−滅−

2011/10/14 23:35 登録: 痛(。・_・。)風



五人。
     白い部屋。
無骨なナイフ。


                 流れる血。



------------------------------

[点滅。]

目が覚めた。
 死体があった。
「……は?」
 ええと……これは死体?
 死体、だ。死体だ。人が死んだ体だ。
 胴体を真っ二つにされて、死んでいる……?
 いや待て、いやいや待て。疑問形はおかしい。
 胴体を真っ二つにされて、死んでいる。
 胴体を真っ二つにされて死んでいる!
 胴体が! 真っ二つに!
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 死体、死体だ!
 死んでる! 人が! 死んでる!
 胴体を真っ二つにされて! 人が死んでる!
 何で? 何で!?
「黙れよ、あんた」
 黙れ? 黙れって?
「黙れって何だよ!」
 何語だよ黙れって!
 黙れ黙れ黙れ……
 黙れ?
 あれ? 人がいる。しかも生きてる人!
「君たち、だあれ?」
 死体の向こう側に四人。
 男一人、女三人。
 男は金髪を短めのツーブロックにしている。
 女は茶髪のロン毛パーマ。黒髪のおかっぱ、黒髪の長いストレート。
「な、に、これ?」
 よく見たら、壁がある。よく見たら囲まれている。ということは屋内だ。
 いや、そうとは限らない。
 は? 限るよ! そんなわけないだろ! 壁に囲まれてたら屋内だろ!
 こんな白いタイル張りの壁に四方八方囲まれて、屋内じゃないわけない。
「ここどこ!」
「誰も知らねえってよ。おはようさん。こんにちはかもしれんが」
 男の人が答えた。よく見たらイケメンさんだ。
「あんたが起きる前……一時間くらい前か? それくらいに俺が目え覚ましたら、そこのおかっぱ女は腰抜かしてて、目の前に死体があった。それから順に、さらさらヘアーが起きて、茶髪が起きて、最後はあんただ」
 状況説明だった。
 けれど、
「一番重要なこと説明されてないよ! ここどこ! なんで上半身しか無い死体があるの!」
「一番なのに二つあんのかよ。かかか」
 笑ってる!
 このお兄さん、こんな状況で笑ってる!
「言わないってことは誰も知らねーってことでしょ」
 茶髪の女性が、溜め息混じりに答えた。
「それくらい察しなよ、おにーさん」
「…………」
 黒髪さんたちは、おかっぱの子がロングの子に守られるように固まっている。
「……一体、なんなんだよ、ここ」
「さあな」
 男の人が言った途端、天井からスクリーンが降りてきた。機械の駆動音を立てて、映画館サイズの画面が現れる。
 うわ、いま気づいたけど、この部屋広いな。
 画面は壁際に張り付くように降りて、地面すれすれで制止した。でもスクリーンにはなかなか何も映らない。ぼん、とマイクが入る音が天井から鳴り、

『一週間、生き延びてください。では』

「ええ!? ちょちょっと待て! アイポッドの説明書レベルの適当さだよ! もっと何か教えろよ!」
 僕の正当過ぎる突っ込みに、お兄さんはゲラゲラ笑って、茶髪の子は腹を抱えて背中を震わしている。黒髪二人は無反応。

『ここで法律は効力を発揮しません。では』

「もうちょっとお願いしますよ!」
 何でそんなに投げやりなんだよ!

『食料は明日から二日分が支給されます。後に小部屋を用意致します。小部屋は六時間しか機能しません。後にナイフが支給されます。五人全員が生き延びれば賞金無し。一人死亡で二千円。二人死亡で五十万円。三人死亡で七億円が配給されます。では』

 結局何も映らなかったスクリーンは、突っ込む暇を与えない速度で天井に収まった。
「賞金……」
 七億円って、幾らだっけ。


*


 状況は少し進んだ。まずは死体から離れて、円になって自己紹介。
 最初は金髪の男の人だ。
「元永太一。趣味は映画。撮るのも観るのも。けど一応、夢としては演じる方。役者志望。ついでに言うと、二十二歳。こんなもんで、どうでしょ」
 もとなが、たいち。映画作るのか……凄いな。どうやるんだ?
 次は僕だ。
「安井一希。趣味は……んー……、あ、会社の仲間とフットサルします。サラリーマン。二十四歳」
 やすい、かずき。太一くんと比べると、安い設定だ。なんちゃって。
 次は茶髪の女の子。
「安藤絵里香。趣味? 特に無し。つか、何で趣味とか言う流れになってんのって。あ、仕事はストリッパーやってる。二十二歳でーっす」
 あんどう、えりかさん。ストリッパー! なんだかさん付けしたくなる。
 今度は黒髪のロン毛の方が咳払いをして注目を集める。
「大沢有紗。弓道をやっている大学生です。二十歳」
 おおさわ、ありさ。毅然とした態度だ。委員長肌?
 最後におかっぱの子がおずおずと手を挙げる。
「浅井詩織……。十九歳の、浪人生です……」
 あさい、しおり。声が小さい浪人生。……ノーコメント。
「そんで、どうすんだよ」ええと……太一くん。太一くんが言う。「全員生きて笑顔で和気あいあいと一週間生き残るのか。それともドンパチやって億万長者を目指すのか」
「私としてはお金欲しいところだね。ストリッパー辞めたい」
 あはは、と笑う絵里香さん。……またしてもノーコメント。
 黒髪の二人は、相変わらず無言の意思表示。
「安井さんよ」
「あ、え、はい?」
 ニヒルな笑みで僕を見る太一くん。
「聞いたか? ここじゃあ法律が通用しないらしいぜ」
「はあ」
「ストリッパーは金払えば良いとして、そこのピチピチの美人ちゃんたち、犯し放題だ」
 あ、そうか。
「いやいや、じゃなくて……あのね、太一くん。人間には成文法とは別に自然法ってのがあってね、まあ言わば『良心』のことだよ。『人殺しはダメ』とか、『レイプはダメ』とか、そういうのあるじゃない。法律に従わなくても、自然法には従わなきゃならない。それを破った人間は、人間失格だ」
「葉蔵って殺人もレイプもやってたっけか?」
「太宰治のことは良いんだよ。とにかく、やっちゃいけないよ」
「はいはい、わかりましたー。かかか。しかしまあ、映画のセリフみたくて、今のは良いな」
 とりあえずガタガタ震える黒髪コンビ(特におかっぱの子)を安心させることに成功。惚れてくれないかな。僕は独身だよー。これ終わっても、結婚相手いない。
『これ終わったら、婚活するんだ』
 ……先の見えない死亡フラグだった。
 僕が死んでも、あんまり感動しないな。
「やんちゃ坊主にゃ、注意しないとね」くくく、と笑う絵里香さん。「あんたが一番、人を殺しそうだよ」
「ストリッパーも大概じゃねえか。借金とかあるんじゃねえの?」
「あるよ、ある。たあっくさんあるよ」
 そんな殺伐とした会話の中、おかっぱの子……詩織ちゃんが手を挙げた。
「ああああの……賞金額が最大になるのって……三人を、その……あの……こ、殺すって……こと、です、よね……」
 うん、確か。
「最大賞金額になっても……二人は、生き残るって……こと、です、よね……?」
「まあ、そうなるね」と絵里香さん。そして気づいたように、露骨に苦い顔をする。「げえ、仲間がいないの私だけじゃん。役者坊主とサラリーマンは、二人タッグでレイプ魔になるとして、」おいおいちょっと待て。「黒髪コンビはレズライクにぴったりちゃんでしょ? あーあ、私、一番最初に死ぬじゃん。なあ、役者坊主。私の舌技、最高よ?」
「へえ、上手かったらお前とコンビ組んでやるよ」
「捨てられた!」
 速攻で切られたよ僕!
 舌技に負けた!
 まあクレオパトラも達人だったみたいだし、抗えないのか……悲しい生き物だ。
「ちょっと!」弓使い(?)の有紗ちゃんが栗を割ったように声を出す。「何で殺しが起きる前提で話してるのよ! 食料を奪うにしても、おかしいじゃない! 二日分は出るのよ! 五日くらい、どうにかなるわ!」
 ん、ちょっと待て。
 詩織ちゃんは俯いてるとして、僕、太一くん、絵里香さんはみんな同じ顔をしたと思う。そしてやっぱり、絵里香さんが僕が思ったことを口にした。

