そんな日常
2010/12/19 23:51 登録: えっちな名無しさん
理由は分からないけど、僕と彼女は一時期、よくそば屋に通った。
そば屋って言ってもちゃんとしたところじゃなくて、立ち食いそばのチェーン店で、値段も安かったから
二人とも部活に入ってるわけじゃないのに、放課後よく食べに行っていた。
彼女は油が得意じゃなかったから、だいたいキツネそばとか普通のかけそばを食べて、
僕は毎回違うのを食べてたけどコロッケそばが特にお気に入りだった。
でも、僕がコロッケそばを頼むと、いつも彼女はなんか奇異の眼というか不安そうな顔でこっちを見てきたので
たまに僕も弁明として、コロッケそばがいかに立ち食いそば界の傑作かを説明することがあった。
「ほら、このコロッケがつゆで柔らかくなって崩れるでしょ?そうすると、崩れてモロモロになったやつが、たぬきそばのたぬきの役目をするんだよね」
そうやって丁寧に説明するんだけど、彼女は全然納得いかないみたいで
どうでもいいところに突っ込んできたりした。
「なに、モロモロって」
「そこは気にしないで」
「コロッケっていうか、揚げ物って衣のサクサクしたところを楽しむものでしょ?柔らかくなったら駄目だよ」
彼女の言い分も分からなくはないんだけど
やっぱりそばのつゆにコロッケはマッチするわけで。
実際に食べてもらえば早いんだろうけど
彼女がかたくなに拒むからそれも無理だった。
一度、半分冗談のつもりで、まだ崩れきっていないコロッケを彼女のどんぶりの中に投入したら
結構ほんきで落ち込んだみたいで、僕も謝りながら慌ててコロッケを救いだしたんだけど
油とか細かいかけらがどうしても残った。
彼女はつゆに浮いた油もどうにかしたいらしくて
どんぶりを傾けて、僕の方に移そうとしたから
「無理だよ」って止めたんだけど
なんか意地になってたみたいで、聞かなかった。
案の定、二つのどんぶり間からつゆがドバッとこぼれて
テーブルに広がっていった。
店をでた後も彼女はしばらく不機嫌なままだった。
彼女っていうのはもちろん恋人のことで
そのときはもう付き合い始めて4年目くらいだった。
よく恋人のことを紹介するのに、「かわいい」とか「美人」とか臆面もなく使う人がいるけど
僕の彼女の場合、恋人の僕から見ても、まぁ十人並みって感じで
全然知らない人が見たら、もしかしたら普通より下かもしれないくらいの子だった。
色白だったけど、透き通るような白っていうよりちょっと病人っぽい青白さで
目もあんまり大きくなかった。
背は小さかったし、肉付きもよくなくて、痩せっぽちで、胸も薄かった。
顔のわりに口が大きくて、唇の端にホクロがあった。
これだけ書くと、嫌々付き合ってたみたいに聞こえるかもしれないけど
僕は彼女のことがすごく好きだった。
笑うときに手で口元を隠すのも可愛いと思ったし
何より最初に喋ったときから、安心する感じがあった。
波長が合ってたんだと思う。
僕の方も、顔はいまいちで、運動神経も悪かったから、小さいころから全然モテなかった。
彼女とは中学校で出会って、二年目の春くらいに僕の方から告白して付き合い始めた。
中学生って幼稚だから二股とか浮気とかで、別れたりヨリを戻したりいろいろあるもんだけど
僕たちは二人とも社交的じゃなかったから、そういうすったもんだが全然なくて
喧嘩するほど情熱的でもなかったから、いたって平坦な交際が続いていた。
ただ一度だけ、彼女が同じ学年の男子から告白されたことがあった。
その男は、顔は並みだったけどバスケ部だった。
中学・高校だとバスケ部とかサッカー部はそれだけでステータスになってたから
たぶんそこそこモテてたんだと思う。
僕はその話を彼女の友人(顔はこっちの方がかわいい)から聞いた。
あとで「そうなの?」と彼女に尋ねると
彼女はなんでもなさそうに「うん」と答えただけだった。
さっきも言ったように、彼女は外見はあんまり良いとは言えなかったから
他の男が言い寄ってくる可能性なんて、僕は考えたこともなかった。
