの姿が思い浮かんで口を止めた。
普段・・今までみたいに今彼女の機嫌を損ねたり、敵に回してしまっていたら明日からの楽しみはつぶれるに久しかった。
それは、刺身野郎がいい例だ
・・詳しくは“知らない”けど、それでもナナ “達”を敵に回してしまったから、ああなった。
けれどもそれは今までの話であって、これからは・・無いに等しいこと。だから別に言ってしまっても構わないのだ。
とは言っても殺し合いと言うこと前提・・
「つぅ、ナナサンは大丈夫だよ」
黙っていたみやこが言うと、頷いて岸利徹が続けた。
「ナナサン、1人で話をつけにいこうとするくらいだったから、間違っても・・」
ああ、この2人は信じれるかどうか、の点で話しているのか。そう言うことは、やっぱり許してやれ、と言うことだろう。
・・こっちの気も知らないで
。 実際そう言いそうになって慌てて口を閉じた。グッと唇を噛んで・・けど、今ゴタゴタを起すとそれはそれできっと状況的にもあってはならないことだろう・・そう考えると、大人しくするしかない。
「・・うん、あたしは・・大丈夫。」
ナナとも合流することが全員の条件でもあるし。もう、仕方ない。
「本当に、ごめん・・」
珍しく頭まで下げる物だから逆に気持ち悪い。普段だったら、なんで痛風サンが死を逃れたのか分からないんだけど、知ってるんじゃないの?とか言い寄ってくるはずだ。
・・これは、殺し合いと言う現状・・気をつけないといけないのかもしれない。騙されてはダメだ。
「・・まぁ、どうせ全員合流する予定だったし、すぐナナが見つかったからよしとしようぜ」
今まで黙って経緯を見ていたぱいくーが話題を変えた。しかもちゃんとユミにあわせて言っている所がなんとも・・もういいや。
「そうだな、それに、化学室に向かわないと」
ざーみるくが言って、ユミがそうだ!と声を荒げて言った。今着たばかりのみやこと岸利、そしてナナの3人は当然理解できていないようで化学室?と小首をかしげた。
「駁とエリコが居るんだ。けど、まぁ、ちょっと色々とあってむかえに行くことになってる。」
「色々って?」
「後で話す。今はとりあえずさっさと分けようぜ」
修一は説明は移動の時にでも、とその気で先ほどユミが分けた武器を見た。そして岸利達もドアからぱいくーの机に向かってくる。
「とりあえず残る組と化学室に行く組に分かれようと思ってるんだ。」
ざーみるくが説明をする。
「俺ら、クラス内ではバラバラだろ?だからそのことと武器の強さも考慮して分かれようと思って」
ぱいくーがそう言うと、ナナが尋ねた。
「それって、私とぱいくー、ユミのグループとざーみるくクンのグループって事?」
表情言い方はいつもの雰囲気に戻っていた。けど、そんなことは誰も気にする様子もなくユミがそうだよ、とだけ答えた。
「ってことは、俺らの武器とかもって事だよな?」
「全員で8人だから4人づつね。」
ナナが言いながらディパックをあける。
「なっ、なにこれ・・」
ナナがふざけてるの、と言いたげにディパックから赤と黄色の物を取り出した。ああ、あれは【ピコピコハンマー】だ。
「こんなので・・どうしろって言うのよ・・」
岸利とみやこ曰く、彼女はコレで乗り込もうとしていたのだからたいしたものだ。(それが本当だったら、の話だけど。)
「ざーみるくクンもよほどだけど、ナナもなかなかだね」
ユミが和ませようとしてか、笑って言うと、ナナがムッと不機嫌そうな顔になった。
「悪かったね。」
言いながら岸利とみやこの方向に目線を変える。痛風もそっち方面を見ていたけど、気になったのは岸利の武器。黒い、手のひらよりやや大きいの形をしたソレは?
「しーの!もしかして銃か!?」
修一が同じ事を期待して身を乗り出すように尋ねた。銃があったらいい、と言う話を少し前にしていたのだ。けど、大和は首を横に振って苦笑いした。そしてその引き金に指を入れると引き金を引いた。すると、機械音。ジュピーン、ジュピーン、ババババッ、と言う明らかな玩具の音がした・・ハズレのただの【玩具の銃】らしい。期待していた修一とぱいくー、ユミとそれから痛風もため息をついた。
「お前・・空気読めよ。」
ざーみるくが岸利の方に手を乗せて言った。岸利は理解できなかったようで小首をかしげる。
「空気、って?」
「銃があったら乗り込みやすいって話をしてたんだよ」
ざーみるくが説明すると岸利はそうだけど・・と意味ありげに言ってから続けた。
「銃は支給されてないってもえたろう先生言ってたけど。」
「嘘でしょ?」
なんとなしに訪ねると、岸利はこちらを向いて本当、と言った。
「周り住宅街だから気を使ってって。だから爆発物とか、そんなのも無いと思う」
「・・マジかよ」
ぱいくーがため息をつきながら言った。それは痛風も言いたかったけど、自粛した。どうやら脱出と言うのは本当に難しすぎる難題かもしれない。
「けど、それより駁とエリコサンを助けるんじゃないの?」
みやこが横から武器を・・棒状の先端にトゲがついている【メイス】、それを突き出して言った。
「また凄いの出てきたね・・」
ユミがそれに手を触れて、みやこの手から取った。そして並べていた武器を見比べる。今は木刀とモーニングスター、ククリナイフとピッケルが一緒になっている。その横にビニール紐、メイス、ピコピコハンマー、玩具の銃を並べる。
「難しいね・・これ・・」
そう呟きながらユミはビニール紐と玩具の銃を分けておいた。ビニール紐を木刀のほうに、玩具の銃をククリナイフのほうに置く。そして次にピコピコハンマーとメイスを持って考え込む。
「・・ユミの武器って何?」
不意にナナが先に訪ねると、ユミは一瞬「え」と言ってそしてピッケルを指差した。ソレを確認すると
「じゃあ、私そっちにするわ。」
そういって自分のピコピコハンマーをピッケルに重ねるようにしておいた。何故、わざわざそんなことをしたのかは痛風には・・いや、全員。きっとユミでさえ理解はできていなかっただろう。ユミは無言でそれを見ていたけど、断る理由も見つからなかったらしく諦めて頷いた。
ふと、メールの件で少し根に持っているんじゃないか、と思ったりしたけど、それはそこまで。答えはナナにしか分からない。
「じゃあ、もうこれでいいとして・・化学室に行くか。」
仕切るようにしたのは以外に以外、ぱいくーだった。自分の木刀を持って、そして横のモーニングスターを痛風に渡した。
「ぱいくー達が化学室に行くの?」
ナナが尋ねるとぱいくーが頷いた。
「エリコ、修一のこと気にしてるんだろ?だったらオレらのグループが行く方が良くないか?」
「あ・・そうかもな、頼んだ。」
少し気まずそうに修一が言った。エリコはどうやら修一に攻撃を加えたらしいからそれを気にしていると聞いた。だからそれはどっちにしろ妥当だ。
傍らで俯きがてらにみやこがメイスを、そしてざーみるくが「これ、いるのか?」と呟きながらビニール紐を手に取っていた。とりあえずこの4人がグループだ。
「じゃあ、ぱいくーたちが化学室で、俺達は・・」
「とりあえず、まなぶとかが来るかもしれない・・だから待機しててくれ。」
まなぶがぱいくーと特に仲がいいのは知っている。そういえば彼らのグループでまなぶだけが連絡も何も無い。それを気にしているのだろう。
「わかった。ユミたちは待ってるから・・気をつけて。」
「何かあったら絶対連絡しろよ。」
修一が確認を取るとぱいくーが片手を挙げて答えた。それを傍らで確認してから、痛風はドアに向かって歩き出した。
【残り15人】
「・・ってことは、エリコサンがパニックになってる可能性があるから本当かどうか分からないってこと?」
一通りエリコの状況についての情報を今聞いたみやこは、その説明をした張本人のぱいくーに尋ねた。ぱいくーは尋ねられた後、ざーみるくと、痛風の表情を確認してから答えた。
「まぁ、な。けど・・最初オレの出る前だから詳しくは知らないけど、駁は合流を拒否したって聞いたからな・・なんていうか」
「・・都合よく合流するわけが無い、ってか?」
ざーみるくが尋ねるとぱいくーは一度黙った。それはまさにその通りと言わんばかりの黙認。痛風はそれを傍らに見ながら、続けた。
「けど、修一を攻撃したって言ってたんでしょ?」
「おう」
「で、それを気に病んでて?」
「Hな名無しの言うことによると、電話でかなりパニクってたって言ってた。」
ソレを聞いて、みやこが悩むように「んー」と言った。
「ぱいくークン・・どう思う?」
「どうって?」
「・・駁が怪しいと思うのか、エリコサンが本当に混乱してるって思うのか」
みやこが歯切れ悪そうに言うと、ぱいくーは黙った。
そういえばぱいくーは唯一、その光景を間接的に知っている人物とコンタクトを取ったのだ。そのくせ、どっちがどっち、と言うようにハッキリしていない。ぱいくー自身もそれは考え込んでいたらしい。
「・・オレにはなんとも。結局、第三者から聞いた情報に過ぎないからな」
一通り黙った後、静かに答える。
情報と言うのはどこかで狂いが起きたりする。そう言うものだ。竜頭蛇尾・・だっけ、意味は少し違うかもしれないけど、きっと似たような感じだと思う。
「まぁ、願うならエリコがパニックになってるだけだ、と言うのがいいよな。」
「そうだったらエリコサンを皆の所に連れて行って説得すればいいもんね」
これが一番問題ないパターンであり、全員が期待していることだ。
けど、あえては口に出さないけど最悪なパターンももちろんある。それは、エリコが本当のことを言っていた場合。修一から聞いたが、駁に「いつ、誰が裏切っても文句、言えないよ?」と言われたらしい。それこそショックだったけど・・けど、それは事実であってそれは前提に考えないといけないことなのかもしれない。
もし、駁が本気で考え込んでいた場合、駁はどうするだろうか・・だから、一緒に行動を取らなかった。だから、教室にも来なくて、連絡も、しなかった。
・・自分から連絡はしてない。あれ?もし、もしもだけど・・本当に、駁が考え直してこっちに合流したい、とするならどうして自分から連絡を入れなかった?
どうして、Hな名無しと電話して、そして経由するようにぱいくークンに連絡を送った?
おかしい。
エリコサンがパニックになっているとする。その状態で、なんでエリコサンの携帯でHな名無しクンと駁が電話するの?携帯、駁がとったの?パニックになってるエリコサンから?そもそも、Hな名無しクンと駁と言う組み合わせ自体がおかしすぎる。
「・・ねぇ、ぱいくークン」
「なんだ?」
気がつけば無言になっていた三人が一緒に振り返る。
「あのさ・・電話ってHな名無しクンからなんだよね?」
「そうだ?Hな名無しから全部聞いた。」
それは、知っている。ざーみるくも知っているから、頷いていた。
「Hな名無しクンは駁と電話したんだよね。なんでそうなったの?」
「なんでって、エリコと駁が合流した後、一回切った電話をもう一度かけたって言ってた。」
「なんでエリコサンが出ないで駁が出たの?」
「・・エリコがパニックになってたからじゃないか?」
わざわざ目線を逸らすように、ぱいくーが言った。持っていた木刀の先端を少し振って動かす。
「それでも、おかしい。」
ピシャリ、と言うとその動きが止まった。そしてきま気まずそうな表情をこちらに向けてきた。そして、みやこを向いて、答えた。
「みやこ、お前さっき、言ったよな?・・どう思うかって」
言うと、みやこは無言で頷いた。それを確認するとまた続けた。
「オレは・・悪いけど・・話を聞いた限りじゃ、エリコが本当なんじゃないか、って思う」
「それって・・駁が、殺そうとしていると言うことか?」
ざーみるくが尋ねると、ぱいくーが口をつぐんだ。そして頷く。
「Hな名無しが言うには駁は最初、エリコとははぐれたとも言ってたんだ・・けど、エリコの声を聴いた瞬間あっさり認めて電話を代わった。」
「ま・・まじかよ?」
それを聞くだけで、最悪なパターンが安易に思い浮かんだ。
「な、なんでそれを早く言わなかったの!?」
みやこがぱいくーの顔を覗き込むように、少し大きめに言うとぱいくーがゴメンと呟いた。
「Hな名無しはこれはプログラムって信じきってくれていない、それに・・最悪なパターンを考えたくなかった」
「けど、エリコサンの命、かかってるんでしょ!?」
「情報は全部第三者からだ!!それに、修一の話を聞く限りだとパニクってたのも事実だ!・・だから、ソレだと直接関わった修一の意見の方が、どっちかと言うと明らかに正しいと言えるだろ!?」
言い返すように叫ぶと、みやこが肩を震わせて半泣きになった。それをみてぱいくーはあわててごめん、と謝りだした。
「最悪なパターンだけは・・避けたかったけど」
ざーみるくが呟く。
「けど、こんなことをしている場合でもないでしょ?急ごう!」
痛風が促すと、全員走り出した。
化学室まではそう距離も無い。走るとほんの1,2分でたどり着いた。
化学室は1階の一番奥の部屋で、授業以外で滅多に来ない。しかも化学の実験もそんなに数える程度しかやらないのでこの辺に来るのは久々だった。
この教室には3箇所ドアがある。そのうちの正面の一つは準備室に繋がっており、そして右にある2つのドアが化学室への入り口になっていた。中はもう一つ準備室と繋がるドアがあるけど・・と、こんな説明もどうでもいい。
ざーみるくが右手のドアに手をかけて引いた。しかし、ガタガタと音がするだけで開かない。
「ん?開かない・・」
「中は?見えないの?」
みやこがそう言いながら小窓を覗き込む。しかし、真っ黒な(裏面は緑だけど、それは見えない)カーテンで見えなくなっている。窓やもう一つのドア、そして準備室のドアもぱいくーと痛風で手分けをしてみるものの、同じだった。
「おい!駁!!いるか?」
「エリコ?居るんだろ!?ぱいくーだ!」
それぞれが叫びながらノックをするが、中から返事はしない。それどころか音すら聞こえない。
「・・・」
全員が呼びかけるのを眺めながら考える。そういえば、もえたろうは言っていた。
「・・おかしいよ、これ」
「え?」
ざーみるくが振り返って、何が?と尋ねてきた。
「もえたろう、カギは全部開いてるって言ってた。それが全部閉まってるのは、嘘じゃない限り変。」
「じゃあ、中に誰かいるのか?」
「多分・・」
呟くと、ぱいくーが変な言い方だけど、と言って勝手に続けた。
「返事がないって事は・・もしかして、さ」
「でも、どっちか居るはずじゃないの?」
「・・2人ともって可能性も」
これは痛風が続けた・・失言に過ぎなかったけど。
「ちぃ!いくらなんでも・・それは言っちゃダメだよ!」
みやこが思い切り睨みつけて、怒鳴った。みやこにこんな睨まれるのも怒られるのも初めてだ。だから、それがよほどなこと、と考え直すのに時間がかかった。
「ごめん・・」
「けど、中は見る・・べきだよな?」
話を逸らすようにざーみるくが言うと、ぱいくーが頷いた。
「ガラスぶち破るか?」
「いや・・それは避けよう。どうなってるかも分からないし。鍵・・って職員室にあったりするのか?」
「・・そうだな。行ってみる価値はあるかも」
ざーみるくはそう言うと、それぞれが持っている武器を確認しなおした。そして化学室のドアを眺めて言った。
「中に誰かいる可能性はあるから・・2人ずつに分かれよう。」
「待つ人と、行く人だな。」
ざーみるくが頷く。みやこが言った。
「武器とかも考慮した方がいいよね?」「そうだな、だからいかにも物騒な武器のみやこと痛風は分かれる計算になるけど」
メイスとモーニングスター。ざーみるくの持つビニール紐なんかより物騒この上ないのは言うまでも無い。ぱいくーが肩を木刀で軽くたたきながらじゃあ、と言った。
「ざーみるくとみやこここで待っててくれ。オレと痛風でカギを取りに行く・・それでいいか?」
「え・・うん。」
ぱいくーにそうふられて、頷いた。まさかこうなるとは思いもしなかった。逆に、ちょっと不安。確かに今、みやこを怒らせたり、もしもとバカなことを考えた痛風にとっては一度離れるのがいい計算なのかもしれない・・迂闊なことをした。
「・・みやこちゃん・・ごめんね」
「・・え、いいよ、大丈夫・・あたしも怒鳴ってゴメン・・」
みやこはそう言うと、気をつけてね、と言った。
「もし何かあったら連絡な。」
「りょーかい。」
ざーみるくが手を挙げると、ぱいくーが先に歩き出していた。痛風はそれを追って、早歩きをした。
【残り15人】
静かな廊下に足音だけが響く。隣に居るぱいくーと特に話すことも無いので、ただ足音だけが響いていた。
痛風はそんなぱいくーの横顔を少し眺めて・・過去、思い返しても2人だけで歩くこと自体初めてだ。だから少し気まずい、そう考えて目線を前に戻した。職員室はすぐそこだ。早歩きだったお陰でそんなに時間もかからなかった。
校長室の手前まで来る。職員室までもう少し。
痛風はできるだけ急ごうと足をもっと速めようとした。しかし、隣のぱいくーの足のスピードが逆に遅くなっていることに気が付き、足を止めた。それを待っていたかのようにぱいくーの足もピタッと止まる。
「どうしたの?」
小首をかしげて尋ねる。ぱいくーは何かを考えていたようで、木刀の先を床でトントンとたたきながら呟くように言った。
「・・なぁ、痛風。」
木刀の先を眺めていたぱいくーだったが、不意に真顔を痛風に向ける。そして今度はハッキリと言った。
「お前はさ、どう思う?」
「どうって、駁が正しいかエリコサンが正しいか?」
かつてみやこが尋ねた質問と同じ内容だと理解した。けど、ぱいくーは首を横に振った。それは違う理由と言うことか。
「・・お前さ、本当はどうなんだ?」
ドクン、と心臓が跳ねた。それって、もえたろうとナナの言っていたことが本当かどうか、と言うことだろう。
あたしは何度も言ったじゃない。
「あたしは、本当になにも知らないよ。」
もう何回呟いたか、思ったか数えれないくらい言った。知らない、知らない物は本当に。
ぱいくーはじっと痛風の顔を見ていたが、真顔は崩さずに続けた。
「なんであの時爆発、逃れたんだ?」
「・・知らないよ」
確かに、あの状況でああなったら、そう言う風に考えるのも、確かに無理はなかったかもしれない。
けど、何度も言ってるじゃないか。修一も・・唐橋ユミも信じてくれたじゃないか。
だから私も、心は楽になったんだ。なのになんでその話を切り出す?
