そのお金って義援金かよ?

2012/02/05 16:37 登録: えっちな名無しさん

宮城県石巻市の郊外。雪に覆われた街並みに、津波で1階部分が流された民家やシャッターが閉まったままの商店が点在する。
津波で浸水し、約半年後に新装開店した大型パチンコ店を訪れた。平日にもかかわらず、開店前には約40人の列ができた。

 「雪の日にも来てあげたんだから今日は出してくれるよね?」。
この日の最低気温は氷点下5度。毛糸の帽子を深くかぶって並んでいた年配の女性が若い男性店員に念を押した。店員とは顔見知りのようだ。

「ご来店ありがとうございます」。午前9時。女性のアナウンスで店内に入る。
どこに座ろうか、まごまごしていると全員がパチンコ台の前に座ってしまった。
迷った末に最前列に並んでいた年配の男性の隣に座ってみた。

 ゲーム開始。玉が中央の穴に入ると画面の数字が回り、三つそろえば大当たりだ。
約8000円分の玉が一気に吐き出されるという。連続で大当たりすることもあるらしい。
ところが、1000円で遊べたのはほんの数分間。「次こそは」と打ち続けると、わずか30分間で1万円がなくなってしまった。

 我に返って店内を見渡すと300席以上ある台の8割が埋まっている。7、8人に1人が大当たりして、出玉の箱を何箱も積み上げていた。
正午過ぎには、ほぼ満席になった。ずっと打ち続けているお年寄りの台の上にある表示を見ると「大当たり回数0回」。
開店から3時間。30分1万円として推定6万円は負けている。
娯楽は数分、その後は大バクチの世界だ。

店を出てきた客数人に声をかけた。
「勝ちましたか」と聞いても、「いやあ」「まあ」とあいまいな返事ばかり。一様に暗い表情だ。
来店してきた中年女性は「負けた人は何も話さないでしょう。家族に内緒で来ている人も多いからね」と言う。
「開店から並ぶ客は毎日来る人。借りてでも打ちに来る」と眉をひそめた。

 「あれから大当たり出ましたか」。午後1時すぎに店から出てきたお年寄りに声をかけた。開店時から隣に座っていたと告げるとバツの悪そうな顔になった。
「きょうはダメだったなあ。11連チャン(連続11回大当たり)した日は少し勝ったっけねえ」と話すが、時期や金額ははっきり覚えていないという。

 大負けしても毎日のようにパチンコに通う理由を聞くと「震災前はあまりやってなかった。津波で息子を失い、家も流されて、ばあさんと2人で近くの仮設住宅に来てからは知り合いもいない、やることもないから、まあ、暇つぶしだ」と横を向いた。
パチンコは若いころからやっているという。

 仙台市のパチンコ業界関係者は「娯楽の少ない石巻など沿岸部は、全国でもパチンコ店の多い地域。宮城県内のお正月営業は、各チェーンの1番店(営業成績トップの店舗)なら震災前の前年同期比でも大幅プラスになっていると思う。
震災の影響が残る店もあるが、今年は全体でプラスに転じるのではないか」と予想する。

 石巻市で地域に密着した被災者支援を続ける「NPO石巻復興サポートセンター」の遠藤司さん(49)は「震災後、厳しい現実から逃れるためにパチンコ店を訪れ、深みにはまる人も多い。震災が言い訳になっている側面もあるでしょう。孤独を深めた一部の被災者がギャンブルやアルコールに依存していく悲劇が生まれています」と話す。

午後7時。同じ店を再び訪れると店内は順番待ちする人まで出ていた。中学生ぐらいの女の子が、誰かを捜している。出玉の箱を5箱積み上げていた女性の所へ。短く言葉を交わすと女性が1000円札を手渡した。女の子の顔が一瞬、悲しそうにゆがんだ。

 店を出た女の子に追いついて「お母さんなの?」と声をかけると、うなずいた。
「1000円もらったよね?」
「『隣でご飯を食べておいで』って。あそこのレストランに行くところ」
「お母さんは毎日パチンコに来るの?」
「『パートに行く』と出ていくのだけれど……」
最後は消え入りそうな声だった。

出典:これも現実か・・・・
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