というか僕以外に彼女の魅力に気付くやつがいるってことに驚いた。
彼女の友人は世話焼きな性格で、僕にその男子と話をつけた方がいいんじゃないか、と忠告したけど
結局のところ、彼女の考え次第だし、もし彼女が僕よりその男の方がいいと思ったなら別れてもいいと思ったから
彼女にも、その男にも特に何も言わなかった。
その日も、彼女と普通に帰宅した。
家に帰ってから、そのことについてじっくり考えてみた。
彼女が他の男とセックスしてるところを想像したりしてみたのだが
いまいち嫉妬も独占欲もわいてこなかった。
だいたい僕らは淡泊なカップルで、セックスは数カ月に一度くらいしかしなかった。
性欲が人よりなかったわけではないだろうけど、
僕はそれで満足だったし、実はセックスよりオナニーの方が気持ちいい気がしていた。
それにセックスよりもキスよりも、彼女と一緒にいてとりとめもないことを喋っている方が楽しかった。
だから、彼女がもし他の男と付き合いたい、あなたとは別れたいと言ってきたら
さっぱりと別れてあげようと思ったけど
その代わり、別れた後も一緒にいてほしいって言うつもりだった。
他に男ができてもいいし、セックスしてもいいから、そいつより僕と一緒にいてほしいと思った。
そんな非現実的なことを、帰宅してから、つらつらと考えていると
だんだんなるようになるだろうと思えてきて、そのまま寝てしまった。
翌日、学校へ行って、彼女と話をしたけど
バスケ部の男子のことは全然でなくて
いつのまにか僕もすっかり忘れてしまった。
それから1年くらいたって、たしか元日だったか、僕の家で二人して雑煮を食べているときに
そのことをふと思い出して
「そういえば、いつか告白されたって言ってなかったっけ」と聞いてみると
彼女はしばらく怪訝そうな顔をしてから
「断ったけど。っていうかいつの話よ」と笑ったので
僕の知らないうちにケリがついていたんだと、なんとなくおもしろく思ったことを覚えている。
◆◆◆◆◆◆◆
彼女は中学生にしてはなかなかの読書家で、興味深い話を見つけては僕に語ってくれた。
その中にこんな話があった。
「男は夢の中で、チェコのプラハに行けば橋の下で財宝を見つけられるだろうというお告げを聞いたの」
男は初め、それを信じなかったが同じ夢を三度見たところで、旅に出立することを決心した。
プラハに到着し、橋を見つけるが、そこには昼夜問わず見張りがいた。
男が橋のあたりをうろうろしていると、警備隊の隊長が来て男を問い詰めた。
「それで、男は夢のお告げのことをありのままに語るんだけど」
隊長は男の話を信じず大笑いしながら、実は自分もある夢を見たと言う。
隊長の夢は、『クラクフのエイシクという者の家の暖炉のうしろに財宝があるからそれを探せ』というものであった。
隊長にはもちろんそんな夢に従うつもりはなかったが、男は驚いた。
「その男の名前がエイシクだったのよ」
エイシクは急いでクラクフの自宅に引き返し、暖炉のうしろを探し、財宝を手に入れることが出来たという。
そんな話だった。
「ねぇ、どういうことだと思う?」
物語が終わった後、彼女は僕に尋ねた。
僕は教科書くらいしか読まない人間だったからすこし困った。
しばらく悩んでから
「つまり、大切なものはいつも身近にあるってことじゃないかな。男も隊長ももっと自分のまわりに注意すればよかったんだ」
会心の回答をしたと満足していると
「私は違うと思う」と彼女は言った。
聞いてみると
「つまりさ、一度自分の領域みたいなところから離れてみないと、身近に存在する本当に価値のあるものは見つけられないっていうことだと思うの」
なるほどと思った。
「きっと、人生ってそういうものなんじゃないかな」
見かけは子供っぽいのに、たまに意外な発言をするところも
僕は好きだった。
出典:オリジナル
リンク:オリジナル

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