偽伯父さん
2013/09/26 07:23 登録: えっちな名無しさん
子供時代の不思議な体験の記憶なら、俺にもある。
小学校に上がったばかり…ということは、もう三十数年前の話だ。
10月のある日、小学校の運動場で開かれた地区運動会に、家族そろって参加した。
もともと落ち着きのない性格で、同じ町内の選手の応援にもすぐ飽きた俺。
自分の出番が終わると、校舎の裏とか普段行かない場所の探検に繰り出したんだ。
校舎は今でこそ鉄筋に建て替えられたけど、当時は風情ある木造。
床下に通じる穴に隠れたり、日ごろ近づけない焼却炉に上ったりして遊んでたら、
突然、背後から「よお、太郎君!」と呼び掛けられた。
振り返って見ると、メガネをかけた中年の男がこっちを向いて立ってる。
一瞬『あっ、一郎伯父さんだ!』と思った。ちなみに、太郎も一郎も仮名な。
一郎伯父さんは母の兄。当時40代半ばの面白いオッサンだった。
田舎にある母の実家で祖父母(母や伯父の両親)と同居してる。
年数回しか会わないけど、とても可愛がってくれて俺も大好きだった。
ちなみに伯父さんの娘、つまり従姉が俺の初恋の人だ。嫁には内緒だけどな。
伯父さん、運動会があるから、わざわざ田舎から来てくれたんだ!
嬉しくなって駆け寄ろうとしたが、急に違和感を覚えて足が止まった。
何か違うぞ。
確かに顔だちは似てるけど、一郎伯父さんよりちょっと背が高い気がする。
肩幅の広いがっちりした体型は同じだが、この人は伯父さんほどお腹が出てない。
何より伯父さんは白髪交じりの髪を短く刈り上げてるのに、この人は伸ばしてる。
何年も会ってないならともかく、伯父さんは先月、出張のついでにうちへ寄って
1泊していったばかり。1カ月かそこらで体型や髪型がそんなに変わるのか?
もちろん、そこまで順序立てて考えたわけじゃないが、とにかく違和感があった。
一郎伯父さんにそっくりな「偽伯父さん」は笑顔で俺に近づいて来る。
俺の名前を知ってるし、やたら親しげな態度だし、何より母に似たあの顔かたち。
血縁者なのは間違いなさそうだけど、親戚にあんな人いたっけ…?
目の前まで来た偽伯父さんは、ニコリと笑って俺の頭にポンと手を置いた。
「元気そうだな」
「う、うん…」
学校で「知らない人に声を掛けられたら、絶対ついて行かないこと」と教わってた。
確かに知らない人だ。だけど、どうしても「他人」とは思えない。
逃げ出さず曖昧な返事をしたのは、もしかして偽伯父さんが実は親戚の誰かで、
俺が思い出せないだけだったら失礼かも、と思ったから…のような気もする。
戸惑う俺の顔をのぞき込みながら、偽伯父さんは細い目をいっそう細めた。
しかし、どこかに連れて行こうというわけでもなさそうだ。
二言三言、俺に話しかけたと思うけど、中身は覚えてない。
「じゃあな。お母さんのこと、大事にしろよ」
「う、うん。バイバイ」
偽伯父さんはもう一度、俺の頭をクシャっと撫でると、通用門から出て行った。
俺は混乱したまま、伯父さん似のがっちりした後ろ姿を見送った。
「ねえねえお母さん、一郎伯父さんて今日、こっちに来てるの?」
「お兄ちゃん? 来てへんよ」
応援席に戻って尋ねたら、母はきょとんとした表情で否定した。
そうだよな。やっぱり伯父さんじゃないよな。でも、だったら誰だったんだろ。
家に帰ってからも、その翌日も、伯父や叔父、従兄弟を一人ずつ思い浮かべたが、
該当する人は思い当たらなかった。
その年の冬休み…正確には翌年の正月だが、両親に連れられ母の実家へ行った。
うちから約300キロくらい離れてる。今は高速もできて便利になったけど、
当時はインターまで遠いし、鉄道も在来線しか通ってないから日帰りは難しい。
祖父母や一郎伯父さん夫妻、従兄弟たちは、もちろん歓迎してくれた。
改めて伯父さんを観察したが、いつもと同じだ。メガネをかけてて目が細い。
お腹がポテンと出てて、白髪交じりの髪を短く刈り上げてる。
運動会で会った人とは別人だ。それでも、もしかして…と思って尋ねてみた。
「ねえ伯父さん、去年の運動会の時、うちに来た?」
「運動会? 行かんかったけど…。なんや、来てほしかったんか?」
やっぱり伯父さんじゃなかった。今さら思い出したが、母の実家は関西で、
伯父さんはベタベタの関西弁だし、母も関西イントネーションが残ってる。
でも、あの日会った「偽伯父さん」は関西弁じゃなかった。
その後も「偽伯父さん」が頭から離れなかったが、正体は結局分からずじまい。
子供というのは、考えても仕方ないと思ったら考えなくなるものなのか、
何カ月かしたら不思議と気にならなくなる。
さらに年月を重ねて大人になると、たまに思い出すことはあったけど、
子供にありがちな記憶の改竄とか、夢と実体験を混同してたんだとか、
適当な理屈をつけて、深く考えることはなかった。
やがて俺も結婚して子供が生まれ、今じゃアラフォーの立派な中年。
数年前から仕事の関係で、ヨーロッパの某国に住んでる。
祖父母はとうに亡くなり、一郎伯父さんも80歳。従姉妹の結婚式で会って以来、
もう何年も顔を見てないが、母によると、足が少し悪いものの元気だそうだ。
そしてこの夏休み、妻子を連れて一時帰国し、俺の実家で何日か過ごした。
久しぶりに両親と食卓を囲んでると、母がおかしさを堪えるように言った。
「太郎、あんたほんま、お兄ちゃんに似てきたなぁ」
一郎伯父さんと? そういえば子供の頃、母の実家に行くたび、
祖母が「あんたほんま、一郎の小さい頃そっくりやわ」と感心してたのを思い出した。
母方の血が濃いらしい。ちなみに従兄弟とも、兄弟と言って違和感ないくらい似てる。
当時は子供心に「なんで、あんなお腹の出たオッサンと…」といぶかしく思ってた。
俺が大人になる頃には、今度は伯父さんの方がどんどん「爺さん化」してたから
正直、似てると言われてもピンと来なかった。
食事が終わって風呂に入る時、改めて鏡に映った自分の顔を見てみる。
言われてみると、アゴに肉が付いてきたせいか、頬がたるんできたせいか、
一郎伯父さんの面影がある。刈り上げにしたら、かなりいい線行くかもな。
当時の伯父さんの顔を思い出しながら、俺はハッとして背筋が凍った。
この顔…長いこと忘れてた「偽伯父さん」に似てる。というか、そのものじゃないか。
出典:子供の頃の変な記憶
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