「大体、先生にそんな事される心当たりも無いもの。」
あまり感情的になっては逆効果だ、と思う極力冷静を保つようにした。
「それに・・あたしは先生あまり好きじゃないし。こんなこと頼まれても断るし、それにね、どうせクラスメート殺すなら、先生一人殺すほうが・・全然いいと思う。」
「クラスメート殺すくらいなら、先生一人殺す、か」
失言だったか、と思ったけどぱいくーはそれを呟き返すと、木刀を叩くのをやめた。
「・・言えるならあたしは、皆大好きなんだよ?1人生き残って悠々と生きるのはイヤだし、同じように誰かが1人生き残っても・・その人の今後を考えると、それはどうなの?それがイヤだから、脱出をしようとしているんでしょ?」
「それも、そうだと思う。お前の考えは分かった・・けど、オレは先生を殺す、と言う考えも反対だ。」
「けど、本当に兵士と戦うなら先生もついてくるんじゃ?」
「じゃあ、痛風、アイツはどうなんだよ?」
アイツ?聞こうとして、そして脳裏に1人の姿が思い浮かんだ。
いるじゃないか、今回参加していない生徒・・刺身野郎
「お前の意見だと・・刺身を無視してる。」
「どうでもいいじゃない。」
思わず言ってしまったことに、口をつぐんだ。ぱいくーは「は?」と言わんばかりに口をあけてこちらを見ている。
「刺身のことはいいの・・ぱいくークン、何が言いたいの?」
「もえたろうから何か聞いていなかったか、って」
「知らない。聞いていない。」
「じゃあ、痛風の考えは?色々と脱線してたけど。」
「あたしの考えは、あたしが今やり遂げたいのは皆で脱出すること。」
全部、間違っちゃいない。これは心からの本音。嘘じゃない。
「だから、あたしは皆を信じてる。だから、信じて欲しい・・疑わないで欲しい。本当に、本当に知らないんだ・・」
「嘘だよ、それ」
言葉が第三者の声により途切れた。ぱいくーとほぼ同時に横を見ると、職員室の遠い方のドアから誰か・・ナターシャが立っていた。声の主も言うまでも無く彼女だ。
「ナターシャ・・」
名前を呼ぶと、ナターシャが恐る恐る近づいてきた。そして近くまで歩きよると、痛風を睨むようにしてみた。
「嘘つき。」
「・・え?」
嘘つき、どういうこと?何が?
急なことで声が喉に突っかかって出なかった。尋ねる前にナターシャが口を開き、叫んだ。
「管理人とグルだったんでしょ!?騙して。皆を殺そうとしてたんでしょ!?」
「・・え?」
ぱいくーがこっちを見るのが分かった。けど、それに構っている余裕も無かった。
何で、ナターシャにそんなことを言われなきゃいけないの?
あたしは、知らないって。皆と、生きたいって。信じたいって。
なのに、これは、何?
「聞いてるのっ!?そうなんでしょ!?そうやって、刺身クンの時みたいにウザい奴らを消そうとしてるんでしょっ!!??」
パキン、と何かが凍るような感覚が中に走った。無意識に涙が出ているけど、それに気がつかないくらい何も考えれない。
目の前に居るナターシャがナターシャに見えない。
だって、あたしの知っているナターシャという人物は優しくて、真面目で、お姉さんみたいな雰囲気で、こんな形相で叫ぶような人間じゃない。
それに、刺身クン?あたしが、消そうとした?ウザイ奴?なんで、なんで・・
なんで、今更?
「・・おい、ナターシャ。話が見えねー・・どういうことだ?」
ぱいくーが尋ねた。ナターシャが痛風から目線を離してぱいくーを見る。
「痛風ちゃんは・・管理人と組んでウザい常連コテを消そうとしてるって事だよ」
「なんで、そうなるんだよ?」
「知らないでしょ?痛風ちゃんはね、嫌いなの。萌えコピも、管理人も!」
やめて。
「管理人が嫌いなら、組むことも・・」
「だから、全員殺した後に管理人も殺す気だよ。」
やめて、やめて。
「それ、本当なのか?」
「じゃあぱいくークン!どうなの?信じてるの?あんな大掛かりなことまであって!」
やめて、やめて、やめて。
「あたしは本当に知らない!」
凍りかけた脳をフル回転させて、動かないと思った口を広げて、言った。すると同じように言い返された。叫び返される。
「嘘!皆を消そうとしてる!殺そうとしてる!!」
今まで見た事の無い血走った目がこちらを睨む。それだけで体がすくんで動けない。
「嫌いだもんね、掲示板で。言ってたよね、いつも。ああ言うのが一番ウザい、とか言ってさ・・」
「それは・・」
その通りだよ?
だって・・
「何?言い返すような理由、あるの?」
「・・・」
「無いよね、あるわけないよね。言い返すとしたら、嫌いだから消えてくれればいい、それだけでしょ?」
自嘲的な笑いを見せてナターシャが言った。ぱいくーが話に入る。
「ナターシャ、その辺・・どういうことだ?」
「教えてあげようか?知らないもんね。痛風ちゃんのこと。痛風ちゃんの昔なんて。」
ドクン、ドクン、心臓が跳ね上がる。
あたしの、昔・・?
ザザッとノイズがかかったような思考が始まる。
「・・ぁ・・やめて・・」
喉から声がかすれた。そして、浮かぶ灰色のノイズがかかった記憶。
「やめて・・お願い、やめて・・!もう、イヤなの!!」
「過去を話されるの、イヤ?」
揚げ足を取ったように言ったナターシャに少しイラ立ちを感じた。けど、それでもやめて欲しいから頷く。
「じゃあ、ぱいくークンに聞くけどなんで刺身クンはイジメにあってたと思う?」
「・・!!ナターシャ!それはっ!!」
「黙ってよ!コレくらい話さないとダメなんだよ?今の状況。」
なに、それ。どういうこと?こんなこと話しても・・
「ナナと・・ぺしぺしがコメ欄を荒らしていた。それ、誰が先生に密告したかを調べて、それが刺身だったから・・だろ?」
ぱいくーが素直に答えると、ナターシャは半分だけ正解、と言った。
もう、やめて。
「刺身クンが犯人?誰が決めたの?本人否定してたでしょ?・・当たり前だよ違ったんだから」
最後、少し声のトーンを下げてナターシャが言った。ぱいくーはただポカン、とそれを聞き、一定時間経ってから声を出した。
「・・は、それ、どういう、ことだ・・?」
「刺身クンじゃなかった、って事。」
「まさか・・だって、そんな・・じゃあ?」
戸惑いを隠せないぱいくーが痛風を見た。ナターシャが首を横に振る。
「痛風ちゃんも違うよ。けど・・半分は正解かもね」
やめてってば・・っ!
「ナナサンにね、痛風ちゃんが言ったの。刺身野郎が犯人だって。」
「はぁっ!?どういうことだよ!それ!!」
ぱいくーは飛んだ声を出して叫んだ。そして痛風に目線が注がれる。
「ちょっと待て、ソレだと・・今まで、って」
「痛風ちゃんのせいで、刺身クンは虐められた。そして、自殺未遂を起した!」
2人の目線が痛い。刃物が突き刺さったかのように、胸をえぐる。
ただ、そこから血が流れ出ることは無くて、ジワリという感覚があったあと代わりに目から熱い涙が出た。
「じゃあ、呼び出しとか、ああいうのって」
「刺身クンは知ってた・・ほとんど確実に。絶対。」
少し落ち着いた感じに静かに呟く。
「だから、痛風ちゃんを呼び出した・・」
「待てよ、ナターシャは・・それを知っていたのか?」
ナターシャは無言で頷く。
「話が飛びすぎてよく見えないけど・・なんで刺身だって嘘をつく必要があったんだ?」
「も・・やめて・・お願い・・もう、やめてよっ・・」
「結局話さないと繋がらないよ。この話。」
聞きたくない。言って欲しくない。知られたくない。あたしは、皆を信じたいとすら、思ってたのに。
耳を塞ぐ。ギュッと目を閉じると涙が零れ落ちた。
「小学生の時の話だけどね。」
【残り15人】
言ってほしくないことを、それでもナターシャが話し始める。
痛風は耳を塞ぐので精一杯だった。
「あたしと、痛風ちゃんは同じ小学校だったんだよ。あとね、刺身クンも一緒だった。」
静かに、ナターシャは話始める。
でね、学校で誰かが窓ガラス割っちゃった事件があったの・・その犯人、クラスの男子だったんだけど。
それでね、誰かが先生に密告したんだよ。
・・で、同じように誰が密告したかってその男子たちが大騒ぎした。
そのとき、皆・・もちろん私も聞かれたよ。けど、関係ないから知らないって言った。痛風ちゃんも知らないから知らないって言ってた。
けど、その質問が刺身クンにいったとき、なんて言ったと思う?
『痛風サンが職員室にいるのを見た。』
「この一言だけでね、始まったよ。痛風ちゃんに対するほぼクラス中のイジメが。」
「・・・」
ぱいくーは今始めて聞いた話をただ静かに聞いていたが、それでもその以外さに黙っていた。
「大変だったよね。靴隠されたり、体操服破られたり。」
「・・めて・・」
「その時、どれだけ皆を恨んだ?刺身クンとか」
「・・もう、やめてってば!!いい加減にしてよっ・・!!!」
静かだった廊下に声が響き渡った。それでナターシャが一度黙る。
「・・そうだよ、その通りだよ・・だから、イヤだった。刺身も、ああいう雰囲気の連中も・・けど」
悲しくて、苦しくて肩で息をした。脳裏の光景は排除した。忘れるためにナターシャに対峙した。
「それでもっ・・あたしは、誰も殺そうとか、考えてない・・なんで、信じてくれないの?」
今のあたしの表情は、どんなのだろうか。多分、泣いてるせいでグチャグチャだ。
その証拠に黙って経緯を見ていたぱいくーがディパックからタオルを出して(絆創膏と一緒に出してたやつ)無言でそれを痛風に渡した。痛風はお礼を言うのも忘れてそのタオルを力強く握った。けど顔は拭かない。じっと、ナターシャの顔を覗いた。
ナターシャも同じくその顔を見ていたけど、しばらくしてようやく口を開いた。
「そんなのに、騙されると思ってるの?」
「え・・」
しばらく落ち着きを戻しかけていたナターシャの目つきがまた少しつりあがってそれが痛風を捕らえる。
「騙されるって・・」
「そっちこそいい加減にしてよっ!」
「ちょ・・本当にナターシャの言ってることが分からないよ!」
言い返してもナターシャは怯みはしなかった。逆に続ける。
「だから、刺身クンとか、ナナサンみたいな人とか!イヤなんでしょ!?嫌いなんでしょ!?だからみんな・・」
「確かに、嫌いだ。認めるよ!!けど、刺身を・・ナナサンも、別に殺そうとは・・」
「アンタがごちゃごちゃ言っても仕方ないの!!!」
一際大きい声。静かな廊下に音が響いて、心なしそれがエコーになって辺りに余韻として残る。それで痛風もナターシャも黙っていたが、ここでようやくぱいくーが口を開いた。
「なぁ、オレは痛風の事とか全然知らないんだけど・・まぁ、とりあえず分かったとして、だ。」
ナターシャと痛風がぱいくーを向く。ぱいくーはあくまで真顔に、ナターシャを向いていた。ナターシャは目つきを鋭くしてぱいくーを見る。
「でもさ、それとこれは・・別じゃないのか?」
「別って?」
「まぁ、痛風が仮に刺身の件とかで大きく関わってたとする、けど、別にそれはそれで、管理人と組んで、って言うのは話が明らか飛躍しすぎだ。」
ナターシャは小声で仮じゃないよ、と言っていたけどそこはぱいくーも何も言わなかったので無視をすることにした。
「その話に、根拠は」
「ある。私、聞いたの。痛風ちゃんは管理人と組んで、刺身クンみたいに皆を殺そうとしている、って」
ぱいくーの言葉をとぎってまでの即答。耳を疑って歪んだままの目先でナターシャを見た。真顔だった。少し目つきは鋭いけど。
「それって、誰から聞いたんだ?」
ぱいくーもまた真顔に、そして落ち着いた感じに尋ねた。ナターシャが、一瞬深呼吸して答えた。
「刺身クンから聞いた。」
「刺身クン・・って、まさか!?」
まさか、刺身野郎の名前が出てくるなんて思いもしなかった。
「なんでアイツ・・刺身からそんなこと・・!!意識取り戻してるの!?」
「痛風ちゃん。私ね・・刺身クンが虐められてるの見て、耐えれなかった・・」
ナターシャはポケットから携帯電話を取り出して、そして続ける。
「痛風ちゃんが虐められてるの見たときも、同じ気持ちだったよ・・だから、友達として一緒にいようと思った。」
そうだ。あたしが虐められていた時、誰よりも優しく、そして仲良くしてくれたのはナターシャだった。
その優しい気持ちは誰に対しても変わらない。
どんだけ、あたしが刺身が嫌いでも、ナターシャはそうでもない。逆に、手を差し伸べている。
「・・なのに、痛風ちゃん酷いよ・・皆、殺そうとか、考えるなんて」
ナターシャは何かを思い返したのか、ボロボロと涙を流していた。それにすぐ反論する。
「だから、あたしそんな事考えてないよ!」
「刺身クンはそう言ったよ!直接、電話でっ!!」
ナターシャもまた叫びなおす。
「痛風ちゃんは管理人と組んでる!オレは管理人から直接聞いたって・・」
「・・そんなっ・・デタラメ・・っ!」
呟くように出した声。
デタラメもいいところだ。あいつは、何を考えてやがる?
「デタラメ?違う!刺身クンがそう言ったんだよ?」
「なんで、あたしの言うことは聞いてくれないの!?」
なんで、あたしを信用してくれないの?
なんで、あたしよりアイツを信用する?
なんで?信じてるのに。あたしは、皆を!!
ナターシャはそんな痛風を眉を寄せて見て、そして言った。
「痛風ちゃんと刺身クン、どっちを信じるって聞かれたら刺身クンに決まってるでしょ?怪しすぎるんだよ、痛風ちゃんは!」
「な・・なんで・・」
見えないナイフが突き刺さったかのように、胸がえぐられる感覚。ジワリ、と体中が熱くなる。
「なんで?分からない・・?分かるでしょ?自覚、あるでしょ?出発前とか!」
出発前・・そう、たくさんあった。
もえたろう(管理人)に呼ばれたり
ナナに疑われたり
首輪の爆発を管理人に止めてもらえたり
そして、あたしの変わりにぺしぺしが死んだ。
それ以前に冬休み前、刺身が飛び降りる前に、あたしを呼びつけた。
「けど、それは関係ない・・!」
「じゃあ、いい加減に話してよ・・管理人との会話と、刺身クンとの会話を!」
そう、それが全部始まりだ。クラス中があたしに疑心暗鬼な気持ちを持ってしまった、そもそもの原因。
「刺身本人から・・聞いてないの?」
「聞いてないよ。刺身クンからその話を聞いたあと、すぐに痛風ちゃんが来たんだから。」
それは寸前まで刺身と会話していた、と言うことだ。
「いいよ、いくらでも話してあげるよ・・けど、疑うのはやめてよ?」
話して、これも否定されたくない。
あたしが話しているのは真実、なのに。
「まず、管理人との話。それは、クラス内の素行、刺身へのイジメの今までの内容・・あと、あたしが・・虐められてたときの話・・それだけだよ。」
虐められてた過去を皆に知られたくなくて、黙ってた。
それが、こんな疑心暗鬼に繋がるなんて思いもしない。
ナターシャは黙って聞いていた。
「そして、刺身との会話・・」
刺身が自殺未遂を起す前の光景が脳裏に浮かんだ。
・・・・
・ ・
・
刺身がいたのは、教室の近くの階段だった。階段にある窓から外をボーっと眺めていた。ゆっくりと歩きよると足音で気がついたのか刺身が振り返った。
「よかった。来なかったらどうしようと思った」
「放置でも別に良かったんだけどね」
痛風が少し皮肉をこめて言うと刺身は笑った。彼の笑うところを見るのは久しぶりだ。いつ以来?
