電話

2016/03/06 22:14 登録: えっちな名無しさん

 出張であるビジネスホテルに泊まった時の話。
 仕事を終えて、宿泊先の部屋に帰った俺は、その日の報告と指示を仰ぐため、上司である課長に電話をした。最初は特に問題のない普通のやり取りだったのだが、途中でなぜか電話の向こうで話す課長の様子がおかしくなってきた。
「なぁ、A君……今どこにいるの?」
 課長は、急にそんな質問をしてきた。
「ホテルの部屋ですけど」
「誰かと一緒にいる?」
「いえ、一人です」
「………」
「課長?」
「テレビとかも、つけてないよな?」
「はい」
「………」
「どうかしました?」
 いまいち、課長との会話がかみ合わない。一体どうしたのかと、こちらもただ戸惑う一方であった。
「あのさ……部屋、代えてもらった方がいいかもよ……」
 やがて重苦しい口調で、課長がそう言ってきた。
「え?」
「………」
「もしもし?」
「………」
「聞こえてますか、課長?」
 なぜか課長は黙り込む。
 電波が悪くなって、通話が途切れた様子でもなかった。受話器の向こうで、黙り込んだ課長の息遣いだけが聞こえてくる。そしてその呼吸は、なぜかどんどん荒くなっていく。俺は訳が分からず、ただ返答を促す以外になかった。
 だがその時、課長の様子が一変する。
「すぐにそこから出ろ!」
 叫ぶ様な声で、課長が言ってきた。
「えっ……で、出る……?」
「いいから、早く部屋から出ろ!」
 課長の怒声に尋常ならざるものを感じ、俺はただ言われるがまま慌てて部屋のドアを開け、廊下へと飛び出した。
 俺が部屋から出た事を確認すると、課長はようやく落ち着きを取り戻した様だった。
「あの……一体、どうしたんですか……?」
 部屋に戻る事も出来ず、俺は廊下でその訳を問わずにはいられなかった。
「とにかく、部屋を代えてもらえ」
 だがそんな俺に対し、課長はそう言うのみであった。
 仕方なく、フロントで俺は部屋の代えを申し出た。ホテルの人は特に訝しがる様子もなく、淡々とした対応で了承してくれた。だが今から考えると、どうも彼らの様子が冷静過ぎて妙な違和感として残っている。
 結局それから、課長が訳を教えてくれる事はなかった。
「もう忘れろ、俺も忘れたいんだ」
 その一点張りだった。
 課長は俺と話しながら、電話の向こうで一体何を耳にしていたのか、いまだに分からない。


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