「食料を、奪う?」

 そう。少なくとも僕と、そしてそれを口にした絵里香さんは、そんなことまで考えてない。太一くんはわからないけれど、正直、食料なんて、眼中に無かった。
「随分と頭が回るようだな、大学生」
 太一くんがニヤニヤしながら言った。
「お前、この部屋のこと、なんか知ってんのか?」
 有紗ちゃんの顔が驚愕の色に染まる。
「な、なに言ってんのよ! 知ってるはずないじゃない!」
「へえ」
 太一くんはそう言って、引き続きニヤニヤ。絵里香さんもニヤニヤ。僕は……まあ、口を開けて呆けている。
 ……有紗ちゃん。これは君が仕組んだことだったりする?
 みんな(詩織ちゃん除き)が、そういう目で有紗ちゃんを見る。でも、もしそうならここにいる理由がわからない。仕掛け人は高見の見物を決め込めば良い。なにも自ら戦場(?)に来る必要は、全く無いだろう。
 しばらく気まずい無言が続いて幾ばく。ういーん、とモーターの回転音がした。天井から壁が降りてくる。透明の、プラスチックのような壁。ガラスよりは頑丈そうだ。
 その壁は、中心に一つ、そして四隅に一つづつ、部屋を作るように設置された。
「これが部屋かい」絵里香さんが何の気なしに言う。「AVの撮影セットみたいだね」
 スケスケの部屋。プライベートも何もあったもんじゃない。
 壁が作られる駆動音が止むと、今度はできたての小部屋の地面が割れて、その代わりに、ベッド、ぽっとん便所、足元を照らすような照明、そして無骨なナイフが置かれた丸い机。それが設置された地面がせり上がってきた。
「すげー……映画のセットみたい……」
 マイケルジャクソンがステージの下から登場したシーンを思い出す。サンボマスターの『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』のプロモーションビデオに出てくるセットを思い出す。
 真っ白な壁と相まって、なんだか近未来的な印象を受けた。
「こ、これが部屋?」
 有紗ちゃんがびっくりしている。そりゃそうだ。壁が透明で、しかもぽっとん便所。僕は別に、耐えられないこともない羞恥だけれど、女の子はそうもいかない。……一番喜んでるのは無論、太一くんだった。
 ふと、スクリーンが、さっきと違ってくす玉を割って降りてくるようなスピードでセッティングされた。

『ただいまより六時間、各自一部屋が使用可能になります』

 それだけ言うと、しゅっ、と一瞬で上がって消えた。さっきから思うけれど、スクリーンに何も映さないのに降ろす必要あるのか?
「部屋ぁ決めようぜ」
 太一くんが言う。まあ、真ん中の部屋は、僕ら男のどちらかが使うことになるだろう。
「俺、あっち」と、角部屋にてくてくと歩いていく太一くん。
 えー……てことは僕が真ん中かよ。まあ、かわいい女の子たちに無理させるわけにはいかない。あと、ちょっと格好つけたい。
「じゃあ、僕が真ん中で……」

 結果的な配置としては、太一くんを北と仮定すると、南に詩織ちゃん、東に有紗ちゃん、西に絵里香さん、真ん中に僕。
 どこにあるのかわからない(壁が光ってる?)照明は、部屋割りの途中で消えた。真っ暗になったところ、既に部屋に入っていた太一くんが照明をつけた。仄かな橙色の光が、全体の足元を淡く照らした。続いて僕が点けた。中心だけあって、光はみんなを包むようだった。
 下半身が無くなった死体を無視して、というか意図的に意識外に追いやって(同じことか)、それぞれが床につく。いまやっと気づいたけれど、その死体は男性のものだった。鋭い刃物、それこそ日本刀の切れ味を持つ刃物で、へそのあたりから分断された死体。血は乾いていた。
 明日になったら夢が覚めていますように。
 たぶん全員がそう思っているんだろう。だから僕は、せめてみんながストレスを溜めないように、一刻も早く熟睡できるように、ぱちんと電気を消す。太一くんも僕に続いた。
 ふぅ、最初からあった死体は数えないとして……

 一日目、死亡者ゼロ。


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[消滅。]

 モーターの駆動音に気がついて、僕は目を覚ました。『部屋は六時間しか機能しない』というのは、こういうことらしい。つまり壁がまた天井に吸い込まれていっているのだ。
 下半身が迷子になった死体が、消えていた。眠ってる間に、誰かが掃除したのだろうか。ということは、誰かが入ってきたのだろうか。
 部屋を見渡してみると、ストリッパーの絵里香さんはまだ寝ていて、太一くん、有紗ちゃん、詩織ちゃんは談笑していた。
 昨夜、レイプだとか言ってた男と、よくもまあ笑いながら話ができるなと思ったが、太一くんがイケメンだということを失念していた。世の中は不平等だ。
「おはようございます」
 てくてくと歩いて、挨拶してみた。「おはようございます」と有紗ちゃんが頭を下げて、詩織ちゃんが小さい声で続く。太一くんは、よお、と言って手を上げた。
 みんなと同じく、地べたに座る。絵里香さんはぐだぐだだ。壁が無くなったというのに、ベッドでぐーすか寝ている。
「おい、えーっと……安井さんよ」
 ん、と太一くんに返事する。
「セックス・トラフィックっつう映画知ってるかよ」
「いやあ、僕は映画館でしか観ないし、しかもハリウッドのアクション映画しか観ないから、あんまり詳しくないんだよ。それで、何かあるの?」
「人身売買の話なんだよ。えげつねーの。あのストリッパーもそのクチかね」
「借金あるって言ってたじゃない。たぶんそういう……」
 へえ、と唇をつり上げて、絵里香さんを見る太一くん。そしておもむろに、
「大学生。あんたは順風満帆な人生なわけ?」と、有紗ちゃんに話を振る。
 ……昨日、思考の飛躍が原因で、元凶かと疑われた彼女。大沢、有紗。
 まあ普通に言って、一番怪しいのは、余裕ぶっこいてる太一くんだけれど。それでもやっぱり、仕掛け人が現場に来るとは思えない。
 爆弾を開発した人が、戦争で爆弾の投げ合いに行くことは有り得ない。状況を作った人が、状況の中に入り込む必要は、全く無い。
 ということはやはり、第三者説が浮上する。
 つまり――

 犯人は、この中にいない。

 めちゃくちゃな推理小説みたいになった……
 まあ探せば結構あるかもしれない。前に読んだ本で、キャラクター達がミステリ映画を観て犯人を言い当てる、というものがあった。その映画もなかなか破天荒なオチだったから、犯人がいない推理小説も、あながちあったりするかもしれない。
 とりあえず今は、生き残ることを考え――――
 ……生き残ること?

 なんで僕は、殺しが起こること前提に、考えているんだ?