「で、何?」
「お前にさ、ずっと聞きたい事があって。」
「聞きたいこと?」
眉を寄せて尋ねると、刺身は少し笑いを押さえた。真顔とまでは行かない。
「萌えコピ、楽しい?」
「楽しいよ。」
即答する。ナナ達がうるさく騒いで管理人に怒られる姿(というより、なぜかまとめてクラスごと起こられたりとか)を見ていると腹立つし、イヤになるけど友達が居るし、授業も何とかついていけるから悩むことはないし、むしろ楽しくて毎日来たいくらい。
「ふーん。」
聞いておいてちょっと興味無さそうに言うと、少しむっとなった。自分が楽しくないからかどうかは知らないけど。
「それだけ?もういい?」
腹立ったので戻ろうとすると、刺身が腕を掴んで止めた。意外と力が強くて痛い、と言ってしまった。刺身は謝りもせずに、今度こそ真顔だった。
「聞きたいことがあるんだ。」
さっきも言ったじゃないか、と思いながらむっとした表情のまま刺身を見た。
「何?」
「あのさ・・お前の正義って、何?」
「はぁ?」
飛んだ話に思わず飛んだ声が出る。けど、刺身は真顔だった。
「なぁ、お前はそれで満足なワケ?楽しいかよ、それが、お前の正義かよ」
「うん、満足、あたしは。皆がいるから毎日が楽しいし、アンタにとやかく言われる筋合いもないよ。」
「へぇ・・それはよかったな」
刺身は笑って言った。けど、それがなんとなく腹が立って逆に尋ねた。
「それより、アンタの正義って何よ?」
「オレの正義?」
表情は変わらなかった。けど、ハッキリと答える。
「そんなんねーよ。」
「・・は?なにそれ?」
「言葉のまま。正義なんてあってたまるかよ。」
「・・自業自得って言葉、知ってる?あんたのせいで、あたしは昔酷い目にあった・・ハッキリ言って、いい気味だわ。」
自嘲するように言うと、それでも刺身は表情を変えない。腹立つ。
「だろうな」
刺身は即答する。すこし笑みさえ浮かべている。
「でも、言っとくけど、痛風・・お前のやってることは幼稚すぎて馬鹿馬鹿しいと思う。それだけは教えといてやるよ」
「それはどうも。」
苛立ちが言葉に出る。そっけない口調だったが刺身は気にしていないようだった。
「正義ってなんだろうな。」
刺身はこちらの顔をうかがうように見た。。その目線には凄く冷たさを感じた。何も言い返せなくなるようななんともいえない冷たさ。
「正義の意味、知ってる?」
「・・何で?」
「正しい道義、なんだって・・馬鹿馬鹿しいよな」
ソレを言うと踵を返して階段を登る、振り返らずに一番上まで登る。
「アンタは、自分に正しい道義が無い、かわいそうな奴なワケ?」
尋ねた。それで刺身が振り返る。喧嘩を売るようなその言い草にも動揺は無く、涼しげな表情。
「ま、だったらサイゴにそれらしいの見せてやろうか?オレは嫌な奴だからな。」
それだけを言い残して。また歩いていく。
もう、呼びとめもしなかった。
「・・・」
脳裏をひっくり返した会話をそのまま話す。何も隠しちゃいない。刺身野郎が言ったこと、全て。
「これが・・全部。」
話し終えた後は、しばし、全員無言だった。
【残り15人】
「嫌な奴、ね・・」
しばらくは沈黙が続いていたが、しばらくしてようやく黙っていたナターシャが呟く。そして、続けた。
「刺身クンより、痛風ちゃんの方がよっほど嫌な奴だと、思うけど。」
「・・そう、かもね」
痛風はうなだれて、それでも頷いた。
虐められた報復として、無い罪を刺身に着せた。
「でも・・あたしだって、同じことをされた。無い罪を、着せられた。」
だから、同じことをした。それだけ。
「それだけだよ・・私も、刺身も・・」
「分かったよ、痛風ちゃん。」
痛風の言葉をとぎってナターシャが言った。ナターシャは真顔だった。
「分かったよ、やっぱり、十分嫌な奴。」
「・・ナターシャっ!!」
「笑えるね、やってること変わらないじゃない。痛風ちゃんも十分加入しているよ・・痛風ちゃんもやられてイヤだった、イジメに。」
「・・っ!!」
何も、言い返せなかった。
そうだ、言うとおり。
あたしは刺身野郎のせいで虐められたと同時に、虐められていた。
そして、今は・・ちょっと前はその逆。
「あのさ・・話に水をさすけど、とりあえず落ち着こうぜ?」
黙っていた(というよりかはただ、話に入れなかったんだと思うけど)ぱいくーはナターシャをむいて言った。少し戸惑い、困った表情をしている。
「一応聞くけど・・刺身が言っていたことは事実か?」
「多分・・だって、そうでもなかったらわざわざ刺身クンから電話してくるはずないもの」
「向こうからかかってきたのか?」
ぱいくーが意外そうな声を出すと、ナターシャは頷いた。
「口止めされてたけど、話しておくべきだって。管理人は・・萌えコピを潰したいんだって」
「萌えコピを潰す・・?どういうことだ?」
「・・それって、このサイトが過疎で、あんなことまであったから・・管理人としての立場がなくなるから?」
あんなこと、というのは言うまでも無く自殺未遂のことだ。
普段から問題のあるクラス。
それに加えて自殺未遂。
もうすぐ・・もう、終わってしまったに等しいけど、過疎サイト。
管理人の・・もえたろうの立場にすればこれはよほどな苦悩的なものだったのかもしれない。
「そうだよ、さすがだね、分かってるじゃん・・」
ナターシャは静かにそう言うと、開けっ放しにしていたらしいディパックから【盛箸】を取り出した。そして銀色の先端を痛風に向けた。
「ナタ・・シャ?」
一歩後ずさりをして、そして盛箸から目を逸らすように、ナターシャの目を見た。さっきまでの表情からは変わって、少し眉を寄せて、少し不安そうに見えた。
「やっぱり、知ってたんでしょ。もう、いいよね・・疲れたでしょ?」
その言葉の意味さえ、瞬時に判断できなかった。分かったのは、思って言ったことはただの失言だったと言うこと。
さっきまでなんとか痛風を庇おうと考えていたのかもしれないぱいくーでさえ、何とも言えずに・・もしかすると、ナターシャの考えに触発されて、無言で痛風を見ている。
「ま・・誤解だよ・・!あたしは、そんな・・!」
「くどいよ・・もう、やめてよ!!」
ナターシャは盛箸を振り回した。無意識に頭を庇おうと手を動かしたが、その手の甲に軽く引っかき傷が出来た。
「いたっ・・」
思わず声を出して引っ掛った所を見た。血は出ておらず少しピンク掛かった線が出来ていた。
「な・・ナターシャ・・?」
その傷から目を逸らして、ナターシャを見た。ナターシャの目が揺れている。同じように全身が震えている。
それは、何でだろう。
怖いから?何が?
殺すのが?
いや違う
だって、今のナターシャはそんなこと、きっと考えちゃいない。
そうだ、だったら、答えもう一つ、あるじゃない。
「あたしは、痛風ちゃんの言うことは信じないっ!!!認めないからぁっ!!」
ナターシャが走って、目を閉じながら盛箸を振り落とした。痛風は避けずに、それを見た。
ザクッと左肩に痛みが走った。目の前にはナターシャがいる。目の前で人より少し色の薄い髪が、シャンプーの香りを漂わせて揺れる。
「・・くぅ!!」
痛みが遅れてやってくる。ズキン、ズキンと心臓の音と同じように肩が疼く。
「・・痛風・・」
後ろでぱいくーが名前を読んだ。けど、振り向かなかった、気にしなかった。
「・・私は・・殺されない、絶対!痛風ちゃんの、先生の思い通りになんてさせない、からっ!私が・・全部終わらせる!!」
ナターシャの震えはほとんど絶頂だった。体が、足が、目が、手が、持っている盛箸の先でさえ大きく震えている。
痛風はそれを静かに見た。静かに見て、左肩の痛みに耐えて・・笑った。
そうだ、分かったよ、何もかも。
「ナターシャ、怖いの?」
穏やかに、尋ねる。ナターシャが「え?」と言った。
「怖いんだよね。そうだよね。そうだよ、分かったよ・・あたし、わかった。」
「何、が・・?」
分かった。だって、そうじゃないと今までのが説明できないじゃない。
あたしを今まで信じてくれたナターシャが、信じないなんて言うはずが無い。
あんな拒絶的な目で見るわけが無い。
あんなものを振り回して、人を傷つけるわけが無い。
「大丈夫だよ、あたし、怒ってない。」
分かった。全部、あいつのせいだったんだ。
あんなにも優しいナターシャを、こんな怖がらせたのは。
あいつのせいだ、刺身野郎。
お前さえいなければこうは、ならなかったんだ。
「刺身のせいだよ、そう、全部。ナターシャは、悪くないよ。」
「は・・何を・・?」
「ひどいよね、あいつのせいであたしも、ナターシャも酷いことになったもんね。」
そうだよ。
アイツさえいなければ、こんな事にはならなかったんだ。
絶対に。
あの時アイツは死ねばよかった。
教室から落ちて脳漿ぶちまけて死ねばよかった。
なのに。
「アイツだけ悠々と生きてるの、許せないよね。あいつこそ、死ねばよかった。」
「痛風・・ちゃん・・?」
立場は、変わりきっていた。
ナターシャは急に変わった痛風に対して後ずさりをしていた。ぱいくーも状況が把握しきれずに、やはり呆然としたままだった。
アイツだけ生きるなんて許せせないよね。
皆死ぬならアイツも死ぬべきだ。
「ねぇ、ぱいくークン・・脱出したらさ、もうアイツには会えないのかな?」
振り返ってぱいくーを見た。ぱいくーは少し口をつぐんで、答える。
「そう・・だろうな。」
素直な人の素直な答え。
脱出できても、そしたらまだ“安全圏”なアイツとは会えない。
そんなの、認めてたまるか。
「あはっ・・分かった。分かったよ、ナターシャ。」
そうだよ。
きっと、ナターシャだってそう考えたんだ。
だから、あたしに攻撃をして、生きて、そして、刺身も殺そうと考えたんだ。
だから、ナターシャだって言った。
あたしが、終わらせる
「ナターシャがそんなことしなくていいよ・・あたしが終わらせるよ。」
グッと右手のモーニングスターを握り締める。
木で出来たグリップの感触が分かる。それを持ち上げる。少し、先の鉄球が重たい。
「ちょっ・・つう・・」
「あたしは、刺身を殺すよ。アイツだけ生きるなんて許さないっ!」
右手を高く上げる。そして足を後ずさっていたナターシャに向かって駆け出す。ナターシャは逃げようと後ろを振り返ったが、それが仇になった。
モーニングスターの鉄球を振り落とす。ガッという手ごたえがあった。鉄球のトゲがナターシャの頭に突き刺さる。
ゆっくり、ナターシャの頭が鉄球と一緒に下に落ちていく。
さらにその上に2発、3発とふりおとす。
ごめん、ナターシャ。
けどね、頭のいいナターシャだってこう考えていたでしょ?
あたしこそ、アイツを殺すのにふさわしい。
あいつのせいで、もうメチャクチャ。
だから、ナターシャの考えはあたしが引き継ぐよ。
皆、殺して、刺身も、ついでに管理人も殺そうか。
そしたら。
グチャッと手ごたえがした。見ると、完全に真っ赤に染まってつぶれた頭部が見えた。
痛風はそれは少し、眺めて小さく呟いた。
「そしたら、あたしも死ぬから。それで、全ておしまいだよね」
ナターシャ 死亡
【残り14人】
右手に持ったモーニングスターの先の鉄球を冷たい廊下の上で転がした。トゲの先端についている真っ赤な血が点々と廊下に水玉模様を作る。
左肩の傷がズキズキと痛んだ。盛箸が数センチめり込んだからだ。そこに目をやると濃いグレーの制服が少し赤黒く染まっていた。
痛風は傷口から目を離して、ナターシャをもう一度見た。
横たわっているその頭部は潰れてグチャグチャだ。べったりと人より少し色素の薄い髪も。赤黒く染まっている。うつ伏せなために顔は見えない。
「ごめんね、ナターシャ、痛かったかな・・」
返事は返ってこないと分かっていても、尋ねる。右手のモーニングスターを引きずるように動かすと、キィ、ギギッと少し耳障りな音がして、赤い点が伸びて線になった。
「でもね、大丈夫だよ・・あたしが代わりに終わらせるから・・」
ナターシャの傍らまで行くとしゃがんで体に触れてみた。まだ、暖かい。
「お・・おい、痛風・・お前・・な、何して・・」
ぱいくーに声を掛けられて振り返る。振り返ると、今までイメージしていた彼とは相反するぱいくーがそこにはいた。今までのその光景にただ、呆然とし見ていることのしかできていなかった、そんな奴。
スッと痛風は静かに立ち上がった。そして、笑顔を向ける。ぱいくーの顔は引きつっていた。
「何って、聞いてて分からなかった?」
モーニングスターをまた引きずる。キキッ、鳥肌の立つ音がした。
「分からないなら、教えてあげるよ。あたし“達”は、刺身のせいで酷い目に合った。さらに、こんな事にまでなっちゃってる・・それなのに、アイツだけ生き残るなんて許せるの?」
アイツのせいで、あたしは虐められた。
アイツのせいで、あたしは皆に疑われた。
アイツのせいで、あたしの心はボロボロだ。
アイツのせいで、ナターシャが“怯えた”。
アイツのせいで、ナターシャが悩んで、“こんなこと”をしてしまったんだ。
「あたしは絶対に許せない。」
「け・・けどよ・・」
「けど?」
急かすと、ぱいくーは少が唾を飲み込むのが分かった。そして少しだけ待っていると答えた。
「・・そんなの・・間違ってないか・・?」
「間違ってる?」
笑顔をやめてもう一度ぱいくーを凝視した。
「殺して・・何になる?大体、お前だって・・考えは脱出だって、話してたじゃねーか・・」
“あたしの考えは、あたしが今やり遂げたいのは皆で脱出すること。”
ああ、確かに、言ったね。
「うん。そうだね、けど、刺身のことを考えたらさ、理不尽じゃない?アイツだけなんで安全圏なの?ありえないじゃない。アイツだってコテハン・・条件は同じじゃない」
そうだよ、アイツだってコテハン。
萌えコピにいるコテハン。
。
だって、このゲームはコテハンでするんでしょ?
