俺は市内の病院に通っている

2011/06/12 03:26 登録: <;l|l;` Д´>#nidanida

現在、俺は週2〜3回のペースで市内の病院に通っている。
国立災害医療センター。
できてから14〜5年程度だが、最新の医療が受けられる巨大な病院である。
が、俺は病気にかかっているわけではない。
怪我をしているわけでもない。誰かの見舞いに行っているわけでもない。

じゃあ、なぜそんな所へ通っているのかというと、
つまり、そのきっかけとなったのが妹の出産だった。
今年の春、二年前に他家に嫁いだ妹が出産のために我が家に帰ってきた。
そして五月の末、同病院に入院し、
その四日後に女の赤ちゃん(しょっぱなから顔が宇津井健にソックリ)を産んだ。

で、翌日から俺と親父が一日交代で様子を見に行く事になり、
そして、俺は思うとの産後三日目に「ある瞬間」を迎えたのである。

その日の昼過ぎ。妹の病室を訪ねたところ、
妹は何かの検査をしているらしく、ベッドにはいなかった。
よって、俺は病院の最上階にある喫茶店でクリームソーダでも飲んで時間を潰すことにした。

喫茶店のテーブルに着くと、
隣の席では貧乏臭い一家が今まさにランチを食べようとしているところだった。

(こんなところで一家四人揃って昼メシ食ってんじゃねーよ。全く情けねえ奴らだ・・・)
そう思いながら、オーダーを取りにきた女店員に「クリームソーダ」と告げた次の瞬間、
隣の一家の母親が口を開いた。
「ほらっ、お父さん! 料理が来てんだから早く食べなさいよっ」
再び隣の席に視線をスライドさせ、注意を受けている父親を改めて眺める俺。
見るからにダメな男だった・・・。
歳は四十の後半くらい。白髪交じりの頭髪はボサボサで、
己の真ん前でカレーピラフがホクホクと湯気を立てているのにもかかわらず、
ダラ〜ンとしながらスポーツ新聞を広げているのである。

「アナタ、聞こえてるの!? いつまでも新聞なんか読んでないで早く食べなさいよっ」
再び妻にいさめられ、ようやく新聞をたたみ始める父親。

自分の人生や家族、そして、目の前の料理にすら何の期待も抱いていない男。
落ちくぼんだ両目は、その表面にクモの巣が張られているみたいだった。
(じゃあ、子供とか作ってんじゃねーよ。そんなに生きるのがダルいんならよぉ・・・)
「うんっ、ウマイ!」
(はぁ・・・?)
ビックリした。目の前のカレーピラフを一口食べた瞬間、
その男の両目には生気が灯り、背筋までピーンと伸びている始末だった。
その後、蘇生した父親は、まるで包丁人味平が作ったカレーでも食べているかのように
破竹の勢いで右手を動かし、
アッという間に空になった皿にスプーンが放られた「カラリ〜ン!」という音が響いた。


とたんに俺の中で何かがけたたましく鳴り始めた。
そして気がつくとカレーピラフを追加注文していた。
(うんっ、ウマい!)
もう少しで俺も声に出してしまうところだった。
そして、反射的に隣のテーブルの例の父親のほうに目をやると
奴も俺のことを見ており、
あろうことか、アゴを数センチ引いて頷いてみせたのである・・・。

が、よく考えてみると無理もないことだった。
俺の住んでいる東京郊外の多摩地区には、
ウマイものを食わせる店が都内に比べて極端に少ない。
要するに、この地区にすんでいるものの大半は美味しいモノを追求しようとする余裕がないのである。
よって、食に対する貪欲さがなく、いい食堂やレストランが育たないのだ。
なのにである。病院の中にある、こんな何の飾り気もない喫茶店のカレーピラフが・・・。

俺は翌日から何かに憑かれたように、この喫茶店に通うようになった。
そしてカレーピラフとナポリタンが特に素敵なことが判明した頃には
妹の見舞いなど完璧にどうでもよくなり、
日によっては妹の妹の病室に顔を出すのを忘れることもあった。

ところが、その妹が退院してしまうと、とたんに困った問題が浮上してきた。
院内にある、その喫茶店に行く理由がなくなってしまったからである・・・。

そしてさらに悪いことに、同店のカレーピラフやナポリタン抜きの日々を重ねているうちに、
何というか、こう・・・つまらないことで妙にイライラするようになり、
仕事が極端に進まなくなってしまったのである。

ということで、俺は6月に入った現在でも同喫茶店に通い続けているのだ。
が、冷静に考えてみると皮肉な話である。
同喫茶店が入っている国立災害医療センターは、
言ってみれば我が家のかかりつけの総合病院である。

つまり、俺はこの先、病気になったら
否が応でもココに来なくてはならないし、
それどころか多分、ココのベッドで死を迎えるはずである。

そんなところにカレーピラフやナポリタンを食べるためだけに、
好き好んでセッセと通っているのだ。
ま、これだけでも情けない話だが、
つい二日前にさらに情けない思いを味わうハメになった。


その日、俺が同店に入っていくと、そこで働いている女店員たちの「来たっ」という声が耳に入ってきた。
そして、テーブルに着こうとしたら、
彼女たちのコソコソ話の中に「ピラフ天パ」という単語が入っていたのである・・・。

にもかかわらず、俺は怒れなかったのである。
なぜなら、怒ったら最後、もうその店のカレーピラフやナポリタンが食べられなくなるからである。
なんか、世界でも五番目ぐらいに弱い生き物になってんな、今の俺って(笑)



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