 ……狂ってきている。初めての朝だっていうのに、既におかしい。なんだ、これは。
 七日間。たった七日間だ。人殺しなんて、起きるはずがない。今まで『七日間』を何回生きてきた? 何百回、あるいは何千回の『七日間』を生きて、僕は今サラリーマンをやっているんだ。その『七日間』のうちで、一度だって人殺しなんて見たことないだろう?
 なんで僕は今、確信的に『生き残ろう』と思ったんだ?
 それは、殺しから逃げるという意思の現れで……そうならば、人殺しが起きると思っている裏付けであって……

 どうしよう。頭が、おかしく、なった!

 くそ、わかった、わかってる。自然法? 太一くんに説教した手前、口が裂けても言えないけれど、正直言って、そんなの役立たずだ。
 自然法が成立するなら、「汝、姦淫するべからず」とか神様が定める必要は無い。自然法なんて、意味が無いものだからこそ、成文法――法律が必要なんだ。
 ……参ったなあ。理性って、こんな簡単に瓦解するものなんだ。単位が意味不明な域に達している賞金額と、法律が適用されないというこの空間。たったそれだけで、頭がおかしくなってしまう。
 というか、なんなんだこの『法律が適用されない』って。
「ねえ、法律が適用されないって、どういうこと?」
「安井さん。あんた、日本じゃ殺人事件は根こそぎニュースになると思ってるだろ」
「え、違うのかい?」
「完全犯罪なんざ、意外と結構あるもんだし、御上に都合の悪い事件はもみ消される。検挙率はわかんねーけど、アンパイな線取っても、九割前半くらいじゃねえか? 百パーセントじゃあねえんだよ」
 ええ。あとは隠されてるってことか。
「じゃあ、『法律が適用されない』ってのは、隠蔽されるってこと?」
「少なくとも俺はそうだと確信してる。人死にが出た時点で賞金が出る。これが口止め料と取れないこともない。ま、一人だけ死んだ場合の二千円は意味わかんねーけど」
「分けたら五百円だからね……。もしかしたらラーメンも食べられない」
 いや、その意味もわかる。怖いくらいにわかる。
 一人を殺す度に、シャレにならない倍率で跳ね上がる賞金。このルールは――道徳をぶち壊すためにある。『一人死んじゃった。じゃあ最高額とか目指しちゃおう』と。
 恐ろしい。やば過ぎる。
「一体、何のために……」
 言ったのは、詩織ちゃんだった。昨日より緊張がほぐれているのか、有紗ちゃんに抱かれるのではなく、一人で座っている。
 詩織ちゃん……昨日の自己紹介で、情報の掲示を最も小さくした詩織ちゃん。そういう意味では、怪しい。
 この中に元凶がいるとして、今のところその疑いが無いのは、僕の中では僕と、絵里香さんだけだ。
 僕はもちろん違うわけで、絵里香さんは今になってもぐーすか寝ている。昨日、部屋にナイフが支給されていたというのに、絵里香さんは犬がする降参のポーズで爆睡中だ。演技だとしても、例えば僕や太一くんなら、こんな体勢からなら力づくでどうにかすることはできる。こんな危険を、元凶は間違っても犯さない。
 とすると、怪しいのは、普通に考えて太一くん、思考の飛躍が墓穴だと思われた有紗ちゃん、情報を漏らさない詩織ちゃん。
 ――無論、この中に元凶がいるのなら、の話だ。
 これは推理小説なんかじゃない。犯人を登場させなければならないというセオリーは、全くもって通用しないのだ。
 現実世界じゃあ、黒幕はいつも蚊帳の外。想像もつかない高みから、自らの策略が成就していくのを、にやにや笑いながら傍観している。
 だったらやっぱり、元凶を探すのは辞めて、殺人の抑制に努めた方が良い。
 と、そのとき、またしてもモーターが回る音がした。
 音は五つ。つまり各部屋に一つずつ。四人が、一番近い部屋――つまり僕の部屋を見ると、床からご飯を載せた小さい丸いテーブルがせり上がってきた。
 めちゃくちゃ豪華だった。こんなに大きいステーキは見たことがない。しかしこのご飯、かなり意地悪だ。大ボリュームの、しかも肉……つまり、排便を促すような食事とさえ言える。例によって僕と、たぶん太一くんも平気だが、女性陣は顔面をひきつらせている。加えて牛肉。『お腹空いたときに食べられるように残しておこう』と言えるものではない。冷めれば冷めるほど、石みたいに固くなる。……食べられないほどではないだろうけれど。食べたいとは思わない。
 しかしそういうわけにもいかない。起き抜けにステーキで、どうなるかわからないが、一日一食という可能性だってあるのだ。二日分の食事が配給されるとは言っても、なにも常時で考える二日分かはわからない。一日一食でも、充分に事足りるのだから。
「うまそー」と言って、太一くんは立ち上がり、自分の食事の元へ行く。
 僕もとりあえずは立ち、ステーキの前に座る。
 有紗ちゃんと詩織ちゃんも、おずおずと各々の食事の前に座った。
 ……絵里香さんはステーキの匂いで起きた。

 僕と太一くんは食事を終え、さっきの場所に集合した。それに合わせて有紗ちゃんと詩織ちゃんも来る。
 僕が、食べたかどうか聞くと、二人とも半分だけ食べたと答えた。
 絵里香さんも少し遅れてやってきた。全員集合。
 何か言うべきかと思っていると、太一くんが先陣を切った。
「女性陣、トイレどうすんの?」
 おい。君は……
「普通にやるんじゃないの」
 おい。絵里香さん。潔い。めちゃくちゃ潔い。
 若者二人は俯いて無言。まあ、そりゃそうだ。
 なんか僕の中で絵里香さんの印象が凄まじいものになっている。ストリッパーということは、最早全く関係ない。ストリッパーが恥知らずとは限らない。いや、世の中には排便ショウとかもあるらしいけれど、そういうことやってるのか?
 とりあえず、女性陣がトイレするときには、僕が太一くんの視界を遮ることにしよう。覗き見、ダメ、絶対。

 そして数時間お喋りしていると、やっぱり絵里香さんが「うんこする」と言ったので、僕が太一くんの目を正面から両手で抑える。文句垂れながらも、引き剥がすようなこともせず従ってくれた。根は良い子。その後、トイレは有紗ちゃんと詩織ちゃんも一回ずつやったけれど、絵里香さんと同じく僕が守った。
 それで再び、他愛もない話をとりとめなくやる。
 本当に他愛も無い話だった。絵里香さんはベッドでゴロゴロしていたから話せなかったけれど、かわいい子たちと話せたのは、こんな状況であっても嬉しいことに変わりは無かった。
 すると昨日のように壁が降りてきて、部屋が作られる。今度は料理が同時に上がってきた。寿司。なんでこんなに豪華なの? 死刑囚に与えられる最後の食事はかなり豪勢だと聞くけれど、これもそういう類か? 随分と正々堂々な死亡フラグだな。
 まあこんな感じで、仲睦まじい感じで、どうにかこうにか一日を終えることができた。
 食事はどうやら一日二食らしい。
 どうか明日も何も起きませんように……

 二日目、死亡者ゼロ。

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[死滅。]