「ここにアイツがいないだけ。会うには、とりあえず生きないといけない。1人になるまで。だから、あたしが生きて、あいつを殺すんだよ。それで終わらせる。」
「ま・・待て、飛躍しすぎだ!」
ぱいくーが静止したため、。痛風はすっとぱいくーを見つめなおした。するとぱいくーは真顔になって、そして叫んだ。
「それは絶対ダメだ!許されねぇ!オレ達が目指しているのは脱出だ!殺すことじゃない!コテハン全員!もちろん、刺身もだ!」
「・・刺身を虐めていた奴が、よく言うね・・」
クスクス。笑いが止まらない。ハッキリ言って快感だった。アイツが虐められている様。
ぱいくーは無言で少し俯いていた。けど、知ってる。本当はぱいくーは直接には関わってないこと。
アイツを虐めていたのは、ナナとか、エリコ・・それより、ぺしぺしだったと思う。ナナが途中で口攻撃をやめてもぺしぺしだけは執拗に何かを言っていた。そのたびに、ぱいくーとかまなぶの男子軍が辞めておけ、と止めていたっけ。
今こうやって知ったばかりの彼をみると、間接的にも関わっていなかったのかもしれない。
あ、けど、ナターシャみたいに言うんだったら、多少は関わってる。あたしみたいに。
「脱出するって言うんだったら、アイツも一緒だよね。そうだよね。アイツだけ置いて、あたし達は逃亡者?そんなこと、しないよね?だって、コテハンだもんね?」
ぱいくーは言い返すことも出来ないようで、黙り込んだ。痛風はそれを眉を寄せてみた。けど、痛風は黙って何も答えはしない。だから、言った。
「そんな正義論ごちそうさま。」
“正義ってなんだろうな。いまいち分からないよな。”
あの日、刺身の言ったその言葉が脳裏に浮かんだ。うって変わっての冷たい目。
“正義の意味、知ってる?正しい道義、なんだって・・馬鹿馬鹿しいよな”
「馬鹿馬鹿しい。」
ポツリ、と呟いた。
モーニングスターを持ち上げる。地面についていた鉄球が上がる。ぱいくーが冷や汗をかいてソレを見ている。
「待てよ・・だから、殺・・」
ぱいくーは何かを言おうとしていた。けど、そんなものに耳を貸さずにモーニングスターを振りかざす。ぱいくーはとっさに反応して、持っていた彼の木刀を水平に払った。それは痛風のわき腹に命中した。
「きゃぅっ!!」
払われた衝撃とモーニングスターの重さでななめ後ろに倒れて尻餅をついた。
「ぁたた・・」
すぐに起き上がって立ち上がる。ぱいくーは逃げずに痛風を見ていた。
木刀を右手に構えたままポケットに突っ込んでいた携帯電話を取り出して器用に左手だけで開いた。静かな廊下にそのパチンという音が少し響いた。
「いいか!痛風。絶対に人を殺すことだけは認めねぇ」
開いた携帯電話を片手でいじり、それを耳に当てた。誰かに電話。何かあったら連絡をしろ。これは集まったメンバー同士の約束。
モーニングスターの柄をさらに握る。少し痛むけど、左手も添えて力を込めた。ぱいくーは力強い目でそれを警戒している。
「・・くそ、なんで出ねぇんだよ・・っ?」
言いながらぱいくーは携帯を耳から離す。そしてまた弄って耳に当てた。
お互いじっと見つめる。一瞬の隙が命取り・・ぱいくーの場合。
痛風はスッと目を離してナターシャの方にもう一度行った。そして近くに落ちている盛箸を回収する。ぱいくーは一瞬も目を離さない。木刀を構えなおした。
「・・おっ!!ユミか!?」
急にぱいくーが大声を出す。電話が繋がったらしい。それは、唐橋ユミ
「ちょっと職員室に来てくれ!!痛風が・・!!」
ぱいくーはやはり、痛風から目を離さなかった。しかし、その時遠くから声が聞こえた。
「きゃああああああああああああっ!!!!」
「!?」
誰かの悲鳴。痛風でもぱいくーでもないし、電話の向こうでもない。ましてや、死んでいるナターシャなんてありえない。もっと向こう、遠くから。
「・・なんだ・・!?」
その悲鳴にぱいくーが後ろを向く。人間と言うのはとっさの事に無駄に反応してしまうものだ。痛風もそれは例外ではなかったが、すぐに目線を戻した。
瞬間を見逃さずに痛風は走った。そして盛箸でぱいくーの右腕を刺した。こちらは左手だったのであまり力は入らない(怪我もしてるし)だから刺さる、と言うよりかはチクッと痛みがあった程度かもしれない。
「くっ・・!?」
モーニングスターの柄を持ったままグーでぱいくーの携帯電話を弾き飛ばした。先ほどの攻撃もあって携帯電話は綺麗に回転して飛んで、一度バウンドした。しかもその時に携帯電話のバッテリーが弾けて飛んでナターシャの作った血だまりに落ちた。
「・・クッソ・・」
ぱいくーは体勢を取り直して木刀を両手に構えた。痛風は木刀目掛けてモーニングスターを振り回す。チェーンの部分に木刀が見事に絡まる。
「くっ!!やめろ!!痛風っ!!!」
ぱいくーは力ずくで木刀を引っ張る。痛風はモーニングスターを手放して盛箸を右手に持った。急にモーニングスターを離したので、鉄球の重さと一緒に木刀の先と、そしてぱいくーの体が下にガクン、と落ちた。
そして、そのぱいくーの首筋狙って盛箸を振り落とす!
「・・ぐぅっ・・!」
ズズっと手ごたえがある。首筋から離れて左肩の方に突き刺さった。それを一度引き抜いてまた突き刺した。1回、2回・・
「ぐあっ!・・っつぅ・・ぅく・・」
悲鳴を上げるぱいくーの頭を左手で着かんで、下げる。そして今度こそ目掛けて首筋を狙う。
「っく・・やめ」
ズブッと今度はキチンと首輪の上辺りに盛箸が入った。ぱいくーは悲鳴も上げなかった。ズブズブと銀色の先端が奥に入っていく。だんだんとぱいくーの体が崩れて、最終的には地面に落ちた。
「・・思ったよ、あたし。」
動かないナターシャと、そしてぱいくーを痛風は眺めた。
「これ、プログラムだったんだよね。だったらさ、皆死んじゃうのも、ある意味公平でよくない?」
質問しても、返事はない。けど、痛風自身はそうだと思った。
「皆を殺して、あたしも死ぬ・・あはっ・・これ、あたしの正義かも」
なんちゃて、クスクス笑い声だけが聞こえる。
けど、ソレを聞く人は誰もいなかった。
ぱいくー 死亡
【残り13人】
痛風とぱいくーが離れてしばらくした頃、ざーみるくは俯いたままのみやこに話しかけることにした。
「みやこ・・大丈夫か?」
「え・・あ、うん・・」
一度頭を上げて答えるものの、みやこはすぐに頭を下に向けた。右手に持っているメイスの先を床で転がすようにしている。多分無意識のうち。
ずっとその行動をみやこは繰り返していたのだが、ようやく口を開いた。
「・・ねぇ、ざーみるく。痛風のことなんだけど」
ごろごろ音がしていたメイスの転がる音が止んだ。ざーみるくはもたれていた壁から背中を離してみやこと向き直った。きっと深刻な話になる・・いや、こんな状況で呑気な話をもってきたらそれはそれでみやこらしいと笑えるが。
「痛風・・がどうかしたのか?」
なんとなく、想像はついていた。けど、あえて尋ねる。みやこも真面目な話になるからか壁から背中を離した。
「知ってるでしょ?・・刺身の件とか・・痛風が虐められてた、とか。ナターシャがずっと前に話してたけど」
「・・まぁ、な」
想像通りだった。痛風がいじめられていたと言うことについて話をするのはグループ内ではタブーなことに近かった。特に刺身野郎が虐められるようになってからは特に。
「管理人と・・組んでるのかなぁ・・」
ポツリ、みやこが言った。
「刺身の虐めの裏にいて、しかも管理人とグルな可能性もあるかもしれないんでしょ?」
「だろうな・・けど、それは痛風は完全に否定してる。」
それにあれだけ知らないと言っているからその可能性の方が高い、とざーみるくは思っていたが実際人によっては異なるらしい。そりゃ、痛風の時に爆発させなかった首輪をぺしぺしの時に容易にもえたろうが爆発させた、と言う現実もあったからそれは確かに考えれないことでもないけれど。
「けど・・今までを考えたら、信じきれる自信、あたしにはない・・」
確かに、痛風はなんとも言えないかもしれない。だからこそ、信じないとダメなんだと思う。いつもつるんでいる仲のいい友達として・・
「・・じゃあ、みやこ、聞くけど・・」
仲のいい友達は痛風やみやこだけじゃない。まだ、いるじゃないか。
今現在、信じていいのかどうか悩んでいる友達が、もう1人
「駁はどうだ?」
駁。伝言によるとエリコとともにこの化学室にいるはずだ。だからここにきたのだ。
そのくせ、さきほどから話し声はおろか物音さえしない。さっきから電話をかけているが音もしなかった。
けど、カギはかかっているから中には誰かは居るはず。
さっき、痛風が言ってたとおり・・二人とも死んでいない限り。
痛風も痛風。だ。よく失言するクセがあるから、それさえ押さえれればまだ多少はマシだったかもしれないのに。
「信じてるよ・・けど、どうなんだろうね・・」
シュン、とみやこはまた俯いた。
「・・まぁ・・俺も何とも言えないんだけど・・」
けど、駁が人を殺す、なんてことは安易には考えられない。いや、そもそも現状からして考えれない。
「けど、とりあえず合流しようと思う時点で、信じないと・・」
「あたしだってそうしたいよ。」
ピシャリ、言い切られてしまった。みやこがため息をついた。
「信じることって、難しいね」
「・・今更だろ」
それきりみやこは無言だった。シン、と不気味に空気が漂う。
信じることは難しい・・か。
今までずっと・・“今の”グループのメンバーでは2年間。過ごしてきたといえども、それでも難しい。
「このクラス・・皆でって、どう思う?」
みやこは何も言わないので、口を開いた。みやこは少し小首をかしげるようにして続けた。
「わかんないよ。けど、ナナさんとかとなんとか合流できてるから、皆と合流できたらいいと思う。」
不良を思わすナナのグループ。それが合流できているのだから、あとの大人しいクラスメートはまだ確かに合流しやすい・・と思うのはどうだろうか。
恋なんかはみやことも仲がいいからまだ大丈夫だと思う。けれども、例えば愛。いつも1人で(隣のクラスに仲がいい奴いたと思うけど)一番クラス内でよく分からない。みやことかが話しかけても頷く程度だし、声を聞くのもくだらないコメントぐらいとかその程度だ。
「・・脱出の条件は絶対全員・・だな」
完全に全員は無理だ、と言うことは言うまでも無い。もう、1人死んでしまっている。
けど、それでもせめて・・
「信じると脱出は表裏一体、だね」
「そうだな・・?」
不意に向こうの方で影が動いた気がした。ずっと遠くの階段の近く。
みやこが気がついて小首をかしげた。
「どうしたの?」
「あ・・今、誰かいた気がしたから・・?」
向こうの階段の方、と付け加えて指差すとみやこもそちらを向いた。そして小首をかしげる。
「ん・・?誰か、居る?」
じっと目を細めてみやこは見た。すぐにざーみるくを向く。
「・・上にあがったのかな・・?どうする?」
「いや、さっきまで近くにいた気配も無いし、痛風とかもいないから・・降りてきた可能性の方が高い」
もし、さっきまで一階にいたというならこちらの目に触れているか、あるいは職員室にすでに入り込んでいたとするなら別だが、痛風やぱいくーが気がついているはずだ。職員室からは昇降口もよく見える。
「・・じゃあ・・やっぱり、様子を見に行った方がいい・・?」
みやこは少し不安そうに言うと、メイスをグッと力強く握り締める。
情けないことに、ざーみるくは武器が無かったのでかわりにディパックの紐を掴んだ。
「あ・・ざーみるくは待ってていいよ・・武器ないし・・」
「バカ。1人行かせるか。」
とは言ったものの武器がないのは少し頼りなさ過ぎる。見回して、目線の先に赤いものが目に入った。消火器。
「それは・・重いでしょ?」
思考がバレてか、みやこが呟いた。
「大丈夫だよ、怖いけど・・すぐソコだし。」
ゴクリ、と唾を飲み込んでみやこは歩き出す。けど、1人で行かすわけにも行かず。結局後ろから着いていく。
「・・ありがとう。」
みやこはそれを呟いて、階段の近くまで来て声を出した。階段まで数メートル。
「誰かいるの?」
特に返事はない。遠くの方で痛風の声と思われる女子の声は聞こえるけど。
「・・誰も、いないの?」
もう一度みやこが尋ねる。けど、返事はない。
「いないのかな?」
小首をかしげてざーみるくを向く。
「確かに居たんだけどな・・?」
その時、ポケットの中が振動した。誰かからの連絡。
すぐに取り出して画面を見る。何かあったのか、と電話に出ようとしたときだった。
「ざーみるく・・あれ!」
「え?」
みやこが指差す、階段から離れて遠巻きに階段を覗き込んだ。そして、目があった。
健太(ばか)だった。手には一瞬で火のついた、改造されているライターと、そして殺虫剤が握られていた。その先がすぐさまこちらを向いた。
そうだ、修一達から聞いていたじゃないか。「ばかには気をつけろ」って。
「・・!!!」
次の瞬間にはゴォッと音が上がって真っ赤な炎が顔面までやってきた。
「うわぁっ!!」
すぐに身を伏せて手で頭を覆った。凄しい火が頭上を燃やし、ペンキのはげた壁に黒いコゲを作った。
「ざーみるく!?大丈夫!?」
すぐにみやこが反応して、叫ぶように声を出した。そしてメイスをグッと握ったまま飛び出して健太(ばか)と対峙した。それと同時に火が止まる。
「健太クン!?」
「みやこか。また凄いもの持ってるね。僕なんてコレだよ。」
健太は少し笑うようにいうと、ライターを馬鹿みたいに片手で反回転させた。
「そ・・そんなのはどうでもいいけど、なんでこんな事するの!?」
みやこは焦げ付いた壁と、そして伏せているざーみるくを見比べた。
「なんで?なんでって、何が?」
健太は意味が分かりません、と言うように尋ね返した。(ばかだから)
「これはプログラム。殺し合い・・それ以外に理由なんてあるの?」
「っ・・!だからって、健太クンは人を殺すの・・?」
「うん、そうだよ。だってルールだろ?」
馬鹿なりにあっさり答える。
「なんでそんなルールに・・」
「だってゲームだから、何?君たちも、合流とか馬鹿なこと言ってるの?」
「馬鹿なことってなによ」
ムッとなったようで(馬鹿に馬鹿と言われればそりゃそうだ)みやこが反論した。健太はそれを傍らに立ち上がる。
「そのまま。どうせ意味の無いことさ。」
「やっても無いのに、そんな勝手な・・!」
「意味があるって言い切れる?どうして?あんな問題ばかりのごちゃごちゃのサイトで。」
健太は真顔でみやこの言うことをとぎって言った。
問題ばかりのサイト・・それはその通りだと思う。
荒しに自演、叩きに挙句の果てに自殺未遂。いつも起こる運営妨害。
「生き残っても、あんな奴らが居る限りこの世界はダメさ」
「・・・」
「管理人の取った行動、正解かもね。あんな奴らいらないと思う。世の中をダメにする奴ら。」
健太はライターを持つ手を馬鹿みたいに下にだらり、と下ろした。
「だから、僕思ってさ。」(馬鹿なりに)
そしてそのまま足元に置いてあったバケツを手にとって、持ち上げた。今更気がついても、遅い。
そのバケツの中身をひっくり返す。先には、みやこがいた。左肩を中心に何かがかかる。
「っ!?」
「だったら、まだ将来性の有る僕の方が生きる価値はあるってね!」(←馬鹿)
そしてまた、殺虫剤の前に設置したライターを点火する。そして、殺虫剤も噴射した。先ほどと同じ火炎放射が今度はみやこを襲う。
みやこに付着した液体が、さらに勢いを増す。
「きゃああああああああああああっ!!!!」
みやこの手からメイスが落ちた。一気に全身が真っ赤な火に覆われる。
「熱いっ!!ぅあっ!!!」
「みやこっ!!!」
慌てて上着を脱いで火を消そうと試みる。けど、消えない。
「くそっ!!お前何を・・!!」
以前バタバタ叩きながら尋ねる。健太は冷静に対処していた。
「ただの油だよ。調理室にあった。」
「・・くっ・・」
「熱い・・!!助けてっ!!熱いよぉ!!」
みやこが熱さにもがく。床に付着した油にまで引火して、辺りは熱気に包まれた。健太はそれを見ている。
「それ、火を消せても助かる可能性低いよ?全身火傷だからね」
「うるせぇっ!!黙れ!!」
ざーみるくは叫んで、そして思い出す。化学室の前の消火器。
「みやこ!!こっちだ!!」
全身火ダルマなみやこに聞こえていたかは分からない。けど、火傷覚悟で自分の袖をまくってみやこの右手を掴んだ。
「っ!!」
熱い。けどみやこはもっと熱いはずだ。
「・・つく・・うぅっ・・」
みやこはほとんど引きずられる形で足を動かす(動かしていたかどうかも、怪しい。けど、とりあえず前には進めている。)
「・・・」
後ろには無言で火の中で健太がその光景を見ていたが、しばらくしてみやこのメイスを拾った後、ついてきた。
もしかしなくてもあれで攻撃してくるだろう。直感的に理解したけど、そんなことより火を消すのが一大事だった。持って行こうか悩んでいた消火器のホースをみやこに向ける。「ごめんっ!みやこ!!」
