想ひ出

2013/02/09 01:22 登録: さばのすけ

今夜は冷えるな。 こんな寒い夜は忘れていた記憶が甦るんだ。
なあ、あんた。 聞いてやってくれるかい?
そう、あれは俺がまだ16の頃の話しさ。 あの頃、俺にはいつも傍にいた男がいたんだ。 古めかしい言葉で言えば相棒だな。 今風に言うとバディってやつか。 とにかくその頃の俺とは心が通い合った存在だった。
俺たちは同じ高校に通ってたんだ。 部活は違うから、下校は別々が多かったが朝は家が近かったんで毎日一緒に行ってたんだ。
ある朝、俺と奴はいつものようにいつもの時間、いつもの場所で待ち合わせて学校に向かった。
ただ一つ違ったのは登校途中の商店の前に、昨日まではなかった自販機が置かれていたことだった。
俺は何気なくその前を通ったんだが、奴は違った。
その自販機の前で立ち止まり、少し考えてこう言ったんだ
『俺、コレ買ってみるよ』
全く興味がなかった俺は、奴の言葉を聞き自販機を眺めた。
そこにはこう書かれていた。
『あったか~い お味噌汁』
俺は驚愕した! 何と、味噌汁の自販機とは! しかもよく見るとそれは缶タイプではなく、カップの味噌汁だった。
奴は何事にもまっすぐな男だ。 一度言い出したら例え俺の意見でもなかなか受け入れない。 俺は黙って首を縦に振った。
奴が財布を開く。 60円を入れてボタンを押す。 余談だがこのボタン、2つあるのだが両方とも『味噌汁』と書かれてある。 なのでボタンが2つある意味がさっぱり分からない。
自販機はウィーンと小さな音をたてた。 やがて取り出し口に『コトン』と 爽やかな音と共に白い紙コップが落ちてきた。
しかし… それだけだった。 俺たちの前には待てど暮らせど白い紙コップしか存在しなかった。
多分、2~3分は待っただろうか。 俺にはその時間がかなり長く感じられた。
『出て… 来ないね』 奴は絞るような声で言った。 俺はただ頷くだけしかできなかった。
その後、俺たちは全くの無言で学校に向かった。 奴の手には真っ白な紙コップが握られていたが、俺にはその事を話題にする勇気はなかった。


次の日、また俺たちは同じ場所、同じ時間に待ち合わせて学校へ向かった。 俺は敢えて昨日の事は話さなかった。 その事に触れてはいけないと思っていた。
やがて昨日の商店の前に差し掛かると奴はおもむろに口を開いた。
『やっぱり味噌汁飲みたいから、また買ってみるよ』
なんと! またチャレンジするとは! 俺はあまりの驚きに声が出なかった。
しかし、奴はまたおもむろに財布を取り出すとまた60円を自販機に投入し、『味噌汁』と書かれた2つのボタンの右側を押した。
『ウィーン』自販機は昨日と同じ音をたてた。 そして…

ザザザッ! ドボボボ!! 取り出し口を見つめる俺たちの前でソレは起こった。 まず最初に茶色い粉が出てきた。 続いて何か緑色の物、小さなサイコロ状の白い物に続きお湯が流れた。
『あっ!あ~っ!!』奴の声が虚しく朝の商店街にこだまする。
そう、今朝は紙コップが出ずに中身(茶色→乾燥した味噌、緑色→乾燥ワカメ、白→乾燥した豆腐と思われる)とお湯が出てきたのだ。
それらは一瞬のうちに取り出し口内部の網の中へ消えていった。

なんという事だ。 昨日に続き、今日まで奴の味噌汁という夢が打ち砕かれるとは!


今からもう20年も前の出来事なんだがな。
こんな寒い夜はいつも奴の事を思い出すんだ。 奴の味噌汁への熱い思いと、それが遂げられなかった奴の気持ちを。


出典:my sweet days
リンク:ありませんよ

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