 ことは起きた。
 体温の無いその体躯は、彼女の仕事柄なのか、血でぬらぬらと光りながらも、妖艶なオーラを纏っている。
 そう――起きたら、まず、絵里香さんが血塗れになっているのが見えたのだ。
「うわあ……マジすか……」
 死んでる。
 白目ひん剥いて舌だらり。血が濡らしている部分からして、心臓あたりか、それとも胸骨の間。結局のところ一撃必殺の急所に怪我をしてるんだろう。
 うまく刺せば返り血を浴びることはない。例えば背後に回って、脇から腕を通して、一気にぶすり。
 慌てるな、錯乱するな。
 状況確認。
 絵里香さんの横で詩織ちゃんがへたり込んでいて、有紗ちゃんに抱かれている。顔は見えないけれど泣いてるはずだ。太一くんは呆然と立ち尽くしている。絵里香さんを見下すようにして、呆然と。
 ベッドで横たわる血塗れの死体を前に、音も無く佇む三人。それはまるで、映画のワンシーンだった。どう見ても、これは現実感が無い。
 映画を作るのが趣味の太一くんが喜びそうだ。けれど、実際は――
 ――愕然と、死体を見ている。
 目を見開いて、呆然自失。
 それはそうだ。目の前で、人が、死んでいた――のではない。殺されていたのだ。
 殺人やらが画面の向こうの世界だと、一番そう感じていたのは、たぶん、太一くんだ。
「……血を浴びてる人は、いないか」
 一番寝坊した僕が仕切るべきなのかはわからないが、とにかく収拾をつけなければならない。
 犯人を見つけるわけではない。いや、見つけることなど、不可能だ。
 僕が名探偵じゃないのは明白だけれど、そういう問題じゃない。
 そういう次元の問題では、ないのだ。
 なぜならば――明白。

 ここにいる全員が、アリバイを持っていないのだから。

 それどころではない。凶器ですら全員が持っている。壁は透明であるが、部屋の外の音は、ほとんど聞こえない。
 全員が全員、殺害可能な条件下にあって、果たして名探偵なんざ機能するのか?
 推理の余地なんてあるのか?
 そもそもこの空間に、犯人探しが意味を為すのか。それすらも、それすらも……
「……俺じゃねえ」
 太一くんは呟いて、
「俺は殺してない!」
 叫んだ。
「この場所での俺のポジションなんか、言われなくてもわかってんだよ! 『ヤバいガキ』だろ!? でも、でもな! 俺はやってねえ!」
 太一くん。
 君は…………役者志望だ。
 嘘を吐くのが一番上手なのは、君なんだよ。
 詩織ちゃん。
 君は一番、謎が多い。
 無口なのは墓穴を掘らないためかい?
 有紗ちゃん。
 君は初日の件がある。
 容疑者のトップランカーだ。
「ああ」
 思わず呟いてしまった。
 始まった。今、やっと始まった。

 間違いなく、僕らは殺し合う。


*


 仕切ろうとして落ち着き払ったのは、どうやら大失敗だったらしい。
 僕も容疑者リストに入ってしまったようだ。
 けれどそれは僕からしても「全員容疑者」でもあるから、大して痛手ではなかったり。
 年長者でもある僕は、それでもみんなをまとめてみることにした。
「はい、絵里香さんを殺した人、挙手」
「馬鹿か」
 鋭い突っ込みは太一くん。まあそうだよねえ。
 というか僕は、犯人を見つけて何をするつもりなんだ。
「とりあえず、今後の方針を決めようじゃないか。どうする? 絵里香さん死んじゃって、賞金が発生したわけだけど」
 たった二千円だけれど。それはスタートを切る手数料みたいなもので、この二千円があるのと無いのとでは、状況は酷く、非道く変わってくる。
 ――どうせ貰えるなら。
 ――もっと欲しいよね。
 人間誰しも、そう思う。
 裏技を知ってしまったゲームで裏技を封印するのは難しい。
 よりおいしい料理を作ろうと『思って』、『実行に移す』のは簡単だけれど、よりまずい料理を作ろうと『思う』のは、難しい。
 当たると分かっている宝くじを捨てるのは――とても、難しい。
 もう無理なんだ。
 必ず殺し合いは起こる。
 ……例えば小説。特に一人称小説。
 それは、物語という体を為している以上、このことについて触れるのはタブーかもしれない。けれど、一人称小説。
 それは人物の人生を描いているようなものだと思う。しかし小説というのは、突拍子も無いことを、極度に嫌う。突拍子も無いこと。
 死亡する雰囲気を出さずに、主役級の脇役がいきなり心筋梗塞なんかで死んじゃったら、読む人としては納得がいかなかったりする。
 つまり、伏線無しで事象が発生する、ということ。
 それはとても、あらゆる点において、人生と矛盾している。
 人生なんて、矛盾だらけで、突発的なことだらけ。とてもじゃないが小説とは言えない。
 けれどこれは人生だ。紛れもないノンフィクション。
 伏線無しでいきなり殺人行為が行われたように――本当に、何がいきなり起きてもおかしくない。
 人生はいつだっていきなりだ。
 いまここで僕が突発的に逆上してナイフを取り、皆殺しにしたって、おかしいことは一つも起きていない。
 だからそれは――僕以外の全員に言えるわけで……
 誰もがナイフを取り出す可能性がある。
 誰もが誰かを殺す可能性がある。
 じゃあまずナイフを回収するのが懸命な判断と言える……が、回収したナイフは誰が持っておくんだ?
 そう。これがミソだ。武器を取り上げることが、できない。加えてこの疑心暗鬼。そしてこの空間の異質性。
 もう殺し合いを止める方法は、神様にお祈りする以外、残されていないのだ。


*


 地面からせり上がってきたテーブル。それに乗った海鮮料理を食べる人はいなかった。テーブルにあったポットには、水が満タンに入れ替えられていた。
 みんなが一丸となって、沈痛な顔で黙り込んでいる。
 人が、死んでいるから……
「ナイフを部屋の隅に置いておくってのは……」
 ダメ元で提案してみるけれど、
「手放してたまるかよ。どうやって自衛すりゃ良いんだ」
 と。太一くんに一蹴された。ぐぅ……なんかそれは日本の現状みたいだ……
 最後のご飯であるかもしれない海鮮料理に手もつけず、状況はこれっぽっちも進展しない。

 しかし人間というのはやはり、いつまでも集中できるというわけではないようで、死体ができたという緊張も、だんだんと解けてくる。
 こうなってくると、悪夢のような現実の中で幸せな夢を見るかのように、『これからどうするか』といった類の話をする者はいなくなった。
 誰にも食べられなかった海鮮料理がテーブルと共に沈み、そのテーブルが代わりにフランス料理のフルコースを載せて現れた頃にまで、遂にその話題に触れることはない。
 しかし意外にも、一番焦燥を感じていたのは大学生の有紗ちゃんのようだった。
「あの――」と、僅かに震えた声で言う。「絵里香さん、死んでるんですよ」
 感じていたのはあくまで焦り。赤の他人の死に涙する余裕は無いらしい。
「これから、どうするんですか」
「あんたはどうしたいんだ?」太一くんは薄ら笑いを浮かべながら、挑発する。「何か案があるんだろ、大学生」
「ナイフを……私に……いや、詩織に渡すというのはどうですか」
 詩織ちゃんにナイフを渡す。それは確かに妙案じゃなかろうか。刃物を持っただけで卒倒しそうな、萎縮しきった浪人生。
 その詩織ちゃんは、冗談ではなくのけぞるほど驚愕して、崩れた顔で有紗ちゃんを見る。
「私じゃなくて詩織ならどうですか」
「ねえ、有紗ちゃん。詩織ちゃんとは、知り合いなの?」
「いえ、あの……」有紗ちゃんではなく詩織ちゃんが答える。「知り合いになったのは……ここで、です……」
 ……なんか怯えられてないか、僕。
 まあその言を信じるなら、グルという線は薄いんじゃないだろうか。
 それに……
「浪人生なら、素手でも勝てそうだからな」
 太一くんが僕の代わりに答えてくれた。
 絵里香さんはたぶん、寝ている間に扉を開けられて、寝込みを襲われたのだろう。そういう状況でなら無理にしても、確かに僕や太一くんは詩織ちゃんになら勝てそうだ。
 だからますます絵里香さんを殺したのが誰かわからなくなるわけだけど。
 とにかく僕らは部屋(まだ壁は降りてきてないが)に戻ってナイフを取り、おどおどしっ放しの詩織ちゃんにそれを渡す。絵里香さんのナイフは太一くんが取ってくれた。
 詩織ちゃんは自分の部屋にナイフを積み、戻ってくる。
 ぎこちない会話を交わして時間を潰すと、やっと壁が降りてきた。
 それぞれが素早く部屋に引っ込む。そして僕はやっと――人死にが出てやっと、この小部屋に鍵が掛からないことに気がついた。
 危機がそこに迫ってないとわからない、徹底的な近視っぷりだ。
 部屋の床から家具がせり上がってくるために、内側から見て引き戸のドアの前にベッドを置く、ということすらできない。
 加えて壁は透明だし。もう部屋じゃないよこれ。
 恐らく最後の食糧であろうフランス料理を前にしても食欲は湧かず、逆に眠気が襲ってきた。
 明日もきっちり六時間後に目覚めるために、もう寝ることにしよう。