思い切って噴射すると白い粉が舞い上がる。みやこがその場に倒れた。
「・・ぅく・・いたぃ・・いたいよぉ・・」
さっきまで喚いていたみやこの声も小さくなり、制服も焼け焦げて肌が見えていた。そこは痛々しく大きなやけどが出来ている。髪の毛も焦げてあんなにも長かった髪の毛は短く縮れていた。
あまりの痛々しい光景。目を向けるのも痛くて、上着をみやこにかけた。
「・・っぅ・・」
「・・まだ、生きてるんだ。でもね、どうせすぐ死ぬよ?」
健太だった。化学室のドアの前で、メイスを持って立っていた。ざーみるくの中で一気に怒り、と思われる感情がこみ上げる。
「お前!!いい加減にしろっ!!何をしたのか分かってるのか!?」
「分かってるよ」
健太はスッとみやこの方を見た。みやこは痛みに悶えている。すぐにざーみるくに目線が戻った。
「みやこを殺そうと思った。理由?もう何回も話してる通り。」
これが、ゲームだから。
殺さないと、生きれないから。
「だからって・・!」
「いいじゃないか、どうせ・・っ!?」
ガラリ、静かに後ろのドアが開いた。驚いたらしい健太は後ろを振り返ろうとしたが、すぐにその場に倒れこんだ。
バチバチ、と電気の走る音がざーみるくの耳に届く。
ゆっくりと顔をあげると、そこには駁が立っていた。
【残り14人】
ざーみるくはその一瞬の光景の出来事を判断するのに少し、時間を使った。
目の前に居るのは倒れている健太(ばか)と、それから開いたばかりのドアの向こうに居る真っ赤に染まった白衣を着た、駁の姿。手にはバチバチと音を鳴らすスタンガン。
「うるさいんだけど・・何してるの?」
こちらの光景には一切の驚きも見せずに駁は尋ねる。しかし、倒れているみやこと、使われた消火器、以前燃えている階段を見てすぐに説明しなくても大体の状況は理解したようだった。
「ふぅん、そう言うコト」
勝手に納得したらしい駁はざーみるくを向いて、独特の猫ッ口を少し歪ませた。笑み。
「プログラムは着々、進行中か」
「ば、駁・・お、お前その、血・・?」
この光景についてより、ざーみるくが知りたいのはソレだった。来ている白衣。真っ赤に染まっている。紛れも無く、血。
「コレ?知りたいの?」
以前笑いを浮かべて、駁は言った。
「中、見てみなよ。そしたらスグに分かるから」
「そ・・それって・・お前まさか・・エリコ・・を?」
「Hな名無しクンからの伝言?まさかざーみるくがくるとは思わなかったよ」
予想では修一だったんだけど、と駁は勝手に話している。
「なんだよ・・なんで、お前等・・」
足元では以前、みやこが痛みに悶えて身をよじっている。駁もそれを見つけて、ゆっくりと歩き出してみやこのそばにしゃがんだ。
「コレ・・健太クンが?」
「あ・・ああ、そう・・」
追求すべきことはまだあるはずなのに、素直に返事をする。
「ふぅん」
駁はじっとみやこの顔を眺めて(痛々しくてざーみるくには見れないけど。)そしてポケットに手を突っ込んだ。
「みやこ、聞こえる?」
「ぅぁっ・・ぅ・・いたぁ・・いたいよっ・・」
みやこは駁の質問には答えず、ただ目を閉じて泣き喚くだけだった。駁はもう一度声をかけてみたが、同じだった。
「・・これ・・キビしいね。」
「厳しいって・・!」
それはみやこが生き抜くのは難しいと言うことなのだろう。駁はしゃがんだまま顔をざーみるくに向けた。いつもは嫌味ったらしく見える表情が、このときばかりは真面目だった。
「ヤケドっていうのは、大きく分けて4つの深度があるんだ」
詳しい説明は省くケド、と駁は付け加えた。
「痛みと灼熱感、知覚鈍麻。ソレからココ」
ココ、と言って駁が指差したのはみやこの左肩だった。生々しい火傷の痕が見えて、目線を逸らした。
「少し白っぽくなってるだろ?だから多分、深達性?度だと思う。さっき言った4つの中で2番目に最悪。」
駁はその火傷の説明をしているがそんなことはどうでも良かった。
「待てよ!!それだと・・みやこは」
「死ぬね。」
即答。さも当然と言ったようにサラリと答えられると体の力が抜けて膝を着いた。
駁は科学的なことや、医療に関しては詳しい。本人曰く好きだから、面白そうだからネットとか本で見ていると話していた気がする。そんな彼の即答。
「普通にしてても即病院で、植皮も考えないといけないくらいだからね。俺たちみたいなシロウトには何も出来ないさ」
「嘘・・だろ」
あまりに衝撃すぎて、そして絶望すぎてただ呆然とするしかなかった。そんなざーみるくを横目で見ながら突っ込んだままの手をポケットから出す。今度は手にカッターナイフが握られていた。
カチカチ音を鳴らしながらその刃を出して、みやこに向ける。
「・・駁・・お前、何を!?」
刃の先にも本体にも赤黒い何か・・白衣についている血と同じ、と思われるものが付着していた。だから、嫌な予感が思い浮かんだ。駁がゆっくり振り返る。
「コレ以上生きてても、みやこがつらいだけさ」
「それは・・」
「・・ソレに、今さらすぎる。忘れちゃダメだよ。」
駁は倒れたままの健太に目をやった。まだ倒れたままで動かない。
「殺し合いだよ。身を持って分かっただろ?」
スッと目線をみやこに戻して、再びカッターナイフを首筋に当てた。
「・・っ・・!」
ざーみるくは目を逸らした。
ごめんな、みやこ。見殺しにした。
まだ、少しでも生きれると言うのにな。
けど、俺には止めることも出来ない。
逸らした目線の先に健太の姿が映った。
なんで、こんなことになったんだろう。
プログラム?殺し合い?ふざけるな。
なんで、こんなことになったんだろう。
全ての元凶は、なんなんだよ。
「・・ざーみるく?聞いてる?」
駁の声に我に返る。恐る恐る振り返ると、駁の赤が増えていた。
「・・っ!!やった、のか?」
「うん・・頚動脈をザクッと。血がスゴい吹き出た。」
いらない説明しながら自分の首筋を切るように指を動かした。
それを見ていると、情けなく涙がこぼれる。駁がキョトン、という表情でこちらをみている。
「・・んでだよ・・なんで、こんなことになるんだよっ・・!!」
思い切り手を握り締めて冷たい廊下の床を叩いた。ただ力ずくに地面を叩く。堅い。痛い。けど、みやこはもっと・・!
「忘れちゃダメって、今さっき言わなかった?」
駁がざーみるくの目の前にやってきてしゃがみ込んで目を見た。つり目の彼の目にざーみるくの顔が映った。急に寒気を感じる。
「コレ・・殺し合いなんだよ?何でなんて、愚問すぎるさ。」
ニィ、と駁は口を戸を歪ませると、顔の前にスタンガンを向けてきた。ドクン、と自分の心臓が跳ねて生唾を飲み込んだ。
危ない、という信号が全身を駆け巡る。
立ち上がろうと足に力を入れる。が、獏が先に膝を掴んで床に押し付けた。
「逃がさないよ。折角のエモノなのに。」
押さえつけたままグイグイと駁の顔が近づいてくる。それを止めるために左手で駁の肩を押さえつける。駁は思いのほか簡単に離れた。
「ば・・駁、お前乗るのか・・」
「乗る乗らないは関係ないよ」
駁は答えると、スタンガンをもう一度向けた。止めるために左手を出す。がっちりと駁の細い腕を掴んで下げた。ドがつくほど運動オンチで体力も無い駁と力比べするには、たとえ左でもまだ余裕なほうだった。
「やっぱり力比べでは劣るなぁ・・」
「やめとけよ、駁・・俺は・・誰にも、死んでほしくないんだ。」
左手に力を込めたまましっかりと駁の目を見据えた。彼のつり目もまた、こちらを向いた。
「ふぅん、そうなんだ。」
いかに興味なさ気に言うと、ざっくりと左腕に痛みが走った。それで駁の目から目線を離してその方向を見た。
「いたっ!!」
見ると、左手の前腕から甲にかけてざっくりと線が入っていた。そしてソコからは大量の血が流れ出る。
手を引っ込めて、火傷だらけの右手で抑えた。ぬるぬると止まらないのではないか、と疑えるほどの赤い血が廊下に垂れてシミを作る。
「・・ぅっ!!ってぇっ!!」
「右手、ヤケドしてたんだね。左手はまだ使える?」
刃が赤く染まったカッターナイフから血を振り落とすように振りながら尋ねてきた。どうやら最初から左手を刺すのが目当てだったらしい。
「・・っぅ・・はぁっ・・はぁっ・・」
痛みに脂汗と涙が出る。痛みに呼吸が乱れる。
駁はカッターナイフの刃を仕舞うと白衣のポケットに突っ込んだ。そして、地面に落ちていたスタンガンを拾いなおす。
それを確認してざーみるくは立ち上がった。こんな所でボケボケと座っていたら危ないにも程がある。今は、逃げろ。
「だから、逃がさないってば。」
「くそっ!」
走ろうとしたざーみるくだったが、すぐに駁が体当たりをしてきたためにその場に倒れた。しかも起き上がる間もなく駁が上に乗っかる。そして駁の左手がざーみるくの首を掴んだ。
「・・っく・・」
「大人しくしてよ・・俺だって手荒なマネはしたくないんだから」
何が、手荒なマネだよ。そういいたかった。
駁の持つスタンガンがだんだん目の前にやってくる。起き上がろうにも両手の痛みが酷すぎて地面も押さえれない。そもそも、首を押さえられてはどうしようもない
「大丈夫。しばらくしたらイヤでも起きるから」
最後に駁のニタリとした表情だけが見えて、同時に体中に電撃が走った。
みやこ 死亡
【残り13人】
心なし教室内は重苦しい空気に包まれている気がする。
唐橋ユミはそんなことを考えながらここに居るメンバーの顔を見回した。
ドアの近くでは、机に座っている修一が誰か来ないかとばかりにじっとドアの方を見つめている。その隣では岸利徹が同じようにドアを見ていはいるが、何かを考え込んでいるようでただ眺めているに等しそうだった。
そして、自分の前に座っているナナは不機嫌そうな表情をしながら頬杖をついて窓の外を眺めている。右手に持っている彼女の支給武器のピコピコハンマーを無意識にか自分の膝に打ち付けているのか、ピコピコと言う音と時計の音だけが教室内を支配している。
ぱいくーたちが出発してから教室内はずっとこの調子だった。
「これから先、どうするか考えようぜ。」岸利がそんなことを言ってからは誰も声を出さない。誰かが話す、なんてことがないから静かなことは必然のことで、そして誰も来ない上に誰からも連絡がないということはこっちは何も出来ないに等しい。
だから、結局は考えないといけない。
けど、考えすぎるのもしんどくて同じようにナナが見ている窓の外を同じように眺めた。外は風が強いらしく外の木が揺れていた。きっと、寒いはずだ。教室内にいるから寒さは特に感じないけど。
ボーっと眺めているとポケットの中が振動した。すこし驚いて心臓が跳ねたけど、すぐに取り出してソレを開く。画面には『着信中 ぱいくー(セフレ)』と書かれていた。
すぐにボタンを押して耳に当てる。
「もしもし?ぱいくー?」
『・・おっ!!唐橋か!?』
出てすぐにぱいくーが大声を出す。それを聞くといい状況ではないことになんとなく感づいた
『ちょっと職員室に来てくれ!!痛風が・・』
「職員室?どうしたの?痛風サンがどうか・・」
ぱいくーが痛風の名前を出す。そして、何が起こったかは重要なことだった。しかし、ぱいくーが答える前にそれは起こった。
『きゃああああああああああああっ!!!!』
『!?』
『・・なんだ・・!?』
悲鳴と、疑問。そして同時に何かの弾ける音。その音を最後に電話が途切れる。
「・・?ぱいくー?ぱいくっ!?」
切れた電話に何度問いかけても返事があるわけがない。
慌ててもう一度ぱいくーにかけなおすが、全く繋がらない。
「何かあったの?」
座ったままナナが尋ねる。不機嫌そうな表情からは一変して、珍しく不安そうな表情をしている。ユミもまた、不安そうな表情をして全員の顔を見た。修一と岸利もこの状況にユミ達が座っている席のほうにやってきた。
「よく分からないけど、職員室に来てくれって。痛風サンに何かあったみたい・・」
何か、と言うのは2つに分けられる。それは、あえて言わなかった。
「よく聞こえなかったけど女子の悲鳴も聞こえたし、しかもなんか携帯はじかれたって感じだった・・」
「それ・・ヤバくないか?」
修一が言うと、隣で岸利が頷いた。
「早く行った方がいい!」
「そうだな」
言いながら修一が走ろうとするのを、以外にもナナがブレザーの裾を引っ張って止めた。
「けど、全員で行くわけにも行かないよね?」
ユミがそう言うとナナがうなづいた。
「そうね。ここは・・2人ずつ分かれるのがきっと妥当ね」
「時間ないんだ。さっさと決めようぜ?」
言われてユミは全員の武器を見た。
「分けるとしたら普通にピッケルとククリナイフわけて、あとハズレの2人もわけるって形だろ?」
「じゃあ、ユミと岸利クン、私と修一クンってことになるかしら?」
ナナがそう言うと全員が頷く。グループのことも考慮しての発言。これは最初4人づつに分けたときもそうだったし、それに重要なことでもあるから間違ってはいない。
「そうなるな、じゃあ、俺達行ってくる」
修一がククリナイフを片手にナナを向いた。しかし、ナナは少し気まずそうな表情になると呟くように言った。
「・・私行かない・・私、痛風サンに会わない方がいいと思うから」
「は・・なんで?」
「・・・」
修一の言うことにナナは黙っていた。だから、ユミが船を出す。
「あの・・ちょっとユミ、ナナと話したいから2人で行ってくれる・・?」
話しにくいなら、この中で一番ナナを“知っている”ユミに相談するのが多分妥当。そこまで言わなくても岸利や修一たちもそれに感づいてか頷く。
「分かった。じゃあ、とりあえず俺達で行ってくる。」
「・・ごめん」
ナナが呟くと岸利は気にしなくていいよ、とだけ言って玩具の銃を手に持った。
「気をつけてね。そして、何かあったら」
「すぐ連絡。もちろん分かってるよ」
「まぁ、何もないことを願うけどな」
修一はそれだけ言うと、逃げるように教室から走り去って行った。
【残り13人】
「何事もないといいと思うんだけど・・ユミはどう思う?」
ナナはたった今閉まったばかりの教室のドアを眺めながら、隣に居る唐橋ユミに尋ねた。扉の向こうではまだバタバタと走る音が聞こえる。
「ユミもそれは願いたいけど・・多分・・」
ユミはそれ以上続きを言わずに、椅子に座りなおした。ナナも見習って向かい合うように座った。
「ぱいくーからの電話って、どうだったの?」
「うん・・さっき話したとおりだったけど、最後ね、携帯になにかぶつかったって感じだった。」
「何か?」
「よくは分からないよ?それに、女子の悲鳴も聞こえたくらいだから・・」
女子の悲鳴、聞いて脳裏に出てきたのは痛風だった。
痛風は開始時から言ってしまっているように、はっきり言って怪しいと思ってもおかしくない。
だから、その悲鳴の正体は痛風ではなく一緒に行動をとっているはずのみやこの可能性の方が高いのではないか、と話を聞いたときに感じたが。そこはまだハッキリとは言い切れない。
「・・痛風サンに何かあったって、ユミ言ってたよね?」
痛風が攻撃されたかしたかで、話は大きく変わる。
「うん・・でもね、ぱいくーの言ってることも途中だったから・・」
ユミはしどろもどろに話して、ため息をついた。
「もし、痛風サンが本当にそうだったら、どうなるのかな」
そうだったら。それは何度も言っている通り管理人とグルになっていると言うことだ。
ナナ自身、最初そう思っていたし、それに彼女にも面前で言った。
“本当は知ってるんじゃないの?こうなるって”
全員の目は間違いなく私と、痛風サンを向いていた。
痛風サンは知らないって言ってた。だけど、もえたろう(管理人)に対しての怒りが収まらなくて、結局あやふやなままその話は終わっていた。
・・本当は、心の中で本当に知らないんじゃないか、って思ってた。
これは、私の推測だった。もえたろうへの苛立ちが止まらなかった。あの時、突っかかろうとした時にスカートの裾を掴んで止めた痛風サンに、ただ怒りをぶつけた。
そう、それだけだった。
だから、それは終わろうと思ってた。こんなに否定してるんだから知らないって。
だって、真実を知る人はいない。
「ユミ・・私、はっきりとは言い切れないけど、痛風サンは本当に知らないんじゃないかって・・思ったりした」
今はどうせユミと2人だ。だから、本音を話せる。ユミは少し驚いた表情を見せて、そのまま黙って聞いてくれた。
「・・ただの八つ当たりだったんだろうね。私はいつもそうだよ・・だから人に嫌われるって言うのに。」
いつもそう、八つ当たり。
苛立ちをどこかに発散したくてそれが出発前の痛風に対してだったり
そう、あと、理由を作れる刺身野郎だとか。
「ナナ・・」
一通り話すと、ユミがようやく口を開く。
「私がもう少し・・落ち着きさえあったら、痛風サンが疑われることも、ぺしぺしが死ぬことだってなかったんだよ・・私のせい・・」
