復讐【グラスゴー、アベック殺害事件】

2012/01/02 20:41 登録: シュラバスキー

グラスゴー、アベック殺害事件

 1957年、スコットランドのグラスゴーで、アベックが町のチンピラに殺されるという事件が起きた。
 ふたりは国立大学薬学部に通っており、卒業後は結婚する約束だったという。その晩はふたりともバイト明けで、待ち合わせて一緒に帰るところであった。
 バス停のある道に出るため、ふたりは角を曲がった。すると、向こうからべろべろに酔っぱらった20代の若者3人が、大声で喚きながらやって来るのが見えた。いかにも憂さ晴らしの種を探しているといった様子である。
 3人連れはアベックが来たとみるや、歩道にひろがって行く手をふさいだ。アベックの彼氏が彼女の肘をつかみ、車道へおろすと彼らの横を急いで駆け抜けようとした。だがその前に、男のひとりが彼女の髪を掴んだ。
 彼女が悲鳴をあげると、男は両手で彼女の頭を鷲掴みにし、力任せに体ごと引き倒した。彼氏が駆けよろうとした瞬間、鈍い音が響いた。
 もうひとりの男が、彼の頭に酒瓶の角を叩きつけたのである。彼氏ががっくりと膝をつくと、男はさらにその頭を数度殴り、とどめに頭頂部に渾身の一撃を加えた。瓶は割れ、彼は動かなくなった。
 男たちは怯えて動けない女の子の両手足を持ちあげてかつぐと、表通りまで運んでいった。そして、制限速度いっぱいのスピードで走ってきたバスの前に、彼女を放り投げた。
 少年は脳挫傷で死亡。少女も全身多発性損傷のため死亡した。

 捜査ははじまったが、成果ははかばかしくなかった。チンピラたちの人相風体はありふれたもので、バスの運転手も人を轢いたショックで犯人にまで気がまわらなかった。目撃者は数人いたが、皆あまりにも気の毒なアベックの方ばかりに目がいって、肝心の犯人の方は
「騒々しくて、酔っ払いで、下品。だらしない服装」
 という記号化されたようなモンタージュしか覚えていなかったのだ。
 そんな中、捜査員が少年の葬儀に出席すると、喪服姿の長身の男が近づいてきて、ていねいに自己紹介をした。
 彼は少年の兄で、シカゴ警察検死局の病理学者だと名乗った。名前はドクターS。彼は捜査員に、
「弟殺しの捜査はどのくらい進展していますか」
 と訊き、ほとんど手がかりはない状態だという答えを聞くと、やおら
「じつは、こちらに着いてからの4日間で独自の調査をしました。犯人のひとりを発見したと思います」
 と言い出した。ドクターSは毎晩事件現場に立ち、目撃者探しをした。草の根を分けるようなやり方である。その甲斐あって、ひとりの老人の口から3人のうち1人の名が知れたのだった。
 警察がその名前で犯罪記録を調べてみると、たしかにとんでもないゴロツキであることがわかった。5つの前科があり、他に不起訴になった事件が2件。またその交友関係から、他2人の身元もわかった。これもまた前科持ちの札付きである。
 警察は3人を尋問し、事件当夜のアリバイについて締めあげた。
 だが、あらかじめ3人は口裏を合わせていたようであった。辻褄の合わぬ部分のまったくない、パズルを合わせたようなぴったりした供述である。あまりにも不自然なその完璧さに、かえって捜査員は彼らの有罪を確信した。しかし、難攻不落の証言であることは確かで、釈放せざるを得なかった。

 3人が釈放されたことを聞きつけたドクターSは、警察を訪ねた。そして、
「私が望むのはね、弟と弟の恋人を殺したのがあいつらであるという確証を掴みたい、ただそれだけなんです。有罪にしたいとか裁判に引き出したいとか、そこまで望んでるわけじゃない」
 と言った。捜査員はつい彼に同情し、「個人的には、やつらは有罪だと思っています」と漏らした。
 数日後、ドクターSはグラスゴー警察の上層部にかけあって、唯一の遺留品である酒瓶の調査を申し出た。この酒瓶は彼の弟を殴り殺した凶器だが、粉々に砕けており、手がかりを得るすべはないと見られていた。しかし上層部はシカゴ警察での彼の功績を重視し、これを許可した。
 それからほぼ10日後、3人の容疑者のひとりが、死体となってクライド川に浮かんだ。死因は溺死で、死体には争った跡はなかった。
 さらに3日後、容疑者がもうひとり死んだ。死因はアルコール中毒で、なんの怪しいところもなかった。そして2日後、最後のひとりが勤め先の食肉問屋で、大型冷蔵庫の中に入って凍死しているのが見つかった。これも争った様子はなく、ドア押さえをちゃんと置いておかなかったことによる事故死としか思われなかった。
 これで3人の容疑者すべてが死んだ。死因に不審なところはまったくない。だが、捜査員にはこれがドクターSの仕業であるとしか思えなかった。
 モルグの検死官助手の口からも、ドクターSが彼一流のやり方で、瓶から指紋を採取してみせたことを聞くこともできた。だが3つの死は完全な事故死であり、そこに疑いの余地はない。事件性がない死に対し、捜査をはじめることはできないのである。

 ドクターSは、次男の死による心痛で倒れた母親が回復するのを待ち、シカゴへ戻った。彼は完璧に事件を解決した、ただそれを司法の手にゆだねることはしなかったのである。
 捜査員は彼についてこう語る。
「私は彼がやったと確信してますよ。私らが事件の入り口でまごまごしてる間に、彼は真相をあばき、解決し、一切の手がかりを残さず犯人たちを葬り去った。なんとも鮮やかな手並みじゃないですか。――犯罪者を賞賛するつもりは毛頭ありませんが、彼はその例外中の例外でしょうな」。


出典:VENGEANCE −復讐−
リンク:http://www8.ocn.ne.jp/~moonston/veng.htm

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