 三日目。一人目死亡。残り四人。











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[破滅。]

僕は目を覚ました。
 絵里香さんの死体は無くなっていなかった。
 しかし、それどころではなかった。

 目の前で、有紗ちゃん、が、人を、殺そうと、して、いた。
 いた。
 既に、殺して、いた。

 詩織ちゃんを、殺していた。

 めった刺し。
 その表現が、一番似合う。
 頭から胸にかけて、刺されたというより既に――ぐちゃぐちゃに、なっていた。
 眼球と思われる粘ついた球体が頭の横に一つ転がって。
 鼻の穴は口と繋がっていて。
 文字通り首の皮一枚。
 ぐずぼろの頭は、ぐずぼろの体と、紙一重で、くっついていた。
 それに意味があるのかは、ともかく。
 なんとかぎりぎりのところで、繋ぎ止めていた。 その死体を前にへたり込み、失禁している有紗ちゃんは、左手で、一生懸命、右手をナイフから引き剥がそうとしていた。 狂ったように絶叫しながら、ナイフを握って固まった手を、引っ掻いている。
 がりがりがり。
 声になっていない獣のような叫び声。
 途端、「うう」と唸り始める。力尽きておとなしくなると、自然にナイフを手から落とした。
 からん。刃と床が無機質な音を鳴らす。
「大学生。おまえが、殺したのか、ストリッパーも」
 太一くんもいま起きたようで、目の前の惨劇に驚いていた。
 見れば。
 見れば、彼女たちは、部屋の外で取っ組み合っていたようだ。中心にある僕の部屋に近い場所で、詩織ちゃんは有紗ちゃんに殺されていて、有紗ちゃんは詩織ちゃんを殺していた。
「わ、わわ、た、し、じゃな……」
 ガチガチと歯を鳴らしているために、有紗ちゃんは上手く話せない。まばたきを忘れた目はぎょろぎょろと忙しなく動きながら、涙を大量に流していた。
「この、子、が、やっ、やっ、……た、の」
 この子がやった。
 有紗ちゃんは死んだ詩織ちゃんを指さす。
「絵里香さん、を、殺し、ししたのは、こいつ、よぉ!」
 大粒の涙を流しながら絶叫する。
「こいつがっ、こいつが! あなたたち、を殺そうとしたから! わ、わた、わたしが! わたしがぁっ!」
 長い髪を振り乱しながら、大袈裟ではなく鬼の形相で、僕らに訴える。
 その様に圧倒されて、さすがの太一くんも口を噤んだ。
「昨日の夜、こいつが、言ったの! 二人で生き残ろうって! お金はいらないけど、みんな殺さないと殺されるからって! 言ったのよ! 絵里香さんも殺したって!」
 …………。
「あなたたちが眠ったあとに! 私の部屋に来たのよ! ナイフを渡すからあなたも手伝ってって! だから、だから! 部屋を出たこいつを、私が殺したのよ! だって一番危険なのはこいつじゃない! 人を殺したのよ!? 殺される前に殺そうって! 私は間違ってないわ! あなたたちを守ったのよ! 私は悪くないわ! わ、悪く、……悪くなんか……私、は……」
「お前も悪者じゃねえか、大学生」
「いや、太一く――」
「忘れんなよ。大学生。棚に上げるな。お前は、人殺しだ」
「違う! 違うわ!」
「あっそう。じゃあお前は悪くねえよ、大学生。お前は大学生であって人殺しじゃねえ。そうだな。違うんだから、そうなんだよな。お前は人殺しなんかじゃないんだな。そうだよなあ!」
 太一くんのその言葉に、有紗ちゃんは、絶望したように、目をますます見開いた。自分が人殺しではないと、否定できないことにやっと気づいて。漏らした小便の上に、今度は嘔吐する。
 左手を床に置いて、右手で口を押さえる。それでも嘔吐は止まらず、吐き続けて透明になった吐瀉物は右腕を伝って肘から滴る。気持ち悪い嗚咽はしばらく止まらず、やっと終わる頃には、吐き出したものの上に突っ伏してしまうまでに、疲弊してしまっていた。
 唸るような声だけを発し、小便と吐瀉物が混ざった臭い汚物の上で、涙だけを流す。
「安井さんよ」
「……なんだい」
「ナイフを取っておけよ。こうなったらもうどうなるかわかんねえぞ。俺が今からあんたに襲いかかるかもしれねえし、逆もある」
「わかったよ」
 さすがに僕も、危機感を感じていた。もう無理だ。どう転んでも僕がことを起こすことは絶対に無いけれど、自衛のためにナイフは必要だ。

 七億円は、既に目の前だから――

 あと一人。
 あとたった一人が死ぬだけで、七億円が手に入る。もう既に、道徳なんて壊れたリミッターだ。役立たずにもほどがある。
 太一くんは立って、詩織ちゃんの部屋だった場所にあるナイフを一つ取る。
 そして僕の目の前で息しかしていない有紗ちゃんを猫を扱うように引っ張り上げる。ぐええ、と醜い声も我慢することができない有紗ちゃんは引きずられて、有紗ちゃん自身の部屋まで連れていかれる。
 太一くんは有紗ちゃんを荒々しくベッドに投げ、その上に……跨った。
「やめるんだ太一くん」
「うっせえよ冴えないおっさんが。どうせこいつは自殺するぜ。俺はネクロフィリアじゃねえから生きてるうちに使えるなら使うんだよ」
「やめろ太一くん!」
 有紗ちゃんも抵抗しろ! いまから君がなにされるかわかってるのか!?
「しっかりしろ有紗ちゃん!」
「かか! 無理だろ! ぶっ壊れてるっつーの」
 僕は立って、詩織ちゃんを殺した血まみれのナイフを取った。
「……僕が許さんぞ、太一くん」
「はっ! やってみろよサラリーマン!」
 そうやって太一くんはナイフを――さっき取ったナイフを――ぶすりと、枕に突き刺した。
 有紗ちゃんは怯える体力も無い。鼻先を掠めたナイフにも、無反応。
「良いか、あんたが俺に何かしたら、大学生の脳天はパカッと開くぜ? 明日になれば結局自殺すると思うけどな、あんたのせいで死ぬってのは、どうなんだ? なぁ、安井さんよお!」
「ぼ、僕を殺せよ!」
「はぁ? 意味わかんねえぞ、おっさん。俺はこの女子大生をレイプしたいだけで、別に殺したいわけじゃねえんだよ」
 どうすることも、できないのか……?
 ヒーローとまではいかなくとも、わき役くらいにはなれないのか……?
 このまま有紗ちゃんが乱暴されるのを、見ることしか……できないのか。
 ……有紗ちゃんは、いっそ死んだ方が楽なのかもしれない。いま僕が太一くんに襲いかかって、太一くんは言った通りに、有紗ちゃんを殺す。彼女にとってはそれが、もしかすると、万が一にでも、幸せなのかもしれない。
 けれどそんなこと、僕に、できるわけがないじゃないか。
 抵抗する気力も無い女の子の服が、ナイフで斬り破られているというのに、僕は、なにもできない……
 なにも、できなかった。