話しているうちに声が震えていることに気がついて、そして泣いていることに気がついた。こうやって泣くのも、久々だ。本音をぶつけるのも。
「そんな事ないよ・・ぺしぺしが死んだのは・・こういうのもなんだけど、自分でそうしたんだから。」
「ぺしぺしが・・私の真似をしたからでしょ?」
「・・・」
ユミはそこは黙っていた。それはきっとその通りだから余計なことを言わない方がいいと思ったユミの考慮だろう。分かっていたからナナもソレに関しては何も言わずに続けた。
「バカだよね・・なんで、こういう時まで私の真似をしたのかな・・」
ぺしぺしが何故、自分の真似をするのか、それは知っていた。
ぺしぺしとは幼稚園からの付き合い・・いわゆる幼馴染って奴だったんだけど、ぺしぺしはものすごく弱虫だった。何をするのも怖くて、すぐ泣くし。
そして反面、私はまったく変わりないくらい怖いもの知らずで、頑固者。だから、当時から嫌われることは多かったけど、別に良かった。
ぺしぺしは、私みたいに強くなりたいって昔言ってた。だから、昔からマネばかりしてた。
それが癖になるくらい、ずっとマネをしていた。
例えば、私が店で万引きした時でも
例えば、お酒飲んだり煙草を吸ったときでも
そして、それで自宅謹慎になっても。
・・私がそのことで刺身にいらつき、そしてことの八つ当たりからいつしか“イジメ”と呼ばれるものをを起したときも。
そう、ずっと。
マネされることはあまり好きじゃないけど、ここまでこんな私と一緒にいてくれる人も珍しくて、それに、何よりも嬉しかった。
「私・・なんでぺしぺしを止めなかったんだろ・・」
とめどなく溢れる涙が視界を覆って、目の前の先の顔を歪ませた。その先でユミが、気まずそうな顔をしてからカバンから何かを取り出した。
キャラクターもののタオルと、それからクッキー。可愛らしく包装までされている。
「とりあえず、落ち着いて?ね?」
「・・ありがと」
ありがたくタオルを受け取って目元を吹いた。ジワリとピンクの生地に涙が吸い取られる。
「このクッキーね、昨日作ったんだよ?本当は・・放課後に皆で食べようと思ってたんだけど・・食べていいよ。」
苦笑いしてクッキーの包み紙を開けながらユミが言った。本当は、皆で。
それも叶わない状況になった、と言うことが悲しくて、悔しい。
本当は、ここにはぺしぺしとか、ぱいくーとかがいるべきなのに。
ユミがクッキーを一枚つまんで口に運んだ。ソレを眺める。目が合うとユミが口を開いた。
「・・あのさ、ナナ。ちょっとだけ、話するね。」
「うん・・」
返事をしながら、食べようとクッキーに手を伸ばした。一枚とって口に運ぶ。ほのかに香ばしいクッキーの味が口内に広がる。おいしい。
「今のグループって、ユミだけ小学校違うでしょ?」
今のグループ。私とユミ、ぺしぺし、ぱいくーとまなぶとエリコそうだ、ユミだけそういえば違う。
「その、小学生の時の話。」
「・・・」
何故ユミが今、このような話を持ってきたかに疑問を持ったが、ユミは真顔だったので何も言わずにクッキーをもう一枚取った。ユミが話し初める。
「小学生の時の話ね、痛風サンって虐められてたの。」
「・・!」
まさかこんな所で、こんな話が出るなんて思わなかったから驚いて息がつまった。その後軽くむせた。
「クラスの男子が窓ガラスを割ちゃってね、それを黙ってた。けど、とある人がそれを先生に言ったの。」
どこかで、聞いたことない?似たようなこと。ユミは続けた。
「でね。その犯人として名前を挙げられたのが痛風サン・・結局違ったらしいけど」
ココまで話してユミはクッキーを一枚、手に取った。そしてソレを見ながら尋ねた。
「痛風サンが犯人って言ったの、誰だと思う?」
「え?」
「・・刺身クンだったの。これ、どういうことかな。なんだか、この2つのパターンまるきし逆だよね。」
答える前にユミが答えた。ユミがあまりに真顔だったので状況を把握するのに時間がかかる。
「ユミ、なんとなく思っててね。もしかしてこれ、全部仕組んでるんだとしたら・・そもそも、ナナ・・女子なんかに虐められて自殺とか考える点からして、おかしくない?」
「まさか・・仕組むって、どういうこと?」
脳裏に刺身を“いじめて”いた時の事を思い返した。
そうだ。べつに自殺を起すほど酷いことをした記憶はない。
嫌味を言ったり、たまに軽く(のつもりだったんだけど)押したり。
別に転ぶほど強くはしていない。ぺしぺしはそうだったかもしれないけど。
それにいつの間にか言わなくなっていたけど、刺身は最初は知らないと言っていた。
けれども、これが本当で、刺身がただ、痛風に仕返しされているとするならば。
「だって、ナナに刺身クンが犯人って言ったの痛風サンなんでしょ?」
そう、そうなんだ。だったら、可能性が大きすぎる。
「痛風サンが昔イジメられてたのは、刺身のせいで、そして・・私がやってたことはその逆、ってこと・・よね?」
あまりの衝撃的なことにもう一度聞き返す。ナナは頷いた。
「そう、だから、ずっと思ってた・・痛風サンが、刺身クンが犯人って言ってた時から。」
「じゃあ、なんで最初からそれを言って・・!!」
急に静かに!とユミがナナを制すと、人差し指を口に当てた。そして何故かナナの後ろの方にあるドアを真剣な表情で眺めた。ナナも同様にそちらを見るが、何もない。
「・・今・・音がした気がしたんだけど・・」
小首をかしげながらユミが立ち上がってドアに歩きよった。そしてドアをゆっくり開けて、すぐに締めた。
「おかしいな・・?ナナは聞こえなかった?」
「聞こえなかったけど・・それより、話の続き。なんで、話してくれなかったの?」
誰もいないならソレはそれでいいから。
ユミがゆっくり席に戻って座る。そして目の前のクッキーを一つつまんで食べる。それを見てほぼ無意識に手前のクッキーを一枚食べると、もう一度向き直った。
「・・答えて」
「いいよ。だって、あのね、ユミね・・痛風サンをいじめてた、張本人だった。刺身クンでいう、ナナと同じところだよ。」
スッとユミが再び立ち上がって、そして刺身があの日飛び降りた窓を開ける、冷たい風が教室の中に入り込んだ。その瞬間、ユミの表情が変わった。
「虐めてる時って、どうだった?」
「・・ユミ?」
急に彼女の表情が無表情になったので、思わず立ち上がって名前を読んだ。しかし、ユミは返事をしないで話し続ける。
「優越感に浸れなかった?私より弱い人間が居るって。そう考えるだけで嫌なことも吹き飛んだ」
サァッとさらに風が吹いてユミの髪を揺らした。さっきの無表情から口だけが笑った。けれども、その目の冷たさに穏やかさは感じられない。
「だから、ユミは虐めてた。痛風サンが違うって何度言っても。小学生が終わって、ほとぼりが冷めるまで。」
最近のユミからは考えられないことだった。中2まではたしかにチャラけて何もしないでいたが、3年に上がってからは狂ったように猛勉強さえ初めて、そして女子の中では唯一(男子は完全に、だけど)イジメを辞めておけと言っていたユミだ。
そんなユミが、こんなことをしていたなんて考えたこともなかった。
「ユミ、急に真面目になったりしてるからありえない、とか思ってるでしょ?」
心を読んだかのようにユミが言ったので、思わずドクンと心臓が高鳴った。
「本当はね、参加したかったよ。ただの上辺だけの偽善に過ぎないよ。けど、ほら、受験とか、先生の目とかかかってたからさ。」
ニッコリ、そしてユミは完全に笑った。
「でもさ、今はもう関係ないでしょ?だって、殺し合いだもん」
「は・・どういう・・?」
「ユミね、急に始めた受験勉強とか刺身クンと痛風サンのゴタゴタとか。そんなのがイヤに感じてさ。」
ドクン、ドクン、とまだ心臓が跳ねている。
「だからね、またこうして自分が手を加えて優越感に浸れるんだったら、どれだけいいと思う?楽しいだろうね」
ドクン、ドクン。心臓が高鳴っている。
なんだか、おかしい。体がものすごく熱くなっている気がする。
暖房が効いているから?違う。だってユミが窓を開けているのに。
ユミは窓を開けたまま、自分の席に戻ってクッキーを一つ、つまんで食べた。
「おいしいでしょ?クッキー。ユミが作ったんじゃないけど。」
「ちょっ、それ、どういう・・っ!?げほっ・・ぐぅっ・・?」
むせ返すと、口から霧のように赤い液体が吹き出た。何か分からないまま横に倒れる。周りの机や椅子も巻き込んだためガタン、と大きな音が響いた
「・・っぅくっ・・げほっ、ごほっ・・」
倒れたままでも咳き込んで口から赤い液体が流れる。苦しい、何コレ・・血?
苦しみで歪む目線の先に、赤い上履きが見えた。表情まで確認は出来ないけど、誰かは分かる。声が聞こえた。
「おまけで入ってたクッキーだよ。一つだけ別に毒入りがあったんだけど・・ナナがドアを見てる間に一番近い位置においておいたの」
スッとユミの長い爪が見える。その手にはクッキー。
「これにはね。毒は入ってないよ。一つだけだもん。毒入りは・・ナナが食べちゃった1つだけ」
「・・ユ・ミ・・げほっ・・」
「痛風サンがどうなってるのかは知らないけど、ゲームは動き始めたね。」
ユミはナナの傍らにしゃがみ込む。
「全員の隙を狙おうと思ってた・・けど、ナナだけはなんだか怖かったからさ・・よかったよ。お話してくれて」
そこまで話すとユミは立ち上がって、そして上履きが遠くに離れる。だんだん目の先がぼやける。
私は、死んでしまう?
どうせ、死ぬ気でもえたろうに乗り込むつもりだったけど
けど・・こんなところで。
「・・っ・・」
パタン、とドアが閉まる音がした。きっとユミが出て行った音だろう。右手で喉と、そして左でポケットを弄る。
“何かあったら連絡な”
岸利徹と修一との約束だ。
震える手でアドレスを漁る。そして岸利の電話番号を見つけると発信ボタンを押した。
『・・もしもし、ナナサン!?』
少しして岸利の声が聞こえた。しかし、それもはっきりと聞こえない。
『もしもし?・・もしもし!?』
「・・っ・・ユ・・ぐっ・・げほっ・・」
ユミが、皆を殺す気だ。言いたいのに、たった一文字しかいえない。
『・・おい?ナナさん!?聞こえたら返事・・』
返事を、したい。けど、出来ない。
電話の向こうで岸利の叫ぶ声が聞こえていたけど、それはたった数秒で途切れた。
ナナの意識とともに。
ナナ 死亡
【残り12人】
「・・んだよ・・これ・・?」
職員室の前まで来たとき、岸利徹が最初に発した言葉がコレだった。一緒に居る修一は顔を真っ青にして口元に手を当てていた。
目の前には2人、倒れていた
「・・・」
立ったままの修一をそのまま置いて岸利は一番近くに倒れている男子・・ぱいくーの傍らに行って首筋に触れてみた。そこはべったりと血がついていて触れた岸利の手にも付着した。しかし、それをふき取ることもせずに泣きそうになるのをグッと堪えた。いわゆる脈がないし、それに全く動きはしないのだ。それは、死んでいると言うこと。さっきまで生きていたそんな彼が。
「・・岸利・・」
小さく修一が名前を呼んだので岸利は一度グッと目を閉じてから振り返った。そして首を横に振ると修一はつらそうな顔をして俯いた。
「・・女子は・・痛風か?」
確認させて悪いけど、と修一はポツリと呟いた。修一がこう言ったグロテスクなものが苦手なのはグループ内では知っている。たしか、駁からサッカーは昔、人の首でやってたと言う話を聞いてそれでサッカーをやろうとしたけどやめた、と言うのを聞いたことがあったっけ。大分前。最近のようで。皆で過ごした“2年”のうちのどこかで。
本当はイヤだったけど、どっちにしろ調べないといけないことだ、と自分に言い聞かせてぱいくーの体をゆっくりと寝かせるとドアの近くの女子に近寄った。
「・・う・・」
ぱいくーはまだ首筋を刺されて絶命したみたいだったから、頭は綺麗に残っていた。しかし、この彼女は違う。頭部がメチャクチャに潰されていて真っ赤に染まっている。よくみると骨や脳漿も少しだけ見える。
吐き気がした。口元を押さえて目線を逸らした。あまりの光景に耐えたかったけど耐え切れない涙が溢れた。
「・・ごほっ・・げほっ・・」
ちょっとだけむせこんで、そのまま修一を見る。頭部はメチャクチャで顔は見えないけど人より薄い髪の色と体つきで分かった。
これは、痛風じゃない。
「ナターシャ、だ・・」
修一がゆっくりと顔を上げて、信じられないと言った表情で岸利を見た。岸利はもうそんなナターシャを見たくなかったので無言で頷いた。
「な・・なんでナターシャがココにいるんだよ?」
「分からない・・けど・・」
「じゃあ、痛風はどこに居るんだよ?」
「それも、分からない」
「・・・」
「・・・」
それぞれの脳裏に最悪なパターンが脳裏をよぎる。
出発時に疑いをもたれていた痛風だ。違うと否定していたけど、それが事実だった?
ソレは違う。岸利は首を横に振った。
けれども、考えて。ナターシャの頭部。じゃあ、あれは何で潰したんだ?
「修一・・オレ、最悪なことを言うよ。」
ゴクリ、と唾を飲み込んだ。修一は唇を噛んでまっすぐに岸利を見た。
「多分、ナターシャを殺したのは・・痛風の可能性が高い。」
「・・何でだ?」
「ナターシャの頭部・・潰れてるんだ。結構ボコボコしてるから、球状と思っていいかもしれない。」
見てみたら分かるけど。と言おうとしてやめた。修一は大体で想像がついていたのかもしれないが何も言わずにぱいくーとナターシャの死体があるところから目を逸らして後ろの方を見た。
「けど、はっきりとは言えない・・けど」
「・・ざーみるくと、みやこは?」
向こうの方を眺めて修一が言った。そういえばぱいくーと痛風はざーみるくとみやことも行動をしていたはずだ。
「・・そういえば・・」
「ぱいくーだけ別行動、と言うのもありえないだろ?そもそも、化学室に居るはずだろ」
「だから、オレにははっきり言えないって・・」
ヴーヴーと岸利のポケットが揺れた。だからこれ以上は話さずにすぐさま携帯を取り出して画面を一瞬だけ見て、耳に押し当てた。
「・・もしもし、ナナサン!?」
ナナからの電話。珍しいにも程が有る。しかし、電話の向こうは音がしない。
「もしもし?・・もしもし!?」
『・・っ・・ユ・・ぐっ・・げほっ・・』
少しして明らか様子のおかしいナナの声がする。
何か、嫌な予感が心の中をざわめく。目の前の光景とリンクして、まさか、という不安が渦巻く。
最後は嘔吐、ととっていいような音だった。
「・・おい?ナナさん!?聞こえたら返事してくれ!!」
呼びかける。こっちにはそれしか出来ない。
「おいって!!ナナ!!返事してくれ!!」
呼びかけるたびに不安がよぎる。しかし、返事は返ってこない。前では修一がこちらを気にしてじっと見ている。そしてその表情も心なし不安さがにじみ出ていた。
「・・なにか・・あったのか?」
修一が尋ねるが首をかしげた。すると丁度その時に電話の向こうでドアの開く音と足音がした。ほんの僅かな足音だったが、しっかりと音に取れている。それは携帯電話が地面についていると言うことなのかもしれない。
その音がだんだんと近づいてくると同時に、急にそれは途切れた。正しくはその人物に切られたのだろう。
「・・修一!教室だ!!ナナに何かあったみたいだ!しかも誰かいるみたいだし!」
「何かって・・なんだよ・・!!」
それには口をつぐんだ。こんな衝撃的な光景を見た後にまた誰かが死んでいる可能性があるなんて思いたくない。
「教室と、それから化学室も行かないとダメなんじゃないのか?」
そうだった。それに頭を悩ませる。後回し、にする痛風の事もあってややこしくなる可能性が高い。一番単純に考えるなら・・
「一回・・分かれるか?」
「マジかよ・・」
それはやはり修一も考えていたみたいで気まずそうな顔をした。
「オレが教室に戻るから、修一は化学室・・」
「待てよ。俺が教室に行く・・もし、ナナを襲った奴が教室に居るんだったら・・お前、武器ないだろ・・」
武器を貸してやりたいけど、と修一が呟いた。こんな現状を突きつけられて武器を手放したくなくなる気持ちは、分かる。岸利は武器がなかったから、不安はソレより大きかったけど。
「でも・・いいのか?」
ナナが死んでる可能性、あるんだぞ?言葉を飲み込んだ。修一が頷く。
「大丈夫だ・・だから、任せろ」
言い残すと修一はすぐ階段を駆け上がって行った。駆け上がって行ったのでそれを止めずに岸利は背中を見送る。
そして見えなくなったと同時に、後ろのぱいくーとナターシャを確認した後、ごめんと呟いて化学室に岸利も走った。
【残り12人】
修一は息を切らしながら階段を駆け上がっていた。脳内ではグルグルと連鎖的に起こっている現実と、そして今後の想像を追っていたがどうやらその想像と言うのは最悪の場面になるんじゃないか、と感じていた。
全員と合流して、脱出しようぜ。
これが、約束であって目標だった。
それなのに、なんでぱいくーが死んでるんだよ?
なんで、ナターシャも死んでるんだ?
一緒に約束した、痛風は?どこに行った?
ざーみるくとみやこもどこに居るんだよ。なんで分かれてる?なんで職員室の前にぱいくーはいるんだ?化学室に行ったんじゃなかったのかよ
おかしいじゃないか。
それに、ナナが何だって?合流地点の教室にいるんだろ?
一緒に居るはずのユミはどうなってる?
なぜ、分かれた途端にこうなる?
誰かが、裏切ったと言うのだろうか。
それは、誰が?
「・・っ、はぁっ・・はぁっ・・」
一気に駆け上がったところで息を整える。先ほどの動揺もあわさってか、呼吸はかなり乱れているし、しんどいし、そして少し気持ち悪い。
まさか、死体というものを生で見る時が来るとは思わなかったし、しかもそれが先ほどまで話していた人物なのだ。
「・・・」
けれども、それは現実であってそして認めないといけないこと。
「・・くそ。」
もう一度息を吸って、そして吐いた。頭を上げて廊下を眺める。ココからずっと遠くを見つめると教室がある。けれども、修一はその手前・・まさに、教室の前に座り込んでいる人物を眺めた。
「唐橋サン・・?」
それは紛れも無く、ユミの姿だった。教室にナナと残っていたはずだけれども。
声に気がついていないのか、ユミは教室の方を眺めながらまだ、座ったままだった。
「・・・」
ギュッとククリナイフを握り締めて近寄る。万が一、とかも考えてはいけないんだろうけど、それでも念には念を・・もし、ナナが本当に死んでたりしていたらユミが裏切った可能性は高いのだ。
「・・唐橋サン」
「・・っ!!」
もう一度名前を呼ぶと、今度こそユミは気がついたらしく少し肩を揺らしてこっちを眺めた。その目は濡れて歪んでいる。
「・・た・・修一クン・・」
「何が・・あったんだ?」
まさにコレは本題だ。尋ねるとユミは無言でユミの目の前の教室を指差した。嫌な予感が、やはり脳内をグルグルと駆け回ってそれでもその先をゆっくりと眺めた。
誰かが、倒れている。
「・・ナナが・・」
眺めているとユミが呟いた。
「ユミが、トイレから戻ってきたら・・死んでた・・」
「死・・?ま、まさか・・?」
ユミが何かを言い出す前にゆっくりと足を進めて教室に近づいた。死体を見るのはイヤだった。けど、本当に死んでいるのかどうかを確認しないといけない。震える足を叱咤した。
近づくにつれて、だんだんと寒くなるのが感じた。よくみると教室の窓が空いている。あの日、刺身野郎が飛び降りた。
ドアにようやく手を触れて少し目を細めて教室内の光景をもう一度眺めなおした。やはりそこには倒れている。岸利徹に掛かってきた電話どおり、あれは間違いなくナナだった。首が向こうを向いているので表情も見えないし、真っ赤な血液なんかも見えないけど・・死んで、いるのか?
「・・唐橋サン、ナナサンは本当に・・」
目を逸らしてユミを見ると、ユミはうん、と頷いた。
「さっき・・中に入って見たけど・・血、吐いてた・・」
「血?と言うことはなんだ?」
「毒とか・・かな」
もう一度今日室内を覗いた。ナナの体と、周りの机はぶつかったのか位置がずれている。そして、そのナナの座っていた席の上。あれは・・
「・・あれ、なんだ?お菓子?」
「え?」
スッと先ほどユミが指差したように、修一もその机の上を指した。ユミがその方向を眺める。
「お菓子・・だね。ユミは知らないよ、あんなの」
首を振りながらユミが答える。と言うことは本当に知らないのだろうか。
「もう一度・・状況を聞いていいか?」
ナナが・・死んでいる。多分、毒殺。その間ユミの取っていた行動はどういったものなのか。
「えっと。2人が教室を出た後、少しお話して・・うん、その後トイレに行ったの。1人ずつは危ないけど、やっぱり誰かが残ってたほうがいいって・・で、戻ってきたら倒れてた。スグに近寄ったけど・・死んでるって分かって、教室に居るのも嫌になって外に出たのはいいけど・・状況を考え直したら力が抜けて・・そしたら修一クンが来たんだよ・・」
一通り説明を聞いて、考え直す。気になる点が一つあった。
「けどさ・・トイレに行ってる間に、誰か来てナナさんだけを殺して出て行くなんて難しくないか?」
そもそも、トイレはほとんど教室の前だ。ナナだけを殺していくのはおかしい。たまたま教室にナナしかいなかったとしても、ナナはきっと事情を説明するはずだ。少なくともユミが戻ってくる、とは言うはずだ。お菓子を食べながら話していたのだったら尚更だと思う。
だったら、なんだ。
ソレを考えるより先にユミが修一を見上げながら静かに言った。
「それは・・ユミを、疑ってるってこと・・?」
そうだ、俺の考えで言うと、そう言うことじゃないのか?
「あ・・いや、別にそう言うわけじゃないけど・・」
口ではそう言うものの、心の中は違ってた。
考えろよ、ナナサン“だけ”を殺すなんてことは、ないはずだ。プログラムだから。
わざわざ唐橋サンがいない時、と言うのも不自然じゃないか?狙ってなのか。
ナナサンは話し込んだから、あるいは彼女が信じたかお菓子を食べたんじゃないのか?
考えろよ。
一番の謎が残っているじゃないか。
ふと、ユミの手元を見る。彼女の支給武器のピッケルがしっかりと握られている。
「ナナサンは、本当に・・死んでるんだよな?血を吐いて、って言ってたよな?」
「うん・・」
ユミが静かに返答する。
「で、恐らく毒物と判断したんだよな・・じゃあ、その毒物ってなんだ?」
「何かは具体的にはいえないけど・・多分、あのクッキーの中に入ってたのかな。」
ピクリ、体が硬直した。その代わりに思考がフル回転しだす。
思い出せ。あの時唐橋サンは、なんて言った?
“・・あれ、なんだ?お菓子?”
“お菓子・・だね。ユミは知らないよ、あんなの”
知らないはずなのに、クッキーと今、言い切ったじゃないか。
それとも、言い間違えただけか?お菓子とクッキーって。
「・・修一クン?」
黙り込んだ修一の顔を、小首傾げにユミが覗き込む。会った時は微妙に潤んでいた目が今は普通だ。何でだ?友達、死んでるんだぞ。
「本当に・・ユミを疑ってるの?」
心なし、悲しそうにユミが言う。ナナにメールを送っていなかった時の、とっさのユミの嘘を思い出した。なかなか普通に、嘘をついていた気がする。すこし知っているせいか白々しい気もしたけど。
「ねぇ、何か言ってよ。ユミが・・殺すわけないよ!ユミは脱出するって、決めたんだから・・!」
「なぁ、唐橋・・じゃあ、一つ聞くな。」
必死に訴えているユミの言葉をとぎって、尋ねる。持つククリナイフの柄をさらに強く握った。
「毒入り“クッキー”・・誰のだろうな?」
クッキー、と言う言葉をかなり強調した。ユミも感づいたのかハッとなって、ギュッとこちらを睨みつけるようにしてみた。表情の一変。ココに来て会った時の泣きそうな顔のかけらもない。
ゴクリ、と唾を飲みこむ。そしてククリナイフの柄をもう一度握り締めた。汗で滑る。これはもしかしなくても。
「・・ユミ、クッキーなんて知らないよ。あれ、クッキーかなぁ?それに」
ユミが右手を動かしてピッケルを目先に動かした、驚いて思わずククリナイフを前に突き出したが、ユミは動じなかった。
「ユミの武器はこれ。毒なんて、知らないよ。」
言い方もさっきまでとはうって変わって淡々とした口調。ここまでして、嘘をついているのか?
「それよりさ、痛風サンは?ぱいくーは?」
それよりも。言葉が引っ掛りすぎる。本当にユミがナナを殺してしまったのか。
「聞いてる?」
「それより、お前がナナサンを殺したのか?」
もう、単刀直入。けど、どうする。本当に、そうだったらー・・
「だから、知らないよ。」
あくまで知らないの一点張り。表情、言うことからはその通りだと言わんばかりなのに。コレだと開き直ってくれたほうが断然いい。
「・・ぱいくーは、死んでたよ。あと、ナターシャもな。」
「・・ナターシャって?なんで?他のメンバーは?」
「分からない・・痛風も、ざーみるくもみやこもいなかった。今岸利が化学室に向かってる」
それを聞いてユミは何かを考えていたようだった。そしてスグに口を開く。
「岸利クン1人で?武器、玩具じゃなかったっけ?それなのに?」
「唐橋サンも、玩具しかないナナサンを置いて行ったんだろ?」
グッとユミは口を閉じた。言い返せない。そんな感じ。
「なぁ、唐橋サン・・疑うよりかは真実を知ったほうが俺だって・・唐橋サンだって楽だろ?」
諦めを含んだ。きっと、そのほうがいい。
言い切ってしまって、もしそれが間違いだった場合(とは言っても怪しすぎるけど)今後のそれぞれの信頼関係の問題に関わってしまうのは痛手だった。
だから、とりあえず信じることにしてそのまま化学室に向かえば岸利と合流できるはずだ。さすがに囲まれている中では手を出さないだろう。きっと、もし“そうなんだ”としてもそれはナナと2人きりになった状況があったからかもしれない。
俺には、まだ武器がある。これは有利な状況だ。
「そうだね。楽だよね。」
ユミもまた、諦めた口調だった。呆れと、そして少しの冷笑。
「じゃ、ユミがナナを殺したよ。おまけに入ってたクッキーで・・これで、いいかな?」
有利な状況。これこそ嘘だ。
お互いに武器を持っている限り、互角。ピッケルとククリナイフ。
平気で人を殺した人と、死体を見るのも嫌いな人。
本当に、互角か?
スッとユミがピッケルを横に構えてなぎ払った。とっさに反応して後ろに飛び跳ねるようにしてよける。思いのほか壁が近かったので激突した。
「・・っ、マジかよ・・」
心臓が高鳴る。一番起こって欲しくなかった現実。ククリナイフは以前汗ばむ手に、ちゃんと握られている。まさか武器を振り回す日が来るなんて。
「待てよ・・!考え直せ。俺達は脱出しようって話だったよな。裏切るのか?」
「裏切るなんて。だって、そのほうが隙をつかみやすいじゃん?修一クンはなんだか上手く行かなかったけど。」
じゃあ、最初から嘘をついていたのか。脱出も、何もかも。
「それでも、ユミは修一クンを殺すよ。プログラムだもん。」
少し垂れているユミの目が、冷たく光った気がした。
【残り12人】
“こっちこないでよ、ブス”
“ちょっと言い過ぎだよーほら、泣いてるじゃん”
“いつものことじゃん。それに何も言わないからわかんないし。”
“そうだけどさー授業始まったら後々面倒じゃない?”
“そんなの、ユミ知らなーい。勝手に泣いてるだけじゃん。”
目の前に立っている修一の表情が、いかにも自分が痛風を虐めていた時を思い出す。別に修一は泣いているわけでもないが、そのどことなく絶望的な表情と、そしてこの有利と不利の2つに分かれる状況。優越感に浸れるこの瞬間がその昔を思い出さしてくれた。
唐橋ユミは先ほど振り回したピッケルの先端を指先でなぞった。まだどこにもぶつけたりもしていないので欠けたりもしていないし美品だ。とがった先端が少し指に食い込む。これを、彼のどこの部分に突き刺そうか。
指で触れながら。目を修一に向けた。修一の支給武器として彼はククリナイフを持っていたがその先端は下がっているし、おまけに少し震えている気がする。
「唐橋サン」
不意に修一が名前を呼んだのでユミは小首をかしげて返事をした。修一は気まずそうな間を空けた後に続けた。
「本当に・・皆を殺す気か?」
間を空けた割には単純な質問。今までの流れからで答えが分からないとでも言うのだろうか。
「うん、そうだけど」
もちろん即答で返す。すると修一は無言で携帯電話を取り出した。暗黙の了解で使われる携帯電話を。
「待って。」
スッとピッケルの先を修一に向けた。すると修一は今にも開こうとしたその動きを止めてピッケルを眺めた。
「させないよ。困るじゃんか、ユミが殺そうとしてるってばれたら。ナナが言いかけた寸前で折角止めたのに。」
あくまで知らないと言うことを続けたい。だって、そうでもしないと後々つらいじゃんか。
「・・・」
修一は意外とキッと、少しキツめの表情になると携帯電話をポケットにしまいこんで、そしてピッケルの先を左手で掴んだ。意外な行動だったので、すぐに引っ込めようとしたが力強くてそれは無理だった。
「離してよ」
相手は左手だ。なのに離れない。振り回そうと思ったが、急にもし手を離されると遠心力に振り回されて危険な目に合う可能性もある、と考えてやめた。
もし、チャンスと言うものが来た時にでも思い切り上に突き上げて、そして下に振り下ろそう。
今度は修一の右手に持つククリナイフが前に突き出された。それはユミの首から数センチ離れたところでピタリ、と止まる。修一の表情は今度はしっかりとしているように見えたが、よく見ると冷や汗が流れていた。
「やめようぜ?こんなの・・」
言葉は静かだった。それでいて同じく静かな廊下にはしっかりと響く。ユミは少し唇を噛んで冷静を保とうとした。首先にナイフが有るだけで一気に鼓動が早くなる。
「確かにプログラムだけど・・それでも。誰も殺し合いさえしなかったら、これは殺し合いにはならない。」
誰も殺さなかったら、そりゃ殺し合いにはならないよね。
ユミはその言葉を言わずに結論だけを呟いた。
「でもね。ぺしぺしと、ぱいくー、ナターシャさんとー・・ナナも、死んでるよ。誰だろうね。殺したの。」
ぺしぺしはもえたろう(管理人)が殺した。
ナナはユミが殺した。
じゃあ、ぱいくーとナターシャを殺したのは、誰?
「ユミじゃないよ、だったら、誰だろうね。変わらないよ。だって、少なくとも誰かが殺した・・現実でしょ?」
「それは・・」
それから修一は言葉をとぎったままだった。
言い返せるはずも無い。もし、ユミが逆の立場だったら言い返せないはずだ。だって、事実だから。
少しだけピッケルの柄の部分を強く握った。困り果てて、悩んでいる今はきっとどちらかと言うとチャンスだ。
「だから、諦めよ?・・悪いけど!」
両手でピッケルを掴んだ。そしてそれを先ほど考えていたように上に突き上げる。少し力が入ったものの、修一の左手から抜け出すことは出来た。ピッケルの先の尖りを下に向ける。これを、修一の脳天に突き刺せば勝利は見えたも当然だ。
「それにね、何を言われてもユミは止めないよ!」
「くっ・・やめろって言ってんだろ!!」
ピッケルの先の下、ユミの目の前。修一にしてはかなり珍しく怒りを思わせるような表情。
その修一の右手のククリナイフがピッケルを受け止めようと横になぎ払われる。
それと同時に、ユミもピッケルを振り落とした。思い切り。
ザクリ、と音がした。手ごたえもした。
目の前のピッケルがずっと下に落ちて、最終的には冷たい廊下に当たってガツンと大きな音が廊下に響いた。その衝撃もあってピッケルが手から離れる。見るとそのピッケルの先には鮮血がついていた。確認すると同時に膝を着いた。
「・・くっ・・ぐぅ・・っ・・」
くぐもった声と、そして空気の漏れる音が耳に届く。膝元にも血がボトボトと落ちていて薄いグレーのスカートにしみを作った。
「・・ってぇ・・!!」
修一の痛みを堪えるような声がするけど、そんなのに構っている場合でもなかった。
「ぅ゛あ・・ぐぅっ・・ぅ・・」
自分の喉元を押さえる。冷たくてごつい首輪。それも関係ない。その上辺り。触ってみると妙に熱くてぬるぬるした。痛みが走る。苦しい。ぱっくり、まさにそういった擬音が似合うような切れ目が入っている。
「・・はっ・・ぐ・・」
目の前にはピッケルと、そして修一のククリナイフが落ちていた。それには同じようにべったりと血がついている。
喉を押さえたまま修一を見た。修一は壁にもたれる形で右肩を押さえていた。そこは先の首と同じようにぱっくり、と切れていて血がほとばしっていた。なにが起きたのかはハッキリとは分からない。
「・・ごめん・・だいじょ、ぶか・・?」
痛みに遠のきそうな意識の中で、修一の心配していると言った一言。
大丈夫なわけがない。声が出ない。痛い、苦しい。血が出てる。こんなに。首から。止まらない。止まらない、止まらない・・!!