 四日目。二人目死亡。残り三人。


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[壊滅。]

 一睡もできずに、六時間後を迎える。モーターの駆動音で思い出したように、腹の虫が鳴き始めた。
 ああ、たぶん二日、何も食べていないんだっけ。こんな状況でも、どんな状況でも、腹は減るのか。でももうカニバリズムにでも目覚めない限り、食料は無い。相変わらず水は新鮮なものに変わっているけれど、気づけば水にすら手をつけていない。
 そしてやっぱり……有紗ちゃんは自殺していた。
 彼女の首には、ナイフが差し込まれていた。もしかしたら太一くんが殺したのかもしれないけれど。
 夜の間に、電気をつけることもできた。太一くんがことを終えて、部屋に戻ったそのあと、壁が降りて部屋ができた。そのときに有紗ちゃんの元に駆けつけて、励まし…………て、何になると言うんだ。
 何もできなかった僕に、何かする権利があるというのか。
 ……くそ。
 こんなものだ。所詮、こんなものだ。
 女の子一人が乱暴されるのを守ることもできず、女の子一人の自殺を止めることもできない。
 僕は無力だ。
 最初は、少しだけ楽しかったのに。みんなとお喋りするだけだったのに。豪華な料理まで用意されて。まるでどこかの広い家のダイニングルームにいるような、そんな気さえしてたのに。
 実際はどうだ。
 殺しが起きた。殺しが起きた。自殺が出た。
 なんだよこれ。夢じゃないのか。
 意味が解らなすぎる。
 壊れ過ぎてる。何もかもが、壊滅と言っていい。
 賞金額がカウントストップしてしまったから、殲滅と言っても言い。
 七億円が、何だと言うんだ。七億? だからどうしたんだ? 七億円で人が生き返るのか?

「太一くん」
「……なんだよ」
「有紗ちゃんが、自殺した」
「そうだな」
「……っ!」
 僕はいつの間にか太一くんの部屋まで来ていて、彼を組み伏せていた。
 いつの間にか右の拳が高く上げられていた。
「君は何とも思わないのか」
「この部屋で? 自殺者に何を思う? あんたは年末にやる自殺者数の発表で、発表された分、悲しんでやるのか? 随分と暇なんだな、サラリーマンってのは!」
「君が乱暴した子だろう!」
「だからどうした! 後ろを見てみろ! あんたの部屋の前に転がってる、浪人生の死体を見てみろ! あれは大学生がやったんだろうが!」
 確かにそうだ。確かに、そうだけれど!
「それが乱暴して良い理由になるのか!?」
「ならねえよ。この部屋でも、肯定される理由は無いだろうな。でもよ、否定だって、されねえだろ」
「君は……君は、バカだろう。子どもかよ、君は」
「子どもだよ。いつまでも夢を追いかけることしかできねー、バカな子どもだよ」
 そうやって太一くんは、涙をまぶた一杯に溜めた。引き結んだ唇がぶるぶると震える。
 許せないことだけれど。太一くんがやったことは、許されないことだけれど。
 彼だって、後悔しているのかもしれない。こんな状況のために、混乱して、舞い上がって、自分がやってしまったことに。
 もちろん、彼が免罪されるわけがない。いや、この部屋でそういう言い方もおかしいが。
 とにかく、今日を合わせてあと三日だ。賞金もカウントストップした。喜ぶべきではないが、しかし、無理やりプラスに考えてみると、もう殺しが起きる意味は無い。起きるかどうかはともかく、起きる意味は、無くなった。
 いや…………、あれ……? ちょっと……待てよ……? なんだ、なんだ? 僕は何を思い出した? 何に引っかかった?
 ………………なんて、ことだ――――
「太一くん」
 頼む。
 頼む、どうか。どうか勘違いであってくれ。僕が聞き落としただけであってくれ。
 そんなこと、あって良いはずが無いんだ。有り得ちゃいけない。駄目だ。駄目なんだよ。頼む、本当に、お願いだ――

「七日間生き残ればここから出られるって、言われたっけ……?」

 案の定――太一くんは、目を剥いた。
 聞いてないぞそんなこと。まるでハリウッド映画の俳優のような、テンプレートな驚きかた。ああ、僕でもわかるよ、君が言いたいことは。君も、君も――
 ――前提を、前提として捉えていたんだよな。
 賞金。賞金だ。賞金を貰えるから出られる。誰が言ったんだ、そんなこと。七日間生き残れば出られる。誰が言ったんだ、そんなこと。
 誰も、言ってない。
「なんてことだ……」
 日和見主義もいいところ。この場に救いなんてあるはずが無いだろう。なぜ、前提をひっくり返さなかった。なぜだ、なぜ僕らは、揃いも揃って誰も言ってないことを信じてたんだ!
「太一くん」
「……」
「こうなったら二人でどうにかするしかないぞ。一人を殺せば残りの一人でどうにかしないといけない。解るね」
「お、おい、でも……まだ出られないと決まったわけじゃ――――」
「出られると決まったわけでもない。とにかく壁を叩きながら一周してみよう。空洞が空いてないかどうか、確認だ」
 僕らは同時に立ち上がった。二人がそれぞれ対角線に立って、時計周りに壁を叩いていく。上は手の届くぎりぎりまで叩き、下は這いつくばってでも叩く。縦一閃を横にスライドするイメージで、隈無く、隙間無く。
 それぞれ二面。つまり部屋一周を叩き終えてわかったことは、どこを叩いても音が変わらないということ。この壁が分厚いコンクリートなのか、それとも一枚の薄っぺらい板なのかが、判別できない。僕は前者だと思ったが、太一くんは後者だと言う。地面も試してみたが、結果は同じだった。家具やらがせり上がってくるから、下は空洞なのだろうけれど、厚さがどれくらいあるのか、解ったものではない。
 どうするんだ。
 いやもちろん、運営側がただ単に言い忘れていただけで、普通に出られる可能性は十分に――十分過ぎるほどにある。
 しかしやはり、最悪の場合を考えて行動するべきだ。
「ど、どうしよう、太一くん」
「どうするもこうするも」
 太一くんはナイフを取って、床と壁の接ぎ目を削り始めた。一生懸命、一心不乱に。確かに、部屋で一番脆い場所と言うと、そこかもしれない。部屋の四隅――つまり床、壁、壁、の三面がぶつかる部分が最も脆弱な場所だと思うが、そこでナイフを立てるのは難しいというものだ。それならば、太一くんのように、床、壁、の二面がぶつかる場所を削るのが、正解かもしれない。