涙と血が足元に溜まっていく。
「ごめん・・ソレ、避けよう、思って・・攻撃する気は・・」
修一が謝罪している。声が震えているのは痛みを堪えているからなのか、あるいは泣いているのか?
「ぅっ・・っ゛・・」
このままだと、死んでしまう。きっと。
だったら、せめてコイツだけは殺す。
ユミを殺した、こいつを・・!!!
喉から手を離す。その手は初めから赤かったかのように真っ赤だ。震えてる。ピッケルを掴んだ。凄く、重たい。
息がものすごく荒い。苦しい。
シュウイチは、どこだ。
意識が朦朧とする。けど。
前を見据えた。修一が背中を預けていた場所。ソコにはまだ修一が立っていた。修一のグレーのズボンが見える。
そして、その後ろに黒のハイソックスが見える。女子の。
女子の・・?誰?
一瞬だった。ゴッという鈍い音がした後修一が倒れる。本当に一瞬だけ。
「・・ぅっつ・・ぐああっ・・!!」
倒れた修一の悲鳴。その女子の足が動く。誰かを判断するには頭を上げないといけない。
その女子は修一のククリナイフを拾うために先の目の前でしゃがんだ。グレーのスカートと、ブレザー。右肩を怪我しているのか、タオルを縛り付けている。横顔は黒く長い髪の毛で見えない。
けれども、その顔はあっさりとこちらを向いて微笑んだ。
「いい様だね。あたしがわざわざ殺すまでもなかったね・・」
「・・!」
その女子の正体は、痛風だった。拾ったククリナイフをユミに向けた。
「聞いてるの?何か言ってよ。」
痛風は笑顔だった。そのくせ、言っていることにはかなりのトゲがある。
「何も言わないとわかってくれないんだけどな」
それだけ言い残して、ナイフを離すと修一に向けた。修一は痛みに堪えつつも痛風と対峙しているようだった。
「・・痛風・・何で・・」
「・・どうせね、誰もあたしを信用なんかしてくれない」
朦朧とする意識の中痛風を見た。表情はどことなく、冷たい気がしたけどそれがスグに笑顔に変わるのが確認できた。
「ナターシャが教えてくれたんだよ。皆を殺して、あたしも死ねば最高の手段だって・・」
それだけを言うと痛風は修一の頭を掴んで、右手のナイフを首筋に当てていた。
「まっ・・待て!!それはっ・・!!」
「痛いかもしれないけどごめんね。」
「やめろっ・・離せよ!つう・・!!そんなの、最高の手段なワケが」
修一の言葉はそこで途切れた。変わりにグチャクチャとした音が聞こえる。
それを確認すると急に体の力が抜けた。いい加減に体力の限界が来たのだろう。思うと首が切れているのに生きている方が不思議だったのかもしれない。右肩から廊下に倒れた。
「・・もう死ぬの?弱いね。あんたみたいなのはもっと苦しめばいいのに」
遠くで痛風の声がする。
悔しい。あんなに弱虫で泣いてばっかりだったのに。
立場は逆だ。ユミはこんなに早く、死ぬわけにはいかないのに。
先に死ぬのは、弱い人間じゃないの?
ユミは
「・・死んだ、みたいだね」
上靴の先でユミの肩を蹴ってみた。まるで身動きすらしない。あれだけの人間もこうなってしまえばただのモノだ。
「それにしても・・わざわざ殺しに戻って来たはいいけど。」
修一は手負い傷をおってて、あたしが殺した。
唐橋サンは、意外にも修一が殺したらしい。
教室内の、ナナサンは、どうなんだろうか。
「そういえば・・岸利がいないね。」
教室では岸利徹がメンバーとしていたはずだ。そんな彼がいないのはどういうことだろうか。
「もしかして、岸利が殺したとか?」
まさか、ね。
小さく呟いてユミのピッケルを回収した。一気に武器が手に入る。
「・・あと、何人かな。」
修一
唐橋ユミ 死亡
【残り10人】
階段が、燃えている。
ペンキのはげた壁は黒く焦げている。
岸利徹はそれを確認しつつ、ゆっくりと化学室に向かっていた。
この燃えている様子を見るだけで嫌な予感と言うのが胸の中を疼きまわった。さきほど職員室の前で見たぱいくーやナターシャには火傷の痕なんかはなかったと思う。
だからこの2人とは関係のないところで戦いがあったのかもしれない。
ふと、化学室の前に転がっている何か、が目に入って岸利は少し歩調を速めた。黒くて大きな物と、赤い何か。
「・・こ・・れは・・?」
近づくにつれて正体が分かっていく。赤いものは使われたらしい消火器、そして黒いのもは誰かのブレザー・・だけじゃない。
黒のハイソックスとグレーのスカートが除いている。焼けた痕もそこにはあった。顔には他の誰かのブレザーが乗せられており、そしてその下のほうには赤い血だまりが出来ていた。
それは、まさしく誰かの死体。
「・・・」
誰だろうか、と不安が押し寄せる。けれどもブレザーを取って誰かと判断するにはあまりに勇気が必要だった。
けれども・・知っておかなければならない。
息を大きく吸って、そして吐いた。深呼吸。そして恐る恐るブレザーを退けた。黒の髪も縮れて、乱れ切っている。その乱れた髪に彼女がいつも付けているピンクのハートの髪留めが今にも取れそうになっていた。その正体はまさにみやこだった。
「みやこ・・!」
スグにブレザーを戻す。手がもうガクガクに震えていた。これで、4人目の死体を見たことになる。しかも、また仲のいいグループの1人が、死んだのだ。
「誰が・・こんなっ・・」
いつの間にかまた涙が出始める。少し咳き込みながら自分のブレザーの裾で目を拭った。
状況は、どうなっている?
シン、と静かだ。化学室の前。ここにあるのはみやこの死体と消火器。これは燃えているみやこに誰かが使用したと言うことだろう。
と、いうことはその人物はみやこを助けようとしたと考えていいはずだ。だから、このブレザーはその誰かのものだ。大きさ的に男子。
「ざーみるく、か?」
一緒に行動をとっていただろう、ざーみるくの可能性が高い。岸利はこの結論を出してそして彼の行き先を考えた。
誰かと戦ったとして、それは誰だろうか。
立ち上がって化学室のドアを眺めた。もともとはこの中にいるだろう駁とエリコを迎えに来たはずだったのだ。
ドアの小窓にはカーテンがかかっていて中が見えない。耳をピッタリと当てると音が聞こえる気がする。
「誰か・・いる?」
小さく呟くも反応はない。ノックするか、ドアを開けるか。何かをしたかったがそこまでする勇気がなかった。もし、中にみやこを襲った誰かがいたとしてもこちらには武器が無い。口だけで止めるなんて無謀そうに思える。
考えた。
だったら、裏窓を覗いてみよう。もしかすると、少しくらいは見えるかもしれない。
小さく息を吐いて後ろを振り返る。みやこより向こうの教室。そしてその先にある窓を見た。
あそこから入ればいい。そう考えてその教室に入り込んだ。
一応周りを見渡すが誰かが居る気配もない。ほっと一息ついて窓に近寄って開ける。極力静かにあけて窓を開けると冷たい風が中に入り込んだ。
「う・・寒・・」
1月の上旬だ。寒くて当たり前。腕力はそう自信はないが思い切り体を窓枠に乗せた。
そして転がるように地面に降りた。スグに立ち上がって窓を閉める。
暖かい校内から一変して冷たい風が岸利の周りを覆った。吐く息が白く一気に体温が下がる。両手をさすりながらもう一度辺りを見渡した。ここは中庭で、雑草がかなり多い茂っている。岸利がココに“来た”当初はまだ手入れをしてあったがもう閉校と言うこともあり最近はかなり放置気味になっている。
その光景を何気なしに見ていたが、その中に学校の石碑が立っているのがなんとなく目に付いて、気がつけばその方向に足を動かしていた。
【志】
たった一言だけ書かれているこの石碑。普段はなんとも思いはしないが、今はなんとなく胸に刻みたい気持ちだった。
「志の具体的な意味、知ってる?」
「え・・!?」
急に後ろから声をかけられて岸利は心臓をびくつかせながら慌てて後ろを振り返った。
冷たい風がやはり吹く。岸利の後ろに立っている人物の黒くて長い髪を揺らした。
「心に決めて目指していること。また、何になろう、何をしようと心に決めること。」
少し小さめの目は真剣で、普段滅多に聞くことのない声が凛とまた響いた。
「それから・・人に対する厚意。人を思う気持ち。そう言う意味。」
愛が大和の目を眺めながら説明をする。何のことだかサッパリ分からないでいると、それが通じたのか愛は少し目を伏せて呟くように続けた。
「人を思う気持ちなんて、この学校では無いに等しいよね」
「人を思う気持ち・・」
思わず呟き返して、そして考えてしまう。この学校のことを。すぐに思い浮かんだのは刺身野郎だった。
「・・そう、なのかな。」
「違うと思うの?」
はぐらかそうとしたが以外にも愛がくい付いてきたため、ドキッと心臓が高鳴った。それを見逃さずに彼女の目がじっと岸利を捉える。
「ぜ、全員が全員・・無いって訳でもないだろ?」
苦し紛れの発言。嘘バレバレだな、と自分でも思ったが愛は小さく息を吐いてまた独り言のように呟いた。
「ほとんど全員よ・・何も知らないって気楽でいいね」
ほとんど全員?聞き返そうとしたが、先に愛が口を開いていた。
「ところで、あなたは一体何がしたいの?」
「は・・な、何って?」
「窓からわざわざ出てきたんだから、何かしようとしたんじゃないの?」
愛が少し小首をかしげて尋ねる。そうだった。
「そうだ・・オレ、科学室に行こうと思って・・」
ざーみるくと駁を探すこと、そして今の状況を知ることが岸利のすることだ。思い出してすぐにでも行きたかったが、愛がこちらを見ていたので止まったままだった。
「オレ、化学室に用事があるんだ。カギが掛かってるから窓から覗こうと思って」
「やめといた方がいいと思うよ。」
「え?」
愛は表情を変えずにもう一度やめておいたほうがいい、と言いなおす。何故?と尋ねるよりかは先に愛が口を開いた。
「化学室の状況、教えてあげる。その代わり、私も聞きたいことがあるわ。」
「聞きたい事?」
静かに愛は頷いて、はっきりと尋ねた。
「痛風はどこにいるか知ってる?」
「痛風・・?」
彼女らしくない言い方に少し驚きつつも、極力落ち着いて保つことにした。愛が何故痛風を探しているのか。そしてこの言い方といい何かがあることは間違いないと見た。
「いや・・オレも分からないんだ。」
「・・見てないの?全然?」
「最初は一緒にいたんだ。脱出しようって全員で話をしたりしてた。」
そこから2手に分かれたことを説明する。
「・・ぱいくーから連絡がきて、職員室に行ったら・・」
「殺されてたのね。」
イヤにあっさり、愛が答えたのでなんとなく変な感じを心の中にうごめかしつつ頷いた。
「化学室組に何があったのかまだはっきりしない・・けど、ぱいくーとみやこは・・死んだ」
血みどろのぱいくーと、痛々しい火傷のみやこが脳裏に浮かんだ。すぐに振りほどこうとちょっと首を振った。
愛がまたソレを眺めていたが、じゃあ、次は私が。そう言ったので岸利は愛を見直した。
「私は、出発してからも痛風を探していたの。」
痛風のことは呼び捨てだった。けど、そこは何も言わずに耳を傾ける。
「ずっと1階にいたの。そしたら痛風とか、ぱいくークンとかが降りてきた。だから私は隠れて様子を見ることにした。」
「痛風を探してたのに隠れてみてたのか?」
疑問が出たのでそこは尋ねた。愛は頷いた。
「何が起こるか分かったものじゃないでしょ?とりあえず隠れることとしてそこの教室に入ったの。」
そこの教室、として指差したのは今さっき岸利が窓から出るために入ってきた教室だ。
「で、会話を聞いてたんだけど、化学室のカギが掛かってるからマスターキーを取りに行くって。」
「マスターキー・・!だから職員室か。」
これで疑問が一つ、解除された。ぱいくーはとりあえずマスターキーを取りに行ったのだろう。きっと、2人ずつ分かれたはずだ。
誰と、一緒に?
「ぱいくークンと痛風がマスターキーを取りに行った。廊下に私も出るわけにも行かないから私は外に出たの。」
寒かったけど、職員室まで。続ける。
「職員室にナターシャちゃんがいた・・ナターシャちゃんは、痛風が管理人とグルだってことを聞いて・・痛風を殺そうとしてた。」
ナターシャのことをちゃん付けにしていたのは意外だったが、それよりもナターシャが痛風を殺そうとしたことにショックを受けた。それから
「聞いたって・・誰から?」
管理人とグルだなんて、そんな噂をどう流すものか。そもそもナターシャはそんなことを安易に信じるようにも見えないが。どうして仲のいい友達を?
「それは・・ひみつ。」
「は、はぐらかすなよ」
そこは結構大事な所ではないのか?そう尋ねたかったが、またもや愛のペースに流されてしまった。
「それより、“一番信用していた”ナターシャちゃんに刺されたりして色んなショックを受けたのかな・・ナターシャちゃんを殺したよ。ぱいくークンと」
愛の言ったことが耳から入ってそして脳で何度も再生された。ナターシャちゃんを、殺したよ?
「・・痛風が、か?」
「痛風が、よ。信じる信じないは任せるけど。とりあえず私はそれを確認した後、痛風が化学室に戻ってくると思って回ってきたんだけど、戻ってこなかった。」
ショックはかなり大きいままで、そしてソレで終わることを望んでいたがどうやら話はまだ終わらないらしい。
「もう一回教室に入って聞こえたのは、ざーみるくクンとみやこサンが健太クンと言い争ってる声。」
「健太・・?」
健太(ばか)に関しては修一から聞いていた。気をつけろって。
「じゃあ・・みやこを殺したのは健太か?」
愛が首を振る。
「みやこサンが大火傷した後に、化学室から駁クンが出てきたのよ」
「・・駁が!?」
思ったより複雑に入れ替わって人が飛び出ているようだ。
「何かで健太君を気絶させたんだと思う。そのあとみやこサンの症状についてざーみるくクンと駁クンが話した後、駁クンが刺し殺した。」
「まさか・・!!なんで、そう・・」
「みやこサンはこれ以上生きるのは厳しいって、言ってた。」
「じゃあ、そのために・・?」
それには愛は首をかしげた。
「分からないけど、でも駁クンは皆を殺す気マンマンだと思う。」
本人がそういってた。さらに付け加えたためショックはさらに増えた。まさか、と笑い飛ばしたかったけれどそんなことできるわけもなかったし、でも信じるにはつらすぎた。痛風と駁が人を殺したなんて。
「ざーみるくクンも気絶させられたのかな。こっそり覗いたら2人とも化学室に連れ込んでたよ。」
「じゃあ、駁とざーみるくと・・・・えっと誰だっけ・・・あの馬鹿の名前・・・」
「健太くん?」
「そうそう、その馬鹿は化学室か?」
「うん、でも、生きてる保障はないよ?どうやらエリコサンを殺したらしいし」
「エリコサンまで・・?どうなってんだよ、それ・・」
最初に死んだぺしぺしと、職員室前のぱいくーとナターシャ、そして化学室の前のみやこと中にはエリコの死体。脱出、を願ったはずなのにもう5人も死んでしまっている。
「私が知ってるのはココまでよ。今たまたま、あなたを見かけたから声をかけたけど・・私が今あなたを殺す気だったら、もう死んでたわ。」
ソレはそうだ。真後ろにいたのに気がつかなかったのだ。ソレと同時に、愛は殺す気はないと言うことが発覚したのはまだ少し心が楽になる。
「あ・・そういえば、教室に残ってた人って誰?」
教室に残っていたのは、自分を含めて4人。
「オレと、修一、ナナサンと、唐橋サンの4人だよ」
それを聞いて愛がココでようやく表情を変えて目を見開いた。
「唐橋サン?だったら痛風は教室に戻るに決まってるじゃない・・!」
「唐橋サン?」
唐橋ユミの名前を愛が再び出したので、それについてたずねようと聞き返した。しかし、愛は答えずに質問を投げかける。
「教室にいかないと・・!」
「教室なら、修一が向かってるはずだ・・」
「危険よ!痛風は間違いなく、皆を殺しに行くわ!!」
愛の珍しい怒鳴り声。そしてそのセリフに鳥肌が立った。皆を殺しに行く?そんなこと。
「ちょっと待てよ・・なんで、そう・・」
ヴーヴー、自分のポケットが振動した。携帯に設定されているバイブレーダー。それをほぼ無意識に取り出して画面を見た。
そして、思わず目が開くのが分かった。それほどにも、意外すぎる人物。
【着信中 刺身野郎】
画面にはそう、表示されていた。
【残り10人】
出典:後半戦勢威製作中
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