 成果は見えた。人間の垢のようなものが、出てくるのだ。これは壁を繋げる接着剤のようなものだろう。学生の頃、授業が退屈で、窓枠にあった透明な物質を削っていたのを思い出す。あのときと似ているというか、たぶん、あれと同じだ。
 正確には接着剤というか、隙間を埋める程度の道具なのかもしれないが、部屋にダメージを与える手がこれしか無い以上、縋るしかない。
 空腹との戦いだ。餓死する前に何とかせねば。
 幸い、新鮮な水は用意されている。七日を過ぎたらどうなるかは解らないが、約束の期日までは、この地味な作業をひたすら繰り返すしかない。
 がりがりがり。
 ひたすら削る。
 後ろでモーターの音がした。部屋が作られたのだろう。眠るか? 僕は文系の人間だから、生物の体のつくりに詳しくない。寝た方が飢餓感は抑えられるのだろうか、それとも逆か? 時間をロスしてでも寝るメリットはあるのか?
 ……やはり、寝るべきか。昨日、僕は一睡もしてないんだった。お腹は空いてるが、体力は回復するはずだ。効率で考えると、眠った方が良いかもしれない。
「はぁ、太一くん、僕は眠るよ」
「ああ、そうか……それなら俺も眠る。……昨日、眠れなかったから」
 僕は思わず、有紗ちゃんの死体に目を向けてしまった。服は袖しか残っていない。ほとんど全裸の、血まみれの死体。ベッドに座ってぐったりと壁に背を預け、首に無骨なナイフを刺したまま、制止した有紗ちゃん。 後悔、してるのか。やっぱり。反省して済まされることではないが、反省しないよりは良い。
 おやすみ、太一くん。とにかく、一緒にここから出よう。
 僕が君をぎったぎたにぶちのめすのは、二人が無事に生き残ってからだ。

 五日目。三人目死亡。残り二人。

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[殲滅。]

 目が覚めると、太一くんが日本刀を担いでいた。むき出しの刃が、ぎらりと光っている。
「……なんだよ、それは」
「はっ!」
 唾を飛ばすように哄笑するだけ。
「いやいや……」
 まず、どこから持って来たんだよ。
 なんで、笑ってるんだよ。
 なんで、こっちに来るんだよ……!
「お、おい、太一くん」
「は、は、は、は、は!」
 普通に怖いよ。怖いし……
「こ、怖いぞ太一くん」
 しかし太一くんは一向に何も言わない。恐怖を煽るような哄笑で、じりじりと僕に近づいてくる。
 僕は自分のナイフを取ってベッドを降りた。
 けれど、ナイフで日本刀に太刀打ちできるのか? 間合いに入れるのか? ろくに喧嘩もしたことない僕に、そんなことができるのか?
「む、無理だ」
 ぎゃはは……と、笑い続ける太一くん。僕との距離は既に五メートルくらい。なんだ。なんだよこれ。ちょっと待てよ太一くん。
「僕を殺す意味があるのか?」
「はっ!」
「く、くそ……。あ、おおお金か? もしかして七億円は山分けになるのか? い、いいよ要らないから。僕は要らないから」
 一歩。
「い、要らないからさ、ほら、全部あげるから」
 また一歩。
「な、何がしたいんだよ、太一くん!」
 そして一歩。
「やめ……」
 刀を振りかぶった!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 踵を返す。当たり前だ! 逃げろ逃げろ逃げろ!
 後ろを見ると太一くんは刀を下ろして、またゆっくりと歩いてくる。
 なんなんだ。意味が、意味がわからない!
「ま、まずそんな危ないもの、どこにあったんだ!」
 武器はこの小さくて無骨なナイフしか無いはずだろう!
 彼だけ?
 僕の部屋にもあったのか?
 ベッドの下とかに?
 太一くんとの距離を確認して、素早くしゃがんで少し離れた僕のベッドの下を見る。
 ……無い。
 何で彼だけ?
 僕が寝てる間に何かあったのか?
 い、いや……待てよ……?

 ――日本刀?

 ちょっと待て。日本刀……日本刀日本刀日本刀。日本刀? どこかでそんなキーワードが出てこなかったか?
 出てきた。確実に出てきた。しかしいつ? 何をしたときに? 何を見たときに?
 やばいぞ。思い出せないけれど、とにかくやばい感じがする。どこで出てきたんだ、『日本刀』!
「うわあ!」
 太一くんが五歩先まで近づいてきただけなのに、大げさな悲鳴を上げてしまった。怖いんだよ!
「な、なあ太一くん、何か答えてよ。何で僕に斬りかかるんだ?」
「ははははははははは!」
 今度は刀を腋に引く!
 居合い斬りの構え!
 なりふり構わず僕は走って逃げる。
 ナイフで勝てるわけがない! 居つきだっけ? その場で固まってしまう、武道において最もやってはいけないこと! そんなこと言われても! あんな妖しい光の刃物を前にして、竦んでしまうのは当たり前じゃないか!
 このナイフって刃渡り精々二十センチだぜ? 無理だって! 油断させろ? 隙を狙え?
 実際やってみてから言えよ! それがどれだけ難しいことか解ってるの? 武器を持ち帰る瞬間とか、刀を振りかぶった瞬間とか? 無理でしょう! 目の前で靴紐結び始めてもビビって手出せない自信があるよ!
 無理無理無理! 絶対無理だ! ナイフとナイフならまだしも、まあそれもまだしもっていうレベルだけれど、ナイフと刀って!
 とにかく、部屋の隅に追い詰められないように逃げ回らないと……
 幸いに、太一くんは走る気無いみたいだし。というか、果たしてあれは太一くんなのか? いやどこからどう見ても太一くんなのだけれど、狂気性とかが半端じゃない。
 笑ってるというか、嗤ってる感じだし。ふらふらしてるし。何も答えないし。
 あーもうどうすりゃ良いんだ。七日目に部屋から出られるのかもわからなくなったっていうのに。
 殺すにしても、ナイフじゃ勝てない。
「……って」
 何を考えてるんだ、僕は。殺すて。僕が太一くんを殺すて。あり得ないだろう、それは。
 ……あり得ない、よね?
 でも道はそれしかなくないか? 僕、殺されようとしてるんだぞ? 詩織ちゃんにも殺されそうになったらしいが、有紗ちゃんが助けてくれた。今度は? 太一くんに殺されそうになった今、助ける人はいるのか? いない。部屋にある三人分の死体の中に僕がいないのは、狙われなかったことと、助けてくれる人がいたこと。それだけだ。
 ならば今、僕を助ける人は、僕しかいない。
 でも、可能なのか?
 あんな日本刀に、ナイフで勝てるのか? 太一くんが素人なのか玄人なのかすら判別のつかない僕に、そんなことができるのか?
 走り回って逃げて、太一くんが転んだりしたら、できるかもしれないけど……
 いや、案が無いわけでもない。問題は道徳とのせめぎ合い。やっていいのか?
 自分の命を助けるために、他人の死体を犠牲にして良いのか?
 ……ダメだ。ダメだけれど、でも、自分が死ぬのは、もっとダメだ。
 じりじりと足を動かして、おびき寄せる。ベッドに座って死んでいる、有紗ちゃんの近くに。
 バレないようにしなければ。ゆっくりどころではなく、一ミリずつ足を動かす感じで、有紗ちゃんのもとで太一くんが僕に追いつくように。
 そして――そして!
 太一くんが刀を頭上に振りかぶる! 僕はそれより早く手を伸ばして有紗ちゃんを掴んで一気に引き寄せて刀と僕の間に引きずりこんで!
 同時に――有紗ちゃんを太一くんに向かって投げ飛ばしたと同時に、僕はがむしゃらに床へと飛ぶ。
 ざくり、という音はしなかった。でも無音というわけではなくて、ただただ不快な、音がした。
 太一くんの方を見てみると、刀が有紗ちゃんの胴体に引っかかって、そしてびっくりしている。
 成功だ。成功だ……!
 今だ、斬りかかれ!
 斬りかかれ、僕!
「き、斬り、かかれ……」
 でも足は動かなくて、腕も動かない。
「う、ぐぅう……」
 何をしようとしてたんだ、僕は。人を、殺そうと思うなんて……サラリーマン失格じゃないか。
 人を殺すだって? この僕が?
 無理だろう。どう考えたって、無理だろう。
 結局僕は、有紗ちゃんの死体を冒涜しただけ。立ち上がったのは良いものの、生まれたての子鹿みたいに、内股でぶるぶると震えていることしかできない。
 無理だよ。無理なんだ。ここまで僕が生きてたことだって、まぐれの積み重ねみたいなものじゃないか。
「はっ!」
 と、すぐに気を取り直した太一くんは嗤った。
 有紗ちゃんの右腕を切り落として、胴体の真ん中辺りで引っかかった刀に力を込めて、ずっぱりと、両断した。
 胴体が斬り離された有紗ちゃん。
「え……」

 胴体が斬り離された有紗ちゃん――

「そんな」
 まさか。
 これか。日本刀というキーワード。
 そうか。そうかわかった。わかったぞ。今頃わかった。気づくべきだった。何てことだ。
 人を殺すことはできないかもしれないけれど。僕にそれはできないかもしれないけれど。
 最初に殺すべきだった。

「太一くん。君を最初に殺すべきだった」

 崩れて両膝をついた僕に、太一くんは嗤いながら近づいてきて、かちゃり、と日本刀を下段に構える。
 そしてやっぱり、嗤いながら僕のへそ辺りを狙って、輪切りにするように――刀を振った。

 ああ、生きてるうちに言っておこう。
 六日目。四人目死亡。残り――


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[全滅。]

がらがらがら、と滑車が回る音がする。
 血まみれの死体が四つも転がる白い部屋。そのうち一面の壁が、せり上がっていった。
 金色の髪をツーブロックスタイルに決めた男が、担いでいた日本刀を床に転がし、せり上がった壁の下から出る。
 その部屋の外観は大きな立方体。中からは真っ白な壁だったが、外からは壁が透明になっている。四つの太い柱の上に、部屋が設置され、浮いているような形状。
 その立方体を撮るように、無数のカメラが設置されていた。
 金髪の男が外に出ると、数人の男たちが、「お疲れ様でした」と労った。一人の男が水と菓子パンを渡す。そのままその男は走り出し、雑巾を四、五枚持って立方体の中に走っていく。
 金髪の男は、立方体の中から死体が運び出される様子を、満足げに見ていた。
「おい」金髪の男は近くの男に言う。「スクリーンを引っ込めるの早過ぎだ。あれじゃあとからハメコミするのに苦労するだろ。もう少し大人しくて良いんだよ」
 言われた男は、わかりましたと答え、その担当の元へと伝えに行く。
 雑巾を持って立方体に入って行った男が顔を出し、「掃除終わりました!」とハキハキした声で言うと、後ろから、担架を持った男たちが現れる。
 担架は四つ。男一人と、女二人。気絶しているのだろうか、眠っているのだろうか、とにかく意識は無いようだ。
 金髪の男は近くにあったメガホンを取り、立方体に向かって怒鳴る。
「おい! サラリーマンの血は止まったか?」
「いま止血処理をしています!」
「止まり次第ギミックの上に乗せろよ! 初日の夜にその死体は跡形もなく消える予定なんだから、ずらすなよ! ギミックの動作も確認しておけ! 刀は拭いとけ! 五日目の夜に、俺のベッドに隠して一緒に上げるのを忘れるんじゃねえぞ!」
 はい、の声のあと、モーターの駆動音が鳴る。柱に支えられている床の一部がパカリと開き、人一人が落下できるサイズの穴が開いた。
「異常ありません!」
 それを聞いた金髪の男は水を飲み干し、ついでにそこに置いてあったスポーツドリンクのペットボトルを取り上げ、同様に飲み干した。
「次は四人。さてどうなるか」


*


 目を覚ますと、そこには死体があった。
 あ、え……?
 胴体しか無い。男の人の、死体!
「きゃああああああああああああ!」
 死体が!
 死体がある!
 誰か、
「誰か!」
 え!? ここどこ!?
「え、あ、私、私っ……!?」
「うるせえなあ」
「ひぃぃっ!?」
 声!? 死体が喋った!?
「嬢ちゃん、こっちだこっち」
 と、手を振っている男の人がいた。金髪の、ツーブロック。
「あ、だ、え、こ……」
「意味わかんねーぞ」
 呆れ顔。呆れ顔? こんな状況で?
「あんたの絶叫で、そこの姉ちゃんも目ぇ覚ましたみたいだな」
 え? 姉ちゃん? 他にも誰か……いる。
 アフロのお兄さんと、短い茶髪のお姉さん。
「な、に、ここ……」
「さあな。起きたらみんなここにいた。それだけしかわかんねー」
 金髪ツーブロックのお兄さんは、お手上げのポーズをする。
 今度はアフロのお兄さんが、頼もしい太い声を発した。
「みんな起きたみたいだし。みんな何が起きたかわかんないみたいだし。とりあえず誰が誰だかはわかるように、自己紹介でもした方が良いんじゃな――」
「は、はぁぁぁぁぁぁ!?」
 アフロのお兄さんの声を遮るように、茶髪のお姉さんが悲鳴を上げた。
「なにあれ!? 真っ二つ!?」
 お兄さんたち二人は、やれやれと言ったように目を合わせて首を振る。
 それと同時に、機械が動く音を立てて、映画館サイズの画面が天井から降りてきた。
 画面は壁際に張り付くように降りて、地面すれすれで制止した。でもスクリーンにはなかなか何も映らない。ぼん、とマイクが入る音が天井から鳴り、
『一週間、生き延びてください。では』
 それだけ言って、うぃぃぃんと、天井へと戻っていく。すかさずアフロのお兄さんが、
「あ、アイポッドの説明書みたいな適当さだ……」
 と言うと、また画面は戻ってきた。金髪のお兄さんが大爆笑しているけれど、今のが何か面白いんだろうか?
『ここで法律は効力を発揮しません。では』
 それだけ言って、また引っこんでいく。……教えてくれるなら最初から全部言えば良いのに。愛嬌?
 金髪のお兄さんは、周りを見て、「え? これだけ?」と苦笑い。それに答えるように茶髪のお姉さんが、乱暴な声で情報をもっと要求する。
『食料は明日から二日分が支給されます。後に小部屋を用意致します。小部屋は六時間しか機能しません。後にナイフが支給されます。五人全員が生き延びれば賞金無し。一人死亡で二千円。二人死亡で五十万円。三人死亡で七億円が配給されます。では』
 ……七億円。
 画面が引っ込んでいくのを止める人は、誰もいなかった。

「何もできない以上、自己紹介しようじゃないか。じゃ、一番余裕ぶっこいてるそこの金髪イケメンさんからお願いできるかい?」
「俺からで良いのか?」
 金髪のお兄さんからの返事に、アフロのお兄さんは私と、口を開けっ放しにしている茶髪のお姉さんを見る。私たちの反応が無いところを見て、アフロのお兄さんは「どうぞ」と金髪のお兄さんを促した。
 そして金髪のお兄さんは咳払いして、自己紹介を、始めた。
「元永太一。趣味は映画。撮るのも観るのも。けど一応、夢としては演じる方。役者志望。ついでに言うと、二十二歳。こんなもんで、どうでしょ」
 元永太一。
 夢は役者さん。

 趣味は映画を観ることと――映画を作ること。



−滅ー

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(・∀・): 89 | (・A・): 46

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